fc2ブログ
ウォルター・デ・ラ・メアの幽玄な物語
 ウォルター・デ・ラ・メア(1873年~1956年)は、イギリスの作家、詩人。詩以外にも、大人向けの小説や児童文学も手がけました。恐怖の対象を直接的に描かずに、間接的に暗示する「朦朧法」を用いた作風が特徴的で、特に怪奇幻想小説においては、それが効果的に使われています。
 以下、デ・ラ・メアの幻想的な作品を何冊か紹介していきたいと思います。



aamondonoki.jpg
ウォルター・デ・ラ・メア『アーモンドの木』(和爾桃子訳 白水Uブックス)
 デ・ラ・メアの傑作集です。幻想的な出来事が描かれる作品だけでなく、日常的な出来事が描かれる作品であっても、その繊細な語り口によって幻想性が垣間見えてくる…というのが特徴でしょうか。

「アーモンドの木」
 伯爵と綽名される青年ニコラスは、変人風の男と付き合っていることを指摘され、その理由と共に自らの子ども時代を語る事になります。
 少年ニコラスは、ヒースの原野のふちに建つ家で両親と暮らしていました。しかし、父親はふらっと家を出て行っては帰ってこないこともしばしばで、父母の間には喧嘩が絶えませんでした。
 ある日父親はカード遊びをするためにグレイ家に行く際、ニコラスを連れていくことになります。グレイ氏の妹ミス・ジェーン・グレイに紹介されたニコラスは、彼女の美しさと優しさに感嘆し、好意を持つことになりますが…。
 父の不倫とそれによる母との争いが悲劇的な事態を呼び込む様を、幼い少年の視点から描いた作品です。父の不倫相手であるミス・グレイに引き合わされたニコラスは、彼女になついてしまいますが、彼女が父の不倫相手であることを認識しているのかいないのか、そのあたりは曖昧ですね。
 父はかなり身勝手な性格ながら、その一方で妙な繊細さを持ち合わせています。母は母で夫を愛しながらも、その身勝手さを憎み精神のバランスを崩しているなど、その関係性は複雑です。さらに息子のニコラスの視点も、ミス・グレイを含めた三角関係をニュートラルに見つめているように見えるのですが、本当にそうなのかは、考える余地がありそうです。

「伯爵の求婚」
 叔母のルーシーと共に伯爵の屋敷に滞在していたリチャードは、叔母が、自分に寄せている伯爵の思いを知りながら、それをはねつけ続けていることに、もどかしい思いを感じていました。叔母によれば、病によって視力を失う可能性が高く、そんな自分では伯爵の妻にはなれないというのです。
 伯爵が不在のうちに屋敷を出て行きたいと、叔母から、伯爵を誘って散歩に行ってほしいと頼まれたリチャードは嫌々ながら引き受けます…。
 初老の男女の恋の行方を描いた、ほろ苦い作品です。伯爵はルーシー叔母のことを熱愛しており、彼女と結婚したいと考えていますが、叔母の方では、失明の可能性のこともあり、それに乗り気ではありません。甥のリチャードは、伯爵の恋を応援したいと考えながらも、叔母の意志をはね除けることもできず、複雑な立場に立たされることになります。
 「悲恋」ではあれど、結末寸前までは「普通」の恋愛小説と見えるのですが、結末のシーンがかなり象徴的で解釈の分かれる作品といえるでしょうか。ある種の「ゴースト・ストーリー」と捉えることも可能で、ほんのり不気味さも感じられますね。

「ミス・デュヴィーン」
 祖母と二人で屋敷で暮らしていた少年の「ぼく」は、周囲に遊ぶような友達もおらず、孤独に過ごしていました。ある日近くのウィロウリー(柳原荘)に越してきた一家の一人ミス・デュヴィーンは、少し精神のバランスを崩しているらしい初老の女性でした。
ミス・デュヴィーンと出会った「ぼく」は彼女の友人となり、たびたび会話を交わすことになりますが…。
 精神的な病を抱えているらしい初老の女性と幼い少年の交流を叙情的に語る作品、なのですが、単純にそういう話とも言いにくい作品です。
 ミス・デュヴィーンが言っていることはかなり支離滅裂で、それを聞く少年の方も彼女の話を理解しているわけではありません。姉が亡くなったことや、男性をめぐって悲恋があったであろうことなど、彼女の過去も仄めかされますが、それに対して少年が同情するわけでもないところにドライさがありますね。
 実際、ミス・デュヴィーンと会えなくなったことに対して少年がほっとしている様も描かれるなど、二人の間の相互理解も幻想だった…ともいえそうです。
 ミス・デュヴィーンの語る話は、姉の死のエピソードを始め、死や宗教のイメージに満ちており、かなり不気味ですね。

「シートンの伯母さん」
 そう親しくもないものの、ふとしたきっかけから同級生のシートンから家に泊まりに来るように誘われたウィザーズは、彼の家で伯母さんに対面します。なぜかシートンは伯母のことを憎み恐れているようなのです。彼女は悪魔と手を組んでいるとまで言うのですが…。
 デ・ラ・メア怪奇小説の名作として知られる象徴的な作品です。シートンはなぜ伯母をそれほど憎み、恐れるのか? 明確な超自然現象は起こらないながら、仄めかしや暗示が多用され、伯母が怪物的な存在であることが示されていきます。
 強烈な自我と支配的な性格など、確かに伯母は異様な人物ではあるようなのですが、超自然的な力までを持っているのか、それがシートンの思い込みではないのか、といったところは曖昧です。後半で明かされるシートンの死も偶然に過ぎないのか、解釈が難しくなっているところに、近代的な怪奇小説としての妙味もあるといえましょうか。

「旅人と寄留者」
 長年にわたって聖堂番を勤めるフェルプス氏は、ある日、旅人らしい男の訪問を受け、彼に様々な墓碑銘について説明します。彼はある男の墓碑を探しているというのですが…。
 旅人が何者なのか、探している男とどんな関係なのか、そもそも旅人自体が死者ではないのか…など、様々な面が曖昧模糊としており、何とも謎めいた作品です。

「クルー」
 鉄道で「わたし」が出会った男ブレイクは、かって勤めていた牧師ソマーズ師宅でのある事件を語ります。
 牧師宅では、庭師としてメンジーズという男を雇っていました。腕は一流ながら傲岸な性格のメンジーズは、同じく雇い人で頭の弱い青年ジョージを逆恨みし殴りつけますが、それが牧師にばれて解雇され、そのショックから首を吊ってしまいます。メンジーズの死後、ジョージは何かにおびえるようになりますが…。
 自死してしまった男が幽霊となって復讐に訪れる…という、オーソドックスなゴースト・ストーリーです。幽霊が案山子の姿をとって現れているようなのはユニークですね。
 青年ジョージがとり殺されてしまうのですが、メンジーズが解雇されたのも自らの所業のせいでもあり、ジョージにとっては、かなり不条理ではあります。
 物語の語り手となる男ブレイクも、悲劇的な事件に自分も多少絡んでいたこともあり、そこに不安とおびえを感じているようでもあります。その不安な語りが、物語の緊迫感も高めているようです。
 この作品、よく読むとゴースト・ストーリーとは別の解釈も可能で、牧師の遺産を狙っていたブレイクが陰謀によってメンジーズを追い出し(自殺するところまでは予期しなかったようです)、さらに、ジョージが幽霊に怯えているのを利用して案山子を使って脅かし、自殺に追い込んだ…という解釈もできるのです。そもそもメンジーズが死ぬ原因となったのはジョージだけでなくブレイクの方にも原因があり、その意味では幽霊がジョージのみに復讐に訪れる…というのもおかしいのですよね。
 更に言うと、物語の語り自体がブレイクによるもので、彼が言っていることが本当に真実なのか?という部分もあります。ブレイクが登場する場面で、服装がいいものを着ていると描写されるのは、謀略によって牧師の遺産をまんまとせしめた…と取ることもできそうです。

「ルーシー」
 実業家として成功した祖父が建てた石屋敷で暮らしていた、ユーフェミア、タビサ、ジーン・エルスペスのマクナッカリー三姉妹。両親は共に亡く、姉妹で暮らしていましたが、ある日父が投資していた案件が失敗し、家は破産してしまいます。
 使用人もほぼ解雇され、ジーン・エルスペスも家事に追われるようになりますが、彼女は逆に生きがいを感じるようになっていました。しかし、それと同時に、幼い頃から側にいた空想上の友人ルーシーの存在を感じ取れないようになってしまいます…。
 空想上の友人、イマジナリーフレンドがモチーフとなっているのですが、その存在「ルーシー」よりも、主人公である三姉妹、特に末妹ジーン・エルスペスの人生がメインとなって描かれていきます。
 夢想家肌で引っ込み思案、実用的な役目は果たせないとされていたジーン・エルスペスが、破産を機に家事全般をやらなければならなくなるのですが、本人はむしろそれを喜び、人生に生きがいを見出していくことになる…という不思議な手触りの作品です。
 ジーン・エルスペスが現実生活に集中するにしたがって、ルーシーの姿が感じられなくなっていくのですが、ジーン・エルスペスよりも現実的だったはずの姉ユーフェミアが寝込むようになり、そこでルーシーの姿が見えるようになる…というのも皮肉ですね。
 結末では印象的なシーンが展開されるのですが、このあたりを読む限り、ルーシーは単純な「空想上の友人」であるとも言い切れず、むしろジーン・エルスペスの「分身」ではないか、という解釈もできそうです。

 解説では、デ・ラ・メア作品の「視座の低さ」について語られています。幼い子どもを始め、弱い立場の人間など、視座が低い登場人物が語り手になることが多いため、周囲からの情報が制限され、それが「朦朧法」につながっているのでは、というのです。確かに頷ける面がありますね。



toranpetto.jpg
ウォルター・デ・ラ・メア『トランペット』(和爾桃子訳 白水Uブックス)
 デ・ラ・メアの短篇を七篇収めた傑作集です。

「失踪」
 ロンドンの喫茶店で「わたし」は田舎の方から来たというという男に話しかけられます。男はひとりものだと言うのですが、以前に暮らしていた女性が失踪し、妹は亡くなったといいます。その話を「わたし」は聞くことになります。
 いささか知的障害のあるらしい妹と暮らす男は、ミス・ダットンという陽気な女性と知り合い、家に住まわせることになります。やがて彼女からプロボーズされた男は結婚することになりますが、次第に生来の気性の荒さを表し始めたミス・ダットンを持て余すようになります。そんな折、彼女は失踪してしまったというのですが…。
 見知らぬ男から、ある女性の失踪事件の話を聞くことになる語り手を描いた作品です。
 結婚した女性が失踪に至るまでの顛末を聞くことになるのですが、どうやら女性は失踪したのではなく殺されたのではないかという疑いが発生してきます。さらに妹は殺人の事実を知ってしまったようで、彼女の死も本当に自然死なのかが分からなくなってきます。
 実際、男の話には一言も「殺人」の言葉は出てこず、話を聞いている「わたし」もその事実に気づいていないようなのです。ただ男から妙な不快感を感じているだけであり、真相に気付くのは読者次第…という非常に技巧的な物語となっています。
 仄めかしを多用するとはいえ、男が殺人の話を見ず知らずの人間になぜ語るのか?に関しては、そこに罪の意識を見て取ることもできそうですね。

「トランペット」
 牧師の息子で内気な少年フィリップは、友人で外向的なディックと共に、教会に忍び込み、天使の像が持つトランペットについて確かめようとしますが…。
 空想がちなフィリップは、天使について空想を繰り返し、天使像が持っている木製のトランペットを吹き鳴らしたら何が起こるのか、なぜ天使はトランペットを吹けないのか、疑問に思っていました。臆病なフィリップは自分で調べることができず、友人のディックをけしかけて、それを試させようとしますが、それが悲劇を呼び込んでしまう…というお話になっています。
 無邪気な少年の純粋な空想が、現実的・悲劇的な事態を招いてしまう、というテーマの作品といえるでしょうか。背景となる夜の教会の雰囲気は美しいですね。

