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生と死の権利  フェルディナント・フォン・シーラッハ『神』
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 フェルディナント・フォン・シーラッハ『神』(酒寄進一訳 東京創元社)は、医師に自死の幇助を求める元建築家の老人をめぐって、その是非が議論されていくという戯曲作品です。

 七十八歳になる男リヒャルト・ゲルトナーは数年前に妻を亡くし、人生に何の楽しみも覚えられなくなっていました。自ら命を絶ちたいと考えたゲルトナーは、安楽死のため致死量の薬を求めますが拒否されてしまいます。結果、ホームドクターに自死の幇助を求めることになった…というのが物語の発端です。

 高齢とはいえ、特に病気もなく健康体である男の自死を幇助することは正しいのか? その是非をめぐって公開討論会が行われた、という体裁の作品になっています。
 法学、医学、神学の方面から自死の幇助をめぐって意見が出されていき、それに対してゲルトナーの弁護人ビーグラーが反論していくのが大きな流れとなっています。
 三人の参考人、リッテン、シュペアリング、ティールがそれぞれ法学、医学、神学の立場から語るのですが、どの人物も基本的に自死の幇助は正しくないと主張します。それぞれの話に対してビーグラー(時にはゲルトナー本人)が「合理的」に反論し、彼らの旗色は悪くなっていきます。
 ただ神学の立場で語るティール司教の語る内容には、宗教や神の話が絡むだけに、一概に否定できない要素があるようなのです。件の人間が若い人だったときに、同じく自死を容認できるか、という意見には説得力がありますね。

 「自由」や「権利」を根拠に、自死の幇助を認めるべきだとするビーグラーやゲルトナー本人の言葉に賛同してしまいそうになるのですが、議論が進むにつれ、単純にそう考えていいのか、と考えを揺さぶられる部分もあります。
 自死の「意思」が正常な判断でなされたものなのか、また時間の経過で本当に変わらないものなのか? といったあたりの視点も興味深いところですね。

 戯曲本体のほかに、付録としてこのテーマについて書かれたエッセイが三つほど付けられており、こちらも参考になります。
 結論を出す本ではなく、あくまで自死やその幇助についてこういう考え方がある、というのを多面的に描いた作品です。法的には安楽死を認める国も多いヨーロッパの作品だけに、日本とは大分事情が異なるのですが、それらの違いを差し引いても、いろいろと考えさせてくれる、示唆に富んだ作品だと思います。


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気になる11月の新刊と10月の新刊補遺
発売中 ジュリエット・ガーディナー『オスカー・ワイルドの軌跡 手紙・絵画・写真でたどる』(宮崎かすみ訳 マール社 定価2630円)
11月7日刊 アン・ラドクリフ『森のロマンス』(三馬志伸訳 作品社 予価3960円)
11月9日刊 丹治愛『ドラキュラ・シンドローム 外国を恐怖する英国ヴィクトリア朝』(講談社学術文庫 予価1411円)
11月9日刊 鹿島茂『デパートの誕生』(講談社学術文庫 予価1221円)
11月11日刊 『神保町本の雑誌 本の雑誌別冊』(本の雑誌社 予価2200円)
11月21日刊 ジェイソン・レクラク『奇妙な絵』(中谷友紀子訳 早川書房 予価3410円)
11月24日刊 夢野久作『冥土行進曲』(角川文庫 予価762円)
11月29日刊 マネル・ロウレイロ『生贄の門』(宮﨑真紀訳 新潮文庫 予価1045円)
11月30日刊 イーデン・フィルポッツ『孔雀屋敷 フィルポッツ傑作短編集』(武藤崇恵訳 創元推理文庫 予価1100円)
11月30日刊 フランシス・ハーディング『呪いを解く者』(児玉敦子訳 東京創元社 予価4070円)


 ジュリエット・ガーディナー『オスカー・ワイルドの軌跡 手紙・絵画・写真でたどる』は、豊富な図版と共に、作家本人と彼をとりまく人々の言葉を通して、唯美主義者オスカー・ワイルドの生涯をたどるビジュアル伝記。ワイルド入門書としても最適だとのこと。

 アン・ラドクリフ『森のロマンス』は、著者の代表作『ユドルフォ城の怪奇』に先駆けて執筆された長篇作品。ラドクリフ作品が続けて紹介されるのは慶賀すべきですね。

 丹治愛『ドラキュラ・シンドローム 外国を恐怖する英国ヴィクトリア朝』は、名著の評価の高い『ドラキュラの世紀末』の文庫化。『ドラキュラ』を通して英国ヴィクトリア朝イギリス社会の闇を描き出す、という本です。

 ジェイソン・レクラク『奇妙な絵』は、スティーヴン・キング絶賛のホラー・ミステリ作品。紹介文を引用しますね。
 「優しくて内気な少年テディ。その面倒を見るベビーシッターのマロリーはある日、テディが奇妙な絵を描いていることに気がつく。森の中で、女の死体を引きずっている男の絵だ。テディが何かに取り憑かれたように描き続ける、不気味な絵に隠された真相とは――?」。作中のイラストが真相への伏線ともなっているということで、これは面白そうです。

 『生贄の門』は、以前にモダンホラー作品『最後の乗客』が紹介されているスペイン作家、マネル・ロウレイロのホラー・ミステリ。紹介文を引用します。
 「巨石を連ねた建造物のそばに横たわる血まみれの若い娘。下腹部で組まれた手には、抉り取られた彼女自身の心臓が置かれていた……。儀式めいた惨殺事件を担当することになった捜査官ラケルの周囲で、次々と不穏な出来事が発生していく。闇からの囁き、少女の亡霊、蝋燭に照らし出される長衣姿の人々、そして、冥界の門――。スペイン本国でベストセラーを記録したサスペンス・ホラー、ついに日本上陸。」。

 『呪いを解く者』は、日本でも評価の定まってきたフランシス・ハーディングの新作。呪いをテーマにしたファンタジーとのことで、こちらも面白そうです。


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とある一族の愛と憎悪  フリードリヒ・ド・ラ・モット・フケー 『魔法の指輪 ある騎士物語』
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 『ウンディーネ』で知られるドイツ・ロマン派の作家フリードリヒ・ド・ラ・モット・フケー(1777-1843)の長篇『魔法の指輪 ある騎士物語』(池中愛海、鈴木優、和泉雅人訳 幻戯書房)は、魔法の指輪をめぐり多数の男女の冒険と恋が描かれていくファンタジー小説です。

 若い頃は偉大な騎士として知られたトラウトヴァンゲン家の老フーク殿。その息子として生まれた青年オットーは、いとこのベルタと共に、二人の騎士の決闘の現場に居合わせることになります。フランスの貴婦人ガブリエーレが妹ブランシュフルールから奪ったという魔法の指輪を取り返すため、騎士フォルコ・ド・モンフォコン男爵が、カブリエーレの騎士であるアルヒムバルト伯爵に戦いを挑んでいたのです。
 戦いはフォルコが圧勝しますが、ガブリエーレの美しさに魅了されたオットーは、いつかフォルコに挑み、ガブリエーレに指輪をもたらそうと決心します。父フーク殿から騎士の叙勲を受けたオットーは旅に出ることになり、旅の途次出会ったイタリア商人テバルドを旅の供とすることになります。
 一方、オットーを愛するベルタは、オットーとの別離で悲しみに沈んでいました…。

 勇敢な青年騎士オットーが、魔法の指輪をめぐって旅に出ることになり、様々な冒険をする…というファンタジー小説です。
 もともと魔法の指輪はブランシュフルールの所有物。母親がかって指輪の所有者と関係があったことを楯にガブリエーレが何度も盗み出すのですが、毎回フォルコによって奪い返されてしまいます。騎士となったオットーがフォルコに勝ち、指輪をガブリエーレに捧げることができるのか? というのが当面の目的になっていきます。
 実は、この「フォルコに勝つ」という目的は、前半の早い段階で達成されてしまい、そこからはまた違った展開になっていきます。基本的に騎士道物語であるので、最初に戦った相手もその後は仲間や同士となることが多く、フォルコも含め、彼らが味方側のキャラとしてサイドストーリーの主人公になっていく、というのも面白いところです。

