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異次元の怪異  黒史郎『黒水村 クローズむら』『交錯都市 クロスシティ』
 黒史郎のライトノベル二作『黒水村 クローズむら』『交錯都市 クロスシティ』は、スケールの大きい怪異現象が登場するホラー作品です。それぞれ紹介していきましょう。


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黒史郎『黒水村 クローズむら』(一迅社文庫)

 進級が危ぶまれる問題児の生徒たちの救済措置として計画された課外学習。それは山奥にある高齢化の進んだ村「庫宇治村(くらうじむら)」で、現地の人々と交流し、農作業を手伝い、それらをレポートにまとめる、というものでした。引率の片平爽香を含めた八人の男女が村へ向かいますが、そこはおかしな事ばかりの村でした。
 まともに電気や通信が使えない環境であるばかりか、食事はほぼ全てが「アカモロ」という現地で取れる作物ばかり、当たると体に悪いと言う黒い雨が降り、村人たちの言動は不可解、さらには夜には外に何者かが徘徊しているようなのです…。

 問題児が集められた高校生の一行(一部優等生も混じっています)が、閉鎖された環境の村で次々に怪異現象に襲われる…というホラー味たっぷりのライトノベル作品です。
 村には電話も電気もなく、高齢者ばかりの村民の言動は不可解、食べているのも「アカモロ」という異様な作物だったりと、村に入った段階から不穏さの固まりのようなのです。さらに村では異様な風習が営まれているらしいことが分かり、読んでいて民俗学的なホラーを想像するのですが、それを上回る「天変地異」に近いスケールの怪異が発生し、驚かされてしまいます。
 問題児が多いゆえに、生徒間の協力行為も上手く行きません。引率の教師も頼りなく、どんどん泥沼にはまってしまうのですが、中盤から登場するヒーロー役(?)のお坊ちゃんキャラの活躍で挽回することになります。このお坊ちゃんキャラが、空気を読まずに自分勝手に振る舞うキャラで、それが逆に事態をいい方向に変えてゆく、という展開には妙な爽快感がありますね。 
 主人公的な立ち位置なのは、作家志望の女生徒、立花玲佳でしょうか。優等生でありながら、小説を書くための取材を兼ねて課外授業に参加しています。ただ、小説は、玲佳だけでなく、たびたび他の生徒たちの視点にも切り替わっています。怪物化してしまう某キャラの視点のシーンでは、哀切な展開もあったりしますね。
 ライトノベルとして書かれているだけに、高校生の男女の青春小説風な作品なのですが、登場する怪異は本格的かつ救いのないもので、そのギャップにも味わいがありますね。ちょっとしたクトゥルー趣味もあったりと、ホラーファンにも楽しめる作品になっています。



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黒史郎『交錯都市 クロスシティ』(一迅社文庫)

 女性のような容姿で人気があるものの、男らしさには欠ける男子生徒、科図春歌(しなずはるか)。幼馴染の女子生徒、宮瀬季南(みやせきな)から、柔道王者である他校の生徒、天道秋の告白を断る口実として、春歌に彼氏のふりをしてほしいと頼まれます。
 そんな折、異様な酸性雨で人々が怪我をしたり、地下から生えだした奇怪な植物によって東京のあちこちが破壊されてしまいます。やがて町中を死者になったはずの者たちが徘徊し始め、都市は壊滅状態になってしまいます。
 病院で何年も昏睡状態にあるという季南の従姉妹、柚子季(ゆずき)を救いにいきたいという季南の頼みに従って、春歌たちは病院を目指すことになりますが…。

 『黒水村』の続編で、前作と世界観を同じくする作品です。死者が歩き回る東京を舞台にした、ゾンビものホラーのバリエーション的な作品となっています。ひ弱な主人公がライバル(?)に挑発されながら、最終的に成長する…という定番の形ではありながら、前作以上の怪異が世界を襲い、まさに「地獄絵図」のような状況になってしまいます。とてもライトノベルとは思えない本格的なホラーとなっています。
 今作では、異界から人の形を取った「使者たち」が現れ、主人公たちを翻弄します。有名な某ホラー映画に登場する「魔道士」を思わせる存在で、とても人間が勝てるような存在ではありません。前作から引き続き登場する某キャラの協力も得て、主人公たちが彼らに勝てるのか? という、アクション要素も濃いめのお話になっています。
 中盤で主人公たちの仲間(?)となる人物に、信仰心の強い外国人の「ボルヘス」なるキャラクターが登場します。おそらく有名な作家から取っているネーミングだと思うのですが、この人物、たびたび主人公たちの足をひっぱり、自分だけで逃げようとしたり、かなり問題のある人物となっています。こういうキャラクターに「ボルヘス」の名前を付けるのも、皮肉めいていますね。
 短い中に、敵方の登場人物や異界の存在など、設定が沢山詰め込まれているせいもあり、多少消化不良の感もあるのですが、ホラーテイストのライトノベルとして魅力的な作品になっています。グロテスクかつ酸鼻を極める描写も多く、そのあたりは好き嫌いも分かれるかもしれないですね。
 前作同様、クトゥルー神話的な雰囲気も強いです。結末でもはっきりと物語が完結していないので、おそらく続編の意図もあったのではないかと思いますが、今のところ続編は出ていないようです。共通する登場人物はいますが、前作を読んでいなくても単独で楽しめるようにはなっています。ホラー小説としては、前作よりも続編の方がエンタメ度は高くて面白いです。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

同人誌『海外ファンタジー小説ブックガイド1』刊行のお知らせ
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 新しく、同人誌を作成することにしました。タイトルは『海外ファンタジー小説ブックガイド1』です。海外のファンタジー小説のレビューをまとめたブックガイドです。
 従来のファンタジー小説のブックガイドは、いわゆる「名作」が中心となることもあり、長篇のシリーズ作品や、エピック・ファンタジー(叙事詩ファンタジー)が優先的に取り上げられていることが多かったように思います。本書では、その逆に、単巻完結している作品、短篇集、非エピック・ファンタジーを優先的に収録しています。結果として「有名な」作品は少なくなりましたが、その代わりに、あまり知られていない作品を探す楽しみは増えているのではないかと思います。
 恣意的ではありますが、大まかにテーマを分けて作品を分類しています。狭義のファンタジー小説だけでなく、SFやホラー、文学といった隣接ジャンルとの境界作品なども併せて紹介しています。
 本の完成は、3月末~4月上旬ごろを予定しています。タイトルに「1」とついているように、「2」の刊行も続けて予定しています。内容に関しては大体輪郭は出来ているので、「1」の刊行後、2~3か月ぐらいで出せればいいなと考えています。

通信販売は、以下のお店で扱っていただいています。

書肆盛林堂さん
CAVA BOOKS(サヴァ・ブックス)さん
享楽堂さん
文藝イシュタルさん

仕様は以下の通りです。

『海外ファンタジー小説ブックガイド1』
サイズ:A5
製本仕様:無線綴じ
本文ページ数:252ページ(表紙除く)
表紙印刷:カラー
本文印刷:モノクロ
表紙用紙:アートポスト200K
本文用紙:書籍72.5K(クリーム)
表紙PP加工あり


内容は以下の通り。

目次

まえがき

妖精たちの物語
ジョージ・マクドナルド『お姫さまとゴブリンの物語』
ジョージ・マクドナルド『カーディとお姫さまの物語』
ジョージ・マクドナルド『北風のうしろの国』
ジョージ・マクドナルド『かげの国』
ジョージ・マクドナルド『黄金の鍵』
ジョージ・マクドナルド『かるいお姫さま』
クリスティナ・ロセッティ『小鬼の市とその他の詩』
メアリ・ド・モーガン『針さしの物語』
メアリ・ド・モーガン『フィオリモンド姫の首かざり』
メアリ・ド・モーガン『風の妖精たち』
F・マクラウド/W・シャープ『夢のウラド』
パトリシア・A・マキリップ『妖女サイベルの呼び声』
アンドリュー・ラング『誰でもない王女さま』
ヴェニアミン・カヴェーリン『ヴェルリオーカ』
スヴェータ・ドーロシェヴァ『妖精たちが見たふしぎな人間世界』

魔法をめぐる物語
J・W・V・ゲーテ『魔法つかいの弟子』
W・M・サッカレイ『バラとゆびわ』
メアリー・ルイーザ・モールズワース『かっこう時計』
メアリー・ノートン『空とぶベッドと魔法のほうき』
F・M・クロフォード『妖霊ハーリド』
エリザベス・グージ『まぼろしの白馬』
ジャンニ・ロダーリ『ランベルト男爵は二度生きる』
ペネロピ・ファーマー『陶器の人形』
ペネロピ・ファーマー『夏の小鳥たち』
ペネロピ・ファーマー『冬の日のエマ』
ペネロピ・ファーマー『ある朝、シャーロットは…』
ペネロピ・ファーマー『骨の城』
リヒャルト・レアンダー『ふしぎなオルガン』
ポール・ギャリコ『ほんものの魔法使』
クリストファー・プリースト『魔法』
グレッグ・ベア『タンジェント』
ジェイン・ヨーレン『夢織り女』
ジェイン・ヨーレン『水晶の涙』
ジェイン・ヨーレン『三つの魔法』
ズザンネ・ゲルドム『霧の王』
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『九年目の魔法』
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『七人の魔法使い』
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『マライアおばさん』
フィリップ・プルマン『時計はとまらない』
フランシス・ハーディング『嘘の木』
フランシス・ハーディング『カッコーの歌』
フランシス・ハーディング『影を呑んだ少女』

ダンセイニの幻想世界
ロード・ダンセイニ『エルフランドの王女』
ロード・ダンセイニ『影の谷年代記』
ロード・ダンセイニ『魔法使いの弟子』
ロード・ダンセイニ『牧神の祝福』
ダンセイニ卿『夢源物語 ロリーとブランの旅』
ロード・ダンセイニ『ダンセイニ戯曲集』
ロード・ダンセイニ『もしもあの時』
ロード・ダンセイニ『ぺガーナの神々』
ロード・ダンセイニ『世界の涯の物語』
ロード・ダンセイニ『夢見る人の物語』
ロード・ダンセイニ『時と神々の物語』
ロード・ダンセイニ『最後の夢の物語』
ダンセイニ卿『未収載短篇集Ⅰ』
ダンセイニ卿『未収載短篇集Ⅱ』
ダンセイニ卿『ドワーフのホロボロスとホグバイターの剣』
ロード・ダンセイニ『魔法の国の旅人』
ロード・ダンセイニ『ウィスキー&ジョーキンズ』

ナンセンスな物語
フランク・ボーム『ガラスの犬 ボーム童話集』
L・F・ボーム『魔法がいっぱい!』
ダニイル・ハルムス『ハルムスの小さな船』
アンドリュー・ラング『りこうすぎた王子』
セルジョ・トーファノ『ぼくのがっかりした話』
カレル・チャペック『長い長い郵便屋さんのお話』
エリック・リンクレイター『変身動物園』
ハンス・ファラダ『あべこべの日』
リチャード・ヒューズ『まほうのレンズ』
リチャード・ヒューズ『クモの宮殿』
ピエール・グリパリ『木曜日はあそびの日』
ピエール・グリパリ『ピポ王子』
ジョン・ガードナー『光のかけら』
ジェイムズ・P・ブレイロック『魔法の眼鏡』
タニス・リー『白馬の王子』
ジャンニ・ロダーリ『兵士のハーモニカ』
ジャンニ・ロダーリ『うそつき国のジェルソミーノ』
ジャンニ・ロダーリ『猫とともに去りぬ』
ジャンニ・ロダーリ『マルコとミルコの悪魔なんかこわくない!』
ジャンニ・ロダーリ『パパの電話を待ちながら』
ジャンニ・ロダーリ『緑の髪のパオリーノ』
グリゴリー・オステル『いろいろのはなし』
ロベルト・ピウミーニ『逃げてゆく水平線』
イバン・バレネチェア『ボンバストゥス博士の世にも不思議な植物図鑑』

幼き日々
レイ・ブラッドベリ『たんぽぽのお酒』
レイ・ブラッドベリ『何かが道をやってくる』
E・L・カニグズバーグ『クローディアの秘密』
ロバート・ウェストール『真夜中の電話』
ロバート・ウェストール『遠い日の呼び声』
パトリック・ジュースキント『ゾマーさんのこと』
ピート・ハウトマン『きみのいた森で』

死者と幽霊たち
ソーン・スミス『トッパー氏の冒険』
ペネロピ・ライヴリィ『トーマス・ケンプの幽霊』
ピーター・S・ビーグル『心地よく秘密めいたところ』
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『わたしが幽霊だった時』
アントニア・バーバ『幽霊』
タニス・リー『死霊の都』
イヴォンヌ・マッグローリー『だれかがよんでいる』
アン・ローレンス『幽霊の恋人たち サマーズ・エンド』
ロバート・ウェストール『クリスマスの幽霊』
メアリー・ダウニング・ハーン『深く、暗く、冷たい場所』
ニール・シャスターマン『エヴァーロスト』

時を超えて
ヒルダ・ルイス『とぶ船』
ロバート・ネイサン『ジェニーの肖像』
アリソン・アトリー『時の旅人』
フレッド・ホイル『10月1日では遅すぎる』
テア・ベックマン『ジーンズの少年十字軍』
アイリーン・ダンロップ『まぼろしのすむ館』
メアリー・スチュアート『狼森ののろい』
ジェリー・ユルスマン『エリアンダー・Mの犯罪』
キット・ピアソン『床下の古い時計』
ロバート・チャールズ・ウィルスン『時に架ける橋』
ピート・ハウトマン『時の扉をあけて』
アニー・ドルトン『金曜日が終わらない』
メアリー・ダウニング・ハーン『時間だよ、アンドルー』
オードリー・ニッフェネガー『きみがぼくを見つけた日』
ナンシー・エチメンディ『時間をまきもどせ!』
クレア・ノース『ハリー・オーガスト、15回目の人生』

物語の物語
ミロラド・パヴィチ『風の裏側』
ジェラルディン・マコックラン『不思議を売る男』
キアラン・カーソン『琥珀捕り』
キット・ピアソン『丘の家、夢の家族』
ジョン・コナリー『失われたものたちの本』
ジョン・コナリー『キャクストン私設図書館』

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

群れを離れたライオンたち  ジェニファー・L・ホルム『火星のライオン』
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 ジェニファー・L・ホルム『火星のライオン』(もりうちすみこ訳 ほるぷ出版)は、火星の植民地で暮らすアメリカ人の子どもたちが、疫病で倒れた大人たちを救うために奔走するという物語です。

 2091年、火星の地下には、各国が植民地を作って暮らしていました。アメリカ植民地では、5人の子どもと6人の大人、1匹の猫が暮らしていましたが、ある理由のため、指揮官であるサイは、他の国の入植者との接触を禁じていました。
 定期的に訪れる補給船に紛れ込んでいたネズミから、大人たちに伝染病が広まってしまいます。抗体を持っていた子どもたちだけが無事な状態でしたが、彼らだけで植民地を回すことに限界を感じた子どもたちは、他国の植民地に助けを求めることになります。
 サイに認められたがっていた14歳の少年トレイと、彼の親友である11歳の少年ベルは、応援を求めて外に出ることになりますが…。

 火星に人間が植民した時代を舞台にした物語です。物語は、アメリカ人入植地で育てられた少年ベルの視点から語られます。身の回りの人間たちは親切で、一つの家族のように暮らしていますが、なぜか指揮官のサイは、頑なに他の国の植民地との接触を禁じていました。
 それには過去の悲劇的な事件が関わっているらしいのです。伝染病をきっかけとして、子どもたち同士が、国や党派性に囚われた共同体同士のしがらみを壊すことができるのか、というのが読みどころでしょうか。

 病が発生するのは、物語がかなり進んでからで、それまでは、火星植民地での日常生活がリアルに描写されていき、この部分も興味深いですね。火星の地下に施設を作り、そこで快適に暮らすための施策がいろいろと考えられています。
 一度火星に定住してしまうと、体がそこに適応するため二度と地球に帰ることはできません。子どもはともかく、地球での過去を持つ大人たちは、そこに未練や望郷の念を持っている者も多いのです。さらにアメリカ植民地が閉鎖的になっていることにより、大人たちの間では互いに不満も溜まっています。
 少年ベルの目を通して、そうしたアメリカ人たちの火星での日常生活がじっくりと描かれていき、それらがあるために、危機が起こった後の非常事態にもよりサスペンスが感じられるようになっています。
 また、前半では共同体の仲間や家族との絆が描かれており、後半での主人公ベルの行動や思いにも説得力が感じられるようになっていますね。

 主人公が10代の子どもたちということもあり、危機に際して、現実的に何か画期的なことができるわけではありません。彼らができるのは、愛情や誠実さを他者に示すことであり、実際にそれらが幸福な結末を呼び起こすことにもなるのです。
 近未来の火星を舞台にしたSF色の強い題材ではありますが、リアルな植民生活と等身大の子どもたちをじっくり描いた部分に魅力がある作品となっています。
 後半に登場する「群れを離れたライオンは、長くは生きられない」というセリフは、この物語のテーマを象徴しています。そこからタイトルの「火星のライオン」につながるわけで、他人に対する疑惑を乗り越え、信頼を持って共生する、というメッセージが感じられるようになっていますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

芳醇なアンソロジー  同人倶楽部 ほんやく日和『ほんやく日和 19-20世紀女性作家作品集 vol.3』
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 『ほんやく日和 19-20世紀女性作家作品集 vol.3』(同人倶楽部 ほんやく日和)は、19世紀から20世紀にかけて活躍した、英米の女性作家の翻訳を集めたアンソロジーの第三弾です。
 童話、ヒューマン・ストーリー、サスペンス、ファンタジー、幻想小説など、様々な作品が集められており、楽しく読めるアンソロジーとなっています。

イーディス・ブラウン・カークウッド文、M・T・ロス絵「動物の子ども図鑑 その三」(やまもと みき訳)
 様々な動物の特徴と習性を、子どものために紹介する図鑑なのですが、イラストで紹介されるその動物たちが、服を着て擬人化されているのが特徴です。店で自分の毛を見るアルパカなど、ユーモアもたっぷりですね。

ローラ・E・リチャーズ「ジョニーの砂場」(やまもと みき訳)
 ジョニーの飼っている白い子猫マフェットには友達が沢山いましたが、肉屋の猫のボブだけは乱暴でいじわるな猫でした。ある夜、砂場で猫たちが集会をしているのを見つけた子守のマギーとジョニーは、その集まりにボブが侵入するのを目撃します…。
 猫たちの集会とそれを邪魔するいじわる猫を描いた、可愛らしい短篇です。

メイ・バイロン文、A・フェアファックス・マックレイ絵「知りたがりやロビンの冒険」(小谷祐子訳)
 小ぎれいなコマドリのロビンは、冒険好きの気質から、ミセス・ロビンを家に置いたまま、様々な場所を訪れますが…。
 知りたがりやのコマドリ、ロビンが、いろいろな動物と出会い冒険する…という物語。最後には苦い目にあって家庭に戻ることになる、という展開もお約束ながら楽しいですね。精霊らしき存在も登場します。

ルーシー・モード・モンゴメリ「キャロラインおばさんのドレス」(岡本明子訳)
 母が亡くなってから五年、自分と妹パティの生活を支えるために、婦人服の仕立ての仕事をしてきたキャリー。しかし生活はままならず、借金のために家を追い出されてしまう可能性もある状態でした。
 旧友のクリスから結婚式パーティーの誘いが届き、キャリーは、そのために来ていくドレスを、キャサリンおばさんがくれたオーガンジーの生地で作ろうと考えます。
 しかしパティがクレアのパーティーに誘われていることを知ったキャリーは、生地をパティのドレスのために使ってしまいます…。
 貧乏ながら仲の良い姉妹が、パーティーのドレスについて互いを思いやり、それが幸福につながるという物語。何年も経ってから、姉妹の愛情が亡きキャロラインおばさんの好意を呼び寄せる…という展開も良いですね。

ドーラ・シガーソン・ウォーター「転生」(井上舞訳)
 有り余る金を持つ道楽者の「俺」は放蕩の限りをつくしていましたが、無茶がたたり死病に侵されてしまいます。彼を心配した隣人の男がベッドを訪れますが、「俺」は、隣人が死に、自分が生きるようにと願った結果、自分が隣人の姿になっているのに気が付きます。
 隣人の家を訪れた「俺」は、娘が父親の中身が違うと言い張ることに腹を立て、衝動的に娘を階段から突き落としてしまいます…。
 善人の隣人と入れ替わった悪人の男が、さまざまな悪事を働き、隣人の家庭を崩壊に導くという、徹底して救いのない物語です。
 悪人の男にも、多少の良心があり、やがて自らの罪を後悔するのですが、その時点ではすでに事態は改善することはできず、自身の罪の結果をまざまざと見させられることになります。そのあたりの「取り返しのつかなさ」にまとわりつく恐怖感は印象深いですね。 特に最後の一行には、「最後の一撃」と言いたくなるような強烈さが感じられます。

イーディス・ウォートン「ミス・メアリ・パスク」(まえだ ようこ訳)
 ブルターニュで絵を描いていた「私」は、ふと耳にした「モルガ」という地名から、旧友のグレイス・ブリッジワースと、その姉メアリ・パスクのことを思い出します。結婚を機にアメリカに渡ったグレイスに対し、姉のメアリはヨーロッパに一人残ったというのです。
 ブルターニュに行くことがあったら姉を訪ねてほしいというグレイスの言葉を思い出した「私」は、メアリを訪ねることにします。
 霧の中、人気のないメアリの家を訪れた「私」は、手伝いの女に取次ぎを頼んだ直後に、メアリが昨年に急死していたことを思い出しますが…。
 病の後遺症で、記憶がいささか怪しい男性が、旧友の姉を訪ねるものの、その女性は既に死んでいた…という物語。その女性メアリ・パスクが「幽霊」としてはっきり現れ、その淋しさを言い募る…というあたりの恐怖感は強烈ですね。
 グレイスとメアリの姉妹間における感情のアンバランスさ、メアリの秘められた本音など、彼女らの情念が描かれる部分にも読み応えがあります。
 シンプルなゴースト・ストーリーに終わらない後半の展開もユニークで、ウォートンの傑作の一つといっていいのでは。

アンナ・キャサリン・グリーン「忘れられない夜」(朝賀雅子訳)
 けんかしてしまった恋人ドーラが衝動的に船でヨーロッパに旅立つことを聞いたディックは、同じ船に恋敵のアップルビーも乗船することを聞いて、気が気ではなくなります。
 ドーラの父親からまだ望みはあると聞かされたディックは、自らも乗船しようと考えます。慌てて支度をしますが、突然現れたワーナー夫人の使いから、夫人が危険な状態であると聞かされ、急いで家を訪れることになります。
 馬車で連れていかれたのは大きくて古い屋敷でした。部屋に立ち入るなり、鍵をかけられ閉じ込められてしまったディックは、部屋の中で見知らぬ男と二人きりになりますが…。突然見知らぬ男に部屋に監禁されてしまう医者の青年を描いたサスペンス短篇です。監禁した男の正体も目的も皆目分からず、時間だけが過ぎていくという、不条理味も強い作品となっていますね。
 脱出できるのか?といった興味と共に、恋人の船出に間に合うのか、青年の恋路はどうなってしまうのか? といった興味もあり、最後まで読ませる作品となっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

2022年3月の気になる新刊
3月8日刊 パトリシア・ハイスミス『水の墓碑銘』(柿沼瑛子訳 河出文庫 予価1210円)
3月10日発売 『ナイトランド・クォータリーvol.28 暗黒の世界と内なる異形』(アトリエサード 予価1870円)
3月10日刊 エドワード・ブルック=ヒッチング『愛書狂の本棚 異能と夢想が生んだ奇書・偽書・稀覯書』(高作自子訳 日経ナショナルジオグラフィック社 予価2970円)
3月16日刊 シルヴィア・モレノ=ガルシア『メキシカン・ゴシック』(青木純子訳 早川書房 予価3300円)
3月16日刊 T・J・ニューマン『フォーリング 墜落』(吉野弘人訳 早川書房 予価2310円)
3月17日刊 ディーノ・ブッツァーティ『動物奇譚集』(長野徹訳 東宣出版 予価2750円)
3月19日刊 ヤンシィー・チュウ『彼岸の花嫁』(圷香織訳 創元推理文庫 予価1540円)
3月23日刊 中央公論新社編『開化の殺人 大正文豪ミステリ事始』(中公文庫 予価924円)
3月28日刊 浅倉久志編訳『すべてはイブからはじまった・ミクロの傑作圏』(国書刊行会 予価2200円)


 シルヴィア・モレノ=ガルシア『メキシカン・ゴシック』は、久々の海外ホラー長篇。「一九五〇年メキシコ。若き女性ノエミは、郊外の屋敷に嫁いだいとこのカタリーナから手紙を受け取る。それには亡霊に苛まれ、助けを求める異様な内容が書かれており……。英国幻想文学大賞をはじめホラー文学賞三冠を達成した、新世代のゴシック・ホラー小説。」とのことで、なかなか面白そうです。

 ディーノ・ブッツァーティ『動物奇譚集』は、ブッツァーティ未訳の作品集です。「ディーノ・ブッツァーティ没後50年、追悼出版第1弾」とのことで、続刊も期待できそうですね。
 動物譚を集めた作品集だそうです。紹介文を引用しておきますね。
 ソ連の畜産学研究所で行われた戦慄の実験を語る「アスカニア・ノヴァの実験」、一匹のネズミに手玉に取られる企業をコミカルに描く「恐るべきルチエッタ」、釣り上げられた奇妙な魚をめぐる怪談「海の魔女」、飼い主とペットの立場が入れ替わったあべこべの世界を舞台に、動物であることの体感をユーモラスに語る「警官の夢」、自然界の逆襲をアイロニカルに表現した「蠅」など、デビュー当時から最晩年に至るまでに書かれた〈動物〉が登場する物語を集め、ブッツァーティの作品世界の重要な側面に光をあてたアンソロジー。未発表作品2篇を含む、全36篇が初邦訳!