「豚」
 動物の権利を守るSSCPP協会の会長サー・アンドリュー・キャンベルは、若き日に勤めていた世界ソルボーソーセージ社の日々を思い出していました。
 孤児だった青年アンディは、クララ叔母のすすめで会社に入り、真面目に勤めていましたが、ある日、豚の訴えるような目を見てから、いろいろと考え始めます。やがて菜食主義の団体で活動するようになったことを上司に知られ、彼から叱責を受けることになりますが…。
 豚肉を売る会社に勤めていた青年が、親友と共に動物の権利を守る団体を結成することになる、という物語です。
 解説にもあるように、現代では珍しくないテーマなのですが、これが環境活動や動物愛護という概念がほとんどなかった時代の作品と考えると、かなり先駆的な作品といえますね。

「ミス・ミラー」
 新しい子守りと揉めて、公園に駆け込んできた少女ネラは、そこで不思議な初老の女性ミス・ミラーと出会います。ミス・ミラーのとりとめのない話に困惑するネラでしたが…。
 老嬢と少女の不思議な会話が描かれていくという作品です。ミス・ミラーの話はとりとめがなく、抽象的な何かの話をしているようなのですが、それが何なのかもはっきり分かりません。さらに年齢は一五〇歳近いなど、その言葉も信じがたいのです。
 訳の分からないまま会話をしながら、その体験を経て少女に落ち着きがもたらされる…という結末も奇妙な味わいですね。

「お好み三昧――風流小景」
 資産家であるクランプトン・ピム大佐の甥フィリップは、伯父の紹介で銀行に就職しますが、そこで十二ヶ月踏みとどまれなければ相続人から外すと言い渡されていました。
わずか二ヶ月半で首になってしまったフィリップは、伯父の代理のふりをしてデパートで莫大な量の買い物をしようとしますが…。
 資産家の伯父の相続の権利を失った青年が、自棄になって、伯父のつけのふりをして買い物をしまくる…という物語です。
 いつバレるか分からない焦燥感と、高価な品物を片っ端から買っていく爽快感、そして物語全体に漂う奇妙な物哀しさ…。
 デ・ラ・メア流のユニークなユーモア小説といえますね。物哀しさも感じられる、不思議な味わいの作品です。

「アリスの代母さま」
 十七歳のアリスは、代母が会いたがっているという話を聞き、三五〇歳にもなるという代母の屋敷を訪れます。彼女は父親がもたらした秘儀により不死になったというのですが、アリスにその秘儀をほどこし、全てを譲りたいというのです…。
 数百年間も生き続ける代母から、莫大な財産だけでなく不老までを譲る提案をされた少女の選択が描かれるという作品です。
 時間が止まったような代母の屋敷とその過去の話は浮世離れしており、本当に幻想的。自分の提案がとてつもなく寛大な申出だと考える代母に対し、それをさほどのものとも思わないアリスの軽やかさが印象に残りますね。

「姫君」
 東洋の姫君が住んでいるという噂のある屋敷に、花束を持って忍び込んだ少年。屋敷の中には美しい女性の肖像画が飾られており、少年はその絵に見入ってしまいます。そこで出会ったのは、痩せさらばえ、厚化粧をした老女でした。彼女は少年の話を皮肉げに聞くことになりますが…。
 東洋の姫君を夢見る純真な少年が、姫君の「なれの果て」である老女と出会うという物語です。
 真実を知ってなお、姫君への憧れを失わない少年と、その少年の純真さにほだされる老女の姿が描かれていくという、美しい作品です。



morinonakade.jpg
ウォルター・デ・ラ・メア『森の中で ウォルター・デ・ラ・メア短編集』(蟻塚とかげ編訳、爬虫類館出版局)
 デ・ラ・メアの本邦初訳作品を中心に編まれた作品集です。未訳作品が四篇、新訳が一篇収録されています。

「森の中で」
 父親が戦場に駆り出され、母親と幼い赤ん坊と共に家に残された少年の「ぼく」。赤ん坊の調子が悪いことから医者に行ってきてほしいと頼まれますが、「ぼく」は魚釣りに出かけてしまいます…。
 戦争とその惨禍がある家族を襲う様を、幼い少年の視点から描いた作品です。少年は戦争のことも、赤ん坊の具合が悪いことも、母親が必死であることさえも理解しておらず行動してしまうのですが、その意図せざる残酷さが強烈に描かれています。
 少年の態度が幼さゆえなのか、生来の性格ゆえなのかは分かりませんが、読み方によってはとんでもなく怖いお話とも読めますね。

「ある家族への処方」
 子どもと家で遊びながら過ごしていたエミリアは、夫のエドワードが去ってしまったことを知りながら、それを意識しないようにしていました…。
 何らかの理由で夫が自分たちのところから去ってしまったものの、それを考えまいと現実逃避気味に過ごす妻の心理を描いたドメスティックサスペンス的な作品です。
 心配性というよりは、妄想に近いほどの妻の心理描写が読みどころですね。

「黄昏の誓い」
 友人である医者のパーセルは、病気療養中の妻との出会いのきっかけを語り出します。
 列車に乗っていたパーセルは、ある時目の前に黒衣の女性が突然現れ、そして消えるのを目撃します。彼女が消えた後に残された包みには、リヴォルヴァーが入っていました…
 超自然的な味付けの恋愛小説です。「幽霊」というよりは「幻視」や「分身」が現れるお話といっていいでしょうか。出会った際の男女の「約束」が、闘病を支えている…というラストには感動がありますね。

「“うたうたう鳥のあまた産まれん”」
 自らの創作をまとめた本を出版した青年ヒルバートは、余った本を自ら売ろうと旅に出ますが…。
 いわゆる私家版の本を売り歩こうとする青年が描かれる作品です。売ることはほとんどできず、結局出会った人々に本を進呈していくことになるのですが、人々とヒルバートとの出会いがユーモアを交えて、とても印象的に描かれており、清涼感のある作品になっています。

「デュビーンさんのこと」
 お婆さんと一緒に暮らす少年アーサーは、周囲に遊べるような友達もおらず孤独に過ごしていました。ある日、近くの邸に越してきた老婦人デュビーンさんは、変わり者でしたが、アーサーは彼女と友人になります…。
 変わり者、というよりは精神に障害を抱えているらしい初老の婦人と孤独な少年の交流を、叙情的に描いた作品です。
 デュビーンさんの言っていることは要領を得ず、少年もそれを理解しているとは思えないのですが、二人の交流は何となく続いていきます。
 デュビーンさん側はアーサーとの交流に何か慰めを見出しているようなのですが、その一方アーサー側はそれほどでもなく、結末に至っては、デュビーンさんとの交流がなくなったことを喜ぶ節もあるなど、交流が一方的に過ぎなかったのではないか、と思わせる部分もあります。
 デュビーンさんの話にはどこか死の影が濃く、特に自身の姉の死を語る部分には不気味さもありますね。



kokonotunodouka.jpg
ウォルター・デ・ラ・メア『九つの銅貨』(脇明子訳 福音館文庫)
 魔法と叙情性に満ちた童話集です。原著『子どものための物語集』から5篇を選んだお話集になっています。

「チーズのお日さま」
 森のそばの小さな家で暮らしていた農夫の兄ジョンとその妹グリセルダの兄妹。妖精たちが優しいグリセルダにまとわりつく一方、両親が森に行ったきり帰ってこなくなったのは妖精たちの仕業と信じるジョンは、彼らを憎み、見る度に追い払っていました。
 ある日、家畜たちが妖精たちによって隠され、仕事ができなくなってしまったことを知ったジョンは激怒しますが、グリセルダは、自分が妖精たちを宥めるつもりだと話し、兄を説得しようとします…。
 妖精たちにつらく当たる兄のせいで、一家の先行きが見えなくなってしまい、妹がそれを取りなそうとする…という物語です。
 優しい妹のおかげで幸福な結末を迎えるのではありますが、兄が妖精を憎むのにも理由があります。彼の視点から見ると不条理極まりない物語とも見えますね。

「九つの銅貨」
 古いお城の城壁の中で、くずれた石の家におばあさんと住んでいるグリセルダ。ある日おばあさんの具合が悪くなり、懸命に看護しますが、看護と家事で時間を取られてしまい、段々と生活が苦しくなっていきます。
 挫けそうになっていたグリセルダの前に現れたのは、背中の丸くなったしわくちゃの不思議なおじいさんでした。おじいさんは、九日の間、毎日1ペニー銅貨をくれるなら、夜明けから暗くなるまでグリセルダの代わりに家事をやってくれるというのです。
 その間に外に働きに出たグリセルダは、その働きぶりから余分に給金をもらえることになります。家に戻ってみると家事は見事に仕上げられており、おばあさんの具合と共に、グリセルダの生活も楽になっていきますが…。
 窮乏に苦しむ少女が妖精の老人の力を借りて幸福を手に入れる、という物語なのですが、単純に幸福が手に入るわけではなく、そのための努力やルールを守らなければならないなど、条件がなかなかにシビアになっています。
 手に入る幸福にしても、莫大な富だったりするわけではなく、ある意味ささやかなもので、その意味では非常に現実性の強い童話ともいえましょうか。
 後半では、妖精によって現実ならざる神秘的な世界が開示されるところも幻想的です。ヒロインがそうした世界への参入のチャンスを与えられるものの、飽くまで現実世界を選ぶ、というところにも味わいがありますね。

「ウォリックシャーの眠り小僧」
 欲深く、けちな煙突掃除業のジェレミー親方は、身寄りの無い三人の少年トムとディックとハリーを引き取り、彼らを見習い小僧としてこき使っていました。食事も満足に与えなかったものの、見習い小僧たちはせいいっぱい働いていました。
 ある晩、眠れなくなった親方が外に出てみると、どこからか不思議な音楽が聞こえ、それと共に沢山の子どもたちが集まってきます。中には自分のところの見習い小僧たちの姿もあったのです。腹を立てる親方でしたが、家の中では小僧たちはちゃんと眠っているのです。
 どうやら見習い小僧たちは、魂だけを外に遊ばしているようなのです。それさえも許しがたいと考えた親方は、魔女の噂のある老婆のもとへ相談に訪れますが…。
 強欲な親方にこき使われている見習い小僧たちが、夢の中で魂だけを外に遊ばせる、という物語。
 この親方の性格の悪さが徹底していて、魂が遊ぶことでさえ怒りの対象になるのです。さらには自分の利益のために、魔術的な手段を使って、小僧たちからさらに労働力を搾り取ろうとする態度には驚いてしまいます。
 魔法の音楽によって子どもたちの魂が誘い出される…という部分は、非常に美しいシーンとなっていますね。
 後半では、タイトルの意味が分かる後日談的なエピソードが展開され、こちらもほんのりユーモアの感じられるお話になっています。全体に幻想性の強い作品でしょうか。