 ヒロインとしては、オットーのいとこベルタのほか、ガブリエーレ、ブランシュフルールが登場します。いずれも美女で、彼女たちに恋慕するキャラクターも次々と現れます。それによってオットーの恋の行方も変わって行き、彼が最終的に誰と結ばれるのか?またどの人物とどの人物がくっつくのか、といったロマンス的な趣向も興味の対象となっています。

 序盤から、挿話やエピソードの形で、独立したお話や伝説が登場するのですが、これらが独立した単純な挿話ではなく、後半にはしっかり本筋と結びついてくるのにも感心します。とくに重要な挿話として登場するのが「豪勇のフグール」のエピソード。
 美しい姉妹と結婚しながら彼女たちを失ってしまうという勇者のお話で、これが物語の単なる背景の伝説かと思いきや、しっかり物語の本筋に絡んでくるところも上手いです。
 数多い登場人物たちにしても、「使い捨て」ではなく、何度も再登場したり、思わぬところで思わぬ人物が登場してくるところも面白いです。最終的にオットーの「最大の敵」となる人物が、本当に思わぬ人物で、これにも驚かされます。

 オットーと仲間たちのパートの他にも、ベルタやガブリエーレ、ブランシュフルール、フォルコたちが離合集散を繰り返して、様々な冒険をするパートが現れます。いくつかのグループが同時に活動する様が描かれたりと、ある種の群像劇にもなっています。
 それでいて最終的には物語の本筋が一つにまとまり、劇的なハッピーエンドを迎える、というところもエンターテインメントとしてよく出来ていますね。

 タイトルで分かるように、魔法が普通に存在する世界観になっています。魔法の指輪は人々を操ったり、死人を蘇らせることすらできるという強大な力を持っています。また日常的に魔法を操る「魔法使い」的な人物も何人か登場します。
 具体的には、ベルタの伯母である「愛の癒し夫人」。こちらは美徳と慈愛の化身のような人物で不思議な魔法を操ります。彼女と対極的な存在として登場するのが、悪の魔法使いゲルダ。後半では彼女の行動が大きな災厄を呼ぶことになります。
 北欧神話が重要なモチーフとなっており、モチーフが流用されたり、北欧の伝説がそのまま使われている部分もあります。そのあたりも含めて、本文のあちこちに詳しい注、詳細な解説もつけられています。本文と合わせて読むと興趣も高まるかと思います。

 この『魔法の指輪』、徹底してロマンティックな作品です。主人公オットーにしても、ライバルとなるフォルコにしても騎士道の化身のような人物で、その正義感と勇気が事態を切り開いていく、という王道的なファンタジーとなっています。
 ただ、彼らの冒険行が簡単に進むかというとそうでもなく、途中で様々な困難に遭遇して思いもかけない展開になっていくところは波瀾万丈で読みどころも沢山です。そのあまりのロマンティックさに、作品が発表された19世紀初頭の時点ですでに「古臭い」との評価もあったとのことですが、現在読むと、それが欠点ではなく魅力ともなっています。
 読んでいて、ウィリアム・モリスやジョージ・マクドナルドといったイギリスのファンタジー小説に似ているな、と思わせられるのですが、実のところ、影響関係は逆なのだそうです。モリスやマクドナルドはフケーの影響を強く受けているとのことで、そういう意味では、イギリス・ファンタジー小説の源流的な位置にある作品ともいえますね
 現代ファンタジーの源流の一つともいうべき作品で、ファンタジーに興味のある人なら一読の価値のある作品だと思います。もちろん、物語の面白さ自体も格別です。


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煌めく物語  相川英輔『黄金蝶を追って』
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 相川英輔『黄金蝶を追って』(竹書房文庫)は、SF・幻想的な短篇を集めた作品集です。それぞれSF・幻想的なアイディアが中核にありますが、それをめぐって人間たちの細やかなドラマが情感を持って描かれるところが魅力です。

「星は沈まない」
 草創期のコンビニ業界に就職し、かっては重要な立場にもいた須田は、かっての友人であり重役となった平良が不正を働いていると考え告発しますが、逆に疎まれ一店舗の店長にまで降格されてしまいます。
 本社からの命令で管理AI「オナジ」の導入が決まり、バイトをほぼ全て解雇することを命じられた須田は反対しますが、結局抗議は受け入れられません。業務をこなすうちに、「オナジ」には人間と会話をこなす機能があることも判明します。須田と「オナジ」との間に不思議な交流が生まれていきますが…。
 ほぼ全ての業務をこなす管理AI「オナジ」。人間の仕事を奪うかに見えた「オナジ」の意外な「人間味」が示され、AIと人間との意外な交流が描かれる、というヒューマン(この作品の場合「機械」ではありますが)・ストーリーです。

「ハミングバード」
 小さな不動産会社に勤める裕子は、ある日自分にぴったりの中古マンションを見つけ、その部屋を買うことになります。快適な住み心地に満足感を覚えていましたが、数ヶ月後、半透明の男の幽霊のようなものが現れます。
 彼は部屋の前の住人、大江であるらしく、その生活の全てが再現されているようなのです。相手には自分の存在が見えていないようなのですが…。
 入居したばかりのマンションの部屋に、前住人らしき男の幽霊が現れる、という物語。幽霊とはいってもこちらの存在には気が付かず、生前の日々の生活を繰り返しているようなのです。
 部屋自体は快適で、その幽霊の存在さえなければ、と考える主人公の憂鬱と共に、自分の仕事やこれからの人生に対しての不安もが描かれていきます。
 いささか真面目な裕子に対して、いいかげんな性格かと思っていた後輩の樋川によって事態が好転する、という部分も面白いですね。
 幻想的な要素が、日常の空気感と違和感なく同居しているところに魅力がある作品です。

「日曜日の翌日はいつも」
 水泳選手の宏史は、自分が原因となった事故で、オリンピックも嘱望された友人谷川由香子の将来を奪ってしまったことに後悔を抱き続けていました。ある日曜日の翌日、目を覚ました宏史は世界中に誰も人がおらず、自分一人だけしか人間がいないことに気が付きます。
 度々、日曜日の次に丸一日、誰もいない世界に入り込むようになった宏史は、それを利用して水泳の練習を重ねるようになりますが…。
 日曜日の翌日に誰もいない世界に入り込むようになってしまった青年を描く作品です。その世界は現実の世界と同じようなのですが、全く人はいません。その一日を利用して、水泳の練習を重ねるものの、思いがけない事態が訪れることにもなるのです。
 友人以上恋人未満のような関係の宏史と由香子。互いに好意を抱き合っているものの、由香子の選手生命を奪った事故の件から、気まずい部分もあるのです。それぞれの将来と目標をめぐって、二人の関係がどうなっていくのか? と同時に、宏史と「別世界」との関わりがどうなっていくのか?という部分も興味深く読んでいくことができますね。
 主人公宏史が抱える悔恨や不安などが、入り込む「別世界」ともつながりがあるようです。宏史の「孤独」が救われたであろう結末にも感動がありますね。青春小説的な味わいも強い幻想小説です。

「黄金蝶を追って」
 幼い頃から絵の上手さに自信を持っていた誠は、学校の壁画として書かれた黄金の蝶の絵に衝撃を受けます。絵を描いた佐々木達也と仲良くなった誠は、二人で絵を描くことに熱中するようになります。
 やがて達也は絵の躍動感の秘密を話します。かってビルマを訪れた父親が現地で手に入れたモルケルテンと呼ばれる鉛筆には魔法の力があり、それを使って描いた絵には生命が宿るというのです…。
 絵に生命を与える魔法の鉛筆をめぐる作品です。絵の道を志す少年が、魔法の鉛筆の存在を知り、その影響を受けながらも、独自の道を進むことになります。
 魔法の道具を悪用したり、それに耽溺する…というわけではなく、飽くまで自身の絵を高めるための一手段、としてつきあっていくのが面白いですね
 さらに、大人になり、道の分かれてしまった二人の親友の心をつなぐ道具にもなるのです。
 主人公誠の「理想の絵」のイメージが、幼い頃の達也が描いた黄金蝶であるというところも美しいです。その理想を乗り越えられるのか、というところで成長小説的な要素もありますね。非常に清涼感あふれる作品となっています。

