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いなくなる人々  村雲菜月『もぬけの考察』
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 村雲菜月『もぬけの考察』(講談社)は、第66回群像新人文学賞の受賞作。とあるマンションの408号室の住民が、なぜ次々いなくなってしまうのかを四篇の短篇で描いていくという連作作品です。

 とあるマンションの408号室に住む住人たちの日常が描かれていくのですが、何らかの理由で住人たちは部屋からいなくなってしまうことになります。前の住人の退去後にやってきた住人も、また別の理由でいなくなってしまうのです。
 部屋からいなくなる理由は様々なのですが、現実的な理由だけでなく、中には明らかに超自然的な現象に遭遇する住民も混ざっています。人間だけでなく、三話「こがね」では、小鳥が視点人物となるなど、語りの形式もユニークです。

 それにしても、なぜこう何度も住民がいなくなってしまうのか…、その理由というか「考察」が行われるのが、最終話の「もぬけの考察」で、このエピソードでは明らかに超自然的な現象が起こっており、完全な幻想小説と言えるお話になっていますね。

 各話どれもユニークなのですが、やはり一話目の「初音」のインパクトが強いです。
 ある日衝動的に会社を休んだことから、長期の休職を繰り返している女性初音。引きこもっているうちに、なぜか部屋のドアが開かなくなり閉じ込められてしまいます。
しかし、初音は大して気にもせずに怠惰な生活を繰り返していました…。
 仕事のみならず全般的にモチベーションを失ってしまった女性がひきこもり生活を送るというエピソードなのですが、この主人公がエキセントリックな人物で、趣味が部屋に現れた蜘蛛を閉じ込めて餓死させること、という風変わりな性格に描かれています。
 途中で、セキュリティで締めだされた隣人の女性が訪ねてくるなどの事件はありますが、基本部屋で過ごし続けることになります。
 この隣人の女性とのやり取りから、初音はある行為を決断することになるのですが、その結果起こるのがとんでもない出来事で唖然としてしまいますね。こちらのエピソードは、ほぼホラーと言える内容になっています。

 二話「末吉」は、外でナンパした女性に逆につきまとわれてしまう大学生を描く作品、三話「こがね」は、ペットの小鳥のこがねが、飼い主からその友人に預けられるものの、放置されてしまう、という作品になっています。

 上記にも触れましたが。最終話「もぬけの考察」で、それまでのエピソードに関する「考察」が示されることになります。部屋が「もぬけ」になるのは何故なのか?結果的に作品の全体像が曖昧になっていくような雰囲気は独特ですね。
 「群像」の文学賞受賞作ということで、ジャンル的には純文学扱いなのでしょうが、これはほぼ幻想小説といっていい作品だと思います。まだ何らかの出来事が起きていない段階からして、すでに不穏な雰囲気が漂っていて、<奇妙な味>的な味わいがあります。「変な話」がお好きな方にはお勧めしておきます。


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暴かれる欲望  ウィリアム・トレヴァー『ディンマスの子供たち』
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 ウィリアム・トレヴァーの長篇『ディンマスの子供たち』(宮脇孝雄訳 国書刊行会)は、平凡な港町の住人たちが、一人の少年の言動によって心をかき乱されていく、という作品です。

 住民たちが平穏な生活を営むイングランドの港町ディンマス。タレントに憧れる15歳の少年ティモシー・ゲッジは、復活祭の野外行事の隠し芸大会で、過去の実在の殺人事件を劇仕立てにしたものを演じて、笑いを取ろうと考えていました。
 設備や準備の協力を求めようと、町の人々を訪ねますが、それと同時に、自分が見聞きした人々に関わる事実を吹聴して回ります。
 ティモシーの言葉をきっかけに、人々の心はかき乱されていくことになりますが…。

 平凡な港町の住人たちが、一人の少年の言動によって、心をかき乱されていくことになるという、心理サスペンス的な作品です。
 主人公(?)ティモシーが、町の様々な人々を訪ね歩き、会話を繰り広げていくのですが、ティモシーの言動によって彼らがどのように考えて、どのような心境に至ったのか、群像劇的に人々の心情が描かれていきます。
 このティモシーが異様な人格の少年で、趣味は他人のプライベートを詮索することと関係ない人間の葬儀に出席すること。相手の都合を考えず、自分の都合だけをまくしたてます。
 隠し芸大会に必要な品物の協力を、町の人々に求めるのですが、その不快な態度から、人々は素直に協力する態度を見せません。そこでティモシーは、自身が握っている「事実」を匂わせ、彼らにある種の「脅迫」を行うのですが、それによって人々の心がかき乱され、家族や夫婦間の関係性までも葛藤を惹きおこすことになるのです。

 経済的に不如意な立場に立たされる牧師と、男の子を生めなかったことを気に病む妻、性的な秘密を抱える退役軍人と支配的な夫に不満を抱えるその妻、可愛がっていた息子に家出された老夫婦、既婚男性に妄想に近いまでの恋心を抱く女性、互いの両親が結婚したことできょうだいとなった少年少女など、町の様々な住人たちの事情と、ティモシーによって彼らの関係性が危うくなるという部分が描かれます。
 悪意の塊のように見えるのですが、その実ティモシーにその意識は少ないようで、その人間性や卑怯さを指摘されても、まるで意に介さないのです。介さないどころか、人の話をまるで聞いていないようで、自分の都合だけを話し続ける姿には、空恐ろしささえ感じさせます。
 実際、彼の「暴露」の対象は身内にさえ及んでおり、自身の母親と不倫をしているパブの経営者に、その事実を伝えたり、ということさえ行います。
 ただ、ティモシーの「暴露」がなかったとしても、人々はそれぞれ問題を抱えていたのは事実で、それがティモシーの言葉によって悪化しただけ、とも取れるのが微妙なところです。

 ティモシーの言動によって傷つけられる人々の中でも、特にクローズアップされるのは、片親同士が結婚したことで、きょうだいとなった少年少女スティーヴンとケイトでしょうか。家族となる以前から、互いに愛情を抱き合っていた二人が、ティモシーが話すスティーヴンの父親の秘密によって、その関係性を壊してしまうことになるのです。

 心を乱すとはいいつつ、ティモシーは犯罪を犯しているわけではなく、彼の行動を現実的に止めることはできません。その一方で、住人たちの心理は淀んでいき、関係者たちの関係性も悪化する…。徹底的に「嫌な話」といえるのですが、それをさらっと読ませてしまうのは、著者トレヴァーの筆力といえるでしょうか。

 ティモシーの異様さを示す特徴の一つが、彼のユーモア感覚。たびたび冗談じみたことを話すのですが、それが全くユーモアを欠いているのです。
 さらに、ティモシーが隠し芸大会に出そうと考えているのは、過去に起きた実在の殺人事件(20世紀初頭に起きた「浴槽の花嫁」事件)を劇風に仕立てたもので、なぜか彼はそれが笑いを取れるものだと思い込んでいるようなのです。
 ティモシーの行動にどこか猟奇的な要素があるのは確かで、彼が巻き起こしているトラブルを考えると、犯罪的・猟奇的な事件が起きてしまうのではないか、というあたりもサスペンスを高める要因になっています。
 非常にサスペンス味豊かな心理的群像劇となっていて、これは一読の価値のある作品といえますね。


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怪奇幻想読書倶楽部 第46回読書会 参加者募集です
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 2023年9月17日(日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第46回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp
メールの件名は「読書会参加希望の件」とでもしていただければと思います。


開催日:2023年9月17日(日)
開 始:午後13:30
終 了:午後16:00
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ(東京)
参加費:1500円(予定)
課題書 シャーリイ・ジャクスン『くじ』(深町眞理子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)


※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※対面型の読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。
※扱うジャンルの関係上、恐縮ですが、ご参加は18歳以上の方に限らせていただいています。
※特別な理由のない開催日当日・前日のキャンセルはご遠慮ください。申し訳ありませんが、当日・前日のキャンセルは参加費全額負担をお願いいたします。


 今回は、課題図書としてシャーリイ・ジャクスン『くじ』を取り上げます。問題作「くじ」を始め、ジャンル分類不能な奇妙な味わいの短篇集で、ジャクスン作品の魅力に迫っていきたいと思います。


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知られざるドイツ幻想物語  アーペル、ラウン、クラウレン『幽霊綺譚 ドイツ・ロマン派幻想短篇集』
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 ヨハン・アウグスト・アーペル、フリードリヒ・ラウン、ハインリヒ・クラウレン『幽霊綺譚 ドイツ・ロマン派幻想短篇集』(識名章喜訳 国書刊行会)は、ドイツ作家による幻想小説を集めたアンソロジーです。
 バイロン、シェリー夫妻、ポリドリらが一堂に会し、それぞれ怪奇譚を執筆することになったディオダディ荘において、朗読されたという逸話もある、ドイツの怪奇譚集です。 もともと、ドイツ作家によって編まれた五巻にわたる怪奇小説アンソロジー『幽霊の書』が存在し、バイロンたちが読んだのはその仏訳版『ファンタスマゴリアーナ』です。
こちらの仏訳では、原著からエピソードをセレクションした上で、他作家の作品も混ぜ込まれているそうです。
 今回の邦訳版では、『ファンタスマゴリアーナ』の内容を参考に、『幽霊の書』の収録作をセレクト、さらに『幽霊の書』にもない作品も加えた短篇集となっています。

ヨハン・アウグスト・アーペル「魔弾の射手」
 意中の娘ケートヒェンとの結婚を望んでいた青年ヴィルヘルムは、森林官であるケートヒェンの父ベルトラムから、結婚の条件として、自分の後を継いで森林官とならなければならないという話を聞き、書記の職を捨て猟師となります。
 銃の訓練を積んでいたヴィルヘルムはその腕でベルトラムを喜ばせますが、ある時から急に弾が当たらなくなってしまいます。同僚の男によれば、呪いがかけられているのではないかというのです。
 ベルトラムの後を継ぐには、銃の腕前に関して、代々課せられてきた試練を受けねばならないといいます。
 そんな折に出会った見知らぬ義足の置いた兵士から、魔法の力を持つという魔弾を譲り受けたヴィルヘルムは、その弾丸を使って試練を乗り越えようと考えますが、度々銃を使わねばならない機会が重なり、弾がどんどん無くなってしまいます。
 ベルトラムから、魔弾を製造しようとし命を落とした男の話を聞いたヴィルヘルムは、魔弾を自ら製造しようと考えますが…。
 意中の娘との結婚のため、魔法の弾丸で試練を切り抜けようとした青年が、呪いにより悲劇に至ってしまう、という物語です。
 呪いで銃が当たらなくなってしまい、しかし手に入れた魔弾で何とかピンチを切り抜けられそうだと思ったら、弾がなくなってしまいます。さらに自ら魔弾を製造しようとするも、超自然的なトラブルに見舞われるなど、次から次へと主人公を困難が襲います。
 元々銃の名手だったはずの青年に、誰がなぜ呪いをかけたのかは分からないのですが、それも「悪魔」の導きだとすると、かなり怖い話ですね。魔弾製造のため深夜の儀式に臨んだ主人公が、様々な怪異に襲われる…というシーンには迫力があります。
 カール・マリア・フォン・ウェーバーが作曲した有名なオペラ『魔弾の射手』の元になった物語だそうです。

ヨハン・アウグスト・アーペル「先祖の肖像画」
 ある町を訪れた青年フェルディナントは、そこで怪談話をしている集まりに参加することになります。女性が話した肖像画をめぐる話を受けて、青年は、自らも友人の話だとして肖像画をめぐる奇談を話します。
 友人の家には、家系の始祖だという人物の不気味な肖像画が飾られていました。青年は、夜肖像画の人物に似た男が現れ、家の子どもたちにキスをする場面を目撃しますが、その数日後、子どもたちは亡くなってしまったというのです…。
 先祖の因果により、その子孫に度々死が襲いかかる…という怪奇談です。ただその物語が素直に語られず、複雑な語りによって語られていくところがユニークです。
 友人の話だとしていた物語が実は青年自身の体験談であった…というのを皮切りに、さらにその後日談や因果の連なる物語が次々と登場してきてその語りの複雑さと重層的な構造に驚いてしまいます。
 主人公の青年が、親からクロティルデという許嫁を決められているものの、本人は友人の妹エミーリエに恋しており、その恋の行方がどうなるのか?という部分も大きなテーマとなっています。
 先祖の因果が明かされ、それと同時に恋人たちも結ばれることになります。お話自体はゴシック味たっぷりの怪奇談ではありますが、最終的にはハッピーエンドを迎えると言うことで、陽性の物語となっていますね。

