fc2ブログ
2023年を振り返って
 もうすぐ2023年が終わります。この一年の簡単な回顧を記しておきたいと思います。

 体調的に最悪だった2022年ほどではないですが、今年も一年を通してあまり調子が良くなかったです。夏の極端な暑さと季節の変わり目で風邪を引いてしまい、治りかかってはぶり返し、の繰り返しのような感じでした。
 平日の仕事で消耗してしまい、体力的に週末のイベントに差し支えが出たことも多かったので、安定した体調と体力の維持が今後の健康課題でしょうか。

 秋頃から、部屋を埋め尽くしていた本を少し整理しようということで、蔵書整理を始めました(今も継続中です)。とりあえず500冊ぐらいを処分できましたが、まだ部屋の光景が変わるほどにもならないので、2024年度も継続していこうと思います。
 購入書もなるべく古本は抑えて、新刊のみに集中したいところです。

 主宰する読書会「怪奇幻想読書倶楽部」に関しては、僕自身の体調不良による延期などもありましたが、大体月一で安定して開催できたかなと思います。
 今まで語り合うのが難しいかなと思い、後回しにしてきたロバート・エイクマンやウォルター・デ・ラ・メア作品を取り上げたところ、意外に盛り上がって話が出来たのは、思わぬ収穫でした。

 今年出した同人誌は二冊。怪奇幻想映画を紹介した『怪奇幻想映画ガイドブック』と、テーマ別の本の紹介文をまとめた『テーマ別バラエティブックガイド』です。
 本の印刷費用に関しては、従来からじわじわ値上げの方向にはあったのですが、ロシア・ウクライナの戦争の影響で原材料が高騰し、同人誌印刷の方にも大幅な値上げが現れて驚いたのが秋頃でした。
 短いページ数の本はともかく、厚い本に関しては刊行がなかなか難しくなるのではないかと考えています。迷宮と建築をテーマにした作品を紹介する『迷宮と建築幻想ブックガイド 増補版』と、戦後日本の怪奇幻想関係の叢書を紹介する『海外怪奇幻想小説叢書ガイド』は、なんとか刊行したいと考えています。
 好評だった『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』の続編『海外怪奇幻想小説ブックガイド3・4』も大まかには出来ているのですが、費用的な問題もあり、刊行時期を模索しているところです。

 それでは、2023年度に読んで面白かった本のタイトルを挙げておきたいと思います。

●海外作品
アヴラム・デイヴィッドスン『不死鳥と鏡』
ドナテッラ・ヅィリオット『トロリーナとペルラ』
ニック・ドルナソ『アクティング・クラス』
アマンダ・ブロック『父から娘への7つのおとぎ話』
カトリオナ・ウォード『ニードレス通りの果ての家』
カミーユ・デアンジェリス『ボーンズ・アンド・オール』
J・ロバート・レノン『楽園で会いましょう』
ポール・トレンブレイ『終末の訪問者』
マシュー・ベイカー『アメリカへようこそ』
マリー・ルイーゼ・カシュニッツ『その昔、N市では カシュニッツ短編傑作選』
デイヴィッド・ウェリントン『最後の宇宙飛行士』
マリアーナ・エンリケス『寝煙草の危険』
ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ『過去を売る男』
ヤン・ポトツキ『サラゴサ手稿』
マックス・ブルックス『モンスター・パニック!』
マルセル・ティリー『時間への王手』
ラモン・デル・バリェ=インクラン『暗い庭 聖人と亡霊、魔物(ドゥエンデ)と盗賊の物語』
デイジー・ジョンソン『九月と七月の姉妹』
アーペル、ラウン、クラウレン『幽霊綺譚 ドイツ・ロマン派幻想短篇集』
ウィリアム・トレヴァー『ディンマスの子供たち』
ジェフリー・フォード『最後の三角形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』
エドワード・アシュトン『ミッキー7』
フリードリヒ・ド・ラ・モット・フケー『魔法の指輪 ある騎士物語』
フェルディナント・フォン・シーラッハ『神』
アンニ・スヴァン『夏のサンタクロース フィンランドのお話集』
メアリー・ダウニング・ハーン『いまにヘレンがくる』
ジェイソン・レクーラック『奇妙な絵』
ジョーン・エイキン『お城の人々』
ルーシー・ウッド『潜水鐘に乗って』
ロベルト・ピウミーニ『アマチェム星のセーメ』
J・K・ユイスマンス『腐爛の華 スヒーダムの聖女リドヴィナ』
J・K・ユイスマンス『彼方 悪魔と神秘の人工地獄』
J・K・ユイスマンス『さかしま』
アヒム・フォン・アルニム『エジプトのイサベラ』
ディーノ・ブッツァーティ『ババウ』
J・C・ポーイス『モーウィン』
ケヴィン・ウィルソン『ファング一家の奇想天外な謎めいた生活』
アンソニー・ホロヴィッツ『ホロヴィッツ ホラー』
キャロライン・B・クーニー『闇のダイヤモンド』
ジェス・キッド『壜のなかの永遠』
ヴィリエ・ド・リラダン『残酷物語』
ジェローム・ルブリ『魔王の島』
ゴットフリート・アウグスト・ビュルガー『ほら吹き男爵の冒険』
エドワード・ケアリー『呑み込まれた男』
アレクサンドル・グリーン『輝く世界』
シオドア・スタージョン『輝く断片』
シオドア・スタージョン『一角獣・多角獣』
シルヴィア・タウンゼンド・ウォーナー『フォーチュン氏の楽園』
ペトリュス・ボレル『シャンパヴェール -悖徳物語-』
ホセ・エミリオ・パチェーコ『メドゥーサの血 幻想短篇小説集』
T・E・D・クライン『復活の儀式』
L・P・デービス『四次元世界の秘密』
プロスペル・メリメ『メリメ怪奇小説選』
ペドロ・アントニオ・デ・アラルコン『死神の友達』
スーザン・ヒル『黒衣の女 ある亡霊の物語』
ルネ・ベレット『わが体内の殺人者』
ディーン・R・クーンツ『ウィスパーズ』
ディーン・R・クーンツ『ファントム』
マイクル・ムアコック『暗黒の廻廊』
エリカ・リレッグ『ふたりのベーバ』
風間賢二編『クリスマス・ファンタジー』
アンブローズ・ビアス『アウルクリーク橋の出来事/豹の眼』
ジェイムズ・F・デイヴィッド『叫びの館』
ヴィルヘルム・ブッシュ『ブッシュの絵本』
スザンナ・クラーク『ジョナサン・ストレンジとミスター・ノレル』
ジョージ・マクドナルド『きえてしまった王女』
コリン・ウィルスン『ロイガーの復活』
ウォルター・デ・ラ・メア『アーモンドの木』
ウォルター・デ・ラ・メア『トランペット』
ウォルター・デ・ラ・メア『九つの銅貨』
ウォルター・デ・ラ・メア『ヘンリー・ブロッケン』
エリン・モーゲンスターン『夜のサーカス』
ヘンリー・ジェイムズ『ヘンリー・ジェイムズ短篇集』
サマンタ・シュウェブリン『七つのからっぽな家』
V・E・シュワブ『アディ・ラルーの誰も知らない人生』
マイケル・イネス『ソニア・ウェイワードの帰還』
シャーリイ・ジャクスン『くじ』
E・W・ハイネ『まさかの結末』
E・W・ハイネ『まさかの顛末』
エドガー・アラン・ポー『ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫』
J・S・フレッチャー『バービカンの秘密』
クリスチアナ・ブランド『領主館の花嫁たち』
キース・トーマス『ダリア・ミッチェル博士の発見と異変 世界から数十億人が消えた日』
ブライアン・W・オールディス『ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド』
マルク・デュガン『透明性』
アルベルト・モラヴィア『薔薇とハナムグリ シュルレアリスム・風刺短篇集』


