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怪談の醍醐味  『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』
幽霊島 (平井呈一怪談翻訳集成) (創元推理文庫)
 『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』(創元推理文庫)は、入手難になっている平井呈一の怪奇小説翻訳とエッセイを集めた本です。どれも滋味のある翻訳文で、怪奇小説ファンにとっては素晴らしい贈り物になりました。

H・P・ラヴクラフト「アウトサイダー」
 暗い古城にひとり暮らす「おれ」は、記憶もなくただ一人で暮らしていました。書物からいろいろなことを知るものの、鏡のない場所ゆえに、自分の姿さえ見たことがないのです。ある日「おれ」は、空に続く塔に上ってやろうと考えますが…。
 人間は自分以外おらず、ただ暗い世界で静かに生きる男が覗き見た「外の世界」とは…?
 散文詩の趣もある、ラヴクラフト屈指の傑作。全篇に漲る黄昏の空気と締め付けるような孤独感の描写には、非常に味わいがありますね。

アルジャーノン・ブラックウッド「幽霊島」
 友人たちとも離れ、勉強のために一人、カナダの小島にある小屋で過ごすことになった青年。ある夜更けに、丸木舟に乗った二人のインディアンのような男たちが小屋に近づいてくるのに気がつきますが…。
 得体の知れない二人組が家に侵入してくる…という物語。家の中で身を潜めたり、二人組が「何か」を引きずっているという描写はかなり怖いです。人気のない大森林、限られた登場人物が恐ろしい事態に遭遇する…という演出は、ピンポイントに恐怖感を感じさせます。

ジョン・ポリドリ「吸血鬼」
 その死人のような容貌から恐れられはしながら、刺激を求める人々からは社交界の有名人ともてはやされる男ルスヴン卿。彼が手を出すのは貞淑な女性ばかりでしたが、彼女らは皆不幸な目に会っているというのです。資産家である若き紳士オーブレーはロンドンでルスヴン卿に出会い友人づきあいをするようになります。共にイタリーへの旅に出た二人でしたが、後見人からの手紙を受け取ったオーブレーはルスヴン卿との絶縁を決心します。その直後、オーブレーが恋していた現地の娘イヤンテが死体で発見されます。生前イヤンテは吸血鬼の恐ろしさについて度々語っていました…。
 バイロンの侍医ポリドリの作になる、ヨーロッパ吸血鬼小説の嚆矢となった作品です。悪魔的な吸血鬼ルスヴン卿を描いていますが、主人公であるオーブレーが、一方的に災厄を受け続け死にまで追い込まれてしまうという、徹底的に暗い作品です。
 吸血鬼とはいいながら、後年の同種の作品のように特定のルールに縛られてはいないようで、そのあたり、今読むと面白いですね。昼間から普通に行動していますし、特に弱点なども明記されません。そもそも主人公側が相手を滅ぼそうとする意思以前に、この吸血鬼、どこか催眠術師的な魔力があるようで、何もできなくなってしまうのです。ちなみに作中でこの男、一度死んで生き返っているという描写があり、そうすると「死ぬ前」は人間なのかそうでないのか?など、細かい部分が気にはなるのですが、これは近代の吸血鬼小説を読みなれてしまった読者ゆえの疑問なのかもしれません。
 貴族的・悪魔的な吸血鬼像を描いたという点で、今でも魅力のある作品ではありますね。

E・F・ベンソン「塔のなかの部屋」
 「わたし」には子供の頃から定期的に見る悪夢がありました。それは、友人のジャックの家に食事に呼ばれた「わたし」がその家の塔のなかの部屋に案内され、そこで恐ろしい目に会う…という夢でした。
 細部は異なるものの、部屋について声をかけてくるのはいつも友人の母親と決まっていました。時が経つごとに夢の中の家族たちも年を取っていき、やがて母親は亡くなりますが、なぜか部屋についての母親の声だけが聞こえるのです。
 やがて大人になった私は友人と共に借りた家に滞在することになりますが、そこで見たのは夢の中と全く同じ家と塔でした…。
 長年見ていた悪夢とそっくりの屋敷に滞在することになった男の恐怖を描く物語です。 実際に怪異に出会うシーンももちろん怖いのですが、その前段階で語られる悪夢の詳細が非常に怖いです。怪奇小説の名匠ベンソン(ベンスン)のアンソロジーピースの一つであり、英米怪奇小説の名作の一つといっていいかと思います。

