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無残な物語  ペトリュス・ボレル『シャンパヴェール -悖徳物語-』
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 フランスの小ロマン派の作家ペトリュス・ボレル(1809-1859)の『シャンパヴェール -悖徳物語-』(金子博訳 南柯書局)は、様々な形で残酷な運命を迎える人々の物語を集めた短篇集です。
 何の罪もないのに一方的に不幸な運命に襲われたり、嫉妬や絶望から破滅的な運命を選んでしまったりと、時代や形は異なれど、残酷な運命に襲われた人々を描く連作短篇集です。
 作品集自体が、自殺したシャンパヴェール青年(彼がペトリュス・ボレルの名を名乗っているというのです)の遺稿集という体裁を取っています。最初の「シャンパヴェールについての覚書」では、彼の知己によりシャンパヴェールの人となりが語られ、さらに巻末の短篇「狼狂シャンパヴェール」では、彼が死に至った運命が語られるという趣向です。

 貧窮する無垢な娘が襲われ、冤罪で死刑にまでなってしまうという「訴追官ドゥ・ラルジャンティエール氏」、友人が妻と浮気をしているという疑念から殺し合いにまで発展してしまう「大工ハケス・バラオウ」 、不貞を繰り返した若妻に異常な方法で復讐する解剖学者を描いた「解剖学者ドン・アンドレア・ベサリウス」、命の恩人である魔術師の男と彼を殺そうとする恋人との間で引き裂かれる娘を描いた「魔術師三本指のジャック」 、ユダヤ人の美しい娘と彼女と結婚した貴族の青年の悲しい運命を描く「猶太美女ディナ」 、恋人の裏切りを知った青年が自暴自棄になり破滅してしまう「学生パスロ」 、死を求める青年が恋人と共に凄惨な死を遂げる「狼狂シャンパヴェール」を収録しています。

 主人公やその恋人たちが不幸な目に会い、大体において死に追いやられてしまう…というパターンが繰り返される、徹底してダークな色彩の連作短篇集になっています。主人公たちを不幸な目に追いやる悪人たちは全く罰を受けないどころか、その罪が社会的に認知さえされないあたりも強烈ですね。
 「不幸」が物語の主要な人物によって起こされるのではなく、突然現れた「脇役」によってなされることすらあり、その救いのなさには驚かされてしまいます。

 巻末の「狼狂シャンパヴェール」は、シャンパヴェールが死に至る運命を描いた作品なのですが、この作品に至っては、他作品にはあった「物語」すらなく、シャンパヴェールとその恋人が死に至る凄惨な情景のみが描かれています。

 「解剖学者ドン・アンドレア・ベサリウス」は、澁澤龍彦の翻訳があり、アンソロジーに収録されることも多いです。ボレル作品では一番有名なものでしょうか。
 迷信深い民衆によって妖術師とも称される解剖学者ドン・アンドレア・ベサリウス。老人となったベサリウスには若く美しい妻マリアがいました。
 体調を崩し死を覚悟したマリアは、今まで何人かの男と不貞の行為があったことを夫に打ち明けます。しかし男たちは一回の逢瀬のあと、皆が姿を消してしまったというのです。話を聞いたベサリウスは、妻をある部屋に連れていこうとしますが…。
 他作品同様、「嫌な話」ではあるのですが、裏切られた主人公の「復讐」が成就するあたりに、多少のカタルシスがある作品ともなっています。エンターテインメント性があるといってもいいでしょうか。澁澤龍彦がこの『シャンパヴェール』からこの作品を選んで翻訳したのは、このあたりに原因があるような気もしますね。

 全ての収録作において、不幸な結末を迎える「嫌な話」のオンパレードといった作品集で、19世紀前半という刊行年代を考えると、当時はかなり衝撃的な作品集だったのではないでしょうか。

 ちなみに、この南柯書局版の『シャンパヴェール -悖徳物語-』、ペトリュス・ボレル小説全集の第一巻と銘打たれていますが、結局続刊は出ませんでした。第二巻は『ピュティファル夫人』が予定されていたようです。《世界幻想文学大系》の一冊として『シャンパヴェール悖徳物語』(川口顕弘訳 国書刊行会)という翻訳も出ています。読みやすさでは、南柯書局版の方が優れているように思います。

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至福の日々  シルヴィア・タウンゼンド・ウォーナー『フォーチュン氏の楽園』
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 イギリスの作家シルヴィア・タウンゼンド・ウォーナー(1893-1978)の長篇『フォーチュン氏の楽園』(中和彩子訳 新人物往来社)は、南洋の島を訪れた宣教師の男性と現地の少年との心の交流を語った作品です。

 銀行員として生計を立てていた初老の男性ティモシー・フォーチュン氏は、まとまった額の遺産が入ったことを期に聖職者になろうと考えます。やがて太平洋の港町サン・ファビアンに赴任したフォーチュン氏は、そこから離れた離島ファヌアの人々を改宗させることに熱意を抱き、島に渡ります。
 現地の人々は、温暖な気候と充分な食料に恵まれて、享楽的に暮らす人々であり、フォーチュン氏が熱意を持ってキリスト教を伝道しようとしても、真面目に受け取ってくれません。ただ一人、現地の大家族の美しい少年ルエリは、フォーチュン氏を尊敬し、彼のそばを離れなくなります。ルエリを立派なキリスト教徒として育てようと考えるフォーチュン氏は、彼にいろいろな教育を施そうとしますが…。

 後半生を宣教師として生きることになった初老の男性フォーチュン氏と南洋の島で暮らす少年ルエリ、二人の交流をユーモアとペーソスを持って語った小説作品です。
 いささか朴念仁で頭の固いフォーチュン氏は、キリスト教とその神こそを絶対的なものと考え、現地の人々に布教しようとします。しかし、温暖な気候と充分な食物にめぐまれ、陽気な民族性を持つファヌアの人々は、フォーチュン氏に敬意は払いつつも、その宗教的な教化活動にはまともに取り合いません。
 唯一興味を示した少年ルエリに可能性を見て取ったフォーチュン氏は、少年を立派なキリスト教徒として教育しようと考えるのです。

 興味を示すといっても、ルエリが興味を持っているのはフォーチュン氏自身の属人的な部分であり、必ずしもキリスト教的な部分ではないのです。
 そこに不真面目さを見て取ったフォーチュン氏はいらだつのですが、ルエリと接しているうちにフォーチュン氏自身にも変化が起こってくることになります。
 ルエリはルエリで、現地の神をめぐる原初的な宗教心を持っています。それを力ずくで教化しようとするフォーチュン氏が自らの間違いに気付き、少年自身への愛情を自覚すると同時に、自らの信仰心にも疑念が生じてくる…という流れには非常に説得力がありますね。

 主人公が宣教師ということもあり、一見、キリスト教と現地の原始的な信仰との葛藤、みたいなお話かと想像するのですが、そこまで固い話ではありません。宗教的なものがテーマの一つではありますが、メインとなるのはフォーチュン氏と少年ルエリの心の交流です。
 純真無垢なルエリが、その一方でしたたかで図々しい一面を見せたり、朴念仁だと思われたフォーチュン氏が意外に話の分かる人間で細やかな神経を持っていたりと、二人の人間的な魅力が描かれていきます。
 さらに俗世間を離れた穏やかな南洋の空気の中で暮らす二人の生活の描写もとても魅力的です。何気ない描写にもとても魅力があるのですよね。
 キリスト教徒としての人生に懐疑的になるフォーチュン氏と同様に、一見悩みのないようなルエリもまた、後半では、ある事件をきっかけに生と死について悩むことになります。ルエリを救うためにフォーチュン氏が取った行動とは何だったのか…?

 登場人物はほぼ二人だけで展開する物語でありながら、読んでいて飽きさせません。フォーチュン氏とルエリ、二人の互いに対する感情や立ち位置が常時変化していき、その心理的な変化が物語の大きな山場ともなっているからです。
 初老男性と幼い少年、二人が宗教的なものを超えた愛情を見出す物語であり、さらに生の喜び・充実感が描かれる物語でもあります。フォーチュン氏とルエリ、二人が互いに影響を与え合い、人生を肯定するようになるという流れには清涼感がありますね。
 あまり劇的な事件の起こらない物語ではありますが、それにも関わらず、大きく感情を揺さぶる物語となっています。


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怪奇幻想読書倶楽部 第41回読書会 参加者募集です
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 2023年4月16日(日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第41回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp
メールの件名は「読書会参加希望の件」とでもしていただければと思います。


開催日:2023年4月16日(日)
開 始:午後13:30
終 了:午後16:00
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ(東京)
参加費:1500円(予定)
課題書 スティーヴン・ミルハウザー『イン・ザ・ペニー・アーケード』(柴田元幸訳 白水Uブックス)

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※対面型の読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。
※成人向けの読書会ですので、恐縮ですが18歳未満の方にはご遠慮いただいています。

 今回は、課題図書としてスティーヴン・ミルハウザーの短篇集『イン・ザ・ペニー・アーケード』を取り上げます。文学性と共に幻想性も高い作家の代表的作品集を読んでいきたいと思います。

 

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特異な思考  シオドア・スタージョン『一角獣・多角獣』
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 シオドア・スタージョンの短篇集『一角獣・多角獣』(小笠原豊樹訳 早川書房)は、異様な発想と展開が際立つ、ユニークな作品集です。全体に怪奇幻想的な要素が濃いでしょうか。


