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邪悪な物語  アーサー・マッケン『怪奇クラブ』
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 アーサー・マッケン『怪奇クラブ』(平井呈一訳 創元推理文庫)は、中篇『怪奇クラブ』と短篇「大いなる来復」を収録した作品集です。

『怪奇クラブ』
 ロンドンに住む友人同士の男性ダイスンとフィリップスが、ところどころで怪しい人物と出会い、奇怪な話を聞かされる、という枠物語形式で語られる作品です。個々のエピソードはどれも面白いものですが、飛び抜けて印象深いのが「黒い石印」「白い粉薬のはなし」
 「黒い石印」は、古代の石印と謎の言語を研究している教授が、妖精の禁忌に触れ、凄惨な最期を遂げる、という物語。「白い粉薬のはなし」は、得体の知れない粉薬を飲み続けた青年の体が奇怪な変化を起こしてしまう、という物語です。どちらも忌まわしさの横溢するマッケンの傑作エピソードとなっています。

 ダイスンとフィリップスが聞く話から、複数の人間が「眼鏡をかけた若い男」を追っていることが分かり、そこから「眼鏡をかけた若い男」が、様々な悪事や陰謀に関わる人物かと思ってしまうのですが、そこから更に一段深い陰謀が影で進んでいることが仄めかされていきます。
 「プロローグ」で二人の男と一人の女の会話が示され、それが最終エピソード「荒れ模様の怪事」とつながる形になっています。実は「プロローグ」で三人の「正体」は明かされており、それが原題「三人の詐欺師」を示しています。「プロローグ」での三人の会話を覚えていれば、それ以降でダイスン・フィリップスが出会う人物たちの正体も見抜くことが可能なのですが、初読でそれを見抜くのはなかなか難しいのではないでしょうか。
 上記の「黒い石印」「白い粉薬のはなし」を始め、怪奇幻想小説として面白いエピソードも多いのですが、枠となる物語を読み進むと、最終的には各エピソードが「無効化」されてしまうという、ユニークな構成となっています。

 「三人の詐欺師」たちが話すエピソードの他、ダイスンとフィリップスが活躍する(?)日常パート的な章が挟まれますが、こちらの部分も味わいがあります。この二人、どちらも天邪鬼的な人物で、異常な話を聞かされても、素直に驚かず、微妙な反応を示すのですよね。日常における「冒険」を求めているのかというと、どうやらそういうわけでもないらしく、ある種ふてくされた感じの言動を取っていて、実に味わいがあります。
 ダイスンが、見知らぬ男が落としたティベリウス金貨を拾うことから話が始まるのですが、この金貨、同名の金貨が実在するものの、作品中に登場するのは、マッケンの創作によるもののようです。魔術的なものの象徴として使われているようですね。

 上に書いたように、全体として見ると、純粋な怪奇幻想小説とは言えない作品となっているのですが、その不穏な雰囲気、黒いユーモア、そして時に強烈な残酷さなど、様々に味わいのある奇譚集として楽しめる作品かと思います。「三人の詐欺師」の目的や、彼らが属する組織の行動など、いろいろ考察するのも面白いかもしれませんね。

「大いなる来復」
 ラントリサントの町で起こった奇跡の数々が実話風に語られるという幻想小説です。犬猿の仲の隣人たちが和解したり、幸運が舞い込んだりといった日常的なレベルのものから、死に瀕していた少女が全快したりといった大きな奇跡までもが語られます。
 さらに、人々が謎の鐘を聞いたり、町の住人ではない者たちの姿を目撃したりと、宗教的な幻視・幻聴を体験します。それらがどうやら「聖杯」の出現によるものではないか、とされているのです。
 基本的には町や人々にとって、良いことばかりが起こっているように見えるのですが、それらがキリスト教の信仰にとってどういう意味を持っているのか…というところでは、ちょっと不穏な香りもしますね。実話的な体裁で語られる幻想小説で、その語り口は今でも新しく感じます。

