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異界のお仕事  佐藤達木『軟骨さん』
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 佐藤達木『軟骨さん』(GOTコミックス)は、質屋で、頭を人工の軟骨と交換した青年が不思議な体験をするというコミック作品です。

 金を使い込んでしまい生活にも困るようになった男、佐々藤汰津木(ササトウタツキ)は、質屋のチラシを見て、店があるというショッピングモールに出かけることになります。しかし質屋の主人は、普通の品物では質草にならず、その代わり、汰津木の頭が質草になるというのです。
 特殊な装置によって、人工の軟骨の頭部と頭を交換した汰津木は、それを借金の方に金を借りることになります。借金返済のための割のいいアルバイトも紹介するという店主の勧めに従って、バイトも始めることになりますが、それは現実世界に重なって存在する異世界での仕事でした…。

 質屋で頭部を人工の軟骨製のものに交換した男が、不思議な世界での体験に誘われることになる…という奇妙な味わいのコミック作品です。
 頭部を交換した主人公が不思議な体験をするのですが、実のところ、その頭部の変更自体はそれほど問題にならず、むしろそれをきっかけに異世界に入り込むことになる、という部分の方がメインに描かれていきます。

 質屋の主人からアルバイトを紹介され、それが異世界での仕事であるため、主人公がそちらに何度も行くことになるのですが、その異世界が異様で、軟骨の頭部に関しては目立たなくなってしまうほど。
 表面上の世界や住人の見た目はそれほど現実世界と変わらないものの、ところどころの現象や風習などが異様で、そのシュールさに目を奪われてしまいます。
 野生のティーカップ(生物のようなのです)を狩る仕事とか、巨大な袋餅の内部に発生する巨大な虫を討伐する仕事など、主人公が行うアルバイト内容がどれも風変わり。獲物だったり駆除対象だったりと目的はさまざまなれど、奇妙なヴィジュアルの生物が登場するのも面白いです。特に餅の内部に出現する虫はグロテスクで、ほとんど「エイリアン」。それゆえ、思わぬアクションシーンもあったりします。

 アングラな画風で、シュールなストーリーが展開されていくという異色作です。ただ、アングラではあれど、場面展開も早く、テンポも良いです。ところどころにユーモアもあって、エンタメとしても大変面白い作品になっていると思います。


テーマ:アニメ・コミック - ジャンル:アニメ・コミック

6月の気になる新刊
6月5日刊 アンドレアス・アポストリディス他『ギリシャミステリ傑作選 無益な殺人未遂への想像上の反響』(橘孝司訳 竹書房文庫 予価1430円)
6月6日刊 チャールズ・アダムス『アダムス・ファミリー全集』(安原和見訳 河出文庫 予価1100円)
6月6日刊 田中貢太郎『日本怪談実話 全』(河出文庫 予価990円)
6月6日刊 志村有弘編『戦前のこわい話 怪奇実話集 増補版』(河出文庫 予価792円)
6月9日刊 都筑道夫『三重露出』(徳間文庫 予価1210円)
6月12日刊 アンドリュー・カウフマン『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件/奇妙という名の五人兄妹』(田内志文訳 創元推理文庫 予価1496円)
6月12日刊 D・H・ウィルソン&J・J・アダムズ編『ロボット・アップライジング』(中原尚哉他訳 創元SF文庫 予価1540円)
6月23日刊 アダム・オールサッチ・ボードマン『イラストで見る ゴーストの歴史』(ナカイサヤカ訳 マール社 予価1840円)
6月25日刊 ウォルター・デ・ラ・メア『トランペット』(和爾桃子訳 白水Uブックス 予価1980円)
6月30日刊 デイジー・ジョンソン『九月と七月の姉妹』(市田泉訳 東京創元社 予価2200円)
6月30日刊 杉江松恋監修『古典&最新ミステリガイド』(Pヴァイン 予価1980円)
6月刊 ラモン・デル・バリェ=インクラン『暗い庭 聖人と亡霊、魔物(ドゥエンデ)と盗賊の物語』(花方寿行訳 国書刊行会 予価3080円)


 アンドリュー・カウフマン『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件/奇妙という名の五人兄妹』は、以前それぞれ刊行されていた二冊を合本したもの。奇妙な味の文芸作品といった趣の作品でどちらも面白いです。

 ラモン・デル・バリェ=インクラン『暗い庭 聖人と亡霊、魔物(ドゥエンデ)と盗賊の物語』は、スペイン作家による17の短篇が収録された世紀末文学集とのこと。これは気になりますね。


怪奇幻想読書倶楽部 第43回読書会 参加者募集です
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 2023年6月18日(日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第43回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp
メールの件名は「読書会参加希望の件」とでもしていただければと思います。


開催日:2023年6月18日(日)
開 始:午前10:00
終 了:午後12:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ(東京)
参加費:1500円(予定)
課題書 アンブローズ・ビアス『アウルクリーク橋の出来事/豹の眼』(小川高義訳 光文社古典新訳文庫)


※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※対面型の読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。
※18歳以下の方にはご遠慮いただいています。


 今回は、課題図書としてアンブローズ・ビアス『アウルクリーク橋の出来事/豹の眼』を取り上げます。強烈な諷刺とブラック・ユーモア、そして超自然の物語。特異な魅力を持つビアス作品について話し合っていきたいと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

宇宙の孤独  マイクル・ムアコック『暗黒の廻廊』
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 マイクル・ムアコックの長篇『暗黒の廻廊』(安田均訳 早川書房)は、別の惑星への植民のため、宇宙船で人工冬眠した人々を運ぶ男が精神的に錯乱していく…というSFサイコスリラーです。

 西暦2005年、地球の人類は破滅寸前の状態となっていました。国がいくつにも分裂し、各地で争いが起きていたのです。イングランドでは愛国党と名乗るグループが暴動を引き起こし、一般人がいつ命を落としてもおかしくない状況にあったのです。
 地球の状態に見切りをつけた実業家ライアンは、家族と友人たち13人を連れて宇宙船で地球を脱出します。しかし植民するためのバーナード星系の惑星までは非常に長いため、乗員たちは人工冬眠に入ることになります。
 唯一ライアンのみは、船内システムと人工冬眠装置のチェックのため、目覚めた状態でいなければならず、すでに数年間もその任務を行っていました。
 しかし、ライアンは日夜悪夢を見続け、コンピュータには異常が検出されていました。さらにライアン以外にいるはずのない人間が船内にいるような気配も感じていました…。

 地球を離れ、異星への植民のための旅を続ける宇宙船の中で、ただ一人目覚めている男が精神的に錯乱していく…というSFサイコ・スリラー作品です。
 既に一人で何年も監視業務を続けており、その孤独感から精神的なストレスを感じつつある男ライアンの心理とその過去の回想が語られていきます。
 妻や息子を初めとした家族たち、そして友人たちの安全を守るため、責任感から仕事を続けているライアンですが、ストレスからか悪夢を毎日のように見ていました。冷凍睡眠に入っているはずの人間たちと会話をするなど、やがて夢と現実の区別がつかなくなってくるばかりか、白昼でも幻覚のようなものを見ることになります。

 宇宙船でのパートの間に、地球での過去の回想が語られていくのですが、この部分もとても不穏です。人類全体が狂気に囚われているようで、外国人排斥がエスカレートするのみならず、その存在すら怪しい異星人を追放すると称し、一般人がリンチされて殺されてしまうようなことも起こっていました。
 彼らのようになりたくないと考えるライアンもまた、地球脱出までに人殺しを含む相当の暴力を振るってきており、その罪の意識もあるようなのです。
 最初はそうした個人的な事情が明かされず、段々とライアンの「罪」が明らかになってくる…というあたりも興味深いですね。
 さらに、乗員(人工冬眠している人々)の間にも過去、争いや葛藤があったことも明かされます。

 ライアンが精神的なストレスを受けているのは間違いないのですが、彼が見る不自然な現象が妄想であるのか、薬による幻覚なのか、もしくは侵入した異星人の仕業であるのか、原因がつかめず進む物語には緊迫感があります。
 主人公ライアンの孤独感と、疑心暗鬼に囚われた内面の心理がじっくりと描かれていく作品で、全体に行き詰まるようなサスペンスがあります。不自然な現象に対して、その理由が明確に分からずに進む物語は恐怖感も強く、ホラーとして読むこともできますね。



テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

思いがけない出来事  マリー・ルイーゼ・カシュニッツ『その昔、N市では カシュニッツ短編傑作選』
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 ドイツの作家マリー・ルイーゼ・カシュニッツ(1901年~1974年)の『その昔、N市では カシュニッツ短編傑作選』(酒寄進一編訳 東京創元社)は、<奇妙な味>風味の強い短篇集です。
 カシュニッツ作品、超自然的な出来事が起こるものも多いのですが、そうでない場合でも、何か劇的な出来事が起こり、それによって変化を遂げたり影響を受けたりする人間の心理が描かれる部分が魅力でしょうか。
 超自然的な題材の作品の場合でも、その風変わりな現象よりも、それに対応することになる人間の側にウェイトが置かれているという感じです。そういう意味で、一篇一篇は短いですが、非常に密度の濃い作品が詰まった短篇集になっています。

「白熊」
 夜遅く、先に妻が寝ているところに帰ってきた夫ヴァルター。電気もつけない夫を怪訝に思う妻ですが、夫は、妻と出会った頃について、しつこく問い質すことになります…。
 妻との出会いの真相について問い質し続ける夫の真意とは? 夫婦間の思いの溝を描く作品と見えますが、それが生と死の溝でもあったことが分かる結末にはおどろかされますね。

「ジェニファーの夢」
 たびたび妙な夢を見るという娘ジェニファーのことを、母親のアンドリュー夫人は心配していました。夢では、見知らぬ女性が現れてはジェニファーに好意的に接してくるというのです。アンドリュー夫妻は、引越してしまったかっての知り合いファーガソン夫妻のもとに親子で遊びに行くことを考えますが…。
 不思議な夢と、夢と現実の不思議な暗合が描かれる作品です。超自然的な現象が現れてはいるものの、その真相も明かされないため、怖さも感じられますね。

「精霊トゥンシュ」
 大学から派遣されてきた、山小屋の番人の若者に、現地の人々はある秘密を教えます。それはパン生地の人形に命を与える方法でした。やがて若者が死体となって発見されますが…。
 命を持ったパン生地人形が描かれる恐怖小説です。人形が本当に犯人なのかは明言されず、事件が第三者によって調べられていくというミステリタッチで描かれるのも特徴。その過程で若者の過去も判明し、そこに人形の秘密も隠されていたのでは…と想像させる部分も上手いですね。

「船の話」
 どこかぼんやりした妹のヴィオーラを、間違った船に乗せてしまったことに気付いた兄のドン・ミゲル。やがて彼女からの手紙が届きますが、乗った船や乗客たちの様子は明らかにおかしいのです…。
 妹からの手紙で、間違えて乗船してしまった船とその乗客について語られるという物語。船やその客たちは明らかにこの世のものではなく、ヴィオーラはおそらく帰ってくることがなく、読んでいる兄もそれを理解している…というあたりに非常に怖さの感じられる作品になっています。

「ロック鳥」
 突然「わたし」の部屋に現れた、見たこともない大きな鳥。「わたし」は追い出そうとしますが、鳥はしつこく部屋に居続けます。「わたし」は鳥に「ロック鳥」と名付けますが…。
 突然部屋に現れた鳥に悩まされる物語です。鳥をスケッチしようとしてもできない…というあたり、超自然的な存在のようですね。鳥を嫌がっておきながら、その不在を悲しむ主人公が描かれるなど、鳥には何かの象徴や寓意が込められてもいるようです。

「幽霊」
 ロンドンの劇場で出会った美しい兄妹、ローリーとヴィヴィアンに惹かれた夫アントンに連れられ、兄妹の家を訪れることになった「わたし」。アントンは兄妹に見覚えがあるというのですが、誰だったのかは思い出せません。兄妹の様子に不審なものを感じる「わたし」でしたが…。
 幽霊に出会う夫婦を描いた、オーソドックスなゴースト・ストーリーです。幽霊が真昼間に現れ、物理的な接触も可能である、というのもユニークですね。霊との接触が本当であったことが分かる結末の表現も上手いです。

「六月半ばの真昼どき」
 旅から帰ってきた「わたし」は、留守中に自分が死んだと触れて回る謎の女が現れたことを知りますが…。
 得体の知れない女が、自らの死について語っていたことを知らされる女性の物語です。娘がいるにも関わらず、女が「わたし」のことを天涯孤独だと語り、それが一面では真実なのではないか…と思わせるあたり、象徴的な味わいもありますね。

「ルピナス」
 列車で運ばれる途中だったユダヤ人のバルバラは姉のファニーと共に列車から飛び降り、義兄のもとに隠れる予定でしたが、脱出できたのはバルバラだけでした。義兄と共に秘かな生活を続けることになりますが…。
 本来助かってほしかった妻ではなくその妹が助かってしまったことに違和感を抱く男と、義兄に純粋な愛情を抱く義妹との生活を描く作品です。閉鎖された環境のなかで、互いに齟齬が生まれていく…という文芸味の強い短篇です。

「長い影」
 家族と共にイタリア旅行に訪れた少女ロージーは、現地の少年が自分の後についてきていることに気付きますが…。
 独立心の強い少女の危険な散歩が描かれます。少女の意思の強さが危難を切り抜けさせることになる、という作品です。

「長距離電話」
 パウルの結婚相手が身分違いだと考える父や姉は、その結婚を止めさせようとしますが…。
 青年の家族が、彼の結婚を止めさせようとする様が、それぞれの電話の形式で描かれる作品です。結婚相手のアンゲリが純粋な心根の女性かと思いきや、意外にもしたたかだったことが分かる結末も面白いですね。

「その昔、N市では」
 きつく面倒な仕事の成り手がいなくなったことから、N市で採用されたのは、亡くなった人間を蘇らせ、労働力として使うという方法でした。生前とは似ても似つかぬ姿であり、素直に命令に従う彼らは「灰色の者」と呼ばれていました。
 N市は繁栄を謳歌していましたが、ある日「灰色の者」がたまたま塩をなめたことから、悲劇的な事態が起こることになります…。
 死んだ人間を蘇らせて働かせるという、一種の「ゾンビ」テーマ作品です。蘇った人間は皆が一様で生前の姿が分からないため、市民は、彼らを人間として扱わなかったところ、その真相が明かされたときに悲劇が出来することになります。
 事態が収拾されてからも、また別の方向性で自分たちの利益を図ろうとする、N市民の姿が描かれる結末も諷刺的ですね。

「四月」
 銀行に勤める女性ブルッタの机の上に突然現れた花束。同僚によれば、それは支配人のツィン氏からのものだというのです。昼休みに外に出たブルッタは、従来はよく思っていなかったツィンと自分とが恋人になった空想を繰り広げますが…。
 男性には縁がない女性が、同僚のいたずらから空想を繰り広げるものの、その空想が破られてしまう…という残酷なお話なのですが、そこに「時のねじれ」が絡み、さらに残酷極まりない話になってしまうところに驚きます。

「見知らぬ土地」
 同席した軍人たちとの張り詰めた雰囲気の中、「わたし」が持ち出したある飛行家の名前をきっかけに、彼らとの間に不思議な空気が生まれることになりますが…。
 見知らぬ土地での見知らぬ人同士との間に、不思議な縁が生まれ、そして消えてしまう…という物語。
 一瞬暖かな空気感が生まれ、そこに善意が浮かび上がってくるものの、それも消えてしまう、という瞬間的な情景を切り取っていますが、それが瞬間的なものだけに残酷なお話ではありますね。

