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眉村卓の短篇集を読む その2

それぞれの曲り角 (角川文庫) 文庫 – 1986/2/1


『それぞれの曲り角』(角川文庫)
 幻想小説的な作品が多く含まれた作品集です。

「映介」
 誰かと親しくなろうとすると、なぜかいつの間にかその人間が離れていってしまうという映介。親しい人間を作ろうと、とある酒場のマスターと知り合いになりますが…。
 よくあるといえばよくある違和感から始まる幻想小説。多用な解釈の取れる結末には余韻がありますね。

「ビルにいた女」
 フリーの仕事をしている松山は、かって「貸机」を借りていた弥平ビルに再び部屋を借りようと訪れます。そのビルの喫茶店のウェイトレスは、かって「貸机」時代に務めていた大久保信子でした。何年も経っているのに全く容姿の変わらない信子に松山は驚きますが…。
 不老かもしれない女性の登場する作品なのですが、その驚異よりも、主人公含むビジネスマンの感覚が古びていくことに対する諦観のほうが強く描かれるという異色作です。

「証明の機械」
 顧客のミドー電機から試作品として生理的な時間を計測するペースメーカーを預けられた広告代理店の柏井は、その機械に興味を持ちますが、妻や部下はあまり関心を持ちませんでした…。
 機械を題材に、生きるペースについて語られるという作品です。

「メタモの果て」
 数時間しか持たないものの、容貌の若返りを実現する「メタモ」手術の話を聞いた西田は「メタモ」を受けます。見た目が20代になった西田は酒場で若い女性に話しかけられますが…。
 容貌と年齢とのギャップをテーマにしています。見かけは若者ながら変に分別くさくなるという部分は面白いですね。

「途中下車」
 川西は会議のため、H市に向かう急行バスに乗りますが、腹痛のため途中下車します。バスが最終便だったため、ヒッチハイクをしようと考えますが、ようやく現れたのは柄の悪い若者たちでした…。
 一夜の散々な経験が、ある男の人生への自信を喪失させてしまう…という物語。読んでいて、非常に共感させるところのある作品ですね。

「楽あれば」
 定年になった酒井は、非常に保守的な考え方の男でした。今苦労しなければ後で楽はできない、という考えを持っていたのです。子供たちや、部下の若者たちが今を愉しむべきだというのに酒井は反感を覚えるのですが…。
 SF的な背景も登場するのですが、その実、人生に対する楽観的な考え方と悲観的な考え方を対比的に描くという作品になっています。なかなか考えさせるところのある作品です

「美形会社」
 高島は、上司の今池係長と共に顧客のアズサ産業を訪れます。そこは容貌で社員を選ぶという噂のある会社であり、実際美形の社員ばかりが在籍していました。エリート意識のある高島は、内心優越感を持ち、アズサ産業に軽蔑の念を抱くようになりますが…。
 容貌にこだわる会社を馬鹿にするものの、自分たちもある種の固定観念にとらわれているのではないか、という物語です。

「フォクスル工房」
 仕事がなかなか続かない青年佐藤順一は、女性だけで構成されるというフォクスル工房という会社に入社します。しかし唯一の男性社員である佐藤への要求は厳しいものでした…。
 ジェンダーについて書かれた作品といっていいでしょうか。先駆的な作品ですね。

「しつこい女」
 作家としてフリーになった早瀬圭吾のもとに、一学年下だったという野中という女から、突然会いたいという電話がかかってきます。断り続ける早瀬のもとに、やがて女は直接現れますが…。
 しつこく会いたいといい続ける女。理由を聞いても要領を得ないのです。今でいうところの「ストーカーもの」なのですが、結末で提示される幻想小説的な解釈は非常に面白いですね。

「残照のBコン」
 60を過ぎた松沢は、妻に言われ、同窓会に行く前に次男の会社に寄って息子の様子を見に行きます。次男が話す新しい技術や習慣に、松沢はついていけないものを感じますが…。
 時代の変遷についていけないという思いを抱える初老男性の物語です。この手のテーマに対して、ネガティブな結末をつけることが多い著者なのですが、本篇に関しては、珍しくポジティブな結末になっているのが目を惹きますね。



C席の客 (角川文庫 緑 357-1) 文庫 – 1973/10/1


『C席の客』(角川文庫)
 味わいのある作品が多く収められています。

 アフリカのQ国の民芸品を売るために現地の言葉を覚えようとする男を描く「特訓」、交通事故から全快した後に狂ったように働き始める男を描いた「成功者」、無表情で人間味のない倉庫番の物語「倉庫係」、署名をしたばかりに人類を救済することを執拗に求められる「災難」、残業中にビル内に閉じ込められてしまうという「ビルの中」、上司との出張旅行中に奇怪な人物に注意を奪われるという「C席の客」、現代最高の知識を植え込まれたロボットを描く「知識ロボット」、人工冬眠から蘇った男が見た未来は過激な競争社会だったという「蘇生」、地球を訪れた宇宙人が公害で死んでしまうという「来訪者」、オフィスと住宅を含む巨大なビル内に住む男の物語「職住密着」、夜行列車で見知らぬ男から自分の未来を告げられる「夜行列車」、カレーばかり食べる先輩社員の物語「ミスター・力レー」、天才的な発明家であり実業家である男から催眠術で意欲を引き出してほしいと頼まれる男を描く「意欲」、工場の自動制御室に現れるという幽霊を描いた「監視員」、人類には知覚できない未知の生物を発見したと称する少年を描いた「土地成金」、大脳の働きを一時的に促進する薬を描いた「自衛剤」、あらゆる物質を分解する武器を拾った男の物語「拾得物」、人のほとんどいない出勤風景に不安を覚える男を描いた「出勤」などを面白く読みました。

 一番印象に残ったのは、「成功者」でしょうか。
 命に関わる交通事故から運良く生還した男は、仕事に復帰してがむしゃらに仕事に邁進します。妻子との距離が開くのも構わず働き続けた男は、経済的に成功し、やがて政治家として権力をも手に入れます…。
 家庭も顧みず成功を手に入れた男の人生が実は…だった、というストーリー。人生の空しさを示すオチだと思うのですが、それを更に別の角度から眺める視点があり、掌編ながら奥行きのある作品になっています。

 あと、「出勤」も今の状況(コロナ禍)で読むと味わい深いです。
 毎日猛烈な通勤ラッシュで出勤している男は、その日、異様に人が少ないことに気がつきます。電車の空席に驚いた彼は不安になり、仕事中にもミスをしてしまいます。
 翌朝家を出た男は、いつもどおりの通勤ラッシュに対して、嬉しさがこみ上げてくるのを感じる…という物語。
 通勤ラッシュは、「日常」の象徴なのでしょうか。作者は皮肉を込めて書いたのだと思いますが、現在の現実の状況でこの作品を読むと、何とも複雑な気分になりますね。



あの真珠色の朝を… (角川文庫) 文庫 – 1974/9/1


『あの真珠色の朝を…』(角川文庫)
 幻想味の強い作品集です。

「あの真珠色の朝を…」
 シナリオライターの岩上は、深夜のスナックでディレクターから翌朝の会議に出てほしいと依頼されます。しかし目が覚めるとすでに午後になっていました。妻になぜ起こしてくれなかったのかと詰問する岩上でしたが、彼は起こしても全く起きなかったというのです…。
 「深夜族」は朝に起きられない…ということを、文字通りSF的に解釈した物語。結末には、ある種の戦慄がありますね。

「魔力」
 松岡は、以前つきあっていたクミから送られてきたネクタイを締めてみます。松岡は、奔放で結婚にこだわらないクミと別れて今の妻と結婚したのです。ネクタイを締めた途端生まれ変わったような気分になった松岡は、仕事でも目覚ましい成果を上げます。
 やがて毎日のように同じネクタイをしていきますが、よれよれになったネクタイを見て周囲の人間は訝しむようになります…。
 「魔法のアイテム」をテーマにしていますが、それを現実社会で付け続けるとどうなるのか? をある意味、愚直に表現したユニークな作品です。

「真昼の断層」
 小説を書き始め、ついに本を出すまでになった「ぼく」は、かって赴任していた岡山の工場に出張することになります。久しぶりにあった現地の人々に自分が出した本を見せ、それを書いたのは自分だと話しますが、彼らは冗談だと思い、取り合ってくれません…。
 よくあると言えばよくある光景から、やがて現実がねじまげられてしまう…という作品。一種の恐怖小説といえるでしょうか。

「狂った夜明け」
 ラジオ局での放送を終え、スタジオの外に出た永田と大島は、周囲の様子がおかしいことに気づきます。人気のない局内で、二人は突然ピストルを持った男と出会います。咄嗟に男を倒した大島は、逃げなければ殺されると話しますが…。
 突如、別の時空に飛ばされてしまうという物語。短めながらハラハラドキドキ感があります。ディストピア的な要素も強めですね。

「教えてくれ」
 出張先の小さな町で、見世物を見物していた圭吾は、芝居を含め周囲の人物がやたらと「この世の終わり」について話すのを聞き怪訝に思います。会社に戻ったものの、同僚たちも同じ諦観に囚われており、課長に至っては飛び降り自殺をしてしまったというのですが…。
 世界中の人間が世界が滅ぶことを信じるようになる、という終末幻想小説。不安をあおるような作品で、どこかディーノ・ブッツァーティを思わせるような味わいがありますね。

「錯視症」
 世間では奇妙な「錯視症」が流行っていました。千円札の形をした白紙が千円札に見えるというのです。やがてそうした人間が大多数になるなか、教師の柴田は「錯視症」にかからない少数派の人間になっていました。どうやら金に執着のない人間は「錯視症」にかかりにくいらしいのですが…。
 白紙が紙幣に見える病気が広まる、というユニークなアイディアの作品。錯覚ではあるものの、偽物が本物に見える人間が大多数になった結果、偽物も普通の紙幣として流通するようになる…という展開には、どこか紙幣制度の本質的なところをついているようにな感じもありますね。

「ブルー・ブラック」
 広告会社の新人コピーライター山崎が出すコピーは秀逸なものと社内では評価され、T工業の仕事を任されることになります。会心の出来だと提出したコピーでしたが、T工業側からクレームがついてしまいます。
 同行した山崎が、改めて相手の目の前で書いたコピーは、なぜか気に入られますが…。
人の心を捉える書体を持つ男を描いた物語です。魔力を持つ書体もすぐに飽きられてしまう…という、消費の早い現代社会の諷刺となっています。

「工場」
 作家として食べられるようになった「ぼく」は、かってサラリーマンとして過ごした会社の工場を訪ねて、かっての上司や同僚に会ってみようと思い立ちます。しかし、守衛に始まり、工場の人間は彼に対して冷たい態度を取ってきます…。
 思いもせず痛い目に合ってしまう男を描いた作品です。結末で、その不条理な状況に主人公は解釈をつけるのですが、それよりも不条理感が上回っており、その味わいは恐怖小説に近くなっています。