「一角獣の泉」
 地主の美しい娘リタに招かれて、彼女の言うがままに歓待を受けていた青年デルは、リタの策略によって一時的に盲目にされてしまいます。その様子を見た娘バーバラはデルを介抱し、一角獣と泉について語りますが、バーバラをリタだと思い込み乱暴を働いてしまいます。
 リタに先日の一件について問い詰めるデルですが、話がかみ合わないなか、一角獣についての話を聞いたリタは、バーバラを案内役にして泉に向かいます。一角獣を捕まえようというのですが…。
 一角獣をめぐるファンタジーです。青年デルと一角獣をめぐって二人の娘が対比的に描かれます。共に美しさを持ちながら、性悪で自己顕示欲の強いリタと献身的で思いやり深いバーバラ。一角獣はどちらを選ぶのか? 予定調和的な展開ではありながら、美しい幻想小説になっていますね。

「熊人形」
 四歳の少年ジェレミーは、熊のぬいぐるみである「むく毛ちゃん(ファジー)」と会話をしていました。ジェレミーの夢の中では、彼は大人になっており、大学で講義をしているらしいのです。「むく毛ちゃん」はジェレミーにいろいろないたずらをそそのかし、夢の中ではそれが実際に行われていました。夢の中の講義では、とある事故で女生徒の一人が命を落としてしまいますが…。
 幼い少年が未来の自分の人生を夢に見るのですが、人形の姿をした怪物の手引きで、そこに人死を発生させてしまう…という異様極まりない怪奇小説です。
 物語が少年側の視点だけでなく、大学教授となった未来のジェレミーの視点からも描かれており、「夢」を通じて、二つの時代の出来事が同時進行的に描かれるあたりも異色ですね。
 少年側からは未来に対して超自然的な介入が可能なのですが、大人側からは何もできません。しかも怪物にそそのかされる少年ジェレミーには善悪の判断がほとんどできず、一方、大人のジェレミーには少年時代の記憶が朧気にしかない、というあたりも怖いです。 「怪物」こと「むく毛ちゃん」の正体が全く分からないところも不気味ですね。

「ビアンカの手」
 白痴の少女ビアンカの美しい手に惚れ込んだ青年ランは、彼女が母親と住む家に押し掛け、そこに部屋を借りて住むことになります。やがてビアンカに結婚を申し込んだランは、幸せな生活を送ることになりますが…。
 精神的にはほとんど人格が無いに等しい白痴の少女の「手」に恋をした男を描く、フェティッシュな幻想小説です。
 関わりを持つうちに、ビアンカの手のみが独自の意志を持っているらしい描写が示され、そこに独立した人格があるかのような妙なユーモアも感じられますね。
 しかし最終的に「手」が行う行為を見ると、「手」に人間的な要素があったのか、それは「怪物」だったのではないか…という、異様な恐怖小説となっています。

「孤独の円盤」
 海岸で入水自殺を図った若い女性を救った「わたし」は、彼女からその理由を聞くことになります。女性はある日空から飛来した小型の円盤に接触し、そこから何かのメッセージを受け取ったというのです。
 メッセージが何だったのか、その秘密を聞き出そうとする政府関係者やその他の人間の懇願にも関わらず、女性はその内容を明かそうとしませんでした。そのうちに、それを理由に女性は迫害されたり、一つところに留まれないようになっていたというのです…。
 一人の女性の孤独とその救済を描いた物語です。円盤がSF的なガジェットではなく、孤独の「象徴」として使われるとは前代未聞ではないでしょうか。
 孤独は宇宙スケールでの生物の共通の感情であり、それを伝えることもできる…という、「ファースト・コンタクトもの」であるともいえますね。
 女性と彼女を救った語り手との関係も明かされ、その経緯には感動があります。スタージョンの重要なテーマの一つである「愛」がストレートに現れた傑作の一つではないでしょうか。
 最後の一行「孤独にも終りがある。充分に長いこと、充分に孤独であった人には。」は非常に印象的です。

「めぐりあい」
 レオはグローリアを一目見た瞬間、恋に落ちます。あらゆる部分で二人は相性抜群であり、理想のカップルとも見えましたが、ある日突然レオの目の前に現れた首だけの中年の男は、彼にグローリアとの仲について警告を与えてきます。
 やがて別の男アーサーと知り合ったグローリアは、彼に惹かれていきますが…。
 趣味も感性もほぼ全てが一致する理想のカップル。しかしあまりにも「同じ」であることは欠点ともなってしまうのです。恋愛における心理を語る寓話的な作品かと思いきや、その異様な展開に驚かされてしまいます。
 原題は It Wasn't Syzygy、「シジジイじゃない」の意で、「シジジイ」とは単為生殖のこと。首だけの男性を始め、レオの身に起こる不可解な現象の理由が「シジジイ」に絡めて説明される部分には、奇妙な説得力がありますね。

「ふわふわちゃん」
 口先を駆使した後ろ暗い商売で暮らしている男ランサムは、未亡人ベネデット夫人の家を訪れます。彼女は飼い猫バブルズ(ふわふわちゃん)を溺愛していました。ランサムの部屋にやってきた「ふわふわちゃん」は突然喋り出します。
 「ふわふわちゃん」によれば、猫は人間を絶滅させるほどの知性を隠して、わざわざ人間に飼われてやっているというのですが…。
 知性ある猫「ふわふわちゃん」に打ち明け話をされる男の物語です。ランサムは猫に近い性質の人間であるといい、それがゆえに接触ができたというのですが、またそれゆえに互いに憎悪の念が生まれ、恐るべき結末をもたらします。一見コミカルでありながら、ちょっと怖いホラー作品になっています。

「反対側のセックス」
 公園で起きた猟奇的な殺人事件の調査をするため、死体置場に勤務するミューレンバーグ医師のもとを訪れた女性記者のバジー。しかしミューレンバーグはなかなか事件の詳細を語ろうとしません。
 バジーの熱意に負け、ようやく語り出しますが、犠牲者はシャム双生児のような存在だったというのです…。
 異様な状態で発見された、殺人事件の死体の謎をめぐって展開される作品です。犠牲者が普通の人間ではないことが分かり、俄然SF味が強くなっていきます。
 「めぐりあい」同様「シジジイ」がテーマになった作品なのですが、こちらでは、完全な生物とその生殖について語られています。
 「完全な生物」については、SF的(合理的)に説明がされるのですが、その「両性具有性」と神々しさには宗教的といえるほどのオーラがあって、SFというよりは幻想小説に近い作品ですね。

「死ね,名演奏家,死ね」
 才能あるミュージシャン、ラッチの率いるバンドのMCとして働く男フルーク。彼は自身の醜さから表舞台には立てず、ラッチに劣等感を感じていました。バンドのマドンナ、フォーンがラッチに夢中なのを知ったフルークは、ラッチを殺そうと考えます。
 一度は失敗し、逆にラッチにたしなめられてしまいますが、策略を用いて、とうとうラッチを殺すことに成功します。
 しかしラッチがいなくなった後のバンドから、ラッチのエッセンスが消えないことに業を煮やしたフルークは、バンドからラッチのエッセンスを抹殺しようと、の要素を担う人間を探そうとします…。
 嫉妬からカリスマ的なミュージシャンを殺した男が、その死後もバンドから消えない彼のエッセンスを探し出そうとする…という物語です。
 容貌が醜いフルークも、その語りの才能は突出しており、ラッチも彼の才能を認めるばかりか、普段から彼のことを思いやっています。才能があるばかりか人格的にも立派なラッチへの感謝の念はありつつも、その輝かしさを許せないのです。
 弁護できないほど身勝手な殺人ではあるのですが、読んでいて、フルークの行動や心理に同情してしまう…というのはスタージョンの筆力ゆえでしょうか。

「監房ともだち」
 監房で「おれ」の同房者となったクローリー。彼は、まるでこぶがついているような、異様に大きい胸を持つ男でした。クローリーに嫌悪感を感じつつも、なぜか彼の言うことに逆らえないことを「おれ」は不思議に思っていました。
 ある日「おれ」は、寝ていたクローリーの胸がかすかに開いているのを目撃しますが…。
 巨大な胸をもつ男と同房者になった男の奇怪な体験を描く怪奇小説です。巨大な胸が「ひらい」たり、密かに何者かと会話をかわしたり、人に命令を聞かせる不思議な力があったりと、クローリーという男の不気味さが際立っていますね。
 猟奇的でフリークス趣味も盛り込まれた怪作です。

「考え方」
 船乗り仲間だったケリーは、人とは違った奇妙な考え方をする男でした。友人のミルトン医師に連れられて、奇怪な病に罹っているという青年ハルの家を訪れた「わたし」はそこでケリーに再会します。患者はケリーの弟だというのです。
 医師からハルの病について聞かされた「わたし」は驚きます。ひどい症状でありながら、明確な原因が見つからないというのです。医師は否定しながらも、ハルがつきあっていた女が、ハルからもらったハイチのヴーズー人形を使って何らかの行為を行っている可能性を話すのですが…。
 ヴーズー人形の呪いによって青年が殺されてしまう…というホラー・ストーリーなのですが、そこに独特の思考法を持つ男ケリーの存在が絡められて、異様な印象の作品となっています。
 ケリーがいかに独特の考え方をするかを示す描写がいくつか示されるのですが、女から扇風機を投げつけられたケリーが、逆に女を掴んで扇風機に投げつける…という部分は特に印象に残りますね。スタージョンという作家の独自の思考様式を示すのにも使えそうなエピソードとなっています。
 ケリーの独自の思考法による行動から生み出された結末は、異様でありながら、これしかないだろうという説得力がありますね。恐怖小説の傑作だと思います。


