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邪悪なる神  背筋『近畿地方のある場所について』
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 背筋『近畿地方のある場所について』(KADOKAWA)は、近畿地方のある場所をめぐっての様々な怪異譚が語られていくという、モキュメンタリー風味のオカルトホラー小説です。

 ライターの「私」(背筋)は、以前より知り合いだった新人編集者の小沢と一緒に仕事をすることになります。オカルト専門誌の担当となった小沢は、会社にある過去の資料を調べているうちに、集められた怪談の多くが、近畿地方の「ある場所」に関連していることに気付きます。
 小沢は様々な文書を読み込み、怪異現象の実態に迫っていくことになりますが、その一方で彼の様子はおかしくなり始めていました…。

 雑誌記事やネットの情報、インタビューなど、様々なメディアで語られた怪異談が並べられ、その合間にライターの「私」と編集者小沢による「近畿地方のある場所について」の章が挟み込まれていく、という形式で描かれたホラー小説です。
 「近畿地方のある場所について」以外の怪異談の章は、書かれたり収録された時代はばらばらなのですが、そこに共通する要素として近畿地方のある場所に関連があるらしいことに小沢は気づき、それを更に調べていくことになります。

 体験者の受け取り方や、怪異現象の現れ方は様々であれど、大きくクローズアップされるのが、年齢に関わらず女性を誘い込む山の神らしき怪異、赤いコートを着た女性と男の子の霊の怪異、そして呪いがかかっているらしい謎のシールの怪異です。
 特に女性と男の子の怪異に関しては、関わった人間が直接死んでいたり、しつこく取り憑かれるなど、彼らが登場するエピソードは恐怖度が高いですね。

 それぞれのエピソードでは、断片的な情報しか示されないのですが、通して読むことによって、何が起こっているのか、怪異現象の大元は何なのか?といったあたりが推測できるようにはなっています。その意味でミステリ味もありますね。
 全体に怪奇実話風味というか、昭和のオカルト書的な「いかがわしさ」の横溢する作品です。実際、扇情的な雑誌記事の形で書かれるエピソードや、ネットの匿名掲示板による実況やうわさ話の形で示されるエピソードなどもあります。
 また、巻末には袋とじ形式で、ヴィジュアルの「取材資料」がついているのも雰囲気を高めていますね。

 一篇一篇の怪異談は不条理味の強い怪奇実話なのですが、全体を通して見るとしっかりしたホラー作品となっていて、「投げっぱなし」にはならないところにエンターテインメント性を感じます。
 あるエピソードと別のエピソードに出てくる現象が、同じ怪異の別の現れ方ではないか? とか、ある事件とまた別の事件が関連しているのではないか? など、ところどころに「伏線」らしきものがあり、いろいろと考察するのが面白い作品となっています。再読、再々読すると、更に面白く読めるのではないでしょうか。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

10月の気になる新刊と9月の新刊補遺
発売中 コルヴォー男爵『教皇ハドリアヌス七世』(大野露井訳 国書刊行会 4950円)
発売中 ギジェルモ・マルティネス『アリス連続殺人』(和泉圭亮訳 扶桑社ミステリー 1540円)
10月7日刊 シオドア・スタージョン『夢みる宝石』(川野太郎訳 ちくま文庫 予価1045円)
10月10日刊 エレン・ダトロウ編『穏やかな死者たち シャーリイ・ジャクスン・トリビュート』(渡辺庸子、市田泉ほか訳 創元推理文庫 予価1650円)
10月12日刊 ブラム・ストーカー『ドラキュラ』(唐戸信嘉訳 光文社古典新訳文庫 予価1760円)
10月18日刊 ピーター・S・ビーグル『最後のユニコーン 旅立ちのスーズ』(井辻朱美訳 ハヤカワ文庫FT 予価1320円)
10月20日刊 『幻想と怪奇14 ロンドン怪奇小説傑作選』(新紀元社 予価2420円)
10月23日刊 都筑道夫『都筑道夫の小説指南 増補完全版』(中央公論新社 予価3080円)

10月上旬予定 創元推理文庫2023復刊フェア
フランシス・アイルズ『殺意』(大久保康雄訳)
ヒラリー・ウォー『愚か者の祈り』(沢万里子訳) 
F・W・クロフツ『シグニット号の死』(中山善之訳)
ジョルジュ・シムノン『猫』(三輪秀彦訳)
ドロシー・L・セイヤーズ『雲なす証言』(浅羽莢子訳)
パトリシア・ハイスミス『動物好きに捧げる殺人読本』(大村美根子、榊優子、中村凪子、吉野美恵子訳)
リチャード・マシスン『奇蹟の輝き』(尾之上浩司訳) 
ガストン・ルルー『ガストン・ルルーの恐怖夜話』(飯島宏訳)
ロバート・シェクリー『残酷な方程式』(酒匂真理子訳)
眉村卓『司政官 全短編』


 『教皇ハドリアヌス七世』は、本邦では、その奇矯な人物として以前より知られていたコルヴォー男爵の手になる奇想小説。これは面白そうです。

 ギジェルモ・マルティネス『アリス連続殺人』は、以前に出た『オックスフォード連続殺人』にも登場したセルダム教授の活躍するシリーズの続編。前作は哲学的・思弁的な味わいのあるユニークなミステリだったので、こちらも楽しみです。

 エレン・ダトロウ編『穏やかな死者たち シャーリイ・ジャクスン・トリビュート』は、異色作家として知られるシャーリイ・ジャクスンに触発されて書かれた短篇を集めたアンソロジー。すでに目次内容が紹介されていたので、転載しておきます。

序文(エレン・ダトロウ)
M・リッカート「弔いの鳥」
エリザベス・ハンド「所有者直販物件」
ショーニン・マグワイア「深い森の中で――そこでは光が違う」
カルメン・マリア・マチャド「百マイルと一マイル」
カッサンドラ・コー「穏やかな死者たち」
ジョン・ランガン「生き物のようなもの」
カレン・ヒューラー「冥銭」
ベンジャミン・パーシィ「鬼女」
ジョイス・キャロル・オーツ「ご自由にお持ちください」
リチャード・カドリー「パリへの旅」
ポール・トレンブレイ「パーティー」
スティーブン・グレアム・ジョーンズ「精錬所への道」
ジェフリー・フォード「柵の出入り口」
ジェマ・ファイルズ「苦悩の梨」
ジョシュ・マラーマン「晩餐」
ジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタイン「遅かれ早かれあなたの奥さんは……」
レアード・バロン「抜き足差し足」
ケリー・リンク「スキンダーのヴェール」
謝辞(エレン・ダトロウ)
編者紹介
訳者紹介

 ピーター・S・ビーグル『最後のユニコーン 旅立ちのスーズ』は、名作『最後のユニコーン』の続編となる中篇二作を収録した作品集。

 都筑道夫『都筑道夫の小説指南 増補完全版』は、著者が小説の創作者に向けて書いたガイド本を大幅増補した決定版とのこと。原本は怪奇小説の書き方などについても触れられていて面白い本でしたので、こちらも楽しみです。

 今年も創元推理文庫の復刊フェアが開催です。今回のラインナップの中では、ショッキングな残酷ホラー短篇集『ガストン・ルルーの恐怖夜話』、感動的な死後ファンタジー『奇蹟の輝き』(リチャード・マシスン)、前衛的な奇想SF短篇集『残酷な方程式』(ロバート・シェクリー)、ブラック・ユーモアに飛んだサスペンス短篇集『動物好きに捧げる殺人読本』(パトリシア・ハイスミス)あたりがお勧めです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

恐怖の物語  エドガー・アラン・ポー『ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫』
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 エドガー・アラン・ポー『ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫』(河合祥一郎訳 角川文庫)は、アメリカの文豪ポーの「ゴシックホラー」を集めた作品集です。

