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最近読んだ本

ハサミ男 (講談社文庫) 文庫 – 2002/8/9


殊能将之『ハサミ男』(講談社文庫)
 少女を狙う連続殺人鬼「ハサミ男」は、第三の犠牲者として選んだ樽宮由紀子を殺す機会をうかがっている最中に、何者かに殺された由紀子の遺体を発見します。ハサミを使ったその殺人方法は、明らかに自分の方法を模倣していました。遺体の第一発見者となった「ハサミ男」は真犯人を探そうと考えますが…。

 連続殺人鬼が自分の模倣犯を探すという、ブラック・ユーモアに富んだ物語です。
 この殺人鬼、多重人格で自殺未遂を繰り返すというものすごい奇人。実際に殺人を犯しているらしい人格の他に「医師」と呼ばれる別人格がいて、この「医師」がメインの人格の行動や自殺未遂について、鋭い意見を挟んでいく…というのが特徴です。
 殺人鬼側の視点と、捜査を進める警察側の描写がカットバックで描かれていくのですが、警察側は犯人の証拠をなかなか掴むことができません。警察側はキャリアの犯罪心理分析官である堀之内と、そのパートナーとして抜擢された目黒西署の磯部を中心に、その捜査が描かれていきます。
 「ハサミ男」が真犯人を探ろうと、犠牲者樽宮由紀子のことを調べていくうちに、由紀子が多くの男性とつきあっていたことやその家族との歪んだ関係などが明らかになっていきます。そしてそんな由紀子の人間性に「ハサミ男」も関心を持つようになる、というのも面白い展開ですね。
 かなり大がかりなトリックが仕掛けられており、その仕掛け的な部分も面白いのですが、殺人鬼の異常心理や、犠牲者の人間性を辿る過程、ブラック・ユーモアに富んだ物語の展開自体も魅力的です。傑作との評価が高いのも頷ける作品でした。



ナキメサマ (角川ホラー文庫) 文庫 – 2020/12/24


阿泉来堂『ナキメサマ』(角川ホラー文庫)
 倉坂尚人の部屋を突然訪ねてきた見知らぬ女性は、高校時代の初恋の相手、葦原小夜子のルームメイトであり、さらに彼女が行方不明であると話します。有川弥生と名乗る女性は、小夜子は両親の死後、親戚のいる稲守村に帰省したまま帰ってこないと言います。
 何らかのトラブルに巻き込まれているだろう小夜子を連れ戻すために、一緒に来てほしいと言われた尚人は逡巡しますが、いまだに小夜子は彼のことを思っているという言葉を聞き、同行することを決意します。
 葦原家を訪れる二人ですが、小夜子の祖父である辰吉は、村の祭り「ナキメサマ」の儀式の巫女として役目が終わるまでは小夜子に合わせることができないと断られてしまいます。葦原家に泊まり、数日後に迫った祭が終わるのを待つことにした二人でしたが、尚人は夜に家の外で、着物を着て奇声を上げる怪物のようなものを目撃します…。

 因習に満ちた村で行われているらしい祭「ナキメサマ」。夜な夜な村を徘徊している怪物が「ナキメサマ」なのか? 祭りとはそれをなだめるための儀式なのか? 主人公の尚人と、後には村を調査に訪れた作家と編集者も加わり、村とその儀式について調べていくことになります。
 「ナキメサマ」の造形もユニークです。対面したら、人間はほぼ確実に殺されてしまうという恐るべき怪物なのですが、その怪物が生まれた由来には哀れむべき事情もあるのです。主人公は怪物を止め、恋人を救い出すことができるのか? また祭りの儀式は何のためにあるのか?
 尚人と小夜子の過去になにがあったのか? ということも含めて、さまざまな謎が提示され、魅力的な作品になっています。
 探偵役としては、主人公はあまり活躍せず、途中から登場する作家の那々木が主に調査役を担うことになるのですが、このあたりも伏線となっているところが上手いですね。
 純粋にホラーとしても面白いのですが、大掛かりなトリックも仕掛けられており、そちらの趣向も非常に面白い作品です。



惑わしの森 Kindle版


飯野文彦『惑わしの森』(祥伝社文庫)
 ライターを生業としていた佐久間正次は、ある小説賞を受賞したことをきっかけに作家専業になることを決意しますが、案に相違して小説はあまり売れず、経済的に困窮していました。旧知の雑誌編集者安東から、自殺の名所として知られる樹海の取材を依頼され、引き受けることになります。
 安東の言葉によれば、これまで人が行かなかった奥地に、新たな樹海が発見されたというのです。また安東は、密かにある伝説の真偽も調べてきてほしいと話します。
 かってコンビを組んでいたこともあるカメラマンの小沢と二人で樹海へ向かった正次は、小沢がろくな道標もない状態でどんどんと進むのに驚きます。また、以前とは異なる小沢の様子にも不審の念を抱きます。奥に進むにつれ、小沢の顔は異様なまでに髭が濃くなっていました…。

 経済的に追い詰められた作家が、樹海の取材をしているうちに奇怪な体験をすることになる…というホラー作品です。舞台が樹海だけに心霊ホラー的な展開になるかと思いきや、意外な方向に進んでいくのが面白いところです。
 主人公の妻が失踪していること、取材のパートナーの小沢の様子がおかしいこと、依頼主の安東にも何か良からぬ企みがあるらしいことなど、樹海の探索が始まる以前に、すでに不穏な状況にはなっており、この時点で登場人物たちの悲劇的な運命を予想してしまうのですが、思いもかけないことが起こり、事態が解決に向かうという、ユニークな展開となっています。ただ一見解決と見えたものの、その裏には本当に解決したといっていいのか分からなくなるような描写もありますね。
 ジャック・フィニィ『盗まれた街』+スタニスワフ・レム『ソラリス』と言うと、何となく雰囲気が伝わるでしょうか。ユニークなホラー作品となっています。



星の国のアリス (祥伝社文庫) 文庫 – 2001/10/1


田中啓文『星の国のアリス』(祥伝社文庫)
 愛する兄の妻との軋轢から、別の星の親戚の家に送られることになった16歳の少女アリス。乗り込んだ宇宙船“迦魅羅”号には、乗組員を始め風変わりな人物ばかりが乗り込んでいました。地球を出航直後、密航者の死体が発見されますが、その死体は全身の血を抜き取られていました。
 船長のゴッパは、殺人が吸血鬼によるものだと断言します。乗客名簿を見たところ、ドラキュラことヴラド公の子孫である男性が乗り込むはずだったというのです。個人的な事情で乗船が中止になったとは聞いていたものの、密かに船に乗り込んだか、もしくは誰かを殺してその人間に成り代わっているのではないかと船長は疑います。次々と殺人は続き、乗船した人間たちは互いに疑心暗鬼になっていきますが…。

  航行中の宇宙船内で、吸血鬼の仕業としか思えない殺人が起こるという、SFホラー作品です。航行中の宇宙船内部で殺人が起こるという、いわゆるミステリで言うところの<クローズド・サークルもの>なのですが、そこに吸血鬼や宇宙人など、SF・ホラー要素を混ぜ込んだユニークな作品です。乗客は何か秘密を抱えたらしき後ろ暗い人物ばかりなのに加えて、乗務員も中毒患者や異常性格者ばかり。
 まともな捜査もままならないうちに、どんどんと人が殺されてしまいます。主人公的な視点で描かれ、一見犯人ではありえないように見えるアリスにも、怪しい点が見え隠れします。誰が吸血鬼で誰が殺人犯なのか? あまりに意外すぎて、この真相を見抜くのはほとんど不可能なのではないでしょうか。
 登場人物が皆変人すぎて、誰が犯人でもおかしくないように見えるのに加えて、あまりに意外な方向から真相がやってくるので、唖然としてしまいますね。
 殺人の犠牲者の中に異星人も混じっているのですが、この異星人殺害後の死体の処理方法がグロテスクすぎて、こちらにも驚かされます。
 この著者らしくエログロ場面も多いので、好き嫌いは分かれそうですが、これはミステリとして見ても秀作といっていいのでは。



書きたい人のためのミステリ入門 (新潮新書) 新書 – 2020/12/17


新井久幸『書きたい人のためのミステリ入門』(新潮新書)
 ミステリに長らく関わってきた編集者である著者が、ミステリの書き方の作法を紹介するのと同時に、ミステリ入門的な内容を盛り込んだ本です。
 「ミステリ」とはどんな小説か、といった基本的なところから、伏線の張り方であるとか、ミステリにおけるリアリティ、世界観の設定など、さまざまな点からのアプローチがされているのですが、それぞれのアドバイスが非常に実用的なのが特徴です。
 印象に残ったのは、伏線について語った部分。伏線を多数盛り込んだとしても、読者はほとんど覚えていない、それよりもビジュアルとして印象に残る伏線を残せ、というアドバイスはなるほど、という感じです。
 あと、特殊設定ミステリに関する章も面白いです。さまざまな現実離れした世界を作っても、その世界でしか起こり得ない物語を作れなければあまり意味がない、という指摘も参考になりますね。
 タイトルから創作作法的な本だと思われがちですが、純粋に読み物としても面白いです。独特の「型」の多いジャンルだけに、読者として知っておくと面白い内容が載っています。
 「ミステリ」の重要な要素の一つである「謎」についても、それが解けない特殊なタイプの物語<リドル・ストーリー>などについて触れているのも、視野が広いですね。



天帝少年 中村朝短編集 (ビームコミックス) コミック – 2020/9/12


中村朝『天帝少年 中村朝短編集』(ビームコミックス)
 SF・ホラー・ファンタジーなどの色彩が濃い短篇を収録した漫画作品集です。
 泥棒に入った少年がその家の住人が書いていた小説原稿を見つけ夢中になるという「きみが小説家をみつけたら」、廃屋の屋敷から白髪になった男子高校生4人の死体が見つかったことから恐るべき真実が明らかになるという民俗学的ホラー「白件」、中国の神トウテツと人間の間に生まれ、あらゆるものを食べてしまう少年を描いた「トウテツの子」、生まれつき味を感じない少年が他人のために料理をするという「三弦巻き」、住人を幸せにしようとする座敷童とその部屋に越してきた少年の奇妙な共同生活を描く「流行り神プロトコル」、決まりきった日常に意味を見出せない少年が、鳥のような少女を連れた謎の少年と出会う「天帝少年」の6篇を収録しています。
 それぞれの短篇、冒頭に提示された物語だけでも純粋に面白いのですが、それらがクライマックスで思わぬ展開を見せ、真実の物語が明らかになる…という構造になっているものが多く、その芳醇さに驚かされます。
 例えば「流行り神プロトコル」。表面上、提示されるのは、部屋に住み着いた座敷童がそこにやってきた無愛想な少年を幸せにしようとする物語、なのですが、最終的にはそれとは全く異なる物語が現れることになります。
 また表題作「天帝少年」では、日常に倦んでいる少年が、異世界から来たらしき鳥の少女を連れた少年と出会い、それこそが自分の運命だったと考える物語なのですが、日常だと思っていた世界がそうではなく、主人公ですら別の人物だった…という、捻った構造の物語になっています。
 他の作品も多かれ少なかれ、そうした複雑な層を持つ物語となっていて、その描かれ方が非常に上手いのですよね。また作品自体の雰囲気も素晴らしい。短篇漫画集で、こんなに上手いなあ、と思わされた作品集は久しぶりです。



