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争いの始まるとき  ジョージ・ソーンダーズ『短くて恐ろしいフィルの時代』
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 ジョージ・ソーンダーズ『短くて恐ろしいフィルの時代』(河出文庫)は、架空の小国をめぐって展開される、ブラックなおとぎ話です。

 あまりに小さすぎるため、国民が一度に一人しか住めない内ホーナー国と、それを取り囲む巨大な外ホーナー国。ある日、外ホーナー国の住人である中年男性フィルは、個人的な恨みから内ホーナー国の人間が領内を侵犯していると言い出し、彼らから税を徴収することを提案します。
 フィルの演説に熱狂した外ホーナー国の人間は、彼をリーダーとして内ホーナー国人を弾圧し始めます。やがてフィルの権力は大きくなっていきますが…。

 巨大な隣国に侵略・弾圧される小国の様子を、おとぎ話の体裁で描くという作品です。多分に政治的なお話なのですが、物語の設定や登場人物の抽象度が極限まで上がっているため、寓話的な作品となっています。
 国民が数人しか入れないという内ホーナー国の設定も相当ですが、登場人物たちも、いわゆる人間ではなく、物や部品のパーツがくっついて出来たような生物として造形されています。
 フィルの命令によって、彼らが「解体」(処刑)されるシーンもあり、体の部分が外されていくという流れはシュールでありながらも恐怖感が感じられますね。
 フィルが内ホーナー国に対して行う行為は、最初は個人的な逆恨みからなのですが、権力欲から、やがては混乱し、自分でもそれが止められなくなってしまうのです。途中からフィルを止めようとする周囲の人物も現れますが、一度起こってしまった流れに反することはできない…というのは、非常に現実的でリアルですね。
 フィルはいわゆる「独裁者」なのですが、ときどきラックに固定されている脳がずり落ち、そうすると演説が情熱的になる一方、精神的におかしくなっていく…という、現実の独裁者を皮肉ったかのような設定がされています。個人レベルの「逆恨み」「こじつけ」が戦争や弾圧につながってしまう、というあたり、皮肉な意味を込めて描いているのでしょうが、現実にもそれがあり得る、と考えさせるリアルさがあります。
 フィルという個人に問題があったにせよ、社会を営む人間(この場合厳密には違う生物ですが)自体に、問題を引き起こす性質が潜んでいるのではないか…とする結末部分の指摘もなかなかに辛辣です。
 2005年に発表された作品で、当時のアメリカの政治状況を受けて書かれた面は確かにあるようですが、そうした具体的なところを超えて、「人間同士の争い」に関する本質的なところが描かれています。寓話的ファンタジーとして秀作だと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

恐るべき介護  三浦晴海の長篇『屍介護』
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 三浦晴海の長篇『屍介護』(角川ホラー文庫)は、山奥の屋敷で奇怪な患者の介護をすることになった介護士の恐怖を描くホラー作品です。

 看護師として勤めていた病院を辞めた栗谷茜は、給与の良さに惹かれて、介護を業務とする【訪問介護ひだまり】という会社の面接を受けることになります。働く場所が山奥の屋敷で住み込みであること、スマホの電波も通じない場所であることを聞いて驚きますが、思い切って再就職することになります。
 屋敷の中で寝たきりになっているという若い女性、妃倭子が介護する患者でしたが、彼女の様子を見て茜は驚きます。肌は変色し、言葉を話すことも動くこともありません。頭には黒い袋がかぶせられ、中を覗いてはいけないというのです。
 屋敷には、先輩介護士である引田と熊川という、茜とそう年齢の違わない女性二人がいましたが、二人に訊ねても詳しいことは教えてもらえません。特に熊川は茜に対して冷たい態度を取っていました…。

 介護士となった女性が山奥の屋敷で、奇怪な患者の介護をすることなり、恐ろしい体験をすることになる、という異色の介護ホラー作品です。
 介護対象の妃倭子は動くことも話すこともないばかりか、何をしてもほとんど反応がない状態で、まるで死人としか思えませんでした。そのような重症患者をなぜ病院で治療しないのかという質問にも、まともに答えてもらえず、推測ともつかぬ理由を教えられます。
 食事や入浴など、妃倭子に関するあらゆる行為が不自然であり、茜は彼女とその病気の正体に疑問を抱くことになります。先輩である引田と熊川にたびたび質問をしますが、引田にははぐらかされ、熊川には冷たくはねつけられてしまうのです。
 患者の正体はどうあれ、その扱いに不当なものを感じた茜は、その改善に力を注ごうとしますが、茜の行為がますますおかしな方向に事態を導いてしまうのです。

 介護対象の患者がほとんど死人にしか見えず、患者は何の病気なのか、本当は死んでいるのか? なぜ山奥で隠すように暮らしているのか? 介護会社は何を隠しているのか? など、何も分からない状態で進む前半はハラハラドキドキ感がたっぷりです。
 主人公である茜は正義感と責任感の強い人物で、患者の状態の改善をしようと奮闘し、その正体についても調べようとしますが、更に恐ろしい秘密を知ることになるのです。
 死体にしか見えない患者、というところで「ゾンビ」テーマ作品を思い浮かべるのですが、想像を上回る展開で驚かされてしまいます。途中からは伝奇的なテーマも登場し、予想外に壮大なスケールのお話になっています。また「親子愛」や「友情」なども隠し味として登場し、物語に味わいを添えていますね。
 タイトル通り「介護」がメインテーマとなった作品ではありますが、こんな話になると予想できる人はそうそういないんじゃないでしょうか。異色のホラー作品です。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

聖者の現実  マルセル・エーメ『クレランバール』
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 フランスの作家マルセル・エーメの戯曲『クレランバール』(原千代海訳 白水社)は、吝嗇で利己的な没落貴族が聖者の奇跡の影響で改心し、息子の縁談話をかき回す、というコメディ作品です。

 財産もほとんどない、没落貴族のエクトール・ド・クレランバール伯爵は、吝嗇で利己的な男でした。家を維持するために、妻や息子、義母まで、家族を総出で働かせていました。
 そこに司祭によって、息子のオクターヴに代訴人ギャリュションの長女との見合い話が持ち込まれます。不器量ではあるものの、資産家であるギャリュション家の娘との結婚をオクターヴは受け入れようとします。
 司祭が連れてきていた犬を、クレランバールはうるさいからという理由で殺してしまいます。その直後、彼のもとに突然修道士が現れ、一冊の本を置いていきます。
 本は「アシジの聖者フランシス伝」という本でした。修道士の姿はクレランバールにしか見えず、しかも自分が殺したはずの犬が生きていることに気付き、クレランバールは驚愕します。
 奇跡を目撃したと信じるクレランバールは急に心を入れ替え、信心深くなってしまいます。さらに、オクターヴの結婚相手を娼婦のラ・ラングゥストにすると言い出します。オクターヴ自身も以前からラ・ラングゥストに思いを寄せていたこともあり、父親の意見に従おうとしますが…。

 吝嗇で利己的、攻撃的な男クレランバールが、奇跡を目撃したことをきっかけに信心深くなり、騒動を巻き起こす、というコメディ作品です。
 息子オクターヴの結婚問題が主にクローズアップされていくことになります。宗教的な信念(卑しい人間こそ神に近い。)からクレランバールは年増の娼婦ラ・ラングゥストを選ぶのですが、オクターヴの方は以前から彼女に思いを寄せていたため、これ幸いとその話に乗り気になっていきます。さらにラ・ラングゥスト自体も結婚話に対して満更でもない態度を取ることになります。
 一方、クレランバールの妻ルイーズの方は現実的で、財産家であるギャリュション家の娘との結婚を前提に交渉を進め、多額の持参金まで約束させていました。
 オクターヴは財産のためにギャリュション家の娘と結婚するのか、ラ・ラングゥストへの愛を貫くのか? といったところも読みどころなのですが、後半ではさらに思いもかけない展開になり、驚かされてしまいます。

 改心したクレランバール以外の登場人物が皆、したたかな「俗物」で、それぞれが自分の利益のために動きます。そこを一見「聖人然」としたクレランバールがかき回すことになるのですが、このクレランラバール自体も本当に「善人」になったかというと怪しいところも面白いです。
 「改心」後も、その性格が強引であるところは変わらず、妻に対してもひどい言葉を投げかけたり、一方的に物事を進めようとするところは変わりません。
 「アシジの聖者フランシス伝」に影響されたものか、突然動物愛護にうるさくなり、家に現れた蜘蛛をやたらと大事にする始末。

 登場人物たちが揃いも揃って自分のことばかり考え、それを隠そうともしないところに逆に爽快感すら感じられるのですが、その中では、ラ・ラングゥストのキャラクターは異彩を放っています。娼婦であるだけに肉体的には放埒ながら、オクターヴの愛情を素直に受け入れたりと、包容力と、ある種の純真さも示されます。その率直さから好感度も高く、オクターヴとの恋愛が成就することを応援したくなってしまいます。
 一方、オクターヴも純真な青年かと思いきや、後半ではその「だらしなさ」が示されたりと、ラ・ラングゥストに比べると、その優柔不断さが目立つ形になっていますね。

 クレランバールが目撃した「奇跡」は本当にあったのか? その「奇跡」は彼にとってどんな意味を持っていたのか? というあたりも興味深いテーマとなっています。様々な読み取り方ができる、面白い劇作品です。


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8月の気になる新刊と7月の新刊補遺
7月31日刊 フレデリック・ダール『夜のエレベーター』(長島良三訳 扶桑社ミステリー 予価968円)
8月3日刊 ベン・H・ウィンタース『その少年は語れない』(上野元美訳 ハヤカワ・ミステリ 予価2750円)
8月9日刊 ロナルド・ファーバンク『足に敷かれた花』(仮題)(浦出卓郎訳 彩流社 予価2750円)
8月10日刊 須永朝彦『王朝奇談集』(ちくま学芸文庫 予価1100円)
8月12日刊 大下宇陀児『偽悪病患者』(創元推理文庫 予価924円)
8月12日刊 リリー・ブルックス=ダルトン『世界の終わりの天文台』(佐田千織訳 創元SF文庫 予価1100円)
8月12日刊 パメラ・ブランチ『ようこそウェストエンドの悲喜劇へ』(大下英津子訳 論創社 予価3740円)
8月12日刊 カレル・チャペック『マクロプロスの処方箋』(阿部賢一訳 岩波文庫 予価660円)
8月17日刊 エラリイ・クイーン『ダブル・ダブル 新訳版』(越前敏弥訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 予価1540円)
8月17日刊 ルマーン・アラム『終わらない週末』(高山真由美訳 早川書房 予価2860円)
8月19日刊 眉村卓『仕事ください』(日下三蔵編 竹書房文庫 予価1430円)
8月23日刊 ボリス・ヴィアン『北京の秋』(野崎歓訳 河出書房新社 予価2970円)
8月23日刊 井上靖『殺意 サスペンス小説集』(中公文庫 予価946円)
8月24日刊 ピーター・スワンソン『時計仕掛けの恋人』(棚橋志行訳 ハーパーBOOKS 予価990円)
8月25日刊 エマ・ストーネクス『光を灯す男たち』(小川高義訳 新潮社 予価2640円)
8月26日刊 ウォルター・デ・ラ・メア『アーモンドの木』(和爾桃子訳 白水Uブックス 予価1980円)
8月26日刊 ニコール・クラウス『フォレスト・ダーク』(広瀬恭子訳 白水社 予価3960円)
8月26日刊 ロジェ・カイヨワ『石が書く』(創元社 予価4620円)
8月29日刊 『ユリイカ9月号 特集=Jホラーの現在』(青土社 予価1650円)
8月31日刊 『幻想と怪奇11 ウィアード・ヒーローズ 冒険者、魔界を行く』(新紀元社 予価2420円)
8月31日刊 イーライ・ブラウン『シナモンとガンパウダー』(三角和代訳 創元推理文庫 予価1320円)
8月31日刊 東雅夫編『日本鬼文学名作選』(創元推理文庫 予価1100円)

 『足に敷かれた花』(仮題)は、20世紀前半に活躍したイギリスの作家ロナルド・ファーバンクによる作品。代表作「足に敷かれた花」と「見かけ倒しのお姫さま」を収録とのこと。
 「足に敷かれた花」、紹介文を引用しておきます。「架空の王国ピスエルガに仕えるラウラ・デ・ナジアンジは疲倦宮(つかれうみのみや)ユーセフ親王と恋仲だった。宮中ではさまざまな悪謀が渦巻き、ゴシップが囁かれる。そこにユーセフとエルジー姫の結婚の話が持ち上がってくる。同時にユーセフの女ったらしぶりも明らかとなり、ラウラは遊ばれていただけであることがはっきりする。裏切られたと感じたローラは、宮廷から身を引き、修道院へ向かうことになるが……。」

 カレル・チャペック『マクロプロスの処方箋』は、不老不死をテーマとした戯曲。名作だと思うので未読の方はぜひ。

 ルマーン・アラム『終わらない週末』は、あらすじからすると、超自然的な要素ありの作品でしょうか。「 NY近郊の別荘を借りて休暇を過ごす4人家族。休みを楽しんでいたのに、別荘の持ち主という夫婦が現れ、中に入れて欲しいと懇願される。やがて起こる奇妙な現象の数々。世界では、何かが起こっている――? 外界と遮断された6人が、生き残るすべを探し始める。 」

 『仕事ください』は、眉村卓の傑作短篇集。ベスト選集のような本でしょうか。

 『アーモンドの木』は、イギリスの詩人・作家デ・ラ・メアの傑作選集。「アーモンドの木」「伯爵の求婚」「ミス・デュヴィーン 」「シートンの伯母さん」「ルーシー」他、全7篇を収録とのこと。

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怪談づくし  澤村伊智『怪談小説という名の小説怪談』
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 澤村伊智『怪談小説という名の小説怪談』(新潮社)は、本格的なホラー短篇・怪談を集めた作品集です。

「高速怪談」
 帰省の交通費を浮かすため、知り合い数人で車で移動していた男女は、車内で怪談話を始めますが…。
 一台の車に乗り合いすることになった男女がそれぞれ怪談話を始める、という話なのですが、乗り合わせた面々が全員知り合いではなかったことが分かるあたりから、不穏な雰囲気になっていきます。奇妙な因縁が語られるなど、都市伝説的な面白さがありますね。