「いいですよ、わたしの天使」
 夫を亡くし孤独になった「わたし」は、下宿人として大学生の娘エヴァを家に置くことにします。エヴァを愛するようになった「わたし」は彼女の世話を焼きますが、エヴァは段々と図々しくなっていきます…。
 最初は優し気に見えた下宿人の娘が、段々と図々しくなり、家が支配されてしまう…というお話です。
 ボーイフレンドを連れてきたかと思ったら、生まれた子どもの世話をさせたり、挙句の果てには部屋を明け渡させ、屋根裏に閉じ込めてしまうのです。
 そんな仕打ちをされながら、互いに愛情を持っていると考え続ける「わたし」の態度には、うすら寒い思いを感じてしまいます。
 ヒュー・ウォルポールの「銀の仮面」を思わせる<奇妙な味>の残酷譚です。

「人間という謎」
 長距離バスでたまたま隣になった女と話すことになった「わたし」。彼女は独自の空想の内容を話すことになりますが…。
 あまりにも詳細で具体的な空想を話す女に対し、彼女は孤独であるがゆえに空想に浸っているのではと「わたし」は考えるのですが、事実はそうでなかった…というあたりも皮肉ですね。人間の心の不思議さを描いた作品ともいえそうです。


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大いなるものたち  ディーン・R・クーンツ『ファントム』
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 ディーン・R・クーンツの長篇『ファントム』(大久保寛訳 ハヤカワ文庫NV)は、山間の町の500人に及ぶ住人が一挙に殺されてしまうという、壮大なスケールの超常ホラー作品です。

 山間にある小さな田舎町スノーフィールドで医者として働くジェニーは、母親を亡くし、保護者を失った年の離れた妹リサを町に連れ帰ってきます。しかし、帰ってきた町に人気がないことに驚きます。
 ジェニーとリサは、自宅で家政婦のヒルダが死んでいるのを見つけ、慌てて隣家を訪ねますが、直前まで生活をしていた気配がありながら、住人は姿を消していました。複数の家を訪ね歩くも、人々は死んでいるか、姿を消していたのです。
 通報を受けた近隣の街サンタ・ミラの保安官ブライスは部下たちを連れてジェニーたちと合流することになります。一行は大量死の原因を求めて調査を進めますが、謎は一向に深まるばかりでした…。

 謎の大量死をめぐって展開するホラー作品です。
 小さな田舎町で不可解な状態で死んでいる人間が大量に見つかり、また姿を消している人間も多数いることが分かりますが、彼らも死んでいるだろうことが推測されていました。
 おそらく短時間で大量の人々が姿を消していること、異様な状態で死んでいる人間がいること、猟奇的な状態の死体もありながら、それが人間の仕業とも考えにくいこと、などから、大量殺戮現象の原因がいろいろと取り沙汰されることになります。悪疫なのか、細菌兵器なのか、それとも精神異常者による猟奇殺人なのか…? 不可解な現象をめぐり調査が進む過程はドキドキ感があふれています。

 また調査の最中にも調査メンバーが次々と失踪したり、謎の死を遂げるなど、主人公たちの身の危険も高まっていくのですが、原因や現象がはっきりしないだけに、対策も取りようがないという点で絶望感が強いですね。後半では「敵」の正体がはっきりしてくるのですが、それが分かったところで、人間はまともに対抗することもできないのです。

 主人公的な位置づけのキャラとしては、女医ジェニーとその妹リサ、リーダー的存在の保安官ブライスが登場しています。ブライスの部下たちもキャラの立った人物が多く登場するのですが、いかに能力が高く、善人として描かれていたとしても、あっさりと「敵」に殺されてしまいます。どんどんと仲間の人数が減っていくところにもサスペンス感があります。
 大量の人間が一気に姿を消す…という現象面から、重要な仮説を立てる考古学者や、ブライスや部下たちに恨みを持ち脱走した殺人犯も、ストーリーに絡んでくることになり、その展開は波乱万丈です。
 少数の人々が巨大な「敵」を相手に生き残りを図るホラーと言えるのですが、相手があまりに強大のため、応援が多少来たところで全く役に立たない…というあたりの絶望感も強烈です。実際にジェニーたちのもとには、何度か応援部隊がかけつけることにはなるのですが、彼らのほとんどが全滅してしまうのです。

 前半では、「敵」の正体をめぐっての不条理ホラー、後半はそれと戦うアクションホラー的な要素が強くなっています。最初は現象面の調査、後半では「敵」を倒すための方法を探す実験と推論が重ねられるなど、ミステリ的な興趣もありますね。ホラー小説の快作といってよいのではないかと思います。



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悪魔のささやき  ディーン・R・クーンツ『ウィスパーズ』
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 ディーン・R・クーンツの長篇『ウィスパーズ』(竹生淑子訳 ハヤカワ文庫NV)は、凶暴な男に狙われ続ける女性脚本家の苦難を描いた、サイコ・スリラー作品です。

 ハリウッドの新進脚本家として成功を勝ち取り、大邸宅に住む女性ヒラリー・トーマスは、突然家に侵入してきた暴漢に襲われます。しかもその男は、以前取材の際に会ったことのある裕福な実業家の男ブルーノ・フライでした。
 何とか撃退するものの、フライのアリバイがあったことから、ロス市警の刑事フランク・ハワードには襲われた事実を信じてもらえません。一方、フランクの相棒であるトニー・クレメンザはヒラリーの言葉を信じることになります。フライは、再度ヒラリーを襲ってくることになりますが…。

 成功した女性脚本家が理不尽な理由でストーカーの男(後に殺人鬼であることが判明します)に狙われ続ける…というサイコ・スリラー作品です。
 直接的な殺人鬼の脅威だけでなく、ヒラリーの言い分がなかなか警察に信じてもらえず、防備が後手後手になってしまい、危険が増してしまう、というところもサスペンスを高めていますね。
 殺人鬼フライが、地元では親の莫大な財産を引き継いだ富裕な実業家であることから、疑いがなかなかかからなかったり、捜査を担当した刑事フランクが元妻に散々な目にあっていることから女性不信になっており、ヒラリーの言い分を疑いの目で見てしまうなど重なった悪条件が、さらにヒラリーの立場を悪いものにしてしまうのです。
 さらに、ヒラリーは両親から虐待を受けていた過去があり、他人を信用することがなかなかできない…という点も事態の悪化に拍車をかけます。

 フランクの相棒である刑事トニーは、ヒラリーの言い分を信じて彼女に協力していき、やがて二人が恋をするようになる、というロマンス味もあります。人の心を理解するのに長けたトニーが、トラウマを持つヒラリーの心を溶かすことができるのか…というのも読みどころですね。

 ヒラリーのもとに殺人鬼フライが何度も襲撃してくるのですが、この男、巨体で怪力、武器がなければ普通の人間では太刀打ちできないような体躯の持ち主なのです。ヒラリーも武器を使って何とか撃退するものの、やがて常識では考えられない事態も発生し、フライには超自然的な力まであるのではないかという疑惑も発生してきます。
 前半でのフライの不気味さは強烈で、これがサイコ・スリラーなのか、超自然的なホラーなのか、ジャンルが分からないままに進む展開もサスペンスフルですね。
 結末付近で殺人鬼の秘密も明かされることになるのですが、こちらの真相も複雑怪奇で、それが判明した後でもその怪奇味は薄れることがありません。

 ミステリ、ラブロマンス、ヒューマンドラマと、いろいろなジャンルが混ぜ合わされたホラー作品です。ホラー部分も秀逸なのですが、他の部分にも味わいがあって、特に、最初はしっくりこなかったトニーとフランクの間に友情が生まれていく部分はヒューマンドラマとして出色ですね。フランクがなぜヒラリーの言い分に懐疑的なのか? という理由がこの過程で明らかになるのも上手いです。
 結末はわりとあっさりしていますが、全体にサービスの凝らされたエンターテインメント・ホラーとなっています。

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そこにある殺意  ルネ・ベレット『わが体内の殺人者』
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 ルネ・ベレットの長篇『わが体内の殺人者』(高野優訳 ハヤカワ文庫NV)は、ある機械により殺人犯と人格が入れ替えられてしまった医師の苦難を描く、サイコホラー作品です。

