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不思議な恋の物語  アン・ローレンス『幽霊の恋人たち サマーズ・エンド』

幽霊の恋人たち―サマーズ・エンド (日本語) 単行本 – 1995/6/1


 アン・ローレンス『幽霊の恋人たち サマーズ・エンド』(金原瑞人訳 偕成社)は、宿屋に滞在することになった流れ者の男性が、宿の娘の三姉妹に不思議な話を語って聞かせる…という、幻想的な枠物語です。

 夏の終わり、宿屋のオーク荘に現れた流れ者の男性レノルズさんは、しばらくの間宿に滞在し、家の仕事を手伝うことになります。宿の娘たち、ベッキー、リジー、ジェニーは、彼から不思議なお話をしてもらうことになりますが…。

 流れ者のレノルズさんが三姉妹に不思議な物語を語る、という体裁の枠物語集です。各エピソードの内容は様々ですが、大体において「幽霊」や「恋」が絡むお話が多くなっています。
 レノルズさんの語る各エピソードの内容は次のようなもの。
 しっかり者の少女が勤め先で、死後も家事を管理しようとする主婦の幽霊と対峙する「こわいもの知らずの少女」、少女が不思議な青年と恋人になるものの、彼には魔法がかけられていたという「タム・リン」、ある男性から息子の世話を頼まれた少女がその屋敷で不思議な経験をするという「チェリー」、死後も恋人の女性につなぎとめられ成仏できない親友を救おうとする男の物語「ウィリアムの幽霊」、よそ者の森番が隣人の農場で起きる怪奇現象に挑むという「野ウサギと森の番人」、負けん気の強い娘を妻にもらった森番が、妻の行為のせいで窮地に陥るという「泉をまもるもの」、農場の息子が不思議な美しい娘に出会いその虜になるという「ジェムと白い服の娘」、素性の知れない男と秘密裡に結婚した娘が失踪した夫を探す「最後のお話」が収められています。

 大体のエピソードで「幽霊」と「恋」がテーマとなっています。幽霊を含む超自然現象は「こわいもの知らずの少女」「ウィリアムの幽霊」のようにユーモラスなものもあれば、「泉をまもるもの」のように結構怖いものがあったりと、様々です。中でも面白い読み味なのは「チェリー」でしょうか。

 母親に頼られ続けていた少女チェリーは、妹が大きくなったのを機に独立して暮らそうと考えて家を出ます。たまたま出会ったグッドマンという紳士から、息子の面倒を見てほしいと頼まれたチェリーは、彼の屋敷に住むことになります。
 息子のオーブリーや屋敷での生活にも愛情を抱くようになったチェリーでしたが、骨董部屋の彫像に対しては恐怖感を抱いていました。ある夜、その部屋から不思議な音楽が流れてくるのを耳にしますが…。
 民話的な、いわゆる「見るなの座敷」モチーフの物語なのですが、ヒロインの過ごす屋敷や雇い主親子の素性がはっきりしないのと、作中で起きる怪奇現象の因果も説明されないので、妙な不気味さがありますね。ヒロインが雇い主にほのかな恋心を抱いていたりと、少し甘酸っぱい雰囲気も相まって、不思議な味わいの物語になっています。

 大枠となる物語の方では、メインのヒロインであるベッキーが学校を卒業したばかりで、これからどうすべきか悩んでいる、というところが描かれています。ベッキーは、まだ子どもである妹たちと比べ、独立心が強いのですが、レノルズさんの語るエピソードに登場するヒロインたちも、自分の力で事態を打開したりと、強い心を持つ女性が多く描かれているあたり、ベッキーを含めた三姉妹に向けた物語になっている、ということなのでしょうか。
 その意味で印象に残るのは最後のエピソード「最後のお話」です。変わり者の男性に求婚されて子どもができた後、失踪してしまった夫を探す女性を描く物語なのですが、それまでのエピソードが超自然現象の絡むお話なのに対して、このエピソードのみ、そうした超自然現象が起こらず現実的に進む物語になっているのですよね。このあたり、レノルズさんが最後にこの物語をした意図などを考えるのも面白いところですね。

 舞台が夏の終わり、子どもから大人への階段を上りつつあるベッキーの成長を描く物語でもあって、レノルズさんが語る各エピソードは、それらを象徴しているといっていいのかもしれません。
 全体に、自然豊かな描写が多く登場しており、そうした雰囲気も魅力の一つになっていますね。


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霊能者の世界  嶺里俊介『霊能者たち』

霊能者たち Kindle版


 嶺里俊介『霊能者たち』(光文社)は、霊能者たちを描くホラー・ミステリ連作です。彼らが行う霊視や除霊などが一つの技術として描かれ、またそうした技術にも科学同様、しっかりとした法則性が設定されているという、面白い作品です。

 中心となる複数の霊能者たちが、霊にかかわる事件を捜査したり、彼らの周囲の人物が事件に巻き込まれたりと、全体は緩やかにつながっています。個々の霊能力者たちの「技術」もシステマチックなのですが、霊能者たちが組織化され、相互のネットワークが作られていたりする部分も含めて中心となる複数の霊能者たちが、霊にかかわる事件を捜査したり、彼らの周囲の人物が事件に巻き込まれたりと、全体は緩やかにつながっています。 個々の霊能力者たちの「技術」もシステマチックなのですが、霊能者たちが組織化され、相互のネットワークが作られていたりする部分も含めてその点、幽霊現象に対する恐怖感は薄く、その分それらに関わる霊能力者たちの日常にスポットが当たるという感じの作品になっていますね。

 複数の霊能者たちが登場しますが、メインで活躍するのは、霊視を行う未亡人長谷川祐子、代々能力者を輩出する名門、大道寺家の娘である玲奈とその婚約者勝也でしょうか。特に、玲奈と勝也のカップルは除霊を主な仕事にしているだけあり、目立って活躍していますね。
 玲奈と勝也が初登場する二篇目「霊能者の矜恃」では、彼らの仕事ぶりが描かれるのですが、そこで描かれる除霊の様子は独特でインパクトがあります。この手の霊能力者が描かれる作品で、こうした異様な描写は見たことがありません。
 霊能力者たちの除霊活動は、だいたいにおいて無機質で機械的なものとして描かれるのですが、扱う事件とその人間関係には温かみがあり、全体にヒューマン・ストーリー的な色彩が濃いのも、独特の味わいですね。オカルティックではありながら、オカルトにならない…というのも面白いところです。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

2月の気になる新刊と1月の新刊補遺
発売中 フランチェスコ・ディミトリ『蒸気の国のアリス』(久保耕司訳 盛林堂ミステリアス文庫 3500円)
2月4日刊 千街晶之編『伝染る恐怖 感染ミステリー傑作選』(宝島社文庫 予価990円)
2月9日刊 スティーヴン・キング『任務の終わり 上・下』(白石朗訳 文春文庫 予価990円、1034円)
2月9日刊 蒲松齢『聊斎志異』(黒田真美子訳 光文社古典新訳文庫)
2月10日刊 山口雅也ほか『甘美で痛いキス 吸血鬼コンピレーション』(二見書房 予価2090円)
2月13日刊 ジョージ・サルマナザール『フォルモサ 台湾と日本の地理歴史』(原田範行訳 平凡社ライブラリー 予価1980円)
2月15日刊 眉村卓『ながいながい午睡/最後の火星基地』(日下三蔵編 竹書房文庫 1430円)
2月16日刊 『幻想と怪奇5 アメリカン・ゴシック E・A・ポーをめぐる二百年』(新紀元社 予価2420円)
2月17日刊 エラリイ・クイーン『十日間の不思議 新訳版』(越前敏弥訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 予価1430円)
2月19日刊 キム・ニューマン『《ドラキュラ紀元一九五九》 ドラキュラのチャチャチャ』(鍛冶靖子訳 アトリエサード 予価3960円)
2月19日刊 田口俊樹『日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年』(本の雑誌社 予価1760円)
2月19日刊 ヴォーン・スクリブナー『人魚の文化史 神話・科学・マーメイド伝説』(原書房 予価3520円)
2月20日刊 ローレン・グロフ『丸い地球のどこかの曲がり角で』(光野多恵子訳 河出書房新社 予価2970円)
2月22日刊 フレドリック・ブラウン『フレドリック・ブラウンSF短編全集4 最初のタイムマシン』(安原和見訳 東京創元社 予価3850円)
2月25日刊 近藤健児『絶版新書交響楽 新書で世界の名作を読む』(青弓社 予価1760円)
2月26日刊 ルイザ・メイ・オルコット『仮面の陰に あるいは女の力』(大串尚代訳 幻戯書房 予価2970円)
2月26日刊 江戸川乱歩『白昼夢 江戸川乱歩 妖異幻想傑作集』(小鳥遊書房 予価2860円)


 フランチェスコ・ディミトリ『蒸気の国のアリス』は、イタリアの現代作家によるスチームパンク・ファンタジー作品。限定出版なので、気になる方はお早めに。

 蒲松齢『聊斎志異』は、清代に書かれた中国最大の怪異小説集といっていい作品です。岩波文庫で選集が出ていましたが、こちらも手に入りにくくなっているようなので、ちょうどいいタイミングでしょうか。

 『幻想と怪奇5』は、アメリカン・ゴシックとE・A・ポー特集だそう。目次内容が紹介されていたので転載しておきますね。

■目次
〈幻想と怪奇〉アートギャラリー アーサー・ラッカム
A Map of Nowhere05:ダーレス「深夜の邂逅」のプロヴィデンス 藤原ヨウコウ

深夜の邂逅(『Little Weird 1』より)  オーガスト・ダーレス 荒俣宏 訳

《巻頭エッセイ》アメリカン・ゴシックの瞬間 ?? 孝之

●新世界の夜陰に
夢遊病――ある断章 チャールズ・ブロックデン・ブラウン 夏来健次 訳
スリーピー・ホロウの伝説(新訳) ワシントン・アーヴィング 森沢くみ子 訳
白の老嬢(新訳) ナサニエル・ホーソーン 田村美佐子 訳