「赤き死の仮面」
 感染するとあっという間に死んでしまう赤死病が蔓延するなか、プロスペロー公は自らの領地を壁で囲い、享楽的な生活を送っていました。あるとき、友人たちを招待し仮面舞踏会を催すことになりますが、いつの間にか見知らぬ男が紛れ込んでいるのに驚きます。 男は赤死病患者を思わせる仮装をしていましたが…。
 伝染病の蔓延する時代、引きこもって享楽的な生活を送る人々の中に「病」そのものが現れる、という象徴的な幻想小説です。
 現れる男の描写からは、男が人間そのものではなく、病そのものであるかのように描かれていますね。
 プロスペロー公は傲慢な人物として登場していますが、彼にしても周囲の人々にしてもその心理は描かれないので、彼らが送っている享楽的な生活が、自暴自棄になった結果、という読み方もできそうです。
 舞台となる館にはそれぞれ七色の装飾がなされた部屋が存在しており、その極彩色の描写は印象的です

「ウィリアム・ウィルソン」
 学校で出会ったウィリアム・ウィルソンは、「僕」と同姓同名であるばかりか、ことあるごとに張り合ってくる少年でした。彼が自分と年齢も誕生日も同じであることを知った「僕」は困惑します。
 成長してからも、「僕」の前にたびたび現れ、その行動を邪魔するウィルソンに「僕」は憎悪を強めていきますが…。
 自分に似た存在が常につきまとうという、いわゆる「分身」「ドッペルゲンガー」テーマの幻想小説です。
 主人公は傲岸で欲深い男です。ウィルソンが行動を邪魔してくるのは、大抵「僕」が悪事を働こうとしている場面であって、おそらくウィルソンは「僕」の良心を象徴しているのでしょう。二人の対決が描かれる結末のシーンには迫力がありますね。
 ウィルソンは「僕」にしか見えない存在なのかと思いきや、実体として周囲に認識もされているので、幻の存在ではないようです。その一方で明らかに「僕」の分身でもあるようで、その存在の仕方もユニークですね。

「落とし穴と振り子」
 トレドの異端審問所に囚われ、死刑判決を受けた「私」は、意識を失っている間に暗い部屋に放り込まれます。その部屋には落とし穴があり、間一髪でそこに落ちることを免れます。やがて気が付くと体が固定されており、天井からは巨大な刃を持った振り子が下がってきていました…。
 異端審問所に囚われた男が、様々な仕掛けによって拷問を受け続ける、という恐怖小説です。
 飲食物を制限したり体の自由を奪ったりといったことを手始めに、落とし穴、刃のついた振り子と、あの手この手で苦しめながら命を奪おうとする異端審問所の拷問が続くというところで、常時行き詰まるような迫力がありますね。

「大鴉」
 亡き恋人を悼む男の前に、突然、大鴉が現れ、口を開きます。しかし大鴉が話すのは「ありはせぬ」という言葉だけでした…。
 ポーの代表的な詩作品です。恋人の死を悲しむ男が、彼女との再会を望みますが、それも大鴉によって否定されてしまうのです。
 大鴉の「ありはせぬ」というセリフの繰り返しが効果を上げていますね。

「黒猫」
 愛する優しい妻と暮らしていた男は動物好きで、飼っている黒猫プルートーを可愛がっていました。しかし酒に溺れた男は、妻や猫にもひどく当たるようになり、ある日、プルートーの片目を衝動的にえぐってしまいます。猫の存在にいらつきを感じ始めた男は、猫を殺してしまいますが…。
 酒に溺れ暴力的な行為を繰り返すようになった男が愛猫を殺してしまい、その後も恐ろしい行為を続けていく、という恐怖小説です。
 理性が残っている段階であるにもかかわらず、天邪鬼的な心理から猫を殺してしまうという倒錯的な心理が描かれています。最後まで罪の意識が現れてこないのも空恐ろしいですね。

「メエルシュトレエムに呑まれて」
 ノルウェーの海にある大渦「モスケーの渦(シユトレエム)」について、白髪の老人はある話を語ります。兄弟二人と共に漁に出た男は渦に巻き込まれ、恐ろしい体験をしたというのですが…。
 全てを呑み込む大渦に巻き込まれたという男の体験を語る作品です。語り手が生きていることから、最終的には助かったことが分かってはいるものの、その迫力は尋常ではありません。一夜にして髪が真っ白になってしまったほどだというのです。
 現在で言うところの「パニック小説」といえるのですが、主人公が渦に巻き込まれている最中に、冷静に助かる可能性を考えるなど、非常に理性的な部分もあるのは、理知的だったというポーならではでしょうか。

「ユーラリー」
 女性に対する愛が素直な形で歌われた詩作品です。ポーらしい翳があまりないのが逆に珍しいでしょうか。

「モレラ」
 妻モレラは博学で神秘的な思想に傾倒しており、「私」はそんな妻の言葉や態度を苦痛に思うようになっていました。病に倒れたモレラは息を引き取る直前に、不思議な言葉を発します。生きて嫌ったこの女を、死してあなたは愛するでしょう、というのです。
 モレラの死と同時に生まれた娘を「私」は愛するようになりますが、成長も早い娘は、母モレラが語っていたような話を始め、「私」を驚かせます。段々とモレラに似てくる娘の姿に「私」は恐怖を抱きますが…。
 神秘思想にかぶれた妻の死後生まれた娘が母親そっくりになっておき、その魂は妻モレラの生まれ変わりなのではないか…という、いわゆる「輪廻」を扱った作品です。
 結末では、生まれ変わりが真実であったことが分かる、という点で明確な幻想小説となっていますね。

「アモンティリャードの酒樽」
 日頃からフォルトナートに不快な目に会わされ続けていた「私」は彼に復讐をしようと考えます。大のワイン好きであるフォルトナートに、アモンティリャードの酒樽を手に入れたことを伝えれば、ついてくるだろうというのです。
 まんまと地下にフォルトナートを連れ込んだ「私」は、彼を酔わせたうえである行為をすることになりますが…。
 憎んでいる男に復讐を遂げるという復讐奇談です。冗談のふりをして復讐を行う…というのはポーお気に入りのスタイルのようで、他の作品でもよく見られますね。

「アッシャー家の崩壊」
 幼馴染みのロデリック・アッシャーから、助けを求める手紙を受け取った「私」は、彼が住むアッシャー邸を訪れます。不気味な湖に面したアッシャー邸を目にした「私」は陰鬱な気分に囚われます。
 アッシャーは精神のバランスを崩した結果、感覚が異様に過敏になり、音や光に対して苦痛を感じるようになっていました。さらに最愛の妹マドリンが病により余命わずかになっていることも、その病状に拍車をかけていました。
 とうとうマドリンは病死し、彼女の遺骸は地下に置かれることになります。遺骸を安置してから七日か八日経ったある日、アッシャーに本を朗読していた「私」は異様な物音を耳にしますが…。
 ある旧家の邸がその住人とともに滅んでいく様をゴシック味豊かに語った作品です。
 名門とされるアッシャー家の末裔ロデリックとマドリンは、共に病を抱えていました。陰鬱なその土地柄や邸そのものも悪影響を及ぼしているようなのです。
 「私」が個人的に接触しないままマドリンが亡くなってしまうので、彼女の性格や個性については触れられないのですが、ロデリックとマドリンの間にある種の共感能力のようなものも描かれるなど、兄妹の間の関係性も複雑ですね。
 物語のメインは飽くまで人間たちによる悲劇なのですが、そこには家そのものや、一族の歴史そのものが及ぼす影響のようなものも描かれており、その意味で「幽霊屋敷」的なテーマも感じられます。