ダンピアのおいしい冒険(2) コミック – 2020/12/14


トマトスープ『ダンピアのおいしい冒険2』(イースト・プレス)
 17世紀に実在した探検家・博物学者ウィリアム・ダンピアの生涯を漫画化した作品の第二巻です。
 二巻では、前巻で船長のクックを失った後のダンピア一行の苦難が描かれるほか、少年時代から青年時代に至るダンピアの下積み時代が描かれます。一巻では目立っていた、珍奇な風物や変わった動植物の料理場面などは控えめですね。
 二巻のメインは、貧しい家庭に生まれたダンピアが、学問を志すも家庭環境から断念し、その代わりに仕事を通して博物学の魅力に目覚めていく過程が描かれる部分でしょうか。もちろん初めから上手くいくわけでなく、奉公でつまらない作業をやらされたり、乗り込んだ海軍船で死にそうになったりもします。
 とくに海軍の船で働くパートでは、船の劣悪な環境や勝ち目のない戦いに挑む上官など、かなり悲惨な生活も描かれていますね。倉庫の腐った食料が描かれるシーンは強烈です。1巻同様、野外での魅力的な料理シーンももちろんあります。島に住む鳥ブービーの肉や卵を使った料理シーンは、とても魅力的に描かれています。



日野日出志 トラウマ! 怪奇漫画集 単行本(ソフトカバー) – 2020/11/16


寺井広樹著、日野日出志監修『日野日出志 トラウマ! 怪奇漫画集』(イカロス出版)
 日野日出志のショッキングな作品の中でも、さらにトラウマになりそうな作品をセレクションした短篇集です。
 収録作は、「水の中」「地獄の子守唄」「はつかねずみ」「ウロコのない魚」「あしたの地獄 ―地球発2020―」「二階屋の出来事」
 日野日出志作品、個人的に読んでいない作品が多いので、この本の収録作も全て初読でした。確かに強烈に後を引く、トラウマレベルの作品が多いです。特に印象に残ったのは「水の中」「はつかねずみ」「ウロコのない魚」でしょうか。
 「水の中」は、交通事故で四肢を失い醜くなってしまった少年が、母親に面倒を見てもらいながら暮らしていたところ、水商売を始めた母親からだんだんと虐待されるようになる…という物語。
 少年の顔面が怪物じみた描写をされているのが強烈です。母子が迎える結末は悲惨なものにも関わらず、妙に叙情的に閉じられる幕切れが印象に残ります。
 「はつかねずみ」は、少年がペットショップからもらってきたはつかねずみが段々と巨大化し、とうとう家族全員がねずみによって支配されてしまう…という物語。
人間を食い殺したりと、ねずみの凶暴さが強烈です。
 「ウロコのない魚」は、たびたび自分が刺されたり殺されたりする幻覚を見続ける少年の物語。夜には恐ろしい悪夢を見るものの、その内容は思い出せないのです…。
 タイトルのウロコのない魚は奇形の魚で、幻覚にも登場するものの、物語の本筋には特に関係のないあたりも面白いですね。
 W・F・ハーヴィーの「炎天」に似ている、と言うとオチが割れてしまうでしょうか。この本、収録作品ごとに作者との対談が載っていて、実際インタビュアーが「炎天」の影響があるのか聞いていますが、読んだことはないそうです。



洋書ラビリンスへようこそ 単行本 – 2020/11/27


宮脇孝雄『洋書ラビリンスへようこそ』(アルク)
 著者が読んだ洋書のレビューを集めたブックガイドです。20世紀半ば以降の現代文学作品がメインに紹介されています。
 作品の一部が原文で取り上げられている部分がありますが、ちゃんと試訳が付けられていますし、作品のあらすじや概要も分かりやすくまとめられています。基本的に、洋書がまったく読めない読者でも、楽しめるようになっています。
 また、文章の初めは毎回興味を引くような話題が取り上げられており、エッセイとしても滋味のあるものになっていますね。
 過去のレビューを集めているとのことで、すでに翻訳が出ている本もありますが、それらも含めて面白そうなタイトルがたくさん集められています。
 主流文学だけでなく、SF・幻想文学方面の作品も多く取り上げられているのも魅力ですね。作家名を挙げると、ジェフ・ライマン、ロアルド・ダール、ラムジー・キャンベル、アンジェラ・カーター、スパイダー・ロビンスン、シャーリイ・ジャクスン、シオドア・スタージョン、トマス・リゴッティなど。
 まだ日本で未紹介の作家の中では、ケルト系の幻想作家だというリース・ヒューズがちょっと気になりました。
 小説以外にも、評論・ノンフィクション・エッセイ・旅行記なども取り上げられており、こちらも面白いです。なかでは、世界の破滅をテーマにした映画ばかりを集めたガイド本『ミレニアム・ムービーズ』(キム・ニューマン 未訳)が興味深いです。
 こちらは未読なのですが、著者の前著である『洋書天国へようこそ 深読みモダンクラシックス』では、モダンクラシックス(19世紀半ばから20世紀半ばにかけての英語の古典文学)がメインだそうで、こちらはほぼ翻訳のある古典作品紹介になっているようです。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

恐怖の湖  クリストファー・パイク『謎の吸血湖』

謎の吸血湖 (集英社文庫) 文庫 – 1997/6/1


 クリストファー・パイクの長篇『謎の吸血湖』(黒木三世訳 集英社文庫)は、古来より禁忌とされてきた湖の水を飲んだことから、高校生たちが怪物化してしまうというホラー作品です。

 ミシガン州の田舎町ポイントの湖畔、高校生たちによるパーティーの席上、突然ショットガンを手に入ってきた女子学生メアリーによって、男女二人の生徒が射殺されます。さらに自らのボーイフレンドでもあるフットボール部のスター選手ジムを殺そうとするメアリーを見て、彼女の親友アンジェラはメアリーを止めようとします。警察の介入によりそれ以上の殺戮は防ぐことに成功しますが、メアリーは殺した二人は怪物であり、殺し損ねたジムもまた怪物だと話し続けますが…。

 何らかの原因により怪物化してしまった生徒たちの存在に気付いた女生徒メアリーが彼らを全滅させようと図りますが果たせず、その話に疑問を持つ友人のアンジェラが調査を進めていくうちに、恐るべき真実に突き当たる…というホラー作品です。
 主人公アンジェラの調査を追っていくものの、序盤で湖の水が恐らく怪物化の原因ということは薄々分かってしまいます。その意味で驚きはないのですが、その湖の形成に当たって、宇宙的なスケールの理屈が用意され、その壮大さに唖然としてしまいます。

 怪物化した生徒たちは、表面上からは分からないものの、強力な力と強靭な肉体を供えるようになります。その威力はフットボールの試合で当たった相手を全身麻痺にしてしまうほど。また極端な食欲があるため、常人の数倍の食事を取らねばなりません。やがて人間相手にも食欲を覚え始めるという質の悪さ。
 ショットガンでさえ止めをさせない彼らをどうやって倒すのか? また生徒たちの中から、表面上区別がつかない怪物をどうやって見つけ出すのか? というのも重要な要素になってきます。ただ、クライマックスでの、主人公アンジェラの大量殲滅作戦は強烈で、細かいところがどうでもよくなってしまうところは爽快ですね。

 著者のパイク、R・L・スタインと並ぶ年少読者向けの人気ホラー作家とのことですが、スタイン作品よりも残酷描写は激しく、その点、大人向けモダンホラー作品と遜色がありません。
 ショットガンで生徒が吹っ飛ばされるシーンから始まるなど、作品のつかみも上手く、その後も全篇、アクションとショックシーンが詰め込まれていて飽きさせません。爽快感のあるホラーを求める読者には、お薦めしておきたい作品になっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ロシア妖怪幻想  テッフィ『魔女物語』

魔女物語 (群像社ライブラリー) 単行本 – 2008/9/1


 20世紀初頭に活躍したロシアの女流作家テッフィ(1872-1952)の『魔女物語』(田辺佐保子訳 群像社ライブラリー)は、ロシアの妖怪をテーマに描かれた、モダンな連作幻想小説集です。
 各編、ロシアに伝わる伝統的な妖怪や化け物がテーマとなっているのですが、具体的な実体として妖怪が登場するというよりは、物語の背景や事件の原因として、それらの存在がいることが匂わされる…というタイプの作品が多くなっています。
 ただ、民話・メルヘン風に語られる物語もあれば、伝聞で語られる都市伝説風の物語、語り手(テッフィ自身?)による散文詩風の作品など、そのバリエーションは様々です。
 連作の序盤は理性的な語り口だったものが、後半になるにつれて語り口が熱を帯びていき、それに伴って、妖怪たちの実在感も濃くなってくる、という印象を受けますね。ことに最後の作品「ヤガー婆さん」は伝説を語ったエッセイとも散文詩とも取れる作品ですが、その語り口は非常に情熱的ですね。

 魔女と噂される小間使いの不可思議な行動を描く「魔女」、ぞっとするほど醜く不気味な赤ん坊の物語「吸血鬼」、居候に押し掛けてきた母娘と娘を見守る精霊を描く「ドモヴォイ」、野性的で奔放な令嬢を描いた「レシャチーハ」、家につく家鬼の伝説を語った「家鬼」、風呂小屋に現れる邪悪な風呂魔(バーンニク)を語る「風呂小屋の悪魔」、美男子に恋した小間使いの悲劇を描いた「ルサールカ」、人間が動物に化けたり、化けさせられたりするという変身物語のエピソードを語る「化け物たち」、美しい娘に叶わぬ恋をした青年が犬に変身するという「妖犬」、自殺者が出た屋敷に怪奇現象が頻発するという「幽霊屋敷」、悪魔にさらわれたことがあるという噂のある指物師を描いた「うろつく死人」、まじない師の生まれ変わりを描いた「まじない師」、新居で不気味な召使と一緒に残された妻の恐怖を描いた「ヴォヂャノイ」、病を抱えた妻が狼を恐れるという「狼の来る夜」、バーバ・ヤガーについて語った幻想的・私的なエッセイ風小品「ヤガー婆さん」を収録しています。

 作中でも長めで力作といえるのは「妖犬」でしょうか。美しく奔放な娘に叶わぬ恋をした少年は、犬になってそばにいたいという言葉から冗談半分に、娘から犬になってほしいと言われます。戦争になって後、ボヘミアン風の生活をして山師のような男から離れられなくなった娘は、彼から離れようとしますが…。
 ゴースト・ストーリーと呼ぶべきか、変身物語と呼ぶべきか、結末で起こる怪異現象が現実なのか超自然現象なのかはっきりない…という部分もモダンな怪奇小説となっています。

 一番怖いのが「ヴォヂャノイ」。夫と共に新居に引っ越すことになった妻クラーヴジェニカ。自分だけ後から向かうことになっていたものの、たどり着いた家には見知らぬ農婦しかおらず、夫は所用で家を空けるという知らせが残されていました。夫は先に使用人だけを雇っておいたというのです。
 農婦のマーリヤを買い物にやった直後、再び雇われたという別の女クラーシャが現れますが、その体格は骨太で男のようにしか見えません。マーリヤは、あの女は実は男のイワンであり水の魔(ヴォヂャニク)だと話します。一方クリャーシャは、マーリヤは狂っており、亭主を殺したのだと話しますが…。
 夫の不在中に雇った二人の使用人がどちらもおかしなことを言いだし、不安に駆られる妻を描いた作品です。片方は妖怪であり、片方は精神異常者であると、互いに言い募るのですが、どちらも精神的におかしい可能性もあるのです。孤独な妻の恐怖感が描かれたサイコ・スリラーとも読める作品ですね。

