人生の神秘とロマンス  国書刊行会〈魔法の本棚〉
郵便局と蛇 漁師とドラウグ 赤い館 幽霊船 奥の部屋 消えた太陽

 1996年から1999年ごろにかけて国書刊行会から出版されたシリーズ〈魔法の本棚〉。非常にマイナーな作家の短編集のシリーズなのですが、このラインナップがすごかった。並べてみましょう。

 A・E・コッパード『郵便局と蛇』西崎憲訳
 ヨナス・リー『漁師とドラウグ』中野善夫訳
 H・R・ウエイクフィールド『赤い館』倉阪鬼一郎・鈴木克昌・西崎憲訳
 リチャード・ミドルトン『幽霊船』南条竹則訳
 ロバート・エイクマン『奥の部屋』今本渉訳
 アレクサンドル・グリーン『消えた太陽』沼野充義・岩本和久訳

20060519213058.jpg ふつうに本好きの人でも、まず知らないような作家が揃っているところが、すごいです。まさにマニアのための叢書。一番有名なので、ウエイクフィールドかエイクマンあたりですか。アンソロジーなどで、ぽつぽつ訳されているので、怪奇小説ファンなら馴染みの名前かもしれません。
 基本的には幻想小説系統の作品集なのですが、かなり文学的な香気が強いのが特徴です。ミドルトンに至っては、大部分が純文学といっていい内容です。内容からして読者を選ぶところのあるシリーズといえますが、単独で単行本が出るとは思えないような作家たちを揃えてくれただけでも、ファンにとってはありがたいところです。
 シリーズの謳い文句が、これまた魅力的なのです。引用してみましょう。「怪奇と幻想、人生の神秘とロマンス、失われた物語の愉悦と興奮を喚びもどす、書斎の冒険者のための夢の文学館」。うーん、本好きなら興味をそそられずにはいられないですね。
 そしてこのシリーズのもう一つの魅力はやはり装丁! 黒を基調にした表紙に金のタイトル文字。薄手ながらシックで、デザイン要素のすぐれた箱。マニア心をくすぐる高級感に満ちていました。
 以下、それぞれの巻を簡単に紹介しておきます。
 A・E・コッパード『郵便局と蛇』日常を描いた普通小説でも、どこか幻想的な作家です。虎に扮してライオンと戦わされる羽目になった男を描く『銀色のサーカス』、囚われの王女を救い出した少年に、意外な結末が待ちかまえるシニカルなファンタジー『王女と太鼓』など。
 ヨナス・リー『漁師とドラウグ』北欧の厳しい海を舞台にした奇譚を集めた作品集。民話風でシンプルでありながら、暗鬱で冷たさを感じさせる話が多いです。海で妖魔ドラウグと出会った漁師が、次々と家族をさらわれてしまうという、とんでもなく陰鬱なストーリー『漁師とドラウグ』が出色。
 H・R・ウエイクフィールド『赤い館』〈最後の怪奇小説の巨匠〉と呼ばれるウエイクフィールドの傑作集。超自然現象を信じていたという作者の描写は、非常に迫真性に優れています。本当に怖い怪談集です。次々に出現する怪異、生理的な気色悪さ、陰惨極まる結末、まさに究極のゴーストストーリーと呼ぶべき『赤い館』。幽霊屋敷探検のラジオ実況がとんでもないことになる『ゴースト・ハント』など。
 リチャード・ミドルトン『幽霊船』突如、畑の真ん中に現れた幽霊船と酔っぱらいの船長が引き起こす騒動をコミカルに描いた『幽霊船』。さまよい続ける孤独な幽霊を描いた『ブライトン街道で』など。大部分は習作といっていい作品集ですが、数編はまさに珠玉といっていい出来です。
 ロバート・エイクマン『奥の部屋』比喩や暗示を極度に多用した作風が特徴的な作家。それゆえ、かなり読み込まないと理解しにくい、難解な作品もあります。旅行中に、ふと立ち寄った屋敷は子どもの頃に遊んだ人形の家にそっくりだった、奥の部屋には何があるのか…謎めいた中編『奥の部屋』。電車を乗り過ごしてしまった男が、待合室で過ごす恐怖の一夜を描く『待合室』など。よくわからないけど、怖い、というタイプの作品集です。
 アレクサンドル・グリーン『消えた太陽』ロシア文学史上、唯一無二のファンタジー作家。その独自の世界は「グリーンランディア」と呼ばれます。恋、冒険、海、異国がキーワードとなるロマンティックな作品群。超自然性は意外と薄いのですが、その透明な世界観は一度読んだら忘れられない魅力に満ちています。心のねじれた資産家の手により、太陽を全く知らずに育てられた少年。彼が太陽を目にしたとき…、少年の純粋さが胸を打つ『消えた太陽』など。
 このシリーズ、あまりにマニアックなので、いずれ入手困難になると思います。まだ在庫があるようですので、気になった方は早めの入手をオススメしておきます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
感慨深い
今をときめくホラー小説の第一人者である倉阪鬼一郎の翻訳時代がこれですね。
また、南条竹則もまだファンタジー大賞受賞前でしょうか。みなさん筋金入りのホラー・マニアだったんだなあ!
こんな面白い話は俺だけがよんでちゃもったいないというわけでこつこつ翻訳してくれる翻訳家(+奇特な出版社)はありがたいものです。まさに読者を選ぶシリーズですね。私もウエイクフィールドとエイクマンしか知らないです。
【2006/05/20 11:49】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