「笛を吹く家」
 近所に幽霊屋敷とされる家があることを知った息子とその両親。その屋敷ではかって家族が皆、変死を遂げたというのです。問題のある息子の育児で消耗している妻を心配する夫は、妻の様子がおかしいことに気が付きます…。
 私生活で問題を抱える夫婦が幽霊屋敷と接触する、という物語ですが、思いもかけない方向に話が展開していきます。幽霊屋敷が「救い」として現れるという、ユニークな物語です。

「苦々陀の仮面」
 アマチュアの団体によって製作されたホラー映画「苦々陀の仮面」は評判を呼び、監督は脚光を浴びることになります。しかし主演俳優が自殺し、その母親から、映画内の暴力描写がすべて俳優に実際に行われたものだという告発がなされていました。
 その後、映画の関係者が次々と変死を遂げていきますが…。
 自主制作のホラー映画が脚光を浴びるものの、その制作には後ろ暗い秘密が隠されていた、という物語。取材による記事や、ネットでのレビューなど、多様な媒体を使って語られてゆくという体裁も面白いですね。

「こうとげい」
 新婚旅行としてあるホテルを訪れた夫婦。山を散策するうちに、不思議な兄妹が経営するカフェに辿り着き、そこで歓待されることになります。戻ったホテルでは、高額なはずの屋上のコテージを使用してほしいとの提案がなされ、夫婦は困惑しつつも、それを受け入れることになりますが…。
 山の中で出会った存在によって、現地の奇妙な風習に巻き込まれてしまう夫婦を描いた民俗学的テーマのホラー作品です。主人公たちが、訳も分からぬまま不条理な目に会う部分は怖いですね。

「うらみせんせい」
 突然、中学校の教室にいることに気付いた女生徒の「わたし」は、他に何人かの生徒が現れるのを目にします。彼らによれば学校内から出られないというのです。やがて奇怪な殺人鬼が現れ、次々と生徒が殺されていきます。
 生徒の一人によれば、殺人鬼は、かっていじめを受け自殺した「浦見先生」の霊ではないかというのですが…。
 恨みを残して死んだ教師の呪いにより、学校内に閉じ込められてしまった生徒たちを描く作品です。不条理な空間ではあるものの、そこには一定のルールがあるらしく、それを探りながら脱出を図る部分に面白さがありますね。

「涸れ井戸の声」
 作家の「ぼく」は、先輩の作家西村亜樹から未発表の原稿を預かります。それを自作として発表してもらってもいいというのです。そこに書かれていたのは、ある小説についての内容でした。
 ファンレターをもらった亜樹は、その中で自作の小説「涸れ井戸の声」が非常に怖い作品だったとの文章を読んで困惑します。そのような小説を書いた覚えがなかったからです。他の作家の作品と勘違いしているのかと思いきや、掲載紙とされる号にも、そのバックナンバーにも該当するタイトルの作品はないのです。
 その後も、亜樹は様々な場で「涸れ井戸の声」の話を聞くことになりますが、その内容ははっきりしません…。
 実際に読んだという人間がいるにもかかわらず、その内容ははっきりせず、それに関わった者がおかしなことになるという、奇怪な小説「涸れ井戸の声」をめぐる奇談です。
 その評判だけが独り歩きし、内容は分からない…というところに恐怖感が感じられる作品となっています。
 作中でも言及される映画『シェラ・デ・コブレの幽霊』や小松左京の短篇「牛の首」などからインスピレーションを得たと思しい作品ですね。

「怪談怪談」
 かって一世を風靡しながら姿を消した霊能力者を取材に訪れた男の話と、小中学生が合宿を行う「こども自然荘」での肝試しの話が交互に語られてゆくという作品です。
 肝試しが描かれる部分に迫力があり、こちらがメインテーマかと思いきや、さらにスケールの大きいホラーになっていきます。小説そのものに「仕掛け」がされており、読後驚かされる人も多いのではないでしょうか。


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最愛の足  ジェフ・ニコルスン『美しい足に踏まれて』
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 ジェフ・ニコルスンの長篇『美しい足に踏まれて』(雨海弘美訳 扶桑社ミステリー)は、女性の足に異常な執着を抱く男性が、思わぬ殺人事件に巻き込まれるという異常心理サスペンス作品です。

 「ぼく」は、美しい女性の足に執着を抱いている男性でした。その執着度は、アンケートをとるふりをして女性の足を撮影したり、女ものの靴を収集したりなど、自分だけのアーカイブを作るほどでした。ある日、「ぼく」の理想の美しい足を持つばかりか、性癖までをも理解してくれる女性キャサリンと出会います。
 キャサリンと恋人になった「ぼく」は、彼女に夢中になります。天才的な靴職人ハロルドと知り合った「ぼく」は、ハロルドにキャサリンの靴を作ってもらうようになり、その靴をきっかけとして、キャサリンとの仲は深まっていきます。しかし、キャサリンは突然別れを切り出すことになります…。

 女性の足に執着を抱く男性を描いた、風変わりな足フフェティシズム小説です。殺人が起こったり、それをめぐってサスペンスが発生したりはするのですが、そのあたりはあっさり風味です。作品の大部分を占めるのは主人公「ぼく」の女性の足に対する趣味・執着に関する述懐となっています。
 足に関する主人公の蘊蓄が、妙に格調高く語られていくところに妙なユーモアがあります。シンデレラや纏足、フロイトやクラフト=エビングなど、取り上げられる話題は妙に教養豊かですね。その一方彼が行っているのはどうみても変態行為で、そのギャップにもブラックなユーモアがあります。
 足フェチの主人公はともかく、恋人となるキャサリンもそれを普通に受け入れるなど、ちょっと変わり者の女性として描かれています。さらに二人に輪をかけて異常人格者として描かれるのが、靴職人のハロルド。これらの人物たちの関わり合いから、心理的なサスペンスが発生するのかと思いきや、このあたりも意外と薄味なのです。
 メインとなる殺人事件も特に複雑な様相を見せることなく終息してしまうなど、ミステリ・サスペンスとして読むと、ちょっと肩透かしされてしまうかと思います。風変わりな足フェティシズム告白文学、として読むのが一番楽しめる読み方かもしれません。
 とにかく「変な話」で、正直、あまり人には勧めにくい作品ですね。題材上エロティックな描写も多いので、未成年の方は注意です。

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真実の作家  ウラジミール・ナボコフ『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』
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 ウラジミール・ナボコフの長篇『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』(富士川義之訳 講談社文芸文庫)は、夭折した小説家セバスチャン・ナイトの腹違いの弟が、兄の伝記を書くために、その生涯を辿ることになる…という作品です。

 夭折した作家セバスチャン・ナイトの伝記を書こうと決心した異母弟Vが、兄の生涯を辿っていく過程が描かれていきます。一緒に過ごした幼年時代を回想し、大学時代の同級生を訪ね、兄の秘書だった男や恋人たちから証言を得るものの、なかなか兄の実像は浮かび上がってきません。やがては、セバスチャンがブラウベルクのホテルで恋に落ちたという謎のロシア人女性を捜索するのがメインになっていきます。

 面白いのは、ところどころで頻出するメタフィクショナルな要素です。
 セバスチャンの秘書を一時的に勤めていた男グッドマンによる伝記『セバスチャン・ナイトの悲劇』がすでに存在し、Vはその本が間違っていると否定します。おそらくVの著作のタイトル「真実の生涯」はそれに対抗したものなのでしょう。そうはいいながら、最後までセバスチャンの「真実」は茫洋としていてはっきりしません。
 また、セバスチャンが著した小説が作中で言及されます。『プリズムの刃先』『成功』『失われた財産』『滑稽な山』など。内容についても多くを語られるものとそうでないものがありますが、目立って魅力的なのが『プリズムの刃先』。
 十二人の人物が住む下宿で住人の一人である美術商G・アビソンが殺され、内部の人間が容疑者となりますが、調べていくいうちにそれらの下宿人同士に深い関係があることが明かされます。実はある老婦人がある人物の母親であったり、ある人物とある人物が夫婦であったり、ある人物がある人物の弟であったりと、思わぬ関係が明かされていき、「下宿屋」のモチーフが「田舎屋敷」へとモチーフを変えてゆく…という、探偵小説のパロディ的作品だというのです。

 本篇自体も、探偵小説的な語り口が使われており、後半のセバスチャンの謎の恋人を探すくだりは、それこそ「ミステリ」的な趣向となっています。ホテルを特定し、泊まった客の履歴を調べ、そこから様々な国に住んでいるらしい女性たちを訪ねていく、という部分には魅力がありますね。そこで現れてくるファム・ファタール(「運命の女」)的な女性像もまた魅力です。

 語り手であるVは兄セバスチャンが大作家であるかのように語るのですが、作中で語られる彼の作品評や人々の反応からは、本当にそうであったのかが疑問に思えてきます。
 大作家である兄の生涯を皆に伝える、というのが目的としながらも、本当のところは、Vの兄に寄せる個人的な情熱を語っていく作品でもあるようなのです。やがては自らと兄を同一視していくことにもなります。小説最後の台詞はそれを物語ってもいるようですね。

 1941年出版の作品で、ポストモダン小説の先駆とも言われる作品だそうですが、確かに非常に前衛的な作りの作品です。登場する作家セバスチャン(及びV)には、作者ナボコフ自身の経歴も反映されているようで、その意味でも面白い作品です。


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イルカ探偵奮闘す  ウイリアム・C・アンダースン『それゆけイルカ探偵!』
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 ウイリアム・C・アンダースン『それゆけイルカ探偵!』(山本俊子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)は、人間の言葉が話せるイルカのペネロピーが殺人事件の探偵となるというユーモア・ミステリ小説です。

 資産家であるコーネリウス・キャラハンは、空軍の退役記念として湖畔にある別荘でパーティを開きます。酔ったキャラハンが浴室に入ったところ、便器の中に美女の首だけの死体を発見し驚愕することになります。さらに別の男の死体も発見され、キャラハンは殺人の容疑者となってしまいます。
 折しも、キャラハンの屋敷に滞在していた科学者グレゴリー・ウィリアムズは助手のルーシー・ワトソンと共に、人間の言葉を話せるメスのイルカ、ペネロピーの研究を行っていました。ペネロピーはテレビの推理ドラマに夢中になっており、自ら探偵役を買って出ることになりますが…

 資産家の退役軍人キャラハンの屋敷で、殺人事件が連続して発生し、容疑者となった彼を助けるため、話せるイルカのペネロピーが探偵する、というユーモア・ミステリ作品です。
 最初は犠牲者が誰なのか分からず、それが判明してからも、なぜ彼らが屋敷で殺されていたのか、動機は何なのか、など、謎だらけでハラハラドキドキさせるのですが、正直なところ、ミステリの謎解き部分はそれほど新味はありません。この作品の一番の魅力は、イルカのペネロピーのキャラクターにあります。おしゃべりで知的のみならず、小悪魔的な魅力もある、人間以上に女性的なキャラクターとして造形されており、そのキュートさは強烈です。
 ペネロピーは、その能力を買われて、政府の極秘の任務として研究に協力しているという設定で、研究者ウィリアムズはキャラハンの屋敷のプールで研究を続けているのです。基本、ペネロピーはプールから動けないため、その場所に留まって推理を続けます。いわゆる「安楽椅子探偵」の趣ですね。
 代わりに動き回ったり、人に話を聞いたりするのは、屋敷の主人キャラハンで、彼がペネロピーとコンビを組む形になっています。
 このキャラハンもエキセントリックなキャラクターで、資産家でありながら軍に入ったり、霊柩車に乗って移動したり、たん壺を集めていたりと、変わり者の男として描かれています。

 キャラハンとペネロピーの会話が非常に才気の感じられるもので、この二人のやりとりが作品の魅力の大きな部分になっています。このキャラハンとペネロピーのかけあいだけでずっと読んでいられる作品で、正直、殺人の謎がどのように解けても、どうでもよくなってしまうほど(一応、真相には驚きはあります)。
 殺人事件のほかに、堅物のウィリアムズに恋するルーシーの恋をペネロピーが後押ししたり、キャラハンの磊落さが描かれたりする部分にも魅力があります。

 話せるイルカという、かなりインパクトのある題材ながら、そのことについて特に説明がされずに話が進むのですが、それはこの作品がシリーズ二作目であるからです。一作目『ペネロピー』において、キャラハンとウィリアムズがペネロピーと出会う経緯が描かれているらしいのですが、こちらは未訳になっています。ミステリ的な要素を勘案して、二作目だけが訳された感じなのでしょうか。
 キュートなイルカ探偵が活躍する、キャラクター性豊かなユーモア・ミステリで、最後まで楽しく読める作品です。


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最近観たホラー映画

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ジョセフ・ステファノ監督『シェラ・デ・コブレの幽霊』(1964年 アメリカ)

 一流の建築家として知られるネルソン・オリオンは、心霊調査員としても活動していました。盲目の資産家ヘンリー・マンドールが、一年前に亡くなった母親の霊に悩まされていると、ヘンリーの妻ヴィヴィアから相談を受けます。ヘンリーの母ルイーズ・マンドールは、生前生きながら埋葬されることを恐れ、納骨堂にヘンリーの部屋への直通電話を設置していたというのですが、死後、ルイーズからヘンリーに電話が繰り返しかかってくるというのです。
 オリオンは、ヴィヴィアと共に、ルイーズが眠る納骨堂を調べることになります。調査後、忘れ物を取りに、一人戻ったヴィヴィアは幽霊を目撃し、そのショックから気絶してしまいます…。

