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永遠の子どもたち  ニール・シャスターマン『エヴァーロスト』

エヴァーロスト (ソフトバンク文庫) 文庫 – 2008/2/15


 ニール・シャスターマンの長篇『エヴァーロスト』(岡田好恵訳 ソフトバンク文庫)は、不慮の事故で死んだ少年少女が、死後の不思議な世界<エヴァーロスト>に迷い込み冒険を繰り広げるというファンタジー作品です。

 14歳の少年ニックと少女アリーは、交通事故で命を落としてしまいます。二人が目を覚ますと、そこには、年下らしき少年がいました。その少年リーフが話すには、ここは死んだ子どもだけが滞在できる死後の世界だというのです。
 この世界<エヴァーロスト>からは生者の世界には干渉できず、立ち止まっているとどんどん地中に体が沈み込んでいってしまうのです。家に帰りたいアリーはニックとリーフと共に旅へ出ることになります。やがて彼らは、この世界の指導者的存在である少女メアリー・ハイタワーと出会うことになります…。

 命を落とし死後の世界に迷い込んだ少年少女が、その別世界で冒険を繰り広げる…というファンタジー作品です。この死後の世界<エヴァーロスト>が独特の造形をされており、その世界観がこの作品の一番の魅力ともなっています。
 子どもだけが入れる世界であり、その子どもたちも必ずしも<エヴァーロスト>に来るわけではありません。立ち止まっていると体が沈み込んでしまい、ほうっておくと地中に取り込まれて戻ってこれなくなってしまいます。沈み込まない特定の場所「デッドスポット」に行かなければ落ち着くこともできません。
 この世界に来る段階では死んだ直後の姿形が固定されており、例えばニックは、顔につけたチョコが取れない状態でこの世界へやってくることになります。長年この世界で生活していると記憶も薄れ、自らの名前さえ思い出せなくなってしまうのです。

 <エヴァーロスト>の指導者的存在メアリーと出会ったニックとアリーは、彼女からこの世界のルールや特徴を教えてもらうことになります。彼女によればこの世界から脱出することは不可能だというのですが、メアリーは何かを隠しているような節もあるのです。
 後半では、善意と母性に満ちたメアリーとは対極に、力で一部の子どもたちを支配する存在も現れ、ニックとアリーはその争いに巻き込まれていくことにもなります。

 面白いのは、<エヴァーロスト>における「物」の扱い。人間だけでなく、物質にも「死」があり「幽霊」になるというのです。食べ物にしろ道具にしろ、それらが「幽霊」になれば、<エヴァーロスト>の住民たちにもそれらが使用可能となるのです。
 それの延長で、建物に関してもそれが「死んだ」場合、<エヴァーロスト>に幽霊となって現れ、そこはまた「デッドスポット」にもなっているため、住民たちにとって安全な場所にもなっているという具合です。

 <エヴァーロスト>は完全な別世界ではなく、現実世界と異なる層で重なり合った世界のようであるのも、独自の設定ですね。子どもたちの中には、生者の世界に干渉できる能力を持つ者もいるらしく、それがまた後半の展開にも重要な関わり合いを持ってくることになります。
 最終的に<エヴァーロスト>の世界の秘密が明らかになり、主人公たちはそれぞれの決断を迫られることになります。しかしその決断は必ずしも皆の幸福を意味するわけではない…というあたりに、ほろ苦い部分も感じられますね。

 登場人物はみな子どもであるだけに、突然の事故で命を失ったものが多く、生前からの執着心などを抱えています。それは新米のニックやアリーだけでなく、長い間<エヴァーロスト>で暮らす者たちも同じで、そうしたものから超然としている指導者メアリーでさえ利己的な執着心を抱えていたことが分かるラストには味わいがありますね。
 主人公二人だけでなく、周囲の人物を含めて、少年少女たちの成長(肉体は死んでいるので「魂」の成長とでもいうべきでしょうか)を描く良質なファンタジー作品となっています。

 物語の合間合間に、メアリーが<エヴァーロスト>について書いた本の断章が引用されていく、という趣向も面白いです。この世界についての知識を読者に説明するために引用されているのかと思いきや、必ずしもそれが全て真実ではないことも分かってくるなど、ある種の「ミスディレクション」ともなっているようですね。しかも後半では、メアリーに対抗してアリーが書いた本の内容も出現するなど、ユーモアたっぷりの趣向となっています。


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6月の気になる新刊
6月1日刊 ジョー・R・ランズデール『死人街道』(植草昌美訳 新紀元社 予価2200円)
6月2日刊 アレックス・ベール『狼の城』(小津薫訳 扶桑社ミステリー 予価1320円)
6月6日刊 クレメンス・J・ゼッツ『インディゴ』(犬飼彩乃訳 国書刊行会 予価3520円)
6月7日刊 ジョゼフ・グッドリッチ編『エラリー・クイーン 創作の秘密 往復書簡1947-1950年』(飯城勇三訳 国書刊行会 予価3520円)
6月7日刊 アレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳 小学館文庫 予価1298円)
6月8日刊 都筑道夫『絶対惨酷博覧会 都筑道夫短篇コレクション』(河出文庫 予価1122円)
6月16日刊 ラリーン・ポール『蜂の物語』(川野靖子訳 早川書房 予価2200円)
6月16日刊 マックス・グラッドストン、アマル・エル=モータル 『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』(山田和子訳 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 予価1980円)
6月16日刊 谷崎潤一郎『白昼鬼語 探偵くらぶ』(光文社文庫)
6月17日刊 ジョー・ヒル、スティーヴン・キング『怪奇疾走』(安野玲、白石朗、高山真由美、玉木亨訳 ハーパーBOOKS 予価1590円)
6月17日刊 東雅夫編『文豪山怪奇譚 山の怪談名作選』(ヤマケイ文庫 予価770円)
6月中旬発売 香川真澄編訳『イタリア夜想曲 怪奇幻想集』(香川真澄訳 創林舎 予価1760円)
6月20日刊 レジス・メサック『「探偵小説」 の考古学 セレンディップの三人の王子たちからシャーロック・ホームズまで』(石橋正孝監訳 国書刊行会 予価9680円)
6月21日刊 小森収編『短編ミステリの二百年5』(門野集他訳 創元推理文庫 予価1540円)
6月23日刊 佐藤春夫『佐藤春夫中国綺想集 星/南方紀行』(中公文庫 予価1100円)
6月24日刊 ウォルター・テヴィス『クイーンズ・ギャンビット』(小澤身和子訳 新潮文庫 予価990円)
6月26日刊 伊藤典夫編訳『海の鎖』(国書刊行会 予価2860円)
6月26日刊 P・G・ウッドハウス『ボドキン家の強運』(森村たまき訳 国書刊行会 予価2420円)
6月26日刊 アンドリュス・キヴィラーク『蛇の言葉を話した男』(関口涼子訳 河出書房新社 予価3410円)
6月28日刊 リー・メラー『ビハインド・ザ・ホラー ホラー映画になった恐怖と真実のストーリー』(五十嵐加奈子訳 青土社 予価2640円)
6月30日刊 キジ・ジョンスン『猫の街から世界を夢見る』(三角和代訳 創元SF文庫 予価968円)


 新紀元社からのホラー叢書の新刊は、ジョー・R・ランズデールのアクションホラー『死人街道』。西部劇的な内容だそうで、これは面白そうですね。

 香川真澄編訳『イタリア夜想曲 怪奇幻想集』は、イタリアの怪奇幻想小説のアンソロジー。20世紀の珍しい作家・作品を集めているようです。一般の書店には出回らない本なので、気になる方は予約しておくのをお勧めします。現在、盛林堂で予約受付中です。
http://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca4/739/p1-r-s/

 伊藤典夫編訳『海の鎖』は、〈未来の文学〉シリーズの最終刊となるアンソロジー。収録内容は次の通り。

アラン・E・ナース「偽態」
レイモンド・F・ジョーンズ「神々の贈り物」
ブライアン・オールディス「リトルボーイ再び」
フィリップ・ホセ・ファーマー「キング・コング墜ちてのち」
M・ジョン・ハリスン「地を統べるもの」
ジョン・モレッシイ「最後のジェリー・フェイギン・ショウ」
フレデリック・ポール「フェルミと冬」
ガードナー・R・ドゾワ「海の鎖」
編者あとがき

 キジ・ジョンスン『猫の街から世界を夢見る』は、ラヴクラフトのクトゥルー神話に着想を得た幻想作品とのこと。これは面白そうです。紹介文を引用しておきますね。
 「猫の街ウルタールの大学女子カレッジに、存亡に関わる一大危機がもちあがった。大学理事の娘で学生のクラリーが、“覚醒する世界”の男と駆け落ちしてしまったのだ。かつて“遠の旅人”であったカレッジの教授ヴェリットは、“覚醒する世界”に向かったクラリーを連れもどすため、“夢の国”をめぐる長い旅に出る。H・P・ラヴクラフトの作品に着想を得つつ自由に描く、世界幻想文学大賞受賞作。」


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暗黒のロード・ノヴェル   ジョー・R・ランズデール『テキサス・ナイトランナーズ』

テキサス・ナイトランナーズ (文春文庫) 文庫 – 2002/3/1


 ジョー・R・ランズデールの長篇『テキサス・ナイトランナーズ』(佐々田雅子訳 文春文庫)は、死んだ友人に憑かれた不良少年の一行が、過去に暴行した女性を殺すため殺人を繰り返しながら追跡するという、ホラー・サスペンス作品です。

 不良少年クライドに暴行された女性教師ベッキーは、それ以来悪夢に悩まされていました。静養するため友人ディーンのキャビンを借り、夫の大学教授モンゴメリーと共にそこで過ごすことになります。
 逮捕されたクライドは収監された場所で自殺していましたが、クライドに心酔する友人ブライアンのもとに夢を通して、死んだはずのクライドが姿を現します。彼によればダークサイドで力を得るためにあえて命を絶ったというのです。
 かって殺し損ねたベッキーを殺せという指示を受けたブライアンは、彼女を殺すため、仲間たちと共に車を駆ることになります…。

 死んだ少年クライドに憑かれたブライアン一行が、殺人を繰り返しながら、女性教師ベッキーを付け狙うというホラー作品です。ベッキー夫妻がキャビンにいることを知ったブライアンたちが、そこに向かうのですが、その途中で出会った人々は、次々と殺害されていってしまいます。
 このブライアンが完全に狂っていて、相手を少し痛めつけるというレベルではなく、目に付いた人間を片っ端から殺して回るという強烈な人間として描かれています。銃で撃ち殺したり、焼き殺したりと、やりたい放題なのです。
 ブライアンは、死んだ少年クライドを生前から崇拝しており、死んでからもその人格に取り憑かれることになります。その結果、二重人格のような状態になっているのです。しかもクライドは、別次元にいるらしい超自然的な存在「剃刀神」に従っているようで、間接的にブライアンにもその支配が及んでいます。
 この「剃刀神」なる存在、剃刀を身につけた異形の存在で、ビジュアル的にもインパクトがあります。ただ、この異形の存在が直接現実世界に現れることはなく、暴力や破壊行為を働くのは、あくまでブライアン(と彼に寄生したクライド)です。

 戦闘行為に長けた警官たちもあっさりと殺されてしまうので、彼らを止めることができるのか、ましてやそうした行為とは縁遠いベッキー夫妻が殺されずに抵抗することができるのか? といったところが、読みどころの一つになっています。
 トラウマにより精神的に弱っているベッキーはもちろん、非暴力主義を掲げる夫モンゴメリーも、いざというときには役に立たなそうな人物であるだけに、ブライアン一行が近づいてくるごとに、どうなってしまうのかというサスペンスが強烈に感じられますね。

 ターゲットとなるベッキー夫妻よりも、ブライアン一行の方に圧倒的に存在感があります。暴走する車と共に暴力行為を繰り返していくブライアンたちの旅路のスピード感は強烈。まさに暗黒のロード・ノヴェルといった趣です。


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迷宮世界  パオラ・カプリオーロ『エウラリア 鏡の迷宮』

エウラリア 鏡の迷宮 単行本 – 1993/6/1


 『エウラリア 鏡の迷宮』(村松 真理子訳 白水社)は、イタリアの作家パオラ・カプリオーロの手になる、硬質な味わいの幻想小説集です。

「エウラリア 鏡の迷宮」
 馬車で旅する旅芝居の一座のもとに働かせてほしいとやってきた百姓の娘。貴婦人役の「私」は同情から、娘を小間使いとして雇うことにします。数年後、馬車が焼けてしまったことから一座の解散を意図する「私」でしたが、若い男性の楽手は、どこからか黒い馬たちに引かれた巨大な馬車を持ち帰ります。馬車の中は広く、豪華に整えられた部屋がいくつもありました。天蓋つきの寝台のある部屋に巨大な鏡を見つけた娘は、その鏡に魅了され、毎日のように閉じこもって鏡を見つめるようになります。
 彼女によれば、鏡の中には非常に美しい若者が見えるというのです。そのうちに鏡の中には、若者よりも美しいのではないかと思える娘が現れます。若者に恋していた娘は失望しますが、やがて娘は、鏡の中の娘と似た姿になっていきます。美しくなった娘は「大女優エウラリア」として評判を呼ぶことになりますが…。
 どこからか現れた馬車の部屋内の鏡、そこに映る男女を眺めていくうちに、自らも「変身」していく娘の人生を語った幻想小説です。鏡の中の娘が乗り移ったのか、それとも同化してしまったのか、後半では「大女優」となった主人公エウラリアが不思議な城を建造したりと、さらに摩訶不思議な展開となっていきます。
 鏡テーマの幻想小説なのですが、その世界観がなんとも魅力的です。鏡、影、分身、美青年、悪魔、城など、これでもかとばかりに幻想的なガジェットが散りばめられた作品になっています。ぼかしたような結末にも味わいがありますね。