「マリオネット」
 仕事に関しては如才ないものの、世間知らずとして馬鹿にされる先輩の栗田と飲みにいくことになった「ぼく」は、路地裏の「マリオネット」という店を訪れます。そこは、芸能人や、作家などのアウトサイダーたちが集まる店でした。
 店に入った途端、栗田は周りの人々から温かく迎えられます。やがて栗田の物腰がいつもと全く違うものになっていくのに「ぼく」は驚きますが…。
 朴念仁の男が実は…という不思議な味わいの物語です。



疲れた社員たち (双葉文庫) 文庫 – 2014/5/15


『疲れた社員たち』(ケイブンシャ文庫)
 サラリーマンや会社生活をテーマにしたSF・幻想小説集です。

 不治の病を治すため冷凍睡眠し未来に目覚めた男がその社会にとまどうという「ふさわしい職業」、会社生活に浸かった男が旧友によって奇妙な生物に出会うという「まぶしい朝陽」、律令の位階のような肩書きを使用する会社に戸惑う新入社員の物語「従八位ニ叙ス」、平社員で五十歳を迎えた男がテレパシー能力に目覚めるという「知名・五十歳」、急に知覚が鋭敏になった中年サラリーマンを描いた「授かりもの」、見知らぬ青年によって過去に別の選択をした別次元の自分に出会う「思いがけない出会い」、干されてしまった先輩社員が配属された開発専門室はこの世界には存在しなかったという「社屋の中」、フリーの仕事をしている旧友に仲間とシェアしている部屋に招かれたサラリーマンの奇妙な体験を描く「ペンルーム」の8篇を収録しています。

 眉村卓作品では、サラリーマンや会社員生活がテーマにした作品が多いので、わざわざ「サラリーマン小説集」と銘打たなくても良さそうな気はしますが、読んでみると本書は確かにサラリーマン要素がほかの作品集よりも強めになっています。
 大体において、中年を過ぎたサラリーマンがある日不思議な体験をしますが、その結果が良いものであれ、悪いものであれ、結局それを受け入れて、生活を続けてゆく…というパターンの作品が多くなっています。ある種の「諦観」がそこにあるわけですが、不思議とその後味は悪くありません。
 中で特に面白く読んだのは、「知命・五十歳」「授かりもの」「思いがけない出会い」などでしょうか。

 「知命・五十歳」は、平社員のまま五十歳になった主人公が飲み友達の忠告に従い、その立場をあるがまま受け入れた途端にテレパシー能力に目覚めるという物語。
 しかし、そのテレパシーで人の意識を読み取りすぎると、傲慢になってしまい能力が失われるので、そうならないよう、一生懸命謙虚になろうとする…というちょっと倒錯したお話です。

 「授かりもの」は、ある日知覚や感覚が鋭敏になった男が主人公。彼には他の人間の言動や行動が遅く見えるのです。これを利用して、素早いプレゼンをしようとするものの、誰も何を言っているかわからない…というのが笑えますね。

 「思いがけない出会い」はパラレルワールドもの。ある日、岡本は会社を訪れた見知らぬ青年から呼び出され、人の命がかかっていると脅されるまま、彼の後についていきますが、そこには自分そっくりで、名前も年齢も同じ人物がいました。
 その男は、岡本が人生である決断をしたときに枝分かれしたもう一人の自分だというのですが…。
 もう一人の自分が現れたときに世界はどうなってしまうのか? これはなかなか予想のつかない展開で面白い作品ですね。

 元本の出版は1980年代初め、タイトル通り「疲れた社員たち」が沢山出てくる作品集なのですが、そこで描かれた会社員生活が、今でも通用する普遍的な要素を持っていることに驚きます。文字通り「疲れた社員たち」に薦めたい作品集になっていますね。
 2014年に『疲れた社員たち』(双葉文庫)として再刊されており、こちらの方が手に入りやすいかと思います。



幻の季節 (ケイブンシャ文庫) 文庫 – 1984/10/1


眉村卓『幻の季節』(ケイブンシャ文庫)
 「旅」と「幻の女」をテーマにした幻想小説集です。

 ホテルに缶詰になった作家が、死んだはずのかっての同人仲間の女性に出会う「ホテルたかのは」、お寺めぐりに熱中している女性の分身が寺に現れるという「浄瑠璃寺・夏」、旅先で訪れた飲み屋の女主人の過去が幻想となって再現されるという「黒いドアの店」、ダムを訪れた男が行きずりの女と出会う「ダムで会った女」、海水浴に訪れた男が妖かしのものに化かされるという「浜詰海岸」、希望が持てなくなった中年男性が若いころを過ごした町を訪れる「遠い日の町」、文章仕事のため訪れた田舎町から別世界に紛れ込んでしまうという「乗せられた旅」、旅先で画家の男に取り憑く女の霊が見えるようになった学生を描く「旅で得たもの」、自信を喪失した作家が旅先の不思議な経験を通して自己を取り戻すという「照りかげりの旅」の9篇を収録しています。

 かなりテーマが統一された作品集になっています。自信を喪失したり、うだつのあがらなくなった中年男性が、旅に出かけ、そこで不思議な女性と出会う…というのが基本的なストーリーラインでしょうか。
 その女性は幻だったり、幽霊だったり、妖怪だったりと様々ですが、どれもシンプルな味わいの作品が多くなっています。シンプル過ぎて物足りない作品もままあるのですが、中では、妖怪に化かされる話を現代風にアレンジした「浜詰海岸」、主人公の仕事内容が詳細に描写され、その仕事過程の面白さで読ませるのかと思わせる矢先に、急にどんでん返しが起きる幻想作品「乗せられた旅」、ユーモアのあふれる幽霊物語「旅で得たもの」などが、印象に残ります。
 幻想要素が非常に強く、純幻想小説集といっていい短篇集かと思います。



おしゃべり各駅停車 (角川文庫 (5756)) 文庫 – 1984/6/1


眉村卓『おしゃべり各駅停車』(角川文庫)

 SF味の強いショート・ショート集です。
 毎回、編集者からテーマが提案され、そのテーマに沿った作品を書くという縛りで創作された作品集です。全部で22編のショート・ショートが収録されているのですが、それぞれに前説というかエッセイ的な文章がついています。前説の方もテーマに沿った内容ですが、肩の凝らない軽い読み物になっていて楽しめますね。
 また、もう一つの縛りとして、ショート・ショートは、前回の作品と何かしらつながりのある形にする…という条件が提示されています。こちらは前回の作品の登場人物名を別の形で再利用するという程度で、あまり機能していないようではあります。

 ほとんどの作品が未来社会や別の惑星、異星人など、本格SF的な装いの作品になっています。中では、異星人によって生体爆弾が作られるという「キャッチボール」、男性と別れた過去を修正しようとタイム・トラベルする女を描いた「遁走曲」、互いに体を損傷するまでの遊びを繰り返す戦闘員を描いた「戦闘員」、宇宙船が破壊され死を待つばかりの男に高次元の存在から声がかかるという「勧誘」、異星人の芸術を改変せずに味わいたいという大衆がデモを起こす「本物の異星人」、独自の風習を持つ異星人との折衝のためにロボット相手にシミュレーションをするという「折衝の手段」、儀礼や儀式が異常に発達した異星人の文化を描く「レイサンで」、過去のある時代に突入するため、タイムパトロール員がその時代の電機自動車の操作を必死で学ぶという「パトロール候補生」、人々が時間の観念を忘却してしまった時代を描く「スナイル」、飛び抜けた超能力を持ちながらそれが社会には受け入れられないという「能力」、念力が当たり前になった時代にそれを封じる能力を持つ人々が迫害されるという「地下室で」、荒廃した世界で定住を求めてさすらう家族を描いた「さすらいびと」などが面白い作品です。

 「遁走曲」の前説では、メイ・シンクレアの名作怪奇小説「胸の日は消えず」が言及されており、怪奇党としては嬉しくなってしまいました。



ふつうの家族―ショート・ショート (角川文庫 (5620)) 文庫 – 1984/2/1


眉村卓『ふつうの家族』(角川文庫)

 ある家族に起きる不思議な出来事を描いた、連作ショート・ショートです。
 荒川清治と和子の夫婦と、息子である大学生の幹夫と中学生の信夫、4人家族の荒川家に起こる不思議な出来事が描かれていくという、ファンタスティックな作品です。
彼らに起こる出来事は様々で、超自然的な現象もあれば、SF的な現象もあり、不条理な出来事もありと、バラエティに富んでいます。
 荒川家の人々は、何が起きてもすんなり受け入れてしまうのが特徴で、現象によって具体的な困難が起こる場合は別として、現象がいかに不可思議でも、それを受け入れてしまいます。ファンタスティックではありながら、どこかのんびりとした空気感が魅力ですね。一話完結のこともあれば、話が何話か連続した続きものになることもあります。

 入れたお金が異次元で利子がついて戻ってくる箱を描いた「変な箱」、戦前の警官が突然現れる「警官」、瞬間移動のできる少年の物語「瞬間移動」、花の写生の最中に女性の顔が浮かび上がるという「スケッチ」、戦前の切符を手に入れた同僚が消えてしまう「切符」、何者かがクラスメイトのふりをして現れる「釣りに行こう」、異次元に飛ばされてしまった幹夫の救出劇を描く「救出」、時間の感覚が狂ってしまうという「盆踊り」、荒川氏が会社ごと異空間に飛ばされてしまうという「隔離」などが面白いですね。

 連作になっている「隔離」は特に面白いです。
 会社で仕事を始めたものの、電話がどこにもつながらないことに不思議がる社員たちは、部屋の外が何もない空間になっていることに気づきます。どこにも行けないことを確認した社員たちは、手持ちの食料を探して持ちこたえようとしますが、ろくな食料はありません。
 そんななか、中途採用された山岸は「ペンネストール」という名の非常食を皆に配り始めます。一方、荒川家では、訪ねてきた見知らぬ男が「ペンネストール」について質問を繰り返していました…。
 異空間でのサバイバルを描いた不条理SF作品で、集中でも魅力のある作品になっています。

 毎話、何が起こるか分からない、という不条理度の高い作品集です。その意味で、タイトルの「ふつうの家族」には皮肉が効いています。
 ちょっとカラーは異なるのですが、どこか、ジョーン・エイキンの<アーミテージ一家シリーズ>に似た味わいもありますね。



