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黄昏のファンタジー  ジョーン・エイキン『海の王国』
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 ジョーン・エイキンの短篇集『海の王国』(ヤン・ピアンコフスキー絵 猪熊葉子訳 岩波書店)は、作家エイキンが、ロシアやバルカン諸国の昔話を再話した物語集です。
 元のお話がロシアやバルカンにあるということで、日本人に馴染みの深い英米のそれとはちょっと異なった味わいになっています。全体の色調は暗めで、物語の中で残酷な行為も多く登場するのが特徴です。再話ということもあり、エイキンの持ち味であるユーモアは控え目で、流麗なファンタジー集といった印象が強いですね。
 エイキンの物語に劣らず魅力になっているのが、ヤン・ピアンコフスキーの絵。切り絵を思わせるシルエットで構成されており、人物たちも黒く塗りつぶされています。当然ながら人物の「表情」は分からないわけですが、にも関わらずこの表現力はどうでしょうか。大胆な動きや躍動感が感じられます。

 漁師が身の丈を超えた幸運を求め続けたことから災難に巻き込まれる「海の王国」、悪い妖精の命令で建物の人柱にさせられてしまうおきさきを描いた「とじこめられたおきさきさま」、あかりを求めてババ・ヤガーの家を訪れた娘がババ・ヤガーの娘と協力してババ・ヤガーを倒そうとする「ババ・ヤガーの娘」、太陽の神を信奉する祖父と三人の孫息子がゴブリンの悪だくみにはまってしまう「太陽の神さまの城」、嫁探しをする王子さまの冒険を描く「王子さまの嫁さがし」、動物たちに親切にした若者がお礼に王女をめとることとなり、それが原因で王と戦争になるという「動物たちと戦った王さま」、美しいベニスの王女を求めるセルビア王が、勇敢な甥の力でその目的を果たすという「ベニスの王女さま」、善行の報いとして天使ガブリエルから褒美をもらった三兄弟の物語「ナシの木」、粉ひきの美しい娘が魔女に親切にしたことから幸運を呼び寄せる「太陽のいとこ」、金の毛皮を着た雄羊を若者から巻き上げようと、王と総理大臣が無理難題を出し続けるという「金の毛皮を着た雄羊と百頭のゾウ」、一日だけ神さまの代わりを仰せつかった聖ペテロがガチョウの番をさせられてしまうという「ガチョウ番のむすめ」の11篇を収録しています。

 展開が風変わりで印象に残るのは「太陽のいとこ」でしょうか。
 けちな粉ひきの夫婦の間に生まれた美しい娘ネヴァは、両親に断られてしまったおばささんの粉ひきをしてやることになります。そのおばあさんは太陽の育ての親である魔女のモコシュだったのです。
 お礼として、町の王女が無くして困っている鍵のありかを教えてもらいます。それを届ければ王女のおつきになれるというのです。ネヴァは、居合わせた騎士オレクに鍵を譲ろうとしますが、それを見ていた王女はネヴァを追い出そうとします。
 オレクとネヴァは結婚しますが、侮辱されたと感じた王女は、軍隊を率いてオレク夫妻を攻めることになります…。
 魔女によって幸運が舞い込むかに見えますが(違った形での幸運は訪れるのですが)、思わぬ方向から災難に巻き込まれてしまう粉ひきの娘を描いた物語です。
 親切だと思った魔女も、幸運のきっかけになるはずだった王女も、逆にヒロインを攻めてくる…という捻った展開です。これは面白いですね。

 「とじこめられたおきさきさま」では、人柱としておきさきが何年も閉じ込められてしまったり、「太陽の神さまの城」では、ゴブリンにそそのかされた孫息子が実の祖父を殺そうとしたりと、残酷な行為が頻出するのも特徴です。
 しかも、それらが最終的に水に流されて終わり、というわけではなく、失われた信頼や秩序が回復されないままに終わることも多いです。そのあたりの哀切な雰囲気も読みどころと言えるでしょうか


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死後の愛  ジョン・ランガン『フィッシャーマン 漁り人の伝説』
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 ジョン・ランガンの長篇『フィッシャーマン 漁り人の伝説』(植草昌実訳 新紀元社)は、愛する者を失った男たちが、謎の〈漁り人〉とその不思議な力に出会うというホラー作品です。

 妻を病で亡くしたエイブと家族を事故で亡くしたダン、同僚の二人は釣りを通して交流を深めるようになります。ダンの誘いで、ダッチマンズ・クリークという川に出かける途中、二人は、ダイナーの主人ハワードから、川にまつわる話を聞くことになります。
 ハワードは、話のほとんどをマプル牧師から聞いたと話します。そして牧師は、19世紀にドイツから移民してきた女性ロッティから話を聞き出したというのです。ロッティが語ったのは、彼女の父親ライナーとその仲間たちが体験した<漁り人>とその恐るべき力をめぐる、奇怪な物語でした…。

 愛する妻や家族を失った者同士、親友となったエイブとダン。二人が釣りによって交流を深めていくなか、奇怪な伝説めいた話を耳にすることになり、信じられないような世界に入り込むことになる…というホラー作品です。

 現代のエイブとダンのパートの間に、ロッティが語る過去のパートが挟まれる形になっています。ロッティのパート、といいつつも、そこで活躍するのは彼女の父親ライナーで、実質的な主人公はこのライナーになっています。
 ライナーは、元大学教授で数か国語を話すインテリでありながら、母国ドイツで問題に巻き込まれ、家族ともどもアメリカに移民をすることになります。石工として働くなか、村で起こった奇怪な現象に対して、その魔術の知識をもって立ち向かうことになります。
 このライナー(ロッティ)のパートは、ライナー及びその仲間たちと<漁り人>との魔術合戦といった趣で、伝奇的な要素が強いです。恐るべき魔術を使い、怪物を呼び出す<漁り人>にライナーたちが勝てるのか? といったところで、スペクタクル要素も満載ですね。

 過去編のパートの後に、再び現代のエイブとダンのパートに戻り、彼らが再び<漁り人>と彼が作り出した世界に出会う、という展開になっています。
 邪悪な魔術や不気味な怪物、この世ならざる世界など、ホラー要素たっぷりの物語なのですが、そこに伏流するのは「愛」のテーマ。現代のエイブとダン、過去におけるライナー、そして<漁り人>でさえ、その行動の目的は「愛」のため、そして「家族」のためであるのです。
 同じような境遇で、失われた愛を求める二人、エイブとダンが、<漁り人>の力に接触したときにどのような決断を行うのか? 二人の選択が分かれていくという第三部の展開も興味深いですね。

 奇怪な魔術や怪物たち、この世ならざる不思議な世界、愛と家族のために戦う男たち…。壮大なストーリー展開で実に魅力的な物語となっています。ブラム・ストーカー賞受賞も頷ける傑作です。


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一途な恋  メラニア・G・マッツッコ『ダックスフントと女王さま』
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 イタリアの作家メラニア・G・マッツッコ(1966~)の長篇『ダックスフントと女王さま』(栗原俊秀訳 未知谷)は、密輸されてきたアフガン・ハウンド犬と彼女に恋するようになったダックスフント犬の、恋の模様をリリカルに描いた動物小説です。

 大学生の青年ユーリと共に、アパートの一室で暮らすオスのダックスフントのプラトーネ。哲学を学ぶユーリの話をずっと聞いていたプラトーネは、物知りの犬となっていました。ある日、恋した少女アダを追いかけてユーリが船旅に出かけてしまったことから、プラトーネは管理人に預けられることになり寂しい思いをしていました。
 アパートの地下室では、希少な動物を密輸しているタトゥーの男が、運んできた動物たちを閉じ込めていました。猿や亀、ヘビなどと共に運ばれてきたアフガン・ハウンドのメスは、その美しさから「女王」と呼ばれていました。
 劣悪な環境で次々と死んでしまう動物たちがいる中で、「女王」はプラトーネと知り合い、彼の話を聞いているうちに心を開いていくことになりますが…。

 純真なダックスフント、プラトーネと、囚われの身となったアフガン・ハウンドの「女王」との触れ合いを童話的な雰囲気のうちに描く動物小説です。主人公プラトーネの名前の由来はもちろん哲人プラトン。哲学を学ぶ主人と一緒にいたために、哲学や物語を身につけた、という設定です。
 気位が高い「女王」が、プラトーネの献身と「お話」によって、彼に親愛の情を抱くようになっていきますが、それはあくまで「友情」レベルであって「愛情」にまでは至りません。彼女に恋するプラトーネが落胆しているうちに、二人は引き裂かれてしまうことになります。二人(二匹)は再会して結ばれることができるのか? というのがお話の肝となっています。

 二匹の犬を始め、動物たちがメインとなった物語なのですが、物語自体が、推移を見守る緑のオウムによって語られるという趣向になっています。そもそも、地下室の動物たちについてプラトーネに知らせるのもこのオウムで、語り手としてだけでなく、閉じ込められた女王とプラトーネの橋渡し役になったりと、積極的に事態に介入しようとするという点で、非常にキャラクター性の強い語り手となっています。
 犬たち以外に、重要なキャラとして登場するのが、ヒョウモンガメのスィニョーラ・レオ。長寿で知恵者、包容力に優れたキャラクターです。他の動物たちと共に密輸犯にさらわれてきてしまうのですが、動物たちの相談役を務めたりもします。作中で命を落としてしまうことになるのですが、その「死後」も魂となって動物たちを見守るという、超自然性の強いキャラとなっていますね。

 主人公プラトーネの性格は純粋そのもので「女王」への思いは最初から最後まで変わることはありません。それに対して女王は、他の犬へ目移りしたりと、その気持ちは常時揺れ動いています。読んでいてプラトーネを応援したくなってしまうのですが、主人公のパートより、女王の遍歴のパートの方が物語に動きがあり、面白いのですよね。
 密輸犯であり「悪人」であるタトゥーの男、そして彼の飼い犬たちも、「女王」との関わりの中である種の成長を遂げるなど、登場人物たちが単純な悪役になっていないところも素晴らしいです。

 プラトーネが語る「お話」や「歌」の描写も良いですね。特に、犬の神アヌビスについての話や、宇宙に行った犬について歌った「ライカのバラード」は魅力的です。また、プラトーネ自身もその誠実さ・純真さを含めて、愛すべきキャラクターとなっています。

 監禁された動物たちの生死や運命、二匹の犬の恋の行方など、残酷さも含んだお話なのですが、全体に童話的というか、リリカルな味わいが強くなっているのもユニークなところです。動物小説の傑作の一つといえるのでは。


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2022年2月の気になる新刊
2月2日刊 クリスティーナ・スウィーニー=ビアード『男たちを知らない女』(大谷真弓訳 ハヤカワ文庫SF 予価1320円)
2月8日刊 アーシュラ・K・ル=グウィン『いまファンタジーにできること』(谷垣暁美訳 河出文庫 予価1089円)
2月8日刊 山前譲編『文豪たちの妙な話 ミステリーアンソロジー』(河出文庫 予価924円)
2月8日刊 都筑道夫『猫の舌に釘をうて』(徳間文庫 予価825円)
2月9日刊 藤田新策『藤田新策作品集 STORIES』(玄光社 予価3850円)
2月9日刊 マット・ヘイグ『ミッドナイト・ライブラリー』(浅倉卓弥訳 ハーパーコリンズ・ジャパン 予価1980円)
2月10日刊 ジョナサン・ストラーン編『創られた心 AIロボットSF傑作選』(佐田千織他訳 創元SF文庫 予価1540円)
2月10日刊 早川書房編集部編『ハヤカワ文庫JA総解説1500』(早川書房 予価1980円)
2月12日刊 ブレーズ・サンドラール『世界の果てまで連れてって!…』(生田耕作訳 ちくま文庫 予価1210円)
2月14日刊 R・L・スティーブンソン『カトリアナ 続デイビッド・バルフォアの冒険』(佐復秀樹訳 平凡社ライブラリー 予価2200円)
2月15日刊 久生十蘭『黒い手帳 探偵くらぶ』(光文社文庫 予価1100円)
2月16日刊 アレキサンドラ・アンドリューズ『匿名作家は二人もいらない』(大谷瑠璃子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 予価1320円)
2月16日刊 V・E・シュワブ『アディ・ラルーの誰も知らない人生 上下』(高里ひろ訳 早川書房 予価各1870円)
2月17日刊 ラムジー・キャンベル『グラーキの黙示1』(森瀬繚監訳 サウザンブックス社 予価2420円)
2月17日刊 ラムジー・キャンベル『グラーキの黙示2』(森瀬繚監訳 サウザンブックス社 予価2420円)
2月17日刊 エドワード・ブルック=ヒッチング『愛書狂の本棚 異能と夢想が生んだ奇書・偽書・稀覯書』(高作自子訳 日経ナショナルジオグラフィック社 予価2970円)
2月19日刊 ジョン・ディクスン・カー『連続自殺事件 新訳版』(三角和代訳 創元推理文庫 予価990円)
2月19日刊 クイーム・マクドネル『平凡すぎて殺される』(青木悦子訳 創元推理文庫 予価1430円)
2月19日刊 戸川安宣編『世界推理短編傑作集6』(創元推理文庫 予価1650円)
2月19日刊 ファビオ・スタッシ『読書セラピスト』(橋本勝雄訳 東京創元社 予価2310円)
2月22日刊 エドガー・アラン・ポー『ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫』(河合祥一郎訳 角川文庫 予価836円)
2月23日刊 スチュアート・タートン『名探偵と海の悪魔』(三角和代訳 文藝春秋 予価2750円)
2月25日刊 オリヴァー・オニオンズ『手招く美女 怪奇小説集』(南條竹則、高沢治、館野浩美訳 国書刊行会 予価3960円)
2月26日刊 『幻想と怪奇9 ミステリーゾーンへの扉』(新紀元社 予価2420円)
2月28日刊 浅倉久志編訳『ユーモア・スケッチ傑作展3』(国書刊行会 予価2200円)
2月28日刊 P・G・ウッドハウス『アーチー若気の至り』(森村たまき訳 国書刊行会 予価2640円)
2月28日刊 パトリシア・ハイスミス『サスペンス小説の書き方 パトリシア・ハイスミスの創作講座』(坪野圭介訳 フィルムアート社 予価2200円)
2月28日刊 『都筑道夫創訳ミステリ集成』(作品社 予価5940円)