「シュン=カン」
 かって高官として世界統治機構の総長タイラーに仕えていたシュン=カンはタイラーの暴虐さを知り、彼を失脚させようと計画を立てますが、反逆の罪で、仲間となっていたナリツネと共に開拓惑星ニョゴ61に流刑になり、強制労働をさせられていました。
 妻に再会したいという願いを胸に、三年間の過酷な生活を耐え抜きますが、ある日地球からやってきたかっての仲間テオドロスは、ナリツネ一人だけを恩赦として地球に戻そうというのです。しかも彼らが流刑になったのは、テオドロスの裏切りによるものであったことも知ることになります…。
 歌舞伎の演目「平家女護島」をテーマに、SF的な変奏を施した作品です。島流しにあったシュン=カンは妻との再会だけを希望に働いていましたが、その希望を打ち砕くような事態が訪れることになります。
 友人を帰らせれば孤独になってしまうが、彼のことを考えれば素直に行かせるべき…。
 さらに、シュン=カン自身の人生を悲劇に追い込むような事実も明らかになり、自分はどうすべきか煩悶する主人公の姿が描かれます。哀切な雰囲気の作品となっていますね。短篇集内の別作品との意外なつながりが判明するところにも興趣があります。

「引力」
 1999年、葉子はノストラダムスの予言にある世界の破滅が来るのかどうか、気にかけていました。自分の可愛がっていた野良猫が死んでしまったことを知った葉子は、猫の遺骸を山に埋めるため、知り合った大学生の宇佐と共に出かけることになりますが…。
 ノストラダムスの予言を背景に、1999年のとある日常が描かれていくという作品です。「普通小説」と思いきや、結末では「SF小説」に変転するところも面白いですね。どこかノスタルジックな雰囲気も魅力的です。


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痛みと快楽  斜線堂有紀『本の背骨が最後に残る』
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 斜線堂有紀『本の背骨が最後に残る』(光文社)は、甘美で耽美、それでいてグロテスクな短篇を集めた作品集です。

「本の背骨が最後に残る」
 その国では紙の書物が全て焚書されていました。しかし物語は必要とされ、それは人間自身が「本」となることで解決されていました。「本」となる人間は、何か一つの物語を記憶に宿し、それを物語るのです。
 本来一つであるはずの物語を十も宿した盲目の「本」の女性十のもとを訪れた旅人は、彼女から「本」について様々な話を聞きます。同じ物語を宿した「本」同士が、誤植をめぐって「版重ね」を行い、間違いだと認められた側は燃やされてしまうというのです。
 『白往き姫』の物語について、十と赤毛の少女が「版重ね」を行うことになり、旅人はその勝負を目撃することになりますが…。
 紙の書物ばかりか、「本」となった人間そのものが焼かれてしまうという、恐るべき社会が描かれ増す。「本」が焼かれるのが見たいという嗜虐的な性質を持つ女性が登場し、その破滅的な行為が描かれていくという残酷奇譚となっています。
 燃え尽きた「本」の人間の背骨が残るという現象を表したタイトル「本の背骨が最後に残る」は印象的ですね。

「死して屍知る者無し」
 その世界では、人間は死ぬと「転化」し別の動物に生まれ変わるとされていました。また若くして「転化」する人間もいたのです。村には「師」と呼ばれる、唯一絶対に「転化」しない存在もいました。
 なりたい動物を決めていればその動物になれると言われており、少女くいなは自分は兎になりたいと考えていました。くいなが恋する少年ミカギは驢馬になりたいと話しますが、くいなは一緒に兎になってほしいと哀願します…。
 人間が他の動物に変身してしまう世界を描いた幻想小説なのですが、その「転化」のルールと世界観が思っていたのとは異なることが分かる、というお話です。動物への変身という、おとぎ話的なテーマを扱っているのではありますが、意想外に暗い世界観で、読んでいてちょっと怖くなってしまいます。

「ドッペルイェーガー」
 恋人との結婚を控えるピアニストの女性慶珠にはある秘密がありました。仮想空間「ライカス」上で自身の複製を子供の姿で作成し、その少女「ケイジュ」にありとあらゆる虐待を加えていたのです…。
 日常では温厚で優しい人間でありながら、内部に嗜虐的な性質を秘めた女性がそれを仮想空間上で発散させる、という物語です。虐待の対象には自身の人格の複製を用いており、そこに倫理的な問題はない、という発想なのです。
 人間の恐るべき二面性を描いた作品といえるのですが、その嗜虐的な性質は仮想空間内の「ケイジュ」にも受け継がれており、それが表に現れてしまう、という部分には恐怖感がありますね。

「痛妃婚姻譚」
 人の痛みをなくすという特殊な器具『蜘蛛の糸』は、代わりに別の人間に痛みを転送することで成り立っている機械でした。『蜘蛛の糸』を使い人の痛みを引き受ける「痛妃」はその痛み故に美しさを増すとも言われていました。
 「痛妃」の中でもその気品と美しさで群を抜く石榴は、ある条件を満たせば「痛妃」の役目から解放されるという噂を信じて、今日も舞台に立ち続けていましたが…。
 痛みを受け続けながら踊り舞うという「痛妃」を描いた幻想小説です。気丈さとホスピタリティが極限まで要求されるという、グロテスクなまでの状況が描かれていますね。

「金魚姫の物語」
 ある時を境に、人間一人だけの上に雨が降り続けるようになるという奇怪な現象『降涙』が起こり始めます。絶え間なく降り注ぐ水により体は変形し、やがては死に至るのです。写真を趣味とする準は、今まで撮影を断られていた少女憂から自身の写真を撮ってほしいとの頼みを受けます。彼女は『降涙』現状に襲われてしまっており、その過程を写真に撮って公開してほしいのだというのです…。
 一人の人間の上に降り続け、やがてその人間を殺してしまう怪奇現象『降涙』。美しい少女がその現象に襲われ、その死が迫るのを見守り続けることしかできない、という切ない作品となっています。美しかった少女の姿が「雨」によって醜くなっていく、という部分の描写は強烈ですね。

「デウス・エクス・セラピー」
 精神病院に入院させられてしまったフリーデは、人道的なことで知られる精神科医ヒース・オブライエンのもとで治療を受けることになります。その途次に出会った青年医師ロス・グッドウィンは、自分には予知能力があり、ヒース医師のもとに行けば、拷問されたあげくに死んでしまうと話すのですが…。
 人道的だと言われる医師と、それは仮の顔に過ぎず残酷な拷問を繰り返していると告発する青年医師、どちらの言っていることが正しいのか? 精神病院が舞台になっているだけに、誰が正常なのかが分からなくなってくる、という作品です。
 ミステリアスなサスペンスかと思っていた作品が、最終的にジャンルがシフトしていくという部分も興味深いです。

「本は背骨が最初に形成る」
 その国では人間そのものが「本」となり物語を宿していました。目を潰されながら、十もの物語を宿す「本」である十に対して、書店の娘である綴は、崇拝の念を抱いていましたが…。
 「本の背骨が最後に残る」の直接的な続編です。多くの物語を宿しながらも、倒錯した美意識を持つ十に感化された少女が、自らもその世界にはまっていくことになる、というお話です。

 ほぼ全ての収録作で、グロテスクかつ残酷な題材が扱われていますが、その一方でそれらのテーマからから倒錯的・耽美的な美しさが生まれる…という作風の短篇集となっています。
 特に「本の背骨が最後に残る」「痛妃婚姻譚」では、人間に与えられる暴力や痛みそのものが「価値あるべきもの」とされる価値観の倒立が起こっており、その濃密な世界観にくらくらしてしまいます。近年稀に見るレベルの怪奇幻想小説集といえるのではないでしょうか。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

来るべき運命  クリスチアナ・ブランド『領主館の花嫁たち』
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 クリスチアナ・ブランドの長篇『領主館の花嫁たち』(猪俣美江子訳 東京創元社)は、呪われた一族の末裔の少女たちとその家庭教師となった女性、彼らが見舞われる悲劇を語ったゴシック・ロマンス作品です。