●ポーと名乗った男
ベレニス エドガー・アラン・ポー 安原和見 訳
早すぎる埋葬 エドガー・アラン・ポー 野村芳夫 訳
ヴァルドマール氏の死の真相 エドガー・アラン・ポー 西崎憲 訳

《評論》
怪奇幻想小説の伝統(再録) 西崎憲
色彩の悪夢――エドガー・アラン・ポーと疫病ゴシック 西山智則

●アーバン・ゴシック
七番街の錬金術師 フィッツ=ジェイムズ・オブライエン 岩田佳代子 訳
姿見 イーディス・ウォートン 高澤真弓 訳
サテンの仮面 オーガスト・ダーレス 三浦玲子 訳

●ストレンジ・カントリーズ
藤の大木(新訳) シャーロット・パーキンス・ギルマン 和爾桃子 訳
夢 アースキン・コールドウェル 髙橋まり子 訳
クロウ先生の眼鏡 デイヴィス・グラッブ 宮﨑真紀 訳

《ショートショート》
ホーンテッド・パレス 井上雅彦
死を許せなかった男 奥田哲也

●ポーの長い影
月のさやけき夜(再録) マンリー・ウェイド・ウェルマン 紀田順一郎 訳
屑拾い メラニー・テム 圷香織 訳
テクニカラー ジョン・ランガン 植草昌実 訳

〈アメリカン・ゴシック〉関連著作年譜 ――セイラム魔女裁判からラヴクラフトの歿年まで――

《Le forum du Roman Fantastique》
小泉八雲『怪談』をめぐって 杉山淳
Reader's Review

書評

What was it?
寄稿者紹介
not exactly editor

 ルイザ・メイ・オルコット『仮面の陰に あるいは女の力』は、『若草物語』で知られる著者が書いたスリラー小説だそうです。これは珍しいですね。

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孤独の終わり  イアン・リード『もう終わりにしよう。』

もう終わりにしよう。 (ハヤカワ・ミステリ文庫) (日本語) 文庫 – 2020/7/16


 イアン・リードの長篇『もう終わりにしよう。』(坂本あおい訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)は、男性の両親が住む農場へ挨拶に行くカップルが、心理的な危機を迎える…という幻想的なスリラー作品です。

 付き合いたてのカップルである、ジェイクと「わたし」。二人はジェイクの両親が住む農場に挨拶に向かっているところでした。しかし「わたし」は、二人の関係を終わりにしたいことを言い出せずにいました。
 しかも、以前から「わたし」のもとには見知らぬ男からの不可解なメッセージがいくつも留守電に残されていました。車で農場に向かう途中にも、何度もその男かららしい電話がかかってきますが…。

 男性の両親のもとに挨拶に向かうカップルを描いていますが、女性側は別れを切り出すことを考えていた…という、一見すると心理スリラー的作品に見えるのですが、その実、そうしたジャンル分類には収まらない奇妙な味わいの作品です。
 ジェイクの言動が不自然なこと、「わたし」の来歴が曖昧なこと、「わたし」に電話をかけ続けてくる謎の男のメッセージも意味が不明であるなど、不穏の塊のような物語で、どこか超自然的な雰囲気さえ漂わせており、実際その読み味もホラーに近いです。

 カップルの物語の合間に挟まれる、殺人か自殺に関わる捜査らしきパートも、最初のうちは全体の物語とのつながりが全く分からず、作品の不気味さを増しています。
 結末では事件の真相が明かされ、それによって、それまでの不可解な点が伏線として機能していたことが分かるのですが、それでも多数の不明点が残るなど、不条理度の高い作品になっていますね。

 メインのテーマは、おそらく「孤独」とその「救済」なのではないかと思います。主人公の二人のカップルは、恋人でありながら、それぞれ孤独を抱えており、二人の間にはどこか壁のようなものがあります。
 それでも二人が一緒にいるのはなぜなのか? 女性側の「わたし」が別れを切り出さないのはなぜなのか?
 その理由が示されるラストには、非常に説得力がありますね。
 こうしたテーマをこのような不条理スリラーのような形で描いているのは、試みとして新しく、一読の価値がある作品なのではないかと思います。


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遺された愛  ジャクリーン・ウィルソン『わたしのねこメイベル』

わたしのねこメイベル (おはなしプレゼント) (日本語) 単行本 – 2003/7/1


 ジャクリーン・ウィルソン『わたしのねこメイベル』(吉上恭太訳 小峰書店)は、亡き母が残した愛猫の死を悲しむあまり、その遺体をミイラにしようとする少女を描いた物語です。

 ヴェリティは父と祖父母と共に暮らす少女。母親はヴェリティが生まれたときに亡くなり、彼女に関しては父も祖父母もあまり話をしてくれていませんでした。家で飼っている老猫メイベルは母親が残した猫ということで、老いた今もヴェリティに可愛がられていました。
 ある日メイベルは姿を隠してしまい、家族総出で行方を探しますが見つかりません。ヴェリティは、自分の洋服だんすの中で亡くなっているメイベルを見つけてショックを受けます。土の中にメイベルが埋められてしまうことに嫌悪感を感じるヴェリティは、学校で習ったエジプトのミイラのことを思い出し、メイベルをミイラにして、ずっと手元に置いておきたいと考えますが…。

 愛猫の死を悲しむあまり、その遺体をミイラにしようとする少女を描く物語です。
 ヴェリティが生まれたときから一緒に暮らしていた愛猫メイベルは、亡くなった母親が遺した猫であり、ペットであると同時に母親とのよすがともなっていました。
 父親も祖父母も、母親のことについてはあまりヴェリティに話したがらず、家族から愛情を持たれてはいるものの、ある種の寂しさを抱えていたヴェリティは、愛猫の死にショックを受けてしまうのです。

 ミイラにするとはいっても、学校の授業で聞きかじっただけであり、その方法も曖昧です。材料もないため、家にある材料で代用し、遺体を包帯でぐるぐる巻きにするなど、かなりいい加減な方法になってしまいます。そのため遺体が腐って匂いを放ち始めてしまいます。
 メイベル自身への愛情と同時に、母親とのつながりを失ってしまうことへの恐れもそこにまじっているのでしょうか。

 愛猫の死、記憶のない亡き母親…、「死」をメインテーマとしながらも陰鬱にならず、遺された家族がどう生きていくのか、ということを語った作品になっています。「ミイラ」というインパクトの強い題材を扱ってはいますが、「死」とその受け入れ方について、真摯に書かれた作品ではないでしょうか。


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生きている人形  フィリップ・プルマン『時計はとまらない』

時計はとまらない (偕成社ミステリークラブ) (日本語)


 フィリップ・プルマン『時計はとまらない』(西田紀子訳 偕成社)は、悪魔的な時計職人によって作られた機械仕掛けの王子をめぐる、幻想味豊かな童話作品です。

  ドイツの小さな町の酒場<ホワイト・ホース亭>、師匠のリンゲルマンと共にやってきた時計職人のカールは、憂鬱な顔をしていました。代々、見習い明けに時計塔に新しい機械仕掛けの人形を設置するのが慣わしになっていましたが、彼はまだそれを作れていなかったのです。
 そんな折、陽気な作家のフリッツは、みなの前で新しい話を披露します。『時計はとまらない』というタイトルのその物語はこんな話でした。
 冬のさなか、オットー大公は、幼いフロリアン王子と親友のシュテルグラッツ男爵と共に狩に出かけますが、数日後に馬車で突然期間します。
 男爵の姿はなく、大公は死んで冷たくなっていたにもかかわらず、むりを振るう腕だけが動き続け、馬車を動かしていたというのです。死体を解剖した結果、大公の体には心臓がなく、代わりにぜんまい仕掛けが施されていたというのです。
 事件の真相を明らかにできるのは、天才と噂されるカルメニウス博士だけではないかと言われていました。フリッツの話がそこまで進んだところで、酒場の扉を開けて入ってきたのは、話の中で描写されたのとそっくりの人物でした。しかもその男は自らをカルメニウス博士と名乗っていました…。

 大公とその友の失踪、機械仕掛けの施された死体、王子の出生の秘密など、さまざまな謎が明かされていくのと同時に、作家の語る物語と現実とがリンクしていくという、メタフィクショナルな要素も強い物語です。
 物語の本筋は、新しい時計塔の人形を作れず悩んでいる徒弟の青年が、悪魔的な科学者から誘惑を受ける話と、同じく科学者によって作られた王子の少年を生かすため、父親が奔走する、という話、二つのストーリーが過去と未来、二つの時系列で語られます。
 さらにそれらが本当に事実として起こった話なのか、作家フリッツの創作の影響により生み出された仮想現実なのかが分からなくなってくるという、めまいのするような構造になっていますね。
 短めの作品ではありながら、その複雑な構造と多重に語られるストーリー、それでいて芯にはしっかりとしたテーマがあるなど、多様な要素を含んだ物語で、これは傑作といっていい作品かと思います。

舞台がドイツ、自動人形やからくり、悪魔との契約、メタフィクショナルな構造など、ドイツ・ロマン派の作家E・T・A・ホフマンの作品を思わせる作りで、実際作者もそのあたりを意識しているのかもしれません。


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信じがたい出来事  ダフネ・デュ・モーリア『鳥 デュ・モーリア傑作集』

鳥―デュ・モーリア傑作集 (創元推理文庫) (日本語) 文庫 – 2000/11/17


 ダフネ・デュ・モーリア『鳥 デュ・モーリア傑作集』(務台夏子訳 創元推理文庫)は、ヒッチコック監督によって映画化された「鳥」を始め、怪奇幻想色の濃い作品が多く収録された作品集です。