フリードリヒ・ラウン「髑髏」
 町を訪れた曲芸師の一団の柄の悪さに眉をひそめるキールホルム大佐でしたが、挨拶に来た団長が、堅実さで知られたこの町の校長シュースターの息子であることを知って驚きます。その男カルツォラロは父親に背いたことで、父が遺産を遺贈した遠縁の若い女性との間に訴訟ごとを抱えていました。
 カルツォラロは、人々の前で腹話術を披露したいと話します。髑髏を使ったらどうかという大佐の提案に従って、それを実演することになります。大佐は墓掘り人に本物の骸骨を持ってくるように命じますが…。
 死者との対話のふりをした腹話術を行ったところ、本当に死者が現れてしまう、というゴースト・ストーリーです。
 術は衆人環視の前で行われるのですが、現れた霊が術者しか見えず、他の人には見えない、というあたり、超自然的な現象が本当に起こったのか、解釈の余地があるように書かれています。

フリードリヒ・ラウン「死の花嫁」
 湯治場に来ていた人々は、その話の面白さで話題を呼んでいたイタリアの侯爵にお話をせがみます。
 「私」は友人グロボダ伯爵の家に滞在することになりますが、伯爵の双子の娘のうちの一人ヒルデガルデが亡くなり、もう一人の娘リブサも悲しみに沈んでいるということを聞きます。ある日現れたディ・マリーノ公爵は、リブサの美しさを伝え聞いて、彼女を妻に迎えたいといいます。
 公爵は別の女性アポローニア女公爵と婚約したという話を聞いていた「私」は不審に思いながらも、公爵から伯爵に結婚の話に口添えしてほしいという願いを聞いて、渋々協力することになります…。
 本来の恋人を捨て、別の美しい女性に目移りした男と、その不実さを知り結婚を邪魔しようとする「私」の争いが描かれるという作品です。そこに、亡くなった娘ヒルデガルデの亡霊、そして「死の花嫁」の伝説が絡んでくることになります。
 最初は、不実な青年の企みをくじこうとする部分が中心で、そのトーンからユーモラスな話になりそうな感じにも思えるのですが、段々と不穏な展開になっていきます。公爵のかっての恋人はどうなったのかは語られませんが、おそらくは死んでいる可能性が高いことが仄めかされます。
 作中で、「私」が公爵の企みを伯爵たちに示すために話すエピソードも、恋人を裏切った青年が、死んだ恋人に復讐される、という怖いお話になっています。

フリードリヒ・ラウン「幽冥界との交感」
 二人の女友達は、若く資産家である婚約者との結婚を控えたフロレンティーネが憂鬱な顔をしているのを見て心配しますが、彼女はその理由を語ります。それは亡き妹ゼラフィーネにまつわる話でした。
 頭脳明晰なゼラフィーネは天文学に打ち込んだ結果、その関心は神秘的な領域にも向くようになっていました。ある日、フロレンティーネは妹が部屋の中にいながら、同時に父親と共に外にいる場面を目撃して驚きます。やがてゼラフィーネは自らの死を予言することになりますが…。
 神秘的な力を持った女性の分身現象が語られ、さらに死の予言がなされる、という物語です。
 妹ゼラフィーネは自らの死のみならず、家族の死までを予言していたようで、それが本当に実現するのか? という怪奇実話風のお話となっています。分身現象も含め、不気味な雰囲気が強いお話ですね。

フリードリヒ・ラウン「亡き夫の霊」
 父親ゾラー氏の反対を物ともせず、結婚したユーリエとヘス医師の夫妻。互いに、先に死んだならばもう一人の周りに守護天使として漂い続ける、という約束をするほどでした。最初は熱愛状態だった二人にもやがて倦怠期が訪れ、心が離れてしまうようになっていました。
 旅行に出かけた夫が現地で急死したという知らせがもたらされ、妻は夫へのかっての愛を思い出しますが、ある夜、夫の霊らしき存在が妻の元を訪れます…。
 夫が急死したことをきっかけに、かっての愛を思い出した妻が未亡人としての立場を守るようになりますが、夫の霊と遭遇し、さらに思わぬ事実を知ることになる、という物語です。
 もともと、霊魂になっても互いのもとに行くという夫婦間の約束があったり、さらに妻の父親ゾラー氏が霊能力者であったりと、夫の霊が登場しても不自然ではないように描かれているのですが、そのあたりの設定が上手く使われていますね。

ハインリヒ・クラウレン「灰色の客間―文字通り本当にあった話」
 秘書官となった青年ブレンダウは、休暇をもらったのを期に、子ども時代を過ごした養父地方長官の家を訪ねます。その家の「灰色の客間」は、かってフーゴ伯爵に陵辱され、命を絶った女性ゲルトルーデの幽霊が出るとされており、家の人々はその部屋には寝泊まりしないようにしていました。
 成長した姿を見せたいと、あえて「灰色の客間」に泊まることにしたブレンダウでしたが、深夜彼の前に幽霊が現れます…。
 幽霊が出ると伝えられる部屋に泊まった青年が、霊に襲われてしまう、というかなり戦慄度の高い作品です。幽霊が物理的な脅威となって現れてくるというところが怖いですね。

ヨハン・アウグスト・アーペル「黒の小部屋」
 新聞や雑誌に載った記事について話し合うのを楽しみにしている男性三人組。「灰色の客間」の話を読んだ医事監ベアマンはその内容を信じており、自らも体験したという幽霊話を語ります…。
 クラウレンの「灰色の客間」の内容を受けて、似たような幽霊話が語られるという物語です。神秘主義者の医者が幽霊の実在を力説するのですが、後から登場する裁判官書記の男性がその合理的な謎解きをしてしまうという点で、ゴースト・ストーリーのパロディ的な要素も強いですね。

ハインリヒ・クラウレン「灰色の客間〔続〕」
 「灰色の客間」の幽霊話の真実が語られるという作品です。幽霊たちは、全てブレンダウをからかおうとした家の子どもたちの仕業だった、ということになっています。
 ちょっと興ざめしてしまうのですが、もともと「灰色の客間」が本当にあった話という触れ込みで新聞に掲載されたために、そのクレームが来ており、それに対して人々を啓蒙するために続編を時間を置いて掲載した、という言い訳が語られたようです。

フリードリヒ・ラウン「理想」
 美男子ながら甘やかされて育てられたヘッカーリング王子のお相手は完璧な女性でなければならないとされていました。それに見合うのは、はるか遠隔の国の王女イゾーラ姫のみ。
 フルディベルト王は、王女を連れてきた者には、自身の娘フロリベラ王女を与えるとお触れを出します。役目を引き受けたいと現れたのは、前国王に追放された男ヘッカーラインでした。彼は自身が持つ七里靴によって、遠隔の土地を自由に行き来することができたのです。
 しかし彼が巨大な二つの瘤のある醜い男であることから、王は王女を与えることに難色を示していました。金や名誉を与えれば、王女はあきらめるのではないかと考える王でしたが…。
 わがままな王子の結婚相手として選ばれた姫を連れてくるために、七里靴を持つ醜い青年が出かけることになりますが、報酬として約束した王女を渡したくない王の思惑もあり、さらに肝心の王子が別の女性に惚れてしまったりと、事態が混迷を深めていく、という物語です。
 タイトルの「理想」は、王子の理想の相手という意味と同時に、その理想が何ほどのものだったのか、という諷刺的な意味も込められているようですね。
 はっきりと超自然的なアイテムや妖精が登場するなど、メルヘン的・童話的な作品です。ただ登場する人物が多く動きも多くて、意外と複雑なお話になっています。

ヨハン・アウグスト・アーペル「花嫁の宝飾」
 裕福な城主アールブルク氏の娘ベルタに恋する青年貴族バルドゥインは、ベルタとの結婚を求めますが、アールブルク氏から十分な財産をもっていない男には嫁にやれないとはねつけられてしまいます。
 アールブルク氏は先祖代々伝わり、一家の幸運の元となってきた宝飾品が失われ、どこかに消えてしまったことを語ります。バルドゥインは富と名誉を求めて戦に出ることになりますが、ある城の中で一夜を過ごした際に、不思議な現象に出会います…。
 失われた宝飾品をめぐって展開されるメルヘン的作品です。過去の因縁や幽霊現象、男女の恋物語など、様々な要素のある楽しい作品となっています。
 人体の一部が次々と落ちてきて、それが合体する…という城内の怪奇現象にはインパクトがありますね。

ヨハン・アウグスト・アーペル「逸話三篇」
 それぞれ趣向の異なった掌篇が三つ集められた作品です。怪奇現象が合理的に解き明かされる「一 幽霊の城」、亡くなった男が恋人を死に引き寄せる「二 霊の呼ぶ声」、不当な罪で亡くなった老人が死後蘇り、町を混乱させるという「三 死の舞踏」で構成されています。
 一番印象的なのは「死の舞踏」でしょうか。バグパイプの名手である楽師の老人ヴィリバルトは、可愛がっている青年ヴィドが代官の娘エマに恋しているのを知って、彼の手助けをしようと考えます。悪辣な代官が人々から包囲されている状況を自身の音楽で救ったヴィリバルトは、
 ヴィドとエマの結婚を報酬として求めますが、代官は逆にヴィリバルトを魔術師として告発し、投獄してしまいます。
 直後にこと切れてしまったヴィリバルトは埋葬されますが、夜中に這い出してきたヴィリバルトは、その音楽で死者たちを蘇らせ、町を混乱に陥れます…。
 魔法のバグパイプを持つ楽師の老人が死後蘇る、という怪奇物語です。老人の行為は恋人たちの恋を成就するためではあるのですが、その過程でどんどん死者が出てしまう、というあたりは結構怖いですね。
 タイトル通り、ヨーロッパの画題として知られる「死の舞踏」の起源譚のようになっているのも面白いところです。

ヨハン・アウグスト・アーペル「クララ・モンゴメリー―聖**ゲの騎士の手稿より」
 旧友であるモントレミーの老司祭を訪れた「私」は、すぐに出発すると良くないことが起こるという司祭の予言めいた言葉の理由について訊ねますが、それに対して、彼はある話を始めます。
 モントレミー城の中にある彫像「ヴェールの花嫁」は、数百年前に亡くなったクララ・モンゴメリーの像だというのですが、彼女の生涯は数奇なものであり、そこには未来の予言が絡んでいるというのです…。
 フランス革命後の荒廃した村の城で、過去の不思議な話が語られるという歴史幻想小説です。
 過去のパートで語られるのは、カトリーヌ・ド・メディシスとアンリ二世の時代で、アンリ二世の死に関して神秘主義的な物語が語られます。
さらに過去に示された予言が、フランス革命での王たちの処刑をも暗示していた…というあたり、奥深い作品となっていますね。
 物語自体の魅力もさることながら、その語り口や物語の構成なども凝っている作品です。

 本書は、古い時代(19世紀初頭)の作品が集められたアンソロジーですが、物語には、今でも通用するエンターテインメント性があります。ゴシック小説風の作品があるかと思えば、メルヘン・童話風の作品もありと、バラエティも豊かです。
 幽霊や超自然現象が合理的に明かされるタイプのお話もあるのは、当時のこの手の作品に懐疑的な意見があったことの現れでしょうか。クラウレン「灰色の客間」やアーペル「黒の小部屋」なんかを読むと、そのあたりの事情が感じられますね。
 ドイツ・ロマン派以前に、ドイツにこういう怪奇幻想作品があった…というのは、話としては聞いていても実作に触れる機会がなかったので、貴重な紹介といえますね。