白い小箱 (角川文庫 緑 357-38) 文庫 – 1983/7/1


眉村卓『白い小箱』(角川文庫)
<奇妙な味>の作品が多く集められた作品集です。

「走馬灯」
 大西は、近頃の若者について違和感を抱いていました。数年前までの若者は、年配者にとって理解できないまでも、そうした態度をはっきりと見せていました。しかしこのところの若者は表面上は従順なまでも、それが本心とはとても思えないような不気味さを秘めていました。
 やがて、若者たちの不可解な態度が目に付くようになりますが…。
 いわゆる「世代の断絶」を寓話的に描いた作品です。若者たちの言葉が本当に別の言語のようにしか聞こえない、というのが、極端にデフォルメされて描かれるところが面白いですね。

「執筆許可証」
 会社勤めをしながら作家を目指していた吉田公平は、ある新人賞に入選し、二作目を注文されますが、なかなか書き上げることができません。彼は都内のホテルでカンヅメになって書こうと考えます。ホテルのレストランバーにはひとけがなく、トイレに入ると反対側にもドアがありました。
 そこを抜けると、なぜか先ほどのレストランバーが見え、そこには客が何人も入っていました。原稿を見ていると、周囲の客がそれに関心を示し始めます。彼らもまた物書きだというのですが、「執筆許可証」を取り上げられたため書くことができないというのです…。
 未来の世界なのかパラレルワールドなのか、執筆が禁止された世界に入り込んでしまった作家の卵の男を描く物語です。いわゆるディストピア社会のようなのですが、その世界を垣間見た作家が自信をなくしてしまう…という結末には著者らしい無常観が感じられますね。

「自動化都市」
 情報整理供給会社の第一級解説員シオダは、通信で仕事を依頼されるのが常でした。ただスピーカーの声が誰の声なのかは分かりません。妻と息子はセカンドハウスに行っていましたが、シオダ本人は遠いため一回も行ったことがないのです。
 忙しいなか、さらに連続して仕事の依頼が入ってきますが…。
情報通信が極限まで達した未来社会を描いた作品です。非人間的な生活を強要される人間たちが描かれています。

「厄介者」
 新聞の記事に山田信夫という名前を見つけた石原は、それがかつての部下だと確信します。山田は能力はありながら、自己演出に余念がない男でした。自分が目立つことばかり考える彼はだんだんと周りから干されていきます。
 会社旅行で海水浴に出かけた際、山田は石原との間に決定的な軋轢を起こすことになりますが…。
 目立ちたがり屋の青年の心の内とは…? 平凡な人生よりも壮烈な人生を求めるべきなのか。人間の「生き方」について考えさせる作品になっていますね。

「出て下さい」
 勤務中にテレビに出てほしいという勧誘の電話を受けた前田は、それを断ります。退社後も直接勧誘を繰り返す男の態度に押されてOKしてしまいますが、連れていかれたのは、得体の知れない円錐形の構造物の中でした…。
 テレビ出演を強要された男が連れていかれたのは得体の知れない場所だった…というSF作品です。生物の心理的な恐怖を投影する、という仕組みは、レムの『ソラリス』を思わせますね。

「おお、マイホーム」
 駅が遠く、場所も不便なために不人気な11階建てのマンション。予算の関係からそのマンションの最上階の2LDKしか買えなかった夫婦はしかし、それでもマイホームを手に入れたと喜んでいました。しかしこのところ11階に不審な人物が現れることがたびたび起こっていました。
 ある日現れたギャングそっくりな男はピストルをかざして襲ってきますが…。
 部屋から追い出そうと、妖怪変化の類いに襲われ続ける夫婦を描いた作品です。脅すどころか実際に命の危険があるレベルで襲ってくるのが怖いですね。しかし現実的な脅威にも関わらず、マイホームを守ろうと覚悟を固める夫婦の姿にはインパクトがあります。

「彼をたずねて……」
 平凡なサラリーマンの「ぼく」は、刺激を求めて「冒険家クラブ」に入会します。それは冒険的な仕事を斡旋し、仕事に対して報酬も出るというクラブでした。ローン返済のため高額の報酬の仕事を求めたところ、L国にいるケイ・カズハラという人物に、密封した書類を届けるという仕事を紹介されます…。
 報酬と冒険を兼ねた仕事を紹介された男が、思いもかけない体験をするという、冒険小説的な味わいも強い作品です。ただその冒険自体の目的はそんなにロマンティックなものではなく、スケールが途端に小さくなってしまう…というところには、妙な味わいがありますね。

「待っていた奴」
 「冒険家クラブ」の新人会員の「ぼく」は、担当のWから仕事を引き受けます。その内容は、川べりで三日間キャンプをして監視を行ってほしいというものでした。その川は自殺の名所の滝につながっており、投身しても気を失うだけで流されてくる者も多いため、そこで救助できる可能性も高いというのです…。
 「彼をたずねて……」同様、「冒険家クラブ」斡旋による「冒険」が描かれます。人助けではありながら、当人のモチベーションにとってマイナスな事情が明かされる、という部分は面白いですね。

「白い小箱」
「アレンジボール」で大勝した広川俊文は、景品交換所で白く塗られたラジオ機を見つけ、それを持って帰ります。聞いてみると、女性の声で、聞いている人に自信を与えるようなメッセージが語られているのです。自分に向けて発せられているかのようにも聞こえるメッセージに鼓舞されて、俊文は、会社でも積極的に行動するようになります。やがて高嶺の花だった小杉ルミまでもが彼に関心を示すようになりますが…。
 自分のために発せられたとしか思えないメッセージによって積極的になった男を描く物語です。いろいろ行動してみるものの、逆効果になってしまうというあたり、日本のサラリーマン社会の諷刺にもなっていますね。

「遠慮のない町」
 高井の家に、友人の山田から封書が届きます。桃源市という場所にいるという山田は助けてほしいと書いていました。彼は旅行に行くといって何ヶ月も消息を絶っていたのです。桃源市を訪れた高井は、市に入るなり黄色い羽根を渡され、それをつけておいてほしいと依頼されます。
 しかし高井がメイン・ストリートから外に出ようとすると、現地の人間に止められてしまうのです。黄色い羽根が原因だと思い当たった高井は、羽根を外して外に出ていきますが…。
 「遠慮のない町」を訪れた男を描く作品です。遠慮がなさすぎて暴力までもが容認されるという町が登場します。主人公は無事に町を出ることができるのか、というところでサスペンス味もありますね。

「迷路の町」
 自動車で旅行中の哲男と妻の扶二子は、ふとしたことから風見町で一泊することになります。田舎のはずの町の情景が意外にも近代的なのに驚く二人でしたが、さらにこの町ではちょうど迷路大会が開催されるということで、あちこちでバリケードが築かれていました。
 大量の参加者がいるために宿泊場所も残っていません。大会に参加する代わりに宿泊場所を提供するという話を聞いて、夫婦は大会に参加することにしますが…。
 ひょんなことから迷路大会に参加することになった夫婦を描いています。ファンタスティックな香りのする題材を扱っていながら、極めて現実的な結末が訪れるところがユニークな作品になっています。



ショートショート ぼくの砂時計 (講談社文庫) Kindle版


眉村卓『ぼくの砂時計』(講談社文庫)

 バラエティに富んだショートショート作品集です。

 地下鉄の階段を上がるとそこは異世界だったという「階段をあがると……」、コンピュータのミスで殺人の記録をつけられてしまうという「公園」、買収に応じない老人の持つ山の秘密を描いた「山」、異性の気をひくために催眠術で音楽と人を結び付けようとする「催眠術」、そばの家に行くのに長い距離を経なければならない町を描いた「高層アパート」、一生に一度しか生き物を与えられない世界を描いた「虫」、人生の苦しいときに地下街に現れる女性を描いた「地下街の女神」、催眠術で記憶を消し自宅を初めて訪れるように感じさせるという「おかしな旅行」、囲碁のライバルが読心術者としか思えないという「読心力?」、飛行機恐怖症の男を救う秘策を描いた「助けてくれ」、全く新しい調査予測の方法を描く「新公式」、建て直しに反対し団地に籠城する老人を描いた「執念」、あらゆる地位が身元引受人によって決まる社会の物語「身元引受証明」、会社で働くイヌが出来心を起こして変装してみるという寓話的な「社員」などを面白く読みました。

 一番印象に残ったのは「執念」でしょうか。
 その老人は、古びた公団住宅の建て直しに反対し、ひとり立てこもっていました。強行するならば、爆弾で一帯を吹っ飛ばすというのです。しかし老人の友人に聞いたところ、老人は寝たきりのはずだというのです。しかも彼は自分そっくりのロボットを作る計画を話していたともいいます。老人はもしかしてロボットなのではないか? また爆弾ははったりなのではないか? 工事の関係者たちは困惑することになりますが…。
 工事を邪魔する老人の爆発物の話は本当なのか、そもそも老人自体がロボットなのではないか? という疑問が持ち上がり、工事を強行するべきなのかどうか、関係者たちが悩むという、リドル・ストーリー的な作品です。
 老人が本人であるにせよ、ロボットであるにせよ、そこには「執念」がある、というテーマで、面白い作品になっていますね。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

閉ざされた世界  小林泰三『未来からの脱出』

未来からの脱出 単行本 – 2020/8/26


 小林泰三の長篇『未来からの脱出』(KADOKAWA)は、自分たちが記憶をなくし監禁されていることに気付いた老人たちが、施設らしき場所から逃走しようとするSFサスペンス作品です。

 100歳近い老人のサブロウは、森に囲まれた老人ホームらしき施設で暮らしていましたが、ふと、自分は何者でいつ入所したのかも曖昧なことに気がつきます。同じ入居者に聞いてみても、誰もがまともな記憶を持っていません。また職員たちにはほとんど言葉が通じず、外国語のような言葉を喋る一方でした。
 不審に思ったサブロウが調べる内に、謎の「協力者」からのメッセージが見つかります。メッセージから、ここが監獄であり、逃げる必要があると考えたサブロウは、同居者の中から、それぞれ能力に優れる人員を仲間とするため、探し出すことになります。
 人間関係に長けたエリザ、深い洞察力を持つドック、機械に詳しいミッチなど、仲間を手に入れたサブロウは監視者たちの目を逃れながら、施設からの脱出計画を立ち上げることになりますが…。

 何者かによって監禁されていることに気付いた老人四人組が、謎の施設から脱出を図るというサスペンス作品です。入居者たちの記憶が消されている、もしくは封印されていることや、職員たちにほとんど意思が通じないこと、施設には様々なテクノロジーが使われていることなどから、大がかりな陰謀が企まれていると考えたサブロウたちは、知恵を絞って脱出計画を練ることになります。
 老齢ゆえの認知症なのか、人為的な記憶障害なのか、原因ははっきりしないものの、主人公たちには過去の記憶のみならず、施設や入居することになった理由なども分からないため、手探りで事実を探っていくことになります。謎の「協力者」が残したメッセージから推測したり、実際に行動範囲を広げてルールや事実を確認していく過程にはサスペンスが溢れていますね。
 主人公たちが皆、百歳近い老人だけに、移動は主に車椅子、しかもその車椅子も電動機械だけに施設の者たちの手が入っている可能性があったりと、彼らの行動も制限されているところにも緊迫感があります。

