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不可思議な日常  ジョーン・エイキン『ルビーが詰まった脚』
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 ジョーン・エイキン『ルビーが詰まった脚』(三辺律子訳 東京創元社)は、ユーモアと「奇妙な味」のつまった幻想ファンタジー短編集です。

「葉っぱでいっぱいの部屋」
 大勢の親戚と一緒に、広大なトロイ館で暮らしていた少年ウィル。館には使われていない部屋が沢山ありました。お目付け役の目を盗んで、館の奥に入り込んだウィルは、葉っぱだらけの部屋を見つけ入り込みます。部屋には巨大な木と共に少女がいましたが…。
 広大な屋敷内に存在する不思議な木とそこに住む人々の物語です。少年が見つけた世界が、利己的な大人たちによって壊されそうになりますが、ある手段によってそれをひっくり返す、という展開も爽快です。

「ハンブルパピー」
 「わたし」が競売で手に入れた書類箱を開けると、そこに何か犬のようなものがいることに気付きます。触ると明らかにそこに仔犬がおり、声も聞こえるのですが、姿を見ることができないのです。
 一方、飼い猫のタフィーは仔犬が見え、においも嗅げるのですが、体に触れることはできないようなのです…。
 奇妙な「幽霊犬」との生活を楽しむ「わたし」と飼い猫の日常が描かれる、奇妙な味のファンタジーです。優しさに満ちた結末も魅力的ですね。

「フィリキンじいさん」
 勉強の苦手な少年ティモシーは、彼を目の敵にする教師ミス・エヴァンスを嫌っていました。亡き祖母が話していた架空の存在「フィリキンじいさん」のことを考えているうちに、ティモシーは落書きを始めますが、そこには「フィリキンじいさん」の姿がありありと書き出されていました…。
 亡き祖母の思い出から、少年に架空の友だちができる暖かいファンタジー、かと思っていると、とんでもない展開に。ブラック・ユーモアにあふれたホラー作品です。

「ルビーが詰まった脚」
 怪我をしたフクロウの治療のため、獣医のキルヴァニーの家を訪れた青年テーセウス。獣医は見たこともない鳥を捕らえており、それは不死鳥だというのです。テーセウスも医者だと聞いたキルヴァニーは、一方的に彼に後継者になるように託した直後に亡くなってしまいます。
 獣医は、不死鳥を絶対に籠から出してはいけないという言い付けと、彼がしていたルビーが詰まった義足をテーセウスに遺すことになります。
 キルヴァニーの娘マギーに一目惚れしてしまったテーセウスでしたが、マギーは籠に閉じ込められた鳥たちを見たくないという理由で、家を出ていってしまいます…。
 謎の不死鳥とルビーが詰まった義足をめぐる、<奇妙な味>のファンタジーです。獣医の役目を引き継いだ青年が、やたらと足を失いかねない規模の事故に何度も襲われるのですが、それが義足とどう関係しているのか、また不死鳥にはどういう能力があり、なぜ監禁されているのか、などあまり説明がされないため、不条理な味わいが強くなっていますね。
 テーセウスが自分の運命を切り開けるのか、マギーとの恋路はどうなるのか、など、様々な要素が現れて、飽きさせない展開となっています。

「ロープの手品を見た男」
 引退してインドから戻ってきたという老人オレンドッドは、ミンサー夫妻の下宿にやっかいになることになります。そのエキゾチックで魔術的な話で子どもたちを魅了しますが、ミンサー夫人はオレンドッドを好かずに追い出したがっていました…。
 インド帰りの老人が持ち帰った品物や奇術について語られ、彼に魔術の素養があることも示唆されます。タイトルにもなっている、ロープの手品、そして魔法の鏡などが登場し、それらがどのように活躍するのか楽しみに見守っていると、思いもかけない展開に。
 結末のシュールさには唖然としてしまうのではないでしょうか。考えると、ちょっと「怖い」お話にもなっています。

「希望(ホープ)」
 かっての教え子であるドクター・スミスに誘われ、夕食に出かけることになった老齢のハープ教師ミス・レストレンジ。ドクターの往診を待つ間、ふと路地に入り込んだミス・レストレンジは、ミュージシャンらしき者たちに出くわし、引き止められますが…。
 独身で孤独なハープ教師が夜の町で、不思議な音楽家たちに出会うという物語。ドクターが往診している患者と、ミス・レストレンジとの間に過去に関係があったことが示唆され、そのメッセージが一夜の出来事を通して示される、というお話になっています。
 読み終えると、タイトルの「希望(ホープ)」の意味合いが分かり、ハッとさせられます。

「聴くこと」
 「聴くこと」をテーマにしたシャーバー先生の授業を視察に訪れたミドルマスは、その独創性に目を見張ります。授業中にシャーバー先生の自宅に空き巣が入り、彼女の大事な品物が破壊されてしまったことが分かります。動揺するシャーバー先生に同情心を抱くミドルマスでしたが…。
 シャーバー先生の授業を視察した男が、その授業を通して、先生に対する見方を変えることになりますが、その後に起こった出来事を通して、再びその印象を変えていく、という物語。
 シャーバー先生に起こった事件だけでなく、ミドルマス自身が見聞きした様々な出来事が、彼に与える心理的な影響が繊細に描かれていきます。
 最終的にミドルマス自身の心に去来したものは何だったのか? 不思議な味わいの心理小説ですね。

「上の階が怖い女の子」
 生まれつき上の階に上がることを怖がる少女テッシー。上の階には暗い森と月のおじいちゃんがいるというのです。上の階に上がるだけでひきつけを起こしてしまうほどの娘の状態に配慮して、両親は高層住宅を避けて暮らしていましたが…。
 上の階に対して病的な恐怖心を持つ少女が描かれる物語です。恐れていた事態が現実化してしまうという悪夢的な展開を迎えるものの、それはある種の「救い」でもあったという、寓意的ファンタジー作品です

「変身の夜」
 名優サー・マードックは、患っている狼憑きのために引退を余儀なくされます。非常に短気であり、心理的に興奮すると狼に変身してしまうのです。医者の娘クラリッサに会うと興奮が鎮められることが分かり、彼女の訪問が歓迎されますが、クラリッサは「毛球レース」なるスポーツに熱中しており、それに従事する者たちが自分の領地に入り込むことに、サー・マードックは苛ついていました…。
 興奮すると狼になってしまう元俳優を刺激せずに済まそうとしますが、唯一彼を慰めることのできる女性があるスポーツに熱中しており、それが俳優を刺激してしまう…という物語。患者を見る医者の青年がクラリッサに恋してしまい、そちらの恋路もどうなるのか? というところで面白いお話になっています
 思わぬ真相が明かされるクライマックス部分も気が利いています。

「キンバルス・グリーン」
 ベラ・ヴォーン夫人に引き取られた孤児の少女エメリーンは、夫人とその息子コリンから、ぞんざいな扱いを受けていました。エメリーンの楽しみは、野良猫スクローニーとの触れ合いと、元フルート奏者だという友人ヤキーモーさんが図書館から借りてきてくれる本を読むことだけでした。
 猫を嫌うヴォーン夫人がスクローニーに対して危害を加えないか心配するエメリーンでしたが…。
 引き取られたものの、ほとんど放置されている少女エメリーンが、猫と友人、そして本によって想像力を働かせ、必死で生きている姿が描かれます。公衆電話に向かって、空想上の物語のセリフを話すシーンでは、その健気さに同情してしまいます。
 少女の身の上に「魔法」というか「奇跡」が起こることにはなるものの、根本的に少女に幸せが訪れるわけではありません。その意味で非常にリアルでシビアな物語なのですが、少女自身の心に強い「意志」が生まれる、というラストには力強さがあります。

 全体に<奇妙な味>風味が強いというか、<異色短篇>的な味わいが強い短篇が集められた作品集となっています。ファンタジー好きはもちろん、ファンタジーが苦手な読者にも楽しめる本ではないでしょうか。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

11月の気になる新刊と10月の新刊補遺
11月9日刊 フランク・ボーム『オズの魔法使い』(麻生九美訳 光文社古典新訳文庫 予価1056円)
11月13日刊 マリアナ・レーキー『ここから見えるもの』(遠山明子訳 東宣出版 予価2970円)
11月14日刊 マーガレット・アトウッド『青ひげの卵』(小川芳範訳 ちくま文庫 予価1210円)
11月16日刊 キム・リゲット『グレイス・イヤー 少女たちの聖域』(堀江里美訳 早川書房 予価2420円)
11月16日刊 イアン・マクドナルド『時ありて』(下楠昌哉訳 早川書房 予価2200円)
11月17日刊 ヤン・ポトツキ『サラゴサ手稿 中』(畑浩一郎訳 岩波文庫 予価1177円)
11月17日刊 グレイディ・ヘンドリックス『ファイナルガール・サポート・グループ』(入間眞訳 竹書房文庫 予価1430円)
11月18日刊 フランシス・ハーディング『カッコーの歌』(児玉敦子訳 創元推理文庫 予価1430円)
11月18日刊 ミック・ジャクソン『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』(田内志文訳 創元推理文庫 予価924円)
11月24日刊 エドワード・ゴーリー『オズビック・バード』(仮題)(柴田元幸訳 河出書房新社 予価1430円)
11月25日刊 オクテイヴィア・E・バトラー『種蒔く人の物語』(大島豊訳 竹書房文庫 予価1540円)
11月25日刊 オクテイヴィア・E・バトラー『才有る人の物語』(大島豊訳 竹書房文庫 予価1540円)
11月30日刊 東雅夫『文豪と怪奇』(KADOKAWA 予価2090円)
11月30日刊 夏来健次編『英国クリスマス幽霊譚傑作集』(創元推理文庫 予価1210円)

 マリアナ・レーキー『ここから見えるもの』は、ドイツ作家による作品。幻想的な物語のようです。紹介文を引用しておきますね。「ルイーゼの祖母ゼルマがオカピの夢を見るたびに、なぜか村の誰かが死ぬ。それも24時間以内に。彼女がオカピの夢を見たその日、夢の話は瞬く間に村中に知れわたり、死を免れる魔除けをもとめる者や、今まで隠していた秘密を明かそうとする者で騒然となる。が、しかし死神は、無常にも予期せぬ者の命を奪っていったーー自分探しの旅を続ける父とつねに心ここにあらずの母、重量挙げの選手になるのが夢のマルティン、長年ゼルマを愛しているが告白できずにいる眼鏡屋、懐疑的な祖母、迷信深い叔母、日本のお寺で修行をしている仏僧フレデリクなど、風変わりな心温かい隣人たちに囲まれて、ルイーゼは、死と愛、そして人生について考えていく。」

 グレイディ・ヘンドリックス『ファイナルガール・サポート・グループ』は、「ファイナルガール」をテーマにした作品。殺人事件で生き残った女性のためのサポート・グループ内で殺人が起こる、という作品らしいです。これは面白そうですね。

 フランシス・ハーディング『カッコーの歌』とミック・ジャクソン『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』は、単行本の文庫化ですが、どちらも良い作品です。『カッコーの歌』は「取り替え子」をテーマにしたダークなファンタジー、『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』は、イギリスから絶滅してしまった熊をめぐる8つの物語をまとめたユーモアと哀愁に満ちた短篇集です。
 
 エドワード・ゴーリー『オズビック・バード』は原書版を読んだのですが、非常に味わい深い絵本でした。 ある日現れたおかしな鳥と男が親友になり、男の最後までを鳥が看取るという物語です。

 夏来健次編『英国クリスマス幽霊譚傑作集』は、英国でクリスマスシーズンに創作された怪談を集めたアンソロジー。全13編収録で、そのうち12編が本邦初訳とのこと。


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消せない罪  C・J・チューダー『白墨人形』
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 C・J・チューダーの長篇『白墨人形』(中谷友紀子訳 文藝春秋)は、教師となった男の前に、30年前に体験した殺人事件の悪夢が蘇るという、ホラー味の強いサスペンス作品です。

 1986年、エディは仲間の少年たちと共に、森の中で少女の惨殺死体を発見します。死体はバラバラで、頭部は見つからないままでした。2016年、教師となっていたエディのもとに、町を出ていたかっての仲間ミッキーが訪ねてくることになります。ミッキーは、30年前の事件について話したいというのですが…。

 30年前の猟奇的な殺人事件をめぐって、大人になったかっての少年に過去の悪夢が蘇る…というサスペンス作品です。
 主人公エディが少年だった1986年と、現在の2016年、二つの時代が交互に現れる構成となっていて、小出しに謎が明かされていく展開には小気味良いサスペンス感があります。
 2016年時点で、エディは過去の体験やトラウマから孤独を抱える男性になっています。間借り人の女性クロエに惹かれながらも、一歩を踏み出せないのです。
 「幸福」だった少年時代においても、エディを始め、周囲の人間たちには暗い影が立ち込めており、それでも楽しい日常を送っていた彼らが、町に起こったいくつかの出来事、事件をきっかけに、どん底に突き落とされてしまうことになるのです。

 少年時代のエディの友人として、リーダー格の太り気味のギャヴ、悪名高い不良を兄に持つミッキー、シングルマザーの息子ホッポ、牧師の娘ニッキーが登場しますが、それぞれ彼らには不幸な事件が起こってしまうことになります。
 とくにニッキーに関しては、歪んだ思想を持つ牧師の父親に虐待まがいのことをされており、しかも中絶を行う医師であるエディの母親と牧師が対立していることから、家族間の関係も複雑です。
 ギャヴやミッキーにも思わぬ不幸が起こることになり、さらに殺人事件をきっかけに、少年少女たちの友情に決定的なひびが入ってしまうことになります。
 2016年時点の登場人物たちが翳を抱えているのはもちろんなのですが、過去の1986年のパートでも、複雑な人間関係とそこに潜む暗い情念が描かれ、非常に読み応えがあります。

 物語の重要なモチーフとして現れるのが「白墨人形」。エディたちがチョークで棒人間のイラストと共に、仲間内へのメッセージとして始めた遊びなのですが、それが30年後に再び浮かび上がってくることになります。
 殺人事件の容疑者は30年前、既に死んだはずなのですが、真犯人は他にいるのか? エディたちの知っている誰かなのか? というところで、超自然的な雰囲気も強くなっていますね。

 ほぼ全ての登場人物が何らかの罪を犯し、暗い秘密を抱えているという、徹底してダークなサスペンス作品です。幸福だった少年時代でさえ、少年たちには暗い影があり、いつその幸福が壊れてもおかしくない状態になっており、事実その幸福はもろくも壊れてしまうのです。
 メインとなる殺人事件の謎だけでなく、関係者たちの過去に何があったのかも徐々に明かされていきますが、彼らを不幸にしたのは殺人事件だけでなく、その他の事情が積み重なったがゆえなのです。作中で「因果」的な概念について言及されますが、不幸な事件の因果の連鎖が、人々を不幸にしていってしまう、というところで、非常にやるせなさの溢れる作品ともなっています。
 ひたすら暗く陰鬱なトーンではありながら、その情念の濃さで読ませられてしまうサスペンス作品です。

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奪われた体  ジェニファー・キリック『キケンな修学旅行 ぜったいねむるな!』
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 ジェニファー・キリックの長篇『キケンな修学旅行 ぜったいねむるな!』(橋本恵訳 ほるぷ出版)は、修学旅行先の湖で、周囲の人間たちが何時の間にか怪物にすり替わってしまう…というSFホラーサスペンス作品です。

 小学校の修学旅行で、クレーター湖にやってきたランスたち。宿泊先に向かうバスの前に血まみれの男が飛び出してきたり、たどり着いた施設のスタッフはろくに案内もしないなど、生徒たちは不審の念を抱くことになります。
 夜、眠り込んだクラスメイトの目が昆虫のように変化し、何かに操られているようになっているのに気づいたランスは、友人のチェッツ、マック、カッチャ、エイドリアンたちと周囲を探ることになります。どうやら、眠り込んだ人間は何かに体を乗っ取られてしまっているようなのです…。

 修学旅行先の湖で、子どもたちが謎の怪物に体を乗っ取られていってしまう…という、いわゆる<ボディ・スナッチャー>テーマのSFホラー作品です。
 どうやら眠り込んだ途端に体の支配権が奪われてしまうようで、その事実に気付いた子どもたちは眠らないように注意していくことになります。
 体が消耗していく一方で、体を乗っ取られてしまう人間も多くなっていく中、子どもたちは敵の正体を探り出して、撃退できるのか? というのがメインの目的となっていきます。

 子どもたちのリーダー的存在となるのは、普段は劣等生の問題児とされている少年ランス。親友のチェッツをはじめ、何人かの親しい友人がおり、彼らと協力して事に当たることになります。しかしランスには友人たちに隠していることがあるらしく、それが心のしこりとなっています。
 特にチェッツとの関係に関しては、過去の事件を通して互いの信頼関係を試されるような事態に陥るのですが、ここに二人の成長の鍵も隠されていた…というあたりの展開も良いですね。

 ランスの友人たちに関しては、コンピューターの得意なチェッツ、サバイバル技術に長けたマック、身軽なカッチャ、頭脳明晰なエイドリアンと、それぞれが特技を生かすことになります。また劣等生とされたランスには最もリーダーシップがあり、戦略に長けていた、というところに成長物語としての魅力もあります。
 キャラクターとして存在感を発揮するのが、ランスを目の敵にするいじわるな優等生トレント。ことごとにランスの邪魔をするばかりでなく、周囲に迷惑をかけまくるのですが、非常事態において一緒に行動せざるを得なくなります。
 最後の最後まで迷惑をかけ続けるので、このトレントがいつ皆の役に立つのか…という部分でも妙なサスペンス感がありますね。

 ランスを劣等生と見なす冷酷な教師ミス・ホッシュが、体を乗っ取られた後もランスを目の敵とすることになり、彼女との対決も物語の大きな節目となっています。
 人間の体を乗っ取る「怪物」の正体や、彼らの撃退方法についてもユニークなアイディアが使われています。王道の「侵略もの」ではあれど、終始サスペンスが途切れない面白い作品になっていますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

同人誌『奇想小説ブックガイド』刊行のお知らせ
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 新しく、同人誌を作成することにしました。タイトルは『奇想小説ブックガイド』。内外の奇想小説のレビューをまとめたブックガイドです。
 アイディアが風変わりな作品、エキセントリックな人物が登場する作品、構成が変わっている作品など、広い意味で「風変わり」な作品を集めています。それゆえ紹介している作品のジャンルも、ミステリ、SF、ファンタジー、ホラー、文学と、多岐にわたっています。また、紹介作品の時代も国も多様です。その意味で、「ごった煮」的なブックガイドになりましたが、読んで面白い作品揃いだと考えています。
 奇想天外なアイディアの短篇で一斉を風靡した、オーストラリアの作家ポール・ジェニングスの作品に関しては、邦訳の出た全七冊の短篇集の全収録作を紹介しています。

