もう永遠なんか怖くない  デイヴィッド・ソズノウスキ『大吸血時代』
4763006010大吸血時代
デイヴィッド ソズノウスキ David Sosnowski 金原 瑞人
求龍堂 2006-03

by G-Tools

 吸血鬼を扱った物語は、今までに星の数ほど書かれてきました。そのヴァリエーションも出つくした感がありますが、まだこんなアプローチが残されていたとは!
 デイヴィッド・ソズノウスキ『大吸血時代』(金原瑞人・大谷真弓訳 求龍堂)は、なんと人間の子供を育てることになったヴァンパイアの男を描く「子育て」小説です。
 世界中に吸血鬼が広がった時代が舞台。ヴァンパイアになった法王〈ペテロ永世〉のもと、ヴァチカンは率先して人類のヴァンパイア化を進めた結果、人類は激減し、世界はほぼヴァンパイアの世界になっていました。
 すでにヴァンパイアは人間を襲うことはなく、パック入りの人口血液を食料にしています。大部分のヴァンパイアは、夜にサラリーマンとして働いており、世界は新しい秩序に支配されるようになっていたのです。
 もはや人間は絶滅状態にあり、一部の裏社会で、金持ちのヴァンパイアのために作られた「人間牧場」で飼育されている少数の人間のみが、残った人類でした。
 そのころ、世界にヴァンパイアを広めた第一世代のヴァンパイアであるマーティン・コワルスキは、永遠の命にうんざりし、鬱状態に陥っていました。

 中年の危機というやつだろうが、永遠につづくヴァンパイアの生涯に、中年なんて時期はない。本来なら死んでいくはずの年齢にさしかかると、多くのヴァンパイアがこんな不調を経験する。インフルエンザにでもかかったような感じだ。といっても、ヴァンパイアはインフルエンザになんか、かからない。そもそも病気にならない。

 喪失感と孤独感にとらえられた彼は、自殺すら考えていました。そんなときマーティンは、ある少女に出会います。彼女は「人間牧場」から、母親とともに逃げ出してきた人間の子ども、イスズでした。母親を他のヴァンパイアに殺され、おびえたイスズは、マーティンにも武器を向けます。腹を刺されたマーティンはカッとなりますが、ふと考え直します。

 いまはがまんだ。いまならこのガキをかんたんにつかまえられるし、首も楽々と折ってしまえるが、やめておこう。いまやっちまったら、ろくに楽しめない。

 鬱状態は、長い間「狩り」に飢えていたためだと思いこんだマーティンは、イスズを家に連れ帰ります。新鮮な血を味わうために、イスズの世話をすることにしたマーティンでしたが、彼女と暮らし始めて、思いもしなかった感情が湧き上がるのに気がつきます。

 そしたら、俺はまたこんな気分になってきた-やっぱ、永遠なんて、そんなにびびるほど長いもんじゃないや。時間のつぶしかたを教えてくれる子どもがいっしょなら、ぜんぜん長く感じない。子どもがいっしょなら、もう永遠なんか怖くない。