 浅倉久志編訳〈ユーモア・スケッチ大全〉は四巻目『すべてはイブからはじまった・ミクロの傑作圏』にて完結。『ミクロの傑作圏』はオンデマンド出版で出されていたもので、あっという間に入手難になってしまっただけに、貴重な収録ですね。
 このシリーズ、本当に好企画でした。ほぼ毎月刊行で完結も早かったですね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

マリオ・バーヴァの怪奇幻想映画を観る
 イタリアの怪奇幻想映画の巨匠とされるマリオ・バーヴァ(1914年~1980年)。元撮影監督という経歴からか、そのカメラワークと美しい画面構成には定評があります。ホラー映画には欠かせない雰囲気作りも非常に上手く、1960~1970年代に作られた作品には今でも魅力がありますね。近年その作品のソフト化も進んでおり、多くの作品が観られるようになりました。いくつか紹介していきたいと思います。


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マリオ・バーヴァ監督『血ぬられた墓標』(1960年 イタリア)

 17世紀バルカン地方、王女アーサとその恋人ヤヴティッチは、魔術を行った罪で、悪魔の面をかぶせられて処刑されてしまいます。
 二世紀後、医者のクルヴァヤンとその助手アンドレイはモスクワへ向かう途中、馬車の故障で立ち往生していまい、近くにあった墓所に足を踏み入れます。その中にあった石棺にはまだ原型を留めた女性の遺体が収められていました。ふいに巨大なコウモリに襲われたクルヴァヤンは怪我をしてしまい、出血してしまいます。
 墓所の入り口で美しい娘カティアと出会った二人は、彼女がかって魔女アーサに呪われた一族の末裔であることを知ります。
 クルヴァヤンの血によって蘇った魔女アーサは、かっての恋人ヤヴティッチをも蘇らせ、カティアの一族に復讐をしようとしますが…。

  ゴーゴリの短篇『ヴィイ』をベースに、魔女の復活と復讐を描いたホラー映画作品で、マリオ・バーヴァの監督デビュー作品です。
 魔女の伝説、夜の墓場、秘密を抱えた巨大な屋敷、魔女と生き写しのヒロインなど、ゴシック・ロマンス的な道具立て満載で、耽美的な雰囲気とも併せて、モノクロながら魅力的な作品となっています。
 舞台や雰囲気だけでなく、魔女アーサとヒロイン、カティアを演じるバーバラ・スティールが非常に美しく、魅力的に描かれていますね。カティアがその一族の宿命からアーサとそっくりであるという設定で、一人二役であることにも説得力があります。クライマックスでは、そのために二人の取り違えが起こるなど、物語上でもそのそっくりさが上手く使われています。
 魔女によって血を吸われた人間は、死者となりその意のままに動くなど、魔女ものではありながら、吸血鬼ものの要素もある作品になっています。魔女自身は最後の方まで自らは動かず、実際に復讐計画を実行していくのは、恋人のヤヴティッチ、そして操られたクルヴァヤン医師であるところも面白いです。
 魔女の顔に釘の入った悪魔の面が打ち込まれるシーン、死体となった魔女が血によって蘇るシーンなど、見せ場となる残酷・流血シーンも多いのですが、見せ方が洗練されていて、俗悪にならないところがバーヴァならではというところなのでしょうか。清純なカティアと禍々しい魔女アーサを演じ分けるバーバラ・スティールの演技も見事です。
 ショッキングな題材を扱っていながらも、そこには美的なセンスが溢れていて、文芸ホラー映画とでも呼びたい作品になっていますね。



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マリオ・バーヴァ監督『白い肌に狂う鞭』(1963年 イタリア・フランス)

 19世紀のヨーロッパのとある国、メンリフ伯爵一族が暮らす海辺の城館に、勘当されていた長男クルトが帰ってきます。残酷で身勝手なクルトは、父親からも忌み嫌われていましたが、唯一弟のクリスティアーノだけが兄に同情的でした。
 クリスティアーノの妻ネヴェンカは、かってのクルトの婚約者であり、クルトを憎みながらも、その暴力的な性向に惹かれてもいました。
 弟に奪われた自らの特権を返してくれるよう父親の伯爵に話すクルトでしたが、何者かによってクルトは短剣で刺殺されてしまいます。ネヴェンカはそれ以来、クルトの悪夢に悩まされるようになりますが…。

 死んだはずのかっての婚約者の霊に襲われる若妻の恐怖を描いた、クリストファー・リー主演のホラー作品です。
 婚約者クルトの弟クリスティアーノと結婚したネヴェンカですが、被虐的な性質を抱える彼女は、再会したクルトの暴力的な性向に惹かれていました。何者かによってクルトが殺されてしまった後も、彼についての悪夢に悩まされ、霊に憑りつかれてしまうのです。
 メインは霊に憑りつかれる若妻の恐怖を描く部分なのですが、クルトを殺したのは誰なのか? またクルトの死後に起こる殺人事件の犯人は誰なのか? という二つの殺人事件の犯人をめぐるサスペンスも同時に進行していきます。
 クルトを憎む父親のほか、使用人の老婆ジョルジアは、かって娘をクルトに誘惑されて自殺で失っています。また使用人のロザートも不審な行動をするなど、複数の登場人物に殺人の動機があるのです。更には、実はクルトは死んでおらず、城に潜んでいるのではないか?という疑いまで発生してきます。
 海辺の城館で展開される物語はゴシック趣味たっぷりで、雰囲気抜群なのですが、加えて殺人事件の犯人捜し的な興味もあり、非常に上手くまとまったホラー作品となっています。
 ネヴェンカ(ダリア・ラヴィ)とクルト(クリストファー・リー)のサドマゾ的な関係が描かれる部分も妖艶で、鞭打ちシーンは、一度見たら忘れられないインパクトがありますね。
 兄クルトがいなくなった後に、弟クリスティアーノは兄の婚約者ネヴェンカと結婚するものの、クリスティアーノは従妹のカティアを愛しており、ネヴェンカ自身も実のところクルトを愛し続けている…という複雑な愛情関係もあり、このあたりの人間ドラマ的な部分も面白く観れます。



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マリオ・バーヴァ監督『呪いの館』(1966年 イタリア)

 ポール医師は、地元の者も寄り付かない荒れた村にやってきます。クルーガー警視の依頼により、教会で遺体となって発見された若い女性イレーナの検視をするためでした。村では何年もの間、死亡事件が多発していました。クルーガーによれば、村人たちは何かを恐れており、まともな証言が得られないというのです。
 検視には立会人が必要だということで、たまたま幼いころに村を離れた看護学生のモニカに協力してもらうことになります。死体の心臓には銀貨が埋め込まれていることに、ポールは驚きます。
 ポールは、死体の解剖をしたことから、迷信に囚われた村人たちに殺されそうになってしまいます。彼を救ったのは、村の魔女ルースでした。
 クルーガーが、死んだイレーナが働いていたグラプス男爵夫人の邸宅に向かったことを知ったポールは、自らもグラプス邸に向かいますが…。

 過去に不遇の死を遂げた霊の呪いにより、次々と死者が発生する村を描いた、ゴシック風味豊かなホラー映画です。村人たちは霊の呪いを恐れていますが、主人公であるポールは最初はそれを信じません。しかし霊の仕業としか思えない事態が続き、自らも怪奇現象を体験するに及び、それを信じ始めます。
 幽霊が何度もはっきり姿を現すので、霊の存在は疑い得ないように描かれています。霊には人を自殺に追い込む力があるようで、その前に現れた人間は次々と殺されてしまいます。
 前半は、霊が現れ人々が死んでいく…という流れが描かれますが、演出があまり派手でないこともあり、ちょっと退屈してしまうところもありますね。ただ、バーヴァの持ち味である画面構成と色彩の美しさは素晴らしく、物語展開が遅い代わりに、そちらの興味でも観ていくことができますね。
 後半では、霊や呪いの根本原因がグラプス邸にあることが分かり、そちらに乗り込んでいくことになります。主人公が部屋から出られなくなるシーンはなかなかに怖いですね。ゴシック趣味豊かな屋敷内部の絵作りは大変に魅力的です。
 最終的には、霊や呪いだけでなく、事件に人の手が介在していることも分かることになります。オカルトだけでなく、「ジャッロ(イタリアの殺人劇ジャンル)」風味も加えられているという、面白い味わいの作品となっています。
 ちなみに、作中に登場する、毬を持つ少女の霊は、「世にも怪奇な物語」中のエピソード「悪魔の首飾り」の少女の元ネタになっているそうです。



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マリオ・バーヴァ監督『ブラック・サバス/恐怖! 三つの顔』(1963年 イタリア)

 トルストイ、チェーホフ、モーパッサンの短篇3作品を原作にした、ホラー・オムニバス映画です。

「電話」
 ロージーが住む部屋に何度も電話がかかってきます。電話の主の男は名乗らないながら、ロージーの行動を逐一監視しているようで、やがて彼女を殺すとまで宣言します。電話の主が、かって自分が密告し脱獄が報じられた男フランクではないかと考えたロージーは、絶交していた友人メアリーに電話をかけ、部屋に来てほしいと嘆願しますが…。
 閉鎖環境での恐怖を描くスリラーです。脅迫電話を続ける男は本当にフランクなのか? 絶交していたというメアリーとの関係についても詳しくは語られないので不穏な雰囲気が強いですね。捻った展開が面白いエピソードとなっています。

「ヴルダラク」
 馬で旅を続けるウラジミール伯爵は、首を切られ胸に短剣の刺さった死体を見つけます。たどり着いた民家の壁にかかっていたのは、死体に刺さっていたのと同じ短剣でした。
 現れた男ジョルジョによれば、短剣は父ゴルカのものであり、周囲を荒らすトルコ人の盗賊アリベクを殺すために出かけたといいます。死体はそのアリベクではないかというのです。
 すぐに立ち去るように言われたウラジミールでしたが、家の美しい娘ズデンカに惹かれ、一晩泊めてもらうことになります。
 ズデンカによれば、この地方ではヴルダラクが恐れられているといいます。彼らは愛する者の血を吸い、その愛が深いほどその欲望は強いというのです。
 家のものたちは、父ゴルカがヴルダラクになってしまったのではないかと危惧していました。やがて戻ってきた父ゴルカの様子はおかしく、短気で残酷になっていました…。
 いわゆる吸血鬼ものなのですが、積極的に身内を狙ってくる、というのが質が悪いですね。戻ってきた父親が吸血鬼になっているのか、半信半疑の状態になる家族が描かれる部分にはサスペンスがあります。父親ゴルカをボリス・カーロフが演じており、流石は名怪奇俳優。迫力があります。
 霧がかった夜の情景も素晴らしく、集中一番の力作エピソードでしょう。原作は、A・K・トルストイ「吸血鬼の家族」(栗原成郎訳 沼野充義編『ロシア怪談集』河出文庫 収録)で、割と忠実に映像化されているようです。

「水滴」
 看護師であるヘレンは、深夜突然の電話を受けます。女伯爵が急逝したために屋敷にすぐ来てほしいというのです。女伯爵は交霊術に入れこんでおり、その最中に亡くなったといいます。死体の着替えをさせている最中に、指にはまった美しい指輪に目を惹かれたヘレンは、密かにそれを抜き取って自分のものとしてしまいます。
 家に戻ったヘレンは、水滴の音が聞こえることに気が付き、水回りを確認します。しかし水道や風呂場など、水回りを全て確認しても、その音は聞こえ続けるのです…。
 女の死体から指輪を盗んだことで、その霊に祟られる看護師を描いたエピソードです。
 亡くなった女伯爵の死にざまの顔が強烈です。この女伯爵の霊が登場するのですが、この出現シーンは非常に怖いです。女伯爵の屋敷にしろ、ヘレンの部屋にしろ、室内の静かで暗い雰囲気がよく出ており、何も出ない段階でも既に怖いというのは、バーヴァならではの演出でしょうか。

 三話のエピソードを挟む形で、案内人としてボリス・カーロフが登場して語る形式になっています。最初はともかく、最後の登場では、かなりユーモラスな語り口とメタな描写が展開されており、本編のシリアスな雰囲気とのギャップが興味深いところです。今見ても面白いホラー・オムニバス映画で、特に二話目と三話目の恐怖感は絶品です。



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マリオ・バーヴァ監督『処刑男爵』(イタリア 1972年)

 オーストリアにいる叔父フンメル博士のもとを訪れた甥の青年ピーター・クライスト。一族の歴史に興味を持っているピーターは、先祖のフォン・クライスト男爵にも関心を抱いていました。男爵は、かってその残酷さから恐れられ”処刑男爵”と呼ばれていましたが、恐ろしい最期を遂げたと言われていました。
 祖父の家にあったという古文書には、男爵を蘇らせるという呪文が記されていました。男爵の宿敵であり、殺された魔女エリザベトが、男爵が死後も苦しむようにかけた呪いだというのです。
 現地で知り合った歴史研究者の女性エヴァと親しくなったピーターは、共に男爵の住んでいた古城を訪れ、呪文を唱えますが、ふとしたことから古文書を焼失してしまいます。その直後から、城の周辺で殺人事件が多発するようになります。蘇った男爵の仕業だと確信したピーターたちは、彼を止めるための方策を考え始めますが…。

 残酷さで恐れられ殺された17世紀の領主が呪文によって現代に蘇り、殺人を繰り返すという、ホラー作品です。
 蘇った処刑男爵は、身体が腐ってどろどろになったゾンビのような風体なのですが、知恵は人並み以上にあるため、なかなか追い詰めることができません。
 後半では、大富豪によって古城が買われ私有物になってしまい、城をめぐる探索もなかなかスムーズにいかなくなってしまいます。しかもこの富豪が猟奇趣味の持ち主で、男爵の残酷さを再現するためと称し、城を当時の姿に再生しようともするのです。
 残酷な男爵をなぜわざわざ蘇らす呪文があるのかというと、これはそもそも「呪い」の一環で、彼に苦しめられた魔女によって、蘇らした男爵をさらに苦しめるためにかけられた呪いだというのも、面白い設定ですね。
 実際クライマックスでは、その呪いが実現される光景が展開されるのですが、この部分の視覚的なインパクトは非常に強烈です。
 基本、怪物となった男爵が人を襲う、というのが繰り返されるオーソドックスなホラーなのですが、男爵の怪物的な造形や、舞台となる古城やそのギミックなどは観ていてとても面白く、怪奇ムードもたっぷりなので、ホラー好きとしては楽しめる作品ではないでしょうか。



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マリオ・バーヴァ監督『クレイジー・キラー/悪魔の焼却炉』(スペイン・イタリア 1969年)

 母親から引き継いだブライダル企業を経営するジョンは、妻のミルドレッドの資産によって会社を大きくし、豊かな生活をしていましたが、妻との仲は最悪の状態になっていました。離婚を持ち出すものの、ミルドレッドは絶対に別れないとはねつけます。
 母親を殺された経験をトラウマとして持つジョンは、ウェディングドレス姿の花嫁を何度も殺害していました。殺しを繰り返す度に、母親の死に関わる記憶が蘇り、その死の真相を探るために殺人を繰り返していたのです。
 いとこの元にしばらく出かけるというミルドレッドの言葉に安堵するジョンでしたが、気を変え、秘かに戻ってきたミルドレッドに激昂することになります。とうとう妻を殺してしまうことになりますが…。

 少年時代の母親の死のトラウマから、花嫁姿の女性の殺害を繰り返す殺人鬼の男を描いたホラー映画です。ウェディングドレス姿の女性を殺す度に、母親の死の真相に関する記憶が蘇ってくるらしく、それを知るためにジョンは殺人を繰り返すことになります。
 甦ったジョンの少年時代の記憶のシーンが挿入されるのですが、面白いのは、記憶を思い出している最中に、少年時代のジョンの姿が大人のジョンの目の前に現れるという趣向。少年と大人がお互いの姿を見つめ合う…というのは象徴的ですね。
 自身の会社のモデルが失踪(ジョンが殺害しています)していることから、刑事に付け狙われることになるのですが、その追求をかわしていくあたり「倒叙もの」の趣もあります。妻のミルドレッドを殺害した直後に、刑事が家を訪ねてくるあたりのサスペンスは強烈です。刑事の背後に、二階の妻の死体から流れた血が垂れてくるシーンなどは絶品ですね。
 映像美で知られるバーヴァ監督だけに、画面作りや色彩は非常に美しいです。ウェディングドレスをまとったマネキンだらけの部屋や、おもちゃだらけの子ども部屋のシーンは印象的です。
 シリアルキラーものとしても面白い作品なのですが、この作品の一番の特徴は、後半から幽霊の登場する超自然的なカラーが強くなること。殺した妻のミルドレッドが幽霊となって夫につきまとうのですが、妻の霊の姿は夫のジョンには全く見えず、逆に周囲には見えるのです。
 ジョンが精神異常を抱えているだけに、妻の幽霊も妄想の可能性があるのではないかと考えてしまうのですが、第三者である他の人間が何度もその姿を目撃しているだけに、客観的に幽霊が出現していることは明確になっていますね。
 周囲の人間は、ジョンの後についてまわるミルドレッドの姿を見て、逆に彼女が死んでいることに気付かない…という趣向は非常に面白いです。メイドが誰もいないはずのテーブルに飲食物を置き、不審に思ったジョンが問いただすと、奥様から言われた、と話すシーンはぞっとさせますね。
 非常に煽情的な邦題で、内容もかなり変態的な部分があるのですが、バーヴァの手腕というべきか、非常に品のある作りになっています。タイトルにもある「焼却炉」は、ジョンが所有するもので、実際死体の処分にも使われていますが、そこまで目立つアイテムにはなっていません。
 前半はサイコパスの男の連続殺人が描かれるスラッシャー、後半は妻の幽霊に悩まされるオカルト・スリラーという二つの味わいが楽しめる、異色のホラー映画となっています。



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マリオ・バーヴァ監督『リサと悪魔』(1973年 イタリア)

 トレドを観光に訪れた若い女性リサは、ふと一人でツアーを抜け出し、町外れの店に迷い込みます。店主と話している黒服の男の顔は、その直前に見た壁画の悪魔の顔とそっくりでした。店を出たリサは、町の中で迷ってしまいます。突然現れた口髭をはやした男はリサに「エレナ」と呼びかけますが、男に見覚えのないリサは彼を振り払うと、男は階段を転がり落ちて動かなくなってしまいます。
 夜になり、通りがかった車に乗せてもらうことになります。車にはレーン夫妻と運転手が乗っていました。車が故障してしてしまったため、電話を貸してもらおうと、目についた広大な屋敷を訪ねますが、屋敷の主の伯爵夫人に断られてしまいます。屋敷の執事レアンドロは、リサが店で会った悪魔そっくりの男でした。
 夫人の息子マッシミリアーノの取り計らいで、夫妻と運転手共々泊めてもらうことになりますが、マッシミリアーノもまた、リサのことを「エレナ」と呼びます。やがて、車の修理をしていた運転手が殺された状態で発見されますが…。

 古都を訪れた若い女性が、不思議な出来事に巻き込まれるという幻想的な映画作品です。明確な説明がないのと、茫洋とした雰囲気で進む物語なので、あらすじが説明しにくいのですが、不穏な味わいに満ちた魅力的な作品になっています。
 主人公リサは、たびたび「エレナ」という女性に間違われます。物語が進むうちに、エレナとは、屋敷の息子マッシミリアーノの結婚相手であり、すでに亡くなっているであろうことが分かってきます。リサはエレナの生まれ変わりなのか? また、度々現れる口髭をはやした男は何者なのか? 過去にエレナをめぐって何があったのか? といったところが物語の謎の中心となっていきます。
 屋敷の執事レアンドロは、得体の知れない怪人物で、タイトルにもある「悪魔」とは彼のことを指しているようです。冒頭の悪魔の壁画そっくりの姿であることもそうですし、物語で起きる出来事は、全て彼の手のひらで起こったこと、というような解釈もできそうです。事件が終息した後、彼がリサの前に現れるラストの情景は、不気味かつ幻想的で素晴らしいシーンとなっています。
 町全体が迷宮となってしまうようなアンニュイな雰囲気の前半、殺人が多発するジャーロ風の後半と、前半と後半のカラーが大分異なるのですが、それらが違和感なく同居しています。バーヴァ監督らしい、美しい画面構成も魅力ですね。
 マネキンがモチーフとして多く登場していますが、マネキンが死体に見えたり、逆に死体だと思っていたものがマネキンだったりと、幻覚的なシーンにも特色があります。このマネキンとも関係していますが、登場人物たちが、「悪魔」レアンドロの「操り人形」にすぎない…という「操り人形テーマ」的な作品とも見えます。
 それを象徴するかのように、複数の死体がテーブルの前に並べられるシーンには、強烈なインパクトがあります。
 悪魔、操り人形、生まれ変わり、繰り返される過去の惨劇、そして運命…、多数のテーマが混在するほか、サイコスリラーとオカルトが混ぜ合わされたかのようなトーンの物語も非常に魅力があります。怪奇幻想映画の傑作の一つといっていいのではないでしょうか。
 本作、様々な事情からお蔵入りになった作品だそうです。同時期にヒットした『エクソシスト』にあやかって、監督の意向を無視して、追加撮影・編集が行われ、『新エクソシスト/死肉のダンス』という別作品として公開されました。こちらはかなりヒットしたそうで、逆にオリジナル版がマイナーなバージョンとなってしまったそうです。



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マリオ・バーヴァ監督『新エクソシスト/死肉のダンス』(1975年 イタリア)

 トレドへの観光ツアーに参加していた若い女性リサは、ふとツアーを離れ、町の外れの店に迷い込みます。そこで店主と話していた黒服の男は、直前に見た壁画の悪魔にそっくりでした。黒服の男がマネキンの首をたたいた瞬間にリサは倒れ、ひきつけを起こしてしまいます。
 通りがかったミケーレ神父は一緒に病院に同行しますが、リサは暴れ続けていました。悪霊が乗り移ったと判断した神父は、取り憑いた者に何者かと問いかけますが、彼女は自らを「エレナ」だと名乗ります…。

 当時ヒットしていた『エクソシスト』にあやかり、バーヴァ監督のオリジナル映画『リサと悪魔』に悪魔憑きシーンを追加撮影・再編集して改変を加えた作品です。
 オリジナル映画には全くなかった、リサが悪魔(悪霊)に憑かれるシーン・神父が悪魔祓いをするシーンが追加され、『エクソシスト』風のオカルト映画に再編集された作品です。バーヴァは改変を拒否したため、プロデューサーのアルフレード・レオーネが追加映像を撮影しているそうです。監督はミッキー・ライオン名義になっています。
 執事レアンドロ(悪魔)の力によって、リサに悪霊が取り憑き、それを神父が祓おうとする、というのがメイン・ストーリーとなっています。神父が悪霊に対し、霊の出自や過去を問いただし、過去の惨劇が回想されていきます。
 その回想部分が、オリジナルの『リサと悪魔』の話になっているという作り。
 この悪魔祓い部分とオリジナル部分が交互に入れ替わるのですが、トーンが違いすぎて、かなり無理のある展開になっていますね。ただ、こちらの改変版にも見所はちょくちょくあります。
 まず、悪魔憑きのシーンが派手なこと。激しい変貌ぶりはもちろんのこと、口から汚物を吐き出したり、蛙を吐き出したりするシーンもあります。超能力で物を破壊したりするシーンもあります。主演の女優エルケ・ソマーの怪演には迫力がありますね。
 エロティックシーンがいくらか追加されているのもサービスなのでしょう。『リサと悪魔』よりも露出度が高くなっているほか、追加撮影部分でも、神父が悪魔の幻影によって死んだ妻と出会うシーンがあり、こちらの幻の妻がオールヌードで現れるという趣向があります。
 全くトーンの異なる物語を繋げようとした結果か、お話が説明的になっている、というのも特徴の一つです。リサに取り憑いた悪霊は、過去に殺された「エレナ」であり、そのエレナ(の霊)が過去に何が起こったかを説明する形になっています。
 オリジナルでは曖昧にぼかされていた部分が、はっきり説明されてしまう部分も多くなっています。結果として、オリジナルで起こっていた出来事が何を意味していたのかが、こちらの改変バージョンを見ると分かるという仕組みになっています。
 意図したものかどうかは分かりませんが、結果的に『新エクソシスト/死肉のダンス』『リサと悪魔』の物語の「絵解き」のような形になっています。そういう意味で、オリジナルを観てから、こちらの改変バージョンを観ると、答え合わせをするような意味でも楽しめますね。
 また、オリジナルの多少冗長な部分をカットしているため、意外とテンポが良くなっている、というのも怪我の功名的なところなのでしょうか。ただ、その「冗長」な部分も、物語の迷宮感を出すのに寄与しているので、これは評価の難しいところではありますね。
 オリジナルも改変版も、同じ「悪魔」を描いてはいるものの、そのタッチは全く異なっています。改変版ではグロテスクな悪魔憑きシーンによりシリアスな雰囲気が濃くなっており、オリジナルにあった「お茶目な悪魔」的な部分は弱くなってしまいました。
 オリジナルの魅力の一つであった、非常に幻想的なラストシーンも改変版ではなくなってしまっており、全体には「改悪」といってもしょうがない作品ではあります。ただ、この「擬似エクソシスト」テイスト、個人的には嫌いではありません。
 芸術性の高かったオリジナルが、俗悪で扇情的な作品に改変されてしまった…というと、その通りなのですが、編集次第で映画はいろいろな形に成りうる、ということを考えさせてくれるという意味でも面白い作品ではありました。


テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

物語の生まれる場所  カレル・チャペック『長い長い郵便屋さんのお話』
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 カレル・チャペック『長い長い郵便屋さんのお話』 (栗栖茜訳 海山社)は、チェコの作家チャペックによる、九篇を収めた童話集です。

 ふと寝込んでしまった郵便局員が夜中に郵便の仕事をしている小人たちと出会う「長い長い郵便屋さんのお話」、川に住む不思議なカッパたちの物語「カッパのお話」、竜退治に駆り出されたお巡りさんたちと、卵から生まれた竜を育てることになった男の物語「長い長いお巡りさんのお話」、見知らぬ人からカバンを預かったホームレスの男が窃盗犯として逮捕されてしまうという「クラールという名のホームレスのお話」、紳士として育てられた大盗賊の息子が家業の盗賊を継ぐことになるという「大盗賊ロトランドの息子のお話」、喉に実をつまらせた魔術師を治療に訪れた医者たちが長々とお話を語るという「長い長いお医者さんのお話」、元気な犬が色々と騒動を引き起こす「ヴォジーシェクという名の犬のお話」、様々な小鳥たちの様子を描いた「小鳥のお話」、王女のもとにやってきた子ネコをきっかけに起こる色々な事件を描いた「長い長いいたずら子ネコと王女様のお話」を収録しています。

 現実世界でリアルに展開するお話かと思っていると、急に奇想天外な要素が登場して、思いもかけない展開になるのが魅力です。話の途中で出てきた別の人物が全く別のお話を始めるなど、その構成も融通無碍ですね。

 表題作「長い長い郵便屋さんのお話」は、仕事中に寝込んでしまい、目を覚ますと郵便局に住み着く小人たちに囲まれていた郵便局員を描く物語。宛先の書かれていない手紙を届けるために旅に出るという、意想外に壮大なお話になっています。小人たちの食料が、落としたパン屑とか、封筒の糊だったりと、妙にリアルなところに笑ってしまいますね。

 「長い長いお巡りさんのお話」では、警官の業務報告の話が、いつの間にか竜退治の話になってしまいます。沢山の頭を持つ竜を退治するための警官たちの奇想天外な手段も読みどころです。また竜に関わるエピソードも二段構えになっていて、竜退治のエピソードの次には卵から孵った竜を育てる男性を描くエピソードも登場します。こちらも楽しいお話ですね。

見知らぬ人からカバンを預かった、善人のホームレスの男が窃盗犯として疑われ続け、果ては死刑にまでされそうになってしまう「クラールという名のホームレスのお話」、父親の希望で修道院で教育を受け、紳士となった大盗賊の息子が、父親の家業を受け継ぐものの、その礼儀正しさが禍して、逆に騙され続けてしまうという「大盗賊ロトランドの息子のお話」などは、シンプルに面白い物語になっています。「大盗賊ロトランドの息子のお話」では、予想外にブラックな結末も風刺が効いていますね。

 「長い長いお医者さんのお話」「長い長いいたずら子ネコと王女様のお話」は、それぞれ小粒な挿話を含んだ枠物語のような形式になっています。

 「長い長いお医者さんのお話」では、のどにプラムの実をつまらせた悪名高い魔術師を助けるために、弟子によって呼ばれた医者たちが治療をする様子が描かれます。普段人を困らせている魔術師を懲らしめてやろうと、医者たちは治療をそっちのけで延々といろんなお話をする、という趣向です。
 中では、名前を聞き違えたことから医者と間違えられ、東洋の国のお姫さまの治療に連れてこられた木こりを描くエピソードが楽しいです。医術を全く知らない木こりは、とりあえず部屋の外の木を切り倒し風通しを良くしますが、それが功を奏してしまうのです。
 「長い長いいたずら子ネコと王女様のお話」は、知恵者のおばあさんが銀貨と引換えに王女のもとに連れてきた子ネコのユーラをきっかけに、様々な事件が起こるという物語。
 部屋から落ちてしまったユーラが魔術師にさらわれてしまい、その後を名探偵シドニー・コールが追うというエピソードが目立って面白いです。
 警官や刑事たちが全く捕まえられず、拳銃を何発も撃ち込んでも全く効かないという魔術師を名探偵はどう捕まえるのか? 皆の期待をよそに名探偵は世界一周旅行に出かけてしまいます…。
 奇想天外な手段で相手を捕まえようとする名探偵と魔術師の戦いが描かれるエピソードで、これは楽しいです。