「石の女」
 洞窟の近くの天幕で、禁欲的な生活を送る老人。彼は石を刻む聖なる芸術を信奉し、弟子のムールと共に暮らしていました。地上の世界に栄光を求めてはならないという教えを守っていたムールでしたが、ある日窓から見かけた女の美しい腕に魅了された彼は、女の像を作り始めます。師とも決裂してしまったムールは、女の像に精魂を込め始めるようになりますが…。
 天上の芸術を目指す師の教えを破り、地上の女の魅力に囚われてしまった弟子が、しかしながら師の警告通り、裏切られてしまう、という作品です。「石」を使う芸術家を主人公にしてあることもあるのでしょうが、芸術の理念が硬質な描写で語られるという芸術家小説となっています。

「巨人」
 監獄に、妻と息子と共に赴任してきた「私」。快活で美しい妻のアデーレの様子が段々とおかしくなり始めます。囚人の一人が引くヴァイオリンに合わせて、アデーレはピアノを弾いているらしいのですが、彼女はそれに取り憑かれたようになっていきます。やがてアデーレは憔悴していきますが…。
 監獄でヴァイオリンを弾き続ける謎の男と、その奏でる音楽に取り憑かれてしまったかのような人妻を描く幻想作品です。ヴァイオリンを弾く男は囚人であるため、人妻アデーレとは顔を合わせたことさえないのです。あくまで流れる音楽そのものによって、魂を削られてしまうという、謎めいた作品です。

「ルイーザへの手紙」
 何らかの罪で監獄に収監された囚人の男。彼はヴァイオリンを弾く芸術家肌の男で、かって恋人だったらしきルイーザなる人物へ手紙を送り続けます。そこには、監獄に赴任してきた男の妻の音楽的な素養について書かれていました…。
 「巨人」で登場したヴァイオリンを弾く囚人の側から描かれた作品です。「巨人」では男の正体が全く明かされないため不気味さが強烈だったのですが、こちらの「ルイーザへの手紙」では、多少サイコパス気味な男が描かれます。
 ただ何の罪で囚われているのか、男の職業や仕事は何だったのか、ルイーザとはどんな関係だったのか、などの具体的な情報は相変わらず明かされません。男が狷介で高慢な男であるようなのは、描写からも示されていますね。蜘蛛をとらえて自分の作った小さい迷宮にそれを入れる、というのも意味深です。
 囚人の男と人妻の音楽が最終的に「調和」して、二人の破滅をもたらすのですが、それが意味するとことも含めて、非常に象徴性の高い作品となっています。


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悪夢の人生  ボアロー、ナルスジャック『悪魔のような女』

悪魔のような女 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 文庫 – 1996/7/1


 ボアロー、ナルスジャックの長篇『悪魔のような女』(北村太郎訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)は、愛人と共謀して妻を殺した男が精神的に追い詰められていくという、悪夢のようなサスペンス作品です。

 セールスマンのラヴィネルは、愛人である医師リュシエーヌと共謀して、妻のミレイユを殺す計画を立てます。数年前に彼女にかけた巨額の保険金をだまし取ろうというのです。出張先の家へとミレイユを誘い込んだ二人は、彼女に睡眠薬を飲ませ風呂で溺死させます。
 死体を運んで自宅前の洗濯場から川に落とし、翌朝に仕事帰りのラヴィネルが妻の遺体を発見するという計画でした。アリバイ作りをした上で帰宅したラヴィネルは、しかし妻の遺体が消えていることに驚きます。
 やがて、妻の筆跡でメッセージが届いたのを皮切りに、ラヴィネルの近くで妻の姿が見え隠れするようになります。妻は生きているのか? それとも死者となった妻が徘徊しているのか? 消えた妻の遺体を探してラヴィネルは奔走することになりますが…。

 保険金と愛人との再婚を目的に、妻を共謀して殺害した男が、精神的に追い詰められていく…というサスペンス長篇です。妻の遺体がなくなってから、まるで妻が生きているかのような痕跡が現れはじめ、人によっては妻本人に会ったという人までが現れる始末。妻は本当に生きているのか?
 殺人を犯す夫のラヴィネルが精神的にナイーブな男で、気が弱いところから、追い詰められていくことになります。もともと愛人を作ったのもリュシエーヌからの誘惑、そして殺人計画自体もリュシエーヌが主導しているのです。妻のミレイユに対しても、特別憎しみがあるわけではなく、愛人のいうままに計画に加担してしまった…という感が強いのです。妻が生きているのでは? という疑惑が続いているうちに、ラヴィネルの現実感覚も狂い始め、普通に妻が家に帰ってくるのを肯定するような態度まで取るようになってしまいます。
 遺体が収容されているかもしれないと死体置場を訪れたり、ふと知り合った元刑事に捜索の手伝いを頼んでしまったりと、ラヴィネルの行動はほとんどパニック状態。リュシエーヌに助けを求めるも、彼女は一方的に突き放し、ラヴィネルは精神的にも孤立無援の状態になってしまいます。

 殺人を犯しているとはいえ、それほどの悪人ではなく、積極性にも欠けるだけに、読んでいて主人公ラヴィネルの苦境に同情してしまうところもありますね。ただ、死んだはずの妻の影が見え隠れするとはいっても、罪を断罪されたり脅迫されたりと、具体的な被害を受けているわけではないので、飽くまで主人公が精神的に追い詰められ破滅していくという、純サスペンス的な作品になっています。
 妻の遺体の消失、そしてその生死に関しても、最終的には現実的な解釈がなされるのですが、それまでの主人公ラヴィネルが経験する事態は本当に悪夢のようで、その肌触りはミステリというよりは幻想小説といった方が良いぐらいですね。

 ちょうどボアロー、ナルスジャックのミステリ小説論『探偵小説』(文庫クセジュ)を買ったので、本人の作品について書かれている箇所がないかと思って拾い読みしてみると、ありました。ちょうどこの作品『悪魔のような女』に触れているところがあり、参考になります。ちょっと引用しますね。

このように、事態に納得のゆく説明がつけられないと、犠牲者は現実の世界に戻って来られない。いわば悪夢を遠隔操縦する敵によって、とことんまでもてあそばれてしまうのである。しかしサスペンスに対して加えられたこのちょっとした改変は、その性格を根本的に変えることになる。不安は正体のはっきりした恐ろしい危険が引き起こす恐慌状態(パニック)ではなくなり、未知のものや形を成さない謎を前にした不安に席をゆずる。

 自作について語っている部分は、サスペンス小説についての章なのですが、実はこの部分のちょうど一つ前がウィリアム・アイリッシュについての論述になっています。ボアロー、ナルスジャックはアイリッシュについて、サスペンスを完璧の域まで高めた作家であると、最高級の賛辞をささげています。
 アイリッシュの登場人物は悪夢に襲われながらも、最終的に悪夢からは覚めてしまうが、もし彼らが悪夢から覚めないとしたらどうなるだろうか、という提案をしています。ボアロー、ナルスジャックはまさにその路線を意識的に狙っているようなのです。再度引用しますね。

被害者は単純に苦しむばかりでなく、拷問係の選び抜いた方法でさらに苦しめられることになる。これには緻密な構成が前提となるだろう。中心的な登場人物が現実の中にもどって来ないのだから、物語は幻想的なもののほうへ向くことになる。

 要するに彼らの作品においては、恐怖の対象が具体的なものではなく、明確な対象のない「不安」が主調となっている、とのことだと思います。これ、ミステリというよりは幻想小説へ向かう方向で、実際、ボアロー、ナルスジャックは自分たちの作品が幻想小説に近い、ということを意識していたようですね。
 このサスペンスについて書かれた章の最後の部分、サスペンスと幻想小説の近縁性について非常に示唆的なことが書かれており、非常に参考になります。最後の一段落は興味深い発言なので、こちらも引用しておきますね。

しかしこれとはまったく反対に、もし《現実の世界への復帰》を欠いたサスペンス小説がきわめて巧みに書かれ、非常に魅惑的な雰囲気を醸し出すならば、それは幻想小説になり、最終的な絵解きは興ざめなむしろ余分なものになるだろう。サスペンス小説は、スリラー小説と空想科学小説の中間に、つまり『黒衣の花嫁』(ウィリアム・アイリッシュ)と『私は伝説である』(リチャード・マシスン)の間に留まらなければならない。二方向への変化がたえずサスペンス小説をねらっている。恐怖によって下方へ、超自然によって上方へ、という二つの変化である。

 幻想小説になる直前でかろうじてサスペンスにとどまる作品、というのが、ボアロー、ナルスジャックが狙っていた方向のようで、ここまで自作を意識的にコントロールしていたとするなら、すごい作家ですね。彼らがマシスンの『アイ・アム・レジェンド』を読んでいた、というのも興味深いところです。

 あと、E・S・ガードナーを論じている部分で次のように述べているのも面白いです。

…彼には残酷趣味の片鱗すら見られないが、サスペンスが緩慢な死を歌う詩となるためにはそれが不可欠なのである。

 ボアロー、ナルスジャックは、サスペンスには残酷さが不可欠と考えていたというのは面白いですね。彼らの実作には確かに残酷趣味が強いです。また、残酷劇で知られた<グラン・ギニョル座>にも脚本を提供していたりしますね。
 時代的には、<グラン・ギニョル>の最盛期よりも後になりますが、その血脈を受け継いだ作家の一人といっていいのかもしれません。


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愛と永遠  S・P・ソムトウ『ヴァンパイア・ジャンクション』

ヴァンパイア・ジャンクション (創元推理文庫) 文庫 – 2001/9/1


 S・P・ソムトウの長篇『ヴァンパイア・ジャンクション』(金子浩訳 創元推理文庫)は、世界中の話題をさらう美少年歌手が、実は数千年を生きるヴァンパイアであり、彼の数奇に満ちた人生が語られていくというホラー・ファンタジー作品です。

 大ヒット曲《ヴァンパイア・ジャンクション》で、世界中のティーンエイジャーから絶大な人気を誇る12歳の美少年ロック歌手ティミー・ヴァレンンタイン。彼の正体は、数千年の時を生きる吸血鬼でした。名前を変え、場所を変えては生き延びてきたのです。
 ティミーから依頼を受けた女性精神分析医カーラ・ルーベンスは、彼の数奇に満ちた過去を聞くことになります。
 一方、オカルトを信奉する団体〈混沌の神々〉の面々は、ティミーの存在を知り、彼を殺すための偶像を手に入れようと東南アジアに向かいます。
 カーラの前夫である指揮者スティーヴン・マイルズは、幼い頃に目撃したティミーの存在に憑かれていましたが、ある事情から〈混沌の神々〉行動を共にすることになります。
 また、吸血鬼によって姪を殺されたブライアンは、復讐のためにティミーたちを追っていました…。

 長い時を生きる美少年吸血鬼ティミーについて、現代アメリカで歌手として活躍する様子と、波乱に満ちた彼の過去が、カットバックで語られていくというホラー・ファンタジー作品です。
 ティミーの過去に関しては、彼の精神分析をすることになった女医カーラが、それぞれのエピソードを聞いていくという形になります。過去のエピソードでは、人間の少年のふりをしてそれぞれの時代や町に入り込んだティミーの動きが語られていくのですが、どれも伝奇的な味わいがあって面白いですね。
 中では、ナチスの収容所に入り込み、何度も殺されるというエピソードや、ジル・ド・レーに捕らえられ、彼の邪悪さと狂気に当てられてしまうエピソードなどのインパクトが強いです。
 現代では、仲間を求めるティミーが、過去に吸血にしてしまった少女キティーを見つけたことから彼女を保護しますが、彼女が勝手に吸血行為を繰り返し吸血鬼を増やしてしまったり、自殺願望の強い少女リサを吸血鬼にしてしまったことから、リサの叔父ブライアンがティミーに復讐心を抱くことにもなります

 ティミーの明確な敵として現れるのが〈混沌の神々〉なるオカルト団体。過去に行った儀式によってティミーを呼び出したと信じていることから、彼を退治しようと東南アジアに飛び、不気味な偶像を手に入れようとすることにもなります。
 このメンバーが、比較的まともなスティーヴン・マイルズを除いて、皆が皆変態じみた人間ばかりで怖気を振るってしまいます。主人公ティミーが吸血鬼でありながら、人間に対しても同情心を抱く繊細な少年として描かれており、それもあって、読者としては、彼に敵対する〈混沌の神々〉やブライアンたちの勢力よりも、ティミーの側を応援したくなりますね。

 ティミーの周辺だけでなく、ふとしたことから吸血鬼になってしまった人物とその家族を描くエピソードも作中でいくつか描かれていきます。後半では、町全体の人間が吸血鬼化してしまうことにもなり、ティミーの思惑とは裏腹に、彼が退治されるべき怪物であるかのように思われてしまうのも皮肉な展開です

 この作品に登場する吸血鬼は、変身能力が得意のようで、蝙蝠や狼、他にもいろいろな動物に変身が可能なようです。吸血鬼になったばかりの者は日光や十字架が苦手なのですが、あくまで心理的な制約のようで、ティミーのように長年生きているものは、そうした制約を克服しています。
 ユニークなのは、主人公ティミーの人物像でしょうか。彼が求めているのは愛なのですが、その愛も肉体的なものではなく、精神的・象徴的なそれなのです。鍵を握るのは、精神分析医カーラと、〈混沌の神々〉の一員として行動するものの、ティミーに惹かれ続ける音楽家スティーヴン。彼ら三人が出会ったときに起きるのは何なのか? 「元型」を始めとして、ユング的な思想や解釈が示されたりするあたりも、吸血鬼小説には似合わぬ面白い味わいですね。