「早すぎた埋葬」
 強硬症(カタレプシー)の持病がある「私」は、一時的に死んだのと見分けがつかなくなってしまうことがあり、それを恐れて様々な手段を講じていました。しかし、ある夜目覚めると完全な闇の中にいました。
 周囲は狭い空間で、土の臭いが充満していました。死んだと思われ埋葬されてしまったのではないかと思い当たります…。
 病で仮死状態になってしまうことで早すぎた埋葬を恐れる男が、まさにその事態に至ってしまうという恐怖小説です。
 「私」の体験談が始まる前に、「早すぎた埋葬」に関しての実例やエピソードが並べられる形になっています。
 ポーがこの話題に深い関心を抱いていたこと、恐怖も抱いていたのではないか、ということが分かるような作品ですね。

「ヘレンへ」
 女性の永遠の美を語った詩作品です。若き日の作品であるとか。

「リジーア」
 「僕」の妻リジーアは、黒髪の美しい女性でした。天才的な頭脳と知識を持つリジーアは意志の力が強ければ死にも屈服しないという考えを持っていました。しかし、病魔に冒されたリジーアは息を引き取ってしまいます。
 「僕」は新しい妻として金髪の女性ロウィーナを迎えますが、彼女もまた新婚間もなく病に倒れてしまいます。「僕」は、室内に、何者かの気配を感じとりますが…。
 神秘的な力を信じていた前妻の霊魂が蘇る…という作品です。ロウィーナの死骸に異変が起こり、一時的に生き返っては死ぬ、といった様子が繰り返されます。蘇ろうとしているのはロウィーナなのか、それともリジーアなのか…? 不気味さは比類のない怪奇小説です。

「跳び蛙」
 王の道化役として働く男はその容姿から「跳び蛙」という綽名を付けられていました。冗談好きの王とその七人の大臣に日頃から虐げられている彼は、自分ばかりか愛する少女トリペッタを侮辱され、復讐を決意します。
 「跳び蛙」は、王たちに、オランウータンの振りをして舞踏会に乱入するといういたずらを提案しますが…。
 虐げられていた道化役の男によって、王と大臣たちが復讐される、という物語です。その復讐の仕方が冗談の形を取りながら、その実、非常に残酷で、印象に残りますね。



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本と人生  西崎憲『本の幽霊』
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 西崎憲『本の幽霊』(ナナロク社)は、本にまつわる様々な短篇が収録された作品集です。
 度々消えては現れる本の幽霊の物語「本の幽霊」、喫茶店で特定の条件の時にのみ見える風景について語られる「あかるい冬の窓」、街中で一つの物語が集団で朗読されていくという「ふゆのほん」、河の氾濫後に突然現れた図書館の物語「砂嘴の上の図書館」、思い立って遠い京都の読書会に出かけた男が現地で豊かな時間を過ごす「縦むすびのほどきかた」を収録しています。
 短篇集を通してのテーマは「本」で、本にまつわるいろいろな物語が収録されています。幻想小説か純文学的なものまで、ジャンルは様々です。

 表題作「本の幽霊」は、本の幽霊を扱った幻想小説。「ぼく」は海外からの通販カタログで欲しかった短篇集を見つけ、それを入手します。
 しかし、同じカタログを見た友人によれば、そんな本はなかったというのです。カタログを確認すると確かにその本のタイトルは載っておらず、しかも書棚に仕舞ったはずの本も見当たらないのです。
 数年後、結婚し新居に移った「ぼく」は、机の上にその本があるのを見て驚きますが…。
 消えては現れる「本の幽霊」を扱った作品です。本の消失現象に関して、特に意味付けや因果もつけられないところが、不思議な味わいを醸し出していますね。 繰り返される本の中の一文「夏のあいだはその窓を開けてはならない」が効果的です。

 「砂嘴の上の図書館」も魅力的。河が氾濫しかけるほどの大量の雨の後に出来た砂嘴。いつの間にかそこに小さな建物があることに気付いた町長は、そこを訪ねることになります。文字のプレートには図書館とありました。
 中にいた少年が図書館長だというのですが、そこには十五冊の本しかありません。
 その冊数では図書館と呼べないという町長に対し、少年は不思議な答えを返しますが…。ある日突然現れた不思議な「図書館」をめぐる物語です。わずかな本しか収納せず、館長である少年の言葉は何やら難解なのです。
 実際の図書館というよりは、象徴や寓意としての図書館が描かれた作品ともいえましょうか。
 少年の台詞には、どこかボルヘス作品のような味わいもありますね。少し引用します。

 「百万の本を収めた図書館と十五冊の本を収めた図書館は完全に同義です。一冊の本のなかにはすでに無限があります。複数の無限というものはありません」

 「ふゆのほん」は、町中で詩人の作品を朗読するという企画に参加した人々を描く物語。実際に参加してみると、当初とは異なる新しい物語『冬の本』が用意されていました。十人の登場人物があり、それを参加した十人にそれぞれ演じてもらおうというのです。
 主人公の男性「ぼく」は同じ読書会のメンバーの女性麻子さんが気になっており、彼女と一緒に企画に参加することになります。描かれるのは麻子さんとの関わりや、彼女と「ぼく」の感性の違いなど、極めて現実的な内容。
 それに対して、作中で演じられる作中作『冬の本』は、かなり幻想的な物語です。狂気に陥った市長の息子が、占い師の導きで、霊能力を持つ女性と共に事態を解決しようとする物語になっています。「現実」と「創作」のギャップも面白いですね。
 作中作の内容や企画の体験が、主人公たちにどのような影響を及ぼしたのか、とかは描かれないため、どのようにも解釈が可能なのですが、逆にいろいろなことが想像できて、奥行きのある作品になっているように思います。

 この『本の幽霊』、本のデザイン自体も魅力的です。洋書の古書を模したような造本、作品そのものとは無関係に現れる挿絵、無地の帯など、前衛的でありながら、瀟洒な本になっています。
 デザイン上、経年変化で本が劣化しても、それが味わいになっていくような作りなのでしょうか。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

不幸な日々  E・W・ハイネ『まさかの結末』『まさかの顛末』
 E・W・ハイネ『まさかの結末』『まさかの顛末』は、ドイツ作家によるショートショート集。全篇を通してブラックかつ残酷な味わいが特徴で、主人公が不幸な結末を迎えることも多いです。「嫌な話」ではあるのですが、ブラック・ユーモアを交えて展開する捻りの効いた物語は娯楽味たっぷりで、読んでいて楽しい作品集になっています。


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E・W・ハイネ『まさかの結末』(松本みどり訳 扶桑社ミステリー)

 現代ドイツ作家による、ショートショート集です。長さは様々、お話も様々ですが、共通するのはそのブラックさ。捻った結末が待っているのも共通ですが、大抵意地悪な結果に終わるのも特徴ですね。
 四対一の確率で大金か死が待っているというテレビ番組をめぐる「死者の挨拶」、統計的にテロの確立を下げる対策を描いた「テロ防止策」、残酷な強盗犯の真実が描かれる「正義の勝利」、霊安室で蘇った男が家族の真実を知る「復活」、憧れのダンサーへの恋心が悲劇を呼びこむ「愛の死」、精神病院に滞在する教授が人類の秘密について明かすという「秘中の秘」、不眠症に対する絶対確実な療法が描かれる「いばら姫効果」、迷宮入り事件の意外な真実が明かされる「不気味な重要証人」、亡くなった双子の片割れをめぐる奇談「死んだ双子」、互いに片目の親友同士が、先に死んだ方が眼球を提供するという約束をする「目には目を」、教授とそっくりの運転手が講演を肩代わりする「講演」、口が利けない代わりに不思議な歌を歌う美女をめぐる幻想物語「キルケ」、あまりにも短いゴースト・ストーリー「世界一短いお化けの話」などを面白く読みました。