 幽霊描写の恐ろしい伝説的なホラー映画として有名な作品です。資産家の盲目の当主が母親の幽霊に悩まされていると依頼を受けた、心霊調査員オリオンがその調査に向かうことになるというホラー作品です。ゴースト・ハンターものの趣もありますね。
 幽霊の実在はほぼ間違いがないらしく、事実、序盤でその姿が登場することになります。その幽霊が何のために現れているのか、ヘンリーは自分を狂わすためではないか、と考えているようなのですが、オリオンはそこに疑いを挟み調査を進めていきます。霊出現の目的のみならず、霊が憑いている相手は本当にヘンリーなのか、さらには霊がヘンリーの母ルイーズなのかどうか、という疑いすら発生してきます。
 探偵役となるオリオンは、心霊現象に親和性がある人物ながら、霊能者というほどの能力はなく、その欠点を作中の人物に指摘されてしまう場面もあるのですが、逆に人間心理についての洞察力は高く、そちら方面で能力を発揮することになります。
 オリオンが推理を進めていくにあたって、重要な協力者となるのが、彼の家政婦であるメアリー・フィンチ。このフィンチという人物、超自然を信じない現実主義者なのですが、その頭の切れといい行動力といい、オリオンに劣らず有能な人物です。探偵役といった場合、このフィンチとオリオンのコンビと言ってもいいほどになっていますね。
 タイトルともなっている「シエラ・デ・コブレ」は、そこで死んだアメリカ人女性の霊が出るということで、かってオリオンも調査したという場所。作中では直接登場せず、間接的に事件について語られることになります。この事件についても、メインとなるヘンリー・マンドールの幽霊事件にしっかり絡んでくるところは、見事な展開となっています。
 幽霊の描写は怖いです。登場シーンはいくつかあって、毎回唐突に出現するのですが、その悲鳴のような音響効果と相まって、恐怖感は非常に高いです。幼い頃に見たら、確かにトラウマになるかも。
 幽霊の描写の怖さで語り継がれている作品で、確かにそちらに目を惹かれてしまうのですが、幽霊絡みの人間たちの心理ドラマ部分も、秀逸で面白いです。幽霊がなぜ現れたのか?「彼女」は何を求めているのか? といったところで、人間たちの妄執や我欲などがクローズアップされてくるなど、死者だけでなく生者についての物語ともなっています。 ある人物の「罪深さ」は強烈で、それは死後も続く…という描写があるなど、真に恐ろしいのは誰なのか?という意味での恐怖感を感じさせる部分もありますね。
 幽霊描写の怖さ、霊出現の謎をめぐるミステリ的興味、人物間の葛藤をめぐる心理ドラマ、心霊探偵の活動など、見どころが沢山ある作品で、今観ても充分に面白いホラー映画だと思います。



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ブライアン・フォーブス監督『雨の午後の降霊祭』(1964年 イギリス)

 定期的に交霊会を行い、その謝礼で生計を立てていた霊媒師マイラとその夫ビル。マイラは自らの名声を高めるため、ある計画を思いつきます。それは資産家の幼い娘を誘拐し、身代金と娘の居場所を言い当て、自らの能力の宣伝とすることでした。
 資産家クレイトンの娘アマンダを学校から誘拐したビルは、病室風に改装した自宅の一室にアマンダを監禁し、病院で療養していると思い込ませます。
 身代金の要求とその実行もビルが行うことになりますが、計画に強気なマイラに比べ、ビルは良心の呵責から計画の実行に対して消極的になっていきます…。

 自らの評判を高めるため、誘拐を行う霊媒師夫妻を描いた異常心理サスペンス作品です 誘拐とはいっても、あくまで霊媒としての評判を高めるのが目的なので、身代金を受け取る気は始めからなく、娘も無事に返す、という計画です。
 監禁している娘には入院していると思い込ませるため、夫婦で医者と看護婦のふりをすることになります。娘にこれが誘拐とバレてしまわないかというサスペンス、犯罪計画が途中で失敗してしまうのではないかというサスペンス、そして犯行に乗り気な妻とそうでない夫との齟齬による心理的なサスペンス、と多重のサスペンス味が発生し、息詰まるような重厚な雰囲気となっていますね。
 精神的に弱いビルは、強気な妻マイラのいうなりに動くのですが、良心の呵責とその心配性な性格から、計画のところどころでその脆さを露呈することになります。
 一方、精神的なタフさを見せるマイラもまた、夫婦の亡くなった息子アーサーに執着していることが示され、夫婦が互いに「依存関係」にあることが分かるなど、一筋縄ではいかない夫婦関係が描かれるところも魅力です。
 作品開始直後から、かなりの尺をかけて犯罪実行前の夫婦の会話が描かれるところなど、その心理描写シーンは重厚です。犯罪計画そのものは「詐欺」なのですが、マイラの霊媒能力自体は「本物」の可能性が高い、というところも面白いですね。
 計画自体が崩れていき、最終的に自らの「降霊祭」によって破綻を迎えてしまう、というのも、それまでにじっくりと夫婦の動向と心理が描かれてきただけに説得力があります。誘拐サスペンスに、歪んだ夫婦関係の心理、そしてかすかな幻想味が加えられた、ユニークな題材の作品です。「降霊祭」がテーマとなっているものの、明確な超自然現象は描かれません。
 ただ、マイラがトランス状態になったときの発言には、かすかな超自然的香りがあります。亡き息子アーサーの霊が存在したのかどうか、という部分もぼかされていますが、このあたりの曖昧さも魅力になっていますね。
 原作は、 イギリスの作家マーク・マクシェーンの長篇小説『雨の午後の降霊会』(北澤和彦訳 創元推理文庫)。映画版は原作よりも多少ソフトな味わいになっているように思います。
 映画版の方をホラー寄りにリメイクした、黒沢清監督『降霊 KOUREI』(1999年 日本)という映画も作られています。



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マリオ・バーヴァ監督『血みどろの入江』(1970年 イタリア)

 入江を所有する裕福な伯爵夫人フェデリカが、ある夜、夫であるフィリッポに絞殺されます。自殺にみせかけようと工作をしている最中に、フィリッポ自身も何者かによって刺殺され、その死体は湖に捨てられてしまいます。
 遺書とみられる紙が発見されたためフェデリカは自殺とされますが、夫フィリッポの失踪により、周囲ではフェデリカは殺されたのではないかという噂も流れていました。
 フェデリカが亡くなったことを知った、フィリッポの娘レナータとその夫アルバートは、入江の相続権を手に入れようと情報収集をして回りますが、フェデリカには私生児である息子シモーネがいることを知ります…。

 欲にまみれた人間たちの殺し合いが描かれる残酷サスペンス作品です。莫大な資産価値を持つ入江の相続権をめぐって、周囲の人間たちが争う…というサスペンスなのですが、この争いが文字通り「殺し合い」になってしまうという残酷劇です。
 特定の「犯人」がいるというよりは(メインとなる人物がいるにはいるのですが)、それぞれの事情(動機)によって、複数の人間が連鎖的に殺人を起こしていく…という、とんでもない展開の作品になっています。
 財産のために相続人を殺す、といった直接的なもののほか、復讐のためであったり、死体や現場を目撃されてしまったから、など、それぞれの人間がそれぞれの目的で殺しを繰り返します。
 どうしようもない人間たちが繰り返す、どうしようもない殺人連鎖劇となっていて、その混沌具合に観ていて唖然としてしまいます。
 そんな大胆な殺人は警察に疑われるのでは…? などと疑問に思ってしまうシーンも多数なのですが、警察の調査や介入が全く出てこないという大雑把さ。
 ただ、これはある種の「ファンタジー」として観るべき作品で、その意味で非現実的な展開と設定もあまり気になりません。殺人・猟奇シーンの演出が派手で、むしろそちらを楽しむホラー作品でしょう。こちらのシーンは今観ても「芸術的」で、有名な「13日の金曜日」もそのシーンを参考にした、という話も頷けます。中でも、湖から上がった死体にタコが這うシーンのインパクトは強烈で、記憶に残りますね。
 全体にわたって殺人が発生しますが、面白いのは、明確に殺人の行為者が描かれる事件のほか、加害者が誰か分からない事件も混ざっているところ。それもあって、作品全体のメインとなる「犯人」が誰なのか? というミステリ的な興味もあります。
 ミステリやサスペンスで、登場人物たちが皆怪しい…というタイプの作品がありますが、この作品ではほぼ全ての人物が怪しいどころか「殺人犯」です。
 それぞれの人物が勝手気ままに、自分たちの欲のままに動くわけで、その意味で混沌としたお話になっています。
 上記で「ファンタジー」という言葉を使いましたが、現実世界では、卓越した頭脳を持つ犯人が計画的に殺人を実行する…なんてことはほぼないわけで、その意味では、この作品のような無秩序状態は、ある意味すごく「リアル」だといえるかもしれないですね。
 資産家の財産をめぐって、一族たちが争う…という作品において、それぞれの人物たちがモラルも何もなく、殺人も辞さなかったら…という仮定で描かれた作品といえるでしょうか。その「やりすぎ感」がホラーとしても魅力となっている作品です。



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ジョン・マクティアナン監督『ノーマッズ』(1985年 アメリカ)

 ロサンゼルスの病院に勤める女医アイリーンのもとに、ある晩、急患で血まみれの男が運ばれてきます。錯乱状態で暴れている男は人類学者ジョシュア・ボミエだといいますが、彼はアイリーンの耳元で意味不明の言葉をつぶやいた後に急死してしまいます。
 その直後から、アイリーンは奇妙な幻覚を見るようになります。それは死んだボミエの生前の記憶のようなのです。ボミエは、町をうろつき暴力行為を働く不良集団に興味を持ち、彼らを追っていきます。やがて殺人さえ行う彼らに狙われるようになりますが…。

 職や住まいを持たず、町をうろつき暴力行為や迷惑行為を働く不良集団。彼らに興味を持った人類学者が、恐ろしい体験をすることになる…というオカルトホラー作品です。
 不良集団がただの人間ではなく、町に巣くう「悪霊」らしき存在であることが分かり、ボミエは恐れを感じるようになりますが、時既に遅く、彼らの魔の手が迫っていたのです。
 「悪霊」たちの造型は独特で、パンク風のファッションに身を包んだ、暴走族というか愚連隊のような集団として描かれています。特定の人間にしか見えないようで、現にボミエの妻ニキには彼らの姿が見えないのです。それもあって、ボミエの行動が妻からは精神的におかしくなっているようにも見えます。
 物理的な実体があるように見えながら、殴ったり突き落としたりしても、平然と姿を現したりするなど、現実と幻覚が入り交じってくるような雰囲気があります。
 さらに面白いのはその語り口。女医アイリーンがボミエの経験を追体験していくという作りになっているため、時折視点がアイリーンに戻ります。ボミエの姿が瞬間的にアイリーンに変わるあたりの演出は技巧的で印象に残りますね。
 物語の一番上の層で、アイリーンが「幻覚」を観ている形になるわけですが、その「幻覚」の中でのボミエがさらに「現実」と「幻覚」を混同するようになっていく…という多重構造になっています。さらに終盤では、追体験ではなく、リアルタイムでアイリーンが「悪霊」たちに襲われることにもなり、「現実」と「幻覚」が、多重構造の中でさらに混濁していく、というメタフィクショナルな構造になっているところには驚きますね。
 この作品での「悪霊」は、遊牧民たち(ノマド。複数形なのでノーマッズ。)になぞらえられています。細かい説明はされないのですが、どうやら都市に巣くう地縛霊のような存在で、イヌイットの世界観が流用されているようです。
 ところどころでの「悪霊」たちの暴力シーンなどはあるものの、全体に地味に雰囲気を盛り上げていくタイプの作品で、派手さはあまりないのですが、観た後に考え直してみると、評価が上がるタイプの作品だと思います。演出や物語の構造が非常によく考えられているのです。
 説明不足である点は確かにあるのですが、説明しないがゆえの余韻があるのも確かです。ラストシーンもかなり衝撃的ですね。
 民族学的なテーマを扱ったホラーとしてもユニークで、諸星大二郎的な味わい、というと、伝わる人もいるでしょうか。あまり話題にならないようですが、1980年代ホラーの収穫の一つだと思います。



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ファン・ピケール・シモン監督『スラッグス』(1987年 アメリカ・スペイン)

 ニューヨーク州のある田舎町、アルコール中毒の老人が、動物に食い散らかされたような、半ば白骨化した死体で発見されます。町の衛生局職員マイク・ブレイディと水道局職員ドン・パーマーは、住民の苦情で下水道を調べますが、その中で、食い散らかされた多数の動物の死骸を発見します。
 教師の妻キムから、自宅の花壇にナメクジがいることを知らされたマイクは、ナメクジに指を噛まれてしまいます。ナメクジの調査を生物教師ジョン・フォーリーに依頼した結果、それが突然変異した肉食の危険な生物であることが判明します。
 一方、家庭菜園を営む老夫婦や、高校生カップルが変死を遂げるなど、謎の変死事件が相次いでいました。マイクは、ナメクジが原因だと訴えますが、リース保安官はまともに取り合ってくれません…。

 突然変異した人食いナメクジに襲われた町を描く、グロテスクなパニック・ホラー作品です。
 複数の事件がナメクジによるものだと気付いているのは、主人公マイクと妻キムのほか、マイクの友人ドンとジョンなど数人で、その事実を訴えられた人間も、保安官を含め、まともに取り合おうとはしません。そのため、マイク、ドン、ジョンの三人がナメクジに対し、その調査と退治方法を探っていくという、パニックものとして王道のストーリーとなっています。
 完全なB級ホラーといえるのですが、そのスプラッター部分のグロテスクさと迫力がただ事でなく、その意味で強く印象に残る作品です。
 登場するナメクジも、日本にいるような小さなものでなく、全身が黒い巨大なもの。その実物を撮影に使っているそうです。大量のナメクジがうごめくシーンを始め、襲われた人々が血だらけになり白骨化していくシーンなど、スプラッター部分が強烈です。サラダと一緒にナメクジを食べてしまった男性が、ナメクジ内の寄生虫に脳まで冒され、顔面が吹き飛ぶシーンに至っては悪趣味の極致ですね。
 1980年代ホラー作品ならではのおおらかさというべきか、お話が「大味」なのも、今となっては楽しいですね。ナメクジに襲われた家庭菜園で、こぼれた薬品に引火して家自体が爆発してしまうとか、下水道に住み着いたナメクジを退治しようとして、これまた町のあちこちの建物が吹き飛んでしまったりとか、やり過ぎ感も満載です。
 ナメクジの気色悪さと強烈なスプラッター描写が際立っているので、このあたりが苦手な人は避けた方がよいかもしれません。ツッコミどころもたっぷりのB級ホラーではありますが、どこか愛嬌があり、能天気な明るさのある作品で、ホラーとして楽しめる作品になっています。