 タイトルであり、ティミーの曲でもある《ヴァンパイア・ジャンクション》の「ジャンクション」とは、吸血鬼とそれにかかわる人々の様々な出会いを、分岐点や合流点といった意味を含めて使われているようですね。
 全体としてはミスティックなカラーの作品なのですが、吸血行為や、人間との戦いをめぐる戦闘シーンはかなり派手で極彩色です。スプラッター的な要素も強く、ホラーアクションとしても魅力的な場面が展開されています。後半に登場する、吸血鬼になってしまった家族に襲われる少年たちを描くエピソードは、単体でも恐怖度の高いホラー作品として楽しめます。

 吸血鬼による告白、というテーマでは、アン・ライス『夜明けのヴァンパイア』(1985年発表)が思い浮かぶのですが、こちらのソムトウ作品の方が発表は早いそうです(1984年発表)。
 シリーズ続編もいくつかあるそうなのですが、そちらは未訳です。


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同人誌『海外怪奇幻想小説ブックガイド1』刊行のお知らせ
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 新しく、同人誌を作成することにしました。タイトルは『海外怪奇幻想小説ブックガイド1』。海外の怪奇幻想小説のレビューをまとめたブックガイドです。扱っている作品は、一八世紀末のゴシック・ロマンスから現代のホラー小説まで、時代も多岐にわたっています。
 近年、貴重な翻訳小説の同人出版が続いてきたこともあり、これらの本に関しても、いくつか紹介しています。
 恣意的ではありますが、大まかにテーマを分けて作品を分類しています。狭義の怪奇幻想小説だけでなく、ミステリやSF、文学といった隣接ジャンルとの境界作品なども併せて紹介しています。

 印刷の状況にもよりますが、6月末から7月始めぐらいに刊行を予定しています。タイトルに「1」とついていますが、「2」の刊行も続けて予定しています。内容に関してはこちらも大体出来ているので、「1」の刊行後、2~3か月ぐらいで出せればいいなと考えています。

 通信販売は、以下のお店で扱っていただく予定です。販売開始の準備ができましたら、改めて告知したいと思います。

書肆盛林堂さん
CAVA BOOKS(サヴァ・ブックス)さん
享楽堂さん
※まだ通販ページには反映されていません。

仕様は以下の通りです。

『海外怪奇幻想小説ブックガイド1』
サイズ:A5
製本仕様:無線綴じ
本文ページ数:244ページ(表紙除く)
表紙印刷:カラー
本文印刷:モノクロ
表紙用紙:アートポスト200K
本文用紙:書籍72.5K(クリーム)
表紙PP加工あり


内容は以下の通り。

まえがき

怪物の物語
W・H・ホジスン『〈グレン・キャリグ号〉のボート』
E・H・ヴィシャック『メドゥーサ』
ジャック・ウィリアムスン『エデンの黒い牙』
トマス・ペイジ『ヘパイストスの劫火』
ジェイムズ・ハーバート『鼠』
ホイットリー・ストリーバー『ウルフェン』
ジョー・R・ランズデール『モンスター・ドライヴイン』
キャスリン・プタセク『シャドウアイズ』
ロバート・R・マキャモン『ナイト・ボート』
ショーン・ハトスン『スラッグス』
ダン・グリーンバーグ『ナニー』
ハリー・アダム・ナイト『恐竜クライシス』
トマス・F・モンテルオーニ『聖なる血』
トマス・F・モンテルオーニ『破滅の使徒』
ジェイ・R・ボナンジンガ『シック』
ロジャー・ゼラズニイ『虚ろなる十月の夜に』
アルベール・サンチェス・ピニョル『冷たい肌』
サイモン・クラーク『地獄の世紀』
アイザック・マリオン『ウォーム・ボディーズ』
S・G・ブラウン『ぼくのゾンビ・ライフ』
M・R・ケアリー『パンドラの少女』
スティーヴン・ロイド・ジョーンズ『白夜の一族』
エゼキエル・ブーン『黒い波 破滅へのプレリュード』
マックス・ブルックス『WORLD WAR Z』
デヴィッド・コープ『深層地下4階』

超能力者の物語
ジョン・ファリス『フューリー』
バリ・ウッド『殺したくないのに』
バリ・ウッド『エイミー』
バリ・ウッド『人形の目』
バリ・ウッド『地下室の亡霊』
デイヴィッド・ショービン『アンボーン 胎児』
ダン・シモンズ『うつろな男』

侵略者たち
E・F・ラッセル『超生命ヴァイトン』
フレドリック・ブラウン『73光年の妖怪』
ジャック・フィニイ『盗まれた街』
ジョン・ウィンダム『呪われた村』
フィリップ・ホセ・ファーマー『淫獣の幻影』
フィリップ・ホセ・ファーマー『淫獣の妖宴』
ロバート・R・マキャモン『スティンガー』

吸血鬼の物語
ホイットリー・ストリーバー『薔薇の渇き』
ホイットリー・ストリーバー『ラスト・ヴァンパイア』
モーリス・ポンス『マドモワゼルB』
ロバート・R・マキャモン『奴らは渇いている』
ジョージ・R・R・マーティン『フィーヴァードリーム』
クリストファー・パイク『謎の吸血湖』
トム・ホランド『真紅の呪縛』
トム・ホランド『渇きの女王』
デイヴィッド・ソズノウスキ『大吸血時代』
デイヴィッド・マーティン『死にいたる愛』
ジョン・スティークレー『ヴァンパイア・バスターズ』
J・A・リンドクヴィスト『MORSE  モールス』
ブレイク・クラウチほか『殺戮病院』

魔性の子どもたち
トマス・トライオン『悪を呼ぶ少年』
レアード・コーニグ『白い家の少女』
ヒュー・フリートウッド『ローマの白い午後』
ジョン・ソール『ゴッド・プロジェクト』
フランク・デ・フェリータ『オードリー・ローズ』
ローレンス・ブロック『魔性の落とし子』
バーナード・テイラー『マザーズ ボーイ』
ガイ・バート『体験のあと』

残酷な物語
アンドレ・ド・ロルド『ロルドの恐怖劇場』
真野倫平編訳『グラン=ギニョル傑作選』
モーリス・ルヴェル『夜鳥』
モーリス・ルヴェル『ルヴェル新発見傑作集 仮面』
モーリス・ルヴェル『ルヴェル新発見傑作集 遺恨』
モーリス・ルヴェル『ルヴェル新発見作品集 緑の酒』
モーリス・ルヴェル『ルヴェル第一短篇集 地獄の門 完全版』
ガストン・ルルー『ガストン・ルルーの恐怖夜話』
オクターヴ・ミルボー『責苦の庭』
マリアンヌ・マイドルフ『魔女グレートリ』
トッド・ロビンス『侏儒と拍車』
ロバート・ブロック『暗黒界の悪霊』
レイ・ラッセル『嘲笑う男』
レイ・ラッセル『血の伯爵夫人』
リチャード・マシスン『縮みゆく男』
クエンティン・クリスプ『魔性の犬』
ジョン・ソール『惨殺の女神』
ピーター・トレメイン『アイルランド幻想』
マーティン・シェンク『小さな暗い場所』
ゴード・ロロ『ジグソーマン』
ヴィクター・ラヴァル『ブラック・トムのバラード』
C・J・チューダー『アニーはどこにいった』

神秘の国
E・T・A・ホフマン『ホフマン短篇集』
M・P・シール『紫の雲』
アルフレート・クビーン『裏面』
A・レルネット=ホレーニア『モナ・リーザ・バッゲ男爵他』
A・レルネット=ホレーニア『両シチリア連隊』
A・レルネット=ホレーニア『白羊宮の火星』
コッパード『天来の美酒/消えちゃった』
W・デ・ラ・メア『デ・ラ・メア幻想短篇集』
ワレリイ・ブリューソフ『南十字星共和国』
ジュール・シュペルヴィエル『日曜日の青年』
レオ・ペルッツ『夜毎に石の橋の下で』
ウィリアム・アイリッシュ『夜は千の目を持つ』
コーネル・ウールリッチ『今夜の私は危険よ』
ギルバート・フェルプス『氷結の国』
ロバート・R・マキャモン『少年時代』
トンマーゾ・ランドルフィ『月ノ石』
ギョルゲ・ササルマン『方形の円』
ジェフリー・フォード『言葉人形』

ゴシック!
アン・ラドクリフ『イタリアの惨劇』
C・H・シュピース『侏儒ペーター』
フリードリヒ・シラー『招霊妖術師』
F・M・クロフォード『プラハの妖術師』
C・B・ブラウン『ウィーランド』
C・B・ブラウン『エドガー・ハントリー』
『ゴシック演劇集』
ルートヴィヒ・ティーク『青い彼方への旅』
J・S・レ・ファニュ『吸血鬼カーミラ』
J・S・レ・ファニュ『ドラゴン・ヴォランの部屋』
三馬志伸編訳『ヴィクトリア朝怪異譚』
アレクサンドル・デュマ『千霊一霊物語』
ヒュー・ウォルポール『暗い広場の上で』
ロバート・ブロック『アメリカン・ゴシック』
ロザリンド・アッシュ『蛾』
ロザリンド・アッシュ『嵐の通夜』
ネイオミ・A・ヒンツェ『きみはぼくの母が好きになるだろう』

狂気の物語
R・L・スティーヴンスン『ジキル博士とハイド氏』
シャーリイ・ジャクスン『鳥の巣』
ガイ・エンドア『パリの狼男』
ヘレン・ユースティス『水平線の男』
ダフネ・デュ・モーリア『破局』
ダフネ・デュ・モーリア『鳥』
リチャード・マシスン『愛人関係』
ステフェン・ギルバート『ウイラード』
バリ・ウッド&ジャック・ギースランド『戦慄の絆』
ハーバート・リーバーマン『地下道』
ラムジー・キャンベル『母親を喰った人形』
ラムジー・キャンベル『無名恐怖』
ロバート・R・マキャモン『マイン』
グレアム・マスタートン『黒蝶』
ジョイス・キャロル・オーツ『生ける屍』
キャシー・コージャ『虚ろな穴』
ルーパート・トムソン『終わりなき闇』
ドナルド・E・ウェストレイク『斧』
トム・サヴェージ『捕食者の貌』
ニック・カッター『スカウト52』
ロバート・コーミア『ぼくの心の闇の声』

魔術と呪術
オドエフスキィ『火のドラゴンの秘密』
A・メリット『魔女を焼き殺せ!』
フリッツ・ライバー『妻という名の魔女たち』
サーバン『人形つくり』
ウイリアム・H・ハラハン『タリー家の呪い』
マックス・エールリッヒ『リーインカーネーション』
マイケル・マクダウエル『アムレット』
フレッド・M・スチュワート『悪魔のワルツ』
ナタリー・バビット『時をさまようタック』
ジェイムズ・ハーバート『奇跡の聖堂』
ジェームズ・ハーバート『魔界の家』
ニコラス・コンデ『サンテリア』
ジェイ・R・ボナンジンガ『ブラック・マライア』
M・テム&N・ホールダー『ウィッチライト』
ジョー・シュライバー『屍車』
パトリシア・ギアリー『ストレンジ・トイズ』
トマス・オルディ・フーヴェルト『魔女の棲む町』
リン・トラス『図書館司書と不死の猫』


謎だらけの物語  山口雅也『謎(リドル)の謎(ミステリ)その他の謎(リドル) 』

謎(リドル)の謎(ミステリ)その他の謎(リドル) (ミステリ・ワールド) 単行本 – 2012/8/24


 山口雅也『謎(リドル)の謎(ミステリ)その他の謎(リドル) 』(早川書房)は、謎が解決されないまま終わるという<リドル・ストーリー>をテーマに書かれた作品を集めた短篇集です。

アブラハム・ネイサン「異版 女か虎か」(山口雅也訳)
 ヘロデ王は、義理の娘であり姪でもあるサロメに執着していました。彼女が奴隷剣闘士のイアソンに夢中であることを知った王は、イアソンを《女か虎か》の刑に処することを考えます。
 それは、片方の扉に美女、もう片方の扉に虎を入れ、美女の扉を開いたらその女性との結婚、虎の扉を開けたらそのまま食い殺されてしまう、というものでした。
 美女として用意されるのが、以前からイアソンと相思相愛である侍女ミリアムであることを知ったサロメは、自らが入れ替わり扉に入ることによりイアソンと結婚してしてしまおうと考えます。一方ヘロデ王は、怒りの念だけでなく、反乱の芽を摘む意味でもイアソンを始末したいと考え、二つの扉に両方とも虎を入れてやろうと考えていました…。

 ストックトン「女か虎か」は、ヘロデ王とサロメがモデルになった作品だった、という設定で書かれた作品です。この設定自体は、ジャック・モフィットによる続編「女と虎と」で使われてはいるのですが、モフィット作品よりも更に詳細を描き込み、奥行きのある物語となっています。
 歴史学教授ツィンマーマン博士によって、物語の由来についての序文が付けられているのですが、これが本当にもっともらしく出来ています。博物館の研究員の名前が「メルクール・ボアロオ」(エルキュール・ポアロ)だったり、書簡の閲覧者の履歴に「ジャック・モフェット」(続編「女と虎と」を書いた人)の名前が残されていたりと、ディテールが楽しいですね。
 さて、物語自体ですが、原話にたっぷりとした肉付けがされて、厚みのあるお話になっています。主人公イアソンだけでなく、ヘロデ王やサロメなど、他の具体的な登場人物たちに関しても、その心理や目論見が描写され、彼らの「選択に迷う」シーンが描かれていきます。
 二つの扉に虎を入れて確実にイアソンを殺そうとするヘロデ王、自らが「美女」となりイアソンと結婚してしまおうと考えるサロメ、侍女ミリアムを愛しながらもよんどころのない状況に置かれて選択を迷うことになるイアソン…。それぞれの登場人物が、それぞれ深読みしようとすることによって、事態がどんどん複雑になっていき、結果的に何が起こったのか分からなくなる、というお話になっています。「女か虎か」だけでなく、考え得る自体が何通りも考えられるようになっているという意味で、重層的な<リドル・ストーリー>になっています。

「群れ」
 ロボット会社に勤める「私」と同僚の影山はこのところ続いている失踪事件について不審の念を抱いていました。失踪した人間を見かけた者によれば、彼らは群れのようにして行動していたといいます。生物研究所の研究員である影山は、動物同様に、人間も天敵から身を守るために群れているのではないかと話します…。

 「群れ」のように行動する人間が増え始め、それは本能的に危険を避けるためではないか…という、<奇妙な味>というか不条理風味の強い作品です。人間を超えた存在がほのめかされる…という点で、破滅SF的な味わいもありますね。

「見知らぬカード」
 いつの間にか財布に入っていた謎のカードを見つけた「私」。陰陽マークの入ったそのカードには全く見覚えがありません。キャバクラの会員証の類かと、同僚に訊ねてみると彼は狼狽えた状態で去ってしまいます。上役に訊ねると、彼は怒り出してしまいます。
また妻はカードを見た途端に家を出ていってしまいます。しかも誰もがそのカードの内容については話してくれないのです。このカードはいったい何なのか…?

