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隠された記憶  ヘレン・ユースティス『水平線の男』
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 ヘレン・ユースティスの長篇『水平線の男』(山本恭子訳 創元推理文庫)は、ある学校教師の殺害をめぐって展開される、ニューロティック・スリラー作品です。

 女子大学に勤める美男の大学助教授ケヴィン・ボイルが、火掻き棒で殴殺されているのが発見されます。女性の噂が絶えないボイルを殺したのは女性と目されていました。ボイルを崇拝していた女子学生の一人モリイ・モリソンは、ショックで病院に運ばれますが、そこで自らがボイルを殺害したと告白します。
 モリイは犯人でないと考える学長ベーンブリッジは、知り合いの精神科医フォーストマンにモリイを診察するよう依頼します。一方、事件を探っていた新聞記者のジャック・ドネリイは、ひょんなことから仲良くなった女子学生ケートと共に、学長公認で事件を捜査することになりますが…。

 美男の大学教師が殺され、その犯人として女子学生が名乗り出ますが、彼女は精神を病んでいて犯人ではないと判断されたことから、真犯人を探ることになる…というサスペンス・スリラー作品です。
 探偵役となるのは、新聞記者ジャック・ドネリイと、そのパートナーとなる女子学生ケート。彼らはいろいろ動き回り、それなりに情報を得ることにはなるのですが、正直影が薄く、実際事件の解決に関しても決定的な働きはしません。

 事件の周辺人物の視点がカットバックで描かれていくという構成で、探偵役二人組のほか、殺されたボイルの同僚であるマークス、ハンガーフォード、クラム夫人、犯人を自称するモリイ、彼女の治療にあたる精神科医フォーストマンなどの人物の視点が描かれていくことになります。これらの登場人物の心理描写や性格描写は文学的でこの部分が読みどころでしょうか。
 家庭環境の影響により精神を病んでしまっているモリイのパートはニューロティックな印象が濃いのですが、その他の健常だと思われる人間たちも、いろいろな問題を抱えており、中には狂気の兆候が見られるのではないかと見える人物も混ざっています。
 殺人を犯したのは本当にモリイなのか、それとも一見正常に見える人物の中の誰かなのか? というところが、登場人物たちの心理描写を通して探られていくという過程にはサスペンスがありますね。

 趣向として面白いのは、登場人物の一人のもとに度々現れるノート・ブックの存在。そこには本人しか知らない秘密や弱みまでが書かれているのです。いったい誰がノートを書いて、何の目的で置いていくのか?
 この趣向、事件の真相と有機的に結びついていて非常に技巧的だと思います。

 上に記したように、探偵役はいるものの、彼らによって謎が解かれるというよりは、事件が勝手に進行して破局を迎える…という感覚が強いです。実際シリアスな雰囲気の濃い物語自体にあって、探偵役の二人の行動はコミカルに描かれており、浮いてしまっているように見えなくもありません。

 1947年発表ということで、作品の「メイントリック」自体は、後にいろいろな作品で使われており、今となっては目新しさはあまりありません。
 ただ、その結末に至るまでの登場人物の異様な心理のサスペンスには読み応えがあり、その点、異常心理小説、もしくはホラーの一種としても読める作品ではないかなと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

雨の日の怪談  三津田信三『逢魔宿り(あまやどり)』

逢魔宿り (日本語) 単行本 – 2020/9/30


 三津田信三の短篇集『逢魔宿り(あまやどり)』(角川書店)は、ノンシリーズの怪奇短篇を集めた作品集です。

 見知らぬ老婆と共に家に籠もった少年が魔性のものに家を占拠されていくという「お籠りの家」、子供の描いた絵が後の不幸を予告するという「予告画」、宗教施設の夜警として雇われた男が超自然現象に遭遇する「某施設の夜警」、祖母の代わりに見知らぬ屋敷に香典を上げに訪れた少女の不気味な体験を描く「よびにくるもの」、雨の日の夕方に代わる代わる怪談を話し出す家族と出会った男の怪奇談「逢魔宿り」の5篇を収録しています。

 「怪異と謎解きの美しき融合」という惹句がついていますが、ミステリ的な要素よりもホラー的な要素の方が圧倒的に強いです。どの短篇でも、幽霊なのか妖怪なのか、実体はともあれ、主人公が、そうした魔性のものに襲われるのですが、その迫力が強烈で「怖い」です。
 特に印象に残るのは「お籠りの家」「よびにくるもの」でしょうか。

 父親に連れられて、見知らぬ家で老婆とともに七日間の「お籠り」をすることになった少年の体験を描く「お籠りの家」では、子供の姿をした魔性のものに誘い出されてしまった少年が恐怖を感じるシーンが鮮烈に描かれています。
 また、後半では屋敷がだんだんと何物かによって占拠されていくというシーンが描かれるのですが、この部分もユニーク。少年自身はその魔性のものを目撃しておらず、同居する老婆の言葉によってのみ、屋敷がだんだんと占拠されていく様子が分かる、というのは、フリオ・コルタサルの名作短篇「奪われた家」を思わせて面白いですね。

 「よびにくるもの」では、毎年家族には何も明かさないまま、ある屋敷に香典を上げに行っていた祖母が、体調の悪さから孫娘に代わりの使いを頼みます。その家では特に話す必要もなく、香典だけを上げたらすぐに帰ってこいという祖母の言葉を不審に思いながら、言葉通りに帰ろうとするものの、部屋の中にいた老婆から、蔵の二階にいる人を呼んで来て欲しいと、頼まれごとをしまいます…。
 多人数にもかかわらず全く言葉も交わさない人々、異様な仏壇、得体の知れない蔵など、シチュエーションからして不気味なのですが、後半に起きる怪現象も劣らず怖いです。
 主人公が移動しても怪異が追いかけてくる、というあたり、恐怖度が非常に高いですね。