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いびつな愛  シオドア・スタージョン『輝く断片』
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 シオドア・スタージョン『輝く断片』(大森望編 河出文庫)は、サイコ・スリラーや異常心理小説的な要素の強い作品が集められた作品集です。

「取り替え子」(大森望訳)
 ショーティとその恋人マイクは、ショーティの伯母アマンダが残した遺産三万ドルを欲しがっていましたが、相続の条件は、アマンダの妹ジョンクィル伯母の目の前で三十日間、赤ん坊の面倒を見なければならない、というものでした。どうしたものかと悩んでいる二人の前に、男の赤ん坊が川から流れてきます。
 赤ん坊は大人のような口をきき、二人は驚かされます。可愛らしい赤ん坊と見えたその子は、なんと人間の子どものふりをした妖精「取り替え子」だというのです。
 その赤ん坊ブッチを、近所から預かった子どもだというこにして、ジョンクィルの家を訪れたショーティたちでしたが…。
 相続の条件として赤ん坊の「子育て」が課され、それに妖精の取り替え子が絡むことになるという、楽しいファンタジー作品です。
 相当の年数を生きているらしい取り替え子ブッチ、金目当てのショーティとマイクなど、いずれもしたたかで利己的な人物たちなのですが、意想外に「良い」展開を迎えることになります。思いがけぬ「愛情」によって登場人物皆が幸福になる…という後味のよい作品になっていますね。

「ミドリザルとの情事」(大森望訳)
 政府の要職に就いている屈強な男フリッツは、元看護士の妻アルマと共に出かけている最中に、ちんぴらの一団に襲われて怪我をした若い男を見つけ、家に連れ帰ります。
 その男ルーリオをアルマと共に残してフリッツは出かけてしまいますが、二人の間には不思議な愛情が芽生え始めていました…。
 屈強で傲慢な男とその妻、そして繊細な青年との間に奇妙な三角関係が生まれてしまう…という物語なのですが、そこにSF的な要素が絡められて、異様な読み味になっています。
 「ミドリザル」とは、周囲の人間とは違った要素を持つ人間とのことで、いわゆる「マイノリティ」といっていいでしょうか。フリッツはルーリオに対して、「マイノリティ」からの抜け出し方を一方的に説教することになるのですが、それが裏目に出てしまうことになります。
 ルーリオが文字通りの「ミドリザル」であり、彼との付き合いをきっかけに妻アルマとの間に越えられない溝を作ってしまうことにもなる、という夫婦の破綻の物語でもありますね。
 結末付近での「下ネタ」オチが目立ちますが、それ以外の部分でもいろいろと読み込める不思議な作品です。

「旅する巌」(大森望訳)
 天才的なデビュー作「旅する巌」を発表したシグ・ワイス。彼の二作目を欲しがるエージェントのクリスはシグの家を訪れますが、実際の作者は作品からは考えられないような、暴力的で身勝手な男でした。しかもシグが送ってきた二作目の小説は、一作目からは考えられないような駄作だったのです。
 シグが作品を発表する前後に何か異常な出来事があったのではないかと考えるクリスは、懸賞金付きで人格の変化を調べているという若い女性ティリーと接触を取ることになります。彼女は仮定の話だと前置きして、信じられないような話を始めますが…。
 天才的な新人作家が実はとんでもない人間で、彼のような人間がなぜあんな素晴らしい作品が書けたのか? という謎を追っていくという話です。SF的な要素が途中から現れてくるのですが、それが宇宙を股にかける壮大なテーマで唖然としてしまいます。
 題材的にはいわゆるB級SFといっていいのですが、人間関係をめぐる部分がスタージョンらしく深みがあって読み応えがあるのです。
 主人公のエージェント、クリスとその秘書ネイオーミ、クリスの協力者となる女性ティリーの間に三角関係が生まれたと思ったら、シグもはさんで四角関係に…。
 最後の部分はやたらと駆け足になってしまい(急な解決ではありますね)、もったいないところではあるのですが、人間の「恐怖心」が人格を歪めたり才能を抑圧しているのではないか、という独自の論理は興味深いところです。

「君微笑めば」(大森望訳)
 相手のどんな話でも微笑みながら肯定してくれる男ヘンリー。二〇年ぶりにヘンリーに会った「おれ」は、酒場や自宅にと、ヘンリーを連れ回し、一方的な話を続けます。「おれ」がヘンリーに明かしたのは、周囲の者を「しあわせ」にするために殺人を繰り返しているらしい謎の人物についてでした…。
 再会した旧友を無理に連れ回し、一方的に話を続ける語り手が描かれ、この人物がいささかサイコパス気味な異常性格者だと思いながら読み進んでいくのですが、この語り手「おれ」のとりとめのない話から、さらに異常な殺人者の存在が明かされる…という物語。
 酒場で泣いている女性の悲劇に「おれ」が関わっていることが示唆され、読者としては、悪党の「おれ」がひどい目に会うことを期待してしまいますが、その「罰」が思いもかけないところから現れて驚かされます。
 「おれ」が語る、専門家にならず中途半端な無知にとどまるべきだ…という独自の論理、善悪を超えた倫理観、恐るべき殺人者の正体など、全体に異様な迫力を持ったサイコ・スリラー作品です。

「ニュースの時間です」(大森望訳)
 石鹸関係の仕事をしているマクライルは、真面目な家庭人でしたが、数年前から異様な行動を見せるようになっていました。ニュースに執着し、新聞やテレビ、ラジオのニュースを欠かさず見るうち、それらに触れている最中は話しかけても反応が全くないようになってしまっていたのです。その様子に起こった妻のエスターは、新聞の配達を断り、テレビやラジオを使えないようにしてしまいます。
 ニュースに触れられなくなったマクライルは、弁護士のところで家族のためのお金の手続きをした後、一人で失踪してしまいます…。
 ニュースに執着する男がそれを取り上げられた結果、精神のバランスを崩してしまう…というサイコ・スリラー的作品なのですが、その異様さがただ事ではありません。マクライルが言語を忘れ、他人とコミュニケーションできなくなってしまうというその症状も相当なのですが、彼がそうなるに至った理由が後半明かされ、その異様な論理に驚愕してしまいます。
 マクライルの病を治そうとする精神科医の行動が恐ろしい事態を招いてしまうという展開も恐怖感が高いですね。特に最後の一行の衝撃は強烈です。
 この作品、ネタに困ったスタージョンが、ロバート・A・ハインラインからもらったプロットを元に書いたらしいです。アイディアだけでなく、最後のオチまでハインラインのプロットのものなのだそうですが、仕上がった作品はスタージョンらしさの横溢した作品と感じられるのも面白いところですね。

「マエストロを殺せ」(柳下毅一郎訳)
 天才的な才能を持つジャズ・バンドのリーダー、ラッチ・クロウフォード。バンドのメンバーの一人フルークは、醜い容姿のため告白もできずにいた娘フォーンがラッチに夢中なのを苦々しく思い、ラッチを殺そうと決心します。たまたま手に入れた銃でラッチを殺そうとしたものの、失敗に終わっただけでなく、彼に憐れみすらかけられてしまいます。 手の込んだ手段を使い、ようやくラッチを殺すことに成功しますが、バンドが奏でる音楽にはラッチのスタイルが残っていることに気付きます。ラッチの本質がバンドのどこにあるのか、フルークは必死に探し出そうとしますが…。
 醜い容姿からの劣等感だけでなく、その才能や他人に対する気遣いまで、全てにおいて自分より上だと認定せざるを得ない男を殺そうとしたミュージシャンを描く物語です。
 バンドのリーダーであるラッチは、普段からメンバーとバンドのことを気にかけていました。容姿の面で問題をかかえるフルークには特に気遣いをしていましたが、逆にフルークはそれを苦々しく思っていたのです。
 バンドの一員でもある美しい娘フォーンとラッチの仲が噂になるのに嫉妬し、ラッチを殺そうとしたフルークは、逆にラッチにたしなめられます。
 バンドを優先するラッチは、自らも恋心を持っているにもかかわらず、フォーンに色恋沙汰はなしにしてほしい、と告げるのです。その徹底した他人への思いやりに一度はほだされるフルークでしたが、結局は彼への憎しみに囚われてしまいます。
 バンドを離れたところで、ラッチが生きている限り、自らの憎しみは消えないと、ついにラッチを殺すフルークでしたが、残ったバンドにはラッチのスタイルが生きていました。それを潰して、完全にラッチの痕跡を消滅させたいと考えるフルークには狂気の色が濃くなっていきます。その偏執教的な心理が語られていく過程が読みどころでしょうか。
 フルークのラッチに対する思いには、憎しみと同時に、憧れのようなものも混じっているようです。バンドにおけるラッチの本質を探るため、嫌悪感を抱いていたバンドに再び戻りそれに協力することになる…というのも皮肉な流れですね。
 憎しみを抱いていた男を肉体的に殺しても、その「魂」は殺すことができない…。カリスマ的なアーティストへの憎悪と執着を描いた、一種の「芸術家小説」とも読める作品です。