 テッフィ、もともとユーモア作家として名を成した人だそうで、この作品集でもその筆致の軽やかさは目立っていますね。ロシア革命後、亡命後のパリで作家活動を続けており、この『魔女物語』もパリで書かれたそうです。
 ちなみに、テッフィの本業である、ユーモア作品を収めた作品集も邦訳が出ています(町田晴朗編訳『テッフィ短編集』津軽書房 2006年)。


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人生の不思議  モーリス・ルヴェル『ルヴェル新発見作品集 緑の酒』
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 モーリス・ルヴェル『ルヴェル新発見作品集 緑の酒』(中川潤編訳 エニグマティカ)は、フランスの残酷コント作家、モーリス・ルヴェル(1875-1926)の未邦訳作品を6編収録した作品集です。

 物乞いに金を恵んだ男が、その物乞いを尾行して真実を知ろうとする「緑の酒」、女性に相手にされない醜い男が娼婦によって幸福なまま死んでいくという「金髪の人」、犯罪を犯して収監され死の床にある息子とその監房を訪れた父親の物語「家名を穢すな」、人になつかない栗鼠とその飼い主の皮肉な物語「栗鼠を飼う」、妻の裏切りを知った夫の残酷な復讐を描く「小径の先」、亡き妻のイメージを心の中に取り戻そうと妻の墓を暴く男を描いた「忘却の淵」を収録しています。

 父親に復讐するために敢えて自暴自棄に犯罪を犯す息子を描いた「家名を穢すな」や、妻を苦しめるために情夫に残酷な復讐をする夫を描いた「小径の先」など、いかにもルヴェル風といった作品もありますが、今回の作品集では「栗鼠を飼う」「忘却の淵」がちょっと異色でしょうか。

 「栗鼠を飼う」は、野生味が強く人にあまり馴れない栗鼠のアドルフと彼を飼うことになった男の物語。なかなか馴れない栗鼠のために、男は屋敷の庭に面した部屋をまるまるアドルフのために開放します。窓が開いているのに気づいたアドルフはやがて庭に飛び出しますが…。
 これは作者には珍しい、動物とのふれあいを描いた物語?と思いきや、そこはルヴェル。人間に触れてしまった動物が野生に戻りきれない哀しみを描いた残酷物語になっています。

 巻末の「忘却の淵」は、ルヴェルとしてはかなり長めの作品になっています。
 「わたし」は、五年ぶりに友人のガストン・ヴァルイユに出会います。彼は妻を亡くして以来塞ぎこみ別人のようになっていました。ガストンは自分の心情を打ち明けます。
 愛妻は不治の病で亡くなったが、亡くなる直前の亡霊のような容貌が心に焼きついてしまい、妻の姿を思い浮かべることができなくなったことに苦しんでいるというのです。髪の毛が死後もしばらく残ることを知ったガストンは、妻の墓からその髪の毛を手に入れようと考えますが…。
 晩年の病にやつれた妻のイメージを払拭しようと、妻の墓からその髪を手に入れようとする男の物語です。強迫観念に囚われてはいるものの、ある種の純愛を描いた物語と思いきや、そこには皮肉な結末が待ち構えています。精神的な残酷さを描いた物語ともいえるでしょうか。


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破天荒な世界  トッド・ロビンス『侏儒と拍車 トッド・ロビンス短編集』
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 トッド・ロビンス『侏儒と拍車 トッド・ロビンス短編集』(蟻塚とかげ編訳 爬虫類館出版局 ※同人出版)は、映画「フリークス」(トッド・ブラウニング監督 アメリカ 1932年)の原作者として有名なアメリカの作家、トッド・ロビンスの怪奇幻想味の濃い短篇を集めた作品集です。

「侏儒と拍車」
 サーカスの侏儒として働くジャック・クーベは、親戚の死でかなりの遺産を相続したのを機に、サーカスの花形ジャンヌ・マリーに求婚します。美男のシモンとつきあっていたジャンヌ・マリーでしたが、財産目当てにジャックと結婚することになります…。
 ロマンチック(というか思い込みの激しい)侏儒の男が、自分を侮辱した妻やその元情夫に復讐するという物語です。本人に力はないものの、飼い犬の聖ユースタッシュ号が凶暴で、犬を使って他人を従わせるという、強烈な展開です。
 映画化された「フリークス」とは少々異なるお話になっているようです。原作の方は、たまたまサーカスが舞台になっているだけで、フリークスたちが特に活躍するわけではなく、そうした趣味も作者にはあまりないようです。

「誰が欲しがる、緑の瓶を?」
 嵐の夜に車の故障で立ち往生したオブライエン医師は、近くの屋敷を訪ねますが、そこは精神を狂わせた領主として有名なキルゴアの屋敷でした。医師はキルゴアからおかしな話を聞くことになります。
 キルゴアの叔父の死後、小さい妖精のようなものを捕まえると、それは小さい叔父の姿をしていました。彼によれば、人間の魂は小さい人間の姿をして体にひそんでいるというのです。キルゴアは叔父に頼んで、地獄を案内してもらうことになりますが…。
 人間の魂は小人の形をしていたという発想もすごいのですが、そのまま地獄めぐりをしたり、魂が地獄にとらわれないように死後の魂を捕まえようとしたりと、とんでもない展開が続きます。強烈なインパクトを持つ怪奇作品です。


「告白」
 十数件の殺人を犯し、世間から恐れられた連続殺人者エミール・パーネル。独房を訪れたのは、彼に死刑を宣告したモーリス・レオン判事でした。赦免状を持ってきたのではと希望を抱くパーネルでしたが、判事は思いもかけない告白を始めます。
 なんと、判事は過去にパーネルをはるかにしのぐ大量の殺人を犯している大悪人だというのですが…。
 連続殺人者のもとを訪れたのは、彼をはるかにしのぐ殺人者だった…という残酷奇談です。芸術的な殺人者を自負するパーネルが、判事の話を聞くにつれ、そのプライドをズタズタにされてしまうという、シニカルな作品になっています。

「バンシーの声を持つ女」
 貧乏な詩人シーマ・オシーアが歩いていると、突然美しい少女にひっぱられ、彼女の家に連れていかれてしまいます。家には危篤状態の少女の母親がおり、彼女の千里眼によって選ばれたオシーアは、少女ブリジットと結婚する運命だというのです。
 しかも、ブリジットはバンシーの声を持つ女だと言います。困惑しながらもオシーアは彼女と結婚することになりますが…。
 人の死を予言する精霊バンシーの声を持つ少女を妻に迎えた詩人の奇妙な体験を描く幻想小説です。主人公オシーアが詩人でありながら、金持ちの親戚の死を予言させたりと、現実的に妻の能力を利用していくところが面白いですね。
 陽気な雰囲気で展開されていた物語が、どこか哀切な結末を迎えるところも、味わいがあります。

「モグラ」
 妻と親友に裏切られた美男子で資産家の「ぼく」は、別の町で別の名前の人間として現れ、女性たちをもてあそぶようになります。美女に飽きた「ぼく」は、存在感の薄い女性「モグラ」とつきあうことになりますが…。
 裏切られたショックゆえか、いささかサイコパス的傾向のある青年が「モグラ」と渾名する女性とつきあうことになる、という物語。この女性「モグラ」も、束縛が強かったり、嫉妬深かったりと、あまり良く描かれてはいないところが特徴ですね。
 彼女の挑発的な「嫉妬」に応えて派手なパフォーマンスをするなど、全体にユーモラスなタッチになっているのもユニークなところです。

「運命の玩具店」
 列車の中でクレストン出身だという男と出会ったバートンは、彼から不思議な話を聞きます。クレストンは地震で壊滅したことで有名な町でした。町で玩具店を経営していた男の自慢は、クレストンの町並みを再現したミニチュアでしたが、ある日それを買いたいと、不気味な老人が現れます。
 老人は突然マッチを取り出し、ミニチュアのある家を燃やしてしまいます。それは男自身の家のミニチュアでした。家に帰った男が見たのは、全焼した自分の家でした…。
 運命の神に遭遇した男の奇怪な体験を描く怪奇小説です。この神が非常に残酷で、人間の災難を自分にとっての刺激としてしか捉えておらず、語り手の男の懇願にも関わらず、災難を引き起こし続けるのです。
 序盤で町が壊滅させられたことが示されており、どこまで神である老人の行為がエスカレートするのかが、サスペンスたっぷりに描かれています。結末まで救いがほとんどなく、恐怖感の強い作品になっています。

 トッド・ロビンス作品、本邦初訳ということで、初めてまとまった作品を読むことになりましたが、ユニークな怪奇幻想小説の書き手だと思います。発想自体はいわゆるB級的な題材が多いのですが、その力強い筆致と人を食ったような物語展開には、オリジナリティが感じられますね。
 解説として、訳者によるトッド・ロビンスの主要作品の梗概が紹介されており、こちらを読むと、ほかにも面白そうな作品が多数あるようです。特に、読むと人を殺したくなる小説を扱っているという「ミステリアス・マーテイン」なる長篇は面白そうですね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

子どもだけの世界  アンドレス・バルバ『きらめく共和国』

きらめく共和国 (日本語) 単行本 – 2020/11/11


 スペインの作家アンドレス・バルバの長篇『きらめく共和国』(宇野和美訳 東京創元社)は、とある亜熱帯の町に突然現れ、突然死ぬことになった32人の子どもたちをめぐって、一人の男が過去を回想することになる…という不思議な手触りの作品です。

 1994年、ジャングルと川をかかえる亜熱帯の町サンクリストバルに、現地の人々には理解できない不思議な言葉で話す子どもたちが、どこからともなく現れます。物乞いやちょっとした盗みを働く彼らは不気味がられながらも、大した被害はないために放っておかれていました。
 しかし子どもたちの行動はエスカレートし、ある日スーパーに多人数で集まった彼らは、そこで数人の大人を刺殺してしまいます。直後に姿を消してしまった彼らがジャングルに潜んでいるのではないかと考えた町の住人たちは、ジャングルの中を捜索すべきだと考えますが…。

 突然町に現れた大量の奇妙な子どもたちをめぐる物語です。物語の大枠は、事件から22年後、事件の渦中にいた社会福祉課長の「私」の過去の回想に、別の人間の日記や評論などが挟まれていくという形になっています。初めから32人の子どもたちが死んでしまったことが示されており、彼らはなぜ死んだのか、どのように死んだのかが、徐々に明かされていくことにないます。
 問題となる子どもたちは、とくに超自然的な存在ではなく、他の町から流れてきた、いわゆるストリート・チルドレン的な存在らしいのですが、子どもたちだけで集まって暮らすうちに、独自の言語が生まれて、彼らだけの文化を形作るようになっていたらしいのです。ただ、知識も技能もない彼らは、町から盗みを働くことでしか生きていけず、それが町の大人たちとの軋轢を引き起こすことになります。
 しかし、自由な子どもたちに憧れる町の住人の子どもたちも現れ、彼らの仲間に加わろうと行方をくらます子どもも現れます。殺人事件と併せ、現実的な脅威を感じた町の大人たちは、子どもたちを排除しようという方向に動いていくことになるのです。