 1840年の英国、アバダール屋敷のヒルボーン家当主エドワードは、妻を亡くし悲しみに沈んでいました。ヒルボーン家は、エリザベス朝時代に先祖が起こした事件によりある姉弟に呪われ、それ以来、ヒルボーン家の花嫁となるものは精神に異常を来して、不幸な死を遂げていたのです。
 エドワードは、まだ幼い双子の娘クリスティーンとリネスの家庭教師として、アリス・テターマン(テティ)を呼び寄せます。テティは過去の事故により、顔に醜い傷跡を持った若い女性でしたが、その振る舞いで家族の信頼を得ることになります。娘たちにもなつかれるテティでしたが、ヒルボーン家の領地管理人でありエドワードの信頼も厚い青年ジェームズ・ヒルからは、一族に悲劇をもたらしかねない存在として警戒されていました。しかし、ヒルとテティは惹かれあい、恋仲となります。
 一方、エドワードは衰弱し、自身の死期を悟っていましたが、死ぬ前に、娘たちを世話する「母親」として、さらに一族の「呪い」を娘たちに及ぼさない「協力者」として、テティと形式的な結婚をすることを考えていました…。

 不幸な運命に遭い続ける呪われた一族の末裔の娘たちと、その家庭教師となった女性の姿を描くゴシック・ロマンス作品です。
 ヒルボーン一族は、過去に遡る因縁により、呪われた運命を持っていました。代々の花嫁が精神に異常を来し、早死にしてしまうのです。館を離れようとする行動も亡霊の呪いにより止められているようで、逃げることもできません。
 娘たちが結婚し子孫を残さなければ悲劇には見舞われない…。そう考えた当主エドワードと協力者であるヒルの行動が、逆に悪い結果をもたらしてしまいます。

 優しく控え目で妹にいつも譲ってしまう姉クリスティーン、溌剌として魅力的ながら姉の欲しがる物を欲しがり手に入れようとする我が儘な妹リネス、もともと純粋で善人ながら裏切られた憎しみのため変貌してしまうテティ、主にこの三人の女性の行動が物語を動かしていくことになります。
 ある男性をめぐってライバル関係になってしまう姉妹と、愛する男性ヒルに裏切られたと思い込み嫉妬と憎悪の固まりとなってしまうテティ、形は違えど愛と憎悪を発端として、女性たちの歪んだ行動と言葉が事態をどんどんと悪くしてしまうという流れは、不快感は高めながら目が離せません。

 「呪い」や亡霊が本当に存在するのか? という点に関しては、序盤から明確に実在することが明らかになり、亡霊たちに関しても、中盤以降ははっきりと姿を現すことになります。「呪い」や亡霊たちが引き起こす事態は確かに恐ろしいのですが、それ以上に恐ろしいのが人間たちの情念。クリスティーン、リネス、テティの愛憎の感情が事態を複雑化させます。
 テティに関しては愛していると思っていたヒルの「裏切り」、クリスティーンとリネスに関しては、ある男性をめぐっての三角関係。彼らの、自身が裏切られたと思ったときの復讐と憎悪の感情を描く部分は凄絶で、亡霊たちの「呪い」が霞んでしまいそうになるほどです。
 さらに屋敷にかけられた「呪い」のせいなのか、そこに住む人々の感情が邪悪な方向に歪められてしまうことも示唆されています。特にテティに関しては、ヒルの存在が絡むと正常な判断ができなくなってしまい、天邪鬼で破滅的な行動をしてしまうこともたびたびです。主要人物たちの行動が亡霊たちや「呪い」に動かされたものなのか、生来の性格から来るものなのかははっきりしないところもあるのですが、どちらにせよ、そうした激しい情念によって、人間関係に悲劇的な結果がもたらさせてしまう物語、とはいえそうです。

 明確な超自然現象の登場する怪奇幻想小説といえるのですが、そこはミステリの名手として知られたブランド、ミステリ的な趣向もしっかり登場します。「呪い」の法則性を推測し、それを解除するための「秘策」が後半に登場します。ただ、その「秘策」があだになり、さらに事態が悪化していってしまう…というあたりのサスペンスにも読み応えがありますね。
 呪いの伝説を背景に、登場人物間の愛憎が悲劇を引き起こすということで、情念に満ちたゴシック・ロマンスとなっています。


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事件と人生  J・S・フレッチャー『バービカンの秘密』
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 J・S・フレッチャー『バービカンの秘密』(中川美帆子訳 論創海外ミステリ)は、イギリスの作家フレッチャー(1863-1935)による、様々なテイストの短篇が集められた作品集です。

 重要な書類を入れたチョッキが売られてしまい、その追跡劇が描かれる「時と競う旅」、一定期間見つからずに町で過ごす賭けを行った伯爵が浮浪者の振りをして牢獄につながれるという「伯爵と看守と女相続人」、十五世紀の司教の杖の中から宝石を見つけた堂守が兄からの遺贈品との嘘をついて宝石を売りさばこうと考える「十五世紀の司教杖」、立て続けに起こる暴力と殺人が描かれる「黄色い犬」、旅館で起こった盗難事件をメイドが解決する「五三号室の盗難事件」、横領事件の犯人と共に消えた高価な貨幣盗難の真相が明かされる「物見櫓の秘密」、殺人犯のシルエットを目撃した青年が、独自に事件を解決しようとする「影法師」、荒野での銀行家殺人事件の謎が明かされる「荒野の謎」、人気のない島を訪れた新婚の夫婦が海賊に捕まってしまう「セント・モーキル島」、痴情のもつれと思われた殺人事件の意外な真相が明かされる「法廷外調査」、綿密な横領計画が崩れていく様を描いた「二個目のカプセル」、裕福なおじの金を盗んだことから二人の甥に起こる事件を描く「おじと二人のおい」、古本屋の青年が意中の娘の父の特許を取り返そうとする「特許番号三十三」、盗まれた祈祷書の謎を追う「セルチェスターの祈祷書」、誰も出入りできない建物内での謎の殺人事件の謎を描いた「市長室の殺人」を収録しています。

 1920年代に刊行された作品集であることもあって、今から見ると派手さはないのですが、純粋に物語として面白い作品が揃っています。起こる事件自体は大したことがなくても、先がどうなるんだろう?という興味が湧いてくるのですよね。登場人物が普通の人間で、あまりエキセントリックな人が出てこないのも、親しみやすさを感じる要因の一つでしょうか。

 また、殺人事件や盗難事件が出てきても、名探偵的な推理で解決するのではなく、思わぬところから思わぬヒントが出てくる…というタイプのお話が多いです。
 一番「名探偵っぽい」のは、「五三号室の盗難事件」のメイドでしょうが、こちらも解決は非常にあっさりしています。本格的な密室殺人が登場する「市長室の殺人」にしても、ちょっとフェアでない解決が示されるので、本格推理ファンはちょっと怒るかもしれませんね。

 特に印象に残るのは「十五世紀の司教杖」です。ワイチェスター大聖堂に勤める勤勉な堂守リンクウォーターが、ある日、十五世紀から伝わる司教杖を見ていたところ、杖に継ぎ目があり、その中に隠されていた沢山の宝石を発見します。
 架空の兄を創作し、彼からの遺産として宝石をもらったふりをした堂守は、上司の参事会長代理にそれを話し、彼の紹介で、一流の宝石商に鑑定を依頼しますが…。
 宝石を横領しようとした堂守の話なのですが、本質的には彼は善人で、しかもその悪事を知った上司もそれを知った上でだまされたふりをしようとする…という、登場人物が皆、善人であるがゆえに展開する不思議な味わいの物語になっています。運命の皮肉が描かれる結末にも味わいがありますね。