 精神科医マルクは、殺人容疑で逮捕された精神病患者ジトの治療のために、自ら開発した機械を使用することにします。それは二人の人間の脳内の意識の一部を、互いの脳に植え付けるための機械でした。それによりジトの心の中を覗こうというのです。
 しかし実験は失敗してしまい、一部ではなく意識の全て、人格全体がマルクとジトで入れ替わってしまいます。マルクの体を手に入れたジトは、マルクのふりをして、ジトの体に入ったマルクを病院に監禁してしまいます。
 ジトは、マルクの妻マリと息子のレオナールを生活をするようになりますが、彼らへの殺意を秘めていました…。

 互いに人格が入れ替わってしまった医師とその患者を描くホラー作品です。医師のマルクは薬を打たれて、危険な患者として監禁されてしまう一方、医師のふりをしたジトはマルクの妻や息子と偽の家庭生活を営むことになります。
 ジトは危険な男であり、いつ人を殺すか分からない、というところで、マルクが身体を取り戻し、妻子を守れるのか、というのがメインの目的となるのですが、ストレートにそういう物語にならないところが、フランス作品ならではというべきでしょうか。

 そもそも主人公マルクが妻子を愛しているといいながら、妻の友人マリアンヌと浮気をしています。妻マリには彼女を崇拝する隣人の男マルシャルがいますが、このマルシャルも既婚者なのです。
 従来から、危機というほどではないにしても、マルクとマリの間には倦怠感が漂っていました。そこに入り込んだジト(マルクの体に入った状態)は、知能犯であることもあって、家族とそれなりに上手くつきあうことになり、マリはむしろ夫との距離が再び近づいたと信じるようになってしまいます。
 主人公周りの人物たちの関係性が非常にドロドロとしており、そうした人物たちの心理がじわじわ描かれる部分に読み応えがありますね。

 マリやレオナールとの疑似的な家族生活を続けているうちに、ジトの精神が安定してきて、このまま何事もなく収まるのかと思いきや、やはりこの男精神のバランスが悪く、突然殺人を行ったかと思えば、元主治医であるマルクへの精神的な依存を隠そうともしません。いつマリやレオナールに危害が及んでしまうのか…というところでのハラハラ感もあります。

 人格入れ替わりに使われる機械やその理屈付けに関しては特に深く語られず、飽くまで入れ替わってしまった二人の人物の心理、そしてそれが周囲に及ぼす影響が描かれていきます。
 もともと異常を抱えているジトはもちろん、知らず知らずとはいえ彼と仮の夫婦生活を営むマリ、それを第三者的な立場で見ざるを得なくなるマルク、そして入れ替わり後の愛人マリアンヌとの関係など、いささか倒錯的でアブノーマルな関係性とその心理描写に生彩がある作品になっていますね。

 奇妙なサスペンスホラーとなっていて、面白い作品とはいえるのですが、人によっては相当不快に感じる要素が出てくるので注意を喚起しておきます。残酷さだけでなく、強烈にアンモラルな描写がありますので、ご注意を。


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邪悪な物語  スーザン・ヒル『黒衣の女 ある亡霊の物語』
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 スーザン・ヒルの長篇『黒衣の女 ある亡霊の物語』(河野一郎訳 ハヤカワ文庫NV)は、亡霊の現れる館を訪れた、若き弁護士の恐ろしい体験を語るゴースト・ストーリーです。

 雇い主のベントレー氏から、亡くなった老婦人の遺産整理の命を受けて、広大な沼地に面する館〈うなぎ沼の館〉を訪れることになった若き弁護士アーサー・キップス。老齢で亡くなったアリス・ドラブロウ夫人は、一人で孤独に暮らしていたといいます。
 館の最寄り町であるクライシン・ギフォードを訪れたキップスは、町の人々の気さくさに感銘を受けますが、ドラブロウ夫人と館の名前を出すと、相手が途端に口をつぐんでしまうことに気がつきます。
 ドラブロウ夫人の代理人ジェロームと共に夫人の葬儀に参列したキップスは、青白く痩せ衰えた黒衣の女が墓場の影から見つめている姿を目撃しますが…。

 遺産整理のため辺鄙な土地の館を訪れた弁護士が、怪異現象に遭遇する…という正統派のゴースト・ストーリーです。
 主人公キップスが現地に到着後、謎の黒衣の女を何度も目撃し、それがおそらくは亡霊であろうことは分かるのですが、彼女の出現によって何が起こるのか、なぜ町の人々は彼女や、彼女に関係しているであろうドラブロウ夫人、そして館の件について話すことすら拒むのかが分からないまま物語が進むため、非常に不穏な雰囲気が続きます。
 その間にも、館で一人過ごしていたキップスが様々な怪異現象を体験していきます。館が沼地に面しており、引き潮のときのみに現れる土手道でしかたどり着けない、というシチュエーション、町の人々が館を怖がっているため、何かあってもおそらくは助けがこない可能性が高い…ということなどから、キップスの体験するその淋しさと怖さは強烈ですね。

 唯一、物語の癒やしとなるのがテリア犬スパイダーの存在。キップスが知り合った町の名士サミュエル・デイリーが、館でのキップスの相棒として貸し与える犬です。この犬の存在によって、精神的に弱気になったキップスがなんとか怪異現象をやり過ごす、という場面もあります。

 黒衣の女の物語自体が、年老いた主人公キップスが回想する昔の物語、という語り口になっているのも上手いです。クリスマスの夜、妻子と共に過ごしていたところ、怖い話をせがまれたキップスは動揺し、この黒衣の女の話を回想することになります。
 冗談半分で口にするような話ではなく、愛する者たちには話すらしたくない、と考えるキップスの語調から、この物語が忌まわしいものであることが推測できるのですが、文字通りの「呪い」でもあったこの話の結末が明かされる、後半部分の戦慄度は高いです。

 黒衣の女の霊の悲しき過去も明かされるのではありますすが、その境遇に同情しつつも、女の怨念により、死後彼女が及ぼすようになった「害」は本当に忌まわしいの一言で、読み終わった時の陰鬱さは強烈ですね。霊自体の出現には因果が絡んでいるものの、死後に及ぼすその呪いは「不条理」に近いのも特徴です。
 物語の骨格はオーソドックスなゴースト・ストーリーではあれど、これほど邪悪度の高い霊が登場する物語は珍しいのではないでしょうか。


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奇妙なアメリカ  マシュー・ベイカー『アメリカへようこそ』
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 マシュー・ベイカー『アメリカへようこそ』(田内志文訳 KADOKAWA)は、<奇妙な味>風味の強い短篇集。SF、ファンタジー、ホラー、時には普通小説など、ジャンルは様々ながら、奇想天外でユーモラスな作品が収められています。現実の政治や制度、習慣にファンタスティックなひねりを加えた作品も多く、現代アメリカ社会を諷刺している要素も強いようですね。
 一篇一篇にボリュームがありますが、それが一三篇もあって、約五〇〇ページという分厚い本ながら、読ませる作品集になっています。

「売り言葉」
 辞書の勝手な転載を防ぐため、架空の「幽霊語」を作るのが仕事の辞書編纂者の「僕」は、弟のスチュアートと共に、妹が置いていってしまった甥のクリストファーと姪のエマの面倒を見ていました。近所に住む悪童ネイトがエマに嫌がらせを繰り返したことから、エマは暗い性格になってしまいます。ネイトに復讐を考える「僕」とスチュアートは車でネイトの家のそばに乗り付け、彼の日常を観察するようになりますが…。
 姪をいじめた少年に仕返しを考える兄弟二人の行動を描いた作品です。語り手は架空の「幽霊語」を作るのが仕事、弟のスチュアートは死語の研究者であるため、日常でも、今までにない事態や状況を表すための聞いたことのない言葉やオリジナルの造語をして、それが使われているというのがユニークです。
 例えば、「他者の苦しみに共感することにより感じる苦しみのこと」を「アザリー(otery)」、「子供の育成に責任のある親族」を「ティアンズ(tians)」と呼ぶなど、独自の「幽霊語」が登場するのがユーモラスで楽しいですね。
 子ども時代に、年下の妹が兄弟のために怒ってくれたものの、自分たちは何も出来なかったという思いから、大人になった彼らが姪のために何かをしたいと思うものの、それも上手く出来ず、甥にまで罵倒されてしまう始末。結局は小心者で何も出来ない…というあたりも哀切です。