「恋人」
 自動車修理所で働く「ぼく」は、ある夜、暇つぶしに訪れた映画館の受付嬢に一目惚れをしてしまいます。彼女の後をつけてバスに乗り込み、女性と仲良くなることに成功しますが、そのまま女性に連れられて辿り着いたのは、なんと墓地でした…。
 一目惚れした女性を追いかける青年のラブ・ストーリー、と思いきや不穏な展開に。怪談的な雰囲気になったかと思うと、最終的にはサイコ・スリラーに着地するという技巧的な作品です。
 相手の女性が捉えどころがなく、何を考えているのかも分かりません。青年に対しても気があるのかないのかも分からず、不可解な発言を繰り返します。さらに、墓地に連れ込まれた青年の困惑を描く部分はかなり不気味ですね。

「鳥」
 ある冬の夜、田舎に住むナット・ホッキン一家は、家の窓から侵入してきた大量の小鳥に襲われます。その件を話しても、隣人は鳥撃ちに行くと呑気な態度を取りますが、鳥たちの様子に異変を感じ取ったナットは、子どもを連れ帰り、家の窓の防備を固めます。
 ラジオを聞くと、世界中で鳥たちが人間を襲い出しているというのです。食料や備品も少なくなるなか、鳥たちは膨大な数で家を襲撃してくることになりますが…。
 突如、鳥たちが人類を襲うようになるというパニック・ホラー作品です。田舎に住む一つの家族に焦点を絞って描かれるのが効果を上げていますね。
 鳥の異変の原因については全く分かりません。ラジオでは世界的な異変の状況が放送されますが、やがてその放送も途絶えてしまうのです。
 襲ってくるのが、最初は小鳥で、次はカモメと、段々と鳥が大型になっていくというのがサスペンスを高めています。作中では姿を表さないのですが、後半、主人公のナットが猛禽類が襲ってきたら大変なことになる、と考えるシーンには戦慄を感じますね。
 白い波頭が見えると思ったら、それが鳥の大群だった…というシーンも怖いです。当座の鳥の襲撃を防ぎきったナット一家ですが、続けて防ぎきれる保証はなく、政府が出したらしき飛行機も墜落、人類は絶滅してしまうのかもしれないという雰囲気のなか迎える結末も余韻があり、破滅SF的な感触も強いです。
 先の見えない状況で、孤立無援で外敵と戦い続ける…というシチュエーションも、サスペンスホラーとしてシンプルな魅力を発揮しています。

「写真家」
 忙しい夫と離れて、子どもたちとリゾート地に滞在していたラ・マルキーズ侯爵夫人は、結婚生活にも退屈し、友人の情事に羨望の念を感じていました。現地で姉と共に写真店を営む青年ポールに惹かれた夫人は、彼との情事を始めます。
 遊び半分の気でいた夫人に対して、本気で恋をしてしまったポールは、彼女の側で暮らしたいと言い始めますが…。
 結婚生活に退屈する女性が、火遊びとして情事を始めるものの、不幸な結末を迎えることになるという作品です。
 写真家の青年はもともと夫人に惹かれているものの、実際に手を出し始めたのは夫人の側で、その意味では身勝手といえるのですが、実際、しっぺ返しを食らうことになります。
 物憂い雰囲気で展開される作品なのですが、全体にどこかフェティッシュな情念が感じられるのも特徴です。写真家の青年が撮る写真もそうですし、青年自身の足が悪いことなどもそうでしょうか。
 夫人の「夢」のような情事は、現実的な脅威によって破壊されてしまうという意味で、現実によって理想が崩される物語ともいえるでしょうか。結末での、写真家の姉のしたたかさは、その意味でも強烈な印象がありますね。

「モンテ・ヴェリタ」
 若い頃から山を登ることに情熱を抱く「わたし」と友人のヴィクター。しかし「わたし」の仕事が忙しくなったことと、ヴィクターがウェールズ生まれの女性アンナと結婚したことから、共に山に登ることは少なくなっていました。現実的なヴィクターに比べ、どこか神秘的な雰囲気をまとったアンナに「わたし」は惹かれていました。
 しばらくぶりに再会したヴィクターは、体の調子を崩し入院していました。「わたし」は、彼から信じられないような話を聞きます。
 夫婦でモンテ・ヴェリタと呼ばれる山に登った際に、アンナは山頂の修道院らしき場所に惹かれて姿を消してしまったというのです。そこの人々は「サセルドテッサ」と呼ばれ、彼らの仲間になれば年を取らずにずっと若くいられると言われていました。
 昔から、女性がそこに向かって姿を消してしまった例が何度もあり、近くの村の人々からは忌まわしい場所とされていたのです。ヴィクターはアンナ自身に会えないまでも、メッセージだけでも伝えたいと、毎年モンテ・ヴェリタに登るつもりだと話しますが…。
 年を取らない人々が住むという、聖なる山モンテ・ヴェリタ。そこに惹かれて失踪してしまった若妻をめぐって、夫とその友人の二人の男性の行動が描かれるという、神秘的な幻想小説です。
 神秘的な情熱に憑かれて俗世間を離れてしまった女性アンナ、現実的な夫ヴィクターはその精神を理解することができません。対して、友人の「わたし」はアンナと共通するものを持ち、実際に彼女の近くにまで行くことができるものの、同じ領域に属するまでには至らないのです。
 神秘的な合一を求めながらも完成には至らないアンナ、彼女を愛し続けながらその世界には足を踏み入れることのできない夫ヴィクター、アンナに極限まで近づきながらも受け入れられない「わたし」と、三者それぞれの哀しさが描かれる作品にもなっています。
 ヴィクターの幻想を壊さないようにと頼むアンナと、それを聞いてあえて真実を告げない「わたし」の優しさが描かれる結末も哀切ですね。
 物語自体が、すでに「楽園」が崩壊した後にその経緯が語られるという構成になっています。「楽園」の崩壊後、そこにいた人々の行方もはっきりしないあたり、モンテ・ヴェリタは異界とつながっていたと考えてよいのかもしれません。
 また、後半ではアンナのいる世界も完全ではないことが明かされるなど、アンチ・ユートピア小説の趣もありますね。
 実際、後半にモンテ・ヴェリタの世界に入り込んだ「わたし」が、下の世界のこと、死にかけている親友のことまでどうでもよくなってしまうなど、その様子はどこか「洗脳」に近く、本当にこの世界が幸福なのかどうかを疑わせます。俗世間を超越するどころか、人間的な愛情も入り込む余地がないあたり、この世界が人間世界と隔絶しているようで、ある種の怖さがありますね。
 ちなみに、タイトルの「モンテ・ヴェリタ」ですが、同じ名前の実在の場所があります。20世紀前半、スイス南部のリゾート地アスコーナにある場所モンテ・ヴェリタ(Monte Verita「真実の山」の意)に、ユートピア的な場所を作ろうとした活動があったそうで、ヘルマン・ヘッセ、パウル・クレー、ジョージ・オーウェルなど、有名な作家や芸術家、思想家たちが集まったといいます。このあたり、デュ・モーリアも、作品を書く際に多少参考にしているのかもしれません。

「林檎の木」
 3ヶ月前に妻のミッジが亡くなり、夫はある種の安心感を感じていました。生前のミッジは、口うるさく、受難者のような態度で夫の生活を不快なものにしていたのです。
 庭にある古い林檎の木に不快感を感じた夫は木を切り倒そうと考えますが、庭師のウィリスから、実が出来る可能性を考えて、それまで待つべきだと言われ、そのままにしておくことになります。
 木は実をつけるまでになりますが、木に対する不快感は止まらず、食べようとした実は腐ったようになっていました。林檎の木をめぐって、夫は庭師やメイドとも軋轢を起こしてしまうことになりますが…。
 ある日突然、蘇った林檎の古木をめぐって展開される気味の悪い物語です。神経を悩ませていた口うるさい妻が亡くなった後、木は夫にまるで妻を思わせるような不快感を与えるようになります。木をめぐって人と軋轢を起こし、ついには悲劇的な結末を迎えることになってしまうのです。
 林檎の木が、死んだ妻ミッジの生まれ変わりというか、化身というか、そうした存在として描かれているように読めるのですが、その実、それが全て主人公の妄想とも取れるようになっています。林檎の木から取った薪がまったく燃えなかったり、実がまともに食べられなかったりと、主人公には不快の塊として感じられるのですが、他の人間はそうは感じていないようで、そのあたり、妄想と取ることもできますね。
 古い林檎の木が、死んだ妻の象徴であるのははっきりしていますが、それに対するような形で登場する若木の方も、夫が過去に不倫一歩手前まで行った若い女性メイの象徴であるようです。
 後半ではメイもすでに死んでいることが明かされ、どちらの木も死者の象徴であるということになるのでしょうか。
 幽霊そのものは登場しないながらも、主人公を通して、その存在が感じさせられるという、異色のゴースト・ストーリーともなっています。

「番(つがい)」
 「あたし」は、湖のそばの掘っ立て小屋に住む変わり者の老人の様子をうかがっていました。彼は妻に対しては愛情深く、さらに男の子一人、女の子三人の子どもがいましたが、老人の方針らしく他人とは関わらせないようにさせていました。
 「あたし」は愛嬌のある下の女の子を「チビ」と秘かに名付けていました。老人の方針により、子どもたちは強制的に独り立ちさせられますが、不器用な男の子は母親の元に戻ってきてしまいます…。
 妻を愛する愛情深い男でありながら、独特の考え方を持つ老人。子どもたちとの関係をめぐる家族の軋轢を、第三者の視点から見つめるという物語なのですが、結末でそれらの印象が覆るという作品です。
 老人が他人と話そうとしないこと、子どもたちとも接触させないことなどから、人間嫌いの人物像を思い浮かべるのですが、それらが結末の伏線になっているのが上手いですね。
 邦題はダブルミーニングで付けられているのでしょうか。原題は The Old Man なのですが、こちらはこちらでいいタイトルです。