●国内作品
斜線堂有紀『本の背骨が最後に残る』
斜線堂有紀『回樹』
相川英輔『黄金蝶を追って』
飛鳥部勝則『堕天使拷問刑』
飛鳥部勝則『鏡陥穽』
手代木正太郎『涜神館殺人事件』
貴志祐介『秋雨物語』
木古おうみ『領怪神犯』
木古おうみ『領怪神犯2』
柞刈湯葉『まず牛を球とします。』
鵺野莉紗『君の教室が永遠の眠りにつくまで』
嶋戸悠祐『漂流都市』
頭木弘樹編『うんこ文学 漏らす悲しみを知っている人のための17の物語』
宮野優『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』
三津田信三編『七人怪談』
『6』
山白朝子『小説家と夜の境界』
大島清昭『最恐の幽霊屋敷』
新名智『きみはサイコロを振らない』
小田雅久仁『禍』
村雲菜月『もぬけの考察』
背筋『近畿地方のある場所について』
サイトウ ケンジ『魔女の怪談は手をつないで 星見星子が語るゴーストシステム』
下永聖高『オニキス』
北山猛邦『私たちが星座を盗んだ理由』
澁澤龍彦訳『幻想怪奇短篇集』
潮谷験『時空犯』
潮谷験『スイッチ 悪意の実験』
潮谷験『エンドロール』
潮谷験『あらゆる薔薇のために』
光原百合『扉守 潮ノ道の旅人』
高橋克彦『私の骨』
小池真理子『死者はまどろむ』
柞刈湯葉『人間たちの話』
小森香折『ニコルの塔』
西崎憲『本の幽霊』
周藤蓮『バイオスフィア不動産』
入間人間『昨日は彼女も恋してた』
入間人間『明日も彼女は恋をする』
小林泰三『逡巡の二十秒と悔恨の二十年』
野本隆『バーチャル・チルドレン』
清水杜氏彦『少女モモのながい逃亡』
恒川光太郎『箱庭の巡礼者たち』
恒川光太郎『化物園』
音無白野『その日、絵空事の君を描く』
尾八原ジュージ『みんなこわい話が大すき』
千早茜『夜に啼く鳥は』
千早茜『魚神』
千早茜『あやかし草子』
千早茜『おとぎのかけら 新釈西洋童話集』
貴志祐介『我々は、みな孤独である』
平井和正『悪夢のかたち』
真梨幸子『フシギ』
真梨幸子『お引っ越し』


●ノンフィクション
マイケル・ボンド『失われゆく我々の内なる地図 空間認知の隠れた役割』
マーク・ミーオドヴニク『液体 この素晴らしく、不思議で、危ないもの』
アーノルド・ファン・デ・ラール『黒衣の外科医たち 恐ろしくも驚異的な手術の歴史』
アルベルト・マンゲル『図書館 愛書家の楽園[新装版]』
アルベルト・マングェル『読書礼讃』
ノエル・キャロル『ホラーの哲学 フィクションと感情をめぐるパラドックス』
ジャック・ボドゥ『SF文学』
ジョスリン・ゴドウィン『キルヒャーの世界図鑑 新装版 よみがえる普遍の夢』
フィリップ・アサンズ『モンスターを書く 創作者のための怪物創造マニュアル』
風間賢二『ホラー小説大全 完全版』
伊佐敷隆弘『死んだらどうなるのか? 死生観をめぐる6つの哲学』
源河亨『「美味しい」とは何か 食からひもとく美学入門』
入倉隆『奇想天外な目と光のはなし』
小林昌樹『調べる技術 国会図書館秘伝のレファレンス・チップス』
中野美代子『綺想迷画大全』
喜多崎親編『怪異を語る 伝承と創作のあいだで』
野崎六助『異常心理小説大全』
田村隆一『ぼくのミステリ・マップ 推理評論・エッセイ集成』
伊藤潤二『不気味の穴 恐怖が生まれ出るところ』
頭木弘樹『自分疲れ ココロとカラダのあいだ』
平山瑞穂『エンタメ小説家の失敗学「売れなければ終わり」の修羅の道』


●コミック
セルジオ・トッピ『シェヘラザード 千夜一夜物語』
パヴェル・チェフ『ペピーク・ストジェハの大冒険』
佐藤達木『軟骨さん』
竹内佐千子『Bye-Bye アタシのお兄ちゃん』
路田行『透明人間そとに出る』
吉田光彦、高橋克彦『ばく食え』
吉富昭仁『迷宮日和』
熊倉献『ブランクスペース』
太田基之『オオタ式』
川島のりかず『フランケンシュタインの男』


●同人出版
エルクマン-シャトリアン『人狼ユーグその他の奇譚集』
X・B・サンティーヌ『夢日記より』
フレデリック・ブウテ『絞首台の下で フレデリック・ブウテ残酷戯曲集』
ウォルター・デ・ラ・メア『森の中で ウォルター・デ・ラ・メア短編集』
W・W・ジェイコブズ『猿の手 ジェイコブズ怪奇幻想作品集』
ゾラン・ジヴコヴィチ『図書館』
ロバート・ブロック、オーガスト・ダーレス『アーカム・サンプラー書評集』
H・P・ラヴクラフト『怪奇作家はダンセイニ卿を語る H・P・ラヴクラフト書簡集』


 海外作品では、今年読めて一番良かったのは、ヤン・ポトツキ『サラゴサ手稿』でしょうか。以前より完訳の予定が出ては消えていたのですが、岩波文庫から三巻本で完訳が刊行されました。全体を通して読むと、抄訳版とはまた違った味わいではあったのですが、幻想文学の奇書という評判通りの作品で、実際に読むことができて、ある種の感慨があります。
 今まであまり手を出してこなかった、J・K・ユイスマンスやウォルター・デ・ラ・メアの作品が、読んでみると意外に面白かったのは収穫でした。デ・ラ・メアは読書会で取り上げたこともあり、話し合うことでさらに面白さが増す作家だと思います。

 古典作品では、本邦初訳となる作品多数の貴重なアンソロジー『幽霊綺譚 ドイツ・ロマン派幻想短篇集』(アーペル、ラウン、クラウレン)、ユーモアに満ちた奇怪なゴシック小説『エジプトのイサベラ』(アヒム・フォン・アルニム)、奇想小説集ともいうべき『残酷物語』(ヴィリエ・ド・リラダン)、メリメのスタイリッシュな怪談集『メリメ怪奇小説選』(プロスペル・メリメ)などが読めたのが収穫でした。

 現代作品では、不思議な味わいの冒険小説『不死鳥と鏡』(アヴラム・デイヴィッドスン)、凝った構成のサイコホラー『ニードレス通りの果ての家』(カトリオナ・ウォード)、人食いの少女を主人公にした異色の恋愛小説『ボーンズ・アンド・オール』(カミーユ・デアンジェリス)、宗教的要素も強いホラー『終末の訪問者』(ポール・トレンブレイ)、読み応えのある異色短篇集『アメリカへようこそ』(マシュー・ベイカー)、奇妙な味の幻想小説集『その昔、N市では カシュニッツ短編傑作選』(マリー・ルイーゼ・カシュニッツ)、現実的な要素も強いホラー作品集『寝煙草の危険』(マリアーナ・エンリケス)、グロテスクなSFホラー『最後の宇宙飛行士』(デイヴィッド・ウェリントン)、時間SFの秀作『時間への王手』(マルセル・ティリー)、姉妹をめぐる異色サスペンス『九月と七月の姉妹』(デイジー・ジョンソン)、外れの全くない傑作短篇集『最後の三角形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』、使い捨てクローンの冒険を語ったSF『ミッキー7』(エドワード・アシュトン)、家族の絆をめぐるヤングアダルトホラー『いまにヘレンがくる』(メアリー・ダウニング・ハーン)、絵を使った異色サスペンス『奇妙な絵』(ジェイソン・レクーラック)、ユーモアと哀感あふれるファンタジー集『お城の人々』(ジョーン・エイキン)、文芸身豊かな幻想小説集『潜水鐘に乗って』(ルーシー・ウッド)などを面白く読みました。

 国内作品で印象に残ったのは、以下のような作品たち。

 まず斜線堂有紀作品。それぞれ幻想小説とSFをまとめた『本の背骨が最後に残る』『回樹』が秀作揃いでした。

 次々と復刊がなった飛鳥部勝則作品も、そのインパクトの強さで印象が残りました。とんでもない設定のミステリ『堕天使拷問刑』、鏡をめぐるグロテスクなホラー『鏡陥穽』は非常に面白く読みました。

 ねじれたタイムトラベルミステリ『時空犯』を皮切りに、潮谷験作品にもはまりました。『スイッチ 悪意の実験』『エンドロール』『あらゆる薔薇のために』、それぞれユニークな設定が用意されているだけでなく、哲学的な思索も感じられるところが魅力です。

 現状では主に一般小説作家と認識されている千早茜の、初期の幻想小説もまとめて読みました。それぞれ日本と海外の民話・童話的なモチーフの短篇集『あやかし草子』『おとぎのかけら 新釈西洋童話集』、不死の一族をめぐる哀切な連作集『夜に啼く鳥は』が魅力的でした。

 あと面白く読んだのは、叙情的な幻想作品集『黄金蝶を追って』(相川英輔)、破天荒なオカルトミステリ『涜神館殺人事件』(手代木正太郎)、時間テーマの連作集『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』(宮野優)、神々をめぐる連作『領怪神犯1・2』(木古おうみ)、作家テーマのブラックユーモア作品集『小説家と夜の境界』(山白朝子)、幽霊屋敷テーマの新機軸『最恐の幽霊屋敷』(大島清昭)、グロテスクなSF・ホラー短篇集『禍』(小田雅久仁)、不条理味の強い連作『もぬけの考察』(村雲菜月)など。

こうして見ると、読書的には充実した一年だったようです。来年もまた面白い本に出会えることを祈って活動していきたいと思います。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