 しかし、もはや人間自体がほとんど存在しない世界で、人間の少女を育てるには、いろいろな困難があります。自分が寝ている昼の間、彼女をどうするのか? 夜は夜で、仕事をしている彼には、イスズを四六時中、見ているわけにはいきません。
 人間のための医者はいないし、イスズを外に出歩かせるわけにもいかないのです。しかし、様々な困難を乗り越えながら、マーティンとイスズは愛情を深めていきます。
 やがて思春期を迎えたイスズの扱いに手を焼いたマーティンは、母親代わりになる女性を探すことになります。そして、かってつきあっていたヴァンパイアのストリッパー、ローズに再会し、つきあい始めます。
 ローズとイスズはうまくやっていけるのでしょうか? マーティンの父親としての受難はさらに続くのですが…。
 かってないアプローチ、これほどユニークな吸血鬼小説は読んだことがありません。
 子供を持ったことのない独身の男が、子供を育てるだけでも難しいのに、ヴァンパイア社会の中でどうやってバレずに人間の子供を育てるのか? その日々の困難を主人公マーティンが乗り越えていく過程が読みどころです。
 一般社会の常識を知らないイスズに、社会的な知識を教え込むことを始め、彼女を喜ばせるために何をすればいいのか、外へ連れ出すときの変装の仕方など、マーティンが悪戦苦闘する様子が、コミカルに描かれていて飽きさせません。例えば、イスズのためにマーティンが買ってきた子犬に、イスズが嫉妬してしまう描写など、実にリアリティ豊かに描かれています。
 ヴァンパイア化した世界が、しっかりと作り込まれているのも魅力的です。すべての人々がヴァンパイア化した結果、世界はいろいろな部分で変わっているのです。
 傷がすぐ治ってしまうために医者はいなくなっているし、病気にもならないために仕事は全く休めません。他にも、永遠に死なないヴァンパイア化されたペットなど、細かい設定にも感心させられます。以前と同じように、ミサを挙げ、十字架に祈るヴァンパイアにいたっては、実に皮肉が効いています。
 登場人物もそれぞれユニークです。当然みなヴァンパイアなのですが、マーティンの恋人になるストリッパーのローズ、小児性愛者のジャック神父、イスズの友人トウィットなど、みなヴァンパイアでありながら普通の人間のように描かれているのが特徴的。
 とくに、複雑な性癖を持ちマーティンの相談役となるジャック神父、幼い頃にヴァンパイアになってしまったために、子供の体に違和感を抱き続けるトウィットのキャラクターなどは、実に魅力的です。
 後半、イスズにボーイフレンドが現れ、マーティンは嫉妬することになるのですが、このあたり吸血鬼ものとはいえ、その実、普通の父親の心理をうまく捉えていて、読者も共感を覚えることでしょう。
 流血や殺人シーンなど、題材が題材だけに、暗鬱になりがちな話ではありますが、それを上手くユーモアにくるんでいて、実に読みやすい作品になっています。子育ての経験がある人には、より興味深く読めるのではないでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
なんか凄そう…
いい話ですね。ラストあたりで涙してしまいそうです(ラストをハッピーエンドにするのは相当くふうが必要でしょうが。動物文学みたいに"野生"に返すわけにもいかないと)。
吸血鬼ものは理論的(!)に考えれば最終的に吸血鬼が地球に満ちるわけですが、意外とその後の世界を描くいたものは少ない(ヴァンパイア・ザ・ディ・アフターものとでも呼びます?)。
さらにこの作品は一風変わったフェミニズム小説とも読める仕かけのようで、なんとも凄い作品ですね。
【2006/05/22 12:35】 URL | 迷跡 #- [ 編集]

けっこう感動ものです
すごくいい話です。娘が思春期を迎えて困惑する父親、というステレオタイプがヴァンパイアものの衣をかぶると、すごく新鮮に見えます。結末は、あまりといえばあまりにうまくいきすぎるハッピーエンドなので、気になる人もいそうですが。でも、僕が読んだ限りでは、そこにたどり着くまでに主人公たちのキャラクターに感情移入していたので、これはこれでいいかと。
たしかに、吸血鬼を疫病やウイルスと同一視すれば〈破滅もの〉の一種とも読めますね。この作品は、世界が吸血鬼化した後どうなるか?という細部がうまく描かれているので、その辺も楽しめますよ。
【2006/05/22 17:31】 URL | kazuou #- [ 編集]

モンスターズ・インクっぽい?
イスズがどういう気持ちでマーティンと一緒に暮らすことになったのか、気になりますが、ラスト辺りが泣けそうな雰囲気は確かにありますね。

イスズが交通事故にあって大量の血液が必要になる。マーティンの血液を輸血するのか否か?(輸血すればヴァンパイア化するのかな?)
イスズが交通事故にあって、大量の血が噴き出す。その時マーティンのヴァンパイアの血が騒ぎ出し…。(バッドエンドだ!)
【2006/05/22 22:55】 URL | 加納ソルト #- [ 編集]

そんな派手じゃないです
いやいや、結末はかなり安易な終わらせ方です。僕も、マーティンが血を吸いたくなる衝動をおさえかねて…という展開かと思って読んでたんですが、意外や意外、見事にハッピーエンドにしてくれました。
素直な結末なので、素直に読みましょう…といった感じでしょうか。
【2006/05/22 23:20】 URL | kazuou #- [ 編集]


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男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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