 2月の新刊は充実してますね。一番の要注目は、オリヴァー・オニオンズ『手招く美女 怪奇小説集』でしょうか。日本では平井呈一訳の「手招く美女」で知られるゴースト・ストーリーの名手オニオンズの本邦初の傑作集です。小説作品8篇と、作者の怪奇小説観を披露したエッセーを収録とのこと。

 V・E・シュワブ『アディ・ラルーの誰も知らない人生』は、ちょっと面白そうな作品ですね。あらすじを引用します。「誰と知りあっても、誰の記憶にも残らない。そんな孤独な人生を歩むアディ。取り返しのつかない間違いをして、書いた文字も、写った写真も残せないのだ。だけど、ニューヨークの古書店で、彼女は自分のことを憶えていてくれるヘンリーと出会い、恋に落ちた……」。

 クラウドファンディングによって刊行が実現した、ラムジー・キャンベル『グラーキの黙示』はキャンベルのクトゥルー神話もの短篇集。2月には一般販売となるようです。


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風変わりな人々  ジェーン・ギャスケル『奇妙な悪魔』
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 ジェーン・ギャスケルの長篇『奇妙な悪魔』(三井ふたばこ訳 小山書店)は、<アトランの女王>シリーズで知られるイギリスの作家ギャスケル(1941~)が、14歳の時に出版した異世界ファンタジー作品です。

 モデルとして働くジュディスは、ある日会ったこともない従妹ドリンダが家を訪ねてくるという手紙を受け取って驚きます。ドリンダは、ディ・モディカというイタリアの貴族に嫁いだジュディスの叔母ヘレンの娘だというのです。
 現れたドリンダは、フィアンセだという男ザメスを連れていました。ジュディスはザメスに惹かれるものを感じ始めます。また、ドリンダの朗らかさに好感を抱きながらも、彼女が常識的な物事に異様にうといことを知り、不審の念を抱きます。
 一方ジュディスの家の壁に現れたしみは、段々と人の顔のような形になってきていました…。

 突然現れた従妹とそのフィアンセが、一緒に行動しているうちに、普通の人間でないことが分かります。やがて彼らと共に異世界を冒険することになるという、別世界ファンタジー作品です。
 前半は、現実世界において風変わりな従妹とそのフィアンセと過ごす日常を描いた都会派ファンタジー、後半は完全な異世界ファンタジーといった感じになっています。
 後半に訪れる異世界では、ある種の理想社会、ユートピア的な世界が提示され、ヒロインのジュディスはそこに憧れることになるのですが、その世界にも争いや階級社会が存在し、結局はその世界にもカタストロフが訪れることになります。
 彼らの争いに巻き込まれたジュディスが、単純なバラ色の世界はありえない…と考えを改め、成長する姿を描いた作品ともいえるでしょうか。
 社会的なテーマが強い作品といえるのですが、作者が14歳の時に書かれた作品だということを考えにいれると、かなり意欲的な作品ではありますね。

 この異世界の社会もなかなかにユニークです。貴族的な人間たちと労働者的な人間たちとが分かれている…というあたりはオーソドックスですが、人間の形をしていない者たちとの混血を繰り返した人たちが登場し、彼らは身分が低いとされているあたり、純血が尊ばれている社会のようです。彼らのリーダーがサチルス(サティロス)だったりするのも面白いところです。
 また異世界人たちが崇拝する神と、その宗教的な部分もあまり見たことのないタイプの描かれ方がされています。異世界人の神を通してカタストロフがもたらされるクライマックスは、血で血を洗うシーンが展開しており、かなり読み応えがあります。

 正直、全体的な作品バランスは良くないと思うのですが、ところどころで目を見張るシーンや展開があり、面白い作品といっていいのではないかと思います。ただヒロインにあまり個性がなく、印象が薄いのがちょっと残念なところでしょうか。
 ちなみに、訳者の三井ふたばこは、詩人・作家として知られる西条八十の長女です。

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姉妹の不思議な冒険  エリック・リンクレイター『変身動物園 カンガルーになった少女』
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 スコットランドの作家エリック・リンクレイター(1899-1974)の長篇『変身動物園 カンガルーになった少女』(神宮輝夫訳 晶文社)は、いたずら好きの姉妹が不思議な出来事に巻き込まれていくという、ファンタジー冒険小説です。

 ミドメドルカム村に住む、いたずら好きのパルフリー家の姉妹ダイナとドリンダ。食べ過ぎで風船のような体形になってしまった姉妹はからかわれた腹いせとして、村人たちに復讐しようと考えます。
 森にすむ魔女ミセス・グリンブルからもらった、動物に変身できる薬を使ってカンガルーに変身したダイナとドリンダは、村人たちを蹴飛ばして溜飲を下げますが、私設動物園を経営するサー・ランカスター・レモンに捕らえられ、動物園の檻に入れられてしまいます。
 変身薬をなくしてしまった姉妹は途方にくれます。折しも動物園の中では、ダチョウの卵が盗まれるという事件が頻発していました。動物たちと仲良くなった姉妹は、事件の捜査を重ねると同時に脱出の方法を探すことになりますが…。

 いたずら好きで冒険好きの姉妹ダイナとドリンダが活躍するファンタジー作品です。魔女や魔法が存在し、不思議な出来事が起こる世界を舞台にしています。ただ、人々が暮らす日常生活においては、そうした不思議な出来事はありえないとされているあたり、いわゆる<エヴリディ・マジック>風の世界観といえるでしょうか。

 大きく三部に分かれており、一部ではカンガルーに変身した姉妹が動物園に囚われそこから脱出を図るという物語、二部では横暴な裁判官によって捕まってしまった姉妹のダンス教師を救うという物語、三部では姉妹の父親パルフリー大佐が独裁者の支配する国で幽閉され、それを救おうとする物語、となっています。
 どのパートでも、姉妹が動物や人々を救う、という展開になっており、少女たちが成長すると同時に仲間も増えていく、という王道的な冒険小説となっていますね。

 主人公たちの仲間となるキャラクターとしては、人間のキャラも風変わりな人が多いのですが、やはり目立つのは動物たち。とくに重要な役目を果たすのが、ハヤブサとピューマです。ハヤブサは空からの情報収集、ピューマはその素早さと攻撃力で姉妹の冒険を助けることとなります。
 ちなみにこの動物たちは、一部の動物園のパートで出会うのですが、ここに入れられている他の動物たちもユニークです。新聞を読むクマや探偵をするキリンなど、中には魔法で動物に変身したという人間までもが混じっているのです。

 最初はわがままで自分勝手だった姉妹が、冒険を経るにつれて他人に思いやりを持つようになっていく…というのも良いですね。解放してやったピューマが他人の家畜を殺してしまう点について悩むことになるなど、環境や生態についての考察なども言及されるのも面白いところ。

 全体にファンタジーとナンセンスにあふれた楽しいお話なのですが、書かれたのは1940年代のイギリスが戦争中の時代だということです。作者リンクレイターが娘二人のために創作したのだそうです。三部での独裁社会が描かれる部分や、仲間の死が描かれる部分など、楽しさの中にも、ちょっとした影が見える部分もあります。
 登場する人物たちが敵味方含めて、非常にコミカルに描かれているのも楽しいです。キャラクターの描写にはデフォルメが効いていますね。中でも、いたずら好きな姉妹をさらに上回る性悪の少女キャサリン・クラムのキャラは印象に残ります。


 ついでに、短篇も一つ紹介しておきます。

エリック・リンクレイター「忌まわしき呪い」(広田耕三訳 荒俣宏編『英国ロマン派幻想集』国書刊行会 収録)

 笛の名手である眉目秀麗な青年ペリゴットは、彼の笛の音に惹かれて現れた川の妖精クレオファンティスとたちまち恋に落ちます。彼女は月の王の一番下の娘であり、彼との仲を姉に相談してみると言うのです。クレオファンティスは再会を約束しますが、その証として、いかなる人間と獣も敵することのできないという銀の小鎌をペリゴットに預けます。
 翌日、闘鶏に夢中になったペリゴットは、約束の時間に遅れてしまいますが、そのショックでクレオファンティスは命を落としてしまっていました。怒りに燃えたクレオファンティスの姉は彼に「羊飼いアルケンの呪い」をかけます。
 ガルガフィの王の娘が竜にさらわれたことを聞いたペリゴットは、恋人の死を忘れるために、竜退治に出かけることになります。出立の前に、ペリゴットはかっての乳母ドーカスにアルケンの呪いについて訊ねますが、それは言葉をかけられた者が男なら女に、女なら男になってしまうという呪いでした…。

 妖精の恋人を死なせてしまった罰として、性別が変わる呪いをかけられてしまった青年を描くファンタジー作品です。
 主人公ペリゴットは、妖精の恋人クレオファンティスからもらった魔法の小鎌により竜退治をこなし、見事姫を救うことに成功しますが、折しも呪いが成就し肉体は女になってしまいます。肉体を男に戻し、姫との結婚生活を実現できるのか…というのがメインテーマとなった、ユーモア味もあるファンタジー作品となっています。
 主人公が笛の名手で、その笛の音色により妖精や怪物までもコントロールでき、もらった銀の小鎌でほぼあらゆる生き物を殺すことができるなど、ほとんど無敵の状態なのですが、一番困難に陥るのは、女性になってしまった肉体を隠しながら、姫との結婚生活を続ける部分、というところがユーモラスですね。
 挿話の形で語られる羊飼いアルケンの物語も、性別逆転の魔法が使われるブラックな物語になっていて、単独でも面白いお話になっています。最終的には呪いを呪いで相殺する、というアイディアも楽しく、爽快感のある物語となっています。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

見ることと見られること  柴崎友香『かわうそ堀怪談見習い』
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 柴崎友香『かわうそ堀怪談見習い』(角川文庫)は、怪談を書くことを目標に大阪に帰ってきた作家が、様々な怪異現象に遭遇する…という連作です。

 デビュー以来「恋愛小説家」と目されていた作家の「わたし」は、数年間住んだ東京を離れ、中学時代に住んでいた大阪の区の隣、かわうそ堀に引っ越します。
 怪談作家になろうと考えた「わたし」は、怪奇現象に遭遇した経験もあるという中学時代の友人たまみに連絡を取り、つきあいを再開させます。それを期に、「わたし」は日常生活の中で、不思議な経験を何度もすることになりますが…。

 大阪に戻った作家の「わたし」が、怪談を書こうとするなかで、不思議な経験をたびたびするようになる…という作品です。作家自身のエッセイ、もしくは心境小説を思わせる語り口もあり、どこか実話怪談的な味わいもあるのが魅力ですね。
 作品の体裁は、短い断章が続いていくという形式になっており、そのそれぞれで不思議な出来事が起こります。何度も関わりを指摘されるも心当たりのない人間「鈴木さん」の噂話、何度買い直しても手元から消え、同じ古書店の棚に現れる本、蜘蛛の恨みを買ってしまったというたまみの語る話、留守電に残された奇怪な声、異様に天井が低いアパートの話など、エピソードで扱われる題材もさまざま。
 それらの怪異現象に加えて、主人公の「わたし」自身の過去に何かがあったこと、しかもそれを忘れているらしいことが示唆されます。
 後半では、「わたし」の封印された記憶が甦ることになるのですが、クライマックスの恐怖感は強烈です。

 明確な怪異現象として作中でも目立つのは、宮竹茶舗の四代目店主に絡んで語られるエピソード。絶対に開けてはいけないという茶筒や、手形や顔が浮かんでくるという古地図が登場します。怪異に縁のある家系のようで、この店主に至っては怪異が近づくと強烈な眠気に襲われたりもします。
 この店主に「わたし」がどこか惹かれている…というあたりも興味深いですね。

 文庫版では、単行本版になかった最終章二七「鏡の中」が追加されています。タイトル通り鏡をめぐるエピソードなのですが、作品全体のテーマともいえる「見ること・見られること」を象徴するような物語ともなっています。
 単独でも恐怖度の高いエピソードとなっており、単行本版を読んだ読者も、この章のためだけでも文庫版を買う価値はあるかと思います。


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天使と人間たち  パヴェル・ブリッチ『夜な夜な天使は舞い降りる』
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 チェコの作家パヴェル・ブリッチ(1968~)の『夜な夜な天使は舞い降りる』(阿部 賢一訳 東宣出版)は、守護天使たちが、自分たちが見守る人間たちのエピソードを話し合うという、連作ファンタジー集です。

 貧しい研究者の青年が子どものために罪を犯してしまうという「天使はいつ自分の姿を見るのか?」、凡庸な少年がある年のクリスマスプレゼントによって人生を変えることになる「終身クリスマス」、才能はないながら意欲だけが極端にある飛行家の男に振り回される天使の物語「過労気味の天使」、司祭の導きで世界を探検することになる少年の物語「アフリカの周遊航海」、自分の受け持ちではない方の双子の少年にばかり肩入れしてしまう天使を描いた「あるじを裏切った天使」、体のつながったシャム双生児の守護天使になった二人の天使を描いた「シャム双生児の物語」、宇宙飛行士と共に宇宙に飛び出した守護天使を描く「宇宙訓練」、不死に近いほどの幸運を持つ子どもが周囲に利用されてしまうという「幸運の子ども」、北極で遭難した学者を助けようとする守護天使を描いた「摩訶不思議な旅」、犬橇レース中の青年が狼に襲われるという「狼のまなざし」、破綻寸前の葡萄酒の醸造家が手に入れた幸運を描く「天使の味」、無一文の男が瞬く間に幸運を手に入れるという「ノミのサーカス」、守護天使に守られたサッカー選手の物語「ゴール」、未来を見通す能力を持つ女性のある決断を描く「アンジェリカ」、精神的に遅れていると思われていた少年が、祖父とそのタイプライターとの出会いで才能を開花させる「古いタイプライター」、天使とも見紛う美しい女性が子どもたちを導くことになるという「鏡像」、天使たちが泥棒を追い出すためにオルガンを演奏する「バッハ」の17篇を収録しています。