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存在のありか  V・E・シュワブ『アディ・ラルーの誰も知らない人生』
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 V・E・シュワブの長篇『アディ・ラルーの誰も知らない人生』(高里ひろ訳 早川書房)は、自分の存在を認めてもらえなくなる呪いをかけられた女性の人生が語られていくというファンタジー作品です。

 18世紀初頭、フランスの小さな村で暮らしていたアディ(アドリーヌ)・ラルーは、両親から好きでもない男との結婚を強制され、それを避けたいと古い神に祈ります。現れた神はアディの望み通り、自由に生きる力を与えますが、それには代償がありました。
 アディの存在は他人に認識されなくなってしまったのです。両親からも娘として認識されなくなってしまったアディは、様々な町と国を放浪することになりますが…。

 古き神との契約(呪い)によって、他人からその存在を認識されなくなってしまった女性アディ・ラルーの人生が描かれていくという、ファンタジー作品です。
 自由な人生を求めるアディの願いを神は聞き届けますが、それには恐ろしい代償がありました。他人に存在を認識してもらえなくなってしまったのです。目の前にいるわずかな時間しかアディの存在は認識されず、目をそらしたり、時間が経つと、あっという間にアディの存在は忘れられてしまうのです。
 自分が知っていた故郷の人々からは完全にその存在を抹消されてしまい、故郷を出るしかなくなります。家を借りることも出来ず、仕事も出来ません。物もろくに所有することができず、生きるためには盗みをするしかないのです。しかも、神との契約により、肉体は不老不死に近い状態になっており、その「苦しみ」がいつまで続くかも不明なのです。
 存在が消される、という契約は徹底していて、アディが本当の名前を名乗ることも出来ず、文字を書いても消えてしまうなど、存在の記録を残すこともできません。
 自身の存在を認めてくれる人はいないのか、存在の証を残すことはできないのか…、生きるためのサバイバルと共に、自身の存在をめぐる疑問を抱きながらの旅が描かれていきます。

 18世紀、呪いを受けた直後のアディのパートと併行して、現代のニューヨークでのアディのパートが描かれていき、アディが数百年を生きてきたことが分かるようになっています。
 過去のパートでは、数百年間、アディがどのように生きてきたのかが描かれていきます。歴史的な有名人との遭遇など、伝奇小説的な面白さもありますね。
 現代のニューヨークで、アディは自身の人生を変える出来事に出会うことになるのですが、そこにもまた困難が待ち受けていました。彼女の「呪い」は終わるのか? 存在を認め、残すことができるのか? といったところも物語を引っ張っていく要因となっていますね。

 目の前にいても存在を認めてもらえず、誰の記憶にも残らない…。そのような状態で人間は生きているといえるのか? 自らの生きる証を求めて、呪いに逆らっていく女性アディの人生に感情移入して読んでしまいます。
 文字通りの「アイデンティティー」をめぐる物語といえますが、そこに一人の女性の人生の紆余曲折が盛り込まれており、最後まで飽きさせません。
 「神の呪い」という超自然的な設定の部分に関しても、物語のところどころでクローズアップされ、幻想小説的な味わいも強いですね。
 本の謳い文句では「ロマンティック・ファンタジイ」という言葉も見られますが、ロマンティックというには、ハードなお話でもあります。
 ハードな内容であれど、主人公アディの意志の強さと生命力は目立っていて、希望を終始失わないところも魅力です。力強さを持ったファンタジー作品といえます。


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時を超える愛  入間人間『昨日は彼女も恋してた』『明日も彼女は恋をする』
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 入間人間『昨日は彼女も恋してた』とその続編『明日も彼女は恋をする』(メディアワークス文庫)は、タイムマシンで過去を変えようとする男女の冒険が描かれるSF青春小説です。

 とある島に住む「僕」は、助手をしている科学者松平に呼ばれることになります。彼はタイムトラベルの研究をしており、車を改造してタイムマシンを作ったというのです。同じく、松平に呼ばれていた車椅子の女性のマチは、過去のある出来事から「僕」とは犬猿の仲となっていました。
 「僕」とマチは、タイムマシンで9年前にタイムトラベルしますが、直後にタイムマシンが故障してしまいます。当時の時代にいる松平に修理を頼むことになりますが、修理は可能なものの、しばらく時間がかかるというのです。
 「僕」たちが現地で出会ったのは、9年前の幼い「僕」とマチでした…。

 互いに好意を抱いていたものの、幼い頃の出来事が原因で、犬猿の仲となってしまった男女がタイムトラベルし、過去を変えようとする…というSF青春小説です。
 過去の時代で幼い自分たちを見て、当時の純粋な感情に驚き、また後悔に囚われるなど、男女の心理がほろ苦く描かれていくところが魅力でしょうか。それに伴い、現在の男女の感情も再確認されることになり、その関係性も変わっていくことになります。

 「僕」と「わたし」の一人称パートが交互に現れる語り口が独特なのですが、この形式が生きてくるのは、続編『明日も彼女は恋をする』になってから。上巻の行為の結果によって過去が改変され、それを正すために再びタイムトラベルに挑む、というのが下巻の内容になっています。
 上巻が割とストレートな恋愛青春小説風に展開する物語なのですが、下巻を読むことによって、上巻の内容が全く違った風に見えてくる、という仕掛けがなされています。
 何かを得るためには何かを失わなければならない…。主人公たちが選んだ選択とは何だったのか?

 最終的に現れる世界像はかなり複雑で、一度読んだだけでは全体像を把握するのが難しいぐらいの複雑さ。それだけに、再読すると、伏線を含めてその作りが楽しめる作品にもなっているように思います。
 独特の世界観が採用されていて、過去の時代に行くと、当時の自分と現在の自分が同時に存在することになるのですが、そこで「タイムパラドクス」は起こらない…というタイプの設定になっています。そこで何かが変わった場合、過去と未来に何が起こるのか?という面で、<タイムトラベルSF>特有の面白さもありますね。
 下巻を読み終えると、この<時間SF>面での仕掛けと、作品そのものにある仕掛けとが重なって、非常に複雑な物語が現れてくる、というのが魅力となっています。


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現実の傷跡  サマンタ・シュウェブリン『七つのからっぽな家』
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 アルゼンチンの作家サマンタ・シュウェブリンの『七つのからっぽな家』(見田悠子訳 河出書房新社)は、「家」がテーマとなっていますが、かちっとした物語はなく、夫婦や家族の日常が断片的に切り取られた情景が描かれていく、という感覚の短篇集です。
 ただ「日常」とはいいつつ、単なる日常ではありません。精神のバランスを狂わせた人物の異様な言動であったり、第三者からは理解しにくい奇妙な行為など、そこには不条理な味わいがあるのが特徴でしょうか。

 見ず知らずの家の庭に車を乗り付け非常識な行動を繰り返す母親について語られる「そんなんじゃない」、離婚した元妻の家で放埒に振る舞う元夫の両親を描いた「ぼくの両親とぼくの子どもたち」、亡くなった息子の服を他人の庭に放り込み続ける老母とその夫の物語「いつもこの家で起こる」、周囲に猜疑心を募らせる認知症の女性を描く「空洞の呼吸」、離婚をめぐっての義母の不思議な心理が描かれる「四〇平方センチメートル」、洗剤を飲み込んだ妹を病院に連れていく過程で見知らぬ男と出会った少女の奇妙な体験を描く「不運な男」、夫と揉めた妻が見知らぬ男と衝動的にドライブに出かけるという「出る」の七篇を収録しています。

 広い意味で、人間同士の「齟齬」が描かれている作品集といえましょうか。エキセントリックだったり、狂気じみた行動をする人物がよく登場しますが、彼らの真意が理解されたりすることは少なく、そこにはコミュニケーションの断絶があります。その意味で、作品から、かなり冷たい印象を受ける人もいるかと思います。

 それが強く表れているのが「空洞の呼吸」。高齢の女性ロラは自分が死にかかっていると感じていました。認知症にかかっているらしいロラは、自ら何をしていたのか忘れてしまったときのために、自前のリストを持ち歩いています。リストの中には、夫が口出しをしても無視すること、という項目もあるのです。
 猜疑心も強く、となりに越してきた家族の息子が良からぬことをしようとしていると思い込んでもいます。
 ロラの視点で話が進むため、彼女が信じる内容が本当なのかと考えつつ読む進めることになるのですが、やがて第三者の視点から、事態がロラの思っているのとは違っていることが判明することになります。
 最終的に現れるのは悲しい現実で、それはロラ自身についてだけでなく、隣人の家庭もまたそうなのです。さらにロラの認知症によって、その「傷跡」が広げられている…というあたりの残酷さは強烈ですね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

完璧な家  周藤蓮『バイオスフィア不動産』
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 周藤蓮『バイオスフィア不動産』(ハヤカワ文庫JA)は、住民のあらゆる望みを叶える完璧な住宅、バイオスフィアⅢ型建築をめぐって、不動産社員たちが様々な問題に巻き込まれていくというSF連作集です。

 内部で資源とエネルギーが完結した完璧な住居、バイオスフィアⅢ型建築が普及した未来、人類のほぼ全てが家の中に閉じこもって暮らしていました。一生をその家の中で出てこずに暮らすことも可能なのです。
 バイオスフィアⅢ型建築を管理する後香不動産の社員アレイとユキオは、住民からのクレームを受けて、その問題を解決するサービスコーディネーターとして働いていました。
 完璧なはずのバイオスフィアⅢ型建築ではクレームが起こってはならない、というモットーから、彼らは問題解決に取り組むことになりますが…。

 近未来、それ一つで全てが完結する住居、バイオスフィアⅢ型建築をテーマに、そこで発生する問題に取り組む不動産社員たちの活躍を描いたSF連作集です。
 バイオスフィアⅢ型建築はそれ一つで完結した住居で、住人の望みをほぼ叶えてくれる、完璧な住居でした。備えられた万能生成器によって、食料を初めとした物質的なものばかりか、外界を模した環境さえ擬似的に生成することができたのです。
 住人の望みを完璧に叶えるバイオスフィアⅢ型建築にあって、クレームはあってはならないこと。その方針から、これらを管理する後香不動産の社員アレイとユキオがそれぞれの住居で問題解決に取り組むことになります。

 物質的な充足度はほぼ完璧であるため、クレームといっても、それはむしろ住人自身やその環境の方にあることが多く、その問題を見つけ出すことが、主人公たちの目的となっていきます。その過程で、住人たちの歪んだ心理や考え方などがえぐり出されてくる…という点で、心理的・哲学的な味わいもありますね。
 それぞれの建築内は外界とは孤立した共同体が作られており、その世界だけで通用する独特のルールや価値観が作られているのです。客観的には異常と思える環境であっても、主人公たちがその世界観を崩すことは越権行為になってしまうのです。
 そもそも「普通」の基準である外界がまともに存在しない以上、「普通」と「異常」の境目をどうつけるべきなのか、というあたりも問い直される形になっていますね。

 いくつかのエピソードが展開されていきますが、一番インパクトの強いのが第一話「責問神殿」です。
 痛みを至上のものとする宗教団体の信者たちが暮らす家。そこでは苦行で肉体が傷つけられても、家の機能を使用して治癒させることができます。しかし痛みだけは消さずに、それを受け入れなくてはならないとされていました。
 そんななか、何者かが、使用してはいけないはずの鎮痛剤を使用したことが判明します。鎮痛剤を使用したのは誰なのか? 宗教団体の責任者からその調査を依頼されたアレイとユキオは、閉じられた世界独特の論理を目の当たりにすることになります。
 痛みを是とする世界で、鎮痛剤を利用している者がいるとしたら、その者は教義に背いていることになる…。そういう意味での「犯人捜し」が展開されるのかと思いきや、そこには思いもかけない目的があったのです。
 宗教団体の教義も異様なのですが、その調査の意味するところも異様。異様ながら、そこには筋の通った論理があり、ほとんど特殊設定ミステリの趣です。