「ルーシー」
 ジーン・エルスペットは、二人の姉ユーフェミアとタバサと共に、祖父が建てた石造りの館に住んでいました。両親も既に亡く、祖父の残した財産で豊かな生活を送っていた三姉妹でしたが、ある日、父が過去に投資していた案件の失敗から、家は破産してしまいます。
 使用人は全て解雇され、自ら家事を行わなければならなくなったジーン・エルスペットでしたが、その生活に逆に生きがいを感じるようになっていきます。
 ジーン・エルスペットは幼い頃から空想上の「ルーシー」という少女の友達がいましたが、破産後、家事に追われるようになったジーン・エルスペットには、彼女の存在が感じ取れなくなっていました…。
 人付き合いが苦手で内気、夢想家気質の女性の生涯が静かに語られていくという幻想小説です。
 祖父の残した財産で、二人の姉と共に暮らしていたジーン・エルスペットは、破産を機に、自らの手で働かざるを得なくなるのですが、逆にその生活に生きがいを感じ始めます。しかしそれと同時に、幼い頃から見えていた空想上の少女「ルーシー」の存在が感じ取れなくなってしまうのです。
 一見、現実的な生活の苦難によって、空想を失ってしまう女性を描いた物語と見えるのですが、その現実生活の苦難を本人があまり苦にしていないこと、また結果的に空想も再び戻ってくることになる…という点で、かなり複雑で奥行きのある物語といえそうです。
 夢想家気質のジーン・エルスペットに比べ、姉たちは現実主義者として描かれています。特に次姉タバサは、がめつく吝嗇な性格に描かれており、彼女の発言は、妹とは対比的に描かれているようですね。
 長姉ユーフェミアも現実主義者ではあるようなのですが、体を悪くし寝付いてからは、彼女も「ルーシー」の姿を見るようになるなど、現実と空想の間、ジーン・エルスペットとタバサの中間的な位置づけの人物といっていいでしょうか。
 客観的には、財産を失い貧困を余儀なくされる老姉妹を描いており、悲しい話ではあろうと思うのですが、実際読んでみると、そうした貧困や苦しみの要素はあまり感じられず、むしろ非常に美しい物語になっています。
 独特の感性を持つジーン・エルスペットが視点人物となっているせいもあるのでしょうが姉妹たちの人生、特にジーン・エルスペットの長い人生(80歳を超えるほど)が、短い中にも叙情的に綴られており、そうした部分に魅力がある作品となっていますね。
モチーフとなっている「ルーシー」に関しても、単純な「空想の友達」としてだけでなく、いろいろな意味が読み取れそうです。結末のシーンでは「ルーシー」が象徴的に登場し、いろいろと考えさせるエンドともなっています。
 ジーン・エルスペットという特異なヒロイン像もこの作品の魅力の一つです。環境の激変を受け入れ、絶望もすることなく、ただ、人生をあるがままに生きていきます。何か物事を成したり変えたりといった、「強い意志」や「自己主張」とは無縁ながら、また違った意味での「強さ」を感じさせる人物ですね

「魚の王さま」
 母親と二人暮らしの青年ジョンの楽しみは釣りでした。釣りに訪れた際、長く高い塀を見つけます。その塀のむこうには、不思議な出来事が起こる地があるのではないかと言われていました。
 母親の言葉をきっかけに塀の向こう側に入り込んだジョンは、近くにあった館の中から歌声を聞き取ります。そこに囚われていたのはある女性でしたが、魔法使い「魚の王」の魔法によって、人魚に変えられていたのです。女性の魔法を解くため、ジョンは「魚の王」の館に向かうことになりますが…。
 女性にかけられた魔法を解くために冒険する青年を描く童話作品です。魔法を解くための過程もさることながら、主人公ジョンが魔法の力によって魚に変えられてしまい、その変身が解かれるまでの過程は危機感たっぷりで、ワクワク感がありますね。
 なまけものだった青年が、幸せな家族と生活を手に入れるという成長物語にもなっています。
 魔法使いの「魚の王」の造型もユニークなのですが、その使用人でありながら、ジョンに協力してくれるという「女中」のキャラクターが非常にいい味を出しています。



hennriiburokken.jpg
ウォルター・デ・ラ・メア『ヘンリー・ブロッケン 世界幻想文学大系36』(鈴木耀之介訳 国書刊行会)
 デ・ラ・メアの第一長篇です。物語の登場人物たちが存在する幻想世界を旅する青年を描いた、幻想的なファンタジー小説です。

 幼い頃に両親を亡くし、ソフィア伯母に引き取られたヘンリー・ブロッケンは、亡き伯父の書斎の部屋に残された書物と共に育ちます。空想を愛する青年となったヘンリーは、老いた雌馬ロシナンテと共に旅に出ますが、彼が訪れるのは書物に登場する人物たちが暮らす世界でした…。

 書物を愛する青年が、様々な物語の世界を旅していくという、夢幻的なファンタジー作品です。
 いわゆるフィクション作品の内部を探索していくことになるのですが、そうした世界に入るための「装置」や「仕掛け」が導入されるとかいったことはなく、特に理由なく、家を出た主人公が何となく幻想世界に入っていってしまうあたりが、デ・ラ・メア風というか、作品の夢幻感を高めていますね。
 登場する物語世界は、シャーロット・ブロンテ、バニヤン、スウィフト、シェイクスピアなど多彩です。詩人でもあったデ・ラ・メアだけに詩作品による世界も多く登場しています。
 『ジェイン・エア』や『ガリヴァー旅行記』など有名な作品の物語による世界も登場しますが、大部分は英国の古典的な詩作品によるものが多いので、日本人読者としてはなじみが少ない物語世界が多いでしょうか。
 主人公ヘンリーが訪れる物語世界は、明確に現実世界とは異なる世界のようです。超自然現象が支配する世界であったり、とある登場人物が話すには、食物を取らなくても大丈夫であることもあるようです。
 物語の登場人物たちが、自分たちの存在について「フィクションの中の登場人物」であると意識しているような節もあって、そのあたりは諷刺的な要素もありますね。
 主人公が旅をするお話ではあるのですが、そこに「問題意識」であるとか「人間的な成長」といったものなどは特にありません。次々と魅力的な幻想世界が現れてくるという展開に身を任せると、そこに心地よさが感じられるという、非常に感覚的な幻想小説になっています。
 それを表すように、物語の入り方と同様、結末でも劇的な事件は起こらず、それまでのエピソードの続きが突然終わりを迎える…という形のグラデーション状の結末を迎えます。上にも書いたように、感覚的な心地よさや美しさがメインとなった不思議な作品で、これは散文というよりは詩、文学というより音楽に近い作品とでもいえそうです。

 ちなみに、本の半分以上が解説文となっています。レナード・クラークによるデ・ラ・メア論と、訳者による解説兼デ・ラ・メア論が、それぞれ長文に渡って展開されています。デ・ラ・メアの伝記的な部分だけでなく、主要な詩や小説の解説、文壇からの評価など、多面的に解説されていて、非常に参考になります。
 デ・ラ・メアに関心を持つ人にとっては、重要な情報やトピックが沢山の解説になっているように思います。
 また、訳者によるデ・ラ・メア年譜・書誌・文献目録が労作で、年ごとのデ・ラ・メアの伝記的事実と一緒に、著書の具体的内容、
同年に発表された文学作品の一覧や、邦訳書についてなどにも言及された、優れた内容になっています。



テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

8月の気になる新刊
8月1日刊 金原瑞人、三辺律子編『翻訳者による海外文学ブックガイド BOOKMARK2』(CCメディアハウス 予価1760円)
8月8日刊 レイ・ブラッドベリ、ティム・ハミルトン『ブラッドベリ『華氏451度』を漫画で読む』(宮脇孝雄訳 いそっぷ社 予価1760円)
8月9日刊 テオフィル・ゴーティエ『死霊の恋/ヴィシュヌの化身 ゴーティエ恋愛奇譚集』(永田千奈訳 光文社古典新訳文庫 予価1364円)
8月17日刊 ピーター・S・ビーグル『最後のユニコーン 新版』(鏡明訳 ハヤカワ文庫FT 予価1650円)
8月17日刊 マッツ・ストランベリ『ブラッド・クルーズ 上・下』(北綾子訳 ハヤカワ文庫NV 予価各1518円)
8月21日刊 ケヴィン・ウィルソン『地球の中心までトンネルを掘る』(芹澤恵訳 創元推理文庫 予価1430円)
8月28日刊 ジョン・スラデック『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク』(仮題)(鯨井久志訳 竹書房文庫 予価1540円)
8月29日刊 ジョセフ・ノックス『トゥルー・クライム・ストーリー』(池田真紀子訳 新潮文庫 予価1265円)
8月31日刊 アントニイ・バークリー『レイトン・コートの謎』(巴妙子訳 創元推理文庫 予価1100円)
8月31日刊 フランシス・ハーディング『影を呑んだ少女』(児玉敦子訳 創元推理文庫 予価1430円)
8月31日刊 ジェフリー・フォード『最後の三角形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』(谷垣暁美編訳 東京創元社 予価3850円)
8月31日刊 都筑道夫『二十世紀のツヅキです 1986-1994』(フリースタイル 予価2750円)
8月31日刊 都筑道夫『二十世紀のツヅキです 1995-1999』(フリースタイル 予価2750円)


 テオフィル・ゴーティエ『死霊の恋/ヴィシュヌの化身 ゴーティエ恋愛奇譚集』は、ホフマンの影響を受けて多くの幻想小説を書いたフランスの作家ゴーテイェの幻想小説集。タイトルからすると、恋愛小説的な要素を持つ作品を中心にセレクションした感じでしょうか。

 入手が難しくなっていた、モダン・ファンタジーの名作、ピーター・S・ビーグル『最後のユニコーン 新版』が新版にて復活。こちらは無条件でお勧めです。

ジェフリー・フォード『最後の三角形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』は、『言葉人形』に続く、現代ファンタジーの名手フォードの最新短篇集。14編を収録とのこと。これは期待大ですね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

恐るべき神々  コリン・ウィルスン『ロイガーの復活』
ROIGAANOHUKKATU.jpg
 コリン・ウィルスン『ロイガーの復活』(団精二訳 ハヤカワ文庫NV)は、H・P・ラヴクラフト作品の世界観を流用したホラー小説です。

 英文学者ポール・ダンバー・ラングは、ヴォイニッチ写本の研究を進めるなかで、本が中世アラビア文字で書かれていることを発見し、そのタイトルが『ネクロノミコン』であることを突き止めます。友人のフォスター教授から、作家ラヴクラフトが『ネクロノミコン』を小説に登場させていることを知ったラングは、ラヴクラフトからも強い影響を受けます。
 ヴォイニッチ写本の原本は「ネクロノミコン」であり、他にも未知の文書が存在する可能性を見て取ったラングは、アーサー・マッケンが著作で言及した「アクロ文字」も何か関係があるのではと、イギリスに飛ぶことになります。
 ウェールズで地方の伝承に詳しいというライオネル・アーカート大佐を訪問したラングは、そこで思いもかけない話を聞かされます。それはかって存在したムー大陸のこと、そして人類を支配していたという恐るべき種族ロイガーのことでした…。

 謎の言語で書かれたヴォイニッチ写本をきっかけに、地球規模での異変に巻き込まれることになった英文学者を描いたホラー作品です。
 H・P・ラヴクラフトが生み出した<クトゥルー神話>的な世界観が流用されているのですが、ラヴクラフト作品とは違った独特の神話解釈が特徴になっています。
 古代にかって人間以上の力を持つ超越的な存在がおり、それらの復活の兆しが人類に危機を及ぼしつつある…というテーマ的な部分では、<クトゥルー神話>と共通点があるのですが、そのモチーフの現れ方というか、結びつけ方がユニークなのです。
 ラヴクラフトやアーサー・マッケンはそうした知られざる秘密に触れていた人間だったという、まことしやかな設定を初めとして、様々なオカルトや超自然的な現象がその「超越者」の存在によって説明可能になる、というオカルト陰謀論のようなお話になっています。

 オカルトを初めとして、ロジャー・ベーコン、ムー大陸、異星人、超能力などの「B級ネタ」が次々と結びついていく展開には唖然としてしまいます。
 読んでいてその「胡散臭さ」が強烈なのですが、語り口はシリアスであり、読んでいる間はその妙な熱気にあてられて、面白く読まされてしまいます。
 「超越者」の生態や能力、彼らに関わる人類の起源が明かされたりと、物語のスケール感も大きく、怪奇小説というよりは伝奇小説といった方が相応しい作品となっていますね。
 ページ数的には短くて、中篇サイズの作品なのですが、その密度は異様に濃くて、長い長篇を読んだような満足感が味わえます。
 ラヴクラフト作品と共に、アーサー・マッケン作品がかなりクローズアップされており、これらの作家が好きな人にはさらに楽しめるのではないでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