 本の完成は、11月末~12月上旬ごろを予定しています。
 通信販売は、以下のお店で扱っていただく予定です。

書肆盛林堂さん
CAVA BOOKS(サヴァ・ブックス)さん
享楽堂さん

※まだ通信販売ページには反映されていません。

仕様は以下の通りです。

『奇想小説ブックガイド』
サイズ:A5
製本仕様:無線綴じ
本文ページ数:232ページ(表紙除く)
表紙印刷:カラー
本文印刷:モノクロ
表紙用紙:アートポスト200K
本文用紙:書籍72.5K(クリーム)
表紙PP加工あり


内容は以下の通り。

目次

まえがき

サルバドール・プラセンシア『紙の民』
ギジェルモ・マルティネス『オックスフォード連続殺人』
D・ブッツァーティ『七人の使者・神を見た犬 他十三篇』
ディーノ・ブッツァーティ『神を見た犬』
ディーノ・ブッツァーティ『動物奇譚集』
L・F・ヴェリッシモ『ボルヘスと不死のオランウータン』
エリック・マコーマック『パラダイス・モーテル』
エリック・マコーマック『隠し部屋を査察して』
エリック・マコーマック『雲』
J・H・ロニー兄『兵士ジヴルーズの謎』
J・H・ロニー兄『人類創世』
アレクサンドル・ベリャーエフ『両棲人間』
アレクサンドル・ベリャーエフ『眠らぬ人』
アレクサンドル・ベリャーエフ『アフリカの事件簿』
ウラジミール・ナボコフ『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』
W・フェルナンデス・フローレス『七つの柱』
モルデカイ・ロシュワルト『世界の小さな終末』
モルデカイ・ロシュワルト『レベル・セブン』
マイケル・マーシャル・スミス『ワン・オヴ・アス』
ウィリアム・ゴールドマン『殺しの接吻』
ジェイムズ・ホワイト『生存の図式』
イジー・クラトフヴィル『約束』
アイラ・レヴィン『ブラジルから来た少年』
スチュアート・タートン『イヴリン嬢は七回殺される』
ロビン・モーム『十一月の珊瑚礁』
ロビン・モーム『ノンフィクション 幽霊船』
アルト・タピオ・パーシリンナ『魅惑の集団自殺』
アルト・パーシリンナ『行こう!野ウサギ』
デイヴィッド・ガーネット『イナゴの大移動』
マルセル・エーメ『他人の首・月の小鳥たち』
マルセル・エーメ『クレランバール』
ライナー・チムニク『タイコたたきの夢』
ライナー・チムニク『クレーン男』
ウォラス・ヒルディック『ブラックネルの殺人理論』
ボアロー、ナルスジャック『私のすべては一人の男』
ジャージ・コジンスキー『庭師 ただそこにいるだけの人』
トーマス・M・ディッシュ『虚像のエコー』
ペネロピ・ライヴリー『犬のウィリーとその他おおぜい』
マリオ・バルガス=リョサ『フリアとシナリオライター』
マイケル・イネス『アプルビイズ・エンド』
トマス・スターリング『ドアのない家』
マイクル・クライトン『ターミナル・マン』
J・B・オサリヴァン『憑かれた死』
ガイ・カリンフォード『死後』
チェンティグローリア公爵『僕は美しいひとを食べた』
ヴァーツラフ・ハヴェル『通達/謁見』
イアン・リード『もう終わりにしよう。』
ジェフ・ニコルスン『美しい足に踏まれて』
M・トウェイン『まぬけのウィルソンとかの異形の双生児』
マーク・トウェイン『アメリカの爵位権主張者』
レイモン・ルーセル『アフリカの印象』
レイモン・ルーセル『ロクス・ソルス』
パトリック・ズュースキント『鳩』
ディヴィッド・アンブローズ『リックの量子世界』
ケネス・フィアリング『大時計』
アンドリュー・ノリス『秘密のマシン、アクイラ』
ウイリアム・C・アンダースン『それゆけイルカ探偵!』
B・W・オールディス『解放されたフランケンシュタイン』
ギルバート・アデア『閉じた本』
ドナルド・E・ウェストレイク『憐れみはあとに』
ユーディト・W・タシュラー『国語教師』
フリオ・ホセ・オルドバス『天使のいる廃墟』
アンドレス・バルバ『きらめく共和国』
マイクル・コニイ『カリスマ』
フィル・ホーガン『見張る男』
ジョン・フラー『巡礼たちが消えてゆく』
L・P・デイヴィス『虚構の男』
エンリーケ・ビラ=マタス『バートルビーと仲間たち』
エンリーケ・ビラ=マタス『ポータブル文学小史』
ファビオ・スタッシ『読書セラピスト』
ペーター・ビクセル『テーブルはテーブル』
レイチェル・インガルズ『ミセス・キャリバン』
レイチェル・インガルズ『悲劇の終り』
ジョゼ・サラマーゴ『だれも死なない日』
G・K・ウオリ『箱の女』
ジェニファー・イーガン『古城ホテル』
マシュー・ディックス『泥棒は几帳面であるべし』
グスタボ・ファベロン=パトリアウ『古書収集家』
M・トウェイン、P・ステッド『さらわれたオレオマーガリン王子』
ジョージ・ソーンダーズ『短くて恐ろしいフィルの時代』
ジャクリーン・ウィルソン『わたしのねこメイベル』
カウフマン&クリストフ『イルミナエ・ファイル』
ケイト・アトキンソン『世界が終わるわけではなく』
エルヴェ・ル・テリエ『異常 アノマリー』
ルマーン・アラム『終わらない週末』
ケヴィン・ウィルソン『リリアンと燃える双子の終わらない夏』
ディディエ・マルタン『飛行する少年』
ポール・ジェニングス『ありえない物語』
ポール・ジェニングス『とても書けない物語』
ポール・ジェニングス『がまんできない物語』
ポール・ジェニングス『想像もつかない物語』
ポール・ジェニングス『先の読めない物語』
ポール・ジェニングス『信じられない物語』
ポール・ジェニングス『やってられない物語』
安部公房『砂の女』
松尾由美『おせっかい』
高原英理『日々のきのこ』
斜線堂有紀『楽園とは探偵の不在なり』
鏡明『不確定世界の探偵物語』
有栖川有栖『作家小説』
榊林銘『あと十五秒で死ぬ』
島崎町『ぐるりと』
森川智喜『そのナイフでは殺せない』
篠たまき『やみ窓』
うえお久光『紫色のクオリア』
君嶋彼方『君の顔では泣けない』
阿川せんり『パライゾ』
清水杜氏彦『わすれて、わすれて』
法月綸太郎『赤い部屋異聞』
小林泰三『未来からの脱出』
柞刈湯葉『まず牛を球とします。』
唐瓜直『美しい果実』
似鳥鶏『小説の小説』
頭木弘樹編『ひきこもり図書館』


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怪奇幻想読書倶楽部 第37回読書会 参加者募集です
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 2022年11月20日(日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第37回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp
メールの件名は「読書会参加希望の件」とでもしていただければと思います。


開催日:2022年11月20日(日)
開 始:午後13:30
終 了:午後16:00
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ(東京)
参加費:1500円(予定)
テーマ:ペルッツの数奇な物語
課題書
レオ・ペルッツ『第三の魔弾』(前川道介訳 白水Uブックス)
レオ・ペルッツ『アンチクリストの誕生』(垂野創一郎訳 ちくま文庫)

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※対面型の読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。
※成人向けの読書会ですので、恐縮ですが18歳未満の方にはご遠慮いただいています。


 今回は、幻想的な歴史小説で人気を博したオーストリアの作家レオ・ペルッツの作品を取り上げたいと思います。ゴシック小説的色彩の濃い長篇『第三の魔弾』、ユーモアと軽妙さにあふれた短篇集『アンチクリストの誕生』、ペルッツの多方面にわたる魅力を味わっていきたいと思います。



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最近読んだ本(日本作家のホラー・ミステリ作品を中心に)

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芦花公園『漆黒の慕情』(角川ホラー文庫)

 絶世の美男子である塾講師、片山敏彦は、ストーカーらしき女に追い回されており、度々届く手紙の内容からは、その人物の思い込みが激しいことが示されていました。手紙の内容はだんだんとエスカレートしていきます。生徒の一人と一緒にいるところを襲われた敏彦は、怪我を負ってしまいます。
 相手がまともな人間ではないのではないかと考えた敏彦は、知り合いで、心霊案件を手掛ける佐々木るみとその助手青山幸喜に相談を持ち掛けることになります。
 一方、青山は、実家であるポーリク青葉協会の信者の娘七菜香から、学校で流行っているという奇怪な話を聞きます。息子を殺され自らも死んだ母親「ハルコさん」が子どもの夢の中に現れ、男の子を探すように指示するというのです。夢の話を他人にすれば、その夢はそちらに移るのですが、しなければ当人は殺されてしまうというのですが…。

 美貌の青年をストーカーする謎の女と、夢の中に現れる奇怪な女の噂、二つの物語が同時に進行する、都市伝説風テーマを扱ったホラー作品です。
 メインとなるのは、美貌の塾講師、片山敏彦を主人公とする物語です。敏彦は人間離れした美貌であらゆる人を魅了するのですが、当人は「普通」の存在に憧れており、同僚である好青年佐山の「普通」さをうらやんだりもします。
 その美貌ゆえに、過去にストーカー的な被害にあった経験はあるものの、今回の相手はまともな人間ではなく、そもそも人間かどうかも怪しいのです。そこから、探偵役である佐々木るみと助手の青山に相談をすることにもなります。
 この敏彦が、自らもストーカー気質で、相手の秘密を探り出すことに喜びを感じたり、普通の人間とは異なる感性を持っていたりと、自ら「異常」と任じる人間であるところも面白いですね。
 一方「犯人」である謎の女も、母親との関係に苦しんでいたことが示唆されるなど、親子関係や人間関係など、歪んだコミュニケーションが大きなテーマにもなっている作品です。
 そうした人間関係問題については、探偵役である佐々木るみについても描かれ、一見飄々とした人間であるるみが、重い業を抱えていることが示されるのも興味深いところです。
 描かれる怪異に関しては、神出鬼没で人間離れした女が敏彦を付け狙い、彼に危害が及んでしまうのか? といったところに興味が湧くのですが、この敏彦自体がすでにして「異常者」なので、単純な男女間の嫉妬にとどまらない歪な展開になっていくのも面白いですね。
 また別枠で登場する夢の中の女「ハルコさん」の怪異についても、本筋の物語とどうつながってくるのか、という部分で興味深いです。
 歪んだ人間関係とよどんだ情念が全篇に溢れており、その意味で、社会派ホラー的な趣もあります。読み心地はちょっと重いのですが、エンタメとして読ませる秀作でしょう。



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加門七海『祝山』(光文社文庫)

 ホラー作家鹿角南のもとに、旧友の矢口朝子からメールが届きます。転職を機に間遠になっていた矢口は、新しい職場の友人たちと神社や怖い場所めぐりをしているといいます。先日ある廃墟を訪れてから奇妙なことが立て続けに起き、鹿角に相談に乗ってほしいともありました。
 上手く行っていなかった小説執筆の参考になるかもと、鹿角は矢口やその友人と会うことにします。彼らの危機感の無さとその話の内容に拍子抜けする鹿角でしたが、彼らの中の一人である若い女性若尾が怖がっているように感じた鹿角は、彼女に連絡先を渡します。後日連絡してきた若尾が話したのは、思わぬ事実でした…。

 ある廃墟の「肝試し」を行った面々が奇妙な出来事に遭遇するようになり、旧友を通してその災難に巻き込まれてしまう作家の体験を描いたホラー小説です。
 久々に会った旧友矢口が変わったのは、環境の変化なのかと思いきや、その「変貌」は何らかの心霊的な影響を受けていました。
 彼女の友人たちも、正常とは思えない状態・性格に変貌を遂げており、唯一まともな神経を維持している若尾から、鹿角は事情を聞きとっていくことになります。
 話に深入りしていくうちに、自らも怪奇現象に襲われるようになり、事件の「解決」を迫られるようになってしまうという主人公の焦燥感が描かれる部分にはサスペンスもありますね。
 いわゆる「祟り」をテーマにしているのですが、基本、派手な怪異現象は起こりません。日常で起こるささいな違和感や奇妙な出来事を積み重ねて、ホラーな雰囲気を高めていく…というタイプの作品になっています。
 一番目立つのは、廃墟を訪れた人間たちの変貌ぶりでしょうか。感情の起伏が極端になったり、明らかに常軌を逸した行動を取るようになる人間たちの様子が、間接的に「祟り」の影響の強さを感じさせることにもなっています。
 派手な展開や解決があるわけではなく、静かに展開し静かに閉じる…という感じの作品です。「解決法」も明確ではなく、物語が閉じても「気味の悪さ」が抜けない…という意味で非常に怖さを感じさせます。
 著者の実体験が元になっているそうで、その心霊実話風の雰囲気から立ち上るリアリティも魅力の一つですね。



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都筑道夫『びっくり博覧会』(集英社文庫)

 ショート・ショート集です。特にジャンルが限定されてはいませんが、全体に怪談の比率が高くなっています。
 その部屋に住む人間が次々と失踪してしまう部屋の秘密をめぐる「花瓶」、思い通りに睡眠が取れる特技を持つ小説家の物語「ねむり術」、幽霊のいびきがする家を描いた「いびき幽霊」、嘘の常習犯の女性を問い詰める男を描いた「嘘」、女の作った蝋人形によって殺されかかる男の物語「蝋人形」、催眠術の大家の夫婦が治療を行うという「暗示」、自由自在に夢を見ることのできる男を描いた「夢見術」、未来の情報が描かれた日記をめぐる「不自由日記」、幽霊を作ることのできる機械を描いた「幽霊製造機」、初恋の人と結婚した並行世界に入り込んだ男を描く「きつね雨」、三つの願いを捻った「悪魔が聞いている」、娘を殺したと言い張る男の物語「穴」、妻子の前で夫が突然失踪してしまうという「鯉のぼり」、自分の未来の会話を聞いてしまった男を描いた「マンホール」、窃盗の容疑者に間違えられた男の奇妙な物語「闇ぶくろ」、典型的なタクシー怪談が奇妙な方向にねじれていくという「怪談作法」、街角で出会った男と行ったカードのギャンブルによって運命が好転していくという「午前二時の骨牌」などを面白く読みました。
 一番印象に残るのは、メタフィクショナルな怪奇小説「怪談作法」です。タクシー怪談のいろいろなバリエーションを、語り手自らの体験も交えながら考察したエッセイ風の展開が、奇妙な味わいのフィクションに変わっていくという、技巧的な作品です。エンディングに関しても、二つ提示されるのは面白い趣向ですね。
 著者の創作法を語った本『都筑道夫のミステリイ指南』(講談社文庫)の中の「怪奇小説を書く」の章で実作の例として言及されている作品で、作品のメインとなっている物語は実体験がモデルになっているそうです。こちらのエッセイも合わせて読むと味わい深いかと思います。
 「夢見術」も面白いです。バーで出会った男と女。女は大きなカバンを持っており、そのまま旅行にでも行けるぐらいのものだと言います。女は夫の友人の男に訊ねます。彼は浮気をしているのではないか? このごろ夫が自分に関して話す出来事に記憶がなく、つじつまが合わないというのです。
 浮気を疑う女に対して、男は、彼は夢見術の大家であり、自由自在に夢を見ることができるというのです。妻を主人公にした夢を見て、それを現実と混同して話してしまったのではないかと。男はさらに話します。自由に夢を見られるといっても、刺激がないと目が覚めることができないため、
 夫はかって防犯ベルのひもを握ったまま寝て、目を覚ましたいときには現実の肉体でそのひもを引っ張れるように修練していたというのですが…。
 夢を自在に見られる男が、その夢と現実を混同してしまう物語、と思いきや、大胆なひっくり返しが待っています。しかも最後に作者自身が登場し、何が真実なのかを曖昧にしてしまいます。様々な解釈が可能な<リドル・ストーリー>的趣向の物語となっています。
 「午前二時の骨牌」は怪奇小説の秀作ですね。仕事に詰まって深夜の町に出た作家の「私」は、カードをシャッフルしながらカードを一枚引いてほしいと話す、奇妙な男と出会います。警戒する「私」に対し、男はただの運だめしで、たがいに引いたカードの数が大きい方が勝ちだというのです。
 勝った「私」は、お礼にとカード全部を譲り受けます。その日は滞っていた小説の仕事がいつにもまして順調に進んでいました。
 翌日再び男に出会った「私」は、再び賭けをしますが、今度は負けてしまい、カードを返すことになります。その日はろくな出来事が起きなかったことに「私」は気づきます。
 再度、男とカードの賭けをして勝った「私」は、途端に運が良くなり、カードの存在がこの事態をもたらしているのだと考えますが…。
 賭けに勝つと幸運をもたらしてくれるカードを扱った怪奇小説です。しかしカードには様々な条件があるらしく、それを利用しようとした「私」は、不思議な体験をすることになります。カードの由来や詳細が全て明かされないため、神秘的な香りが強くなっていますね。



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清水杜氏彦『予感(ある日、どこかのだれかから電話が)』(双葉社)

 家庭問題から実家にいられなくなりホテルに住み込みで働いていた少年ノアは、同じく事情を抱えて働くことになった少女ララと出会います。ララはたびたび電話をかけていました。「嫌な予感がする」という内容を伝えていることを知ったノアは、ララに対して不審の念を抱きます。
 一方、作家のシイナは、誰とも知れぬ男から電話を受け、彼が書いたという小説の原稿を受け取ります。そこにはシイナが過去に加担した犯罪の内容がほぼ忠実に書かれていました。男の目的はいったい何なのか?
 また、シイナが受け取った小説の中では、土地を買いたたくためそこに住む老女を追い出そうと、不動産業者の友人と結託した作家の男の犯罪計画が綴られていました…。