 夜な夜な、プラハにあるバロック様式の教会に集まる守護天使たちが、自らが守護する人間たちについて、そしてその不思議な人生のめぐり合わせについて、互いに話し合うことになるという物語集です。
 天使たちは、直接人間の人生に介入することはできないものの、間接的な手段によって手助けをしたりすることなどは可能になっています。
 天使たちが、極めて人間的な存在として描かれているのが特徴で、彼らにも好き嫌いがあったり、ひいきがあったりします。自分が愛している人間が不幸になるのを止めようとしたり、成功するための手助けをしたり、場合によってはルールを破って、かなり意識的な介入を行うこともあります。
 守護天使たちが手助けをしても、結局は不幸になってしまう人間もいますし、あえて愚かな選択をする人間を止められないこともあります。それらの人間に対して悲喜こもごもの感情を抱くなど、お話の中心となる人間たちの物語であると同時に、天使たちの物語にもなっているのが面白いところですね。

 「あるじを裏切った天使」では、双子の片割れを守護することになった天使が描かれます。しかし輝かしい性質を持つもう一人の少年に惹かれてしまった天使は、そちらの少年ばかり見るようになってしまいます。結果として自ら守護するはずの少年の人生は苦いものになっていました…。
 また「摩訶不思議な旅」では、守護する学者が北極で遭難してしまい、彼を助けようとしてルール違反を行ってしまう天使が描かれます。
 天使たちが、それぞれの性格を持ち、ある種の「弱さ」をも持った人間的な存在として描かれており、それがゆえに思いもかけない展開をもたらすこともあります。

 単独でも味わい深い人間たちの人生のエピソードに、さらに人間臭さを持った天使たちが絡むことになり、非常に味わい深い作品集となっていますね。
 全体に優しくあっさりとした味わいのエピソード群にあって、シリアスで重厚な味わいのエピソードもいくつか見られます。「幸運の子ども」「アンジェリカ」はそのタイプでしょうか。

 「幸運の子ども」は、こんなお話。16世紀、プラハの錬金術師の叔父が用意していた、煮えたかまのなかに落ちてしまった幼い少年カレル。しかしカレルは全く傷を負いませんでした。少年は幸運にめぐまれた不老不死の能力を持っていたのです。
 その幸運は周囲の人物にも適用され、彼がいた場所では、災難や事故が起こっても周囲の人々は無事だったのです。空爆の爆心地でもカレルがいるだけで、周囲の人物は全く無傷なことに気づいた軍は、彼を利用しようと考え始めます…。
 絶大な能力を持つ少年と、彼を利用しようとする勢力が描かれるSF的なエピソードとなっています。

 「アンジェリカ」は、こんなお話。幼い頃から、未来を見通す能力を持つ女性アンジェリカ。孤児院で育ったアンジェリカは、その美しさゆえ、養子にもらわれていきますが、気味悪がられて何度も孤児院に戻されてしまいます。彼女は本来見えないはずの天使の姿が見えるらしく、彼女の守護天使であるフベルトに話しかけます。昏睡状態にある実の母親を助けるために、ある手伝いをしてほしいというのですが…。
 絶大な能力を持つ代わりに何かを失ってしまった女性と、昏睡状態である彼女の母親。二人を助ける方法として提案されたのは何とも奇妙な手段でした。結局誰が助かり、誰が幸せになったのか? いろいろと考えさせるお話になっています。


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幽霊と女性たち  山内照子編《古今英米幽霊事情》
 山内照子編になる《古今英米幽霊事情》(全二巻)は、英米のゴースト・ストーリーを集めたアンソロジーですが、それぞれ幽霊と女性との関係性に着目した、独自のコンセプトのアンソロジーとなっています。



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山内照子編『化けて出てやる 古今英米幽霊事情1』(新風舎)
 女性の幽霊をテーマに、古典と現代作品からセレクションされた幽霊譚のアンソロジーです。

ダフネ・デュ・モーリア「林檎の木」
 妻のミッジを亡くしたばかりの夫は、陰気で嫌味な性格だった妻がいなくなって、ある意味ほっとしていました。屋敷のそばの林檎の老木に嫌悪感を感じた語り手は、木を切り倒そうと考えますが、再び実を付け始めていることを庭師のウィリスから指摘され、様子を見ることになります。しかし、木になった実はひどい味であり、薪にしてみたものも、ろくに燃えず、異臭を放っていました…。
 ねじれた老木にかっての妻の面影を見出し、追い詰められていく夫を描いた作品です。夫は木に偏執的な嫌悪感を抱いており、実際に実の味や異臭など、木から被害を受けているのですが、第三者からは、異常のない普通の林檎の木として捉えられています。
 その点、木に霊が憑依しているとも、語り手である夫の妄想であるとも、どちらの解釈も可能なようになっていますね。幽霊の登場しない幽霊物語、とでも言いたくなるような作品です。

イーディス・ウォートン「魅入られて」
 ソール・ラトリッジの妻プルーデンスから呼び出され、夫妻の家を訪れた農場主オリン・ボズワースは、呼ばれたのが自分だけでなく、他にもヒブン牧師補とシルヴェスター・ブランドがいるのに気が付きます。
 プルーデンスによれば、夫のソールは霊にとり憑かれているといい、その霊とはブランドの死んだ娘オーラだというのです。帰宅したソール自身もそれを否定しません。かってソールと恋仲だったものの、父親によって遠くにやられてしまったオーラは病に倒れ一年前に亡くなっていました。その直後から、ソールは彼女に呼び出され、池のそばの廃屋で会っているというのです。
 プルーデンスは三十年前に起こったレファーツ・ナッシュとハナ・コリーの事件を引き合いに出し、女の胸に杭を打ち込むべきだと話します。
 三人の男たちはまず証拠を掴むべきだということで一致し、翌日ソールが逢引きをしている場所に行くことになりますが…。
 かっての思い人の霊にとり憑かれた男を救うため、相談に集められた男たちの行動を描いていくという怪奇小説です。ただ、単純な霊退治の話にはなりません。幽霊そのものよりも、関わる登場人物たちの心理が疑惑をもって浮かび上がってくるという、繊細な心理サスペンスとなっています。
 興味深いのは、最後まで霊現象が本物だったのかがはっきりしないところです。霊現象そのものが直接的には現れず、見たと言っているのはソール及び妻のみなのです。
 ブランド家に狂気の素養や早世の遺伝らしきものがあること、ブランドの祖先に魔女とされた者がいること、ブランド自身が近親結婚であることなど、ブランド一族に関わる部分に加え、視点人物となるボズワースが回想として、彼の大伯母が精神障害を患っていたことも語られます。
 後半、オーラの妹であるヴェニーが急死を遂げたことが語られ、その直前での父親のブランドの行動と合わせると、ブランド一族の誰かが狂気に囚われていたことが示唆されているようです。その意味で本当に幽霊はいたのか? という疑惑を抱かせるようになっていますね。
 さらに深読みすると、こうした事態が起こるであろうことを先読みして、プルーデンスがわざと話を持ち出したのではないかという読み方もできるようですね。本当の「魔女」とはいったい誰だったのか…? といったところで、物語の裏を考えていくと、非常に怖い作品になっています。

フェイ・ウェルドン「壊れる!」
 牧師であるディヴィッドと妻のディードリ。ディードリはよく物を壊したり、注意不足で夫に叱られていました。しかしディードリが一人でいるときに、触れてもいない物が動き出し、壊れてしまうのです…。
 夫から叱られつつ、その不満を溜め続けた妻によりポルターガイストが発生する…という作品です。
 夫のディヴッドはろくに生活費も渡さず、一方的に妻に文句を言い続けるなど、褒められた男性ではないのですが、妻のディードリも、子どもができなかったことに対して罪悪感を持っていることや、夫が不幸な子ども時代を送ったことを知っているだけに、表だって反抗することもできません。
 自ら表面上は夫に対して文句がないように振る舞っているものの、無意識に鬱憤が溜まっていたのです。それが吹き出して怪異現象が起こるのですが、それにより悲劇が起こるわけではなく、夫婦が本音を出すことで和解につながる…という展開も、少し拍子抜けではありますが面白いところですね。

ヘンリー・ジェイムズ「幽霊の家賃」
 神学を学んだ「私」は、ある日、幽霊屋敷としか呼びようのない家を見つけ関心を持ちます。ふと知り合った狷介な老人ダイアモンド大尉が屋敷の主だったことを、知り合いのミス・デボラから聞いた「私」は、家が幽霊屋敷となった経緯を聞き出します。
 老人は、かって結婚を反対したことによって娘を死に追いやり、幽霊となった娘から家を追い出されたというのです。しかし幽霊になった娘から定期的に家賃をもらうことで生活をしており、三か月ごとにそれをもらうためにかっての家を訪れているというのですが…。
 幽霊になった娘から、生活するための家賃をもらい続ける老人を描いたゴースト・ストーリーです。本当に幽霊がお金を払い続けられるのだろうか? という疑問が湧いたところで意外な展開が訪れるのですが、予想とは違った方面から幽霊が出現するという、異色の幽霊物語となっています。

アリスン・ルーリー「イルゼの家」
 魅力的な若い女性アナリスト、ダイナ・キーランは、ハンサムで有能なグレッグと婚約していましたが、その婚約を破棄することになります。その理由は、彼の家に出現する前妻イルゼの幽霊のためでした…。
 前妻の幽霊によって婚約者との間を引き裂かれてしまう女性を描いた作品です。この幽霊のイルゼ、死んだわけではなく、出現しているのは生霊のようなのです。家具の隙間や、家具そのものの中にサイズを変えて出現するなど、その出現の仕方も妙に即物的で印象に残りますね。
 幽霊のことを素直に言えず、家が気に入らないといっているうちに、男女の仲が険悪になっていくという部分もリアルに描かれています。最終的に、ダイナが前妻の霊の出現にある意味を見出す…という結末もユニークです。

グレアム・スウィフト「戴冠式記念ビール秘史」
 数世紀にわたって、ビールの製造を元手に財を成した地方の有力者アトキンスン一族の年代記を描いた作品です。代々の当主の工夫や先見の明により、どんどん企業規模を大きくしていく様が描かれていくのですが、ある時代の当主の妻セアラを悲劇的な運命が襲い、後に幽霊として目撃されるようになります。ある時を境に一族は没落の道を辿るのですが、その運命には幽霊が関わっていたのではないかということも示唆されます。
 実際に幽霊が登場し、重要な意味を持ってくるのではありますが、メインは一族の栄枯盛衰と運命が描かれた部分であり、その意味でゴースト・ストーリー的な興趣は薄いです。ただ、幽霊になったとされるセアラが生前はその神秘的な力で一族に力を貸していたのではないかとか、様々に超自然的な推測が成される部分は面白いですね。
 タイトルになっている「戴冠式記念ビール」は、人々を混乱と酩酊に導く謎のビールで、これによって一族の破綻が決定的にもなります。ビールで財を築いた一族がビールで滅んでいくという意味で、皮肉な展開となっています。
 本篇は、長篇『ウォーターランド』(真野泰訳 新潮クレスト・ブックス)の挿話として組み込まれたエピソードを独立させたものとのこと。



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山内照子編『幽霊がいっぱい 古今英米幽霊事情2』(新風舎)
 1巻に引き続き、古典と現代作品からセレクションしたゴースト・ストーリーのアンソロジーです。本巻は「幽霊と遭遇する女性」が大まかなテーマとなっているようです。

ペネロピ・ライヴリー「黒犬」
 ある日突然庭に黒い犬がいると言い出した主婦のブレンダ。夫のジョンや娘たちには何も見えません。犬を恐れて引きこもりがちになってしまったブレンダを夫や娘たちは外に出そうとし、精神科医にも相談することになりますが…。
 一家の母親のみにしか見えない黒い犬。幽霊なのか、それとも妄想なのか…。犬が彼女にとって危険な存在なのかどうなのかも含めて、いろいろな解釈ができそうな短篇です。やがて犬の存在を受け入れたかのような描写からすると、ある種のハッピーエンドとはいえそうですね。
 犬が夫にも認識できるようになったとも取れる結末はちょっと不穏ではあります。

イーディス・ウォートン「万霊節」
 語り手のいとこセアラは夫の死後も、一族伝来の屋敷ホワイトゲイツに住み続けていました。屋敷のそばで見知らぬ女性を見かけた直後に、転んで骨折してしまったセアラは室内で静養を余儀なくされます。
 朝起きた彼女は、いるはずの使用人たちがいないどころか、屋敷内に誰もいないのを知って驚きます…。
 万霊節の日に、周囲の人間が消失してしまうというミステリアスな作品です。別の世界に入り込んでしまったものなのか…。語り手の推測として、スコットランドのスカイ島出身で、超自然的なものと関わりがあるらしいメイドのアグネスが、この事態に何か関係しているらしいことが匂わされますが、はっきりしたことは分かりません。
 また、見知らぬ女性が「魔女」ではなかったかの推測も示され、結末において途端に禍々しさが増してくるのも、面白いところです。

フェイ・ウェルドン「誰かが私を見つめてる」
 その幽霊は、かってある女性についてやってきて以来、ずっとその家に住み着いていました。1965年、家に住むようになったモーリスとヴァネッサの夫婦の生活を、幽霊は観察することになります。
 モーリスは前妻のアンと娘のウェンディを置いて、ヴァネッサと暮らすようになっていました。アンについて彼女の家を訪れた幽霊は、アン親子の家とモーリス夫妻の家を往復しながら、彼らの生活を見守ることになります…。
 ある男とその妻、そして前妻と娘、それぞれの家庭の様子を幽霊が観察する…というテーマの作品です。この幽霊、来歴も不明なのですが(生前は男性であったようです)、長年家に取り憑き、家の住人を見続けてきているのです。
 この家では、過去に自殺があったり、悪いことが起こったりと、縁起のいい家ではないのですが、この家の縁起の悪さは、「幽霊」が原因ではないようであるのも面白いところです。幽霊はずっと出現しているわけではなく、眠ったり起きたりを繰り返している…というのもユニークですね。
 問題の家に住む男モーリスが自分勝手な人物で、前妻アンはもちろん、彼女から夫を奪った形の後妻ヴァネッサさえもが、彼の身勝手さに苦しめられます。幽霊はアンに同情的なのですが、結局は、後妻の方も夫に裏切られてしまうことになります。
 夫と妻、前妻と娘との日常生活が身も蓋もなく語られるリアルな作品、なのでしょうが、それが幽霊の視点を通して語られることによって、妙に叙情的な味わいになっているという、不思議な作品です。