 おとぎ話の伝統的なフォーマット風に始まりながらも、意図的にその型を崩したり、メタフィクショナルな捻りを入れたりと、自由闊達な作風が楽しい童話集になっています。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

最近読んだ本(日本作家のホラー小説をまとめて)

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原浩『やまのめの六人』(KADOKAWA)

 強盗を行い車で逃走中の六人の男たちは、台風による土砂崩れで車を横転させてしまい、仲間の一人白石は命を落としてしまいます。たまたま駆け付けた金崎と名乗る兄弟に案内されて、屋敷に案内されますが、彼らの母親は、話のまともに通じない不気味な老婆でした。
 やがて、男たちは薬を盛られて屋敷に監禁されてしまいます。金崎家の兄一郎は、自分たちは「おんめんさま」なる神を信仰しており、自分たち山の人間は街の人間から奪うことを許されていると話します。
 拘束された五人は脱出しようとしますが、死んだ白石を含め自分たちの仲間が六人いたことに気づき愕然とします。自分たちはそもそも五人で動いていたはずで、車には五人しか乗れないはずなのです。地元出身で民話に詳しい紺野は、人間に化ける妖怪『やまのめ』=『おんめんさま』が自分たちの中に紛れ込んでいるのではないかと話しますが…。

 強盗で逃亡中の犯人たちが、奇怪な信仰を持つ家族に囚われ、さらに妖怪が原因らしき怪異現象に襲われるという、興趣たっぷりのホラー・サスペンス作品です。
 一癖ある悪人ばかりが揃ったグループが、囚われの身となり命の危険にさらされます。さらに妖怪『やまのめ』が自分たちの中にいるのではないかという疑いが発生し、取り分だけでなく、命もかかった状態での疑心暗鬼が発生するという、強烈なサスペンスに満ちています。
 章ごとに、それぞれの登場人物たちが語り手となっていくのですが、他人が信用できないばかりか、読者としては、その語り手自体も信用できないという、疑惑に満ちた展開となっており、リーダビリティが非常に高いですね。
 本の謳い文句に「ホラー」の文字があるものの、超自然的な『やまのめ』現象が本当に実在するのか、「犯人」による人為的な計画なのかも、最後の方まで分かりません。その意味で、最後までジャンルすら確定しない面白さもありますね。
 視点人物が章ごとに変わる関係で、同一の出来事に対しても違った視点から物語が語られたり、それぞれの語り手の思惑が内面描写として語られたりと、語り口も重層的になっています。しかもその「思惑」自体が、本当に当人の心からのものなのか、『やまのめ』の影響によるものなのかも分からないところは本当にサスペンスフルです。『やまのめ』はいったい誰なのか? というところで、犯人探し的な要素もあります。
 基本、登場人物が皆「悪党」なので、感情移入はしにくいのですが、逆に誰がどうなっていつ死んでしまうのか?という展開が全く読めず、先が気になってしまいます。
 意図せぬ状況に陥った男たちの仲間割れとその思惑…、純粋な犯罪サスペンスとしても面白いのですが、そこに監禁ものと超自然的な要素が導入され、さらに面白さが増しています。ジャンルミックス的なホラーで、これは考えてみると、<モダンホラー>が一番近い感触ですね。



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五十嵐貴久『能面鬼』(実業之日本社)

 四ツ葉大学のウインドサーフィンサークル"ヒートウェーブ"の歓迎会の席で、先輩部員から酒を飲まされ続けていた新入部員諸井保はアルコール中毒で急死してしまいます。部長の島本は、警察に連絡すれば自分たちのキャリアが台無しになるといいますが、それを受けて海部音音は、諸井の遺体を海に投げ入れ事故に見せかけることを提案します。一年生の赤星秀一と彼に思いを寄せる倉科美月も、先輩部員に押されてその提案を飲み、事実を隠蔽することに協力してしまいます。
 諸井の死は事故とされますが、彼の実家である岡山の山の寺から、一周忌法要に参加してほしいという手紙が、八人の部員たちに届きます。罪悪感から法要に参加することにした部員たちでしたが、折悪しく諸井の祖父が具合を悪くして運ばれることになります。外に出た部員たちが次々と行方不明になり、さらに建物の内部でも何者かによる殺人が発生することになりますが…。

 アルコール中毒で死なせた部員の死を隠蔽したサークルの部員たちが、彼の法要の席で次々と殺されていくというホラー作品です。
 犯人の動機は復讐だろうと推測できるのですが、諸井の親族だけでなく、サークル員たちの中にも不和があり、殺人の動機を持つものがいる可能性があるのです。さらに土地に語り継がれる、昭和の時代の大量殺人鬼の伝説までもが絡んでくることになり、怪奇ムードたっぷりの舞台立てとなっています。
 神出鬼没の殺人鬼が突然現れ、次々と人間が殺されてしまう部分は、スプラッター描写もたっぷりで、ホラーとして鮮やかですね。
 倉科美月と、彼女が恋する青年、赤星秀一が主人公的な位置づけで、後半それなりの見せ場があるものの、全体には、殺人鬼側がほぼ一方的に蹂躙する…といった感が強く、その意味でも、正統派のスラッシャー・ホラーとなっています。能面を付けた白装束の殺人鬼にも非常にインパクトがありますね。
 行為は派手なものの、殺人に対して正当な動機があるという前提で進む物語が、最終局面に至って不条理度・怪奇度を増すのも、魅力的な部分かと思います。快作ホラー小説といえます。



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西馬舜人『ヴァーチャル霊能者K』(集英社)

 卒論の題材として、ヴァーチャルアイドル香月りんねのバーステーイベントに参加することになった大学生、麻生耕司。会場である山奥の廃ホテルには様々な人間が訪れていました。無理矢理ナンパされている女性を助けた麻生でしたが、その女性、森沢哀は自ら霊能力者だと名乗ります。
 イベントの最中、突然周囲の機械が暴走を始め、人々を殺戮し始めます。哀によれば、香月りんねがネット上で悪霊に取りつかれ、ネットを通じて機械をコントロールしているのではないかというのです。生き残った人々と共に、悪霊となった香月りんねを倒す策を考える麻生たちでしたが…。

 ヴァーチャルアイドルに悪霊が憑依し、人々が殺戮されてしまうというパニックホラー作品です。悪霊が直接攻撃するのではなく、ネットを通じて機械をコントロールして攻撃を加えてくる、というのが面白いですね。車に轢かれてしまったり、コードで絞め殺されてしまったり、コピー機の紙で窒息させられたりと、その攻撃方法も多様です。中には自動販売機が襲ってきたりする場面も。
 強力な霊能力者が味方側にいるものの、悪霊はネットによって守られているため、直接的な攻撃は効きません。霊的な攻撃をいかにネットを通じて悪霊に与えられるか、というところで、思いもかけない手段が提示され、その奇想天外さには驚いてしまいます。
 序盤で大多数の人々が惨殺されてしまい、残ったのは主人公麻生を含めて数人程度。霊能力者の森沢哀以外は、みな特別な力のない寄せ集めの集団と見えるのですが、そこで互いに対する友情が生まれ、協力して悪霊に対抗していく…という流れは熱いですね。特に、ならず者かと思われた某キャラクターが活躍する後半の展開は感動的です。
 敵である悪霊がネットを通じて機械をコントロールするのと同様に、味方側もコンピュータやテクノロジーと霊能力を合わせて攻撃の手段に使うなど、互いの戦法がアイディアに富んだもので、非常に楽しい作品となっています。時には、その手段が冗談すれすれに接近しており、その「破天荒さ」も魅力ですね。



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最東対地『ふたりかくれんぼ』(二見ホラー×ミステリ文庫)

 十五歳の少年である「ボク」こと小林純兵は、廃墟のような島で目を覚まします。そばには幼い少女マキがいました。何故か彼女を救わねばという義務感に囚われる「ボク」でしたが、突如現れた異形の怪物に殺されてしまいます。しかし気が付くと、現実世界に戻っていました。
 現実世界でも息を止めている間だけ、少女マキの姿が見え、彼女の手を取ると再び廃墟の島に戻っているのです。何度も怪物に殺され、現実世界に戻される「ボク」でしたが…。

 何度も同じ世界に戻るという「ループ」テーマの作品です。主人公は毎回残虐な方法で殺されてしまい、恐怖を抱きながらも、なぜか少女への義務感から何度も別世界へ移動することになります。しかも現実世界に戻ってくるたびに、家族構成や自分の置かれた環境が変わっているなど、現実世界もまた変容を遂げているようなのです。どちらの世界でも帰属感を持てない主人公は苦しむことになります。
 毎回、ほとんど何もできないまま殺されるだけでなく、その殺され方も痛みをともなう残虐なもので、主人公は少女マキを助けたいとは思うものの、別世界への転位に対して恐怖感を抱いてしまいます。
 加えて、別世界の構造やルールなどが後半に至るまで判明せず、自分が何をしたらいいのかも全く分からないため、常時不安感に支配された状態で物語が進み、その不穏感は強烈です。
 登場する異形の怪物たちも独特の造型で、恐怖感を煽ります。無生物と生物が融合した怪物や、虫と人間とが合成された怪物など、グロテスク度も高いですね。マキのいる廃墟のような世界は何なのか、なぜ何度もそこに戻されるのか、現実世界もなぜ変容するのか、様々な謎がなかなか明かされず、不条理度の高いホラーとなっています。
 純兵が語り手となるパートの他に、純兵について調査を重ねるホラー作家宮部七徒のパートが交互に現れ、純兵の身に何が起こったのかが、違った方面からも語られていくことになります。
 事件を起こし壊滅させられた新興宗教、複数の少年少女が失踪した事件、これらは純兵とどんな関係があったのか? 最終的に真相が明かされてなお、不気味さの残る作品となっています。



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木原音瀬『コゴロシムラ』(講談社)

 雑誌記事の取材のため、ライターの原田と共に、四国のある神社を訪れたカメラマンの仁科。原田が怪我をしたことから、近くにある民家に泊めてもらうことになります。家には高齢の女性が一人で住んでおり、周囲には人が全く住んでいないといいます。
 女性の話では、ここは小谷西村、四十年前に山崩れによって祠が壊れ、それ以来呪われ、住む人もいなくなってしまった村だと話します。
 深夜、ふと家の外に出た仁科は、両腕のない裸の女のようなものを目撃しますが…。

 かって産婆が何人も赤子を殺した事件があったことから「コゴロシムラ」と呼ばれる僻地の村。取材で現地を訪れたカメラマンが、そこで奇怪な体験をするホラー・ミステリー、というのが謳い文句で、実際序盤はそのような展開なのですが、実のところ全く違った展開になる異色の作品です。
 先に言ってしまうと、この作品、厳密には「ホラー」ではないです。オカルティックな舞台設定で、序盤はホラー風味たっぷりなのですが、思いもかけない方向へジャンルがシフトしていきます。
 オカルト的な題材が現実的に解釈されていくのですが、それらに社会問題的な視点が絡んでいき、その結果「人間の業」が明かされる…という、どちらかというと「社会派ミステリ」に分類しても良いような作品でしょうか。
 ただ、序盤のホラー要素を別にしても、題材が異様なのは間違いありません。
また、読みどころの一つとして、主人公のカメラマン仁科と、彼が関わることになる物語の中心人物との奇妙な関係性が挙げられます。
 一般的な「恋愛」とは異なるその関係性には、「異形の愛」とでもいうべき点があります。物語全体が合理的に解釈される体の作品ではありますが、この部分に関しては、幻想的な要素が非常に強いですね。
 耽美性も強く、「両性具有」「アンドロギュヌス」的なテーマも現れます。例えば、中井英夫や澁澤龍?などの作品が好きな方には気に入る作品ではないでしょうか。
どのジャンルからも微妙にずれている上に、途中でジャンルがシフトしていくというハイブリッドで、ユニークな読み味の作品といえます。
 帯の文句にある「祟りと因縁が渦巻くホラーミステリー」は、ちょっとミスリードではありますね。ホラーとして買った人は怒るかもしれませんが、作品自体は非常に面白いです。



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雨穴『変な家』(飛鳥新社)

 著者は、知人の柳岡さんから、中古の一軒家を買うにあたって相談を受けます。物件は気に入ったものの、間取りに不可解な点が一つあり、ためらっているというのです。著者は知り合いの建築士の栗原さんに間取り図のデータを送り、それを見てもらうことになります。
 問題の箇所は一階の台所とリビングの間。そこにドアも窓もない謎の空間がありました。収納スペースにするはずが、間取り変更が間に合わなかったのでは、と常識的な回答をする栗原さんでしたが、間取り図を眺めているうちに、さらに不可解な点に気が付きます。二階の子供部屋は二重扉になっており、備え付けのトイレが用意されていました。
 しかも窓が一つもないのです。家に住んでいたのは両親と子供一人だったという情報から、両親は子供を徹底的に管理下に置くために、この部屋を作ったのではないかと、栗原さんは考えを述べます…。

 著者とその協力者たちが、奇妙な家の間取り図から、そこに隠されていた奇怪で破天荒な物語を推測し、引き出していく…というホラー・ミステリ作品です。話題を呼んだYouTube動画の書籍版ですが、さらに新たな物語が付け加えられています。
 断片的な情報はあるものの、ほぼ間取り図のみから、物語が引き出されていきます。図面だけからそれだけの情報が引き出せるのか、という驚きがありますね。特に一章に関しては、間取り図をめぐって著者と栗原さんが話し合うというだけのシンプルな構造で、栗原さんが持ち出す奇怪な推測が当たっているかについての確証はないのですが、それだけに不穏さが半端ではありません。
 文章の断片から推理を引き出すという、ミステリ短篇の名作、ハリイ・ケメルマン「九マイルは遠すぎる」という作品がありますが、その伝でいけば、こちらはさしずめ、ホラー版「九マイルは遠すぎる」です。
 二章目以降では、第二、第三の「変な家」の間取り図が登場し、そこから家に関わった人たちの奇怪極まりない物語が語られていくことになります。家の住人の直接の関係者が登場し、事実の補強をすることにはなるのですが、それでも家についての大部分の真実は不明であくまで間取り図から、起こった事実を推測していくという展開は一章と同様になっています。
 超自然的な現象は現れないのですが、人間がそんなことまでしてしまうのか…という意味での恐怖感が充満しており、その感触はホラーそのもの。後半ではオカルト的な背景も登場しその不穏感を高めていきます。
 間取り図がメインとなっているだけに、お話のそこかしこで図面の一部がアップにされるのですが、物語の展開に伴って、図面を見るだけで怖くなってくるという、想像力を刺激する作品です。非常に新感覚にあふれています。変わったホラー小説を読みたい方にはお勧めしておきますね。



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宇佐美まこと『るんびにの子供』(角川ホラー文庫)
 静かな筆致で描かれた、雰囲気豊かな怪奇幻想小説集です。

「るんびにの子供」
 「るんびに幼稚園」に通っていた「私」を含む幾人かの子供たちは、遠足先の池から幼い少女の霊のようなものが現れるのを目撃します。続けて現れるようになった彼女に、子供たちは「久美ちゃん」と名付けます。成長するに従い周囲の子供たちは霊を目撃しなくなりますが、大人になっても「私」には彼女が見え続けていました…。
 幼い子供しか見えない霊を見続ける女性を描いた、ジェントル・ゴースト・ストーリーかと思いきや、後半には夫と義母との間の陰湿な争いが描かれ、それらが霊現象に絡み地獄のような状況を呈するという、非常に嫌な味わいの怪奇小説となっています。

「柘榴の家」
 孤児となり道を踏み外した直也は、犯罪を繰り返していました。見知らぬ町で警官の姿に驚いた直也は、たまたま近くにいた認知症の老婆に孫と間違われてしまいます。成り行きからその老婆トモの孫修平として、寝たきりであるトモの夫、正太郎の介護をすることになりますが…。
 認知症の老婆の孫のふりをして、ある家に入り込んだ男が、段々とその家に愛着を感じるようになる…というお話なのですが、一見「善人」に見えるトモやその家が見た目通りではなかったことが分かってくる後半の展開は強烈ですね。
 霊現象が実際に起こったのか、それとも妄想なのか、というあたりが曖昧になっているところを含めて、サイコ・スリラーと超自然怪談のハイブリッド的な作品となっています。

「手袋」
 生来の潔癖症から結婚話も棒に振った史子は、妹の沙紀に嫌悪感を抱いていました。幼いころから問題児だったにも関わらず、先に結婚し子供も生まれたことから、親は沙紀に肩入れするようになり、そんな親にも嫌悪感を感じつつあったのです。
 犬の散歩の途中で、黒い手袋を片方だけ拾った史子は、妙にそれに心を惹かれます。折しも、史子と同じマンションの住人である女性の失踪事件が近所では話題になっていました…。
 だらしのない妹に嫌悪感を抱く、いささか潔癖な姉が拾った手袋を通して、ある犯罪事件に関わり合うことになるという物語です。
 互いに陰湿な憎悪を抱き合う姉妹の様子がねちねちと描かれていきます。後半、もう一組の姉妹の運命が、主人公姉妹とパラレルに描かれていく部分も魅力的ですね。

「キリコ」
 結婚によって義理の姉妹となったカナとユイは、共通の兄嫁であるキリコについて話をしていました。変わり者であるキリコは、代々占いをする者の家系であり、また呪いをかける方法も知っているのだというのですが…。
 義理の姉妹でもある友人同士の話から、変わり者で呪術の使い手らしき兄嫁が、人を殺したのではないか、という疑いが判明していく…という物語です。語り自体に仕掛けがある趣向も面白いですね。超自然に見えた話が実はそうでなかった、いやそうだった…と迷いを起こさせる構造も見事です。

「とびだす絵本」
 イギリスに住む従兄の准一に依頼され、かって世話になった伯母の家の処分を任された隆幸は、子供の頃を回想することになります。淡い恋情を抱いていた少女由香里との約束を違えたことから、彼女は失踪してしまい、隆幸の人生もまた変わってしまうことになったのです…。
 大人になった主人公が、過去の幻影と行き会い不思議な体験をすることになります。子供時代の少女への淡い思い、幸せだった時代へのノスタルジーが描かれていき、童話のような結末を迎えるという、美しい幻想作品となっています。

「獺祭」
 乗っていた船が沈没し、救命ボートで逃げ出すことになった「俺」。一緒に乗り移れたのは機関士の谷口だけでした。善人だった谷口の様子はだんだんとおかしくなり始めますが…。
 漂流を扱った心理サスペンスかと思いきや、徐々に不穏な展開に。奇妙な味のモンスターホラーでもありますね。

「狼魄(ラン・ポオー)」
 自分を可愛がってくれていた祖母の二十三回忌の集まりを訪れた優佳。かって戦後、満州国から子供を連れて命からがら逃げてきたという祖母の思い出話の中でも、ことさら不思議な話として語られたのは、「狼魄(ラン・ポオー)」の話でした。
 祖母は満州で親切にしていた女性から、引き上げる際に銀色の毛に覆われた干からびた獣の足をもらいます。その「狼魄(ラン・ポオー)」には人を呪い殺す力があるといいます。
 それは一生に一度しか使えず、すでに自分は使ってしまったがゆえに、親切にしてくれた祖母に身を守るために使ってほしいというのです…。
 中国に伝わる人を呪い殺せる道具にまつわる怪奇小説です。祖母が生き延びるためにそれを使う過去のパートには、緊迫感かつ伝奇的な味わいがあります。加えて、現代でプライベートな問題で悩む主人公の優佳が、「狼魄(ラン・ポオー)」を使うだろうことを予感させて終わるラストも不穏ですね。



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宇佐美まこと『角の生えた帽子』(角川ホラー文庫)

 工員の男が何度も人を殺すリアルな夢を見るという「悪魔の帽子」、妻の死後、夫が住む家が赤い薊に覆われていく「赤い薊」、愛人と駆け落ちをしようとした人妻が予期せぬ状況に陥るという「空の旅」、城下町で過ごした学生時代の思い出から奇怪な現象が判明する「城山界隈奇譚」、本への書き込みを通して、父親の再婚相手に悩む幼い少女とやり取りをする女性を描いた「夏休みのケイカク」、花に入れ込み支配されてしまう男たちを描いた「花うつけ」、木の洞から見つかった白骨死体をきっかけに語られる、山に生きる民の物語「みどりの吐息」、幸せを求めながら、それを手に入れられない犬嫌いの女性を描いた「犬嫌い」、存在しない理想の家族を映像にする会社を描いた「あなたの望み通りのものを」、母の愛人に養われていた女性が、自らも既婚の男の愛人になるという「縁切り」、自転車事故をきっかけに知り合った厚かましい女性に翻弄されるシングルマザーを描く「左利きの鬼」、何でも願いをかなえてくれる「女神」のような女性をめぐる物語「湿原の女神」を収録しています。

 どれも面白いですが、特に面白く読んだのは「夏休みのケイカク」「みどりの吐息」「あなたの望み通りのものを」など。

 「夏休みのケイカク」は、図書館で働く女性の「私」が、本に落書きを繰り返す少女沙良と、本の書き込みを通してコミュニケーションを取るという物語。父親の再婚相手を嫌っているらしい沙良が、父親に会いにいくという「夏休みのケイカク」について絵本に書き込みをしているのを見つけたことから、「私」はふと文章への返事を書き込みます。やがて父親の再婚相手を殺すつもりだと書いた沙良に対し、「私」はその具体的な手段についてアドバイスを書き込むようになっていました…。
 両親の離婚で心に傷を抱える少女と、本の書き込みを通して接触する物語なのですが、想像するような心温まるお話にはなりません。「私」もまた、父の不倫によって苦しめられた過去を持っていることから、少女に殺人をけしかけてしまうのです。
 「私」の過去の人生と少女の現在が二重写しになった後に訪れる結末にはインパクトがあります。超自然的な趣向が使われ、それによって語り手の憎しみが強烈に伝わってくるという作品です。

 「みどりの吐息」は、伯父に頼まれて山の上の集落に配達に行くことになった青年を描く物語。亮司は、いつも通りの配達をこなした後、台風の風雨で帰れなくなってしまいます。客先の一つの高齢の老人岡田の家に泊めてもらうことになった亮司は、奇妙な話を聞かされます。
 終戦直後に岡田が出会った秋山という男は目端の利く商売人でした。彼は山岳地帯を探検している際に事故に遭い、「山の民」に救われたというのです。彼らは山と森の中のみで暮らし、火を恐れているといいます。「山の民」の娘タエと恋仲になった秋山は、彼女を連れて駆け落ちをしようとしますが…。
 火を恐れ山で暮らす謎の民族をめぐる物語です。エピソードを語る老人にも何か秘密があるようで、伝奇的な要素の濃い作品になっています。「植物幻想小説」でもありますね。

 「あなたの望み通りのものを」は、架空の家族の理想の映像を作ってくれる会社を描いた物語。
 ヘルパーの百合子は、仕事に来ている家の老婦人文江があるDVDに夢中になっているのを不審に思います。それは存在しない架空の家族の理想の姿を映像化し、購入者に向かって話しかけるという体裁のDVDでした。
 文江の独身の娘である奈津美が、ある会社にオーダーメイドしたその映像では、いないはずの息子夫妻と孫が現れていました。そのうちに文江は認知症が進み、DVDの家族が実の家族だと思い込むようになっていました。
 一方、数十年前に事故でひとり息子を亡くした百合子は、そのことが原因で夫の秀男ともわだかまりが出来ていました。責任を痛感した秀男は死を望むようになり、仕事の減った昨今はその傾向がさらに悪化していました。
 死んだ息子の秀平が成長した姿を見たいと考えた百合子は、DVDの制作会社『リアライズ』に映像を発注することにしますが…。
 息子の死をきっかけに、わだかまりを抱えていた夫婦が、架空の息子の成長記録の映像を見たことから、死に誘い込まれてしまう…という物語です。
 架空ではありながら強烈な存在感を放つDVDの映像によって、夫妻は人生を終えてしまうことになるのですが、それは必ずしも不幸ではなかった…という解釈が示されるのも面白いところですね。

 全体を通して、怪奇現象や超自然現象に見舞われる物語が多いのですが、それらに出会う登場人物たちの情念が色濃く描かれるのも特徴です。夫への憎しみが描かれる「空の旅」、父親の愛人に憎しみを抱く「空の旅」、愛人とそれが象徴する安寧を守ろうとする「縁切り」、夫と子供への執着が描かれる「左利きの鬼」などでは主人公たちの強烈な情念が描かれます。
 また、死後も夫への憎悪が現出する「赤い薊」や、自らを殺した男に復讐しようとする霊を描いた「みどりの吐息」などでは、それは死者たちによるものとしても現れていますね。
 その意味で、幽霊そのものも含め、現れる超自然現象がとても「人間的」であるともいえるでしょうか。ゴースト・ストーリーであるとともに、「人間」を描いた作品群として、秀逸な作品集になっているように思います。



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宇佐美まこと『虹色の童話』(角川文庫)

 夫亡きあと、義母を介護しながら民生委員の仕事を精力的にこなす千加子は、くたびれたマンション「レインボーハイツ」の住民をたびたび訪れていました。築年数が三十五年を超え、家主自身がすでに経営の意思を放棄しかかっているようなそのマンションには、問題をかかえる住民が多く住んでいました。
 千加子は、住民の中でも特に、祖父の悦二郎と共に住んでいる5歳児、瑠衣のことを気にしていました。体の調子の悪いらしい祖父はろくに面倒を見ることもできず、しかも瑠衣を保育園にやることにも反対していたのです。
 千加子は、成人した息子の竹則が子どものころに読んでいた本を瑠衣に読み聞かせてあげていました。中でも、瑠衣は『グリム童話』を気に入り、何度もそれを読み聞かせるようになります。
 一方、マンションに住む住人たちの間では軋轢が発生し、殺人事件までが発生するようになっていました…。

 問題を抱えた住民ばかりが住む古いマンションを訪れるようになった民生委員の女性が、不穏な事件に遭遇するようになる、というホラー・ミステリ作品です。
 母親が蒸発し祖父と二人で暮らす幼児、親権のある父親から子どもを連れてきてしまったという被害妄想気味の母親、夫が失業し妻が働きに出たことで上手くいかなくなった夫婦、わがままな義理の娘と傲岸な義母に悩まされる後妻など、マンションの住人達は問題を抱える人間が多くなっていました。親切にしようとする千加子でしたが、その努力は空しく、人間間の軋轢は高まっていました。
 住人たちだけでなく、マンション自体の異様な雰囲気、加えて、幼児の瑠衣が、取り憑かれたような不穏な行動をするようになります。
 最後まで明言はされないのですが、土地や建物自体に「悪い意思」があるという、オカルト的な設定の物語になっているようです。
 始めから最後までずっと、人間のドロドロとした暗い情念が描かれるという「嫌な話」のオンパレードのような物語です。問題を抱える一つ一つの家庭が、次々と破綻を迎えていくという、強烈な展開です。
 やがて、善人そのもののような主人公、千加子にも、後ろ暗い過去や、人には言えないような「悪い意思」があることも判明していき、彼女を含め、全ての登場人物たちが黒く塗りつぶされてしまう…という暗い作品となっています。
 結末では、連続する悲劇の影にある原因(超自然的なものではありますが)があったことも判明するという趣向になっています。
 オカルトホラーというべきか、超能力者哀話というべきか、それともサイコ・スリラーというべきか。いろいろな要素の含まれた作品で、その特徴的な趣向を含めて面白い作品です。ただ後味は徹底的に悪いので、ホラー慣れした人に勧めておきましょう。