懲りない娘たち  ジョージ・マクドナルド『きえてしまった王女』
kietesimattaouzyo.jpg
 ジョージ・マクドナルド『きえてしまった王女 マクドナルド童話全集3』(太平出版社)は、わざままな王女が、賢女の導きで改心するまでを語った童話作品です。

 両親から甘やかされて育ち、わがまま放題になってしまった王女ロザモンドは、魔法の力を持つ賢女に連れ去られて、性格を矯正されることになります。しかし身に着いた性格はなかなか直りません。
 一方、ヒツジ飼いの家に生まれた娘アグネスも、うぬぼれの強い、高慢な少女に育っていました。アグネスも賢女に連れ去られ、その性格を直そうと試みることになります。
 娘を失ったヒツジ飼いの家に辿り着いたロザモンドは、アグネスの代わりとして彼らの世話になることになりますが…。

 高慢ちきで自分勝手に育ってしまった王女ロザモンドが、魔法の力を持つ賢女の導きで、その性格を叩き直される…という童話作品です。
 この王女ロザモンドの性格が筋金入りで、ほんのちょっと改善したと思ったら、全然直っていなかった…の繰り返しなのです。全ての物事を利己的な観点から考え、善意を受けてもそれは当たり前、むしろ足りないところに不満をぶつけたりします。そのくせ猜疑心が強いので、人を素直に信じることもできません。
 懐の広い賢女が様々な手段を用いて、ロザモンドを「良い子」にしようと、様々な試練を与えるのですが、それがことごとく失敗していってしまう…という部分も不謹慎ながら、ユーモアがありますね。

 もう一人のサブ主人公として、ロザモンドとはタイプが違うものの、羊飼いの娘アグネスが登場します。ロザモンドほどではないにしても、こちらの少女もかなり高慢な性格です。
 直接二人がやりとりすることは殆どないのですが、二人の少女の立場が入れ替わったり、アグネスの行動でロザモンドの運命が変わってきたりと、そのお話の動きも面白いですね。
 ロザモンドの性格が一向に直らないので、これはもしかしてバッドエンドになるのかとも思ってしまうのですが、最終的にはハッピーエンドを迎えることになります。ただ、単純なハッピーエンドではなく、まだまだ改善する余地あり、という感じがあり、考えさせるところもあります。

 ロザモンドやアグネスが「失敗」を繰り返すたび、結構な窮地(食べものがなくなったり、迷ってしまったり)に追い込まれ、それでも性根が直らず同じことを繰り返す…という展開もデフォルメが効いており、作品発表当時の子ども読者の「教育」には、かなり効果的な作品だったのかもしれないなあ、と思わせますね。
 メインのストーリーにはあまり「魔法」は絡んでこないのですが、二人の少女に試練を与えて教育する賢女はところどころで、その魔法の力を振るいます。
 いろんな姿に化けて二人の前に現れたり、その眷属を送り込んだりと、その振る舞いは読んでいて楽しいです。
 大人の読者としては、一向に改善されない少女たちの教育に苦労する「親目線」で読むことも可能で、賢女の方に感情移入して読んでしまう人もいるかもしれないですね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

奇異なる物語  ラモン・デル・バリェ=インクラン『暗い庭 聖人と亡霊、魔物(ドゥエンデ)と盗賊の物語』
kurainiwa.jpg
 ラモン・デル・バリェ=インクラン『暗い庭 聖人と亡霊、魔物(ドゥエンデ)と盗賊の物語』(花方寿行訳 国書刊行会)は、一九世紀末から二〇世紀初頭に活躍したスペイン作家の短篇集です。

 神秘的・象徴的な世紀末文学、といった趣の作品集です。装飾的な凝った文体が特徴で、それゆえ短い作品でも随分な密度が感じられますね。
 サブタイトル通り、聖人、亡霊、魔物、盗賊といったキャラクターがよく登場します。当時の現実社会や政治を反映したような題材のお話などもあるのですが、それらを含めて、超自然的なお話ではない場合でも、どこか幻想的な空気感がありますね。
 また、作者の生まれ故郷であるスペイン、ガリシアの土着的な要素が、宗教的なものと入り混じって出てくることもあり、独特の読み味となっています。

 ならず者に襲われた司祭の運命を描く「フアン・キント」、聖堂内での怪奇現象におびえる青年を描いた「恐怖」、愛する家族に次々と去られてしまう老婦人を哀切に描く「夢の悲劇」、悪魔憑きとされた娘の真相が明かされる「ベアトリス」、仮装行列の一行をもてなそうとした司祭が恐ろしい目に会うという「仮面の王」、姉に懸想した青年の魔術によって家族に災厄が及ぶという「我が姉アントニア」、老女の千里眼によって父親の危機を知る少年を描いた「神秘について」、無垢な少女と一族の伝説的な男との出会いと悲劇を描いた「ロサリート」、指輪ごと美しい女性の手を切り落とした盗賊がその手の持ち主に憧れるという「夢のコメディア」、助けを求めて来た女を追って魔術的な力を持った男が現れる「ミロン・デ・ラ・アルノーヤ」、イエスキリストの供をして回ることになった老人の物語「手本」などを面白く読みました。

 中でも気に入ったのは「ベアトリス」「夢のコメディア」「ミロン・デ・ラ・アルノーヤ」でしょうか。

 「ベアトリス」はゴシック風味も強い恐怖小説。
 女公爵の娘ベアトリスは錯乱を続けており、悪魔に取りつかれているのではと考えられていました。司祭のアンヘル師から、奇跡を起こす呪い師の女の話を聞いた女公爵は、アンヘル師にその女を連れてくるように命令します。しかしその女は100歳を超えており、連れてくるのは難しいのではないかと言うのです…。
 悪魔憑きとなった娘のもとに、老齢の呪い師がやってくるという、ゴシック要素強めのオカルトホラー、といった感じの作品なのですが、後半に思わぬ真実が明かされます。超自然現象が実はなかったのではないか…と見せかけて、やはり存在したのでは…と匂わせるあたり、巧緻な恐怖小説となっていますね。

 「夢のコメディア」は、「手」に憑かれた盗賊を描く物語。
 盗賊の息子たちを迎えた老婆は、首領が運んできた切断された女の片手を見つけます。首領によれば、女本人の姿は見ておらず、格子から覗いていた手をヤタガンの一撃で切り落としてきたというのです。
 指一杯にはめられた指輪の豪華さもさることながら、その持ち主に首領は関心を抱いていました。老女の手相によれば、その手の持ち主は魔法にかけられた娘で、牢番の小人が眠っている間に助けを求めようと、手を格子の外に出していたのだというのですが…。
 魔法に囚われた娘の手を切り落としてしまった盗賊の男が、その「手」に憑かれたようになってしまう…という物語。姿も見る前から手を切り落としてしまうという暴力が描かれる一方、王女を夢見る盗賊のロマンティックさもが描かれるという、奇妙な味わいの幻想小説です。モチーフが手であるだけに、どこかフェティッシュな空気感もありますね。

 「ミロン・デ・ラ・アルノーヤ」は、男の手から逃れようとする女の物語。
 ある日、家の囲い地の柵のところに現れた、ぼさぼさの黒い髪の若い女。彼女はモーロ人の王に虜にされており、そこから逃げてきたといいます。匿ってほしいといいますが、人々は厄介ごとに巻き込まれたくないとつっぱねます。
慈善家で知られる「わたし」の祖母ドローレスは、女を匿おうと宣言しますが、女を捕らえている男は何者かと尋ねます。それはお尋ねものの大男ミロン・デ・ラ・アルノーヤだというのですが、その直後にその当人が現れます…。
 魔法の力を持った男に囚われていると語る女の話は真実なのか…という物語です。一見女の話は出鱈目だった…と思わせて捻るところは上手いですね。唐突に現れる魔術的な描写には精彩があります。

 ラモン・デル・バリェ=インクラン、幻想小説とそうでない作品との区別がつきにくいというか、独特の語り口を通して、現実的なお話も幻想性を帯びてくる、といった感がありますね。その作風を形容するなら「奇譚」といったところでしょうか。癖がある作家ではありますが、独自の魅力のある作家でもあります。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

魔術師たちの王国  スザンナ・クラーク『ジョナサン・ストレンジとミスター・ノレル』
jonasansutorenzitomisutaanorerusansatu2.jpg
 スザンナ・クラークの長篇『ジョナサン・ストレンジとミスター・ノレル』(全三巻 中村浩美訳 ヴィレッジブックス)は、魔術の技術が失われた架空の英国で、実践的な魔術の復活を目指す二人の魔術師の活躍が描かれるファンタジー作品です。

 中世に数百年にわたって北イングランドを支配した、英国魔術史上最大の魔術師<大鴉の王>が姿を消してから、英国では魔法の技術が失われていました。魔術師とは、過去の魔術師や彼らが残した書物を研究するという、理論魔術師を意味するようになっていたのです。
 しかし19世紀初頭、実際の魔術を行う実践魔術師としてギルバート・ノレルなる男が現れます。彼は独自の研究により、自ら魔術を行うことができるようになったというのです。とある魔術によって政治家のサー・ウォルター・ポールの信頼を得たノレルは、それを足がかりに、国家公認の魔術師として名声を高めていきます。
 一方、ある日現れた青年魔術師ジョナサン・ストレンジは、その天性の才能を伸ばしていきます。他の魔術師の出現を恐れていたノレルでしたが、ストレンジの才能に魅せられ、彼を弟子にすることになります。
 魔術の研究を進めるノレルとストレンジでしたが、やがて、魔術に対する考え方の違いから、二人は袂を分かつことになります…。

 19世紀初頭、魔術の技術が失われた架空の英国で、魔術の復活を目指す二人の実践魔術師の活躍が描かれる歴史ファンタジー作品です。
 主人公はタイトルにもなっているノレルとストレンジの二人の魔術師。ストレンジは冒険好きの好青年なのですが、ノレルの方は保守的で陰険な性格の初老の男です。
 一巻では、ノレルが魔術の力を見せつけて国家の中枢に入り込んでいく過程が描かれるのですが、魔術の能力はともかく、性格的に陰湿なノレルがメインで描かれていくので、キャラクターとしては感情移入しにくく、なかなか物語に入り込めない読者もいるかもしれないですね。
 何しろ、貴重な魔術の本を買い占めたり、人に見せるのを惜しんだりするのを始め、他の魔術師が誕生するのを前もってつぶそうとしたりと、非常に陰険なのです。
ただ、魔術に対する関心と情熱は強烈で、この魔術に対する探究心が、ノレルとストレンジを結びつけることにもなります。

 メインの主人公といえるストレンジが登場するのは一巻の巻末あたり、メインで活躍するのは二巻からです。それでは、一巻はあまり面白くないのかというと、そんなことはありません。
 ノレルがのし上がっていく過程が描かれるのと同時に、魔術そのものに関する知識が断片的に明かされていき、その世界観が魅力的に描かれています。どうやらこの世界では過去に偉大な魔術師が複数現れており、彼らが残した魔術書には貴重な魔術が記されているらしいのです。
 単純な研究をする理論魔術師たちは、それらの本を読むだけなのですが、実践魔術師たるノレルは、そこから知った魔法を実際に使ったり、それに改良を加えて応用的な魔術を使ったりできるようになります。すなわち、魔術書そのものが魔術を使う必須のアイテムとなっているわけで、貴重な本をめぐっての交渉ごとや争いなども作中で描かれていますね。