アリスン・ルーリー「ベッツィおばさんの洋だんす」
 「私」の義姉バフィは、家具に関して一家言ある人物でした。彼女のおばベッツィが所有していた年代物のニューポート製洋だんすが、自分ではなく、弟のジャックに譲られたことに腹を立てていました。ジャックは洋だんすにいい印象を持っておらず、バフィが譲られたコーヒーセットと洋だんすを交換することになります。
 バフィは洋だんすを大事にしていましたが、やがて洋だんす自身に意思があるのではないかと言い出します。ある日歴史協会からやってきた女性の話を聞いて、博物館に行った方が良い扱いを受けられるのではないかと考える洋だんすは、何をするか分からないとも言うのですが…。
 自らの意思を持つ年代物の洋だんすが、自らの扱いをめぐって、所有者の命までを狙い始める…というホラー作品です。話を聞いている「私」も、信じがたいと思いながら、振る舞いが人間的で、まるで意思を持っているかのような洋だんすの様子を聞くにつれ、段々と話を信じ始めます。命を狙われることを感じ取りながらも、それに対して対策を取るバフィですが、ふとしたことから破綻を迎えることになるのです。
 もともと家具に愛着を抱き、人間のように扱う女性が主人公だけに、表面上、家具に意思があるということが本当なのか妄想なのか分からないという作りになっています。ただ結末まで読むと、洋だんすに意思があるのはほぼ疑い得ないようになっています。
 意思を持った家具、という、日本でいうところの「付喪神」に近い存在なのでしょうか。西洋の怪奇小説ではあまり見ないタイプのユニークな作品ですね。

A・S・バイアット「隣の部屋」
 病の母親を看取った娘のジョアナ。父が生きている間は父に、その死後は娘に対して不平を言い続けていた母親が亡くなり、ジョアナは自分の人生を生き直そうと考えます。しかし隣の部屋からは、父と母が言い争いをする声が聞こえ続けるのです…。
 両親のせいで自らの人生を生ききれなかったと感じている初老の女性が、親の死後もその霊に悩まされるという物語です。
 当人たちの意識は別として、客観的には恵まれていたともいえる両親に比べ、娘の人生はずっと制限されたものになっていました。娘のジョアナが自らの人生を振り返ると同時に、霊現象を感じ取るようになるのですが、その現象が本当に起こっているのか? というあたりは、はっきりとはしていません。
 自らも、いずれは父母と同じ形で「隣の部屋」に行くのでは…というジョアナの感慨は、考えると怖いですね。

ヘンリー・ジェイムズ「本当に正しいこと」
 亡くなったばかりの大作家アシュトン・ドイン。夫人によってドインの伝記を書くように依頼された若い作家ウィザモアはこのチャンスを生かそうと考えます。ドインの書斎に通され、そこで執筆を始めるウィザモアでしたが、ドインの霊らしき存在が、邪魔をしているのを感じ始めていました…。
 夫人の希望により大作家の伝記をまかされた若い作家が、大作家の霊らしき存在に戸惑うことになる…というゴースト・ストーリーです。
 そもそも実績のない若い作家ウィザモアに白羽の矢が立ったのは、夫人が生前の夫との関係において評判が悪かったことに関し、彼女は伝記を通して自らの世間に対するイメージを改善したいのではないかということが読み取れるようになっています。
 その目論見に対して、ドインの霊的存在は伝記の執筆を邪魔しているようで、それは夫人の意図をくじくためなのか、そもそもプライベートを明かされたくないためなのか、そのあたりも不明です。いろいろな情報が曖昧な状態で展開される物語ゆえ、寓話的な味わいも強くなっています。
 ドインの幽霊が直接的に登場せず、飽くまで夫人とウィザモア、二人を通して間接的にしか登場しないというのが、逆に霊の存在感を高めている節もありますね。

エリザベス・ボウエン「林檎の木」
 陽気で人好きのする男サイモン・ウィングが、若い妻を迎えて以来、時折沈んだ様子を見せるのを友人のランストットとペタズリー夫人は心配していました。ウィング夫人は、かって学校が閉校となる原因となった自殺事件に関わり、病んでいたことがあるというのです。
 ウィング家の客となったある夜、ランスロットは書斎に光があるのを見て近づきますが、現れたサイモンは部屋に入ってはいけないといい倒れてしまいます。部屋の中にいるウィング夫人のもとへ駆けつけたペタズリー夫人はそこに近づけないというのです。さらにペタズリー夫人は「林檎の木」のようなものについて語りますが…。
 かっての親友を見捨てたことによりその少女の霊らしき存在にとり憑かれてしまった女性を描く作品です。ただ、そのとり憑かれ方が特殊で、「林檎の木」のような形で周囲の生気を吸い取ってしまうというのです。
 方法は明かされないものの、ベタズリー夫人が「呪い」を解いたことが示されるなど、この女性がヒーロー的な描かれ方をしているのも異色ですね。

シンシア・カドハタ「ジャックの娘」
 母親が本当に愛していた男性ジャックの娘として生まれた「私」は、母親とそのパートナーである「パパ」と暮らしていました。
 ジャックの死後、彼がしていた自動販売機の補充の仕事を手伝ってくれないかとの申し出が奥さんからあり、「私」はそれを引き受けることになります。「パパ」と共に出かけた「私」は、各地の自動販売機をめぐりますが、やがてジャックの幽霊と出会うことになります…。
 育ての親である「パパ」と、実の「父さん」ジャックを持つ娘の「私」がジャックの仕事を受け継ぎ、各地を回ることになるという、ロード・ノヴェル的な要素も濃いゴースト・ストーリーです。
 登場する幽霊も人格的なものというよりは、残存思念とか蜃気楼的な現象として描かれています。その意味で、幽霊に対してのコミュニケーションは一方通行的です。もともとヒロインが仕事を受ける動機が父親の過去を探る旅にあるため、幽霊との接触が、父親の昔の写真を眺めるかのように描かれています。父の幽霊が若い姿で登場しているのは、その要素を強めていますね。
 「思い出としての幽霊」とでも言いたいようなテーマの作品となっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

古典怪奇ドラマの楽しみ  『ミステリー・ゾーン/暗闇の影に誰かいる』
 1980年代前半イギリスで放送されたドラマシリーズ『ミステリー・ゾーン/暗闇の影に誰かいる』は、古典怪奇幻想小説を原作とした、落ち着いた雰囲気のゴースト・ストーリー集です。日本語字幕版として、VHS時代に二巻、全五話が収録されたものが発売されました。


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『ミステリー・ゾーン/暗闇の影に誰かいる1』

「美少女エリノアの怨霊」
 150年近くも空き家になっていたという屋敷を買い取った富豪のアンプルフォース。その屋敷にはある伝説がありました。かっての当主のもとに16歳で嫁いだ少女エリノアが、夫に虐待され死亡したというのです。それ以後彼女は幽霊となって出現するといいます。しかも、彼女を抱えて敷居をくぐった者が呪われてしまうというのです
 アンプルフォースに客として招かれていたマギーは婚約者のアントニーを待っていましたが、所用のため皆と共に屋敷を離れていました。その間に到着したアントニーは、見知らぬ娘が訪ねてきたと聞いて、応対に出ます。アントニーは、足が悪くふらついていた娘を抱えて敷居を跨いだというのですが…。

 憑りつかれると死んでしまうという少女の怨霊に憑かれた婚約者を救おうと奔走する女性が描かれる、ゴースト・ストーリーです。
 最初は気のせいだとするものの、段々とアントニーの容体は悪くなり、命も危なくなっていきます。伝説に詳しい庭師のウィルキンズに呪いの解除方法を聞くものの、
その条件は非常に難しいのです。マギーが考えた方法は上手くいくのでしょうか? 結末での急展開にもびっくりさせられますね。
 原作は、L・P・ハートリー「足から先に」(今本渉訳『ポドロ島』河出書房新社 収録)です。

「深夜に死霊のベルが呼ぶ」
 資産家のブリンプトン夫人のもとで20年近く勤めていた夫人付きのメイド、エマが亡くなり、その代わりとして屋敷にやって来たハートリー。夫人の優しい性格にほっとするものの、部屋にとりつけてある呼び鈴を使わずに、なぜか他のメイドに自分を呼ばせる夫人の行動に疑問を感じていました。裁縫室がないことについて訊ねると、ハートリーの部屋が元裁縫室であり、その隣の空き部屋はかってのエマの部屋であり、彼女の死後ずっと閉ざされているというのです。
 夫人の許には、近所に住む理知的な紳士ランフォードが出入りしていましたが、粗野な夫はそれを快く思っていませんでした。
 ハートリーは度々、エマの幽霊らしき存在を目撃することになりますが…。

 まるで姉妹のように扱っていた亡きメイドが、かっての雇い主の夫人の危機に幽霊となって現れる…というゴースト・ストーリーです。過去の事情を知らない新人メイドが一連の出来事を目撃していく、という語り口になっています。
 夫人と夫、そしてランフォードが三角関係にあることは明瞭で、いつか破綻が来ることは予想されています。しかし夫人はもともと心臓が悪く、ショックによっては命を落としてしまう可能性もある…ということと合わせると、結末は予想出来てしまうかもしれません。屋敷の中でハートリーが、エマの霊を目撃するシーンは非常に怖いですね。
 実際に19世紀に建てられた屋敷でロケが行われたそうで、舞台となる広壮な屋敷の描写が素晴らしいです。ゴシックな雰囲気たっぷりとなっていますね。
 原作は、イーディス・ウォートン「小間使いを呼ぶベル」(薗田美和子、山田晴子訳『幽霊』作品社 収録)です。

「ラビリンス(迷路園)での密会」
 弁護士の夫アーサーと娘のデイジーと共に、生家である屋敷に戻ってきたキャサリン。しかしその家では、デイジーが誕生したちょうどその日に、キャサリンの幼馴染であった庭師のフレッドが事故で命を落としており、その思い出から、キャサリン自身は家に戻ることに乗り気ではありませんでした。
 庭の迷路で遊ぶことをキャサリンは禁じていましたが、デイジーは約束を守らず出入りして遊んでいました。ある日、男の人と友達になったとデイジーは話しますが、その男は母親のこともよく知っているというのです…。

 生家の迷路の中で、幼い娘のみに見える幽霊が現れる…というゴースト・ストーリーです。幽霊は事故で亡くなった庭師であることに間違いはないのですが、幼馴染であったその男性フレッドとキャサリンの間に恋愛感情があったのではないかということが仄めかされます。
 一方、夫のアーサーは、後に登場するキャサリンのハンサムないとこマーヴィンに嫉妬しており、キャサリンとマーヴィンの仲とを疑っているのです。
 亡くなってしまったフレッドを含め、キャサリンをめぐる不思議な四角関係による心理サスペンスに、幽霊現象が絡んでくるという面白い味わいの作品となっています。
 幽霊が直接的に現れるシーンが全くなく、登場するのはあくまで幼い娘デイジーの間接的な話のみ、という趣向も効果を上げていますね。舞台となる、荒れた英国風迷路の雰囲気も抜群です。
 原作は、『伯母の死』で知られる英国作家C・H・B・キッチンの未訳の短篇「The Maze」です。



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『ミステリー・ゾーン/暗闇の影に誰かいる2』

「幽霊と共に消えて…」
 鉱山で一財産を築いたアメリカ人技師エドワードは、妻のメアリーと共にイギリスの古い 屋敷を買い取り、住み着くことになります。家の手入れをしている最中に、夫妻は屋上から奇妙な男性が歩いているのを目にしますが、後を追いかけたエドワードは見失ってしまいます。
 エドワードは著述、メアリーは絵を描いたり菜園の世話をしたりと、思い思いのことをして楽しく暮らしていましたが、手紙でエドワードが鉱山について訴訟を起こされていることを知ったメアリーは驚きます。エドワードの部下だったエルウェルという男が原告だといい、すでに訴訟は取り下げられたというのです。
 ある日家の門に現れた見知らぬ若い男から、エドワードの場所を訪ねられたメアリーは、彼の居場所を教えますが、その直後からエドワードは姿を消し、行方不明になってしまいます…。

 夫がある日突然行方不明になり、最後までその行方が分からないという不気味な作品です。
 不条理な要素が濃いのではありますが、結末寸前まで、エドワードの失踪はあくまで現実的な事件だという前提で話が展開します。結末で、エドワードが抱えていた問題の真実が明かされ、ここに至って、幽霊の存在が認識されることになります。その意味で原作のタイトル「あとになって」は何とも秀逸なタイトルになっていますね(ドラマのタイトルも原作と同様の「After ward」です)。
 夫妻が引っ越してきたイギリスの古い屋敷は、幽霊が出るという噂もあるとされていながら、実際に出現するのは、その屋敷のものではなく外から来た幽霊、というのも皮肉が効いています。
 物語は妻メアリーの視点から語られ、夫の仕事内容や過去の行状が全く分からないため、全篇不安に覆われたサスペンス感も強いです。
 原作はイーディス・ウォートンの短篇怪奇小説「あとになって」(橋本福夫訳 平井呈一編『怪奇小説傑作集3』創元推理文庫 収録)です。

「墓場の底から」
 ラトレッジ夫人から夫ソールのことで相談があると呼び出された、牧師とオーウェン、ブランドの三人の男たち。夫人が言うには夫は既に死んだブランドの娘オーラに憑りつかれているというのです。ソール本人によれば、オーラが度々海辺の小屋に誘いをかけてくるといい、それはオーラが病で亡くなってから一年近く続いているといいます。夫人はオーラの姿を目撃しており、彼女を退治するべきだと力説します。
 夫人は、かって同じ教区で数十年前に起こったジェイムズの事件を引き合いにだします。ジェイムズはハンナに憑りつかれ、ハンナの胸に杭を刺して退治したというのです。
 牧師やオーウェンは証拠を掴めなければならないと言い、三人の男たちは、実際にソールがオーラに会う場面も確認しようとします…。