 以下、本作品について読書会のためにまとめたレジュメも追記しておきます。ネタバレが含まれているので、まだ未読の方はご注意です。

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テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第51回読書会 参加者募集です
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 2024年3月17日(日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第51回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp
メールの件名は「読書会参加希望の件」とでもしていただければと思います。本文にお名前と読書会参加希望の旨、メールアドレスを記していただければ、詳細に関してメールを返信いたします。


開催日:2024年3月17日(日)
開 始:午前10:00
終 了:午後12:30
場 所:JR中野駅周辺のカフェ(東京)
参加費:1500円(予定)
課題書 アヴラム・デイヴィッドスン『エステルハージ博士の事件簿』(池央耿訳 河出文庫)


※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※対面型の読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。
※扱うジャンルの関係上、恐縮ですが、ご参加は18歳以上の方に限らせていただいています。


 今回取り上げるのは、アヴラム・デイヴィッドスン『エステルハージ博士の事件簿』。架空の国を舞台にした幻想的な連作集です。捉えどころのないこの作品の魅力に迫っていきたいと思います。


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信仰と幻影  タニス・リー『幻魔の虜囚』
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 タニス・リーの長篇『幻魔の虜囚』(浅羽莢子訳 ハヤカワ文庫FT)は、絶大な魔力を持つ魔術師に支配される青年を解放するため、奴隷少女が魔女に習った魔法で立ち向かう…というファンタジー作品です。

 幼い頃に攫われ異国で奴隷となっていた少女シャイナ。村にやってきた興行師カーニックの一座の中にいた美青年に恋をしてしまいます。カーニックの正体は、邪悪な神の力を借り、強力な魔法を使う魔術師ヴォルクハヴァールであり、彼に青年ダジエルの魂は囚われているといいます。
 青年を救うために、シャイナは、村人から恐れられている魔女バルバヤートのもとを訪ねることになりますが…。

 恋した青年を救うために、魔女から魔術を習う奴隷の少女シャイナを主人公としたファンタジーです。
 魔女バルバヤートから、魂を遠くへ飛ばす魔術を習うシャイナでしたが、敵である魔術師カーニックの力は強大で、彼を直接的に倒す力も魔術もあるわけではありません。魂となってカーニックを偵察しているうちに、違った方向からのトラブルが発生し、四面楚歌の状態になってしまいます。
 カーニックは邪神タカーナの力を借りて、幻影を見せたり人々を操ったりと様々な魔術を行います。特定の人間から魂を捕えて操り人形のようにすることも可能で、シャイナの想い人ダジエルもそうした形で、カーニックの一座の「俳優」にさせられているのです。

 悪の魔術師を少女が打ち倒す…。基本的なお話はその通りなのですが、この悪の側のカーニック(ヴォルクハヴァール)が単純な悪者として描かれていないところも異色です。カーニックがなぜ今のような人間になり、どのようにして魔術的な力を手に入れたのか、といったところが詳細に描かれていきます。その描写の精細さは主人公シャイナに劣らないほどで、ある意味でもう一人の主人公とも呼べる存在となっています。
 カーニックの力の源泉は邪神タカーナへの信仰で、その力を使って魔術を使用しています。少年時代のカーニックが、とある共同体においてタカーナの力を使って支配者になったエピソードも語られており、この時は失脚してしまうのですが、再びタカーナによる力を手に入れ、絶大な魔術力を手に入れることになります。
 カーニックが邪神にささげる「信仰」そして「神」の存在は、この作品における重要なテーマとなっています。人間カーニック自身にはそれほどの魔力はなく、あくまで神の力を借りているのです。この「信仰」「信じること」の力は、カーニックだけでなく、他の人間にも力を与えることが示唆されており、実際シャイナもまた、その「信仰」を利用して戦うことになります。
 また後半シャイナの危機を救うために、魔女バルバヤートが行う魔術は、「信じること」そのものによって世界の事実改変を行ってしまう、という凄まじいもので、作品の山場の一つともなっています。