「ルウェリンの犯罪」(柳下毅一郎訳)
 生真面目で規則的な生活を送る男ルウェリン。周囲から全く何の面白みもないと思われている彼にはある秘密がありました。籍を入れていない女性アイヴィと19年間も同棲しており、その「罪」を犯しているという意識がルウェリンの心を支えていたのです。
 ある日アイヴィは、黒い箱の中から結婚証明書を取り出してきます。二人は始めから結婚していたというのです。ショックを受けたルウェリンは、何か代わりの「罪」を犯さなければならないと思い込みます。債権を金に換えようとしますが、訪れた銀行で不審な行動をとがめられてしまいます…。
 真面目で何一つ悪いことをしたことがない男が、自らの心の支えとして、自分だけの「罪」を抱えていたところ、それを崩すような事態が次々と起こり、心が壊れてしまう…という物語です。
 主人公ルウェリンはあまりに生真面目で世間知らず、悪いことをしようとしてもそのやり方さえ分かりません。そもそも一人では日常的な生活もままならないのです。同棲相手のアイヴィはそうした現実的な生活を支えてくれるパートナーでしたが、彼女が二人が結婚していた事実を告げることで、自分の「罪」が思い込みだったことが分かり、アイヴィを憎み始めることになります。
 それならばと、別の「罪」を犯そうとするものの、そのやり方さえ分からず、右往左往するルウェリンの姿には憐れみを催すものがありますね。一方アイヴィは、自ら明かしてしまった事実がルウェリンを傷つけたことに気付き、それを埋め合わせようと奔走するのですが、その「思いやり」がことごとくルウェリンの「誇り」を打ち砕いてしまう…というあたりの展開も非常に皮肉です。
 ルウェリンの新たなパートナーとなる、銀行員のミス・フィッシャーも温厚で親切な女性、アイヴィとルウェリンも含め皆が善人でありながら、ルウェリンの精神的には「地獄」のような状態が生まれてしまうという、ある種、救いのない作品となっています。

「輝く断片」(伊藤典夫訳)
 53才になる清掃員の男は、体は頑丈なものの、頭は少し足りないと思われていました。ある日、怪我で瀕死の女性が車から投げ捨てられるのを目撃した男は、その女性を連れ帰り、自室で看病を続けます。手厚い看護のかいもあり、だんだんと回復してきた女性でしたが…。
 どこか知的な障害もあるらしい男が、怪我人の女性を一人だけで看護しようとし、その秘密の生活に満足感を覚えるようになる…という異常心理小説です。
 警察や病院には連絡せず(連絡するという発想自体がないのかもしれません)、うろ覚えや出鱈目な治療手段で女性を看護しようとします。たまたまそれが上手くいき、女性の看護に生きがいを覚え始める男でしたが、彼女が回復したとき、その思いは裏切られることになるのです。
 男が女性に寄せるのは歪んだ(一方的な)愛情であり、それが明確に描かれるラストの情景には恐怖感も感じられる一方、男の凝り固まった考え方には憐れみを催すところもありますね。
 男の精神状態は普通ではなく、その行動も倫理的にはおかしいことに間違いはありません。言ってしまえば、異常者による監禁を描いた物語といえるのですが、読んでいてどこか男に同情を寄せてしまうような部分もあるのは、スタージョンの筆力ゆえでしょうか。
 この作品集、SFや超自然的な要素は少なく、ジャンル的には〈異常心理小説〉とか〈サイコ・スリラー〉的なお話が多く集められた感じです。ただ、登場人物の心理が描かれる部分の「異様さ」は強烈で、ほとんど幻想小説やホラーに接近していますね。
 またスタージョン独特の奇妙な「論理」や「思想」が頻出するのも特徴で、こちらも一風変わった印象をもたらしています。



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図書館さまざま  アルベルト・マンゲル『図書館 愛書家の楽園[新装版]』
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 アルベルト・マンゲル『図書館 愛書家の楽園[新装版]』(野中邦子訳 白水社)は、アルゼンチン出身の作家マンゲルによる、図書館や書物をめぐる随想です。

 いくつかの章に分かれており、それぞれ図書館や書物に関して、異なったテーマからのアプローチによる随想が語られています。とはいえ、緻密な論証や論考が繰り広げられるわけではなく、折々に興味深いエピソードが引用されたり、著者独自の思考が現れたりと、緩やかに読んでいける本になっています。
 著者マンゲルの博覧強記はものすごく、古今東西の風変わりなエピソードがこれでもかと出てきます。こちらの部分だけでも楽しめるのですが、著者の私的な経験や書物愛について開陳される部分にも味わいがありますね。
 マンゲルは、若い頃、盲目となったボルヘスと出会い、何年も彼に朗読をしていた経験があるそうで、ボルヘスの弟子筋といってもいい人のようですね。当然彼の影響は強いようです。

 面白く読んだのは、書物の並べ方や分類について語られた「秩序としての図書館」、物理的な収容力について語られる「空間としての図書館」、権力や権威としての図書館が語られる「権力としての図書館」、図書館の消失や破壊について語られる「影の図書館」、アビ・ヴァールブルクの仕事について語られる「心のあり方としての図書館」、孤島やウェブ、辺境の図書館について語られる「孤島の図書館」、小説の中の架空の図書について語られる「空想図書館」などの章です。

 「秩序としての図書館」では、本の分類や書棚のレイアウトなどのテーマについて語られています。作家別・国別・アルファベット順などのほか、色で区分するとか、本の高さで揃えるとか、本好きには日常的な話題が多くて楽しいですね。
 幻想文学ファンには、「空想図書館」の章が楽しいでしょう。ボルヘス、ラブレー、ディケンズ、ポール・マッソン、ラヴクラフト、ヴェルヌなど、架空の図書の話題が語られています。
 盲目でありながら図書館長の職を要請され、それを引き受けたボルヘスのエピソードも語られ、こちらも興味深いですね。

 全篇が書物や図書館についての記述であふれています。まさに、本好きが本についてだけ語ったエッセイ集であって、書物を愛する人には非常に楽しい本ではないでしょうか。

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魂の飛翔  アレクサンドル・グリーン『輝く世界』
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 アレクサンドル・グリーンの長篇『輝く世界』(月刊ペン社)は、空を飛ぶことができる男と、彼が社会に与える影響を描いた、幻想的な小説作品です。

 ある日突然「太陽サーカス」の支配人の前に現れ、自らの特技を売り込んだ「二重星の男」。一回切りの条件付きで出演を承諾したその男ドルートは、物理的な法則を無視して空を飛び回る能力を持つ男でした。最初は熱狂していた観衆も、ドルートの超自然的な力に恐れを感じ始め、パニック状態になってしまいます。
 一方、観客の中にいた大臣の美しい姪ルナ・ベグエムは、ドルートの姿に運命的なものを感じていました…。

 空を飛ぶことが出来る男ドルートと、彼が社会や特定の人々に与える影響を描いた、幻想小説作品です。ドルートの能力は文字通り空を自由自在に飛べる、というもの。彼にとって飛ぶことは「自由」と同義であり、サーカスへの出演も、その能力をさび付かせない練習のようなものでした。
 ドルートの飛行を見た者たちの反応は二つに分かれ、彼の自由な精神に同調するものと、彼を社会への敵とみなす者、二種類に分かれていました。ドルートを危険分子と見なすようになったサーカスの支配人や大臣などは、彼を捕らえたり殺したりしようとします。
 大臣の姪ルナは、ドルートの能力に憧れを抱きながらも、彼は世界の支配者になるべきだとして彼を焚きつけますが、ドルートはルナの思想に失望し、二人は袂を分かつことになります。ドルートを「敵」と思い込んだルナは様々な部下を使って彼を追い詰めていこうとします。ルナの追手から逃げ出し、ドルートは自由を貫徹できるのか?というのが、一つの読みどころになっていますね。

 ドルートの飛行能力に関しては、科学的にせよそうでないにせよ、特に説明はされず「そういう能力」とされています。飛行は彼の自由な精神の表れでもあり、それを抑圧する社会は、著者グリーンの生きていた当時の社会の反映でもあるのでしょう。
 露骨にドルートを「社会の敵」として否定する人々とは違い、ルナに関してはドルートに対して両義的な思いを抱いています。彼への崇拝の念が反転して恨みになってしまったような風でもあるのです。ルナの精神が「救われる」のかどうか? というのも興味深いところですね。

 ドルートの飛行が描かれるシーンは非常に幻想的でロマンティック。そして、彼の生き方や思想も夢想家そのものです。その一方、彼が生きる社会はその夢想家気質を許さずに排斥しようとします。そこに現実と幻想の相克、というテーマを見てみることもできますね。
 全体を通して非常に美しい幻想小説です。周囲や社会の排斥にも関わらず、主人公ドルートの信念が全く揺るがない…というところも、そのポジティブかつ夢想的な雰囲気の理由の一つでしょうか。


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受け継がれるもの  潮谷験『あらゆる薔薇のために』
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 潮谷験の長篇『あらゆる薔薇のために』(講談社)は、昏睡状態に陥り記憶を失ってしまう難病「オスロ昏睡病」をめぐって殺人事件が発生するというミステリ作品です。