 あと、「おじと二人のおい」「特許番号三十三」も印象に残る作品です。

 「おじと二人のおい」は裕福なおじと、貧乏な二人の甥をめぐる物語。才能のある発明家ながら、経済的に恵まれない青年メルキオルは、裕福なソリーおじから金を借りることを考えますが、おじの性格から二の足を踏んでいました。
 勇気を出しておじの家を訪れたところ、おじは不在で、机の上にあったお金を見つけて衝動的に盗んでしまいます。町中で食事をしていたメルキオルは、もう一人の甥イシドールに盗みを看破され、彼に分け前を分けざるを得なくなります…。
 衝動的に盗みを行ってしまったメルキオルが、詐欺師的な従兄弟イシドールにつけこまれてカモにされてしまいます。単純な恐喝の話になるかと思いきや、イシドールの口の上手さは天才的で、発明を売り込むことにも成功したりと、その微妙な関係性が描かれる部分も興味深いですね。

 「特許番号三十三」は奪われた特許をめぐる物語。
 知り合いの商売を引き継ぎ、大好きな古本屋となった元食料雑貨店員の青年ペニー。家の本を買い取ってほしいと現れた娘は、以前の店の客でした。その娘の父バーランドは最近事故に巻き込まれ亡くなったというのです。
 発明をしていたというバーランドの蔵書を買い取ることになりますが、それらの本の中には書類がはさまれているのをペニーは見つけます。それは、機械の発明の特許をめぐる書類でした。しかもそれはバーランドが勤めていたラムズデイル機械製作所から発表され、話題を呼んでいる機械そのものであるようなのです。
 どうやら、バーランドが亡くなったのをいいことに、ラムズデイルが特許をわがものにし、遺族にも正当な権利を渡していないことを知ったペニーは、その悪事を暴こうと考えますが…。
 古本屋の青年がある特許をめぐって義憤にかられて悪事を暴こうとする、という物語です。悪事を暴くことができるのか? というところと同時に、娘と青年との恋が成就するのか? というところも気になりますね。オーソドックスながら面白い物語です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

替えが効く男  エドワード・アシュトン『ミッキー7』
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 エドワード・アシュトンの長篇『ミッキー7』(大谷真弓訳 ハヤカワ文庫SF)は、任務で死ぬたびに過去の記憶を受け継ぎ、新しい肉体に生まれ変わる「使い捨て人間(エクスペンダブル)」となった男の冒険を描いたSF作品です。

 氷の惑星ニヴルヘイムでのコロニー建設ミッションに参加することになった男ミッキー・バーンズは「使い捨て人間(エクスペンダブル)」でした。「エクスペンダブル」は、率先して危険な任務に従事し、もし死んだ場合には、クローン技術で作られた肉体と記憶転写の技術を使い、同一人物として再生されるという役目を負っていました。ミッキーは既に6回死んでおり、現在は7番目の個体「ミッキー7」となっていました。
 ミッキー7は任務中クレバスに落ちてしまいますが、そこは現地に住むムカデ型生物が潜んでいました。救助は困難であると判断され、仲間たちは彼を見捨ててしまいます。死を覚悟したミッキー7でしたが、たまたま命拾いをし、基地に帰還したところ、既に次のミッキーの複製体ミッキー8が生まれてしまっていました。
 二体もクローンが同時存在していることが分かれば、片方、場合によっては両方共が処分されてしまう可能性があるため、二人のミッキーは互いの存在を隠して、一人の人物であるかのように装うことになりますが…。

 宇宙の開拓事業において、率先して危険な任務につくために用意された「使い捨て人間(エクスペンダブル)」となった男ミッキーの冒険と苦難を描くSF作品です。
 もともと危険な任務をこなす契約ではあるものの、その危険度が強烈で、辿り着いた惑星の土着の菌に感染させられたり、宇宙船の外で活動して致死量の放射線を浴びたりと、確実に死が待っている仕事に従事させられているのです。死んでも再生できる「不死」であると思われているため、周囲の人間から彼の命は軽んじられ、そこには軽蔑の念さえ発生しています。つまりは、一般人に比べて命が非常に軽い人間であり、ミッキー本人も自分の命は大したことがなく、何かあればすぐ死ねばいい、とすら考えている節すらあります。
 再生されたミッキーにはアップロードされていた記憶が転写されるため、本人にとっては連続した人格と感じられていたのですが、手違いで二人のミッキーが同時に存在することになり、それによって唯一のアイデンティティーも揺らいでしまうことになります。そもそも、死んで蘇ったミッキーは、以前のミッキーと同一人物なのか? という問題もあります。再生されたとしても、もし前回のミッキーが記憶をアップロードしていなければ、その部分の記憶は空白になってしまうのです。実際、一部の記憶の有無で、ミッキー7とミッキー8にも人格として差が生まれてくる、というのも面白いところですね。

 「賤民」としてミッキーを差別する人間が多いなか、恋人として唯一彼を守ろうとするのが、女性パイロットのナーシャ。ミッキーが死ぬのが分かっている場合でも彼を救助しようとし、さらに死の瞬間まで一緒にいようとします。また警備兵のキャットも、ミッキーに関心を抱くようになり、二人の間に友情的なものも生まれていきます。
 少数ながら自分を大事に考えてくれる存在を得て、ミッキーが自身の命と人格についてのアイデンティティーを取り戻す過程が描かれて行く部分も読みどころでしょうか。

 開拓に訪れた惑星ニヴルヘイムの環境も悪く、さらに人間を襲うムカデ型の強力な生物もいるという始末。そもそもそんな星に植民しようとしているのも、従来住んでいたコロニーに住民全員を養う余力がない、という経済的な事情によります。
 ミッキーたち植民団にも余裕はなく、食料に関しても割当てカロリーなどが決まっています。二人で一人のふりをしているミッキーたちは常時栄養が足りないという状況です。司令官のマーシャルは狭量で、たびたび罰として食料の割り当てを減らしてくるので、栄養失調になりかねない、というのも危険の一つとして描かれます。

 クローン人間を量産できるほどの技術がありながら、物質的・経済的には余裕がないという、ある種ディストピア的な社会像が描かれるのも面白いところですね。後半では、ムカデ型生物との直接的な対決がクローズアップされてきます。遭遇したら、ほぼ殺されてしまうという強力な敵であり、ミッキーたちが生き残れるのか? というサバイバル的な興味と同時に、ムカデ生物たちの行動指針や目的が何なのか? といった「ファースト・コンタクト」的な謎が探られていくところも興味深いです。

 ミッキーの過去に繰り返された「死」の詳細がたびたび描かれるのですが、そのあたりも強烈です。放射能障害で意識が消失するまでが描かれたりと、読んでいて気分が悪くなってしまうほど。また、過去の植民団の事例がエピソードとして語られるのですが、それらもほとんどが環境や外敵によって全滅してしまうパターンが多くなっています。
 ミッキーたちが訪れている惑星の事情もその意味では最悪で、陰鬱になりそうな舞台設定ではあるのですが、主人公ミッキーが楽天的で、その語りにもユーモアがあるため、それほど暗い雰囲気にはなりません。
 クローン人間の記憶やアイデンティティー、倫理的問題、暗い未来社会像、異星生物とのコミュニケーションとサバイバル…。様々なテーマが盛り込まれた、面白いエンターテインメント小説といえますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

世界のつながり  恒川光太郎『箱庭の巡礼者たち』
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 恒川光太郎『箱庭の巡礼者たち』(KADOKAWA)は、様々な異世界で繰り広げられる、壮大なスケールの連作ファンタジー作品です。

 大雨で川が氾濫した後、家のそばで箱を発見した少年、内野陽。箱の中には一つのミニチュアのような世界が存在していましたが、人によってその世界は見えたり見えなかったりするようなのです。陽は箱庭の世界を観察することに没頭し始めます。
 箱庭の世界には王族や貴族が住んでおり、町の人々を支配していました。また竜や吸血鬼など、不思議な生き物も存在していました。
 陽の同級生であり、何くれとなく世話を焼いてくる女生徒、絵影久美も箱の中身を見ることができることが分かり、陽と共に箱庭の観察を続けることになります。
 絵影は、箱庭の世界に、誰にも気付かれずに殺人を繰り返している殺人鬼がいることに気が付きます。彼女は誰かが何とかしなくてはいけないと使命感に駆られていましたが、箱庭の世界に入れたとしても二度と戻ってこれない可能性が高いと、陽は絵影を止めることになります。しかし、絵影は陽に内緒で箱庭の世界に旅立ってしまいます…。