 第三話「翼ある子らの揺り籠」も面白いですね。育児施設だった住宅内で「子供」として育てられ続けた高齢者の死体が発見されます。しかしその男の「死」を認定するためにはある条件が必要で、その住宅内では、それを満たすことができないのです。またサービスを行うアレイとユキオたちの特性もまた、事態を複雑にしてしまうことになります。
 仮想の設定でありながら、現実にも同じような状況が起こるのではないか? と思わせる、問題意識の溢れたエピソードとなっています。

 物質的にはほぼ全てが可能だというバイオスフィアⅢ型建築については、その機械的なディテールはあまり説明されず、多機能な「そういうもの」としてスルーされてしまうところに不満を抱く人もいるかと思います。
 ただ、お話としては、そうした閉鎖的で充足された環境に置かれた人間や共同体がどのように変化してしまうのか? という部分がメインとなるので、そうした人間心理に興味がある人の方が楽しめる作品かなと思います。

 主人公アレイとユキオに関しても、エピソードが進むごとに、彼らの背景や性質が明かされていくことになります。特にアレイに関しては、訪れる家々を通して、人間についての理解が深まっていく、と言う形での成長の過程も描かれていますね。
 人類が引きこもった未来社会(厳密に言うと、皆が孤立しているので社会という言い方もおかしいのですが)という、ある種ディストピア的な暗い世界が描かれているのですが、アレイとユキオが常時前向きであることと、アレイの成長が描かれていくこともあって、後味はそんなに悪くありません。
 全体を通して、完璧なはずの住居でなぜクレームが起こったのか? を探っていくSFミステリといった趣向になっており、SFファンだけでなく、ミステリ好きの人にもアピールする作品かと思います。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

人体の恐怖  小田雅久仁『禍』
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 小田雅久仁の短編集『禍』(新潮社)は、それぞれ「人体の一部」がテーマになったホラー小説集です。「ホラー小説」ではあるのですが、どの短篇でも「奇想」が爆発しており、お話の展開が全く読めません。ユニークな作品集です。

「食書」
 作家の「私」はショッピングモールの便所内で、本をむさぼり食っていた女に遭遇します。一枚食べたら、もう引き返せない、という女の言葉に違和感を感じながらも、本を食べたい衝動に駆られた「私」が紙を口にすると、その物語を登場人物の視点で体験するような感覚に襲われます。
 本の中身の世界に没入する魅力を覚えた「私」は、どんどんと本のページを口にしていきますが…。
 本のページを食べることによって、その世界に入り込むことができるようになった男を描く物語です。食べた物語がホラー小説で、その物語世界と現実との区別も出来なくなり、精神にも異常を来していく、というホラー作品となっています。
 作中作のホラー小説が既にして怖いのですが、それが現実と一緒くたになっていくところはかなり怖いですね。

「耳もぐり」
 失踪した恋人の行方を追って、彼女が住んでいたアパートの隣人を訪ねた中原は、その隣人の男から奇妙な打ち明け話を聞かされます。彼は鈴木と名乗る男から「耳もぐり」の技術を学んだというのです、その術は、特定の形をした手を他人の耳に入れることによって、その人間の中に入り込んでしまう、というものでした。男はたびたび他人の体に入り込む行為に熱中するようになりますが…。
 他人の体に潜り込む能力を得た男を描く物語です。最初は本人の意志に左右されるものの、しばらくすると体を動かすこともできるようになるというのです。考えていることや過去の記憶までも読めるようになるようで、その行為に魅力を見出していくことになります。
 男の行動がエスカレートしていく後半の展開は奇想たっぷりで驚かされます。それと同時に男が行ってきた恐るべき行為、そして恋人の行方が明らかになるクライマックスのシーンには戦慄がありますね。

「喪色記」
 他人の視線ばかりか自分の視線に対してさえ苦手意識を抱える男は、少年時代からたびたび不思議な夢を見ていました。夢幻石と呼ばれる巨岩のあるその世界では、幼馴染らしき一人の少女マナが存在していました。
 ある日、彼の目から不思議な煙が吹き出し、それは一人の女の形を取ります。その姿はかって夢で見ていた少女が成長したかのようなのです。
 現れた真奈という女と夫婦になり、子どもたちも成した男は、幸せな生活を送ることになりますが…。
 ある日自分の目から現れた女と夫婦になった男の物語です。その女は夢で出会っていた少女自身のようなのです。そもそも現実だと思っている世界の方が、仮想の世界であるようで、そこに世界の終末が現れてくる…というのも不思議な展開ですね。

「柔らかなところへ帰る」
 奥手だった「彼」は、痩せぎすの女性幸枝と結婚していましたが、数年を経て自分の女性の好みを自覚するようになります。ふくよかで肉体的な女性に憧れを抱くようになった「彼」は、妻の肉体に倦怠感を抱くようにもなっていました。
 ある日、バスで隣に乗り込んできた、ふくよかな女性が自分の体をまさぐってきたのをきっかけに、その女性への欲望を感じることになります。それからもたびたび年齢や格好は異なるものの、恐ろしく印象の似ている女たちに遭遇することになりますが…。
 ある日、豊満な肉体を持つ女への欲望に取り憑かれた男を描く物語です。互いに似たような印象を持つ女がたびたび現れるのですが、これが本当に複数の女が現れているのか、主人公の妄想なのか分からないあたりは不穏ですね。
 飽くまで個人の異常心理を描くのかと思いきや、超自然的な展開になっていくのにも驚きます。エロティックな内容を扱った作品ですが、それが「奇想」の域に達しています。

「農場」
 仕事も家も家族も失い、ホームレスになるギリギリの生活を送っていた若者輝生は、仕事を世話するという労働者風の男篠田に誘われるがまま、車でその場所に向かいます。いつの間にか気を失ってしまった輝生が気が付いたのは「農場」の中でした。
 バイオ関連企業の仕事場だというのですが、給与や待遇はいいものの、簡単に外には出られないようなのです。その仕事とは実験的な作物を植え付けて、定期的に収穫を行うというものでした。しかしその苗というのは、どうみても人間の鼻だったのです…。
 得体の知れないバイオ企業で、ほぼ軟禁状態のような形で働くことになった男を描く作品です。
 人間の「鼻」を使って収穫しているのは、常識では考えられないものなのですが、そこで働く人々はそれを当たり前のものとして疑問を抱いていないようなのです。
 外の世界に執着のない主人公が、その仕事に順応して、その環境が人生そのもののようになっていく…という展開にも味わいがありますね。
 また、仕事場で作られる「作物」に絡んで、人間が生きるとは何なのか、人生とは何なのか?といったテーマも浮かび上がってくるという、意外にも哲学的な要素もあります。

「髪禍」
 シングルマザーの母親から放置気味に育てられた「私」は、生業を失い経済的に行き詰まっていました。風俗業に従事していた際の知り合い脇田から、10万円の報酬金を提示され、「惟髪天道会」なる宗教団体の行事にサクラとして参加することになります。
 「惟髪天道会」の教祖髪読日留女なる老女は、全身の毛が抜けた後に、神から髪を授かり、それ以来髪をご神体として崇めているというのですが…。
 髪の毛を神からの贈り物として崇める宗教団体の行事「髪譲りの儀」に参加することになった女性の奇怪な体験を語ったホラー作品です。
 髪の毛が生き物のように動き出す…というところまでは予想できるのですが、そのスケールがとんでもありません。
 人間が髪に支配されてしまうという、ほとんどエイリアンによる侵略SFの趣で、そのビジュアルには唖然としてしまいますね。

「裸婦と裸夫」
 『現代の裸婦展』に向かっていた圭介は、電車内で突然裸のままの男に遭遇します。男に触れられた乗客たちは突然脱衣したくなり、服を脱ぎ出します。やがて都市には脱衣したくなる病「ヌーデミック」が流行することになりますが…。
 感染すると裸になりたくなる病の流行を描いた奇想小説です。ギャグのような設定で、実際コミカルな展開になるのではありますが、後半はスケールが大きくなっていき、人類の進化のヴィジョンみたいなものが現れるのには驚愕してしまいます。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

怪物の描き方  フィリップ・アサンズ『モンスターを書く 創作者のための怪物創造マニュアル』
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 フィリップ・アサンズ『モンスターを書く 創作者のための怪物創造マニュアル』(島内哲朗訳 フィルムアート社)は、小説や脚本など、創作において登場するモンスターの書き方について書かれたガイド本です。

 モンスターとは何か、といったところから、その設定の考え方、世界観との整合性など、様々な側面からの考察がされています。モンスターは基本、架空のものでありながらも、ある程度のリアリティがなければならず、その意味で、作品世界の中での「もっともらしさ」が重要だといいます。
 面白いなと思ったのは、現実世界とは違った異世界を舞台にしたファンタジー作品でのモンスターの立ち位置。架空の世界には架空の生物がたくさん存在したとしても、その世界内で恐れられていなければモンスターではない、といいます。
 また、SF作品では、そのジャンルの特性上、モンスターに関して細かい設定を説明することが要求される、というのも面白いところです。

 『ジョーズ』『遊星からの物体X』『デューン』などの有名作品を始め、例としてモンスターの登場するフィクション作品が紹介されています。特にH・P・ラヴクラフトは多くの箇所で取り上げられています。序文は「H・P・ラヴクラフト歴史協会」によるものですし、巻末にはサンプルとして、ラヴクラフトの小説「名状しがたきもの」が全文掲載もされていたりと、ラブクラフト作品には多くを負った本といえそうですね。

 各章末のコラムでは、既存の作品に登場するモンスター紹介コーナーもあります。「フランケンシュタインの怪物」「竜」「ビッグフット」など、定番のモンスターについて語られるのですが、それらの怪物の特性がどんなものなのか、どんな位置づけなのか、など、考察は結構深くて参考になります。

 「モンスター」「怪物」に特化して書かれた創作ガイドというのは、今までありそうでなかったところなので、創作ガイドとして貴重、かつ優れた本となっています。
 創作ガイドではありますが、読み物としても面白い本に仕上がっていますので、「モンスター」の魅力を考えるという意味でも、怪奇幻想・ホラー小説ファンにはとても楽しい本だと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

不確かな物語  ヘンリー・ジェイムズ『ヘンリー・ジェイムズ短篇集』
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 ヘンリー・ジェイムズ『ヘンリー・ジェイムズ短篇集』(大津栄一郎訳 岩波文庫)は、独特の作風で知られた作家ジェイムズ(1843年~1916年)の後期の作品から四篇を収録した短篇集です。

「私的生活」
 スイスのリゾートホテルで一緒になった上流階級の人々や作家、芸術家たちと交流することになった作家の「私」。そこには、貴族のメリフォント卿夫妻、著名な作家クレア・ヴォードレー、有名女優のブランチ・アドニーと、その夫である作曲家アドニーらがいました。
 ミセス・アドニーは貴族のメリフォント卿と一緒に姿を消し、メリフォント卿夫人はやきもきしていました。その後、ミセス・アドニーはヴォードレーを追いかけることになりますが、彼女がヴォードレーと会っていたという同じ時間に、「私」はヴォードレーが部屋で机に向かう姿を目撃していたのです…。
 著名作家のヴォードレーは実のところ二人おり、社交をしている男と作品を書いている男が別の存在なのではないか、という作品です。「分身テーマ」的な作品で、そのヴォードレーの分身現象と同時に、上流階級たちの社交の様子が諷刺的に描かれてもいきます。
 優しい夫がいながら、様々な男に夢中になる女優ブランチ・アドニー、妻をやきもきさせる好男子のメリフォント卿、夫の様子を心配げに見守るメリフォント卿婦人、彼らの様子を窺うのを楽しみとする語り手の「私」…。上流階級における「不倫の恋」(実際にそこまで行っているのかは分かりませんが…)を俗物である「私」が観察する…という体の作品でしょうか。
 タイトルにもある「私的生活」は、登場する上流階級の人々の普段の生活が「公的生活」であるのと対比して、彼らの本心や愛憎などのドロドロした部分を皮肉ってつけられているのだと思いますが、単純に諷刺と捉えるには妙なお話ではあるのですよね。何よりヴォードレーの分身現象が妙に浮き立っていて、不気味な面もあります。なかなかに解釈の難しい作品ですね。