 三つの入れ子になった物語から一つのストーリーが生み出されていくというサスペンス作品です。方々へ電話をかける謎の少女の物語、過去の犯罪の証拠を小説という形で摘発される作家の物語、そして作家に送られてきた小説の中身、三種類の物語が絡み合って複雑なストーリーを形作っていくという作品です。
 ただでさえ複雑な構造なのですが、謎の少女ララの物語では、彼女を観察する少年ノアの視点が登場したり、ララが登場する以前に姿を消した少女メグの謎があったり、また作家シイナに送られてきた小説内小説では、作中作と現実世界(シイナがいる世界)とで、登場人物の性別が異なっていたりと、何が本当で何が虚構なのかが分からなくなっていくという、不思議な読み味です。
 ララがかける電話で「予感」について言及されるのと同様に、作家シイナが受ける電話でも、相手の男は「予感」について話します。これらは皆繋がっているのだろうか?
 現実に対応して小説が書かれ、その小説によって現実が動かされていく、という構造もめまいがするようです。
 また主要なテーマとして、罰されなかった罪を裁くことはできるのか? それをすることに正統性はあるのか? といった倫理的なテーマも盛り込まれていますね。
 それと同時に、自らの与えられた人生、祝福されなかった人生に悲哀を感じる少年少女の物語ともなっていて、そこには、ほろ苦さも感じられます。
 小説の構造や仕組みこそ破天荒ですが、読後に受ける印象はストレートな青春小説、といった面白い味わいの作品です。



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法月綸太郎『挑戦者たち』(新潮社)

 同じ内容の情景を九十九通りの文体で描き分けるという、レーモン・クノーの実験作『文体練習』に倣い、「読者への挑戦状」を九十九通りに描いたという作品です。
 基本的には、エラリイ・クイーンなど、ミステリの一部の本格作品に見られる「読者への挑戦状」をさまざまな文体でパロディ化してゆく…という作品集です。面白いのは、いわゆるミステリ作品のパロディだけでなく、その他のジャンルや作家、小説作品だけでないフォーマット、例えば「html」や「twitter」のパロディまであるところです。
 変わったところでは、ボルヘス『幻獣辞典』、スタニスワフ・レム『完全な真空』、稲垣足穂『一千一秒物語』など。『ジョジョの奇妙な冒険』風なんてものもありますね。
 文体のパロディだけでなく、ちょっとしたショート・ショートや小説の形になっているものもあります。
 参考文献を見ると幅広い分野の本が取り上げられており、著者の読書家としての教養が結実した作品であるといっていいでしょうか。
 一見、本格ミステリのファンでないと楽しめないような(もちろんその方が楽しめるのでしょうが)パッケージなのですが、その実、むしろミステリ以外のパロディの方が目立っている感のある作品です。ミステリのファンでなくても楽しめる本ではないでしょうか



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結城真一郎『プロジェクト・インソムニア』(新潮社)

 数人の男女を同時に夢の世界に潜り込むことができる実験『プロジェクト・インソムニア』により、夢の中で共同生活を送ることになった人間たちの間で死者が発生する…というSFサスペンス作品です。
 夢の世界だけに、いろいろ不条理な出来事が起こるのですが、被験者たちは夢の世界を自覚しているため、物を生み出したり、それを消したりと、魔法のようなことが行えることになっています。また、被験者たちの他にも、夢の中だけに存在するエキストラ的な人間たちも存在しています。被験者が拳銃を生み出し、それを使ってエキストラの人間を射殺することすら可能なのです。
 ただし、被験者たちは夢の中では死なないとされていました。ただ、そこが夢であるという自覚を失いかけることはあり、それを防ぐために、夢の中で必ず『胡蝶』と名付けられた蝶がその空間に舞っており、それを見ることで夢の世界の確認ができるというのです。被験者の中でも、その傲岸な態度で嫌われていた男性が夢の中で死んだことが分かり、夢世界でも人が死ぬことを認識した被験者たちは、互いに疑心暗鬼になってしまうのです。
 場合によっては欲望の限りを尽くすことも可能な夢世界ですが、共同生活により互いの目を意識して、あまり勝手なことはできない…というところがポイントでしょうか。そもそも夢世界内での容姿や年齢は必ずしも現実世界と一致しない…ということもあり、現実世界で殺人の証拠を探そうとしてもなかなかそういうわけにもいかないのです。
 主人公の恭平が、ナルコレプシーという病気で、たびたび自分の意思とは無関係に眠り込んでしまいます。本来被験者たちは夢の中で自覚があるのですが、恭平に関しては夢の自覚が発生しにくく、現実と夢、現在どちらにいるのか分からなくなってしまう…という設定も面白いですね。
 現実と夢の世界の往復が描かれ、殺人(かどうかも最初はよく分からないのですが)の捜査に関しても、両方の世界で行われます。ですが<犯人>の計画もそれに関する謎解きも、ほぼ夢世界で行われるところが特殊です。
 夢世界に登場する人間の設定もユニークです。夢を見ている当人たち(被験者)のほかに、夢世界に登場しているエキストラ、そして被験者たちが夢の世界で生み出した人間、この三者が夢世界で同時に存在しており、他の人間からは誰が本物の人間なのかが分からない…という魅力的な世界観となっています。
 今いるところが夢なのか現実なのか、どちらか分からなくなるという、夢テーマ特有の設定とも合わせ、この手のテーマが好きな読者にはたまらない世界設定となっていますね。特殊な世界観で謎解きが行われるという、いわゆる特殊設定ミステリに分類されるであろう作品なのですが、作品の比重が、どちらかというと謎解きよりも世界観の設定の方に傾いていて、総合的には幻想小説といっていい作品なのではないかと思います。



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道尾秀介『N』(集英社)

 全六章の短篇で構成されており、読む順番で720通りの物語が可能だという作品です。最初に各章の冒頭部分の文章が六つ並べられており、そこで気に入った章のページに飛び、それが読み終わったら、また好きな章に飛ぶ、という形式になっています。
 短篇ごとに、ページが上下逆に印刷されているのが面白いですね。最初の一篇からして既に上下が逆転して印刷されていること、最初に置かれた章の冒頭文章紹介ページがページの若い順から並んでいないこと、など、普通にページ順に読もうとしても、そうはできない仕様になっているのがユニークです。
 ペット探偵を始めた夫とその友人と共に、島へ犬の捜索に出かける中学教師の女性が、そこで思いがけない相手に出会う「名のない毒液と花」、名投手と言われた兄に憧れ、自らも野球の練習を続ける少年が、行方不明のペットの鳥を見つけて届けたことからある少女と出会う「落ちない魔球と鳥」、妻を亡くし定年を迎えた英語教師が、訪問先のアイルランドで物乞いをする少女と出会いその事情を探ろうとする「笑わない少女の死」、恋人から刺し殺されそうになった女性が突然現れた男に助けられる「飛べない雄蜂の嘘」、アイルランドで介護士となった青年と、死の直前の女性とその姉、女性の娘との触れ合いを描く「消えない硝子の星」、殺人事件の鍵を握る行方不明の犬の捜索を依頼する女刑事とペット探偵を描く「眠らない刑事と犬」の六章で構成されています。
 それぞれの章で登場した人物が、他の章で再登場したり(登場する時代もまた異なっています)、断片的に触れられた情報の詳細が語られたりと、章同士をリンクさせる伏線が、それぞれの章に埋め込まれています。読み進んでいくうちに、これは別の章で触れられた人物(事件)だな、と物語の解像度がだんだん上がっていく感覚がありますね。
 六つの物語が「等価」に描かれているので、飛びぬけて目立つような、これが結論だ、というような章が存在していません。そのため、順番がどうあれ、最初に選んだ章が起点、最後に読んだ章が最終章のように感じられます。
 順番を変えて読める、といっても、作中で描かれる「事実」が変わるわけではなく、あくまで一連の事件の「始まり」「流れ」「終わり」の印象が異なってくる、ということでしょうか。映画の例えで言うと、シーン同士のつなぎ方をどうするか、クライマックスをどこに持ってくるか、といった編集作業を読者自身が行う物語、とでもいえるでしょうか。物語同士に共通するモチーフとして、花のイメージ、動物、アイルランドなどが登場するのも面白いところです。ペット探偵が重要なキャラとして登場するところから、犬の活躍度は高いですね。
 「眠らない刑事と犬」に登場する犬「ブッツァーティ」は、おそらく同名のイタリア幻想作家から取られた名前で、印象も強いです。またアイルランドの部分では、ラフカディオ・ハーンについて言及されるのも興味深いですね。
 それぞれの章が、一つの短篇として完成された作品になっていますが、六章を読み終えた時に、また一つの長篇として構築された物語が見えてきます。群像劇的な面白さのある作品です。



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千早茜作、宇野亞喜良絵『鳥籠の小娘』(KADOKAWA)

 長い山脈の裾野にある村で、籠を編むことを生業にしていた盲目の老婆は、ある日、裸足の娘を連れ帰ってきます。老婆から教えられ、美しい鳥籠を編むようになった娘でしたが、老婆はそれを売り物にしない方がいいと忠告します。
 老婆の死後、村人が鳥籠と引換えに置いていくようになった食料で細々と暮らす娘のもとに、魔物が現れます…。

 美しい鳥籠を作る娘と、彼女のもとに現れた魔物を描く、残酷で幻想的な絵本作品です。
 美しい鳥籠を作りながらも、現世的な欲が全くない娘と、そんな娘にいらだちを覚える魔物。序盤で退場してしまう老婆を除くと、主にその二人がメインの登場人物となっています。
 娘の無欲さにいらだちを覚える魔物が、彼女を陥れるような真似をしてしまいますが、それに対しても娘の心は変わることはないのです。魔物が極めて人間的な感情を持つ存在として描かれているのに対して、娘の方がむしろ冷静で、その心はほとんど揺れ動かない、というのも面白いところですね。
 少女がたびたび口にする「からっぽ」という言葉も意味深です。事実、娘が作る鳥籠はみな「からっぽ」で、この鳥籠のイメージは作品全体のモチーフともなっています。後半では、魔物が大きな鳥籠の中にいるのでは、という比喩も持ち出されるなど、寓意的な意味合いも持たされているようです。
 魔物に踊らされてしまう村や村人たちは愚かなのですが、そうした背景の人物たちの動向よりも、前景で展開される娘と魔物、特に魔物の行く末が気になってしまいます。
娘と魔物が分かり合えるのか、といったところで、幸福とは程遠いものの、そこには破滅の美しさと倒錯した愛が仄見える、という展開も興味深いですね。
 魔物の造型も独特です。山羊の角、蝙蝠の羽、黒い毛並み、毛の間からは金属や歯車のようなものが飛びだしているというのです。宇野亞喜良によって描かれた魔物のイラストも魅力的ですね。
 徹底的にダークで残酷でありながら、美しさも感じさせる絵本作品となっています。宇野亞喜良のイラストも千早茜の作風とマッチしていて、違和感がありません。



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黒史郎『いるの? ノコナロくん』(PHP研究所)

 その学校にはある怪異の噂が伝わっていました。旧校舎の階段を上がった先の白い鉄の扉、そこにある《居》という文字の前でおまじないを唱えると、<ノコナロくん>が現れて、悩みを解決してくれるというのです。
しかしその代償として、相談した人間の大切なものを要求するといいます。ただし、それは必ずしも一番に大切にしているものとは限らず、要求に応じて何番目かに大切なものである場合もあるのです…。

 悩みを解決してくれるという、謎の怪異<ノコナロくん>をめぐる怪奇小説集です。
 毎回違う児童がそれぞれの悩みを<ノコナロくん>に解決してもらおうとする、という連作の形になっています。異形であり、その解決方法にも理不尽な要素も多い<ノコナロくん>なのですが、彼自体には特に邪悪な意図はないようなのです。
 <ノコナロくん>が選んだ解決方法が素直に功を奏する、というパターンはほとんどありません。大抵は、それによって子どもたちが思わぬトラブルに巻き込まれる形になっています。ただ、それによって子どもたちが大事な目的ややるべき事を認識し、結果的に悩みを改善することになる、というパターンが多いですね。
 その一方、取り返しのつかない事態になってしまうというパターンも存在し、そちら方面のエピソードの結末は怖いです。現実世界に存在し続けられるのはいい方で、異空間から戻れなくなったり、失踪してしまう…という空恐ろしい結末を迎えるエピソードもありますね。
 登場人物が重なって登場していたり、最初と最後のエピソードである登場人物の過去が明かされたりと、ゆるくつながったエピソード間のつなぎ方も洒落ています。
 難易度の高いゲームを求め続ける少年が恐ろしい目に会うという「ゲーマーのタケオ」、優しすぎる教師が児童の指導に悩むという「叱れない先生」、嘘つきな少女が嘘を本当にしてもらおうとする「嘘つきのユキナ」などのエピソードは特に恐怖度が高いです。
 「新聞部のアイコとマサル」では、新聞部の少年少女が、なんと<ノコナロくん>自身にインタビューをするというとんでもない展開に。ユーモラスでありながら恐怖感も感じられるエピソードになっています。
 理不尽な結果が伴うことが多いものの、願いの仕方や代償となる大切なものの選択などで、<ノコナロくん>との交渉が多少可能なように描かれているのも面白いところですね。リスクに対して十分に注意すれば、有意義な取引も可能なのです。
 テーマ的には「悪魔との契約」テーマといえる作品なのですが、<ノコナロくん>はもう少しソフトというか、現実的な取引が可能な存在として描かれています。そこに関わる子どもたち(たまに大人もいますが)の感情のもつれやトラブルに関して、人間的なお話が展開する、というところが魅力ですね。



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大島清昭『赤虫村の怪談』(東京創元社)

 愛媛県の山間部にある赤虫村には、様々な妖怪譚が言い伝えられていました。建築会社を経営する現地の名家、中須磨家は、陰陽師と人魚の間に生まれた子供の子孫だと言い伝えられていましたが、隠居の権太、その息子真守が怪死するという事件が相次いでいました。
 殺人が妖怪たちの祟りだと噂されるなか、赤虫村の怪談を調査していた作家呻木叫子は事件について調べていくことになります…。

 妖怪たちの伝説がある土地を舞台に、殺人事件の謎を解く怪奇ミステリ、といった体の作品です。面白いのは、物語の背景となる妖怪伝説が伝説に終わらず「実在」するところ。祟りも存在し、禁足の土地とされる場所に入り込んだ人々が大量死するなどの事例も発生します。
 村に伝わる妖怪の名前が「無有(ないある)」「位高坊主(いだかぼうず)」「九頭火(くとうか)」「苦取(くとる)」「蓮太(はすた)」など、「クトゥルー神話」のモチーフが使用されています。妖怪と言うより邪神であって、その「祟り」も強力、人間の力など役に立たないのです。
 前作『影踏亭の怪談』にも登場した作家、呻木叫子が現地の旅館の娘である金剛満瑠と協力する形で事件を調べていきますが、明らかになっていくのは村に伝わる凄惨な過去と、「祟り」による犠牲者たち。
 発生した殺人事件が邪神による「祟り」なのか、人為的なものなのか? といったところにミステリ味があります。また、特定の妖怪が特定の一族に結びついていたり、なぜ特定の一族にのみ「祟り」が及ばないのかなど、妖怪たちに関する謎がいくつも発生します。正直、殺人事件の謎よりもこちらの妖怪たちについて語られる部分の方が魅力的で、殺人事件の真相がどうでもよくなってしまうほどですね。
 序盤から「クトゥルー神話」要素が登場し、最後までそれが展開されます。モチーフと言うより、ほぼ完全な「神話作品」といってもよく、H・P・ラヴクラフト作品や「クトゥルー神話」作品についてある程度知識があった方が楽しめる作品かと思います。



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星野智幸『水族』(岩波書店)

 物心がついたときには既に両親は亡く、施設で育てられた青年、雨利潤介。普通の人間よりも能力が劣っていると自認する潤介は、湖底に設置された部屋に住み込み警備する仕事を引き受けます。その部屋は六方が透明で分厚いアクリル板で出来ており、湖に住む生き物たちが見えるという環境でした。
 時折、先輩である浜麦と外に出かける以外は、湖底の部屋で孤独に暮らす潤介でしたが…。

 湖底のガラス張りの部屋で孤独に暮らす青年の日常を描く静謐な作品…、だと思って読み進めていくと、意想外にスケールの大きな物語であることが分かってきて驚いてしまいます。
 段々と周囲の状況が判明してくるのですが、どうやら舞台は未来、地球が水に覆われつつある世界のようなのです。地上は大部分が水に沈み、植物が繁茂しています。建物も半分が沈んでいるような状態でした。
 潤介は、仕事の目的である警備というのは建前に過ぎず、本当の目的が他にあるのではないかと考えるのですが、本当の理由は潤介自身にも予想外のものでした。
 潤介が住むことになるガラス張りの部屋からは、魚や水の生き物たちが自由に見え、快適な環境だと思いきや、逆に自分が見られているのではないかと、潤介は被害妄想気味に考えるようになっていきます。この「見る・見られる」という関係性は、作品自体の重要テーマともなっていて、後半ではそれに関して、思いもかけない急展開が訪れることにもなるのです。
 また、序盤で潤介が以前に書いた小説「霊長類哀歌」が言及されますが、こちらはタイムスリップした主人公が人類の進化の契機をつぶしてしまう、という内容の作品になっています。こちらも作品全体の重要な部分と通底する内容になっていますね。
 全篇水のイメージが乱舞する美しい作品なのですが、その一方、グロテスクな要素も多々登場します。主人公である潤介は、人間たちの自分勝手な理屈に翻弄されてしまうことにはなり、その意味で不幸なのですが、それらを全て溶かしていくような結末のビジョンは幻想的・象徴的で非常に美しいです。
 文芸味の強い幻想小説であると同時にハードなSF小説でもあるというユニークな作品です。



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澤村伊智『アウターQ 弱小Webマガジンの事件簿』(祥伝社)

 会社が倒産し路頭に迷っていた湾沢陸男は、知り合いのライター井出和真の斡旋で、Webマガジン『アウターQ』でライターとして働くことになります。癖の強いスタッフが揃った『アウターQ』の記事のため取材した案件からは、様々に奇妙な事実が判明することになりますが…。