化物のいる風景  恒川光太郎『化物園』
bakemonoen.jpg
 恒川光太郎『化物園』(中央公論新社)は、様々な形で「化物」と出会う人間たちの姿を描く幻想的な連作短篇集です。

 空き巣を繰り返す女が侵入した家の猫に引っかかれ、魔物を追っているという不思議な老人に出会う「猫どろぼう猫」、父を亡くした無職の男が思わぬ犯罪に巻き込まれる「窮鼠の旅」、十字路でギターを弾く男が様々な禍を引き起こす「十字路の蛇」、田舎の館にお手伝いとして住み込むことになった娘の奇妙な体験を描く「風のない夕暮れ、狐たちと」、幼い頃から残虐な衝動を抑えられない少年が殺人を繰り返す「胡乱の山犬」、皆に虐げられていた少年がふとしたことから神性のある子どもとして寺院で暮らすことになる「日陰の鳥」、不思議な存在によってとある空間に囚われた子どもたちが、そこで音楽の英才教育を受けることになるという「音楽の子供たち」を収録しています。

 収録作を通して、さまざまな化物が登場し、それに関わり合った人間たちの人生が描かれていくという短篇集です。この化物、ケシヨウと呼ばれる化猫として登場したり、「ダウォン」と呼ばれる人食いの化物として登場したり、人間に化けて登場したりと、色々な姿を取っていますが、どうやら同じ「種」の存在のようです(同一個体なのかは分かりませんが…)。
 知性も能力も人間以上のようで、「音楽の子供たち」では、人間の子どもたちを複数、異空間に捕らえておくなど、かなり超常的な力を持っていることが窺えます。どうやら人間たちよりも上位の存在のようです。

 集中で飛びぬけて魅力的な作品が、巻末の「音楽の子供たち」
 どことも知れぬ場所で、幼い頃から乳母の銀穂と二人で暮らしていた少年、陽鍵はピアノの学習をさせられていました。あるときを境に乳母はいなくなり、他にも自分と同じような少年少女たちが、それぞれ楽器を学んでいることを知ります。
 この世界を支配しているらしい不思議な存在「風媧」は、食物が欲しければ、子どもたち同士で協力し、定期的に「風媧」のために音楽を演奏するように求めますが…。
 超常的な存在「風媧」によって、異空間で育てられた子どもたちが、音楽の研鑽を積んでいく、という物語です。音楽の才能を持った少年少女がひたすらその道に邁進したときに、どのような音楽が現れるのか。才能は花開き、素晴らしい才を持つ子どもたちが育つのですが、その一方、閉鎖された環境と狭い人間関係からトラブルも発生します。外の世界を夢見る主人公陽鍵が取った手段とは…?
 独自のルールを持つ異世界やその事物を探索していく過程が何とも魅力的です。その世界にある物には「術理(じゅつり)」がかけられており、それを問いかけ、実現することによって、中の物を取り出したり動かしたりすることができるのです。
 人為的に作られた世界なのか、異世界なのか、それとも未来世界なのか…。最初は全く見当のつかなかった世界の秘密が少しずつ明かされていく過程が面白いです。また、そこで純粋に音楽の才能を高めあううちに出現する音楽の描写部分も魅力的ですね。

 恐怖小説的な感触が強いのが「十字路の蛇」「胡乱の山犬」

 「十字路の蛇」は、十字路でギターを弾くホームレスのような男に、ちょっかいをかけた友人の家庭が崩壊してしまうという物語。やがて成人した「私」のもとにその蛇のような男から電話がかかってきますが…。
 単なる浮浪者かと思っていた男が、実はとんでもない男で、人間業とは思えないほどの被害をもたらす…という物語。これは怖いです。

 「胡乱の山犬」は、生まれつき残虐な衝動を持つ少年の人生を描く物語。小動物を殺すことで衝動を抑えていた少年は、弟を殺そうとし、その行動から村を追われてしまいます。陰間茶屋に売られるものの、そこでも人をたびたび殺していました。店の客である女おりくは、そんな性質を知りながら、「私」を身請けすることになりますが…。
 生来の残酷さを持つ少年の数奇な人生を語った物語です。こちらも残酷なおりくとの旅路の果てに訪れたものとは…。殺人を繰り返す少年を主人公とした物語なのですが、その残虐さが性格的なものなのか、それとも本人の意志でもどうにもならないものなのか、ということを考えさせる後半の展開は興味深いですね。

 「窮鼠の旅」も、リアルな感触で印象に残ります。プライドの高さから働くことができず、無職で生きてきた男久間王司。父親が突然死してしまい、慌てた王司は父親の死体を隠し、銀行から金を下ろします。家にいるところ怪奇現象に襲われ、怖くなった王司は外をうろつくことになります。ある日現れた女に養われることになりますが、突然現れた女の関係者らしい男を殺してしまうことになります…。
 父の死後、家に帰れなくなった男が過ごす行き当たりばったりの人生を描く作品です。主人公の行動に確固とした方針がなく、本当に投げやりなのですが、それが逆にリアルなのですよね。

 前半収録作の方が現実的で、かつ人間の暗い情念を描いた作品が多くなっていますね。後半に行くにしたがって、幻想小説的な味わいが濃くなっていく印象です。どちらにしてもストーリーテリングの素晴らしさは際立っていて、読んでいて本当に続きが気になってしまう作品揃いです。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

1月の気になる新刊
1月10日刊 デイヴィッド・ウェリントン『致死のパラダイス 上・下』(中原尚哉訳 ハヤカワ文庫SF 予価各1408円)
1月15日刊 鶴見俊輔『ドグラ・マグラの世界/夢野久作 迷宮の住人』(講談社文芸文庫 予価2200円)
1月18日刊 ハインリヒ・フォン・クライスト『ミヒャエル・コールハース チリの地震 他一篇』(山口裕之訳 岩波文庫 予価1001円)
1月29日刊 森口大地編訳『ドイツ・ヴァンパイア怪縁奇談集』(幻戯書房 予価4620円)
1月29日刊 ジョン・バカン作、エドワード・ゴーリー絵『三十九階段』(小西宏訳 東京創元社 予価1980円)[

 デイヴィッド・ウェリントン『致死のパラダイス』は宇宙船内で展開されるパニックホラー的作品のようです。2022年に出た同著者の『最後の宇宙飛行士』がホラー的興趣たっぷりのSF作品だったので、最初からホラーを標榜しているこちらの作品も楽しみです。

 1月の新刊で一番の要注目はこれでしょうか。森口大地編訳『ドイツ・ヴァンパイア怪縁奇談集』。紹介文を引用しますね。
 「ポリドリ『ヴァンパイア』ブームのさなか、1820~30年代にかけて発表された、ラウパッハ『死者を起こすなかれ』、シュピンドラー『ヴァンパイアの花嫁』など怪縁が織りなすドイツ・ヴァンパイア文学傑作短編集。本邦初訳。ヴァンパイア学者が詳述する訳者解題「ヴァンパイア文学のネットワーク」を併録。」
 収録内容も公開されていたので紹介しておきます。

■目次
「死人花嫁」ゴットフリート・ペーター・ラウシュニク
「死者を起こすなかれ」エルンスト・ラウパッハ
「ヴァンパイアの花嫁」カール・シュピンドラー
「ヴァンパイア アルスキルトの伝説」J・E・H
「狂想曲――ヴァンパイア」イジドーア
「ヴァンパイアとの駆け落ち」ヒルシュとヴィーザー
「ヴァンパイア ワラキア怪奇譚」F・S・クリスマー

ヴァンパイア関係事項年譜
訳者解題 ヴァンパイア文学のネットワーク

ページ数も464ページということで随分厚いですね。これは楽しみ。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

クリスマスの恐怖  夏来健次編『英国クリスマス幽霊譚傑作集』
eikokukurisumasuyuureitan.jpg
 夏来健次編『英国クリスマス幽霊譚傑作集』(創元推理文庫)は、英国のクリスマスにまつわる幽霊譚・怪奇小説を集めたアンソロジーです。収録作13篇12篇が本邦初訳という貴重なラインナップになっています。

チャールズ・ディケンズ「クリスマス・ツリー」
 クリスマス・ツリーやその装飾に関して子ども時代の記憶が情感豊かに懐古されていくというエッセイなのですが、後半には実話風の幽霊譚がいくつも登場するという作品です。
 死を予告する幽霊馬車の話、死後の再会を約束した友が霊となって現れる話、自分の分身を見た娘の話などが言及されますが、一番印象に残るのは、クローゼットに現れる幼い少年の霊をめぐるエピソードでしょうか。一件優しそうな霊に見えるのですが、霊の出現後、何人もの人間が亡くなっている、というところで怖さもありますね。