 かって相思相愛だった女性が病で世を去り、その予告通り、愛する男性のもとにその霊が現れ続ける…というゴースト・ストーリーです。
 実際に霊と逢瀬を重ねているというソールと、それを目撃したという夫人は霊現象が真実だと確信していますが、相談された男たちは、それぞれその現象に対して違った態度を取るのが面白いところです。
 娘が霊となっているという話を侮辱だと捉えるブランド、霊現象を信じ魔女を滅すべきだとする牧師、霊現象を信じずに、精神疾患を疑うオーウェン…。牧師とオーウェンとの会話の中で、ブランド家の家系には狂気に憑かれた人々が多く、かって魔女として火炙りにされた女性もいたことが明かされます。ブランドのもう一人の娘、ベニーに関してもどこか狂気の兆候があることも示されています。
 どこか危ういブランド家の人々だけでなく、そもそもの問題を明らかにしたラトレッジ夫人もまた、その冷たさで評判の悪い女性です。ソールを誘惑するオーラ(の霊)を魔女と断定しますが、夫のソールにとっては純愛を貫き通した思い人であり、霊とはいいつつ、その逢瀬を望んでいる風でもあるのです。
 オーラの霊が現れる場面を確認しようとする面々ですが、思わぬ結末が訪れることになります。
 本当の「魔女」とは誰だったのか? 霊現象そのものよりも、それをめぐる人間たちの行動や心理に恐ろしさを感じる作品となっていますね。
 原作は、イーディス・ウォートンの短篇「魅入られて」(山内照子訳 山内照子編『化けて出てやる 古今英米幽霊事情1』(新風舎 収録)です。


 エピソードの舞台はイギリスの古い屋敷が多く、そのゴシック的な雰囲気もあいまって、しっとりとした物語になっているものが多いですね。幽霊や怪奇現象だけでなく、登場人物間の心理的なサスペンスや葛藤がテーマになっているものもあり、重厚な味わいです。
 日本版VHSは五話ですが、シリーズは全部で九話作成されたようです。調べたところ、ビデオに未収録のエピソードは、メイ・シンクレア「仲介者」、ウォルター・デ・ラ・メア「シートンのおばさん」、エリザベス・ボウエン「魔性の夫」、アガサ・クリスティー「最後の降霊会」が原作となっています。
 どれも怪奇幻想小説のマスターピースといっていい作品ですが、特に曖昧さの極致ともいうべき幻想小説「シートンのおばさん」がどう映像化されているのか、ちょっと気になるところではありますね。


テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

理屈の合わない物語  エリック・マコーマック『隠し部屋を査察して』
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 エリック・マコーマックの短篇集『隠し部屋を査察して』(増田まもる訳 創元推理文庫)は異色の味わいの短篇が集められた作品集です。しばらく品切れでしたが、昨年復刊され、入手しやすくなりました。

「隠し部屋を査察して」
 峡谷のへりのフィヨルドの近くに立てられた六棟の建物。建物には〈隠し部屋〉と呼ばれる地下室があり、そこには人間が囚われていました。それぞれの管理人が管理している〈隠し部屋〉を、〈査察官〉である「わたし」は定期的に査察していましたが、囚われているのは、皆、異様な人間ばかりでした…。
 〈査察官〉である語り手が、六つの建物に幽閉されている人々の風変わりなエピソードを語っていくという物語です。政府に危険だと判断された人々が囚われているようなのですが、その危険の質は様々。複製の木で人工の森林を作った男、天才的な機械の発明家、様々なものを吐き出す絶世の美女、巨大なガリオン船の模型を作り上げた男、人工の山を建造しようとした男、町中の人間のアイデンティティーを交換した町の町長など、幽閉されている人々がどれも異様な人間ばかりなのが面白いですね
 いつまで彼らは幽閉されているのか、その目的は何なのか? 政府の正体も分からず、査察官をしている男がなぜこの仕事をやらされているのか、といったあたりも明確になりません。至極曖昧に進む物語なのですが、そこがまた魅力でもありますね。短篇内にさらに挿話が詰め込まれた形で、奇妙な味の物語のショーケースといった趣の作品です。

「断片」
 1972年の夏、「わたし」はロバート・バートン「憂鬱の解剖学」の一節について調べるために、スコットランドに戻っていました。その一節とは、ヤコブス・スコトゥスが述べたという、純潔、沈黙、盲目の誓いを終生守り続けたという古代スコットランドの隠者についての文章でした。
 古文書の中にようやく原典らしき文章を見つけますが、そこに記されていたのは、ある〈教団〉における恐るべき行為でした…。
 ある宗教団体がその宗教的熱情のあまりに行った恐るべき苦行の実体が描かれます。外部の誘惑から身を守るため、人間の生来の感覚を取り去ってしまっても、人間は生きる意欲を失わずにおれるのか? といった感覚遮断の実験にも似た物語となっていますね。

「パタゴニアの悲しい物語」
 生きたミロドン(ナマケモノの祖先)を見つけるため、パタゴニアに上陸した探検隊の隊員たちは、夜に焚火をしながら話を始めます。隊長が話したのは、蜘蛛の神の守護者にするため、呪術師たちによって監禁され異様な訓練を受けさせられる少年の物語、大工のジョニー・チップスが話したのは、聖人として列聖するため墓を開けられたトマス・ア・ケンピスのまつわる物語、さらに一等機関士が話したのは、母親が行方不明になった後、調子を悪くした外科医の四人のこどもたちにまつわる物語でした…。
 夜に焚火の周りで、探検隊の面々が話す奇談が語られていくという一種の枠物語となっています。三つの挿話が語られます。どれも怪奇幻想味が濃いエピソードですが、一つ目と三つ目のエピソードの印象は強烈ですね。
 一つ目のエピソードでは、南ボルネオのある村で行われる奇怪な慣習が語られます。崇拝する蜘蛛の神の守護者とするために、生まれたばかりの赤ん坊の頃から、体を奇怪な形に変形させていく、というのです。これだけでホラー長篇一つできそうな、不気味なテーマの挿話になっています。
 三つ目のエピソードは、妻が行方不明になった後、その夫の外科医の四人のこどもたちが体調不良を起こす、という物語。外科医がこどもたちに何かしたのではないか…と予想できるのですが、それが思いもかけない方向に展開していきます。
 三つ目のエピソードは、後に長篇『パラダイス・モーテル』でも転用されています。作者自身も魅力的と感じていたモチーフだったのでしょうか。

「窓辺のエックハート」
 警察署に飛び込んできた女性がエックハート警部に語ったのは、奇妙な死亡事故でした。殺し屋の男性と恋人関係にあった女性は、かっての殺人現場を訪れ、その場で愛の行為を行っていたというのです。ガラス製のテーブルが割れるという事故の結果、男性は死んでしまったというのですが、その家がどこであったか分からなくなってしまったのだというのです。
 帰るところがないという女性を警察署に泊めるものの、署を抜け出した女性はそのまま外で凍死した状態で発見されます…。
 不可思議な男女の死をめぐる事件と、それについて考える警部の思考の流れが描かれる作品です。全ては女性の妄想か嘘だったのではないかと思わせながら、それがさらに一転し、結局真相はまた分からなくなっていく…という不条理味の濃い物語となっています。ひたいから血がふきだすという男性の描写は「聖痕」を思わせ、どこか宗教的な香りもありますね。

「一本脚の男たち」
 炭鉱町ミュアトン、鉱山で働いていた男たちがエレベーターの落下事故に巻き込まれ、大量の死傷者が発生します。普段から訓練していた片足を犠牲にする方法で、かなりの人数の人間が命を救うことに成功しますが、生き残った人間はみな片足になってしまいます…。
 鉱山の悲惨なエレベーター事故が、本や記事の引用と言う形でドキュメンタリータッチで語られる短篇です。悲惨な事故にも関わらず、村に住む多くの男が一本脚になってしまったため、その情景に妙なおかしみが発生してしまうという悲喜劇が描かれています。
生き残った人々のインタビューが語られる結末には、哀愁が感じられますね。
 この短篇の内容は、「パタゴニアの悲しい物語」同様、長篇『パラダイス・モーテル』にも流用されています。

「海を渡ったノックス」
 スコットランドの宗教改革者ジョン・ノックスは、愛猫クルーティと共にガレー船に乗り込んでいました。フランス軍に捕らえられ奴隷となっていたものの、その傲岸不遜な性格から周囲に恐れられていました。新大陸に辿り着いたノックスは、持ち前の荒っぽい方法で、現地人に改宗者を増やしていきます。やがて酋長の娘の病気を治してほしいと頼まれたノックスは思い切った手段を取りますが…。
 スコットランドの宗教改革者ジョン・ノックスの新大陸における活動が、三人称と一人称、交互に描かれていくという物語です。宗教的な熱情にあふれた人物といえば聞こえはいいですが、その実は異様な欲望に憑かれたサイコパス的な人物。ネズミを豚に食べさせたり、果ては妹を生きたまま豚に食べさせるなど、狂気に満ちた人物です。
 史実では、ジョン・ノックスは長老派(プレスビテリアン)の創立者とされる人ですが、マコーマックは彼を異常人格者として描写しているのが面白いところですね。

「エドワードとジョージナ」
 堅物で大人しい男性エドワード・バイフィールドは、妹のジョージナと共に暮らしていました。エドワードはたびたび妹のことを話し、その仲睦まじさから、いわれのない噂話も立てられるほどでした。病気で体調を崩したエドワードはそのまま亡くなってしまいますが…。
 大人しい兄エドワードとは対照的な妹ジョージナ。性格は異なるものの、その仲は睦まじいものでした。兄が亡くなったことにより、兄妹の秘密が明らかになるというサイコ・サスペンス的な作品です。結末には、ゴースト・ストーリー的な感触もありますね。

「ジョー船長」
 少年のわたしは祖父の友人ジョー船長になついていました。1940年に中央スコットランドの村に一人でやってきたという、六十がらみのジョー船長は、ある日祖父に打ち明けたという秘密を少年にも話します。それは信じがたい話でした…。
 不思議な老人の抱える秘密とは? ジョー船長の話は真実なのか、それとも妄想なのか? 時間に関する人間の感覚についての寓話とも読めそうな作品ですね。

「刈り跡」
 一年前のある日突然現れた<刈り跡>。それが通った後には、幅百メートル、深さ三十メートルの巨大な溝が残されていました。時速千六百キロの猛スピードで西へ向かった<刈り跡>は、ぶつかったもの全てを消滅させていきます…。
 通り過ぎるものすべてを消滅させる、謎の現象<刈り跡>について語ったSF的作品です。海や水があるところが消滅しても、水の流れはそのままであるのに、そこを通る生物は落ちてしまうなど、その物理的な法則もどうやら尋常ではないようなのです。
 町や都市がまるごと消滅したりと、その被害は甚大なのですが、その割にその語り口には悲壮感が全くないという、あっけらかんとした作品となっています。その現象についての説明もなされずに唐突に始まり唐突に終わるなど、不条理味が濃いですね。
 <刈り跡>に遭遇した日本の様子についても語られ、そのあたりも興味深いです。

「祭り」
 とある町の三日間にわたる祭りに参加した男性と女性のカップル。夜の体育館で行われる催し物は風変わりでショッキングなものばかりでした。一日目はある女性の出産風景、二日目は大量の虫の行列、そして三日目に行われたものとは…。
 ある町の「祭り」の風景と、それに参加した一組のカップルを描いた作品です。三日間にわたるどの催し物も異様なものばかりで、二日目のものに至っては明らかに超自然的な現象が起こっています。また三日目の催し物では男性が直接参加することになり、
その運命も決定的に変えてられてしまうことになるのです。
 三日間の催し物の内容にも脈絡がなく、男性が体験する出来事も不条理性が非常に濃いです。祭りの目的も明かされず、全体が悪夢の集合体のような短篇となっています。

「老人に安住の地はない」
 クリスマスパーティーの席上、その老人は従軍していた大戦中にドイツ兵の少年を殺してしまった体験について語ります。その経験を後悔しているという老人は、何度も同じ夢を見るといいます。
 その夢の内容は、少年兵の殺害を行った直後に、いつの間にか立っていた自室の抽斗の中、メモ用紙の束の上に血まみれの銃剣を置く、というものでした。目覚めてから、机の中に銃剣がないか確認をするものの、当然ながらありません。
 老人の話を聞いた若者は、自分が見た夢について語り出しますが…。
 罪の意識に苦しむ老人が見続ける悪夢。その救いが別の方向からやってきたかと思いきや、結局は救いとはならなかった…という重いテーマの作品になっています。複数の人間が互いに絡み合うような夢を見ているという、ボルヘスを思わせるようなモチーフが扱われていますね。

「庭園列車 第一部:イレネウス・フラッド」
「庭園列車 第二部:機械」

 「庭園列車」とその考案者イレネウス・フラッドについて語られる二部作です。
 一部では、「庭園列車」を作り上げた人物イレネウス・フラッドの不可思議な人生について語られます。胎児の頃に人工的なプラスチックの子宮に写され、水槽で魚たちと共に育ったという伝説まがいの噂、そして南太平洋の島オルバでの性的なイニシエーション体験など、フラッドの過去の体験が語られていきます。
 中心となるのは、美女ワトノベに導かれて島で体験する性的なイニシエーション体験の部分。その場所での文化・慣習が独特です。男性はサルガという麻薬と共に育ち、その麻薬を手に入れる代償として、少しづつ身体の一部を切断していくというのです。しかもその身体の欠損自体が社会で尊ばれているという、倒錯した社会が描かれる部分も興味深いですね。
 二部では、実際に作り上げられた「庭園列車」を体験するフラッドの様子が、文学的な文章で色彩豊かに描かれていきます。「庭園列車」のそれぞれの車両が、北方の森、大河、高山、大海原、砂漠、ジャングルなど、大自然を模した具体的なシチュエーションの場所として構成されているという趣向らしいのです。三週間前に車両に乗り込んだフラッドは未だに行方不明であり、彼が生きているのか…といった謎めいたニュアンスの結末も面白いです。