 それを見た人間によって異なる反応を引き起こす謎のカード。しかもその意味や役割については誰も話してくれないのです。タイトル・内容からも、<リドル・ストーリー>の名作とされる、クリーブランド・モフェットの「謎のカード」のオマージュと思しい作品です。

アブラハム・ネイサン・ジュニア「謎の連続殺人鬼リドル」(山口雅也訳)
 巷では、謎の連続殺人鬼リドルのことが噂になっていました。彼は、子どもや老人などを誘拐し、その家族に謎々を出題するというのです。謎々が解けなかった人々は、本人も人質も殺されていました。事件を捜査するジョイス捜査官のもとには、彼女の息子を狙っているかのような脅迫文が届きます…。

 謎を出題し、それが解けなければ殺してしまうという連続殺人鬼が登場するサイコ・スリラーです。謎に正解して助かった人間もいることから、ゲームにはフェアな犯人なのかと思いきや、やはり一方的で卑劣な本性が明かされることにもなります。
 <リドル・ストーリー>が主眼の短篇集の収録作であることから、当然、最後の謎々の答えは明かされません。「訳者」曰く、論理的に答えは推理できるとのことですが、これは難しいですね。しかも謎々がエピメニデスのパラドックス「クレタ人はみなうそつきである」みたいな内容なので、ますます分からなくなってしまいます。
 「異版 女か虎か」同様、海外作家の小説の翻訳という体裁で、作者も、「異版 女か虎か」の作者アブラハム・ネイサンの息子ではないか、という凝った設定になっています。

「私か分身か」
 会社員の二見は、ドッペルゲンガーを病的に恐れていました。歓迎会の帰りに新人の美香と一緒になった二見は、駅の通路の片隅にいるホームレスの男の顔が自分そっくりなのを見つけて驚きます。一方ホームレスの「ブンさん」は、通りがかったサラリーマン風の男が自分そっくりなのを見て恐怖を抱き始めていました…。

 自分の分身を見つけた男の恐怖を描く、いわゆる「ドッペルゲンガーもの」のホラー作品です。このテーマの通例である、自分が本当に自分であるかが分からなくなるという、アイデンティティーの恐怖が描かれているのですが、それに加えてSF的な解釈もされていて、面白い作品になっています。
 結末では、自分が本当の自分なのか、ドッペルゲンガーの方であるのかが分からなくなる、という<リドル・ストーリー>的な味わいも強くなっています。
 アイデンティティーに関する恐怖の部分も「自分の人生のもう一つの可能性に対する不安」という、独特の表現がされていますが、SF的な解釈とも相まって、考えさせる作品にもなっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

日常の亀裂  ケイト・アトキンソン『世界が終わるわけではなく』

世界が終わるわけではなく (海外文学セレクション) 単行本 – 2012/11/29


 ケイト・アトキンソンの短篇集『世界が終わるわけではなく』(青木純子訳 東京創元社)は、奇妙な味でちょっぴり不条理、幻想的な作品集です。

 不穏な状況の中デパートに買い物に来た二人の女性のお喋りが展開される「シャーリーンとトゥルーディのお買い物」、魚に憧れる母子家庭の少年の幻想を描く「魚のトンネル」、テロメアの研究者の女性が不老不死の力を持つ女性に出会うという「テロメア」、夫の不倫で離婚した妻と二人の子どもとのかみ合わない生活を語った「不協和音」、孤児として育った男が妻子を得ると同時に父親とその家庭について思いを馳せるという「大いなる無駄」、父親に会いにヨーロッパに出かけた少年とそのナニーの女性との不思議な旅程を語る「予期せぬ旅」、たびたび記憶が失われる男が自分の分身に出会う「ドッペルゲンガー」、拾った雄猫が巨大になりまるで人間のようになるという「猫の愛人」、幼くして父母を失った男の人生の出来事が様々に語られる「忘れ形見」、事故で死んだ女性が死後も残された家族を見守ることになるという「時空の亀裂」、子ども二人と離れて一人暮らすことになった母親の心理を描いた「結婚記念品」、疫病で部屋に閉じ込められることになった二人の女性の会話を描く「プレジャーランド」の12篇を収録しています。

 大きく二つの系統の作品が収められています。一つは、超自然や不思議な現象が起こる異色短篇風の作品。もう一つは、登場人物の人生を語った純文学風の作品です。ただどちらの系統の作品にも特色があります。
 異色短篇風の作品では、不思議な出来事や現象が起こるものの、明確なオチをつけず、不意に物語が閉じられてしまったり、不条理な空気のまま終わる作品が多くなっています。また純文学風の作品でも、風変わりな出来事やエキセントリックな人物が登場したりと、その味わいは<奇妙な味>に近いのです。
 全体に、異色短篇と純文学の中間のような味わいで、個々の作品の違いは、それが異色短篇寄りなのか、純文学寄りなのか、といったところにある感じでしょうか。

 短篇集自体に、登場人物が再登場するという面白い趣向が使われています。ある短篇に登場した人物が、またある短篇に登場するのです。もちろん再登場する際には、以前とは異なった立ち位置になっています。脇役だった人物が、他の短篇では主役となって現れたり、その逆もあります。また、終始主役級としては現れないものの、様々な短篇で脇役として登場したり、言及されたりする人物もいたりと、その現れ方は多様ですね。
 解説にもありますが、「変身」や「変容」がテーマになっているようで、短篇のそれぞれで登場人物たちの変身願望、それに類する人生のやり直し願望などが描かれるのも面白いです。物語の最初に引用されるのが、まさにオウィディウス『変身譚』で、このあたり作者も意識的なようです。
 超自然的な「変身」が語られる「テロメア」「ドッペルゲンガー」「猫の愛人」「時空の亀裂」のような作品だけでなく、「魚のトンネル」のように超自然が描かれない純文学風作品でも、そうした要素は描かれていますね。
いわゆるポップカルチャーへの言及が多いのも特徴で、ゲームやドラマなどの言及や引用も多いです。日本のゲームも登場しています。いちばん言及が多いのは、「バフィー 」シリーズで、これは作者がファンなのか、やたらと出てきます。

 個々のお話として特に面白かったのは「テロメア」「時空の亀裂」などでしょうか。

「テロメア」は不思議な味わいの作品。テロメアを研究する女子学生がヨーロッパめぐりをすることにします。現地の恋人と共にパーティに参加した彼女は、そこで大物プロデューサーのゴールドマン夫妻に出会います。ゴールドマン夫人は、若作りの女性で奇妙なケープをつけていました。夫人は、数世紀も生きているという摩訶不思議な話を始めますが…。
不老不死を扱った幻想作品なのですが、それらの超自然的な要素が登場するまでは普通小説風の展開なので、後半からの落差に驚かされます。結末も唐突で、この展開には驚く人もいるのではないでしょうか。

「時空の亀裂」はこんな物語。車の事故に遭った主婦のマリアンヌ。気が付くと宙に浮き、自分の体を上から見つめていました。自分が死んだことを認識したマリアンヌは自宅に戻り、夫と息子の生活を見守ることになりますが…。
死者となった女性が死後も家族を見守り続けるという物語なのですが、どうも展開が異様で印象に残る作品です。死者になった女性の自意識の描写も普通でないのですが(死者なので当然と言えば当然ですが)、結末で起こる出来事が唐突かつ不条理でびっくりします。
 「時空の亀裂」というタイトルからも、時間や空間といったSF的な出来事が起こったのではないかとも想像はできるのですが、詳しい説明はされないので、そのあたりもはっきりとは分かりません。いわゆるゴースト・ストーリーなのですが、こんな変なゴースト・ストーリーはそうそうないんじゃないでしょうか。

 異色短篇風の作品だけでなく、純文学風のタイプの作品にも魅力があります。「大いなる無駄」「忘れ形見」では、大人になった主人公が、得られなかった子ども時代の幸福について考えるのですが、そのあたりの心境を語る描写には味わいがありますね。

 全体に幻想的な作品集といえるのですが、作者がいわゆるジャンル小説の書き手ではないこともあり、展開が全く読めない、不思議な手触りの作品となっています。変わった作品を読みたい方にはお勧めしておきたいと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

海外短篇エトセトラ
 単発で書いた海外短篇のレビューがたまっていたので、まとめておきたいと思います。怪奇幻想小説、<奇妙な味>作品を中心に、36作品を紹介しています。


ワレーリイ・ブリューソフ「生き返らせないでくれ」(深見弾訳『ロシア・ソビエトSF傑作集』創元SF文庫 収録)
 語り手の「わたし」は、世間の話題を呼んでいる「魔術研究所」を見学することに成功します。そこでは人間を生き返らせる実験を行っていると噂されていました。所長が語るには、人間の人格は神経中枢に保存されており、死後も人格を復活させることが可能だというのです。
 しかし資金や技術的な問題により、実験は制限されていました。復元は短期間だけであり、しかも肉体的に不完全な状態で蘇っていたのです。研究所で復元されたのは、一人目はヘーゲル、二人目はニノン・ド・ランクロー、そして三人目は意外な人物でした…。

 「科学的な」方法による人格復元といいつつ、なにやらその手段は魔術的でオカルトチック。しかも蘇った人間は不完全な状態なのです。こんな状態での蘇りに意味はあるのか、語り手は疑問を抱きます。
 短篇集『南十字星共和国』の収録作でもそうなのですが、ブリューソフは残酷な状況をかなり突き放した視点で見ている作品が多く、本作もその例に漏れません。ただこの短篇では、諷刺的・ブラックユーモア的な要素が強く出ているのが面白いところですね。



トーマス・M・ディッシュ「読書する男」(浅倉久志訳『ミステリマガジン1994年12月号』早川書房 収録)
 近未来、仕事にあぶれた男は読書することによってお金を稼ごうとします…。

 主人公に仕事を斡旋する人物が明らかに詐欺師なのですが、主人公もまた別の手口で詐欺をしたり、盗作しても誰も本を読んでいないので気づかれない…とか、皮肉なタッチで描かれる作品なのですが、意外と「読書」の本質的なところをついている作品のような気もします。
 主人公が盗作して作った本のタイトルが「ボヴァリー夫人をバラすまで」だったり、言及されるジャンルが「ニュー・ウェーブ・ポストモダン・スプラッターパンク小説」だったりするのが楽しいです。



ラムジー・キャンベル「夢で見た女」(大森望訳『ミステリマガジン1994年12月号』早川書房 収録)
 ホラーやオカルトジャンルの本の表紙画を手がけている男が、自分の想像の中の女をモデルにすることで仕事が評価され始めます。男は空想上の女のイメージに取り憑かれていく一方、妻との仲はぎくしゃくし始めていました…。

 官能的な要素の強い作品ですが、空想と現実が混濁し始める悪夢のような空気感があり、力作といってよい作品だと思います。



ロバート・エイクマン「案内人」(西崎憲訳『ミステリーズ!vol.54』東京創元社 収録)
 休暇でベルギーの聖バーフ大聖堂を訪れたジョン・トラントは、石の下から突然現れた男の子とも女の子ともつかない不思議な子供に連れられ、大聖堂の中を見学することになりますが…。

 エイクマン作品の通例で、はっきりとした意味などは取れないのですが、そのダークな雰囲気、結末のヴィジュアルなどにインパクトのある作品ですね。



アーサー・キラ=クーチ「プシュケー」(西崎憲訳『ミステリーズ!vol.54』東京創元社 収録)
 蒸気機関車の運転士である男は、体の弱い妻を静養のためレミンスターに下宿させていました。レミンスターの劇場が大火事になり、たまたま劇場を訪れる予定だった妻を心配する男でしたが…。

 妻に寄せる愛情ゆえに、男がだんだんと狂ってしまうという物悲しい怪奇小説です。魂の象徴として使われる蝶や蛾のモチーフが美しいですね。タイトルの「プシュケー」も内容に即していて象徴的。