「裂けた時間」
 未亡人のミセス・エリスは、結婚以来の居心地の良い家に住み、寄宿学校に通う娘のスーザンを育てながら、満足のゆく生活を送っていました。ある日、料理婦のグレースに後を任せて出かけたミセス・エリスが戻ってみると、自宅の内部がいじられ、多数の人間が入り込んでいるのに驚きます。
 とっさに警察を連絡しますが、警察によると、何年も前からここはアパートであり、エリスなる人物は住んでいないというのです…。
 ある日自宅に帰ると、見知らぬ人間が複数入り込んでいるのに気付いた未亡人の奇妙な体験を描いた作品です。何人も知らない人間がおり、どうやら自宅がアパートに改装されているようなのです。出かけていた短時間でそんな改装ができるわけもなく、どうやら主人公は、別の世界か別の時間に紛れ込んでしまったのではないか、という疑いが発生してきます。
 友人の家が戦争で燃えてしまったこと、知り合いの医者が別の場所に移転したことなど、断片的な情報から、おそらく主人公は未来に来ているのではないかということが、読者には分かります。
 しかし、主人公は未来に来ているということも気付かず、終始不安な状態で時を過ごすという、不条理な味わいの作品になっています。成長した娘と出会いながらも、互いにそれと気付かない…というのも皮肉です。大人になった娘の姿が、嫌っていた義理の妹にそっくりであったり、孫息子が事態を理解していないながらも、本能的に祖母に親愛の情を示すなど、そのあたりも含めて、面白いところですね。
 未来をのぞき見ることになりながら、主人公がそれに気付かず、ただ不条理な世界に迷い込んだだけだという、ある意味非常にブラックな展開の作品です。未来の娘の生活が特に幸せだというわけでもなく、娘にとっても、死に別れた母親との再会とも認識できないなど、未来への転位が本当に偶然でしかない、というような冷徹な描き方も独特ですね。

「動機」
 ある日突然、夫のリボルバーで拳銃自殺を遂げたメアリー・ファーレン。夫のサー・ジョンとは相思相愛、子供も生まれる直前で、幸せの絶頂のはずの女性がなぜ突然命を絶ったのか? 医師は妊娠時の一時的な錯乱状態ではないかと話しますが、夫は納得できません。
 自殺の動機を知りたいと考えた夫は、私立探偵のブラックに調査を依頼することになりますが…。
 幸福だった既婚夫人が突如として命を絶ち、その動機を求めて私立探偵が女性の過去を探っていくという、いわゆる「巡礼形式」のサスペンス作品です。誰にでも優しく純真無垢な女性の過去に何があったのか? 探っていくうちに意外な真実が明らかになっていきます。
 女性の過去に何があったのかが分かるまでの過程も面白いのですが、女性の自殺の引き金を引いた直接の「動機」が判明する部分にはドキッとさせるものがありますね。さらに、それが分かった後も、女性の心中に何が訪れたのかは結局分からず謎を残す…という結末にも余韻があります。
 また、人々の欺瞞を暴き、調査を続けてきた冷徹な探偵が見せる、ちょっとした「優しさ」が描かれる部分にも味わいがありますね。


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虚構と現実  都筑道夫『怪奇小説という題名の怪奇小説』

怪奇小説という題名の怪奇小説 (集英社文庫) (日本語) 文庫 – 2011/1/20


 都筑道夫『怪奇小説という題名の怪奇小説』(集英社文庫)は、長篇怪奇小説の依頼を受けた作家が、外国の未訳の小説を盗作しようと本を読み直している内に、30年前に死んだはずの従妹そっくりの女を見つけ、彼女をめぐって奇怪な体験に巻き込まれるという怪奇作品です。

 作家の「私」は、長篇怪奇小説の依頼を受けますが、筆が進まず、かって読んだアメリカ作家の未訳の小説の舞台を日本に置き換えて盗作をしようと考えます。その本、マーク・ルーキンズの「The purple stranger」は、記憶喪失の男を主人公に、推理小説風に展開する妖怪譚という趣の作品でした。
 街をうろついているうちに、30年前に病気で死んだ従妹、小柴直絵にそっくりな女を見かけた「私」は、久しぶりに会った旧友桑沢から、彼女はゲイバーに勤めている男だと聞かされ驚きます。「私」はバーに通い、ムリという源氏名の彼女と親しくなりますが、その直後にムリは姿を消してしまいます。
 アパートの管理人から、ムリが長野に引っ越したということを聞いた「私」は、たまたま旅行に出かけようとしていた桑沢の妻、狭霧と共に長野に向かうことになりますが…。

 あらすじを要約すると上記のようなお話になるのですが、その実、そう直線的には進まない物語になっています。主人公の「私」が盗作しようと読み直している海外作家ルーキンズの「The purple stranger」の内容、そしてそれを翻案した「私」自身の小説の内容がメインの物語の中に混在しているからです。
 しかも、それらの小説の内容を受けてか、「私」の現実生活にも異様な影響が及んでいきます。時折、今読んでいるのが小説(作品内での小説)なのか、「私」の現実世界なのかが分からなくなってきます。
 さらに序盤には、「私」が展開する怪奇小説論と共に、ジョン・スタインベックの怪奇短篇「蛇」が全篇まるごと引用されるという、ユニークな構成となっています。

 異様な化け物が出てきたりと、メインとなるストーリーに関しては、ジャンル的には「伝奇ホラー」といって良い作品かと思うのですが、作中に引用される本の内容、そしてその本自体に何か異様な点があり、それが現実を変容させている可能性までもが匂わされるという、混沌とした様相の怪奇作品となっています。
 今読んでいる部分が、「現実」(主人公にとっての)なのか、引用された本の内容なのか、それによって影響された「私」の幻覚・妄想なのか。物語に設定された複数のレイヤーが入り混じる…とでも言えばいいのでしょうか。
 結末も明確な解決が訪れず、フィクションと現実が入り混じるような不思議な終わり方となっており、ある種のリドル・ストーリー的な味わいもありますね。
 それを言うと、序盤で引用されるスタインベックの「蛇」の内容も、明確な解決や意味が取れないリドル・ストーリー的な味わいで、本編を象徴するような働きをしているとも取れますね。

 序盤、海外アンソロジーに関しての言及がある部分で、アンソロジストとして、カート・シンガー、ロバート・エイクマン、ハーバート・ヴァン・サール、ピーター・ヘイニングの名前が挙げられるところも、怪奇小説ファンとしては楽しいところです。


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超現実の世界  ロベルト・ピウミーニ『逃げてゆく水平線』

逃げてゆく水平線 (はじめて出逢う世界のおはなし イタリア編) (日本語) 単行本 – 2014/12/10


 イタリアの作家ロベルト・ピウミーニの『逃げてゆく水平線』(長野徹訳 東宣出版)は、奇想天外なアイディアと破天荒なストーリー展開が魅力のファンタスティックな童話集です。
 25篇を収録しています。少し長めのお話もありますが、だいたいはショート・ショートといってよい短めのお話になっています。

 中では、建物の奥に進むごとに相対する人間が小さくなっていくという「建物の中に入っていった若者」、国の人間が決闘を繰り返し人口が激減してしまう「ナバラの決闘」、沈黙を競う大会を描いた「沈黙大会」、自由を制限された天才料理人が料理を使って脱出しようとする「囚われの料理人」、境界線に執着する税官吏の物語「税関吏の物語」、事故を防ぐため悪魔の無理難題に答え続ける男を描いた「パトリシュスと悪魔ラクソー」、三十頭の馬を手に入れた老人が次々と馬を手放すことになるという「ジュッファの馬」、互いに攻守を入れ替えて戦い続ける二つの軍の物語「トルボレーズ包囲戦」、感謝を強要される記念日に従わなかった罪で死刑を宣告された男を描く「感謝日」、不老不死の力を持つトウモロコシに執着する男の物語「トウモロコシの中の老人」、帽子だけでなく、頭の中身まで取り替えてしまう帽子屋を描く「帽子と頭」、皇帝を歓迎するためのフレスコ画を無理やり描かせられることになった画家の復讐を描く「フランソワ・マジックのフレスコ画」、世界を旅する五つの感覚がリンゴをめぐって争い、ひとつになるという「五人とリンゴ」、水平線が逃げてゆくようになった由来を語る物語「逃げてゆく水平線」などが面白いですね。

 アイディアがユニークなのはもちろん、次にどうなるか分からないストーリー展開が魅力の作品集になっています。例えば「建物の中に入っていった若者」。若者が建物の奥に進むにつれて相対する人間がだんだん小さくなっていくのですが、最後に出会った人間に対して若者が起こす行動はあまりにシュール。
 「沈黙大会」では、世界中から沈黙を競うために人々がやってきます。それぞれの沈黙の中には固有の雑音が混じっており、その雑音がより小さいものが勝つというのです。高感度の電子装置によって、その沈黙が計られていく、という<奇妙な味>の物語です。
 集中でも強烈なインパクトがあるのが「トウモロコシの中の老人」。ある日トウモロコシの上に置いておいた古いジャガイモが新鮮さを保っているのに気づいた年老いた農夫は、トウモロコシにスミレを植えてみます。一向にスミレが枯れないのに気づいた農夫は、今度は死にかけた犬をトウモロコシに埋めてみます。何年も犬が元気なのを見てとった農夫は、自らも永遠に生きようと考えます。納屋に洞穴をこしらえた納付は、トウモロコシと共に閉じこもることになりますが…。
 不老不死を実現するトウモロコシを見つけた老人が、それによって永遠に生きようとする物語なのですが、閉じこもった後の展開がぶっ飛んでいて驚かされます。シュールな結末もユニークですね。