 物語の語り手となる「私」は、サンクリストバル出身の妻マヤとその義理の娘ニーニャと暮らしていますが、回想をしている時点では、すでに妻は亡くなり、娘も他の男のもとに去ってしまったことが記されています。
 悲しみを抱えたその心境が、過去の子どもたちへの同情となって現れている節もあり、子どもたちに対して他の対応策はなかったかという後悔の念もあるようなのです。実際、過去の事件の最中では「私」は子どもたちに対しては、かなり強硬な立場で臨んでいます。時を経ての「私」の事件に対する心境の変化もまた読みどころでしょうか。

 「私」の妻であるマヤは、ヴァイオリン奏者兼音楽教師なのですが、作中で彼女が愛する曲として取り上げられるのが、タルティーニの「悪魔のトリル」。曲の由来と合わせて、物語の象徴的な意味も持たされているようですね。

 対立する子どもと大人、ジャングルと町、彼らの対立は「自然」と「文明」とのアナロジーでもあるのでしょうか。ただ、町に住む大人や子どもの中にも、彼らに同情的な立場の人間もいたりと、単純な二項対立にはならないところも面白いですね。
 子どもたちの死をもって、町への脅威という意味での事件は終息するのですが、彼らが話していた独自の言語や文化、そして彼らの存在が町の人々に残したものなど、様々な謎を残すラストも、余韻があって魅力的なものになっています。


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過去と未来  メアリー・ダウニング・ハーン『時間だよ、アンドルー』

時間だよ、アンドルー (日本語) 単行本 – 2000/4/1


 メアリー・ダウニング・ハーンの長篇『時間だよ、アンドルー』(田中薫子訳 徳間書店)は、12歳の少年ドルーが、大叔母の住む古い屋敷の屋根裏でタイムスリップし、100年近く前に生きていた自分とそっくりの少年アンドルーと入れ替わるというファンタジー作品です。

 12歳の少年ドルーは、考古学者の父親の調査のため両親と離れ、大叔母の住む古い屋敷に預けられることになります。屋敷にはブライズ大叔母とその父親であるひいおじいさんが住んでいました。認知症のあるひいおじいさんは、ドルーのことを過去に知っていた別の少年だと思い込み、彼を嫌います。
 ドルーは、屋根裏で見つけた古い写真の中に、ドルーそっくりの少年の姿を見つけますが、大叔母によれば、それはドルーと同じ名前のアンドルーという少年であり、彼は若くして亡くなったというのです。同じ場所で、ドルーはアンドルーが大事にしていた美しいビー玉を見つけます。
 その夜、ドルーは屋根裏部屋から降りてきたアンドルーと出会います。そこは過去の時代と繋がっているようなのです。ジフテリアで死にかけているアンドルーは、現代ならその病気を治せることを知り、ドルーと一時的に入れ替わってほしいと頼みます。
 過去の時代に入り込んだドルーは、奇跡的に病気から回復し、その病のせいで記憶に欠落ができてしまったことにして、その時代でしばらく過ごすことになります。
 優しい姉ハンナや負けん気の強い弟テオ、そしてその両親を含め、兄弟のいないドルーは家族との生活を楽しみ始めます。
 しかし一家には、家の相続をめぐって犬猿の仲になってしまった伯父とその息子エドワードがいました。たびたびエドワードの嫌がらせにあってしまうドルーでしたが…。

 過去の時代の自分そっくりの少年アンドルーと入れ替わることになった少年ドルーの冒険を描くタイムトラベル・ファンタジー作品です。
 アンドルーが死んでしまったことを知っているドルーは、彼の病気を治して助けることができるのではないかと考え、不可抗力的に入れ替わりをOKしてしまいます。
 しかしそこは100年近く前の時代、様々な環境の違いにドルーは戸惑うことになります。記憶を失ったことにしたものの、かってアンドルーが知っていたことを何も知らないため、不審がられてしまいます。さらに活発で喧嘩っ早いアンドルーに比べ、ドルーは大人しく臆病な性格なため、飼い犬から威嚇されたり、いじめっ子のエドワードから馬鹿にされたりしてしまうのです。
病気の回復したアンドルーと再び入れ替わろうとするものの、ビー玉勝負で勝てない限り戻らないと言い張るアンドルーに負けっぱなしで、なかなか元の時代に戻ることもできません。

 二人の少年が入れ替わるものの、メインとなるのは過去に入り込んだドルーを描くパートです。現代に行ったアンドルーに関しては、時折二人が会ったときに間接的に語られるだけになっています。ドルーが、最初は恐る恐る触れていた過去の時代の生活に馴染んでいく姿が魅力的に描かれていますね。
 不便ではあるものの素朴で牧歌的な生活、兄弟との触れあいなど、その時代とその家族に愛情を感じ始めるのです。とくに優しい姉ハンナに関しては、本物の姉のように慕うことになり、彼女がボーイフレンドと過ごすことに対して嫉妬すら感じる、というあたりは微笑ましいです。
 別の時代で長い時間を過ごしているうちに、アンドルーとドルーが、それぞれの時代に影響されたものなのか、過去の記憶が薄れて、互いに相手と同じような性格になりつつある、という設定も面白いところですね。
 このままだと、完全にアンドルーそのものになってしまう…という危機感を抱くドルーは元の時代に戻ることができるのか? アンドルーとのビー玉勝負に勝てるのか? といったろところにハラハラドキドキ感があります。ただ、過去の時代での生活と同様に、アンドルーとの交流を通して彼との友情を感じ始めたり、ビー玉勝負で勝つため、ハンナにやり方を教わったりと、ドルー自身も経験を深めていきます。二人がそれぞれ相手にあって自分にないものを認識し、それぞれ成長を遂げることにもなるのです。

 タイムトラベルものとしては、過去を変えることによって未来も改変される、というタイプの作品になっています。ドルーの行動によって未来はどう変わったのか? 結局アンドルーは生き延びることができたのか? 改変された現代が描かれる結末は感動的ですね。
 タイムトラベルとそれによる入れ替わりという部分も面白いのですが、引っ込み思案だった少年が、違った時代で奮闘し成長するという、成長物語としても非常に魅力的な作品になっています。
 過去の時代のいじめっ子エドワードが、現代では主人公ドルーの直系のひいおじいさんである、というのも面白い趣向ですね。過去が変わる前と変わった後とで、表面上は違いのみえないひいおじいさんの態度が、心なしか前向きに変わっているように見える、という結末の情景も素晴らしいです。


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ウクライナの妖怪たち  オレスト・ミハイロヴィチ・ソモフ『ソモフの妖怪物語』

ソモフの妖怪物語 (ロシア名作ライブラリー) (日本語) 単行本 – 2011/3/1


 オレスト・ミハイロヴィチ・ソモフ『ソモフの妖怪物語』(田辺佐保子訳 群像社)は、ゴーゴリやプーシキン以前に、ロシアの民間伝承や妖怪などをテーマにした作品を残したウクライナの作家ソモフ(1792-1833)の作品集です。

 美しい娘の姿をした妖怪に命をとられてしまう勇士を描く「クパーロの夜」、失恋のショックから水死して妖怪ルサールカになった娘を母親が取り返そうとする「ルサールカ」、魔女の噂のある老婆の娘と結婚した男の恐怖体験を描く「キエフの魔女たち」、豪傑の男が悲劇を示す鬼火と遭遇するという「鬼火」、家に住み着いた妖怪キキモラを追い出そうとまじない師を雇うものの逆効果になってしまうという「キキモラ」、怠け者の息子が死んだ父親の導きで賭けをして魔法の小骨を手に入れるという「寡婦の息子ニキータの話」、愚か者の息子が妖術師の養父の真似をして人狼に変身するという「人狼」、人を殺し恐れられていた大熊を旅の商人がその大力で退治するという「骨砕きの大熊と商人の息子イワンの話」を収録しています。

 どの作品にも妖怪や精霊などが登場するのですが、それらが明確なものとして出現する作品もあれば、作中でそれらが実在するのか疑われているタイプの物語もありと、その描かれ方も様々です。
 キリスト教の信仰と、それ以前の異教の伝承や迷信が入り交じっているとことも独特の味わいですね。全体に素朴でシンプルな昔話、といった感じの作品が多いのですが、シンプルだけに力強く、迫力のある作品もあります。
 なかでは、「キエフの魔女たち」「寡婦の息子ニキータの話」が印象に残ります。

 「キエフの魔女たち」は、母親が魔女との噂もある娘カトルーシャの美しさに惹かれたコサックのフョードル・ブリスカフカが、噂も気にせず彼女と結婚することになるという物語。
 夜に魔術のような行為を行い秘かに出かける妻の行動を怪しんだ夫は、妻の行為を真似してまじないを行います。飛ばされて来たのは、魔女や化け物たちの集まるサバトでした…。
 愛する妻が魔女だった、という夫の恐怖体験を描く恐怖小説です。妻は母親によって呪われており、自分の行動を制御できない、というところも興味深いですね。怪物や魔女たちが集まるサバトのシーンにはかなりの迫力があります。

 「寡婦の息子ニキータの話」は、怠け者の主人公ニキータが、父親の霊の導きで、他の死者と賭けをして魔法のアイテムを手に入れるという物語。ニキータは小骨遊びの名人でなんとか魔法のアイテムを手に入れるのですが、失敗したら命がない、という切迫した状況が描かれます。
 そんな命を賭けて手に入れたアイテムも、妻の贅沢と息子の不用意な行動で失われてしまう、という結末も皮肉めいていて面白いところです。
 そもそも男が、父、息子、孫と、三代通して皆怠け者というのが笑ってしまうところではありますね。

 笑える、といえば「人狼」もかなりユーモラスな物語です。
 その村はたびたび狼に襲われていましたが、その狼は妖術師として恐れられるエルモライ老人の変身した姿だと言われていました。老人の蓄えた財産を狙う美しい娘アクリーナは、美男子ながらおつもの足りない老人の養子の青年アルチョームを誘惑します。老人の様子を探ってほしいと頼まれたアルチョームは、養父が妖術で人狼に変身する姿を目撃します。妖術を真似して、自らも人狼に変身したアルチョームは、村人たちを脅かそうとしますが、生来の臆病さから逆に追い詰められてしまいます…。
 妖術師の息子が父親の真似をして人狼になるものの、殺されそうになってしまう、というユーモラスな怪奇作品です。この手の話ではたいてい滅ぼされてしまう妖術師が滅ぼされず、天寿を全うしたり、その愚かな息子も賢い嫁のおかげで幸せに暮らす…という、なんとも人を食った結末も楽しいですね。悪人である妖術師も、ずるい娘も、愚かな息子も皆幸せになってしまうという、ユニークな作品です。


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いなかった男  原浩『火喰鳥を、喰う』

火喰鳥を、喰う (日本語) 単行本 – 2020/12/11


 原浩『火喰鳥を、喰う』(KADOKAWA)は、かって南方で戦死した大伯父の従軍日記が発見されたことをきっかけに、不条理な出来事が相次ぐというホラー・ミステリー作品です。