 過去の偉大な魔術師たちの中でも、ひときわ強大とされているのが<大鴉の王>ことジョン・アスクグラス。妖精界で強大な魔術を身につけ帰還した彼は、北イングランドばかりか、異界も含めた広大な領土を支配していたというのです。しかし、<大鴉の王>が姿を消して以来、英国では魔術の具体的な技術が失われ、魔法の力自体が弱まっているといいます。
 ノレルやストレンジが目指すのは、かっての英国魔術の復活で、その目的の方向性は共通しているものの、ノレルが妖精や異界の力を恐れ封じようとするのに対し、ストレンジは積極的に彼らの力を借りるべきではないかと考えています。二人の考え方の違い(性格自体の違いも含めて)がやがて破綻を来し、二人はそれぞれの道を進むことになります。

 魔術が主題になってはいるものの、単純な魔術合戦のような展開にならないのもユニークです。方向性は異なれ、ノレルとストレンジが、過去に失われた魔術や異界について、様々に神秘的な知識を追い求め、それが少しずつ明かされていく過程に面白みがあります。実践的な魔術師が二人のみという要因もありますが、ノレルとストレンジが個々に魔術を使うシーンが多くなっていますね。
 特にストレンジは戦争の前線で活躍するシーンが多く(舞台がナポレオンのフランスに英国がおびやかされている時代なのです。)、様々な魔術を駆使します。人を直接殺傷することに躊躇いを覚えるストレンジは、間接的な魔術を使うことになるのですが、それらの中には、天候を操ったり、死者を蘇らせたり、都市をまるごと空間移動させたりと、破天荒なレベルの魔術も使われ、スペクタクル的な面白みもあります。

 また世界観として魅力的なのが妖精界の存在。かっての魔術師たちはその世界と現実世界を行き来し、妖精の力を借りて強大な魔術を行っていたというのですが、今では妖精たちとつながる技術自体が失われています。しかしノレルが行ったある魔術によって、思わぬ存在が現実世界に侵入し、結果的に英国全体を震撼させることにもなります。
 魔術を使った架空の歴史小説とはいえ、実在の歴史上の人物も多く登場します。時代がナポレオンの時代だけに、彼の名前は多く登場しますね(直接的には登場しないのですが)。
 ストレンジと多く関わるキャラクターとしては、ウェリントン公や、バイロン卿などが登場するのも楽しいところです。

 物語の語りも独特です。章ごとの境目に、本文に付けられた「注」の内容が付けられる形式になっています。作中で言及された人物や書物、魔術などについて記述されるのですが、この「注」の部分で、架空の英国魔術の歴史が語られていくのです。過去の魔術師の伝説や記録、魔術に関わる出来事など、その「注」の中で短い物語が展開されることも多く、こちらで言及されるエピソードは、本文の物語以上にファンタスティックなものが多いです。
 本文の語り自体も悠々としたもので、ある種「展開が遅い」と感じられる方もいるかと思うのですが(特にノレルが中心となった一巻)、このユーモアに満ちた語り口自体がとても魅力的で、はまる人ははまってしまうかとも思います。

 英国魔術は復活するのか? ノレルとストレンジ、二人の魔術師の対立はどうなるのか? 妖精たちの力とはどのようなものなのか? <大鴉の王>は戻ってくるのか? 多様な要素が多彩なキャラクターと共に展開し、最初から最後まで飽きさせない、魅力的な物語となっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

あり得なかった人生  マルセル・ティリー『時間への王手』
zikannhenooute.jpg
 マルセル・ティリー『時間への王手』(岩本和子訳 松籟社)は、特殊な機械により、過去のワーテルローの戦いを観測しようとする男たちの計画を描いた、ベルギーの幻想SF小説の古典です。

 1935年、35歳になる鉄鋼卸売業者ギュスターヴ・ディウジュは、ベルギー北端のオステンドの町で、数十年ぶりに旧友アクシダンと再会しますが、彼から英国人物理学者レスリー・ハーヴィーを紹介されます。ハーヴィーによれば、独自に開発した機械により、過去の時代を観測することができるようになったというのです。出資を求められたディウジュは彼らに協力することになります。
 ハーヴィーの直接的な目的は、100年以上前のワーテルローの戦場の様子を「見る」ことでした。かの戦いに参加していた彼の曾祖父ダグラス大尉は、その行動によりウェリントンの退却を促し、それがナポレオンの勝利につながったというのです。曾祖父の「無実」を証明するため、その事実を確認したい、というのがハーヴィーの悲願でした。
 実験によって過去の時代を覗くことに成功しますが、その一方で、事業を放りっぱなしで実験に夢中になっていたディウジュの事業は破産に瀕していました…。

 ベルギー幻想文学の流れを汲む作家の一人、マルセル・ティリー(1897-1977)の時間テーマのSF幻想小説です。 1815年のワーテルローの戦いが、我々の知る歴史とは異なった結果に終わった世界、具体的にはナポレオン率いるフランス軍が勝利した世界を舞台にした歴史改変作品です。

 主人公ディウジュが旧友の教師アクシダンから紹介された英国人物理学者ハーヴィーは、自身が発明した装置により、過去のワーテルローの戦いを実際に目にしようとします。ハーヴィーの曾祖父ダグラス大尉の行動がナポレオンの勝利につながったと言われており、その汚名を返上するために事実を確認したい、というのがハーヴィーの願いだったのです。
 三代目の経営者として、会社を傾かせてしまっていた主人公ディウジュは、現実逃避気味に、ハーヴィーの実験に夢中になってしまいます。
 中心となる三人の男性のほかに、物語の重要なキャラクターとして登場するのが、ハーヴィーが住む家の管理人の女性リザ。未婚の母だったリザは、かって子どもを事故で亡くしており、そのトラウマから精神を病んでいるのです。リザもまた、ハーヴィーたちから知らされた実験に気を惹かれるようになっていきます。後半の展開には、リザが重要な役目を果たすことにもなります。

 序盤でのディウジュの語りから、実験が成功したこと、何らかの原因で歴史の改変がなされてしまったことが明かされており、なぜそうした事態に至ったのか…ということが、徐々に語られていきます。
 最初は歴史的な事実を確認するのが主目的だったものの、リザの過去のこともあり、段々と歴史そのものを変えられないのか?という考えがハーヴィーたちの頭に入り込んでくることになります。その目的は実現されることになるのですが、それが彼らの考えていた形とは異なる形で成就してしまう…という点で、全体的に「悲劇」の様相が濃いお話となっていますね。
 主人公ディウジュは、親から受け継いだ会社の経営者となっていましたが、事業は傾き、破産の危機に瀕していました。ハーヴィーの実験に一方ではロマンを感じ、一方では実用的な価値を感じて協力することになりますが、そののめり込み方には、ある種の「破滅願望」的な部分も感じられます。

 後半では、世界が「改変」され、歴史が変わってしまったことが分かりますが、改変後の世界に立ち会ったディウジュが見た「変わったもの」と「変わらなかったもの」とは何なのか? 人間の人生のはかなさと脆さ、意外にも変わらない世界の堅牢さ…。数人の人間たちの不思議な巡り合わせを描いた、運命奇譚としても読めるでしょうか。
 SF的な題材が扱われるのですが、メインとなるのは世界の変革とそれによる人間たちの運命の変転。そういう意味では、幻想小説的な感触が強い作品となっていますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

同人誌『テーマ別バラエティブックガイド』刊行のお知らせ
2サンプルvariety_hyoushi 見開きサンプルvariety_honbun-5 見開きサンプルvariety_honbun-38 見開きサンプルvariety_honbun-13
 新しく、同人誌を作成することにしました。タイトルは『テーマ別バラエティブックガイド』です。
 テーマ別に様々なフィクション作品のレビューをまとめたブックガイドです。小説だけでなく、漫画や映画作品についても紹介しています。〈破滅SF〉や〈変身譚〉のようにテーマとして認知されているものもありますが、著者独自の関心によるテーマでまとめているものもあります。また、特定のシリーズや雑誌について紹介している章もあります。
 各章の簡単な内容紹介については、下の方で紹介していますのでご参照ください。


 通信販売は、以下のお店で扱っていただく予定です。印刷完成は8月下旬ごろを見込んでいます。

書肆盛林堂さん
CAVA BOOKS(サヴァ・ブックス)さん
享楽堂さん

※まだ販売ページには反映されていませんが、CAVA BOOKS(サヴァ・ブックス)さんのみ、事前に予約受付をしています。

仕様は以下の通りです。

『テーマ別バラエティブックガイド』
サイズ:A5
製本仕様:無線綴じ
本文ページ数:260ページ(表紙除く)
表紙印刷:カラーオンデマンド
本文印刷:モノクロオフセット
表紙用紙:アートポスト200K
本文用紙:書籍72.5K(クリーム)
表紙PP加工あり
頒布価格:2300円