 特に面白く読んだのは「復活」「目には目を」でしょうか。

 「復活」はこんなお話。病院の霊安室で目を覚ました男ハーゲンは、自分が運よく息を吹き返したことを知ります。密かに自宅に戻ったハーゲンは、息子も妻も自分の死を喜んでいることを知り衝撃を受けます。しかも妻に至ってはハーゲンの友人と浮気をしていたのです…。
 秘かに蘇ったことにより、自分が愛していた人々が、自分のことを愛していなかったことを知ってしまう男の物語です。しんみりとした結末を迎えるのかと思いきや、男の行動も非常にブラックかつ残酷で驚いてしまいます。

 「目には目を」もブラック極まりない物語。
 大学の眼科医テッデンと肉屋のクニッペルドーリンクは、ともに片目であることから奇妙な友情を結ぶことになります。二人は、どちらか先に死んだ方が、片目を生きている方に提供するという約束をします。
 クニッペルドーリンクが事故で感電死したことを聞いたテッデンは、早速死体から眼球を摘出し、手術を行います。手術は成功し、両目が見えるようになります。
 しかしその直後、クニッペルドーリンクが仮死状態だっただけであり、息を吹き返したことを聞いて驚愕しますが…。
 生前の約束通り、片目を移植した直後に、死んだと思っていた友人が息を吹き返し、結果的に全盲になってしまう…という物語です。
 当然移植したテッデン側は罪の意識を感じるのですが、ここからが思いもかけない展開で驚かされてしまいます。最後まで徹底してブラックなお話になっていますね。


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E・W・ハイネ『まさかの顛末』(松本みどり訳 扶桑社ミステリー)

 『まさかの結末』に引き続き、ブラックなショートショートが集められた作品集です。
 夜の墓地で産科医が出会ったあやしい人影の秘密を描く「幽霊?まさか」、吸血鬼を恋人にした男の物語「愛人はヴァンパイア」、自分と同じ障害のある子供を持ちたいと望む人間たちの行動が語られる「頭との会話」、自分自身と結婚しようとする男の物語「死が二人を分かつまで」、妊娠した女性が代理母のふりをして報酬を騙し取ろうとする「罪ある懐胎」、交番の警官の元に拾得物として犬が届けられるという「四本足の拾得物」、高確率で男女の縁結びとなる未来を見通す占い師の物語「千里眼」、一族の人間が皆飛行機事故で亡くなっているために、飛行機を恐れる男の運命を描いた「飛行機お断わり」、銃の名手であり強盗を何人も射殺していた店主が死体で発見されるという「店内の死体」、生命現象そのものにタイムトラベル能力を乱した男がどんどんと若返っていくという「タイムトラベル」、動物ばかりを専門に始末する殺し屋の物語「殺し引き受けます」、大いなる力を手に入れた女性を描く「なりたいのは神」、動物の肉を食べることや結婚することが罪とされる近未来の物語「生涯にわたって」などを面白く読みました。

 全体に非常にブラックな味わいが濃いです。アンモラルな行為を働いたがために不幸な運命が襲う、というパターンだけでなく、特に何の不備もないのに不幸な結末を迎えてしまうというパターンも多いですね。

 一番面白かったのは「なりたいのは神」でしょうか。
 神秘的な力を探求していた女性ファウスティーナは、念力で物を動かすばかりか、品物を時を超えて飛ばすことさえできるようになります。やがて神にさえなりたいという欲望を抱くことになりますが…。
 超能力を次々と身に付けた女性が、神になりたいと願う物語です。願いはある形で叶うことになるのですが、それがまたブラックな結末につながっており、作者の意地の悪さが出ていますね。

 ブラックさでは「店内の死体」が強烈です。
 用心深さと銃の名手として知られる商店主アンクル・サム。強盗や侵入者があった場合、飼っている猟犬がすぐに主人に知らせ、アンクル・サムは相手を銃で射殺してしまうのです。既に何人もの侵入者を殺しており、その名は世間に知られていました。
 ある日店の中にも入っていない十七歳の少年を銃で射殺したアンクル・サムは訴えられますが、結局裁かれずに終わってしまいます。その後、店内でアンクル・サムと飼い犬の死体が発見されますが…。
 番犬と銃、そして用心深さで知られた店主はどうやって殺されたのか? を探っていくミステリ的な作品なのですが、その真相も何ともブラックかつえげつないもの。前半で店主のあくどさが描かれるので自業自得的な面はあるのですが、それにしても後味は悪いですね。


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暗黒の日常  シャーリイ・ジャクスン『くじ』
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 シャーリイ・ジャクスン『くじ』(深町眞理子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)は、ブラック・ユーモアと<奇妙な味>風味の強い短篇集です。

「酔い痴れて」
 パーティーに出席していた「彼」は、酔いをさますためにキッチンを訪れますが、そこでその家の娘アイリーンに出会います。高校の最上級生だというアイリーンは世界の破滅について語り出し、「彼」は困惑することになりますが…。
 パーティーで訪れた先の娘と会話することになった男を描く作品なのですが、男はその娘のエキセントリックさに困惑することになります。
 世界の破滅を語る娘はどこか生き生きしており、彼女がなぜそれを望んでいるのか想像するのも面白いですね。結末で父親が娘について問われ「最近の子供はみんなそうだよ」と語る部分も意味深です。

「魔性の恋人」
 「彼女」は部屋で恋人のジェイミーを待っていました。その日に彼と結婚をすることになっていたのです。しかし約束の時間になってもジェイミーは現れず、心配になった「彼女」は外に出て、ジェイミーの家まで行くことになりますが、彼はもうそこには住んでいないというのです。
 ジェイミーの行方を周囲の人間に聞いて回りますが、彼の行方は一向に分かりません…。
 結婚を約束した男が当日になっても現れず、その行方を追う女性が描かれる作品です。男が何か不慮の事故などで姿を現せないのかと思いきや、徹底的にその足跡を消しているようで、悪意を持って姿を消したようにも見えます。
 ジェイムズ・ハリスというその男は終始直接的には作品内に姿を現さないのですが、それがゆえに、読者の中でその人物像が膨らんでいくようです。「魔性の恋人」というタイトルもその邪悪さを現しているようですね。

「おふくろの味」
 デーヴィッド・ターナーは、自分の生活にこだわりのある男で、住んでいるアパートの部屋を自分好みに整えては、快適な生活を心がけていました。同じアパートに住む女性マーシャとは友人で、部屋の鍵を預かるぐらいの関係となっていました。
 食事の支度をしてマーシャを出迎えたデーヴィッドは、マーシャが食事や部屋を褒めるのを聞いて満更ではない気分になっていましたが、そこにマーシャの部屋を訪ねてきたという男ハリスが通りかかります。
 勝手にデーヴィッドの部屋にハリスを招き入れたマーシャは、その部屋がまるでマーシャ自身のものであるように振る舞い始めますが…。
 自分の快適な部屋に知らない男を招き入れて、勝手な行動をする女友達に不快感を感じる男を描いた作品です。
 その図々しさもさることながら、自身の部屋や料理など、自分が作り上げた生活が台無しになっていく過程に主人公デーヴィッドが感じる不快感が如実に感じられるようになっています。
 マーシャが登場する以前に、彼女の部屋の描写から、かなりいい加減な人物であることが予想できるようにはなっており、その意味で展開に驚きはないのですが、マーシャに対してデーヴィッドがどういう関係性を感じているのかははっきり描写されず、そのあたりを考えるのも興味深いです。