 マイナーなWebマガジン『アウターQ』のライターとなった湾沢陸男が奇妙な事件に遭遇することになる…という連作ミステリ集です。取材対象となる事件自体は変わったものではないものの、その取材過程で思いもしなかった真実が現れてくる、というところで、ツイストの効いた作品となっています。
 かってその不気味さから子供たちを怖がらせた公園の落書きの謎を追う「笑う露死獣」、摂食障害となった人気フードライターが不思議なハンバーガー店と出会う「歌うハンバーガー」、ストーカーに襲われ大けがをしたアイドルの復帰公演で起こる事件を描いた「飛ぶストーカーと叫ぶアイドル」、過去の歩道橋落下事故の死者の霊が現れるという噂をめぐる「目覚める死者たち」、絵画に描かれた女性に恋した男がそのモデルを探そうとする「見つめるユリエさん」、アウトサイダーアートを製作する変わり者の男性とその屋敷をめぐる「映える天国屋敷」、湾沢が奇怪な陰謀に巻き込まれる「涙する地獄屋敷」の七篇を収録しています。
超自然的に見える事件もちらほら登場するのですが、大体においては合理的に謎が解かれる形になっています。真実が暴かれたときに、そこに現れる現実が非常に「苦い」ものであることもしばしばです。
 ことに最後の二篇「映える天国屋敷」「涙する地獄屋敷」では、主人公湾沢の過去そのものが問われることにもなり、その苦さは強烈ですね。
 湾沢や井出など、『アウターQ』スタッフの協力によって謎が解けることもありますが、明確な探偵役として現れるのが地下アイドルの練馬ねり。青いどてらを羽織った茶髪ボブの女性で、パフォーマンスはシュールながら明晰な頭脳を持っており、たびたび事件の真相を解いていくことにもなります。表紙イラストに描かれた、後ろ姿の女性は練馬ねりでしょうか。
 一番面白く読んだエピソードは「見つめるユリエさん」でしょうか。ある女性と出会う夢を繰り返し見るようになった浅野将太は、その女性が、父母が何年も前に買って、幼い頃に何度も見ていた絵画の中の人物であることに気付きます。実在するかも分からない女性の捜索を依頼された『アウターQ』は、絵画の内容やその履歴を調査していくことになりますが…。
 絵画に描かれた女性に恋した男がそのモデルを探そうとするというお話です。現実的に絵そのものからヒントを見つけていくという合理的な展開を辿るのですが、夢の存在といい、物語の展開といい、超自然的な空気が濃厚で、幻想小説といってもいい作品になっています。
 全体のタッチはコミカルであるのですが、それぞれのエピソードに人間の「業」であるとか、社会的な問題なども盛り込まれています。連作を通して、ある事件の影響関係が語られていき、それが最後の二篇で描かれるという、作品全体に係る趣向も用意されており、非常によく作り込まれた連作という印象を受けますね。



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岩井志麻子『嘘と人形』(太田出版)

 失踪して数十年後、殺人の被害者となって発見された姉は、ネット上で本間切美を名乗り、アウトサイダー的な作品でカルト的な人気を持っていました。切断された姉の首は、ヒョウのぬいぐるみの首にくるまれており、その猟奇性が話題になりますが、その殺され方は、以前にQ国で起きたという「ガオちゃん殺人事件」に酷似していたのです。
発表した作品のみならず、本間切美の人生は嘘で塗り固められていました。妹の「私」は、姉の虚偽に満ちた人生を語っていくことになりますが…。

 猟奇的な殺人事件の犠牲者となった本間切美。彼女の人生は虚偽に満ちており、その内実を妹である「私」が語っていくことになる、というホラーサスペンス作品です。
 前半は、人間的に問題のある姉妹の母親と、それ以上に病的な嘘つきで倫理観に欠けた姉との暮らしが延々と語られていきます。
 母親自体、問題のある人間ではあるのですが、姉の方はその母親が見放すぐらいのひどさであり、特にその病的な虚言癖によって周囲との軋轢を引き起こしていきます。対して妹の「私」はある程度の学歴を得て、平穏な家庭を手に入れることにはなりますが、結局は孤独に陥り、姉の事件の影響を受けてしまうことになるのです。
 本間切美殺人事件のほかに、それ以前にQ国で起きたという「ガオちゃん殺人事件」、漫画家の女性とその子供が殺された事件なども登場し、事件同士の関係性が探られていきますが、つながりはなかなか見えてきません。
 本間切美の妹が語る部分のほかに、別の人物の視点から語られる部分もあり、真実が曖昧になっていく…というタイプのメタフィクションとなっています。その中で妹の語りにも怪しい点が見えてくるようになります。姉を非難し、品行方正だったと語る妹の話は真実なのか?
 序盤から終盤まで、ひっきりなしに著者の岩井志麻子の名前が言及され、間接的に登場人物の一人となっているのですが、この趣向が物語の仕掛けの一つとして機能しているのにも感心しますね。
 妹が語るパートは、底辺社会に生きる人々の生活がリアルに描かれており「嫌さ」が強烈なのですが、この「嫌さ」も作品の重要な要素として機能しています。
 どぎつい底辺社会の描写など、読者を選ぶところがあるのですが、何が「嘘」で何が「真実」なのかが曖昧になっていく「騙り」といい、魅力的な幻想小説になっているように思います。
 本の表紙画にもなっているのは、著者本人がテレビで披露したヒョウのコスプレ姿のようで、その事実が本の中でも言及されるなど、自身のパロディ的な部分もあります。そうした「悪ふざけ」的な部分も含めて面白い作品です。



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岩井志麻子『煉獄蝶々』(KADOKAWA)

 明治三十八年、岡山の名家、大鹿家の次男壮太郎とその妻須美子に拾われた赤子は、保和と名付けられ、大切に育てられます。壮太郎の死後、養母とも別れ一人暮らすようになった保和は、作家を目指し、父の知り合いだった人気作家、金光晴三に半ば師事するようになっていました。
 芸術家志望で若く美しい金光の妻八千代は浮気性で、夫を困らせていましたが、ある日夫婦は揃って外国に出かけてしまいます。
 金光夫妻が音信不通となり、不安を抱えていた保和のもとに金光から帳面が送られてきます。それは南洋の新嘉坡(シンガポール)からのものでした。
 金光は八千代を殺してしまい、ある報酬と引き換えに拝み屋に妻を蘇らせてもらったというのです。しかし生き返った八千代は廃人のようになっていました。拝み屋によれば、妻を今の状態よりはましにできる可能性はあり、そうするために行くべき場所として指示されたのは、
 新嘉坡で日本人の矢加部なる男が経営している小金屋というホテルだというのです。
金光の帳面には、甦った妻との暮らしと、小金屋に滞在する奇妙な人々との付き合いが書かれていました…。

 養子として育てられた孤児、保和が、師とも仰ぐ作家金光の奇怪な体験を、送られてきた帳面の文を通して知ることになる…という体裁で書かれた怪奇幻想小説です。
 作品の大部分は金光の体験であるのですが、飽くまで保和が金光の書いた文章を読んでいる、という体裁で語られていくので、起こった出来事はみな間接的な語りとなっており、その曖昧さが不気味な雰囲気を醸し出しています。
 八千代を蘇らせたという拝み屋とは何者なのか? 八千代をより人間らしくするための手段とは何なのか? さらに小金屋に滞在する人々も来歴の怪しい人間が多数おり、現実とは思えない出来事も起こっていました。
 そもそも金光の手記は事実に基づいているのか? 彼が書いた「怪奇小説」ではないのかと保和が疑うことにもなり、その信憑性に怪しさが付いて回ることになります。
 さらに保和自身の出生にも不明点があること、乳母代わりとなった女性春の怪しい来歴など、彼自身とその周囲にも不穏な点が見え隠れします。
 この謎の女性春は、物語の重要なカギを握る人物となっていて、金光の手記にもその名前が言及されています。南洋出身であるらしいこと、保和に、本当なのか分からない奇怪な逸話を聞かせるなど、何か秘密を隠しているらしい人物であることも分かってきます。 金光の手記の内容は、保和の過去の真実にもつながってくることになりますが、その真実は思いもかけない恐ろしいものなのです。
 手記やその間接的な語り口などによって、物語自体が曖昧な空気を帯びているのに加えて、登場する人間たちが語る内容も真実なのかが分からなくなってくるという、茫洋とした雰囲気が特徴となった作品です。しかしその茫洋な物語の中で現れるのは、人間たちの欲得や愛情のあふれる粘着質な人間模様。
 最終的に判明するのは、よどんだ人間関係と地獄のような恐るべき真実なのです。
読んでいて、妙な浮遊感覚に囚われてしまうような、不思議な味わいの怪奇幻想作品となっていますね。



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夕木春央『方舟』(講談社)

 友人の裕哉に誘われ、大学時代の友人たちと共に、山奥の地下に作られた謎の建築に入り込んだ柊一。仲間内の軋轢の調停役を見越して従兄の翔太郎も同行していました。日も暮れてしまったため、建築内の部屋に寝泊まりすることになりますが、たまたま付近を散策して迷ってしまったという、三人家族の矢崎一家も受け入れることになります。
 翌日、地震が発生し、入口は巨大な岩に塞がれて出られなくなってしまいます。地盤からは水が染み出しており、地下建築は一週間程度で水没してしまうようなのです。
 そんな中で殺人が発生し、残された者たちは疑心暗鬼に陥ります。ある方法を使えば、脱出は可能にも思えましたが、それはその一人が「犠牲」になるのとほぼ同義なのです。「犠牲」になるのであれば、それは殺人の犯人がなるべきだ…。そう考えた人々は、犯人探しの証拠を集めることになりますが…。

 殺人犯との対決と同時に、命を懸けたタイムリミットが迫り来るという、サスペンス感あふれるミステリ作品です。
 閉鎖空間内で殺人が起きるというミステリ作品なのですが、脱出のために最低一人の犠牲が必要であることが分かり、同時に発生した殺人の犯人をその犠牲にすべきだという合意のなか、捜査が進められていくことになります。
 放っておくと地下建築が水没し、全ての人間が死んでしまいます。一人が犠牲になれば、他の人間が助かるという、えげつない状況設定がされています。ある人間を助けるために他の人間を犠牲にすることは許されるのか?という、いわゆる倫理学上の「トロッコ問題」を応用したと思しき設定になっていますね。
 そこに閉鎖空間内の殺人事件が絡まっていくわけで、犯人こそが犠牲になるべきだという同意のもとで犯人捜しが始まるのですが、犯人を見つけられるのか?という謎と共に、犯人だろうとも犠牲にすることは許されるのか?という問題も提起されていく問題作です。全体にブラックな雰囲気で、ある種のホラーとしても読める作品ではないかと思います。後味はあまり良くない(というかめちゃくちゃ悪いです)ので注意です。



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藤谷治『茅原家の兄妹』(講談社)

 平凡な公務員である「私」は、大学を卒業してから十数年間接触の途絶えていた旧友、茅原恭仁から、突然招待の知らせを受け取ります。訪れたのは山間の広大な屋敷でしたが、そこで暮らしていたのは恭仁とその妹睦美のほか、使用人である新次郎と家政婦の林だけでした。
 かって高慢で才気に溢れていた睦美は、人が変わったように何かに怯えるようになっていました。恭仁によれば、睦美の取り巻きだった男たちの一人が変死を遂げ、その事件以来、精神を病んでいるというのです。さらに屋敷には、猟奇的な事件を起こして死を遂げたロシア人の霊が出るとも言われていました。
 一方、恭仁は屋敷内で独自の研究を続けているといいますが、その内容に関しては明かしてくれません。睦美にだんだんと惹かれていくようになる「私」でしたが…。

 曰くのある広大な屋敷に住む兄妹と、そこに招かれた旧友の不思議な関わりを描く、幻想的な作品です。
 かって絶大な資産を誇った茅原家は、当主の急死をきっかけに零落し、兄妹の母親も後を追うように亡くなっていました。使用人二人を置くのみで、実質二人だけで暮らす兄妹の「秘密」を「私」は探ることになります。
 怪しい研究を行っているらしい恭仁、人が変わったようになってしまった睦美。彼らの過去に何があり、現在はどうなっているのか? というところで、非常にミステリアスな展開なのですが、どの「謎」についても、はっきりした「解答」は示されないのが特徴です。
 そもそもメインとなるこの兄妹の物語自体が、作家である山ノ葉静蘭が著した、小説ともつかぬ「手記」であり、その「手記」を文章全体の著者が読んでいるという、形式の入り組んだ作品なのです。
 「手記」の「私」が山ノ葉静蘭自身なのか、他の人物に相当するのかも分かりません。
 さらに作中では、一家全員が謎の失踪を遂げたという「新潟市一家溶解事件」なるものも言及されるのですが、こちらの事件の真相も含めて、全てが「靄の中」であり、誰が誰について語っているのかといったことも曖昧になっていくあたり、徹底して曖昧な幻想小説となっています。
 最終的に判明するのは、茅原兄妹に関するある事実だけで、それ以外は全てが読者の想像力にまかされているようです。超自然現象はあったのかなかったのか? また「新潟市一家溶解事件」とは何だったのか?
 特に「新潟市一家溶解事件」に関しては、情報がほとんど記されないため、気持ち悪さが残るところもありますね。
 睦美と「私」との恋愛が順調に行くようでいて、そこには捻れた経緯が絡んでくるあたりも一筋縄ではいきません。恭仁が妹と「私」をくっつけたがっている節もあり、恭仁が何を考えているのか、という部分もミステリアスですね。
 零落した旧家、孤独に暮らす兄妹、過去の惨劇、曰くのある屋敷、得体のしれない研究など、ゴシック小説的な道具立てがふんだんに使われた作品なのですが、それらの要素が明確に幻想小説的な結構を取らずに曖昧にされていく…という、非常に捉えどころの無い作品となっています。
 読んでいて、強い「もやもや感」が発生するのですが、これはこれで読み解き甲斐のある作品となっていますね。



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歌野晶午『間宵の母』(双葉文庫)

 小学三年生の少女詩穂と紗江子は親友同士でした。紗江子の父、間宵夢之丞はその美貌と話の上手さで子どものみならず、その母親たちにも人気の男性でした。夢之丞から聞く話はまるで実際の体験であるかのようなリアルさがあると評判になり、子どもたちは競って彼の話を聞きたがります。詩穂も夢之丞の話を聞きたがりますが、なぜか紗江子は理由をつけて合わせてくれません。
 やがて、夢之丞と詩穂の母が共に失踪し、二人は駆け落ちしたと考えられていました。その日から、紗江子の母、己代子の精神状態はおかしくなってしまいます。また、詩穂も父親から虐待を受けるようになり、児童擁護施設に入れられてしまいます。その後、二人の少女はそれぞれ悲惨な人生を歩むことになりますが…。

 ある男女の不倫をきっかけに、彼らの子どもの世代にまで及ぶ災厄が続くというホラー・ミステリ作品です。
 互いにパートナーのいる男女が不倫して駆け落ちした結果、残されたパートナーとその子どもたちの人生は狂ってしまうことになります。紗江子は、狂ってしまった母親のそばで暮らすことになり、一方、詩穂は自暴自棄な人生を送ることになってしまうのです。
中盤からは、主に紗江子を中心にお話が進んでいきます。狂気に囚われてしまった母親己代子のせいで、暗い青春時代を過ごし、大人になってからも不遇な生活を送ることになります。徹底的に彼女を不幸が襲うことになるのですが、周囲の人間も思わぬ災厄に巻き込まれてしまいます。
 明確に狂ってしまった己代子だけでなく、人生を狂わせてしまった人間たちが複数登場し、彼らの「狂気」によって残酷な事件が起こるという作品であるのですが、作品のところどころで、どこか常識を超えた超自然的な香りが漂います。
 災厄の原因が本当に不倫に端を発する人為的なものなのか、それとも超自然的なもののなのかが最後まで分からず、それに従って、ジャンルに関しても最後まで定かにならない、という点でワクワク感がありますね。
 作品は四章に分かれていて、視点人物も時代もそれぞれ異なっています。章をまたぐごとに、関係者や家族に何が起こったのかが徐々に判明していくという流れになっています。視点人物が直接的な関係者でない場合もあり、その意味で巻き込まれ型サスペンスのようになっているのも興味深いですね。



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坂東眞砂子『見知らぬ町』(岩波書店)

 幻想的な掌篇を集めた作品集です。
 神が様々な生き物を創造してゆく様を描いて寓話的な「天地創造」、足跡を売ってしまった男の物語「足跡、買います。」、専業主婦の不穏な「幸せ」を描く「幸せな日々」、人間の中に潜むモノたちが出会うという「旅人たち」、灼熱の世界でボランティアとして働く女性の奇妙な体験を描く「銀世界へ」、少年の耳に煩わしい音が聞こえ続けるという「煩せえ」、この世とあの世がつながっているという「転生」、不倫を続ける男の元に妻から不可解な電話がかかってくるという「日没」、少年の家がジャングルに変わってしまうという「ジャングル・ホーム」の九篇を収録しています。
 さらっと読める幻想的な掌篇が集められています。どれも鮮やかですが、印象に残るのは「銀世界へ」「転生」でしょうか。
 「銀世界へ」は、太陽の影響により灼熱の世界となった未来が舞台。生活のために食糧配給のボランティアをしている女性は、ある日外套とマフラーをまとった男とすれちがいます。男についているのは雪のかけらのようなのです。男は空き地の冷蔵庫の扉を開け、その中に消えてしまいますが…。
 灼熱の世界に、銀世界からの訪問者がやってくる…という幻想小説です。暑さと寒さのイメージの対比が素晴らしいですね。
 「転生」は、幽玄な雰囲気で描かれた物語です。祖母と「わたし」が暮らす家に、友人の佳枝が訪ねてきます。祖母は果物を剥いて歓待しますが、気がつくと祖母は胸を刃物で突いて死んでいました…。
 現実世界の情景と見えたものが、段々と普通ではないことが分かってくるあたりの不気味さは強烈です。この世とあの世がつながっているような不穏な世界観が明らかになり、その結末も怖さと同時に奇妙なユーモアもあるなど、非常に魅力的な作品となっています。



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似鳥鶏『小説の小説』(KADOKAWA)

 小説の約束事を逆手にとって書かれた、破天荒なメタ・フィクション小説集です。

「立体的な藪」
 人里離れた宿で殺人事件に遭遇した名探偵。殺された男以外に容疑者は二人のみ。いったいどちらが犯人なのか? 名探偵は推理を繰り広げますが…。
閉鎖環境での不可能犯罪を名探偵が推理するミステリ作品なのですが、その推理が二転三転していくことになります。
 前に出された推理が否定されて新しい推理が開陳されるのですが、その新たな推理がとんでもない方向から来るという、前衛的な作品です。広い意味での叙述トリックではあるのですが、こんな発想は思いつきませんでした(ただその分読みにくいのではありますが…)。