F・G・ローリング「サラの墓」
 語り手の「わたし」は教会の修理の仕事をしていた父親の遺稿から、恐ろしい事件の顛末を知ります。旧友グラントから僻村ハガーストーンの教会の修理に招かれた父は、工事の都合上、禁忌めいた碑文の刻んである古い墓を移動することになります。
 そこには200年近く前に魔女として恐れられ殺されたという伯爵夫人サラの亡骸が眠っていたのです。墓を開けてからすぐにその教会の周りでは家畜が殺されるなどの事件が相次ぎます。そして伯爵夫人の亡骸には生きているかのような血色が戻り始めていました…。
 魔女だったという噂もある伯爵夫人の墓を暴いてしまったために、吸血鬼化した夫人が現れ出るようになるという物語です。動きに富んだ作品で、登場する吸血鬼の姿やその行為は視覚的かつ色彩豊か。主人公たちが吸血鬼を退治するまでの流れもスピーディで、エンターテインメント性に富んだ作品です。

F・マリオン・クロフォード「血こそ命なれば」
 イタリア南部の辺鄙な村に「わたし」は塔を所有していました。訪れた友人ホルゲルは、そこから見える塚の上に死骸のようなものが見えると話します。しかし近づくと何も見えなくなるのです。その塚にまつわる話を「わたし」は友人に話し出します。
 かって資産家だったアラリオ爺さんの死後、彼の資産を持ち逃げした二人の賊は、現場を村の娘クリスチーナに目撃されたため彼女を殺し、死骸を盗んだ金とともに塚に埋めてしまいます。クリスチーナは死後吸血鬼となり、生前思いを寄せていたアラリオの息子アンジェロのもとに現れるようになりますが…。
 オーソドックスな吸血鬼譚なのですが、怪異が起こるようになるまでの事情がメロドラマとして厚みがあり面白い作品です。吸血鬼になってしまう女性が本当になりゆきであって、生前に罪悪を重ねていたりするわけではないところも興味深いですね。
 ちなみにこの作品、別訳もありますが、そちらの邦題「血は命の水だから」(深町眞理子訳 矢野浩三郎編『怪奇と幻想1』角川文庫 収録)も味わい深いです。

W・F・ハーヴェイ「サラー・ベネットの憑きもの」
 みなし子となったフランク・ダイシーと従妹たちをライジンガム農場で育てたサラー・ベネット大伯母さん。彼女の身の回りには、度々不思議な現象が起きていました。サラーに何かを訴えかけるような現象の数々にもかかわらず、信仰の深いサラには大した影響を及ぼしていませんでした…。
 死後の世界からのメッセージに対して、その信仰の深さゆえにほとんど反応しない女性。生者と死者、互いの「孤独」とそのすれ違い、断絶が描かれるという、味わい深い作品です。

リチャード・バーラム「ライデンの一室」
 薬学の勉強のためオックスフォード大学に入学した青年フレデリックは、突然学業を放棄し友人のいるライデンに向かいます。一方、フレデリックの祖父ハリス牧師は、知り合いの娘メアリ・グラハムが死に掛かってから妙な幻影を見るという話を聞きますが…。
 奇談を集めたというバーラムの『インゴルズビー伝説集』の一篇です。青年がどうやら黒魔術のようなものに手を出して、恋人だった娘がそれにより呪われている…という物語が語られるのですが、その詳細や経緯はあまり語られないため不気味さの際立つ作品です。

M・R・ジェイムズ『若者よ、笛吹かばわれ行かん』
 バーンストウに休暇に訪れたパーキンズ教授は、友人に頼まれた古代の遺跡を調査している最中に、古代の笛のようなものを手に入れます。それを吹いてみてから、パーキンズの周囲にはおかしなことが起こり始めますが…。
 古代の笛の呪いにより怪現象に襲われると言う、シンプルな怪奇小説です。因果応報ではなくアイテムに触れることで無条件に現れる…というあたりにモダンな印象を受ける作品ですね。ジェイムズの傑作の一つです。

J・D・ベリスフォード「のど斬り農場」
 広告を見て泊まりに訪れた谷間の農場は、現地の住民からは「のど斬り農場」と呼ばれるやせた土地でした。日ごとに家畜が減っていくなか、農場の主人は頻繁に包丁を研いでいました…。
 明確な怪奇・恐怖現象は起こらないながら、惨事を予感させた描写を積み重ねていくという「雰囲気派」作品。「のど斬り農場」が本当に恐ろしいところだったのかは最後まで分からないのですが、その恐怖感は素晴らしいですね。