「儀式」
 老齢になると、親族を集めて、自ら命を絶つ「儀式」が当たり前とされる世界。「儀式」を行う事は名誉であるとされていました。大伯父オーソンは、自身の妹を初め、同世代の者たちが「儀式」で命を絶っていくのを見送りながらも、自ら「儀式」を行う事を拒否し、親族中から非難の声を浴びていました…。
 老齢になった時点で自ら命を絶つ「儀式」が当たり前とされる世界で、それを否定する老人が描かれる作品です。自らが死ぬ事への嫌悪だけでなく、他の人間が自ら命を絶つ事への否定と悲しみもそこには現れます。
 「儀式」が尊いものとされており、それが異常な世界と思ってしまいがちなのですが、実のところ、自分で終わりの幕を引くことができたり、前もって親族や友人に別れを告げることもできること、などの利点も語られ、彼らの言い分も、またそれなりの理屈をもって示されるのも興味深いところですね。
 実際、「儀式」によらず不慮の死を迎えてしまう人々の死も描かれ、彼らの死は「儀式」によるものよりも不幸とされるところもシニカルです。

「変転」
 コンピュータ上に脳内の意識をスキャンすることによって、デジタル世界に生まれ変わるという「変転」の技術が開発されます。「変転」をする人々も増えるなか、それに反対する人々も多くなっていました。
 子どもの頃から現実世界に馴染めていなかったメイソンは、家族の前で「変転」することを宣言します。家族は猛反対しますが、メイソンの決心は変わりません。母親のメイソンは息子の肉体がなくなってしまうことに猛烈な悲しみを感じていました…。
 肉体を消しデジタル世界に意識を生まれ変わらせる「変転」について語られる物語です。子どもの頃から現実に馴染めず、コンピュータやネット上の世界に親近感を覚えるメイソンは、多大な費用を貯め「変転」することを決心します。
 停電によってネットがつながらなくなった経験が彼にとって「最悪」とされるなど、メイソンにとってはネット世界の方が現実よりも現実味があることが示されていますね。
ただ、「変転」する当人の内面よりも、むしろ息子がいなくなってしまうことへの母親の悲しみと当惑の方がメインに描かれています。
 不器用でコミュニケーションにも問題を抱えるがゆえに、他のきょうだいよりも人一倍メイソンを愛している母親は、「変転」はほぼ死と考えており、それを止めさせようと必死になります。最終的には息子に反発の言葉を吐いてしまい、それを後悔するというあたりも切実です。
 哀しさ一辺倒のお話かと思いきや、思わぬ「希望」が描かれる結末も印象的ですね。

「終身刑」
 終身刑に相当する重罪を犯したウォッシュは、それまでの記憶を消されたうえで家族の元に返されます。生活に必要な「意味記憶」はそのままでしたが、自分の人生や家族に関する「エピソード記憶」はすっかり消されていたのです。
 違和感を抱きつつも、妻や子どもたちと過ごしているうちにウォッシュは仄かな幸福感を覚え始めます。しかし、自分がどんな罪を犯したのか、好奇心が抑えられなくなっていました…。
 重罪を犯した犯罪人を長期に刑務所に収容する代わりに、過去の記憶を消して社会復帰させるというシステムが実施されている近未来を描いた物語です。
 記憶を消される以前のウォッシュはどうやらいい人間ではなかったらしく、家族はその変貌に驚きます。別人となったウォッシュは、家族と新たな関係を築くことに成功しつつあったのです。
 しかしウォッシュは、自分の過去に疑問を抱くだけでなく、アイデンティティーへの不安を抱いているらしいことが語られていき、そのあたりの不安感に満ちた部分が読みどころでしょうか。時折理由もなくイライラしたり、狩りや弓矢の使用に爽快感を覚えることから、記憶が消されたとはいいつつ、相当に攻撃性を秘めていることも示唆されています。
 罰としての記憶消去の倫理的な妥当性よりも、記憶を失った男が家族と新たな関係性を築けるのか、といったところで興味深い作品ですね。

「楽園の凶日」
 仕事に疲れた「彼女」は、男性と性行為に及ぶため、男性が収容されている生物園を訪れます。男性の数が極端に少なくなったこの世界では、女性が全てを管理しており、男性は各施設に収容されていたのです。美しく若い男性レックスとの交歓を楽しむ「彼女」でしたが…。
 歴史的な経緯から、男性が少数となり、女性の管理下で閉鎖的な環境に閉じ込められている…という物語。女性が主導する世界では戦争や暴力もなくなって理想の世界になっている、とされながら、男性を差別し、閉じ込めているという意識の欠如した主人公が描かれるところは諷刺的な要素が強いですね。

「女王陛下の告白」
 物や富を持たないことがステータスとされる世界。それらは「レシオ」という数値で表されていました。裕福な家庭に生まれた少女の「私」は、その贅沢癖から「女王陛下」という綽名をつけられていました。
 周囲から蔑まれるなか、「私」と同様に裕福な少女マディソンとの友情に慰めを見出していましたが、ある時を境にマディソンは物を捨てはじめ、「私」と関わらないようになってしまいます…。
 裕福な家庭や金持ちが馬鹿にされ、それらの程度が数値で表されるという倒錯した世界観が描かれています。周囲から金持ちとして蔑まれる少女が大人の時点から、その子ども時代を回想する…という形式で描かれています。
 「私」は自身の出自に羞恥心を抱きながらも、その裕福な生活から離れることはできません。一方、同じぐらい裕福な親友の少女マディソンは、自らその富を手放し、「私」とは違う世界の人間になってしまいます。
 その清貧さで周囲の憧れの的になっている少年コーディにマディソンは惚れてしまっており、一方「私」は意外なきっかけでコーディと近い立場になってしまったりと、登場人物たちの関係性がどうなっていくのか…というのも読みどころですね。
 清貧を尊ぶ、というと、その理想は美しいのですが、それが逆にステータスとなり、富を持つ者たちが迫害されてしまう、という倒錯した社会像が諷刺的に描かれるのもユニークですね。その世界の倫理観に流されてしまう主人公も、最終的には幸福を手に入れた…と回想しつつも、それが本当に幸福なのかは分からない…と思わせるところもシニカルです。

「スポンサー」
 人々のあらゆる活動に企業のスポンサーがつく時代。結婚式を控えたブロックとジェナは、結婚式のメインスポンサーだった企業が破綻し、その費用に困っていました。友人であり「介添人」であるタイと共に地元の企業に打診してみるも色よい返事はもらえません。
 別の友人が思いついたのは、少年時代の同級生で現在はバービーの広告部門の有力者となっているサイモンの存在でした。しかし子ども時代にサイモンにトラウマを植え付けるような行為をしていたブロックは訪問を躊躇います…。
 人間の活動全てにスポンサーがつく世界を舞台に、結婚式費用を求めて駆けずり回る男とその友人たちが描かれる作品です。頼ろうとする相手に対して、子ども時代に傷つけてしまった記憶があるだけに、素直にスポンサーを頼むことができない主人公の気まずさが描かれています。
 文中で、出てくる人間や物事の前に、いちいちスポンサー企業名がついているのに笑ってしまいます。資本主義に完全に支配された世界なわけで、諷刺的な作品といえますが、そちらの諷刺よりも主人公たちのやり取りのおかしさの方が目立つ作品になっていますね。

「幸せな大家族」
 子どもは生まれてすぐ保育所に引き取られてそこで育つのが当たり前になった世界。ある保育所から男の赤ちゃんが誘拐されます。誘拐したのは、子どもの実の母親であるダニエラでした。刑事たちはダニエラの友人や実子などに聞き込みを続け、ダニエラの動機を明かそうとしますが…。
 子どもが生まれると、親から引き離されて保育所で育てるのが当たり前になった世界で、実子に愛着を抱いた母親が子どもを連れて逃亡する…というお話です。
 大人は自らの欲望や必要を優先し、子どもに対してはそれほど愛着を持っていないなかで、ダニエラも産むまではそう大した感情を抱いていなかった息子に対して多大な愛着を抱いてしまうのです。
 ダニエラとは対照的に、刑事が聞き込みを行う関係者たちは誰もが非常にドライで、人間関係に関しても割り切った態度を見せている、というのが面白いところですね。