 元機械技術者の女性ミッチが機械を改造したり、異常なほどの洞察力を持つドックの論理的な推理により事態の打開を図るなど、老人とは思えない行動力を発揮する様が楽しいです。能力的には特別なものを持たないものの、人間さばきに優れる「ヒロイン」エリザ、そして好奇心と意思力に優れたサブロウと、主人公四人はそれぞれ独自の個性が与えられています。
 調査を進めていくうちに、今いる場所が「現在」ではないこと、世界の作り自体が彼らの知るものではなくなっていることなどが判明していくことになります。
そこで明かされる世界観は異様なもので、飽くまで現実的なサスペンスだと思っていた物語が、俄然SF味を強めていくことにもなります。その後も何度もひっくり返しが行われ、物語も二転三転していく流れには驚かされますね。
 さらに後半では、密室殺人が登場したり、「ロボット三原則」が登場したりと、様々な要素が入り乱れる、ジャンルミックス的な作品となっています。

 現実とは思えない事態に遭遇しても、動揺せずに理詰めで対応してしまうという、この著者特有の癖のあるキャラクター描写もあまり嫌みになっていません。不条理度の高い舞台設定とそれらのキャラクターが上手く噛み合っている感じがあるからでしょうか。
 主人公キャラたちの中でも特に異彩を放つのがドック。記憶を完全に失いつつも、飽くまで論理のみによって、ありえない事態を推測するというドックのキャラクターには強烈なインパクトがありますね。
 主人公の仄かなロマンスも登場するのですが、それをぶちこわしにしてしまう後半の展開も、いい意味での「悪趣味さ」に溢れています。著者の元々の持ち味であるアクの強さと、洗練された物語展開が結びついており、非常に楽しい作品になっています。
 本作は著者の遺作となった作品です。近作はどれも円熟味を加えたエンターテインメントが多かっただけに、早逝が惜しまれますね。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

「奇怪」な事件  阿澄思惟『忌録: document X』

忌録: document X Kindle版


 阿澄思惟『忌録: document X』(Amazon Kindle)は、四つの奇怪な事件が、様々な資料やメディアを通じて取り上げられていくという、ドキュメンタリー風味のホラー小説です。

 一人の少女が神隠しとしか思えない失踪をし、両親が彼女の行方を探すために霊能力者に交霊を依頼するという「みさき」、人間の眼球をくり抜いて自らも命を絶った男の所持品から発見された護符によって多数の人間が昏睡状態に陥ってしまうという「光子菩薩」、沖縄県糸満市に存在する幽霊屋敷に移住した家族が呪われてしまうという「忌避(仮)」、一人暮らしをするようになった女子大生が住んでいたのは霊にとりつかれたマンションだったという「綾のーと。」の四篇から構成されています。

 それぞれのエピソードが「物語」として単線的に語られるのではなく、関係者の証言や資料、メールやブログ、果ては動画など、様々なメディアを通して「事実」が断片的に提示されます。読者がそれらから「物語」を再構成しなければならないのですが、提示される資料が断片的であること、人間が語る内容に関しては、誤解、もしくは捏造がまじっているらしいこともあり、真相をなかなか掴むことができません。

 最も物語が分かりやすいのは「光子菩薩」でしょうか。人間の眼球をくり抜き自らも命を絶った"谷中の眼球くりぬき魔"満田敏夫の所持品から見つかったのは、光子菩薩という奇怪な仏が描かれた護符でした。護符を目にした人間は、数日のうちに急速に認知能力を失い、最後には回復の見込みのない昏睡状態に陥ってしまうのです。研究者たちは、人体実験を行い護符の効果を解明しようとしますが…。
 見た人間を昏睡状態に陥らせる謎の護符について描かれた作品で、四篇のうち、最もフィクション度が高くなっています。護符はともかく、それを研究する研究者たちが、平気で人体実験を行っていることからも、この世界が「現実世界」なのか疑わせる節があり、不気味かつ不条理な作品となっています。

 恐怖度が高いのは「忌避(仮)」。沖縄に移住した家族が住み始めたのは呪われた幽霊屋敷でした。娘にかかった呪いを解くために霊能力者の力を借りますが、その力は人間の手に負えるものではありませんでした…。
 登場する呪いの力が強力で、クライマックスで顕現するシーンはまさに地獄絵図。これは強烈です。

 それぞれのエピソードが電子書籍ならではの演出・アイディアを施されているのも面白いです。文章中に突然記事や地図の画像が挟まれたり、ショッキングな内容があるためにページを飛ばすことができる仕掛けがあったりします。
 最も演出が凝っているのは四話目の「綾のーと。」です。女子大生が霊に憑かれたマンションに住み始め、精神のバランスを崩していく、という話なのですが、このヒロインがブログを書いているという設定で、そのブログそのものの画面が表示されていくという趣向。しかも現実のネット上に、そのブログが実在している、というのがすごいです。
 霊現象を記録しようとヒロインが撮影した動画がYouTubeに投稿され、実際に電子書籍上からリンクを通してその動画を見ることまでできてしまいます。
 オカルティックな内容を扱っているので、実際読者がどの程度リアリティを感じるかは別として、多様なメディア形式を使うことによって、作品内の「リアリティ」が高められる仕組みになっていますね。

 人間が語り手となるパートでも、それらが本当に真実を語っているのかは分かりません。オカルトとして語られている事件が、実は人間の犯罪である可能性が示唆されることもあったりと、読者が想像する楽しみが多分に残されている作品で、積極的に「妄想」を楽しめる作品ともいえるでしょうか。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

優しすぎる男  ウォルター・テヴィス『地球に落ちて来た男』

地球に落ちて来た男 単行本 – 2003/11/29


 ウォルター・テヴィス『地球に落ちて来た男』(古沢 嘉通訳 扶桑社)は、ある目的のため異星から地球にやってきた宇宙人の男、彼の地球での生活をその孤独感と共に描いたSF作品です。

 1985年、アメリカの小さな町に現れた男性トマス・ジェローム・ニュートンは、見かけこそ人間でしたが、その正体は地球から遠く離れた星アンシアからやってきた異星人でした。彼はある目的のため、地球上で莫大な富を蓄えようとします。弁護士のファーンズワースの力を借りたニュートンは、会社を設立し、地球よりも進んだ母星での技術を使い、様々な新製品を作り出します。
 一方、化学者ネイサン・ブライスは、W・E・コーポレーションなる会社から発売された新型フィルムに従来の技術が使われておらず、全く新しい技術が使用されていることに気づき、その会社と発明者であるニュートンに不審の念を抱いていました…。

 異星からやってきた宇宙人の男ニュートンが地球人に化け、ある目的のために富を蓄え始める…というお話なのですが、ニュートン自身、そして彼の背後にいるアンシア人たちには、悪い意図はなく、むしろ善意を持ってやってきているのです。
 最初は侵略の意図も頭に浮かんだブライスでしたが、ニュートンのことを知るにつけ、その考えは消え、むしろ彼との間に奇妙な友情が生まれていくというのも面白いところですね。
 そもそもニュートン自身の体は非常に虚弱で、地球上では普通の人間よりも遥かに弱い耐性しか持っていません。エレベータに乗った圧力だけで、内臓にダメージを受け、骨が折れてしまうほど。さらに精神もタフではなく、同胞もいない地球での生活から、心も病んでしまいます。
 やがてアルコール中毒にもなってしまうのですが、ここにはアルコールやドラッグの依存症であったという作者テヴィスの自画像も反映されているようです。

 主人公ニュートンが宇宙人でありながら、人間よりも人間的に描かれているのが特徴です。人間のふりをしていても実際には人間ではなく、幾人かの地球人とコミュニケートをしたとしても、それは本当のコミュニケーションではない…。
 作中を通して、ニュートンの孤独感と絶望感が深まっていく様が描かれており、それは結局解消されることがないのです。

 ニュートンと近くで触れ合うことになる人物として描かれるのが、化学者のブライスと、ニュートンの家政婦となる女性ベティ=ジョーです。
 妻を亡くし、仕事にも生きがいを見いだせなくなりつつあったブライス、貧困からなげやりになっていたベティ=ジョー。人間である二人には、ニュートンとの関わり合いを通して救いがもたらされるのですが、肝心のニュートン本人にはそれが訪れません。
 後半では、彼の意図を曲解した人々によって、ニュートンには破滅的な結果がもたらされてしまうことにもなります。彼の挫折と共に、アンシア、そして地球にも滅亡の危機が訪れる可能性が示唆されますが、当の地球人たちはそれを気づきさえしないのです。

 異星人や宇宙人を描くのに、ここまでその内面を情緒豊かに描いた作品はあまりないのではないでしょうか。ニュートンの地球への落下が、ブリューゲルの「イカロスの墜落のある風景」になぞらえられるなど、作品自体の手触りにも詩的な美しさがあります。
 絶望の底にいるニュートンにかすかな「慰め」と「救い」がもたらされるラストの情景にも感動がありますね。感性豊かな幻想SF小説として、魅力的な作品かと思います。

 扶桑社版は絶版ですが、2017年に二見書房から復刊されており、こちらはまだ入手可能です。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

本と物語の国  ジョン・コナリー『キャクストン私設図書館』

キャクストン私設図書館 単行本 – 2021/5/19


 ジョン・コナリー『キャクストン私設図書館』(田内志文訳 東京創元社)は、本や物語をテーマとしたファンタジーとホラーを四篇収録した作品集です。

「キャクストン私設図書館」
 ささやかな遺産をもらい、作家を目指して仕事を引退した中年男性バージャー氏は、ある日、赤いバッグを持った女性が列車に飛び込むシーンを目撃します。しかし警察の捜査にも関わらず、遺体や血痕はおろか、事故の痕跡さえ見つかりません。
 女性の姿や行動に強烈な既視感を感じたバージャー氏は、蔵書から『アンナ・カレーニナ』を取り出し、読み直します。その結果、列車に飛び込んだ女性は『アンナ・カレーニナ』の主人公アンナではないかと思い至ります。
 再び女性が列車に飛び込もうとするのに出くわしたバージャー氏はそれを阻止し、彼女の後を追いかけますが、その先に見つけたのは、〈キャクストン私設図書館&書物保管庫〉という建物でした。管理人ギデオン氏によれば、そこは初版本や手稿本が所蔵された図書館でしたが、ある秘密を抱えていました。
 世の中の人々に広く知れ渡った本の登場人物が実体化し、それらの人物たちの住居としても使われていたのです。図書館の中の部屋には、様々な本の登場人物が暮らしており、その中にはアンナもいたのです。
 図書館に深く関わるようになったバージャー氏は、やがてギデオン氏に留守を任されるまでになりますが…。