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黒史郎『ラブ@メール』(光文社文庫)

 七夕の日、任務中の自衛隊員の大熊は、突然同僚が狂ったようになり、次々と命を落としていくのを目撃し戦慄します。おかしくなった人間は、異性を求めて周囲の人間に襲い掛かっていました。どうやら過度な性衝動のようなものに取りつかれているらしいのです。理由は不明ながら一人生き残った大熊は、発症を免れた妊婦の唯と連れの青年裕也と出会い、共に東京に向かうことになります。しかし、行く先々で出会うのは、すでに死んだ人々か、狂気に囚われた者ばかりでした…。

 突如、全人類が狂気のようなものに囚われ、人々を襲い始めるという、パニック・ホラー作品です。いわゆる「ゾンビもの」のバリエーション作品とも取れるのですが、ユニークなのは、おかしくなった人々が求めているのが「異性」であり、性衝動のようなものに取りつかれているというところです。
 元々夫婦や恋人だった者たちは、そのまま死んでしまうほか、シングルだったものも異性を襲い、そのまま互いに死んでしまうのです。
 主人公となる大熊や唯、裕也たちがなぜその衝動に取りつかれず無事だったのか、という理由は後半に明らかになります。この現象の理由を探るため、大熊は友人の天才科学者、二見に会いにいくことになりますが、彼が研究の結果発見したのは、人類史を揺るがす恐るべき事実でした…。
 人類を狂気に陥れたのはウイルスなのか、それとも化学兵器なのか? 二見によって明かされる事実はとんでもないもので、それが明かされて後、SF的な色彩が濃くなっていきます
 グロテスクなシーンも横溢するホラーではありますが、作品のテーマは、恋愛、夫婦愛、親子愛など、広い意味での人間の「愛情」になっています。その「愛情」を否定するような現象が起こっていながらも、なおそれを肯定できるのか? という部分で、いろいろ考えさせるところもありますね。
 メインの登場人物たちの中でも、妊婦の唯と、彼女とたまたま一緒に行動することになった青年裕也との間が、友人とも恋人ともつかぬ微妙な関係性で、良い描かれ方になっていますね。裕也の母親を含め、疑似家族的な関係となった彼らがたどる結末にも切なさがあります。



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山田正紀『ナース』(ハルキ・ホラー文庫)

 高山の山中に墜落したジャンボ機。その犠牲者は五百人を超えていました。事故現場に乗り込んだ、丸山婦長率いる日本赤十字の七人のナースたちが目撃したのは、体をバラバラにされながらも、動き回る死者たちでした。彼女らは、異界の住人と思われる存在と遭遇することになりますが…。

 異界の存在の影響により蘇った死者たちと、ナースたちが戦うことになるというホラーアクション小説です。スプラッター、バイオレンス要素の強い作品で、演出も派手になっています。
 敵となる死者(ゾンビといっていいんでしょうか)の造型も強烈。墜落事故で体がバラバラになっているせいもあり、五体満足なものは殆どいないのです。体に首がめりこんでいたり、首だけだったりと、まともに体が動かせる状態ではないにもかかわらず、その動きは俊敏で怪力なのです。
 異界の影響により、死者たちの肉体が集められ物理的なガジェットが作られるのですが、死体で作られた門や骨で出来た航空機など、想像力豊か(趣味は悪いですが)な場面が頻出します。その感触は、まるでクライヴ・バーカー作品のようですね。
 主人公となるナースたちは、現場で鍛えられたプロフェッショナルばかりで、酸鼻を極める死体はおろか、動く死体となった怪物たちに対しても動じない、タフさを持っています。
 また怪物となった「死体」に対しても、あくまで「患者」として対応するのが特徴で、彼らとの戦闘行為もナースたちにとっては「医療行為」であり、敵を倒す=安らかに逝かせる、なのです。
 ナースの面々も個性的です。慈愛の化身のような婦長の丸山晴美、常に冷静で判断力に長け「軍曹」という綽名を持つ主任水島理恵、ヤンキー上がりの森村智世、プロ意識の固まりである斉藤益美、巨体で皆の危機を救う安田美佐子、最年少で経験は足りないながらも将来性のある山瀬愛子、そして、能力が劣るため“お荷物”扱いの遠藤志保。
七人の中でも主人公的な立ち位置なのが、水島理恵です。常に冷静沈着で、度々登場する、啖呵を切るシーンには格好良さが溢れていますね。
相手が死者だろうと異界の存在だろうと、皆が「プロのナース」として「仕事」を遂行しようとする、異色の「お仕事小説」ともなっています。「お荷物」だった遠藤志保が、クライマックスで目覚める、という展開も熱いです。
 非常に面白いホラー小説なのですが、難を言えば、アクションシーンが少ないのと、結末でもあっさりと事態が解決されてしまう、というところでしょうか。ページ数が短いせいもあるのですが、その一方で人物描写には厚みがあるので、登場人物たちが充分に活躍する前に物語が終わってしまう感が強いです。もう少し長い作品だったら、さらに面白くなったのでは、と思わせます。
 そういう意味で「傑作」とは言い難いのですが、死者や怪物のグロテスクな描写、個性豊かな主人公たち、スプラッター感強めの派手な演出と、見所は沢山あり、怪作と呼びたい作品になっています。



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加門七海『美しい家』(光文社文庫)

 七篇が収められたホラー小説集です。
 かって海のそばにあった家が自身の美しい思い出を住人に幻影として見させる「美しい家」、皇居に向かう老夫婦が過去の戦争の記憶に囚われていくという「迷い子」、漂流物をアートにする活動を続ける学生が補陀落渡海の舟のかけらを見つける「シーボーン」、振った男が偏執的になり奇怪な体験をする女性を描いた「悪夢」、浮気性の青年が路地裏で奇妙な「雨」の女を目撃するようになる「幻の女」、孤独を抱える少女が歩道橋の上でお茶をすする奇妙な老人たちと出会う「緋毛氈の上」、少年が星の光で燐寸を作る男と出会う「金ラベル」を収録しています。
 恐怖度の高い作品が多いですが、過去のいじめが原因で孤立する少女が、歩道橋の上でお茶をすする奇妙な老人たちと出会い、心を癒されていくという「緋毛氈の上」、祖母の家にやってきて退屈していた少年が、ある日星の光で燐寸を作る男と出会い助手になるという「金ラベル」などは、ノスタルジックな香りが強いですね。
 「美しい家」もノスタルジーが強いですが、こちらはホラー味も強いです。海のそばにあったころの美しい記憶を幻として吐き出す「美しい家」。そこに住み着いた青年はその幻影の虜になります。続いてそこを訪れた青年の友人も同じ幻影に取り込まれていきますが、ある時を境に現実に引き戻されてしまうのです。
 かって家に住む失踪してしまった少女が、家の記憶の世界に行ってしまったのではないかということも語られ、融通無碍な世界の往還が描かれる魅力的な作品となっています。 最もホラー味が強いのは「シーボーン」でしょうか。美術大学の学生である「僕」は、卒業制作として漂流物を使った造形作品シーボーンアートを作るため、海にやってきていました。ある日、襖ほどの大きさの厚い板を拾いますが、それには仏教的な装飾が施されていました。
 知り合った老人によれば、その板は「補陀落渡海」に使われた小舟の一部だというのです。老人はまた海から来たものは海に帰すべきだとも言うのですが…。
 板が飽くまでアートの一部分にすぎないとする主人公に対し、別の世界のものだとする地元の人々との対立、そして、現出する異界感が強烈な作品となっています。



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加門七海『オワスレモノ』(光文社文庫)

 様々なテーマのホラー短篇を収めた作品集です。
 深夜タクシーに乗ったOLが奇怪な体験をするという「夜行」、死を引き寄せる不思議な少女を描く「白衣の天使」、隣人の妄想の中の女が現実に出現する「恋人」、孤独な女性のもとに現れた地縛霊をコミカルに語る「二十九日のアパート」、自然保護を訴える少女が海で体験する幻想を描く「人魚の海」、劇団の小道具係の青年が入院中に不思議な女性と出会う「雪」、山の中に一族の墓参りに訪れた姉妹が奇怪な体験をするという「アメ、よこせ」、通勤中のサラリーマンが電車内で得体の知れないものを目撃する「オワスレモノ」を収録しています。
 扱っているテーマ自体はオーソドックスなのですが、語り口が上手いのと、その見せ方が捻っていて、楽しめるものが多くなっていますね。
 特に面白く読んだのは、「恋人」「アメ、よこせ」でしょうか。

 「恋人」はこんなお話。田舎のアパートに引っ越してきた青年楡崎は、就職も決まり、かねてよりの思い人である昌実とつきあうことにもなり、順風満帆な人生を送っていました。しかし昌実から他につきあっている人がいるのかと突然問い詰められます。 楡崎の隣人である中年女性、土屋和子からそのことを聞いたというのです。本人に問いただすと、本当にその女性を目撃したというのです。しかも目立つ美人だったと。さらに土屋は昌実に電話をかけ、楡崎に脅迫されたと話したというのですが…。
 明らかにおかしい隣人の女性が妄想を膨らませていくサイコホラー、に見えるのですが、その「妄想」内の女が実在している証拠が現れ始め、さらに思いもかけない展開になっていくのが面白い作品です。主人公の前には直接現れず、間接的に女の存在が示されていく…というところが怖いですね。

 「アメ、よこせ」は次のようなお話。一族が眠る墓へ参るため、山の中をハイキングがてら訪れた幸恵と郁恵の姉妹。祖父母が亡くなり、叔父夫妻が家を離れたことで、親戚たちが持ち回りで墓参りをすることになっていたのです。楽し気に歩く郁恵に対し、幸恵は何か忘れ物をしてきてしまったような思いが振り払えませんでした。
 ようやくたどり着いた寺の本堂は焼け落ちており、人は全く見当たりませんでした。郁恵は父から飴を供えるように言われていたことを思い出しますが、飴を持ってくるのを忘れていました。
 その途端、幸恵は亡き祖母から聞かされた話を思い出します。悪い鬼を諫めるために、山には飴を持っていかなければいけないのだというのです。そうしなければ人間は目玉を盗まれてしまうのだと…。
 一族の墓参りに山を訪れた姉妹が、言い伝えにある飴を忘れてしまったために、奇怪な体験をするというホラー作品です。ひとけの全くない山の中という舞台、民話的な背景が描かれ、非常に不気味で怖い作品となっています。実際に奇怪な出来事が起こったのか否か、ぼかす結末も味わいがありますね。

 表題作「オワスレモノ」もなかなか不気味なお話です。サラリーマンの佐藤浩之は、通勤中に人身事故に遭遇し、電車内で立ち往生してしまいます。荷物棚の上に、形の定まらない黒い靄のようなものを見つけた浩之は驚きますが、他の人間にはそれが見えていないようなのです。
 錯覚だと思い込もうとする浩之でしたが、後日再び同じような靄を目撃します。その直後、電車が人にぶつかったというアナウンスが流れます。靄は、事故や死に関係したものなのではないかと浩之は考えますが…。
 人の死に関係しているらしい黒い靄。その正体はいったい何なのか…? 死んだ人間の怨念や残留思念的なものを想像させ、実際そうした方向で描かれはするのですが、その描かれ方がユニークなのです。霊的なものと即物的なものが混合したような妙な存在で、不気味さは比類がないですね。



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加門七海『目嚢 めぶくろ』(光文社文庫)

 怪談作家の鹿角南は、従妹の香織の夫である菊池淳から、家の古い土蔵で見つかった古文書を預かります。できれば自らの家系のことを知りたいというのです。
 古文書の束には幽霊画も含まれていました。古文書にはたびたび怪談が記されており、興味を惹かれた南は、幽霊画の来歴についても記されているのではないかと調べ始めます。
 菊池家の歴史を調べていくうちに、南の周辺で不思議な現象が相次ぐようになりますが…。

 怪談作家が古文書を調べていくうちに、その家系に秘められた呪いを知り、自らも怪異に巻き込まれていくという、ホラー作品です。
 『目嚢』と題された古文書にはたびたび怪談が記されており、読んでいくうちにその作者にはそうした霊や現象が「見える人」なのではないかという推測が語られます。やがて、古文書の作者自身が関係する菊池家の家系に恐るべき事件があり、それによる呪いにも似た現象が代々起きていることが明らかになります。
 単なる傍観者であったはずの南が、従妹の香織、ひいては自らにまで呪いの影響が及んでいるのではないかと気づくあたりの恐怖感は強烈ですね。
 首がすぐ落ちてしまうという地蔵の来歴について、郷土資料として伝わっている話が、調べていくうちに、菊地家の血塗られた歴史が関わっていることが分かる部分は、謎解きとしても面白いところです。
 怪談は因縁が分かってしまうと怖さが半減してしまうものですが、本作品の場合「呪い」の因縁が明らかになるにつれて恐怖度が高まっていくという作りになっています。それに伴い、古文書自体の「禍々しさ」がクローズアップされてくるという点でもインパクトがありますね。
 タイトルにもなっている、古文書『目嚢』は、根岸鎮衛の有名な雑話集『耳嚢(みみぶくろ)』にならって付けられた名前です。目にしたものを記録した、という体裁なのですが、その目にする人が霊現象の見える人だったら…という発想で、考えると怖いアイテムです。



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都筑道夫『狼は月に吠えるか』 (文春文庫)

 工夫の凝らされた怪奇小説集です。怪談的なシチュエーションから、合理的な解決が出されるという、ミステリ的な作品も混じっています。
 連続殺人は満月の夜に殺人狂になった自分のせいではないかと考える男を描いた「狼は月に吠えるか」、死んだ姉の幽霊が、恨みを抱いた当人ではなく、よく似た容姿の男に間違ってとり憑きつづけるという「鬼火いろのドレス」、付き合った男に無差別な殺人をやらせてしまう謎の女を描いた「髑髏のペンダント」、手元に置くと美しい女性の幻影が現れるという燭台をめぐる「人魚の燭台」、性的接触によってポルターガイストを発生させる女性とその恋人を描いた「池袋の女」、夫の浮気の証拠を探偵事務所に調査させていた妻が思いもかけない事態に遭遇する「古川私立探偵事務所」、死んだとたんに幽霊となって活発に知り合いを訪ねて回る老父とその息子夫妻を描いたスラップスティックな幽霊奇談「スープがさめる」、数年前に亡くなったはずの妻と同じ名前で見覚えのない女が突然現れるという「侵入者」、友人の妻となったかっての女友達から夫殺しを持ち掛けられる男を描いた「殺人ゲーム」、殺人を犯してしまったという娘からの電話を受けて助けに向かった父親が陰謀に巻き込まれる「事後従犯」を収録しています。
 超自然現象が起こるオーソドックスな怪奇小説だけでなく、怪談的なシチュエーションが合理的な解決を迎えるというミステリ的な作品も混じっています。その意味で結末がどうなるか分からない…という楽しみがありますね。
 印象に残ったのは「鬼火いろのドレス」「古川私立探偵事務所」「スープがさめる」などでしょうか。

「鬼火いろのドレス」は、男を恨んで死んだ女性の幽霊が、似ている容姿の別の男性にとり憑いてしまうという物語。死んだ女性希代子の妹雅代と、間違えられた青年黒江が、本来恨まれるべき希代子の元恋人の男を探すことになります。黒江は身に覚えのない幽霊から解放されるのか…?
 黒江が語る幽霊の姿が彼以外には見えないため、本当に幽霊が憑いているのかも分からないところが面白いですね。

 「古川私立探偵事務所」は、夫の浮気調査を頼んだ女性が思いもかけない事態に巻き込まれるという物語。笹沼夫人は友人の紹介で、古川私立探偵事務所に夫の浮気調査を依頼することになります。証拠を見せるとして古川が出してきたのは水晶球でした。そこにはホテルでの夫の浮気現場が映っていました。
 夫人はホテルの場所を教えろと息巻きますが、古川は水晶球を通して移動ができると話し、夫人を水晶の中へ突き飛ばします…。
 夫の浮気を確かめるための調査から超自然的な事件が発生し、さらに思いもかけない展開になる作品で、その超展開にびっくりしていまいます。この結末を予想できる人はそうそういないんじゃないでしょうか。

 「スープがさめる」は、死んだ父親が幽霊となって動き回るという物語。食事を持って行った妻から、父親が冷たくなっているという話を聞いて、驚いてかけつけた「私」は父親の姿が見えないことに気が付きます。父親の知り合いたちに電話をかけると、突然現れて自分は死んだ、と言っているというのです…
 父親が次々と知り合いの家に現れているらしく、しかも明らかに遠方の家に短時間で現れているのを見ると、本当に幽霊になったとしか思えないのです。後を追う息子がたどり着くたびに、すでに父親が消えている…という追っかけごっこがスラップスティックに描かれる、楽しい作品となっています。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

不可思議な物語  ポール・ジェニングスの短篇を読む
 イギリス生まれ、オーストラリア育ちの作家ポール・ジェニングス(1943-)の短篇はもっぱら子ども向けに書かれていますが、大人が読んでも楽しめる作品となっています。突拍子もないユーモア、奇想天外なアイディア、破天荒な物語展開…。一篇一篇は短めながら、読んだ後の満足度が非常に高いです。
 日本では、1990年代に《PJ傑作集》として、トパーズプレスより全七巻の短篇集の邦訳が刊行されました。順に紹介していきましょう。



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ポール・ジェニングス『ありえない物語 PJ傑作集1』(吉田映子訳 トパーズプレス)

「シャツも着ないで」
 話す際に、なぜか語尾に「シャツも着ないで」を付け加えずにはいられない少年ブライアン・ベルは、それが原因で馬鹿にされていました。亡き父が残した犬シャベルが砂浜で見つけてきたのは骨のかけらでした。かけらを集めているうちに、それは人間の足の骸骨になりますが…。
 妙な口癖のある少年が、犬が探し当てた骨を集めているうちに不思議な現象に巻き込まれるという作品です。「シャツも着ないで」という言葉の理由が分かる結末には、思わず膝を打つのでは。もの悲しさとユーモアが入り交じった雰囲気も魅力的です。

「取りつけ式飛行具」
 四時間のみ超強力な接着力を発揮する〈ギッフェンの驚異の接着剤〉を売って回る男ギッフェン。実演して売りさばいた後に逃げ出すという、詐欺のような行為を繰り返していました。
 発明家を名乗る男フリンティーと出会ったギッフェンは、彼の開発した「取りつけ式飛行具」に魅了され、その発明を盗んでやろうと考えますが…。
 詐欺師が自らの悪行のために身を滅ぼす…というお話です。よりにもよって、自らの接着剤が原因となって二進も三進も行かなくなる、という展開が楽しいです。

「外便所の骸骨」
 両親が亡くなり、フローおばの家に引き取られることになった少年ボブ。おばは、盗まれた一家伝来の絵のことを残念がっていました。高い価値があるというその絵は、かって家を貸していたネッドじいさんの死とともに行方が分からなくなったというのです。
 ボブは外にある外便所を怖がっていました。そこで幽霊らしき存在を目撃していたのです。その幽霊は、トイレで死んでいたのを発見されたというネッドじいさんのようなのですが…。
 後悔から、死んだ外便所に憑りつきつづける老人の幽霊を描いたゴースト・ストーリー。怖がった少年がトイレを我慢し続ける、と言う部分にはユーモアがありますね。幽霊が登場するシーンは、恐怖度も結構高いです。

「ラッキー・リップ」
 女の子から嫌われていた少年マーカスは、魔女の噂もあるスクリチェットばあさんを訪れます。彼女から、それをくちびるにつけると、女なら誰でも一度だけキスしたくなるという、魔法のリップスティックを手に入れますが…。
 どんな女性もキスしたくなると言う魔法のリップスティックを手に入れた少年ですが、目当ての女の子だけでなく、思わぬ女性からキスされてしまう、という皮肉な物語です。

「牛糞カスタード」
 野菜作りを趣味とする父親の手伝いで、様々な動物の糞を使った肥料作りを手伝わされていた少年グレッグは、周囲からからかわれることに嫌気がさしていました。ある日父親は牛糞を元にした肥料を作り上げますが、その酷い臭いはハエを殺してしまうほどで、近所からも文句を言われてしまいます。
 それを教訓に、臭いのしない「肥料百号」を作りますが、それは人間には感知できないものの、ハエを大量に引き寄せる効果を持っていました。何百万匹ものハエがグレッグ親子に襲い掛かることになりますが…。
 そのあまりの臭いからハエさえもが死んでしまうという強烈な肥料「牛糞カスタード」。しかし、別の肥料によって引き起こされた緊急事態には、それが逆に役に立つことになるという、ブラック・ユーモアにあふれた作品です。

「灯台のブルース」
 老人のスタンと共に灯台で働いていた少年アントン。スタンはバイオリン好きで、さらにその父アラン・リカード、その祖父キャプテン・リカードもまた生前音楽好きだったというのです。灯台の音楽室では、たびたび彼らの幽霊らしき存在が出没し、音楽を奏でていました。
 ある日、灯台を取り壊し自動化するという知らせが届けられ、スタンとアントンはそれに反対することになりますが…。
 灯台の仕事と音楽を愛していた幽霊たちによって、灯台の取り壊しが防がれる…という物語。哀愁溢れる作品となっています。

「スマート・アイスクリーム」
 頭脳明晰ではありながら、利己的で嫉妬深い少年の「ぼく」。馬鹿にしていた少年ジェロームが自分に劣らぬ成績を取ったことに疑問を抱いた「ぼく」はその理由を探ろうとします。
 ミスター・ペッピが扱うアイスクリームには不思議な力があると言われていました。「ぼく」はそれを手に入れようとしますが…。
 不思議な力を持った魔法のアイスクリームを扱った物語です。頭は良くも性格の悪い少年が、さらに知恵を付けようとしますが、逆にひどい目にあってしまいます。その効果が永久的なものなのかは明確にされないこともあり、ちょっと残酷味が強い感じの物語となっています。

「ワンダーパンツ」
 「ぼく」のために、母親がある生地から作ってくれたパンツはピンク色で、しかも妖精の模様がついていました。穿くのを恥ずかしがる「ぼく」でしたが、それを付けているときに限り、尋常ではない力が出るのを知り、驚きます…。
 穿けば強力な身体能力を得られる魔法のパンツをめぐる物語。パンツが縮んでしまって穿けなくなり、下手をすると命を落としそうになる、というしょうもない展開に笑ってしまいます。縮んだパンツを有効利用して成功するという後半の展開には、アイディアが溢れていますね。



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ポール・ジェニングス『とても書けない物語 PJ傑作集2』(内藤里永子訳 トパーズプレス)

「氷の乙女」
 魚屋を営むマントリーニさんは、美しい氷の彫刻を作り、ショーウィンドウに飾ることで有名でした。しかし毎月一日にその彫刻を溶かしてしまい、新たなものを作るのです。マントリーニさんさんがある日作ったのは、美しい少女の像でした。
 像に恋してしまった「ぼく」は毎日のように像のもとに通います。撤去の日が近づくにつれて、像を溶かすのを何とか防げないかと考えますが…。
 氷の少女像に恋してしまった少年を描く物語です。「人形愛」テーマのバリエーションともいえるでしょうか。彫像を持ち出そうとした少年がひどい目にあってしまう様が描かれますが、少年の恋心が報われ、ちゃんとハッピーエンドになるところに安心しますね。
「バードマン」
 砂浜でねこの形をした奇妙な帽子を見つけた少年ショーンとスパイダー。帽子をかぶると、ねこの目が開いて閉じ、目撃した生き物の行動を真似してしまうようなのです。出場する飛行大会のため、ジェレミーおじさんからハングライダーを送ってもらっていた二人でしたが、それをいじめっ子のバギンズに奪われてしまいます。自作のハングライダーとねこ帽子を使って、事態を打開しようと考えますが…。
 見た者の行為をトレースする不思議なねこ帽子が登場する作品です。人間だけでなく、犬などの動物の行動もトレースしてしまうのです。しかしねこ帽子の動きはランダムなようで、狙って何かをしようとしてもなかなか上手くいきません。
 主人公の少年たちが、いじめっ子の意地悪に負けず成功できるのか、といったところにハラハラドキドキ感がありますね。

「チョロチョロ噴水」
 ことあるごとに兄のサムに馬鹿にされていた弟のウィーズルは、母親のアドバイスに従い、兄に負けまいと必死にトレーニングを重ねます。その結果とは…。
 兄に負けまいと努力する弟のお話なのですが、その行為がスポーツや勉強ではなく、しょうもないある行為(タイトルで分かってしまいますね)であるところが面白いですね。

「ハーモニカ」
 山火事の際、皆を助けて命を落としたハードブリスルの奥さん。夫のハードブリスルさんは悲しみに沈んでいました。子どもたちが助けられた穴があった場所にマグノリアの木を植えますが、その木の花が咲けば自分は妻に許してもらえるのではないかと考えていました。
 ハードブリスルさんの望みを叶えたいと考える「わたし」は、木に肥料と間違って除草剤をかけてしまいます。新しい木を買うため、町中でギターを演奏し、お金を稼ごうとしますが、なかなか上手くいきません。
 突然現れたポニーテイルの青年は「わたし」にハーモニカを貸してくれます。そのハーモニカは、思いを込めた曲を吹くことによって、人々の感情を刺激する不思議な楽器でした。これでお金が稼げると考えた「わたし」でしたが、ハーモニカを借りていられるのは一日だけの約束でした…。
 約束を違えて、不思議な楽器を自分のものにしてしまおうとする少女を描いた作品ですが、その動機は他者を思うがゆえのもので、その純粋な動機は、別の形で報われることになります。ハーモニカによって、人々が心を揺さぶられるシーンは美しいですね。

「ビロードの玉座」
 一緒に暮らす「がっつき」ことアーノルドに、給料ばかりか生活のすべてを支配されていたシンプキンは、嫌気が差して家出を敢行しようと考えていました。仕事帰りに公園のトイレに入りますが、壁にはたくさんの落書きがありました。
 五時に鍵がかかる、という落書きを見た直後に、トイレには鍵がかかり、出られなくなってしまします。また、最上の椅子という落書きを見た直後には、ビロードの玉座のような便座が現れます。どうやら読んだ落書きの内容が現実化するようなのです…。
 トイレの壁に書かれた落書きの内容が現実化するという作品です。落書きだけに、その内容はナンセンスかつ不条理なもので、下手をすると命の危険すらありそうなのです。危険なトイレで過ごしているうちに、嫌気が差していた横暴な同居人のいる家に帰りたくなってくる、というのも皮肉な展開です。

「泣けよ、泣き虫」
 何をやっても上手く行かない少年ギャヴィン。母親が大事にしている便箋を汚してしまったギャヴィンは衝動的に祖父が出かける車に乗り込んでしまいます。祖父は、砂漠であめためがえるを見つけることを願っていました。
 しかしギャヴィンのせいでトラブルに巻き込まれ、砂漠の中で水さえ失ってしまいます…。
 とことん間の悪い少年が、同行した祖父も危険な状態に追い込んでしまう…という物語。しかし、その間の悪さが功を奏して幸運を呼び込む、という展開には爽快感がありますね。

「嘘発見器」
 ひねくれた少年の「おれ」は、友人の天才少年ボフィンが作った?発見器で、クラスに二人いる金持ちの子どもサンドラとベンをやりこめてやりたいと思っていました。サンドラがベンに恋しているのではないかと考えた「おれ」は、サンドラに様々な質問をしかけますが…。
 二人をやりこめるつもりが、サンドラの恋の対象は意外な相手で…。これは微笑ましい物語ですね。

