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孤独と死  ウォルター・デ・ラ・メア『死者の誘い』
死者の誘い (創元推理文庫)
 イギリスの詩人・作家であるウォルター・デ・ラ・メアの長篇『死者の誘い』(田中西二郎訳 創元推理文庫)は、墓場でふと眠り込んでしまった男が目覚めると、自分の顔が全く知らない男の顔になっていた…という発端から始まる幻想小説です。

 療養中の中年男性アーサー・ローフォードは、散歩の折、ふと立ち寄った教会の墓地の中のある墓にふと気を惹かれます。そこは200年前に自殺したというフランス人ニコラ・サバティエという男の墓でした。腰掛けているうちに寝入ってしまったアーサーが目覚めると何故か体が高揚していました。
 帰宅したアーサーが鏡の中に見つけたのは、全く見知らぬ男の顔でした。妻シイラに事実を話し、証拠を出して自分が夫であることを納得させはしたものの、シイラは釈然としません。やがてアーサーはシイラとの間に齟齬を来たすようになりますが…。

 ある日突然、自分の顔が変わってしまったら…という設定の物語です。コメディになりそうなテーマなのですが、そこは詩人デ・ラ・メア、妻や娘との関係性や自らの孤独についての主人公の精神的苦悩を描くシリアスな作品になっています。
 主人公が変貌してしまった顔は、やがて彼がその前で眠り込んでしまった墓の持ち主サバティエの顔であるらしいことがわかってきます。しかしサバティエが恨みを持って死んでいるとか、悪霊になっているという話題にはならず、実際、顔が変貌しているほかは「霊」として登場することも全くないのです。
 それゆえ、霊を供養したり退治するとかいう話にもならず、結果として主人公が顔を元に戻す方法についても皆目見当がつきません。その間にも、もともと精神的に結びつきが壊れかかっていた妻との間の精神的な壁が大きくなっていき、主人公は苦悩することになります。

 この妻シイラが、現実的で頭の良い女性ではありながら、非常に「冷たい」女性として描かれており、そのため主人公アーサーは、夫妻の友人である老牧師ベサニイに助けを求めることになりますが、根本的な解決にはなりません。
 妻から突き放され、孤独に沈むアーサーの心を救うのは娘のアリス、そしてふとしたことから知り合ったハーバートとグライゼルの兄妹でした。とくに妹グライゼルからアーサーは精神的な庇護を受けることになります。

 アーサーが元の顔を取り戻すことができるのか? と同時に彼の精神的な孤独と危機が救われるのか? といったところがテーマになっているようですね。
 主人公に取り憑いているらしいサバティエに関しては超自然現象がほぼ起こらないのに対して、間接的ではあるものの、ハーバートとグライゼルの兄妹が幽霊を目撃したというエピソードが語られます。そして明言はされませんが、この兄妹が生身の人間ではないのではないかという仄めかしも描かれます。
 主人公の「顔」になっているサバティエは、一人の人格として登場することはないのですが、作品全体の背景としてその存在感がひしひしと感じられるようになっています。その意味では、幽霊そのものが明確に登場しないまでも、ゴースト・ストーリーといってもいいのかもしれません。

 デ・ラ・メアの小説の中でもかなりしっかりしたストーリーラインのある作品で、割と読みやすい作品になっています。「孤独」と「死」に支配された黄昏の雰囲気、夫と妻の精神的な軋轢とサスペンス(意外にも結構サスペンスがあります)など、
 曖昧な話が多いデ・ラ・メア作品の中では、最もエンターテインメント要素の多い作品ではないでしょうか。
 ちなみに、同じ創元推理文庫に収められているマルセル・エイメ『第二の顔』も、突然顔が変わってしまった男を描いた、ほぼ同じ設定の物語なのですが、かなりコメディ色の強い物語になっています。比べてみると、なかなか面白いですね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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