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ルチオ・フルチ監督『ルチオ・フルチのクロック』(1989年 イタリア)

 人里離れた広壮な屋敷で暮らす老伯爵夫妻。彼らは自分たちに歯向かった甥夫妻を殺し、死体を礼拝堂に安置していました。その秘密を知った家政婦も殺されてしまいます。ある夜、屋敷に強盗に押し入った男女三人組は、抵抗されたため、老夫妻と門番の男三人を殺してしまいます。その直後から、屋敷中の時計の回転が逆回転を始め、不思議な現象が起こり始めますが…。

 作中で時間が巻き戻り、死者が甦るという異色のホラー映画です。
 老伯爵が数十年にわたる時計コレクターで、屋敷には大量の時計が置かれています。老夫妻が殺された直後から、これらの時計が全て逆回転し、時間が巻き戻っていくのです。 当然殺された人間も蘇り、強盗たちは復讐にさらされることになる…というお話なのですが、そこは物語がやたらと破綻することでは定評のあるフルチ監督。時間の逆回転現象に関しても、つじつまの合わない展開になるのですが、本作においては、その不条理感が、逆にホラーとしてある種の魅力になっています。
 そもそも、老夫妻が平気な顔で殺しを行うサイコパス的人物なので、強盗に押し入る三人組よりも夫妻の方が邪悪度が高いです。老夫人に至っては、杭で家政婦を貫いたり、腕に仕込み刃をつけていたりと、強烈なキャラクターです。
 時計が逆回転するカットがたびたび挟まれる他、時計のカチカチ音が流れ続けるなど、演出面も面白いですね。死者が甦るシーンに関しては、フルチ監督お得意のゾンビ感あふれる表現も見られます。
 老夫妻の行動や強盗の万引きシーンなど、コミカルなシーン(ブラック・ユーモアというべきでしょうか)も、ちょっと時代を感じさせますが、味わいがあります。
時間がテーマとなっているだけに「ループ現象」的な趣向(といっても、処理が雑ではあるのですが)もあります。
 B級ではありますが、ユニークなアイディアと怪奇ムードがたっぷりで、楽しめる作品でしょう。



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M・ナイト・シャマラン監督『オールド』(2021年 アメリカ)

 息子のトレントと娘のマドックスを連れ、南国のリゾート地を訪れたガイとプリスカの夫妻。トレントは、ホテルのマネージャーの甥イドリブと友人になります。マネージャーに勧められ、風光明媚なプライベートビーチに招待された一家は、何組かの家族と共に、ホテルが用意した運転手によってビーチに運ばれることになります。
 浜辺で女性の遺体が見つかったことから、ビーチから離れようとする一行でしたが、入り口である谷を通ろうとすると頭がふらついてしまい、誰も出ることができません。
 何時の間にか、幼い子どもだったはずのトレントとマドックス、心臓外科医チャールズの娘カーラは、急成長しティーンエイジャーになってしまいます。このビーチでは急速に時間の流れが速いことに気が付いた一行は、ビーチから脱出しようと試行錯誤を繰り返すことになりますが…。

 時間の流れが急速なビーチに閉じ込められた人間たちが、そこから脱出しようとするという、SF・幻想味の強いスリラー作品です。
 時間の流れが異様に早く、数時間いるだけで何歳も年をとってしまいます。入り込んだ時点で大人である人々は、一日いれば寿命を迎えてしまうほどなのです。体格の完成されている大人たちはすぐには時間の経過に気が付かず、幼い子供たちが急速に成長したのを見て、その現象の異常さに気が付くことになります。
 何者かによってビーチに閉じ込められたことが、うっすらとは分かるものの、その者たちの意図などは皆目分からないため、そちらは据え置かれ、もっぱら脱出の試みと、時間経過による人々への影響が描かれていくことになります。
 脱出の試みの失敗で死者が出てしまったり、もともと心を病んだ人間が紛れ込んでいたことから争いが起こったりと、「年齢を重ねていく」だけではドラマになりにくいであろうテーマに、いろいろとドラマティックな仕掛けがされています。
 大人たちが老化していったり、子どもたちがどんどん成長したりと、年齢を重ねる部分も面白いのですが、さらに面白いのは「時間の速さ」を表現している部分。ナイフで傷つけた傷があっという間にふさがってしまったり、元々抱えていた腫瘍が急速にふくらんでいったりと、常識ではありえない時間経過を示す視覚表現がユニークで目を惹きますね。
 複数の人々が群像劇的に描かれてはいくのですが、中心となるのは、ガイの家族、妻プリスカ、息子トレントと娘マドックスの一家です。夫妻に離婚の危機があること、妻が病を抱えていることなど、問題がありながらも、家族が互いに愛情を抱いており、極限状況において、それらが発揮されるというあたり、家族の愛情を描いた作品ともいえそうです。幼い子どもたちが成長するにしたがって、心理的にも成長しているらしいことが描かれる部分も面白いですね。
 ビーチに入る前、ホテルにいる時点で行った、子どもならではの行動が解決の糸口につながっていく…というところも上手い流れです。
 長い人生が「一日」に凝縮されて語られるという、寓意性も強い映画です。事実、この一日の中に、恋と結婚、夫婦の危機と和解、別れなど、人生の重要イベントがまとめて起こり、非常にドラマティックな作品になっています。傑作といって良い作品ではないでしょうか。
 レイ・ブラッドベリの短篇「霜と炎」にテーマが似ているので、もしかして影響を受けているのかなとも思いましたが、原案は、フレデリック・ペータース、ピエール・オスカル・レヴィーのグラフィックノベル『Sandcastle』(未訳)という作品らしいです。



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エヴァン・スピリオトポウロス監督『アンホーリー 忌まわしき聖地』(2021年 アメリカ)

 ジャーナリストのジェリー・フェンは、かって将来を嘱望されながらも、記事を捏造したことで業界から干されてしまった男でした。記事のネタを手に入れるため、マサチューセッツ州のバンフィールドという町を訪れたフェンは、木の下の洞で見つけた奇妙な人形を壊してしまいます。
 夜に車で走っている際に、ふらついている少女を見つけたフェンは、アリス・パジェットというその少女をおじであるヘーガン神父の協会に送り届けます。聾唖だというその少女が話すのを聞いたというフェンの話は、信じてもらえませんが、やがて少女が何時の間にか話せるようになっていることに驚きます。
 アリスは聖母マリアの言葉を聞き、耳と口がきけるようになったというのです。アリスには治癒の能力が備わっていることが分かり、町の人々の病を癒していくことにになります。バンフィールドを調査に訪れたカトリック教会のデルガード司祭とジャイルズ司教は、アリスの能力を奇跡と認定し、町自体が聖地として認められつつありました。
 アリスとの独占インタビュー権を得たフェンは、一躍時の人となりますが、アリスの奇跡に一抹の疑問を抱き始めていました…。

 聖母マリアによって治癒能力を得たという少女の奇跡をめぐる、宗教的テーマのホラー映画です。聾唖だった少女が話せるようになるばかりか、人々の病を治療していくようになります。聖母マリアの奇跡と噂されるその場所に居合わせたジャーナリストが騒動に巻き込まれていくことになる…という作品です。
 聖母を信じる少女アリスが、自らの能力は神から与えられたものだとして、その恵みを人々に分け与えようと活動しをするのですが、それを見守っていたフェンが疑問に捕らえられ調査をしていくうちに不穏な事実が明らかになっていきます。
 記事や名声のためには捏造もいとわない三流記者フェンが、アリスとその奇跡に触れているうちに暖かい感情を抱くようになるものの、結局はアリスの「信仰」を崩さざるを得なくなっていく…という皮肉な流れが見どころでしょうか。
 アリスの「奇跡」が世間を席巻していく一方、裏ではある存在が暗躍し、災厄を振りまいていきます。アリスの「奇跡」と「聖母」は本物なのか…?
 アリスとその信仰を信じたい思いを抱きながら、自らその信念を崩すような証拠を探していくフェンの行動も興味深いところです。
 フェン及び関係者の周囲で、ところどころ怪異現象が頻発はするものの、大がかりな現象は最後の方まで起こりません。その意味では「溜め」の長い作品となっています。このあたりは、原作であるジェームズ・ハーバートの小説『奇跡の聖堂』(ハヤカワ文庫NV)を割と忠実に再現している感じでしょうか。
 原作よりはソフトな味わいになっていますが、映画版でのクライマックス、「聖堂」で展開される惨劇シーンも非常に迫力があります。
 キリスト教とその奇跡がメインテーマとなったホラー映画で、その「邪悪度」「質の悪さ」で印象を残す作品です。神を信じない主人公が「奇跡」の目撃者となり、ある種の「神の代行者」ともなる…という点で、意外と宗教的にも真面目なテーマも内包しているようです。



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ザヴィエ・ジャン監督『コールド・スキン』(2017年 スペイン)

 1914年、南極海の孤島へ気象観測員として赴任してきた青年は、現地に前任者アルドールがいないことを不審に思いますが、灯台守のグルナーによれば、チフスで亡くなったというのです。
 青年は小屋で気象観測を始めますが、夜に突然半魚人のような奇怪な生物に襲われ、地下室に身を潜めます。再度怪物に襲われた青年は何とか撃退に成功しますが、火が回った小屋は使い物にならなくなってしまいます。
 グルナーに助けを求めようとした青年は、泉で怪物に襲われそうになりますが、グルナーに止められます。それはグルナーが「飼っている」怪物のメスでした。
 青年とグルナーは協力し、毎夜のように襲ってくる怪物たちと戦いを続けることになりますが…。

 アルベール・サンチェス・ピニョルの小説『冷たい肌』の映画化で、島に赴任した青年が灯台守の男と共に怪物たちと戦うことになる…という作品です。
 孤島に取り残された二人の男が、水棲らしき怪物の集団と戦い続けるという、サバイバル・ホラー作品なのですが、そこにヒューマン・ドラマ的な要素が絡められていくのが特徴です。
 文明社会に疲れ、静かな場所で暮らしたいとやってきた青年と、何かの理由で人間嫌いになってしまったらしい男グルナー。二人の男の葛藤が描かれていきます。さらにグルナーが手元に置いている怪物の娘をはさんだ奇妙な三角関係、さらに襲ってくる怪物たちにも何か襲ってくる理由があるのではないか、という疑問も発生してきます。
 怪物たちの襲撃シーンにはインパクトがありますね。灯台に立てこもった二人を膨大な数の怪物が取り囲み、次々と襲ってくる、という部分はアクションたっぷりで見応えもあります。銃や斧、ナイフなどで応戦しますが、殺しても殺してもどんどんと数が出てくるという強烈さ。際限がないのです。
 後半では、ある方法で大量の怪物を一挙に殲滅することに成功しますが、それでも根絶やしにはできないのです。
 彼らとの和解の道もあるのではないか、と考える青年に対し、攻撃的なグルナーは飽くまで戦いを継続することを主張し、それがまた対立の元ともなってしまうのです。
 主人公は青年なのですが、物語の真の主人公は、矛盾を抱えた性格のグルナーといっていいでしょうか。怪物の娘「アネリス」に寄せる歪んだ愛情、そして彼の過去には失われた「愛」があったであろうことなど、全体にグルナーの「異形の愛」の物語ともなっています。
 怪物たちは超自然的な存在ではなく、飽くまで人間とは別の進化を遂げた生物とされています。「アネリス」に関する限り、言葉は通じないものの、ある種のコミュニケーションは可能で、そこに青年は和解の可能性を探ることにもなります。
 怪物たちとの戦いのほか、青年とグルナーの間の心理ドラマにも見応えがあります。人間を避けて孤島にやってきた彼ら二人ですが、そこでも人間間の葛藤は存在し、さらにはグルナーが怪物呼ばわりする生物たちにも意思は存在し、コミュニケーションも存在するのです。
 どこに行っても、生物が存在する限り、コミュニケーションの問題はついてまわる、という普遍的なテーマも盛り込まれているようです。一見、怪物との戦いを描く単純なホラーと見えながら、多様な要素を含んでおり、いろいろと考えさせる良質な作品です。



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ジョナサン・キング監督『ブラックシープ』(2006年 ニュージーランド)

 ニュージーランドの牧場に生まれた兄弟アンガスとヘンリー。父親から可愛がられるヘンリーに嫉妬するアンガスは、弟の大事にしていた羊を使って彼を脅かします。そのためにヘンリーは羊恐怖症になってしまい、実家を離れて暮らすことになります。
 15年後、事業を引き継いでいたアンガスのもとに、ヘンリーが久々に訪れます。アンガスは羊の改良のために、研究者を招聘し、遺伝子操作を行っていました。
 折しも、実験内容を聞きつけた環境活動家グラントとエクスペリエンスは牧場に潜入し、研究所から廃棄処分されようとしていた羊の実験体を盗み出します。追われる最中に標本を割ってしまったグラントは、中に入っていた子羊に噛まれてしまいます。
 子羊は、牧場の羊を噛んでいき、噛まれた羊は肉食の狂暴な状態になってしまいます。一方、グラントの体は異様な形に変異していました…。