「どろどろポンコツ車」
 「ぼく」は、、クランチ教頭にイヤリングを取り上げられ、代わりの品物を買いに訪れます。青いランニング・シャツの男が片方だけ買っていったというイヤリングの片方を手に入れることになります。
 タンク・ローリーに乗った青いランニングの男と揉め事になった「ぼく」とその父親は、タンク・ローリーからヘドロのようなゴミをあびせられてしまいます。その直後から、「ぼく」はゴミを体に引き付ける磁石のような体質になってしまいます…。
 ゴミを引き寄せる体質になってしまった「ぼく」が、それをなんとかしようと奔走するという、スラップスティックなファンタジーです。冒頭に登場するイヤリングのエピソードはただの趣向なのかと思っていると、ちゃんと物語に結びついてくるところに感心します。

「目は知っている」
 父母から離婚を告げられ、どちらに着いていくかの決断を迫られたハリーは動揺し、決断をリトル・ロボットに託そうと考えます。ロボットの鼻をつまむと、目の色がスロット・マシンのように赤か緑になるのです。
 やがてハリーは、ロボット任せの決断に慣れてしまい、自分で選択ができないようになってしまいます…。
 決断を恐れるようになった少年が、ロボットのランダムな選択に頼るようになってしまうという物語です。日常で出会う様々なことをロボット任せにした結果、とんでもない事態に追い込まれることになります。
 父母の離婚を撤回させることはできないものの、そう悪くはない落としどころを見つける、という現実的な結末も味がありますね。



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ポール・ジェニングス『がまんできない物語 PJ傑作集3』(吉田映子訳 トパーズプレス)

「なめちまった」
 アンドルーの父親は我慢強い性質でしたが、二つほど欠点がありました。それは、ハエが大嫌いで、ハエを見ると殺すまで狂ったようになってしまうこと、そしてテーブルマナーにうるさいことでした。息子の食事中のマナーに対して度々注意していましたが、上司のスピンクスさんが家に食事に来ることになり、その席ではマナーに関して口を出さないことを誓います。
 いたずら好きなアンドルーは、父親の上司の前で、わざと汚らしい食べ方を繰り返しますが…。
 反抗心の強い少年が、父親の嫌がることを目の前で行う…という物語。テーブルマナーだけでなく、もう一つ父親の嫌いな「ハエ」に関しても強烈な行為をすることになり、その部分の印象は強烈ですね。

「黒い粒つぶ」
 母親からジーパンについた黒い汚れを指摘され、その理由を話しはじめた少女サリー。その汚れは、山羊の糞だというのです。新聞紙を着た心優しい世捨て人ペーパーマンが保護したカンガルーの子どもは、手術が必要な状態でしたが、それには二百ドルもかかると言います。
 全財産であるというオパールをお金にかえてきてほしいと言いつかったサリーでしたが、それを突然現れた山羊に食べられてしまいます。糞と一緒に体から出てくるのを待とうと、山羊を監視し続けることになりますが…。
 宝石を山羊に食べられてしまった少女が、それを取り戻そうと、体内から出てくるのを待ち続けるという物語。常時、山羊に張り付き、出た糞を調べる行為が周囲に怪しまれてしまうという、ユーモアたっぷりのお話になっています。
 ユーモラスではありながら、「いい話」として展開していた物語がひっくり返される結末もブラックで楽しいです。

「罪をかぶるのみ」
 鳥かごをかぶって学校に現れた少年ゲイリー。マーズデン先生はその理由を聞き出します。ゲイリーは隣人の少女キムにぞっこんでした。彼女は片方の羽しかないインコ、ベートーヴェンを保護して可愛がっており、ゲイリーは、インコの次に一番の親友と言われて舞い上がっていました。
 ゲイリーの飼う犬スキップが鳥を傷つけるのではと心配していたキムでしたが、ある夜、犬を小屋につながなかったところ、スキップは鳥を殺してしまいます…。
 犬を離していたところ、恋する少女の飼鳥を殺してしまったことに気づいた少年がパニックになる、という物語です。様々な手段を考え、似た鳥を買って入れ替えておくことも考えることになります。鳥をわざと片羽にすることは残酷だとあきらめたり、犬自身に責任はないと考えるなど、少年の心根は綺麗なため、ブラックな展開にはなりません。ハッピーエンドになるところで、逆に安心してしまいます。

「来世では」
 「ぼく」は漫画の真似をして、父が大事にしているにわとりラスタスに催眠術をかけると、みごと術にかかってしまいます。硬直してしまった状態が解けなくなり、慌てた「ぼく」は衝動的に家を出て、友人のスプリンターに相談します。スプリンターへの催眠術も効果を発揮してしまいますが…
 ふざけてかけてみた催眠術が効いてしまう少年を描いた作品です。その結果困難に追い込まれてしまうのです。後半では、催眠術で前世の人格を呼び出せることを知った少年が、それを呼び出し事態の解決を図るという、とんでもない展開に。それぞれの人間の前世が思いもかけないものだった、という意外性が楽しいです。

「爪」
 父親と共にある島にやってきた息子のレーマン。母親は行方不明でした。父は何かを探しているようなのですが、その詳細は教えてくれません。レーマンには、妙なかゆみと、体のあちこちから爪が生えるという現象が発生していました。疑問だらけのレーマンは、父親を問い詰めますが…。
 母親はどこに消えたのか? 父親が探しているものとは何なのか?この島には何があるのか? 息子の体に起きた謎の症状とは? 謎だらけのミステリアスな幻想小説です。
 謎があらかた解けた後に登場する世界観が、また魅力的。幻想のあわいに消えていく結末にも味がありますね。

「ヤッグル」
 病気の妹ミッジを喜ばせるため、マッシュルーム集めの賞品のイースター・エッグを手に入れようと決心したポケッツと友人のカクタス。一日かけて集めたマッシュルームをいじめっ子のスマッターに盗まれてしまいます。
 落胆した二人でしたが、ふと見つけた、茶色の巨大きのこが何かの役に立つかもしれないと、持って帰ることにします。ポケッツはきのこに自己流の名前ヤッグルと名付けます。
 ヤッグルには奇妙な性質がありました。見たものの形そっくりに変形し、その後爆発して粘液をまき散らすのです。ヤッグルを使って、スマッターに一泡吹かせようと考えるポケッツでしたが…。
 妹のためにがんばっていた苦労を水の泡にされた少年が、いじめっ子に復讐し、賞品を取り返そうとする物語です。異様な性質を持つきのこがいじめっ子に対して使われるとは予想がつき、その意味で予定調和的ではあるのですが、やはり爽快感のある物語になっていますね。

「祖父の贈り物」
 祖父が昔鍵をかけて以来、開けてはならないと言われている戸棚を、シェーンは開けてしまいます。中にはきつねの毛皮のようなものが入っていました。父によれば、祖母にプレゼントするために祖父が撃ったというのです。
 庭のレモンの木の実をもいで持ってきてほしいという夢を見たシェーンは、実際にレモンをもいできつねの毛皮の口にくわえさせます。次に戸棚を覗くと、レモンは消えており、きつねの毛皮の中に骨のようなものが増えていました。レモンをくわえさせるたびに、きつねは生前の体を取り戻していきますが…
 祖父が殺したきつねの毛皮が、レモンによってどんどんと再生していくという不思議な物語です。
 祖父の罪を孫が贖う…というテーマのお話とも読めるのですが、祖父が戸棚に鍵をかけた理由や、なぜレモンに不思議な力があるのか、きつねは超自然的な存在だったのか、などいろんな不明点もあり、読む人によって解釈もいろいろ出てきそうな、魅力的な物語となっています。
 無機物として登場したきつねが、段々と生命を取り戻していく過程はファンタスティックですね。

「悪臭足の偉業」
 少年ベリンの足の臭いは強烈で、本人には感じ取れないものの、人間はもちろんのこと、動物を気絶させてしまうほどのものでした。
 毎年海岸にやってくる二百歳のウミガメ、オールド・シェリーの産卵を楽しみにしていたベリンは、不良少年のホースとその仲間がウミガメを殺そうと目論んでいることを知ります。自らの足の悪臭を使ってそれを止めようと、ベリンは三か月間、同じソックスとシューズを使い続け、悪臭を最大のものにしようと考えていました…。
 ウミガメ殺しを止めようと奔走する少年の物語で、それはそれで「いい話」なのですが、それを止める手段が「足の悪臭」という、とんでもない設定の作品です。
 主人公ベリンの足の臭いは強烈で、一日分の臭いで動物が気絶してしまうほど。それが数か月分溜まったらどうなってしまうのか? というところで妙なハラハラドキドキ感があります。学校で足の臭いを開放し、周囲の人々が次々と倒れこんでしまうシーンは抱腹絶倒ですね。



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ポール・ジェニングス『想像もつかない物語 PJ傑作集4』(谷川四郎訳 トパーズプレス)

「根がかり」
 父親と共に釣りをしていた十四歳の少年ルーカスは、つり上げたサメの腹の中から、食いちぎられた人間の指が出てきたことに驚きます。指には小さな熊の刺青が入っていました。気味悪がって指を捨ててしまいますが、いつの間にか熊の刺青はルーカスの指に移動していました。
 皮膚上で動き出した刺青は、どうやら刺青の持ち主の元に導こうとしているようなのですが…。
 命を持った刺青が、その持ち主の救助を求めて動き出すという物語です。ようやく遭難者を見つけるものの、体全体の刺青が少年の体に移動してしまい、新たなトラブルが発生することになります。
 意思を持った刺青という、まるでレイ・ブラッドベリを思わせるようなテーマの作品です。

「幽霊ごみ捨て場」
 町に引っ越してきた「ぼく」と双子の兄弟ピート。二人の父親は、ごみ捨て場から色々なごみを拾ってくるのが趣味でした。ごみ漁りの現場を乱暴者の少年グリブルたちに目撃された兄弟は、転校初日から目を付けられてしまいます。
 ごみ捨て場には、かって孫を失いその行方を求め続ける盲目の老人チョンパーじいさんの幽霊が出るとされていました。肝試しとして、夜にごみ捨て場に行って証拠を持ち帰ることを強要されてしまいますが…。
 幽霊が出るというごみ捨て場に行かざるを得なくなった双子の兄弟を描くゴースト・ストーリーです。登場する幽霊が、実のところ噂とは違って、話の分かる幽霊だった…というユーモラスな展開となっています。

「冷凍動物」
 横暴な男グラヴェルに飼われていた牝牛のジングルベルは、日の光を浴びることもできず、ひどい扱いをされていました。同情した「ぼく」は、牝牛を解放してやろうとします。様々な生き物の死体を氷付けにしてコレクションしているジャック・ソーじいさんの協力を得て、牝牛をグラヴェルから逃がしてやろうとしますが…。
 不遇な牝牛を、横暴な男の手から解放してやろうとする少年の冒険を描いた作品です。そこに動物の死体を冷凍にして保存するのが趣味の男が登場し、彼の技能が役立つことになります。
 牝牛が非常に健気に描かれていて、彼女の境遇に一喜一憂してしまうのですが、幸福な結末を迎えるところで安心します。

「UFD」
 UFOを見たという通報を受けて、サイモンの家にやってきた空軍のコリンズ中佐。サイモンは、目撃したのはUFOではなく、空を飛ぶ犬だと言いますが、ホラだとして怒られてしまいます…。
 空飛ぶ犬についての「でまかせ」が実現してしまうという、奇妙な味の物語です。発端の通報の話がそのまま展開せず、踏切での父親の車の事故とその目撃者の話に切り替わるのですが、そこから更に空飛ぶ犬の話題に戻ってくるという、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な論理に唖然としてしまいます。

「ぶちこわし」
 生徒のあらゆる行為に文句をつける悪質な教師ミスター・スナッパー。彼のお気に入りの生徒ルーシーの指名により、ラッセルは、スナッパーの孔雀羊歯の鉢を持ち帰り世話をすることになってしまいます。
 引っ越したばかりのラッセルの家は、二人の人間が死んだことで安く買えた、いわくつきの家でした。しかも死んだ少年サミュエルの幽霊も出るという噂もありました。部屋に現れた少年の霊はラッセルにつきまとうことになりますが…。
 幽霊につきまとわれることになった少年を描く物語です。幽霊の少年のこれまた死んだ叔父が魔術師で、幽霊に対してある術をかけていたことから、彼の手助けをすることになります。それがまた、いじわるな教師を改善することにもつながる、というのは思いもかけない展開で驚かされますね。

「グリーンスリーヴス」
 貧乏なため、父親とトレーラーハウスで暮らす少年トロイ。父親はいずれちゃんとした家を持ちたいと考えていました。折しも、市では海岸に打ち上げられた鯨の死体の悪臭に困り果てていました。市長から依頼を受けた父親は、ダイナマイトを鯨の体内に仕掛け、バラバラにして処分しようと考えます。父親の仕事を手伝うことになったトロイでしたが、仕事の経過を見に来た市長の息子で、手癖の悪いことで有名なニックが一緒にやってきたことから、嫌な予感を抱いていました…。
 仕事を請け負った親子が、鯨を爆薬で吹き飛ばして処理しようとするものの、トラブルが起き、大惨事になってしまうという物語です。タイトルの「グリーンスリーヴス」は、父親が息子にプレゼントした時計のメロディーが同名の曲になっていることから来ています。こちらの時計が原因となって、親子のトラブルが解消される…という流れも良いですね。

「ねずみ男」
 シドおじさんの家に遊びにやってきたジュリアン。好人物のおじさんと比べスクロッチおばさんは、ジュリアンを嫌っていました。久しぶりにやってくると、シドおじさんが閉じ込められていました。おばさんによれば、おじさんは自分をねずみだと思い込んでいるというのです。
 しかもおばさんは、おじさんが発明したという装置を探し回っていました。ねずみに幻覚を見させ、家から追い払うというその装置が見つかれば、巨万の富が稼げるというのですが…。
 発明家のおじがおかしくなり、自分をねずみだと思い込んでお話、だと思っていると、思わぬ展開に。夫を道具扱いする冷酷なおばが痛い目に会うことになりますが、その「罰」があまりにも強烈で、そのブラックな味わいに驚いてしまいます。

「スパゲッティむさぼり食い」
 いじめっ子のガーヴィーに嫌われたことで友人がいなくなってしまったマシュー。孤独な息子にと、ある日父親が買ってきたビデオデッキは異様な形をしていました。ふとリモコンを飼い猫バッドスメルに向けて、一時停止ボタンを押したところ、猫は硬直してしまいます。
 どうやら生き物に対して「一時停止」「巻き戻し」「早送り」ができる品物のようなのです。外でリモコンを使って楽しんでいたところ、ガーヴィーに見つかり、リモコンを取り上げられてしまいますが…。
 生物に対して適用できるビデオリモコンを手に入れた少年の物語です。ビデオと同じく「一時停止」「巻き戻し」「早送り」などができるのです。特に「巻き戻し」は、食べたものを吐き出し元に戻すことさえ可能でした。
 大食い大会でリモコンを悪用しようとした少年がひどい目に会うことになりますが、クライマックスシーンの悪趣味さは強烈です。

「お見とおし」
 父親が海岸から見つけてきた古いトランクを開けてみると、そこには沢山の服が入ってしました。それらは遭難船から落ちたサーカス団員たちの服のようなのです。兄のマシューは赤い服を手に取りますが、それに対しケートは、それを付けていたのは邪悪な人間のような気がすると話します。
 服を身につけると、その持ち主の技能が発揮されるようで、マシューは服を着て、道化師や綱渡りの演技を見事にこなせたことに気分を良くします。
 赤い服を身に付けさせたかかしは、顔つきを変えていました。邪悪な意思をもったかかしは、段々と家族の方へ動いてきていましたが…。
 サーカス団員たちの服を手に入れた家族が、それを着せたかかしに襲われる、というホラー作品です。服を着ると、技能ばかりか邪悪な意思までも受け継いでしまうようで、ある服を着せたかかしに襲われてしまうことになります。
 家族は服の効果を信じず、唯一ケートのみがその危険さに気づくことになり、かかしに対しても対策を取ることになります。ケートは服の技能を利用して、かかしを撃退しようとします。上手く作戦を立てられたのは、ある技能のおかげということが最終的に明かされ、そこでタイトルの意味が分かる仕組みになっています。
 モチーフが服ということもありますが、登場人物たちのキャラクター性よりも象徴性が強くなっており、ポーを思わせるような、寓意的味わいの強い作品となっています。



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ポール・ジェニングス『先の読めない物語 PJ傑作集5』(内藤里永子訳 トパーズプレス)

「くしゃみする棺桶」
 トレイシーの母親の再婚相手は、葬儀屋を営むラルフでした。お金のないラルフは霊柩車を日常的に使い、それが理由でトレイシーは恥ずかしい思いをしていました。しかもラルフはトレイシーを将来的な共同経営者にしたいとまで考えていたのです。
 ラルフの仕事の手伝いで、何度もうんざりするような事態に出会ったトレイシーは、もうラルフの手伝いはしないと宣言しますが…。
 義父の葬儀業を手伝わされることになった娘が、散々な目に会う…という作品です。周囲に囃し立てられるだけでなく、死体を扱うことで、気味の悪い目にも会ってしまうのです。死体を使ったブラック・ユーモアも強烈ですね。

「サンタ・クローツメ」
 クリスマス・イヴにデパートの屋上でサンタ・クロースの格好をした小男を助けたショーン。小男は長く鋭い鉤爪をしており、自分は「サンタ・クローツメ」だと名乗ります。彼は兄弟全員に二つずつ願いを叶えてやろうというのですが…。
 奇妙なサンタ・クロースに願いを叶えてもらうことになるという物語です。この手の物語の通例で、願いの結果がおかしくなり、その結果を打ち消すためにもう一つの願いが使われてしまう、という展開になります。最終的に取り返しのつかない願いが叶えられてしまう、というあたりもブラックですね。

「一ダースのばらの花束」
 美人で有名なジェニーさんの花屋に現れた内気な少年ジェラルド。彼はばらの花束を購入しますが、電車のドアに挟まれて、花を失ってしまいます…。
 内気すぎる少年が、恋する人のために花束を購入しますが、それを失ってしまい、取り返しのつかない事態に追い込まれてしまう…という物語。
 微笑ましい純愛物語かと思っていると、それが悲劇になり、更にホラーになるという、目まぐるしい展開が魅力です。
 物語の語り手の一人称が最後まで登場しないところに、技巧的な仕掛けがされています。

「扁桃腺異変」
 ガールフレンドのタラから一つ目の小人の像ガーデン・ノームをもらった「ぼく」は、像ののどの奥に豆つぶ半分ほどの小さな顔があるのに気が付きます。顔をはがそうとすると、飛び出した丸顔は「ぼく」ののどに張り付いてしまいます。
 また、腹を立てて削り取った目玉は、右手の指に張り付いて取れなくなってしまいます。しかもその目は第三の目として機能していたのです。のどに張り付いた小さな顔をはがそうとする「ぼく」でしたが、顔は移動して逃げ回っていました…。
 もらった一つ目人形の目と顔に取りつかれてしまった少年を描く奇妙な味のファンタジーです。退治するのかと思っていると、それらを使った金儲けの話になってしまうところに驚きます。

「いつまでも不幸せに」
 アルバートは先生をからかったということで、厳しいブラウン先生によって、むちで折檻されてしまいます。逆上してしまったブラウンは気を落ち着けようと海にボートで漕ぎ出しますが、渦巻に巻き込まれ気を失ってしまいます…。
 生徒にむちを振るう厳しい教師が、奇怪な幻影に巻き込まれていくという、不条理かつ悪夢のような短篇です。彼が見させられるのは地獄のような光景で、人が殺されるシーンを千回以上目撃するなど、恐怖を感じさせるものばかり。
 ようやく現実世界に戻るものの、そこでも悪夢は終わっていなかった…という結末は強烈ですね。

「二人組幽霊会社」
 ミックとシフティは幽霊の扮装をして人を怖がらせることを商売にしていました。彼らの仕事は、主に人を家から追い出すための手段として使われていました。
 首なしにわとりの幽霊が出るという伝説のあるパブを安く買いたたくために、二人は機械仕掛けのにわとりを作り出しますが…。
 幽霊のふりをして悪事を働く二人組が、ひどい目に会うという因果応報譚です。笑い話で済めばいいのですが、何十年も住んでいる住人を追い出したり、心臓発作で死なせてしまったりと、二人組の行動は質が悪いので、結末には爽快感がありますね。

「コピー」
 天才科学者ウーリー博士によって開発されたクローン・マシンは、生物を含む物質を完全にコピーし、またそれを消すこともできるという、驚異の機械でした。
 博士の失踪後、マシンを手に入れたティムは、恋人フィオーナに執着する恋敵マットに対抗するため、自分の体を増やそうとします…。
 クローン・マシンによって自分の体をコピーするものの、力のなさや意気地のなさは自分と同様で、全く役に立たないどころか、「自分」の占める位置をめぐって争いにまでなってしまうという物語です。
 片方が消滅させられてしまうことになりますが、残ったのは本当に「オリジナル」だったのか…? というところで、非常にブラックな結末となっています。

「剥製」
 がまがえるを愛するマーティンは、かえる清掃業を営み、彼らを保護するばかりか、ペットとしても飼っていました。マーティンは、かえるを捕まえ剥製にして商売している男フリスビーの行動を止めようとしますが…。
 かえるを愛する主人公が、かえるを商売道具にする男を撃退するために奔走するという物語です。恩返しと言うべきか、最終的にかえるたちの協力で男を撃退する、というところも良いですね。かえる好きの方の琴線に触れる作品だと思います。

「〈いいえ〉は〈はい〉」
 スクレイプ博士から、十四年にわたる研究の成果を見せたいと言われた青年ラルフ。博士は自分の娘リンダに、外界の影響を全く与えず、自分だけで言葉を教えこんだといいます。しかも、日常使われるのとは全く違う、間違った言語体系を覚えさせたというのですが…。
 邪悪な意図から、間違った言葉の使い方を覚えさせられた少女と、彼女を救おうとする青年を描いた物語です。少女が使う言葉が指し示すのは、言葉とはまったく違うものでした。〈いいえ〉は〈はい〉を指し示しているようなのです。
 命の危機に陥った博士が、娘に覚えこませた言葉ゆえに墓穴を掘ってしまう、という結末はとんでもなくブラックですね。最終行は、まさに「最後の一撃」ともいうべき迫力があります。



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ポール・ジェニングス『信じられない物語 PJ傑作集6』(吉田映子訳 トパーズプレス)

「ピンクの蝶ネクタイ」
 転校早々、校長に呼び出された「ぼく」。ピンクのおかしな蝶ネクタイを馬鹿にしたところ、それが校長だったのです。頭を金髪に染めている理由を問われ、「ぼく」はその理由を話すことになります。
 電車に乗っている最中、たばこを吸っている少年が注意されますが、何と彼は急に年齢が上の大人になってしまたのです。少年が<年齢調整機(エイジ・レイジャー)>なる機械を使ったことを知った乗客たちは、自分たちもそれを使おうと騒ぎになりますが…。
 年齢を自在に変えることのできる機械が登場する作品です。大体の人間は若返ろうとしますが、若返りすぎて元に戻ろうとして死んでしまう人間までもが現れます。
 ものすごいテクノロジーの機械なのですが、それが唐突に理由もなく登場するところで、不条理味もありますね。

「一生一回ねり歯みがき」
 アントニオが将来ごみ収集人になりたいことを話すと、歯科医のビン先生は、自分も同じ職業に憧れていたものの、歯科医になった理由を話すことになります。子どものころ、近所の家のごみ漁りが趣味だったというのです。
 一人暮らしのモンティじいさんの家のごみに、大量の歯みがきのチューブがあることに気づいた先生は、モンティの家を探ることになりますが…。
 大量の歯みがきを使用しているらしい老人の家に気づいた少年が、その秘密を探ることになるという物語です。とんでもない展開のホラ話で、最後まで唖然としてしまいます。

「そんなもの、いるわけがない」
 下水道にドラゴンがいるという妄想があるということで、強制的に入院させられてしまった祖父。孫のクリスは祖父の言葉を信じて、証拠となるドラゴンの写真を撮ってこようとしますが…。
 下水道のドラゴンという、都市伝説風の奇談です。実際にドラゴンがいたことは分かるのですが、ある事情から写真を紛失してしまうことになり落胆したところ、別の証拠で光明を見出す…というファンタジー的な展開になります。これは楽しいですね。

「裏を返せば」
 ホラー映画が大好きな少年ゴードンは怖いもの知らずでした。怖がりの妹メアリーと喧嘩し、外に飛び出したゴードンは、廃墟のような古い家を見つけそこで時間をつぶそうと考えます。
 様々な怪奇現象がゴードンを襲いますが、彼は何の驚きも覚えません。現れた幽霊は、これから人間を驚かす試験を行うが、もし怖がってくれなければ試験に落ち、ゴードンも一年間囚われてしまうというのです。無理にでも怖がろうとするゴードンでしたが…。
 怖いもの知らずの少年が、人を怖がらせる幽霊の試験に協力せざるを得なくなる…というホラー風味のファンタジー短篇です。「裏を返せば」という幽霊の術が、とんでもない結果を引き起こすのですが、その結果を直接的に描かないところが想像力を刺激します。
「大道芸人」
 ガールフレンドとのデートに行くためのタクシー代を父親から断られた「ぼく」は、砂浜を歩いていたところ、暗い中で老人に出会います。事情を聞いた老人は、自分の過去を話し出します。
 大道芸人だったという老人は、自分の芸ではろくに金が稼げず、連れていた犬のチビに対して金を入れてくれている人が多いことに気が付き、腹を立てます。井戸の中にチビを入れて、三週間そのままにしておくことにしますが…。
 金と友を求める大道芸人が、試行錯誤を繰り返しますが、結局、最大の友はそばにいた犬だったことに気づく、というお話です。振り返るチャンスは何回かあったものの、それらを全て台無しにしてしまい、取り返しのつかない状態に陥ってしまうのです。
 それだけに、話を聞かされた少年も、それによって考え方を変えることになる…というあたり、上手い語り口ですね。「徒労」に近いとはいえ、人の一生が凝縮されて語られている感もあり、寓話としても面白い作品です。

「スープーマン」
 成績の落ちたロバートは、集めていた「スーパーマン」のコレクションを親に処分されてしまいます。激しい物音を聞いたロバートは、小さな子どもが閉じ込められているのかと思い、とっさにそばの部屋に入りますが、そこで見たのは、窓から中に入ろうとしている男の姿でした。
 その姿からスーパーマン本人だと思い込んだロバートでしたが、男は自らを「スープーマン」だと名乗ります。スープ缶を食べることによって、力を発揮するのだというのです。しかもそのパワーは30分しか続かないというのですが…。
 スープによって力を発揮するスープーマンを描いた駄洒落のような物語です。正義感が強いものの、なかなか上手く行かないスープーマンの活躍が楽しい作品です。危機に際してスープ缶を開けようとするものの、缶が開かず、結局瀕死の状態で救助を行うシーンはコミカルながら哀愁がありますね。

「ユーカリ戦争」
 スイングドアに挟まれた結果、鼻が長くなってしまった「ぼく」は学校に通うことを嫌がり、祖父のマクファディに預けられることになります。マクファディは幼馴染の隣人フォクシーと長年にわたって喧嘩をしていました。
 ふと「はさみの音もかろやかに」という曲を耳にした「ぼく」は、いつの間にか左手に掻き傷が出来ているのに気が付きます。マクファディが言うには、近くに生える特殊なユーカリの葉を使った木の葉笛で「はさみの音もかろやかに」を吹くと、その曲を聞いた人間に傷や病を移せるというのです。「ぼく」の傷もフォクシーの仕業だというのですが…。
 相手に病や傷を転移させられる不思議なユーカリの葉をめぐる物語です。祖父とその友人の長年の因縁を、孫が解消することになります。
 転移させられるのは葉一枚につき一回だけで、写された病や傷は再転移できない、というルールがあるのも面白いですね。