「もうひとり」
 遺産により屋敷を相続することになった親戚同士のミス・スーザンとミス・エミリー。孤独な生活に飽いていた二人は、屋敷で共に暮らすことになります。ある日ミス・スーザンは部屋の中で男の幽霊を目撃し、やがてミス・エミリーもその男を目撃することになります。
 屋敷に残っていた書類を牧師のミスター・パッテンに読んでもらったところ、前世紀の二人の婦人の先祖に、絞首刑になった男がいたというのです。幽霊はその男ではないかと二人は考えます。やがて幽霊の男をめぐって二人の仲がこじれていくことになりますが…。
 幽霊をめぐって、同居した二人の婦人の仲がもつれていくという作品です。
 仲良く暮らしていた二人が、幽霊の出現をめぐって、仲違いとはいかないまでも、しっくりこなくなってきます。そこにあるのは嫉妬なのか不満なのか…。
 もともと互いに独身の生活を送ってきた二人だけに、そこには相手に対する不満もあるようですね。二人が、自分たちの仲を邪魔しているのが幽霊の存在だと認識し、それに対する対策を取るようになる、というのも面白い展開です。
 後半、二人が起こす行動も独特で、幽霊が何を求めているのか、二人の婦人のそれぞれの考えが現れているようで興味深いです。
 主人公二人が明確に目撃しているので、幽霊の実在は確かなように見えるのですが、実のところ、この幽霊が幻覚だという読み方もできるようです。

「にぎやかな街角」
 数十年ぶりにアメリカに帰ってきた男スペンサー・ブライドンは、資産として二つの家を持っていました。改築を進める片方の家に対し、もう一つの「にぎやかな街角の家」は、一族が暮らし、彼自身もかって住んでいた家であったため、その家を空き家のままにしていました。
 ブライドンは時折その家を訪れては、ある出会いを待ちかねていました。故郷の町を出ずそのまま暮らしていればそうなったであろう、もう一人の自分がそこに現れるのではないかというのです…。
 数十年ぶりにヨーロッパからアメリカに帰国した男が、故郷の家の中でもう一人の自分に出会うという、いわゆる「分身テーマ」の幻想小説です。
 どうやら芸術家肌であるらしいブライドンは、帰国後、遺産整理などをしているうちに、自分の意外な実務能力の高さに気付くことになります。
 もしアメリカに留まっていれば実業家として成功したのではないか、とも思い至ります。友人の女性アリス・スタヴァトンも彼の才能を認めていました。
 「にぎやかな街角の家」にブライドンは思い入れを抱いており、その家には、あり得たかもしれないもう一人の自分が現れるのではないかという考えを抱き足繁くその家に出入りするようになります。実際にそこで「分身」に出会うことになるのですが、その「分身」が本当に現れたのかどうか、というところは解釈の余地がありそうです。
ただ、友人アリスが夢の中でもう一人のブライドンに出会った、という記述もあり、その「分身」が存在したことは確かなようにも思えますね。
 「分身」に思いがけない醜さを認めたブライドンが、その姿にショックを受けるが、アリスの愛によって救われる…。幻想小説的にはそういう話に見えるのですが、現実的な解釈も可能なようになっています。
 訳者解説にもありますが、「分身」は家に入り込んだ現実の男で、アリスの夢もブライドンの話に合わせた作り話、という、身も蓋もない解釈も可能なのですが、幻想小説として読んだ方が広がりがあって面白い話だと思います。

「荒涼のベンチ」
 最初は魅力的に思えた女性ケイト・クッカムの押しの強さに嫌気がさしたハーバート・ドッドは、彼女との婚約を破棄しようとしますが、逆に婚約不履行の訴えを起こされてしまいます。多額の賠償金の一部を支払ったハーバートは生きがいだった古本屋も手放します。優しい女性ナンと結婚し子どもも生まれますが、貧窮から妻子を亡くしてしまい、どん底の生活を送っていました。
 十数年後、ケイト・クッカムがハーバートの前に姿を現します。彼女は彼から得た賠償金を元手にお金を増やしており、それをハーバートに返したいというのです…。
 婚約不履行をめぐる争いまで起こした男女の愛憎をめぐって描かれる心理小説です。
 ハーバートは、賠償金を取られたことで、自身の生きがいだった古本屋ばかりか、それが遠因となり妻子を亡くしており、ケイト・クッカムに憎悪を抱いていました。
 しかし再会したケイトによれば、ずっとハーバートを愛し続けており、賠償金も、それを増やして返そうという愛情から出た行為だったというのです。
 憎まれてなお長年にわたって男を愛し続ける女と、自身の人生を台無しにした女の施しを受け入れるか葛藤する男の思い…、不思議な男女の心理が描かれる心理小説となっています。
 ケイトがなぜハーバートにそこまで執着するのか、その真意は不明な一方、ハーバートがケイトを破滅の原因となった女として憎んでいるのは明確にされています。
 しかし困窮した自分に差し伸べられた手を見て、それを受け入れてしまう…というあたりのハーバートの心理的な葛藤は興味深いですね。多大な屈辱を受け入れたとみるべきか、ケイトの愛情の深さに感動したとみるべきなのか、そのあたりも読み方によって解釈が変わってきそうです。
 「荒涼のベンチ」、この岩波文庫版作品集の中ではもっとも物語性が強い作品です。他の三篇が幻想小説的なテーマを持った、ある種難解な作品だけに、この「荒涼のベンチ」の物語的な魅力が際立って見えるところもありますね。


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永遠の魔法  エリン・モーゲンスターン『夜のサーカス』
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 エリン・モーゲンスターンの長篇『夜のサーカス』(宇佐川晶子訳 早川書房)は、不思議なサーカスを舞台に、二人の魔法使いの「ゲーム」が展開されるという、夢幻的なファンタジー小説です。

 名魔術師プロスペロとして知られる男ヘクター・ボーウェンは実は魔法の使い手であり、それを奇術のふりをして実演していました。彼の娘シーリアは父親から魔法の技術をたたき込まれます。
 ヘクターと彼のライバル「灰色のスーツの男」とは、遠い昔から魔法の技を競ってきたといいます。二人は、今回もそれぞれの弟子によって魔法の勝負をつけることに合意します。ヘクターは娘シーリア、「灰色のスーツの男」は孤児院から引き取った少年マルコに魔法を仕込むことになります。
 一方、人々を惹き付ける催し物を考えていたプロデューサー、チャンドレッシュは仲間と共に理想のサーカスを作り上げることを計画していました。有能な技術者や奇術師たちを集めますが、マルコは師匠の肝いりでチャンドレッシュの秘書として働くことになります。
 サーカスの奇術師のオーディションに現れたシーリアですが、マルコは彼女こそが自身のライバルだと直感することになります…。

 絶大な力を持つ魔法使い二人の「ゲーム」の代理者として選ばれた男女の運命を描く、幻想的なファンタジー小説です。
 自らの父親と師匠から、魔法を教わったシーリアとマルコ。最初は同僚として、後は「ゲーム」の対戦相手としてお互いを認識することになります。
 二人を代理者として争わせようとするヘクターと「灰色のスーツの男」の思惑にもかかわらず、シーリアとマルコは正面切って相手と戦おうとはしません。むしろ互いに惹かれあい、やがては相手を恋するようにさえなってしまうのです。
 そのため、「対戦」を運命づけられた二人にも関わらず、正面切った魔法による戦いなどはほとんど描かれません。それでは何が描かれていくのかというと、舞台となるサーカス<ル・シルク・デ・レーヴ>が大きくなり、洗練度を高めていく過程が描かれていきます。
 プロデューサー、チャンドレッシュの指示のもと、様々な技術者や演者が集まり、サーカスが形作られていきます。後にはシーリアとマルコの魔法による力も密かに加わり、幻想的かつ魔法のようなサーカスが出来上がっていくのです。

 サーカスのメンバーたちも魅力的な人物が多いのですが、中でも目立つのが、日本人の女性軽業師ツキコ。前歴が全くの謎で、何かを見通しているように思わせぶりな発言を繰り返すという、神秘的なキャラクターです。
 また、サーカスの外から、第三者的な観察者として登場するのが、ティーセンとベイリー。ティーセンは凄腕の時計職人で、時計作りでサーカスに手を貸しますが、やがてサーカス自身のファンとなり、ファンたちの元締めのような存在になります。シーリアの良き友人としても活躍することになります。
 またベイリーは、幼い頃に出会ったサーカスで、その内容に魅了されることになります。サーカス内で生まれた双子ウィジェットとポペットとの出会いから、サーカスに引き込まれていくことにもなります。特殊な能力や技術を持たない一般人ながら、後半では重要な役目を担うキャラクターです。

 内部からは、サーカスの内容が充実していく過程が、外部からはその幻惑的な魅力が描かれていくなど、舞台となるサーカスの存在感が半端ではありません。シーリアとマルコによる魔法の力と相まって、サーカスはほとんど魔術的・超自然的な存在となっていますね。後半では、サーカス自体の存在が物語の鍵を握ってくることにもなります。

 肝心の「ゲーム」については、対戦者二人が戦いを望まないこともあって、なかなか展開が進みません。原因となった魔法使い二人の意図も分からず、そもそも「ゲーム」のやり方や勝利の条件すらほとんど分からないのです。
 そんな中で、魔法を駆使してサーカスの手助けをしているうちに、主人公二人の中ではサーカス自体が生きる世界そのもの、とでもいうような存在になっていきます。
 チャンドレッシュたちによる現実的な部分による構築と、シーリアとマルコによる魔法的な部分による構築、どちらにしても魔術的なサーカスが生まれていく過程が魅力たっぷりに描かれており、物語の陰の主人公は「サーカス」それ自身といってもいい存在になっています。
 いつどこに現れるか分からないサーカスを追いかけて、ファンたちが組織だってその後を追うシーンが描かれるあたりも、非常にファンタスティックですね。

 物語の語り口もユニークです。舞台は一九世紀末で、章ごとに時系列が記される形で進んでいくのですが、合間に二人称「あなた」を使って語られるサーカスの描写がたびたび現れます。物語自体を語っていたのが誰なのかが分かる結末にも、メタフィクショナルな香りがあって面白いです。
 後半に大きな事件が起こるもの、それまでは全体に動きの少ない物語です。魔法が大きくクローズアップされながら「波瀾万丈」とはならないところに逆にユニークさがありますね。
 いわば幻想的な雰囲気こそを楽しむ作品といえるのですが、サーカス周辺のディテールに関わる描写は色彩豊か。ずっとこの物語世界に浸っていたい…と思わせるような魅力に溢れています。


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ホラー小説ガイドの決定版  風間賢二『ホラー小説大全 完全版』
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 風間賢二『ホラー小説大全 完全版』(青土社)は、海外ホラー小説の総合ガイドの名著だった同名の本を大幅増補した完全版ガイドです。