 遺伝子操作の失敗で羊が狂暴化し、人々を襲う…というホラー作品です。いわゆるゾンビものの羊版といった趣なのですが、この狂暴化した羊が強力で、襲われたら普通の人間は八つ裂きにされてしまうのです。舞台が牧場だけに登場する羊も大量、どこからともなくやってきて囲まれるシーンも多数で、恐怖感も高いです。
 羊同士で噛まれた場合は菌が感染し狂暴化するのですが、人が噛まれた場合はまた形が違っていて、体が変異してしまいます。獣人のような姿になってしまい、ただの羊だけでなく、これらの獣人のような者たちからも襲われる、という点でサスペンスもたっぷりですね。
 自然や動物を愛しながらも、トラウマから羊恐怖症になってしまった弟ヘンリーと、冷徹で打算的な兄アンガスとの対立も重要なテーマとして扱われています。
 成り行きから、侵入してきた環境活動家の女性エクスペリエンス、牧場で働く旧友タッカーと行動を共にすることになったヘンリーが、怪物化した羊に襲われるなか、兄の残酷な実験を止めることができるのか? というところがメインの目的となっています。
 ヒロインとなるエクスペリエンスもユニークなキャラで、動物虐待や肉食に反対する極端な環境保護活動家。変人的な人物として登場しながらも、ヘンリーの精神を落ち着けたりと、意外なところで能力を発揮していくところも面白いですね。
 登場する羊が可愛らしいのですが、彼らによって引き起こされる惨劇は可愛らしいどころではなく、スプラッター描写も激しいゴアシーンばかりとなっています。内臓をえぐられたり、手足が噛み千切られたりと、その描写も強烈です。
 凶悪な羊たちではあるのですが、牧場で羊たちに取り囲まれるシーンなど、絵面的には牧歌的で妙なユーモアがありますね。羊に噛まれた人間が変異した獣人などの存在を含め、B級的なコンセプトの作品ですが、真面目さと笑いの要素が入り混じっているところも魅力です。
 エンターテインメント・ホラーの快作ではないでしょうか。



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ピーター・ベルゲンディ監督『ポスト・モーテム 遺体写真家トーマス』(2020年 ハンガリー)

 第一次世界対戦時、爆風で吹き飛ばされ、死んだと思われていた男トーマスは、死の一歩手前で近くにいた老人兵に助けられます。戦後、遺体を綺麗にして家族との写真を撮る遺体写真家を仕事としていたトーマスは、ハンガリーの町を訪れた際に、どこかで見たような少女と出会います。
 その少女アナは、トーマスが死にかけた際の臨死体験で出会った少女と似ていたのです。アナに惹かれたトーマスは、彼女が住む村を訪れます。
 その村は戦争とスペイン風邪の影響で大量の死者を出していました。土が凍ってしまっているため、スペイン風邪で亡くなった死者たちも埋葬することができず、そのままになっていたのです。
 遺体の写真を撮っているうちに、その写真の背後に何かの存在が映りこんでいることにトーマスは気づきます。家では誰もいないはずなのにポルターガイスト現象が起こっていました。複数の村人たちも、怪異現象を体験しているというのです。
 アナはすべて「幽霊」の仕業だといいますが、ある日「幽霊」による死者までもが発生してしまいます。トーマスはアナと共に「幽霊」の被害を止めるための調査を始めることになりますが…。

 第一次大戦後、戦闘と疫病で荒廃したハンガリーの寒村を舞台に、遺体写真家である主人公が、少女と共に怪異現象の謎を探っていくというホラー作品です。
 登場する「幽霊」の被害は甚大で、村全体がその恐怖に怯えているのです。ポルターガイスト現象によって、物理的な破壊が行われ、物どころか壁、下手をすると家全体が崩壊するレベルの現象までもが発生します。
 やがては直接的に人間が殺されるという被害までもが現れるに至って、トーマスとアナは「幽霊」の目的を探っていくことになります。
 前半から、ポルターガイスト現象だけでなく、「影」として霊が物理的に登場するシーンが描かれ、霊の実在ははっきりしているため、その意味での怖さは少ないのですが、主人公の遺体写真家という仕事柄、死体が全篇にわたって登場します。この死体の存在感が強烈で、別の意味で怖い作品となっています。
 「霊」の怖さは少ないとは書きましたが、その影響によるポルターガイスト現象の力は物理的な暴力として強力で、いつ襲われてどうなるか分からない…という意味では理不尽な恐怖感がありますね。
 主人公トーマスが、当時としては科学的な素養のある男で、カメラ以外にも、録音機や様々な道具を使って調査を進めていくあたり、ゴースト・ハンターもの的な要素も強いです。
 全体にわたって、死体・遺体が画面上に登場しており、不気味さは強烈なのですが、その絵作りは非常に美しいのも特徴です。死の淵に陥ったトーマスが体験する死後の世界の描写は、表現主義映画を思わせるデザインになっており、見応えがありますね。
 生の世界への未練に満ちた死者と、親しい者を失った生者の淋しさ…、生死両方の「淋しさ」が全篇を覆っており、それらを感じ取るのが、共に臨死体験をしたことのあるトーマスとアナであるというのも、説得力があります。
 シリアスで真摯なゴースト・ストーリーなのですが、その不気味さ・恐怖感も強烈で、なおかつエンターテインメントとして魅せる要素も多数です。これは傑作じゃないでしょうか。



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デヴィッド・ブルックナー監督『ナイト・ハウス』(2020年 アメリカ)

 長年連れ添った相思相愛の夫オーウェンが、突然、拳銃自殺を遂げ、ベスは大きな喪失感を覚えていました。建築家だったオーウェンが建てた家に一人でいることに空しさを感じるベスでしたが、自分以外に誰かが家にいるかのような気配を感じ始めます。
 大音量で鳴り出すオーディオ、語りかけるささやき声、夢ともつかぬ幻覚。身の回りで多発する怪奇現象に加え、夫が残した遺言に疑問を感じたベスは、夫の自殺の真意を探ろうとしますが…。

 家に次々と起こる怪奇現象から、夫の霊が身の回りに存在しているのではないかと考えるベス。ふとしたきっかけから、夫の生前の行動を知ることになりますが、それは妻への裏切りとも取れるものでした。しかし調べていくうちに、夫の行動に常識では考えられないものがあることに気づき、さらに不審の念を膨らませていきます。
 夫婦の間に秘密はなかったはずなのに。亡き夫への愛情の念と共に、本当の彼を自分は知っていたのか?という疑問が湧き、ベスは混乱してしまうことになります。
 最初は、妻が夫の霊に接触しようとするゴースト・ストーリー、に見えるのですが、それがどんどんとひっくり返されていきます。序盤の印象から、結末を予想するのは難しいのではないでしょうか。妻が見出すのは夫の愛なのか、それとも裏切りなのか…?
 全体に静かに展開する作品なのですが、演出が非常に上手いです。亡き夫オーウェンがオカルト・魔術的な行為に手を染めていたであろうことが示唆されるのですが、そこで重要モチーフとして登場するのが「反転」。それを表すかのような映像の演出が見事なのです。
 夢と現実が混濁したベスが、自分で自分自身を発見するシーンや、鏡を通して向こう側の世界に移動したりします。特にすごいのは、角度によって、家具や柱の輪郭が人の形に見える…というシーンが繰り返されるところ。心理学で言うところの「反転図形」のような演出なのです。
 大切な人を失ったときの喪失感と、それをどう乗り越えるのか? というテーマが真摯に描かれた作品だと思います。この作品では、そうした「死」に関する秘密を主人公が知ってしまうだけに、その衝撃も大きく描かれているのが特徴でしょうか。
 作中で説明されない要素も多いのですが、そうした部分を含めて、世界観や物語の真相を推理するのが魅力の一つともなっています。
 上記で「ゴースト・ストーリー」と言及しましたが、厳密にはゴースト・ストーリーと呼ぶのは難しい作品となっています。というのも「幽霊」がある意味で否定される世界観が描かれているからです。むしろ、アンチ・ゴースト・ストーリーとでも呼びたいような作品となっていますね。



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ドリアン・フェルナンデス=モリス監督『シークレット・マツシタ 怨霊屋敷』(2014年 ペルー)

 ペルーのリマ、かって日系人の家族が暮らしていたという「マツシタ邸」は、怪奇現象の多発する幽霊屋敷として知られていました。屋敷を調査しようと考えた大学生の調査チーム、ファビアン、ヒメナ、ルイスは、霊媒師と共に屋敷に潜入します。各部屋にカメラを設置し、調査を開始しますが、次々と奇怪な現象が起こります…。

 日系人が暮らしていたという幽霊屋敷を調査に訪れた男女が恐ろしい体験をする…というホラー作品です。
 カメラを持った撮影班が幽霊屋敷に潜入するという、いわゆるPOV(ポイント・オブ・ビュー=主観視点)ホラー映画なのですが、ユニークなのは、この幽霊屋敷が日系人に関わる家であり、ところどころに日本的な要素が使われている、というところでしょうか。
 キービジュアルでも見えている、漢字の「死」という字がモチーフとして登場するのですが、日本人としては、ここはどうも脱力してしまうシーンではあるでしょうか。ただ、お話の作り、演出など、ホラー映画としては非常によく出来ている作品だと思います。
 屋敷に出現する霊が、噂になっている日系人家族なのか、彼らは何を訴えているのか、過去に何があったのか、など、屋敷と住人に関する謎が序盤から少しずつ明かされていきます。屋敷での調査中、後には怪異現象に襲われてからも、その「謎解き」は最後まで続く、という点でサスペンスがありますね。
 霊の出現シーンもかなり怖く、揺れるカメラが動く際にすっと出てくる霊の描写はジャパニーズ・ホラーの影響もあるのでしょうか。
 また、薄暗い屋敷内をライトでうっすら照らしながら探索するという部分にもハラハラドキドキ感があります。
 屋敷内が異空間(あの世?)とつながっているかのような描写があり、そのあたりは低予算ゆえか、はっきりとは描かれないのですが、逆のその「省略」が不気味さを醸し出しています。薄暗い室内とカメラを通しての撮影もその空気感醸成に寄与していますね。
 最初は心霊的にじわじわと怖がらせていくのですが、後半では、非常なハイテンションになっていくのは、ラテンアメリカ作品ならではでしょうか。
 屋敷に潜む「悪霊」の力が強烈なのも印象的ですね。ポルターガイストなど物理的な力はもちろん、その出現も神出鬼没、空間さえも操っている節があるなど、後半での怪奇現象のつるべ打ちでは、気が休まる暇がありません。
 「死」の文字や日系人などの日本モチーフから、色物作品と思われがちですが、意外や意外、しっかりした本格幽霊屋敷ホラーになっているように思います。全体を覆う日系モチーフがある真相を隠すことにもなっており、その意外性も含めて、楽しめるホラー作品です。



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ローズ・グラス監督『セイント・モード/狂信』(2019年 イギリス)

 病院を辞めた看護士のモードは、死病に侵された、有名な元ダンサーのアマンダを住み込みで看護することになります。アマンダは信心深いモードの姿に感化され、二人は互いに友情にも似た感情を抱くようになります。
 アマンダの元に派遣されたのは神の采配だと考えるモードでしたが、アマンダが招き入れていた売春婦のキャロルをめぐって、二人の仲は破綻に近づいていました…。

 孤独な看護士の女性が宗教的情熱に取り憑かれて、精神を狂わせていく…という作品です。主人公の女性モードの宗教的な入れ込み方は極端で、信心深いというより「狂信」に近いほどです。介護をすることになったアマンダに対しても、神の導きによって彼女を救う、といった使命感に満ちていました。しかし、結局は神を信じないアマンダとの間で、モードの「信仰心」は揺らいでしまうことになるのです。
 敬虔な生活をする一方、信仰が揺らいだ際には金と男に溺れるなどモードの行動も極端です。また「苦行」として、針を足の裏に刺すなど、痛々しいシーンもありますね。
 彼女が身につけているネックレスの聖女は「マグダラのマリア」なのですが、作品内でのモードの行動もマグダラのマリアがモチーフになっているようです。手作りの聖水をペットボトルに入れて持ち歩くのは、マグダラのマリアのアトリビュート(持ち物)である香油壺を象徴したものでしょうか。
 映画全体がモードの視点で語られるため、彼女が見たものや起こる現象が幻覚なのか、本当に起こったのかどうか分からない、というのも面白いところですね。体が浮遊したり、「神の声」が聞こえたりと、超自然的な現象が多発しますが、それらが本当に起こっているのかがはっきりしないのです。
 モード自身の視点では、彼女の行動は全てが「神の恩寵」を得るためのものであり、アマンダの介護も「魂を導く」行為と捉えられています。モードの信じる「神」が存在するのか、彼女の信念は正しかったのか? という答えは結末のシーンで示されるのですが、このシーンのインパクトは強烈です。一秒あるかないかという最後のシーンで、これだけ強烈な印象を与える映画はそうそうないのではないでしょうか。
 ある意味、とても「残酷」な物語で、観賞を終えた後に改めて考えると、タイトルの「セイント(Saint)」(「聖人」の意)は非常に皮肉な意味を持っているのではないかと感じます。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

最近読んだマンガ作品

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おみおみ『血と処女 ~修道院の吸血鬼たち~』 (シルフコミックス 全二巻)

 フィレンツェに羊毛を運ぶ途中だった商人のバルトロは船の難破で遭難してしまいますが、気が付くと孤島の修道院のベッドに寝かされていました。そこには六人の修道士たちと、ニコと名乗る幼い子どもが暮らしていました。
修道士たちは皆が皆、白髪赤眼であり、彼らの一人が言うには、同じ病を抱えているために、ここに隔離されているのだというのです。バルトロは、一緒に連れていた元奴隷の少年ベニートのことを心配していましたが…。

 孤島の修道院で修道士として暮らす吸血鬼たちと一人の少女を描いた、ダーク・ファンタジー作品です。
 最初のエピソードでは、外部から迷い込んだ男が修道士たちの秘密の一端に触れる…と言った形の紹介編になっており、次のエピソードからは、修道士たちに育てられた少女ニコが、修道士と修道院の秘密について徐々に知っていくことになる、というミステリアスな展開となっています。
 修道士たちが吸血鬼であることは早々に明かされるのですが、彼らがなぜ孤島で暮らしているのか? 何をして暮らしているのか? ニコはなぜここで育てられていたのか? など様々な謎が提出され、それらが段々と明かされていきます。
 修道士たちの中でも意見の相違があるようで、中でも、常時厳しい態度を崩さないジャンパウロには独自の思惑もあるようで、それはニコに対しても同様なのです。
 吸血鬼である修道士たちの「罪と罰」、そして、歪んだ形ではあれど、純粋な「愛の形」が描かれるという、重厚なテーマの作品となっています。わずか二巻の物語ですが、この短さでこの密度の物語を紡げるとは驚きです。
 暗い情念の横溢する、ゴシック趣味たっぷりの物語なので、怪奇幻想小説のファンにもお勧めしておきたいと思います。