ジェイムズ・ヘイン・フリスウェル「死者の怪談」
 夜、画家の工房に集まり、話していた三人の男たち。医師である中の一人が、自身の体験談として怪談を語り始めます。危篤だとして呼ばれていった先で、若い女性に恋をしてしまったというのです。女性への思いが高じて、体調を崩してしまいますが…。
 病弱な女性に恋をした医師の話ということで、この女性が幽霊となる話かと思っていると、とんでもない方向に話が展開します。後半の展開はゴースト・ストーリーとはちょっと違った感覚の物語になっていますね。

アメリア・B・エドワーズ「わが兄の幽霊譚」
 「わたし」は兄が体験したという不思議な話を語ります。スイスのアルプス山脈にスケッチのために訪れていた兄は、宿で三人の同宿者と仲良くなります。彼らは、イタリアから来た行商人ステファノとバティストの兄弟と、恋人マリーとの結婚を来週に控えているというオルゴール商人クリスチャン・バウマンでした。
 再会を約して別れますが、別れた後、深夜に悪寒を感じて目覚めた兄は、オルゴールの旋律を耳にします…。
 短い間ながら友人となった青年の死が、不思議な知らせとなって現れる、という怪奇小説です。

ウィリアム・ウィルシュー・フェン「鋼の鏡、あるいは聖夜の夢」
 代々、「私」の家はシークイン家と一緒にクリスマスを過ごす慣わしになっていました。今年もゴドフリー・シークイン夫妻の家を訪れる予定でしたが、妻のマリアの体調不良から「わたし」は一人でシークイン家に出かけることになります。
 部屋の中にあった鋼製の鏡に、未亡人用喪服の女性の像が現れるのを見た「私」は妻の身に何かがあったのではないかと、不安になります。シークイン夫人はなぜか心配することはないと話し、「私」を引き留めますが…。
 一緒にクリスマスを過ごすことに対して理不尽なほど執着するシークイン夫妻の秘密とは何なのか? 「私」のちょっとした行動が悲劇を引き起こしてしまうという、悲劇的な怪奇譚です。

イライザ・リン・リントン「海岸屋敷のクリスマス・イヴ」
 マッケンジー家は呪われた家系と言われており、祖父も父も非業の死を遂げていました。父親のチャールズ大尉も十年前に失踪していました。娘のアリスは、芸術家ウォルター・ガーウッドと結婚しますが、彼がコーンウォールの僻地に用意した海岸屋敷に住むことになります。
 その屋敷は住人が居付かず、ジェム・ペンリースという管理人にもアリスは好感を持つことができません。ペンリースは野卑で傲慢な男で、彼が執着していたメアリという娘はクリスマス・イブに姿を消してしまったというのです。憂鬱に囚われ、どんどんと体調を悪くしていくアリスでしたが…。
 呪われた家系の末裔である娘が、悲劇の因縁のある屋敷に引き寄せられることになる、というゴシック味も豊かな怪奇小説です。これは何ともダークで陰鬱な作品ですね。

J・H・リデル夫人「胡桃邸(くるみやしき)の幽霊」
 親類から買いとったロンドンの邸宅にやってきたエドガー・ステイントンは、弁護士の事務員から邸に幽霊が出ることを聞かされます。子供の幽霊が出るといい、エドガーは実際にその霊を目撃します。男の子の霊は何かを探しているようなのです。
 かって家に住んでいたフェリックス・ステイントンの孫の一人の男の子は相続者から虐待まがいのことをされたのみならず、妹と引き離されて死んでしまったというのですが…。子どもの霊が探し続けるものとは何なのか? 霊の望みが成就し、幸せな結末が訪れるというジェントル・ゴースト・ストーリーです。

セオ・ギフト「メルローズ・スクエア二番地」
 友人へスターの紹介で、メルローズ・スクエア二番地の邸宅を借りることになった「わたし」。あまり感じの良くない家政婦キャサーズ夫人に不満を持つものの、平穏に暮らしていました。ある夜、鏡を見ていたところ、その中に別の若い女性の姿を見つけ驚きますが、キャサーズ夫人にたしなめられてしまいます。さらに、家の中で別の人物の姿も目撃することになりますが…。
 幽霊らしき存在を目撃した女性が、その家で起こった邪悪な事件を知ることになる…というゴースト・ストーリーです。恐らく殺人事件が起きたであろうことは確かなのですが、その実体ははっきりしておらず、さらに家主がキャサーズ夫人を使って真実を覆い隠そうとしている…というところで、生きた人間の陰謀的な側面も感じられるという作品です。

マーク・ラザフォード「謎の肖像画」
 「わたし」は独身のままの旧友から、独り身であることの理由を聞きます。彼が持つ美しい女性の肖像画がそれには関係しているというのです。
 過去に馬車で相席になった若い女性に友人は惹かれますが、いつの間にか彼女は姿を消してしまい、運転手もそんな人間は見なかったというのです。富裕になった友人は富を失い結婚も破談になってしまいますが、また件の女性を見かけることになります。
 再び見失った友人は、数年後にロンドンの美術館で問題の女性にそっくりな肖像画を見かけることになりますが…。
 何度会っても姿を消してしまう謎の女性をめぐる奇談です。他の人間には認識されていないところから、生きた女性ではないのではないかと推測されるのですが、そのあたりも最後まで明らかにならず、謎めいた雰囲気の作品になっていますね。

フランク・クーパー「幽霊廃船のクリスマス・イヴ」
 友人である副牧師のジョーンズに誘われ、彼が住む僻地を訪れた「わたし」は、沼沢地に鴨撃ちに出かけます。無人の小舟を見つけた「わたし」はそれに乗っていたところ、ぼろぼろになった廃船を見かけて、中に入ってみることになります。
 途端に嵐のような雨風に襲われ、小舟も流れてしまったため、廃船の中で過ごすことを余儀なくされますが、誰もいないはずの船の中から人間がいるような音が聞こえるのです…。
 ぼろぼろで、中は腐りきっており、汚水もたまっているという廃船の中で、奇怪な霊現象と出会うという怪奇小説です。
 怪奇現象だけでも怖いのですが、物理的にも命の危険にさらされるというところでサバイバル小説の趣もありますね。雰囲気たっぷりのホラー作品です。
 作中ではブルワー・リットンの名作怪奇小説「幽霊屋敷」にも言及されています。

エリザベス・バーゴイン・コーベット「残酷な冗談」
 それぞれの両親が亡くなり、ベル叔母に引き取られたジャックとジムの双子の兄弟と従兄のブライス。さほど裕福ではない叔母が密かに持っていた田舎の地所で、一緒に暮らすことになりますが、子どもたちは自由を制限されることに不満を持ち、引っ越したくてたまらなくなっていました。
 近所の住人から、かってその家に住んでいたメリヴェール家の兄弟が家庭教師の女性をめぐって不慮の死を遂げたことを聞いたジャックとジムは、その女性がベル叔母当人だと考え、精神的に動揺させ、家を離れさせようと考えますが…。
 全くの善意から子どもたちを引き取っていた女性に対して、子どもたちが「残酷な冗談」を行うという残酷譚です。メインテーマである話の他に、ベル叔母の過去として言及される事件も相当に悲惨な残酷話で、こんな事件に巻き込まれたら確かに精神的に病んでしまうだろうな、と同情的になってしまいますね。

H・B・マリオット・ワトスン「真鍮の十字架」
 愛のない相手との結婚を控えて、本当に愛している女性と森の中を通りかかった「ぼく」。そこはクリスマス・イヴの晩には邪悪な霊魂が出てくるという伝説がありました。墓地を通った際に、彼女は錯乱状態になってしまいます…。
 悪霊なのか魔性のものなのか、そういう存在に憑かれてしまった女性を描く作品です。恋人の結婚式の場所に狂ってしまった女性が現れるシーンはインパクトがありますね。

ルイーザ・ボールドウィン「本物と偽物」
 休みの間に級友のヒュー・アーミティッジとホレス・ローリーを自宅の邸に招待したウィル・マスグレイヴ。マスグレイヴの家はシトー派の修道院の跡に建てられており、僧の幽霊が出るとされていましたが、ウィルの祖父の時代以来、その目撃は途絶えていました。
 ぜひ幽霊を見てみたいと思っていると言うマスグレイヴとローリーをからかってやろうと、アーミティッジは、近所の家に住む娘ケイトと一緒に計画を立て、幽霊の振りをして二人を驚かそうとしますが…。
 幽霊の振りをして友人を驚かそうとした青年が本物の幽霊と遭遇してしまう…という物語。結末もショッキングですね。