「趣味」
 下宿人を探していた夫婦のもとに現れた、元鉄道員の老人。彼は地下室で暮らすことになりますが、長らく部屋に籠もり、趣味である鉄道模型を作っているというのです。食事も取らず作業に熱中しているらしい老人が気になった夫婦は、ある日地下室の扉を開けますが…。
 あまりにもリアルな鉄道模型がもう一つの世界を創造してしまう…というテーマの幻想小説です。地下室に現れた列車がどこにつながっているのか、その世界の人々はどこから来たのか、など謎めいた要素が多く、想像力を刺激する作品となっていますね。

「トロツキーの一枚の写真」
 カルト教団の教祖が絞首刑で死んで後、その死体と交わった女性から生まれた双子の兄妹。牧師となった兄は倒錯した宗教観から殺人鬼となり、妹は人の死の瞬間を撮影する写真家となります…。
 数奇な運命を生きることになった写真家アビゲイルの生涯を描いた物語ですが、異様な人生を送ったその母や兄のエピソード、アビゲイルがわずかの間だけ接触したトロツキーのエピソードなどを交えて多様な側面から描かれる文芸風味の強い作品です。
とはいえ、そこはマコーマック、猟奇的・性的なエピソードが多々語られ、グロテスクな印象を強く与えるようになっていますね。
 「死」に執着し、自らの死をも被写体として収めようとするアビゲイルの異様な情熱が描かれる部分にはインパクトがあります。

「ルサウォートの瞑想」
 ジョン・ジュリアス・ルサウォートは、亡き友人である、アゾレス諸島出身の捕鯨の名人ダ・コスタのことを思い出していました。フォード自動車会社で働くようになったダ・コスタは、目にするものが突き刺すような苦痛に感じられると訴えたのを手始めに、音や食べ物、においまでもが苦痛になってきていたというのです…。
 野生社会で生きていた男が文明社会に適応できずに自滅してしまう話、なのですが、五感が周囲の世界を否定してしまっているような、その異様な症状が、比喩的な文章をもって語られていくところに特色があります。

「ともあれこの世の片隅で」
 アパルトマンの地下にある汚い部屋で、「作家」である老人は、様々な物思いにふけっていました…。
 有名作家へのインタビューに答えるという形式で、自称「作家」の老人の考えや述懐が語られていくという作品です。ウォルター・スコットを崇拝しているらしい老人の語る内容は、妄想に近く、立派な屋敷や資産家のパトロンなど、現実とは乖離した内容のようなのです。その合間には、若くして亡くなってしまったパートナーの女性への思慕が挟まれていきます。
 大げさな質問項目に対しあり得ない内容を答えていくという諷刺的なテーマを扱っているのですが、老人のかってのパートナーに対する思いや、人生に対する羨望の念などが入り混じり、どこか哀愁を帯びた味わいの作品となっていますね。

「町の長い一日」
 ホテルを探してその町を歩いていた「わたし」は、出会った人々から、様々に風変わりな話を聞かされることになりますが…。
 「隠し部屋を査察して」同様に、一つの短篇内に様々に奇妙な味わいのエピソードがいくつも埋め込まれた作品です。疫病で死んだ娘を荷車に乗せて運ぶ女、幼い頃から行く先々で家族に命を狙われ続ける男、整形手術を繰り返してつぎはぎだらけになった絶世の美女、ニトログリセリンを飲まされ人間爆弾となった詩人の男のエピソードなどが語られます。中でも、家族に狙われ続ける男のエピソードは謎めいていて、特に魅力があります。

「双子」
 少年マラカイの体には生まれつき二つの人間が住んでいました。話す際にも同時に別のことを話すために、別の人間には彼の言うことが理解できないのです。十八歳になったとき、突然顔の左側に黒い布をかぶせて現れた彼は、言葉も通じるようになり、心優しい少年になっていました…。
 生まれつき二人の人間を宿す一人の少年を描いた物語です。その少年マラカイは悲劇的な最期を迎えることになるのですが、後半ではまた別の「双子」の存在が描かれます。語り手の「わたし」も「双子」である可能性が示唆されるなど、「双子」のモチーフが散りばめられた作品になっています。

「フーガ」
 川沿いの高台にそびえる建物の書斎で読書をしている男。彼が読んでいるのは警察官のヒーローが活躍する物語でした。一方、読書している男を憎む別の男は、彼を殺そうとナイフを構えていました…。
 作中の登場人物が読んでいる本の中の登場人物が現実(作中内の世界)に現れる…というテーマの幻想小説です。冒頭にコルタサール(アルゼンチンの作家フリオ・コルタサル 1914-1984)の文章が引用されることでも示唆されるように、コルタサルの短篇「続いている公園」のオマージュとして書かれた作品のようです。
 コルタサル作品は、読んでいる本の中の登場人物が現実(読書している男がいる世界)に現れて、現実世界の人間が殺されてしまう…という幻想小説なのですが、マコーマック作品は、これを変奏した形になっていますね。
 「フーガ」では、本の中から現実に現れるのが殺人者ではない人物となっていて、読書している男をめぐってそれぞれがそれぞれを追う…という構造になっており、それがタイトル「フーガ」(遁走(とんそう)曲。前に出た主題や旋律が次々と追いかけるように出る曲。)の所以でしょうか。


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支配と服従  ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『マライアおばさん』
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 ダイアナ・ウィン・ジョーンズの長篇『マライアおばさん』(田中薫子訳 徳間書店)は、親戚のおばさんを訪れた兄妹と母親が、その不思議な力によって支配されてしまう…というファンタジー作品です。

 父親が事故で亡くなった後、親戚だというマライアおばさんからの誘いで、彼女の家を訪れることになった、クリスとミグの兄妹とその母親のベティ。体の悪いというおばさんは、何かと理由を付けてベティを働かせ、召使のように扱います。
 マライアおばさんの住む海辺の町には妙なことがいっぱいありました。子どもたちが見当たらず、男たちは皆ゾンビのようにぼーっとしており、元気なのはおばさんたちばかり。しかもおばさんたちは、なぜかマライアおばさんを崇めているかのようなのです。
 クリスとミグは、マライアおばさんに対する反感を強めていくことになりますが…。

 父親の義理の親戚、マライアおばさんの家に身を寄せることになった家族が、彼女の謎の力に翻弄されてしまう…というファンタジー作品です。
 一見、かよわい老婦人であり、その物腰も柔らかながら、人々は彼女の命令をなぜかきかされてしまうのです。おばさんに元々同情的な母親のベティはともかく、クリスとミグの兄妹は、マライアおばさんに反感を抱いていろいろと調べていくことになります。
 おばさんが何か不思議な力を使って町全体を支配していること、父親が死んだ事故にも関わっているらしいこと、など、何かの陰謀がその背景にあることも段々と判明していく過程はサスペンスたっぷりですね。

 激情的なクリスが、マライアおばさんの力によって動けなくされてしまい、ミグは孤立無援になってしまいますが、おばさんと敵対する勢力と接触して逆襲の機会を狙う、という展開も王道ながら面白いですね。
 ヒロインのミグが作家志望の女の子で、物語自体が彼女の日記、という体裁で描かれています。自分の書いた小説原稿にその日記を書きつけたり、日記が途中で第三者に見られてしまったり、といった趣向も面白いです。敵地に潜入しているなかで、日記を書くのに夢中になって見つけられてしまうというシーンには笑ってしまいます。

 いわゆる<悪の魔法使い>の手から逃がれることができるのか? という系統のお話ではあるのですが、この悪役が老婦人というところのギャップ、そしてその支配の巧妙さなどを含めて、斬新な印象を与える作品になっています。
 悪役ながら、マライアおばさんのキャラクターには精彩があります。その肥大した自我も強烈ですが、持ってまわった「悪意」の描き方も目立っています。作中、ある人物が監禁されることになるのですが、この監禁の形は非常に悪辣なもので、その残酷さには驚いてしまいます。
 最初はおばさんの支配下に置かれてしまい、印象が薄いと思われた母親のベティが、後半になってから活躍するのも良いですね。親子が協力して事態解決に動くようになるという展開もポジティブで楽しいです。

 「魔法」の力によるとはいえ、一種の独裁社会、ディストピア社会が描かれており、その閉塞感と恐怖感も描かれています。その意味で、ホラー的な要素も強く感じられる作品となっています。


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怪奇幻想読書倶楽部 第30回読書会 参加者募集です
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 2022年2月11日(金・祝)に「怪奇幻想読書倶楽部 第30回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp


開催日:2022年2月11日(金・祝)
開 始:午後14:30
終 了:午前17:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ
参加費:1500円(予定)
テーマ:
第一部 課題書 W・H・ホジスン『夜の声』(井辻朱美訳 創元推理文庫)
第二部 課題書 トーマス・オーウェン『黒い玉 十四の不気味な物語』(加藤尚宏訳 創元推理文庫)

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。


 今回は、イギリス怪奇小説の巨匠W・H・ホジスンの傑作集『夜の声』と、ベルギーの幻想作家トーマス・オーウェンの短篇集『黒い玉 十四の不気味な物語』を課題書として取り上げたいと思います。ホジスンの「怪奇」とオーウェンの「幻想」、タイプの異なった二人の作家の作品を同時に読んでみるのも興趣が増すのではないでしょうか。


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現実と空想  アナ・マリア・マトゥーテ『小鳥たち マトゥーテ短篇選』
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 アナ・マリア・マトゥーテ『小鳥たち マトゥーテ短篇選』(宇野和美訳 東宣出版)は、20世紀スペインを代表する女性作家マトゥーテ(1925-2014)の本邦初の短篇集です。

 靴屋見習いのため離れて暮らす息子を溺愛する母親の狂気を描く「幸福」、愛のないまま結婚した夫婦の愛情を哀切に描く「いなくなった者」、鳥と戯れる不思議な少年を描く「小鳥たち」、半身不随の少年の想像と現実の落差を描いた「メルキオール王」、滅多にないごちそうを手に入れた貧しい家族が陥る苦難を描いた「ごろつきども」、善良な男が宝を掘り出したことから疑心暗鬼に陥ってしまう「宝物」、露天の景品で「島」を手に入れた少年の幻想的な物語「島」、知的障害を抱える少女の祭りへの憧れの念を描く「村祭り」、枯れ枝で作った人形を無くし悲しむ少女と、彼女に同情する女性を描いた「枯れ枝」、病で寝込む少年と迷い犬の不思議な友情を描いた「迷い犬」、ある日突然現れ家に住み着いてしまった宿無しの男を描いて不気味な「良心」、幼き日のいかさま師の老人との触れ合いを描いた「ピエロどん」、タフで頑丈な女中が語る幼き日の羨望の物語「羨望」、貧しい男の悲惨な現実と信仰を描いた「煙突」、想像力が豊かなあまり「嘘」をつき続ける息子とその母親の物語「嘘つき」、口うるさい妻の介護を続ける老齢の夫の悲哀と生きがいを描いた「とほうもない空虚」、暴力的な教師と彼を嫌う少年を描く「川」、貧乏な友人の家庭に同情したことが更なる悲劇を呼んでしまうという「店の者たち」、お月さまが欲しいとねだる少年の幻想的なメルヘン「月」、祭りに憧れを抱く使用人の少女の現実と幻滅を描く「アンティオキアの聖母」、隣に住む勉強好きの少年との触れ合いと奇妙な関係性とを描いた「隣の少年」を収録しています。

 掌編といっていい短さの中に、登場人物たちの人生の悲哀がスケッチ風に描かれる、繊細な短篇小説集です。主に登場するのは、子どもや労働者、貧乏な家庭の住人など、弱い立場の人々が多くなっています。
 悲惨な現実や苦しい生活が描かれる作品も多いですが、そこに作者独自の抒情性、時には幻想性が加わり、「現実」と「幻想」が複雑に絡み合った不思議な味わいとなっていますね。

 現実的な物語を描く場合でも、そこに仄かな幻想性が立ち上ることが多いのですが、中でも、森の中で恐れられる森番に出会った少女が、そこで鳥と戯れる不思議な少年と出会う「小鳥たち」や、露天の景品で「島」を手に入れた少年が不思議な世界を手に入れるという「島」、想像力が豊かなあまり「嘘」をつき続ける息子に困惑する母親が本当の奇跡と出会う「嘘つき」、お月さまが欲しいとねだる少年が月の世界に行ってしまうという「月」などは、完全に幻想小説といって良い作品です。

 貧しい生活や現実の苦難が描かれながらも、そこに一抹の空想性・幻想性が加えられて美しい物語に昇華されているのがマトゥーテ作品の一番の魅力でしょうか。それがよく表れているのが「メルキオール王」「枯れ枝」

 「メルキオール王」では、半身不随になり学校にも通えなくなった少年が描かれます。少年ディノに目をかけた善良な教師ドン・フェルミンは彼の家に通い、教育を施します。様々な物語も話して聞かせたドン・フェルミンは、メルキオール王の仮装をしてディノにプレゼントをしようと考えますが…。
 教師の善意が、少年のあまりに壮大な想像力の前に負けてしまう…という皮肉な物語になっています。

 「枯れ枝」は、貧しい家の少女と彼女の人形を描く物語。病気のため家で寝ていることになった少女。彼女が友だちと呼ぶ人形<ピパ>は、ただの小枝にはぎれをまきつけて、ひもでくくったものでした。兄のいたずらで<ピパ>が行方不明に鳴り、少女は人形を戻してほしいと泣きます。
 隣家のクレメンティーナ夫人は、少女に同情し、新しい人形を買い与えますが、少女はそれを認めません。かっての<ピパ>同様、枯れ枝で似たようなものを作るものの、少女はそれを<ピパ>とは認めないのです…。
 少女の想像力によって「人形」となっていた枯れ枝。他人にはそれが再現できない…という物語になっています。