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おみおみ『バベル式 神ガール』 (バンチコミックス 全二巻)

 日向暮高校に入学したばかりの新入生、樋田日高は、ある日、他の人間には聞こえない不思議な声を耳にします。声の主は、校内の外れにたたずむ塔のような建物「部室棟未満」に住んでいるという「かみさま」でした。
 巨大な少女の姿をした「かみさま」の声を聞くことができる日高は、見込まれて「かみさま」の世話をする「かみさま部」に入ることになりますが…。

 巨大な少女の姿をした「かみさま」と、彼女に関わることになった少年をめぐるファンタジー作品です。
 舞台となる建物「部室棟未満」が、まるで「バベルの塔」のような部室が集まった塔で、「かみさま」の想念によっていくらでも不思議な事が起こる…というファンタスティックな設定になっています。
 主人公日高が、毎回いろいろな事件を通して「かみさま」と心を触れ合わせていく…という、かわいらしいファンタジーなのですが、終盤に出来する「かみさま」顕現の秘密をめぐる部分に関しては、かなりシリアスな雰囲気ですね。融通無碍だと思っていた「かみさま」や「部室棟未満」など、作品の世界観がちゃんと説明されるところは、ファンタジーとしてとてもよく出来ています。
 考えてみると、「思い」や「想念」によって現実が変容するという作品のメインテーマも、まるでボルヘスやダンセイニのある種の作品を思わせますね。



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伊藤潤二『ミミの怪談 完全版』(原作 木原浩勝、中山市朗 ソノラマ+コミックス)

 実話怪談集『新耳袋』のエピソードを伊藤潤二が脚色して漫画化した、ホラー漫画連作集です。
 原作は実話怪談ですが、本作では、主人公キャラとして関西弁を話す女子大生ミミが設定されており、彼女が出会う超自然現象を描く連作となっています。恐怖度よりも奇想が勝るオリジナル作品よりも、全体に恐怖度が高めの作品になっている感じでしょうか。
 中では、見るたびに背の高さが異なる黒づくめの女を描いた「隣の女」、家の前の墓地の墓石が何時の間にかずれているという「墓相」、焼身自殺した母親の霊が娘にとり憑くという「ふたりぼっち」、友人の祖父母宅の跡から発見された謎の部屋をめぐる奇談「朱の円」などを面白く読みました。
新装版で追加された短篇「お化け人形」も面白いです。
 イベント会社に勤める女性桜井は、企画を求められ、「襖の下の幽霊」なるアイディアを出します。それは子どものころ実際に体験したもので、倒れた襖の下から髪の毛が伸びており、それに触ろうとすると異様なうめき声がする、というものでした。
 事故に遭った先輩社員、竹田の断末魔の声を聞いた桜井は、それを録音し、イベントに使おうと考えますが…。
 人間の末期の悲鳴を使ったお化け屋敷イベントが異様な現象を引き起こす、というホラー作品です。ヒロインが子どもの頃の回想に出現する、襖の下に広がる黒髪というビジュアルもかなり怖いですね。



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諸星大二郎『アリスとシェラザード』(小学館)

 ロンドンに暮らすアリス・ミランダは霊媒能力を持っていました。アリスはその能力を生かし、助手のミス・ホブソンと共に、人探しの仕事を請け負っていました。しかし、持ち込まれる依頼は奇怪極まりないものばかりだったのです…。

  ロンドンで「人探し」を請け負うアリスと助手ミス・ホブソンの活躍を描いた、ファンタスティックな連作漫画短編集です。ヴィクトリア朝のロンドンを舞台に、女性コンビが活躍する雰囲気たっぷりのミステリ、なのですが、持ち込まれる依頼はヘンテコなものばかり、出会う事件も奇怪極まりないという作品です。殺人も頻繁に起こるなど、残酷なシーンも多いのですが、そのタッチもコミカルに描かれていて、ブラック・ユーモアたっぷりです。
 美しい女性の手に憑かれた男が起こす惨劇を描いた「ファーストネームで呼ばないで」、プリマの人形の紛失の謎を描いた「プリマの復讐」、人妻に横恋慕する男によって眼球が盗まれてしまう「眼球泥棒」、交霊会に現れる船長の幽霊の謎を描く「海から来た男」、古城に現れる首なしの幽霊の物語「首を捜す幽霊」、かって籠に閉じ込められていたという女性の霊をめぐる「紅玉の首飾りの女」、高圧的な母親から逃げて家具になりきってしまう息子の物語「椅子になった男」、足だけで猛スピードで走り回る幽霊自転車の怪を描いた「スピード大好き!」の第8話を収録しています。

 アリスが霊媒の力を使って霊的な接触で情報を得たりする一方、助手のミス・ホブソンは武闘派で、肉体的な危険をその力でしのいでいくことになります。ミス・ホブソンが「シェエラザード」という自分のファーストネームを嫌がっているという設定も楽しいですね。
 各エピソード、どれも面白いのですが、江戸川乱歩風の猟奇事件が発生する「ファーストネームで呼ばないで」、眼球が視覚を維持したまま盗まれてしまうという「眼球泥棒」、交霊会に現れる船長の幽霊を調べていくつちに、歴史的なある事件の謎を解くことになるという「海から来た男」、文字通りの「人間椅子」を描いた「椅子になった男」、自転車を禁止された少女の妄念が幽霊自転車になってしまうという「スピード大好き!」は特に面白いですね。
 中でも「海から来た男」は、実在の有名な事件の謎解きになっていて、読んでいて驚きがあります。



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ボウツ ハルミ『アザレア 新四谷怪談』(ニチブンコミックス)

 帰宅した田宮優也は怯えていました。家に入ると、新婚の妻、愛衣が夕食の支度をしています。しかし、愛衣は数日前に優也によって殺されたはずなのです。何事もなかったかのように、夫に愛情を向けてくる愛衣に恐怖を感じる優也でしたが…。

 殺したはずの妻の霊に執着され続ける夫の恐怖を描いたホラーコミック作品です。
 四谷怪談に材を取っており、毒を飲まされて醜く変貌した末に殺される…というところは、そのまま使われているのですが、殺されてしまう愛衣が、生前から強力な超能力者(霊能力者?)だった、というユニークなアレンジがなされています。
 その危険な能力から逃れるために、結果として妻を殺してしまった、という形なので、夫が妻への愛情を失ったわけではない…というところがポイントですね。
 その能力がすさましく、死後も夫への愛情から、人間の形を取って現れ続ける、というあたりも非常に怖いです。
 後半では、愛衣に対抗する力を持つ能力者も登場するのですが、そちらの人物との霊能力合戦はヴィジュアル的にも強烈なインパクトがありますね。
 タイトルにもあるように、毒を持つ花アザレアが、メインモチーフとして上手く使われています。最初と最後にアザレアのシーンが登場しますが、その意味するところが違ってくる…というのも見事です。
 夫に執着する妻の霊が登場する「ゴースト・ストーリー」ではあるのですが、この妻の力が強力過ぎて、ほとんど「モンスター・ホラー」に近い味わいの作品になっています。霊能力者同士の戦いが描かれる部分にはオカルト風味も強く、古典を題材にしながらも、新しい感覚の「モダン・ホラー」といってよい作品になっているように思います。



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模造クリスタル『スターイーター』(イースト・プレス)

 四篇を収録した漫画短篇集です。お菓子好きの魔女の少女と、彼女がお菓子から作り出したゴーレムの少女との日常を描いた「カウルドロンバブル毒物店」、根暗な少女が友だちになった人間嫌いの少女は魔女の卵だったという「スターイーター」、ダンジョンの地下で暮らす、本好きなアリのモンスターの少女が人間の冒険者と出会う「ザークのダンジョン」、勇者見習いの少年が友人のワイバーンを助けるため、伝説のドラゴン、ネムルテインの封印を解くという「ネムルテインの冒険」の四篇を収録しています。
 ユーモアと哀愁が一体となった、独自の作風のファンタジー漫画集です。異世界やファンタジー世界を舞台にした、いわゆるハイ・ファンタジー的な作品が多くなっています。

「カウルドロンバブル毒物店」
 お菓子好きの魔女の少女ウェザリンは、祖母に相談した結果、手伝いとしてお菓子からゴーレムを作り出すことになります。魔法によって生まれたのは、お菓子のゴーレムの少女インゴッドでした。しかしインゴットは役に立つどころか、迷惑ばかりかける厄介者だったのです…。
 やっかい者ながら愛嬌のあるゴーレムの少女と主人公少女との日常を描いたスラップスティックなファンタジーです。ゴーレムの少女インゴットが主人のことを「ボス」と呼ぶのが楽しいですね。

「スターイーター」
 根暗な少女きりんは、ひきこもりの友人と出会うために意を決して出かけますが、結局相手に会えず、町をうろつくことになります。たまたま出くわした声優のオーディションで引っ張り込まれてしまい、無理やり手伝わされてしまいます。少しやる気のでたきりんは、学校で人嫌いの少女不安に話しかけ、友人になりますが…。
 現実世界を舞台にした、根暗な少女の日常を描いた作品かと思いきや、突然現れるファンタスティックな要素にびっくりします。単純なハッピーエンドにならず、哀愁を帯びたラストには味わいがありますね。

「ザークのダンジョン」
 ダンジョンに住むアリ型モンスターの少女が主人公。一族は数千年前に行方不明になったクイーンの神殿を探し続けていました。本好きの少女は地表に憧れていましたが、ある日ダンジョン内で空腹で動けなくなっている人間の冒険者アーリエと友人になります。
やがて捕まってしまったアーリエを逃がそうとしますが…。
 アリ型モンスターの少女が人間との出会いをきっかけに、地表を目指すというファンタジーです。モンスターの一族の社会の詳細が描かれている部分が興味深く読めますね。
彼らの社会では、本が非常に高い価値を持つ品物になっており、物々交換の基準になっている…というのも面白いところです。

「ネムルテインの冒険」
 邪悪なドラゴンから、友人のワイバーン、キリによって逃がされた勇者見習いの少年サグテ。キリを助けに向かうために、伝説のドラゴン、ネムルテインの封印を解き、彼女の力を借りながら冒険をすることになりますが…。
 様々なドラゴンが登場するという、集中でも一番ファンタジーらしい異世界ファンタジーです。主人公サグテのパートナーとなるネムルテインがメスのドラゴンで、ちょっと嫉妬深いところが微笑ましいですね。

 この著者、人間のキャラクターも可愛らしいのですが、モンスターやドラゴンなどの、人外のキャラクターの造形も可愛らしく、愛嬌がありますね。「カウルドロンバブル毒物店」に登場するゴーレムのキャラクターも破天荒で魅力があります。



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曽祢まさこ『魔女に白い花束を』(講談社漫画文庫)

 17世紀初頭、オーストリアの山間にある小さな村トリーゼンベルク。そこに流れ着いたルチアとその娘グレートリは、村の中でも裕福なシュテース家の世話になることになります。しかし、ルチアは魔女狩りの汚名を着せられて処刑されてしまいます。
 成長したグレートリは、シュテース家の長男アロイスに恋心を抱き、アロイスもまたグレートリを愛するようになっていました。一方、ヨス=リュディは自分の娘スティーナとアロイスを結婚させたい旨を、アロイスの父ヤーコプに持ち掛け、ヤーコプもそれに賛成します。ふとしたことから、グレートリがアロイスを愛していることを知ったスティーナは、自分の結婚を邪魔する者としてグレートリを憎み、彼女が魔女だという噂を広めようとしますが…。

 マリアンヌ・マイドルフ『魔女グレートリ』(牧神社)を原作としたコミックで、魔女狩りに巻き込まれた少女の悲劇を描いたゴシック・ロマンス作品です。母親を魔女狩りで殺された少女が、自らも魔女狩りの犠牲になってしまう…という徹底して悲劇的な作品です。
 もともと邪心を持っている人間だけでなく、本来善人であるはずの人々も、結果的に魔女狩りに加担していってしまう、というあたりも怖いですね。
 グレートリの養父母である善人のシュテース夫婦も周囲の行動を止めることができず、かってグレートリが助けた若伯爵の助けも間に合わない、と、ことごとくが間の悪い方向に向かっていってしまう展開には、悪い意味でのハラハラドキドキ感もあります。
 ただ互いを思いやっていただけの少年少女が、時代と周囲の状況に翻弄されてしまうという悲劇作品となっています。グレートリはもちろん、その恋人アロイス、そして密告者となったスティーナも、誰一人幸せにはならない…という点で、後味は非常に悪い作品なのですが、そのシンプルな物語設定には人を惹きつける魅力がありますね。
 原作である『魔女グレートリ』のストーリーにかなり忠実に描かれた作品なのですが、この漫画版では、さらに悲劇的な展開が付け加えられており、小説版にも増して救いのない作品になっているのは凄いです



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犬のかがやき『犬のかがやき日記』(KADOKAWA)

 奇想に溢れた「エッセイ漫画」集です。著者のtwitterアカウントにて公開されていた作品を集めたエッセイ漫画なのですが、その発想や展開が異次元の領域で、その読後感はSFやファンタジーに近い、という異色の漫画作品です。
 主人公は、大体、作者自身(?)のお団子頭の女性(?)です。「エッセイ漫画」らしく、日常の何気ないシーンから始まるパターンが多いのですが、それが日常のレベル内で終わることは少なく、非現実的・空想的、場合によっては形而上学的なラストを迎えることもあり、読んでいて唖然としてしまいます。
 同時に二つの行為をすることに快感を覚えた著者が、それを繰り返した結果「解脱」に至る話だとか、手足を身に付けたカニがブラック企業に勤めて幸せを感じる話、二日酔いの際に祈る神の造形を考えた結果、その神が広まってしまう話、犬の概念が広くなった結果、いろいろなものが「犬化」してしまう話など、どうやったらこんな発想が出てくるんだ、というお話が盛りだくさんです。
 日常の気づきをテーマにした、普通の「エッセイ漫画」ももちろんあって、こちらはこちらで面白いです。自転車が盗まれないように「呪いの箱」を作って取りつける話とか、果物を切って「トータル・リコール風盛り合わせ」を作る話などは抱腹絶倒ですね。