 現実世界に実体化してしまった本の登場人物たちを匿う私設図書館を扱ったファンタジーです。
 ハムレット、ホームズ、ドラキュラ、そしてチョーサーやセルバンテスやディケンズの作品など、物語や本の登場人物が、世の中に広まり一定以上の知名度を得た結果、その人物は実体化してこの世に現れます。
 作者の死後、本が図書館に送られてくると同時に、図書館内部には物理法則を無視した部屋が新規に現れるのです。その仕組みについては、誰にも分かっていません。
 主人公バージャー氏は、『アンナ・カレーニナ』の登場人物であるアンナに惹かれると同時に、彼女の悲劇的な運命に同情するようになり、何とか彼女を救えないかと考えるようになるのです。
 物語の「悲劇」、そして読者の「不満」、それらを解消できる手段があったときに、それを行使しても許されるのか? 実体化した登場人物たちの幸福はどうなるのか?といったメタフィクショナルな問いかけが、真摯に追及されるという、面白いファンタジーとなっています。
 有名な物語の登場人物が現実に存在し始める…という、本好きには夢のような物語なのですが、そこで示される問題提起は意外にシリアスなもの。バージャー氏の「決断」をどう捉えるかは、読者次第でしょう。


「虚ろな王」
 むかしむかしの、ある異世界の彼方の王国には、敬愛される国王と王妃が住んでいました。ある日、北方から謎の霧が現れ国を飲み込んでいきます。霧に飲み込まれれば、二度と出てこられず命を失ってしまうのです。意を決した国王は部下を連れて霧に向かいます。
 ひと月後、弱々しい姿で戻ってきた国王は口がきけなくなっていました。その後、毎年のように国王は理由も話さず、霧の中に向かい戻ってくるという行為を繰り返しますが、王妃はそれに対して涙を流すことしかできません…。

 ジョン・コナリーのファンタジー長篇『失われたものたちの本』のスピンオフ短篇で、王国を飲みつくす恐ろしい霧に囚われてしまった国王と王妃を描いています。その影に、長篇で登場したある邪悪な人物が関わっていたことが分かるのですが、その邪悪さが暴かれるにも関わらず、それが是正されない…という、シニカルでブラックな物語となっています。


「裂かれた地図書 -五つの断片」
 異界の地図について書かれた、いくつもの名前を持つという伝説の稀覯本「裂かれた地図書」。実物を目にした者はおらず、その存在は疑問視されていました。その本に関わった人間たちについて、五つの物語が語られていくという連作中篇になっています。
 どうやら本は異界で作られたもののようで、様々な国や時代で、その本に関わった人物たちがことごとく残酷な結末を迎えていく様が描かれています。殺されてしまう場合でも、単純にそうなるのはまだしも、魂までもが半永久的に囚われてしまう、という想像するだに恐ろしい結末を迎える人物も描かれます。
 師匠が手に入れた本に関わってしまうことになる徒弟ファン・アグテレン、オカルト書の探索を商売とする男マグス、戦争犯罪を追及される「将軍」、失踪した愛書家の行方を探すソーター、ソーターに仕事を依頼した弁護士クウェイル、の五人が、それぞれの物語の中心となりますが、物語全体のメイン主人公といっていいのは、四章目に登場するソーターでしょうか。
 かっての戦争体験でトラウマを受けたソーターは、クウェイルから仕事を回してもらっていましたが、ある日、フォーブズという男から、彼の叔父である資産家モールディングが失踪しており、その行方を探して欲しいとの依頼を受けます。モールディングの家を調べたソーターは、彼が愛書家であり、最近はオカルトに関する文献を収集していたことを知ります。
 莫大な金額の明細が残されているのを知ったソーターは、オカルト書専門の書籍商ダンウィッヂ父娘のもとを訪ねますが、モールディングが求めていたのは、この宇宙を超越した別の宇宙の地図が書かれているという、実在も疑われる伝説の本「裂かれた地図書」だというのです…。
 モールディングの捜索を続けるソーターは、ところどころで伝説の魔書の話に遭遇し、それと同時に奇怪な現象や殺人に出会い続ける、という本格ホラー作品になっています。
 このエピソードに限らず、全てのエピソードで残酷な殺人が描かれます。しかもそれらは超自然的な存在の手によるものだけに、その惨状も想像を絶しています。ソーターのエピソードでは、自身のトラウマも相まって、現実世界が歪んでいくような体験も描かれていきます。
 ラヴクラフト作品を思わせる「異次元ホラー」となっていて、似ている作品を上げると、ジョン・カーペンターの映画『マウス・オブ・マッドネス』が近いでしょうか。強烈な現実浮遊感覚と、極彩色の残酷シーンが特徴になっています。


「ホームズの活躍:キャクストン私設図書館での出来事」
 世間一般に知られることによって現実に実体化した物語の登場人物を保護するキャクストン私設図書館に、ある日、コナン・ドイルの創作キャラクターである、シャーロック・ホームズとワトソン博士が現れます。
 管理人のヘッドリー氏が驚いたことには、作者のドイルがまだ亡くなっていないにも関わらず、彼らは実体化していました。通常、作者の死に伴い、登場人物たちは現れるはずなのです。とすれば、いずれもう一組のホームズとワトスンが現れてくる可能性があるのです。
 ホームズものの執筆をやめるように勧告するため、ホームズとワトスン、ヘッドリー氏は、ドイルに会いにいくことになりますが…。

 表題作と同様の<キャクストン私設図書館>シリーズもの作品です。通常は作者の死とともに実体化するはずの登場人物なのですが、シャーロック・ホームズとワトスンはその存在感の大きさのために、作者の生前に実体化してしまいます。
 もう一組のホームズとワトスン出現を防ぐために、作者のドイル自身に会いにいくという、メタフィクショナルなファンタジーとなっています。
 ホームズはもちろんなのですが、作者のコナン・ドイル自体にも大きくスポットが当たっています。作者と登場人物、そして読者との間の関係について、いろいろ考え冴える作品にもなっているようですね。
 二重の実体化の対策として、シリーズ「復活後」のホームズ物語に、ありえない展開や非現実的な設定を散りばめた、というのには笑ってしまいます。ホームズ物語が突拍子もないエピソードに満ちているということに、ちゃんと理由付けがされているのは、上手いところですね。

 この作品集、その装いから、ファンタジー作品集だと思っている人が多いと思うのですが、収録作の半分「虚ろな王」「裂かれた地図書」は完全なホラーといってよい作品です。
 特に「裂かれた地図書」は、スプラッターかと言わんばかりの異次元残酷ホラーで、ホラーファンにも満足のいく作品になっていると思います。
 ホラーファンにもファンタジーファンにもお勧めしたい作品集なのですが、逆に、ファンタジーものとホラーものの収録作の作風の振り幅がすさまじいので、ホラーが苦手な人はちょっときついかもしれないですね。
 原著は十三篇収録の作品集だそうで、他の作品もぜひ読んでみたいところです。


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残酷な世界  ジョン・コナリー『失われたものたちの本』

失われたものたちの本 (創元推理文庫) 文庫 – 2021/3/11


 ジョン・コナリーの長篇『失われたものたちの本』(田内志文訳 創元推理文庫)は、別世界に迷い込んだ少年が、元の世界に戻るため、その世界の王と彼が持つ本を探すために旅に出るという、ダーク・ファンタジー小説です。

 最愛の母親を病で亡くした12歳の少年デイヴィッドは、父親の再婚相手ローズの一族が所有する館に住むことになり、ロンドンから郊外へ引っ越します。父親とローズの間には弟のジョージーが生まれます。
 継母や異母弟に愛情を抱くことができず、父親との間も上手くいかなくなっていたデイヴィッドは、館の部屋に残されていた本を読んで過ごすことが多くなっていました。本はローズの伯父であるジョナサン・タルヴィーが残したものでした。彼は家で引き取っていた少女アンナと共に、子どもの頃に失踪してしまったというのです。
 やがてデイヴィッドは発作を起こすようになり、本の囁き、そして死んだはずの母親の声を聞くようになります。また夢の中では、奇怪な「ねじくれ男」が彼に話しかけてくるのです。
 折しもドイツとの戦争中、館の庭に爆撃機が墜落し、その最中にデイヴィッドは母親の声に導かれて、庭の隙間から異世界へと入り込んでしまいます。その世界で木こりと出会ったデイヴィッドは、狼たちと、そのリーダーである人狼リロイの襲撃から助けてもらうことになります。
 木こりが言うには、世界を治めてきた王の力が弱まり、いろいろな怪物たちが跋扈し始めているというのです。王に会い、彼が持つという「失われたものたちの本」を読めば、元の世界に帰れる可能性があるという話を聞いたデイヴィッドは、木こりと共に旅に出ることになります。
 一方、デイヴィッドを監視する「ねじくれ男」は、彼を利用する邪悪な計画を企んでいました…。

 現実世界で、母の死や継母との折り合いの悪さから居心地の悪さを覚えていた少年が、死んだはずの母親の声に導かれ、異世界へ入り込むというファンタジー作品です。旅に出たデイヴィッドの冒険が、エピソード単位で描かれていきます。
 異世界で出会う人物たちや事件は、どうやら有名な童話やお話に基づいているようなのですが、それらの物語は変にねじれているようなのです。邪悪な赤ずきんは、狼との間に子どもを作り、それが人狼を産みだしてしまいます。また性格の悪い白雪姫と、彼女を毒殺しようとする小人たちなど、登場する人物たちは皆邪悪な影響を受けているように見えます。それらが世界を支配する王の力の衰えによるものなのか、異世界に入り込んだデイヴィッドの影響なのかは分かりませんが、エピソードはどれも死と残酷さに彩られています。

 異世界の住人たちが死んだり殺されたり、またデイヴィッドの仲間となる人物たちも、残酷な形で殺されてしまいます。敵となる怪物たちも残酷かつ強大なので、デイヴィッドも毎回生きるか死ぬかというレベルでの戦闘に参加することになり、そのハラハラドキドキ感は強烈です。
 中でも、ハルピュイアが飛び回る橋周辺での狼たちとの戦闘を描くエピソード、動物と人間とを継ぎ合わすマッドサイエンティストの女狩人に囚われてしまうエピソード、多数の人間を殺戮する巨大な怪物から騎士と共に村を防衛するエピソードなどは、アクションもたっぷりで非常に面白いエピソードになっていますね。