「文化が違う」
 車に轢かれそうになった子どもを助けようとして命を落とした高校生の「俺」が気が付くと異世界に転生していました。この世界は魔王の脅威にさらされているといいます。転生後不思議な力を身に付けていた「俺」は、仲間と共に魔王討伐に向かうことになりますが、一番気にしていたのはこの世界のネーミングセンスでした…。
 チート能力を持って異世界に転生した主人公が無双する…という異世界転生もののパロディ的作品なのですが、この異世界のネーミングセンスが独特、というところでユニークな作品となっています。
 ヒロインの名前が「マッスルゴリラ=ウンコナゲル」、敵の怪物の名前が「プリプリ」だったりと、とんでもない名前がついています。
 また「はい」を意味する言葉が「ヤダー」だったり、信頼がおける誠実な男の名前が「アトデウラギル=キガスル」だったりと、真逆の意味合いの名前になっているのもブラック・ユーモアたっぷりですね。
 ふざけた名前が多数登場するパロディ的作品でありながら、異世界ファンタジーとしては力作で、剣や魔法の設定は本格的、アクションシーンもたっぷりでエンタメとしても非常に面白い作品になっています。

「無小説」
 作者が一文字も書かず、先行作家の文章のつぎはぎだけで物語を構成してしまったという、とんでもない「作品」です。
 夏目漱石、芥川龍之介、太宰治、坂口安吾など、もっぱら文豪の作品からの切り出しでできていて、文章単位では名文なのですが、それらをくっつけるとおかしなことになってしまうという、あまりにも前衛的な作品です。
 ポーや江戸川乱歩の文章が混ざるところだけ、妙に怪奇・ミステリ味が強くなるところもおかしいですね。

「曰本最後の小説」
 憲法が改正され、検閲や監視が合法的になった「曰本国」、表現の自由を守ろうとする作家、渦良は、様々な手法を使って小説を発表し続けますが…。
 圧制の敷かれた独裁管理社会で、表現の自由を守ろうと小説を書き続ける作家を描いたディストピア小説です。
 最初は現実の政治的事件を諷刺する、というレベルの自粛から事態がエスカレートしていき、小説そのものが禁止されることにまで至ってしまいます。
 文中の単語が伏字になったり、全ての文字がひらがなになったり、顔文字が入ったり、文字の位置が変わったりと、検閲を逃れるための苦肉の策が繰り広げられていくことになります。
 作中で登場する小説のアイディアは破天荒で面白いのですが、それが描かれる世界観は極度のディストピアで、笑うに笑えない…という、ブラック・ユーモアと諷刺たっぷりのお話になっています。

 この本、帯とカバー裏にも文字が印刷されており、本体から外すとそこに書かれた小説も読むことができるようになっています。しかもソデの部分を開いたときと閉じたときで、それぞれ前後に挟まれた文章が異なり、違う物語が味わえるようになっているという、洒落た趣向です。
 襲われた「アカリ」が救出される、というメインの物語が、ソデ部分の文章によって、それぞれ「噛みつき小説 SIDE A」「噛みつき小説 SIDE B」になるという仕掛けです。AとBで「噛みつく」当人が変わることになり、全く異なる物語になっている
のに感心しますね。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

サンタクロースの誕生  ライマン・フランク・ボーム『サンタクロース少年の冒険』
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 ライマン・フランク・ボーム『サンタクロース少年の冒険』(畔柳和代訳 新潮文庫)は、サンタクロース誕生の秘密を語るファンタジー作品です。

 不死の妖精たちが暮らすバージーの森に、ある日突然捨てられていた赤ん坊。森のニンフであるニシルは森の掟を破って赤ん坊を育てようとします。ニシルの熱意にほだされた世界の樵の長にして森の支配者アークは、ニシルの子育てを手伝うようにと妖精たちにお触れを出します。
 クロースと名付けられた子どもはすくすくと成長していき、立派な若者になります。
ある日、アークに連れられて人間の世界を見て回ったクロースは、不幸な子どもたちの姿を目撃し衝撃を受けます。彼らに何かしてやれないかと考え、一人森を出て暮らすことになりますが…。

 妖精たちが暮らす森に捨てられた赤ん坊は、クロースと名付けられて、彼らのもとで育てられることになります。長じてこの少年クロースが「サンタクロース」となるのですが、彼がどのように育ったのか、子どもたちにおもちゃを配るようになったのはどのような経緯からなのか、が語られていくことになります。
 また、煙突から家に入ったり、靴下にプレゼントを入れたり、クリスマスにおもちゃを配ることなど、サンタにまつわる様々な決まりが生まれた理由についても、その「起源」が語られていくのも、洒落た趣向ですね。
 クロース自身が真面目で意志の強い少年(青年)であるのみならず、彼を庇護する妖精や精霊たちが全面的に彼をバックアップするので、困難も次々とクリアされていくのですが、クロースの活動の最大の困難となるのが、邪悪な魔物オーグワたち。
 クロースの作ったおもちゃを奪ったり、クロース自身をさらって閉じ込めたりします。しかしこれも妖精たちの手助けにより、切り抜けることになります。

 いかに多くの子どもたちを幸せにするか、という視点でクロースが様々な工夫を考えていく過程が面白いですね。子どもたちに渡すおもちゃにしても、最初はシンプルだったものを、試行錯誤で改良していき、いろいろなおもちゃを作り出すことになります。
 移動手段となる「馴鹿(トナカイ)」にしても、彼らをどう使っていくか、彼らの主人である妖精の許可をいかに取るかなど、ある種の政治的な駆け引きをする部分も興味深いです。

 子どもたちの幸せのために人生を捧げるクロースの活動が描かれていき、全体に明るく清涼感のある物語なのですが、後半では、年老いたクロースの「寿命」がクローズアップされ、不死の妖精たちとの時間感覚の差が示されるなど、哀切な雰囲気も強くなります。
 ですが、主人公であるクロースを含め、皆の善意が人を幸せにしていくという、一貫してポジティブな雰囲気が溢れており、読んでいて気持ちの良い作品になっています。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

永遠に生きる者たち  レイ・ブラッドベリ『塵よりよみがえり』
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 レイ・ブラッドベリ『塵よりよみがえり』(中村融訳 河出書房新社)は、超自然的な能力を持った一族について語られる、情感豊かな連作ファンタジー作品です。

 他人に乗り移ることができる少女セシー、背中に翼を持つアイナーおじさん、古代エジプトから生き続ける<ひいが千回つくおばあちゃん>…。不思議な力を持ち、普通の人間よりも長寿である「一族」の物語が語られていきます…。

 1945年の作「旅人」を手始めに、50年以上にわたって書き継がれたブラッドベリの「一族もの」の短篇を継ぎ合わせ、一つの連作長篇とした作品です。ですので、有名な短篇もいくつか組み込まれているのですが、一つの作品としてのまとまりを持たせるために、多少の改変がなされています。
 全体は、一族の一員でありながら、特殊な能力を持たない「普通の少年」ティモシーが、<ひいが千回つくおばあちゃん>にお話を聞かせてもらう、という体裁で語られており、視点人物はティモシーとなっています。なぜティモシーには他の一族のような能力がないのか、独立した短篇では分からなかった事実が、こちらの作品内では描かれているのも面白いところです。

 作中でひときわ目立っているキャラクターはやはりセシー。精神のみを外に飛ばし、人間ばかりか他の生き物の心にも入り込むことができるのです。
 別の少女の体の中に入ったセシーが、少年と恋をするという「さまよう魔女」、一族の嫌われ者ジョンおじがセシーを探し回る「旅人」などで、その魅力が描かれています。
 「十月の西」では、セシーの力を借りて精神を外に飛ばしていた四人のいとこが、納屋の火事によって、からっぽになっていた体を焼失してしまいます。仕方なしに古代から生きる<ナイル川のおじいちゃん>の心の中に彼らを住まわせることになります。
 おじいちゃんの心の中に、様々な時代の記憶の場所があり、いとこたちがそれぞれの場所に住み着く…という魅力的なエピソードになっています。

 驚いたのは「オリエント急行は北へ」です。ヴェネツィア発パリ経由カレー行きのオリエント急行内で具合を悪くした老人が、乗り合わせた看護婦に助けられますが、その老人は普通の人間ではなかった…というファンタジー作品。
 まさか「一族もの」に分類される作品だとは思っていなかったので、こちらに組み込まれているのを見てびっくりしました。確かに「一族もの」としてもおかしくはない作品ではありますね。

 時代が下るにしたがって、一族たちの活動もしにくくなり、離散に近い形を取らざるを得なくなります。一族を「語りつぐ者」は誰なのか? というところで、詩的なラストにも味わいがありますね。本来は独立した単独の短篇「旅人」が、一族の離散の予兆を示すエピソードとして、後半にはめ込まれているのも見事です。
 長い年月を生きる一族たちが、やはり時代の流れと無関係ではいられない…というあたりは、著者ブラッドベリがこのシリーズを長年書き継いできたということも影響しているのでしょうか。
 そうしたペシミスティックな部分はありながら、全体に魔術的で抒情的、ユーモアと詩情のあふれたファンタジー作品となっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

東欧の怪奇と幻想  沼野充義編『東欧怪談集』
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 沼野充義編『東欧怪談集』(河出文庫)は、東ヨーロッパの様々な国から、幻想的な小説を集めたアンソロジーです。この本でしか読めない作家の作品も収録されており、貴重なラインナップとなっています。

ヤン・ポトツキ「『サラゴサ手稿』第五十三日」(工藤幸雄訳)
 マルタ騎士団入りした「わし」は、嫌われ者だった騎士分団長フゥルケールと果し合いをして、彼を殺してしまいます。絶命の寸前に、剣をテート・フゥルクに持ち帰ってほしいこと、城のチャペルで百回のミサをしてほしいとの言葉を残します。騎士分団長は死後も夢の中に出現し、同じ言葉を繰り返し続けますが…。
ポーランドの貴族ポトツキによる連作集『サラゴサ手稿』の一エピソードです。ある男を決闘で殺してしまったことから、その霊にとり憑かれてしまう男を描いたゴースト・ストーリーなのですが、後半では殺した男の先祖の幽霊にも遭遇するなど、二段構えの構成となっています。
語り手が殺した相手だけでなく、その先祖の一族全員の恨みを買ってしまった…という形になっており、これは怖いですね。

フランチシェク・ミランドラ「不思議通り」(長谷見一雄訳)
 電信局に勤める男フランチシェク・シャルィは、ある日水道から垂れる水滴が言葉のように聞こえるのに気付きます。それは「不思議通り三十六番地」なる住所をささやいていました。外に出たシャルィは、老齢の紳士に出会いますが、彼は自分こそその場所の住人であり、弟子になれば秘密の知恵を教えてやろうというのです。今日来なければチャンスは二度とないと話す紳士に対し、シャルィは躊躇することになりますが…。
 水滴のささやく言葉をきっかけに、日常を抜け出るチャンスに遭遇した男の物語です。恋人のことを考えて、そのチャンスを振り捨てますが、そのことに対するいら立ちと恋人への愛情が半ばする結末には、哀愁の念が感じられますね。

ステファン・グラビンスキ「シャモタ氏の恋人」(沼野充義訳)
 憧れの女性ヤドヴィガから逢引きの手紙を受け取った「私」は、天にも昇る心地になっていました。毎週土曜日に彼女と逢瀬を繰り返すことになりますが、ヤドヴィガは全く言葉を話さず、現れるときも別れるときも、その気配がまったくないのです。しかも決まった日以外にはその存在を隠していました。
 ヤドヴィガがつけているドレスの一部をふと破いてしまった「私」は、それが部屋のカーテンと同じ模様であることに気付き、不審の念を抱きますが…。
 美女の「霊」との逢瀬を語ったゴースト・ストーリー、に見えるのですが、その実、そう単純な話には収まらない作品です。「私」が出会う美女ヤドヴィガは明確に超自然的な存在ではあるのですが、その存在の仕方が異様なのです。
 物質的なものと入り混じったり、はたまた「私」と一部が融合しているかのような描写があったりと、「普通の幽霊」とは思えないのです。そもそもヤドヴィガ自身の「意思」があるのか、それとも「私」の彼女への妄念が形をとったものなのか…?
 異様な手触りで、いろいろ考えさせられてしまうという、異色の怪奇小説です。

スワヴォーミル・ムロージェック「笑うでぶ」(沼野充義訳)
 異様に太った男たちが複数おり、その誰もが不可解な笑いを浮かべているのに気づいた「私」は、屋敷に忍び込みますが…。
 異様に太った男たちが一様に笑っており、その笑いの対象は何なのか? という不条理ホラー作品です。冗談のようなお話なのですが、存在そのものを「嘲笑う」という、考えるとかなり深刻なテーマのお話とも取れますね。

レシェク・コワコフスキ「こぶ」(沼野充義、芝田文乃訳)
 ライロニア国に住む石工のアイヨにこぶができますが、それはあっという間に成長し、アイヨとそっくりの姿になってしまいます。こぶのアイヨは自分こそが本物だと主張し始め、周囲の人々もそれを信じるようになってしまいます…。
 自分が本物だと主張するこぶを描いた作品です。後半では、アイヨだけでなく、多くの人間がこぶに成り代わられてしまうことになるなど、その感触はまるで侵略SF作品。「こぶ」とは何なのか? 何らかの寓意も込められているようですね。

ヨネカワカズミ「蠅」(坂倉千鶴訳)
 山小屋で暮らす「俺」は、周りで飛び回る蠅にいらつき、それを殺してしまいますが…。
 蠅を殺してしまったその罪の意識が、語り手に「幻覚」「幻想」を見させるという物語。蠅殺しを行うにあたって、男の「良心」と「悪魔」が登場するのも面白いところですね。

ヤン・ネルダ「吸血鬼」(石川達夫訳)
 プリンキポ島に観光にやって来たポーランド人家族、若いギリシャ人画家、そして「私」の一行。周囲の景観に感嘆しますが、宿屋の主人は画家の男を忌み嫌っていました。彼の綽名は「吸血鬼」だというのです…。
 「吸血鬼」と忌み嫌われる青年画家の正体とは? 詳しい事情が語られないため、その不気味さが強烈な作品です。

アロイス・イラーセク「ファウストの館」(石川達夫訳)
 かってファウスト博士が住み、天井から悪魔にさらわれたという噂のある館は、人が寄り付かなくなっていました。貧窮した大学生は雨露をしのぐため館に住み着きます。書斎の大理石の黒い皿の上に銀貨を見つけた大学生は喜びます。
 持ち去っても毎日のように現れる銀貨を使って、大学生は享楽的な生活を始めますが…。
 魔術的なファウストの館に住み着いた大学生の青年が、その罠にはまり、悪魔にさらわれてしまうまでを描いた作品です。怠惰と欲のために、自ら罠に入り込んでしまう…という点で、教訓的なお話ともなっていますね。

カレル・チャペック「足あと」(栗栖継訳)
 夜に雪道を歩いていたリプカ氏は、奇妙な足あとを発見します。自分の家に向かって足あとがいくつかついているものの、それは途中でなくなっていたのです。
 頭を悩ませたリプカ氏は、警部のバルトシェクを呼び相談することになりますが…。
 超自然的としか思えない、不思議な足あとをめぐる幻想小説です。頭を悩ませるリプカ氏に対し、バルトシェク警部は、公安を乱さない限り何もできないし、何もする必要はない、と極めて現実的に考えます。二人の考え方の対比が面白いですね。

イジー・カラーセク・ゼ・ルヴォヴィツ「不吉なマドンナ」(石川達夫訳)
 絵画の収集家の集まりの席、ナヴラーチルの呪われた絵についての話がされますが、年配の文士は自身の体験談としてある絵にまつわる話を始めます。
 ある古物屋でホルブボックスという画家のマドンナの絵に惹かれた文士は、その絵を買おうと決心しますが、絵は別の男性が入れ違いに買ってしまったことを知ります。友人の学芸員によると、ホルブボックスのマドンナ画は、我が子を殺した母親が処刑される前にモデルとして描いた絵であり、それを受け継いだホルブボックスの家族や子孫は皆不幸に見舞われたというのです…。
 呪われたマドンナ画をめぐる奇談です。絵を目撃して以来、その絵に執着する文士が奇怪な体験をすることになります。クライマックスで文士が体験する幻視には迫力がありますね。
 前半で言及されるナヴラーチルの絵が、あくまで間接的な噂にとどまるのに対して、ホルブボックスの絵に関しては、体験の当事者がいる…というあたりも、対比的な効果を狙ったものでしょうか。

エダ・クリセオヴァー「生まれそこなった命」(石川達夫訳)
 山小屋に移り住んだエヴァとマルチンのカップル。子供を欲しがるエヴァに対し、マルチンはそれを嫌がってしました。小屋には、二人を見つめるある存在がいましたが…。
 子供をめぐって対立するカップルの話に、未生の子供の視点が挟まれるという面白い構成の物語です。さらに近所の老人が語るボスピーシル一家の物語が挿入されます。老人の話もカップルに影響を与え、それは悪い方向性のようなのです。
 全てから逃げ出すエヴァの姿が描かれるラストは、希望ととっていいのか、読む人によっても意見が分かれそうですね。

フランチシェク・シヴァントネル「出会い」(長與進訳)
 材木の夜間警備についている老人オンドロ・ジエンカは、見知らぬ男に遭遇しますが、イラヴァから来たというその男はどうやら脱獄囚のようでした。食べ物を与え落ち着かせると、男はその来歴を語り出します。
 別の男と結婚しアルゼンチンに行っていた、かっての許嫁アンナが戻ったことをきっかけに、彼女と結婚することにした「私」でしたが、ある日アンナは、死んだはずの夫ベラーニが現れたと恐怖の表情で語ります…。
 夜警が脱獄囚から不思議な話を聞かされる、という物語です。死んだ婚約者のかっての夫の霊が現れたように見えながら、実体のある人間のようでもあり、すると婚約者の話が真実でないのか? また、混乱した脱獄囚自身の話は信用できるのか?といったところで、真実が分からなくなってくるという曖昧な幻想小説となっています。

ヤーン・レンチョ「静寂」(長與進訳)
 山小屋で暮らしていた男は、ある朝、普段とは異なる静寂に違和感を感じていました。ラジオも電話もつながらず、やってくるはずの車もやってきません。不審に思った男は、小川に沿って歩き始めますが…。
 「破滅」を描いた不思議な手触りの掌篇です。静寂の質が変わったという表現、ある種そっけないほどの結末の描写も、逆に効果を上げていますね。

ヨゼフ・プシカーシ「この世の終わり」(木村英明訳)
 列車の遅れで待合室で待機することになった「私」は、十字架を持った物乞いと出会います。彼は裁きの日が訪れたと話しますが…。
 宗教的熱情にかられているらしい物乞いと出会った男を描く物語です。物乞いの言っていることは真実なのか…?
 主人公の見る幻視のイメージには迫力がありますね。不気味な宗教的幻想小説です。