内容は以下の通り。

まえがき

破滅SFの愉しみ
変身譚をめぐって
モダンホラーの時代
ディーノ・ブッツァーティの不条理世界
欲張りな面白さ  「奇想天外」第1期
すれっからしのためのリスト  「別冊・奇想天外」
無限のエンディング
夢見る機械たち
大量消失の物語
速すぎる時間と遅すぎる時間
永劫の時間をめぐる物語
よりぬきバベルの図書館
暗闇をめぐる物語
ボタンさまざま
二つの「弾丸」をめぐって
〈ループもの〉作品概観
レイ・ブラッドベリの叙情世界
ブラッドベリ作品との出会い
印象に残るブラッドベリ作品
ブラッドベリと焚書
ブラッドベリの昼と夜
映像化作品について
無人の家の物語
『ジェニーの肖像』をめぐって
月の光の物語 武宮閣之の幻想世界
多重分身譚について
翻訳短篇エトセトラ
ジェイムズ・パウエル「クレーベル警部の殺人分析」
ブレンダン・ドゥボワ「夜が冷たさをます時」
ロバート・アーサー「マニング氏の金のなる木」
ミリアム・アレン・デフォード「ひとり歩き」
C・B・ギルフォード「ラブレター」
C・B・ギルフォード「探偵作家は天国へ行ける」
ヴィクター・カニング「壁をぬけて」
エリオット・ケイポン「当たりくじは当たりくじ」
ジョゼフ・ペイン・ブレナン「人体浮揚」
エアンド・ビンダー「アイアン・マン」
チェット・ウィリアムスン「シーズン・パス」
ジョン・K・クロス「義眼」
ローレンス・トリート「拾った町」
ジョン・コリア「天使と悪魔と青年と」
ジョン・コリア「奇術師フレイザーの運命」
ローズ・ミリオン・ヒーリー「ものあて遊び」
フレデリック・ダール「バベル」
マイクル・クライトン「世界最強の仕立屋」
ウィリアム・バンキアー「過去から来た子供」
D・S・デイヴィス「紫色の風景画」
W・C・モロー「アブサンの壜の向うに」
W・C・モロー「不屈の敵」
アン・ベイヤー「血縁」
ボブ・レマン「窓」
ワシントン・アーヴィング「ドイツ人学生の冒険」
ケネス・ゲイヴレル「チェスの勝者」
ジョーン・エイキン「マーマレードワイン」
マーク・トウェーン「幽霊」
トーマス・M・ディッシュ「読書する男」
ワレーリイ・ブリューソフ「生き返らせないでくれ」
ロバート・エイクマン「案内人」
アーサー・キラ=クーチ「プシュケー」
ガストン・ルルー「三つの願い」
モーリス・ルナール「甘ったるい話 残酷な愛」
モーリス・ルナール「彼女(エル)」
モーリス・ルナール「死の蝶(パピヨン)」
J・N・ウィリアムスン「ワードソング」
アメリア・B・エドワーズ「4時15分発急行列車」
トーマス・バーク「小さな顔」
アーネスト・ブラマ「絵師キン・イェンの不幸な運命」
ウィルキー・コリンズ「悪魔の眼鏡」
アンブローズ・ビアス「ふさわしい環境」
シャーロット・マクラウド「執念」
ジャック・ロンドン「千通りの死」
メアリ・E・ウイルキンズ=フリーマン「南西の部屋」
ガイ・N・スミス「うつろな眼」
ガイ・N・スミス「インスマスに帰る」
リチャード・マシスン「死の部屋のなかで」
アリクス・E・ハーロウ「魔女の逃亡ガイド ―
実際に役立つ扉(ポータル)ファンタジー集」
マイクル・シェイ「検視」
アン・マッケンジー「さよならをいわなくちゃ」
マルセル・エイメ「恩寵の状態」
マルセル・エイメ「ひと組の男女」
フレドリック・ブラウン「後ろを見るな」
シャーリイ・ジャクスン「お決まりの話題」
ブライアン・W・オールディス「見せかけの生命」
クリフォード・D・シマック「死の情景」
クリフォード・D・シマック「建国の父」
パット・マーフィー「恋するレイチェル」
パット・キャディガン「ふたり」
バリントン・J・ベイリー「大きな音」
ティム・パワーズ「丘をおりる道」
デイヴィッド・ブリン「異形の痕跡」
ケイト・ウィルヘルム「花の名前」
ケヴィン・J・アンダースン「最愛の記憶」
ブライアン・ステイブルフォード「枕もとの会話」
マーガレット・アーウィン「写本」
L・A・ルイス「嬰児」
L・A・ルイス「海泡石のパイプ」
G・L・タッソーネ「312号室」
ジェイムズ・P・ブレイロック「十三の幻影」
ウォルター・デ・ラ・メア「緑の部屋」
レイ・ブラッドベリ「板チョコ一枚おみやげです!」
マリー・E・カウンセルマン「三つの銅貨」
シオドア・スタージョン「憑きもの」
ジョージ・バーナード・ショー「奇跡の復讐」
エリック・リンクレイター「忌まわしき呪い」
スティーヴン・キング「N」
シオドア・ドライサー「復讐の手指」
J・S・レ・ファニュ「妖精にさらわれた子供」
J・S・レ・ファニュ「白い猫」
J・S・レ・ファニュ「マダム・クロウルの幽霊」
J・S・レ・ファニュ「オンジェ通りの怪」
R・L・スティーヴンソン「嘘の顛末」
R・L・スティーヴンソン「ある古謡」
R・L・スティーヴンソン「メリー・メン」
R・L・スティーヴンソン「ファレサーの浜」
R・L・スティーヴンソン「オララ」
F・ド・ラ・モット・フケー「地獄の小鬼の物語」
ジョン・クルーズ「十月の蛾」
ジーン・ロルダ「恋人たちよ!」
ロード・ダンセイニ「過失致死」
エリザベス・ウォルター「旅は道づれ」
マイクル・ディブディン「家族の死」
ミハイル・ゾシチェンコ「オーバーシューズ」
ヴェニアミン・カヴェーリン「魔法にかかった少女の秘密」
ポール・アーンスト「奇妙な患者」
A・E・コッパード「ピフィングカップ」
A・E・コッパード「虎」
A・E・コッパード「アダムとイヴ」
A・E・コパード「ハンサムなレディ」
ブライアン・オサリヴァン「お父ちやん似」
J・ティプトリー・ジュニア「もどれ、過去へもどれ」
テオフィル・ゴーチェ「魔眼」
テオフィル・ゴーチェ「死女の恋」
J・H・ロニー兄「吸血美女」
ジャック・リッチー「オレンジ連続殺人事件」
ジャック・フィニイ「従兄レンの驚異の形容詞壺」
エド・ゴーマン「すべての終わり」
H・G・ウェルズ「時の探検家たち」
H・G・ウェルズ「不案内な幽霊」
H・G・ウェルズ「コーン」
ロバート・ブロック「ポオ蒐集家」
テフィ「ザリガニが鳴いたときに クリスマスの怪談」
アレクサンドル・グリーン「父と娘の新年の祝日」
アレクサンドル・グリーン「リッスの船」
ポール・フェバール「罰(ばち)あたりっ子(こ)」
モーリス・ルブラン「記憶のある男」
アレクサンドル・ベリャーエフ「抱腹絶倒王」
H・S・ホワイトヘッド「開かずの間」
ロバート・エイクマン「とけいもり」
マルセル・エメ「万年ビリのマルタン君」
L・P・ハートリー「白鳥たちの川」
マイクル・アレン「アメリカから来た紳士」
トーマス・バーク「唖妻」
シェーン・ジライヤ・カミングズ「プラハの歌声」
B・トレヴィン「空缶物語」
トリスタン・ベルナール「嘆きのハムレット」
モーリス・デコブラ「青春」
R・クロフト・クック「一周忌」
アーチー・ビンズ「十人目」
H・ホーン「新聞」
フレデリック・ブーテ「緑衣の淑女」
S・A・ステーマン「作家の最期」
モーリス・ブラクス「アリバイ難」
ラルフ・アダムズ・クラム「死の谷」


以下、各章の内容を簡単に紹介します。

●破滅SFの愉しみ
天災などにより人類社会や文明が滅んでしまうという〈破滅SF〉小説について、主に英米で書かれた作品を紹介しています。

●変身譚をめぐって
人間が別の存在や動物・植物などに変身してしまうという〈変身譚〉をいくつか紹介しています。

●モダンホラーの時代
モダンホラー小説を集めたシリーズ《モダンホラー・セレクション》(ハヤカワ文庫NV)について紹介しています。全タイトルの簡単な内容紹介と、同時期の〈モダンホラー〉関連の特集がされた雑誌についても紹介しています。

●ディーノ・ブッツァーティの不条理世界
イタリアの異色作家ディーノ・ブッツァーティの代表的な作品いくつかについて、簡単に内容を紹介しています。

●欲張りな面白さ  「奇想天外」第1期
かって刊行されていたSF雑誌「奇想天外」の第1期について紹介しています。

●すれっからしのためのリスト  「別冊・奇想天外」
SF雑誌「奇想天外」の別冊企画として刊行されていた「別冊・奇想天外」について紹介しています。

●無限のエンディング
分岐する物語や結末だけの物語など、不思議なエンディングを扱った物語を紹介しています。

●夢見る機械たち
不思議な道具や機械をモチーフに描かれた物語を紹介しています。

●大量消失の物語
人間が大量に消失してしまうというシチュエーションを扱った物語を紹介しています。

●速すぎる時間と遅すぎる時間
時間の速度が速くなったり、遅くなったりするアイディアを扱った物語について紹介しています。

●永劫の時間をめぐる物語
現実世界では人間が過ごすことのできない、長期に亘る時間を過ごす物語を紹介しています。

●よりぬきバベルの図書館
ボルヘスが選んだ個人全集《バベルの図書館》について、よりぬきで面白い巻を紹介しています。

●暗闇をめぐる物語
暗闇をテーマとした物語について紹介しています。

●ボタンさまざま
リチャード・マシスンの短篇 Button, Buttonについて、その映像化作品や類似テーマ作品について紹介しています。

●二つの「弾丸」をめぐって
ベン・ボーヴァとクルト・クーゼンベルク、類似のテーマを持った二作家の短篇を取り上げ、その取り扱い方の違いについて考察しています。

●〈ループもの〉作品概観
同じ時間を何度も繰り返すという〈ループもの〉作品を紹介しています。

●レイ・ブラッドベリの叙情世界
アメリカの作家レイ・ブラッドベリの作品について、いくつかの章に分けて語っています。

●無人の家の物語
無人の家で過ごす人間を描いたフィクション作品について紹介しています。

●『ジェニーの肖像』をめぐって
ロバート・ネイサンのファンタジー小説『ジェニーの肖像』とその映画化作品、影響を受けたオマージュ・パスティーシュ作品について紹介しています。

●月の光の物語 武宮閣之の幻想世界
1990年代「ミステリマガジン」において、いくつかの短篇幻想小説を発表した武宮閣之の作品について紹介しています。

●多重分身譚について
人間の分身が多重に生まれるという〈多重分身譚〉について紹介しています。

●翻訳短篇エトセトラ
雑誌に訳載された短篇や、個々の作品集から拾い読みした短篇など、時代も国もバラバラに翻訳短篇を紹介するコーナーです。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

身も凍る物語  高橋克彦『私の骨』
watasinohonekadokawabunko.jpg
 高橋克彦『私の骨』(角川文庫)は、バラエティ豊かなホラー小説が集められた短篇集です。

「私の骨」
 「私」は警察の連絡を受けて実家のある森岡に戻ることになります。両親は既に亡くなっており、叔父の手配で実家が売れた矢先、家の床下から人骨が入った壺が出てきたというのです。しかもその骨壺には、なぜか「私」の生年月日が記されていました…。
 実家の床下から掘り出された人骨は「私」のものなのか…? 両親亡き今、それを知るものは誰もいません。いろいろと可能性が取り沙汰されますが、やがて現れてくるのは旧家に残る恐ろしい因習なのです。
 恐怖度の高いホラー小説なのですが、「呪い」を使わざるを得なかった人間の切ない思いも表れてくるという点で、情の深い作品にもなっています。

「ゆきどまり」
 「ぼく」は深夜に車同士の接触事故を起こしてしまいます。相手の車を救助に向かいますが、乗り込んでいた男女のうち、男は既に死亡していることを見て取ります。珠紀と名乗った女を助けた「ぼく」は警察に連絡しようと近くの宿を訪れますが、電話は不通だといういうのです。
 仕方なしに宿に泊まることになった「ぼく」と珠紀でしたが、宿の様子はどこかおかしいのです…。
 自動車事故をきっかけとして一緒に行動するようになった珠紀と「ぼく」。訪れた宿やその客たちはどこかおかしく、一体何が起こっているのか分からなくなってくる…という不条理怪談です。「真相」が分かった後には、不思議な感動も感じられます。

「醜骨宿(しこほねやど)」
 小説家の「私」は、文通で知り合った男斉藤が入院したとの報を受けて、秋田の鹿角市を訪れます。斉藤の娘の桔梗によれば、彼は平将門の残したと言われる黄金の伝説を追い続けているというのです。
 この付近には、黄金の墓を守り、骨となって今も生きている女たちのいる屋敷「屍宿」の伝説が伝わっているというのですが…。
 平将門の黄金伝説と、将門の娘である滝夜叉姫伝説をモチーフにした伝奇ホラー作品です。様々な伝説や言い伝えがつながってくる後半の展開はスリリングです。

「髪の森」
 テレビディレクターの「私」は、知り合いのルポライター山崎が行方不明になっていることを知り、彼の行方を捜します。八甲田山の山中で不思議な「隠れ館」に遭遇したという老人の話を聞いた山崎はそれを探していた節があるのです。現地に向かった「私」は、タクシーの運転手から、山崎が泊まったであろう宿の主人を紹介してもらいますが、主人はそんな男は来たことがないというのです…。
 山中の「隠れ館」をめぐって展開される怪奇小説です。現地の人々が主人公の調査を妨害するのには理由があるのか? そもそも伝説の実態は? といったところで、恐怖度の高い作品になっていますね。
 怪異現象とは別に、科学的な解釈も同時に示される部分も興味深いです。

「ささやき」
 放送作家の「私」は、有名な霊能力者の薦めにしたがって、地元でもある岩手県の奥地を訪れます。地元民の「私」も聞いたことのない「ささやき」という木の伝説が、そこにはあるというのです。それは、木の洞に入って耳を澄ませると、やがて自分の声で本人にしか分からないはずの話が耳打ちされるという伝説でした。
 旧友の店で飲んでいるところ、知り合いだという女性が現れます。彼女は、かって「私」が高校生の頃に付き合い、捨てた女性由紀子の友人だというのですが…。
 伝説の下調べに訪れた放送作家が、その過程で少年時代の恋人との恋愛を思い出し、霊現象に巻き込まれていくという作品です。意外な真相が現れるところはミステリ的です。