「鳥の紛失物」
 両親が亡くなり、祖母と共に暮らしていたトレイシーとジェンマの双子の姉妹。父親が持っていた高価なルビーを売れば祖母の助けになるのではないかと、実家の<かもめ荘>を探索することになります。<かもめ荘>を訪れた姉妹は、膨大な数のかもめの糞に襲われますが…。
 父の遺産を求める姉妹が、大量のかもめに襲われるという物語です。生きているかもめだけでなく、中には見えない幽霊のかもめさえもがいるようなのです。彼らの望みは何なのか…? 特殊な形のゴースト・ストーリーともいえるでしょうか。
 大量の糞によって家全体が覆われてしまう、というシーンはインパクトがありますね。

「スヌークル」
 ある日牛乳と共に配達されてきた「スヌークル」。それはびんの中に浮かんでいる大きな目玉二つだけの存在でした。中から出してやると、スヌークルは解放してくれた人の召し使いとなって働いてくれるようなのです。
 しかし、スヌークルは勝手に頭の中を読み、相手の意思をおかまいなしに動いていました…。
 解放してくれた人の手伝いをしてくれる精霊のような存在スヌークル。しかし普通の人間にとっては煩わしさが勝ってしまうのです。やがて、スヌークルが理想の働き場所を見つけ、ある人に幸せをもたらす…という結末には暖かさが感じられますね。



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ポール・ジェニングス『やってられない物語 PJ傑作集7』(谷川四郎訳 トパーズプレス)

「こうもり少年」
 こうもりたちを保護するため、環境保護運動家の父親と共に、彼らが住む洞窟の近くにやってきた娘のレイチェル。ある夜、野生で育ったような汚れた少年に出会います。父によれば、彼は、母親の死後に行方不明になってしまった少年フィリップではないかというのですが…。
 環境保護運動家の父娘が、こうもりだけでなく、彼らと共に育った野生の少年をも助けることになる…という物語。この「こうもり少年」フィリップが、裸の体の上にこうもりたちをまとわせ、服代わりにしているという、ユニークな造形をされています。結末はちょっとファンタスティックですね。

「おしり騒動」
 文字が読めない障害を持つ少年アダムは、転校先で乱暴者のケヴィンから、肝試しとして契約書にサインしろと言われ、内容も分からないままサインしてしまいます。そこには、橋の上でパンツを下ろし、校長のミスター・ベローにおしりをむき出してみせるということが書かれていました。
 仕方なしに従うことになりますが、そのことで校長は怒ってしまい、コンペティションに出すはずだった絵の件も取りやめになってしまいます…。
 読字障害を持つ少年が、いじめっ子に散々な目に会うものの、その才知で幸運を引き戻す、という物語です。主人公アダムは、字が読めない代わりに、絵の才能があり、それを利用していじめっ子に復讐することになるという展開には爽快感がありますね。

「お鼻ばたけ」
 「わたし」は孫のアンソニーが好き嫌いが多く、栄養のあるものを食べないことに不満を持っていました。自家製のミューズリと合わせた肝油を無理に食べさせようとしますが、アンソニーはそれを飲み込みません。やがて肝油から植物が発芽し始めますが…。
 強情な少年が肝油を口の中に含み続けていたところ、そこから一緒に入っていた植物の種が発芽して成長してしまう、という物語です。
 少年も強情ですが祖父も強情で、食べ物を飲み込むまで孫にヘッドロックをかけ続けるなど、強烈なキャラクターとして描かれています。まるで落語のような展開で、楽しい作品となっています。

「目を覚ましたら」
 もうすぐ弟が生まれる母と二人暮らしのサイモンは、クラスメイトからもつまはじきにされており、友人が欲しいと思っていました。
 ある日、目が覚めると校庭に立っており、そばにはマットレスがありますが、自分以外にはそれが見えないようなのです。
 夢かと思いきや、マットレスは消滅してしまいます。そこでは、サイモンの母親はサイモンを生んだ際に亡くなっており、引き取られた家庭の息子ポッサムと親友となっていました…。
 眠りの中でパラレルワールドに転移してしまった少年を描く物語です。赤ん坊を妊娠中のシングルマザーの母親と二人暮らしのはずが、もう一つの世界では、母親はサイモンを生む際になくなっており、養子となった家庭でその家の息子ポッサムと親友になっているようなのです。ずっと願っていた親友のいる世界を取るのか、母親といずれ生まれる弟のいる世界を取るのか、少年の決断が描かれることになります。
 二つの世界を転移する際に使われるのが、マットレスというガジェットなのも面白いですね。

「頭がいっぱい」
 農場の息子ボンバーは、生まれたばかりの子牛ムーンビームを愛するようになります。しかし父親は牡牛は食肉用として売らざるを得ないというのです。ボンバーは反対するが、家の経済状況からもどうすることはできません。
 夢遊病のように、夜に泥沼に入り込んでしまうようになってしまったボンバーは、沼の中で赤ん坊の哺乳瓶のようなものを見つけます。それに入れて水を飲むと、他人の頭の中が分かるようになるようなのです…。
 子牛を売らせまいとする息子と父の対立が描かれるのと同時に、他人の頭の中が読めるようになる魔法の哺乳瓶が描かれ、それが合流するというユニークな構成の物語です。
 読心能力を得て高揚するボンバーですが、無制限に頭の中に人の考えが入ってきてしまい混乱することになります。タイトルの「頭がいっぱい」はこのあたりの事情を指しています。
 主人公の夢遊病や瓶の発見にも超自然的な香りが強く、物語の背景にそうした力が働いているような節もあって、奥行きが深い物語となっています。

「一寸先は透明」
 転校生のナイジェルが新種のかぶと虫を発見したことを妬んだエリックは、夜に理科室に忍び込み、それを盗み出してしまいます。かぶと虫に手をかまれてしまったエリックは、その手が透明になり、内部の血管や腱が見えることに気が付きます。
 やがて透明化現象が顔にも現れ、二目と見られぬ顔になってしまったエリックは、山に逃げ込み、一人で暮らすことになりますが…。
 透明(厳密には、皮膚が透明でしょうか)になってしまった少年が人里を離れて山の中で暮らすことになる…という物語。性格が悪く、招いた事態も自業自得ではあるのですが、長年人間社会を離れることになります。
 山にこもってからの生活の部分と、やがて判明する透明病の仕組みが描かれる部分なども面白いです。
 転校生を妬むいじめっ子の話が、こんな話になるとは、本当に予想もつかない展開で驚きますね。結末もブラックです。

「さすが女だ」
 少人数の学校に通うサリーは、女生徒が自分一人だけで、たびたび馬鹿にされることに不満を持っていました。スポーツ万能だったという亡きエッソおばさんの形見の真鍮の文鎮を身に付けたサリーは、それにより幸運と人並外れた力を発揮することになりますが…。
 偏見と差別を受け続ける少女が、意地悪な男子生徒たちに一泡吹かせる、という物語です。エッソおばの形見には魔法のような力があるらしいのですが、その「中身」は思いもかけないもので、それが明かされる結末にはインパクトがありますね。

「判断するのはきみだ」
 砂漠にモーテルを開業した父親と息子である「ぼく」。砂漠には「ウォビー・ガーグル」なる不思議な生き物が住んでいるという伝説があり、それを当て込んで開業したというのです。
 ある晩、置いてあった水筒の水が減り、砂の上にぬれた足跡を見つけた「ぼく」はその後を追うことになります。砂漠で遭難してしまった「ぼく」の前に現れたのは、全身が水でできた人型の生き物「ウォビー・ガーグル」でした…。
 砂漠で、水でできた不思議な生き物「ウォビー・ガーグル」と出会うことになった少年を描く物語です。ウォビー・ガーグルは善意を持って少年を助けてくれることになり、彼もまた誠意をもって答えることになるという、異色の友情物語となっています。
 ウォビー・ガーグルは、自らの体から他の生き物に水分を分け与えることができるのです。自らの身を削って他人に尽くす…というのが、視覚的に表現されており、その造形が素晴らしいですね。
 温かみのあるファンタジー作品となっています。


 ポール・ジェニングス作品、死骸、排泄物、ごみ、虫など、グロテスクで「汚らしい」モチーフが頻出するのも特徴で、ここまでやるか、と感銘を受ける作品もままありますね。ただ、それでいて下品にはなりきらず、場合によっては、そこに詩情や哀愁さえ感じさせるのは、著者の才能なのでしょう。
 シリアスで詩的な物語もありますし、ポップでユーモラスな物語、ブラックでグロテスクな物語もありと、様々な物語が楽しめる、ショーケース的な作品集シリーズとなっています。
 刊行から30年近くが経っていますが、今読んでも面白さは衰えていません。何らかの形で再刊してほしいシリーズですね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第31回読書会 参加者募集です
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 2022年3月20日(日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第31回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp


開催日:2022年3月20日(日)
開 始:午後13:30
終 了:午前16:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ
参加費:1500円(予定)
テーマ:
第一部 課題書 M・R・ジェイムズ『消えた心臓/マグヌス伯爵』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)
第二部 課題書 シュペルヴィエル『海に住む少女』(永田千奈訳 光文社古典新訳文庫)

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※対面型の読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。


 今回は、近代イギリス怪奇小説の三代巨匠の一人、M・R・ジェイムズの傑作集『消えた心臓/マグヌス伯爵』と、フランスの詩人・作家ジュール・シュペルヴィエルの作品集『海に住む少女』を取り上げたいと思います。
 現代の怪奇小説の原型を作ったとも言えるM・R・ジェイムズ、奔放な想像力が発揮されたファンタジーを残したシュペルヴィエル、どちらも個性豊かな作家で、読み解き甲斐のある作家ではないでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

玄妙な物語  トーマス・オーウェン『黒い玉』『青い蛇』
 トーマス・オーウェン(1910年~2002年)はベルギーの作家。ジャン・レイ、ミシェル・ド・ゲルドロード、ジェラール・プレヴォーと共にベルギー幻想派四天王とも称されている人です。不穏で不気味、スタイリッシュな幻想短篇を得意とする作家です。本邦では、彼のベスト版短篇集を二分冊した作品集『黒い玉 十四の不気味な物語』『青い蛇 十六の不気味な物語』 が刊行されており、オーウェン作品の最良の部分を味わうことができます。


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トーマス・オーウェン『黒い玉 十四の不気味な物語』 (加藤尚宏訳 創元推理文庫)

「雨の中の娘」
 ドッペルゲンガーは、雨の中、両手を血まみれにした娘ラミーと出会います。彼女に導かれるままにある部屋を訪れますが、ベッドの上には、喉を切り裂かれた若い女の死体が寝かされていました…。
 狂気に囚われたような娘と出会った男の、奇怪な体験を描いた幻想小説です。過去に起こった事件を追体験したのか、もしくは過去に入り込んでしまったのか、どちらにせよ時間移動のような現象も描かれており、SF風味もありますね。
 「ドッペルゲンガー」と言われて、分身かと思ってしまうのですが、あくまで登場人物の男の名前のようです。

「公園」
 女性を襲う暴漢が現れたということで、その公園の道は通らないようにと家族から言われたサビーヌ。曽祖父の形見である飛び出しナイフを身に付けたサビーヌは、刺激を求めて、公園の道を通り続けますが…。
 刺激を求めて、暴漢の出る公園を通り続ける少女を描いた短篇です。正当防衛のふりをしてナイフを使用してしまうことになるのですが、非常にブラックな結末が待ち構えていることになる、という不穏な作品です。

「亡霊への憐れみ」
 外国を旅行中、砂漠の道で廃墟となった家を見つけ、探索することにした四人の男女。礼拝堂の地下には納骨堂のようなものが隠されていました。不気味がる仲間に対し「わたし」は興味を惹かれます。ブランシュ・ド・カスティーユの名が刻まれた棺の中を確認しますが、そこには液化した死体が入っているだけでした。やがて「わたし」は亡き伯父の形見である高価な指輪を無くしてしまったことに気が付きますが…。
 死者の眠りを邪魔した男がそこで指輪を落としてしまい、不思議な体験をすることになるという幻想小説です。いわゆる「死者との結婚」テーマを扱っています。死者の霊が現れた直後で物語が打ち切られてしまうのですが、その後の展開を想像する楽しみもありますね。

「父と娘」
 フェドール・シエルヴィッチは、結婚後に離れて暮らす娘の悪評を耳にして、彼女を叱るために出かけることになります。列車のコンパートメントで眠り込んだ彼が気が付くと、そばには牝犬がいました。動物嫌いの彼は犬を追い出そうとしますが、嫌がった犬と格闘になってしまいます…。
 車内に突然現れた牝犬に襲われてしまう男を描いた作品です。犬の登場も唐突で、悪夢のような展開なのですが、この犬とのやり取りが、さらに悲惨な結末にもつながってくることになります。<変身>テーマと言うべきか<魔女>テーマと言うべきか、邪悪な香りの強い作品となっていますね。
 娘に対する父の思いについても、侮辱されたことに対する怒りと愛情がないまぜになっているという、微妙な感情が描かれているところも興味深いです。

「売り別荘」
 <売り別荘>の張り札のある家を案内してもらうことになった「わたし」。案内人の老人は、妻を亡くし一人で住んでいた家を売りに出すことにしたというのです。老人の話にうんざりしてきた「わたし」は、大きな部屋のクロゼットだけは見せようとしない老人の態度に不審の念を抱きます…。
<売り別荘>を案内してもらっているうちに、段々と案内人の男の不可解さが増してくる…という作品です。男は異常者なのか…? というところで急展開する結末も人を食っています。冗談だったと見せかけて事実かもしれないと思わせるところもブラックな味わいです。

「鉄格子の門」
 法学部のダンス・パーティで魅力的な女性アンヌと出会った青年イルヴァン。また会う約束をしますが、連絡が取れず、書いてもらった住所を訪ねることになります。現れたのは彼女の伯父シギュールでした。シギュールによれば、アンヌは数年前に亡くなっているというのですが…。
 死んだはずの娘に恋した青年が、娘の伯父と共にその死体を確かめることになる、という作品です。オーソドックスな吸血鬼譚ですが、その雰囲気が素晴らしいですね。

「バビロン博士の来訪」
 「わたし」の家には幽霊が出ると言われていました。友人のテルプーゴフによれば、家に超自然的な何かが存在するというのです。ある夜、屋根裏部屋から人の降りるような音を耳にした「わたし」は怖くなり、外を歩いていた通行人を呼び止めます。男はバビロン博士と名乗りますが、「わたし」の話を聞き、家に泊まることになります…。
 家に泊めた通行人が消失してしまうという恐怖小説です。幽霊や怪物の仕業なのか、もしくは、時間や次元テーマの作品とも解釈ができそうで、何とも不思議な味わいの短篇です。

「黒い玉」
 ネッテスハイムは、ホテルの部屋で、羽布団から、くすんだ色の小さな毛玉のようなものが現れるのを目撃します。気味悪がったネッテスハイムは、その黒い玉を捕まえようとしますが…。
 謎の黒い玉を目撃した男がそれを捕まえようとする物語です。不気味ではありながらコミカルな雰囲気もあり、そうした展開の物語なのかと思っていると、とんでもなくブラックな結末に。考えると、物凄く怖い作品でもありますね。

「蝋人形(ダーギュデス)」
 パーティの席で出会った美女シュジイから、後日会いたいという手紙を受け取った「わたし」は、彼女から、亡き夫についての奇怪な話を聞くことになります。夫の魔術によってシュジイのお腹の子どもが殺され、シュジイはその復讐を行ったのだというのですが…。
 ふと知り合った美女が語る奇妙な物語です。語り手の女性シュジイが酒飲みということもあり、その信憑性は怪しいのですが、そうした話を受け入れてくれるであろうということで「わたし」は話を聞くことになります。
 シュジイの亡き夫と「わたし」が同好の士であったことが分かる部分は、ブラック・ユーモアたっぷりですね。

「旅の男」
 事故以来、足が不自由になってしまった少女パトリシアは、執事のフランと共に城館で暮らしていました。ある日現れた旅の男はパトリシアを魅了しますが…。
 ある日魅力的な旅の男が現れたことで、足の悪い少女パトリシアとその執事フランとの間に、奇妙な三角関係が生まれる…という物語。フランは被保護者であるパトリシアが旅の男に惹かれていくことに対して、嫉妬と危険の念を抱きますが、その恐れが実現することになります。
 ただ、それは超自然的な現象によるものであるところがこの作品の特殊なところでしょうか。また、パトリシアが単なる「不遇な少女」ではなかったこととも相まって、恐怖度が高い作品ともなっています。

「謎の情報提供者」
 海辺に静養に来ていたパスカル・アルノー。妻のアンドレは時折様子を見に来てくれていました。目に付いて入ったレストランで出会った男メッツァー教授は、映画に詳しく、映画批評をやっているアンドレのことも知っていると話します。
 <トラヴェリング>という小さなバーにアンドレは出入りしているというのですが、メッツァーの話すアンドレの姿は自分の知っている妻の姿とは異なるものでした…。
 ふと知り合った男から、妻の別の面を聞かされた夫が、妻の素行に対して疑惑を抱いてしまう…という作品です。調べていくと、男の言っていることは出鱈目のように思えてくるのですが、全部が全部嘘ではないのではないか…と匂わせる部分もあります。<奇妙な味>の秀作でしょう。

「染み」
 晩餐会の後、ベッティーナとブロンド、「わたし」の三人は、墨汁で紙にランダムな染みをつける遊びを楽しんでいました。明け方に目を覚ますと、ベッティーナは喉を切り裂かれ絶命していました。死体から血の滴りの跡をたどっていくと、そこには縁がぎざぎざの形をした弾力のある袋のようなものが存在していました…。
 邪悪な「染み」によって殺人が起きるという怪奇作品です。その正体がはっきりしないのも不気味です。ある種の「変身」テーマ作品でもありましょうか。

「変容」
 冷たい妻に憤りを覚える夫は、絶望を感じた結果、ある「変容」を遂げることになります…。
 妻との不仲から「変身」してしまう夫を描いた物語です。いろいろな解釈ができそうな作品なのですが、読者が男女どちらかによっても、その解釈は変わってきそうですね。

「鼠のカヴァール」
 錠前作りの名人だったカヴァールは、その仕事では食べられず時計屋になりますが、それでも経済的にはギリギリの生活でした。カヴァールは、自ら作った機械仕掛けの人形の貯金箱を大事にしていました。
 その人形には百枚の硬貨が収められると音楽が奏でられるという機能があり、そこに少しづつ硬貨をためるものの、貧乏なカヴァールには、なかなかそれが実現できません。ある日やってきたごろつきの息子は、カヴァールの人形を壊してしまいますが…。
 人形に愛情を寄せる老人の思いが、死の瞬間に成就されるという物語。童話的な雰囲気もある、美しい幻想小説となっています。



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トーマス・オーウェン『青い蛇 十六の不気味な物語』 (加藤尚宏訳 創元推理文庫)

「翡翠の心臓」
 中央アメリカ美術の展覧会で、派手な格好でひときわ目立つ老女に話しかけられた「私」は、しかしその語りに魅了され、彼女の家についていくことになります。老女の家には数世紀は前の女神像が設置されていましたが、その像と老女がそっくりなことに気づき驚きます…。
 変わり者と見えた老女が、実は女神そのものだった…という幻想小説です。「翡翠の心臓」のイメージは、美しく印象的ですね。

「甘美な戯れ」
 中年女性のド・R…夫人の友人として、足繁く彼女の家を訪れる男性の「私」。夫人は親戚の若い娘オノリーヌ嬢を常に傍に置いていました。夫人は「私」とオノリーヌ嬢を恋人にしたがっているかのような態度を取りますが…。
 気まぐれな夫人の真意はどこにあったのか? 「恋愛小説」と呼ぶにも微妙な、男女の心を扱った奇妙な味わいの心理小説です。

「晩にはどこへ?」
 ブレーメンを訪れた「私」は、かって危険を脱するきっかけとなった男の姿を見つけます。彼はソーデルバウムと名乗りますが、なぜか「私」の恋人リンダが死んだことを知っていました。
 彼に連れられナイト・クラブを訪れた「私」は、死んだ恋人リンダにそっくりの女性が踊っているのを見つけ驚きますが…。
 恋人の末期の姿を何度も見せられ続ける男を描いた物語。男はおそらく「悪魔」で、「私」は苦しめ続けられるだろうということが暗示される、悪夢のような物語となっています。

「城館の一夜」
 城館を占領した軍の司令官の「私」は、城館の主である老人の娘か妻であるらしき女性クッフクリンジ男爵夫人と一夜の契りを結ぶことになりますが…。
 夜が明けて男が見出したものとは…。鮮やかな幻想小説です。

「青い蛇」
 ある日、額縁と絵の間に青い蛇がいるのを見つけた少年の「私」は、父親に蛇を殺してほしいと嘆願します。父は遠くから蛇に向かってピストルを乱射しますが…。
 青い蛇を見つけて、それを殺そうとする父子が描かれる物語です。父親がなぜ突然激昂したのか、なぜわざわざ遠くからピストルを撃ったのかなど、謎が多いうえに、明確なストーリーや解釈は示されないという、奇妙な味の掌篇です。

「モーテルの一行」
 ある町のモーテルに泊まった「私」は、カフェテリアで男二人と女一人のグループを見かけますが、見た瞬間に彼らに反感を抱きます。
 部屋にいるところを突然訪ねてきた女モリーは、一晩泊めてくれないかと頼んできます。彼女は、先ほどの男女の中の一人ジョニーの妻で、彼と別れるつもりだというのですが…。
 知り合った女が死者だったことが後で分かるというゴースト・ストーリー。それを信じてもらえない主人公が、女と会ったことを必死で証明しようとすると同時に、もう会えないであろう女に対してある種の恋心を抱く…というところにも妙な余韻がありますね。

「ドナチエンヌとその運命」
 ある用件のためにその家を訪れた娘ドナチエンヌ。家の厭らしさから気後れしてしまい、近くにあった古道具屋の主人に話を聞くことになります。彼によれば、その家の住人ディアナには関わらない方がいいというのです。
 意を決して家を訪れるドナチエンヌでしたが、幼い子どもの声が聞こえることに気付きます…。
 ある家を訪れた娘の体験を語る作品なのですが、なぜ娘がその家を訪れたのか、家の主人には何があるのか、部屋にいた子どもは誰なのか、など、具体的な事情が全く説明されないという異色の物語です。「運命」とは何を指しているのか、いろいろと読者の想像力をそそる短篇となっています。

「雌豚」
 車での移動中、疲れてしまったアーサー・クロウリイは、通りがかりの酒場に入り、一夜の宿を求めることになります。常連客がやっている賭けに一緒に参加することになりますが、それは、勝者が豚小屋にいる雌豚を見に行ける権利を勝ち取れるという奇妙なゲームでした。賭に勝ったアーサーが小屋の中に見たものとは…。
 豚小屋で見たものは幻覚だったのか、 それとも何か超自然的な現象が起こったのか…。そもそも雌豚を見ることができるゲームには一体何の意味があったのか? 全てが曖昧模糊となりながらも、不穏で淫靡な香りのする幻想小説です。

「ベルンカステルの墓地で」
 ジャン・レイと共にベルンカステルを訪れた「私」。その町の墓地には前世紀に死に、吸血鬼になったと言われる女性エスター・フォン・シェーファーが眠っているというのです。二人はエスターの墓を暴き、中身を確認することになりますが…。
 実在の幻想小説家ジャン・レイが登場する怪奇作品です。とすれば、この作品での「私」はトーマス・オーウェンその人なのかもしれませんね。
 後半では、問題となる女性の末裔が精神を狂わせていることが分かります。吸血鬼なのか、怨霊なのか、恐怖の対象も曖昧で、妙な味わいの作品となっています。

「サンクト=ペテルブルグの貴婦人」
 オーレリアはある夢が思い出せず悶々としていました。内容は思い出せないものの、その奇妙で病的な夢には恥辱の念がまとわりついているらしいのです。ある日出会った年配の夫人は、ロシアの貴婦人を思わせる女性でした。
 彼女に言われるまま、オーレリアが連れていかれたのは、ある館でした…。
 突然出会った女性に訳も分からず連れていかれてしまうという、不条理な作品です。この物語自体がすでに夢である可能性や、夢が未来予知である可能性が示唆されたりと、不条理性にも納得がゆく形の物語になっています。

「エルナ一九四〇年」
 ベルギー軍が降伏し、隊長のアッカーマンと共にブリュージュで一夜の宿を探していた中尉の「私」。ある民家で交渉を行い、その家の父親らしき男は反対しますが、その娘のとりなしで家に泊めてくれることになります。
 夜中に「私」の部屋に現れた娘エルナは、危険から逃れるために家を出ることを明かします。さらに自らの出自について語ることになりますが…。
 たまたま泊まることになった家で聞かされた、娘にまつわる奇妙な話と不思議な運命を描いた物語です。過去が一切不明な隊長のアッカーマンが、姿を消す顛末もミステリアスですね。幽霊物語のバリエーションですが、時間SF的な解釈も可能なようです。

「黒い雌鶏」
 妻のフェラに引け目を感じていた夫のシルヴァン・エマールは、具合が悪いふりをしてベッドに引きこもっていました。公園に黒い雌鶏がいるのを見つけたシルヴァンは、いわれのない憎悪に囚われ、雌鶏の羽を痛めつけます。直後に帰宅したフェラは腕を怪我していました…。
 黒い雌鶏に妻の姿を重ねて、虐待する夫を描いた作品です。八つ当たりかと思いきや、雌鶏と妻は肉体的に結びついており、鶏が怪我をすると妻も怪我をするらしいのです。
 殺意まで抱き雌鶏を襲う夫ですが、逆襲されてしまうあたりの展開は不穏で、非常にブラックな物語となっています。

「夜の悪女たち」
 陰鬱な夜に現れた、風の家の悪女、水辺の家の悪女、そして結婚したばかりの若い悪女、三人は互いに出会うことになりますが…。
 年齢を重ねた醜い魔女二人よりも、一見純真な娘の方がさらに悪の可能性を秘めていた…というブラックな幻想作品です。年季を重ねた魔女たちが恐れるほどの悪女が、その夫にとっては無邪気な娘に見える、というのも皮肉が効いていますね。

「鏡」
 熱愛していた愛人のアニェスが夫と共に事故死して以来、カニンガムは意気消沈していました。かって彼女と過ごしたホテルの鏡をオーナーに頼み込み譲ってもらったカニンガムは、鏡を覗き込んでいるうちに、そこにアニェスの姿を見出すようになります。
アニェスは自分の世界にカニンガムが来るのを熱望しているようなのですが…。
 かって恋人たちを映していた鏡の中に、死んだ女性が現れるという鏡怪談。死者であるアニェスは生者の世界に来ることはできず、二人が触れ合うためにはカニンガムがその世界に入り込む以外ないようなのです。
 死後のアニェスの態度に、生前にはなかった積極性を感じたカニンガムは不審の念を抱きながらも、彼女に惹かれていってしまいます。
 アニェスは本当に本人だったのか、それとも死後に変貌してしまったのか…。どちらにしても現れるのは邪悪な霊であり、その意味で悲劇的な結末を迎えざるを得ない作品となっています。

「アマンダ、いったいなぜ?」
 オカルトに興味があり、「私」に面会を求めて来た女性アマンダ。現れたのは美女ではありながら、面妖な格好をした女性でした。予想以上にオカルトにのめり込んでいるアマンダに当惑する「私」でしたが…。
 変わり者の美女と思いきや、すでに彼女は死者の世界に足を踏み入れていた…という怪奇小説です。かすかなユーモアもあり、軽妙な幽霊譚となっています。