 全体は五部に分かれています。
 「第一部 西洋ホラー小説小史」は、一八世紀のゴシック小説から始まり、現代に至るまでの欧米のホラー小説の歴史について語られています。英米のホラーだけでなく、二一世紀の新しい作品として「スパニッシュ・ホラー」などにも触れられており参考になりますね。
 「第二部 近代が生んだ三大モンスター+コンテンポラリーゾンビの誕生」では、フランケンシュタインの怪物、吸血鬼、狼男の三大モンスターに加え、近年興隆を見たゾンビ関連作品について語られています。
 それぞれのテーマの歴史的な展開だけでなく、具体的な作品についての紹介など、
ブックガイド的な部分もありますね。ゾンビ編では、未邦訳のゾンビ小説についての紹介などもあります。
 「第三部 スティーヴン・キングの影の下に」は、キングの影響下に生まれたモダンホラー小説についての部。アメリカの事情はともかく、イギリス作品についての事情は、あまりまとまった文献がなかったので、とても参考になります。
 また、ディーン・クーンツ、ロバート・R・マキャモン、クライヴ・バーカーなど、作家別にまとめられたトピックもあります。
 「第四部 サイコとエログロ・スプラッタ」は、サイコ・サスペンスやスプラッタパンク、エロチック・ホラーなどについての部。こちらは現代寄りの作品が中心となっていますね。
 「第五部 古典・名作・傑作ホラー・ベスト」はテーマ別にお勧め本を紹介したブックガイドになっています。「モダンホラー・ベスト―テーマ別ベスト長編60」「アンソロジーと個人短編集別ベスト中短編40」「ゴシックホラー・ベスト50」「ふるえて眠れ――少年少女のためのベスト60」など。
 「少年少女のためのベスト60」はヤングアダルト向けに編まれたホラー・アンソロジー<青い鳥文庫Kシリーズ>の作品解説の再録なので、それぞれの作家・作品紹介がかなり丁寧に書かれています。

 この<完全版>、元々の文章に増補がされているのはもちろんですが、現代に近い時代の作品についての記述がかなり強化されている印象です。正直、1990年代後半あたりから現在に至るまでの欧米のホラー事情というのは断片的にしか伝わっておらず、文献も少なかったので、非常に参考になります。
 また比較的知られていたアメリカの事情に比べ、あまり知られていなかった戦後のイギリス作品についての記述も貴重です。イギリス作家単体の情報はともかく、ホラーの流れとしてどんなものがあったのか、というあたりを理解するのにも参考になりますね。
 第五部は完全なブックガイドとなっていますが、他の部でも、作家や作品について詳細な情報が記されている部分も多く、ブックガイドとしても使用できる部分も多数です。

 通読しなくても、興味のある部分だけ拾い読みする、という楽しみ方もできると思います。もちろんホラーの歴史をちゃんと知りたい、という読者にも親切な設計になっています。日本における海外ホラーの総合ガイドとして、これから決定版として読み継がれていく書物といえますね。


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世界の刺繍  小森香折『ニコルの塔』
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 小森香折の長篇『ニコルの塔』(こみねゆら絵 BL出版)は、幻想画家レメディオス・バロの絵画に触発されて書かれたファンタジー小説です。

 仲間の少女たちと共に、オジマ先生の指導のもとに厳しい生活を送っていた少女ニコル。ある日、塔の尖塔で暮らしているという院長先生に会うことになります。院長先生の授業を受けられるのは、選ばれた十二人の生徒だけだと言います。院長先生が言うには、修道院に古くから伝わる『地球のマント』と呼ばれる特殊な布に刺繍をするのがニコルたちの仕事だというのです。
 厳しい院長先生の指導と、好きなものを刺繍することもできないことに嫌気の差していたニコルでしたが、ふと思いついて猫とも植物ともつかない刺繍をしてみたところ、直後に刺繍そっくりの猫がニコルの前に現れます。サルヴァドールと名乗った猫は、ニコルに不思議な言葉を残していきますが…。

 メキシコで活躍し、幻想的な絵で知られる女流画家レメディオス・バロの自伝的三部作と言われる『塔へ向かう』『地球のマントに刺繍して』『逃亡』からインスピレーションを得て、創作されたという物語です。
 修道院で暮らす少女たちが、塔の最上階で暮らす謎の院長の指示のもと、不思議な刺繍をさせられるという物語なのですが、そこに様々な謎が絡んでくるという、ミステリアスなファンタジー小説です。

 やたらと厳しいルールの社会であり、何かを知ろうとすること自体が咎められてしまうことに対して、主人公ニコルは疑問を抱くことになります。刺繍は何のために行っているのか? 院長は何を企んでいるのか? など分からないことだらけなのですが、少女たちの記憶すらもコントロールされている可能性が示されるなど、極度の管理社会であることは間違いなく、ここからニコルたちが脱出できるのか? という部分でのサスペンスもありますね。

 完全な「異世界ファンタジー」かと思いきや、現実世界とのつながりもあるなど、多層になった世界観も魅力的です。バロの絵画のモチーフがところどころに埋め込まれており、バロ絵画のファン、またファンでないにしてもそのモチーフとなった絵画を観てから読むと、非常に楽しめる作品だと思います。
 影響を受けたバロ絵画と同様、象徴的・寓意的な要素も強い、純度の高いファンタジー小説となっています。中世風の塔、監禁された少女たち、閉鎖的な社会、隠された謎、失われた記憶など、ゴシック小説風のモチーフも魅力的ですね。

 インスピレーション元となった、レメディオス・バロの自伝的三部作『塔へ向かう』『地球のマントに刺繍して』『逃亡』はこちら。どれも魅力的なのですが、『地球のマントに刺繍して』は特に物語性の強い傑作ですね。
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テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

ゲームとしての人生  新名智『きみはサイコロを振らない』
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 新名智の長篇『きみはサイコロを振らない』(KADOKAWA)は、呪いのゲームによって呪われてしまった男子高校生が、友人たちとその原因を探っていくというホラー小説です。

 中学時代に、ゲーム好きだった友人雪広を亡くして以来、心にわだかまりを抱えていた高校生、志崎晴。ある日、同級生の霧江莉久に頼まれ、彼女の知り合いである大学院生、葉月と一緒に「遊ぶと死ぬ」ゲームを探すことになります。葉月は呪いの研究をしているというのです。
 葉月の知り合いだったゲーマーの男性「シュウさん」が不審死を遂げており、彼の遺言で葉月に託されたゲームの中に、その呪いのゲームがある可能性があるというのです。
 大量に残されたゲームを一つずつプレイして検証していく三人ですが、その後、なぜか晴のみが、日常に突然〈黒い影〉が現れるようになっていることに気付きます。晴の呪いを解くために、三人は呪いのゲームが何なのか特定しようとしますが…。

 呪いのゲームによって呪われてしまった男子高校生が、友人たちとその原因を探っていくというホラー小説です。
 呪われた前にプレイしていたゲームが大量であるため、どのゲームに呪いがかかっているのかもはっきりせず、さらに、なぜ同時にゲームをしていた葉月と莉久は呪いにかからなかったのか?など、謎が深まっていきます。
 不審死を遂げた「シュウさん」の過去を探っていくことになりますが、その過程で何人もの不審な死者が出ていることが判明します。しかも、その死に関わっているらしい「呪いのゲーム」には共通性が見えないのです。
 呪いの発動条件や解除の方法どころか、肝心の呪いのゲームの特定すらなかなかできない…というところにサスペンス感がある作品となっています。

 この作品で登場する「ゲーム」はコンピューターゲームに限らず、ボードゲームやジャンケンなど、広い意味での「遊戯」が含まれています。
 主人公晴の亡くなった友人雪広は、そうした広い意味でのゲームが大好きであり、自分の人生そのものを「ゲーム」として捉えていた節さえあったのです。雪広を死に追い込んだのは自分だったのではないかという後悔の念を抱える晴の過去と感情そのものに、謎を解くヒントが隠されていた…という展開にも驚きがありますね。

 また、過去のトラウマから声を発することを嫌がる莉久、「シュウさん」との過去にこだわりを感じている葉月など、仲間となる二人のキャラクターにも味があります。
思春期の少年少女たちの鬱屈した思いと彼らなりの人生観が描かれる部分には青春小説的な味わいもあり、またそれがホラーとしての趣向にリンクしているところに魅力がある作品となっています。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

大いなる世界  ジョスリン・ゴドウィン『キルヒャーの世界図鑑 新装版 よみがえる普遍の夢』
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 ジョスリン・ゴドウィン『キルヒャーの世界図鑑 新装版 よみがえる普遍の夢』(川島昭夫訳 工作舎)は、イエズス会士にして、ユニークかつ独創的な研究を行った学者アタナシウス・キルヒャー(1608-80)の著書をもとに、その思想を紹介していくという本です。

 現代から見るとキルヒャーの考えや発想は間違っていることが多いのですが、その奇妙な研究や思い込みは妄想の域に達していて、「疑似科学」というか「トンデモ系」として楽しむことができます。
 キルヒャーの著書には詳細な図版が多く掲載されており、当時は強く影響力を持ったらしいのですが、この図版が完全に想像で描かれたようなものだったり、全くとんちんかんな図像になってしまっているのも、今見ると面白いですね。
 特に面白いと思ったのは、キルヒャーが中国について記した『シナ図説』。完全に想像の世界の中国で、幻想的な生物が登場したり、空飛ぶ亀がいたりと、まるでファンタジー世界。キルヒャーは中国の文化の元はエジプトだと信じていたらしいですね。
 こちらは『シナ図説』に掲載された画像。澁澤龍彦の『高丘親王航海記』の単行本の装丁にも使われた絵ですね。

 キルヒャーの著書に掲載された図版が沢山紹介された本なのですが、こちらの新装版ではそれがリマスターされて綺麗になっているほか、大幅増補がされています。著者ゴドウィンの語り口は飽くまで学術的なものなので、読みにくいところもあるのですが、正直なところ、図版だけ見て楽しんでもいい本だと思います。

 巻末には、澁澤龍彦、中野美代子、荒俣宏の三人の識者による解説が載っており、こちらも参考になります。澁澤龍彦はキルヒャーの伝記的な部分について、中野美代子は『シナ図説』と中国について、荒俣宏はキルヒャーの三人の弟子の業績について語るエッセイとなっています。中では中野美代子のものが、図版の画像にいろいろツッコミを入れている面白い文章で、読んでいて楽しいですね。

 それにしても、キルヒャーの関心の対象となった分野は本当に広くて、古代エジプト、中国、地学、考古学、生物学、音楽など、その知的好奇心にはびっくりしてしまいます。科学自体がまだ細分化されていない時代ならではというべきか、今でいうところの「学際的」な色彩も強いですね。
 宗教者でもあったせいもあり、その研究にキリスト教的な香りが強いのも特徴ですね。ノアの箱船の詳細な断面図とかバベルの塔の図面とかを大真面目に描いているところも面白いです。
 「奇人学者」の遺した「トンデモ研究」を図版と共に楽しむ本…という感じでしょうか。これはお勧めです。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

思わぬ人生  柞刈湯葉『人間たちの話』
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 柞刈湯葉『人間たちの話』(ハヤカワ文庫JA)は、様々なSF小説が収められています。思わぬアイディアとユーモア、そして情感も感じられる作品集です。

「冬の時代」
 近未来、気候変動で凍り付いた日本列島。年若い少年エンジュとヤチダモは、母親亡き後、村を出ます。余所の場所から来たという母親が語っていた話から、南の方には暖かい場所があるのではないかと考えた彼らは、日本列島を南下していくことになりますが…。
 土地が凍り付き「冬の時代」となった日本を舞台に、南下を続ける少年たちの冒険が描かれる作品です。「冬」の到来は100年前ぐらいとされており、冷凍睡眠に入った人間たちがいたり、食糧難に備えて遺伝子操作で寒さに強い野生動物を作って放っているなど、過去の人間たちの技術的・機械的な遺産がまだ何とか残っている…という設定です。
 舞台となる世界の背景が少しずつ明かされていく面白さと共に、そうした時代に生まれた少年たちの心理や感受性が描かれていくところに青春小説的な風味もありますね。暗い時代背景であるにもかかわらず、物語のトーンは暗くならないところも良いです。

「たのしい超監視社会」
 イースタシア国は独裁者の統治の下で支配されていました。国家による監視のみならず、国民同士の監視や密告も奨励されていたのです。友人大村の誘いで街コンに出かけた青年薄井は、そこで出会った知り合いの女性枝真野と交際することになります。
 しかし枝真野が反社会的な活動に関わっていることを知った薄井は動揺します…。
 国民同士の相互監視が浸透した超管理社会が描かれるディストピアSF小説なのですが、国民同士がそれを楽しんでしまっているという、何とも陽気な作品となっています。
 プロパガンダ用のゲームを楽しんでやっていたり、相互監視しているはずが友人関係になってしまったり、SNSのようにアイドル的な人物が発生したりと、その描写は実にユーモラス。ただ、その中でちょっぴり「怖さ」が感じられるところも魅力です。