「出現」
 祖父と共に「不要民」をさらっては、別の場所に置き去りにするという行為を繰り返していた少年の「僕」。十三年前に初めて現れた彼らは、透き通った肌をし、薄いブルーの血管が見えるという性質を持っており、本当の人間なのかも分かりません。
 どこから来たのかも明かそうとしないのです。彼らを憎む祖父を手伝いながらも、「僕」は疑問を感じ始めていました…。
 別の世界からやってきたらしい人々のせいで仕事を奪われたと考えた祖父と孫が、彼らを排斥しようとする…という物語です。おそらく「移民」のメタファーなのだと思いますが、彼らは見かけこそ違え、同じ人間ではないかと考える語り手が描かれるなど、ヒューマニスティックな味わいがありますね。

「魂の争奪戦」
 ある日、生まれた赤ちゃんの一定数が生まれた直後に息を引き取ってしまいます。肉体的には健康そのものでありながら、どうやら彼らの体には魂が入っていないのが原因だと分かります。人口が増えすぎた結果、人間に入るべき魂の数が肉体よりも少なくなってしまったのではないかという推測がなされていました。
 妊婦たちは自分の子どもが魂が抜けた状態で生まれることを恐れるようになります。妊娠した女性看護師ナオミは、夫のタッドの薦めで赤ちゃんが正常に生まれるという触れ込みの産院に入ることになります。そこは、死が間近の昏睡状態の患者を多数抱えており、出産の際に彼らの生命維持装置を外すことによって、赤ちゃんのための魂を確保する、というのです。
 施設には多数の妊婦がいましたが、意地の悪い女性エミリーの存在によって、ナオミの居心地は最悪のものになっていました…。
 赤ちゃんのための魂が足りなくなってしまった世界で、自分の赤ちゃんが正常に生まれるように施設に集まった女性たちを描く幻想的な短編です。
 そばで人間が亡くなったところで、自分の赤ちゃんが魂を持って生まれてくるのかは確証がなく、実際主人公ナオミも半信半疑で施設に入ることになります。
 それよりも、同じ施設に滞在する女性エミリーがサイコパス的な人物で、このエミリーとの関わりをいかに避けるか、といったところに労力が割かれるなど、本末転倒の展開となっていくところが面白いですね。
 いささかユーモラスな色調で展開されるお話でありながら、結末はそれどころではなく、残酷でとても怖い物語となっています。

「ツアー」
 あらゆるマッサージと性技を極めたという伝説の娼婦「ザ・マスター」。彼女のサービス「ギグ」を受けるためのチケットは滅多なことでは手に入らないとされていました。トラック運転手のカヴェは馴染みの娼婦レイチェルと共にチケットに申し込みますが、レイチェルのみにそのチケットが当たります。カヴェは多大な額のチケット代をレイチェルのために払ってやりますが、レイチェルは結局カヴェにチケットを譲ることになります…。
 伝説の娼婦のサービスに憧れる男が、念願のサービスを受けることになる…というお話です。そのテクニックは強烈で、快感を超えて、その人間の記憶や回想さえもがあふれ出してくるという、もはやドラッグのトリップにも似た感覚なのです。
 しかもそのサービスの最中には、快感にとどまらず、「痛み」を始めとした他の感覚もが伴っている…ということが示される部分には圧倒的なインパクトがありますね。

「アメリカへようこそ」
 テキサスの小さな町プレインフィールドの人々はアメリカ合衆国に絶望し、合衆国から独立することを決心します。しかも新しい国名は「アメリカ」でした。住民たちは理想の国を作るために、様々なことを決定していきます。初代大統領となった女性ベルは、同じく人々から尊敬されながらも合衆国への愛国心を失わない頑固な老人サム・ホリデイと対立することになりますが…。
 アメリカ内の一つの町が国として独立してしまう…という諷刺的な作品です。理想の国を作ろうとしますが、サムをリーダーとした反対派との「内戦」が発生してしまうのです。国内での新たな法律作りのシーンでは、ヘンテコな内容が可決されてしまう、というあたりも面白いですね。
 幾多の血が流れ、理想は失敗に終わってしまうのか…と思いきや、思わぬ結末が待ち構えています。デフォルメの効いた政治コメディながら、意外と本質的な点を突いている作品かもしれませんね。

「逆回転」
 ある日突然、自分が「発生」し、両親と一緒に暮らしていることに気付いた「僕」。妻とは離婚協議中だといいます。どうやらこの世界では時間が逆転しているようなのです。やがて妻との同居生活が始まり、幼くして亡くなった子どもたちの存在にも気がつくことになりますが…。
 時間の逆回転に伴い、人間の人生も反対に展開していくという、シュールな時間SF作品です。離婚していたはずが再び結婚生活が始まったり、亡くなったはずの子どもが蘇ったりもします。
 面白いのは、過去に戻っているとはいうものの、物事の当事者にはっきりその記憶がないこと。自身が妻とどんな生活を送っていたのか、子どもがいたことやその詳細についても分かりません。
 結局のところ、起こる出来事は当人にとっては全て「はじめて」の経験であるらしく、「逆回転」しているとはいいつつ、そこに新鮮味や感動が存在する…という点でユニークな作品となっていますね。


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書物のための物語  ゾラン・ジヴコヴィチ『図書館』
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 セルビアの作家ゾラン・ジヴコヴィチの『図書館』(渦巻栗訳 盛林堂ミステリアス文庫)は、「本」と「図書館」がテーマの幻想小説が収められた連作集です。

「仮想の図書館」
 〈仮装図書館〉を名乗るメールを受け取った作家の「わたし」は、そのサイトを訪れ、ふと自分の名前を検索してみることになります。電子化を許可していないはずの三冊の著作の内容が出てきたことから、著作権違反だと憤りますが、驚いたのは、そこに記されていた略歴でした。
 書いた覚えのない著作のタイトルが何冊も並び、しかも「わたし」の没年が九種類も示されていたのです…。
 作家のあり得る未来までもが含まれた、完全な電子図書館が描かれる作品です。作家がいつ亡くなり、どのぐらいの著作を残すのか、といった未来は確定しておらず、揺らいでいる…という発想は魅力的ですね。

「自宅の図書館」
 ある日、自分の家の郵便箱に『世界文学』と題された黄土色の本を見つけた「わたし」は、郵便箱の扉を閉めて開けるたびに全く同じ本が現れるのに気付きます。
 スーツケースを使い、大量の本を引き出した「わたし」は部屋を本で埋めていきますが…。
 扉を閉めて開ける度に無限に同じ本が出てくる郵便箱が描かれます。なぜか何度も本を引き出してしまい、部屋を埋めていくという、語り手の強迫症的な行動がシュールですね。自宅が本で埋まることがタイトルの「自宅の図書館」を表しているのでしょうが、部屋に詰められた本は全て同一であるというのも、何とも寓意的です。

「夜の図書館」
 夜に図書館に立ち寄った「わたし」は、館員が帰ってしまい建物内に取り残されてしまいます。突然現れた男は「夜の図書館」の館員を名乗ります。ここではあらゆる人間の人生が収められているというのです。自らの人生が記された本の閲覧を希望した「わたし」は、そこに自分だけしか知り得ないことが載っていることに驚きますが…。
 あらゆる人間の人生が収められたという「夜の図書館」が描かれます。自分にさえ隠していたことがそこには記されており、読んでいていたたまれなくなってしまう…というあたり、ほろ苦い味わいがあります。

「地獄の図書館」
 地獄に落ちた男は、そこでは予想していたような責め苦がないことに驚きます。コンピュータによって近代化された地獄では「治療」を行っているというのです。その「治療」とは、永遠に本を読まされるというものでした…。
 本を読むことが嫌いな人間にとっては、読書が罰(この作品では「治療」ですが)となる…というブラックな発想の物語です。嫌々ではあれ読んでいるうちに読書が好きになるのでは、などとも考えてしまうのですが、その「治療」の結果は描かれず想像に任されているあたり、余韻がありますね。