レティス・ガルブレイス「青い部屋」
 マータウン館の<青い部屋>には昔より霊が出ると言い伝えられていました。かって当主の夫人であり黒い噂のあった女性バーバラがその部屋には関わっているというのです。長年仕える家政婦によれば、約50年前に客として訪れたウッド嬢が部屋で何かに遭遇しショック死したという事件もありました。
 その部屋に泊まった男性には特に何も起こっていないため、女性が泊まったときにのみ何かが起こるのではないかと考えたイーディスは、友人のコールダー・マックスウェルとも相談し、部屋の秘密を解き明かすために、部屋に泊まろうとします。
 イーディスの恋人である現当主の息子アーサーは、彼女の行為を止めようとしますが…。
 怪奇現象の起こると言い伝えられる<青い部屋>をめぐる怪奇小説です。何代も前の当主夫人が黒魔術を使ったとの噂もあり、部屋の秘密を解き明かすためにとある女性が部屋に泊まり込む、というお話になっています。
 部屋の秘密について調べるコールダー・マックスウェルは謎解き役というか、オカルト探偵的な存在になっていますね。もっとも怪現象の真実についてははっきりしないところもあるのですが…。
 危険を恐れない女性イーディスのキャラクターにも生彩があります。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

死者と使者  マネル・ロウレイロ『生贄の門』
ikenienomon.jpg
 スペインの作家マネル・ロウレイロの長篇『生贄の門』(宮﨑真紀訳 新潮文庫)は、山頂に残る古代遺跡で発生する謎の連続殺人をめぐる、オカルト・ホラー・サスペンス作品です。

 捜査官ラケルの息子フリアンは、悪性脳腫瘍に侵され、手の施しようがないと診断されてしまいます。癌患者を何人も治したという定評のあるヒーラー、ラモーナ・バロンゴに一縷の願いを託そうと、彼女が住むガリシア地方の小村の近くに転属を願い出ることになります。しかし現地に着くと、ラモーナは姿を消していました。
 折しも、山頂に残る古代遺跡で若い女性の死体が発見され、目撃者の男性も殺害されてしまいます。 ラケルは、相棒となったフアンと共に事件を調べているうちに、殺された女性がラモーナの治療で回復した患者の一人であったらしいこと、さらに、山頂での儀式的な殺人は、過去に定期的に何度も起きているらしいことを知りますが…。

 スペインの僻地の山頂、古代遺跡の絡む殺人をめぐって展開されるオカルト風味の強いホラー・サスペンス作品です。
 殺された女性は心臓を抉りだされており、そこには儀礼的な何かがありました。しかも殺人は定期的に行われているらしく、そこにカルト的な集団が関わっているのではないか、ということが取り沙汰されていきます。
 さらに殺された女性が、ヒーラーであるラモーナの患者だったこと、ラモーナ自身が失踪していることから、事件にラモーナも関わっているらしいことが分かります。
 息子の命のタイムリミットが迫っており、その命もラモーナを見つけることにかかっているため、主人公ラケルが殺人事件の捜査に必死になっていく、というのには説得力がありますね。

 殺人の現場となった遺跡は、現地の言葉で「生贄の門」と呼ばれており、文字通り供犠が行われていたことが示唆されます。その門を通して死者がこの世界に出入りしている可能性も取りざたされ、実際にラケルやフリアンもその姿を目撃することになります。
 フリアンは脳腫瘍による影響から幻覚を見る可能性があり、ラケルもまたその精神的ストレスからありもしないものを見ている可能性もありと、超自然的な現象が本当に起こっているのか、そうでないのかが分からない、というあたり非常に上手いですね。
 殺人を行っているカルト集団は何を目的としているのか? 死者たちは本当に存在するのか? ラモーナの力は本物なのか? 超自然的な部分での疑問がはっきりしないまま物語が展開していくため、息子フリアンの命を助けるという、主人公ラケルの最大の目的が叶うのか、というところでハラハラドキドキ感もたっぷりです。
 また、飽くまで個人レベルの物語だと思っていたそれが、人類スケールに拡大されてしまうクライマックスには驚きもあります。

 ラケル(女性です)の相棒となる警官フアンが心優しい巨漢で、ラケルとの間に仄かな恋愛感情も芽生える…という部分も良いですね。後半にはアクションシーンも多く展開され、エンターテインメントとして読み応えがあります。
 作者のロウレイロ、ホラーやSFのファンらしく、そうしたジャンルの作品名が言及されるのもファンには楽しいです。
 いわゆる田舎の僻地が舞台になっているだけに、温厚で善人に見えた人々が、とんでもない因習の虜になっていた…というホラー特有の形にも見えるのですが、その因習に「合理的な理由」があった…というのも面白いですね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

同人誌『迷宮と建築幻想ブックガイド 増補版』刊行のお知らせ
meikyuyuhyousi1.jpg
 新しく、同人誌を作成することにしました。タイトルは『迷宮と建築幻想ブックガイド 増補版』。四年前に刊行した『迷宮と建築幻想ブックガイド』の増補版になります。元版は30ページ程度の小冊子だったのですが、今回は大幅に収録内容を増補して、以前の三倍程度の分量となっています。
 内容は、迷宮や迷路、建築をテーマとした幻想小説や漫画作品などを紹介したガイドになっています。


通信販売は、以下のお店で扱っていただく予定です。印刷完成は2月上旬ごろを見込んでいます。

CAVA BOOKS(サヴァ・ブックス)さん
享楽堂さん

仕様は以下の通りです。

『迷宮と建築幻想ブックガイド 増補版』
サイズ:A5
製本仕様:無線綴じ
本文ページ数:100ページ(表紙除く)
表紙印刷:カラーオンデマンド
本文印刷:モノクロオフセット
表紙用紙:アートポスト200K
本文用紙:書籍90K(クリーム)
表紙PP加工あり
頒布価格:1900円


内容は以下の通り。

まえがき

迷宮と迷路
ヤン・ヴァイス『迷宮1000』
J・L・ボルヘス「アベンハカン・エル・ボハリー、おのが迷宮に死す。」
J・L・ボルヘス「二人の王と二つの迷宮」
J・L・ボルヘス「バベルの図書館」
マリオ・レブレーロ『場所』
ロレンス・ダレル『黒の迷路』
ハーバート・リーバーマン『魔性の森』
ラインハルト・レタウ「迷路の庭」
眉村卓「迷路の町」
武宮閣之『魔の四角形 見知らぬ町へ』
恩田陸『MAZE』
マーク・Z・ダニエレブスキー『紙葉の家』
矢部嵩『〔少女庭国〕』
ウィル・ワイルズ『時間のないホテル』
たかみち『百万畳ラビリンス』
スザンナ・クラーク『ピラネージ』
J・ヒル&S・キング「イン・ザ・トール・グラス」
吉富昭仁『迷宮日和』

奇妙な建築
マルキ・ド・サド「呪縛の塔」
エドガー・アラン・ポー「アッシャー家の崩壊」
レイ・ブラッドベリ「第二のアッシャー邸」
フィッツ=ジェイムズ・オブライエン「手から口へ」
ロバート・A・ハインライン「歪んだ家」
ディーノ・ブッツァーティ「塔の建設」
ディーノ・ブッツァーティ「エッフェル塔」
ディーノ・ブッツァーティ「バリヴェルナ荘の崩壊」
神吉拓郎「二ノ橋 柳亭」
西崎憲「砂嘴の上の図書館」
ブライアン・エヴンソン「ウインドアイ」
ブライアン・エヴンソン「アンスカン・ハウス」
小森香折『ニコルの塔』
エリック・マコーマック「隠し部屋を査察して」
城昌幸「Q―氏の房」
アールバーグ作、タイラー絵『かたつむりハウス』
スクイテン、ペータース「狂騒のユルビカンド」
スクイテン、ペータース「塔」
ジャンニ・ロダーリ「ヴァルテッリーナの左官屋」
ジョナサン・オージエ『夜の庭師』
スティーヴン・ミルハウザー「近日開店」
スティーヴン・ミルハウザー「ザ・ドーム」
スティーヴン・ミルハウザー「もうひとつの町」
スティーヴン・ミルハウザー「塔」
ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト「坂の上のアパートメント」
Boichi「HOTEL」
星野智幸『水族』
北山猛邦「終末硝子(ストームグラス)」
周藤蓮『バイオスフィア不動産』
雨穴『変な家』
J・G・バラード『ハイ・ライズ』
ロベルト・ピウミーニ「建物の中に入っていった若者」
アーシュラ・K・ル・グィン「謎の建築物」

因縁の館
マーガニタ・ラスキー「塔」
テオドール・シュトルム「ブーレマンの家」
ロバート・エイクマン「奥の部屋」
E・F・ベンソン「塔のなかの部屋」
ジャン・レー『マルペルチュイ』
シャーリイ・ジャクスン『丘の屋敷』
レイ・ブラッドベリ「びっくり箱」
シェリィ・ウォルターズ『砂の館』
デイヴィッド・マレル『廃墟ホテル』
ロバート・R・マキャモン『アッシャー家の弔鐘』
日影丈吉「ひこばえ」
ギャリー・キルワース「狩人の館」
添田小萩『きんきら屋敷の花嫁』