「人間たちの話」
 医者の二代目の家に生まれ何不自由なく育った新野境平は、不思議な孤独感を抱えていました。自分とは異質な存在を求める境平は、古代の生物に憧れを抱きますが、やがて地球上の生物が皆一つの系譜に連なっていることを知って失望し、その関心を宇宙に向けることになります。
 長じて科学者となった境平は、火星上に生命が存在することを証明するための仕事に取り組むことになります。
 そんな折、独身を通していた境平は、失踪した姉が残した甥を預かることになりますが…。
 異質な存在を希求する一方、その反動で人間関係そのものに関心を抱かないドライな男性の人生を語った作品です。
 預かった甥に対しても、そのドライな態度で接することになるのですが、父親を知らず、親戚をたらい回しにされる少年の思いを知ったときに、本当の「人間関係」に気付くことになる…という、ヒューマン・ストーリーとなっています。しみじみとした味わいのある佳作ですね。

「宇宙ラーメン重油味」
 宇宙に進出した人類と別の惑星系からの生物たちが行き来する時代。「消化管のあるやつは全員客」という方針を掲げるラーメン屋「青星」を営む男キタカタ・トシオは、宇宙人たちの食糧事情に合わせて、様々なラーメンを作っていました…。
 客の口に合うラーメンを試行錯誤して作っていくという「グルメ小説」なのですが、その客が人類とは異なった宇宙生物たちのため、その具材や料理法までが奇想天外かつ壮大なものになっていくという、SFグルメ小説です。
 麺がシリコン、スープに重油が入っていたり、巨大生物のために膨大な量の具材を仕入れたりと、徹底して楽しいユーモア作品になっています。店主の助手で、口の悪い元殺人兵器のロボット「ジローさん」とか、何の役に立つか分からない居候の球体生物「マルチャン」とか、周りを固めるキャラクターたちにも味がありますね。

「記念日」
 大学に勤める「僕」が帰宅すると、部屋の中いっぱいに巨大な岩が鎮座していました。端には通れるだけの空間があったため、岩をそのままにして生活を続ける「僕」でしたが…。
 ある日突然、部屋に巨大な岩が出現してしまった男の日常を描くシュールな作品です。シュルレアリスム画家ルネ・マグリットの絵画「記念日」から着想を得て描かれた作品だそう。
 驚きはするものの、岩をあるものとして受け入れて、淡々と生活する主人公の姿はシュールです。岩に絡んで主人公の内省が展開されていく部分にもとぼけたユーモアがありますね。

「No Reaction」
 「ぼく」は透明人間でした。物心ついたときから他人の家にいたものの、周囲の人間たちからの反応がないために、自分は幽霊なのではないかと思い込んでいましたが、物理的な体も感覚もあるため、自身が透明であることに気付いたというのです。
 秘かに学校に通い学習を重ねる「ぼく」でしたが、その学校には「ぼく」の気になる少女も通っていました…。
 まだ年若い少年であるらしい透明人間の語り手が、自分の人生を語っていくというSF作品です。
 透明なだけで物理的には普通の人間であるというのですが、致命的な問題があって、それは彼の体には、物理的な「作用」のみがあり「反作用」がないということ。
 したがって、人や動物に触っても「反作用」がないため気付いてもらえないばかりか、一人でドアを開けることすらできません。車に轢かれても相手は気付かないのです。
 リスクのある生活を送る透明人間の日常サバイバルと共に、一人の少女に恋した語り手が、彼女の危機を救うために行動する…という、ほろ苦い青春小説風の味わいも良いですね。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

怖すぎる家  大島清昭『最恐の幽霊屋敷』
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 大島清昭の長篇『最恐の幽霊屋敷』(KADOKAWA)は、大量の悪霊に憑りつかれた「最恐の幽霊屋敷」で起こった何件もの凄惨な事件が描かれていくという、恐怖度の高い幽霊屋敷ホラー小説です。

 探偵の獏田のもとに、不動産業を営む旧友の尾形から持ち込まれたのは奇妙な依頼でした。尾形の会社が扱う物件に、大家自身が「最恐の幽霊屋敷」という触れ込みで借り手を募集している家があるというのです。
 その家は、かって拝み屋として知られた女性、朽城キイの家だったというのですが、ある時キイが殺害され、それ以来、家に関わる人間が大量に死んでいるというのです。キイの家族ばかりか、家を譲り受けた親類、そして家のお祓いに訪れた複数の霊能力者たちも、ほぼ全員が命を落としているといいます。
 あまりにも異様な家に不安を感じている尾形は、獏田に家の過去について調べてほしいというのですが…。

 関わった人間が大量に死んでいるという「最恐の幽霊屋敷」が描かれた、幽霊屋敷ホラー小説です。
 大枠として、友人から依頼を受けた探偵の獏田が問題の家について調べていくことになる、という物語があり、二章目からは、家に直接関わった過去の人々の物語が徐々に語られていくことになります。
 その家では、ちょっとした超自然現象が起こるのはもちろんのこと、公然と幽霊の姿が出現するというのです。住んでいた人間が家で怪死したり、自死したり、錯乱して他人を殺してしまったりと、家に住むこと・滞在することが命の危険に直結するという、恐ろしい幽霊屋敷でした。
 かって住んでいた拝み屋の女性朽城キイが殺害された直後から怪奇現象が相次いでいることから、彼女の殺害と同時に破壊されていた「封魔の壺」に封じされていた悪霊たちが家に憑りついているのでは…と推測されることになります。

 途中の章で登場するオカルトライター鍋島猫助が、相棒の霊能力者、十文字八千代と共に体験した幽霊屋敷での出来事とその調査をまとめた著書『最恐の幽霊屋敷に挑む』の内容が、たびたび引用されるのですが、そこで朽城キイの「封魔の壺」に封印されていた可能性のある、複数の強大な悪霊について言及されます。
 つまりは、幽霊屋敷に憑いている霊が一人や二人ではなく複数、しかも出会った瞬間に殺されてしまう…というレベルの霊が複数いるというのです。実際に家に住んだり調査した人々が殺されていってしまうのですが、彼らが出会うのは毎回違う怪異であり、その怪異や霊を特定することも容易ではなく、そのため対策を立てることもできません。
 お祓いに訪れた強力な霊能力者たちがあっさりと殺されてしまうような悪霊たちであり、しかも殺された霊能力者たちも家に取り込まれ、悪霊化している可能性すらあるのです。この家の謎を解き、霊たちから解放することができるのか? ということで、家の由来や過去が明かされていく過程にはハラハラドキドキ感がありますね。
 さらに家を「最恐の幽霊屋敷」としてわざわざ宣伝する家主、棘木の行動と目的に関しても謎が深まっていきます。

 あまりに危険な家であるため、章ごとに登場する人々が、問題の家を訪れ、生き延びることができるのか?というサバイバルホラー的な興趣もあります。幽霊屋敷ホラー小説、今までいろいろと読んできましたが、これほど危険度・邪悪度の高い幽霊屋敷ホラーは読んだことがありません。
 明確に主人公的な視点人物がいないので、誰が生き残り誰が死んでしまうのか分からない…というところも不安感をあおりますね。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

楽園と地獄  小池真理子『死者はまどろむ』
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 小池真理子の長篇『死者はまどろむ』(集英社文庫)は、楽園のような平和な村で、恐ろしい体験をすることになる家族を描いたホラー作品です。

 主婦の間宮亜希子は、小説家である夫、駿介がスランプに陥っていることを心配し、環境を変えるために別荘を買うことを決断します。東北にあるその場所「夢見村」は、のどかで、夢のように美しい場所でした。
 亜希子は、夫の駿介、息子の悟、義母の昌江、義妹の知美と共に別荘で夏を過ごすことになります。村の風景は美しく、村人は朴訥で親切。夫はスランプを脱し、義母は優しくなり、義妹は新しい恋人を見つけるなど、良いことずくめのように見えましたが、物事が上手くいきすぎることに対して亜希子は一抹の不安を感じていました…。

 楽園のような村を訪れた家族が、恐ろしい事件を体験することになる…というホラー作品です。
 間宮家の家族たちが夏を過ごすことになった「夢見村」の周囲の自然は美しく、人々も親切、亜希子の家族たちもその環境を気に入っていました。しかし、ある事件をきっかけに一見平和な村の裏に隠された恐ろしい秘密を知ることになります。
 作品の半分近くが「夢見村」での日常の描写に費やされ、劇的に自体が動くのは後半もかなり遅くなってからです。しかしその日常描写があるがために、後半でのホラー的な興趣が目立つ形になっています。
 また前半での「幸せな生活」と、村の秘密が分かってから家族たちが受け入れる「幸せな生活」が、表面上は同じように見えながら、その意味するところが違ってくる…というあたりも、恐ろしさを感じさせますね。

 村や村人たちに異様な点があることは、前半の描写からも仄めかされています。村の中心人物である医者の海老名が村の聖職者を兼ねていること、共同体がキリスト教的な信仰を持っているらしいこと、などから、村の恐るべき因習が明かされる話なのかな、と思いながら読んでいくと、実際、ある種の民俗学的な「因習」が明かされるのではありますが、それ以上に突飛で恐るべき真実が登場することになります。
 あらすじから想像されるような「人間の怖さ」だけでなく、超自然的な脅威も現れ、ホラーとしての興趣もたっぷりです。

 小説全体が、村での恐ろしい体験を経た夫の駿介が、小説の形でその内容を描いた、という設定なのですが、「小説」の視点は妻の亜希子に置かれています。このあたりは虚構性を増すための設定なのでしょうか。
 亜希子が感じる不安感や焦燥感が事細かに描かれていき、このあたり、心理的なサスペンス味も強いですね。亜希子は、もともと夫と共に作家を目指していたことがあり、夫も、妻が自分のために筆を折ったのではないかという負い目を抱えている、という、夫婦間の葛藤も読み応えがあります。

 文庫本の解説文は坂東眞砂子によるものなのですが、恐怖小説とは何か、という論旨の文章の中で、実際に会った作家として、アメリカの作家メレディス・アン・ピアス(日本では『ダークエンジェル』(ハヤカワ文庫FT)の作者として知られてますね)の言葉が引用されるところも興味深いですね。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

二人は一人  デイジー・ジョンソン『九月と七月の姉妹』
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 デイジー・ジョンソンの長篇『九月と七月の姉妹』(市田泉訳 東京創元社)は、歪ながらも、互いに離れられない関係にある姉妹の日常を描いた作品です。

 父を亡くし、母親と共に暮らす十か月違いの姉妹セプテンバーとジュライ。気の弱いジュライは姉のセプテンバーの言いなりになっていましたが、その一方で彼女に守ってもらってもいました。学校で起こったある事件を機に、姉妹は母親と共に亡父の生家に引っ越すことになりますが…。

 支配的な姉と彼女に従属する妹の関係性を描いた、心理的なサスペンス作品です。
 内気で意思の弱いジュライは、常に傍若無人な姉セプテンバーの言いなりであり、その支配下に置かれていました。しかしその一方で、学校でいじめにあうジュライの復讐をセプテンバーが行うなど、二人の間には愛情と絆もまたあったのです。
 セプテンバーの個性は強烈で、その性格は傍若無人。衝動的に行動し、何を起こすのかも予想できません。一方でジュライは常に姉の側にいます。その関係は密接で、ほぼ一心同体。母親のシーラも、娘たちの中に入れないと感じてもいるぐらいなのです。

 母親と姉妹が亡父ピーターの生家に引っ越すところから物語は始まり、姉妹の関係性が描かれると共に、なぜ引っ越すことになったのか、その原因となった事件が徐々に語られていくことになります。
 引っ越し後のジュライには、不安感や違和感が芽生えるようになり、非常に不安定になっていくのですが、それが過去の事件のせいなのか、姉との関係ゆえなのかははっきりしません。姉を挟んで、引っ越し先の現地の少年との恋愛遊戯じみた関係も発生し、揺れ続けるジュライの心理が描かれて行く部分には、幻想性も強いですね。