 主人公シャイナは、非常に意思の力が強くまっすぐな少女として描かれており、そのキャラクター像も魅力です。奴隷という逆境にありながら意思を曲げず、青年ダジエルに一目惚れしてしまい、その一途な愛の力が強大な魔術師を倒すことになる、というのにも爽快感がありますね。
 カーニックもまた、シャイナとは違った形で魅力のあるキャラクターとなっています。生来残忍ではありながら殺すこと自体には大して快楽を感じないため、行きついたのが他人の意思を剥奪し意のままに動かすことでした。倒錯した欲望ではありますが、カーニック自身の人生が詳細に描かれているため、そこには共感できる要素もあり、不思議な悪役となっています。

 あと、二人以外のキャラクターとして印象的なのが、王女ウォーナとその飼い猫ミッツ。ウォーナは不器量とされ、親からの愛情も薄い不遇な境遇で、カーニックの権力欲を満たすために妻にされそうになりますが、飽くまで拒否するなど、独立した女性として描かれています。
 ミッツはまるで人間のように生彩豊かに描かれますが、後半ではシャイナの「協力者」となることもあり、意外な働きを示すことになります。

 上記に書いたように「信仰」「信じること」が重要なモチーフになっており、信じ抜くこと、意思を曲げないことが、いい意味でも悪い意味でも描かれています。それをそれぞれ体現しているのがシャイナとカーニックといえます。その意味では表裏一体のキャラクターともいえるかもしれませんね。
 飽くまでシャイナの人間的成長が優先されて描かれているため、単純なハッピーエンドにはならないのですが、そうしたほろ苦さを含めて、豊かで情感あふれるファンタジー作品となっています。


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異国の幻想  坂東眞砂子『異国の迷路』
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 坂東眞砂子『異国の迷路』(JTBパブリッシング)は、ニューヨーク、パリ、東南アジアなど、様々な異国での人々の恐怖体験を描いたホラー短篇集です。

 姑を伴った夫婦の南国への旅行が悲劇を呼ぶ「マルガリータをもう一杯」、アイルランドを訪れた女性が現地の「呪い」に憑かれる「死者を忘れるなかれ」、呪われた靴が何人もの死を惹き起こすという「黒い靴」、ネパールを再訪した男が思いもかけない復讐に見舞われる「信じる?」、わがままな新妻が恐ろしい目に会う「霧の中の街」、かって住んでいた異国の家を訪れたモデルが変容を遂げる「極楽の味」、列車の旅路で出会ったイスラム教徒の夫婦の恐ろしい真実を描く「理想の妻」、飛行機内で出会った二人の女性の奇怪な縁と悲劇を描く「離れない」、孤独な男性によって異界に誘われるという「夜の散歩」、異国の年上の夫に嫁いだ日本人女性の悲劇を描く「地の果てにて」、異国でかっての恋人に再会した女性の愛憎を描く「ムーンライト・キス」、夫と共に移り住んだ異国の生活に馴染めない妻の不安を描いた「ガラスに映る貌」を収録しています。

 旅行雑誌の「るるぶ」連載ということで、異国の旅先での出来事をテーマに描かれた、ごく短めの恐怖小説をまとめた作品集になっています。呪いや霊など、明確に超自然的な題材もありますが、どちらかというと現実的に起こる出来事を描いた恐怖小説が多くなっていますね。特に夫婦や男女関係のもつれや行き違いが悲劇や犯罪を呼び起こす、というタイプの作品が目立ちます。