「決闘裁判」
 下宿に越してきたばかりのエミリー・ジョンソンは、自分の部屋からハンカチやブローチなど、細かな品物がなくなっているのに気づきます。どうやら誰かが自分の部屋に侵入して窃盗を働いているようなのです。
 下宿内で一日中在宅しているのは、高齢のミセス・アレンだけであり、犯人は彼女に間違いないとエミリーは考えていました。
 ミセス・アレンの家を訪ね、遠回しに窃盗の事実を告げますが、盗みは続いていました。エミリーはミセス・アレンの留守中に彼女の家に入り込んで、窃盗の証拠を見つけ出そうとしますが…。
 病的な窃盗を繰り返す老婦人の犯罪の証拠を掴もうと、老婦人の家に侵入した女性が思いもかけない事態に遭遇する…という物語です。
 話をする限り、ミセス・アレンには悪気が感じられず、その意図もはっきりとは分かりません。証拠を掴もうと侵入したエミリーの行動が悲劇を起こしてしまうのか、と思った矢先の妙な展開にもブラック・ユーモアが溢れていますね。
 タイトルの「決闘裁判」は、実力行使に出るエミリーの行動を現したものでしょうか。

「ヴィレッジの住人」
 かって舞踏家を志してグレニッチ・ヴィレッジに出て来たミス・クレアランスは、十数年を経て燃料会社の社長秘書となり、経済的には快適な生活を送っていました。
 売りたいという家具を見るために、ロバーツ家を訪れたミス・クレアランスは、夫婦が留守であり、自由に家具を見ていてほしいというメモを見つけます。
 魅力を感じる品物がないことに失望するミス・クレアランスでしたが、たまたま同じ家具を見に訪れた青年ハリスが訪ねてきたところ、家主のミセス・ロバーツのふりをすることになりますが…。
 表面上、とある女性が、家具を買いに来た先でその家の住人のふりをする、という話なのですが、そこに家主の夫婦が芸術を生業にしていることに対する主人公の仄かな憧れや嫉妬のような感情が感じられる、という要素もあります。
 かって舞踏家を目指していたミス・クレアランスが、家主の夫人がおそらくその仕事をしていることを推測し、その流れからミセス・ロバーツのふりをするのみならず、舞踏家をしているという「嘘」をつくことになる、というのには説得力がありますね。結末の一文「肩がしきりに痛んだ」は印象的です。

「魔女」
 母親と幼い妹と共に電車に乗っていた少年ジョニーは、通りかかった男から話をしてあげようかと持ち掛けられます。男は自分の幼いころの小さな妹の話を始めますが…。
 幼い少年に通りかかった男がとんでもない話をする、という物語。残酷なその話はどうも揶揄うためにされているようなのですが、少年は少年でそれを面白がっているのです。
 男は悪魔的人物なのですが、少年もまた同じような性質の人間なのではないか、と思わせるところもありますね。

「背教者」
 夫と双子と一緒に暮らすウォルポール夫人は、ある日かかってきた電話で、自宅で飼っている犬レイディーがハリス家の鶏を殺して回っていると知らされます。殺しの癖のついた犬は処分するしかない、と仄めかされたウォルポール夫人はどうにか犬を助ける方法はないかと思案しますが…。
 愛犬が他人の鶏を殺し、犬の処分を迫られた女性を描く物語です。
 殺さずに矯正できないかと探るものの、その手段は別の意味で残酷。相談する人々も本気で考えておらず、挙句の果ては子供たちまでその「死」について無邪気に騒ぎまわる…。真剣に犬の命について考えているのは自分だけのようで、その追い詰められていく心理が想像できるようです。

「どうぞお先に、アルフォンズ殿」
 息子のジョニーが連れてきた友人ボイド。彼の家の生活が大変だろうと考えたウィルスン夫人はボイドにいろいろと気遣いをしようとしますが…。
 息子の友達の生活を心配し気づかいする母親と、その気遣いは要らぬものとして断る少年。夫人の側の勝手な思い込みとそれによる同情が裏切られる…というお話でしょうか。

「チャールズ」
 幼稚園にあがった「わたし」の息子ローリーは、たびたび同級生のチャールズの話をしていました。チャールズは性格の悪い子で、事あるごとに悪事を働いているというのです。そのうちに我が家ではチャールズの存在はお馴染みになっていきます。PTAの会合で、ぜひともチャールズの母親と会いたいと考える「わたし」でしたが…。
 息子の話から浮かび上がる悪童チャールズ。その存在は家族の中で膨らんでいきますが、実際のチャールズの姿は思わぬものだった…というお話です。ユーモラスでありながら不気味な話とも読めますね。

「麻服の午後」
 レノン夫人とその孫ハリエットの家を訪ねたケイター夫人と息子のハワード。ハワードがピアノを弾くのを見て、レノン夫人は孫に自作の詩を朗読してさしあげなさいと言います。詩を馬鹿にするハワードの前で、ハリエットの詩は祖母によって読まれることになりますが…。
 互いに自身の息子と孫を自慢しようとする大人と、自慢される子供たちの側が描かれるお話です。
 大人たちが素直に子供たちの芸術的な才能を褒めるのとは対照的に、子供たちは単純にそうした価値観に従ってはいません。
 ハワードは詩を馬鹿にしており、ハリエットがそれを避けるためにある話をするのですが、それが子どもならではの倒錯した論理に裏打ちされていた…というところに面白さのある作品です。

「ドロシーと祖母と水兵たち」
 「わたし」と友人のドットは、出かける際に水兵たちに気を付けるように母と祖母から度々言われていましたが…。
 年頃の女の子にとって水兵は危険、そう考えている母や祖母、本人たちもそういいきかされていることから、必要以上に彼らを恐れる姿が描かれます。
 実際危なかったのではないか、というシチュエーションもあるのですが、後半に登場する映画のシーンでは、ほとんど被害妄想的になっていて、妙な滑稽さを醸し出しています。

「対話」
 夫には内緒で、かかりつけ医とは異なる医師のもとに診察に訪れたアーノルド夫人。彼女によれば、周囲の人間の生き方、考え方がよく分からないというのです…。
 やたらと難しい言葉を使い、何かを言ったような気になる…。周囲の人々のそういう態度についていけなくなった女性が描かれる作品です。
 しかも頼りにしていた医師すらもそうした風潮に囚われているようで。諷刺的な味わいの強い作品ですね。

「伝統あるりっぱな事務所」
 娘のヘレンと共に家に滞在していたコンコード夫人は、ミセス・フリードマンを名乗る女性の訪問を受けます。軍隊に従軍している息子ボブが、コンコード家の息子チャールズと友人同士である関係から、手紙で家族のことも知らせてきており、表敬訪問に訪れたというのです…。
 息子たちの手紙をきっかけに知り合った家族同士が交流を深める。そういう話に見えるのですが、その会話の最中にかすかな自尊心が見え隠れする…というあたりに不穏さがありますね。

「人形と腹話術師」
 食事だけでなく、上品でない層も贅沢、エンターテイナーのショーもあるというレストランを訪れたウィルキンズ夫人とストロー夫人。やがて醜い小男が現れ、腹話術のショーを始めます。ショーの後、連れの娘につらくあたる腹話術師の男の姿を目撃する二人でしたが…。
 腹話術師の男の傲慢な言動を目撃した二人の夫人が不快な気分を味わう、という話です。
 初めから二人の夫人は男に不快感を抱いているため、その腹話術の芸自体が本当に大したことがないのかどうかは分かりません。ただ男が下劣な性格であることは確かなようです。
 男の本音が本人ではなく、人形の方から発せられる、というのも面白い趣向ですね。

「曖昧の七つの型」
 地下にあるハリス氏の書店には、本好きの少年が入り浸っていました。少年は、高くて買えないエンプソンの本「曖昧の七つの型」を何度も見せてもらっていました。
 ある日妻を伴って現れた大柄な男は、本を沢山買いたいと言います。仕事で経済的に余裕の出来た男は、ディケンズのようなりっぱな本を買いたいと考え、自分のためにそれらの本を選んでもらいたいというのです。たまたまその場に居合わせた少年は、お勧めの本を男に案内しますが…。
 経済的には貧しいながら、勉強好きで親切な少年。その少年の明朗さと親切心に感嘆しながらも、男の取った行動は残酷で、それを見逃すハリス氏の態度も同様なのです。途中まで良い話に見えた物語が最後で逆転するのは、ジャクスンならではの意地の悪さですね。