「危機」
 出版社で働くミローネ・プロコップは、ふと見つけたマーラ・ゲオルギエヴァの音楽教室に通うようになり、母性的なマーラと友情を結ぶようになります。ある日マーラの知り合いだという少女ヴェラの家が下宿心を探しているということを知り、ミローネは彼女の家の下宿人になります。ヴェラに惹かれていくミローネは、マーラがヴェラに奇妙な執着心を持っていることを知りますが…。
 悪魔的な少女ヴェラの魅力に囚われてしまった青年と女性音楽教師が破滅していく…という怪奇作品です。
 少女ヴェラはその幼さにも関わらず、超自然的な能力を持っているらしいのです。男性であるミローネだけでなく、女性であり、年齢も相当に上であるマーラもまたヴェラに翻弄されてしまいます。
 このヴェラ、精神的な影響力を及ぼすだけなのかと思いきや、肉体的にも危害を及ぼすなど、かなり質が悪く、邪悪な存在となっていますね。異色の吸血鬼小説です。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

海の恐怖  ウィリアム・ホープ・ホジスン『夜の声』 『海ふかく』
 ウィリアム・ホープ・ホジスンと言えば、海にまつわる怪奇幻想小説を得意とした作家です。本邦で刊行された二冊の短篇集も、海を舞台にした作品を多く収録しています。順に紹介していきましょう。


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ウィリアム・ホープ・ホジスン『夜の声』 (井辻朱美訳 創元推理文庫)

「夜の声」
 暗く星のない夜、スクーナー船の甲板にいた乗組員の「わたし」は船外から突然声をかけられます。靄にまぎれてその姿は見えません。老人だと名乗る男はなぜか船を寄せ、姿を見せることを厭います。船長のウィルと共に男に対応した「わたし」は男の窮状を察して、食料を渡すことになります。
 再度戻ってきた男は、自身が陥った状況について語ります。男とその恋人の女性は、遭難している最中に無人の帆船を見つけ、そこに入り込みますが、船内には異様なかびや菌のようなものが大量に繁殖していたというのです…。
 かびや菌に覆われた船と島に漂着した男女が、その菌によって「変容」してしまうという物語です。その菌には幻覚や催眠作用もあるようで、二人はいつの間にかそれらを食べるまでになってしまいます。
 肉体的にも変貌を遂げてしまった男女を直接的に描かずに、間接的に語られるという物語構成も上手いですね。夜の船外から声だけで語られるという趣向も効果的で、結末はヴィジュアル的にもインパクトのある表現がなされています。
 本多猪四郎監督による怪奇映画『マタンゴ』(1963年 日本)の原作となった作品です。

「熱帯の恐怖」
 メルボルンを出港した船は、熱帯で突然ウナギにも似た巨大な怪物に襲われます。次々と船員たちが犠牲になるなか、年少の見習いジョーキイと共に「わたし」は怪物から逃げ回ることになりますが…。
 開始直後から怪物が出現し、襲われた船員たちが逃げまどい、そして対抗しようとする様を描いた、アクション要素強めのホラー作品です。怪物による殺戮描写が強烈で、スピード感のある作品となっていますね。

「廃船の謎」
 四本マストの船タラワク号の見習い水夫トビーは、古い型の廃船を見つけます。サルガッソー海から来たらしき廃船の周囲には海草がまとわりついており、そこに後から現れた帆船は絡まってしまいます。帆船から銃声を聞いたタラワク号の船員たちは、様子を見に近づくことになりますが…。
 廃船にはある生物が繁殖しており、それに襲われた船員たちとの戦いが描かれるという怪奇作品です。この生物が単なる生物ではなく、サルガッソー内で独自の進化を遂げているのではないか、という推測が語られるあたりも面白いですね。

「グレイケン号の発見」
 恋人が乗り込んでいた帆船グレイケン号が行方を絶ってから一年、ネッド・バーロウは悲しみに沈んでいました。伯父の財産を相続し資産家となった「わたし」は、これも相続した縦帆式ヨットでの船旅に出るにあたって、友人のネッドを誘い、彼も同行することとなります。
 二週間後、船長のジェンキンズから「わたし」は妙な話を聞かされます。何者かが羅針盤をいじっており、船の方向を変えようとしているのだというのです。ネッドの仕業を疑う船長に対して「わたし」は否定します。ある日「わたし」は手錠で部屋に拘束されてしまいます。船員によれば、ネッドにより船は掌握されたというのですが…。
 恋人を探すために、友人の船を乗っ取って救出に向かおうとする男を描いた物語です。運良く行方不明船を発見するものの、ある怪物が邪魔をしており、それと対決することになります。
 「わたし」が非常な好漢で、反逆を起こされても友人を恨まず、むしろ拘束された状態でも友人を救おうと行動を起こすところが良いですね。
 なぜ一介の乗客によって簡単に船が乗っ取られてしまったのかとか、初めから救出の相談をしていれば済んだのではないかとか、疑問点がいろいろ浮かぶところではあるのですが、それについては一応理由付けが明かされるのと、友人のために奔走する「わたし」の熱量のせいもあり、最後まで読ませられてしまいます。

「石の船」
 アルフレッド・ジェソップ号に乗り込んでいた船員たちは、船外から小川の流れるような音と、奇怪なしわがれ声を聞いて驚くことになります。霧の中、廃船のようなものを見つけますが、その船は全てが石でできていました…。
 船体ばかりか、その内部、かっての船員の遺体に至るまで全てが石で出来た船をめぐる奇談です。超自然性が濃厚な雰囲気で進むのですが、最後に至って、一応合理的な説明がつけられることにはなります。ただ、それでも割り切れない不気味さが残る、という作品になっています。

「カビの船」
 サンド・ア・レア号の変わり者の老船医は、過去に体験した不思議な話を語ります。ベオトプテ号の船員たちは、航海中に廃船に遭遇しますが、その船はカビやキノコのようなものに覆われていました。ガニングトン船長は部下を率いて船の内部を探索することになりますが…。
 人食いカビの恐怖を描く怪奇小説です。意思や知能を持っているらしいカビが登場します。船医によって科学的な理由付けが語られるなど、単なる怪物ではなく、そこに科学的な根拠を求めているあたりに、SFの萌芽的な味わいも感じられますね。

「ウドの島」
 横暴なジャット船長と、彼のお気に入りのキャビン・ボーイ、ピビー・タウルス。船長によって鍛えられたピピーは、ピストル射撃の達人となっていました。船長の命令により、二人だけである島に上陸することになります。
彼によれば、ここは、ウドの巫女たちが住む島であり、彼女らは腕の先が爪になった、狂暴で危険な女たちだというのですが…。
 怪物のような女たちが住む危険な島に上陸した、船長と少年が財宝と美女を求めて冒険するという物語です。横暴ながら男気があるジャット船長と、愛嬌があり、ちょっと狡さもあるピビーのコンビが楽しいです。ホジスン短篇には珍しくキャラクター性の強い作品となってますね。
 同じ登場人物が登場する続編的な作品もあって、邦訳もあります(「岬の冒険」『海ふかく』国書刊行会 収録))。

「水槽の恐怖」
 町の郊外に、小別荘の供給用に作られた巨大な鉄の水槽。その上部はセメントで固められ、手すりが作られており、登ることも可能になっていました。そこで粉屋のマーチマウント氏の死体が発見されます。彼の娘の婚約者だった「わたし」は事件を調べますが、特に何も見つからず、単なる強盗殺人ではないかと考えます。検死を行ったトイントン医師は、何かに気づいたようでしたが、しばらく待つべきだと話します…。
 水槽のそばで発生した謎の殺人事件をめぐる怪奇ミステリ作品です。一応合理的に説明はされますが、その真相はかなり「トンデモ系」。ただ、そのあたりも大雑把さも含めて楽しい作品になっています。



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ウィリアム・ホープ・ホジスン『海ふかく』(小倉多加志訳 国書刊行会)

「海馬」
 潜水夫を生業とするザッキーは、可愛がっている孫ネビーに、海馬(馬頭魚尾の怪獣)を捕まえてくると約束します。海馬を模してザッキーが作った木製の海馬をネビーは大事にするようになりますが、海馬は死んだ人間を連れていくというネビーの思い込みには肝を冷やしていました。
 ザッキーの同僚に悪さをしたことから、ネビーは祖父によって海馬を海に沈められてしまいますが…。
海の怪物、海馬の木製の人形を大事にしている少年がその海馬と共に消えてしまう様をリリカルに描いた作品です。海馬に対する少年の執着は強烈で、馬鹿にされたときも、激情に支配されてしまい、それが彼の悲劇的な運命につながってしまいます。結末の情景は幻想的で美しいですね。

「漂流船」
 老船医は過去の奇怪な体験を語ります。航海中に、古びた漂流船を見つけたギャニントン船長たちは、その船を調査しようと乗り込むことになります。船上は膨大な量の白いカビに覆われていましたが、船員たちはそのカビに襲われてしまいます…。
 意思を持って人間を襲うカビを描いた怪物ホラー作品です。足の裏を食われるなど、被害の状況がリアルで怖いですね。

「海藻の中に潜むもの」
 夜に船員たちは異臭がすることに違和感を抱いていました。鯨の死骸ではないかと考えますが、経験者によれば鯨とは全く異なる臭いだというのです。夜の点検をしていた船員の「僕」は、同僚のランマートが突然何かに引き摺りこまれるのを目撃します。やがて船に海藻のようなものがまとわりついているのに気付きますが、その中には、何か別の生き物が潜んでいるようなのです…。
 海藻に紛れて現れた巨大な怪物が船を襲うという、怪奇ムードたっぷりの怪物ホラー作品です。怪物には拳銃もろくに効かないため、火薬で粉々に吹き飛ばすという展開にも爽快感がありますね。

「静寂の海から」
 海に浮かんでいた樽の中から見つかったのは、数十年前に行方不明になったホームバード号の乗客フィリップスが書いた手記でした。それによると、サルガッソー海の海藻に捕らえられてホームバード号は座礁し、わずかな生存者しか残らなかったというのです。
 亡くなった船長の娘メアリーと結婚したフィリップスは、妻との間に娘をもうけますが、彼らが生きていくための食料は限られていました。しかも周囲には異様な怪物が徘徊し、彼らを脅かしているのです…。
 謎の怪物が登場するホラー作品ではありますが、それ以上に漂流もの、サバイバルものとしての魅力が強い作品です。作中で流れる時間も長期に渡り、いかに生き延びていくか、という部分の興味で物語を引っ張ります。
 物語が閉じ込められた夫婦(とその娘)が外界へ助けを求めて流した手記、という設定で、発端となる一番目の手記と、その後数年を経た五番目の手記のみが見つかっているという設定です。二、三、四番目の手記はまだ発見されていない…という設定も魅力がありますね。
 幸い十数年に渡り少人数が生き延びていくための食料は船にあったものの、脱出できる見込みはほぼなく、周囲には怪物が犇めいている…という絶望的な状況で、一体この先どうなってしまうのか?といったサスペンス味があります。

「ウドの島」
 感情の起伏が激しく乱暴なジャット船長に気に入られたキャビン・ボーイの少年ピビー・トールズは、たびたび船長に拳銃の訓練を課されているうちに、射撃の名人となっていました。密かにピビーを連れて、ある島に上陸した船長は、この島に宝物と、かって互いに行為を抱いた美女の巫女がいることを明かします。しかし、手がカニのハサミのようになった悪魔のような女たちがそれらを守っていると言うことも…。
 宝物と美女を求めて秘境の島に上陸する船長と少年の冒険を描いた作品です。島を守護する土人たちが非常に暴力的で、中でも奇怪で怪物のような女たちが多数登場するなど、怪物ホラー的な興趣もありますね。
 拳銃で敵を撃ち倒すシーンが頻出するなど、爽快なアクションホラー作品です。横暴ながらどこかユーモラスなところもある船長と、機敏でちょっと狡いところもある少年のコンビも楽しいです。

「闇の中の声」
 スクーナー船の甲板で監視をしていた船員の「おれ」は、霧の夜の中、突然船外から来たボートの中の男に声をかけられます。その男の姿ははっきり見えません。食料を分けてほしいと言いますが、姿を見せることを頑なに拒むため、箱に入れた食料を流して男に渡すことになります。感謝の念を伝えてきた男は、自らの数奇な運命を語ります。
 乗船していたアルバトロス号が遭難し、恋人の女性と共に、漂流するある船に辿り着いた男は、その船が灰色の塊やキノコに覆われていることに驚きます。やがて近くに島を見つけた二人はそこに上陸しますが、そこもまた異様なキノコや菌に覆われていました。
 やがて、体のあちこちに奇妙なキノコが生え始めていることに二人は気付くことになりますが…。
 漂流した男女が、キノコや菌に覆われた船や島で生活しているうちに、体にも変容を来していくという怪奇小説です。その様子を直接的に描かず、当事者の男から霧の中、間接的に物語が語られるという趣向も味わいがありますね。

「岬の冒険」
 かってポルトガル人から聞いた宝物を求めて、岬から上陸したジャット船長とピビーは、そこに住む奇怪な僧侶たちと彼らが飼う巨大で狂暴な犬たちに襲われることになります…。
 「ウドの島」の続編で、ジャット船長とピビー・トールズが再登場します。危機に際して互いに助け合い、特に船長の男気が描かれて爽快なのですが、それでも財宝の分け前を渡さないピビーの狡さには笑ってしまいます。

「漂流船の謎」
 タラワク号の見習い水夫トビーは漂流船を発見し、船員たちはその船を探索することになりますが、乗組員はまったく見当たりませんでした…。
 ある動物(怪物?)に追われる船員たちを描いた、かなり直截的なホラーです。通常の生物ではなく、サルガッソーで異常な進化を遂げた生物なのではないか…という推測も語られていますね。

「帰り船<シャムラーケン号>」
 おんぼろ帆船シャムラーケン号の船員は、船長からボーイに至るまで老人ばかりでした。儲けが上がらなくなり、最後の航海になると考えた船員たちは、生きがいともいえる仕事がなくなるのを悲しんでいました。そんな折、船は巨大なバラ色の霧と出くわしますが…。
 人生の黄昏を迎えた船員たちと船が、超自然現象とも思われる現象に出くわすことになる、という物語。一生のほとんどを船で過ごしてきたという船員たちの語りが非常に味わい深い作品となっています。ブラック・ユーモアたっぷりの結末も良いですね。

「石の船」
 平水夫のデュプレイは甲板での夜直の最中、水の流れるような音と奇怪な遠吠えのようなものを耳にします。しかもひどい臭いのようなものもしていました。やがて空らの前に現れたのは、その全てが石でできた船でした…。
 全てが石でできた石の船と遭遇する男たちを描いた怪奇作品です。得体の知れない現象が立て続けに遭遇するのですが、語り手によってほとんどの現象に合理的に説明がつけられる形になっています。ただ説明がつくとしても、相当に不思議な現象なのは確かで「奇談」的な味わいがありますね。

「ランシング号の乗組員」
 船員たちは、海が沸騰でもしているかのような熱さになっているのに驚きます。水面から顔のようなものが覗いているのを目撃した「私」ですが、それを信じてもらえません。やがて漂流する船を発見し近づくことになりますが、
その船ランシング号の甲板には奇怪な怪物たちが乗っていました…。
 怪物たちの乗った船と遭遇した男たちがそこから逃れるまでを描いた物語です。怪物との遭遇部分はあっさりしているのですが、それだけにその恐怖感が目立つ形になっています。

「まんなか小島の住人たち」
恋 人が乗った船ハッピー・リターン号が失踪し、その行方を捜索していたトゥレナーンと友人の「私」。案内人ウィリアムズの手引きで船を発見しますが、乗船者はいなくなっていました。しかし翌日、船室のカレンダーの日付がめくられているのを見たトゥレナーンは恋人は生きていると考えます…。
 失踪した船に乗っていた恋人を求めて探索を続ける男たちを描いた作品です。船には人がいた形跡があり、何らかの理由で隠れているのではないか? という疑いが持ち上がりますが、真相はさらに恐ろしいものでした。
結末の情景はかなりショッキングですね。

「暁に聞こえる呼び声」
 西インド諸島に向かう船の乗客の「私」は、船の外から「キリスト様」と唱える低い声を耳にします。ジョンソン船長たちと共に、近くにあった海藻の大きな島に向かった「私」は、入江に難破船が横たわっているのを発見しますが、そこには誰もいませんでした…。人間のつぶやきらしきものを耳にした男たちが、島を探索しますが、人間は見つからず、その存在やつぶやきの意味も分からずに終わってしまうという、謎めいた物語です。
 探索をしてみると、島には人間を脅かす怪物じみたタコやカニが生息しており、人間が存在するとしてなぜそんな危険な場所にいるのか…という疑問も湧いてくることになります。
 ホジスン作品らしく、化け物のような水棲動物や奇怪な環境が登場するのですが、主眼はそこにはなく、神秘的なつぶやきをめぐって展開されるというユニークな作品となっています。これはこれで面白いですね。


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菌と共に暮らす  高原英理『日々のきのこ』
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 高原英理『日々のきのこ』(河出書房新社)は、菌が世界を覆った世界で暮らす人類を描いた、特異な幻想小説集です。

 菌類が大量に発生し、あらゆる場所に入り込んだ世界。人類もまた菌やきのことの共生を余儀なくされていました。体表に生えるだけでなく、体内に取り込まれた胞子によって、人と菌との境目もまたなくなっていきます。ほぼ菌類と化した「菌人(きんじん)」と呼ばれる存在すら珍しくなくなっていました…。

 「所々のきのこ」「思い思いのきのこ」「時々のきのこ」 の三篇に分かれていますが、それぞれの短篇が、さらに断章に分かれており、菌と共生、あるいは同化した人々の様子が描かれていきます。
 きのこを踏んで胞子をばらまく手伝いをする「ばふ屋」、揮発性の毒で自殺者を引き寄せるきのこの森、取りついた粘菌が硬化して飛翔能力を持つようになった男など、様々な菌と人類との関わりが幻想的な筆致をもって描かれていますね。
 提示される「きのこ幻想」はどれも魅力的なのですが、中でも、「所々のきのこ」中で「想像」として語られる、一人の人間を「脳」として集合した菌子体が宇宙に飛び立つというイメージや、「時々のきのこ」に登場する、性別すらなくなった菌人との奇妙な性的ファンタジーには、強烈なインパクトがあります。

 人類が何らかの影響により肉体的・精神的に変容していく…というタイプの作品であるのですが、それが菌類・きのこによるものである、というところで、そのイメージのバリエーションが多彩かつ特異な形で描かれているのが魅力でしょうか。
 菌と一体化した人間の主観描写がたびたび挟まれますが、そこには取り込まれる「恐怖」ではなく、むしろ恍惚とした「快感」すらが感じられるという、奇妙でアンニュイな世界観が感じられます。
 意識の変容を描く幻想小説とも、人類のゆるやかな滅びを描いた終末SFとも読める作品ですね。
 「きのこ文学」(というジャンルがあるのか分かりませんが)の到達点の一つ、といっていいのではないでしょうか。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

知られざるホジスン  ウィリアム・ホープ・ホジスン『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』
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 ウィリアム・ホープ・ホジスン『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(田中重行訳 漂着文庫1 ※同人出版)は、イギリス怪奇小説の名匠ホジスンの未訳作品を集めた作品集です。

「死の女神」
 T町では連続殺人事件が発生しており、既に一ダースに上る犠牲者が出ていました。犯人はなんと、歩く大理石像だというのです。事件を調査するウィルとヒルトンは公園を訪れますが、その台座からは彫像がいなくなっていました…。
 女神像が動き出して人を襲うという事件が語られる、オカルト探偵もの作品です。合理的に謎が解かれるのですが、そのトリックには唖然としてしまうのでは。ホジスンの小説デビュー作です。

「約束」
 信仰の厚いジャコベウス助祭は、16歳にして亡くなった愛する弟ジョシーファスの遺骸のそばを離れないと誓いますが、疲れからふと眠り込んでしまい、その間に家族によって隣の部屋に移されてしまいます。
 かって壁越しに弟との会話に利用していた部屋の穴から、中を覗きこんでみたところ、遺骸しか置いていないはずの部屋から何者かが覗いていました…。
 部屋の壁から何者かが覗き、それはおそらく死んだ弟としか考えられない…という、非常に怖い怪談です。溺愛していた弟の遺骸が、途端に恐怖の対象になってしまう、というあたりの恐怖感は強烈ですね。

「恐怖の部屋」
 八歳のウィリーは神経の過敏な少年でした。臆病者には我慢がならないという母親の方針のもと、西の部屋に一人で寝かされることになりますが、ウィリーはたびたび部屋で巨大な手の幻を目撃していました…。
 繊細な少年が怪奇現象を目撃し続け、精神を参らせてしまうという物語。母親を愛するがゆえ、勇気を証明してみせたいと無理をする少年が健気ですね。
 特定の部屋になぜ怪奇現象が起きるのか、その現象にどんな意味があるのか?といったところは語られないあたり、不条理味も強いです。

「バークレイ判事の妻」
 心の優しいバークレイ判事に対し、その妻は夫の下す判決が甘すぎると常々感じていました。賭けの席上、拳銃の爆発事故で相手を死なせてしまった粗野な青年ジェムは絞首刑を宣告されてしまいます。
 青年は逃げ出してしまいますが、母親に匿われていた現場を押さえられ、リンチにかけられそうになります。現場に居合わせた判事夫人は、その光景を見てショックを受けることになりますが…。
 観念的に罪に対して厳しい考えを持っていた判事夫人が、親子が実際に苦しむ様を目撃して考えを変える…という倫理的なテーマを扱ったヒューマン・ストーリーとなっています。ホジスンには珍しい西部劇作品です。

「1965年―現代の戦争」
 ジョン・ラッセル下院議員は、将来の戦争に関してスピーチを行います。そこには、効率的な殺戮と死体の処理に関しての提言が語られていました…。
 戦争行為による殺戮やその死体に関して、合理的かつ効率的に処理をすべきだという提案が描かれるという、ブラック・ユーモアたっぷりの諷刺的な作品です。

「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」
 医学者スタッフォードは、親友だったというドイツの科学者バウモフの業績について語ります。バウモフは、キリストの熱心な信者であり、聖書に記されている〈十字架の闇〉は、キリストの苦痛による〈光の振動〉で発生した大気の暗黒化によるものだという説を持っていました。自分を実験台にして、物理的にその状況を再現しようとするバウモフでしたが…。
 科学的手段を用いて、キリストの〈十字架の闇〉を再現しようとする科学者を描く疑似科学小説です。題材がキリストの行状、悪霊的な存在も仄めかされるなど、オカルト的な要素も強いユニークな作品となっています。

「サイクロンの渦を抜けて」
 スライドショー原稿を元にした、サイクロンの体験記。ノンフィクション作品ですが、語られる内容には迫力がありますね。

「測定器で船速を測る」
 〈スカイラーク号〉の二等航海士ジョンソンは、見習い水夫たちに対して傲慢な態度を取ることで嫌われていました。仕返しとして、測定器で船速を測る際に、眠り込んだジョンソンに対していたずらを仕掛ける少年たちでしたが…。
 怠け者で嫌われ者の男に仕返しをしてやろうとした少年たちの行為が、取り返しのつかない結果を引き起こす…という物語。ちょっと衝撃的な結末で、ジョンソンがいかに不愉快な男かが冒頭で紹介されてはいるのですが、それでも後味は良くないですね。

「嵐の海から」
 科学者の友人は、通信機で海で遭難している友人の様子を窺っていました…。
 海難事故で今まさに命を落とそうとしている船員が描かれます。命の危機に陥った男が見る幻視のような表現もあり、迫力のある作品となっています。

「アルバトロス」
 航海中に上空を飛ぶアルバトロスに何かが括り付けられているのを発見した一等航海士の「おれ」は、鳥を捕まえますが、そこには手紙が付けられていました。船が遭難し、一人取り残された少女が助けを求めているようなのです。
船長の反対を押し切って、ボートで助けに向かう「おれ」でしたが…。
 遭難した少女を助けるため、一人救助に向かう船員を描いた冒険小説です。食料が切れる前に少女の元にたどり着けるのか?というサスペンスと共に、少女が待つ船ではある動物が繁殖し、それらを撃退することができるのか?という部分にも怪奇味があって面白いです。

「呪われた〈パンペロ〉号」
 若くして〈パンペロ〉号の船長に抜擢され喜ぶトム・ペンバートンでしたが、トムの妻はその船が呪われているという評判を聞き不安に思っていましたが、夫と共に航海に出ることになります。
 航海中、ボートで漂流していた水夫ターピンを救助することになりますが、それ以来、船では奇怪な現象が相次いでいました…。
 呪われているという悪評のある船の航海中、いろいろと怪しい現象が起こるという物語です。海の怪物が登場しますが、ホジスン作品に登場する怪物の中でも、かなりユニークな造型のものとなっていますね。

「引き裂かれた夜」
 ロナルドソン船長は憂鬱に沈んでいました。愛する妻をたった六週間で失ってしまったのです。メルボルンからの帰港の途中、船は広大な光の峡谷のようなものに遭遇します。そこで船員たちは、亡くなった人間たちの魂と出会うことになりますが…。
 海の果てで死後の世界の魂たちに遭遇する男たちの物語です。純粋に愛するものに再会できた人間だけでなく、中には、死者に対して生前罪を働いた者もいるようなのです。神秘的な情景が展開される、魅力的な幻想小説となっていますね。

「戦場からの手紙」
 戦死したホジスンの訃報記事と、家族に宛てた最後の手紙が紹介されています。手紙では、無名の戦没者に対する言及や、戦場を<ナイトランド>に例える表現など、詩的な文章の美しさがあります。

 付録も充実しています。「海上の惨劇」は、明治40年「河北新報」に掲載された「静寂の海から」の抄訳(第一部のみ)で、最も早いホジスン紹介だとか。「冒険世界」に掲載された「絶海に生き残った親子三人」(阿武天風訳)は同じく「静寂の海から」の抄訳(第二部のみ)です。

 巻末に収められた「ウィリアム・ホープ・ホジスンの海員時代」(兼坂武志)は、ホジスンの海員時代をたどった力作評伝。具体的に乗り込んだ船名やその船での食糧事情まで紹介されているなど、尋常でない詳細さです。
 見習い水夫(アプレンチス)について紹介される部分は、海洋小説を読むうえでの参考になりますね。

 ホジスンといえば海洋奇譚で、実際それに類する作品も収められていますが、それ以外のジャンルに属する作品も収められており、ホジスン作品の多様性を感じ取れる好作品集となっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

レイチェル・インガルズの二冊を読む
 レイチェル・インガルズの作品は風変わりです。短篇集二冊の邦訳があり、計六篇の短篇が収録されていますが、そのどれもが異なった味わい。それらが属するジャンルもバラバラですが、共通するのは「変な話」である、というところでしょうか。


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レイチェル・インガルズ『ミセス・キャリバン』(古屋美登里訳 福武書店)

 奇想に満ちた表題作を始め、奇妙なユーモアと哀愁のある文芸小説集です。

「ミセス・キャリバン」
 息子の死と流産を経て、夫フレッドとの仲が冷え切ってしまった主婦ドロシーは、ある日突然家に入ってきた、蛙のような顔をした奇妙な生物を衝動的にかくまってしまいます。彼は南アメリカで捕獲されたのち、研究所に囚われていた「アクエリアス」なる生物だというのです。
 ラジオでは何人も人を殺した凶悪な生物という布告が出されていましたが、ドロシーは、意思の疎通も可能で理知的なその生物にラリーと名付け、家で密かに共同生活を営むことになります。やがてラリーは恋人にも似た存在となっていきますが…。