 その空想性によって、悲惨な現実がソフィスティケートして描かれる作品がある一方、残酷極まりない現実生活がありのままに描かれる作品もあります。「ごろつきども」「とほうもない空虚」「店の者たち」「アンティオキアの聖母」などはそうした作品でしょうか。
 特に「店の者たち」の残酷さは強烈で印象に残ります。幼い頃に叔母夫婦の家の養子になった少年ディオニシオ。小遣いはもらえていませんでしたが、経営する店を継がせるからと父親には言われていました。貧しい家の子どもたちのたくましさに憧れるディオニシオは、特に彼らの一人マノリートと友人になりたがっていました。見栄からお小遣いを欲しいとねだるディオニシオに対して、父親は仕方なく紙幣を渡します。
 マノリートの父親が怪我をして困窮しているのを知ったディオニシオはその紙幣をマノリートにあげようと考えますが…。
 経済的に格差のある二人の少年。経済的に優位な少年の善意が、もう一人の少年をさらなる悲惨さに突き落としてしまうという、非常に残酷極まりない物語となっています。

 寓話としても面白いのが「良心」です。
 夫の留守中に、突然現れた宿無しの男。マリアナは一晩だけと彼を止めてやることにします。翌朝彼は勝手に朝食を食べていました。奥さんがそうしてくれると言ったと言い張る男に困惑するマリアナでしたが、男が何日も家に居付いてしまい、更に驚くことになります
 追い出そうとするマリアナに対して、男はマリアナに関して、あることを目撃したと脅迫を始めることになりますが…。
 突然現れて、家に住み着いてしまった宿無しの男を描く作品です。しかも男は、女主人の都合の悪いことを知っているかのようなのです。
 ヒュー・ウォルポールの名作短篇「銀の仮面」を思わせるサスペンス・ストーリーとなっています。寓話的な結末も味わい深いですね。


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運命のネコ  ポール・ギャリコ『トンデモネズミ大活躍』
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 ポール・ギャリコの長篇『トンデモネズミ大活躍』(矢川澄子訳 岩波書店)は、命を得た陶製のネズミ、トンデモネズミが様々な冒険を繰り広げるというファンタジー長篇です。

 イギリスのタニゾコドンの村に、ネズミばかりを作る、年取った陶芸職人が住んでいました。祝いの席で酔っ払った職人は、夜中に衝動に駆られて、自らの全てを注ぎ込んだネズミを作り上げます。しかし翌朝見てみると、そのネズミは全身がまっさお、耳はウサギのように長く、しっぽのない、できそこないのネズミでした。
 失敗作とされたネズミでしたが、妙なあいくるしさを覚えた職人は、しっぽのないことから、トンデモネコの愛称のあるマン島のネコにあやかり、彼にトンデモネズミと名付けます。職人の仕事によって魂を吹き込まれたトンデモネズミは、家を出て世の中を冒険することになりますが…。

 命を得た陶製のネズミ、トンデモネズミが世の中に出て冒険に出会う、というファンタジー作品です。
 主人公のトンデモネズミは好奇心と冒険心が強く、純粋な存在として描かれています。恐怖心もないため、相手がネコであったり、猛獣であったりしても恐れることがなく対応でき、それがゆえに彼らと友情を結ぶことにもなっていきます。
 オバケの「ドロロン」と出会ったり、タカに乗せてもらって空を飛んだり、ノイローゼのゾウを手助けしたり、少女と友人になったり、脱走したトラが戻るのを助けたりと、トンデモネズミが出会う冒険も様々です。
 メインは、他の動物たちとの出会いなのですが、人間そのものや人間社会での出来事に巻き込まれたりと、自然・文明どちらの側にも入り込んでゆく…というのは、好奇心豊かな性質ゆえというべきでしょうか。

 恐れを知らない主人公なのですが、会う者のほとんどから聞かされる「トンデモネコ」の存在が、トンデモネズミにかすかな不安を植え付けていくことになります。トンデモネズミは、マン島に住むというトンデモネコに食べられる宿命だというのです。
 最後の最後まで「トンデモネコ」は実体としては登場せず、間接的に他の登場人物からその存在を聞かされるのみなので、本当にこのネコは存在するのだろうか? と思ってしまうのですが、やはりこのネコは存在しているようなのです。
 トンデモネコに対する不安と恐怖を吹き込まれてしまったトンデモネズミがその恐怖に打ち勝つことができるのか? といったところもテーマになっているようですね。

 エピソードの中では、トンデモネズミが、ノイローゼになった「映画女優」のゾウ、ネリイの友だちになり、彼女の仕事復帰に貢献するという「ノイローゼのノウのネリイのこと」、サーカスから逃げ出したトラが戻る手助けをする「いくじなしのトラのこと」などが面白いですね。
 共に人間と共に暮らす動物が扱われたエピソードですが、関わる人間たちが皆善人であるというところは、動物愛にあふれるギャリコならではです。
 「いくじなしのトラのこと」では、サーカスから逃げ出したトラとトンデモネズミが出会うのですが、トラが自然に戻る手伝いをするのかと思いきや逆で、トラのブーラ・カーンは、檻が開いていたために衝動的に出てきてしまったものの、調教師やサーカスに愛情を抱いており、厳しい自然よりもサーカスに戻りたいというのです。
 タイトルの「いくじなし」はそのあたりを表していますが、ユーモラスなエピソードではありながら、動物の幸福はどこにあるのか? といったあたりも考えさせるお話になっています。

 全体にユーモラスでのんびりしたトーンの連作となっていますが、後半では、動物商に捕まって競売にかけられたり、「天敵」トンデモネコに遭遇したりと、ドラマティックな展開も待っています。困難に出会いながらも、主人公の純粋さと勇気がそれを切り開くという、後味の良いファンタジー作品となっていますね。

 ちなみに、作中に登場するトンデモネコは、マン島に実在する尻尾のないネコ、マンクス (Manx) がモデル(というか、実物として登場しているんでしょうか)となっているようです。

 1979年に、この小説を原作としたアニメ『トンデモネズミ大活躍』(日生ファミリースペシャル)が放映されており、特定の世代には有名な作品かもしれません。

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月の光の物語  武宮閣之“月光”幻想譚シリーズ
 武宮閣之は、1990年代に一冊の長篇といくつかの短篇を発表した作家です。彼が1990年代の「ミステリマガジン」誌に発表したいくつかの短篇には、不思議な魅力があります。主に「月」や「月光」をテーマにした不思議なファンタジーで、雑誌のリード文には“稲垣足穂+ジョン・コリア”風と称されてもいましたが、確かに読んでみるとそのような味わいです。
 「月光見返り美人」「月光眼球天体説」「月の繭」…。タイトルを挙げてみれば、その雰囲気が何となく分かるのではないでしょうか。どれも魅力的でしたが、飛び抜けて素晴らしいと思ったのは「月光眼球天体説」です。こちらは、なんと、宇宙をさまよう「目玉」の物語で、そのリリカルな語り口にも魅了されました。
 結局、武宮閣之の作品は「ミステリマガジン」誌にいくつか掲載されたきりでした。単行本にもまとまっていないため、現在では読むのも難しくなってしまいましたが、いずれ一冊の本にまとまるべき価値のある作品群ではないかと、個人的には考えています。今回は、武宮閣之の幻想短篇をまとめて紹介していきたいと思います。


武宮閣之「月光見返り美人」「ミステリマガジン1990年9月号」早川書房 収録)

 OLの「私」は、会社の同僚四人で旅行に行って以来、ひどい日焼けに悩まされていました。同じ日焼けをしたはずの晶子が、いち早く日焼けを治したのみならず、以前よりも肌が美しくなっているのを見て、「私」は化粧の秘訣でもあるのかと訊ねますが、教えてもらえません。共通の友人、淳代と薫から間接的に聞いたところによれば、特殊な化粧水を使っているのだというのです。
 ある夜、晶子の跡をつけた「私」は、路地の行き止まりと見えた場所に「ECLIPSE」という名の店を見つけて入ることになります。日焼けに効く薬品を求めたところ、シンプルなデザインの瓶に入った化粧水を渡されます。その化粧水を塗ってから月光浴をすることによって、日焼けのみならず、肌が若返るというのですが…。

 謎のお店で入手した、肌を若返らせる不思議な化粧水。月光の力を利用するというその化粧水を使って、ヒロインは美しい肌を手に入れることになるのですが、その使い過ぎと用法の間違いでとんでもない事態を引き起こしてしまう…というブラック・ユーモアに満ちた幻想小説です。
 月の光の魔力をテーマにした作品で、「私」がかかってしまう症状も、それらをモチーフにしたものになっています。瀟洒な月光ファンタジーとなっていますね。
 「第1回ハヤカワ・ミステリ・コンテスト」(1990年)の佳作を受賞した作品で、武宮閣之の商業デビュー作です。ちなみにこのときのコンテストの最優秀賞は、小熊文彦「天国は待つことができる」


武宮閣之「月光眼球天体説」「ミステリ・マガジン1991年8月号」早川書房 収録)

 主人公の少年は、十二歳になったばかり。両親の不和が原因で、叔父夫婦のもとに預けられていました。夏休みのある日、少年は先日やってきたばかりの転校生と出会います。家にさそわれた少年は、そこで転校生の祖父を紹介されます。

 土管を細長くしたような煤けてよごれた望遠鏡の前で、おじいさんは分厚い本を開いていた。見ると右目が眼帯で覆われている。ギクリとした。転校生もおじいさんも、眼を悪くしている。きみはなんとなく嫌な気持ちになった。

 おじいさんは「望遠鏡で、宇宙旅行をしてみないか」と、おかしなことを言い出します。どこか安っぽい望遠鏡を見ながら、半信半疑で、少年は望遠鏡を覗き込みます。とたんに目の奥がむず痒くなってきます。

 月がすぐそばに見える。どんどん近づいていく。こんなに間近に月面を見るのは初めてだ。立体感のあるクレーターが、ひろげた掌の皺のようにつぶさに見てとれる。このままだとぶつかる。そんな恐怖を覚えて、きみは無意識に視線をそらす。次の瞬間、思いがけない強い力を受けて、きみは外にほうり出されそうになる。月がツルリと右下に流れていった。

 茫然自失としている少年に、おじいさんは説明します。この望遠鏡は、見るためのものではなく、集めるためのものだ。何を?-月の光を。それを見つめる人の眼球を、一つの天体にするために。そう、それは覗いた人の目を、宇宙に運んでくれる望遠鏡だったのです。おじいさんはこの理論を「月光眼球天体説」と呼んでいました。
 しかし、この望遠鏡には問題がひとつありました。望遠鏡を使っている最中に、筒から眼を離してしまうと、眼球が戻ってこれなくなってしまうのです。そして、転校生もその祖父も、片眼を失ってしまったために、眼帯をしているというのです。

 『月光眼球天体説』によると、宇宙に飛んでいった目玉は、残ったもう一方の目で望遠鏡を通して見つけ、視線を合わすことができれば、望遠鏡をつたって戻ってくることができるという。転校生も出ていってしまった自分の利き目を探すために、望遠鏡で毎日、左目を宇宙に放つというのだ。

 やがて、失った右目を探し続けていた転校生は、ある日残った左目も失ってしまいます。両目を失った転校生は、また心をも失ってしまうのです。転校生のおじいさんは警告を残して、少年の前から姿を消します。

 「わしらはしばらく、他の場所で研究を続けることにするよ。あの望遠鏡はあんたにあげる。きっといい旅ができる。本当の旅ができる。でも、左目で右目を見ようとしちゃだめだ。目は宇宙をみるためのもの、そして宇宙そのもの…」

 しかし警告にもかかわらず、少年は右目を失ってしまいます。彼は右目を求めて、残った左目で行方を探し始めます。

 右目はまだ太陽系を出ていない。探せば間に合う。きみの左目は螺旋を描くように、忙しく旋回と直進を繰り返す。

 少年は右目を取り戻すことができるのでしょうか? そして失われた目と出会ったとき、思いもかけなかった体験が少年を待っているのです…。

 眼球を天体に見立てる…。そんな頓狂な発想から、この素敵な物語は生まれたのでしょう。文字どおり「世界」を、そして「宇宙」を見ることのできる「目」。「宇宙」を遊泳する「目」の見た夢とはいったいどんなものだったのでしょうか。眼球と天体のアナロジー、そして少年の心と宇宙のひろがりもまた、相似形をなしているのです。
 詩的で繊細。しかしその世界観には、スケールの大きさを感じさせられる、まさに珠玉の短篇です。


武宮閣之「月の繭」「ミステリマガジン1992年5月号」早川書房 収録)

 世界中で、人々が眠り込んで二度と目覚めないという不思議な病が流行っていました。年齢が上の者から次々と眠り始め、大人は既にほぼ全員が眠り込んでしまっていたのです。
 前世紀の大戦前、戦争を恐れて月のコロニーに移住した大量の人間がいたものの、そちらにも大規模な事故があったとの噂があり、彼らからの連絡も途絶えていました。
 生き延びた子どもたちも大部分が眠りに入っていました。砂漠の国に住む少年ゾルは、仲間たちがすでに眠りに入ったあとで、隠れ家にやってきた女の子アミナと出会います。アミナのため眠気をふりはらっていたゾルは、アミナから指摘されて月を眺めますが、月は灰色の何かに覆われて、膨らんでいました…。

 近未来、眠り病が支配する地球と月で、不思議な出来事が起こるというファンタジー小説です。人類の魂によって星が変容してしまうという壮大なスケールの物語になっています。
 人類に何が起こったのか? 少女アミナの正体とは何なのか? 明かされない謎も多いのですが、作中ではユング的・錬金術的なイメージも多用され、寓意的・象徴的な要素も強くなっていますね。純度の高いファンタジーといえます。


武宮閣之「十七番目の羅漢」「ミステリマガジン1992年8月号」早川書房 収録)

 学生時代の幸福な記憶に導かれて、大阪の職場から衝動的に京都にやってきたサラリーマンの男。歩いていたところ、以前にダンサーの野外パフォーマンスを見に訪れた寺を見つけ、そこに入り込みます。
 その寺、妙蓮寺の枯山水の庭を眺めていたところ、突然ほとんど裸で頭を丸めた男が現れ、踊りともつかない奇妙な動きを始めます。しかもその顔は男の顔とそっくりなのです。
 いつの間にか側に来ていた寺の住職らしき老人は、この庭には時折不思議なことが起こると話します。心に深い傷を負った人、また逆に、傷を負わせた人がやってくると、その人の心と庭とが交響して、もう一人の自分が羅漢の姿をして現れるというのです…。