 昏睡状態に陥り記憶を失ってしまう難病「オスロ昏睡病」。病から回復した患者は、それぞれ身体の一部に薔薇のような形をした腫瘍が残るのが常でした。
 35年前に病の治療法を確立し、その権威となった医師、開本博士が殺され、さらに元患者の高校生、兵頭水奈が殺されてしまいます。
 複数の殺人事件に「オスロ昏睡病」の関係者が関わっているのではないかと警察は疑っていました。自らもかっての患者であり薔薇を持つ京都府警の八嶋要は、患者たちの後援施設であり、自らも世話になったことのある「はなの会」に、部下の阿城はづみと共に調査に赴くことになりますが…。

 後遺症として薔薇のような形をした腫瘍のできる病「オスロ昏睡病」をめぐって、その病の権威者である医師や患者が次々と殺される事件が発生する…というミステリ作品です。
 主人公八嶋が警察関係者であることから、病をめぐっての事件の捜査が警察小説的な形で描かれていくのかと思いきや、思わぬ方向に物語が進んでいきます。元患者の「薔薇持ち」の人々は、それぞれ体の一部に薔薇のような腫瘍が発生しており、それが身体の目立つところにある場合、社会的生活においても困難を来すこともあるのです。
 「はなの会」はそうした困難を抱える若者たちを後援する施設でもあり、主人公八嶋もその施設に世話になった過去を持っています。再び施設を訪れるようになった八嶋が、かって亡くしてしまった同じ病気の元恋人を思い出せられることになる…という展開も上手いですね。

 殺人事件に関しても、薔薇による社会的・物理的な問題が原因なのかと推測して読んでいくのですが、そこに現れるのは奇病による超自然的としか思えない現象。それに伴い、物語はSF・幻想味を深めていきます。
 殺人の犯人は誰か? その動機は何か?というミステリ的な謎ももちろんですが、人間の人格とは何なのか? 人を愛するとはどういうことなのか? といった哲学的・倫理的な問いかけも現れ、非常にスケールの大きなお話になっていますね。
 ミステリであり、SFであり、幻想小説でもあるという、ジャンル横断的なエンターテインメント作品です。そこに哲学的・心理学的な問題意識(特にアイデンティティーに絡む問題がメインとなっています)が加わり、魅力的な作品となっています。
 「オスロ昏睡病」の真相が明かされる部分には、ある種の知的興奮も感じられます。同著者の他作品のキャラクターがさらっと登場するところも、ファンには楽しいところです。

 潮谷験作品、すでに何冊か著作が刊行されていますが、今のところ最高傑作といっていい作品ではないでしょうか。


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支配する物語  潮谷験『エンドロール』
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 潮谷験の長篇『エンドロール』(講談社)は、人気作家だった亡き姉の名誉をめぐって、自殺主義者たちの活動を止めようとする少年作家の活躍が描かれる作品です。

 新型コロナウイルスの影響で、若者たちの間では閉塞感が蔓延し、自殺も急増していました。その背景には、自らも集団自殺を通して死を選んだ哲学者、陰橋冬の著書「物語論と生命自律」の影響もあるようなのです。彼は自殺する前に自らの自伝を国会図書館に納本していました。
 陰橋と共に自殺した者のみならず、彼の死後にも国会図書館に自伝を納本する者は絶えず、調べたところ、彼らは皆自殺していたというのです。
 人気絶頂の最中に病で早逝した作家、雨宮桜倉を姉に持つ雨宮葉は、自らも新人作家として活動を開始したばかりでした。桜倉が生前、陰橋と交流があり、彼が関わっていたブックカフェが桜倉の最後の著書でモデルとして取り上げられていたこと、桜倉の死後にブックカフェが破綻しスタッフが自殺してしまったこと、それらの事実から、桜倉の本に暗い兆しを読み取ってしまった読者が自殺に走ってしまうのではないか? それを葉は恐れていました。
折しも、人気動画投稿者の遠成響から誘われた葉は、陰橋の思想に共鳴する若者たちと三対三で討論するネットテレビ番組に招待されます。自殺否定派の面々は葉、響、そしてサッカー選手である箱川嵐でした。
番組が始まる前に突然現れた、自殺肯定派の一人、長谷部組人の巧みな議論に出鼻をくじかれる葉たちでしたが…。

自らも自殺した哲学者が残した著書とその思想の影響により、若者たちの間に自殺が広まりつつある世界を舞台に、亡き姉の名誉を守ろうとする少年作家が、その思想を否定するため奔走する…というお話です。
 全編を通して、自殺は肯定されるべきなのか、否定すべきだとしてそこにどんな根拠があるのか、といった議論が交わされていきます。
 自殺肯定派の若者たちは、夢や希望に敗れた人間たちであり、彼らの「死んで何が悪いのか」とする意見に対して、主人公葉たちは、なかなか説得力のある言葉をかけることができません。
 そんななか、思わぬ方向からの意見を持ち出すのが箱川嵐。言葉を生業とする響や葉ではなく、サッカー選手である嵐が持ち出すのは思考実験のような突飛な考え方で、こちらには驚いてしまいますね。

 陰橋冬が主張していた思想は「物語従属論」というもので、人間の人生は「物語」によって影響を受けてしまう、というもの。一方、天才作家であった姉を信奉する葉もまた、姉の「物語」に明らかに影響を受けてはいるのです。
 自殺肯定派も否定派もどちらもその「物語」の影響を受けているわけで、その桎梏からどのように逃れるのか? というのが大きなテーマとなっているようですね。
 徹底して生へのエネルギーに溢れていた姉桜倉が、死を迎える寸前には、やはり暗い情念に囚われていたのではないか? という疑念に襲われる葉が、姉の最後の真意をめぐって考えていく、というのもこの作品の大きな柱になっています。

 中盤では、ある人物の死をめぐる事件が起きるのですが、自殺を肯定する者たちが関わっているだけに、その死が自殺なのか他殺なのか、そのどちらかによって、その死が意味する思想的な文脈が変わってくる…という展開も面白いところですね。
 自殺をめぐるお話ではありますが、自殺肯定派の面々も真摯ではあり、彼らの行く末にも希望が持てる結果が現れるなど、決して暗いだけのお話にはなっていません。
 主人公葉の決断が描かれるラストには、軽やかさも感じられるなど、とても魅力的な作品になっていますね。


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純粋な悪  潮谷験『スイッチ 悪意の実験』
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 潮谷験の長篇『スイッチ 悪意の実験』(講談社)は、「純粋な悪」を調べるための実験が、殺人事件を引き起こしてしまうという、ダークなミステリ作品です。

 大学生の箱川小雪は、OBの香川霞から誘われて、友人たちと共に風変わりなアルバイトをすることになります。バイトのスポンサーは有名な心理コンサルタント安楽是清で、彼の研究課題の「純粋な悪」を調べるための実験に参加してほしいというのです。
 被験者たちのスマホにスイッチのアプリがインストールされ、そのスイッチを押すと、彼らとは何のかかわりもなく幸せに暮らしている家族が破滅するというのです。そもそもスイッチを押しても押さなくても一か月後には100万円が手に入るという契約であり、スイッチを押すことのメリットはありません。
 しかし、安楽によれば、そこでスイッチを押す者こそが「純粋な悪」だといいます。押すような人間はいない、そう思っていた被験者たちでしたが…。

 スイッチを押すことで自分とは何の関係もない人間たちが不幸になる。そのときスイッチを押す者はいるのか…というテーマで描かれた、ブラックなミステリ作品です。
 実験に絡んで殺人事件が起こってしまい、その原因となった「純粋な悪」の持ち主を探すことになりますが、その過程で、倫理的に問題を抱えていた主人公の心の問題もクローズアップされてくることになります。

 主人公である箱川小雪は、特殊な内面を持つ人物です。何かを決断するということに恐れを抱くがゆえに、頭の中でコイントスをして、それに従うという行為を繰り返していました。もともと幼い頃から自身の感情のコントロールを自分で行うことが出来るという特殊な能力を持っていましたが、通っていた宗教団体経営の幼稚園の園長によってそれを否定され、それ以来、そうした頭のイメージ内で自身の決断を決めている、というのです。 イメージ内のコイントスは小雪の意志とは独立に動いており、その結果は本当に機械的なもの。それを繰り返す小雪は、周囲からは判断力の早い人物と思われていましたが、その決断は自分自身によるものではなく、また、たまたまコイントスで結果を決めた行為が善行につながっても、その行為へ評価を受けることに対して、歯がゆい思いを抱いていました。
 友人である大我や玲奈、特に玲奈は正義感の塊のような人物で、小雪は彼女に対しても憧れを抱くと同時に引け目を感じてしまうのです。
 理由のない悪意を発揮する「犯人」に対し、周囲の人物たちはその行為を非難することになりますが、それらの善悪に対してニュートラルな立場にいる小雪は、自身の倫理観について何度も自問することになります。

 ニュートラルな立場といえば、実験の主宰者である安楽是清も相当な人物です。「純粋な悪」を見たいがために大金を費やしたり、家族が破滅しようが構わない…という倫理観の人物。彼が本当に心理学的な興味だけで実験を計画したのか、そのあたりも興味深いところですね。
 「犯人探し」だけでなく、「犯人」を含む事件の渦中にいる人物たちの善悪や倫理についての問いかけがなされ続ける、という点でもユニークなお話になっています。

 後半では、とある宗教団体とその教義が重要なテーマとして登場し、それに伴い宗教的・哲学的な味わいが濃くなっていきます。
 実験の参加者の中に僧侶である茂木水観という人物が登場し(そもそも舞台となる大学が仏教系の学校なのです)、彼と小雪がたびたび宗教的な談義を交わす場面も哲学的で面白いです。