 いちばん印象に残るのは「黒い靴」。フランスを訪れていた靴職人の「ぼく」は、カフェで隣り合わせた中年夫人と言葉を交わすことになります。彼女は靴にまつわるある話を始めます。靴職人だった父親の工房で綺麗な靴を見つけた「わたし」はそれを欲しがりますが、それを見つけた母親に取られてしまいます。靴を履いた母は交通事故で亡くなってしまいます。さらにその後、兄が亡くなります。例の靴をはいた恋人と共に溺れたというのです。靴に何かがあるのではないかと「わたし」は考えますが…。
 履くと死を呼ぶ呪いの靴をめぐる恐怖小説です。最終的に靴の正体は明かされるのですが、靴一足によって一つの家族が全滅してしまう…というところで恐怖感の強い作品になっていますね。

 短めながら、どれもスマートで、鋭い恐怖小説集となっています。


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血の三角関係  タニス・リー『黄金の魔獣』
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 タニス・リーの長篇『黄金の魔獣』(木村由利子訳 ハヤカワ文庫FT)は、人狼になってしまった青年が殺戮を繰り返しながら運命の女に出会うという、ホラー・ファンタジー作品です。

 東方の国で「狼」と呼ばれるダイヤモンドを手にした瞬間から、美貌の青年ダニエルは満月が昇るたびに狼のような怪物に変身し、殺戮を繰り返すことになります。故郷に帰還したダニエルはそこで赤毛の美しい女性ローラと出会い惹かれることになりますが、彼女はすでに地元の名士ハイペリオン・ワースと結婚していました…。

 ダイヤモンドの魔力により人狼になってしまった青年が、運命的にある女性と出会い恋に落ちますが、彼女にはすでに夫がおり、不思議な三角関係が生まれる…という作品です。本の紹介文には「ロマンティック・ホラー」とありますが、ロマンティックどころではないですね。というのも、この作品、全体的に血と暴力の香りが強烈なのです。
 人狼になってしまったダニエルは、完全に獣に支配されており、全く人間との会話や意思の疎通ができません。目に入った人間を皆殺しにしてしまうのです。乗り込んだ船の乗員を皆殺しにしてしまい、そのために遭難する…というシーンもあるほど。
 ダニエルには獣だった時の記憶もないのですが、自分が人を殺したということだけは段々と理解するようになります。しかも殺戮を続けているうちにそれに対する罪の意識などもなくなっているようで、後半では素の状態で横暴かつ危険な人物となっています。
 運命の美女ローラとの出会いも、どこかダイヤモンドや魔術的な力によるもののような節があり、そこには二人の自由恋愛というよりは強制的な力を感じてしまいますね。

 一方ローラの夫ハイペリオンは、貴族的な伊達男で繊細な神経を持つ人物として描かれており、本来の主人公であるダニエルより魅力的な人物に見えます。さらにダニエルはローラに惹かれるだけでなく、ハイペリオンとも奇妙な友情というか愛情のようなものを感じている、というのも異色です。
 もともと悲劇的な結末が予感されており、実際そうした結末を迎えることにはなります。暴力と死に満ちたダニエルが人間的な幸福を手に入れることはできないだろうと予想する通りではあって、その意味では結末には説得力がありますね。
 血と暴力、死に満ちたファンタジーであるのですが、そこには奇妙な美しさがあるのもタニス・リー作品ならではでしょうか。

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取り換えられた人々  名梁和泉『マガイの子』
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 名梁和泉の長篇『マガイの子』(角川ホラー文庫)は、子ども時代に怪物と入れ替わったと信じられる「マガイの子」をめぐって展開されるホラー作品です。