ありえない空間
マーガレット・オリファント「図書館の窓」
メアリ・E・ウイルキンズ=フリーマン『寝室の怪』
ジュール・ヴェルヌ『黒いダイヤモンド』
W・H・ホジスン『ナイトランド』
E・ネスビット「図書室のなかの町のなかの図書室のなかの町」
リチャード・ヒューズ「クモの宮殿」
イルゼ・アイヒンガー「私が住んでいる場所」
デイヴィッド・リンゼイ『憑かれた女』
エドモンド・ハミルトン「時の廊下」
J・G・バラード「未確認宇宙ステーションに関する報告」
トマス・M・ディッシュ「降りる」
三田村信行「ぼくは五階で」
三田村信行「どこへも行けない道」
ウィリアム・テン「生きている家」
筒井康隆「遠い座敷」
ジョーン・エイキン「ナッティ夫人の暖炉」
ジョー・ヒル「自発的入院」
おみおみ『バベル式 神ガール』
アーシュラ・K・ル=グウィン「狼藉者」

不思議な部屋
フィッツ=ジェイムズ・オブライエン「なくした部屋」
J・K・ユイスマンス『さかしま』
M・R・ジェイムズ「十三号室」
トマス・M・ディッシュ「リスの檻」
デイヴィット・H・ケラー「地下室の怪異」
ジョーン・エイキン「葉っぱでいっぱいの部屋」
柞刈湯葉「記念日」
ウィル・ワイルズ『フローリングのお手入れ法』

象徴としての建築
エドガー・アラン・ポー「赤き死の仮面」
J・L・ボルヘス「コウルリッジの夢」
ジャック・フィニイ「クルーエット夫妻の家」
ゾラン・ジヴコヴィチ『図書館』
ミロラド・パヴィッチ「ワルシャワの街角」
ゾラン・ジフコヴィッチ「火事」

迷宮のような物語
ヤン・ポトツキ『サラゴサ手稿』
アルフレッド・ノイズ「深夜急行」
フリオ・コルタサル「続いている公園」
F・S・フィッツジェラルド「家具工房の外で」
ロード・ダンセイニ「カルカソンヌ」
レオン・ブロワ「ロンジュモーの囚人たち」
ディーノ・ブッツァーティ「七人の使者」
ディーノ・ブッツァーティ「七階」
クルト・クーゼンベルク「壜(ラ・ボテリヤ)」
L・ニーヴン&J・パーネル『インフェルノ SF地獄篇』
ミルチャ・エリアーデ『ホーニヒベルガー博士の秘密』
ミルチャ・エリアーデ『ムントゥリャサ通りで』
イスマイル・カダレ『誰がドルンチナを連れ戻したか』
イスマイル・カダレ『夢宮殿』
J・G・バラード「巨大な空間」
カリンティ・フェレンツ『エペペ』
リュイス・シャイナー「輪廻」
マイケル・マクドウェル「ミス・マック』
諸星大二郎「地下鉄を降りて…」
村雲菜月『もぬけの考察』


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

幼き日々  フィリパ・ピアス『真夜中のパーティー』
mayonakanopaatei_.jpg
 フィリパ・ピアス『真夜中のパーティー』(猪熊葉子訳 岩波少年文庫)は、子どもたちを主人公に、日常生活で起こる何気ない出来事を情感豊かに描いた短篇集です。

 持て余し者の意外な優しさと懐の深さが示される「よごれディック」、夜中に目を覚ましてしまった子どもたちのパーティーが始まるという「真夜中のパーティー」、老木の切り倒しをめぐって子どもたちが事件を起こす「牧場のニレの木」、川で見つけた二枚貝をめぐる少年二人の反応が描かれる「川のおくりもの」、耳の悪い祖父と無口な孫、同じジムの名前を持つ二人の日常を描いた「ふたりのジム」、キイチゴつみに出かけた家族間で起こるトラブルをユーモラスに描く「キイチゴつみ」、少年が潜った池で思わぬ品物を見つける「アヒルもぐり」、幼馴染みの幼い少女と一緒に探検に出かけた少年の一日を描く「カッコウ鳥が鳴いた」を収録しています。

 一番印象に残るのは、やはり表題作「真夜中のパーティー」。ハエが気になって眠れなくなったチャーリーが台所に降りていくと、そこには姉妹のマーガレットが犬のフロスと一緒にいました。飲み食いしていた二人のもとに、一番上の姉アリソンも起きてきます。アリソンは、母親が前日に作ったマッシュポテトを使ってケーキを作ろうと言い出しますが…。
 夜中に起きてしまった子どもたちが「パーティー」を始めてしまう様子を描いています。夜中に起きていること、ものを食べることへの罪悪感、その一方、普段とは異なることをしていることへの喜びや楽しさ、なども描かれていきます。
 半睡状態で起こされた末弟のウィルソンが全てを「夢」だと思ったりするあたり、「パーティー」の非日常感を象徴しているようです。

 どの作品でも、描かれる事件はささいなものばかりなのですが、読んでいて、子どもの頃に感じたであろう一瞬の喜び・楽しみ・悔しさなどの感情のきらめきが感じられるところが魅力です。
 「よごれディック」では、大人達からはろくな人間だと思われていなかったディックの真情が示され、「牧場のニレの木」では「いたずら」が子どもたちの友情のきっかけになったり、「川のおくりもの」では二枚貝をめぐって二人の少年のそれぞれの感情が描かれ、「ふたりのジム」では、世代の異なる祖父と孫の間の不思議な連帯感が描かれます。
 「キイチゴつみ」では、父親の怒りを恐れて逃げ出してしまった少女ヴァルが空腹で迷ってしまい、見知らぬ家の大人に世話になります。「アヒルもぐり」では目の悪い少年が池にもぐった際に何の変哲も無いブリキ箱を見つけるのですが、それに対する喜びが描かれます。「カッコウ鳥が鳴いた」では、お隣の幼馴染みの幼い少女の世話をいいつけられた少年が、面倒だと思いながらも少女へたびたび気配りする様子が描かれます。

 あらすじ自体はどれも単純で、それを語ってもあまりその魅力は伝わらないタイプの作品集です。ただ、直接的に描かれなくても、描かれない部分、いわゆる「行間」から登場人物の心情がいろいろと想像されてくるのですよね。
 物事に対する子どもならではの感動、あるいは、子どもにしか感じ取れない感情が細やかに描かれ、余韻のある短篇集になっています。子どもの読者はもちろん、大人が読んでもその魅力が感じられるのではないかと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

奇態な物語  ホルヘ・ルイス・ボルヘス編『ロシア短篇集 バベルの図書館16』
rosiatanpensyuu.jpg
 ホルヘ・ルイス・ボルヘス編『ロシア短篇集 バベルの図書館16』(国書刊行会)は、ボルヘス編の文学全集シリーズ〈バベルの図書館〉、その一巻として編まれたロシア文学アンソロジーです。ドストエフスキー、アンドレーエフ、トルストイの短篇三篇を収めています。

フョードル・ドストエフスキー「鰐 -ある異常な出来事、或いはアーケード街(パツサージユ)の椿事(パツサージユ)」 (望月哲男訳)
 ペテルブルグのアーケード街に有料で展覧されている鰐を見物に訪れたイワン・マトヴェイチは、鰐に食いつかれ、そのまま体を丸呑みにされてしまいます。
 妻エレーナ・イワーノヴナと友人の「私」は慌てて、興行主のドイツ人に鰐を切り開いて助けるように話しますが、ドイツ人はそれを拒否します。
 そんな中、鰐の中からイワン・マトヴェイチの声がします。彼は鰐の体の中でそのまま生きているというのです。
しかも彼は経済原則について話しており、興行師の立場に理解を示しさえしていました…。
 見世物の鰐に呑み込まれた男がそのままの状態で生存し、独特の理屈をこね続けるという不条理短篇です。
 呑み込まれたイワン・マトヴェイチを始め、周囲の人物が最初は驚きこそすれ、鰐の体で生き続ける男の存在を普通に受け入れてしまうあたり独特の雰囲気ですね。
 飽くまで「経済」や「金」にこだわる人々にも苦笑してしまいますが、鰐の体の中が解説されるあたりも奇妙で面白いです。内臓はなく空っぽで、周囲の皮は伸びるため一人どころか何人も入れそうだというのです。
 妻や友人の「私」も一緒に入らないかと誘われるなど、ブラック・ユーモアも利いています。