 倫理的な問題を抱える実験がメインテーマ、殺人事件自体も結構陰惨、ということで、全体にかなりダークなお話にはなっているのですが、後味は意外に悪くありません。いささか精神的な危うさを抱える主人公小雪の成長物語としての要素もあるからでしょうか。
 謎解きミステリとしてもよく出来ている作品だと思いますが、それ以上に倫理的・宗教的な問題意識が描かれる部分が魅力となっている作品ではないかと思います。


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奇想のワンダーランド  柞刈湯葉『まず牛を球とします。』
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 柞刈湯葉の短篇集『まず牛を球とします。』(河出書房新社)は、奇想天外なアイディアと突飛なユーモアにあふれた作品集です。

 倫理的な問題から牛肉が球形の食料として生産されるようになった世界を描く「まず牛を球とします。」、田中姓に悪いイメージが広まったことから、自作品の登場人物の名前に悩む少年漫画家を描く「犯罪者には田中が多い」、物質から純粋な数だけを取り出し、それを食べるというシュールな物語「数を食べる」、宇宙に存在する石油玉になりたいと言い残して亡くなった恋人を思う男の物語「石油玉になりたい」、事故がほぼなくなった近未来、万が一事故が起こったときに責任を取るためだけに採用された男を描く「東京都交通安全責任課」、創造物の責任を取って神が消滅してしまった後の世界を描く「天地および責任の創造」、人知を超えた力を持つ謎の妻を描く「家に帰ると妻が必ず人間のふりをしています。」、タマネギが嫌いなフリーランスの「星拾い」の男の物語「タマネギが嫌い」、月面で展開される月人と地球人との戦争を描いた「ルナティック・オン・ザ・ヒル」、文学好きの少女が科学好きで発明家の少女に出会うという「大正電気女学生」、何事にも熱意を感じられない男が箱をかぶって行ったパフォーマンスが世界中に拡散されてしまう「令和二年の箱男」、モンゴル帝国の支配下で天文官として採用された漢民族の男の人生を描く「改暦」、広島に落とされた原爆が不発弾となり、その処理班として現地に赴いたアメリカ人物理学者を描いた「沈黙のリトルボーイ」、人類を幸福にするために染色体を設計する仕事に就いた女性を描く「ボーナス・トラック・クロモソーム」の14篇を収録しています。

 アイディアがとんでもないのに加えて、その物語展開も異様。捻くれたユーモアもありと、楽しい作品集となっています。

 「まず牛を球とします。」では、牛肉が球形として生産される世界を描いています。生き物を殺すのが忌避されたことから、そこに大豆が混ぜ込まれ、結果的に植物扱いになっていたりするのです。そこから敷衍して、生物に様々なものが入り交じった結果、人種、ひいては人間とは何なのか? ということまで考えさせられてしまう怪作です。

 「東京都交通安全責任課」では、事故がほぼなくなった世界を舞台に、事故が起こった際の責任を取るためだけの部署が作られているという設定。都会で暮らしたいがために東京都交通安全責任課に採用された「わたし」は、たまたま起こった事故の責任を取らされてしまいます。
 天文学的確率で起こった事故の責任を取らされてしまう主人公の不条理な運命もそうですが、オートメーション化された社会で「責任を取ること」だけが人間の仕事になっている、というのも風刺的ですね。

 「家に帰ると妻が必ず人間のふりをしています。」は、不可解な妻を描く物語。「ぼく」の妻は、その行動が謎に満ちていました。結婚当初と容姿が変わっているのを始めとして、スイッチに触らずに電灯をつけたり、包丁で切ってしまった指がいつのまにか再生していたり…。どうやら人間ではない可能性すらあるのです…。
 侵略SFというべきか不条理ホラーと言うべきか、<奇妙な味>の作品です。

 前半は楽しいユーモアSFが続くのですが、後半ではいくつかシリアスなお話も入っていますね。「改暦」「沈黙のリトルボーイ」などは、そのタイプの作品です。

 「改暦」では、モンゴル帝国の支配下の中国で、天文官として働くことになった男、李復圭の人生が描かれます。予測はいいかげんで良く、外れた場合は皇帝の徳のおかげだと言い張ればいいという先輩の言葉に納得できないものを感じつつも、自分なりに納得できる考え方を受け入れつつあった李復圭は、改暦によってそれをひっくり返されてしまいます…。
 上手く時の政府に召し抱えられた天文官が、その仕事を通して人生や運命に対して思索を重ねていく…という歴史小説です。人間世界は天の意志で動いているのか? それとも数理による自動的な結果に過ぎないのか? 亜哲学的なテーマも含んだ力作です。

 「沈黙のリトルボーイ」は、広島に落とされた原爆が不発弾となっていたとしたら…という仮想歴史小説。爆弾の処理班として現地に赴いたアメリカ人物理学者テッド・カークの思いが、それまでの経緯と共に語られていきます。爆弾を爆発させなかったのは何らかの「意志」なのか?
 神の摂理を思わせる、不思議な巡り合わせが描かれるという、ユニークな作品となっています。


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隠された人生  エドワード・ケアリー『呑み込まれた男』
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 エドワード・ケアリー『呑み込まれた男』(古屋美登里訳 東京創元社)は、カルロ・コッローディ『ピノッキオの冒険』からヒントを得て、作中で巨大な魚に呑み込まれた、ピノッキオの生みの親ジュゼッペがどう生き延びたのか…を描いたファンタジー作品です。

 自らが生み出した、命を持った木彫りの人形ピノッキオが家に帰ってこないことを心配した大工のジュゼッペは、ピノッキオが海に放り出されたことを聞き、舟で探しに出ますが、巨大な魚に遭遇し、呑み込まれてしまいます。
 ジュゼッペが気がつくと、魚の腹の中らしき場所にいました。そこには、かって呑み込まれたらしいデンマークの帆船がまるごと残っており、船内には食料や水、蝋燭など、生きるための物品が残されていました。ジュゼッペは船内で見つけた日記帳に、自らの人生と息子についての文章を綴っていきますが…。

 カルロ・コッローディ『ピノッキオの冒険』の作中で、ピノッキオの生みの親ジュゼッペが巨大魚に呑み込まれ二年間を過ごした…という描写があり、その部分に関しては詳しいことが語られません。イタリアのコッローディ財団から、ピノッキオに関するオブジェ制作を依頼されたケアリーが、ジュゼッペの語られなかった物語をモチーフにオブジェを制作し、その副産物として出来上がったのが本書だといいます。

 巨大魚の腹の中に囚われてしまったジュゼッペがいかに生き延び、孤独に耐えたのか? という、いわば『ピノッキオ』のサイドストーリーと言える作品です。
 どうやって生き延びたのか? というところに関しては、すでに魚に飲み込まれていた帆船が存在した、という幸運に恵まれていました。船を住居として暮らし、食料や水もある程度存在していたのです。そのため、特殊環境下におけるサバイバル、という部分に関しては意外と控え目です。
 では何がメインになってくるかというと、孤独になったジュゼッペが、自らの生涯や出会った女性たち、そしてピノッキオとの暮らしの日々など、過去を回想していく…という内省的なお話が中心となっています。
 家業になじめず大工という道を選んだこと、何人かの女性と出会うものの、結局何らかの形で別れてしまったことなど、現状の孤独な状態である以前に、すでにしてジュゼッペの今までの人生に孤独の影が強かったことが語られていきます。
 そんな中、最初は人形だと疎んじていたピノッキオとの暮らしと彼に対する愛情が湧き上がってくることになるのです。

 クローズアップされてくるのは「父子関係」。ジュゼッペとその父親、ジュゼッペとピノッキオ、そして魚の腹の中の船内で見つけた痕跡から知った船長とその息子も、またその関係に当てはまりますね。内省を通して、ジュゼッペがピノッキオとの関係を見つめ直し、愛を自覚する物語、といってもいいでしょうか。
 ジュゼッペが魚の腹の中で暮らす間に行った「芸術活動」も重要なモチーフとなっていますね。彼の制作物に関しては、「ピノッキオ」に続き、またもや不思議な出来事が起こることにもなります。
 このあたり、芸術家とその「創作物」「創造物」の関しての寓話的な要素もあるようで、そうした興味で読んでも面白い作品となっていますね。


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ありえない冒険  ゴットフリート・アウグスト・ビュルガー『ほら吹き男爵の冒険』
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 ゴットフリート・アウグスト・ビュルガー『ほら吹き男爵の冒険』(酒寄進一訳 光文社古典新訳文庫)は、ミュンヒハウゼン男爵の奇想天外な体験を描く、ファンタスティックな冒険小説です。

 ドイツの詩人・作家ビュルガー(1747-1794)の手になる作品なのですが、その成立の由来が興味深いです。もともと実在したミュンヒハウゼン男爵の体験談に尾ひれがつき、彼をモデルにした物語群が現れます。ドイツの作家ラスペがそれらの物語を元にして「ほら吹き男爵」の物語『マンチョーゼン男爵のロシアの奇妙な旅と戦役の話』をイギリスで刊行します。
 それを逆輸入する形で翻訳したのが『ほら吹き男爵の冒険』なのです。しかも、翻訳の際に相当の翻案を加えているのだといいます。