 地方の町、鞍臥(くらが)では「マガイ」なる伝説が信じられていました。山に住む怪物が子どもをさらって喰らい、その子どもそっくりの怪物の子供を産み落とすというのです。見かけは人間そっくりの「マガイの子」は災いをもたらす、とされていました。
 坂見風哩(ふうり)は、8年前に「お山」で従兄が惨殺された現場に立ち会っていました。弟の怜治の機転によって助けられたものの、風哩には事件時の記憶がなく、彼女は周囲から「マガイの子」と信じられていました。
 故郷での軋轢から、東京に出て美大生となっていた風哩は、高名な造形作家でもある教授小磯からセクハラを受けており、そのトラブル対応から風変わりなスクールカウンセラー入江と面談をすることになります。風哩はたびたび見る奇怪な夢について彼に話すことになります。その夢は紅い砂漠、近くには異形の怪物たちが登場するというのです。
 一方、高校生となった怜治は、鞍臥の町に最近現れた砂原という研究者が気になっていました。砂原は「お山」の「磨崖仏」を調べているというのですが、実は異界からの侵略者を追い返そうとする「聖泉協会」なる団体を結成しているというのです。
 事故で早逝した母親に代わり、怜治と風哩の親代わりになっていた晃子叔母や、八年前に姉弟を助けてくれた円藤老人までもが「聖泉協会」の活動に参加するようになっているのに、怜治は不信感を抱くようになっていました…。

 さらわれた子どもが、姿は人間そっくりな怪物に入れ替えられてしまう…という「マガイ」の伝説をテーマにしたホラー作品です。
 幼い頃、山で一緒にいた従兄が惨殺され、「マガイの子」になってしまったのではないかと思われていた風哩。しがらみのある故郷から東京に出たものの、そこでも不穏な出来事が続きます。
 一方、故郷の鞍臥では「マガイ」が異界からの侵略者であると信じる「聖泉協会」が活動しており、風哩と怜治の姉弟もトラブルに巻き込まれていくことになります。
 「マガイの子」は、自身が怪物となるのか、また怪物を呼び寄せる窓口となるのか、そこははっきりとはしないものの、どちらにしても甚大な被害を起こすことが語られています。風哩が「マガイの子」であるのか、もしそうだとしてどんな形でその本性を現してしまうのか、といったところが読みどころになっていますね。

 風哩自身には「マガイ」の自覚はなく、幼い頃の事件の記憶もありません。しかし周囲は彼女を腫れ物扱いしており、いじめの対象ともなっていたのです。風哩は、理不尽な攻撃には対抗する気概のある性格の人物として描かれていますが、それが「迫害」を受けてきたことにより身に着いた態度なのか、それとも「マガイ」が秘めた獣性なのか…、そのあたりの性格設定も上手いです。
 一方、弟の怜治は、姉に対して深い愛情を抱いており、姉がもし「マガイの子」だとしても、その愛情は変わらないと信じています。幼い頃からの迫害、そして大人になってからの現実的な脅威と、過酷な運命に立ち向かう姉弟の姉弟愛の物語ともいえましょうか。

 風哩以外にも「マガイの子」はいるとされています。作中で明確にそれと名指されるのは松土孝太。女性を殺した殺人犯として手配されており、町に復讐に戻ってくるのではと恐れられています。他にも「マガイの子」がいる可能性は示唆されており、誰がそれであるのか、といったところもサスペンスを高める要因となっています。

 「マガイ」伝説自体は作者の創作ですが、これはいわゆる「取り替え子(チェンジリング)」テーマの変奏でしょうか。妖精によって人間の子どもがすり代えられてしまう…という伝説を、異界の怪物を題材にホラー風に再構成しています。
 この「マガイ」、異界の存在のようなのですが、彼らのいる世界や生態はもちろん、「マガイの子」の存在形態がどのようになっているのか? といったあたりも謎だらけです。そうした未知の恐怖を探っていくところにも、ホラーとしての魅力がありますね。

 人間がその人そっくりの怪物に成り代わってしまうという、身近な人が恐怖の対象になってしまうタイプの恐怖小説で、実際、「マガイの子」に対する町全体での疑惑と迫害も描かれています。例えばジャック・フィニイの『盗まれた街』や「偽物」の恐怖を描くフィリップ・K・ディックの諸作品を想起させるところもあります。
 また、自分は人間ではないのではないか?というアイデンティティーに対する不安も描かれていますね。ただ、そこには「マガイ」に対する恐怖よりも、例え「マガイ」だとしても互いへの愛情は変わらない…とする主人公の姉弟の愛情も強く描かれており、後味も悪くない作品となっているように思います。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