レオニード・N・アンドレーエフ「ラザロ」(金澤美知子訳)
 死んでから三日三晩経過して復活したという男ラザロ。しかし彼と接した生者の人々は、その眼差しに恐れをなし、段々と彼の周りを離れていきます…。
 死して後、キリストによって復活させられた男ラザロの伝説をテーマに描かれる宗教的な幻想小説です。しかし蘇りの「奇跡譚」ではなく、蘇った男ラザロが「死」をふりまく…という凄まじくダークなトーンに彩られた作品となっています。
 蘇ったといえど、ラザロはむしろ死者に近い存在で、彼に接した人間は暗い情念を植え付けられてしまいます。陽気なローマ人も皇帝さえもが、その心を傷つけられてしまうのです。その忌まわしさのあまり、皇帝がラザロを殺すことさえ憚ることになるという展開も強烈ですね。
 ラザロの眼差しによって精気が奪われてしまう…ということで、吸血鬼テーマの作品としても解釈できるようで、実際、エレン・ダトロウ編の吸血鬼小説アンソロジー『血も心も 新吸血鬼物語』(新潮文庫)には吸血鬼小説としてこの作品が収録されています。

レフ・トルストイ「イヴァン・イリイチの死」(川端香男里訳)
 控訴院判事イヴァン・イリイチが、45歳で死を迎えるまでが、彼の過去の人生を振り返りつつ語られるという作品です。
 それなりの収入と立場があり、妻子にもめぐまれ、娘には良い婿もいる。世間的には成功者であるイヴァン・イリイチが、その実、妻との間は終始上手く行っておらず、病を得てからは自分の人生に問題がなかったのかと考え込むことになります。死への恐怖に囚われ、臨終の数時間前まで肉体的・精神的に苦しむさまが描かれていくあたりの迫力は強烈ですね。
 イヴァン・イリイチの病がどのようなものであるかは最後まではっきりしないのですが、これは飽くまで死に相対し自らの生を振り返るイヴァン・イリイチを描くのが主眼であるがゆえに、病の詳細はあまり関係ない、というところなのでしょうか。
 主人公に最終的に「救い」が訪れることになり、その意味では本来、ヒューマニズムの文脈で読まれる作品なのでしょうが、イヴァン・イリイチの抱く死への恐怖、過去の悔恨だけでなく、肉体的な衰弱や、その過程での家族からの孤立など、主人公の孤独感・絶望感が描かれる部分は恐怖小説といってもいいほどですね。



テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ろくでもない世界  アイリス・オーウェンス『アフター・クロード』
ahutaakuroudo.jpg
 アイリス・オーウェンス『アフター・クロード』(渡辺佐智江訳 国書刊行会)は、全てを罵倒する強烈な女性を主人公にした作品です。

 世話になっていた友人ローダ=レジーナと喧嘩別れをして放り出されたハリエットは、声をかけてくれたフランス人男性クロードの家に転がり込みますが、その罵倒癖でクロードを怒らせ、出て行けと通告されてしまいます…。

 あらゆる人に牙を剥き、罵倒を繰り返しては人間関係を壊してしまう女ハリエット。彼女の人生が一人語りの破天荒な口調で語られていくという長篇小説です。
 この主人公ハリエットがとんでもない人物で、饒舌で病的な嘘つき、クロードに限らず相手の全てを否定し罵倒する、というすさまじい性格なのです。例えばクロードと二人で映画を観れば、その映画をけなし、相手の気分を悪くさせてしまいます。ハリエットを心配してきてくれた知り合いマキシーンに対しても、相手の発言を茶化して馬鹿にするなど、まったく会話が成立しません。
 以前に世話になっていた友人ローダ=レジーナに対しても、とんでもないことをして、追い出されたことが回想で示されます。

 ハリエット、饒舌で言っていることが次々に変わってしまう、いわゆる「信頼できない語り手」といえるのですが、その語りは自分に都合のいい世界を作り、真実から目を背ける働きをしているようなのです。それを如実に示すのが作品冒頭の台詞です。
 「捨ててやった、クロードを。あのフランス人のドブネズミ」と息巻くのですが、その実、呆れ果て捨てられたのはハリエット自身なのです。クロードにすがりつき、彼を引き留めようとするハリエットですが、哀願している最中でも相手を罵倒せずにはいられない彼女の姿には哀しさすら覚えますね。
 後半ではクロードに見捨てられたハリエットが、ホテルで怪しい団体と男に取り入ろうとする…という展開になるのですが、こちらでは前半に見せたエネルギーも感じられなくなっています。

 非常に形容しにくい作品なのですが、性格破綻者の転落一代記、といった感じの作品でしょうか。
 ハリエットが見ている世界はほとんど「妄想」や「幻覚」に近くて、普通小説ではあるのですが、限りなく幻想小説に近づいている作品のようでもあります。また、主人公ハリエットの饒舌で罵倒に満ちた語り口が素晴らしく、これを日本語で再現した訳者の力は本当にすごいですね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

幻想の火星  ウィリアム・M・ティムリン『星の帆船』
hosinohansen001.jpg hosinohansen002.jpg hosinohansen003.jpg
 ウィリアム・M・ティムリン(1892-1943)の『星の帆船』(舟崎克彦訳 立風書房)は、星の帆船を作った老人がその船で火星に向かう、というファンタジー作品です。

 長年、火星に至る手段を研究していた老人は、老年に至ってようやく宇宙船の建造を開始します。多くの妖精の力を借りて帆船を作り上げた老人は、選んだ住人の妖精たちを乗組員として火星への旅に出発しますが…。

 星の帆船を作り上げた老人が妖精たちと共に火星に向かう…というファンタジー作品です。
 この作品に登場する火星は架空の火星で、そこにはかって月から火星に移住した妖精たちが王国を作っていたのです。さらに火星に至るまでの宇宙の旅においても、妖精や怪物、伝説の英雄などが登場し、そこにはギリシャ神話が重ね合わされているようです。
 物語は大きく二部に分かれていて、前半は地球から火星に到着するまで、後半は火星に到着してからの冒険、という形になっています。後半では火星の王国の王女がクローズアップされ、老人は彼女のために冒険することになります。

 文章と共に、絵は作者ティムリン自身が描いています。こちらの絵が大変に魅力的なのです。建築家だったという出自ゆえか、建造物や船などの絵は特に魅力がありますね。また王女を始め、たおやかな女性像にも魅力があります。
 火星への旅というSF的な題材、また宇宙船を扱っていながらも、そこには妖精や魔法が多く関わっており、全体に幻想的な要素が強くなっています。その一方で、帆船の建造部分や火星での冒険の一部では「科学的」な描写もあるなど、疑似科学と魔法が入り混じった世界観はユニークですね。
 終始夢のような幻想物語で、作者は殆ど作品を残さなかったにも関わらず、この一作だけで名前が残っているようであるのにも納得です。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

隠されたもの  ライリ―・セイガ―『すべてのドアを鎖せ』
subetenodoawotozase.jpg
 ライリ―・セイガ―の長篇『すべてのドアを鎖せ』(鈴木恵訳 集英社文庫)は、仕事として高級アパートの一室に住むことになった女性の恐怖を描いた、ホラーサスペンス作品です。

 仕事も恋人も失ったジュールズは、身寄りもなく、親友のクロエのもとに身を寄せていましたが、マンハッタンにある歴史ある高級アパートメント<バーソロミュー>の求人広告を見かけて応募することになります。その仕事とは、短期間、アパートの部屋に住むだけで高額の報酬がもらえるというものでした。
 クロエは怪しいとたしなめますが、生活上の必要と、また<バーソロミュー>への憧れから、仕事を受けることになります。
 ジュールズには、行方不明になっている姉ジェインがいました。姉妹は子どものころ『夢見る心』というベストセラー小説を愛読しており、そこに登場する<バーソロミュー>に憧れを抱いていたのです。
 ジュールズは同じアパートメント番として勤めている女性イングリッドと友人になりますが、直後にイングリッドは何も言わずに姿を消してしまいます。
 アパートのスタッフ管理者レスリーは、イングリッドは自分の意志で姿を消したと言い張りますが、ジュールズは信じられません。何が起こったのか、アパートの関係者たちから事実を探り出そうとしますが…。

 伝統ある高級アパートメントで失踪事件が発生しますが、住人も関係者たちも事件などないかのように振る舞います。彼らは何かを隠していると考えた主人公は、事実を探ろうとする…というホラーサスペンス作品です。

 都会に建つ伝統ある古い高級アパートメント、何かを隠しているらしい住人たちと背後で展開する陰謀…。アイラ・レヴィンの名作ホラー小説『ローズマリーの赤ちゃん』を彷彿とさせる舞台設定なのですが、解説によると、そもそも本作は『ローズマリーの赤ちゃん』の現代的な変奏として構想されているそうなのです。
 実際、献辞はアイラ・レヴィンに捧げられており、物語も『ローズマリーの赤ちゃん』をなぞるかのように進むのですが、そこには現代的なアレンジがいろいろと施されています。
 友人となった女性が失踪し、過去には他にも失踪者がいるらしいこと。アパートの過去には自殺事件や、悪魔崇拝的な行動をした人間がいることも示唆されます。
 アパートに住む条件も厳しく、行動が異様に制限されており、明らかに怪しいのは間違いないのですが、主人公ジュールズが身寄りも家も仕事も失っているため、出て行くことができない、という設定は上手いですね。
 さらに、姉ジェインが過去に失踪したことが語られており、その後悔からも友人イングリッドの行方を探すことに執着してしまい、それがゆえに陰謀のど真ん中に踏み込んでしまうことにもなります。