 無生物を擬人化するのは童話にはよくありますが、ピウミーニ、擬人化する対象も風変わりです。視覚や聴覚を擬人化した「五人とリンゴ」や水平線を擬人化した「逃げてゆく水平線」など、こんなものが!という対象が擬人化され、思いもかけない物語が展開します。
 「五人とリンゴ」では、五人の感覚たちが統合された経緯がキリスト教的な起源神話として語られたり、「逃げてゆく水平線」では水平線が人々から離れていくことになった理由が、まるでエッシャーの絵のような情景を伴って語られていきます。
 同じイタリアの童話作家ジャンニ・ロダーリもそうですが、ピウミーニの想像力もすごいですね。訳者解説でも、やはり二人の作家が比較して語られています。ファンタスティックでシュールな短篇集を読んでみたい方にはお勧めの作品集です。


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自分との対話  アントーニイ・ポゴレーリスキイ『分身 あるいはわが小ロシアの夕べ』

分身―あるいはわが小ロシアの夕べ (ロシア名作ライブラリー) (日本語) 単行本 – 2013/2/1


 ロシアの作家、アントーニイ・ポゴレーリスキイ(1787-1836)の『分身 あるいはわが小ロシアの夕べ』(栗原成郎訳 群像社)は、自分自身の《分身》と出会い友人になった男が、夜な夜な語り合うという、幻想的な連作枠物語です。

 ウクライナの地主屋敷で孤独に暮らす男の前に、自分自身の《分身》が現れます。親友となった二人は、夜ごとに対話を繰り広げることになりますが…。

 作品全体は大きく第一部と第二部に分かれています。第一部は第一夜から第三夜、第二部は第四夜から第六夜と、さらに分かれています。主人公のアントーニイ(作者自身?)と《分身》が幻想的な小説や挿話をめぐって対話を繰り広げる、という体裁の作品になっています。
 アントーニイがロマンティックな性分に描かれているのとは対照的に、《分身》がその超自然的な出自にも関わらず皮肉なリアリストとして描かれているのが特徴です。第一夜、出現直後の《分身》に対して、《分身》を見た人間は死んでしまうのではないかと恐れる主人公に対して、迷信に過ぎないと退ける《分身》の態度は実に皮肉です。

 基本的には、短篇の幻想小説がいくつか挿入され、それに関して対話や、別の細かいエピソードが挟まれていく幻想的な対話編、といった趣の作品といっていいでしょうか。挿入される短篇はいずれも面白いですね。以下、個々に紹介します。

「イジードルとアニュータ」
 フランス軍の迫るモスクワを舞台に、恋人アニュータのために軍務を捨てようとするイジードルは、母親に諭されて軍務に復帰します。しかし帰還した彼の前にあったのは焼失した自宅でした。その後、イジードルは夜な夜な何者かと話すようになりますが…
 誇りと祖国愛のために恋人と母親を犠牲にしてしまった青年が幻影を見る…という幻想的な恋愛小説です。

「歯止めの利かない夢想の破局」
 純真な青年アルツェストは、悪魔的な科学者アンドローニ教授の一人娘のアデリーナに一目ぼれしてしまいます。しかしアルツェストのお目付け役の「わたし」は、絶世の美女でありながら、おかしな態度を繰り返すアデリーナに不信感をぬぐえません。
 恋に目が眩んだアルツェストは「わたし」の留守中にアデリーナと結婚してしまいますが…。
 ストーリーがE・T・A・ホフマンの短篇幻想小説「砂男」そっくりで、明らかにオマージュと取れる作品です。ただホフマン作品にはあった主人公のトラウマであるとか、科学者の行動の動機であるとか、細部が微妙に変えられているため、作品から受ける印象は結構異なっていますね。主人公の精神的な苦しみがそれほど描写されないため、ホフマン作品よりからっとした印象の作品になっています。

「ラフェルトヴォの罌粟の実菓子売り」
 ラフェルトヴォの罌粟の実菓子売りの老婆は、その実、魔女と噂される人物でした。甥のオヌーフリッチは彼女に悔い改めるように忠告しますが、老婆を激怒させ縁を切られてしまいます。しかしオヌーフリッチの妻イヴァーノヴナは娘のマーシャの持参金のため、夫に内緒で娘を連れ、老婆の家に和解を求めて訪れます。気をよくした老婆はマーシャにいずれ現れる求婚者と結婚しろと告げます。さらに、その家で老婆が連れた黒猫が人間の顔をしているの見てマーシャは驚愕します。
 やがて父親が花婿にと連れてきた九等文官ムルルィキンの顔を見たマーシャは、それがかって目撃した黒猫の変身した姿と同じ顔をしているのを知ります…。
 邪悪な妖術使いの老婆の呪いに囚われた娘が、それをはねのけるまでを描く怪奇小説です。黒猫(悪魔の化身?)が変身して婚約者として姿を現すのですが、その描かれ方にはどこかユーモアもあって、ホフマン風のキャラクターといってもいいでしょうか。
 解説によれば、プーシキンの『ベールキン物語』にはこの作品の影響があるとか。

「駅馬車での旅」
 駅馬車でフランス陸軍退役大佐ファン・デル・Kと乗り合わせた「ぼく」は、彼から奇妙なうち明け話をされます。かってボルネオに生まれた彼は、幼いころに島に住む凶暴な猿にさらわれ、雌の猿に養育されたというのです。
 数年後、生家を見つけたファン・デル・Kは人間としての生活を取り戻しますが、彼の居場所を見つけた育ての親の雌猿トゥトゥは、彼のもとをしばしば訪れることになります。やがて成長した彼は、美しい娘アマーリヤと婚約します。ファン・デル・Kから育ての親の話を聞かされたアマーリヤは、自分を取るか育ての親をとるか、二つに一つだと恋人に決断を迫りますが…。
 猿(おそらくオランウータン)に育てられた男の、奇妙な人生を描く物語です。野生動物の世界を身をもって理解しながらも、人間として生きざるを得ない男の葛藤がテーマとなっています。
 育ての親の猿トゥトゥが情愛豊かで純粋に描かれるのも特徴で、その悲劇的な結末にはある種の感動がありますね。

 第二部の第四夜は、小説でなくエッセイになっていて「なぜ賢明な人間が時として常軌を逸した愚行をなすのか」「人間の知能の程度はどのような方法で決定されるか」などのテーマが扱われています。
 ちょっと皮肉なタッチで語られるエッセイで、現在で言うところの「自己啓発」的な内容として、今読んでもなかなか面白いところですね。人間の能力と特性について、オリジナルの図が挿入されるのも興味深いところ。

 上記のようなエッセイが突然挟まれたり、正直あまりまとまりの感じられない構成ではあるのですが、挿入されたエピソード含め、ごった煮的な魅力のある作品であることは確かで、妙なエネルギーのある作品になっていますね。
 《分身》が結局何者だったのか? などは明かされず仕舞いです。さらに言うと《分身》が自分の経験を語ったり、友人から聞いた話(友人がいる?)を語ったりと、普通の人間なのか超自然的な存在なのか、ちょっと微妙な描かれ方をしているところも面白いところではありますね。

 ポゴレーリスキイ、ドイツ・ロマン派、特にホフマンの影響が強いとのことで、それは作品を読んでいても感じられます。「砂男」そっくりの「歯止めの利かない夢想の破局」はもちろん、「ラフェルトヴォの罌粟の実菓子売り」に登場するホフマン風な人物文官ムルルィキン、さらに言えばこの『分身』という作品の構成自体が、ホフマンの作品<セラーピオン朋友会員物語>に似ている、というのもその影響でしょうか。

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妻のようなもの  井上宮『じょかい』

じょかい (日本語) 単行本(ソフトカバー) – 2020/12/22


 井上宮の長篇『じょかい』(光文社)は、孤独な男性の家庭に入りこみ妻のふりをする妖怪のような存在「じょかい」を描いた、グロテスクなホラー作品です。

 仕事を失い職を探していた安東健次は、母親からしばらくぶりにかかってきた電話で、結婚したばかりの兄の雄貴の様子がおかしいことを知ります。様子を見てきてほしいという頼みを受ける健次でしたが気は進みません。雄貴の結婚相手は、健次の元恋人、知奈美だったからです。
 兄の家を訪れた健次は、黒いマスクをつけた六、七歳らしき見知らぬ少年がいるのを見て驚きます。兄はその子供は息子の祥太だと言います。兄自身も極端に肥満し変貌していました。さらに彼が妻だという女は、知奈美ではなく、子供と同様、黒いマスクをつけた不気味な女でした。
 女が食卓に出していたのは、悪臭を放つどろどろした謎の食物でした。兄がそれを食べているのを見た健次は、家を飛び出してしまいます。祥太から話を聞いた健次は、兄の妻のふりをしている女が「じょかい」と呼ばれていることを知ります。
 それまでの経緯を友人の悟朗に相談しますが、あまりに現実離れした事実を信じてもらえません。悟朗は似たような話としてネットで見つけてきたサイトのことを話しますが、そのサイトのタイトルは「じょかい」でした。サイトの作り手が何かを知っているのではと考えた健次は、作り手と連絡を取ろうと考えますが…。

 兄の家庭に入り込み、いつの間にか妻のふりをしている黒マスクの女とその息子らしき少年。彼らはいったい何者なのか…? 都市伝説的なテーマを扱った作品かと思いきや、いや、実際そういう要素もあるのですが、後半は豪快なモンスターホラーに変貌していきます。
 大量の肉を食べたり、謎の流動食を体から生産するなど、得体の知れない「じょかい」のグロテスクな生態と行動には、強烈なインパクトがありますね。「じょかい」の息子らしき少年も、見た目は普通の人間のようでありながら、その言動は不可解で、さらに読者を困惑させます。