死のキャンプ  三浦晴海『歪つ火』
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 三浦晴海の長篇『歪つ火』(角川ホラー文庫)を読了。超自然的な要因でキャンプ場に閉じ込められてしまった女性の苦難を描くオカルトホラー作品です。

 仕事に疲れた水瀬友美は衝動的に会社を休み、バイクでソロキャンプに出掛けます。いななき森林キャンプ場で出会った年上の女性、恭子は、人なつこく積極的な性格でした。友美も含め、周囲のキャンパーたちを集めてキャンプファイアーを行うことになります。
 楽しい夜を過ごした友美でしたが、翌日目を覚ますと、キャンプ場から出られなくなっていることに気付きます。何度外に行こうとしても戻ってきてしまうのです。しかも、他の人間たちは昨日一緒に過ごした記憶がなくなっているようで、友美に対しても初対面であるかのような態度を取ります。
 起こっている事態を周囲の人間たちに説明しますが、信じてもらえません。唯一協力的だった恭子と一緒に、脱出する方法を探ろうとする友美でしたが…。

 仕事に疲れて一人キャンプ場を訪れた女性が、周囲の人間たちと共にキャンプ場から出られなくなってしまう…というホラー作品です。しかも記憶があるのは友美一人。時間が戻っているのか、記憶がリセットされてしまうのか、どちらにしても周囲のキャンパーたちは恭子以外がまともに味方になってくれず、二人で状況を探っていくことになります。
 異常事態が起こるまでの序盤が結構長いのが特徴なのですが、序盤では友美たちがキャンプ活動やアウトドア活動を行っていく様が丁寧に描かれていきます。その過程で周囲の人間たちと知り合い、そのキャラクターたちが紹介されていくという意味でも重要な部分となっていて、後半そちらの描写が生きてくることになります。

 キャンプ場に人間たちが閉じ込められてしまう怪奇現象の原因に関しては、オカルト的な背景が途中で明かされることにはなるのですが、その上でなお脱出は可能なのか、その方法は何なのか、探っていく過程はサスペンスたっぷりです。
 具体的なところはネタバレになってしまうので書けないのですが、面白いと思ったのは、超自然現象が起こってからの趣向。キャンプ場全体がいわゆる「異界」になってしまうのですが、そこでは生者と死者の区別がつかないのです。さらに死者と分かっていても、脱出のための知識を持っている可能性があるため、コミュニケーションを取らざるを得ない場合も出てきます。
 主人公の友美は、子どものころに体験したトラウマが原因で、他人と打ち解けるのが苦手な性格。積極的にコミュニケーションを取ってくる陽気な恭子との出会いはもちろん、超自然的な危機に対しての「他人」(生者の場合もあれば死者の場合もあります)との接触行動を通して、その性格が矯正されていく…という意味での成長物語にもなっていますね。
 一見悩み事のないような恭子を含め、キャンパーたちもそれぞれ個人的な問題を抱えているらしいことが示されています。それらの過去や問題が、その人物をどういう結末に導いていくのか、といった部分も読みどころでしょうか。

 前半はキャンプに不慣れな人間たちが、初対面で打ち解けながら、協力してアウトドア活動を行って行く様が描かれ、後半はキャンプ場から脱出しようとする命がけの探索行が描かれる…。同じサバイバルが描かれながら、それぞれ「正」と「負」のベクトルになっているのも面白い趣向ですね。

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呪われた世界  谷口裕貴『アナベル・アノマリー 』
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 谷口裕貴『アナベル・アノマリー 』(徳間文庫)は、超能力者の少女の呪いの蔓延した世界を舞台にした、SFホラー作品です。