 ロシア帝国に仕官し、トルコに対する戦争に従軍した…というのは、実在のミュンヒハウゼン男爵の行跡をたどってはいるのですが、作中の男爵が語る内容は奇想天外、現実にはありえないような事態が次々と起こるという、まさに「ほら話」です。
 餌にしたベーコンが鳥のお尻から出てきて何羽もつながって取れたとか、チェリーの種を弾丸としてシカに撃ちこんだら数年後に頭から桜の木が生えてきたとか、読んでいて唖然としてしまうのと同時に、そのとんでもなさに笑ってしまいます。
 男爵が砲弾に乗って移動している最中に、向かい側から飛んできた砲弾に乗り換えて帰ってくるなど、物理法則を完全に無視した現象が語られるあたりは、ものすごくシュールですね。
 全体がいくつかの章に分かれており、それぞれの章が短いエピソードの集積で出来ているのですが、さらに短いエピソードの中でも信じられないような「ほら」がいくつも登場し、それが巻末まで続くというハイテンションな作りになっています。

 後半では、男爵本人のみならず、ものすごい速度で走れる男や桁違いの力持ち、地獄耳の男など、常識外れの能力を持つ家来を従えての活躍が語られ、民話的な要素も強くなってきますね。舞台も世界各地、果ては地球の真ん中を突っ切ったり、月にまで行ってしまうなど「ほら」の度合いも高くなっています。
 現代でも気軽に読めて楽しめる、愉快なユーモア小説ですね。

 ちなみに、主人公のモデルとなった、実在の人物ミュンヒハウゼン男爵ヒエロニュムス・カール・フリードリヒが存命のうちに、この作品を含めた「ほら男爵冒険譚」が出ているのもすごいなと思います。

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3月の気になる新刊
3月7日刊 ジーン・ハンフ・コレリッツ『盗作小説』(鈴木恵訳 ハヤカワ・ミステリ 予価2750円)
3月8日刊 池澤春菜監修『現代SF小説ガイドブック 可能性の文学』 (Pヴァイン 予価1980円)
3月8日刊 マックス・ブルックス『モンスター・パニック!』(浜野アキオ訳 文藝春秋 予価2860円)
3月8日刊 マシュー・ベイカー『アメリカへようこそ』(田内志文訳 KADOKAWA 予価2750円)
3月9日刊 山川方夫『お守り・軍国歌謡集』(小学館文庫 予価880円)
3月13日刊 スタニスワフ・レム『火星からの来訪者 知られざるレム初期作品集』(沼野充義、芝田文乃、木原槙子訳 国書刊行会 予価2970円)
3月13日刊 エリン・モーゲンスターン『地下図書館の海』(市田泉訳 東京創元社 予価3740円)
3月14日刊 久生十蘭『肌色の月 探偵くらぶ』(日下三蔵編 光文社文庫 予価1210円)
3月17日刊 ライリー・セイガー『夜を生き延びろ』(鈴木恵訳 集英社文庫 予価1430円)
3月20日刊 マット・ラフ『ラヴクラフト・カントリー』(茂木健訳 創元推理文庫 予価1760円)
3月20日刊 ポール・トレンブレイ『終末の訪問者』(入間眞訳 竹書房文庫 予価1320円)
3月22日刊 東雅夫編『アンソロジー 死神』(角川ソフィア文庫 予価1144円)
3月23日刊 オリヴィー・ブレイク『アトラス6 上・下』(佐田千織訳 ハヤカワ文庫FT 予価各1320円)
3月23日刊 橘外男『橘外男海外伝奇集 人を呼ぶ湖』(中公文庫 予価1100円)
3月27日刊 ジョスリン・ゴドウィン『キルヒャーの世界図鑑 よみがえる普遍の夢 新装版』(川島昭夫訳 工作舎 予価3520円)
3月28日刊 ジェームズ・マルコム・ライマー/トマス・ペケット・プレスト『吸血鬼ヴァーニー 或いは血の饗宴1』(三浦玲子、森沢くみ子訳 国書刊行会 予価2750円)
3月30日刊 ジェイムズ・ホワイト『生存の図式』(伊藤典夫訳 創元SF文庫 予価1100円)
3月30日刊 ペーター・ハントケ『カスパー』(池田信雄訳 論創社 予価1980円)
3月31日刊 ジャスパー・フォード『クォークビーストの歌』(仮題)(ないとうふみこ訳 竹書房文庫 予価1430円)


 異色のゾンビもの『WORLD WAR Z』で話題になったマックス・ブルックス『モンスター・パニック!』はこれまた偽ドキュメンタリー形式の異色作のよう。これは気になりますね。

 マシュー・ベイカー『アメリカへようこそ』は、アメリカ作家による異色短篇集。紹介文を引用しておきますね。
 「「幽霊語」を生み出す辞書編纂者の正義、儀式で絶命することが名誉な一家の恥さらしな叔父、社会に辟易しデジタルデータになる決意をした息子と母親の葛藤、幸せな日々を送る男の封印された終身刑の記憶、生物園の男と逢瀬を重ねる女、女王陛下と揶揄された少女の絶望と幸福の告白、空っぽの肉体をもつ新生児が生まれはじめた世界の恐るべき魂の争奪戦、合衆国から独立したテキサスの町「アメリカ」の群像悲喜劇、逆回転する世界に生まれた僕の四次元的物語――」。これは面白そうです。

 ポール・トレンブレイ『終末の訪問者』はシャマラン監督映画化で話題のホラー作品。紹介文を引用しておきます。
 「七歳のウェンと両親のエリックとアンドリューは、ニュー・ハンプシャー州北部の人里離れたキャビンで夏の休暇をすごしている。ある日、ウェンがキャビンの庭で遊んでいると、突然、見知らぬ巨体の男が訪ねてくる。男の温かい笑顔にウェンはすぐに魅了されてしまう。ふたりが遊んでいると、さらに女ふたりと男ひとりがやってくる――奇妙でまがまがしい道具を手に。ウェンはうろたえ、帰ろうとすると男にこう告げられる――「これから起こることは、何ひとつきみのせいじゃない。きみは悪いことを何もしていない。けれど、きみたち家族はある厳しい決断を下さなきゃならない。この世界を救うには、きみたちの助けが必要なんだ」。ジャンル的には終末スリラーとのこと。

 ジェームズ・マルコム・ライマー/トマス・ペケット・プレスト『吸血鬼ヴァーニー 或いは血の饗宴1』は、吸血鬼小説の古典としてしられるスリラー作品。長大なため、翻訳は困難とのことで長らく幻の作品となっていましたが、ついに邦訳一巻が登場です。完結までぜひ応援していきたいところです。

すれ違う物語  J・ロバート・レノン『楽園で会いましょう』
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 J・ロバート・レノンの短篇集『楽園で会いましょう』(李春喜訳 大阪教育図書)は、<奇妙な味>風味の強い短篇集です。

 別世界への扉を見つけた家族の物語「ポータル」、養子斡旋をめぐって対立する二組の夫婦が描かれる「虚ろな生」、資産家の娘に恋した男が娘の父親から僻地の島に赴任を命ぜられてしまう「楽園で会いましょう」、事故で車椅子生活になった夫とその妻の日常が描かれる「鉄板焼きグリル」、死んだ後に生き返った青年ダンが周囲を困惑させていく「ゾンビ人間ダン」、障害のあるらしい兄妹の経営するレストランを訪れた夫婦の勘違いから事件が起こってしまう「バック・スノート・レストランの嵐の夜」、鬱気味の妻が抜け殻となった体を残して分裂し、明るい性格になるという「生霊」、物語の萌芽が短い断章で語られる「呪われた断章」、自分勝手で風変わりな男ウェバーとルームメイトになった男の人生の変転を描く「ウェバーの頭部」、ベビーシッターの女性が雇い主の夫妻の死を知らされる「エクスタシー」、妻から別れを切り出された夫が娘二人と共に最後の家族旅行に出かける「一九八七年の救いのない屈辱」、母親危篤の報を受けてかけつけた息子の奇妙な旅路が語られる「フライト」、風変わりな教師が衝動的に学校をやめると言い残し、元妻の家に娘に会いに行くという「未来日記」、元妻から愛犬のお別れの会に招待された男とその妻を描く「お別れ、バウンダー」を収録しています。

 収録作共通のテーマを上げてみるならば、人間同士のコミュニケーションの難しさを描いた作品群、といえるでしょうか。家族や夫婦、恋人、友人など、意思の疎通や関係性が上手くいかず、その関係が壊れてしまったり、あるいはその関係性の再生を予感させる作品もあります。
 コミュニケーション不全を強調するためか、主人公となる人物は風変わりで、流されやすい男性に設定されていることが多いです。
 例えば「楽園で会いましょう」は、資産家の娘シンシアに恋した男ブラントが主人公。シンシアの父親から遠い僻地の島への赴任を命じられ、言われるがままに現地に飛びますが結局は娘側には大した愛情はなく、弄ばれていただけだった…という物語です。
 「未来日記」では、自分の提案を却下された小学校教師のルーサーが衝動的に学校を辞めると言い残し、娘に会うために、元妻の家に無断で侵入してしまいます。徹底して自分勝手な主人公なのですが、それを優しく迎える娘や彼の性格を理解してくれる現恋人がいたりと、優しい雰囲気の物語とはなっていますね。