モーリス・ルナール「甘ったるい話 残酷な愛」(吉澤弘之訳『6つの物語』amazon kindle 収録)
 芸術家の男が構ってくれなくなった恋人に復讐される…という復讐奇談。享楽的な雰囲気で進むので結末には驚かされるかも。モーリス・ルヴェル作品を思わせますね。



モーリス・ルナール「彼女(エル)」(吉澤弘之訳『6つの物語』amazon kindle 収録
 深夜に一人で車を運転している男は、車内に超自然的な何かが侵入したことを感じ取りますが…。

 最後まで怪異ははっきり現れず、ほぼ男の心理的な恐怖だけで構成されるという怪奇小説です。



モーリス・ルナール「死の蝶(パピヨン)」(吉澤弘之訳『6つの物語』amazon kindle 収録)
 養蜂業者として働くため、父親の知り合いであるヤコブス親方のもとを訪れた少年フリッツは、親方の片目がつぶれていることに気づきます。親方は蛾のせいで蜂蜜が駄目になったと話しますが…。

 蛾をモチーフにした恐怖小説。「スフィンクス・アトロポス」という、ドクロのような模様を持つ蛾が登場します。蛾のモチーフも不気味ですが、結末はかなりショッキング。残酷小説の趣もありますね。



パトリシア・ハイスミス「からっぽの巣箱」(小倉多加志訳『11の物語』ハヤカワ・ミステリ文庫 収録)
 主婦のイーディスは、庭の巣箱に何者かわからない動物が入っているのを目にします。小鳥のために作ったその巣箱には今は何も入っていないはずでした。
 不気味に思ったイーディスは夫のチャールズに確認してもらいますが、巣箱の中には何もいません。部屋の中でも何度かその動物らしき存在が走り去るのを目撃したイーディスはふと動物に対して「ユーマ」という名前を心に思い浮かべます。
 夫と相談のうえ、ネズミ捕りが上手だという近所の猫を借りてくることになりますが…。

 巣箱の中に突如出現し、夫婦の前に現れ続ける謎の生き物を描いた不穏な雰囲気の作品です。最初は妻にか目撃していなかった動物をやがて夫も目撃するようになります。しかし目撃した動物の大きさから考えるに、巣箱の中に入るような大きさではないのです。
 イーディスはお産に対する恐怖から、わざと転んでお腹の子供を流産したという過去があり、夫もまた密告により同僚を自殺に追いやったという過去がありました。もしかしたら、謎の動物は夫婦の罪の象徴なのかもしれない…とも読めます。
 再読して連想したのは、レ・ファニュの「緑茶」でした。「緑茶」は、小猿の幻影が現れ続けるという話なのですが、この作品と似た雰囲気があるなと。
 ただハイスミス作品はレ・ファニュよりもわかりにくい作品です。謎の動物に対する不安とは別に、借りてきた猫を押し付けられて帰そうとするものの、勝手に帰ってきてしまう、など、解釈の難しい展開があったりします。またイーディスが思い浮かべる動物の「ユーマ」とは何の意味なのか、というのも難しいところですね。「UMA(ユーマ:未確認動物)」という言葉がありますが、これは日本語の造語らしいので、また意味合いは違うようです。



ガストン・ルルー「三つの願い」(中川潤訳 エニグマティカ ※同人出版)
 「わたし」の家に食べ物を求めてやってきた修道士。よく見ると姿は変わっていたものの、それはかっての友人でした。無神論者だった友人からその経緯を聞いた「わたし」は彼のようになりたいとつぶやきますが…。

 清廉な生活をしているらしい修道士の友人をうらやむたびに、「わたし」に不幸な事態が降りかかってくるという、何ともブラック・ユーモアに富んだ展開。最後の部分ではどこかメタフィクショナルな雰囲気もあり、なかなかに魅力的な作品でした。
 シャルル・ペローの教訓話のパロディだそうですが、皮肉めいた展開と多様な解釈が可能な寓意的短篇です。



J・N・ウィリアムスン「ワードソング」(山田順子訳 J・N・ウィリアムスン編『ナイトソウルズ』新潮文庫 収録)
 <ワードソング>の名前で送られてきた小説を読んだアンソロジストの「わたし」は驚きます。それはまさに天才の作品だったからです。感銘を受けた「わたし」は電話で<ワードソング>に絶賛の言葉を述べますが、相手は現金でそれをあらわしてほしいと言います。
 しかもその傑作小説の出版は許可しないというのです。それからも「わたし」の元に<ワードソング>の傑作が次々と届きますが、出版は絶対に許可しないというのです…。

 絶対に出版を許可せず、アンソロジストの「わたし」のみがそれを読み評価することを許される小説。<ワードソング>の目的はいったい何なのか…?
 アンソロジストであるウィリアムスン自身を彷彿とさせる主人公、メタフィクショナルかつ寓意に満ちた結末も面白いですね。



メアリ・エレノア・ウィルキンズ=フリーマン「迷子の幽霊」(BOOKS桜鈴堂訳『夜のささやき 闇のざわめき』収録)
 エマスン夫人は、友人のメザーブ夫人から彼女が若い頃に体験したと言う不思議な話を聞きます。デニスンさんとバードさんの姉妹が始めた下宿に落ち着くことになったメザーブ夫人は、快適な家と親切な姉妹のもてなしに満足していました。しかしある夜、真っ白な顔をした小さな女の子が部屋に現れます。
 何を聞いても「お母さんはどこ?」としか答えない女の子が生きている人間ではないと考えたメザーブ夫人は、家主の姉妹に詳細を尋ねますが…。

 非業の死を遂げた幼い子供の幽霊を描いたゴースト・ストーリーです。家主の姉妹がその霊に対して同情的で、特に未亡人で優しい妹の方がその霊に惹かれていってしまいます。
 物語を語るメザーブ夫人も、詳細は描かれないものの、家族をなくす大変な目にあっているらしいことが描かれるなど、全体に物悲しくはあるけれども「優しげ」なジェントル・ゴースト・ストーリーになっていますね。ただ、雰囲気は抜群で「怖い」作品でもあります。



アメリア・B・エドワーズ「4時15分発急行列車」(泉川紘雄訳「ミステリマガジン1986年8月号」早川書房 収録)
 友人のジェルフの屋敷を訪れるため4時15分発の急行列車に乗り込んだ「わたし」は、個室で一人にしてもらう手はずだったはずなのに、鍵を使って入り込んできた男の顔に見覚えがあることに気がつきます。
 それはジェルフ夫人のいとこである弁護士ドウェリハウスでした。仕事のために大金を持ち歩いているという話を聞かされた「わたし」は、途中下車したドウェリハウスが葉巻ケースを忘れたことに気づき、後を追いかけます。
 見知らぬ男と二人で話しているドウェリハウスを見かけた直後に、その二人の姿が消えてしまったことに驚いた「わたし」は、ジェルフの館で聞かされた話にさらに驚かされます。ドウェリハウスは会社の大金を持ったまま数ヶ月前から失踪しているというのです…。

 オーソドックスなゴースト・ストーリーなのですが、語り口が非常に上手いですね。最初は失踪した人間が生きているかもということで調査を進めるのですが、やがて彼が殺されているのではないかという疑いが出てきます。
 「わたし」が見たものは幽霊なのか。衆人環視の前で犯人が摘発される場面はかなりインパクトがあります。



トーマス・バーク「小さな顔」(坂崎麻子編訳『七つの恐怖物語 英米クラシックホラー』偕成社文庫 収録)
 青いレインコートの男は、ロンドンのレンスター・ガーデンズにある資産家の屋敷に入り込みます。屋敷の主人は東洋の品物のコレクターで、部屋には仏像や根付、偶像神などがあふれていました。
 部屋に入ってきた主人を男は殺して逃げ出しますが、男の行く先々で、血まみれの根付が現れます。しかもそれらはみな殺した男の顔をしていたのです…。

 人を殺した男が幻影につきまとわれる…という恐怖小説です。それが超自然現象なのか、男の妄想・幻覚なのかははっきりしない、というタイプの作品ですね。東洋趣味で知られた作家だけに、主人公を追い回すのが「根付」であるところにユニークさを感じます。



アーネスト・ブラマ「絵師キン・イェンの不幸な運命」(法水金太郎訳「季刊ソムニウム第四号」エディシオン・アルシーヴ 収録)
 浙江省で花鳥画を生業とする画家キン・イェンは、北京に上り人物画を学ぼうと考えます。キン・イェンは、高名な絵師ティエン・リンから五種類の人物の描き方を学びます。ティエン・リンによれば、五種類もあればあらゆる物語が飾れるというのです。やがて人物の描き方を覚えたキン・イェンは、葬列をテーマにした絵で評判を取るようになります。やがて美しい娘ティエン・ナンに出会ったキン・イェンは彼女に恋しますが、彼女を描くために、新しい人物の描き方を身につけようと考えます…。

 超自然的な要素は薄いながらも、ファンタスティックかつ人工的な世界観で展開される風俗小説、といった味わいの作品です。<カイ・ルン>シリーズは、想像上の中国を舞台に、放浪の語り部カイ・ルンが様々な物語を語っていくというシリーズだそうです。この短篇だけでは全体像ははっきりしませんが、魅力的な作品ではあるようですね。
 尊敬語や謙譲語をやたらと駆使した、もってまわった語り口が採用されており、それが人工的な感覚を強くさせているのも特徴です。



ウィリアム・ウィルキー・コリンズ「悪魔の眼鏡」(甲斐清高訳 亀山郁夫、野谷文昭編訳『悪魔にもらった眼鏡』名古屋外国語大学出版会 収録)
 青年アルフレッドは、父親が面倒を見ていた老人セプティマス・ノットマンが、死の床で自分に会いたがっているということを聞きます。彼は評判の悪い人物で、行方不明になっていた時期には海賊をやっていたという噂もありました。
 セプティマスはアルフレッドにお世話になった礼として、悪魔からもらったという眼鏡と、それを手に入れることになった経緯も一緒に話したいというのです。
 かって北極探検隊の一員として出かけたセプティマスは、自らの勝手な行動で仲間とともに遭難してしまいます。飢えた彼は仲間の死体を食べるまでの行為もしたというのですが、そこで悪魔と出会い、眼鏡を手に入れたといいます。その眼鏡をかければ、人間の心の奥で考えていることが分かるといいます。ちょうどシシリアとジラ、二人の女性のどちらと結婚すべきか悩んでいたアルフレッドは、半信半疑ながら、その眼鏡を使おうと考えますが…。

 人の心を読める「悪魔の眼鏡」を扱った、怪奇幻想小説です。前半は、無頼の徒として過ごした老人がかっての罪と悪魔からの贈り物について語る物語、後半は人の心を読める眼鏡を手に入れた青年が、二人の女性の間で揺れるという恋愛もの、と非常に盛り沢山な内容が詰まったエンターテインメント作品です。
 ゴシック・ロマンス風の前半も捨てがたいのですが、後半がそれに輪をかけて面白いです。主人公の青年が、悪魔の眼鏡によって、結婚を考えている二人の女性の心のうちをのぞくことになるのですが、真のヒロインは美しい心の持ち主だった、ということにはならず、ヒロイン二人を含め、ほぼあらゆる人間が悪いことを考えていることがわかってしまう…という皮肉な展開になります。結局、完全な善人・悪人などいない、という結末は、世間や大衆を知り尽くしたコリンズならではでしょうか。
 コリンズは二流作だと考えて、単行本には収録しなかったそうですが、なかなかどうして素晴らしい作品だと思います。



アンブローズ・ビアス「ふさわしい環境」(中村能三訳『生のさなかにも』創元推理文庫 収録)
 電車の中で新聞を読んでいたマーシュは、そこで知り合いの作家コルストンに出会います。コルストンが新聞に寄稿した小説を読んでいたマーシュは、その作品を絶賛しますが、コルストンは憤然とした面持ちで答えます。その作品は怪談であって、電車の中のような環境で読まれるべき作品ではない。
 もっとふさわしい環境で読まれるべきだ、と。一人っきりで夜、蝋燭の明かりで読むべきだと力説するコルストンは、たまたま持ち合わせた恐るべき物語の原稿があるが、これを「ふさわしい環境」で読む勇気があるかと、マーシュを挑発します…。

 深夜、幽霊屋敷で肝試しをする…という、怪奇小説ではよく見るテーマのお話ではあるのですが、その前段として、ビアスの読書論的な話題が盛り込まれているのが面白い作品です。
 読んでみると、一律、小説や文学作品がみな静かな環境で読まれるべきだというわけではなく、怪談に限っては、という感じのようですね。ちょっと引用します。

 「きみならわかるさ、マーシュ、今朝の『メッセンジャー』に載っているぼくの作品には、はっきり『怪談』という副題がついている。それを見ればだれだってわかりすぎるほどよくわかるはずだ。ちゃんとした読者なら、どういう条件下でこの作品が読まれるべきかを、その副題が暗に示していると理解するだろう」

 結局、挑発された男は、幽霊屋敷で夜一人原稿を読むことになるのですが、あまりの恐怖のために死んでしまう…という、ビアスらしいブラックな怪奇小説となっています。



シャーロット・マクラウド「執念」(高田恵子、浅羽莢子訳『お楽しみが一杯!』創元推理文庫 収録)
 夫が亡くなり、新しいアパートに引っ越してきた未亡人の「わたし」。上の部屋に住んでいたという仕立業の女性セラフィーンは仕事中に亡くなったばかりだといいます。アパートの隣は修道院で、そこでは夜、修道女たちがロウソクを持って何かの儀式をしていました。しかも見るたびに一人ずつ人数が増えていくのです。しかし、他の人間に聞いても、修道女は夜は外出せず、そんな儀式は行っていないというのですが…。