 何か重い秘密を抱えているらしいサラリーマンの男が、ふと訪れた寺で自らの分身と思しい不思議な存在と出会う…という幻想小説です。
 男の幻覚かと思いきや、第三者である別の人間にもその存在は見えているようなのです。もう一人の男は「羅漢」ではないかというのですが、彼の存在、そして動きは何を表しているのか?
 ある人間の罪と罰、それが仏教的な象徴を使って語られるという、寓意的な作品となっています。
 この短篇に登場する妙蓮寺、そして庭の「十六羅漢石庭」は実在するのですね。秀吉から賜ったという臥牛石を中心に、枯山水で白砂に十六羅漢に見立てた置石が配置された庭だそうです。


武宮閣之「受け皿いっぱいの秘密」「ミステリマガジン1993年8月号」早川書房 収録)

 生家である温泉旅館の人出が足りなくなり、急遽手伝いに行くことになった母親と一緒に、山陰地方の山間の集落を訪れた少女。彼女が思い出すのは、数年前に亡くなったおばあさんから聞いた話でした。
 少女の家系は、かってイギリスから訪れた外国人宣教師の血を引いているというのです。さらに、代々女性のみに受け継がれる家宝として見せられた、内側に螺旋の模様が彫られた銀の皿について、少女は印象深く覚えていました。そして、昨日おかあさんが、おじいさんからその皿を受け取っているのを目撃していたのです。
 山道を散歩していた少女は、地元で三日月沼と呼ばれる場所を訪れます。そこに現れたのは、なんと死んだはずのおばあさんでした。
 おばあさんは語ります。三日月沼は月光を蓄えることのできる場所、月の受け皿であり、さらにあの銀の皿「moon saucer」を使うことによって、女の子に不思議な力を与えるのだと…。

 イギリス人宣教師の末裔が住むという山間の村と、そこに存在する月光を集める力のある沼、そして女子に受け継がれるという銀の皿…。月の力と女性原理に導かれてイニシエーションを経験するという、少女の神秘的な成長物語です。
 主人公の少女は小学四年生。野球帽をかぶったり、少年と見まがう中性的な格好を好んでいます。さらに母親に対していささか反抗的な気持ちを抱くなど、成長の途上にあることが示されます。
 亡き祖母(これは幻影なのか実体なのかははっきりしません)と銀の皿に導かれて、大人への階段を上ることになるのですが、単純に「大人の女性」に変身を遂げる…というのではなく、自らの「男性性」を自覚して取り込む、というあたりにも、神秘的な情感が感じられますね。
 二人称「あなた」を採用した語り口にも独特の雰囲気があり、非常にユニークな作品となっています。


武宮閣之「緑砂花園」「ミステリマガジン1994年1月号」早川書房 収録)

 農芸化学を研究している大学教員の「ぼく」のもとに、ある日、世界緑化運動協会理事のカナモトなる男から電話がかかってきます。協会が運営している植物園の土壌と肥料について相談に乗ってほしいというのです。
 報酬に惹かれて訪れたその場所は《緑砂花園》と名付けられていました。園内の砂は皆緑色をしており、それは思いがけない重さをもっていました。その砂、緑砂は協会が独自に開発したものであり、その啓蒙活動を手伝ってほしいというのが、金元を名乗る男の希望でした。
 金元によれば、花園の棟はすべて月光の照射量を最大限に生かせる立地で建てられているといいます。さらに、緑砂は「月光錬金術」によって作られたというのです…。

 緑化を標榜する謎の団体に招かれた科学者が、月光を使った錬金術の世界に誘い込まれる…という神秘的な幻想小説です。
 錬金術やオカルティズム、また植物や動物、鉱物が一体となった奇妙な思想について語られていくのと同時に、主人公の身の回りに信じられないような事態が起こることになります。
 緑の砂に囲まれた植物園で起こる深夜の変容…。まさに錬金術的なイメージにあふれた作品となっています。
 テーマを同じくする安部公房の某作品についても言及され、発表当時(1994年)亡くなったばかりの安部公房へのオマージュともなっているようです。


 「ミステリマガジン」に掲載された、武宮閣之の短篇シリーズ、雑誌の解説によると「“月光”幻想譚シリーズ」と題されていたようですね。「月光見返り美人」 「月光眼球天体説」「月の繭」「受け皿いっぱいの秘密」「緑砂花園」がそれです。「十七番目の羅漢」は独立した恐怖小説になっています。
 たぶんご本人だと思うのですが、第4回「幽」怪談文学賞(2009年)の最終候補作に、武宮閣之「集う・あやかし」という作品が応募されています。こちらは公刊されていないようなので、ぜひ読んでみたいところですね。

 ちなみに、長篇『魔の四角形 見知らぬ町へ』(武宮閣之作 こぐれけんじろう画 文渓堂)は児童文学に属する作品ですが、神秘的な冒険譚でこちらも魅力があります。以下のリンクページで紹介しています。

 無限公園  武宮閣之『魔の四角形』


テーマ:奇妙な物語 - ジャンル:小説・文学

書けない作家たち  エンリーケ・ビラ=マタス『バートルビーと仲間たち』
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 エンリーケ・ビラ=マタス『バートルビーと仲間たち』(木村榮一訳 新潮社)は、ハーマン・メルヴィルの短篇「バートルビー」の主人公にあやかり、書くことを放棄した作家たちについて語ったエッセイ風の小説作品です。

 「バートルビー」は、ハーマン・メルヴィルの有名な短篇の主人公で、文書を書き写す仕事をしていましたが、そのうちに「せずにすめばありがたいのですが」と、何もしなくなってしまうという特異なキャラクターです。
 このバートルビーのように、書かなくなった作家や、構想を持ちながら書けなかった作家、そもそも書こうとはしなかった作家など、広い意味で書くことを放棄した作家について、エッセイ風に文章がつづられていくというユニークな構造の作品です。
 全体に86のセクションに分かれており、題材に挙げられる作家は有名・無名含めて多数です。メルヴィル、ホーソーン、ファン・ルルフォ、ローベルト・ヴァルザー、アウグスト・モンテローソ、フェリペ・アルファウ、セルバンテス、サリンジャー、ペソアなど有名作家の他、スペインの作家ゆえ、スペイン語圏の作家も多く取り上げられています。

 正直、日本では翻訳もなかったり、聞いたことのないスペイン語圏の作家も多く取り上げられていて、本当にこの作家たちが実在するのか疑いながら読んでしまった部分もあります。というのも、こうした作家についての随想の合間に、作者自らの回想のようなものが混じっていて、この作品が事実を書いたエッセイなのか、虚構の混じった小説なのかもちょっと怪しくなってきます。
 作家のエピソードに関する部分はおそらく事実なのだと思うのですが、その部分でも奇想天外な逸話がたくさん言及されていて、読み応えがありますね。
 自分が家具だと思い込んだクレマン・カドゥ、作家自身の代理人のふりをしていた韜晦癖の強いB・トレイヴンなどのエピソードはそれ単体でもファンタスティックな逸話になっていますね。作者ビラ=マタスの体験として語られる、サリンジャーとの邂逅のエピソードや、作家ドランとの文通のやりとりのエピソードは実話として語られますが、どうも創作の香りもします(どちらだとしても面白いところではあるのですが)。

 作家・作品名がずらずらと並んでいるので、読むのに尻込みしまう方もいるかと思うのですが、基本、言及される作家・作品を読んでなくても、問題なく読めるようになっています。「書くことについて」「作家とはいかに書くのか」「そもそも書くことは可能なのか」といったテーマに沿って、様々な作家(厳密には作家ではない人も交じっています)の症例が並べられていくという、ユニークな構成の本になっています。
 ある意味、作家が書かなくなること・書けなくなることについてのエピソード事典といった感じでしょうか。「書くこと」についていろいろ考えさせてくれる、示唆に満ちた本ですね。極端な話、全文を読み通す必要さえないのかもしれません。断章が集められた形式になっているので、興味のある部分だけ拾い読みするというのも、この本には合っているような気もします。



テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

奇妙な物語  エンリーケ・ビラ=マタス『永遠の家』
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 スペインの作家エンリーケ・ビラ=マタスの『永遠の家』(木村榮一、野村竜仁訳 書肆侃侃房)は、腹話術師の男を主人公にした幻想的な連作短篇集です。

 自分をアビシニアの皇帝だと思い込んでいる資産家の老人マルティン・ヤサルデ。少年の「ぼく」と友人たちは、彼に関心を持ちますが、中でもラウラは老人の奇矯さに惹かれていました。一人で老人に会いに行ったラウラは舌を噛み切られて殺され、老人も自殺してしまいます。
 何年も後、パリに来ていた「ぼく」は、かってのラウラと同じような形で起こった殺人事件に動揺します。しかも殺されたのは恋人マルグリットの弟でした。マルグリットは、犯人が「ぼく」と同様パリに来ていたかっての友人ペドロだと思い込み、それが強迫観念のようになっていました…。

 上記のあらすじは、冒頭の一篇「ぼくには敵がいた」の内容です。過去の猟奇的な犯罪が現代のパリで再現されるというミステリアスな物語で、大変魅力的なのですが、以降の連作ではこの続きが描かれるわけではありません。
 二篇目の「別の怪物」では、離婚して妻子とは別に暮らす「私」が、成長した息子フリオに会いにいくという、文芸的な内容になっています。三篇目の「お払い箱」は、また打って変わって、腹話術の最中の「私」が、かっての恋人レイエスとの恋の顛末を語るという物語。
 時間や場所、その形式やジャンルまでバラバラの短篇がランダムに並べられたようになっており、一貫した「物語」が読み取りにくい、断章の固まり、といった印象が強い作品となっています。
 ただ、短篇の語り手として共通するのは、腹話術師の男であるらしく、断片として提示される内容から、彼の人生を再構成してゆく、という面白みがありますね。

 また、時折現れる風変わりなエピソードがとても面白く、そのあたりも魅力です。冒頭の「ぼくには敵がいた」の他、「ぼく」の結婚生活が一日で破綻してしまうという「古い連れ合い」、失踪した後に整形して妻を監視し続ける男を描いた「展望台の塔」、作り話をし続けなければならないという信念を持つ父との死の床での触れ合いを描く「永遠の家」などは、単独のお話としても魅力的なエピソードとなっています。

 最も面白いのは「展望台の塔」でしょうか。ある日見知らぬ男から電話を受けた「ぼく」は、彼から奇妙な打ち明け話を聞かされます。妻から醜男だと馬鹿にされていた彼は突然失踪し、整形をしたうえで元の家の近くに隠れ住み、妻の様子を監視しているというのです。
 教えられた妻の家に、従兄弟のスゴイと共に訪れた「ぼく」は、妻の恋人がいるのに気が付きます。その男は整形した夫自身ではないのかと疑う「ぼく」でしたが…。
 隠れて妻のそばに隠れ住む男を描いたエピソードで、ナサニエル・ホーソーン「ウエイクフィールド」を思わせるお話になっています。一方、整形して再び妻の恋人になる(疑惑段階ではありますが)というモチーフは、マルセル・エーメ『第二の顔』を思わせますね。

 シリアスな文芸短篇、<奇妙な味>のジャンル小説風短篇、前衛的な語り口の断章と、様々な形の短篇が集められた作品集となっています。一貫したテーマを読み取るのは難しいのですが、あえて言うなら「現実と虚構」といったところなのでしょうか。
 前衛的な部分や文芸風の部分も含めて、文章は非常に読みやすいです。変わった味わいの短篇集として、読み応えのある本でした。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

2022年度新年のご挨拶
 2022年最初の更新になります。
 昨年は、後半に新型コロナの流行が落ち着きを見せ始めたと思ったら、新たな変異株が見つかり再流行の兆しが見えるなど、年末に至っても予断を許さない状況でした。ですが着実に状況は良くなっていることを感じていますので、前向きに活動を続けていきたいと思います。

 同人誌活動に関しては、現在、海外のファンタジー小説を紹介した『海外ファンタジー小説ブックガイド』の編集を進めています。紹介の機会の少ない童話集や単巻完結の作品など、商業ファンタジーガイド本とは違ったセレクションのガイドにできたらなと思っています。
 二分冊で出す予定です。一巻に関しては、春ごろまでに刊行できたら良いなと考えています。

 読書会に関しては、昨年度は結局一回しか開催できなかったので、少人数、対策を取った上で、開催頻度を上げていきたいなと考えています。以下はうっすら考えている課題書(の一部)です。

W・H・ホジスン『夜の声』
トーマス・オーウェン『黒い玉』
ディーノ・ブッツァーティ『神を見た犬』
M・R・ジェイムズ『消えた心臓/マグヌス伯爵』
スティーヴン・ミルハウザー『イン・ザ・ペニー・アーケード』
フリオ・コルタサル『悪魔の涎・追い求める男 他八篇』
シャーリイ・ジャクスン『丘の屋敷』
シャーリイ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』
イーディス・ネズビット『砂の妖精』
フィリパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』
アリソン・アトリー『時の旅人』
鼓直編『ラテンアメリカ怪談集』

 一回ぐらい児童書(もしくはファンタジー系統作品)で開催したいなとは考えています。一番やりたいのはイーディス・ネズビット作品ですが、やるとなると『砂の妖精』一択になってしまいますね。これと、何か別の作家の作品を組み合わせると面白くなるかなと検討中です。
 
 読書に関しては、昨年から引き続き、児童文学・ファンタジー系統の作品を中心にしながら、読み残しの名作にも手を出していきたいなと思ってます。全邦訳書を集めたタニス・リー作品も、少しづつ読み進めていきたいですね。

 今年度は、オリヴァー・オニオンズやW・F・ハーヴィ、イーディス・ウォートンの怪談集の刊行も予定されているそうで、怪奇幻想ファンにとっても良い年になりそうですね。

 それでは、今年もよろしくお願いいたします。


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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド 増補版』『奇妙な味の物語ブックガイド』『海外怪奇幻想小説ブックガイド1・2』『謎の物語ブックガイド』『海外ファンタジー小説ブックガイド1・2』を刊行。「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」も作成しました。



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