 超能力者(サイキック)を生み出す研究の結果、生まれた少女アナベルは規格外の超能力者でした。人間を含む物質を変容させてしまうその力は、世界を滅ぼす可能性があるとされ、研究員たちによって殺害されてしまいます。生き残った人々は、死亡した研究員の名にちなむ組織「ジェイコブス」を結成します。
 死んだはずのアナベルでしたが、その後も世界各地に現れ、破壊をもたらしていました。しかしその後も、縁のある場所や物を通じてアナベルが顕現し、破壊をもたらす異常事態(アノマリー)が多発していました。どうやら生前アナベルが愛したものを依り代にしてアナベルが顕現するらしいのです。彼女が愛した一二種類のものは「アナベル・アナロジー」としてアナベルを呼び出すきっかけとなるとされ、恐れられ、禁忌とされていました。
 「ジェイコブス」に属するサイキックの一人である「わたし」は、アナベルの顕現によって被害の出たオーストラリアの都市ダーウィン場所に向かい、その原因を探ることになりますが…。

 強大な力を持つ超能力者の少女が死後も「呪い」となって顕現を続け、世界に災いをまき散らす世界を舞台にしたSFホラー作品です。アナベルは人間や物質など、周囲の事物を変容させてしまう能力者。その変容はランダムのようで、その能力に当てられた人間は生きていることさえできないのです。その力を恐れられて殺害されてしまいますが、死後もその力は残り、依り代を媒介に顕現を続けていました。
 一方、アナベルの脅威に対抗する組織「ジェイコブス」はサイキックを多数要する強力な組織。特に強力な六人の能力者たちが群体となって構成された「Six」は、組織の秘密兵器的な存在で、アナベルの力に対抗できるだけの力を持っているのですが、彼らの戦いの後は都市が壊滅し、人々も皆殺しにされてしまうなど、アナベル単体によるものにも劣らない膨大な被害が出てしまうのです。
 世界ではアナベルだけでなく、「ジェイコブス」自体も恐れられている…という非常にハードな世界観です。

 現在時間で「アナベル・アノマリー」に襲われている世界が描かれますが、その「災害」がどのようにして起きるようになったのか、「ジェイコブス」が何を行ってきたのか、など、過去の謎が段々と明らかになっていく過程は非常にスリリング。
 アナベルが顕現する依り代となる「アナベル・アナロジー」も面白い概念です。品物だけでなく、事物や概念なども含めて、アナベルが愛したものがアナベル自身を呼んでしまうため、人々はそうした事物を廃棄して禁忌としている…というのです。

 「ジェイコブス」はアナベルの駆逐を目的としているかと思いきや、単純にそういうわけでもないらしく、組織内での政治的な暗躍や駆け引きなどが描かれていくなど、スパイ小説的な味わいもありますね。
 アナベルの顕現による被害は「災害」といえるのですが、そこに巻き込まれたらほとんど助からないのです。その力はほとんど「世界改変」に近く、何が起きるか分からない、という意味での不条理な怖さがあります。

 四篇の連作となっていますが、2000年代初頭に発表された「獣のヴィーナス」「魔女のピエタ」に加えて、20年後に書かれた「姉妹のカノン」「左腕のピルグリム」が加えられた形で構成されています。
アナベル顕現の影に、彼女と縁のあった人間の人生が現れるという異色のヒューマン・ストーリー「獣のヴィーナス」、「ジェイコブス」が要するサイキックたちの誕生秘話ともいえる異形の魔女の物語「魔女のピエタ」、過去に潜り事実を改変する能力者の姉妹をめぐる「姉妹のカノン」、アナベルに対抗できる新たな能力者の暴走と最期を語る「左腕のピルグリム」と、それぞれの面白さがありますが、やはり最初の二篇「獣のヴィーナス」「魔女のピエタ」の情報量が凄まじく、短篇とは思えないほどの密度があります。まだ世界観がつかめていないうちに読み進んでいくと、次々と新事実が明らかになっていき、驚かされること間違いなしです。