「おそれ」
 作家とその知り合いである編集者、友人の医者など、数人の人物が自ら知る怪談を順番に語っていく…という、いわゆる「怪談会」形式で描かれたホラー作品です。
 オーソドックスな幽霊譚でも工夫が凝らされており、逆立ちする女の幽霊や、箪笥の抽斗の内部の祖母の霊などにはインパクトがありますね。最後の語り手が語るエピソードには思わぬ仕掛けがされており、それが落ち着いた段階でさらに仄暗い結末が待ち構えているなど、ダークな味わいの作品となっています。

「奇縁」
 有名な弁護士の「私」は、追突事故で被害を受けたことから知り合った男、角田と奇妙な縁が出来ていました。加害者でありながら、ひたすら誠意を見せ続ける角田の態度にほだされ、いつの間にか妻も含めて彼と友人関係のようになっていたのです。
 製材業者で村会議員でもある角田の村では家具作りが主幹産業となっていました。高級家具として売り出すメーカーとの間で、価格面での不満を持つ村人たちは、独自のルートで家具を販売しようとしますが、それが詐欺事件のような形で問題化してしまいます。
 角田と村の窮状を知った「私」は、家具メーカーと戦うべきだと裁判の弁護を買って出ることになりますが…。
 人の良い男と、意気に感じて協力する弁護士が村の危機を救う…という、非常に良い話に見えながら、影では思いもかけない「陰謀」が進行していたという、ブラックなお話となっています。
 善人と見えたある人物が、実のところサイコパスに近い人物だった…という点で怖いお話になっています。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

魔女の物語  サイトウ ケンジ『魔女の怪談は手をつないで 星見星子が語るゴーストシステム』
mazyonokaidannhatewotunaide.jpg
 サイトウ ケンジ『魔女の怪談は手をつないで 星見星子が語るゴーストシステム』(MF文庫J)は、『魔女の怪談話』に巻き込まれた少年少女が、怪談を「解決」しようとする物語です。

 人気配信アイドル星見星子の趣味は怪談でした。しかもただ受け身で聞くのではなく、その怪談をもっと怖くするために、変わった方向から細部を追及するのが常でした。星子と幼なじみの「僕」がファミレスでオカルト話を話し合っていたところ、魔女を名乗る少女『あーちゃん』が現れます。
 『あーちゃん』は、それを聞いた者を実際の怪談の現場に送り込むことのできる『魔女の怪談話』をすることを提案します。二人は好奇心からそれを体験したいと考えますが、怪談話には条件がいくつかありました。一・決して手を離してはいけない。二・同じ怪談話は二度までしか聞いてはいけない。三・一日で聞ける話は三話まで。
 星子と「僕」は話される怪談の話の中に実際に入り込み、直接怪異を体験することになりますが、星子は怪談を「解決」したいと、もう一度同じ話を聞くことになります…。

 実際の現場に入り込むことのできる『魔女の怪談話』を体験することになった少年少女がそれを解決しようとする、ホラーミステリ作品です。
 魔女を名乗る少女『あーちゃん』の力によって、語られる怪談話の世界に入り込んだ星子と「僕」。「僕」はその怪異におののく一方、星子は興味津々でその怪談を「解決」したいと息巻きます。
 『魔女の怪談話』では、怪異とそれを受ける被害者のいる現場に、第三者的な立場で侵入することができます。また二度同じ現場に行くことが可能になっており、一度目の体験で疑問に感じた点を再度調べることができるのです。
 怪異がどのように起こったのか、その原因は何だったのか、といった点を、いわば再現VTRのように体験できる、というのが特色です。星子と「僕」が探偵とその助手役となって怪異の謎を探っていくという形になっています。理知的に怪異に対応する、という意味で、怪異現象自体にはそれほど恐怖感はありません。

 面白いのは、この怪談話自体にメタフィクショナルな要素があるところ。語られる怪談は実際の事件や登場人物が反映されているらしいのです。ただ、怪談がほぼ事実が反映されているのか、改変がされているのか…。どこからどこまでが事実で虚構なのかが分からないため、星子が解き明かそうとする「謎」の解決方法もなかなか分からない、というのが読みどころですね。 また、怪談を聞くためのいくつかのルールにも隠された意味合いがありそうで、しかも話を語る『あーちゃん』の意図も不明なのです。

 後半では、現実と虚構、事実と怪談の境目もあやふやになってくるという、目の回るような展開が待っています。怪談そのものよりも、怪談を語るという行為そのものがテーマとなった作品であり、そうした入れ子になった語りの構造そのものに恐怖感が発生する、というユニークな作品になっています。

 タイトルの「手をつないで」は、怪談のルールを聞く際のルールの一つに、二人一組で手をつないで聞く必要がある、というところから来ています。一人で聞いたり、手を離すと、永遠に怪談の世界に閉じ込められて、いずれ消滅してしまう、というのです。
 こうした提示されたルールから、自分たちの置かれた状況を推測する、というあたりにも知的な面白さがありますね。
 ライトノベル枠で出版されている作品ですが、なかなかに凝った設定で、読ませる作品だと思います。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第44回読書会 参加者募集中です
2aamondonoki.jpg

こちらの読書会は定員になりましたので、締め切らせていただきます。(2023.07.08)

 2023年7月22日(土)に「怪奇幻想読書倶楽部 第44回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp
メールの件名は「読書会参加希望の件」とでもしていただければと思います。


開催日:2023年7月22日(土)
開 始:午前10:00
終 了:午後12:30
場 所:JR中野駅周辺のカフェ(東京)
参加費:1500円(予定)
課題書 ウォルター・デ・ラ・メア『アーモンドの木』(和爾桃子訳 白水Uブックス)


※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※対面型の読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。
※扱うジャンルの関係上、恐縮ですが、ご参加は18歳以上の方に限らせていただいています。


 今回は、課題図書としてウォルター・デ・ラ・メア『アーモンドの木』を取り上げます。暗示に富んだ作風で知られるデ・ラ・メア、非常に読み解き甲斐のある作家ではないでしょうか。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

アポリネールのコント・ファンタスティック  ギヨーム・アポリネール『拾遺コント集』
aporineeruzensyuunikan.jpg
 フランスの詩人・作家ギヨーム・アポリネールは、ブラック・ユーモアに富んだ幻想的な短篇小説を多く書き、それらは生前に刊行された短篇集『異端教祖株式会社』『虐殺された詩人』に収められました。
 ただ、これら二つの短篇集に収められなかった短篇も多く存在し、それらは『拾遺コント集』(窪田般彌訳『アポリネール全集Ⅱ』青土社 収録)として翻訳もされています。こちらを紹介していきたいと思います。

 浮気を疑われ失踪した妻が数十年後に夫に復讐を遂げるという「アイゼンベルク伯爵夫人」、妻子の敵として英国人を憎む男が私掠船を組織し、英国船を沈め続けるという「英国野郎(ミロール)のクリスマス」、駅に留め置かれた御者が何年も駅に留まり客が戻ってくるのを待ち続ける「《ジオコンダの犠牲者》によるサン・ラザール駅のロビンソン・クルーソー」、戦死した男の影のみが生き続け町を彷徨い続けるという「影の散歩」、もう助からないと見放された病人が回復してしまったことから思わぬ犯罪が発生する「オレンジエード」、手や眼、口など必要に応じて人体の各パーツを付け加える医者たちを描く「整形外科」、幼児を急速に成長させる療法が描かれる「甲状腺療法」、結婚生活をわざと破綻させ賠償金をむしり取る女の物語「妖婦」、人間の熱エネルギーによって動く列車の物語「戦争列車」、魔法によって人間になったシンデレラの供廻りたちのその後の人生が語られる「シンデレラの供廻り または鼠と六匹の蜥蜴」、不遇な女性と鉢植えの物語「鉢植え」、デザイナーによって生み出された透明な布地が話題を惹き起こす「〔目に見えない布地〕」などを面白く読みました。

 「《ジオコンダの犠牲者》によるサン・ラザール駅のロビンソン・クルーソー」は<奇妙な味>の物語。
 資産家パンドヴァン氏は辻馬車を拾い、サン・ラザール駅に向かいます。御者に待っていてほしいと伝え駅に入りますが、列車が発車する直前だったため、荷物は御者がスーツケースの住所を発見して、後で請求してくるだろうと考え、そのまま出かけてしまいます。一方、御者のルディオールは、駅の前で待ち続け、その場所で生活を始めます。何年も待ち続けるルディオールでしたが…。
 客を待ち続けるため、何年も駅前で待ち続ける御者を描いた物語です。帰ってくるかも分からない客を待つのに、その生活は意外と楽しそうなですよね。思わぬハッピーエンドにも笑ってしまいます。

 「影の散歩」は幻想的な物語。
 ある日、通りを影だけが歩いているのを見て驚いた「私」はその後を追いかけます。シルエットからするとその影は青年のようなのです。影はある若い娘のもとを訪れてしました。娘が言うには、戦争で死んだ恋人の影のみが残り、町をうろついているというのです…。
 死後、青年の影だけが残って彷徨う…というお話です。哀切な雰囲気がある一方、影そのものの動きには、妙な軽やかさがあるのですよね。魅力的な幻想小説となっています。

 「シンデレラの供廻り または鼠と六匹の蜥蜴」は何とも魅力的なファンタジー。
 シンデレラの供廻りとして、魔法によって人間になった鼠と六匹の蜥蜴たち。人間のままに留め置かれた彼らは職業強盗となり、資産を貯えます。
 読書を趣味として教養を身に付けたリーダーのルラ(フランス語で鼠の意)は、部下たちに教育を施します。それぞれ画家、詩人、演奏家、舞踏家、彫刻家、建築家として身を立てた彼らは「諸芸術(レ・ザール)」とまで呼ばれるようになりますが…。
 人間になった鼠と蜥蜴たちが、思わぬ運命の導きで芸術家になるという、洒落たファンタジー小説です。ただ、幸福に死んだメンバーとそうでないメンバーに分かれてしまうあたりには哀切な雰囲気もありますね。

 この『拾遺コント集』『異端教祖株式会社』『虐殺された詩人』に劣らず魅力的な短篇揃いでした。こちらも独立した形で読めるようにしてほしいところですね。

 ついでに、アポリネールの中篇「腐ってゆく魔術師」(窪田般彌訳『アポリネール全集Ⅱ』青土社 収録)も紹介しておきたいと思います。

 悪魔と人間の女の間に生まれた魔術師メルランは、湖底の女王ヴィヴィアーヌに恋をしますが、彼女から人を閉じ込める魔法を訊かれて、それを教えてしまいます。その魔法によって逆にメルランは森の墓場に幽閉されてしまいます。不死の魂を持つメルランですが、その肉体は段々と腐り始めていました…。

 アーサー王伝説をもとに、魔術師メルラン(マーリン)をテーマにした幻想的でシュールな物語です。恋人に裏切られ地中に封じられた魔術師メルランが、自身の肉体が腐るのを認識しながら、自身の墓場に来た者たちと対話する…という、グロテスクかつシュールな物語です。
 メルランの魂のみが他の者たちと対話を繰り広げるのですが、対話の相手として、彼を封じ込めた当人の湖底の女王の他に、人間、動物たち、怪物や神話的な人物さえもが現れます。
 登場人物たちの名前が示され、彼らの会話が示されるという戯曲形式で書かれています。メルランと対話をする場合もあれば、やってきた人物の独白になるというパターンもあります(独白のパターンの方が多いですね)。対話の内容も象徴的・詩的なもので、そこに物語的な展開があったり、哲学的な思索が交わされたりするわけではありません。
 時代も無視して現れる人物もあったりと、かなりシュールなお話になっています。
 次から次へと新しい登場人物(動物)が現れては話していき…という、かなりまとまりのない形式で、そこに意味を読み取るのがなかなか難しい作品にはなっていますね。
 度々メルランと湖底の女王との会話がなされますが、二人の間に相互理解が訪れることはありません。閉じ込められながらも愛情を失わないメルランと、裏切りながらもまだ惹かれている部分がないではない女王。互いに求めながらも二人の関係は平行線をたどり続ける…という点では、男女の愛情の関係性を詩的・寓話的に描いた作品、といえるかもしれません。
 ただ、そうしたテーマを読み取るには「夾雑物」(といっていいか分かりませんが)がやたらと多いのは確かなのですよね。
 芝居形式で描かれていることや、多くの登場人物が現れることなどから、題材としては悲劇的なテーマなのですが、意外と祝祭的な雰囲気があるのも面白いところです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