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津川智宏『人魚町』

 夢テーマの短編マンガを集めた作品集です。唐突さや理不尽さなど、夢の不条理性を強く出しながらも、物語としての面白さを失わないところが、非常にバランスのいい作品集だと思います。
 かって住んでいたアパートの外で野次馬が車を燃やしているという「野次馬たち」、家族と共に訪れたダムで異様な生き物を目撃する「夜のダム」、化け物に追われ娘と共に逃亡するという「黒い手」、不思議なリモコンによってさまざまな部屋に転移し続けるという「ハニカム」、異国で起きた耳の痛みから不思議な現象が起こるという「籠の虜」、海賊から王女を救った主人公が奇妙な体験をする「シンバの城」、温泉町の宿を訪れた男の奇談「人魚町」、名探偵の死をめぐる「訃報」、地下街の中の昭和の香りのする不思議な町を描いた「地図に無い町」を収録しています。
 夢がテーマになっているだけに、主人公が突然不条理な状況に追い込まれたり、理不尽な事件に遭遇する…というシチュエーションは共通していますが、読んでいて、どこか「ミステリーゾーン」であるとか<異色作家短篇集>に似た味わいが感じられる奇談集となっています。
 「地図に無い町」は、地下街の中にできている町に入り込んだ主人公が不思議なノスタルジーを覚える、というお話なのですが、作中でフィリップ・K・ディックの幻想短編「地図のない町」が言及されたりもします。タイトルにせよ、ディックへのオマージュ的な要素もあるようですね。
 どれも面白く読みましたが、個人的にいちばんお気に入りのお話は「ハニカム」でしょうか。奇妙なリモコンによって様々な部屋を空間移動できる主人公が、部屋を移動しているうちに同じように転移を繰り返している男に出会う、という物語。短めのお話ながら、すごく魅力的な世界観を構築していますね。
 あと「野次馬たち」は、不条理ホラーとして非常に怖い作品です。かって住んでいたアパートを訪れた主人公は、その部屋に弟が住んでいるのを見つけ驚きます。弟に言われて、自分が弟を置いて10年も自分が行方知れずだったということに気づくのです。鍋を食べ始めるものの、そこには肉は入っておらず、弟は肉を持ってくると言い出しますが、外は危険だと言い残して出かけてしまいます…。
 不条理な展開が怖い作品です。野次馬たちが外で燃やしているものの正体や謎の女の存在など、その背景を想像させるところも魅力的ですね。



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津川智宏『イチモンジ1』

 イチとモンジのコンビが、様々なトラブルに遭遇するという冒険アクション作品です。
 別次元の高度な技術で作られたロボットであるイチと、鬼の力を持つもんじが活躍する作品です。互いに頼りなく見える二人が、実はものすごい強さを持っており、いざというときにその力を発揮する…というのが爽快です。敵も化物だったり妖怪だったりとバラエティ豊か。
 作品の背景となる世界観も独特で魅力的です。どこかレトロな街並みの中にも妙にハイテク(?)な機械が登場します。マンガのコマの背景がディテール豊かに描かれているので、一つ一つのコマの背景を眺めているだけでも楽しめます。
 お気に入りのエピソードは、振り袖の中のお菓子の国の工場に子どもたちが囚われてしまうという「ペーロの工場のまき」でしょうか。世界観にせよキャラクターにせよ、物凄く密度が詰まったマンガ作品で、これはお勧めです。



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津川智宏『昔むかし怪し』
 昔話風に語られるオリジナルな時代劇で、不思議で怪しい雰囲気がたまりません。
 山奥の寺に泊まることになった商人がそこに現れた奇怪な老人と酒の飲み比べをするという「亜門の酒甕」、追われていた辻斬りがかって殺めた死者たちの世界に迷い込む「命路」、愛犬の魂を取り戻すため地獄に入り込んだ百姓を描いた「亡者の国さがし」、姫をさらった化物を倒すため自らも秘薬で半分化物になった男を描く「剣巌山の化物」、茶屋のばあさんを助けるため死神に対して策略をしかける商人の物語「食わんかこんにゃく団子」、山で遭難した猟師がヒヒ退治をすることになる「源作岳の一夜」、やっかい者たちの家に現れた巨大な男と賭けをすることになるという「賽の目くだり」を収録しています。
 どの短篇も作りこみがすごくて密度が濃いです。「亜門の酒甕」「亡者の国さがし」「食わんかこんにゃく団子」などはユーモアの要素も濃く楽しい作品になっている一方、「命路」「賽の目くだり」などは、恐怖度の高いホラー短篇になっていますね。
 一番面白く読んだのは「賽の目くだり」でしょうか。やっかい者の四人の男が集まっていた小さな小屋。鍋を作っていると、そこに図体の巨大な男が突然現れます。四九郎と名乗る男は、一晩小屋に置いてくれないかと話します。彼をカモにして金を巻き上げようと考えた男たちは、四九郎を受け入れます。持っていた小判を次々と巻き上げますが、四九郎は奇妙な賭けをしようと提案してきます。それは、さいころがゾロ目になったら獣の面をかぶっていき、最後に残って「人」のままの者が総取りするという賭けでした…。
 現れた巨体の男が妖怪的な存在だとは予想がつくのですが、思いもかけない方向への展開が魅力的です。



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津川智宏『ネムリインターチェンジ』
 昼と夜、生と死、過去と未来の境界線にあるインターチェンジで、相棒の「ごん」と共に働く女性ネムリ。そこを訪れるのは車ではなく、訳ありの人物ばかりでした…。

 この世とあの世の境界線であるらしいインターチェンジで働くネムリが出会う不思議なエピソードを描く連作マンガ短篇集です。
 狩人に追われるキツネの兄弟を描く「走れアオ」、年老い書けなくなったミステリー作家とその編集者を描く「岬のグラハム」、世話をしていた子どもを待ち続ける子守りロボットの物語「偉大なるゲーリー」、かって一世を風靡しながら駄目になってしまった人気漫画家が、自ら創作した登場人物たちと共に現れる「ロックス大戦」、特殊能力を持つがゆえに追われ続ける三人の老婦人を描いた「ヴランコの淑女」、死んだ男に追われる保安官を描いた「荒地のレトロ」、息子のために村人たちから体の一部を奪った医者が復讐されそうになるという「ドミノの子ら」、幽体離脱下乗除がインターチェンジに現れる「計諱子の夜」、弟子と共に火事で焼け死んでしまった落語家の物語「燕わたる」、ネムリがインターチェンジの管理人になる原因となった出来事を描く「ネムリとオコリ」の10篇を収録しています。
 ネムリの元に現れるのは、様々な人種と時代の人間。ときにはロボットや人外のものまでも現れます。特殊な能力を持つらしいネムリと相棒のごんが、彼らを手助けすることになります。
 境界線を越え「死後の世界」に送り出すこともあるし、「生の世界」へ送り返すこともありと、彼らの「人間模様」(人間でないものもいますが)が味わい深く描かれていくところが魅力でしょうか。
 ネムリの先輩であるらしい男性オコリも登場し、彼らの関係性がエピソードを通して徐々に明かされていく部分もミステリアスですね。
 個人的に気に入ったのは、特殊能力を持っているがため、何十年も追われ続けているという三人の老婦人を描いた「ヴランコの淑女」、息子の体を直すために、村人たちから体の一部を奪った医者が描かれる「ドミノの子ら」の二篇でしょうか。
 「ヴランコの淑女」は、その特殊能力が軍事目的で使われていた女性たちが逃げ出すという、リチャード・マシスンの短篇「魔女戦線」『運命のボタン』ハヤカワ文庫NV 収録)を思わせるお話でした。
 「ドミノの子ら」は、息子の体を直すために、村人たちから体の一部を奪った医者が描かれ、いわゆる「マッド・サイエンティストもの」かと思いきや、意外な展開で驚かされます。「夢見るものと夢見られるもの」のバリエーションとも取れる作品でしょうか。


意図せぬ物語  パトリシア・ハイスミス『11の物語』
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 パトリシア・ハイスミス『11の物語』(小倉多加志訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)は、バラエティに富んだ<奇妙な味>の短篇を集めた作品集です。

「かたつむり観察者」
 食用カタツムリをきっかけに、カタツムリに興味を持ったピーター・ノッパートは、自宅でカタツムリを飼育し、観察を始めます。仕事で見ていられない間にも、カタツムリはどんどんと増えていきますが…。
 飼育していたカタツムリが増殖してしまい、悲劇を迎える男を描いたホラー作品です。強烈な結末はもちろん、作中のところどころでカタツムリの交尾について描写されたりと、生理的嫌悪感も強い作品となっています。

「恋盗人」
 ヨーロッパで再会した女性ロザリンドに恋をしたドンは、手紙で彼女に結婚を申し込みますが、なかなか返事がありません。間違えて隣人の郵便箱に入っているのではと、隣人デューゼンベリーの箱から彼の手紙を取り出し、盗み読んでしまいます。
 それはイーディスなる女性からの手紙でした。彼はデューゼンベリーに恋をしており、返事を待ちわびているようなのです。ドンはデューゼンベリーのふりをして、イーディスに返事を書いてしまいますが…。
 手紙を盗み読みした男が、隣人のふりをして女性に手紙を出してしまう、という物語。見知らぬ女性に手紙を出したり、彼女と逢い引きの約束をしてしまったりと、男の行動自体は異常なのですが、読んでいるとその行動に至る心理に説得力が感じられるのは、ハイスミスの筆力ゆえでしょうか。

「すっぽん」
 母親と暮らす11歳の少年ヴィクターは、いつまでも自分を幼児のように扱い、まるで人の話を聞こうとしない母との関係に息苦しさを感じていました。ある日母親が持ち帰ってきた、生きた亀を自分への土産物だと思い喜ぶヴィクターでしたが、それはシチューの材料に買ってきたすっぽんだというのです…。
 支配的な母親と暮らす少年が、食用に買ってきたすっぽんをきっかけに「暴発」してしまうという物語。母親と暮らしながらも、自主性を圧殺され、孤独に暮らす少年の心理が痛々しく描かれています。残酷な少年小説です。

「モビールに艦隊が入港したとき」
 過酷な環境にいたジェラルディーンは、自分にやさしくしてくれた年上の男クラークを信じ、結婚することになりますが、彼は嫉妬深く暴力的な男でした。クラークが寝ている際にクロロフォルムを嗅がせて殺害したジェラルディーンは外へ飛び出しますが…。
 暴力的な夫を殺し、外に飛び出した主婦の女性を描くサスペンス作品です。彼女がなぜ夫を殺すに至ったのか、それまでのジェラルディーンの人生の経緯が語られていくことになるのですが、これがまた不幸の連続。貧乏な生活から抜け出そうとしたり、好きな男と結婚の約束をしたりもしますが、全てがことごとく台無しになってしまうのです。そんな折に現れたクラークにすがってしまうことになるのですが、これもまた間違った選択であったことが分かります。
 ジェラルディーンの孤独感が強調され、読者は同情的になってしまうのですが、それだけにラストの皮肉さも強烈に迫ってきますね。

「クレイヴァリング教授の新発見」
 年齢を重ね、何か新発見をしたいと考えていた動物学教授エイヴァリー・クレイヴァリングは、マトゥサス群島に住むステッド博士の過去の記録から、無人のクワ島に生息するという巨大カタツムリのことを知ります。
 ステッド博士の話では、原住民たちはカタツムリを恐れ、随分昔に皆殺しにしたといいますが、一匹だけを取り逃がしたと言われていました。ステッド博士は大カタツムリは伝説に過ぎないとたしなめますが、クレイヴァリング教授は単身クワ島に向かいます。
 上陸直後に、人間よりも大きい巨大カタツムリに遭遇したクレイヴァリング教授は喜びますが、肉食であるらしいカタツムリに襲われ逃げ出すことになります…。
 島を調査に訪れた教授が、巨大カタツムリに襲われる、という怪物ホラー作品です。カタツムリの生態を熟知した著者ならではというべきか、カタツムリの描写が非常にリアルで、それだけに主人公が襲われるシーンも恐怖度が高いです。

「愛の叫び」
 ホテルの同じ部屋で暮らす二人の老婦人ハッティーとアリスは、すでに長い時間を共に過ごしていました。ハッティーは深夜起き上がり、アリスが姪からもらい大事にしていたカーディガンの袖を切ってしまいます。
 アリスは悲しみますが、ハッティーは意地悪い喜びを感じていました。アリスはお返しに、ハッティーの髪の一部を切り落としてしまいます…。
 孤独であるがゆえに二人寄り添って暮らす一方、互いに苛立ちを感じている二人の老婦人の不思議な心理を語った心理サスペンス作品です。相手の大事な物を壊してしまうなど、かなりの憎悪がないと出来ないような行為を互いにしながらも、相手を失って孤独になることは耐えられない…という「身勝手さ」が描かれています。
 何をしてもこの相手なら許される…という、ある意味、互いに対する「甘え」を描いた作品とも取れますね。

「アフトン夫人の優雅な生活」
 ヨーロッパ出身の精神分析医バウアー博士は、優雅で美しい中年女性アフトン夫人がお気に入りでした。精神に問題を抱えているのは夫人の夫アフトン氏であり、彼は運動器具を家に持ち込んで極端な運動をしているというのです。
 夫は医者にかかりたがらないため、夫人が代わりに相談をしてきていました。ある日アフトン夫人から切羽詰まった電話を受けた博士は、夫人のもとに向かいますが…。
 精神に問題を抱えているらしい夫のことで、相談に訪れた美しい中年女性アフトン夫人。彼女に同情的なバウアー博士ですが、本人に会わなければ根本的な解決はできないと話します。話を聞く限り、夫は明らかに精神のバランスを崩しているのですが、夫人にも問題はあるのではないか? と読み進んでいくと意外な展開に。結末に至って、それまでの夫人の言動を思い返すと、怖さが立ち上がってくる…という作品です。