「最小の図書館」
 古本を商う露天商が集う場で、盲目の老人から汚れた本を押しつけられた「ぼく」は、その中の一冊が不思議な力を持っていることに気付きます。本を開く度に内容が変わり、どうやら毎回違う小説が現れるようなのです。
 閉じてしまうと、二度と同じ作品が現れないことに気付いた「ぼく」は、それを記録しようとコピーを取りますが、コピーをしても複写はできないようなのです…。
 閉じるたびに消えてしまう本の内容を、何とか記録しようとする男が描かれます。本を閉じると、その内容が永遠に失われてしまうことに気付いた主人公が、罪悪感に囚われてしまうところに切なさもありますね。
 「一回限りの本」という魅力的なテーマの作品です。主人公が辿り着いた結論が奇をてらったものではなく、伝統的なある行為であるところも味わいがありますね。

「高貴な図書館」
 自らの蔵書と書斎を洗練されていると自負する「小生」は、ある日自分の文庫の中に場違いなペーパーバック本が紛れているのに気付きます。憤慨した「小生」はペーパーバックを捨てますが、部屋に戻るとそこには同じ本がささっていました。
 何度も捨てたり、破壊したりを繰り返しますが、何度でも本は棚に戻ってきてしまうのです…。
 「処分」しても何度でも戻ってきてしまうペーパーバック本をめぐる奇譚です。主人公が最終的に行うのは思いもかけないユニークな処分方法で、しかもそれがある種の寓意にもなっているという洒落た作りのお話になっています。
 この短篇集の全ての収録作のタイトルが、作中で言及され総括されるという趣向も洒落ていますね。

 全篇が本のモチーフで形成されており、本好きにはたまらない魅力を持った連作集になっています。さらに、それぞれのタイトルが「~図書館」となっているように、何らかの形で「図書館」が現れるというのも特徴ですね。

 ジヴコヴィチ、作風的にボルヘスと比較されることもあるそうなのですが、本作にしても幻想的・寓意的な図書館が多く登場し、その類似を感じさせます。ネット上に現れる未来の可能性を含んだ図書館、全く同じ本で形成された図書館、一冊にあらゆる物語が含まれる図書館など、
 まるでボルヘスが図書館をモチーフに描いたバリエーション集とでもいったような味わいになっています。もっとも、ジヴコヴィチ作品の方は、哲学的な味わいはあれど、基本はエンタメ作品の要素が強いのではありますが。

 この本は《ゾラン・ジヴコヴィチ ファンタスチカ》の第一弾だそうで、続けてジヴコヴィチ作品が刊行されるということです。これは楽しみなシリーズができましたね。
 この本は、こちらから購入できます。
 https://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca1/1015/p-r1-s/

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心の旅  パヴェル・チェフ『ペピーク・ストジェハの大冒険』
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 パヴェル・チェフの『ペピーク・ストジェハの大冒険』(ジャン=ガスパール・パーレニーチェク、髙松美織訳 サウザンブックス社)を読了。初のチェコ・コミックの邦訳で、内気な少年の空想的な旅を描くファンタジー作品です。

 吃音症で内気な少年ペピークは、同級生たちからも馬鹿にされる日々を送っていました。ある日転校生としてやってきた少女エルゼヴィーラはペピークを馬鹿にせず、二人は友達となります。しかしエルゼヴィーラは突然姿を消してしまい、誰も彼女の存在を覚えていないらしいのです。
 彼女から助けを求める手紙を受け取ったペピークは、かって二人で訪れた水車小屋に何かがあると感じ取り、小屋のトンネルに入り込みますが…。

 友達の少女を助けるために別世界に飛び込む少年を描いた、ファンタジー作品です。
 本を読むことが好きで想像力豊かな少年ペピークは、しかし吃音症があり、人とのコミュニケーションを苦手とする少年でした。しかし、転校生エルゼヴィーラと知り合うことによってその人生は変わりつつあったのです。
 エルゼヴィーラの失踪を知り、彼女を助けようと水車小屋から入り込んだのは現実とは違う別世界であり、そこでの冒険を通して主人公が成長することになる…という正統派の成長物語となっています。

 ペピークが訪れる別世界は、彼が成長するためのイニシエーション的な世界であり、少年の想像の世界とも思えるのですが、客観的に存在するような節もあります。ペピークの話し相手となっていた老人アントニンの過去の秘密、そして水車小屋の持ち主にまつわる神秘的なエピソード、などから、過去にも別世界を訪れた人間がいたこと、そしてそれを知る第三者がいることも示されています。
 別世界でエルゼヴィーラに再会することはできるのか? そもそもエルゼヴィーラの正体は何なのか? を含めて、神秘的なトーンの物語となっていますね。
 ペピークが青い小石を拾った直後に、捨てられていたところを拾った本『フラゴラミス船長の大冒険』が登場するのですが、これをペピークが読んでいき、その内容が引用されていくのも面白い趣向です。こちらの内容は、後半の別世界探検の際にもリンクしてくることになります。

 全体に水彩画のような画風で描かれているのですが、時折現れる大ゴマや見開き画面の絵は非常に美しいですね。基本、薄暗い(彩度が低い)画面で進むのですが、この薄暗さは、おそらく主人公ペピークの心境を象徴しているのではないかと思います。
 思春期の内気な少年の、想像力に満ちた旅がファンタスティックに語られていく、良質なコミック作品です。象徴・寓意も散りばめられているのだと思いますが、明確に「解釈」や「謎解き」をしないあたりも、逆に魅力となっているように思います。

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市井の恐怖  W・W・ジェイコブズ『猿の手 ジェイコブズ怪奇幻想作品集』
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 W・W・ジェイコブズ『猿の手 ジェイコブズ怪奇幻想作品集』(矢藤生葉訳 綺想社)は、怪奇小説の名作「猿の手」で知られる作家ジェイコブズの怪奇幻想作品を集めた作品集です。

 肝試しに幽霊屋敷を訪れた男たちが奇怪な体験をする「料金所」、亡くなった長女の霊的な影響により死に追いやられる妹たちを描く「三姉妹」、娘との結婚を頑なに認めない父親と肝試しをすることになった青年を描く「寝ずの番」、道に迷った男が泊めてもらうことになった家にはある秘密があった…という「食卓の三人」、何でも願い事が三つ叶うという魔法の猿の手をめぐる怪奇小説「猿の手」、かってならず者が死にその幽霊が出るという噂のある宿で起こる事件を描いた「ジョニー・バンドラー」、酒飲みで暴力的な亭主に悩まされている妻が、友人の知恵を借りて亭主の素行を治そうとする「霊魂二つ」、妻を謀殺した夫が、召し使いの女に脅迫されるという「邪魔者」、いさかいから友人を衝動的に殺してしまった男が、たまたま入り込んだ空き巣の男に殺人容疑を着せようとする「読書室にて」、殺人を犯し、死体を自宅に隠した男が罪の意識と不安に駆られるという「番人」、脅迫してきた従兄弟を殺してしまった男が罪の発覚を恐れ続ける「井戸」、東洋から持ち出した盗品のダイアモンドを買い取った質屋が、追いかけて来た男たちに命を脅かされる「褐色の男のしもべ」、名前を変えて平和な生活をしていたかっての悪党のもとに、過去を知る男が現れて生活を台無しにしてしまうという「キャプテン・ロジャース」、死んだと思われていた男が漂流の果てに帰還したものの、占星術師によって隠していた秘密が明かされてしまう「漂流者」、伝説的な怪物シーサーペントを飼いならした船長が、醜男の部下によってそれを台無しにされてしまう「醜男と怪物」、変死を遂げた船員が姿を変えて現れる「船縁の向こう」、船長の超自然的な勘が漂流者を見つけるという「太平洋の真ん中で」、生前借りていた金を返そうとする幽霊とそれを疑う男の物語「サムの幽霊」、催眠術によって自分が船長だと思い込んでしまった船員の物語「名誉階級」、亭主に困っている妻を見かねた亭主の旧友が幽霊のふりをするという「体裁を飾る」、行方知れずになった船の船員の一人が長い年月を経て帰還する「遭難船」を収録しています。