カリンティ・フリジェシュ「ドーディ」(岩崎悦子訳)
 重い病で死にかかっている幼児ドーディは、母に甘えたい一方で、父母に害をなそうとする「悪い子」を彼らから遠ざけようとしていました…。
 死の間際の幼児の視点から描かれた幻想作品です。「悪い子」は超自然的な存在のようなのですが、その正体ははっきりしません。両親を思いやるがゆえに、彼らについて「嫌い」と話すドーディの姿には切なさと哀しさが感じられますね

チャート・ゲーザ「蛙」(岩崎悦子訳)
 毛の生えた不気味な蛙を目撃した「私」は、それを殺そうとします。毛の生えた蛙が現れると誰かが死ぬという言い伝えがあったのです。蛙は思わぬ抵抗をしてきますが…。
 迷信で恐れられる蛙と遭遇した男の物語です。後に起こる悲劇との関連性は明確ではないのですが、蛙自体の不気味さが強烈ですね。

タマーシ・アーロン「骨と骨髄」(岩崎悦子訳)
 老憲兵ヤーノシュは、無意識に、飼い犬ヴィテーズに清めを受けた肉の骨を放ってしまいます。聖骨をくわえていく犬に恐怖を感じたヤーノシュと手伝いの少年ガーシュパールは犬の後を追いかけますが…。
 清めを受けた肉の骨が犬によって持ち去られ、それを取り戻そうとする老人と少年の姿が描かれる作品です。事態はユーモラスでありながら、老人には死が近づいてきており、骨を取り戻すこと対して深刻さがある…というところも興味深いです。

イツホク・レイブシュ・ペレツ「ゴーレム伝説」(西成彦訳)
 絶体絶命だったユダヤ社会のために、偉大なるマハーラールは粘土から泥人形を作り出し、敵を殲滅しますが、泥人形の抑えは効かなくなりつつありました…。
 ゴーレム伝説を語る説話的な作品です。泥人形が封印された後の言い伝えが、あれこれ語られる後日談の部分にも味わいがありますね。

イツホク・バシヴィス「バビロンの男」(西成彦訳)
 「バビロンの男」ヨイェツは、老齢になりながらも、人々の治療をしてまわっていました。しかしラビからはその行為を否定されてしまいます…。
 魔術的な手腕で人々を助けていた男の最期を語る物語です。善行を施しながらも、それが否定されてしまう男の姿には哀愁が感じられます。物の怪たちが乱舞する幻視の光景は圧巻ですね。

イヴォ・アンドリッチ「象牙の女」(栗原成郎訳)
 「ぼく」は、慇懃無礼な中国人から象牙の女の像を買います。机の上に置いていたところ、象牙の女だんだんと大きくなっていき、こちらへ近づいてきますが…。
 人間のようになる不思議な象牙の女をめぐる幻想譚です。女が善意を示す一方、男の側は恐怖を抱いて逃げようとする、というのも面白いですね。象牙で出来ていることを指摘され、動揺する女の姿にはユーモアがあります。

ミロラド・パヴィチ「ルカレヴィチ、エフロシニア」(工藤幸雄訳)
 十七世紀、ドゥブロニクの貴族夫人エフロシニア奥方の人生と伝説が語られます…。
 謎の民族ハザール人について事典形式で書かれた小説『ハザール事典』の一節です。人物自体に奇矯さがあるのはもちろん、彼女にまつわる伝説が長詩の形で語られ、こちらは怪奇幻想味が濃いですね。

ダニロ・キシュ「見知らぬ人の鏡」(栗原成郎訳)
 三姉妹の末妹ベルタは、父親がジプシーから買った小型の鏡の中に、ある光景を見て戦慄することになりますが…。
 家族の悲劇を予言する鏡が登場する奇談です。ただ本筋の話が素直に展開せず、悲劇に見舞われる家族の動向が間に挟まれていくという体裁になっており、面白い読後感の話となっています。

ペトレ・M・アンドレエフスキ「吸血鬼」(中島由美訳)
 死んで一晩もたたないうちに、村に戻ってきた死人のナイデン・ストイコイチン。姿は見えないものの、彼の仕業とされる事件が相次いでいました。また物を盗んでは、女房のナイデニッツァのもとに運んできてしまうことから、村中の非難は女房に集中することになります。
 やがて吸血鬼が見えるという男が連れてこられますが…。
 死んで「吸血鬼」になった男が村中にトラブルを巻き起こすという怪奇作品。吸血鬼とはいいながら人を殺すわけではなく、被害もそこまで深刻ではないのですが、その非難は妻に集中してしまいます。どこかユーモラスな雰囲気がありながら、結末では悲劇を迎えるというそのミスマッチさも興味深いですね。

ミルチャ・エリアーデ「一万二千頭の牛」(直野敦訳)
 一万二千頭の牛に関わる、大蔵省のパウネスクとの商談のため、フルモアサ街にやってきたヤンク・ゴーレは、肝心のパウネスクが行方知れずになっていることを聞き、地団太を踏みます。
 突然の空襲を受けて防空壕に入り込んだゴーレは、上流のポポヴィチ夫人と召し使いのエリサヴェータ、プロトボペスク判事と出会うことになりますが…。
 死んだはずの者たちと出会った男の体験を描く作品です。幽霊譚というべきか、時間のねじれを描く幻想小説というべきか…。実際どちらとも解釈できそうな作品ではありますね。

ジブ・I・ミハエスク「夢」(住谷春也訳)
 戦争に駆り出されている間、戦乱の中で最愛の妻ナタリアを失ってしまったドクター・カロンフィル。妻の生死は行方知れずであり、生きているのではないかとドクターは信じていました。
 友人のラガヤック中尉から、チェルナウツィの町で、妻と同名のナタリアという踊り子がいることを知らされたドクターは、踊り子が妻自身ではないのかと考えます。やがてドクターは、妻との再会について夢想することになりますが…。
 戦乱の最中に生き別れになった妻との再会について夢想を繰り広げる男の物語です。やがて訪れた本当の再会は、夢想とはかけ離れており…。しかもそれさえもが夢だったのかもしれない、という幻想的な作品です。

リュドミラ・ペトルシェフスカヤ「東スラヴ人の歌」(沼野恭子訳)
 幻想的な掌篇が並べられた連作です。自分は母の不貞の子だと知った青年が悲劇的な人生を歩むという「母の挨拶」、恋人のため意に染まぬ結婚をした男が不仲のあげく妻を殺してしまうという「新開発地区」、死後妻の棺をあけて顔を見てしまった男が不思議な幻視をするという「手」、ただの隣人を許嫁と信じる娘がその男の死後おかしくなってしまうという「小さなアパートで」の四篇を収録しています。
 どの作品でも怪異な現象が起こるのですが、それよりもその現象の影響を受けた人間の数奇な人生が語られる部分に味わいがありますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

はるかなる故郷  ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『バウンダーズ この世で最も邪悪なゲーム』
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 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『バウンダーズ この世で最も邪悪なゲーム』(和泉裕子訳 PHP研究所)は、邪悪な者たちのゲームに巻き込まれ、異世界に飛ばされてしまった少年が、故郷に帰るために遍歴を繰り返すという、異世界ファンタジー作品です。

 イギリスに暮らす少年ジェイミーは、<古い要塞(オールド・フォート)>と呼ばれる私有地に潜り込んだところ、何らかのゲームをしているらしい<あいつら>に見つかり、彼らによって別の世界に飛ばされてしまいます。<故郷に向かう者(バウンダーズ)>となったジェイミーは、故郷の世界に帰るため、いくつもの異世界を遍歴していくことになりますが…。

 複数の異世界を舞台に何らかの「ゲーム」をしているらしい<あいつら>に見つかった少年が、故郷の世界から遠く離れた異世界に飛ばされてしまう…という異世界ファンタジー作品です。
 飛ばされた異世界は、人々はもちろん、世界の成り立ちや文化、技術、言語までもが異なっている世界。しかも、ある程度の期限が来ると、再び別の世界への呼び出しを受けて、そちらの世界へ転移せざるを得なくなるのです。ジェイミーは100に近い数の世界を旅しますが、故郷は見つかりません。<故郷に向かう者(バウンダーズ)>となったジェイミーは、故郷に戻ることができるのか?
<故郷に向かう者(バウンダーズ)>は、他にも沢山いるらしいのですが、ゲームのルール上、長らく一緒に行動したり情報を共有したりすることが許されていないらしいのです。ジェイミーはゲームのルールを経験的に学んでいくことになります。

 ジェイミーが遍歴することになる異世界も、元の世界と全くつながりがないわけではなく、何らかの条件が異なった結果、別の発展を遂げたり、破滅してしまった世界のようなのです。現実社会とほぼ似た世界もあれば、社会が崩壊し犯罪が横行する世界、戦争がずっと続いている世界、放射能で人間がほぼ滅亡した世界など、様々。ただ世界で暮らしている人間という種族そのものは変わらないようなのです。その中でも時折特殊な能力を持った人々は生まれるようで、後半では、ジェイミーは同じ<故郷に向かう者(バウンダーズ)>でありながら、特殊な力を持った友人を得て、協力することになります。

 ゲームを行う<あいつら>は、かなりの昔から世界を牛耳っているようで、「さまよえるオランダ人」を始め、幾人かの神話的存在も、彼らによって世界から追放された存在であることが示されるなど、現実の「神話」とのつながりが登場するのも面白いところです。異世界に飛ばされ、仲間らしい仲間もいない主人公ジェイミーが、ひとり旅を続ける前半の孤独感は強烈です。体感時間は100年近くであり、別れて来た家族への思い、そして<あいつら>に対する憎悪の念すら薄まっているほどなのです。
 後半では、協力する仲間ができることもあり、そのトーンは薄まってくるのですが、それでも最後までジェイミーの孤独感は根本的に解消されることはありません。著者独特の明るい語り口もあって、さらっと読めるのですが、お話自体には暗い情念が強い作品といえるでしょうか。

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黄昏の人形幻想  千早茜『人形たちの白昼夢』
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 千早茜『人形たちの白昼夢』(集英社文庫)は、いつとも知れぬ時代、どことも知れない場所を舞台にした12篇を収録した幻想的な短篇集です。

 嘘をつけない男と嘘ばかりつく女の不思議な出会いを描く「コットンパール」、娼婦に拾われて育てられた少女の残酷な運命を描いた「プッタネスカ」、レストランで出されるメニューが象徴的な意味を持っていたという「スヴニール」、戦争の最中、ぜんまいを巻かれるのを待つからくり人形たちの物語「リューズ」、山に住み、神聖視される少女と獣たちの運命を描いた「ビースト」、自給自足で閉じられた場所に自由とその意志を持ち込んだ男の物語「モノクローム」、血のつながった二人の愛を描く「アイズ」、茶を淹れるポットとそれを手に入れた女性の人生の物語「ワンフォーミー・ワンフォーユー」、少女を愛しながらも、自らの残酷さを抑えきれない少年の心理を描いた「マンダリン」、愛した子どもを失ったことから、復讐のため、殺人機械を作った時計職人の物語「ロゼット」、児童文学作家の秘められた過去が語られる「モンデンキント」、黒いドレスをめぐる幻想的な散文詩「ブラックドレス」の12篇を収録しています。

 時代も場所も限定されず、場合によっては明らかに架空の時代や場所も登場するという、幻想的なシチュエーションで描かれた短篇が集められた作品集です。
 ハッピーエンドに終わる作品もないではないですが、大体において登場人物を襲うのは不幸で残酷な運命なのです。しかし、そこにこそ美しさが感じられる…というのが魅力です。
 中でも印象に残るのは「ビースト」「マンダリン」「ロゼット」などでしょうか。

「ビースト」
 その山脈の中腹には一人の少女が住んでおり「ヌカラ」と呼ばれていました。しかしそれは固有の名前ではなく、代々山に住み、地元の人々から神聖視されている人々を指す言葉でした。また山には、純白で巨大な獣マムウが住んでおり、その獣も神聖視されていましたが、少女のみがマムウを狩ることを許されていました。
 ある日、砂漠の貴族が現れ、マムウたちを次々と殺してしまいますが…。
 神聖な山に住む少女と獣を描いた物語です。外部の侵入によって壊滅的な被害を受けてしまうことになりますが、その再生までもが描かれるという象徴性の強いファンタジーとなっています。

「マンダリン」
 幼馴染の少女芽衣にほのかな愛情を抱く少年久苑は、その一方で残酷な中国の皇帝の物語を書き綴っていました…。
 残酷な欲望を抱えた少年の物語です。彼が書く小説が作中作の形で示されますが、そこに登場する中国の皇帝の行為は、本当に残虐極まりなく、一種の残酷美にまで至っています。

「ロゼット」
 偏屈ながら腕のいい時計職人のもとに、ある日顧客によって浮浪児の少年が連れられてきます。やがて少年に愛情を抱くようになりますが、少年は敵軍によって殺されてしまいます。職人は人間そっくりの殺人機械を作り始めることになりますが…。
 復讐心に囚われた時計職人が、人間型の殺人機械を作り出してしまう…という物語。哀しい結末を迎えることになりますが、退廃的で残酷な美しさを持った作品となっていますね。

 全体に象徴性の高い物語集となっています。タイトル通り、「人形」が多く登場することと、たびたび作品内に「青」の色がモチーフとして登場する趣向も美しいです。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

謎と幻想  北山猛邦『さかさま少女のためのピアノソナタ』
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 北山猛邦『さかさま少女のためのピアノソナタ』(講談社文庫)は、幻想的・ファンタジー的な要素の強いミステリ短篇集です。

「見返り谷から呼ぶ声」
 地元の人々から恐れられている「見返り谷」にはある伝説がありました。その場所に入り込み、戻ってくる際に後ろを振り向くと神隠しにあうというのです。クラスメイトの寡黙な少女クロネが「見返り谷」に頻繁に出入りしていることを知ったハカセとユウキは、クロネが何かを企んでいるのではないかと疑っていました。クロネと同じく人付き合いが苦手で、彼女とも親しい少年シロは、クロネを守ろうとしますが…。
 神隠しが起こる谷をめぐるミステリです。謎自体は合理的に解かれるものの、物語自体には幻想的な要素が強いですね。少女クロネと少年シロの、繊細な感情の交流が描かれる部分には美しさがあります。

「千年図書館」
 その村では、凶兆があるたびに、川を通じて「図書館」と呼ばれる場所に若者が生け贄『司書』として捧げられていました。役立たずとされた少年ペルは『司書』に選ばれ川に流されますが、気がつくと、同じくかって生け贄にされた少女ヴィサスに助けられていました。
 ヴィサスは前任者から『司書』としての仕事を教わったと言い、ペルもそれを教えられることになりますが…。
 膨大な時間を通じ、『司書』によって保たれてきたという「図書館」。その役目だけが伝えられていたものの、その意味や内容についての知識はとうに失われているのです。その役目を律儀に継承していくのか、変えていくべきなのか、少年少女の成長が描かれる話にもなっていますね。
 幻想的な道具立ての物語でありながら、明かされる真実は極めて現実的な脅威。そのギャップも面白い作品です。

「今夜の月はしましま模様?」
 突然月に巨大な結晶状物体が刺さり、月面を次々と削っていきます。それは自然の天体による偶然の現象と片付けられていました。
 ある日大学生の佳月のもとにラジオから聞こえてきた声は、自らを音楽生命体だと名乗ります。地球を侵略にきた異星人であり、月面を削る物体も彼らによるものだというのです。しかし人間の文明に触れた音楽生命体は、仲間を裏切ることにしたと言い出します。ラジーと名付けられた生命体と佳月は奇妙な友情を深めていくことになりますが…。
 音楽で出来た生命体という、面白いアイディアが使われたSF作品です。人間の映画に夢中になってしまう、というのも楽しいですね。音楽生命体のラジーは、作中で言及もされますが、マンガ『寄生獣』に登場する「ミギー」のパロディと思しき存在です。
 破滅SF的な展開の作品なのですが、人類に関わる思いもかけない真実が明かされていき、意想外に壮大なスケールの話になってしまうところにビックリします。

「終末硝子(ストームグラス)」
 肺を悪くした医者のエドワードは、静養をかねて故郷の村マイルスビーに帰ることになります。十年ぶりに訪れた故郷の村には、ところどころに奇妙な塔が建てられていました。聞けば、塔は墓であり、塔の上に遺骸が収められているというのです。
 村にやってきたストークス男爵が、外部の風習である「塔葬」を持ち込み、それから村が繁栄するようになったため、その風習が支持されるようになったのだといいます。
 男爵の後妻アメリアから、男爵は前妻を殺しており、自分も命を狙われているという訴えを受けたエドワードは困惑しますが…。
 巨大な塔のような墓を村中に建てる男爵の意図は何なのか? オカルト的なテーマかと思いきやSF的な展開になり、最後にはまたオカルト的な結末を迎えるという、不思議な味わいの作品です。「異様な動機」が説得力豊かに描かれ、またそれが結末のオチにつながってくる部分は非常に上手いですね。

「さかさま少女のためのピアノソナタ」
 かってピアニストを志したものの、自らの才能に見切りを付けていた少年聖は、ある日古書店で謎の楽譜集を見つけます。中には、絶対に弾いてはならない、という但し書きのある「さかさま少女のためのピアノソナタ」なる曲が載っていました。
 楽譜に書き込みのある名前を調べたところ、彼らは音楽家であり、呪われた曲を弾き、悲劇に見舞われしまったというのです。
 大学受験に失敗し、自棄になった聖は、その曲を弾いてみようとしますが…。
 弾くと悲劇が襲うという呪われた曲「さかさま少女のためのピアノソナタ」をめぐるファンタジー作品です。その曲は、演奏する際、危険なリスクを負う代わりに、ある効果を得ることができるのです。
 音楽だけでなく学業でも挫折した少年が、曲の力を使い、ある人物を助けることになります。絶望的な段階からのひっくり返しには驚かされますね。とても後味の良い作品になっています。

 この本、ミステリ作品集という建前ですが、幻想的な要素が強くて、ほとんど幻想小説集といっていい内容になっています。幻想小説・ファンタジー好きな人にお勧めしておきますね。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

練達の怪異  都筑道夫『絵の消えた額』
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 都筑道夫『絵の消えた額』(光文社文庫)は、著者自選の怪奇幻想小説集です。文庫化にあたり、単行本版『ミッドナイト・ギャラリー』(出版芸術社)から改題となっています。