 主人公が失職中で、兄に対するコンプレックスを持ち、恋人を取られてしまった過去があるなど、かなり恵まれない人物として描かれているのも特徴です。彼の周囲の主な登場人物たちも同様の不満や苦境を抱えており、それはエリートのはずだった兄雄貴も同様です。そしてそうした状況がまた、「じょかい」の侵入と行動を止められない要因にもなってしまうのです。
 怪物としての「じょかい」の恐ろしさもさることながら、登場人物たちの夫婦間、親子間、兄弟間などのコミュニケーション不全、そしてそれに伴う軋轢も描かれており、全体にかなり暗く、救いのない物語になっています。それだけに、客観的には何も解決していないどころか、悪化している状況に対して主人公が幸福感を感じている…というラストにも強烈なインパクトがありますね。

 「じょかい」による肉体的な嫌悪感と同時に、登場人物たちの関係性による精神的な嫌悪感もが描かれており、強烈な迫力を持つホラー作品となっています。
 表紙イラストでは割合人間的に描かれている「じょかい」ですが、実際は人間性のかけらもない怪物として描かれています。「ちょっと嫌な話なのかな」と思って読んだ読者は、「ちょっとどころではない嫌さ」にびっくりするのではないでしょうか。


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古書と幽霊  A・N・L・マンビー『アラバスターの手 マンビー古書怪談集』

アラバスターの手: マンビー古書怪談集 (日本語) 単行本 – 2020/9/12


 A・N・L・マンビー『アラバスターの手 マンビー古書怪談集』(羽田詩津子訳 国書刊行会)は、M・R・ジェイムズの後継者とも目されるイギリスの作家、A・N・L・マンビー(1913~1974)の怪談集です。

 かって目撃した稀覯書に再会したことから少年時代の悪夢が甦る「甦ったヘロデ王」、呪われた先祖の寺院をめぐる怪異譚「碑文」、座ってはいけないとされる聖職者席とアラバスター像の秘密をめぐる「アラバスターの手」、相続した屋敷の品物を競売にかけようとしたことから起こる怪異を描く「トプリー屋敷の競売」、古屋敷の塞がれた暖炉と霊現象の関わりを描く「チューダー様式の煙突」、クリスマスパーティーにやってきた男の過去の罪が呼び覚まされる「クリスマスのゲーム」、山の上で出会う超自然現象の恐怖を描く「白い袋」、その上で寝た人間が怪死してしまうベッドの謎を追う「四柱式ベッド」、著名画家の残した絵をきっかけに殺された黒人の残酷な運命が解き明かされるという「黒人の頭」、時?書の挿絵が張替えられていた事実から、ある家の因果が語られることになる「トレガネット時?書」、霧の山での霊との思わぬ出会いを描く「霧の中の邂逅」、放埓な青年の罪により家が滅んでしまうという「聖書台」、婚約者を亡くした青年が魔術に手を出したことから破滅が訪れる「出品番号七十九」、少年が引き取られた高齢の伯父は異様に悪魔と死を恐れていたという「悪魔の筆跡」の、全14篇を収録しています。

 ほぼ全ての作品で、模範としたM・R・ジェイムズ同様、古書やアンティーク、史跡や古建築など、古物が主なテーマとなっているのが特徴です。古物が原因となって、怪奇現象や超自然現象が解き明かされる…というタイプの作品であるので、その意味では「古色蒼然」とした話ではあるのですが、語り口は洗練されていて非常にモダンであるのも、マンビー作品の魅力の一つでしょうか。
 「古書怪談集」のタイトル通り、古書が重要な役目を果たす作品が多いですが、一番印象に残るのは「甦ったヘロデ王」でしょうか。
 友人の病理学者オークランドの書棚にある本を見つけた「私」は、まさに過去その本に出会ったことから、少年時代の体験を思い出すことになります。
 レイスという名の男が経営する古書店に入り浸るようになった「私」は彼の知識に魅了されますが、ある日ふとしたことから彼の私室に入り込み、その中にジル・ド・レに関する本があるのを見つけます。レイスは激怒しますが、それからしばらくして、「私」は彼によって地下に閉じ込められてしまいます…。
 端的にいうと、少年時代に殺人鬼によって殺されそうになった男の回想を描いた作品、ではあるのですが、それにどこか超自然的な要素を感じさせる出来事がいくつか絡んでいるところが、異色の味わいになっています。殺人者自体はもちろんなのですが、作品全体のテーマを象徴する古書の存在が非常に禍々しく描かれているところも魅力ですね。

 あとは「黒人の頭」「霧の中の邂逅」も面白いですね。

 「黒人の頭」は、入手した画家の絵に黒人の頭が描かれていたことから、その男の運命を知りたくなった語り手が過去を探っていくという物語。男は同僚の迷信深さと偏見から殺されてしまうのですが、その運命の哀れさと異様さが前面に出ていて、怪奇小説というよりも歴史奇譚的な味わいの方が強くなっています。

 「霧の中の邂逅」は、山の上で迷った男が犬を連れた奇妙な老人に出会い、彼から地図で正しい道を示されるものの、それは崖下につながっていた…という物語。
 後に老人は、生前、道案内で人助けをしていた男の幽霊であることがわかるのですが、彼自身は死後も善意で現れていたのではないか、ということが示されます。「善意から人を死に追いやってしまう霊」という、面白いモチーフの物語になっています。

 興味深いのは、マンビーがこれらの主要作品を書いたのが、大戦時囚われていた収容所の中だったということ。作品のはしばしで戦争の影のようなものが見えることがあるにせよ、こうした「古き良き怪奇小説」をそうした環境下で書いた、というのには驚くべきものがありますね。


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土地の力  アルジャナン・ブラックウッド『粘土の誘惑』
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 アルジャナン・ブラックウッド『粘土の誘惑』(渦巻栗訳 ※同人出版)は、ブラックウッドの思想色の濃い、長めの短篇・中篇を収録した作品集です。

「眺望」
 夏のアルプスで働いていたフィリップ・アンブルサイド牧師は、そこで若い少女と中年男性のカップルと出会います。真面目な男性と比べ、少女はうぬぼれの強い性格でしたが、その中には何か真摯なものが埋もれているのに気がつきます。
 ある日、一人で山を歩いていたアンブルサイドは、何か啓示的な考えに囚われ、ルートを変えることにしますが…。
 汎神論的な考えを持つ牧師が、山で宇宙的な存在の姿を垣間見て、あるカップルの恋の成就に一役買うことになる…という物語。大自然の中に宇宙的な存在を感じ取る、というテーマはブラックウッドお得意のものですが、それが極めて人間的な恋愛と結びつく、というのはユニークな展開ですね。

「粘土の誘惑」
 若いころに英国を去り、危険な生活を過ごしてきたディック・エリオットはアメリカでインディアンの血を引く女性と出会い結婚します。おばが亡くなったことから南イングランドの土地を相続したエリオットは、妻を連れて帰国します。
 相続した土地は自然にあふれた場所で、エリオットは妻とともにその土地に馴染んでいました。十数年後、妻を亡くしていたエリオットは、ロシアに嫁いだ妹の娘マーニャを引き取ることになります。野生的な少女マーニャはエリオット以上に土地に馴染み、その場所の霊的なものと感応していました。
 ある日現れたエリオットの旧友で、きわめて現実的な男マードックは、エリオットの地所から良質な粘土が取れることを発見し、土地を開発しようと持ちかけますが…。
 亡き妻、そして姪が愛している土地を、姪の将来の資産のためと割り切って開発しようとするものの、土地の力の逆襲に会い、そこから追放されてしまう男の物語です。一種の楽園追放の物語とも取れるでしょうか。
 「土地の力」というか「場所の霊」というか、このテーマ、ブラックウッド作品にはよく出てくるのですが、本作ほど、その土地の意思が明確に出てくるタイプの物語は珍しいような気がします。
 エリオットが追放されてしまうのに対して、彼よりもさらに現実的で俗界にまみれたマードックが土地に邪魔されずに開発に成功してしまう…というのは、なんとも皮肉な展開になっています。
 エリオットが中途半端に土地に感応する性質を持っていえたゆえなのか、このあたり、考えるとなかなか面白いところではありますね。
 マーニャが土地と感応する描写も面白いところで、意識を飛ばしたり、体に土地の霊を憑依させたりもできるようなのです。土地の霊が人格を持った人間霊に近い形で描かれているようなのもユニークなところです。

「〝復讐するはわれにあり〟」
 第一次大戦のフランスのルーアン、現地の赤十字社で働いていた元聖職者の男は善意にあふれる人間でしたが、ドイツ軍の蛮行を知って怒りを覚えていました。ある日疎開してきた民間人の中に一人の美しい女性を認めた男は、彼女に夢中になってしまいます。
 あるとき、森の中で女性と出会った男は、復讐のため、共にいけにえの儀式に参加してほしいと誘われることになりますが…。
 ドイツへの復讐のため、異教のものらしき儀式に巻き込まれた男の物語です。儀式にはオーディンやヴォータンなど異教の神々の名前が言及され、主人公も一時はそれに屈してしまうのですが、クライマックスでキリスト教的な奇跡が顕現して救済が行われるという、はっきりとした奇跡譚ともなっています。
 主人公は聖職者でありながら、その純粋さゆえ、ドイツ軍に対し純粋な怒りを覚えています。肉親を失った怒りを見せる女性たちに対しても同情を覚え、その儀式に加担してしまうことにもなるのです。このあたり、戦争の影も強く描かれていますね。
 大いなる意思の顕現、あるいは奇跡が現れるのはブラックウッド作品では珍しくありませんが、この作品ほどキリスト教に寄った現象が描かれるのは、汎神論的傾向のあるブラックウッドとしてはユニークですね。