 正統派のゴースト・ストーリーなのですが、面白いのは著者前書きにある、この短篇の発想元です。夢のなかで最初から最後までストーリーを夢に見て、それを短篇に起こしたというのです。確かに、独特な奇妙な論理、印象的な視覚イメージといい、「夢」を思わせる作品になっています。



ジャック・ロンドン「千通りの死」(酒井武志訳「ミステリマガジン1998年8月号」早川書房 収録)
 資産家の家の息子に生まれながらも、その無謀な行動から家を勘当されてしまった「私」は、船員として生業を立てていましたが、サンフランシスコ湾で溺死してしまいます。気がつくと、奇妙な装置によって「私」は蘇生させられていました。
 救い主を見ると、相手はなんと「私」の父でした。しかし父は変わってしまった「私」に対して、息子であることに気がつきません。父は新たな科学の研究に没頭していました。それは死んだ人間を装置によって生の領域に引き戻す、というものでした。
 父は「私」を実験台に、実験を開始します。毒やガス、電気ショックなど、様々な方法で死んだ「私」は何度も蘇生させられますが…。

 残酷非道なマッドサイエンティストの父親に何度も殺されては蘇らせられる男を描いた、怪奇幻想小説です。この父親が本当に人でなしで、相手が自分の息子だと気付いても一向に態度を変えない…というところもすごいです。
 息子は息子で、脱出の方法を考えるのですが、編み出された方法がこれまた奇想天外で驚かされます。蘇生方法も含め、登場する超技術が破天荒で、その意味では「ホラ話」的な要素もあるのですが、展開されるストーリーが冷酷かつハードなこともあって、全体にニヒルな物語となっています。
 ジャック・ロンドンの怪奇幻想作品の傑作のひとつといっていい作品だと思います。



アースキン・コールドウェル「夢」(高橋まり子訳『幻想と怪奇5』新紀元社 収録)
 「おれ」は友人のハリーから何年も同じ夢の話を聞いていました。ハリーは月に一度同じ内容の夢を見るというのです。夢では決まって、小川にかかる橋にたどり着き、そこで若い女と出会います。女はハリーを待っていると言い、ハリーがそれは自分だと言うと、女は逃げ出してしまうのだというのです。夢の中の女に執着するハリーは、やがて夢の中で案内板を見つけ、その場所の近くに行けば女が実際に見つかるのではないかというのですが…。

 何度も同じ女が登場する夢を見続ける男が、現実にその女を見つけようとするという、幻想的な作品です。あらすじだけ聞くとロマンティックな香りがするテーマなのですが、実際のところ、夢の情景は不気味で、夢の中でも女を逃げるところを追いかけるなど、夢の内容自体もどこか不穏です。
 女が現実に存在すると信じ込んでいるハリーもどうかしているのですが、夢の内容から考えるに、実際に女が存在していて会えたとしても、何か危険なことが起こるのではないかと思わせる不気味な雰囲気に満ちています。
 ハリーの話を聞いているうちに、語り手の中で、女の実在感が大きくなってくる、という結末も良いですね。<奇妙な味>の秀作だと思います。



ウォルター・デ・ラ・メア「失踪」(平井呈一訳 平井呈一編『恐怖の愉しみ』創元推理文庫 収録)
 猛暑のロンドンを訪れた「わたし」は喫茶店で、妙な男から話しかけられます。男は自分のところから失踪したという女性についての事件の顛末について話し出します。居候として居ついていたミス・ダットンは教養のある女性で、障害のある男の妹にも優しく接するなど、男も憎からず思っていました。
 やがて結婚の約束をするまでになったミス・ダットンは、横暴な性格を露にしていきますが…。

 登場人物の男のセリフを関西弁で訳したという、面白い翻訳です。「殺人」という言葉は一回も出てこないのですが、おそらく男が女性を殺害しただろうことが仄めかされます。真夏の猛暑日、見知らぬ男から異様な話を聞かされ続ける…という、なかなか怖いシチュエーションの物語です。ただ男の関西弁のセリフはやっぱり微妙ではありますね。



メアリ・E・ウイルキンズ=フリーマン「南西の部屋」(平井呈一訳 平井呈一編『恐怖の愉しみ』創元推理文庫 収録)
 ソフィアとアメンダのギル姉妹は、叔母の死により一族の屋敷を相続します。姉妹は姪のフローラを伴い、屋敷で下宿を始めますが、叔母が死んだという「南西の部屋」では何度も気味の悪い現象が起こっていました。部屋を怖がるアメンダとフローラに対し、現実主義者のソフィアはそれを信じませんが…。

 霊そのものの出現ではなく、起こる怪異が服やナイトキャップ、鏡といった小道具を使って表現されるのが面白いですね。特に死んだ叔母の服を動かしても消えてしまったり、箪笥に突然服が出現したりするところはインパクトがあります。
 主人公(?)の女性ソフィアが力強い性格に設定されているのも面白いところです。基本、超自然現象を信じないのはもちろん、妹や姪、下宿人、果ては牧師にまでその霊現象を認定された部屋に一人で乗り込み、確かめてやろうという気概の持ち主として描かれています。
 「寝室の怪」もそうでしたが、超自然現象の描き方にユニークなものを感じる作家ではありますね。



M・ジョン・ハリスン「パンの大神」(白石朗訳 ダグラス・E・ウィンター編『ナイト・フライヤー』新潮文庫 収録)
 二十年近く前に、語り手の男(名前は明かされません)を含む三人の男女がスプレイクという男の手引きにより、何か恐れ多い行為を行った結果、グループのアンとルーカスは現在でも精神を病んでいました。特にアンは発作を繰り返し、結婚していたルーカスとも別れてしまっています。
 語り手はアンを心配して彼女のもとを訪れますが、心労のあまりアンは廃人同様になっていました。その際、語り手は幻覚ともつかぬ異様な存在を目撃しますが…。

 マッケン「パンの大神」に触発されたという作品なのだそうですが、何度か読み直しても、解釈の難しい作品です。
 たぶん、数人の男女が何かの禁忌を犯して呪われてしまった…という話だと思うのですが、彼らが一体に何をしたのかが全く分からないうえに、現在何に取り憑かれているのかも分からないので、非常にもやもやした物語になっています。
 過去の事件については、具体的な行為のヒントや当時の状況など、本当に全くといっていいほど示されません。確かに技法的にはマッケン風で、マッケンの描き方を強調するとこんな話にはなるかもしれないな、という感じはするのですが。ただ、現在時で語り手が目撃する怪奇現象は、ちょっとシュールで面白いです。青白い人間の男女のような二人組みが「愛」を表現する…という、これもまたマッケン風の「法悦」の表現ではあるのでしょう。
 描写や説明が断片的すぎて、読者が物語を再構成するのが難しい作品です。時折はさまれる描写はなかなかユニークではあったので、もう少し具体性があれば…とは思いました。



ジョン・コリア「少女」(村上啓夫訳『炎のなかの絵』早川書房 収録)
 世界中を放浪しているという男レンヴィルは、ドッド夫妻と娘のパトリシアのもとを訪れます。旅するのは楽しいでしょうというドッドに対して、レンヴィルはどこかの土地に落ち着きたいと思っているものの、いつも突発的な事態が起こりその場所を離れなければならなくなると話します。
 レンヴィルにまとわりつくパトリシアをたしなめるドッド夫妻でしたが、レンヴィルは構わないと話します。やがて帰宅するレンヴィルを送るのを兼ねて、一緒に森の中を散歩したいと言い出すパトリシアでしたが…。

 一見ある家庭を訪問した旅人の何気ない世間話を描いた作品、と見えるのですが、その実、もの凄い不穏さに満ちた技巧的な作品です。
 ポイントは、定住したいと言いながら「突発的衝動」によって土地を離れざるを得なくなるというレンヴィルの言葉、ドッド氏とレンヴィルとの間に交わされる食人種の話、パトリシアに対してつぶやいたレンヴィルの「食べちまいたい」という言葉…。ヒントを並べると、どういう話か見当がついてくるかと思います。
 ただ、そう取れるというだけで、本当にそういう話かははっきりしないという意味で<リドル・ストーリー>とも取れる物語になっています。



ジョン・コリア「死者の悪口を言うな」(村上啓夫訳『炎のなかの絵』早川書房 収録)
 50年配の無骨なランキン医師は、水の染み出た地下室を治すため床をセメントで塗りこめていました。そこへやってきた知り合いのバッグとバッドは、医師の妻アイリーンが出かけたという話をいぶかしみます。
 やがて恐ろしいことに思い至った二人は、自分たちはここへは来なかった、アイリーンは男と一緒に町を出た、そう口裏を合わせるからと話し出します。二人の勘違いを正そうとするランキン医師は、自分の知らなかった妻の浮気癖を聞かされてショックを受けますが…。

 妻を殺して地下室に埋めたと勘違いされた男が、勘違いされた犯罪そのものを行おうと決意する…という、技巧的な作品です。結末のシーンは暗示に満ちていて、ブラック・ユーモアがあふれています。解説するのも野暮なぐらいで、コリア作品の中でも「完全無欠」に近い構成の作品だと思います。
 主人公の医師が殺人を行ったのか、そうでないかは読者の想像力に任されています。ジョン・コリアは、こういう暗示や仄めかしが非常に上手くて、その技術は職人の域に達していますね。



ジョン・コリア「むかしの仲間」(中西秀男訳『ジョン・コリア奇談集』サンリオSF文庫 収録)
 パリのアパートで二十年間結婚生活を送ってきたデュプレ夫妻。夫妻は互いに嫉妬深く、しっくり来ない生活を送ってきました。肺炎で死に掛けていたマダム・デュプレは、夫妻の親友だったロベールの名前を口に出し、夫は妻が愛していたのはロベールだったのだと思い込みます。
 妻が亡くなり外に出たムッシュー・デュプレは、カフェーで落ち着きますが、ふと見ると死んだはずのマダム・デュプレが座っていました。しかもそこに旧友のロベールまでもが現れます。三人で飲み歩いた後、自宅で目を覚ましたムッシュー・デュプレは、妻の死体がなくなっていることに気がつきます…。

 死んだはずの妻が外を元気に歩いており、数十年音信普通だった旧友が目の前に現れるという、不自然な状況に困惑する夫を描いています。夫の幻覚なのか、それとも超自然現象が起こっているのか? 結末では旧友がすでに死んでいるのではないかという情報ももたらされ、更に状況が不可解になっていきます。結局のところ、妻が旧友ロベールを愛していたのかどうかもはっきりしません。
 死後の妻が夫の前に現れる現象にしても、幽霊が現れたとも、死体がよみがえったとも、全てが幻覚であるとも、さまざまな解釈が可能です。謎だらけの作品で、幻想小説ともゴースト・ストーリーともつかぬ、<奇妙な味>の作品です。


ギ・ド・モーパッサン「手」(榊原晃三訳『モーパッサン怪奇傑作集』福武文庫 収録)
 予審判事ベルミュティエは、人々の前で過去に体験した怪奇めいた事件について語ります。コルシカ島で予審判事をしていたベルミュティエは、サー・ジョン・ロウウェルと名乗るイギリス人と知り合いになります。
 ロウウェルは狩猟と釣りに行く以外は家に引きこもっており、町の人々からは何者なのか噂を立てられていました。彼の家に招かれたベルミュティエは、コレクションの中に干からびた人間の黒い手があることに気がつきます。その手首には、太い鎖が巻き付けられていました。
 その手は、ロウウェルの敵であった男のもので、軍刀で断ち切ってアメリカから運んできたといいます。手の持ち主は強い男で、鎖はこの手が逃げ出さないようにつけているのだとロウウェルは話します。
 困惑するベルミュティエは、それからロウウェルとはあまり会わなくなっていましたが、ある日ロウウェルが殺されたという知らせを耳にします…。

 普通に読むと、ロウウェルが保管していたかっての敵の「手」によって絞め殺された、という怪奇小説に読めるのですが、その実、そうではない可能性も匂わされているところがポイントです。物語を語る予審判事自体が、超自然的な事件とは言い切れない、といっていることもそうですし、実際、手を落とされた男が死んだとは書かれていないので、片手を取戻しに来た男がロウウェルを殺した可能性もあるのです。また、ロウウェルを殺したのは「敵」ではなく第三者である可能性もあります。
 さらに言うと、ロウウェルと「敵」との間に何があったのか、なぜわざわざ手を保管しているのか、鎖は本当は何のためだったのかなど、語られない部分が多いのも、物語の不穏さを高めています。
 怪談として書かれたのは間違いないのでしょうが、結末にいくつかの解釈の余地を残しているといころに特色があります。



ガイ・N・スミス「うつろな眼」(仁賀克雄訳 アラン・ライアン編『戦慄のハロウィーン』徳間文庫 収録)
 ハロウィーンの夜、レスター・マイルズは娘のジュリーを探していました。16歳のジュリーは、柄の悪い男ハッチに夢中になり、彼との付き合いを反対するレスターに反発して、出て行ってしまったのです。拳銃を持ち出したレスターはハッチを殺す気になっていました。
 しかし見つけたジュリーはすでに骸になっていました。ハッチを探し回るレスターでしたが…。

 つきあっていた柄の悪い男が娘を殺し、それを追う男、というホラーなのですが、その実、単純な殺人ではなく、もっと恐ろしいものの片鱗に過ぎなかった…という作品です。


ガイ・N・スミス「インスマスに帰る」(大滝啓裕訳 スティーヴァン・ジョーンズ編『インスマス年代記 上』学研M文庫 収録)
 伯父の遺言で、大叔母のアンナ・ティルトンが遺した手書きの記録を受け取った「わたし」は、そこに書かれたインスマスでの奇怪な事件の詳細を知り驚愕します。内容はウィリアムスンという人物の公表された手記でした。それを読んで以来、悪夢に悩まされるようになった「わたし」は、実際にインスマスを訪れます。かってウィリアムスンが泊ったのと同じ部屋に泊まった「わたし」でしたが、夜中に外部から部屋に入ろうとする者がいるのに気づき、恐怖することになります…。