 子どもを失い、夫との仲も冷え切ってしまった妻ドロシーが、ふとしたことからかくまった「蛙男」ラリーを愛するようになっていく…という奇妙な味わいの文芸作品です。
 残酷な怪物である報道とは裏腹に、理知的なラリーに感情移入したドロシーは、彼を愛し、守ろうとします。
 しかしドロシーのラリーへの愛情に比べ、彼からのそれは人間のものとは異なっていたのです。人間の命に対する敬意はほぼなく、また個々の人間に対する位置づけも人間とは異なっています。その違いを知って驚くものの、彼を捨てることはできないドロシーの心理が繊細に描かれていきます。
 後半では、冷え切っていたはずの夫の妻に対するアプローチが変わってきたり、ラリーが起こした事件のせいで事態が急変したりと、状況もダイナミックに動き始め、目が離せなくなりますね。
 善意に溢れた人間ではあるものの、昔から間の悪さで、周囲の人間との関係を悪化させてしまうドロシー。夫、そして長年の親友のエステルに対してさえ、結果的には、意図せずその関係を破壊してしまうことになります。最終的にドロシーの胸に去来するものとは何だったのか…?
 奇想に溢れた題材でありながら、読後に訪れるのは奇妙な悲しさ。人間的に「不器用な」主人公ドロシーとその周囲の人間たちを描いた不思議な味わいの文芸作品となっています。

「聖ジョージとナイトクラブ」
 ギリシャ旅行に来ていた中年夫婦の「わたし」と妻。「わたし」は自分の浮気で離れてしまった妻の心を取り戻したいと思っていました。旅行中に出会った新婚のアメリカ人バターウォース夫妻と仲良くなりますが、
 「わたし」は夫のロッキー・バターウォースから結婚生活についての相談を持ち掛けられ、アドバイスをすることになります。一方妻は、リンダ・バターウォースにアドバイスしたというのですが…。

 再構築を図っている途中の中年の夫婦が描かれる作品です。旅行先で出会ったアメリカ人の新婚夫婦との関わりが描かれ、夫婦が互いにアドバイスをするのですが、それが原因で新婚夫婦に悲劇が起こってしまうのです。
 その事件を経て、主人公夫婦の仲はどうなってしまうのか? といったところに面白みがある作品でしょうか。妻のあまりの冷淡さに、再構築は無理なのではないかと思わせるのですが、それでもまだ愛情が残っているのではないか、と示唆される結末も興味深いですね。

「置き去りにされた男」
 妻子との旅行中に火事に巻き込まれ、自分以外の家族を一気に失ってしまった男ミスター・マッケンジー。生きる気力を無くしたマッケンジーは、広い家を売り払い孤独な生活をしていました。
 酒に溺れ、身なりも構わなくなった彼は、公園に住み着いていた三人のホームレスたちと奇妙な友情を結ぶことになりますが…。

 家族を一気に失い生きる気力を失ってしまった男を描いた作品です。
 主人公マッケンジーは、妻と長男、長女と長女の婚約者を同時に火災で失ってしまうのです。それ以前に最も愛していた次男を戦争の後遺症による自殺で失っています。長男の妻とその養子は生きているものの、もともと疎遠であり、最も愛しているといえるのは、子どもができないことを理由に長男が離縁してしまった形の前妻のみ。しかし彼女もまた新しい家庭を持っているのです。
 主人公の絶望感・孤独感が強烈です。その生活は早く死が訪れるのを願っているかのようで、消極的な自殺と言ってもいいほどなのです。
 同じような孤独感を抱えているらしい三人のホームレスたちと奇妙な友情を結ぶものの、根本的な解決にはなりません。愛していた次男ベン、長男の前妻ミッチーなど、マッケンジーが回想する過去の記憶も重なって、彼の現在の人生の寒々しさが強調されていきます。
 読んでいて痛々しく、早く主人公に死が訪れるように、と思ってしまうほどです。残された人間の孤独感をこれほど強烈に描いた作品はそうそうないのではないでしょうか。その意味で、タイトルの「置き去りにされた男」はぴったりの名前と言えますね。



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レイチェル・インガルズ『悲劇の終り』(森瑶子訳 筑摩書房)

 様々に傾向の異なった三篇を収録した短篇集です。同著者のもう一つの邦訳短篇集『ミセス・キャリバン』に比べると、エンタメ性の強い作品が集められた感じですね。

「蛙」
 リサとジムは、深い霧の中、友人の知り合いだという家を訪問しますが、そこには誰一人知り合いがいませんでした。当主ブロデリックは治療師、その妻イザベルは霊媒、訪れている人たちもオカルトの信奉者のようなのです。食事には異様な食材が使われ、外には大量のヒキガエルが発生していました。
 気味悪く思ったリサは屋敷を辞去しようとしますが、当主夫妻に言いくるめられて何日も滞在してしまうことになります。
 しかも夫は儲け話を聞かされ、すっかりその気になってしまいます。ジムと喧嘩をしたリサは一人で外に出て行こうとしますが…。

 当主夫妻も客たちもどこかおかしい、奇怪な屋敷に入り込んでしまったカップルを描いた、奇妙な味わいの不条理小説です。間接的な知り合いのはずなのに、互いに全くつながりがないようで、そもそも深い霧の中、全く違う屋敷に入り込んでしまった可能性もあるのです。
 馴れ馴れしくする人々に気味悪さを感じるリサですが、逆にジムは丸め込まれたのか、洗脳されてしまったのか、屋敷の滞在を続けようとし、夫婦の間に断絶が生まれてしまいます。
 屋敷を出て行きたいと思っても、出ていけなくなってしまうという悪夢のような展開で、屋敷やそこに滞在する人々も普通の人間でない可能性も示唆されてきます。軽いタッチで描かれてはいますが、考えるとかなり怖いホラー作品ですね。

「現場」
 誰にも邪魔をされたくないと、家の屋根裏部屋に籠もって実験を続けている夫のエドガー。彼を邪魔しまいと、妻のヘレンは成人教育の学校に通っていましたが、その学校も閉校になってしまいます。
 夫が何をしているのか関心を持ったヘレンは、夫の留守中に密かに部屋に侵入しますが、そこにあったのは精巧な人形の部品でした。しばらくして再度部屋を訪れたヘレンはそこに美しい女性の人形を見出します。しかもスイッチを入れれば、簡単な言葉も話すことができるのです。衝動的な怒りに囚われたヘレンは、人形を外に持ち出しロッカーに入れてしまいます。
 帰宅した夫は激怒し、人形ドーリーを返せと息巻きますが、ヘレンは自分にも男性型の人形を作ってくれなければ、人形を返さないと脅します。
 一方、ヘレンがロッカーに物を入れているのを目撃していたボクサーのロンは、中の品物を盗み出しますが、品物が人形であることを知って驚きます。一緒に過ごしているうちに、ドーリーに愛情を抱くようになったロンでしたが…。

 科学者が作った美しい自動人形ドーリーをめぐって展開される、スラップスティックなコメディ作品です。夫の仕事を尊重していた妻が、夫が熱中していたのが女の人形であることが分かり、怒りと嫉妬の念で人が変わったようになってしまいます。夫は夫で、妻では満たされない思いを人形に注いでいたのです。
 また人形を盗み出したロンもまた彼女に夢中になってしまい、恋人のふりをして外に連れ出す始末。人形ドーリーをめぐって三者三様の思惑が絡み合っていくという、面白い作品です。
 このドーリー、非常に精巧で、黙っていれば人間としか見えません。ストックされたセリフや、オウム返しに話すことも出来るので、人間のふりをさせることも可能なのです。外にドーリーを連れ出したロンが、ふとしたことでボタンを押してしまい、衆人環視の中で卑猥なセリフを話し出してしまう…というシーンなどは抱腹絶倒ですね。
 ドーリーは発明者エドガーの理想の女性を体現した存在であり、実際ロンもまた彼女に魅了されてしまいます。一方ヘレンは、夫への愛情をめぐって、ドーリーにある種の嫉妬を抱きます。
 喜劇調ではありながら、男女の純粋な愛憎劇になるのかと思いきや、ヘレンは人形を量産して金儲けができないかと現実的な欲望を抱き始めたり、エドガーとロンもドーリーを所有したいという直接的な欲望が前に出てくることになります。
 奇跡のように美しい自動人形が登場しながらも、彼女をめぐる人間たちの日常が、リアルかつ下世話に展開されるという、異色の人形幻想奇譚です。

「悲劇の終り」
 美人ながら演劇の才能はほとんどなく、売れない女優ケイティ。彼女の唯一の特技は絶叫を上げることだけでした。ハンサムな男カーターに惚れてしまったケイティは、カーターの婚約者のふりをして従姉妹ジュリーと結婚したロスの家に同行して欲しいと頼まれます。
 かってカーターが思いを寄せていたジュリーは結婚後、ロスによって殺された疑いがあるというのです。それを確かめるために手伝ってほしいと。
 ロスと知り合いになったケイティでしたが、強引で自分勝手な性格のカーターは、ロスを誘惑し彼と結婚しろと命令し始めます。
 カーターの子どもを妊娠していたケイティは、それをカーターに打ち明けますが、彼はそれもロスの子どもと偽り利用しろとまで言うのですが…。

 殺人の疑いがある従姉妹の死を調べるために、婚約者のふりをして家に乗り込む…。ここだけ聞くと、魅力的なサスペンスの発端といった感じがするのですが、これがまっとうなサスペンスにはなりません。というのも、ヒロインの恋人カーターがどうしようもない男で、強引で嘘つき、行き当たりばったりで発言をひっくり返すので、自然それに従ってしまうケイティの行動も一貫せず、物語が迷走することになってしまうのです。
 カーターは、ヒロインを道具としてしか考えておらず、金のために別の男にケイティを結婚させたり、挙げ句の果てには殺人さえ教唆するのです。
 しかしケイティは、カーターにベタ惚れで、いくら手ひどい扱いを受けても、彼の言うとおりになってしまいます。愛してもいない男と結婚すらしてしまうのです。
結婚相手のロスは、赤ん坊を可愛がるなど、善人である節もあり、ケイティは悩んでしまうことになります。カーターによれば彼は殺人者なのですが、カーター自身の虚言癖を考えると、それも怪しくなってきます。
 ケイティにはある程度の倫理観があり、殺人や犯罪を犯すことに対しては抵抗があります。それに対して強引に迫るカーター。またケイティとロスとの偽りの結婚生活はどうなってしまうのか?
 癖のある登場人物たちがお話をかき回し、一体どうなってしまうのか分からない面白みがあります。
 「まっとうなサスペンス」ではないと書きましたが、ハラハラドキドキさせるなど、結果から言うとこれはやはりサスペンス小説といえるのでしょうか。破天荒なのですが、目が離せない魅力のある作品です。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ソニーマガジンズ版<グースパンプス>を読む
 アメリカの作家R・L・スタインの<グースパンプス>は、年少読者向けに書かれた一巻完結のホラー小説シリーズ。一冊単位で気軽に楽しめるのが魅力のシリーズです。このブログでも、以前に岩崎書店版<グースパンプス>(全10巻)を紹介しています。2000年代に出された岩崎書店版に比べ、1990年代に出たソニーマガジンズ版(全10巻)は、現在入手難になっています。
 こちらのソニーマガジンズ版にのみ収録のタイトルも5冊ほどあり、最近になって入手して読むことができたので、紹介しておきたいと思います。


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R・L・スタイン『モンスターブラッド グースバンプス3』(豊岡まみ訳 ソニーマガジンズ)

 父親の急な転勤とそれに伴う家探しのため、両親と離れ、父親の大おばキャスリンに預けられることになった少年イヴァン。キャスリンは耳が全く聞こえず、意思の疎通もままなりません。しかも自分を魔女だと言うのです。
 さらに、飼い猫サラベスのことを、正真正銘の悪魔だとも言います。気味悪さと不安に囚われながらも、イヴァンはしばらくの我慢だと考えていました。
 近所のおもちゃ屋で「モンスターブラッド」なる緑色の粘土のようなおもちゃの缶詰を買ったイヴァンは、友人となった女の子アンディと共にそれで遊びますが、モンスターブラッドはみるたびに膨らんで増えているようなのです。さらに、モンスターブラッドのかけらを飲み込んでしまった飼い犬のトリガーは、いつのまにか体が大きくなっていきますが…。

 大おばに預けられた少年が、現地で手に入れた粘土のようなおもちゃ、モンスターブラッドを手に入れたことからトラブルに巻き込まれてしまうという、ホラー作品です。
 モンスターブラッドは奇妙な性質を持っており、中身が減ってもいつの間にか増殖しているらしいのです。その量はどんどんと増えてしまいます。しかも、何かを取り込むとさらに巨大化するようでもありました。またそれを食べてしまった犬のトリガーの様子もおかしくなり始めます。
 困り切ったイヴァンが相談しようとしても、耳の聞こえないキャスリンおばには伝わらず、それどころか、おばはイヴァンに冷たくするようになっていきます。イヴァンはモンスターブラッドを上手く始末できるのでしょうか?
 両親と引き離され、馴染みのない大おばと暮らすことを余儀なくされたイヴァンは、その生活に不安を抱いていました。さらにモンスターブラッドによるトラブルが起こり、二進も三進も行かなくなってしまうのです。
 後半では、別個の事件かと思われたその二つのトラブルがつながっていくことになります。単なるキャラクター上の設定かと思われたキャスリンの耳の障害、そしてイヴァンに対する冷たい態度の理由に関しても、必然的な理由があったということが明かされる演出も非常に上手いです。
 単純なモンスターホラーかと思っていると、意外な捻りがあってびっくりしますね。老犬である飼い犬のトリガーが、要所要所で目立つ活躍をするのも楽しいところです。



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R・L・スタイン『ミイラの呪い グースパンプス5』(豊岡まみ訳 ソニーマガジンズ)

 エジプトにルーツを持つ両親と共にアメリカで暮らしていた少年ゲイブは、エジプトを訪れていました。両親が出かけている間に、考古学者のベンおじさんに預けられることになったゲイブでしたが、ベンの娘のサリーと共に、ピラミッド内を見学させてもらうことになります。
 ベンのせいでピラミッドの呪いが解かれたのではないかと、調査員の一人である現地人アーメドは責めていましたが、ベンは非科学的だとして取り合いません。一方、ゲイブとサリーは、博物館を見学している最中、アーメドによって誘拐されそうになってしまいます…。

 ピラミッド内の調査によって、古代のミイラの呪いが解かれてしまう…というホラー作品です。主人公となるゲイブは、もともとお守りとして古代エジプトのミイラの手を持っているという設定です。おそらくそれを使って事態を打開するのだろうとは予測でき、実際そうなるのですが、「古代エジプトのミイラ」というテーマから想像するほど単純なお話にはなっていません。古代の呪いだけでなく、現代での人為的な計画も関わってくるなど、ちょっと捻ったお話になっています。
 何より一番魅力的なのは、ピラミッド内の探索シーンでしょう。部屋が数百もあり、隠し部屋もあったりするという巨大な構造物。主人公たちがはぐれて迷ってしまったりと、迷宮探索の趣もあります。
 いとこのサリーが、ことあるごとにゲイブを馬鹿にしたり挑発したりするので、ゲイブがそれに対抗して行動し、それがトラブルを引き起こしてしまう…という流れも、定番ではありながら楽しいです。



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R・L・スタイン『図書館の怪人 グースバンプス8』(豊岡まみ訳 ソニー・マガジンズ)

 モンスターが大好きで、弟のランディを怖がらせるのが楽しみな一二歳の少女ルーシー・ダーク。彼女のモンスター話はほら話と捉えられており、ランディの他には信じる者もいませんでした。
 ある日、図書館に忘れ物を取りに戻ったルーシーは、司書の男性ミスター・モートマンが怪物に変身するところを目撃してしまいます。その事実を両親や友人にも告げるルーシーですが、いつのもほら話だと信じてもらうことができません。証拠をつかんでやろうと、ルーシーは、再度、図書館に忍び込むことになりますが…。

 モンスター大好き少女ルーシーが、人間に化けた本物のモンスターを見つけ、それを話して回りますが誰にも信じてもらえない…という「狼少年」テーマのホラー小説です。
 司書のミスター・モートマンが怪物だと知ったルーシーは、その証拠をつかもうと、彼の周りを何度もうろうろするのですが、そのたびにへまをして、事態をまずい方向に向かわせてしまいます。彼女が怪物を撃退できるのか、それとも捕まってしまうのか、といったところでサスペンスはたっぷりですね。
 もともと本嫌いなルーシーが、親の命令で図書館の読書会に行かされたことが事件の発端なのですが、それによってルーシーが本好きになったりはしませんん。「赤毛のアン」を勧められ、モンスターが出てくるかどうか尋ねるシーンには笑ってしまいます。
 笑えるといえば、モンスターであるミスター・モートマンもどこかユーモラスなところがあります。怪物ではあっても本は大好き、司書としての使命感は強いのです。ルーシーを追いかけている際にカードを散らばされ、追いかけるよりもカードを整理し直すことを優先したりするあたり、根が真面目なようで笑ってしまいます。
 ルーシーは怪物を撃退できるのか? 周囲の人物に事実を信じてもらうことができるのか? といったあたりの展開を予想して読んでいると、とんでもない方向から解決が訪れ、唖然としてしまいます。徹頭徹尾、冗談で書かれたかのようなホラーで、読んでいてとても楽しい作品になっています。



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R・L・スタイン『悪夢のキャンプにようこそ グースパンプス9』(豊岡まみ訳 ソニーマガジンズ)

 バスに乗り、初めてのキャンプ旅行に参加することになった少年ビリー。共に参加した少年たちとも仲良くなりますが、キャンプの責任者アンクル・アルや指導員たちが、子どもたちに対して冷たい態度を取っていることに不審の念を抱きます。彼らは怪我をした仲間たちに対しても、ろくに手当もせず放置を繰り返していました。治療をするための看護婦すらいないというのです。
 ビリーは、怪我をした仲間たちがいつの間に姿を消し、彼らの荷物もなくなっていることに気付きますが…。

 キャンプに参加した少年が、そのキャンプの責任者や指導員たちの不可解な態度に悩まされるという不条理ホラー作品です。
 参加した少年少女たちに冷たい態度を取るのみならず、怪我をしても放置。やがて何人もの子どもたちが失踪してしまったにも関わらず、それについて知らないふりを繰り返すのです。
 このキャンプでは一体何が起こっているのか? 指導員たちは何者で、何を企んでいるのか? 不可解な出来事が続き、不条理感たっぷりのサスペンス・ホラーとなっています。
 かなり不条理な出来事が続くので、指導員たちは死者なのか?とか、物語の舞台は既に死後の世界なのか? など、いろいろ想像させられてしまうのですが、思いがけない方向からの結末を迎えることになります。
 基本的に、この<グースバンプス>シリーズ、どの作品も超自然的なテーマを扱っているので、当然この作品もその方向性で考えてしまうのですが、逆にそれがミスディレクションになっているような感じでしょうか。シリーズ作品をいくつか読んでいる人ほど、結末の予想は難しいのではないかと思います。



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R・L・スタイン『ゴーストビーチ グースバンプス10』(豊岡まみ訳 ソニーマガジンズ)

 遠縁の親戚であるブラッドとアガサの夫妻のもとで一ヶ月ほどを過ごすことになった、ジェリー・サドラーと一歳下の妹テリーの兄妹。テリーの趣味の一つである墓石の碑文の刷り写しをしていたところ、自分たちと同じサドラー姓の墓が多くあることに気付きます。その土地には、サドラー一族の人間が多く住み、亡くなっていたというのです。
 海岸沿いに洞穴を見つけたジェリーたちは、そこに関心を抱きますが、ブラッドとアガサはそこには近づかない方がいいと言います。知り合いになった、地元の同じサドラー姓のきょうだいたち、サム、ルイーザ、ナットたちは、洞穴にはユウレイがいるといい、そこを恐れているようでした。
 洞穴に入り込んだジェリーとテリーは、そこに一人の男がいるのを見つけます。男は、自分はユウレイではないと言うのですが…。

 一族の多くの者が眠る土地にやってきた兄妹が、洞穴で「ユウレイ」とされる男と出会う…という物語です。彼が本当にユウレイなのか、何のために洞窟に隠れているのか、は徐々に明らかになっていきます。
 かってサドラー一族の者たちが非業の死を遂げたことが語られており、「ユウレイ」となった者たちもいるのは確かなようなのですが、それが誰なのか?というところがメインに描かれていきます。主人公たちを含め、誰が生者で誰が死者なのか分からない…というサスペンスがありますね。
 犬には死者を見分けられる…というルールが上手く使われています。この著者らしい、ブラックな結末も楽しいです。


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隠された世界  タニス・リー『死霊の都』
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 タニス・リーの長篇『死霊の都』(森下弓子訳 ハヤカワ文庫FT)は、死をもたらす鴉の一族に取り憑かれた青年が、鴉の一族の王を殺そうと旅に出る…というダーク・ファンタジー作品です。

 トロム王が支配するパイン・ウォークで暮らす青年ショーンは、イノシシ狩りの際に、兄ジョフの手柄を横取りしてしまったことから、兄の怒りを買い、しばりつけられて夜の森に置き去りにされてしまいます。
 彼らの間では、伝説的な鴉の一族が恐れられていました。彼らに憑かれると死を運ぶ存在になると考えられており、憑かれた人間は残さず殺されてしまうことになっていたのです。夜の森で鴉の一族に接触したショーンは、酒を飲まされた上で拉致されそうになりますが、一行の中の娘の一人により見逃されることになります。
 村に戻ったショーンは、村も人々も何かが変わって見えるのに気が付きます。語り部カイによって検査されたショーンは憑かれた者として処刑を言い渡されてしまいます。処刑寸前に兄のジョフによって逃がされたショーンは、同じような境遇の少年のダーンとその兄弟たちと出会い、行動を共にするようになりますが…。

 死を呼ぶ鴉の一族に憑かれた青年が、村を離れ、鴉の一族の王を倒すために旅に出る、というダーク・ファンタジー作品です。
 鴉の一族たちは魔法のようなものが使える集団で、憑かれたショーンも、内部にいる霊のような存在を通して能力を使えるようになります。しかし故郷の村では、死者に怪我された存在として命を狙われてしまうことになるのです。同じく憑かれた存在である少年ダーンと出会ったショーンは、共に鴉の一族が住む死霊の都を目指すことになります。

 鴉の一族はなぜ恐れられるようになったのか? 彼らが使う魔法とは何なのか? 憑かれた人間にはなぜ能力が身につくのか? なぜ性格が変わったようになってしまうのか? など、いろいろな謎が提出されるのですが、それがしっかりと合理的に説明されるあたりも良く出来ていますね。
 生ける死者、霊の憑依、魔法など、超自然的な要素が頻出するファンタジーなのですが、後半になるにしたがって、それらの幻想的な要素が幻想的な扱いのまま、世界像が反転してゆく、という面白い構成の物語となっています。

 死者たちの王を倒すというヒロイック・ファンタジー的な面もあるかと思えば、シャーマン的設定を扱った民俗学的な味わいもあったり、また兄弟の愛憎を描く部分もあったりと、様々な要素が入り混じった、ユニークな読み味のファンタジーです。


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人情と幽霊  谷一生『富士子 島の怪談』
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 谷一生『富士子 島の怪談』(幽ブックス)は、人情や情念的な要素が強い怪談を集めた作品集です。

「友造の里帰り」
 土建屋の社長友造は、仕事に邁進し妻とも仲良くやっていましたが、スナックで出会った女性朱美にほれ込んでしまいます。朱美から、二人の同郷である小豆島に行きたいと言われた友造は、二人きりの旅行ができると喜ぶ一方、故郷での嫌な思い出を思い出させられていました…。
 表面上は土建屋の社長が愛人と旅行する話なのですが、その実、亡き母と叔父に対してひどい仕打ちをしたと後悔している男が、故郷に戻り、その過去と向き合う…という真摯なお話となっています。そこに幽霊と、謎の女朱美が絡んでくるという人情味豊かなゴースト・ストーリーとなっていますね。

「富士子」
 性格の悪い中年女性の富士子は、旅行で訪れた沖縄で衝動的に民宿を購入します。夫を連れて移住した富士子は、手伝いの兼子と共に商売を始めることになります。働いているうちに、夫から物腰が柔らかくなったと言われた富士子は、自らの変化に困惑しますが…。
 人間嫌いで狷介な性格のヒロインが、仕事の喜びを通して変わっていく物語、と見えるのですが、その実、それは邪悪な力の影響力によるものだった…というブラック・ユーモアたっぷりのお話です。そもそもヒロイン富士子は、自らの性格の悪さを悪いものだと思っておらず、自分が変わりつつあることに怒りさえ覚えているのです。
 手伝いの兼子が、自分に何かしているのではないかということに気づいた富士子は、彼女に対抗しようとし、二人の間に争いが起きることになります。この争いが兼子の勝利に終わったように見えながら、その実、妙な共依存関係になってしまうという展開も、人を食ったようで面白いです。

「浜沈丁」
 富士子の民宿を訪ねてきた、外国人男性のフレッドとダニエル。民宿を買い取ろうと一方的な申し出をしてきた彼らに反発する富士子と兼子でしたが、彼らは他人の精神をむしばむ力を持っていました…。
 「富士子」の続編です。横暴な外国人たちが民宿を買いたたこうとすることに対して、富士子と兼子が協力して立ち上がる…というお話になっています。
 超能力合戦の趣なのですが、富士子の精神力と内部の淀みが強烈で、それによって勝利する、という展開が何ともブラック。

「あまびえ」
 新人の応援のため地方を訪れた大物政治家の「先生」は、魚が大好きで、振る舞われる予定の魚料理を楽しみにしていました。幻の魚を食べさせてくれるという現地の人々の言葉に期待を高めますが、調理法に関しては注文をつけないでほしい、という言葉に嫌な予感を抱いていました…。
 魚好きの政治家が、謎の魚を食べさせられるという物語。というか、食べるまでの過程を語った物語と言う方が近いでしょうか。この「先生」、魚料理に対してある種の美学を持っていて、活け造りは悪趣味だと考えています。
 一方、地元の後援会は活け造りが、最上のもてなしだと思っていて、そればかり出してしまうのです。果ては「幻の魚」さえもその形で調理され、その悪趣味さが強烈な形で登場します。
 結末は別として、最後まで、食事や宴会に出ている「先生」の魚料理に対する思い出とその美学が語られていくという体裁で、こちらはこちらで面白いですね

「雪の虹」
 取り込み詐欺紛いで資金繰りに失敗した主人公は、愛する妻とも形のうえで離婚して夜逃げすることになります。自殺するつもりで、うろつき回りますが、目的を果たすこともできずに歩き回ることになります…。
 仕事の借金で首が回らなくなった男が、死ぬつもりで家族とも別れ彷徨する…という物語。行く先々で少年の幽霊が現れるのですが、これが本当の霊なのか、妄想なのかははっきりしません。
 後がない絶望的な逃避行でありながら、その旅程には妙な哀愁とおかしさがあります。暗い情念を抱えたサスペンスとして味わいがありますね。

「恋骸」
 幼馴染でもある死んだ元恋人のため、二人の故郷である島を訪れたいと、「わたし」は、今の恋人である英樹に手紙をしたためることになりますが…。
 幸せな生活を送っていたカップルの生活が破綻し、男は命を落としてしまいます。元恋人の女性が、罪悪感から、彼の供養のために故郷の島に渡る…という物語です。女性が過去を受け入れて本当の幸福を手に入れることができるのか? という純愛物語となっています。
 現実的な路線で進んでいた物語が、最終局面でゴースト・ストーリーとなる展開にも味がありますね。


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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
twitter上でも活動しています。アカウントは@kimyonasekaiです。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」も主宰してます。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』『奇想小説ブックガイド』『怪奇幻想映画ガイドブック』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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