 異世界そのものが本や物語をモチーフにしているのはもちろん、主人公デイヴィッドの人生そのもの、そして物語の構造自体も、本や物語を思わせるメタフィクショナルな趣向に満ちています。
 最愛の母の死、父との軋轢、継母や異母弟への憎しみなど、主人公デイヴィッドが現実の世界に嫌悪感と違和感を抱くものの、別世界での冒険を通して、それを克服していく、という成長物語になっています。その意味では正統派のファンタジーではあるのですが、異色なのは、この別世界が非常に邪悪でグロテスクに描かれているところです。死に彩られた世界であり、身勝手な欲望や残酷な行為は日常茶飯事なのです。後半では別世界の成り立ちや構造も明かされることになりますが、それさえもが、歪んだ欲望や願いの上に生まれていることが分かります。
 加えて、現実世界でも、戦争による死、そして家族や彼らに対する愛情さえもが「無常」であることが描かれます。そうした「無常感」が底流していながらも、現実と空想の折り合いが描かれる部分には真摯さがありますね。
 毒性も強く、切れば血の出るような、現実感にあふれたファンタジーですが、力強いメッセージを持ったファンタジー作品となっています。

 文庫版ボーナスの掌篇「シンデレラ(Aバージョン)」は、性格の悪いシンデレラを描いたパロディー風フェアリー・テイル。
 父親に甘やかされた美しい娘シンデレラは、傲慢な性格に育ってしまいます。父親は再婚しますが、気立ての良い義母も義姉たちも、シンデレラは小馬鹿にしていました。
妖精を勘違いさせて、舞踏会に出かけたシンデレラは上手く王子と結婚するものの、嫌気の差した王子から離縁されてしまいます…。
 徹底的に性格の悪いシンデレラが描かれるという、原話を逆転させた童話作品です。美しければいいわけではない、というテーマなのでしょうか。


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異界の手触り  稲生平太郎『アムネジア』

アムネジア (角川書店単行本) Kindle版


 稲生平太郎の長篇『アムネジア』(角川書店)は、1980年代大阪を舞台に、謎の陰謀事件に巻き込まれた青年が、現実ならざる世界に足を踏み入れる…という幻想小説です。

 1980年代の大阪、小さな編集プロダクションのアルファ企画に勤める青年、島津伶は、ある日新聞に載っていた死亡事件に興味を惹かれます。その男、徳部弘之は酒に酔って岸和田の路上で死亡したといいますが、調べたところ、その男は戸籍上は数十年前に既に死亡していたというのです。
 仕事で、華僑系出版社の社史を扱っていた島津は、その関係資料の中に徳部の名前を見つけており、新聞で報道された男と同一人物ではないかと疑っていました。
 恋人の理恵が勤める画廊のオーナーのつてで、関西日報の記者、澤本と知り合った島津は、彼から、徳部が闇金融の怪しげな世界に関わっていたことを知ります。さらに徳部の家を訪れ、彼の内縁の妻から、生前の徳部が今度の仕事が一世一代のものだと話していたことを聞きます。徳部が組んでいたという金融コンサルタント倉田重蔵の連絡先を手に入れた島津は、倉田にコンタクトを取ります。
 待ち合わせ場所に現れた倉田は、六十代前半の男でしたが、彼が連れてきたのは、常軌を逸した気味の悪い女でした…。

 戸籍上は死んだことになっている男の死亡事件をきっかけに、彼とその仲間たちを調べ始めた青年が、異様な世界に足を踏み入れることになる…という幻想小説です。
 前半は、死んだ男徳部と、彼と組んでいたという倉田の周囲をめぐって、闇金融や過去の経済事件が描かれていきます。
 気味の悪い空気感はあるものの、作品が半ばを過ぎるまで特に事件らしい事件は起こりません。中盤、徳部がかって作っていたという謎の機械の存在が判明し、このあたりから俄然面白くなりますね。オカルティックな事件の背景が明らかになり、主人公たちも不条理な出来事に相対することになります。

 最初から最後まで、事件の全容については説明されず、断片的な情報が示されるのみです。読者がそれらの断片から、事件の背景に潜む真相を推測する…というタイプの物語になっています。さらに、主人公の記憶がいささか怪しいことも示され、その意味で「信頼できない語り手」ものともなっています。
 怪しげな事実が断片的・間接的に示されるのですが、そのわずかな事実からも、どうやら異様な現象・世界が存在するらしいことが分かる…という、非常に気味の悪い作品です。その手触りはまるでアーサー・マッケン。
 テーマ的には「異界」を扱った作品だと思うのですが、その舞台となるのが猥雑な現実世界であるだけに、そのギャップも強烈です。日常の隙間から「異界」が漏れ出すような、<モダンホラー>的作品といってもいいでしょうか。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

幸福の代償  山本弘『夏葉と宇宙へ三週間』

夏葉と宇宙へ三週間 (21世紀空想科学小説 8) 単行本 – 2013/12/9


 山本弘『夏葉と宇宙へ三週間』(岩崎書店)は、ふとしたことから宇宙へ旅立つことになった少年少女が、銀河的なスケールの脅威と戦うことになるという、冒険SF小説です。

 夏休みに学校の臨海キャンプに来ていた小学六年生の少年、加納新(あらた)は、海面に現れた宇宙船のようなものに近づいていく少女を止めようと、そちらに泳いでいきます。少女は、隣のクラスの首藤夏葉でした。青い光によって新と夏葉は宇宙船内に取り込まれてしまいます。
 宇宙船のコンピューターは、ユーディシャウライン号と名乗ります。主であるガルムイエ星の探検家ダリー・イスターンは亡くなったといいます。生きたニンゲンを乗せないと宇宙船自体も帰還できないため、彼ら二人に一緒にガルムイエ星まで来てほしいというのです。
 往復で三週間、反対する新に対して、夏葉はせっかくの宇宙旅行を無駄にしたくないと主張します。夏葉に引っ張られ、新は共に四万光年近い場所にあるガルムイエ星まで宇宙旅行をすることになりますが…。

 ひょんなことから宇宙を旅することになった少年少女の冒険を描く宇宙SF小説です。観光気分で旅立った二人の前に巨大な敵が現れ、銀河スケールの陰謀に巻き込まれてしまうという、派手な展開となっています。
 この「敵」も、単純な侵略者ではなく、知的生物の「幸せ」をするための行動原理で動いている、というのが面白いところですね。
 二人が乗ることになる宇宙船ユーディシャウライン号や機械類も「ニンゲン」を傷つけないためのルールに縛られていて、直接的に傷つけてはいけない、というのはもちろん、新しいものを作るなど、独自に創造性を発揮することも禁止されているところなども興味深いです。

 主人公の少年少女のキャラクターも印象深いです。新が生真面目で責任感の強い少年として描かれているのに対し、夏葉はハーフであることでいじめにあっていたり、母親から捨てられたと思っているなど、その強気さのある表面に翳を抱えていることも示されます。この夏葉が自分を不幸だと感じていることが、後半の伏線にもなっており、「幸福とは何なのか」「人間の自由意志とは」といった作品のテーマとも結びついてくるのは、非常に上手いですね。
 新と夏葉の初々しい恋愛も描かれており、甘酸っぱいボーイ・ミーツ・ガール的な味わいも強いです。

 面白いのは結末の趣向で、選択肢が提示され、どちらを選ぶかは読者が決めるという<リドル・ストーリー>的な仕掛けがされています。作品冒頭から、ストックトン「女か虎か」などが言及され、これが<リドル・ストーリー>になることが宣言されているのも思い切った感じですね。

 様々な要素が盛り込まれた冒険宇宙SF小説です。このジャンルならではの「価値観の相対性」的なテーマもありますし、活劇としても純粋に面白い作品になっています。良質なジュブナイル作品といっていいかと思います。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

まぼろしの館  ズザンネ・ゲルドム『霧の王』

霧の王 単行本 – 2012/12/11


 現代ドイツの作家ズザンネ・ゲルドムの長篇『霧の王』(遠山明子訳 東京創元社)は、謎に包まれた巨大な館に暮らす下働きの少女が、不思議な出来事に巻き込まれるというファンタジー作品です。

 館の厨房の下働きである十四歳の少女サリーは孤児でした。知る限りずっと館で暮らしてきており、外の世界を見たことがありません。館は巨大で、部屋の数がいくつあるのか、何人の人間が住んでいるのかも分からないほどでした。
 サリーの楽しみは、図書室で本を読むこと。そこで出会った本には、かって起こったとされる伝説が記されていました。
 <叡智の龍>の養子として育てられた、魔法使いの天賦の才を持つ賢い子ども<狼>。彼は養父の力の全てを受け継ぎたいと望みますが、養父は最後の秘密のみは明かしません。邪悪な意図を抱き始めた<狼>は、父を殺し、その眼を奪います。龍の眼の力によって永遠に近い生を手に入れた<狼>は、その強大な力で世界を支配し、彼は「霧の王」と呼ばれることになります。
 やがて虐げられた者たちの中から強い力を持つ魔法使い「猫の女王」が現れ、彼に決闘を申し込みます。戦いは十年と一日続き、ついに「霧の王」を負かすことに成功するものの、完全に滅ぼすことはできません。呪縛によって、王を居城に封じこめたというのです。
 ある日、サリーは、侍従たちが開く晩餐会の給仕をすることになりますが、食後のゲームの最中に、サリーの目の前で次々と人々が殺されてしまいます。しかし翌日には殺されたはずの人々が生きているのを見て、サリーは驚きます…。

 謎に満ちた巨大な館で働く孤児の少女が、不思議な運命に巻き込まれるという、長篇ファンタジー小説です。
 物語全体が館の中で展開されるのですが、この館には魔法のような道具があったり、不条理な出来事が起こったりと、現実とは思えない事象が起きていました。
 主人公のサリーは、図書室の本で、叡智の龍と「霧の王」、そして「猫の女王」の伝説を知ることになります。この館の不思議な出来事は伝説の物語と何か関係があるのだろうか? 探っていくうちに少女は恐るべき運命を知ることになります。
 サリーは身分が低いため、館内を自由に散策することも難しく、情報源としては図書室の本を読むことの他に、友人である司書ウール、話す猫の夫婦ルーアンとカルトリーナからの話を聞く程度しかできません。
 やがてふとしたきっかけから、医者コルベンと知り合いになったサリーは、彼の手伝いをするのと同時に館の秘密を探ろうとします。
 サリーの物語と併行して、本に記された伝説の物語の詳細も明かされていきます。「霧の王」と「猫の女王」の関係や、彼らにつくことになった味方や敵のこと、こちらの伝説のパートも単体で魅力的なお話になっています。

 不思議な伝説、魔法のような館…。全体に靄がかったミスティックな雰囲気で展開される物語で、その世界観は大変に魅力的な作品です。ヒロインが、何も分からないまま不条理な出来事に引き回される序盤は特に魅力がありますね。
 主人公の過去や伝説の謎についてあまり詳細に語られない部分があったり、展開が早すぎると感じる読者もいるかと思いますが、その世界観や舞台は大変に魅力的で、読み終えてみると、その物語構造もよく出来ているなと感じます。