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世界の神秘  アルジャナン・ブラックウッド『深山霊異記』
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 アルジャナン・ブラックウッド『深山霊異記』(渦巻栗訳 ※同人出版)は、ブラックウッドの未訳短篇と随筆を収録した作品集です。

「モートンの怪死」
 二人の男はジュラ山脈の山の中を歩いていました。片方の男は農家で出会った奇妙な少女が彼らをずっとつけているというのですが…。
 少女は一体何者なのか…? ブラックウッドとしては珍しいタイプの正統派怪奇小説です。

「生贄」
 様々な災難に見舞われ絶望のふちに立たされたリマソンは、不思議な二人組みと出会い、彼らと共に山に登ることになりますが…。
 精神的に追い詰められた男が、山の中で神秘的な体験をする、という神秘主義的色彩の濃い作品です。
 ブラックウッド作品の常で、現れる超自然現象は異教的なイメージが強いのですが、作品ではなぜかキリスト教的な儀式が描かれるのも興味深いです。

「旅人たち」
 友人のハッドンと落ち合おうとしていた「わたし」は事故で意識を失ってしまいます。目を覚ました「わたし」は最愛の女性マリオンに看護されていました…。
 意識を失った男が前世での恋を体験するという神秘的恋愛小説です。

「呼び声」
 ブロンディン夫人から招きを受けたヘッドリーは、そこに親友アーサー・ディーンと、ヘッドリーが憎からず思っている女性アイリス・マニングとが滞在しているのを知ります。アーサーとアイリスとをくっつけたがっているらしいブロンディン夫人でしたが、
アーサーは悲恋に終わった過去の女性を愛し続けていました。そんな折、ヘッドリーは不思議な鳥の鳴き声を耳にします…。
 死によって引き裂かれた恋人たちが再会し、生ある恋人たちも結ばれるであろうことが仄めかされるという、幻想的な恋愛小説。非常に後味の良い作品ですね。

「東へ西へ伸びる道」
 彼女にとって人生を象徴するその道は東と西に伸びていました。メキシコに出かけた婚約者ディック・メッセンジャーを待つ彼女でしたが、ある日ぼろぼろの格好ながら不思議な若さを感じさせる男に出会います。彼は彼女に「夢」を渡したいと話すのですが…。
 神秘的な運命に導かれて出会う恋人たちを描いた、寓意的な要素の強い恋愛小説です。神秘的な力によって引き寄せられる恋人たちが、しかしながらすぐには幸せを手に入れられないところに、また妙味が感じられますね。

「冬のアルプス」「松」「風」
 山や自然に関する随筆です。自然の美しさをたたえると同時に神秘的な感興も強いですね。




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良質なアンソロジー  『ほんやく日和 19-20世紀女性作家作品集 vol.2』
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 『ほんやく日和 19-20世紀女性作家作品集 vol.2』(同人倶楽部 ほんやく日和 ※同人出版)は、19、20世紀に活躍した女性作家の作品の翻訳を集めたアンソロジーの第二弾です。

イーディス・ブラウン・カークウッド「動物の子ども図鑑 その2」(やまもとみき訳)
 さまざまな動物の習性や特徴について、擬人化を交えて紹介するという、子ども向けの動物図鑑です。ネコ、アライグマ、シマウマなど有名な動物から、アイベックス、ガゼルなどちょっと珍しい動物たちが紹介されます。
 カークウッドの文章に、M・T・ロスの絵がつけられているのですが、この絵が動物がリアルでありながら、服装やファッションなど人間的な擬人化とポーズがつけられていて、そのバランスが絶妙ですね。個人的には、ラクダを高飛車なお嬢さんに見立てたパートが面白かったです。

フランセス・ホジソン・バーネット「わたしのコマドリ」(小谷祐子訳)
 「わたし(著者のバーネット)」と薔薇園にやってきたコマドリとの触れ合いが美しく描かれた作品です。
 鳥を驚かせないように「わたし」がじっと動かずにいるシーンや、「にせもの」の鳥が現れてコマドリが嫉妬するシーン、そして二人の別れが描かれるシーンなど、客観的には劇的な出来事がないにも関わらず、読者の心を揺さぶるような描写が多く現れる作品になっています。

ルーシー・モード・モンゴメリー「アイランド・ロックでの冒険」(岡本明子訳)
 おじが面倒を見ている孤児のアーネストは、自分が可愛がっている犬ラディーをおじが売ってしまうことに対して悲しんでいました。リチャードおじのもとに遊びに来ていた少年ネッドは、写真を撮りにアイランド・ロックを訪れた際に、増えた海水によって閉じ込められてしまいます。助けを求めるネッドの前に現れたのはアーネストとラディーでした…。
 友情で結ばれた孤児の少年と愛犬。二人の仲が引き裂かれてしまいそうになるが、という物語です。これは後味のよいお話ですね。

ルーシー・モード・モンゴメリー「ダベンポートさんの幽霊話」(岡本明子訳)
 婚約者のドロシーを亡くした兄のチャールズは、弟の「わたし」とドロシーの妹ヴァージニアとの間に生まれた娘ドリーにドロシーの面影を認め溺愛していました。
 その後、チャールズは仕事先で病気にかかり亡くなってしまいます。成長したドリーがパリへの留学のために船に乗る直前、「わたし」の前に突然チャールズの幽霊が現れます…。
 愛する姪のために危険を警告する幽霊を描いています。「良き幽霊」を描いた、心温まるゴースト・ストーリーです。

イーディス・ネズビット「暗闇」(井上舞訳)
 学生時代からの知り合いである「わたし」と友人ホールデン。共通の知り合いヴィスガーは、根拠も無く物事を断定することで嫌われていましたが、不思議なことに、その言葉の内容は、なぜかほとんど当たっているのです。
 ホールデンに再会した「わたし」は彼が神経を病んでいるような様子を見て心配します。ホールデンによれば、ヴィスガーが漏らした言葉が原因となって彼の恋人は死んでしまったといいます。激昂したホールデンは、他人には知られないようヴィスガーを殺してしまったと言いますが、さらに死後も、ヴィスガーの死体がたびたび目の前に現れ、ホールデンを悩ませているというのです…。
 殺してしまった男の霊(?)に悩まされる男を描いた物語です。ただ殺したという友人ホールデンが精神を病んでいることが示されるため、本当にヴィスガーを殺したのかどうか最初ははっきりしません。ヴィスガーがホールデンには狂気の兆候があると発言したという言及があるのも、混乱を強めていますね。
 このヴィスガー、非常に奇妙なキャラクターで、何か超自然的な能力を持っているらしく、他人の運命や秘密などを次々と言い当ててしまうというのです。それだけに死んだ後も、友人に取り憑いたとしてもおかしくない、というところがポイントでしょうか。
 さらに、「わたし」も死んだホールデンの恋人を愛していたということが示されるなど、物語の背景にも複雑な関係性が見られるところも興味深いですね。ホールデンにせよ、ヴィスガーにせよ、その精神のありようが奇矯で不気味なこともあり、物語全体が不穏な空気感に支配されたユニークな作品になっています。

アンナ・キャサリン・グリーン「黒い十字架」(朝賀雅子訳)
 KKK団の団員たちは、判事を殺すためにその館に向かっていました。偵察に訪れた「おれ」は館の中に、美しい女を認め、魅了されてしまいます。仲間たちに、彼女には危害を加えないよう懇願する「おれ」でしたが…。
 初めて見た女との劇的な出会いにより、人生を狂わされてしまう男を描いた物語です。短めながら鮮烈なイメージを持つ作品です。

アンナ・キャサリン・グリーン「不可解な症例」(朝賀雅子訳)
 若く愛らしい女性アディが毒によって殺されかかっていることを知った「わたし」は、しかしながら薬の中に毒を入れる手段が見当たらず困惑します。「わたし」は帰ったふりをして様子を探ることにしますが…。
 女性を毒殺しようとしているのは誰で、どのように行ったのか? を探っていくというミステリ的な味わいの短篇です。医療者であるらしい女性の「わたし」のキャラクターが力強い性格に設定されており、印象に残りますね。

メアリ・ラーナー「小さなわたしたち」(まえだようこ訳)
 死を目前にした七十五歳の老女マーガレットは、たびたび子どものころの自分を回想しては思い出していました。それらの記憶が、自分の中の「子供」であるというマーガレットは、自分が死んだら彼らが失われてしまうと嘆いていました…。
 自分の中の幼き日々を残したいと願う老女と、その思いを感じ取る姪を描いた物語です。鮮やかに描かれた記憶の中の少女たち、老女の胸に去来する嘆き、伯母の思いを汲み取る姪…。人間の記憶とそれが引き継がれていく過程を描いた、色鮮やかな物語になっています。これは傑作ですね。

 vol.1に引き続き、どれも安定した訳文で面白く読める作品がそろっています。ジャンルもさまざまなものが集められていて、良質なアンソロジーになっていますね。


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行ってしまった者たち  C・J・チューダー『アニーはどこにいった』

アニーはどこにいった (日本語) 単行本 – 2020/10/15


 C・J・チューダーの長篇『アニーはどこにいった』(中谷友紀子訳 文藝春秋)は、数十年ぶりに故郷に教師として戻ってきた男が、妹をめぐる過去の忌まわしい記憶を呼び起こされるという、ホラー・ミステリ作品です。