まさに奇跡的
少数の愛好家のためだけに企画された、まさにマイナーの極致のシリーズです。ウエイクフィールドやエイクマンは間違って(?)訳される可能性もないではないですが、ヨナス・リー、コッパードにいたっては本が出た事自体、奇跡的です。
倉阪鬼一郎は、昔からマイナーな怪奇小説をこつこつと訳してくれてました。こんなにメジャー(?)になるとは、誰も思わなかったんじゃないですかね。西崎憲も南条竹則も作家デビューする前ですし。ちなみにこのグループで、このシリーズ以前に企画された〈怪奇小説の世紀〉もいい本ですよ。
【2006/05/20 12:18】 URL | kazuou #- [ 編集]


昨日読んだアンソロジー『死のドライブ』文春文庫に、ウエイクフィールドの「中古車」が収録されていました。作品自体は時代相応みたいな感じでしたが、kazuouさんがこの作家を取り上げられていて、偶然の一致に少し超自然な思いがしました。もしかして、何かの力が働いていたりして…。
【2006/05/20 22:26】 URL | てん一 #- [ 編集]


そういうことって、よくありますよね。シンクロニシティというやつでしょうか。その日読んでいて興味を持った本に、たまたま古本屋で出会うとか、そういうときの偶然の一致っていうのも、感慨深いものがありますね。
ウエイクフィールドは、実際に超自然を信じていたそうです。ふつうその手の作家が書く作品というのは、独りよがりになりがちなのですが、この人の作品はものすごく臨場感があって、鬼気迫る作品というのが、けっこうあります。その点エンタテインメントとしては突き抜けすぎてる感があるのも確かなんですが、一読する価値はある作家だと思いますよ。
【2006/05/20 22:48】 URL | kazuou #- [ 編集]

はじめまして
ミドルトンの「幽霊船」の検索で、こちらに辿り着きました。はじめまして!
図書館でぽつんと一冊置いてあったのを借りてきたので知らなかったのですが、そうか、これはシリーズの内の一冊だったのですね。
シリーズのその他の本も、面白そうな感じですね~。
私は現代日本の小説を読むことが多く、海外小説を読む機会は少ないのですが、こちらで紹介されている、色々な香気溢れる物語にも興味を持ちました。
また寄らせて頂きますので、よろしくお願いいたします。

(「幽霊船」の感想をトラバさせて頂きました)
【2006/09/24 21:58】 URL | つな #nfSBC3WQ [ 編集]