いたずらっ子の饗宴  ヴィルヘルム・ブッシュ『ブッシュの絵本』
bussyunoehonn001.jpg bussyunoehonn002.jpg
 ヴィルヘルム・ブッシュ『ブッシュの絵本』(上田真而子訳 岩波書店)は、ドイツの風刺画家・作家ブッシュ(1832-1908)の絵本作品三冊『マクスとモーリツのいたずら』『いたずらカラスのハンス』『いたずら子犬ポシャンとポトム』をまとめた箱入り本です。
 絵と文章がセットになった絵本形式の作品なのですが、多くの絵が連続して展開されるのと、そのデフォルメの効いたタッチからは、現代のマンガに似た感性を感じさせます。実際、現代のコミックの元祖の一人としても位置づけられている人のようです。

 『マクスとモーリツのいたずら』はブッシュの代表作で、最も人気のあった作品です。いたずら好きの少年マクスとモーリツがいたずらを繰り返し、その顛末が語られていくというブラックなお話です。彼らのいたずらは質が悪く、動物が死んでしまったり、巻き込まれた人が大怪我をしたりと、その被害も甚大。悪事を繰り返す少年二人も結局は死んでしまいます(その最期もブラック・ユーモアたっぷりですね)。

 『いたずらカラスのハンス』は、少年フリッツがつかまえてきた子ガラスのハンスがいたずらを繰り返し、フリッツやそのロッテおばさんに迷惑をかけ続けます。こちらもいたずら好きの子ガラスが騒動を巻き起こすという物語。
 『マクスとモーリツ』に近いブラックさがあり、実際いたずらを繰り返したハンスはあえなく最期を遂げてしまう…というあたりも『マクスとモーリツ』風味です。
 併録された「アイスペーター」は、吹雪の中に無理にスケートに出かけた少年がカチコチに凍ってしまうという短篇です。こちらもブラックな味わいですね。

 『いたずら子犬ポシャンとポトム』は、池に落ちて死にそうになっていた子犬ポシャンとポトムが、幼い兄弟パウルとペーターに助けられて、彼らの家で暮らすようになりますが、いたずら好きの性質を発揮して様々な騒動を惹き起こす、というユーモア絵本。
 兄弟たちも結構わんぱくなのですが、子犬たちの方はさらに輪をかけてわんぱくであり、その過程が楽しく描かれていますね。いたずら好きとはいえ、子犬たちのキャラクターも可愛らしく描かれています。

 主人公が人間にせよ動物にせよ、いたずら好きでわんぱくな存在が周囲に迷惑を引き起こす…というのが一つの型になっています。解説によると、作者のブッシュは晩年に近づくにつれてペシミスティックになっていったらしく、作品の傾向も変わっていったようです。
 『マクスとモーリツのいたずら』『いたずらカラスのハンス』が徹底してブラックな味わいだったのに対して、晩年に近い頃に書かれたという『いたずら子犬ポシャンとポトム』では、教訓臭が強くなっており、最終的には犬も少年も矯正されて「真面目」になってしまう…というのも妙な味わい。

 ヴィルヘルム・ブッシュは小説も書いていて、日本でもファンタジー小説『エドワルドの夢』(矢川澄子訳 月刊ペン社)が、ファンタジーの叢書《妖精文庫》から刊行されていました。こちらの本にも、絵本作品がいくつか収録されています(全てモノクロです。岩波書店版はオールカラー)。
 『エドワルドの夢』に収録されている絵本作品は 「マクスとモリツ」「カエルとカモ」「カラスの巣」「ジオゲネスと子供」「いたずらハインリヒ」。岩波版と月刊ペン社版、どちらも片方にしか収録されていない作品がありますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

生の闘争  マックス・ブルックス『モンスター・パニック!』
monsutaapanikku.jpg
 マックス・ブルックスの長篇『モンスター・パニック!』(浜野アキオ訳 文藝春秋)は、火山の噴火で孤立した共同体が、怪物たちに襲われるというパニック・ホラー作品です。

 レーニア山の噴火によって、周辺の町は多大な被害を受けていました。トニー・デュラントによって創設されたコミュニティ<グリーンループ>は、直接的な被害は受けなかったものの、周囲から隔絶され、食料も乏しくなっていました。
 災害の発生を機として指導力を失ったトニーに代わり、彫刻家のモスターがリーダーシップを発揮するようになります。夫のダンと共に<グリーンループ>で暮らしていたケイト・ホランドは、無職で無気力になっていたダンが思わぬ力を発揮するのを見て驚きます。
 モスターの指示のもと、住民たちが協力し合い、生きる目途がつき始めたころ、共同体を怪物たちが襲います。それは火山の噴火を機に移動してきた「ビッグフット」の群れでした…。

 災害によって孤立した共同体を、怪物「ビッグフット」たちが襲う、というパニック・ホラー作品です。
 物語前半では、孤立した住民たちのサバイバルがメインに描かれていきます。救援がいつ来るかは不明であり、食料は乏しくなっていきます。しかも冬が迫ってきているのです。カリスマ的なリーダーと思われたトニーとその妻イヴェットは全く役に立たず、引きこもってしまう始末。
 代わりに、変人だと思われていた彫刻家モスターが指導力を発揮し、生きるための備えを始めます。多少の疑心暗鬼はあるものの、トニー夫妻を除く住民たちが協力し合い、
生活の目途が立ったかと思われた直後に、怪物たちが人々を襲うことになるのです。

 この「ビッグフット」たちは、人間の何倍もの力を持つという強力な生物。素手で人間の体を骨ごと砕いてしまうのです。後半では、彼らの襲撃から生き延びることができるのか? という命がけのサバイバルが展開されます。
 ろくな武器もなく、物資もない中で、いかに武器や罠を用意して彼らと戦うのか? 人々の工夫で怪物たちを撃退しようとする工夫が描かれる部分は面白いですね。

 また、怪物たちとの戦いのなかで、共同体の人々の思わぬ人間性や勇気が明らかになり、人々同士の友情や愛情も現れてきます。
 特にクローズアップされるのは、語り手ケイトとその夫ダン。職を失い無気力になっていたダンが、危難に際して思わぬ力を発揮し、それを通してケイトとの夫婦の絆が再確認される…というのも良いですね。
 共同体唯一の子どもパロミノと、その養親カーメンとエフィーたちとの親子の情愛も描かれています

 物語の語りの形式も異色です。壊滅した<グリーンループ>の跡から、ケイトの残した手記が発見され、それをケイトの兄フランクが、マックス・ブルックスにメールで送ったというのです。ケイトの生死は明らかになっておらず、その捜索の手がかりになればと考えたといいまう。
 そのケイトの手記が、物語のメインの記述となっているのですが、その他にフランクや、手記を発見したレンジャー隊員ジョセフィーンの証言、コミュニティーや住人にまつわるメディア記事などが挟み込まれていき、リアルさを高める作りになっています。
 そうしたノンフィクション風味の語り口もあるのでしょうが、「ビッグフット」という、いささかB級な怪物が登場する作品ながら、作品自体の筆致は非常にリアルです。

 前半では閉鎖環境で災害から生き延びようとするサバイバル、後半では怪物たちから生き延びようとするサバイバル、それぞれ異なったサバイバルが描かれており、最後までサスペンスが持続し、気が抜けない物語となっています。
 友情や愛情、信頼と疑惑…。主人公を始めとする共同体の人々の間の関係性や心理などが描かれている部分にも読み応えがありますね。
 著者の前作『WORLD WAR Z』が多数の人々の証言から構成される作品だったのとは対照的に、本作では、ほぼケイト視点で話が進むため、ケイトとダン夫妻に感情移入して読みやすくなっており、それがまた緊迫感を高めるのにつながっているようです。
 様々な要素が詰め込まれた、力作エンターテインメントになっているのではないかと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

7月の気になる新刊
7月6日刊 ジョージ・ソーンダーズ『十二月の十日』(岸本佐知子訳 河出文庫 予価1320円)
7月12日刊 下楠昌哉編訳『妖精・幽霊短編小説集『ダブリナーズ』と異界の住人たち』(平凡社ライブラリー 予価1980円)
7月13日刊 大谷亨『中国の死神』(青弓社 予価2860円)
7月18日刊 エドワード・ケアリー『B 鉛筆と私の500日』(古屋美登里訳 東京創元社 予価2860円)
7月19日刊 テッド・チャン『息吹』(大森望訳 ハヤカワ文庫SF 予価1320円)
7月21日刊 ジャン=ルイ・ド・ランビュール『作家の仕事部屋』(岩崎力訳 中公文庫 予価1320円)
7月21日刊 ブレンダン・スロウカム『バイオリン狂騒曲』(東野さやか訳 集英社文庫 予価1595円)
7月21日刊 オクテイヴィア・E・バトラー『種蒔く人の物語』(大島豊訳 竹書房文庫 予価1430円)
7月21日刊 オクテイヴィア・E・バトラー『才有る人の物語』(大島豊訳 竹書房文庫 予価1430円)
7月24日刊 ジョゼ・サラマーゴ『見ること』(雨沢泰訳 河出書房新社 予価3525円)
7月24日刊 ピエール・マッコルラン『真夜中の伝統/夜霧の河岸』(昼間賢、渋谷豊訳 国書刊行会 予価6380円)
7月25日刊 杉江松恋監修『古典&最新ミステリガイド』(Pヴァイン 予価1980円)
7月26日刊 ヨハン・アウグスト・アーペル/フリードリヒ・ラウン/ハインリヒ・クラウレン『幽霊綺譚 ドイツ・ロマン派幻想短篇集』(識名章喜訳 国書刊行会 予価6380円)
7月26日刊 風間賢二『ホラー小説大全 完全版』(青土社 予価4840円)
7月28日刊 レイ・ブラッドベリ『何かが道をやってくる 新訳版』(中村融訳 創元SF文庫 予価1210円)
7月28日刊 足立和彦、村松定史『対訳 フランス語で読むモーパッサンの怪談 CD付』(白水社 予価3080円)
7月29日刊 ダニイル・ハルムス『ハルムスの世界』(増本浩子、ヴァレリー・グレチュコ訳 白水Uブックス 予価1870円)


 下楠昌哉編訳『妖精・幽霊短編小説集『ダブリナーズ』と異界の住人たち』は、ジェイムズ・ジョイス『ダブリナーズ』の短編を同時期に書かれた妖精・幽霊短編作品と併読するアンソロジー、とのこと。ユニークなコンセプトのアンソロジーですね。

 エドワード・ケアリー『B 鉛筆と私の500日』は、作者ケアリーがコロナ禍のなか、ツィッターに投稿された絵とエッセイがまとめられた作品集とのこと。500点もの絵が収録されているそうで、これは楽しみですね。

 ヨハン・アウグスト・アーペル/フリードリヒ・ラウン/ハインリヒ・クラウレン『幽霊綺譚 ドイツ・ロマン派幻想短篇集』は、バイロン、ポリドリ、メアリー・シェリーたちが集まったデオダティ荘の集いでも朗読されたという、ドイツの恐怖小説集の邦訳です。これは貴重な翻訳ですね。

 風間賢二『ホラー小説大全 完全版』は、ホラー小説の総合的なガイドブックの名著の新版。大幅な増補がされているそうですので、旧版を持っている人もマストバイです。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する