 出張から信州に帰ってきた久喜雄司は、久喜家代々の墓が何者かによって傷つけられたことと、太平洋戦争で南方に従軍し亡くなった大伯父、久喜貞一の日記が現地で見つかったことを聞かされます。
 雄司とその祖父である保、妻の夕里子、義弟の亮たちは、久喜家に届けられた貞一の日記を記者たちとともに読むことになります。日記には貞一の強烈な生への執着が書き記されていました。読んでいる最中、何かに憑かれたようになった亮は、日記に「ヒクイドリヲ クウ ビミ ナリ」という謎の文章を書き込んでしまいます。
 その直後から、久喜家の周辺では異常な事件が起こり始めます。貞一のかっての部下の家が火に包まれ、日記を発見した記者が精神錯乱を起こし、そして祖父の保は失踪をしてしまいます。何かが起こっていると感じ取った夕里子は、超常現象に詳しい、ある知り合いに連絡を取ることになりますが…。

 戦争で亡くなった大伯父の日記を読んだことから、不思議な現象が多発しはじめる…というホラー・ミステリ作品です。最初は関連性の見えなかった複数の事件が、みな日記の存在に関わっていることが分かってきます。さらに、そこには生へ執着していた大伯父、貞一も関わっているらしいのです。

 話の流れから、未練を残して死んだ貞一の怨念や呪いといったものを想像するのですが、そうした方向ではなく、思いもしなかった方向に物語がシフトしていくのには驚かされます。この展開を予想できる人はそうそういないんじゃないでしょうか。
 どちらかと言うとSF的といっていい発想が扱われているのですが、SFにはならないところもユニークです。ホラーなのかミステリなのかSFなのか、明確にジャンルが分類できず、あえて分類するなら、「モダンホラー」でしょうか。
 選評を読むと、欠点も結構指摘されていて、そのあたり確かに頷けるところがあるのですが、ホラーの新しい可能性を示唆する作品として、一読の価値はあるのではないかと思います。
 内容やテーマは異なるのですが、読んでいて同じような方向性を感じたのは、デイヴィッド・アンブローズやマイケル・マーシャル・スミスの一部の作品でした。何となく分かってもらえる人には分かってもらえるでしょうか。


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惨劇の因果  イヴォンヌ・マッグローリー『だれかがよんでいる』

だれかがよんでいる (偕成社ミステリークラブ) (日本語) 単行本 – 1998/9/1


 イヴォンヌ・マッグローリーの長篇『だれかがよんでいる』(茅野美ど里訳 偕成社)は、アイルランドの田舎へ引っ越してきた少年が、現地で数十年前に死んだ霊に憑依され、過去の惨劇の謎を解く…というホラー・ミステリ作品です。

 大伯父ピーターの遺言で残された家とその環境を気に入った両親の意向で、少年ブライアンは、ダブリンからドネガルへ引っ越すことになります。しかし、友人とも別れ、慣れない環境で暮らすことに、ブライアン自身は不満を持っていました。
 マイケルとローラの姉弟はブライアンに良くしてくれますが、マイケルの友人であるキーロンとデヴィッドはブライアンを良く思っておらず、たびたび彼をからかいます。ある日、二人に挑発されたブライアンは、肝試しとしてアッシュブルックのスザンナ・パリーの屋敷で二時間を過ごすことになります。
 その屋敷ではスザンナ・パリーの幽霊が出るとされていました。数十年前に、継父のアルバートと仲の悪かった息子のリチャードが失踪し、そのショックで病んだ末に死んでしまったというのです。継父はアフリカに渡り、家は無人のまま放置されていました。
 屋敷を探索していたブライアンは、リチャードが残したらしい日記を発見します。その直後、不思議なあかりを目撃したブライアンは意識を失ってしまいます。家に戻ってきたブライアンは、自分はリチャードであり、ブライアンなどという名前は知らないと言い張りますが…。

 都会から田舎へ引っ越してきた少年が、数十年前に不慮の死を遂げた少年の霊に憑依され、その死の謎を解く…というホラー・ミステリ作品です。
 ブライアンが引越しによってストレスを抱えていたことなどから、最初は死者の憑依ではなく、心理的な記憶喪失とされますが、リチャードしか知り得ない事実を知っていることから、段々と周囲の人物も憑依を信じ始めます。
 途中からは、霊的なことにも造詣の深い心理学者サイモン・ハーヴィーの登場により、霊的な部分での探索も進んでいくことになります。

 未練を残して死んだ少年リチャードとその母親スザンナの霊を救うため、事件の真相を探ることになるのですが、その過程で、主人公ブライアンが、リチャードとスザンナの家族愛や郷土愛、彼らに親切にしていた大伯父ピーターへの愛情などを知ることにより、自らの不満を克服し、土地を愛するようになるというお話になっています。
 主人公ブライアンの両親や妹、弟たち、友人のマイケルとローラ姉弟など、周囲の人物がみなブライアンに愛情を持っており、憑依後のブライアンに対しても優しく、また事件の捜査に対しても協力的に動く、というのが良いですね。

 事件の真犯人の行為は残酷極まりなく、その真相が明かされたときにはそのあくどさに慄然とするのですが、ブライアンとその家族や友人たち、後に登場する心理学者のハーヴィー博士も含め、人々の善意によって霊が救われるという部分で、後味は非常にいい作品になっています。


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動物たちと人間たち  オラシオ・キローガ『南米ジャングル童話集』

南米ジャングル童話集 (日本語) オンデマンド (ペーパーバック) – 2017/8/29


 ウルグアイの作家オラシオ・キローガ(1878~1937)の『南米ジャングル童話集』(だいこくかずえ訳 ミヤギユカリ絵 葉っぱの坑夫)は、南米のジャングルを舞台に、様々な動物たちと人間との関わりを描いた童話集です。

 恩返しのためヒョウから人間を守ろうとするエイたちを描く「浅瀬をまもったエイ」、人間の家族に愛されるようになったハナグマの子どもとその家族を描く「二ひきのハナグマの子とふたりの人間の子」、ヒョウに襲われしっぽをなくしてしまった誇り高いオウムの復讐を描いた「しっぽをなくしたオウムの話」、ハチにさされ目が見えなくなってしまった子ジカとその友人になった男の物語「目の見えない子ジカ」、魚を追い払ってしまう人間の船を妨害しようとワニたちがダムを作り抵抗するという「ワニ戦争」、フラミンゴの足が赤くなった由来を描いた「フラミンゴがくつしたを手にした話」、怠け者のハチが巣を追い出されて改心するという「なまけもののハチ」、命を助けられたカメが、人間を背負って長距離を踏破するという「ゾウガメ」の八篇を収録しています。

 オウム、シカ、ヘビ、ヒョウ、ハチ、カメ、アリクイなど、様々な動物たちが登場する楽しい物語集になっています。変わったところでは、カピバラやハナグマ、ドラド、大トラナマズなんて動物も登場していますね。
 善い人間が動物を助ける「浅瀬をまもったエイ」「ゾウガメ」があるかと思えば、人間側が悪役として描かれる「ワニ戦争」のようなエピソードもあり、人間には善人も悪人もいるという描かれ方になっています。単純に「自然」が正しくて「文明」が悪いという感じにはなっていないところも好感触ですね。
 また、動物にも善側と悪側がいたりと、そのあたりバランス感覚が取れています。複数のエピソードで、ヒョウが悪役として描かれるのは、現実的にジャングルで恐れられている動物ゆえでしょうか。

 印象に残るのは「二ひきのハナグマの子とふたりの人間の子」「フラミンゴがくつしたを手にした話」でしょうか。

 「二ひきのハナグマの子とふたりの人間の子」は、人間に飼われ、互いに愛情を抱くようになったハナグマの子どもを描いた物語。子どもはヘビに噛まれて死んでしまいますが、兄弟のハナグマは死んだ弟のふりをしようと考えます…。
 弟が愛した人間の悲しませまいとして、弟のふりをするハナグマの兄弟が描かれます。哀愁ただようお話になっていますね。

 「フラミンゴがくつしたを手にした話」は、仮装舞踏会用のコスチュームとして、ヘビの皮を靴下代わりに履くことになったフラミンゴを描いた物語。ヘビたちにそれがばれないように、舞踏会の間中、ずっとフラミンゴたちは踊り続ける必要があるというのです…。
 フラミンゴの足がなぜ赤くなったかの起源話になっているのですが、その設定が残酷でありながらシュールだという、ユニークな作品になっています。

 翻訳のせいもあるのでしょうか、全体にテンポが良く、さらっと読める作品になっています。特に、ヒョウたちとエイたちとの争いが描かれる「浅瀬をまもったエイ」、人間とワニたちとの争いが描かれる「ワニ戦争」などでは、その戦いのシーンにも躍動感があふれています。
 ミヤギユカリによるイラストがふんだんに使われているのも楽しいところ。登場する主な動物がイラスト入りで紹介されるところなども、親しみやすくて楽しい趣向ですね。

 ちなみにこの本、アーサー・リヴィングストーンによる英訳(1922年)を元に、原文のスペイン語版を適宜参照して翻訳を行ったとのことです。動物の名前をアメリカの子どもになじみのあるものに変えているところなど、原文から逸脱しているところもあるそうですが、リヴィングストーンの翻訳は分かりやすく面白いので、これをベースに、原典から変えられたところなどを、原文に戻す作業をしているそうです。


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二つの世界  ピート・ハウトマン『きみのいた森で』

きみのいた森で (海外ミステリーBOX) (日本語) 単行本 – 2021/1/22


 ピート・ハウトマンの長篇『きみのいた森で』(こだまともこ訳 評論社)は、親友となった少年少女が、パラレルワールドによって引き裂かれてしまうという、SFファンタジー作品です。

 祖父と母と共に暮らしていた少年スチューイ。彼らが暮らす広い屋敷は、かって一代で財を成しながらも、後ろ暗い評判のあった曽祖父が建てたものでした。何十年も前に、曽祖父を目の敵にしていた弁護士ローゼンと共に二人は姿を消し、どちらかがどちらかを殺したのではないかと噂されていました。
 嵐で祖父ザックを失ったスチューイは沈んでいましたが、引っ越してきた少女エリー・ローズと友人になり、元気を取り戻します。
 二人は、毎日のように森の秘密の場所で遊ぶようになります。失踪したローゼンが、エリーの曽祖父であることを母親から聞いたスチューイは、森の中にいる際に、そのことをエリーに話しますが、直後にエリーの姿はぼやけて消えてしまいます。エリーは行方不明とされ捜索が行われますが、一向に見つかりません。
 しかし、ある日森を訪れたスチューイは、消えたはずのエリーが目の前にいるのに気がつきます。彼女によれば、行方不明になっているのはエリーではなく、スチューイだというのです…。

 何らかの原因(おそらくはスチューイとエリー・ローズの曽祖父同士が殺し合いになったのではないかということ)を少年少女が知ることを境に、世界が二つに分裂してしまい、親友の二人が引き裂かれてしまう…というSFファンタジー作品です。
 分裂した二つの世界は、それぞれスチューイとエリーが失踪したことになっており、それによってそれぞれの世界も進む方向が異なっていく、というのが特徴です。エリーが失踪した世界では、彼女の両親が引っ越してしまったり、スチューイが失踪した世界では、彼の母親が精神を病んでしまっていたりします。
 面白いのは、スチューイとエリーに関しては二つの世界を合わせて一人ずつしか存在しないのに対して、それ以外の人物は、二つの世界にそれぞれ同じ人間が存在するということ。彼らの行動も、二つの世界で少しづつ異なってくるのです。