 上記の粗筋が、一話目の「箱のなかの王国」の内容で、箱庭に存在する別世界に旅立った少女と、それを現実世界で見守る少年を描いた作品となっています。何とも魅力的な設定で、この箱庭に関わる諸々の話が続くかと想像させるのですが、案に相違して全く別のお話が続きます。

 二話目「スズとギンタの銀時計」は、大正時代、孤児となった姉スズと弟ギンタの兄弟が不思議な銀時計を手に入れるという物語。その銀時計のボタンを押すと、それに接触している人や物ごと未来に行くことができるのです。様々なトラブルや困難に遭遇する度に時間を進めてそれを切り抜け、蓄財も重ねる姉弟でしたが、使う度に妙な不安に襲われるのです。やがて彼らを追う謎の存在が現れます…。
 未来に逃げてしまえばどんな人間も追ってこられない…ということで、どんどん未来へと逃げる姉弟でしたが、彼らの逃避行には代償が伴っているようで、その追跡者から逃れられるのか、というサスペンスたっぷりの作品となっています。

 三話目「短時間接着剤」は、ギンタの孫である天才発明家、海田才一郎が開発した、短時間だけ強力に接着できる接着剤をめぐるスラップスティックなコンゲーム作品。犯罪と裏切りをめぐるやくざ者たちの物語が展開され、それに才一郎の発明がどう絡んでくるのか、という面白みがありますね。

 四話目「洞察者」は、研究所で育てられ、超人的な記憶力と洞察力を持った少年泰介を描いた物語。泰介はほとんど予知に近いほどの洞察力を持ち、見た人の過去や状態、果ては起こしそうな行動まで予想することができます。
 研究所の扱いに我慢の成らなくなった泰介は外に飛び出して隠れ住むことになりますが、ある日通り魔を目論んでいるらしい中年男性に出会います…。
 超人的な洞察力を持った少年の人生を描く物語なのですが、その能力の長所と短所が描かれるのが面白いですね。
 犯罪を起こしそうだとか自殺してしまいそうだとか、そうしたことまで分かってしまうため、それらを放っておくことができず、面倒な事態に巻き込まれてしまう一方、その能力によって不幸になってしまう人間もいる、というシニカルなお話にもなっています。

 五話目「ナチュラロイド」は、異世界の王国を舞台にした物語。その国では王は世襲ではなく、優秀な子どもの中から選ばれた人間が王となっていました。
 政務の大部分は「ナチュラロイド」と呼ばれるロボットたちが行っており、王の仕事は象徴的なものが大部分でした。
 王となった少年ナービは、ある種、気楽な生活を送っていましたが、ある重大な秘密を知ることになります…。
 安定した政治形態の国が描かれるお話かと思いきや、残忍な犯罪やそれが引き起こされるに至った暗い事情が登場するなど、意想外にダークな作品となっています。

 最終話「円環の夜叉」は不死の人々が登場する作品。ある日事故で命を落とした男ラルスは、再び目を覚ましますがそこは80年後の世界でした。
 彼を助けたクインフレアという女性によれば、特殊な薬液〈鉱魅〉を飲ませることで、人間の体は八十年間鉱物化し、その後不老不死にすることができるというのです。
 この世界には不死である「ロック」とそうでない「ダーナー」の二種の人間がいるのだということも知ります。さらにダーナーは死んで後、別の存在として生まれ変わるともいうのです。
 ラルスは、「ロック」で構成された組織「沈黙協会」に所属して働くことになりますが…。
 不死の人々が存在する世界をめぐる幻想小説です。不死でない人々からは彼らは「夜叉」として化け物扱いされており、見つかれば殺されてしまう可能性もあるのです。
 普通人の世界に隠れ潜みながら、長い人生を生きる者たちの世界が描かれていきます。 終盤では彼らが住む世界の秘密の構造が明かされ、タイトルの「円環」の意味も分かることになりますが、その世界観は非常に壮大です。

 現実世界を舞台にしたものから、完全な異世界や別世界を舞台にしたものなど、様々なファンタジーが集められていますが、どうやら六つの短篇同士に関連があり、共通する登場人物や関係者なども現れます。
 さらに、短篇の合間に、それぞれ「物語の断片」が挟まれ、こちらも併せて読むことによって、物語世界のリンク要素がうっすら想像できるようになっています。
 「物語の断片」では、主に、箱庭世界に降り立った絵影の子孫であるミライ・リングテルが吸血鬼ルルフェルと共に旅をする様が登場します。どうやら箱庭世界と隣り合った異世界がいくつもあるらしく、それらの世界を彼らが旅する様子が描かれます。
 中でも面白いエピソードは「物語の断片2 静物平原」。その世界のタンガース平原では千年前に、二つの勢力による大規模な戦争があったというのですが、彼らが衝突する直前に何らかの時空の影響により、全員の時間が止まり硬直してしまったというのです…。
 時間の停止してしまった軍隊員たちの存在を教訓として平和がもたらされており、彼らが動き出したとしたらどうするべきなのか? といった問題も提示されます。

 「物語の断片」を含め、それぞれの短篇は単体でも十分魅力的なのですが、読み通すとそれらの世界が全て繋がっていくことが分かります。時間も空間も異なる世界同士をつなぐ壮大なファンタジーとなっているのです。
 さらに、時間を操る機械、時空をまたいで存在するロボット、旅を続ける一族、優しい吸血鬼、不死の妙薬…。魅力的なガジェットが点在し、物語を彩っています。
 世界同士のリンクが示されるとはいいつつ、明確に因果がはっきりしていない部分も多いのですが、そのあたりの曖昧さを含めて、物語世界を読者が想像する楽しみもありますね。
 長い時代、様々な異世界が年代記的に描かれていき、神話的な感触も強いファンタジーと言える作品です。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

煌めく物語  ジェフリー・フォード『最後の三角形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』
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 ジェフリー・フォード『最後の三角形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』(谷垣暁美編訳 東京創元社)は、アメリカの作家フォードの幻想小説を集めた作品集です。

「アイスクリーム帝国」
 「ぼく」には生まれつき共感覚があり、様々な刺激が別の知覚となって感じられていました。両親からは病気であると思い込まれていたため、学校には通わせられず、親から独自の教育を与えられていました。
 ある日、両親からの締め付けに耐えられなくなった「ぼく」は家を飛び出し、コーヒーアイスクリームを食べることになりますが、アイスを食べた途端に目の前に美しい少女の幻が現れます。少女の姿を見るために、たびたびアイスを食べるようになる「ぼく」でしたが…。
 視覚的な情景や音など、とある知覚が別の知覚を引き起こす「共感覚」の持ち主の少年が、コーヒーアイスクリームを食べることによって、少女の幻を見ることが分かります。彼女の姿を見るために、アイスを度々食べることになります。
 少女が実在の存在ではなく、幻に過ぎないのか、という興味で読んでいくと、実に意外な展開に。体がアイスを受け付けない体質の少年が、無理にアイスを食べ続けて体を壊してしまったりと、少女に出会うための条件を探っていく過程も面白いですね。
 加えて、少年自身が芸術の道に進むことになるという芸術家小説的な一面もあります。
ほろ苦い幻想恋愛小説といえるのですが、そのほろ苦さが幻想小説ならではの要素から生まれてくる…というところも独特です。

「マルシュージアンのゾンビ」
 大学の教師である「私」は、ある日出会った蓬髪の老人マルシュージアンと友人になります。かって政府の仕事に関わっていたというマルシュージアンは打ち明け話をします。彼は人間を洗脳し「ゾンビ」にする仕事をしていたというのです。「ゾンビ」になった人間は命令を何でも聞くようになり、年齢を若返らせることさえ可能だと言います。
 マルシュージアンは、かって過去の実験で作り出してしまった「ゾンビ」を殺すことを躊躇い、家にかくまっているともいいます。自分が死んだ後、彼のことを任せたいとも話すのですが…。
 政府の実験によって生み出された「ゾンビ」をめぐる作品です。表面上は普通の人間ながら、自身の意志はなく、命令したことは何でもやる一方、命令しなければ何もしない存在なのです。マルシュージアンの「ゾンビ」を受け継いだ「私」とその家族が、彼にどう対応していくのか、というところに奇妙な人間関係が描かれていきます。
 エドガー・アラン・ポーの作品が言及されますが、ポーの作品「ヴァルドマアル氏の病症の真相」からインスピレーションを得たと思しい作品ですね。