 姉の支配下にある妹、というテーマから、そこに歪な関係性や異常心理を読み取ってしまいそうになるのですが、セプテンバーとジュライの関係は単純な支配関係ではなく、そこに愛情も入り交じっている、というところが独特です。
 それゆえ、ジュライがセプテンバーの影響から脱することができるのか? という成長小説な方向とはまた違ったベクトルの物語ともなっています。

 著者のジョンソン、スティーヴン・キングとシャーリイ・ジャクスンに強い影響を受けているとのことです。
 本作はホラー小説として構想され、そこからホラー的な要素を取り除いていき出来上がった作品とのことなのですが、残った部分にしても、ホラー(心理的なものですが)要素は強く感じられます。
 また、互いに依存関係にある(特にジュライ側に)姉妹の関係性、彼女たちと母親との関係、亡き父親と母親との関係など、家族間の心理的な葛藤が描かれる部分には、シャーリイ・ジャクスン的な感性も感じられますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

小説家さまざま  山白朝子『小説家と夜の境界』
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 山白朝子『小説家と夜の境界』(KADOKAWA)は、小説家である「私」が見聞きした、小説家や小説に関わる様々な奇談が語られていくという連作集です。

 実体験をしないと小説が書けない作家の人生が破綻してしまうという「墓場の小説家」、欲深な両親によって無理やり小説を書かされ続ける息子を描いた「小説家、逃げた」、不道徳で猟奇的な妄想を小説の形で発表した青年作家がそれを周囲にとがめられてしまう「キ」、膨大な量と質を誇る大作家の秘密が明かされる「小説の怪人」、作中人物の使い回しをしている作家の脳内にそのキャラクターが住み着いてしまうという「脳内アクター」、自分が編集者だと思い込んだ女につきまとわれる作家の恐怖を描く「ある編集者の偏執的な恋」、触れた人間の心を読むことができる外国人青年が、全身不随になった作家の創作を手助けすることになるという「精神感応小説家」を収録しています。

 小説家や作家にまつわる不思議な話が語られていくという連作集です。語り手の「私」も作家であるのですが、他人の作家の不思議な話が大好きで、積極的に介入していくあたり、かなり変人です。しかし語られていく作家たちは、それに輪をかけて奇人変人。
起きる出来事も、時には犯罪すれすれだったり、超自然的な現象さえ絡んでいる場合もあるのです。

 実体験をしないと小説が書けない作家が、執筆のために異様な行動を取っていくという「墓場の小説家」や、作中人物の使い回しをしているうちに作家の頭の中にキャラクターが住み着き、互いに会話をするようになるという「脳内アクター」、作家のファンだと称する自称編集者の女がしつこく作家を追い回す「ある編集者の偏執的な恋」などはホラー度が高いですね。

 なかでも面白いのが「脳内アクター」。R先生の小説には同じ人物がたびたび姿を変えて登場していました。主要な五人のキャラクターたちはR先生の脳内に人格として住み着き、互いに会話をするどころか、創作の相談すらするようになります。
しかし、新たにレギュラーに昇格した女性キャラ「シロ」が活躍を続けるのに伴い、善人ではありながら個性の薄い男性キャラ「キイ」は自分を活躍させてほしいと、R先生に訴えを続け、困らせるようになりますが…。
 架空のキャラクターたちが実在感を持ち始め、やがて作家とキャラクター間の軋轢まで発生するという、メタフィクショナルなサイコホラーです。結末にも恐怖感が強いですね。

 全体にブラックユーモアが効いた物語集なのですが、巻末の「精神感応小説家」のみ少し毛色が変わっていて、かなり「良い話」となっています。
 事故によって全身不随となり、意思の疎通も不可能になってしまった名作家J先生。彼に意識があると信じる編集者のA氏は、触れることによって他人の心を読み取ることができるというベトナム人青年N君をJ先生に引き合わせます。N君の精神感応の助けを借り、J先生に創作を続けさせようというのです…。
 全身不随の小説家が、テレパス的な能力を持つ青年の力を借り、新たに小説を生み出そうとする物語です。
 交流を通して、国粋主義者で頑固な作家の考えが変わっていき、一方日本の現実に絶望していた青年も生きがいを見出すようになる…という、感動的な物語となっています。

 この『小説家と夜の境界』、どの短篇も「遊びがある」というか、いい意味での「悪乗り感」があって、とても楽しい短篇集となっています。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

地獄の風景  梨『6』
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 梨『6』(玄光社)は、超自然的な怪異談が体験談の記述を取って語られていくという、ドキュメンタリー風味のホラー小説です。

 両親に連れられてデパートの屋上の遊園地にやって来た子どもが異世界に入り込んでしまう「ROOFy」、峠道に存在していた奇怪な石塔について語られる「FIVE by five」、山道の途中でのみ受信できる奇怪なラジオをめぐる「FOURierists」、宗教的な高みに到達するためのマニュアルが語られる「THREE times three」、幽霊の死体に憑かれてしまった家の家族の行く末が語られる「TWOnk」、それまでのエピソードの真実が語られる「ONE」の六篇から成る連作集になっています。

 一つ一つのエピソードは不条理味が濃く、それだけでは説明のつかない事象が多数描かれるのですが、読んでいくうちに、共通しているらしい世界観の一部が示されていきます。そして最後のエピソード「ONE」で、それまでのエピソードの意味が一通り説明される…という形の物語になっています。
 どのエピソードでも、この世ならざる世界、または異界のような場所や存在に触れてしまう人々の物語が語られていきます。それぞれの人物が体験する、超自然的な現象も不気味極まりないのですが、本当に怖いのは、その現象の背後にある世界観、というか死生観です。

 人間が生きている現実世界のほかに、いわゆる「死後の世界」が存在していることが示唆されるのですが、その「死後の世界」の恐ろしさ、救いのなさが語られる部分には圧倒的な絶望感があり、読んでいて非常に陰鬱になってしまいます。そこの部分にこの作品のホラーとしての魅力もあるのではありますが。
 「死後の世界」に関しては、とある宗教の考え方が反映されているようです。タイトルは『6』、エピソードの数も「6」ということで、分かる人には予想がつくかもしれませんね。

 個々のエピソードが怖いのはもちろんなのですが、本全体に、ある種の「宗教的な幻想」を打ち砕くようなテーマが展開されており、人によっては、ものすごく怖いお話ではないかと思います。
 「バッドエンド」はホラー小説につきものではあるのですが、この作品ほど「救いのなさ」が強烈な作品はそうそうないのではないでしょうか。その意味で、劇薬的なホラー小説だといえますね。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

それぞれの恐怖  三津田信三編『七人怪談』
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 三津田信三編『七人怪談』(KADOKAWA)は、編者が自らを含め、七人の作家にそれぞれ相応しいテーマで「自分が最も怖いと思う怪談」を執筆してもらったというコンセプトのホラー・アンソロジーです。

 霊に憑かれた家の家族が次々に不幸に陥っていくという事件とそれに関わった霊能者の存在が語られる「サヤさん」(澤村伊智)、とある川の近くで霊的な存在に憑かれるという「貝田川」(加門七海)、受験に失敗して焼身自殺を図った少年の霊をめぐる物語「燃頭のいた町」(名梁和泉)、行く先々で凄惨な死をまき散らす謎の武士を描く「旅の武士」(菊地秀行)、祖母の死後、その家を訪れた孫娘が奇怪な霊現象にたびたび遭遇する「魔々」(霜島ケイ)、作者が過去に就いた仕事に絡む奇妙な出来事を語ったエッセイ風小品「会社奇譚」(福澤徹三)、同窓会に出席するため故郷に戻った男が、誰もいなくなった実家で奇怪な現象を体験するという「何も無い家」(三津田信三)を収録しています。

 編者の依頼により、それぞれの作家が独自のテーマで怖い怪談を書き下ろしたというコンセプトのホラー・アンソロジーです。テーマはそれぞれ以下のようになっています。

霊能者怪談―澤村伊智「サヤさん」
実話系怪談―加門七海「貝田川」
異界系怪談―名梁和泉「燃頭のいた町」
時代劇怪談―菊地秀行「旅の武士」
民俗学怪談―霜島ケイ「魔々」
会社系怪談―福澤徹三「会社奇譚」
建物系怪談―三津田信三「何も無い家」

 特に面白く読んだのは、澤村伊智「サヤさん」、菊地秀行「旅の武士」、霜島ケイ「魔々」、三津田信三「何も無い家」などでしょうか。

 澤村伊智「サヤさん」は、越してきた家に憑いていた霊のたたりによって、家族に不幸が降りかかっていく…という怪異の記録が、少女が雑誌に寄稿した体験談の形で語られていくというホラー作品です。
 メインとなるのはオーソドックスな霊体験ホラーなのですが、物語自体の虚構性や、その影響によって現実さえもが歪んでいく…という凝った趣向の物語になっています。
 当事者の一人である少女の実体験を綴った手記が語られるものの、そこに一部フィクションが入っていることが示されます。しかしフィクションであるはずの霊能者“マツシタサヤ”が、ところどころで出現し始めたりと、その後日談的な部分の恐怖度が非常に高いですね。

 菊地秀行「旅の武士」は、得体の知れない旅の武士が通った場所で、次々と理不尽な死が発生するという時代ホラー小説。殺人事件の復讐といった、因果応報的な要素も現れるのですが、それでも割り切れない不条理性が魅力です。

 霜島ケイ「魔々」は土俗的な因習を語ったホラー。妄想癖のある母親との仲が険悪になり、祖母の死により空き家になった家に移り住んだ孫娘の咲希。家の壁から異様な物音を聞いた咲希は、業者に調べてもらった結果、壁に封じ込められた階段があったことを聞かされます。
壁を崩し、階段を登った先にあったのは、古い神棚のお社でした。知り合いに聞いたところ、それは過去に持ち回りで拝んでいた「オシラサマ」ではないかというのですが…。
 死んだ祖母の家から謎の「オシラサマ」が見つかり、過去の土俗的な因習が明らかになるというホラーなのですが、それに絡んで親子三代の因縁や、いささか妄想癖のある母親の秘密が明らかになるという作品です。妄想だと思っていた母親の言葉が実は…というあたり、かなり怖いですね。

 三津田信三「何も無い家」は、著者お得意の幽霊屋敷ホラー作品。長らく会っていなかった幼馴染みの瑞口に誘われ、故郷での同窓会に共に出席することになった「私」。しかし待ち合わせ場所に瑞口は現れなかったため、「私」は、元々泊まり込むはずだった実家に先に行って待っていることにします。
 既に誰も誰も住んでいないはずなのに、実家には異様な気配が漂っていました…。
 誰もいなくなった実家を訪れた男が、そこで異様な体験をすることになる、というホラー作品です。作中で明言はされないのですが、おそらく語り手の家族が孤独死をしたことが示され、その霊であるかは定かではないものの語り手が異様な体験をすることになります。
 異様な現象の断片は示されるものの、明確に超自然現象、と言えるほどの事件が起こらないのも絶妙ですね。実家を離れた後の「私」の後日談的な部分も非常に怖いです。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第45回読書会 参加者募集です
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 2023年8月27日(日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第45回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp
メールの件名は「読書会参加希望の件」とでもしていただければと思います。


開催日:2023年8月27日(日)
開 始:午前10:00
終 了:午後12:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ(東京)
参加費:1500円(予定)
課題書 エドガー・アラン・ポー『ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫』(河合祥一郎訳 角川文庫)


※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※対面型の読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。
※扱うジャンルの関係上、恐縮ですが、ご参加は18歳以上の方に限らせていただいています。


 今回は、課題図書としてエドガー・アラン・ポー『ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫』を取り上げます。アメリカにおける怪奇幻想小説の始祖であり、後世の作家に多大な影響を与えた作家ポー。豊かな着想で描かれたポーの怪奇幻想小説を読んでいきたいと思います。
 

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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