>つなさん
つなさん、はじめまして。コメント&トラックバックありがとうございます。
ミドルトン『幽霊船』をお読みになったんですね。僕もミドルトンは、もともとアンソロジーで読んだ『ブライトン街道で』しか知らなかったので、この本が出たときは驚きました。記事にも書いていますが、習作も多くてまだ発展途上の作家、という印象なのですが、『幽霊船』とかいくつかの作品を読む限り、かなりの才能があったんじゃないかと思わせられます。つくづく夭逝が惜しまれますね。
〈魔法の本棚〉シリーズは、どれもマイナーですけど、魅力的な作品が多いですよ。ウエイクフィールドが、もろに怪奇小説なのを除けば、他のはだいたいファンタジーと純文学の境界線的な作品が多いです。
【2006/09/24 22:34】 URL | kazuou #- [ 編集]

舞い戻り。笑
ちょうど、上が自分のコメントでしたね。
全部読んでみても、やはりkazuouさんの記事は的確だったなぁと思いました。
良いシリーズを教えていただき、ありがとうございました♪
ああ、そして箱!
私は図書館で借りちゃったので、箱がなくて、いきなり中身の本だったのですよ。
それもまた凝った装丁ではあったと思うんですが、amazonでは見られるものの、やはり箱も見てみたかったと思います。
国書刊行会のものだと、箱入りの本なども珍しくはないのでしょうか。
箱つきの本って、なんとなーく古いものや全集的なイメージがあるのですよね。
【2006/12/22 00:01】 URL | つな #nfSBC3WQ [ 編集]

箱は
箱の装丁もなかなか凝っていて、きれいですよ。ちょっと薄めなので、傷付きやすいのが難点なんですが。
国書刊行会は、値段が高いだけあって(笑)、今でもきれいな箱付きの本をよく出してくれています。昨今では、箱付きは出版社も面倒くさがって、いやがるらしいんですが。他の出版社だと全集ものでも、箱なしが珍しくなくなりましたしね。1巻5000円以上する全集で、箱もないと、逆に悲しくなります…。
【2006/12/22 07:03】 URL | kazuou #- [ 編集]


2006年の記事にコメントするのも・・・ではあるのですが、
昔からミドルトンの「ブライトン街道」は最高だと思っているんですが、
最近、ミドルトンに夢中になりまして、つい、「魔法の本棚」古書店にあったので、購入してしまいました。
ミドルトンとコッパードがいる最強の組み合わせ。ミドルトンは「羊飼いの息子」も好きです。

【2013/12/19 22:36】 URL | fontanka #- [ 編集]

ミドルトン
ミドルトンはマイナーポエットではありますね。『幽霊船』もまるまる一冊傑作というわけではないし。
けれど、数編の傑作があるだけで、ミドルトンは読まれていく作家だと思います。
僕がいちばん好きなのは『幽霊船』でしょうか。
【2013/12/21 08:22】 URL | kazuou #- [ 編集]


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「幽霊船」/不思議のカケラ、小さな少年、満たされぬ思いを抱える者。それらのスケッチ

リチャード ミドルトン, Richard Middleton, 南條 竹則 「幽霊船 」国書刊行会リチャード・ミドルトンは、夢を持ち、詩を詠み、散文を書き、極少数の篤い友情に恵まれたけれど、その生涯は不遇の作家だったという。「幽霊船」による成功の直前、二十九歳の誕生日 日常&読んだ本log【2006/09/24 21:50】

「魔法の本棚シリーズ」

国書刊行会から出版されているこのシリーズは、全部で六冊。此度、目出度く読破致しました。というわけで、読んだ順に並べて、ちょっと整理しておこうかと思います。訳者の南條さんと、表紙絵の綺麗さに惹かれて借りてきた「幽霊船」が、このシリーズとの出会いでした。「 日常&読んだ本log【2006/12/21 23:54】

プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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