「アイルランドにきて踊れ」
 赤ん坊を抱えた若きアーチャー夫人が、友人のキャシーとコーン夫人と一緒に在宅していたところ、物乞いの老人が現れます。施しをしようとしたところ老人は倒れてしまい、家で介抱することになります。ありあわせの材料を使って食事を振る舞おうとしますが…。
 老人に慈善を施す女性たちを描いた物語です。女性たちからは良いと思われた行為が、老人にとっては必ずしもそうでなかった、というところにシニカルさのある作品です。
 落ちぶれても気概を失わない老人の態度に関して、作者がそれを良しとしているのか、滑稽と考えているのか、そのあたりを読み取るのはなかなか難しいですね。

「もちろん」
 タイラー夫人は、隣家に引っ越してきた親子、ハリス夫人と息子のジェームズ・ジュニアと知り合いになります。タイラー夫人は、良ければ息子を預かり、娘のキャロルたちと一緒に映画に連れていきましょうかと提案しますが、ハリス夫人は夫の考え上、映画には行けないとつっぱねます。
 夫のハリスは学者だといいますが、ラジオや新聞をくだらないものと考えているなど、独自の思想を持っているようなのです…。
 新しい隣人と親しくしようとするものの、その頑なな態度と異様な考え方に驚かされてしまう、という物語。タイラー夫人の結末の行動には、ハリス夫人に呆れ果てたような様子が見られますね。

「塩の柱」
 夫のブラッドと共にしばらくニューヨークに住むことになったマーガレット。友人夫婦が不在の間の二週間、その部屋を使わせてもらおうというのです。知り合いの家での集まりの最中、火事騒ぎが起き、幸い家事は別の家だということが分かったものの、それ以来マーガレットは不安にとり憑かれてしまいます…。
 夫婦だけで快適な生活を過ごすはずが、災害に会いそうになったり、殺人事件に巻き込まれそうになったりと、その生活が不安に彩られていくことになる、という物語です。妻の不安な心理が終始描かれていくという、不穏なお話となっています。

「大きな靴の男たち」
 もうすぐ赤ん坊の生まれる若いハート夫人は、メイドとしてアンダースン夫人を雇います。いささか喧嘩腰で雑なところもあるアンダースン夫人に少し不満がありながらも、大体においてその働きに満足していました。
 アンダースン夫人は自分の夫に対する文句を事あるごとに繰り返していました。その矛先はハート氏に対しても向けられているようなのですが…。
 夫から虐げられていた(いる?)アンダースン夫人が、男性全般に対する怒りを振りまきながら、その一方でハート夫人の懐に入り込もうとする…という物語。
 「大きな靴の男たち」の乱暴さを非難する一方で、自身の図々しさには気付いていない…というところにもブラックなユーモアがありますね。

「歯」
 顔が腫れるほどの歯痛のため、ニューヨークの歯科医の治療を受けようと、一人でバスに乗ることになったクララ。睡眠薬で虚ろになった意識の中、突然現れたジムという不思議な男の言うがままになっていきますが…。
 歯の治療のため、夫と離れ一人でニューヨークに向かった女性クララが不思議な体験をすることになるという幻想小説です。睡眠薬で意識が薄れた状態でのバスの旅路、歯科医についてからの治療中に見る幻覚など、ところどころに「ジム」という男が現れて、それに誘われていってしまいます。
 やがては自身のアイデンティティーさえ曖昧になり、結末では夫のところには戻らないであろうことが示唆されています。この作品に登場する男は、ほとんど死神というか悪魔というか、そうした存在となっていますね。

「ジミーからの手紙」
 ジミーから手紙が来たという話を聞いた「彼女」は、何の内容だったのか尋ねますが、ジミーに腹を立てている「彼」は、ジミーからの手紙を開けずに、そのまま送り返すと息巻いていました…。
 ジミーが誰で、「彼」や「彼女」とどんな関係なのか、過去に何があったのか、といった具体的な事情が全く示されず、ジミーから手紙が来たことと、ジミーに腹を立てている「彼」が手紙を開封せず送り返すつもりだということのみが描かれる、謎めいた作品です。
 ジミーが「彼」を怒らせているのは確かなのですが、「彼女」は「彼」に対してもその意固地さに呆れているような態度もかいま見えるなど、その抽象的な人間の関係性のみが描かれていくという特異な作品となっていますね。

「くじ」
 その村では、昔から「くじ」が伝統的な習わしとして尊重されていました。一年に一度住人が全員集まり、それぞれの家の家長が「くじ」を引く習わしになっていたのです。今年も「くじ」の日に当たり、人々が集まってきていましたが…。
 とある村で、伝統的な行事として行われる「くじ」が行われる過程を描いた作品です。その由来も意味も失われた行事が、伝統として尊重される様子が描かれていきます。
 「くじ」を引き当ててしまった人間に何が起こるのかが具体的に描かれず、最後の最後でそれが明かされる構成は見事で、結末を読んだ時の衝撃度は半端ではありません。
 この短篇が掲載された雑誌には抗議の手紙が殺到したそうですが、それも頷けますね。

 この短篇集、原題に「The Adventures of James Harris」とあるように、多くの作品に「ジェームズ・ハリス」なる男が登場します。そのままジェームズ・ハリスとして登場することもあれば、ハリスのみ、あるいはジム、ジェームズ、ジェイミーという名前で登場することもあります。
 場合によっては名前は出されないものの、ハリスと思われる男性が登場する短篇もありますね。姿形も毎回異なるのですが、これらのジェームズ・ハリスたちは、そろって悪魔的な人物で、登場人物たちを不幸を呼び寄せたり、不快な目に会わせるのです。
 「魔性の恋人」「歯」のように破滅的な目に会わせることもあれば、「魔女」「おふくろの味」のように悪戯レベルの不快な体験をさせたりすることもあります。どちらにしても、ある種の悪魔の化身的な存在のようです。
 この『くじ』、個々の短篇はドメスティックな話題やシチュエーションを扱った普通小説とも取れるのですが、このジェームズ・ハリスの存在と考え合わせると、伝統的な怪奇小説のバリエーション的作品集ともいえるかもしれませんね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

グロテスクな物語  小林泰三『逡巡の二十秒と悔恨の二十年』
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 小林泰三『逡巡の二十秒と悔恨の二十年』(角川ホラー文庫)は、先ごろ亡くなった著者の単行本未収録短篇を集めた作品集です。

 友人に瀕死の重傷を負わせてしまった少女が必死に蘇生を繰り返す「玩具」、幼時に船遊びの最中に幼馴染を見殺しにしてしまった男が長年悔恨に囚われる「逡巡の二十秒と悔恨の二十年」、ある日周囲の人間が皆異星人に侵略されていたという「侵略の時」、子供の時に目撃した殺人について再確認するために故郷に帰った女性が異様な出来事に遭遇する「イチゴンさん」、宇宙を漂流していた二人組の男が、善人たちが作り上げた理想郷のような世界に漂着するという「草食の楽園」、家に迫ってくる怪異「メリイさん」を防ぐために様々な怪異を集めて対抗しようとする「メリイさん」、永劫の時を挟んだ男女の出会いの物語「流れの果て」、食用の人間が当然とされる世界で、食用人の解体が描かれていく「食用人」、吹雪の夜、友人たちが泊ることになった家で主人が殺され、その犯人探しがなされるという「吹雪の朝」、前例のない代理出産に臨む夫婦の物語「サロゲート・マザー」を収録しています。