 この作品集、怪奇・幻想的な要素はありますが、純粋な怪奇小説は意外と少ないです。罪の意識や不安が主人公を苦しめる…という「邪魔者」「番人」「井戸」はどちらかというとサスペンスに近いですし、怪奇的な雰囲気ではじまりながらユーモア小説として展開する「寝ずの番」「霊魂二つ」「サムの幽霊」なんて作品もあります。
 「食卓の三人」は、いわくのある家に泊まらざるを得なくなった男が奇怪な体験をする…という、典型的な怪談話のフォーマットなのですが、最終的には「いい話」になってしまう、という点で逆にユニークですね。

 全体に海が舞台になった作品が多いことと、ユーモア小説が多い、というのは意外でした。ただジェイコブズのユーモア小説、意外と面白いんですよね。
 例えば、友人の助けを借りて芝居を打ち、亭主を改心させようとした妻が描かれる「霊魂二つ」では、芝居をしていた友人のおじが寝返ってしまい、非常にややこしい事態になってしまいます。やがては生きているはずのおじが死んだことにまでされてしまい…。
 まるでシチュエーション・コメディのような楽しい作品になっています。
 また、「名誉階級」は催眠術によって自分が船長だと思い込んでしまった船員の物語。余興として船員たちに催眠術をかけさせていた船長ブラッドは、船員のジョージに自分が船長だと思い込ませてしまいます。しかし術は解けなくなってしまい、自然にそれが解けるのを待つしかないというのです…。
 催眠術によって、船長と船員の立場が入れ替わってしまう、というユーモア作品です。周りの船員たちが見て見ぬふり、というのも楽しいですね。

 純粋な怪奇小説で飛びぬけて目立つのは、やはり「猿の手」。友人から譲り受けた「猿の手」は、三つの願いが叶うという魔法の品物でした。冗談半分に、一つ目の願いとして大金を願った直後に起きたこととは…。
 願いが叶うといいながら、どうやら忌まれているらしい品物「猿の手」。事態がどんどん悪化していく流れも上手いですが、それらを解消するために父親が願う願いは、これ以外ないだろうという結末に結びつきます。完成された怪奇小説の理想形ともいえる作品ですね。
 肝試しに幽霊屋敷を訪れた男たちが奇怪な体験をするという「料金所」も怖いお話。仲間たちが不自然な形でどんどんと眠り込んでしまう…という展開も恐怖感が高いですね。
 「三姉妹」は、中高年になった独身の老三姉妹をめぐる物語。長女のアーシュラは三女のユーニスに財産の大部分を残して亡くなります。金にうるさい次女タバサは、ユーニスを鬱陶しく思っていました。死の際には迎えに来るというアーシュラの今際の際の言葉をユーニスは恐れていましたが…。
 長女の霊が本当にいたのか、現れたのか、という点は定かではないのですが(タバサは見たという間接的な表現はあります)、霊的な影響によって結局は姉妹全てが死んでしまう…という陰鬱な怖さのある作品です。
 「遭難船」は味わいのある幻想譚。港町テトビーで作られた過去最高の船は、住民たちの歓呼をもって出港します。しかし、船は行方を絶ち、何年もの年月が流れていました。ある夜、息子のジェムが突然帰ってきたのに気づいた母親は驚きますが、疲れている息子を休ませようとそのまま寝かせることにします
 行方知れずになった船とその乗組員たちはどうなったのか? 哀切な雰囲気と共に、全てが謎のままに包まれた、<リドル・ストーリー>の一種とも取れる作品です。

 妻を謀殺した夫が、その事実を知られた召し使いの女に脅迫され続ける「邪魔者」や、殺人を犯して、その死体を自宅に隠した男が罪の意識と不安に駆られる様子を描いた「番人」、脅迫してきた従兄弟を殺してしまった男が罪の発覚を恐れ続ける「井戸」などはサスペンス要素が強いのですが、主人公の強迫的な心理には恐怖感が高く、広義の恐怖小説といえますね。
 「番人」では、夢遊病の気のある主人公が、自分が埋めた死体を自分で掘り返してしまったり、「井戸」では、死体を投げ入れた井戸の中に婚約者がブレスレットを落としてしまい、それに対してパニックになったりと、罪の発覚を恐れる男の心理が描かれる部分には読み応えがあります。

 怪奇小説だけでなく、サスペンス小説やユーモア小説なども含まれたバラエティ豊かな作品集なのですが、どのジャンルの作品もお話が面白く、楽しんで読めるようになっています。


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世界の終わり  ペドロ・アントニオ・デ・アラルコン『死神の友達』
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 スペインの作家ペドロ・アントニオ・デ・アラルコン(1833-1891)の『死神の友達 バベルの図書館28』(桑名一博・菅愛子訳 国書刊行会)は、ユニークな怪奇小説を集めた傑作選です。

「死神の友だち」
 靴修理職人の息子として生まれたヒル・ヒルは、貧しい青年でしたが、亡き母親の知り合いリオヌエーボ伯爵の引き立てによって、上流社会に出入りし作法を身に付けていました。また、幼馴染でもある、伯爵の友人モンテクラロ公爵の令嬢エレーナとヒル・ヒルは、互いに思い合う仲となっていました。
 リオヌエーボ伯爵は亡くなりますが、ヒル・ヒルを疎ましく思っていた伯爵夫人はヒル・ヒルを追い出してしまいます。昔からの知り合いの老婆と暮らしながら靴の仕事を始めたヒル・ヒルでしたが、エレーナへの思いは冷めやらず、彼女との再会を願っていました。
 待ちわびた再会の機会は、居合わせた伯爵夫人に台無しにされた直後に、愛していた老婆も失い、病にかかったヒル・ヒルは絶望し、服毒して自殺しようと考えます。
 そこに現れた男性とも女性ともつかぬ不思議な人物は、自分を死神と名乗り、ヒル・ヒルの友達になろうというのです。彼を医者として成功させ、富と地位ばかりか、エレーナと結ばれるようにしてあげるとも、死神は約束しますが…。
 不幸な青年が死神と友だちになり、彼の力を借りて富と恋人を手に入れる…という幻想的な小説です。
 主人公ヒル・ヒルのみが死神の姿を見て、声が聞こえる、ということを利用して、死者の余命を知ることで医者としての権勢を高めようとします。
 結果的に富も地位も恋人も手に入れることになるのですが、世話になったはずの死神を忌まわしく感じるようになっていく…というところで、思いあがった主人公がしっぺ返しを食らうことになる、というタイプのお話かと思うのですが、それが思わぬ展開になるところがユニークなのです。
 著者のアラルコンは、死神のモチーフを民間伝承的なところから得ているらしいのですが、それが使われていくのは途中までで、最終的な物語の展開はものすごく異色です。そのスケールの大きさは、ほとんどSFの領域に達していますね。
 メルヘン的な物語を読んでいたと思っていた読者は、この凄まじい展開にびっくりすると思います。モダンであると同時に、ある種神話的な雰囲気もあって、傑作と言っていい作品ではないでしょうか。幻想小説を読み慣れた読者でも、あまり予想の展開のつかないお話だと思うので、気になった方はぜひ読んでみてほしいです。

「背の高い女」
 営林技師ガブリエルは、亡くなった友人テレスフォーロの話を語り出します。テレスフォーロは、一人でいるときに、相手も一人でいる女に出会うことに対して病的な恐怖心を持っていました。ある日、異様に背が高く、醜い老婆に出会い、彼女が自分を追ってくることに気付き、恐怖に陥ります。さらに、その直後に父の訃報を聞かされて驚くことになります。
 時を経て女と再び出会ったテレスフォーロは、直後に婚約者ホアキーナが亡くなったことを知りますが…。
 人間とは思えず、会うたびに周囲に死者が発生する奇怪な女を扱った実話風怪談作品です。女が人間なのか超自然的存在なのかは、最後まではっきりしません。またテレスフォーロと何らかの関係があったことが匂わされるのですが、そちらの事情も明かされずに終わってしまうなど、不条理味も強い怪奇小説になっていますね。
 妖怪じみた「背の高い女」のインパクトは強烈です。
最後に明かされるメタな趣向も楽しいです。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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