 ラヴクラフト「インスマスを覆う影」から触発されたアンソロジー『インスマス年代記』のために書かれた作品です。インスマスについての手記を読んだことから悪夢に囚われ、実際に現地を訪れた男の恐怖を描いています。



マーク・トウェイン「終りのない話」(勝浦吉雄訳『マーク・トウェイン短編全集 下』文化書房博文社 収録)
 二十五年前に短編集である話を読んだ男は、その話を途中までしか読めなかったといいます。納得のいく結末をつけた者に50ドルを出そうというのですが、その話は次のようなものでした。美しいメアリー・テーラーに恋をしていた男ジョン・ブラウンは、メアリーの母親に結婚を反対されていました。
 しかし、母親が慈善で世話をしている老姉妹に対して、ブラウンが寄付をしていることから、その心は動き始めていました。ある日、馬車を運転していたブラウンは、帽子を小川に落としてしまいます。服を脱ぎ馬車に入れて、帽子を取り戻したものの、気が付くと馬車は走り出していました。
 なんとか追いついて中に入りますが、その瞬間人が近づいてくるのに気づき、慌てて膝掛けで体を隠します。やってきたのは、メアリー親子を含む四人の女性でした。彼らは火事で焼け出されてしまった老姉妹を運ぶのに悩んでいたところだというのです。ブラウンの馬車を使って、どう二人を運ぶか相談を始める四人でしたが…。

 結末のない話を描いた、人を食ったユーモア・ストーリーです。ブラウンの苦境をよそに、どう効率よく人を運ぶか相談を重ねる四人の女性たち。婦人たちの信望を高め、汚点がつけずにブラウンに幸せをもたらす結末はつけられるのか? という、何ともユーモラスな話になっています。
 選択肢は複数考えられるものの、結末は明示されずに終わるという、これは<リドル・ストーリー>のバリエーション作品ですね。



オー・ヘンリー「運命の道」(越前敏弥訳『オー・ヘンリー傑作集2 最後のひと葉』角川文庫 収録)
 王朝期フランス、田舎の村ヴェルノワの若い羊飼いダヴィド・ミニョは、詩人志望の青年でした。ある夜、恋人のイヴォンヌと喧嘩をしたダヴィドは、運命を試してみたいと、とっさに村の外に出ていきます。分かれ道にたどり着いたダヴィドは左右どちらの道にいくべきか、それとも村に戻るべきか、悩みます…。

 詩人志望の羊飼いの青年の運命が、三通りに描かれるという、ユニークな物語です。青年が左右の分かれ道のどちらに行ったか、もしくは村に戻ったかで、それぞれ違う三通りの分岐した人生が描かれます。
 左の道のルートでは、横暴な貴族とその美しい姪に出会って強制的に結婚させられます。右の道のルートでは美しい婦人によって国王への反逆計画に加担させられてしまうという展開。村に戻るルートでは、恋人と結婚して家庭を築くこととなります。
 三パターン全てに女性が絡んでいるのが特徴で、しかもこれが全て悲劇的な結末に向かってしまうというのがシニカルですね。
 左と右のルートでは、直接的な敵や陰謀などによって、主人公が悲劇的な結末を迎えるのですが、村に戻るルートではまた違った形で破滅を迎えることになります。この三番目のルートが、暮らしとしては一番平穏でありながら、運命としては最も残酷…という感じであるのも面白いです。
 左と右ルートでは直接的に登場する全てのルートで「ボーペルトゥイ侯爵」という人物が登場し、主人公ダヴィドを破滅に追い込むことになります。直接的に登場する左右ルートとは異なり、村に戻るルートでは、間接的にダヴィドに悲劇的な運命をもたらすことになります。
 主人公ダヴィドは詩人志望なのですが、冒険好きで無鉄砲の好人物として描かれています。それゆえに陰謀に巻き込まれたり、利用されてしまうことになるのですが、そうした陰謀に関わらなかった三つ目のルートでも、結局は夢が叶うことはない…という点で、シビアなお話になっています。



ジェフリー・アーチャー「焼き加減はお好みで…」(永井淳訳『十二枚のだまし絵』新潮文庫 収録)
 出勤のため車を走らせていたマイケルは、オールドウィッチ劇場のそばで素晴らしい美人の女性を見つけ、衝動的に車を止めます。上手く手を回し、劇場でその女性の隣の席に座ったマイケルは、医者だというその女性アナを夕食に誘いますが…。

  結末が四通り選べるという、面白い趣向の物語です。主人公マイケルが、美しい女性アナを夕食に誘いますが、その後の展開がどうなるのか?を四パターンに描いています。 四つのパターンは、それぞれ「1 レア(レア)」「2 バーント(黒焦げ)」「3 オーヴァーダン(焼きすぎ)」「4 ア・ポワン(ミディアム)」と題されています。
 マイケルが、レストラン関係の仕事についているという設定で、それに合わせてつけられたタイトルのようです。タイトルから何となく予想がつくとは思いますが、最後の「4 ア・ポワン(ミディアム)」以外は、マイケルの恋が成就しないパターンとなっています。
 相手が人妻だったり、それ以前にいくつものトラブルに遭遇してしまったり、夕食の段取りが失敗して相手を不機嫌にさせてしまったりと、「焼き加減」によって、主人公マイケルの恋が上手く行くのかどうか、が変わってきます。
 パターンによって、マイケルとアナ、それぞれに配偶者がいたりいなかったりと、その設定も変わってくるのですが、基本、不倫をしようとするパターンでは不幸な結末が待っているのは、ちょっと教訓的なところではありますね。



リチャード・マシスン「消えていく」(矢野浩三郎訳『ミステリーゾーン4』文春文庫 収録)
 何年も小説を書き続けながらも芽の出ない「私」は、お金のことが原因で、妻のメアリーとも上手くいかなくなっていました。妻と喧嘩した「私」は、友人のマイクと共に浮気をしてしまいます。ある日、浮気相手のジーンに電話をするものの、彼女の存在は痕跡も残さずに消えていました。
 事情を知っているはずのマイクもジーンのことを知らないのです。ジーンが勤めていた会社も、彼女を紹介してくれた友人の存在もが見当たらなくなっていました。やがて友人のマイク、妻のメアリーさえもが消えてしまいます…。

 主人公の周囲の人物や物が次々と消えていく、という不条理感あふれるホラー短篇です。理由も分からずに、次々と人や物が消えていくという過程は非常に不気味です。失踪したとか、なくなったとか、ではなく、存在そのものがなかったことになっており、その人や事物についての記憶すら残っていないのです。
 不条理な消失現象とはいえ、消えるのは主人公が知る人や物です。その意味で、マシスンが得意とする「自分は本当に存在しているのか?」「自分とは何なのか?」といった、アイデンティティーの不安をえぐる作品になっていますね。
 ロッド・サーリングのドラマ「ミステリーゾーン」で「誰かが何処かで間違えた」というタイトルで映像化されているのですが、こちらでは三人の宇宙飛行士が消えてしまうという、かなり異なったストーリーになっていました。とはいえ、サーリング脚本になるこちらのエピソードも、マシスン的なテーマを上手く料理した名エピソードだと思います。



リチャード・マシスン「死の部屋のなかで」(尾之上浩司訳 尾之上浩司編『運命のボタン』ハヤカワ文庫NV 収録)
 砂漠の手前の田舎町で、長方形の喫茶店を見つけたボブとジーンの夫妻は車を降り、その店で食事を取ることにします。食事も冷たい飲み物もないことに夫妻はがっかりしますが、あるもので我慢することにします。ジーンが洗面所に行っている間、ボブもまた洗面所に入ります。
 洗面所から戻ったジーンは、夫の姿が見当たらないのに気づきますが洗面所に行ったのだろうと考えます。しかし洗面所から出てくるのは別の客ばかりで、夫本人は出てきません。聞いてみても洗面所には誰もいないというのです。店主に洗面所を開けて見せてもらいますが、そこには誰もいませんでした…。

 ふと立ち寄った店で、いつの間にか夫が消えてしまいパニック状態になる妻を描いた不条理風味のサスペンス作品です。SF・ホラーを得意とするマシスンだけに、超自然的な消え方をしたのかと思ってしまうのですが、この作品では合理的な解決が示されます。
 ただ、夫が消えてしまった後の妻の不安やあせりが描かれる部分には不条理な恐怖感が感じられます。妻が言っていることを誰にも信じてもらえないため、一瞬、本当に夫がいたのかどうか疑ってしまうような、ニューロティックな雰囲気が魅力になっていますね。



H・G・ウェルズ「塀についたドア」(阿部知二訳『ウェルズSF傑作集1』創元SF文庫 収録)
 レドモンドは、友人のライオネル・ウォーレスから「塀についたドア」の話を聞きます。ウォーレスは幼いころにそのドアを開け中に入り込んだといいます。その場所は自然に満ち溢れ、美しい人々が暮らしている、楽園のような場所だったというのです。元の世界に帰ってきたウォーレスは、それからも何度か「塀についたドア」を見かけますが、そのたびに重要な用事があったため、ドアを通り過ぎてしまっていました。しかし今となって、そのドアに焦がれているというのです…。

 楽園のような別世界に通じているらしい「塀についたドア」について語られる幻想小説です。「塀についたドア」及び、その中の別世界が本当にあったのかどうかは明確にはされません。結末でウォーレスが命を落としたことが語られるのですが、ただ事故に遭っただけなのか、本当に別世界に行ってしまったのかは、読者の受け取り方によって印象は異なるでしょう。
 ドアの中の別世界に関しては、どこか死を思わせる描写があり、別世界というよりは死後の世界という解釈もできますね。別世界は楽園のような描き方をされていますが、その中で、少年(ウォーレス)が自分の生涯を本によって見せられるというシーンがあり、この部分はちょっと怖さを感じますね。



アドルフォ・ビオイ=カサレス「大空の陰謀」(安藤哲行訳 鼓直編『ラテンアメリカ怪談集』河出文庫 収録)
 秘書として働く姪と暮らすセルビアン博士は、知り合いのイレネオ・モリス大尉が会いたいと話していることを知ります。彼はテスト飛行のパイロットとして飛行機に乗っていたところ、意識を失い、気が付くと病室にいたというのです。
 スパイ容疑がかけられていることを知ったモリスは、知り合いに確認してほしいと幾人かの名前を上げますが、誰もが自分を知らないというのを聞いて驚きます。スパイ容疑でモリスの処刑もあり得ると知った看護婦のイディバルは、伝手を利用して、モリスに再度テスト飛行の実験をさせるように手を回します。
 飛行中に再び意識を失い病室で目を覚ましますが、そこで自らがアルゼンチン軍所属のパイロットであることが認識されていたことに、モリスは安堵します。しかし、恋人となった看護婦イディバルの存在を誰も知らないのです…。

 並行世界に紛れ込んでしまったパイロットの悪夢のような体験を描く幻想小説です。
 紛れ込んだ世界はウェールズが消滅し、カルタゴが滅亡しなかった世界らしいのです。ウェールズの血を引くモリスはその世界では存在しないため、誰もが彼のことを知りません。
 再飛行で元の世界に帰還しますが、そこではカルタゴの血を引いていた恋人イディバルは存在しないのです。恋人に会いたいモリスと、別の世界に行きたいセルビアン博士は、再び飛行して別の世界への移動をしようと考えることになります。
 モリスが戻ってきたと思った世界も、実は元の世界ではなく、また別の世界であったことが示されます。複数の世界のモリスが飛び立って別の世界に移動しているわけで、中には並行世界には行かなかったモリスも存在しているのです。物語に登場するモリスは、どの世界から来てどこに行ったのか?考えるとますます分からなくなってきますね。
 並行世界のディテールも細かく描かれていて、滅亡した国や存続した国の影響で、その人種が変わっていたり、町の通りの名前が変わっていたりします。さらに、並行世界のセルビアン博士が、モリス家の家系が存在しないため、教養的な面での影響を受けずに読書傾向が異なることとなり、その結果、モリスの並行世界移動に気づくための知識を持っていた…というのも面白いです。また、セルビアン博士と姪との関係も現実世界と並行世界とで異なっているようで、それが物語の展開にも深く関わってくる、というのも興味深いですね。
 複雑な構造で、図面を書いてみないと理解しにくいような設定のお話なのですが、いろいろ深読みできる面白い作品ですね。並行世界というSF的な設定を扱っていながらも、作者の筆致のせいもあって、閉塞感のある重厚な幻想小説に仕上がっています。



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「曖昧」な日常  松尾由美『いつもの道、ちがう角』

いつもの道、ちがう角 (光文社文庫) Kindle版


 松尾由美の短篇集『いつもの道、ちがう角』(光文社文庫)は、ジャンル分けを拒否するかのような、風変わりで、奇妙な味の物語を集めた短篇集です。

 奇妙なものを集めるコレクターの同僚が誘拐犯ではないかと疑う「琥珀のなかの虫」、麻疹にかかった少年が過去の記憶を鮮明に思い出すという「麻疹」、公園で知り合いになった画家が刺されたことから、その経緯を推理するという「恐ろしい絵」、マンションの階下の老夫人に呼ばれた住人たちが飼い犬殺しの容疑をかけられるという「厄介なティー・パーティ」、生け垣の隙間から覗いた女性の顔に魅了された青年が隣の家を探ろうとする「裏庭には」、幼い息子と共にシンポジウムに参加したライターが風変わりな団体と接触する「窪地公園で」、かっての恋人の贈り物を思い起こさせる品物を手に入れたことから、過去に思いを馳せる主婦の心理を描いた「いつもの道、ちがう角」の7篇を収録しています。