 常識から外れた理詰めの異様な論理、エキセントリックな登場人物、過剰なグロテスク描写、これらが小林泰三のホラー作品の特徴といえるのですが、本作品集の収録作にもそれが良く出ています。中でもそれらの要素が強く出ており、インパクト大なのが「食用人」です。
 家畜と同様、食用の人間が当たり前となった世界が舞台。同僚の洋子に誘われ、職場の宴会に参加することになった理保子は、人の活け造りを食べることになります。店で、若い女性を活け造りにすることになり、その解体が始まりますが…。
 食用の人間が当たり前の世界で、人間の活け造りの過程が描かれていくという、とんでもない作品です。人体解体の描写がグロテスク極まりなくて目を惹くのですが、それだけのお話ではなく、食用なら何でも食べて問題ないと信じる、主人公理保子の異様な論理展開も物語を異様な方向に引っ張っていきます
 どこか食の「ポリシー」を諷刺しているような節もある怪作になっていますね。

 「侵略の時」も陽性で楽しいホラー作品。ある日、朝食に生肉を出したことをきっかけに、異様な言動を取るようになった妻。出社してみると、周囲の人間の言動もどこかおかしいのです。「わたし」はまだ正常であるらしい人間を集めて相談を始めます。
 洗脳なのか陰謀なのか、話し合っているうちに、同期の山郷が苦しみ始めますが…。
 怪物によって人類が何時の間にか侵略されていた…というSFホラーなのですが、その侵略の「論理」が異様で記憶に残ります。結局のところ、侵略されようがされまいが同じなのではないか…という結論が出てしまうところに唖然としますね。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

妻がいるふりをする男  マイケル・イネス『ソニア・ウェイワードの帰還』
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 マイケル・イネスの長篇『ソニア・ウェイワードの帰還』(福森典子訳 論創海外ミステリ)は、作家の妻の死を隠そうとする夫の行動が、思いがけない事態を惹き起こすという、ブラックなサスペンス作品です。

 ベストセラー作家である妻ソニアと共にヨットに乗っていた元軍人のペティケート大佐は、妻が急死してしまったことに驚きます。生活の糧が失われることを恐れたペティケートは、妻の遺体を海に捨て、彼女がふらりと旅行に出てしまったふりをすることにします。その間に妻のふりをして自分が小説を書いてしまおうというのです。
 編集者や使用人、知り合いなどに、妻が出かけてしまい、行方が分からないことを吹聴しますが、それらの言葉によって、ペティケートの立場はどんどんと悪くなっていきます…。

 ベストセラー作家の妻の死を隠し、自身が小説を書き続けて生活しようと考えた夫の行動が描かれていく、ブラックな味わいのサスペンス作品です。
 作家の妻ソニアのヒモとして暮らしていたペティケートが妻の急死に慌ててしまい、妻がふらりと行方が分からないところに行ってしまったと嘘をつきますが、その嘘の整合性を取るために行った言動がどんどんと自分の首を絞めてしまいます。この主人公ペティケートがかなり「器の小さい男」で、彼が行う計画も行き当たりばったり、どんどんと事態が悪化していくにも関わらず、プライドが高いため、あまり反省もしません。
 知り合いたちに口約束だけしますが、実際に妻の姿を見せないと収まらない事態がいくつも出来し、この危機をどのように切り抜けるのか? という興味で面白く読めます。主人公自体に人間的魅力はあまりないのですが、その不用意な言動で事態がどこまで悪化してしまうのか、という「怖い物見たさ」的な魅力がありますね。

 ペティケートが中途半端に書かれた妻の小説の展開を予測するために、編集者ウェッジと交わす会話など抱腹絶倒です。自身が代作して小説を書いている途中に、編集者から駄目だと言われた書き方をあえてするなど、自身の芸術的才能を恃むところも強く、そのあたりにも皮肉なユーモアがあります。
 肝心の小説も、ペティケートが教養豊かで意外に文才があるため、妻よりも上手い小説が仕上がってしまう…というのも人を食っていますね。

 行動がたびたび失敗に終わり、頓珍漢な結果をもたらすせいもあって、この主人公ペティケートが好人物に見えてきてしまうのですが、この男、結構な悪人です。冒頭に行う、妻の死体遺棄だけではそれほどの罪ではないように思えるのですが、自身の危機を脱するために殺人計画を練って、それを実行する(失敗しますが)あたり、犯罪を行うのにも躊躇いがありません。
 この手の、犯罪者自身を主人公にしたサスペンスでは結末はたいがい悲劇に終わることが多いのですが、それを裏切るようなオフビートな展開も本当に人を食っています。悪党ではあれど、この主人公、読んでいて愛着が湧いてきてしまうのも確かなので、あまりひどい結末を迎えないで欲しいなと思いながら読むのですが、これがまた良くも悪くも、絶妙な締め方なのです。

 原題は The New Sonia Wayward ということで、作家ソニア・ウェイワードの新作、という意味と同時に、もう一つの意味がかけられています。結末ではその意味が分かることになり、本当に良く出来ている作品だと思います。皮肉たっぷりで、ブラックなユーモアのあふれる怪作といえますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

生きた証  音無白野『その日、絵空事の君を描く』
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 音無白野の長篇『その日、絵空事の君を描く』(ハヤカワ文庫JA)は、生物の死を観測することで、その存在がなかったことになってしまう能力を持つ少女と、彼女に恋する少年を描いたファンタスティックな恋愛小説です。

 高校生の少年、東江夏輪(あがりえかりん)は、ある日、捨て猫を助けようとしている同級生の少女佐生梛(さそうなぎ)に出会います。佐生が倒れてしまったことから、猫を一時的に預かることになった東江でしたが、翌朝猫は亡くなってしまいます。その亡骸を佐生が見た瞬間、何かが崩れるような衝撃が二人を襲います。
 病室で目覚めた佐生のもとへ届け物をしにきた東江は、言葉を交わすのは初めてのはずの佐生が、自分のことを知っているらしいことを知り驚きます。
 佐生は、自らが生物の死を観測することで、その生物が存在しなかったことになるという能力「ダムナティオ・メモリアエ」を持っていたのです。「過去」において何度も東江と接触があったにも関わらず、能力のせいで世界が再構成されてしまい、東江の記憶も消失してしまっているというのですが…。

 死を観測することで、その存在を消してしまう能力を持つ少女と、彼女に恋することになった少年を描く、幻想的な青春恋愛小説です。
 佐生梛が持つ「ダムナティオ・メモリアエ」は、人間ばかりか生物の死を観測することでその存在を消してしまうという能力。存在がなかったことになった結果、世界が再構成され、過去にその人物が関わり合った事実や触れあった人々の記憶すらも消えてしまうのです。
 東江とも過去につながりがあったものの、「ダムナティオ・メモリアエ」による世界改変によって、その事実と記憶が失われてしまったことが判明します。

 さらに佐生が余命わずかな病を患っていることが早くに明かされます。彼女は自らが自身の死を観測すれば、自分の存在がなかったことになり、それに伴って、過去に消してしまった存在たちも蘇るのではないかと考えていました。そのために、病による死の前に自死することを考えていたのです。
 それらの事実を知った東江が、佐生の死そのものは避けられないにしても、彼女がいた存在を残したい、その記憶を失いたくない…と葛藤する心理が描かれる過程には読み応えがありますね。

 人は死んでも、生きてきた痕跡を残すことができる。それが全くなくなってしまうとすると、その人は本当に生きていたといえるのか? 自らの死を観測することで他者の生きた痕跡を蘇らせたいと考える佐生と、それを行う事によって佐生の存在の痕跡が消滅してしまうことに危惧を覚える東江、二人の葛藤が描かれていきます。
 病によって死に別れてしまうことが決定づけられている恋、という状況で、さらに存在の記憶までも消滅してしまうのでは…という懸念が発生するという、つらすぎる恋を描いた恋愛小説となっています。