 遊園地でのデート中に、かってかくれんぼ中に消えてしまった少女と出会う男を描いた「かくれんぼ」、元恋人の部屋の鍵を返しにいこうとした男が悪夢のような体験をする「夢しるべ」、自らも高熱を発した男が、喧嘩別れした旧友を見舞うという恐怖小説「熱のある夜」、悪夢の中で過去の因縁を体験する「仕込杖」、女の半身像が描かれた本棚を購入したことから奇妙な現象に巻き込まれるという「半身像」、かって芝居小屋だった建物に怪奇現象が起きるという「古い映画館」、雷雨の夜にアパートの外に等身大の人形を立てる女の謎を描いた「雷雨」、縁日の日にいつの間にか過去に入り込んでしまう男を描く「春で朧でご縁日」、縁日の日に二十年前に失踪した恋人と再会する男を描く「四万六千日」、カメラマンと共に幽霊屋敷と噂される家を訪れる作家の男の物語「幽霊屋敷」、女ばかりの旧家をめぐる奇談「色玻璃なみだ壺」、旧家の森で殺害されたらしい子どもの謎を追うという伝奇的な「花十字架」を収録しています。

 「色玻璃なみだ壺」「花十字架」は、トラベル・ライター雪崩連太郎を主人公にしたシリーズ作。どちらもエロティックかつ伝奇的な趣向が凝らされています。それぞれ「なみだ壺」と「花十字架」がモチーフとなっていますが、それが官能的な作風と結びついているところが上手いですね。

 自選傑作集ということで、余計似たテーマの作品が集まっているのだと思いますが、全体に過去と現在、夢と現実が混沌としていく…というタイプの作品が多くなっています。そうした展開に導くための「非日常」的なイベントとして、遊園地や縁日といったものが使われている、というパターンも多いですね。
 ただ、都築作品、不思議な現象によって「過去」と出会ったりしても、そこにノスタルジーを感じさせて終わり、ではなく、更に捻った展開をするのが面白いところです。「かくれんぼ」では、子どもの頃のかくれんぼ中に失踪してしまった少女と出会う男を描いていますが、出会ってからの展開は非常に夢幻的。
 「四万六千日」では、二十年前に失踪した恋人が、失踪した時の姿で現れます。彼女は実在しているのか、それとも幽霊なのか…? というところで、奇妙な展開の物語となっています。

 悪夢がテーマとなっている作品では、自分と父親が一体化したり、恋人と妻が一体化したりと、別の人間同士が重ね合わされて混沌としていく…という、「夢」らしい展開の作品も現れています。
 「仕込杖」では、不倫相手の夫から襲われる男を描いていますが、どうやらそれは過去の父自身の経験のようなのです。
 「夢しるべ」では、元恋人の姿が妻と一体化してくるという、悪夢的情景が描かれます。
 また、「春で朧でご縁日」では、縁日の日にいつの間にか過去に入り込んでしまう男を描いていますが、かって憎んでいた作家もどきの父親と自分が同一視されていき、逆に母親に憎しみが向かってしまう、という展開になっています。時間の因果をめぐる恐怖小説の傑作となっていますね。

 著者自身によるあとがきでは「あまりグロテスクではなく、ノスタルジックな暖みもあって、ふしぎさが余韻となって残るような、そんな効果を狙ったもの」が、自らの怪談の典型と語っていますが、まさにそうした作品が集められている感があります。都筑道夫怪奇幻想小説の入門書としても良い本ではないでしょうか。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

こころとからだ  メアリ・E・ピアソン『ジェンナ 奇跡を生きる少女』
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 メアリ・E・ピアソンの長篇『ジェンナ 奇跡を生きる少女』(三辺律子訳 小学館)は、事故の後遺症で記憶を失った少女が、自らのアイデンティティーを模索していくことになる…という作品です。

 事故による昏睡状態から目覚めた17歳の少女ジェンナ。彼女には記憶はほとんどなく、両親から与えられた過去のビデオを見ながら、断片的に記憶を思い出していくことになります。ジェンナを必要以上に気遣う両親に比べ、祖母のリリーがどこかよそよそしい態度を取ることにジェンナは不審の念を感じていました。
 また、体自体に違和感を感じていたものの、両親は詳しいことを話してくれません。時折フラッシュバックする記憶には、親友らしき友人たちが現れていました。事故とはいったいどんなものだったのか? 自分の体には何が起こっているのか? 自らの眠る記憶を探る作業と共に、両親たちが隠しているらしい秘密を探り出そうとするジェンナでしたが…。

 事故による記憶喪失を抱えて目覚めた少女が、過去の記憶と事故の真相を求めていくうちに、自らのアイデンティティーをも探っていくことになる…という物語です。
 両親には、過去に自分を映したビデオを見せられ、記憶を思い出すようにと言われていましたが、ジェンナには断片的な記憶はあるものの、ビデオに映し出される過去の自分の姿に今の自分とつながるものを見つけることができません。思い出される記憶が本当に正しいものなのか、確信が持てないのです。しかもリリーによれば、とうてい覚えているはずのない極端に幼い頃の記憶を思い出したり、また身体への違和感もあります。
 自分の体と心に何が起こっているのか? はぐらかされてしまう両親に比べ、真摯に対応してくれる祖母のリリーともっぱら話すことになるジェンナでしたが、リリーの態度にもよそよそしいものを感じ取ることになります。
 自らの記憶をほとんど思い出せない一方で、知っていることすら知らなかった「知識」が突然頭に浮かぶこともあります。やがて自分の体の秘密を知ることになりますが、そこにはジェンナのアイデンティティーを揺さぶる事実が隠されていたのです。

 記憶喪失の少女が自らのアイデンティティーに悩むことになる、という心理サスペンス的なお話なのですが、そこに思春期ならではの家族との葛藤、友人とのつきあい、恋愛、といった様々な要素が加わっています。
 さらにSF的なモチーフが施されており、それによって、自分とは何なのか? 人間とは何なのか?といった哲学的な問題意識までが現れることになり、非常に読み応えのある作品になっています。

 もっぱらジェンナ側から描かれる物語ですが、後半では親側からの認識も描かれたり、彼らからは一歩引いた形で見守ることになる祖母のリリーの視点もありと、バランスの取れた物語となっていますね。特にジェンナとリリーとのやり取りは、物語の中でも重要な位置を占めており、二人の対話にはこの物語のエッセンスが現れているように思います。
 結末には賛否両論あるでしょうが、読んでいていろいろと考えさせられるテーマを含んだ良作かと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

獣の真実  ジャニ・ハウカー『ビーストの影』
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 イギリスの作家ジャニ・ハウカーの長篇『ビーストの影』(田中美保子訳 レターボックス社)は、経済的な不安を抱える街で暮らす少年とその家族が、謎の獣の事件を通して崩壊してゆく…という重厚な作品です。

 イングランド北部の丘陵地帯にある工業町ハヴァストンで、祖父のチャンダー、父のネッドと暮らす少年ビル・カワードは、裕福ではないながらも、家族と幸福な生活を送っていました。しかし、不況のあおりを受けて、村で唯一の働き場所であるストン・クロス紡織工場が閉鎖され、父と祖父は解雇されてしまいます。父は自棄になり、祖父との間にも喧嘩が絶えなくなっていました。
 さらに、祖父が育てていた鶏が何者かに皆殺しにされ、祖父は落胆してしまいます。折しも村のあちこちで家畜が殺される事件が起こり、それらは謎の獣「ビースト」の仕業と噂されていました。ビルは友人のミックと共に「ビースト」を追い詰めてやろうと考えますが…。

 街のところどころに現れて家畜を殺す謎の獣「ビースト」に執着する少年が描かれていくという作品です。
 タイトルからは「ビースト」との戦いが描かれるサスペンス的作品を想像するのですが、実際のところは、「ビースト」の存在よりも、村の経済的な苦境と、それに伴う人々の軋轢や葛藤が重厚に描かれていくという、文芸味の強い作品となっています。
 そもそも「ビースト」の存在自体があやふやです。家畜を殺している何らかの獣がいることは確かなのですが、それが超自然的なものだと信じられているかというと、そういうわけでもないのです。
 「ビースト」に執着するのは少年たちで、特にビルは、それが実在すると信じて、その獣を追い求めます。獣に懸賞金がかけられると、それを手に入れようとも考えることになります。

 作品の大部分は、不況に襲われた街の様子と、ビルの家族たちの現実的な日常が描かれる形になっています。唯一の働き場所がなくなり、皆が苦しんでいます。ビルの親友ミックの父親は工場の組合の責任者なのですが、その重圧から精神を病んでしまいます。作品中に充満するその重苦しさ、閉塞感は強烈で、ビルやミックといった子どもたちもその空気を感じているのです。
 ビルの家庭も例外ではありません。母親は逃げ出してしまい、父も祖父も短気で暴力的、経済的な苦境も加わり、客観的には「不幸せ」といえそうな家庭なのですが、ビルや父、祖父自身たちは家族との暮らしに幸福感を覚えていることが示されます。しかし、そうした暮らし自体が不況により崩されかかってくる、という状況で、ビルは「ビースト」に執着していくことになります。
 村を苦しめる害獣ではありながら、ビルは「ビースト」の一件が状況を何か変えてくれるように考えている節もあり、その意味で「ビースト」はある種の希望の象徴のようにもなっている、というのも面白いところです。

 全体的な印象としては、不況に襲われた小さな街の現実生活を重々しく描く文芸作品、といえるのですが、それらが少年の目を通して描かれることにより、ほのかに幻想的な空気を帯びています。
 ただ、本来ならば、厳しい現実ではあれ、少年の目線を通して、物語が「美しさ」を増す…という狙いがある作品だと思うのですが、描かれる「現実」があまりに暗く絶望的なので、そちらの印象が強くなってしまっている部分はあります。
 解説を読むと、発表当時の1980年代半ば、イギリスの不況が最もひどいときに書かれたそうです。作者自身も相当の苦境を切り抜けてきたそうで、そうした苦い現実認識が、リアルな描写につながっているとはいえそうです。
 幻想性がないわけではないのですが、ファンタジーを期待して読むと、その重苦しさにびっくりしてしまう人もいるかと思います。重厚な文芸作品として捉えた方が良い作品でしょう。


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名前の持つ力  リアノン・ラシター『メイク・ビリーブ・ゲーム』
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 リアノン・ラシターの長篇『メイク・ビリーブ・ゲーム』(乾侑美子訳 小学館)は、再婚した家族同士が休暇で訪れた屋敷で、奇怪な現象が起きるという、ホラー・ファンタジー作品です。

 妻を亡くしたピーターと夫と離婚したハリエットの二人は結婚します。ピーターの子どもキャスリンとジョン、ハリエットの子どもローリーとキャトリオーナ、それぞれの連れ子を含めた六人で暮らすことになりますが、キャスリンとキャトリオーナがそれぞれ同じキャットの愛称で呼ばれていたことから、名前の取り合いで二人は反目し、犬猿の仲となってしまいます。
 長いこと反目を続けるキャスリンとキャトリオーナを含め、家族の仲を深めたいと考えるピーターは、亡くなった先妻アンの叔父から、かってアンが暮らしていた湖水地方のフェル・スカー屋敷への滞在を薦められ、そこに滞在することを決めます。
 屋敷に着くと、キャトリオーナはすぐに屋根裏の魅力的な部屋を自分のものにしてしまいますが、そこに置いてあった人形の家と、後に見つけた人形たちに不気味なものを感じます。持ってきた覚えのないデリラと呼ばれる女の子の人形が、何度も自身の目の前に現れ、恐怖を抱いていました。
 一方、キャスリンは家の中を探索し、母親アンの痕跡を探していました。家中にある本の物語の登場人物たちの名前がことごとく消されていることに不審の念を抱くキャスリンは、子ども時代の母親アンが友人たちと残したらしいノートを発見します。そのノートには「メイク・ビリーブ・ゲーム」の文字が記されていました…。

 親同士の再婚によって義理のきょうだいとなった子どもたちが、休暇で訪れた屋敷で奇怪な体験をするというホラー・ファンタジー作品です。
 キャスリンとジョンの亡くなった母親アンは精神を病んでいたらしく、その萌芽はすでに子ども時代にあったらしいことが分かります。子ども時代のアンが友人たちと行った「メイク・ブリーブ・ゲーム(ごっこ遊び)」によって何か邪悪な出来事が起こり、それが再び子どもたちの前に現れることになります。
 何度も目の前に現れる不気味な人形、幻の子どもたち、神出鬼没の美少年、森の中で子どもを襲う邪悪な生き物たち…。これでもかと言わんばかりの怪奇的な要素が現れます。特に不気味な人形デリラと彼女をとりまく顔のない人形たち、ドローンの存在感は強烈です。

 キャスリンとキャトリオーナの反目と、彼女たちの争いによって、他のきょうだいや親たちもトラブルを抱えています。互いに憎悪を抱いていたがために、キャスリンとキャトリオーナは「闇の力」に囚われてしまうのです。二人は互いの憎悪を解消し、和解できるのか? とうのが、物語の大きな節目となっています。

 ほかに重要な人物として登場するのは、アンの子ども時代の友人エミリーの娘アリスと、神出鬼没の美少年フォックス。アリスは子どもたちが巻き込まれた事態を解消するために協力して動くことになります。一方フォックスは、何か事情を知っているようでありながら、敵か味方か分からない謎の人物として、物語のところどころで現れることになります。

 物語のテーマとして大きく扱われるのが「名前の持つ力」。キャスリンとキャトリオーナがキャットという愛称を取り合うのを手始めとして、名前が持つ力が子どもたちの運命を左右することになります。新しい名前を付けることは新しく生まれ変わることであり、そこに家族の「再生」が見えてくるのです。
 それに伴い、子どもたちの中でも目立たなかった、あるキャラクターが存在感を発揮することになる、というのも興味深いです。

 後半では、現実とは明らかに異なる「異界」が出現し、子どもたちはそこに捕らえられてしまいます。はっきりと別世界が登場することで、ファンタジー色が強くなっていますね。
 前半では怪奇ムードたっぷりの恐怖小説、後半では目まぐるしい場面展開に満ちたカラフルなファンタジーと、雰囲気が変わってくるのも面白いところです。ホラー・ファンタジーの秀作でしょう。
 ちなみに、著者のリアノン・ラシターは、『ストラヴァガンザ』で知られるメアリ・ホフマンの娘だとのこと。


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呪いと運命  彩藤アザミ『不村家奇譚 ある憑きもの一族の年代記』
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 彩藤アザミ『不村家奇譚 ある憑きもの一族の年代記』(新潮社)は、「水憑き」の血を受け継ぎ、怪異を抱える不村家の一族たちの歴史が、年代記の形で語られていくというホラー・ミステリ作品です。

 東北の山奥にある不村家は憑きもの筋の一族であり、その中でも唯一とされる「水憑き」の家系とされていました。彼らは代々助産を請け負い、一族の者が診たお産は必ず安産となると言われていました。
 また不村家には「あわこさま」と呼ばれる霊が住んでおり、家に生まれる子どもの体の一部を奪う代わりに、天才的な才能を与えるとも言われていたのです。現当主の息子、愛一郎は、両足を欠いた状態で生まれてきますが、天才的な頭脳を持っていました。
 不村家では、異形の者のみを使用人として受け入れるという伝統がありました。使用人同士の夫婦から生まれた少年菊太郎は、愛一郎とその姉、久緒に仕えることになりますが、彼は時折「あわこさま」と思しき存在を目撃していました…。

 憑きもの筋の一族、不村家の歴史が年代記の形で語られるホラー・ミステリ作品です。 連作短篇の形になっており、その語り手は時代ごとに移り変わっていきます。始めは、使用人である菊太郎や千宇が語り手となり、第三者的な視点から不村家の人々を語りますが、その後は一族の子孫の若い世代が、章ごとに語り手を務めていくことになります。
 舞台は19世紀末から21世紀にまでわたっています。物語の序盤で、既に不村家が没落の危機を迎えていることが示されており、悲劇的な事件が続くことによって、家は離散にまで至ってしまうことになります。しかし家が解体しようとも、不村家の子孫たちは、その呪われた家系と血に悩まされていくことになるのです。

 各章ごとに新しい時代が舞台になり、語り手も交代していくのですが、その大部分に登場するのが愛一郎。両足を欠いた状態で生まれながらも、その天才的な頭脳で実業家となり、資産を築いていくことになります。
 自らの係累を引き取って面倒を見るなど、一族の家長的な存在となりますが、自らの出自や血に対し、ある種の諦観を持っているなど、達観した態度を取っています。
 それに対して、各章に登場する若い世代の不村家の子孫は、自らの血の運命に対して抗う者も現れます。狗神遣いの少女詠子、奇形のコウとその双子の少女ヨウなど。彼らは不村家の「呪い」から逃れることができるのでしょうか?