 「世界は目に見えている通りではない」というのがテーマとなっているようで、物語に現れる人や物が本当に見えている通りのものなのか、疑いながら読んでいく過程にはサスペンスもありますね。例えば、アドルフォ・ビオイ=カサーレス『モレルの発明』、あるいは、ジャン・レー『マルペルチュイ』といった作品が好きな方は、とても気に入る作品ではないかなと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

分別のない猫  ロイド・アリグザンダー『人間になりたがった猫』

人間になりたがった猫 (児童図書館・文学の部屋 ロイド・アリグザンダー・ユーモア作品) 単行本 – 1977/4/1


 ロイド・アリグザンダー『人間になりたがった猫』(神宮輝夫訳 評論社)は、魔法によって人間になった猫が、町で騒動を引き起こすという、ユーモラスなファンタジー作品です。

 人間の愚かさに絶望し、森の中で一人暮らす魔法使いステファヌス。彼の飼い猫ライオネルは、言葉を話せる能力を与えられて以来、人間になりたいという希望を口にしていました。懇願に負けたステファヌスは、魔法でライオネルの姿を人間に変え、いざというときに家に瞬時に戻ってこれる魔法の叉骨を渡します。
 ブライトフォードの町へやってきたライオネルは、猫のままの感覚で人に相対したり、非常識な発言を繰り返して、トラブルを次々と引き起こします。
 父親から受け継いだ宿屋を一人で切り盛りする娘ジリアンの世話になることになったライオネルでしたが、町の実質的な支配者パースウィグ町長とその腹心スワガートの恨みを買ってしまいます…。

 魔法で人間になった猫が、人間の町で一騒動を起こすというファンタジー作品です。主人公ライオネルは、猫であったころのままの感覚で人や物事に相対するため、そこで様々な軋轢を引き起こしてしまいます。しかし常識に囚われない素直な感覚が、人々の間に疑問を起こさせ、町社会を改善させていくことにも繋がる…というポジティブな作品になっています。

 人間になったばかりの頃のライオネルは、猫としての能力・感覚が残っており、その人間離れした運動神経を発揮して活躍することになります。また、猫としての立場から、町や人々のおかしな点を指摘するなど、人間社会を諷刺的に描くシーンも所々に見られます。ライオネルは純真で世間知らずな性格で、その慇懃無礼さで、人間社会の権威や権力を笑いのめしていく、という展開は抱腹絶倒です。
 ライオネルだけでなく、仲間となるタドベリ博士も面白いキャラクターです。善良な人物ながら、会話にやたらとラテン語を交ぜて話す癖や、頓珍漢な発明を繰り返すなど、そのコミカルな行動で、物語に笑いを添えています。

 後半になると、ライオネルの猫としての特性が失われていくのと同時に、人間としての特性が強くなっていきます。猫のような能力がなくなっていき、人間としての感情を強く覚え始めるのです。それに伴い、ジリアンに対して人間的な愛情を抱き始めることにもなります。
 ステファヌスの立場からすると、純真な猫だったライオネルが人間となり「堕落」したのではないかという意見が示されますが、彼が「人間らしく」なっていくのが、良いことなのか悪いことなのか、このあたりの当否は最後まで示されません。
 解説にもあるように、「人間は生まれたままでは人間ではない、つとめてはじめて人間になるのだ」という風にも読めますし、様々な欠点を含んでこその人間である、というような読み方もできるかと思います。
 一見コミカルなおとぎ話なのですが、いろいろと深読みできる面もあり、奥行きのある物語といえますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

さまざまな怪奇  BOOKS桜鈴堂編訳『彼方の呼ぶ声 英米古典怪奇談集Ⅱ』

彼方の呼ぶ声: 英米古典怪奇談集Ⅱ Kindle版


 『彼方の呼ぶ声 英米古典怪奇談集Ⅱ』(BOOKS桜鈴堂編訳 Amazon Kindle)は、英米の古典的な怪奇小説を集めたアンソロジーです。収録された9篇全てが本邦初訳になっています。

R・W・チェンバース「イスの令嬢」
 アメリカ人の「私」は、ブルターニュの荒野で道に迷ってしまいます。鷹を使って狩をしていた美しい娘ジャンヌ・ド・イスに出会い、彼女の所有する屋敷で泊めてもらうことになります。生まれてから外に出たことがないというジャンヌの言葉に「私」は驚きますが…。
 フランスの荒野で出会った美しい娘に恋をした男の物語です。どこか現代離れした娘の正体とは…?
 自然を背景に描かれる幻想的な恋愛小説です。幕切れの情景も鮮やかですね。

F・B・オースティン「深き海より」
 イギリスの沈没船を引き上げるための調査員として蒸気船<ウプサラ号>に乗り込んでいたヤンセンとリンストラン。ドイツ人と称する船長のホルストは狷介な男でした。
 たまたま見つけた海図から、ホルストは旧ドイツ軍の潜水艦の艦長だったのではないかと、二人は考えますが…。
 沈没船引き上げ調査のために海に来ていた船が、ドイツ軍に沈められた船に乗っていた死者の霊と遭遇するという物語です。主人公の一人リンストランは、婚約者の乗った船をドイツ軍に沈められた過去があったりと、主要な登場人物間に因縁があるのも面白いところです。

B・キッフィン=テイラー「二つの小さな赤い靴」
 空き家を探索することに非常な喜びを覚える「私」は、以前から目星をつけていたある空き家を密かに訪れます。多くの玩具が集められた部屋で、子供のものらしき小さな緋色の靴を見つけた「私」は、それに心惹かれます。
 虐待されて亡くなった子供の霊に遭遇するという、テーマとしてはオーソドックスなゴースト・ストーリーなのですが、語り手の「私」が、空き家や廃墟の探索癖を持つ風変わりな人物として描かれているのが特徴です。探索趣味はともかく、入り込んだ家に人が住んでいるのに気付いても平然としていたり、どこか不穏な人物なのですよね。
 しかもこの語り手、実は女性なのです。1920年発表の作品だそうですが、この時代の女性のキャラクターとしては、異色なのではないかなと思います。お話としては、殺人者が罰され、子どもたちの霊が救済されるというハッピーエンドになっています。

A・ノースカット「モーティマー氏の日記」
 好古家ロジャー・モーティマーは、エトルリアの遺物研究の第一人者とみなされていました。しかし、私立校の副校長ブラッドショウから、彼の研究は自分の剽窃だと指弾されてしまいます。
 しかし無名のブラッドショウの訴えは立ち消えてしまい、彼の消息も聞かれなくなっていました。そのうちモーティマーの様子がおかしくなり始めますが…。
 研究成果を剽窃した男が、死者の霊に取り憑かれて殺されてしまう、というゴースト・ストーリーです。死者に憑かれた男の恐怖を、第三者的な視点からと本人の日記による一人称、両方から描いており、迫力のある作品になっていますね。

T・G・ジャクソン「いにしえの指輪」
 エトルリア時代の研究のため、イタリアを訪れていたイギリス人のモートン博士と助手のアーチー・ブライアントは、魔女だと称する現地の女性アントニエッタとその娘キアリーナから紹介されて、古代の地下墓地に足を踏み入れます。
 ブライアントは墓地で拾った指輪を持って帰ってきてしまいますが、アントニエッタとキアリーナは指輪をもとに返すまで絶対に自分から離れないと警告をしますが、ブライアントは迷信だとして信じません…。
 呪いのかけられた死者の指輪を持ち出した青年が不幸な目に会い続ける…という物語。手放そうとした指輪が何度も戻ってきたり、それどころか記憶が飛ばされてしまったり、異様な行動を取らされたりと、指輪の呪いの効果が強力で、非常に怖いお話になっています。

C・R・コールリッジ「アリスとアリシア」
 孤児となった裕福なヒルトン家の娘アリスを支えるために、彼女の受託人である父親と共に「私」はアリスの屋敷に一緒に住むことになります。屋敷の地所には、古い時代の一族専用のものとして作られ、今では廃墟として残る礼拝堂がありました。
 アリスは屋敷に残る肖像画のある女性に興味を惹かれます。その女性はアリスの曽祖父の妹で、結婚相手を間違え不幸な死を遂げたアリシアという女性だといいます。やがてアリスはアリシアがかって礼拝堂に恋人に会いに来ていたのだと考え、礼拝堂に出入りするようになりますが…。
 過去に死んだ女性の運命とその霊に惹かれていく女性を描いたゴースト・ストーリーです。ヒロインの親友だった語り手の「私」が、数十年後にその少女時代の記憶と共に過去の事件を回想する、という語り口も良い味を出しています。
 ちなみに、著者のクリスタベル・ローズ・コールリッジ(1843-1921)は、イギリスの詩人サミュエル・テイラー・コールリッジの孫で、その名前はコールリッジの詩「クリスタベル」に由来するとか。

A・グレイ「死せる書の重荷」
 ジーザス学寮の図書館に保管されていた、16世紀のマシュー・メイクピース神学博士の著書、それは力作でありながら、発表当時にすでに時代遅れとして何の評判も呼ばなくなっていました。学寮史の記載によれば、彼は1604年に死去したとされていました。
 しかし、教会の埋葬者名簿には、1654年死去とされていたのです。二人のメイクピース博士が同一人物なのではないかと「私」は考えていましたが、そこにはメイクピースに影響を与えたという、パドヴァからやってきた不思議な男ガリアーニの存在が関わっていました…。
 数百年前を舞台に展開される、不死をめぐる伝奇的な怪奇幻想小説です。膨大な時間を生きているらしい不死人が登場するなど、ゴシック的な雰囲気も濃い作品です。

M・E・ブラッドン「鏡に映る顔」
 過去に当主が溺死して以来、不可思議なことが起こるようになった屋敷。新たに越してきた、ヒューとルースのモンロー夫妻は、そうしたことを信じない質でした。ある夜、屋敷で幽霊探しをしようというルースの提案で、二人は探索を始めます。
 使用人の懇願にも関わらず、代々一族の遺体を置いていた部屋の鍵を開けて、その部屋<死人の間>に入り込んだヒューは、そこの鏡に何かを見て気絶してしまいます…。
 一族の因縁とそれに取り憑かれた屋敷をめぐる怪奇小説です。迷信を信じない現代的な夫婦を主人公にしているのがポイントですね。しかし、死の運命が彼らを襲い、超自然現象を信じざるを得ないことにもなるのです。
 定期的に扉が消えランダムに再び現れるという部屋など、幽霊屋敷の描写も個性的で、序盤で描写されるその部分は魅力的ですね。
 メインアイテムとなる屋敷の鏡の呪われ度も強烈なもので、全体にモダンな筆致で描かれているものの、作中で起きる超自然現象の恐怖度は高いです。