「トレンティーノさんの息子」
 クラム(食用の二枚貝)の漁をすることで生計を立てていた「私」は、ある日トレンティーノさんの息子ジミーが漁をしようとして溺死してしまったことを知ります。死体は見つかっておらず、彼の死体と出会うと不幸なことが起こるという噂も立っていました…。 漁師同士の掟として、助けられる時は助けるべき、というルールが示されます。同僚から助けられた主人公がまた、死者となったトレンティーノさんの息子と出会ったとき、助けを与えることができるのか? 物哀しさと共に恐怖度の強い作品となっています。

「タイムマニア」
 幼い頃から眠ると必ず悪夢を見てしまう少年エメットは、タイムをお茶にして飲むことで悪夢を抑えられることを知って以来、眠る前にはタイムを飲むようにしていました。
 自転車を手に入れたエメットは、ある日、打ち捨てられた農場の跡地を訪れ、井戸の中に白骨死体を発見します。それは姿を消したと思われていた若者ジミー・トゥースの死体でした。それ以来、エメットの目にはジミーの白骨がつきまとうのが見えるようになります。どうやらジミーは自分の死の真相を解明してほしいようなのです…。
 霊的な能力を持つ少年が、死体を発見して以来、その霊につきまとわれる、というお話です。霊の導きで、事件の真相を探ることになるのですが、その過程で彼が悪夢を抑えるためにタイムを頻繁に摂取していることが知られて、「タイムマニア」のレッテルを貼られてしまいます。
 事件が解決されハッピーエンドを迎えるのかと思いきや、単純にそうはいかないところも面白いですね。表側からは見えなかった大人たちの暗い情念を子どもである主人公が知ることになる、という意味で成長小説的な味わいもあります。

「恐怖譚」
 詩人エミリー・ディキンスンは、ある夜、家の中に家族の姿が見えないことに気が付きます。現れた紳士は、エミリーはすでに死んでおり迎えにきたというのです。
 しかし彼女の寿命を四半世紀ほど延ばす手段が一つだけあり、それは既に死んでいるにも関わらず、母親の呪文によって生きながらえている子どもを死なすことだというのですが…。
 有名な詩人エミリー・ディキンスンを主人公にした作品です。言葉の魔力によって、本来死すべき子どもを死なせてあげる役目を与えられたエミリーが、姿を変えた「死神」と共にその子どものいる家庭に入り込むことになります。
 母親は魔術を使って子どもを生きながらえさせているらしく、子どもの姿はほとんどゾンビそこのけ、という気味の悪い状況が描かれます。
 エミリー・ディキンスンの実在の詩から取られた言葉がところどころに引用されるという趣向が使われています。

「本棚遠征隊」
 「私」はある日、部屋の中に小さな妖精たちがたくさんいることに気付きます。妖精たちは、本棚の本を登り始めます。どうやら本棚を登攀することが目的のようなのです。トラブルで次々と妖精たちは倒れていきますが…。
 本棚を舞台に、棚を登攀しようとする妖精たちの冒険が描かれます。ザイルをかけた本が落下して下敷きになってしまったり、虫と戦ったりと、妖精たちの行く手は前途多難。それを語り手の「私」がハラハラしながら見守ることになります。紙魚を焼いて食べるシーンはユーモラスで豪快ですね。
 なぜか妖精たちの素性や名前が語り手には見えるようになっており、彼らの立場や死んでしまった妖精の家族に同情したりするところも面白いですね。

「最後の三角形」
 ドラッグに溺れホームレス状態になっていた「俺」は、初老の夫人ミス・バークレーに寝場所と食料を与えられて、生活を建て直すことになります。ある日ミス・バークレーに謎の模様が町のどこかにあるはずだと教えられ、その模様をめぐって町中を探すことになりますが…。
 魔術によって町中に作られた「最後の三角形」をめぐって展開される幻想小説です。「最後の三角形」の魔術とは何なのか? 恩人が謎の模様を探す理由とは? 彼女自身の過去が明らかになると共に、主人公である「俺」の人生がどうなっていくのか、といった部分も興味深いですね。

「ナイト・ウィスキー」
 その町では、動物の死骸から生える植物「死苺」から作る「ナイト・ウィスキー」の醸造方法が一部に伝えられていました。その酒を飲むと、夢の中で既に死んだ知り合いや親類に出会えるというのです。
 毎年酒を飲める人間の数は決まっており、その日に彼らを無事に保護する〈酔っ払いの収穫〉という仕事すら定められていました。「ナイト・ウィスキー」を飲んだ人間は無意識に木の上にのぼってしまうといい、トラックで回って彼らの場所を探し出し、夢見ている人間を無事に荷台に落とす、というのがその仕事でした。
 新しく〈酔っ払いの収穫〉の任を継いだ青年の「ぼく」は、「ナイト・ウィスキー」で寝込んだ人間を探すことになりますが、今までに起こったことのない、ある事件に遭遇することになります…。
 夢で死者と出会える酒をめぐる幻想小説です。酒で寝込んだ人間を突き落とす仕事の手伝いをすることになった青年の日常が描かれていき、ほのぼのとした雰囲気で進む物語なのですが、後半思わぬ自体が出来し、そこからダークなトーンが強くなるのもユニークです。
 人間の夢や願望、それらが引き起こしてしまった悲劇を周囲がどう捉えたのか、どう対応したのか…。その選択が間違っていたのかどうかは、読者の判断に任されているようです。

「星椋鳥(ほしむくどり)の群翔」
 警官の「私」は、都市〈ペレグランの結び目〉で定期的に発生する猟奇殺人事件を追っていました。<野獣>と綽名されたその犯人は、残虐に人を殺すのみならず、体から脾臓を取り出し食べている形跡があったのです。
 少女ヴィエナが父親のフォン・ドローム教授が殺された現場の目撃者ということから、犯人の情報を得ようとしますが、もともと言葉を発せないヴィエナからは何も聞き出せません。彼女の行動に何かヒントがあるのではと、助手となったジャリコと共にヴィエナを監視することになります。
 ヴィエナは星椋鳥のモーティマーを飼っており、鳥はいつもヴィエナのそばにいました。ある日、モーティマーを筆頭に集まった星椋鳥たちは、群翔し何かの形を描き出していました…。
 犯人不明の猟奇的な殺人事件が発生し、そのヒントが話せない少女と彼女の飼っている星椋鳥にあることが分かる、というお話です。
 作品のテーマともなっている星椋鳥の存在がユニークです。集団となって飛ぶことで何らかの情報を表し、それが事件のヒントとなっている、という趣向も面白いです。「犯人」の正体も幻想的で、死体から脾臓を奪う理由なども説得力のあるものになっています。魅力的なダーク・ファンタジーです。

「ダルサリー」
 科学者マンド・ペイジによって小さな瓶の中に作られた世界ダルサリー。そこは常に冬の世界、氷の上に作られた都市で、極小の人間たちが暮らしていたのです。
 倫理的な観点から研究を止めざるを得なくなったペイジでしたが、ダルサリーの衰退を防ぐために再び研究に協力するようになります。ある日ペイジは、独自の判断で自身が極小となって瓶の中に入っていくことになります…。
 瓶の中に作られた極小の都市と人間たちが描かれるSF的な物語なのですが、それらを作った科学者ペイジがマッド・サイエンティスト的な人物で、破天荒な行動を繰り返します。それらの経緯を語る語り手の「私」もまた冷酷非情でサイコパス的な人間であるため、物語が極端な展開を繰り返すことになります
 ダルサリーの内部は、氷で支えられた大地に建造物が存在し、常に冬の状態。内部の人間たちにとっては、世界についての独自の伝説が出来上がっている、という設定も魅力的ですね。
 物語の途中で原型となるダルサリーの世界は失われてしまうのですが、やがて多数の「ダルサリー」が発生することになる…という展開はかなり不気味です。