 森の中で接触したスチューイとエリーは、それぞれの世界の情報を交換することになりますが、その機会はだんだんと薄れ、やがてほとんど会えなくなってしまいます。親友の失踪により精神的なトラウマを抱えたと判断された二人は、それぞれの親の計らいにより精神科医に治療されたり、遠くへやられたりします。 
 パラレルワールドの発生には、おそらく二人の曽祖父スチュアート・フォードとロバート・ローゼンの失踪が関わっています。ギャングまがいの後ろ暗い事業で富を儲けたフォードと、彼を捕らえようと狙っていた地区検事のローゼンは、同時に失踪しており、殺人が行われた可能性も噂されていました。
 しかし、どちらがどちらを殺したのかもはっきりしないのです。彼ら二人に関して、スチューイの祖父ザックは何かを知っている節もあるのですが、それを明かさないまま彼は亡くなってしまいます。
 ザックが関心を持っていた量子力学についても言及されるなど、おそらく曽祖父たちの運命がはっきりしないため、世界がひとつに確定していないのではないかという疑いが持ち上がります。主人公のスチューイとエリーは、真実を明かし二つの世界を再び一つに戻せるのか…?というのが読みどころでしょうか。

 主人公二人が引き裂かれ、二つの世界ができてしまうわけですが、それぞれの世界が別の方向に進んでいく過程が同時並行的に描かれるのが実に面白い作品です。
 周囲の人物はほぼ同一ながら、スチューイとエリーで、それぞれの人間関係が異なっていたり、町の開発や森の保全などで、違う方向に町が発展したりと、条件が少し違うだけでも、町や世界が変わっていく…ということが描かれます。
 そのあたりをうまく描くためなのでしょうが、世界が分裂してから数年間という、長いスパンで描かれる物語になっています。必然的に、親友だったスチューイとエリーの別れも長い期間にわたることになるのです。本当に自分はパラレルワールドにいる友人に会ったのだろうか? 成長するにつれ、かっての親友の記憶が薄れ、現実感覚も希薄になっていく様子を描く部分には、非常にリアリティがありますね。
 SF的なガジェット、物語としての仕掛けもさることながら、主人公となる少年少女の成長過程の数年間が、繊細かつ丁寧に描かれており、その部分も魅力的な作品になっています。人間の生きる「世界」とは何なのか? という、ある種哲学的なテーマも隠れているようで、読み応えのある作品です。



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ブログ開設15周年
 2月7日をもって、このブログを開設してから、ちょうど15周年になります。
 細々とですが、なんとか続けてくることができました。いつも応援してくださる読者の方々には、あらためてお礼を申し上げたいと思います。

 ネットもすっかりSNS主体になってしまい、こちらのブログにコメントをくださる方もめっきり減ってしまいました。
 ホームページやブログがまだ主流だったころは、読書感想サイトや本の紹介ブログも沢山あり、賑わっていた印象がありますが、最近ではこの種のサイト・ブログも少なくなりました。
 ただ現在でも、まとまったレビューを読みたいとか、特定のジャンル作品を探したいとか、そうした用途に関しては、このブログもまだまだ需要があるのかな、という気もしています。
 また、このブログの方針として、古い作品やマイナーな作品の感想を優先的に上げるようにしてきました。ネットで探しても全然内容や感想が見つからない、といった珍しい作品の感想やレビューに関しても、多少お役に立てるのではないかと思っています。

 以前にも書いたと思うのですが、ここ数年、利用者の減ったホームページやブログサービスがまるごとサービスを終了してしまい、更新の止まっていたページがそのまま消滅してしまう、ということが続いています。
 そうしたページが消えてしまうのは、もったいないな、とよく思います。本に関しての文章は、時間が経っても古びるものはそんなにないと思うので、そうした更新の止まったページやブログも何らかの形で残していけないのかな、とはよく考えています。

 5年前、10周年を迎えたころから、ブログだけでなく、何か新しいことができないかと考え始めました。
 もともとブログでも中心的に取り上げていた怪奇幻想ジャンルを中心に据え、twitter上でのファンクラブ「日本怪奇幻想読者クラブ」を結成したり、オフラインの読書会「怪奇幻想読書倶楽部」で同好の士と交流したり、はたまた同人誌を何冊か作ったりもしました。
 いろいろ活動してみて思ったのは、怪奇幻想ジャンルのファン層は思った以上に沢山いるんだな、ということでした。ミステリやSFと異なり、このジャンルのファン層というのは、あまり表だってこのジャンルを愛好していることを公言しない(しにくい?)傾向にあるのかなという気もしています。
 twitterの「日本怪奇幻想読者クラブ」や、読書会「怪奇幻想読書倶楽部」では、少しながらそういう傾向を崩せたのではないかなと思っています。

 同人誌活動も含め、怪奇幻想ジャンル作品を広めることが個人的なライフワークになりつつあり、そうした面からも、これから新しいことができたらなと考えています。
 ブログも変わらず続けていきたいと思っていますので、これからもよろしくお願いいたします。


最近観たホラー・ファンタジー映画

ゴーストランドの惨劇 [DVD]


パスカル・ロジェ監督『ゴーストランドの惨劇』(フランス 2018年)

 変わり者で知られた叔母の家を相続して、そこに越してきたシングルマザーの母親と双子の娘。引越しの当日、突然家を暴漢二人組が襲撃してきますが、母親の必死の抵抗で二人組は殺されてしまいます。
 16年後、ホラー小説家として成功した妹ベスは、姉ヴェラからの助けを求める電話を受け、実家に帰ることになります。ヴェラはあの惨劇の夜から精神を病み、ずっと家に閉じこもっていたのです。ヴェラの言動、そして母親の態度からも何か不穏な気配を感じるベスでしたが…。

 暴漢に襲われた夜から心を病んでしまった姉を見舞う妹、何やら心の病だけではない何かを、姉は恐れているようなのです。なかなか先の読めない展開の作品で、殺された暴漢の霊が悪さをしているのかとも予測しましたが、それとはまた違う方向の展開でちょっと驚かされます。
 主人公の妹娘が、人見知りながら作家志望で、しかも好きなのはホラー小説、敬愛するのはラヴクラフトという、ホラーファンには楽しい設定になっています。後半ではラヴクラフト本人も登場するのは、ホラーファンには嬉しい趣向ですね。
 お話自体は非常にハードで、精神的にも肉体的にもダメージが来るので、そうした描写が苦手な人にはきつい作品かもしれません。ただ少女が「現実」を受け入れ「成長」するというテーマも強調されていて、観終わってみると、ある種「いい話」だとも思えるところが、なかなか面白いですね。



ムーンプリンセス 秘密の館とまぼろしの白馬 [DVD]


ガボア・クスポ監督『ムーンプリンセス 秘密の館とまぼろしの白馬』(イギリス 2009年)

 父を亡くし孤児となった少女マリアは家庭教師のヘリオトロープ先生とともに、おじであるベンジャミン・メリウェザー卿の領地ムーンエーカーに引き取られることになります。メリウェザー一族と、隣り合った森で密猟をして暮らすド・ノワール一族には、数百年に及ぶ因縁がありました。
 月と自然の力を得たことから<月姫>と呼ばれた女性が持ってた強大な力を持つという月の真珠、それをめぐってメリウェザーとド・ノワールは仲たがいをし、それを悲しんだ<月姫>は谷全体に呪いをかけます。5千回目の満月の夜までに魔法を解かないと呪いは現実のものになってしまうというのです。
 代々伝わる本によって、その呪いを知ったマリアは、二つの一族を和解させるために、消えてしまったという真珠を探し始めます。捜索の過程で、マリアは、謎の女性ラブデイ、ド・ノワール一族の当主の息子である少年ロビンらの手を借りることになりますが…。

 エリザベス・グージ『まぼろしの白馬』が原作で、美しい舞台とロマンティックな物語が魅力のファンタジー作品です。
 「王道」と言えるほどロマンティックなお話で、そのあたりは原作の雰囲気をかなり忠実に再現していますね。ヒロインとなるマリアが非常にポジティブなキャラクターで、事態を打開するために積極的に動くという展開にも爽快感があります。
 舞台となる古い館や周囲の森林、部屋の調度や主人公の衣装などを含め、全体に絵作りが美しく、それらを見ているだけでも楽しいです。
 CGが使われているらしい魔法のシーンも浮き立っておらず自然な感じです。特にクライマックス、魔法の白馬が登場するシーンは美しいですね。
 基本的には原作を踏襲した映画化なのですが、大きく変えられているのは、ロビンとラブデイの設定でしょうか。原作ではこの二人が親子という設定だったと思うのですが、映画版では姉弟で、かつ敵方のド・ノワール一族の人間、ということになっています。
 良質なファンタジー映画作品で、原作ファンも安心して観れる作品になっているかと思います。



カラー・アウト・オブ・スペース―遭遇― [DVD]


 リチャード・スタンリー監督『カラー・アウト・オブ・スペース 遭遇』(ポルトガル・アメリカ・マレーシア合作 2019)
 水文学者ワード・フィリップスは、水質の調査のためアーカム郊外の田舎を訪れます。ワードは、ガンになった母の回復を祈って魔術の儀式を行っていた娘ラヴィニア・ガードナーと、森の中で出会います。彼女は、父ネイサン、母テレサ、ベニーとジャックの2人の弟と暮らしていました。
 テレサの病気はあるものの、幸せに暮らしていたガードナー一家の庭に、ある日、隕石が落下します。悪臭を放つ隕石はしばらくして消えてしまいますが、それから一家の人々に異常が起き始めます。テレサは料理中に放心状態になり指を切り落としてしまいます。 ジャックは井戸の中にいる男と会話していると話し、庭に長時間たたずんでいました。やがて、父ネイサンの精神状態も尋常でなくなっていきますが…。

 H・P・ラヴクラフトの短篇「異次元の色彩」の映画化作品です。隕石と共に降り立った何物かにより、周辺の土地や生物のみならず、居住している人間にも異様な影響が及んでいく…というホラー作品です。
 序盤は家族の日常生活やキャラクターの描写が主で、なかなか出来事が起こらないのですが、隕石が墜ちて以降、ガードナー家の人々が異様な状態になっていくのが見所でしょうか。ヒロインのラヴィニアと弟ベニーは、後半まで比較的まともな精神状態を保っているのですが、両親とジャックに関しては、すぐに異様な状態になってしまい、何を起こすのか分からない状態が続くところにサスペンスがありますね。
 土地に降り立った何物かによる影響で、周囲の土地や生物は異様な変容を遂げていきます。昆虫、動物、果ては人間まで。ガードナー家の人々も精神だけでなく、肉体も変容を遂げていくことになるのです。
 変容を遂げた人間の造形は怪物そのもの。『遊星からの物体X』を思わせるような強烈な印象のクリーチャーも登場します。
 序盤が静謐な雰囲気だっただけに、後半の展開は非常に強烈。「色」によって歪む空間や時間、変容を遂げた怪物と、インパクトたっぷりの画面が展開されることになります。

 ついでに、新訳版で原作も読み直してみました。「異次元の色彩」(南條竹則訳『インスマスの影 クトゥルー神話傑作選』新潮文庫 収録)です。
 原作では、事件が起こった随分後に、事件を知る男に経緯を聞くという、間接的な語りになっています。隕石が墜ちた影響により、土地や人々に異様な影響が及ぶ、という大枠は同じですが、被害を受ける家族の構成やその行く末なども異なっていますね。
 ラヴクラフト作品の通例で、影響を受けた人間の肉体的な変容が匂わされてはいるものの、具体的な描写はなく、読者の想像力にまかされています。