 SF作品の枠で書かれていますが、ホラー味も非常に強いです。超能力や超能力者が「災害」「脅威」と捉えられる独自の世界観が魅力ですね。描写も独特で、アナベルの力によって世界が変容するシーンはどこかサイケデリック、超能力者同士の戦いのシーンはスケール感も大きいです。新感覚の味わいのホラー小説として楽しめる作品だと思います。


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恐怖の航跡  マッツ・ストランベリ『ブラッド・クルーズ』
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 スウェーデンの作家マッツ・ストランベリの長篇『ブラッド・クルーズ』(北綾子訳 ハヤカワ文庫NV)は、吸血鬼の入り込んだクルーズ船で、感染パニックが惹き起こされるというホラー作品です。

 スウェーデンとフィンランドを往復する豪華クルーズ船バルティック・カリスマ号。しかし老朽化の進んだ船に乗る客たちは、ほとんどが酒と一夜の出会いを求めている人間ばかりでした。
 今宵の乗客は千二百人。その中には吸血鬼の母親と息子が紛れ込んでいました。息子は飢えに耐えかね、船内の男を襲いますが、その男を通して船内に感染が次々と広まってしまいます…。

 海上を航行する大型クルーズ船内で、吸血鬼による感染パニックが起こる…というバイオレンス風味強めのホラー作品です。
 特定の決まった主人公はなく、船内にいる客や船員など一部の人間たちがクローズアップされて描かれていくという群像劇的な構成を取っています。
 前半はそんな人々の様子がじっくりと描かれていくのですが、この人間ドラマ部分が非常に面白いのです。精神に病を抱えた父と車椅子の母に育てられたヴェトナムからの養子の少年、元乗員でパートナーの男性にプロポーズする予定のゲイの男性、カラオケバーのホストを務める凋落した歌手、一夜のロマンスを求めて乗り込んだ中年女性たちなど、多様な人物の人生が描かれていきますが、多くはその人生に問題を抱えています。

 中盤から、紛れ込んだ吸血鬼により感染が進みパニックが起こることになります。吸血鬼に噛まれると吸血鬼になるのですが、知性のない獣のようになってしまう(ほとんどゾンビ状態です)者のほか、一部は知性を保ったまま兇暴な性格になる者もいるという具合。誰が吸血鬼になり、誰が生き残るのか? といったところでサスペンスも強烈です。吸血鬼になった者の行為は非常に残酷で、その描写はスプラッターたっぷり。かなりグロテスクな描写も多いので、このあたりが苦手な人は要注意です。
 両親との問題を抱える養子の少年アルビンといとこのルー、元乗員のカッレとそのボーイフレンドであるヴィンセント、孤独な老婦人マリアンヌ、女友達同士のマッデとザンドラ、バーテンダーでカッレの友人フィリップと同僚マリソル、女性警備員ピア、カラオケ・バーのホストであるダン、などが中心に描かれていきますが、アルビンたちが母親に再会できるのか、引き裂かれたカッレとヴィンセントが再会できるのか、といった部分も読みどころです。

 船内に充満した、ほぼ知性のない吸血鬼のほか、知性を保ったまま吸血鬼になった者や、そもそもの元凶である吸血鬼の親子など、危険極まりない状況のなか、あちこちで別れ別れになった人間たちがグループを作り、吸血鬼から生き延びようとすることになります。非常に緊迫感があって怖いホラーとなっていますね。
 前半、パニックが起こる前の人々の人物描写が結構長いのですが、この部分が後半生きてくることになります。パニックが始まってからは展開が早く、そのアクションとバイオレンス描写の上手さも相まって、止められない面白さがあります。パニック・ホラーの秀作でしょう。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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