「ヒロイン」
 メイドとして働いていたルシールは、念願の保母として、クリスチャンセン家で働くことになります。二人の子どもニッキーとエロイーズとも仲良くなり、両親との関係も良好。彼ら家族のために役に立ちたいと考えるルシールは、給金をいらないとまで思うようになります。
 さらに、災害が起こって子どもたちを救う想像を頻繁にするようにもなっていました…。精神的に危うさを抱える女性が、雇い主たちに恩返しをしたいと熱心に思うあまり、恐ろしい行為をしでかしてしまう、というサイコ・スリラー的作品です。
 病を抱えていた母親とその関係から、常に不安を感じているらしいルシールは、雇い主の家族に献身的に尽くすのですが、家族に喜んでもらいたい、というところから空想が飛躍し、自分が彼らを助けたら感謝されるだろう、そんな災難が起こればいいのに…という風に考えるようになってしまうのです。
 他人のために働きたいとはいいながら、空想の中では、自分は感謝されるべき「ヒロイン」になっており、そこに歪んだ自己愛が見ることもできるでしょうか。

「もうひとつの橋」
 愛妻と息子を事故で失い、傷心で旅行に出たメリックは、イタリアで泊まったホテルの近くで、貧しいながら活力にあふれた少年セッペに出会います。セッペが気に入ったメリックは食事をおごったりとひいきにしますが、少年が同席した場で盗難が起こったことが分かります。
 周囲の人間は少年が犯人だと疑っているのに対し、メリックは少年の無実を信じていました…。
 主人公メリックは序盤で自殺を目撃し、自殺者の家族に援助金を送ったり、少年セッペにも施しをするなど、いくつかの善行をすることになるのですが、それらがすべて意味を成さなかった、という非常にブラックな展開のお話です。
 自らも妻と息子を一気に失っており、出会った少年は生きる上での希望というか、そうした前向きなものの象徴として現れているようなのですが、結局はそれも一方的な思い込みでしかなかったことが分かるなど、徹頭徹尾暗い情念の作品となっています。

「野蛮人たち」
 アパートに住み、日曜ごとに趣味の絵描きを続けていたスタンリー・ハッベル。建物の外で日曜ごとにキャッチボールをする男たちの騒ぎ声に悩まされ、彼らに直接文句を言うことにになります。しかし男たちは遠慮するどころか、スタンリーを挑発するような言葉を連発します。
 腹を立てたスタンリーは上の階から石を落とし、男たちの一人に怪我をさせます。その場は退散した男たちでしたが、その直後からスタンリーの部屋のドアにいたずらをしたり、窓ガラスを割るなどの行為が続くようになっていました…
 傍若無人な行動を続ける男たちに思い切った行動を取る主人公ですが、その行為がむしろ男たちの態度を悪化させてしまう…という物語。迷惑な隣人を描く、いわゆる「隣人もの」のバリエーション的作品でしょうか。
 男たちの行動がエスカレートしていき、もしや殺人にまで至ってしまうのか、と思いきや、そこまでにならないところに小市民的なブラック・ユーモアも感じられますね。

「からっぽの巣箱」
 庭に設置した小鳥用の巣箱に、見たこともない謎の生き物が入っているのを見つけたイーディスは、そのことを夫のチャールズに話しますが、彼は見間違いだろうと、言うことを信じてくれません。部屋の中でもその生き物が走り去るのを目撃したイーディスは、その生き物に対して「ユーマ」という名前を思い浮かべます。
 やがて夫も妙な生き物を目撃し、対策として近隣の住人が飼っている老猫を借りることになりますが…。
 家に住み着いた正体不明の生き物をめぐる奇談です。イーディスは生き物に「ユーマ」という名前を咄嗟につけており、これはいわゆる「UMA(unidentified mysterious animal)」(未確認動物の意)かとも思うのですが、「UMA」は和製英語らしいので、たぶん違うのでしょう。
 まず生き物が実体なのか幻覚なのか、というところで議論が分かれるかと思います。イーディスが妊娠した子どもをわざと流産したこと、謎の生き物が「赤ん坊のユーマ」といっていることから、殺してしまった子どもへの罪の意識の象徴とも考えられますね。
 夫も後に生き物を目撃し、彼もまた他人を間接的に死に追い込んだという過去が語られるなどの部分も併せて考えると、生き物が幻覚の可能性もあるように思えます。
 ただ、後半に生き物の死骸が発見されるなどして、実体として存在していたことが示されるのも面白い展開です(顔がなくなっているので、本当にその生き物なのかどうかは分からないのですが…)。
 登場する猫の存在も気にかかります。最初は自由気ままに過ごしていた様子が語られますが、生き物を仕留めたような節もあり、結局のところ何を示しているのか。さらに、返したはずの猫が家に戻ってきてしまう、というあたりの不穏さにも何か意味が込められているようにも感じられます。
 リドル・ストーリーのようでもあり、様々な意味・象徴を読み込むこともできそうな、懐の広い作品です。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

したたかに生きる  ジョン・スタインベック『キャナリー・ロウ<缶詰横丁>』
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 カリフォルニアにある港町キャナリー・ロウ。イワシの缶詰工場のあるこの町に住む人間は、貧しい者が大部分でしたが、日々の暮らしを楽しく、強かに生きている人々でした…。
 ジョン・スタインベック『キャナリー・ロウ<缶詰横丁>』(井上謙治訳 福武文庫)は、カリフォルニアの港町キャナリー・ロウに暮らす、貧しい人々の日常と事件が、ユーモアたっぷりに語られていくという小説です。

 貧しい港町キャナリー・ロウに暮らす人々の日々の生活と事件が、エピソード単位で語られていくという群像劇形式の小説です。全部で三十二章、町の人々のそれぞれの日常が描かれ、全体としてはまとまりがないように見えるのですが、逆に一章一章が味わいのある短篇のようです。
 多くの人物が登場しますが、メインで活躍するのは、ビジネスライクな雑貨商リー・チョン、売春宿を経営する女主人ドーラ、強かながらも孤独を抱える生物学者の「先生」、「ドヤ御殿」に寝泊まりする浮浪者まがいの男マックとその仲間たち、といった人物でしょうか。
 上記の人物たちは複数の章にたびたび登場します。とりとめがない中でも、一応大まかな物語の流れがあって、それは「先生」に敬意を抱くマックたちが、「先生」のためにパーティを開こうとする…というもの。しかしその性格のいい加減さから、余計なトラブルを引き起こし、「先生」の信頼を失ってしまうのです。
 マックたちは「先生」の信頼を取り戻すことができるのか? といったところが中心となるお話なのですが、それ以外にも単発で登場する人物や彼らにまつわるエピソードがどれも面白く、笑いあり涙あり、時に恐怖まであるという、上質なエンターテインメント作品になっています。

 「主人公」といえる人は特にいないのですが、一番それに近いのは「先生」です。生物学者で海から動物を採取しては、それを売りさばいて生計を立てています。教養豊かで、町の人々との関係も良好。女性にももてる人物で、周囲からは尊敬されながらも、どこか孤独感を抱えているのです。
 その孤独感を一番理解しているのが、浮浪者まがいのマックである、というのもシニカルですね。「先生」のために大量の蛙を採取しようとしたマックたちが、手に入れた蛙を担保にして酒を手に入れようとするあたりのエピソードは抱腹絶倒です。

 エピソードの大部分は町の人々の日常を描く悲喜劇なのですが、中には恐怖小説を思わせるいくつかの挿話や、地ねずみを主人公にした寓話的なエピソードなんてものもあります。まともに仕事をせず、喧嘩を繰り返すならず者たちにも腕のいい技術がありそれを役立てたり、売春宿の女主人や金にうるさい雑貨店の主人にも、人に対する親切心があったりと、登場する多くの人々に「人情」が存在する、というのも、この作品が気持ちよく読める要因でしょうか。

 正直なところ、通しで読まなくても、面白そうなエピソードを拾い読みするだけでも楽しめる作品だと思います。自分の不甲斐なさに絶望する作家の夫と、彼を励ます楽天的な妻を描く第二十四章や、自殺してしまった自分の父親の様子を友人に話す少年が描かれる第二十六章などは、単独の短篇としても見事な出来だと思います。
 多様な要素があり、いろいろな側面から楽しめる作品です。何より「物語」として魅力的な作品になっているように思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

邪悪な動物園  黒史郎『獣王』
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 黒史郎の長篇『獣王』(幽BOOKS)は、動物嫌いの飼育員が、動物の形態模写をする奇怪な女性と出会い、精神を狂わせていく…というホラー作品です。

 動物園「アルカ」に勤める古参の飼育員の「私」は、動物嫌いでありながら、あえてその仕事についているという変わり者でした。ある日、モモイロペリカンの檻の前でペリカンに似た色の格好をするばかりか、鳴き声や行動を真似している女性を見つけます。
 話しかけてもまともに意志の通じない女性は、その後も別の動物の檻の前に現れては、その動物の真似事を繰り返していました。しかも女性に真似された動物は皆例外なく死んでしまうというのです。
 女性の対応を押し付けられた「私」は、彼女に魅了され、家に連れ帰って世話をすることになります。「キョウコ」と名付けられた女性は、真似をした動物の声や振る舞いばかりか、その体の形までをも変異させていました…。

 ある日動物園に現れた、動物の真似事を繰り返す女性をめぐって、飼育員の男が精神を狂わせていく、というホラー作品です。
 その女性「キョウコ」は、動物の真似だけでなく、体の形までが変異していくらしいのです。動物の生態に詳しい飼育員である「私」は、家の中で彼女が暮らしやすいように環境を整えて、彼女を「飼育」していくことになるのです。
 「キョウコ」の得体の知れなさが強烈で、ほぼ人間としての意思の疎通は不可能であるにもかかわらず、「私」は彼女を愛するようになります。しかも、彼女が真似をした動物は次々と死んでしまうのです。彼女はいったい何者なのか?

 「私」が不審な男から手に入れた本で知ったという「エイセラニ・ハウザンド」にも魅力がありますね。それは島の中にある動物園で、ありとあらゆる動植物が集められており、常に新しい生命が誕生しているというのです。人間が一生かかってもそれを全て知ることはできないとされています。
 「キョウコ」は「エイセラニ・ハウザンド」から来た存在なのだろうか? 彼女の正体にしても「エイセラニ・ハウザンド」にしても、はっきりしたことは明かされず、その靄の中を突き進むような悪夢的な雰囲気が魅力の作品となっていますね。

 「キョウコ」が動物に変身していくシーンが非常にリアルで、それも実際の動物とは異なる異形の姿です。対象となっている動物の習性を思い出しながら対応していく「私」が描かれるのですが、相手が異形とはいえど、その行動を見る限り、ほとんど動物園飼育員の「お仕事小説」と見紛うばかり。
 ユニークな「動物園ホラー小説」であり、「飼育ホラー小説」とでもいいましょうか。そのダークな世界観も魅力です。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

罪のゆくえ  ベンセスラーオ・フェルナンデス・フローレス『七つの柱』
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 ユーモア小説で知られたスペイン作家、ベンセスラーオ・フェルナンデス・フローレス(1885-1964)の長篇『七つの柱』』(牛島信明訳 小学館)は、魔王によって人間界から「七つの大罪」が消し去られたらどうなってしまうのか? を描いた幻想小説です。

 人里離れた山奥で一人苦行を続ける隠者アクラシオのもとに、ある日魔王が現れます。魔王は誘惑のために来たのではないといいます。魔王どころか神の存在までもが薄れつつある時代において、唯一彼らの存在を信じるのがアクラシオのみであり、彼と話し合いたいというのです。
 一方、若きフォアグラ商人フロリオ・オリバンは、恋していた女優アドリアーナが、女優としての成功のために大富豪グランモントの愛人になったという知らせを受けてショックを受けます。さらに、友人のローウェルが飛行機の開発に成功したことを知り、祝福するオリバンでしたが、ローウェルの研究もまたグランモントの援助によるものだということを知り、複雑な思いを抱いていました…。

 魔王によって人間界から七つの大罪が消し去られてしまう、という幻想小説なのですが、実はこれが起こるのが全九章のうち七章の後半なのです。序章で隠者アクラシオと魔王の対話が描かれますが、魔王が具体的な行動を起こすのは後半になります。それまでは何が描かれるかというと、フォアグラ商人の男性オリバンと彼が恋する女優アドリアーナ、アドリアーナの愛人である富豪グランモントを中心に、欲得にあふれた人間社会の様子が風刺的に描かれていきます。
 純粋な恋愛や純真さを信じるオリバンに対して、アドリアーナは現実的な女性で、グランモントの提案に対してすぐに陥落してしまいます。さらにグランモントとなると、世の中のすべてが金で動くと達観しており、アドリアーナに対しての愛情自体も最初から冷めている、という始末。主にオリバンを通して、人間界の喜怒哀楽が描かれていきますが、このあたりの人間模様はユーモアたっぷりで楽しく読めますね。

 作品の大部分を使って、人間界の「俗っぽい」様子が描かれ、その後「七つの大罪」がなくなったとしたら、人間たちはどう変わるのか、世界はどうなってしまうのか? という顛末が最後の二章を使って描かれる形になっています。
 人間たちは良い方向に向かったのか? 前半部分に劣らずシニカルで破天荒な展開には、著者の才気が感じられますね。七章後半までは、普通の現実社会が描かれるわけで、そこまでは超自然的事態は特に発生しません。ですが、登場人物たちの間で挿話がいくつも語られ、そちらはブラックな小話になっており、場合によっては幻想小説的なお話も登場するのが面白いところです。
 高慢な男爵が死後、墓地に入ってからも死者たちの間でそのプライドを保ち続けようとする話、放蕩者の男が財産を蕩尽して後悔するというブラックな小話、名声を得るために火事の現場を探し回り、子どもだけを助ける青年の話、令嬢の貞操を守るため一家全員が死んでしまうという話など、ブラック・ユーモアたっぷりのエピソードはどれも面白く読めます。

 挿話を含めて、前半では、いわゆる「人間の愚かさ」が描かれていきます。後半の「七つの大罪消滅後」の世界を描くために、対比的にデフォルメしていたのかと思いきや、逆にそれまでの世界もそれほど悪いものではなかった…という認識が示されるのも興味深いところです。
 ユーモアたっぷりの風刺的幻想小説です。1928年発表ですが、今読んでも楽しめる作品になっていますね。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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