「エクソスケルトン・タウン」
 人類が辿り着いたその惑星は、甲虫によく似た宇宙人が住んでいました。彼らは地球人が持ち込んだ古い映画を気に入り、交換物として彼らの糞を丸めたものを渡すことになります。その糞には強力な催淫剤が含まれていることが分かり、地球人はそれを手に入れようと、多数の映画を持ち込むことになります。
 その星で人間が生存するためのスーツ「エクソスキン」は、過去の有名な映画俳優たちの姿を模したものばかりになり、やがてその場所は「エクソスケルトン・タウン(外骨格の町)」と呼ばれるようになります。
 ジョゼフ・コットンの「エクソスキン」を身に付けた「俺」は事業に失敗し、顔役ストゥートラドルに目をつけられますが、許してもらうのと引換に、大使夫人としてやってきた未亡人グロリエット・モスが持つ貴重な映画を手に入れなければならないことになります…。
 過去の映画好きとなった異星人の星で、俳優の顔形のスーツを着た男が、貴重な映画を得るため、大使夫人に取り入ろうとする…という風変わりな物語です。
 異星人の糞が貴重な宝としてもてはやされている一方、異星人の好みにあうように、過去の映画俳優そっくりのスーツを地球人たちが着ている、という設定は諷刺的でユーモラスながら、展開されるテーマは意外とシリアスなのです。
 ジョゼフ・コットンのスーツを着た主人公と大使夫人のグロリエット・モスとの「恋」が展開され、そのそれぞれの「正体」が分かったときに、その恋の行方はどうなるのか?といった部分が描かれています。「現実と幻想」が隠しテーマでしょうか。

「ロボット将軍の第七の表情」
 異星人ハーヴァングとの戦いのために作られたロボット将軍は、その戦闘力の高さから英雄となりますが、やがてその役目を終えて、日常生活を送ることになります…。
 戦闘兵器として作られたロボット将軍が、平和となった世界でどのように生きるのか、ということが描かれていく物語です。
 しっかりした自意識があるロボットであり、多彩な表情も作ることができるのです。その「第七の表情」は、ある種の人々にとって人を動かす魅力を持つものでした。
 将軍が自分をどのように考えていたのか、どうしたいと思っていたのかが分かる結末にはもの悲しさがありますね。

「ばらばらになった運命機械」
 老いて山奥で孤独に暮らすジョン・ガーンは、かって宇宙の様々な星を旅した男でした。彼には後悔してもしきれないことがあり、それは宇宙で出会ったザディーズのことでした。
 とある星で出会ったザディーズと恋人になったジョン・ガーンは、持ち前の冒険心からその星で暮らし続けることができず、無理に彼女を連れて宇宙に旅立ちます。冷凍睡眠によるショックから、ザディーズは命を落としてしまったのです。
 彼女のことを思い出すジョンのもとに、見たこともない異形の生物が現れますが…。
 恋人を失い、その悲しみを忘れるために宇宙を旅してまわった老宇宙飛行士の過去の物語に、宇宙規模の陰謀とそれを防ごうとする勢力の活動が描かれるという、スペース・オペラ的な趣向が合わさった作品です。
 宇宙規模の陰謀を阻止しようとする勢力の行動が、二人の恋人の「再生」につながっていく…という、壮大なスケールの作品です。
 主要な登場人物が作中で死んでしまい、お話がどうなってしまうのかと心配になるのですが、全く思いもかけない展開となり驚かされます。神話的な風格さえたたえた幻想的なSF作品ですね。

「イーリン=オク年代記」
 子どもが砂浜で作った砂の城に生まれ、その城が崩れるまでのはかない生涯を送るという妖精トゥイルミッシュ。イーリン=オクと言う名のトゥイルミッシュが書き残した極小サイズの日記が、少女が持ち帰った巻き貝の貝殻の中から発見されます。
 そこには、相棒となるハマトビムシのファーゴとの出会い、ネズミたちとの戦い、そして別の妖精ウィルニットの親子メイワとマグテルとの出会いなど、イーリン=オクの生涯の出来事が綴られていました…。
 人間からすると、ほとんど一瞬の寿命しか持たない妖精トゥイルミッシュ。その妖精の生涯が叙情性豊かに語られるファンタジー作品です。
 架空の妖精を描きながら、その存在感は実にリアル。人間にとってははかない生涯でも、主人公イーリン=オクにとっては輝くような出来事が積み重なっているのです。
 人生の豊かさとは、その長さそのものにあるのではない、一瞬の輝きに満ちた出来事が人生を輝かせる…。そうしたことを考えさせてくれる、良質なファンタジーですね。

 この『最後の三角形』、以前に出た同著者の短篇集『言葉人形』に比べると、バラエティの豊かさに目を見張ります。様々なテーマの作品が集められていますが、その一篇一篇の密度が濃厚。続けて読むのがもったいなくなってくるほどです。
 作品個々のメインとなるアイディアが奇想に満ちているのみならず、そこから生み出される思いがけない物語展開、幻想的な世界観、そして叙情性。これは無条件でお勧めしたい作品集です。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

生き抜く力  清水杜氏彦『少女モモのながい逃亡』
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 清水杜氏彦の長篇『少女モモのながい逃亡』(双葉社)は、過酷な飢饉と政府の弾圧を逃れて、生き延びようとする少女を描いた作品です。

 1930年代のとある国、大飢饉が襲い食料が足りなくなるなか、政府の無理な政策によって更に人々の生活は逼迫していました。さらに反政府的な態度を取ったと見なされた人間は、どことも知れぬ場所に連れ去られてしまっていたのです。
 農家の娘である十代の少女モモは、父と姉を連れ去られてしまいます。残った弟オルセイを守ろうとしますが、その甲斐無く弟は食糧不足から衰弱死してしまいます。故郷にいても死ぬだけだと考えたモモは、都市を目指して旅を始めることになりますが…。

 飢饉による食糧不足に加えて、政府の弾圧によって、壊滅状態になった国を舞台に、少女の苦難の人生が描かれていくという作品です。
 主人公モモが陥る苦難が強烈で、最初から最後まで過酷な生活を強いられます。全篇を通して食料はほとんどなく飢餓状態、家族や働き手は政府によって連れ去られ、少しでも食料が手に入ったと思ったら、周囲の人間の暴力によって奪われてしまいます。
 自身の食料さえまともにない状態になりながら、モモは、最初は弟のため、後にはその保護者となる人々のために、必死で生きていくことになります。

 モモを襲う状況は本当に過酷で、一時の幸福や他人との触れあいを手に入れても、一瞬にしてそれが奪われていってしまいます。裏切られ続けたモモは、やがて荒んだ倫理観を持つようになりますが、それでも捨てきれない善意が残る…というところに、かすかな救いがありますね。
 食糧や物資の不足以上にきついのが、人々同士の猜疑心と密告。政府が「富農」を目の敵にし、人々同士の密告体制を作るなか、本来は虐げられた者同士が互いに裏切り合う、という悲惨な状況が描かれます。
 親切にしてあげていた人間から裏切られたり、密告されたり、またモモ自身も生きるために密告をすることもあるなど、その猜疑心に満ちた社会像は息が詰まるようで強烈です。

 さらに恐ろしいのが、この作品で描かれた状況が事実に基づいていることで、本作品は、1930年代、スターリン政権下のソビエトによって引き起こされたウクライナやカザフ、北コーカサス地域などでの大飢饉、いわゆる「ホロドモール」を下敷きにして書かれているそうです。

 現実にあった状況を再現した作品のようで、その「現実」の恐ろしさに慄然とします。読んでいて悲惨極まりない事態の連続なのですが、読んでいて不思議と陰鬱さは感じません。主人公モモが一貫して「生きる意志」を持って生きていく様が描かれるゆえでもありましょうか。
 人々の間を分断し、孤独に陥らせる状況の中で「家族」を求めるモモの願いは叶うのか? 家族がいて、食料があり、住居があり、仕事がある。そんな当たり前の日常が、いかに貴重で有難いものか、ということが逆に実感されてくる作品ですね。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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