 映画版では原作には少なかった視覚的な効果が、具体的に描写されていて迫力があります。
 魔術に傾倒しているラヴィニアが持っている本は「ネクロノミコン」、水文学者ワードが読んでいる本はアルジャーノン・ブラックウッドの「柳」だったりするのも、怪奇小説ファンには楽しいところですね。
 さらに言うなら、登場人物の一人ワード・フィリップスは、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトから取った名前なのでしょう。
 ラヴクラフト作品の現代における映画化として、非常に良く出来た作品なのではないかと思います。



ビハインド・ザ・マスク [DVD]


スコット・グロサーマン監督『ビハインド・ザ・マスク』(アメリカ 2006年)

アメリカの小さな町グレン・エコー、そこで20年前ある事件が起こります。悪魔の子供だとされた少年が滝に落とされ死んだというのです。その少年は甦り、町の住民に復讐するという噂が流れていました。レスリー・ヴァーノンはその少年こそ自分であり、ジェイソンやフレディの正統な後継者だと話します。
レスリーは、ターゲットを決め、連続殺人鬼として自分をプロデュースするための計画を着々と進めていました。女性レポーターのテイラー率いる取材班は、レスリーに密着し、準備段階から彼の行動を記録することになりますが…。

 連続殺人鬼の行動の裏側を追う…というフェイク・ドキュメンタリー風に描かれたホラー作品です。ホラー映画において、なぜ殺人鬼に裏をかかれてしまうのか? 犠牲者が都合よく殺人鬼に捕まってしまうのはなぜなのか?といった理由が描かれていきます。
 その理由とは、殺人鬼が綿密に計画を練っているから、という人を食ったものでした。 殺人の舞台となる家にさまざまな仕込みをしておくのはもちろん、犠牲者を不安にするようなささいな演出を細かく実行したり、複数の犠牲者たちが逃げるときの導線を検討したりと、その行動は非常に合理的。
 普段から体を極限まで鍛えていたり、奇術師を師匠としてトリックの準備も怠らなかったりと、準備万端なのです。殺人犯の青年自体も気さくな性格で、取材にも協力的だったりと、好青年に描かれているのがユニークです。
 青年の熱意にほだされて、取材クルーも純粋に彼を手伝うようになっていく、というのも面白いところですね
 前半は、青年レスリーの計画の舞台裏が彼の苦労とともに描かれていき、そのまま最後まで計画の実行がなされるのかと思いきや、後半思わぬ展開になっていきます。しかも、前半で描かれた殺人計画そのものが後半の伏線になっているという凝った作りになっています。
 連続殺人鬼の舞台裏を取材するという、メタフィクショナルな着想の、非常に面白い作品になっています。全体はコメディタッチで描かれるのですが、クライマックスでの殺人シーンは意外に本格的だったりするのも面白いところです。
 ミステリ的な趣向もあるので、そちらのファンにも楽しめる作品だと思います。



ドント・ゴー・ダウン(字幕版)


トム・パットン監督『ドント・ゴー・ダウン』(イギリス 2020年)

 とある紛争地帯、機密書類を奪うために派遣された傭兵部隊は敵の野営地を奇襲します。奇襲は成功しますが、テントのなかには一般人らしき女性がとらわれていました。女性の正体は分からず、つぶやいた現地の言葉は「ドント・ゴー・ダウン」(決して降りるな)という意味のようでした。
 隊長のスタントンの命令により、クラークは女性を銃殺してしまいます。基地に帰還した部隊は上層階に向かおうとしますが、エレベーターが故障していたため、階段を上がることになります。しかし、上がり続けても一向に部屋には到着することができません。
 突然サイレンが鳴り響きます。状況を確認しようと階段を下りた仲間は何者かに襲われて、逃げろと言い残して絶命します。階段を上り続けて、ようやく外につながるらしいドアを見つけた一行でしたが、ドアの外に広がっていたのは、奇襲して殲滅したはずの敵の野営地でした…。

 戦場で無限のタイムループに巻き込まれた傭兵部隊の運命を描いたSFアクション・ホラーです。
 部隊は、基地の無限に続く階段に囚われてしまい、そこから抜け出せなくなってしまいます。どうやら任務中に殺した捕虜の女性の呪い(?)のせいで、ループに囚われてしまっているようなのです。
 一定時間ごとにサイレンが鳴り響き、その階に留まっていると、下の階から怨霊のような存在に追いつかれ殺されてしまいます。階段を上り続けていると定期的に現れるドアから過去に戻り、捕虜を殺させないようにするしか打開策はないようなのです。何度も過去に戻る一行ですが、何度やっても上手くいきません。
 過去に戻って捕虜を殺させないようにしなければ抜け出せない。しかし毎回蘇る敵の勢力と過去の自分たち、多人数を相手に対抗しようとするものの、だんだんと味方は怪我をして脱落していき、体力は減る一方という、悪夢のようなミッションが描かれていきます。
 襲い来る怨霊とループ現象、そして軍事アクション、様々な要素を組み合わせた、意欲的なホラー作品です。ループ現象や怨霊について、明確なルールが最後まで分からないのですが、それにより不条理感が強い作品になっていますね。
 もともといつ死んでもおかしくないという軍事行動に加えて、減る一方の味方、削られる体力など、主人公たちの疲弊感が強烈で、悪夢のような空気が満ちています。
 過去の自分を殺した場合どうなるのかなど、タイム・パラドックス的な面に関しては多少曖昧にしている感はあるのですが、今までにないタイプの要素の組み合わせで、非常に面白い作品だと思います。


現実と妄想  パトリック・マグラア『グロテスク』

グロテスク (日本語) 単行本 – 1992/2/1


 パトリック・マグラアの長篇『グロテスク』(宮脇孝雄訳 河出書房新社)は、植物人間となった老人の、事実と妄想が混濁した意識の中で、新しい執事に対しての疑念が渦巻くようになる…というサスペンス長篇です。

 イギリスの田舎町の古い屋敷に住む古生物学者サー・ヒューゴー・コールは、脳の発作で植物人間となってしまいます。その原因になったのは、新しくやってきた執事フレッジでした。サー・ヒューゴーに憎しみを抱くフレッジは、殺人を犯し、その罪を他人に着せるばかりか、サー・ヒューゴーの妻ハリエットを誘惑し、屋敷の主人になる野望さえ抱いていました…。

 あらすじを述べると上記のようなお話になるのですが、その実、それが本当なのかどうかは分からないようになっています。語り手のサー・ヒューゴーが、元々の偏狭な性格に加え、植物状態になってしまった状態での混濁した思考と相まって、事実と妄想がごっちゃになっており、「信頼できない語り手」となっているからです。
 彼が敵視する執事フレッジが、殺人を犯したり、妻を誘惑したりしているとサー・ヒューゴーは考えているのですが、それが全て妄想である可能性も高くなっています。
 何しろ、自分が見ていない場面も見てきたかのように描写したり、「そうに違いない」と考えたことが、いつの間にか事実にすり替わってしまっていたりするのです。
 ただ、サー・ヒューゴーの歪んだ意識で語られる物語の中でも、作中で起きる殺人事件やその顛末など、明らかに事実である部分もあり、実際に起こったこととサー・ヒューゴーの妄想である部分が明確に分けられず、読者を困惑させる作りになっています。

 発作の起きる前から、サー・ヒューゴーは偏狭で傲慢、不快な人物として描かれており、彼の目から見る他の人間も戯画化して描かれています。思い込みも強く、他の人間の何気ない仕草に勝手な意味を読み取っていたりもするのです。
 発作後に至っては、それがさらに昂進しており、彼の目から描写される世界はあまりにも不自然。その世界は、まさに「グロテスク」と呼ぶべきレベルにまでなっています。

 ヒラリーとクレオ、サー・ヒューゴーの二人の娘のうち、妹娘のクレオは、ヒューゴーの血を色濃く受け継いでいるようで、超自然的な力を感じ取ったり、ヒステリックな行動を起こしたりするのも面白いところ。家族の中でも、ヒューゴーはこの娘に特別な親愛感を抱いており、発作後も、彼女だけが、自分が完全な植物状態ではなく、意識が明確にあると信じている、と考えているのです。
 対して、妻のハリエットに対しては、元々の冷えた仲とも相まって、フレッジとの不倫(サー・ヒューゴーの妄想の可能性が高いのですが)を疑うなど、軽蔑の対象になってしまっています。長女のヒラリーもハリエット似ということで、妻と同類と見なされているようですね。

 作中で発生する殺人事件の犯人はフレッジである、というのが、語り手サー・ヒューゴーの認識なのですが、この可能性はおそらく低く、作中で実際に捕縛される人物を含め、いく人かの容疑者が考えられるなど、ミステリ的な趣向も凝らされています。
 ただ、犯人を特定するほどの明確な証拠は示されないため、犯人は誰であるかの解釈も、読者によって変わってくることになるかと思います。

 デフォルメたっぷりに描写される登場人物たち、唖然とするような死体の処理、歪んだ視点から描かれる世界観など、徹頭徹尾、ブラックな作品となっています。語り手が非常に嫌な性格の人物なので、読んでいて不快になる部分もあるのですが、その部分も含めて作者の技巧を楽しむ作品といえるでしょうか。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

こころとからだ  デイヴィッド・レヴィサン『エヴリデイ』

エヴリデイ (Sunnyside Books) (日本語) 単行本 – 2018/9/10


 デイヴィッド・レヴィサンの長篇『エヴリデイ』(三辺律子訳 小峰書店)は、一日ごとに異なる人間の体で目を覚ます人格の恋愛と成長とを描いた、幻想的な青春小説です。

 16歳の「A」は生まれてからずっと、毎日違う人間の体で目を覚ましていました。性別は男女ばらばらながら、「A」と同じ年齢の少年少女の体を転々としているらしいのです。その日乗り移っている体から記憶を取り出すことができるため、なるべく体の持ち主に迷惑をかけないように、体の持ち主として不自然でない行動を心がけていました。
 ある日、ジャスティンという名の少年の体で目を覚ました「A」は、彼のガールフレンドである少女リアノンに恋をしてしまいます。自分の体の秘密と恋心をリアノンに伝えようと考える「A」でしたが…。

 一日ごとに別の体に転移してしまう精神体の人格「A」の恋愛を描いた異色の作品です。主人公「A」は、生まれてからずっと違う人間の体に乗り移り続けているため、決まった体というものを持っていません。ランダムに男女間を転位するため、自分がもともと男性なのか女性なのかも分からないのです。
 体の持ち主に迷惑をかけないように、取り出した記憶から、その人間として不自然でない行動を心がけていた「A」でしたが、ある日出会った少女リアノンに恋をしてしまいます。懐の広いリアノンは、「A」の秘密を受け入れて友人になってくれますが、元々のボーイフレンドであるジャスティンがいることと、「A」の秘密が余りにも常識外れであることから、恋人関係になることに恐れを抱いていました。

 リアノンと出会ってから、毎日彼女に会おうとする「A」でしたが、場合によっては車で数十分かかる場所に移動してしまうこともあります。彼女に会おうとすることは、元の体の持ち主の一日を自分の理由で消費してしまうことになるわけで、場合によっては体の持ち主の人間関係に影響を及ぼしてしまうことにもなりかねないのです。
 「A」は基本的に優しい性格で、たまたま乗り移った体が病気で問題を抱えていたり、人間関係で問題を抱えていたりする場合、放っておくことができません。
 リアノンに秘密を打ち明けた後では、彼女と協力して体の持ち主を助けようとする行為も描かれます。しかしその優しさゆえに、他人の体を使ってリアノンと恋愛を続けることに「A」は罪悪感を感じてしまいます。また相手のリアノンも、現実的な障害を感じていました。
 あまりにも大きい障害を前に、二人の恋愛がどうなっていくのか? というのが読みどころになっていますね。