 行きずりに出会った人々の間の齟齬が描かれる作品というのもあります。「バック・スノート・レストランの嵐の夜」では、親からレストランを受け継ぎ、形だけ経営を続けている知的障害のあるらしい兄妹ブルースとヘザーが描かれます。
 ある夜、激しい雨風を避けて店に入ってきたファーンとロイ夫妻は、ブルースの動作を誤解し、事件を起こしてしまうことになります…。
 一見不気味ながら、実は心優しい兄妹が、ふとしたことから、客の夫婦に危険な人物と勘違いされてしまう、という物語です。客の片方ファーンにも精神的なトラウマがあることが匂わされていますね。これなどもコミュニケーションの齟齬を描いた作品といえるでしょうか。シリアスに描かれているので、より結末の悲劇性が際立っています。

 超自然的な要素のある作品もいくつかあって、その変わった設定によって逆にテーマが浮き彫りになってくる…という部分もあります。
 「ポータル」は、別世界への扉を見つけた家族が描かれる物語。引っ越した新居の裏庭で、子どもたちが見つけた不思議な扉は、別世界につながる魔法のポータルでした。
 最初は現実世界とごく少しの差異しかない世界と思われましたが、入る度にそこは違う世界で、段々と現実世界とかけ離れた世界につながることになります…。
 家族での異世界探索が繰り返され、そこに家族の絆の深まりのようなものが見られる一方、現実世界では、子どもたちは独立心を深めていき、夫婦仲もぎこちなくなってくる、という家族間のコミュニケーション不全が描かれます。
 別世界への扉が家族をつなぎ止めているのか、それともそれこそが家族を離していくことになった原因なのか…。いろいろと考えさせる作品ですね。
 「ゾンビ人間ダン」は、死んだ人間の蘇生が可能になった世界を舞台にした作品。溺死した青年ダンは母親の意向によって蘇ることになります。母親はダンのかっての友人たちに、彼の社会復帰のリハビリの手伝いをしてほしいと声をかけますが、すでに友人たちとダンとの間には大きな溝ができていました…。
 一方的な都合で息子に向き合っていた母親、享楽的な行為にふける元友人たち…。彼らは社会的に忌まれる「ゾンビ」となった青年とそう違いはないのではないか、という社会諷刺的な視点もある作品となっています。
 「生霊」は、分身テーマの幻想小説。鬱気味で暗い性格の妻ロリーンは、ある日突然明るい性格になり夫のカールを驚かせます。妻の出かけた後、彼女の部屋には抜け殻のような体が残されていました。どうやら妻は抜け殻を切り離すことによって、明るさを手に入れたようなのですが…。
 暗い性格の半身を切り離すことができるようになった妻の物語です。しかし明るいだけのその女性は完全な人間とはいえないようで…。半身同士の不思議な融合が描かれる結末も魅力的ですね。ユニークな「分身」小説です。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

クトゥルフのいる情景  杉村修『幻想とクトゥルフの雫』
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 杉村修『幻想とクトゥルフの雫』(ツーワンライフ)は、クトゥルフ神話的な要素を取り入れたSF・幻想短篇集です。
 巻末の「死ぬ火星」が全体の半分を占める長めの作品なのですが、それ以外はショートショートといっていい、ごく短い物語になっています。

 クトゥルフ神話的な要素が使われているといっても、いわゆる「クトゥルフ神話作品」の型に沿ったものは少なく、飽くまで味付けやモチーフとして使われたり、神話の神々を登場人物として流用したり、といった感じになっています。
 ですので、邪神に触れて主人公が発狂してしまう…というような、ダークで深刻なお話にはなっておらず、楽しく読めるショートショート集といった趣になっていますね。
 クトゥルフ神話の邪神たちが登場する場合でも、お茶目な使い方をされていたりするところに新鮮な驚きがあります。

 特に面白く読んだのは、「障がい者が障がい者として生きられる町」「ロスト・ブルースフィア」「今日は特別な日だ」「死ぬ火星」などでしょうか。

 「障がい者が障がい者として生きられる町」は、住民の三分の一が障がい者だという町を描いた作品。国によって実験的に作られたその町は、障がい者が暮らしやすい町だというのですが…。
 事故が起こりそうになっても、皆の協力でそれを防いでしまうなど、ある種の理想の町が描かれるのですが、そこに実は隠されたデータがあった…という不穏なお話です。

 「ロスト・ブルースフィア」は、異星人の目から地球の人類の様子が語られるという作品。何百光年も離れた星から地球を観察する異星人のケールとサリガー。地球人たちは進歩を続けますが、やがて巨大な人工知能に支配されてしまいます。やがてそれに対抗する別の人工知能を生み出しますが…。
 人類の歴史も異星人にとってはそう長い時間ではなかった…というスケールの大きな時間感覚が語られます。相対的な視点が面白いですね。

 「今日は特別な日だ」は、不思議なボイスレコーダーをめぐる物語。裕太が手に入れたボイスレコーダーには「声」が入っており、裕太はその声をアリスと名付けます。彼女と会話を交わすようになりますが、たまにしか質問の答えをを返してくれません。
 アリスはたびたび不思議な呪文のようなものを唱えていましたが…。
 アリスはなぜレコーダー内に囚われているのか?彼女の目的は…?ブラックな展開が面白いですね。

 「死ぬ火星」は集中で一番長い力作。火星に暮らす少年ユウは、天才児の一人として頭にマイクロチップを埋め込まれており、そこには特殊なAIが収められていました。同じく天文学の天才児である親友真矢と日々を過ごしていましたが、ある日ユウは頭の中に直接呼びかける声を聞きます。
 ユウのことを「ノア」と呼ぶその声によれば、近くで超新星爆発があり、それによるガンマ線バーストが火星を襲うというのです。世間のニュースによればその猶予は数年であり、深刻な事態にはならないというのが大方の意見でしたが、声は猶予は三ヶ月しかなく、ほぼ確実に人類は滅ぶというのです。
 ただし、ある星を見つければ助かることができるといいます。ユウと真矢は必死でその星を見つけようとしますが…。
 人類の滅亡を防ごうと奔走する少年たちが描かれるSF作品です。人類滅亡とその救済策にクトゥルフの神々が関わっており、それに選ばれた少年たちが努力を続けることになります。
 登場する「邪神」が意外と人間に協力的であるのも面白いところですね。破滅を前にしながらも、どこか澄んだ世界観とリリカルな雰囲気があり、魅力的な作品となっています。



テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

大いなる力  光原百合『扉守 潮ノ道の旅人』
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 光原百合『扉守 潮ノ道の旅人』(文春文庫)は、瀬戸内の海と山に囲まれた町・潮ノ道に起こる不思議な出来事が描かれていくという、幻想的な連作集です。

 その水を飲むと必ず町に帰ってこれるという言い伝えのある井戸をめぐる「帰去来の井戸」、解体作業の始まった家で起こる怪事件の謎が明かされる「天の音、地の声」、憑りついた何者かによって少女が豹変してしまうという「扉守」、ある絵師の描いた絵の世界の中に少女が入り込んでしまう「桜絵師」、膨らんだ情念を糧として写真を撮るアーティストを描く「写想家」、人の思いを編みこむことのできる編み物作家が作った品物が逃げ出してしまうという「旅の編み人」、自ら弾かれることを拒むピアノをめぐる物語「ピアニシモより小さな祈り」の七篇を収録しています。

 不思議な力の集まる潮ノ道を舞台にしたファンタジー小説集です。最初の一篇「帰去来の井戸」では幻想的な出来事が仄かに現れるのですが、それ以降の短篇では、超自然的な出来事や力を持った人物が次々と登場し、ファンタスティックな要素がかなり強くなっていきます。
 幽霊や物の怪、別世界、霊能力者たちが当たり前のように登場し、その賑やかさは楽しいですね。その一方で、描かれるのは人間の弱さや哀しさ。けれど最終的にはどの作品にも「救い」が現れるという、温かみのある連作集となっています。

 超常的な力を持ったキャラクターが毎エピソード現れるのも魅力です。「天の音、地の声」では、霊能力を持つ性別不明の俳優サクヤ、「扉守」では、不思議な力を持つ店の青年、「桜絵師」では、別世界につながる絵を描く絵師行雲、「写想家」では、人間の情念を糧にする写真家菊川、「旅の編み人」では人間の思いを編みこむ編み物作家新久嶺、「ピアニシモより小さな祈り」では、物の思いを感じ取れるピアニスト零とその専属調律師柊が登場します。
 「旅の編み人」に登場する新久嶺(あらくね)の名前は、ギリシア神話に登場する織物の名手の女性アラクネから取っているようですね。

 全ての短篇に共通して登場する、持福寺の住職の了斎のキャラクターも愛嬌があります。広い人脈を持ち、超自然的なことにも通暁しているため、何か事件が起こるたびにこの人物が絡んでくるという趣向。毎回了斎がどんな形で登場してくるのか、というあたりも楽しいです。

 集中では、冒頭の「帰去来の井戸」が一番印象に残ります。その井戸の水を飲むと、必ず町に帰ってこれるという伝説の井戸をめぐる幻想小説です。井戸を守り店を続けていた伯母の七重と、彼女を案ずる姪の由布の関係性が細やかに描かれています。
 不思議な出来事を体験した由布が、伯母の思いを受け継ぐことになる…という展開には感動がありますね。

 ちなみに、作品の舞台である町潮ノ道は、著者の故郷である尾道がモデルになっているそうです。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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