 明らかに怪しい管理人レスリーを別としても、アパートの住人たちも、誰が味方で誰が敵なのかが全く分からないため、主人公の行動に常にハラハラドキドキ感がつきまといます。
 背後で何かが起きているらしいことは分かるものの、それが何なのか、またそれが超自然的な事態なのかどうか、といったことも後半まで全く明かされないため、非常に不条理味の強いスリラーとなっていますね。
 物語は現在時間でアパートを脱出したジュールズのパートと、そこから遡って過去に起こった出来事を描くパートが並行して語られていくことになります。
 ジュールズが現在時間で重傷を負っていることが明かされ、彼女にいったい何が起こったのか? という部分でも興味を引っ張りますね。

 現代のゴシック小説ともいうべき作品なのですが、現代が舞台であるだけに、携帯電話やネットなどを駆使するシーンもあり、モダンな装いが施されています。
物語の構造自体は意外にシンプルで、主人公が陰謀の真相を探り、生きてアパートから脱出できるのか? というものです。主人公が脱出できたことは最初の方に分かってしまうのですが、その部分を含めての意外性も用意されています。
 ホラーサスペンス、あるいはゴシック・スリラーの秀作でしょう。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

謎の絵  ジェイソン・レクーラック『奇妙な絵』
kimyounae.jpg
 ジェイソン・レクーラックの長篇『奇妙な絵』(中谷友紀子訳 早川書房)を読了。ベビーシッター先の子どもが描く不気味な絵をめぐって展開される、ホラーミステリ作品です。

 優秀なアスリートだったマロリーは、同乗していた妹を死なせるという事故を経てドラッグ依存症になってしまいます。ようやく依存から抜け出せたマロリーは、援助者のラッセルからの紹介で、ニュージャージー州郊外の町スプリング・ブルックに住むマクスウェル夫妻の息子テディのベビーシッターをすることになります。
 利発で素直なテディはマロリーにもすぐなつきますが、彼には妙な趣味がありました。たびたび描く絵には、奇妙な女性が描かれていたのです。テディによれば、それは「アーニャ」という人物だといいます。両親は空想上の友だちだと判断していましたが、テディが描く「アーニャ」の存在感はどんどんと増していきます。
 隣人ミッツィから、マクスウェル家が住む家にはかってアニー・バレットなる画家の女性が住んでいたこと、彼女は失踪し、殺されたのではないかと目されていることを知ります。マロリーは、アニーの霊がテディを通して何かを訴えているのではないかと考えますが…。

 ベビーシッター先の子どもが異様な絵を描き始め、それがかって家で殺された画家の女性の霊が描かせているもので、彼女は何かを訴えているのではないか…というホラーミステリ作品です。
 テディの絵に関して、両親は合理的な性格でそれを異様なものだとは認識しません。一方、主人公マロリーはどこか霊感のある女性とされており、それが霊の訴えかけなのではないかと考えることになります。隣人の女性ミッツィが占いや交霊会などに詳しい人で、そのミッツィや、またボーイフレンドとなったエイドリアンを協力者として、霊の存在を証明しようと試行錯誤するのですが、明確な証拠はつかめません。
 テディの両親テッドとキャロラインが合理主義者なのに加えて、マロリーがドラッグ依存症であったことから、マロリーの訴えが妄想だと取られてしまいます。テディを霊から救うためのマロリーの努力が報われるのか、というところでハラハラドキドキ感もたっぷりです。

 この作品の一番面白いところは、作中にたびたび挟まれる「絵」でしょう。テディが描いた実際の絵がはさまれていくのですが、子どもらしい絵の中に突然あらわれる「アーニャ」の異様さが不気味さを醸し出します。さらに稚拙であったテディの絵が、だんだんと子どもには描けないはずの高度な技術を持った絵になっていく、というところも不気味です。
 多くの絵が登場し、死んだアニーの霊が自らの死の原因を証明するために描いていると推測されるのですが、一つ一つの絵に描かれた物が何を表しているのか、というところを考えるのもスリリングな体験ですね。

 霊的な出来事をめぐる部分だけでなく、日常的な生活が描かれる部分にも読みどころがあります。息子に対する両親のしつけやルールにも多少の問題があるようで、テディの教育をめぐって、マクスウェル夫妻とマロリーが対立する部分なども描かれます。もっともマロリーの立場が非常に不安定なため、一方的に夫妻に従属してしまう形にはなるのですが…。
 霊に憑かれている、というのが事実だとマロリーは確信するのですが、合理主義者である夫妻にそれを認めさせるには相当量の証拠が必要で、それを得るためのマロリーの努力は見ていて涙ぐましくなってしまいます。
 このマロリー、ドラッグ中毒だったとはいっても、本来真面目で責任感のある性格、中毒になったのも相応の理由があるということで、読んでいて彼女の行動を応援したくなってしまいます。
 好感がもてるといえば、テディも素直で可愛らしい子どもで、この二人に幸福が訪れてほしい、という部分でのサスペンスもありますね。

 後半では、それまで見えていた事態が大幅にひっくり返す趣向も用意されており、超自然的なホラーである、という点は変わらないものの、思っていたのとは異なる展開にびっくりさせられる人もいるかと思います。読み応えのあるエンタテインメントの秀作です。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

悪の館  手代木正太郎『涜神館殺人事件』
tokusinkansatuzinziken.jpg
 手代木正太郎の長篇『涜神館殺人事件』(星海社)は、過去の住人が涜神の限りを尽くした館で、霊能力者たちが次々と殺されていく…というホラー・ミステリです。

 黒い噂の絶えないダヴェンポート公爵によって二百年前に建てられた屋敷、涜神館。屋敷を買い取った作家ソーンダイクは、名高い霊能力者を集め心霊的な実験を行おうとします。「妖精の淑女」の異名を持つ霊媒師エイミー・グリフィスも霊能力者の一人として涜神館に招かれていましたが、その実、彼女の能力は全てイカサマでした。
 館にはエイミーを含め六人の霊能力者たちが招かれていましたが、その場に居合わせたもう一人の男は、以前エイミーのイカサマを見破った、心霊鑑定士ダレン・ダングラスでした。謎の死体が発見されたのを皮切りに、次々と霊能力者たちが殺されていきますが…。

 黒魔術や暴虐の限りを尽くしたというダヴェンポート公爵によって建てられたという館、涜神館を舞台に、次々と異様で猟奇的な殺人が多発する、というホラー・ミステリ作品です。
 舞台となる館といい、登場する霊能力者たちといい、全体にオカルト趣味たっぷりの作品となっています。序盤から霊能力者たちの能力は本物とされており、彼らによる驚異的な能力が明かされていきます。
 死んだ友人の霊を憑依させることのできる心霊考古学者デリック・ボンド、官能的なきっかけでエクトプラズムを発生させられる物質化霊媒師ミランダ・クランドン夫人、心霊写真家ウィルフレッド・ホープ、過去の事実を再体験できる逆行認識能力者エレノア・モーバリー夫人、ラッピング交霊術氏の双子フォックス姉妹など、彼らの能力も多種多様。その全てが本物であるようで、逆に視点人物であるエイミーは、自身の妖精を見る力がイカサマであることに劣等感を感じる、というところも面白いですね。

 霊能力者たちの力が本物であることから、いわゆる超自然的な力が実際に存在する世界観であることが分かるのですが、館で起こる異様な現象や事件が超自然的な原因によるものなのかは、はっきりしない、というのも興味深いです。事件が人為的な原因によるものの可能性もある、というところで、スリリングな展開となっています。
 霊能力者たちが次々に殺されてしまい、誰が生き残るのか? そもそも彼らを殺しているのは誰なのか?何の意図があるのか?といった謎も物語を引っ張っていきます。
 館に起こった過去の事件もオカルト的な雰囲気を高めるための単なる題材ではなく、事件の真相としっかり結びついているという部分で、ホラーとしての完成度も高いですね。
 完全にオカルトや超自然が存在する世界で、それを前提に「謎解き」がなされる…という点で、とてもユニークな作品です。ミステリ的な趣向も良く出来ていますが、ホラーとしての魅力が勝っている作品かと思います。

 作中で、館の使用人として登場する人物たちに、ジム・ショートハウス、ヘレン・ヴォーン、トマス・カーナッキがいたり、霊媒の一人ボンドの支配霊の名前がジョン・サイレンスだったりと、海外ホラー作品へのオマージュもところどころにあって、楽しい作品です。
 ただ、黒ミサやパーティのシーンなど、猟奇的・性的にかなりえげつない描写が見られるので、そのあたりが苦手な人はお気をつけください。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する