 イングランド北部の小さな町アーンヒル、女教師モートンが息子を殺して自殺するという事件が起きます。代わりに採用されたジョー・ソーンは、かってこの町で暮らしていましたが、子供時代に妹アニーをめぐる失踪事件が原因となり、町を去っていたのです。
 彼を呼び戻したのは、妹と同じことがまた起きようとしていると伝える、何者かからのメールでした。戻ってきたジョーを、町の有力者である議員スティーヴン・ハーストは追い出そうと画策します。ハーストは、子供時代のジョーの友人グループのリーダーであり、妹アニーの失踪事件、そして共通の友人クリスの自殺にも関わっている可能性があるのです。
 スティーヴンの息子ジェレミーを教え子として持つことになったジョーは、かっての父親と同様権力を振りかざすジェレミーと対立し、それが原因で学校側とも軋轢をきたしてしまいます。
 死んだモートンの息子ベン、ほかにも失踪した子供が、かってのアニーと同様の災難に見舞われているのではないか? ジョーは秘密の計画を進めますが、その過程で過去の忌まわしい記憶もまた蘇ることになります…。

 妹アニーをめぐる忌まわしい事件が原因で故郷を離れていた男ジョーが、匿名のメールにより町に舞い戻り、その記憶を呼び起こされる…という、ホラー・ミステリ作品です。
 過去に妹アニーに起こった事件と、現在のジョーの行動とが、交互に描かれていくという構成になっています。

 アニーが失踪後、一時的に家に戻ってきたものの、直後に事故死してしまったことが序盤で明かされますが、失踪後のアニーに何かが起こっていたこと、それは現在の子供にも起こり始めているらしいことをジョーは知ります。
 過去の事件でハーストを追い詰める意図を秘めているらしいジョーですが、ジョーの帰還を知ったハーストにより、様々な方面から邪魔をされてしまいます。さらに自らの多額の借金により、取立人の凶暴な女グロリアにも付け狙われる中、ジョーは過去の事件の真相を暴き、ハーストを追い詰めることができるのか? といったところが読みどころになっています。
 舞台が古い炭鉱町であり、過去の魔女狩りや落盤事故による大量死など、忌まわしい歴史が秘められていることも示唆され、それがまた後半の展開にもつながってくることになります。

 序盤から超自然ムードが濃厚なのですが、事件の真相が現実的に解釈できるのかそうでないのかは、後半になるまではっきりしません。ただ、作中の一部の人物は超自然現象を明らかに信じており、それに従って動いているところは特徴的ですね。
 過去のパートでは、妹アニーに何が起こったのか?というところだけでなく、主人公ジョーの子供時代も重要なテーマになっています。
 リーダー的存在のハーストから仲間にしてもらうものの、それほどの発言権はなく、ハーストのガールフレンドマリーに密かに思いを寄せるなど、屈折した青春時代が描かれていきます。そうした子供時代の関係と、さらに大人になって再会した彼らの関係がどうなっていくのか?というあたりも、サスペンス豊かに描かれますね。
 登場人物の中でも特に異彩を放っているのが、取立人のグロリア。細身の女性ながら、格闘の達人で、人を殺すことにも躊躇いがないという、殺し屋まがいの人物です。基本的には主人公ジョーの敵ながら、めぐり合わせで助けてもらうことになったりと、複雑な関係も描かれます。

 スティーヴン・キングの強い影響を広言しているだけに、作品にもキングを思わせる要素が感じられます。また、某キング作品と同じモチーフが使われている部分もありますね。ホラーとミステリのハイブリッド作品という触れ込みですが、この作品に関しては圧倒的にホラーの要素が強いです。本格的なホラーじゃないなら…とスルーしていたホラーファンにもお薦めしたい作品になっています。


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子どもたちの災難  R・L・スタイン監修『消えない叫び Scream! 絶叫コレクション』

消えない叫び (Scream!絶叫コレクション) (日本語) 単行本 – 2020/12/21


 R・L・スタイン監修『消えない叫び Scream! 絶叫コレクション』(三辺律子監訳 理論社)は、年少読者向けに編まれたホラー・アンソロジーのシリーズ三冊目にして最終巻です。

R・L・スタイン「最高の仕返し」
 フレディとテディの兄妹は、悪質ないじめっ子のダロウ兄弟から嫌がらせをされ続けていました。兄妹は仕返しすると息巻きますが、父親は、我慢すればそのうち良くなると二人をたしなめます…。
 いじめっ子に仕返ししたいと願う兄妹の物語なのですが、父親が徹底的に弱気で、我慢しなさいの一点張り。そこに不審な点を感じていると、思わぬどんでん返しがやってくる、という楽しいお話です。
 いたずらの一環で溺れさせられそうになる、というシーンがあるのですが、それが結末の伏線(というか、皮肉?)になっているところも良いですね。

リサ・モートン「サメがいた夏」
 人気者の姉ヴァネッサに引け目を感じていた妹のミキは、姉の誕生パーティーから抜け出したところ、野外でコヨーテらしき獣を目撃します。数日して再会したコヨーテは、プリントした紙をくわえていました。そこには知り合いのダニがサメに襲われて怪我をしたときに、パーカー・マディガンのボートにいたと書かれていました。
 パーカーはヴァネッサのボーイフレンドでした。ヴァネッサにも危険が迫っているのではと考えたミキは、親友のラファエルにコヨーテの一件を相談しますが、ラファエルの答えは思いもかけないものでした…。
 美しく人気者の姉に引け目を感じる妹が、友人とともに、姉の危機を救うことになる…というお話です。サメやコヨーテ、登場する動物たちの描かれ方がユニークで、まさかそうくるとは…という感じですね。

カーター・ウィルソン「エリアコード666」
 母親を失い、父親と共に暮らす少女ジュリア。彼女は事故で亡くなった母親が悲鳴を上げる悪夢を何度も見続けていました。父親からスマホをプレゼントされたジュリアは、番号を誰にも教えていないのにメッセージが届いたのに驚きます。メッセージのエリアコードは666、写っているのは見知らぬ人形でした…。
 不慮の事故で母親を亡くした少女が、スマホに届いた謎のメッセージを通して、亡き母の愛情を再確認し悪夢を克服する…という物語です。自分でも忘れていた幼き日の思い出が蘇る、というクライマックスのシーンは感動的ですね。

ダグ・レビン「リス問題」
 少年ダンカンは動物好き。動物の肉を食べないようにベジタリアンになるほどでした。ダンカンはこのところ、家の近くでやたらとリスが増えているのに気づいていました。友人のネイサンとその父親は、リスに悩まされているといいます。さらに、ネイサンは失踪した飼い猫シシーはリスに食べられたと言い張っていました。
 ある日、リスのえさ箱を見つけたダンカンは、リスの増えている理由に思い当たり、その家の住人に話をしようと考えます。家の中から出てきたのは小柄なおじいさんとおばあさんでした…。
 害獣になりつつあるリスに同情的な少年が、その問題を解決しようと、えさをやっている老人たちにかけあおうとしますが、事態は思いもかけないものだった…というお話です。
 トラブルの原因は善意の老人だったと思わせて、非常にブラックな展開になるところが面白いですね。

スティーヴ・ホッケンスミス「ピンポンダッシュ」
 幼い少年クーパーは、兄のダンにけしかけられて、姉のアビーと共に、嵐の夜の中、ハロウィンのお菓子をもらうために出かけることになります。古びた屋敷から出てきた女性の背後にガイコツのようなものを目撃したクーパーは驚きますが…。
 繊細な少年がハロウィンの夜に恐ろしいものを目撃する…という物語です。彼が見たものとは何なのか…?
 ハロウィン行事のやりとりを通して、彼らの母親が亡くなっていること、ちょっと強引な兄、優しい姉といった家族との関係がさらっと描かれる部分は上手いですね。

エミー・レイボーン「レンガに埋もれたガイコツ」
 廃工場で友人のベンと共にスケートで遊んでいたジャマルは工場が取り壊されることを知って残念に思います。夜中にもう一度来ようというベンは言いますが、本気ではないとジャマルは考えます。
 深夜、部屋の中にレンガが落とされたのを見て、ベンの仕業だと考えたジャマルは、工場を訪れます。子どもの泣き声のようなものを耳にして小部屋に入っていくと、そこにいたのは半透明の少年の幽霊でした。彼はジャマルに何かを伝えようとしますが…。
 廃工場で幽霊に出会った少年が、幽霊の願いを聞くことになる…という物語。幽霊が何者なのか、何を求めているのか? という謎と共に、廃工場での宝探し的な雰囲気もあり、楽しい作品になっています。遠い昔の家族の絆が回復される、というモチーフも良いですね。

 これで<Scream!絶叫コレクション>全三巻を読み終わりました。テーマやモチーフもさまざまな作品が揃えられており、楽しく読めるシリーズでした。オーソドックスなもの、捻ったもの、前衛的なもの、作風もそれぞれですが、どれも丁寧に作られた趣がありますね。
 大人が読んでも面白いので、子どもが読んだらもっと面白いと思います。年少読者のホラー入門書的な役目を担えるアンソロジーなのではないでしょうか。

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2021年度新年のご挨拶
 2021年最初の更新になります。今年もよろしくお願いいたします。
 昨年は、新型コロナウイルスの影響によって、経済はじめ様々なものが停滞してしまった年でした。現状、まだその流行も続いており、イベント開催なども難しくなっています。実際、主宰する読書会もほとんど開催できませんでした。
 ただ、室内やネット環境でも何かできることはあると思いますので、そのあたりに活路を求めていきたいなと考えています。

 同人誌活動に関しては、海外怪奇幻想小説を紹介した『海外怪奇幻想小説ブックガイド』の編集を進めています。現状450ページ近い状態で、かなり厚い本になりそうです。春ごろまでに刊行できたら良いなと思っています。

 読書会に関しては、年末から新型コロナウイルスの感染者数が増えていることもあり、昨年同様、そんなに開催はできないかもしれません。少人数、対策を取った上で、タイミングを見て開催していきたいとは考えています。

 読書に関しては、昨年から引き続き、児童文学・ファンタジー系統の作品、読み残しのモダンホラー作品などを中心に読んでいきたいところです。

 それでは、今年もよろしくお願いいたします。




プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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