 明確なオチ(結末)がない作品が多く、その意味で非常に「もやもやした」味わいの強い作品集です。画家が刺された経緯を推理する「恐ろしい絵」や、飼い犬殺しの犯人を探すという「厄介なティー・パーティ」は、ミステリ的な結構が整っていますが、他の作品は意味や解釈が明確でないものが多いですね。

 最も完成度が高いのは「琥珀のなかの虫」でしょうか。休憩中のOLの真世が見つけたのは、クリームを挟む二枚のうち一枚が裏返っているクッキーでした。同僚の若村は、それを欲しがります。彼によれば、そうした個人の意思を超えたエラーや間違いに関わる品物をコレクションしているというのです。
 しかもそれらを樹脂で固め腐らないようにしているといいます。ニュースで、生まれつき障害のある女子大生が失踪したことを知った真世は、若村が人間までをも収集の対象にしているのではないかと疑っていました…。
 奇妙なものを収集するコレクターの同僚が誘拐犯なのではないのか疑うという、ホラー味の強い作品です。その疑いは杞憂だった…と見せかけて落とす結末には、<奇妙な味>風味も強いですね。

 「裏庭には」は、アパートに住む大学生が主人公。ある日、隣家の生け垣から覗いた子供とも大人ともつかぬ女性の顔に魅了された彼は、家の住人について探ろうとします。折しも、近所で小学生の少女が誘拐されたニュースを知った彼は、隣の家にその少女が監禁されているのではないかと疑います…。
 「琥珀のなかの虫」同様、こちらも犯罪を疑う話なのですが、あさっての方向から解決が来て、本来の関心の対象であった部分に超自然的ともいえる謎が残る、という意味深な作品です。変則的なゴースト・ストーリーとも取れる作品で、これは面白いですね。

 「分からなさ」では、「麻疹」「いつもの道、ちがう角」が目立っていますね。
 麻疹で高熱を出した少年が、その都度、過去の記憶を鮮明に思い出し、その中には犯罪に関わる事物も含まれていた…というのが「麻疹」
 ただ、それによって犯罪が明るみになったり、解決したりということはなく、そのまま終息してしまうという、何とも素っ頓狂な作品です。

 表題作の「いつもの道、ちがう角」は、集中でも最もとりとめの無いお話でしょうか。
 夫の急な出張で、新しい住まいでしばらく一人暮らしをすることになった主婦の「わたし」。数回カットしてもらった美容師が道の角を曲がっていくのを見た「わたし」がその道に入り込むと、そこには質屋がありました。
その店でふと気に入ったブローチを買いますが、それは学生時代に不幸な形で別れた恋人がくれた品物と似ていました。考えると、美容師自身も、その過去の恋人に似ていたような気がしてきますが…。
何気なく買った品物をきっかけに過去を思い出す、というお話なのですが、それによって導き出された推測や推理が確かめられるわけでもなく、物語自体も新たな展開を迎えるわけでもありません。飽くまで主人公の心に去来した様々な心象が描かれていくだけ、と言ってもよい作品です。
 それらが抒情的に閉じられたりするのであれば、物語の流れとして納得できるのですが、ある種の「夢オチ」のような結末がつけられており、ますますもって「もやもや」したお話になっています。
 ただ、妙な魅力があることも確かなのですよね。物語の核を追い求めていくと、はぐらかされてしまうような、不思議な魅力のある作品になっています。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

渇いた町  スージー・マローニー『雨を呼ぶ男』
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 スージー・マローニーの長篇『雨を呼ぶ男』(松下祥子訳 早川書房)は、雨を降らせることのできる能力を持つ男と、彼が訪れた呪われた土地をめぐって町の混乱が描かれるという、モダンホラー作品です。

 農業が主要な産業であるノース・ダコタ州の田舎町グッドランズは、数年来、雨が降らず、深刻な旱魃に見舞われていました。それに伴い、農業従事者たちは次々と廃業に追い込まれていました。銀行の支店長カレン・グレインジは、ローンを返済できない人々から抵当物件を取り上げざるをえない立場に置かれていました。数年前に赴任してきたカレンは、町の一員として溶け込むことができたと感じていただけに、友人でもある顧客たちに引導を渡す立場になることに苦渋の念を感じていたのです。
 ある日カレンのもとに現れた長髪の野性的な男は、雨降らし屋のトム・キートリーと名乗ります。以前にテレビで彼の映像を見たカレンが依頼の手紙を出していたのです。彼の能力の一端を見せられたカレンは、トムが雨を降らせてくれることを信じ始めます。しかしトムによれば、この町には何かがあり、雨が降るのを妨げているというのです。それを調べるためトムは町の中を歩き回ります。
 一方、町のあちこちで、火事を始め、人々を苦しめる事故や災害が多発していました。町の人々は、よそ者のトムの仕業ではないかと考え、なおかつカレンに疑いの目を向けるものも現れていました…。

 旱魃に苦しむ町に、雨降らし屋の男が現れたことから、町に不思議な事件が起こり始める、というホラー作品です。序盤でトムの超自然的な能力が提示され、彼の能力は本物であることが分かります。しかしグッドランズではその能力が上手く働かず、土地に何かがあることが分かってきます。
 雨を降らせるため町の土地を探っていくうちに、トムは怪しいよそ者として認識され、町の人々の反感を買ってしまいます。平行して、町の呪いに囚われてしまった貧民街の少女ヴィーダが、自分に憑りついた何者かの声に従い、トムを探し始める…という展開です。
 主人公カレンとトムの目的はシンプルで、町に雨を降らせる、というのが狙いなのですが、それを邪魔する土地の呪い、呪いに直接動かされる少女による災厄、彼らを異端視する町の人々など、様々な困難が持ち上がります。
 加えて序盤では、トムが本当に能力者なのか疑いの目を持ってしまうカレンの疑念もあったりと、一筋縄ではいかないところが面白いですね。

 主人公周りだけでなく、町の主要な人々の様子が丁寧に描かれていくのも特徴で、彼らの生活や旱魃による経済的な苦境までもがリアルに描かれています。
 特に住人の一人カールは、経済的な苦境により精神的な病を抱えてしまう不安定な人物で、トムに対する扇動を行うなど、物語を大きく動かす人物の一人になっています。

 トムの術を邪魔する町の呪い自体は、町の過去に起因するものなのですが、それが現代に蘇ったのは主人公カレンが移住してきたことが原因であり、また移住自体の原因も、彼女自身の過去の人生に関わるものにあったりと、物語の災厄の因縁が細かく描かれているのも魅力ですね。

 トムの能力に関わる部分に関してはファンタジー的な色彩が濃いのですが、苦境に陥った町の人々が狂信的な男に扇動されパニック状態になっていく過程がじっくり描かれるなど、モダンホラー的な興趣も強く、ホラーとして魅力的な作品になっています。

 本作、トム・クルーズ映画化の帯がついていますが、映画化された記憶がないので、たぶんお蔵入りになってしまったんだろうと思います。ちなみに原著は1997年刊、邦訳は1998年刊です。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

5月の気になる新刊
5月7日刊 C・J・チューダー『白墨人形』(中谷友紀子訳 文春文庫 予価1100円)
5月10日刊 ポール・ギャリコ『ほんものの魔法使』(矢川澄子訳 創元推理文庫 予価968円)
5月10日刊 ヤンシィー・チュウ『夜の獣、夢の少年 上・下』(圷香織訳 創元推理文庫 予価各1100円)
5月10日刊 キアラン・カーソン『琥珀捕り』(栩木伸明訳 創元ライブラリ 予価1650円)
5月10日刊 クリス・ヴィック『少女と少年と海の物語』(杉田七重訳 東京創元社 予価3300円)
5月12日刊 風間賢二『スティーヴン・キング論集成 アメリカの悪夢と超現実的光景』(青土社 予価3740円)
5月12日刊 都筑道夫『妖精悪女解剖図 増補版』(日下三蔵編 ちくま文庫 予価1045円)
5月13日刊 内田百閒『文豪怪奇コレクション 恐怖と哀愁の内田百閒』(東雅夫編 双葉文庫 予価902円)
5月17日刊 『短編回廊 絵から生まれた17の物語』(田口俊樹他訳 ハーパーBOOKS 予価1100円)
5月18日刊 ローレンス・ライト『エンド・オブ・オクトーバー 上・下』(公手成幸訳 ハヤカワ文庫NV 予価各990円)
5月19日刊 アーサー・マッケン『恐怖 アーサー・マッケン傑作選』(平井呈一訳 創元推理文庫 1650円)
5月19日刊 ジョン・コナリー『キャクストン私設図書館』(田内志文訳 東京創元社 予価2310円)
5月21日刊 内田百閒『冥途』(金井田英津子画 平凡社 予価2750円)
5月21日刊 夏目漱石 『夢十夜』(金井田英津子画 平凡社 予価2750円)
5月21日刊 萩原朔太郎 『猫町』(金井田英津子画 平凡社 予価2750円)
5月21日刊 ブライアン・ラムレイ『幻夢の英雄』(森瀬繚訳 青心社文庫 予価1100円)
5月22日発売 『幻想と怪奇6 夢境彷徨 種村季弘と夢想の文書館』 (新紀元社 2420円)
5月23日刊 書評七福神編著『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト 2011~2020』 (書肆侃侃房 予価1980円)
5月25日刊 フョードル・ソログープ『小悪魔』(青山太郎訳 白水Uブックス 予価2640円)
5月25日刊 荒俣宏編、紀田順一郎監修『平井呈一 生涯とその作品』(松籟社 予価2640円)
5月26日刊 『短編回廊 アートから生まれた17の物語』(ハーパーコリンズ・ジャパン 予価2640円)
5月31日刊 マイクル・ビショップ 『時の他に敵なし』 (仮題)(大島豊訳 竹書房文庫 予価1320円
5月31日刊 G・K・チェスタトン『裏切りの塔』(南條竹則訳 創元推理文庫 予価902円)
5月31日刊 D・M・ディヴァイン『運命の証人』(中村有希訳 創元推理文庫 予価1320円
5月刊 アドルフォ・ビオイ=カサーレス『英雄たちの夢』(大西亮訳 水声社 予価3080円)


 ヤンシィー・チュウ『夜の獣、夢の少年 上・下』は、英国植民地のマラヤを舞台にした、東洋幻想譚だそう。エキゾチックなファンタジーのようで気になりますね。

 キアラン・カーソンの幻想作品『琥珀捕り』が文庫化です。博物学的な幻想小説でもあり、不思議な手触りのエッセイでもあるという名作です。

 クリス・ヴィック『少女と少年と海の物語』は、こんなお話。「難破しボートで漂流していたビルは、一人の少女を助ける。二人は乏しい食料を分け合い、極限状況下、少女が語る物語の力が二人の心を救った。カーネギー最終候補の感動作。」枠物語でもあるようで、気になる作品ですね。

 『恐怖 アーサー・マッケン傑作選』は、アーサー・マッケンの短篇を集めた傑作選集。『怪奇クラブ』『夢の丘』が絶版になって以来、創元推理文庫では久しぶりのマッケン作品集になりますね。収録作品は以下の通りです。

【収録内容】
訳者のことば 平井呈一
パンの大神/内奥の光/輝く金字塔/赤い手/白魔/生活の欠片/恐怖
付録 『アーサー・マッケン作品集成』解説(全6巻) 平井呈一
解説 南條竹則

 ジョン・コナリー 『キャクストン私設図書館』は、先ほど文庫化された長篇『失われたものたちの本』のスピンオフを含むファンタジー短篇集です。

 荒俣宏編、紀田順一郎監修『平井呈一 生涯とその作品』は、荒俣・紀田の師匠でもある平井呈一の全体像を探る決定版の本です。収録内容を引用しておきます。

『平井呈一 生涯とその作品』に寄せて (紀田順一郎)

第一部 平井程一年譜

第二部 未発表作品・随筆・資料他

一.未発表作品
 鍵
 顔のない男
 奇妙な墜死

二.評論・随筆・解説他
 私小説流行の一考察─併せて私小説に望む
 文壇人を訪ねる【二十三】 近松秋江氏とストーヴ
 サッカレエ『歌姫物語』解説
 翻訳三昧
 小泉八雲─NHK「人生読本」より
 「世界恐怖小説全集」内容紹介より
 「全訳小泉八雲作品集」(恒文社刊)内容紹介より
 東都書房「世界推理小説大系」月報より
 講談社「世界推理小説大系」月報より
 「無花果会」以前の程一俳句

三.呈一縁者による回想記
 他郷に住みて (吉田文女)
 雲の往来 (谷口喜作)

平井呈一作品解題 (荒俣宏)

あとがきと感謝の辞 (荒俣宏)

 『英雄たちの夢』は、ビオイ=カサーレスの久しぶりの邦訳作品。紹介文を引用しておきますね。「1927年,カーニバルに沸くブエノスアイレスの夜,主人公のエミリオ・ガウナは仲間たちとどんちゃん騒ぎをしたすえに意識もおぼろのまま《仮面の女》と邂逅する。女はいつのまにか消えてしまうが,疲労感のうちに人生の頂点をなす瞬間を経験する。あの夢のような体験をもう一度生きなおすべく主人公は3年後,ふたたび仲間たちを引き連れてカーニバルの夜にくり出すのだが……
 ラプラタ幻想文学の旗手ビオイ・カサーレスによる,ボルヘスが《世界で一番美しい物語》と評した傑作。」

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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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