 異形の人間たちが多く登場するということで、グロテスクさも見られる作品なのですが、それが最も強く出ているのは双子のヨウとコウが登場する章「白木蓮」でしょうか。
 このコウの異形の姿は極端で、本来生存が不可能なほどの状態でありながら、神がかりで生かされているというのです。コウとあわこさまとの関係も謎に満ちていて興味深いところですね。
 物語を通して一番謎の存在であるのが、不村家に憑く霊「あわこさま」。現れるたびに違う姿だったり、人によって見えたり見えなかったり。後半になるまで、その行動原理も分からず、恐怖度が高い対象となっています。
 なぜ不村家では異形の者ばかりを雇っていたのか、「あわこさま」とは何なのか、不村家の子どもが体の一部を欠いて生まれてくるのは何故なのか、など、怪異や呪いに関わる部分が、最終的には納得のいく形で説明が与えられます。

 本格的な怪異現象が登場し、その怪異が実在するものとしたうえで、合理的にその「仕組み」が解き明かされるなど、ミステリ的な要素も強いです。家や時代の状況に翻弄されたり、不村家の血により引き裂かれたり、またはそれゆえに結びつくことになったりと、様々な人々の出会いや別れが描かれていき、非常に情念豊かなドラマとなっています。
序盤こそ、古い時代の旧家をめぐる伝奇ホラーといった要素が強いですが、すぐに現代に近い時代に移動することもあり、大部分の章はモダンなお話になっています。その意味でモダンホラー的な部分もありますね。
 また、江戸川乱歩風の猟奇趣味、倒錯した愛情関係などもあり、こうした要素が好きな方には親和性の高い作品ではないでしょうか。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

狂気のスペース・オペラ  エイミー・カウフマン&ジェイ・クリストフ『イルミナエ・ファイル』
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 エイミー・カウフマン&ジェイ・クリストフの長篇『イルミナエ・ファイル』(金子浩訳 早川書房)は、様々なメディアによって構成された、パニック・ホラー・サスペンスSF作品です。

 辺境の惑星に作られ、違法に採掘を続けていたケレンザ入植地は、ある日突然ライバル企業ベイテクの軍艦に襲われてしまいます。救援に訪れた空母アレグザンダーの活躍により、科学調査艦ハイペイシャ、補給艦コペルニクスに人々を載せ、脱出に成功しますが、ベイテクの軍艦リンカーンは、後を追ってきていました。最寄りのジャンプステーションまでは半年の行程、それまでに敵に追いつかれてしまう可能性が高いのです。
 ベイテクが使った生物兵器により、脱出した人々の一部に伝染病が広がっていることが分かります。さらに、戦闘の際の傷により、アレグザンダーに搭載された人工知能AIDANに不具合が生じていました。敵艦に対抗するにはAIDANを再起動する必要があるものの、故障したAIDANは、逆に人々を危険にさらす可能性すらあるのです。
 ハイペイシャに収容された女子高生ケイディ・グラントは、アレグザンダーに収容された元恋人エズラ・メイスンと連絡を取りながら、事態を打開しようと考えます。適性を見込まれたエズラはパイロットとして任命されます。一方、コンピュータの得意なケイディは、ハッキングで情報を集めていました…。

 近未来、違法採掘をしていた惑星で、ライバル企業の私設軍隊によって住民が襲われ、そこから脱出しようとする…という物語です。敵艦が直接追いかけてきており、追いつかれたら皆殺しにされてしまいます。味方艦内では人為的なウイルスによる病が発生し、
最大の戦力である軍艦アレグザンダーの人工知能が異常をきたしているという、致命的な状況なのです。
 さらに。アレグザンダーの上官たちは、保身とプライドのため、自分たちの失態を隠したりと、困難は数知れません。
 主人公として描かれるのは、コンピュータの得意な女子高生ケイディとそのボーイフレンド、エズラ。エズラは戦闘機のパイロットとして、ケイディは得意なハッキングで情報を調べていくことになります。軍人となったエズラが自由には動けないのに対し、ケイディはハッキングによって、隠されていた真実を探り出すことになります。師となるハッカーと共に、ケイディが人々を助ける道を見つけられるのか? というのが読みどころでしょうか。

 追ってくる敵艦への対処、伝染病への対策、狂った人工知能との対決、内部の人間との軋轢…、同時進行で様々なトラブルが発生し、息つく暇もありません。ある目的を達成するために、一時的に「敵」を利用したりと、妙な共闘状態が成立したりと、時々刻々と様相が移り変わっていく部分にも面白さがありますね。
 そうした緊迫感を出すのに寄与しているのが、この本の独自のレイアウト。メールや通信、報告書など、いろいろな記録メディアを通して、物語が語られていくのです。
私的な通信、あるいはケイディが他人のIDを利用して入り込んだ通信、また極秘書類であったはずのものがなぜか公開されていたりもします。
 また、それらの文書ファイル形式に交じって、前衛的なタイポグラフィを使用したページも現れたりと、読んでいて驚かされてしまう部分も多々ありますね。亡くなった数千人の人々の名前のリストが顔写真と共に現れるあたりも、本当にリアルな「作り込み」です。

 敵艦による攻撃、伝染病による直接・間接的な被害など、登場する死者数もただごとでなく、命の危険が常にあるという状況で、そのサスペンス感も強烈です。その中でもケイディとエズラが再会することができるのか?といった恋愛小説的な一面や、艦内で何が起こり、何が隠されているのか?といった謀略的な一面、伝染病をめぐるパニックが描かれる部分ではホラー的な一面があるなど、全体にジャンルミックス的な魅力がありますね。
 手に取った時、その本の厚さに一瞬怯んでしまうのですが、非常に面白いエンターテインメントで、あっという間に読めてしまいます。前衛的なレイアウトも、その「仕掛け」が物語とうまくマッチしているように思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

反逆の月  サリー・ガードナー『マザーランドの月』
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 サリー・ガードナーの長篇『マザーランドの月』(三辺律子訳 小学館)は、独裁国家<マザーランド>で暮らす少年と家族の運命を描いたディストピアSF小説です。

 1956年、その国は独裁政府に支配される<マザーランド>の一部となっていました。この国では純血が尊ばれ、国家に反逆するものは処刑されるか、再教育と称して拷問を受けてしまうのです。
 国家に反抗的だった両親を失い、<ゾーン7>で祖父と共に暮らす15歳の少年スタンディッシュは難読症で、学校ではいじめの対象になっていました。隣に引っ越してきた少年ヘクターは、スタンディッシュの心をとらえ、二人は親友となります。
 ヘクターのおかげで学校でいじめられることもなくなったスタンディッシュでしたが、ある日ヘクターとその家族が消えてしまいます…。

 現実とは違う経過を辿った1956年のある国を舞台に、自由を求めて独裁社会と戦う少年とその家族を描いたディストピアSF小説です。具体的に現実の国の名前は出てこないのですが、おそらく<マザーランド>はナチスドイツがモデルで、ナチスが戦争に勝利していたらどうなっていたのか? を描いた仮想歴史小説といっていいかと思います。おそらく物語の舞台はイギリスで、<マザーランド>の統治を受けているのです。
 左右の目の色が違っていて、読み書きもネクタイを結ぶこともできないという、<非純血>の少年スタンディッシュは、国家からも、学校の教師、クラスメイトたちからも弾圧されています。そんな彼の心を救ったのは隣人ヘクターであり、彼が失踪したことを知ったスタンディッシュは、ヘクターのために命を賭けることにもなるのです。
 独裁社会<マザーランド>の支配は強圧的で、常に人々は監視されています。学校も例外ではなく、国家の威信を借りた教師は、気に入らない生徒に体罰を加えています。その体罰が行き過ぎて、殺してしまうことさえあるほど。大人たちに関しても、国家に反逆的だと思われたら、すぐにどこかに連れていかれ、処刑されるか、拷問を受けてしまうのです。
 スタンディッシュを始め「非純血」とされた者たちの扱いはさらに過酷で、日常の食べ物にも事欠く有様なのです。その独裁社会の閉塞感と絶望感は強烈です。

 物語の語りはスタンディッシュの一人称によるものなのですが、難読症ということもあってか、理路整然と話をすることができず、なかなか話の全体像が見えてきません。親友ヘクターやその家族、スタンディッシュの両親はどうなったのか、また彼が置かれている立場がどういうものなのか、そもそもこの国はどうなっているのか? といったところが断片的にしか明かされず、読んで行くに従って、それらが段々と判明する形になっています。
 スタンディッシュの語りは、時系列もあちこちに飛んだりと、読んでいて混乱してしまうところもあります。現実にあったことと、彼が想像する部分が渾然としていて、何が本当にあったのか? が分かりにくくなっているのです。ヘクターと一緒に考えたという「ジェニパー星」の話などは明らかに空想なのですが、現実に起きたとされている出来事もどこまで本当なのか、ちょっと疑ってしまうところもありますね。
 ただ、第三者的な視点から見て、あまり頭が良くないと思われているスタンディッシュが実は聡明な少年であり、かつ純粋な性格であることが分かってくると、その混乱した「語り」自体が、彼が苦しみの中で絞り出した叫びとして見えてくる…という流れになっています。

 絶望的な管理社会を描いており、少年やその周囲の協力者たちが少しばかり何かをしたところで、社会を転覆させることなどはできるはずはありません。ただ、その中で一矢を報いたい、自分たちは自由なのだという意思を示したい、というところで、スタンディッシュが最後に挑む試練は象徴的です。
 少年がやってのけたことは「偉業」なのか「愚行」なのか…? そのあたりは、読む人によっても変わってくるかもしれません。

 少年たちが想像する惑星のこともそうですが、タイトルにもある「マザーランドの月」を含め、「宇宙への旅」が、現実的にも象徴的にも重要な意味を持っています。
 作品のメインとなる「月」に関わる事件については、有名な都市伝説的モチーフが使われており、このあたりは独裁国家の「虚構性」を諷刺する意味合いもあるのかもしれませんね。
 現実にあり得たかもしれない世界の「もしも」を描いた作品です。差別、弾圧、拷問…。ヤングアダルト向け作品とは思えない強烈な暴力描写もあり、読んでいて現実的な「恐怖」を感じる作品となっています。


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破滅の予兆  ルマーン・アラム『終わらない週末』
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 ルマーン・アラムの長篇『終わらない週末』(高山真由美訳 早川書房)は、異常な事態を迎えた、ある家族たちの不安と恐怖を描くスリラー作品です。

 ロングアイランドの別荘を借り、そこで休暇を過ごしにやって来たクレイとアマンダの夫妻と息子のアーチー、娘のローズ。一家水入らずで過ごしていたある夜、ジョージとルースと名乗る老夫婦が家を訪ねてきます。彼らは別荘の持ち主だというのです。演奏会の帰りに、ニューヨークの家の周辺が停電になり大混乱になっていることを知った夫妻は、不安になり、別荘であるこの家を訪れたといいます。
 とりあえず二人を招き入れるクレイとアマンダでしたが、何が起こったかは分かりません。スマートフォンにニュースのプッシュ通知が現れますが、その意味は不明でした。やがてテレビ放送もネットも止まってしまいます。世界にいったい何が起こったのか…?

 町から離れた別荘で休暇を過ごしていた家族のもとに、家主だという老夫妻が現れ、何かが起こったことを知らせます。しかし何が起こったかははっきりせず、家族と夫妻は不安と恐怖をため込んでいくことになる…という不条理味の強いスリラー作品です。
 テレビやネットなどの情報が遮断され、逃げて来た老夫妻も、何か明確なものを目撃したわけではありません。しかし世界に何かが起こったことは、別荘にいた家族も何となく感じており、不安感を増幅させていくことになるのです。
 天変地異なのか? 核戦争なのか? それとも疫病なのか? 何が起きたのかは全くといっていいほど、描かれません。その一方、周囲で動物たちが異常な行動をしていたり、謎の音が聞こえたり、家族に病気のようなものが発生したりと、常識では捉えられない出来事が徐々に発生してきます。
 別荘で過ごす人々が、そうした「予兆」を受けて、怯え、恐怖を抱く様子が丁寧に描かれていきます。何が起こっているのか分からないために対策も立てようがなく、ただただ不安と恐怖のみが充満していくという、純粋に心理的なスリラー作品というべきでしょうか。
 言い合い程度は起こりますが、閉鎖環境での人々の間の争い、といったこともありません。何が起きているか分からないまでも、人々は何らかの「世界の終末」を感じており、そこにある種の諦観が生まれている、という空気感も独特ですね。

 明確な「事件」が描かれないため、その解決も解釈もないという、異色の作品です。異常な環境に置かれた人々の感情や心理を抽出したような、純度の高いスリラーともいえるでしょうか。寓意的・哲学的な雰囲気も強く、エンターテインメントとして読めるギリギリのラインに留まっているような作品となっています。
 広義の「破滅テーマ」作品ともいえますが、この不穏さはただ事でなく、心がざわつくような感触がありますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

風変わりな娘たち  シオドラ・ゴス『メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち』
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 シオドラ・ゴス『メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち』(鈴木潤他訳 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)は、マッド・サイエンティストの娘たちが、シャーロック・ホームズと協力し、猟奇的な連続殺人事件の謎を追う…というヴィクトリアンSFミステリです。

 ヴィクトリア朝のロンドン、母親を亡くした令嬢メアリ・ジキルは、弁護士から母がハイドという名前の人物に送金を続けていたことを知らされます。殺人容疑者であり、父ジキル博士の死につながりがあるハイドの名に忌まわしいものを感じるメアリでしたが、ハイドにかけられた懸賞金のこともあり、彼の行方を追いたいと考えます。
 メアリが協力を頼んだのは、名探偵シャーロック・ホームズとその助手ワトスンでした。ホームズは、女性ばかりを狙い、体の一部を持ち去るという連続殺人事件を調査していました。
 メアリは、母が送金していた場所を訪れますが、そこは娼婦の更生のための施設「聖メアリ・マグダレン協会」でした。協会で出会った、ハイドと娼婦の間に生まれた少女ダイアナ・ハイドを引き取ることにしたメアリは、その後もマッド・サイエンティストの娘たちと出会うことになりますが…。

 母を亡くし、経済的な苦境に陥った故ジキル博士の娘メアリが、ハイドの行方を追っているうちに、ハイドの娘ダイアナを始め、様々なマッドサイエンティストの娘たちと出会い、協力していくことになる、という作品です。
 巷では、女性を殺して体の一部を持ち去るという連続殺人が起こっていました。シャーロック・ホームズたちと協力して捜査にあたるメアリたちでしたが、殺人には複数の科学者たちが関わっているようなのです。ハイドを始めとした科学者たちもまたマッド・サイエンティストばかりで、誰が犯罪に関わっているのかも分かりません。メアリたちはハイドを見つけ、殺人事件を解決に導くことができるのでしょうか?

 メアリが、ダイアナを始め、マッド・サイエンティストたちの娘と出会い、仲間にしていく…という流れにはワクワク感がありますね。登場するのは、ジキル博士の娘メアリ、ハイド氏の娘ダイアナ、ラパチーニ教授の娘ベアトリーチェ、モロー博士の娘キャサリン、フランケンシュタイン博士の娘ジュスティーヌ。
 ジキル博士とハイド氏はロバート・L・スティーヴンソン『ジキル博士とハイド氏』、ラパチーニ教授はナサニエル・ホーソーン「ラパチーニの娘」、モロー博士はH・G・ウエルズ『モロー博士の島』、フランケンシュタイン博士はメアリ・シェリー『フランケンシュタイン』にそれぞれ登場する科学者です。
 「娘」たちが登場するたびに、彼女らの過去が語られます。それらのエピソードもは、原典となる原作小説の裏話的な味わいがあります。
 しかも、それらの物語は原典とは微妙に違った展開を辿っているのです。特にジュスティーヌに関する部分では、舞台となる物語世界上で、メアリ・シェリーの小説『フランケンシュタイン』が書かれて、世間にも知られている…というメタフィクショナルな構造の世界観にもなっています。

 「メタ」といえば、この作品自体が、小説家であるキャサリンによって書かれているという設定も面白いです。物語全体が、事件が終息した後に回想しながら書かれているという形式で、現在の視点から仲間たちが度々ツッコミを入れる、という趣向もユーモアたっぷりですね。

 シャーロック・ホームズが登場するということで、彼の活躍が目立つかと思いきや、そのあたりは控え目で、飽くまでマッド・サイエンティストの娘たちがメインで活躍することになります。ダイアナはその身軽さと盗癖、ベアトリーチェはその毒、キャサリンは素早さと牙、ジュスティーヌは怪力、それぞれの特技や特殊能力を生かして、捜査を進めていくのです。クライマックスでは、大がかりなアクションシーンも展開し、そのヴィジュアル的な部分も見せ場となっています。
 グループのリーダーが、一番地味なメアリというのも面白いところで、ダイアナを引き取ったり、娘たちの面倒を見るなど、その包容力で彼女たちの信頼を得ていく、という流れも良いですね。

 様々なSF・怪奇小説に登場するマッド・サイエンティストの娘たちが協力して殺人事件を解決するという、ユニークなテーマの作品です。娘たちの出自の原典となる小説だけでなく、シャーロック・ホームズやその他の作品のオマージュも多く登場し、その何でもありのゴタゴタ感も魅力になっています。
 本作は〈アテナ・クラブの驚くべき冒険〉三部作の一作目だそうです。この〈アテナ・クラブ〉は、メアリたちマッド・サイエンティストの娘たちが結成するクラブ名で、いわばその結成秘話がこの一作目になっている形です。
 続編はまだ未訳なのですが、解かれていない謎や伏線などもあるので、是非邦訳していただきたいところですね。

 ちなみに、本作の原型となった短篇も邦訳されています。「マッド・サイエンティストの娘たち」(鈴木潤訳「SFマガジン2012年7月号」早川書房 収録)です。こちらも紹介しておきましょう。

 ロンドンで、特殊な事情を持つ女性たちがあるクラブを作ります。メンバー六人のうち五人が同じ屋敷に暮らしていました。そのメンバーはジュスティーヌ・フランケンシュタイン、キャサリン・モロー、ベアトリーチェ・ラパチーニ、メアリ・ジキル、ダイアナ・ハイド、アーサー・マイリンク夫人(旧姓ヘレン・レイモンド)の六人。彼女らの共通点は、マッド・サイエンティストの娘である、ということでした。娘たちは、自らの出自とこれからの計画について語り合いますが…。

 マッド・サイエンティストの娘たちがクラブを作り、生活を共にしている、という設定で語られる奇談です。登場するのは、それぞれ、フランケンシュタイン博士の娘(メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』)、モロー博士の娘(H・G・ウェルズ「モロー博士の島」)、ラパチーニの娘(ナサニエル・ホーソーン「ラパチーニの娘」)、ジキル博士の娘とハイドの娘(R・L・スティーヴンソン『ジキル博士とハイド氏』)、レイモンド博士(と牧神)の娘(アーサー・マッケン「パンの大神」)です。
 その異様な来歴や特殊能力は別として、人間である娘に交じって、厳密には人間とはいえない娘も混じっているのが面白いところです。ジュスティーヌは死体から作られた人造人間、キャサリンは動物から作られた獣人間、ヘレンに至っては牧神とのハーフ的存在なのです。
 娘たちが、どういう過去を経てそこに集まることになったのか、ということが秘話として語られ、それぞれが元になった小説作品の裏話のようになっているのも楽しいですね。
 過激な思想の持ち主が多い集まりではありますが、中でも極端なのがヘレン。毒をばらまいたり、女王を誘拐して洗脳したりと、世界支配のための恐るべきアイディアを涼しい顔で提案するのです。
 物語の語り手はキャサリンで、彼女はファンタジー的な大衆小説を書いている、というのも面白いですね。
 全体に、ホラー・ファンタジー小説の二次創作というかパロディ的な作品となっています。後半では、これまた有名なある人物の娘が登場したりと、この手のジャンルのファンには非常に楽しい作品になっています。
 長篇版には登場しないアーサー・マイリンク夫人(旧姓ヘレン・レイモンド)の存在が一番の違いでしょうか。こちらは、アーサー・マッケン「パンの大神」に出てくる、牧神と人間とのハーフの娘です。世界支配のための恐るべきアイディアを涼しい顔で提案したりと、かなり邪悪な人物となっています。
 クラブを結成した女性たちがそれぞれの来歴を語るという形式で、もともとパロディ的な意図で書かれたと思しいですね。こちらはこちらで面白い作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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