M・E・ブラムストン「閉ざされた扉」
 慈善家として評判の良かったオールドミスのブルックさんの死後、彼女が残したという手記を医師から預かった牧師はそこに書かれていたことに驚きます。ブルックさんは若いころ従兄のジョージと婚約していましたが、美貌ながら悪女であるミリアムに誘惑されたジョージは彼女と結婚していまいます。ジョージは若くして死に、彼から息子のレオナルドを託されたブルックさんは彼を可愛がります。しかし虚弱なレオナルドは幼くして亡くなってしまいます。
 ある日、自動書記によってレオナルドと通信できることに気付いたブルックさんは、生きる力を取戻しますが…。
 幼くして亡くなった少年の霊と、彼を可愛がっていた女性が慈善家となった理由を語るゴースト・ストーリーです。第三者的な視点から霊現象が本当かどうかは分からない…という形になっていますが、それらの現象が一人の女性の人生を変えていることは確かなのです。
 善悪や罪の意識など、倫理的な問いかけもなされるなど、真摯なお話になっています。

 非常に面白いアンソロジーです。どれも面白く読みましたが、特に巻末の三篇「死せる書の重荷」「鏡に映る顔」「閉ざされた扉」は、かなりの力作だと思います。


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恐怖のフライト  スティーヴン・キング&ベヴ・ヴィンセント編『死んだら飛べる』

死んだら飛べる (竹書房文庫) 文庫 – 2019/9/26


 スティーヴン・キング&ベヴ・ヴィンセント編『死んだら飛べる』(白石朗、中村融他訳 竹書房文庫)は、飛行機・フライトをテーマにした作品を集めたアンソロジーです。ホラー作品がメインのようですが、ミステリ・SF・普通小説的な作品も収録されていますね。

E・マイクル・ルイス「貨物」
 その輸送機は、カルト教団の集団自殺によって殺された、大量の子どもたちの死体を運ぶことになっていました。棺はしっかり固定されていましたが、棺を収めている貨物室からは、歌声のようなものが聞こえてきていました…。
 大量の子どもの遺体を運ぶことになった輸送機の乗員たちの奇怪な体験を描くホラー作品です。登場人物の緊張感が伝わってくるような雰囲気が素晴らしいですね。登場人物の一人が、子どもたちは死んだことにも気付いていないのではないか…と考えるあたり、かなり怖い作品です。

アーサー・コナン・ドイル「大空の恐怖」
 イギリスの野原で、飛行機乗りジョイス=アームストロングの手記が発見されます。本人は未だに行方不明であり、手記には、まだ人類が到達していない高度で、彼が目撃した秘密が記されていました…。
 高高度の空には人類が知らない怪物が存在していた…というホラー作品です。人類が到達していない場所が描かれるという意味で「秘境小説」のバリエーションともいえますね。発表当時にこれを読んだ読者にとって、恐怖度は非常に高い作品だったのではないでしょうか。

リチャード・マシスン「高度二万フィートの恐怖」
 精神的に不安定な男ウィルスンは旅客機の窓から外を覗いた際、そこに怪物がいることに気づきます。周囲に訴えるものの、誰も信じてくれません。他の人間が見た瞬間に、怪物は隠れてしまうのです。怪物はやがてエンジン部分を壊し始めますが…。
 怪物の存在を誰にも信じてもらえないというパラノイア的恐怖を扱った、マシスンの古典的ホラー作品です。怪物の実在はほぼ疑い得ないのですが、それを誰にも信じてもらえず、元々神経症的傾向のあった主人公の精神がさらに追い詰められていくという、息詰まるような作品になっています。

アンブローズ・ビアス「飛行機械」
 飛行機械を作った男が実験飛行をして失敗してしまう、という掌編。皮肉な寓話といった趣の作品です。

E・C・タブ「ルシファー!」
 死体保管係のフランク・ウェストンは、死体にはめられていた指輪を盗みます。その指輪には五十七秒だけ、時間を巻き戻す力がありました。フランクは何をしても時間を巻き戻せば、全てがなかったことになるのをいいことに、残酷な行為を繰り返します…。
 五十七秒間だけ時間を巻き戻せる力を手に入れた男が、生来のサディスティックな性質から残酷な行為を繰り返す、という物語。やがてとんでもないしっぺ返しを受けることになるのですが、指輪の力のせいで、運命の残酷さがさらに強烈なものになるという結末もブラックで鮮やかです。

トム・ビッセル「第五のカテゴリー」
 法律家のジョンが飛行機内で目を覚ますと、周囲には誰もいませんでした。乗客を探すものの、乗務員を含め誰も人間が見当たりません。荷物入れを探してみたところ、隣に座っていた女性の死体が詰め込まれているのが見つかります…。
 乗客が消失するという大がかりな演出で、超自然的なシチュエーションのホラーかと思わせるのですが、意外にも、現実的な恐怖が中心となるという面白い作品です。主人公の法律的な解釈が、戦争での残酷さを助長することになり世間から非難されているという設定で、主人公はその罰を受けることになります。
 作者は湾岸戦争を取材したこともあるというジャーナリストだそうで、そのあたりの経験が、この作品にリアルさを与えている一つの要因でもありましょうか。

ダン・シモンズ「二分四十五秒」
 高所恐怖症の気のある爆発物の専門家の恐怖の心象を描いた作品、でしょうか。悪夢のような情景がフラッシュバックで描かれています。

コーディ・グッドフェロー「仮面の悪魔」
 ライアン・レイバーンは、南米のショクロア族の生き残りから奪った手彫りの仮面を飛行機に持ち込みます。機内で彼の隣席に座った盲目の少女は激しい咳をし始めますが…。
 飛行機内に呪いの仮面を持ち込んでしまったことから、その呪いによって次々と乗客が死んでいくというホラー作品。生理的な気色悪さが強烈ですね。

ジョン・ヴァーリイ「誘拐作戦」
 未来から現代の飛行機に現れた誘拐部隊の隊員たち。遺伝子操作の乱用により人間の成長が阻害され、地球もまともに住めなくなった未来から、彼らは事故で死ぬ運命の人々を未来に連れていく使命を帯びてタイムトラベルをしてきていたのです…。
 人類が袋小路に陥った未来において、人類を存続させるために過去の人々の誘拐を行う部隊を描いた作品です。未来に生きる人々も、連れ去られた人々も、どちらもろくな生涯を送れない、という結末の暗澹さは印象的ですね。

ジョー・ヒル「解放」
 飛行中の旅客機において、機長から緊急のニュースが放送されます。グアム付近で核爆弾によるものらしき攻撃があったというのです。乗客たちはニュースを知り動揺しますが…。
 飛行中に破滅的な戦争の開始を知らされた乗客たちをカットバックで描いていくという、普通小説的な作品です。東洋人、性的マイノリティ、人種差別主義者など、多様な人間たちの様々な反応が描かれていきます。
 人種差別発言を繰り返す男とそれに反発する男が分かりあったり、年齢差のある女優と男が瞬間的に愛情を感じたりと、極限状況に置かれた人間の不思議な心理が描かれていく部分が読みどころでしょうか。明らかに「悪者」である人種差別主義者の男が、その実、妻に対して深い愛を抱いており、妻もまた彼を英雄視している、というのも面白いところです。
 「解放」されたのは誰(何)なのか? タイトルもいろいろと考えさせるところがあり、意味深です。

デイヴィッド・J・スカウ「戦争鳥(ウォーバード)」
 第二次大戦に参加した父親の仲間の生き残りである老人ジョーゲンセンを取材することになった「わたし」。ジョーゲンセンが語る戦争中の話のなか、彼は自らが目撃したという奇妙な怪物の話を始めますが…。
 タイトルにもある「戦争鳥(ウォーバード)」をテーマにした作品なのですが、作品の大部分はリアルな戦争描写について占められています。「戦争鳥(ウォーバード)」は実在するのか? 寓話的な要素もある戦争物語です。

レイ・ブラッドベリ「空飛ぶ機械」
 古代中国の皇帝元は、侍従から、翼を着けて空を飛んでいる男がいるという知らせを受け、それを見に行くことになります。空を飛んでいる男がそのための機械を発明したことに対して、皇帝はその美しさを認めながらも、男を捕らえよと命令します…。
 発明の芸術性を認めながらも、政治と国にとってはそれは害悪になると、発明物と発明家をなかったことにしようとする皇帝を描く物語です。古い時代を舞台にしたディストピア物語と言えるのですが、皇帝がある種の悲しみを感じているところに、彼が単純な暴君ではなく豊かな感性を持った人間であることも示され、寓話としても懐の広い作品になっていますね。

ベヴ・ヴィンセント「機上のゾンビ」
 ウイルスによってゾンビが蔓延した世界で、生存者たちの小さなグループのリーダーとなっていたマイルズ。グループ内の男バリーが飛行機を運転できると言い出したことから、彼を信じて皆で脱出計画を決行することになりますが…。
 ゾンビに支配された世界での絶望的な逃避行を描いた作品です。飛行機を運転できると豪語する男がほら吹きの可能性もあるなか、不安を抱えながら計画を進めるグループが描かれます。飛行機での脱出自体は成功するものの、その先も特に希望があるわけではない、というラストの情景も味わいがありますね。

ロアルド・ダール「彼らは歳を取るまい」
 偵察飛行に出たまま行方不明になっていた男フィン。帰還したフィンはその間のことを覚えていないというのです。仲間の機が撃墜されたことをきっかけに記憶を取り戻したフィンは、信じられないような話を始めますが…。
 空軍のパイロットが飛行中に垣間見た、神秘的な経験が描かれる幻想小説です。いわゆる「臨死体験」のようでもあり、その体験の当事者がそれ以来死に惹かれるようになってしまう、という部分も考えると怖いところではありますね。

ピーター・トレメイン「プライベートな殺人」
 飛行機内の化粧室に入ったきり出てこない客を心配し中を開けてみたところ、そこには撃たれたような跡のある男の死体がありました。死んだのは有名な富豪のグレイでした。
 乗務員たちは自殺ではないかと考えますが、居合わせた犯罪学博士フェインは、グレイは殺されたに違いないと断言します…。
 密室で殺された男の謎を解くという、本格ミステリ作品です。密室の謎よりも、殺人の動機面から真相を探っていくところが面白いですね。

スティーヴン・キング「乱気流エキスパート」
 病的な飛行機嫌いにもかかわらず、何者かの依頼を受けるたびに飛行機に乗り込むクレイグ・ディクスン。彼は何のために飛行機に乗り込むのか…?
 人々を救うために飛行機に乗り続ける「乱気流エキスパート」の男を描いた作品です。積極的に何かをするのではなく、ただいるだけで役目を果たすという、消極的な手法で仕事をする主人公の行動が面白いところです。まるでシリーズのプロローグのような結末も印象的。

ジェイムズ・ディッキー「落ちてゆく」
 飛行機から落下したスチュワーデスが落ちていく過程を表現した詩作品。実際にあった事故からインスピレーションを得ているそうです。暗い題材ではありながら、きらびやかなイメージも多く使われているのが特徴ですね。


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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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