 最終的に佐生が選ぶ決断には悲壮感があるのですが、結末にはある種の「救い」があり、後味は決して悪くありません。
 存在が消えてしまうという、超自然的な設定が使われていますが、死後も人の記憶に残ることが、人間にとっていかに重要であるか、考えさせられてしまう作品となっていますね。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

恐るべき子どもたち  野本隆『バーチャル・チルドレン』
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 野本隆『バーチャル・チルドレン』(出版芸術社)は、主に子供を主人公にした恐怖・幻想小説が集められた作品集です。

 いじめられっ子の少年がゲームによっていじめっ子に復讐するという「いじめられっ子ゲーム」、元市長の家の怪異現象の因果について語られる「二階の部屋」、両親の不和で崩壊している家庭の少年がもう一つの家を見つけるという「川の側の家」、幼い頃に行方不明になった少女に再会した少年が彼女の後を追う「夕暮れ」、子供の病の回復を叶える姫神社をめぐる物語「姫神」、子供が作った隠れ家が時を超えて現れる「隠れ家」、近未来、湿潤化した世界に暮らす家族を描く「いつか遠い丘の上で」、子供の行方不明事件の犯人と噂され、子供たちから恐れられる老婦人の物語「オギ」、とある動物と人間とのハーフとして生まれた少年を描く「融合」、幼児を一人で試練に臨ませる風習が残る村での出来事が描かれる「月憑きの村」を収録しています。

 どの作品でも、子供が主人公となっていますが、彼らを襲う出来事は容赦がなく、超自然的な要因によって失踪したり、消えてしまう…というお話が多くなっています。
 中でも戦慄度が高いのが「二階の部屋」「川の側の家」でしょうか。

 「二階の部屋」は、空き家になった前市長の家の二階の怪異について語られる物語。
 静夫と美佐子の兄妹は、家の中でかって祖父がやっていた質屋の質流れの品を見つけます。市長だった父と母が不慮の事故死を遂げた後、品物の中にあった子供の服を見つけた二人は、質札を見て、その家に品物を返そうとしますが…。
 子供たちが異界の存在と接触するというのがメインのお話なのですが、そもそも彼らが住んでいた家自体に異常な現象が起こっており、その因果についてははっきり語られません。
 子供たちが失踪してしまい、その後にも別の怪異現象が家に起こっているようなのですが、そのあたりも説明はされないので、非常に不気味な感触の強い作品になっていますね。

 「川の側の家」は、崩壊した家庭の少年を描く物語。
 両親の不和から、ぎすぎすした家庭に嫌気が差していた少年真一。兄の昌幸は既に自殺してしまっていました。ろくな用意もしてもらえないまま修学旅行に出かけた真一は、宿泊先のホテルで見知らぬ男と出会い、彼から無理やり家の鍵を渡されます。
 帰宅の途中、小川のほとりに見慣れない家が建っていることに気付いた真一は、その家が自分の家とそっくりなのを見て驚きます。渡された鍵でその家に入ってみると、そこには本当の父母とは打って変わって、優しい両親が出迎えてくれます。しかも死んだはずの兄が帰ってきたのです…。
 現実の醜悪な家庭とは異なる、理想の家族が住む「家」を見つけた少年の物語、なのですが、単純に「いい話」にはならず、悲惨極まりない展開になるという恐怖小説です。
 少年が見つける「もう一つの家」は明らかに超自然的な存在なのですが、それでいて自立した存在ではなく、現実の世界を反映しているようであるなど、その存在の仕方も独特です。死んだはずの兄の存在に関しても、別世界の存在なのか死者なのか、はっきりしません。
 非常に不条理な世界観の物語で、後半に絶望した主人公の取る行動も強烈で、恐怖度の高い物語となっています。

 近未来、湿潤化した地球で人類が滅亡寸前になった世界を舞台に、とある家族の日常を描く「いつか遠い丘の上で」や、とある動物と人間とのハーフとして生まれた少年が、自らの異質性を自覚し、周囲の人間たちとの違和感を感じていくようになるという「融合」などはSF的な作品ですが、どちらもペシミスティックな空気が支配していて、一種のホラー作品とも読めますね。

 全体に、ジャンル的なホラー小説とは異なる文法で書かれている感のある作品集で、それだけに妙な不気味さが漂っています。その意味で、ホラー慣れした人の方がより面白く読める作品集かもしれないですね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

9月の気になる新刊と8月の新刊補遺
発売中 ルートヴィヒ・ティーク『フランツ・シュテルンバルトの遍歴』(片山耕二郎訳 国書刊行会 4950円)
発売中 ジョン・スラデック『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク』(鯨井久志訳 竹書房文庫 1540円)
発売中 「ナイトランド・クォータリーvol.33 人智を超えたものとの契約」(アトリエサード 2090円)
9月5日刊 牧原勝志編『新編 怪奇幻想の文学4 黒魔術』(新紀元社 予価2750円)
9月8日刊 ダリオ・アルジェント『恐怖 ダリオ・アルジェント自伝』(仮題)(野村雅夫、柴田幹太訳 フィルムアート社 予価3740円)
9月11日刊 フェルディナント・フォン・シーラッハ『神』(酒寄進一訳 東京創元社 予価1870円)
9月12日刊 A・B・コックス『黒猫になった教授』(森沢くみ子訳 論創社 予価3740円)
9月20日刊 ジーン・ウルフ『書架の探偵、貸出中』(大谷真弓訳 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 予価2750円)
9月21日刊 フレドリック・ブラウン『死の10パーセント フレドリック・ブラウン短編傑作選』(小森収編 越前敏弥、高山真由美他訳 創元推理文庫 予価1386円)
9月21日刊 紀田順一郎『古本屋探偵登場 古本屋探偵の事件簿』(創元推理文庫 予価990円)
9月21日刊 紀田順一郎『夜の蔵書家 古本屋探偵の事件簿』(創元推理文庫 予価990円
9月21日刊 春日武彦『恐怖の正体 トラウマ・恐怖症からホラーまで』(中公新書 予価1012円)
9月22日刊 ポール・ギャリコ『ミセス・ハリス、国会へ行く』(亀山龍樹訳 角川文庫)
9月26日刊 アラスター・グレイ『哀れなるものたち』(高橋和久訳 ハヤカワepi文庫 予価1540円)
9月下旬刊 ホセ・ドノソ『閉ざされた扉 ホセ・ドノソ全短編』(寺尾隆吉訳 水声社 予価3300円)


 ルートヴィヒ・ティーク『フランツ・シュテルンバルトの遍歴』は、ドイツ・ロマン派の代表的作家ティークの代表作の邦訳。紹介文を引用しますね。
 「1520年頃と思われるドイツ・ネーデルラント・イタリアを舞台として、ニュルンベルクに住む高名な画家デューラーの架空の弟子フランツ・シュテルンバルトが、画業の腕を磨くため遍歴の旅に出る。画家や詩人をはじめさまざまな人物から刺激を受け、若き芸術家として成長していく。」
 芸術家小説の「元祖」だということで、気になりますね。

 ジョン・スラデック『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク』は、タイトルが長くてびっくりします。悪行を働くロボットを描いた「ロボット・ピカレスク」作品とのこと。これは面白そうです。

 フェルディナント・フォン・シーラッハ『神』は、医師による死の幇助について描かれた戯曲とのこと。シーラッハ作品、近年シリアスな度合いを強めていますね。

 A・B・コックス『黒猫になった教授』は、黒猫に脳が移植された生物学者を描くユーモアSF小説とのこと。アントニイ・バークリーが変名で発表した作品だそうです。

テーマ:文学・小説 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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