 この作品で描かれる恋愛は、「恋」というよりは性別を超えた「愛」に近い描かれ方をしています。もともと「A」に性別がないこともそうですが、彼が過去に一度だけ恋愛に近い感情を抱いた相手が男性だったり、乗り移った相手がゲイの男性であるときも特に違和感を感じていなかったりと、ジェンダー・フリー的な感覚が強いですね。
 性別を超えた愛、肉体を超えた愛を描きながらも、その一方で人間は肉体に縛られる存在であるということも描かれています。「A」が重い病気や薬物依存症などの体に転移したときは、その影響に囚われてしまいますし、また太った男性であるときは、リアノンにも引かれてしまったりすることもあります。そのあたり、単純に恋愛を純粋に精神的なものとして美化していないところにも、著者の優れたバランス感覚が見られますね。
 また、様々な人間に乗り移ることを通して、健常者だけでなく、性的なマイノリティーや身体に障害を持つ人間の日常生活や人間関係についても考えさせたり、逆にそれらの体験から、体を持たない純粋な精神である自分自身のアイデンティティーについても考察されたりと、哲学的な味わいもあります。

 メインは、「A」とリアノンとの恋愛における困難が描かれていくのですが、転位された人間にははっきりとは残らないはずの記憶がふとしたことから残ってしまった少年ネイサンに疑われ続けたり、後半では「A」以外にも体を転々とする精神体がいることが匂わされたりと、外的なトラブルも描かれていきます。
 始まりからして、悲恋を運命づけられているような恋だけに、その結末にも哀切さが漂っています。ファンタスティックな設定が上手く生かされた青春恋愛小説として、非常に魅力的な作品です。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

大いなる犬たち  アンドレ・アレクシス『十五匹の犬』

十五匹の犬 (はじめて出逢う世界のおはなし カナダ編) (日本語) 単行本 – 2020/11/27


 カナダの作家アンドレ・アレクシスの『十五匹の犬』(金原瑞人、田中亜希子訳 東宣出版)は、ギリシア神話の神々によって人間の知性を与えられた十五匹の犬たちを描く、寓話的ファンタジー作品です。

 カナダ・トロントのレストランバー〈ウィート・シーフ・タヴァーン〉で、話し合っていたギリシア神話の神アポロンとヘルメスは、ある賭けをします。それは何匹かの動物に人間の知性を与え、そのうち一匹でも死ぬときに幸福だったらヘルメスの勝ち、皆が不幸であればアポロンの勝ち、というものでした。
 近くの動物病院にたまたま預けられていた十五匹の犬が対象となり、人間の知性を与えられた犬たちは変化を始めることになりますが…。

 神によって知性を与えられた犬たちを描く、寓話的要素の濃いファンタジー作品です。 主人公の犬たちが十五匹もいるということで、群像劇的に複数の犬が描写されていくのかと思いきや、序盤からどんどん犬が死んでしまうのに驚きます。病院で安楽死させられてしまう犬を別としても、群れの中での序列をめぐっての争い、どう生きるのかの方針をめぐっての争いなど、人間並みの知性を持ったとしても、犬としての本能自体がなくなったわけではなく、群れの中で、次々と争いが発生してしまうのです。

 犬たちの中でも何匹かの犬がメインに描かれます。群れの中で一番の力を持つリーダー的存在のアッテカス、与えられた知性を使い思索を深めるマジヌーン、感性豊かで詩を作る芸術家的なプリンス、日和見主義者にして利己主義の塊であるベンジー、この四匹が中心となって物語が展開していきます。
 知性を持とうが、飽くまで犬として生きるべきだとするアッテカスは、自分と考えが合わない者、邪魔になる者を殺したり追放したりします。与えられた知性を使おうとするマジヌーンとプリンスは、ことに彼にとっては目障りであり、相容れない二匹は群れを離れることになるのです。
 自分の意に従うものだけを群れに残したアッテカスは、犬本来の生活を強要しようとしますが、従来と同じ生き方はできず、かといって本来の本能もなくなったわけではなく、群れの序列などをめぐって、血で血を洗う抗争も起きてしまうのです。
 従来通りの生活をしようとするものの、知性があるがために、犬たちの行動が「犬のふり」のような不自然な形になってしまう…というのも面白いところですね。

 登場する場面も一番多く、おそらく主人公として描かれているマジヌーンは、アッテカスとは対照的に、与えられた知性を精一杯使おうとします。あるとき出会った人間の女性ニラと良好な関係を結んだマジヌーンは、人間の言葉を学び、言葉によって彼女と交流していくことになります。
 深いところでニラとつながりながらも、犬としての本能から彼女とその恋人に対して序列を意識してしまったり、共に鑑賞した人間の芸術作品については異なった意見を持つなど、犬と人間との世界観や文化の違いが描かれている部分は、哲学的で面白いですね。

 詩を作り続けるプリンスや思索的なマジヌーンなど、知性によって幸福な体験を得る犬も少数ながらいますが、ほとんどの犬は大体において不幸であり、残酷な死を迎える犬たちが大部分となっています。圧倒的な力で群れを支配するアッテカスもその例外ではなく、全体に非常にシビアな物語となっています。
 知性を持っていても、本能的に犬たちは群れの序列を求めてしまい、互いに公平な関係を結ぶことができません。そこに知性を持つがゆえの不満が重なり、群れの中での争いが発生してしまうのです。
 その点、利己主義者であり、ずる賢く立ち回るベンジーのキャラクターも印象的です。力の強いアッテカスに服従しながらも、常に裏をかく方法を探したかと思うと、再会したマジヌーンを利用しようとしたり、さらに人間たちにも取り入るという、日和見主義的な言動を繰り返すのです。

 メインとなる犬の他にも、序列は下のほうでありながら常に上をうかがう野心的なマックス、凶暴な双子の兄弟フラックとフリック、姉妹のような友情を結ぶことになるアイナとベルなど、知性を持った犬たちの姿は、人間以上に人間的に描かれています。

 アポロンとヘルメス以外にも、ゼウス、運命の三女神など、ギリシャの神々が多数登場し、何人かは犬たちの運命にも干渉することになります。神々の介入によって犬たちの運命はどうなるのか? 死を迎える際に幸福に死ねる犬は一体誰なのか? アポロンとヘルメスの賭けはどうなるのか?
 どの犬がどんな運命を迎えるのか、彼ら同士の関係性はどうなるのか、とてもスリリングな物語になっています。犬としての生き方と人間的な知性との相克など、哲学的な部分にも読み応えがあり、いろいろと考えさせるところもありますね。傑作といってよい作品だと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

呪われた因果  マイケル・ドズワース・クック『図書室の怪 四編の奇怪な物語』

図書室の怪 四編の奇怪な物語 (創元推理文庫) Kindle版


 マイケル・ドズワース・クック『図書室の怪 四編の奇怪な物語』(山田順子訳 創元推理文庫)は、現代イギリス作家による、クラシカルな雰囲気の怪奇幻想小説集です。
 著者のクックは、エドガー・アラン・ポオを始めとするミステリや怪奇小説の研究者だそうで、フィクション作品にもそうした雰囲気が色濃くなっています。現代に描かれた作品ながら、M・R・ジェイムズやアルジャーノン・ブラックウッドといった作家を思わせる作品群になっています。

「図書室の怪」
 中世史学者のジャック・トレガーデンは大学時代の友人サイモン・ド・ベタンコートから、彼の屋敷の図書室の蔵書目録の改訂を任せたいという連絡を受けます。一族の館アシュコーム・アビーには国内有数の図書室があり、そこには古くからの稀覯書が揃っているらしいのです。
 屋敷に到着したジャックを迎えたのは、やつれはてたサイモンでした。彼は愛妻ジニーを失ったばかりだったのです。ジニーの残した手記には、騎士の幽霊を見た体験が書かれていました。しかも図書室の改装を進める中で、500年近く封印されていた謎の空間も見つかっていたのです…。
 貴族の友人の図書室を調査することになった学者の青年が、そこで屋敷の一族の邪悪な過去の因縁と幽霊とに出会うことになるという作品です。
 古い屋敷、残された古文書、先祖の悪行など、全体にクラシカルというよりはゴシック的な雰囲気の濃い作品になっていますね。
 ただ、ジャックやサイモン、その妹のエムなど、現代における主要な登場人物の人物造形は丁寧で、彼らの恋愛模様や来歴などが描かれていくこともあって、単なる古い事実が明かされるだけの物語にはなっていません。
 幽霊現象の因縁として、先祖の悪行が明かされることになるのですが、それが現代の子孫であるサイモンやその妻であるジニーにも影響が及ぶことになる、というあたりも面白いです。
 古文書や古書によって明かされる事実、謎の暗号、古い図書室、隠された小部屋など、古書や古物が物語の重要な要素となっており、この手のテーマがお好きな方にはたまらない魅力となっています。

「六月二十四日」
 余命を告げられていた愛妻ローラが列車に飛び込んで亡くなって以来、マシューは鬱状態になっていました。大学での仕事も休職したマシューは、デスクの中に妻からの誕生日プレゼントが入っていたのに気付きます。それは1917年に刊行されたエドワード・トマスの稀少な詩集でした。
 妻が本を手に入れた不思議な経緯を記した文面を読んだマシューは、妻が命を絶ったその場所に行ってみようと考えますが…。
 妻との死後の再会をめぐる幻想恋愛小説です。主人公マシューが子供時代からの鉄道ファンであること、妻が残した詩集が重要なアイテムとなること、それらが鉄道の駅を舞台に展開される、見事な作品となっています。時間と空間が飛んでしまったようなクライマックスの情景も印象に残りますね。

「グリーンマン」
 男はある広大な森林に導かれるようにして、その中に入っていきます。周りの木々が奇妙な変容を起こしているのに男は気がつきますが…。
 古来からの自然の精霊たちと一体化しようとする男を描いた植物幻想小説です。木々が人間のように変身するシーンや、彼らと一体化する男の姿を描いた部分にはインパクトがあります。

「ゴルゴタの丘」
 貴族の末裔フィリップ・ハーコートは、失われた父祖の地を取り戻すために、シティで働き莫大な富を築きます。前所有者の家族に不幸があったため、売りに出された領地を買い取ることに成功しますが、その場所には「ゴルゴタの丘」と呼ばれ、地元の住民から不吉がられている場所がありました。
 そこは、かって領主による死刑執行が行われていた場所だというのです。郷土史の本を調べたフィリップは、彼の先祖サー・フランシス・ハーコートが生前、残酷な統治を行っていたことを知りますが…。
 先祖の因縁で悲劇的な運命を迎える男を描いた、ゴースト・ストーリーです。現れる幽霊がかなりグロテスクで、集中でも怪奇度の高い作品になっています。
 タイトルが「ゴルゴタの丘」、丘に生えている木は「生命の木」トネリコ、主人公が霊的な改心をして自己犠牲について思いを馳せるシーンもあるなど、宗教的、キリスト教的な寓意も強く込められているようです。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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