F・マリオン・クロフォード「死骨の咲顔」
 死の床に就いたヒュー・オクラム卿は、息子のガブリエルと姪のイヴリンの結婚に反対していましたが、臨終に至ってもその理由は明かしません。父の死後、いてもたってもいられなくなったガブリエルは、一族の納骨所に入っていきますが…。
 死の影に包まれた一族、罪を隠す当主、不思議な老婆、屋敷に起こる怪奇現象。青年と娘の恋の行方はどうなってしまうのか…? これでもかといわんばかりのムードたっぷりのゴシック風怪奇小説です。奇妙な明るさに満ちた結末も面白いですね。

シンシア・アスキス「鎮魂曲」
 まだ若い美貌の女相続人マーガレット・クレワー。しかし彼女には身寄りがなく心臓に病を抱えていました。彼女の侍医となった「わたし」はマーガレットに恋をするようになります。やがてマーガレットは「わたし」に身に起こった不思議な現象を語り出します。 自分の目の前に、自分そっくりの人物が現れ、その代わりに鏡像が消えていたというのです。幻覚だと信じない「わたし」でしたが、やがてマーガレットの様子が変わってしまったことに気がつきます…。
 過去の亡霊に憑かれるという、いわゆる「憑依もの」作品なのですが、著者の筆が達者なこともあり非常に読ませます。怪異現象の描写を見る限り「分身小説」の趣もありますね。味わいのある名作だと思います。

オスカー・ワイルド「カンタヴィルの幽霊」
 幽霊が出るというカンタヴィル屋敷を購入したアメリカ人公使のオーティス一家。その屋敷には数百年前に、妻を殺害し行方知れずになったというカンタヴィル家の先祖サー・シモンの幽霊が出続けているというのです。
 実際にオーティス一家の前に姿を現した幽霊でしたが、現実的なアメリカ人一家は、幽霊に対しても全く恐怖を抱きません。いたずら好きの双子に至っては逆に幽霊をからかい始めますが…。
 伝統的な幽霊屋敷に現実主義者のアメリカ人一家が住んだら…というパロディ風味のゴースト・ストーリーです。風刺的なタッチながら、作りはしっかりしています。幽霊が登場してからは、幽霊目線でアメリカ人一家を怖がらせようと苦心する視点が登場しますが、その苦心惨憺ぶりは愉快ですね。

 付録のエッセイ・雑文も充実しているのですが、一番目立つのは、平井呈一と生田耕作の対談「対談・恐怖小説夜話」。最初はゴシック小説についての話なのですが、段々と翻訳の話になっていきます。趣味人の極致みたいな二人なので、翻訳についての態度も非常に厳しいです。
 名訳者として知られる矢野目源一でさえ「まあまあ」という扱いなのはすごいですね。 L・P・ハートリー「怪奇小説のむずかしさ」は、タイトル通り怪奇小説の難しさについて語ったエッセイ、M・R・ジェイムズ「試作のこと」は、ジェイムズのアイディアだけで形にならなかった作品についてのエッセイです。「怪談つれづれ草 1 古城」は、怪奇小説における城について語ったもの。
 現代ではあまり城を扱った作品はないとしながらも、近作(当時)として、レイ・ラッセル「サルドニクス」を評価しているのは流石ですね。「怪談つれづれ草 2 英米恐怖小説ベスト・テン」でも、現代編にはラッセル作品が入っています。
 「怪談つれづれ草 2 英米恐怖小説ベスト・テン」、古典編では、お馴染みの作品や、後に翻訳を手がけたアンソロジーピースなどが多いです。興味深いのは現代編でしょうか。ラッセルの他、ダーレス、ブラッドベリ、ケラー、コリア、グレンドン、ブレナンなどの名前が挙がっています。
グレンドンはオーガスト・ダーレスのペンネームだったと思うので、結構ダーレス作品は気に入っていたようですね。
 「英米恐怖小説手引草」「恐怖小説手引草拾遺」は、それぞれ英米恐怖小説について短くまとめたものと、未訳の怪奇小説について紹介したエッセイ。後年翻訳紹介されたものもされていないものもありますが、今読んでも味わい深いエッセイになっています。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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