 基本的にはノンシリーズの短篇集なのですが、巻末の「逢魔宿り」では、それまでの短篇をつなげるような趣向が凝らされています。
 かって作家の三津田が編集者時代につきあいのあったというデザイナーから会いたいという誘いを受け、そのデザイナーから怪異談を聞く、という体裁のお話なのですが、もともと「逢魔宿り」以外の4篇の短篇も、作家三津田信三が集めた体験談をもとに書かれているという設定であり、そうしたメタフィクショナルな設定を含めて、ばらばらだった一連の短篇がうまく繋がるように見えてくるあたり、非常に上手いですね。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

それぞれの人生  恒川光太郎『真夜中のたずねびと』

真夜中のたずねびと (日本語) 単行本 – 2020/9/16


 恒川光太郎の短篇集『真夜中のたずねびと』(新潮社)は、特殊な状況下に置かれた人間たちの独自の心理が描かれる、味わい深い作品集。全体にサイコ・スリラー味の強いのが特徴でしょうか。

 孤児になった少女が詐欺を働く老婆と暮らすことになる「ずっと昔、あなたと二人で」、殺人鬼の父親とそれに依存する母親に育てられた息子の物語「母の肖像」、弟が殺人を犯したことから一家が離散してしまうという「やがて夕暮れが夜に」、ひき逃げをした青年が贖罪のために遺族を影から援助しようと考える「さまよえる絵描きが、森へ」、成り行きから死体を埋めにきた女を手伝うことになってしまった男を描く「真夜中の秘密」を収録しています。
 特に印象に残ったのは「母の肖像」「さまよえる絵描きが、森へ」でしょうか。

 「母の肖像」は、殺人鬼の父親とそれに依存する母親の間に生まれた息子を主人公にした物語。父親に殺されそうになった母親を助けようとして警察に連絡した結果、父は逃亡、薬物使用の罪で母は逮捕されてしまいます。
大人になり一人で生計を立てていた息子のもとへ、人探し請負の女性を通して、母から会いたいという連絡を受けます…。
連続殺人鬼という父親ではなく、その妻である母親にスポットをあてた、ユニークな作品になっています。モラルに欠け怠惰な母親と、正義感の強い息子との、かみ合わない親子関係が描かれていて、興味深いですね。

 「さまよえる絵描きが、森へ」では、資産家の父親と芸能人の母親に何不自由なく育てられた男の人生が描かれます。何事かをなしたいと考えるものの、やりたい仕事を見つけることもできなかった男が出会ったのはボランティアの仕事でした。しかし借りた車を運転中に、親子をはねてしまい、そのままひき逃げをしてしまいます。轢いた家族の夫が死んだことを知った男は、その妻と娘に何らかの贖罪をしたいと考え、姿を変えては彼らの周辺に現れることになりますが…。
 贖罪をしたいという男の願いとは裏腹に、自分の芯を持ち、余計な援助を拒否する妻と娘。報われない男の気持ちは一方的に膨らんでいく…という物語です。
 この男の物語が直接語られるのではなく、知り合った別の男へメールの形で語られる…という趣向も面白いです。男が二重人格ではないのかとか、本当に生きているのかなど、真相がかすんでいくような語り口になっており、読んだ人によっていろいろな感想が上がりそうな、懐の広い作品になっています。

 明確に超自然現象が起こる「ずっと昔、あなたと二人で」のような例もあるのですが、ほかの作品ではそれほど超自然的な要素は目立たず、全体の感触としては「異常心理小説集」といった趣の作品集になっていますね。
 ただそこは恒川光太郎、登場人物の心の動きが独特で、前に見たことのあるようなシチュエーションでも、独自の味わいが生まれています。
 巻末の「真夜中の秘密」は、そういう意味でも面白いです。死体を埋めにきた女に出くわしてしまった男の物語なのですが、最初は正義感から自首を進めるものの、そのうち女に共感して、行動を共にするようになってしまうのです。
 しかもその女が本当に生きているのか死んでいるのか分からなくなる…というあたり、幻想小説味も濃厚で、異色の味わいになっていますね。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

12月の気になる新刊と11月の新刊補遺
11月27日刊 アンドレ・アレクシス『十五匹の犬』(金原瑞人、田中亜希子訳 東宣出版 予価2090円)
11月30日刊 福井栄一『十二支妖異譚 神様になれなかった動物たち』(工作舎 予価1980円)
12月3日刊 ロバート・A・ハインライン『夏への扉 新版』(福島正実訳 ハヤカワ文庫SF 予価880円)
12月3日刊 谷崎潤一郎『人魚の嘆き・魔術師』(春陽堂書店 予価3850円)
12月8日刊 『ナイトランド・クォータリー vol.23』(アトリエサード 1870円)
12月10日刊 東雅夫編『文豪怪奇コレクション 猟奇と妖美の江戸川乱歩』(双葉文庫 予価990円)
12月12日刊 ヤロスラフ・ハシェク『ハシェク短編小説集 不埒な人たち』(飯島周編訳 平凡社ライブラリー 予価1650円)
12月17日刊 エラリイ・クイーン『フォックス家の殺人 新訳』(越前敏弥訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 予価1210円)
12月17日刊 橋本輝幸編『2010年代海外SF傑作選』(ハヤカワ文庫SF 予価1100円)
12月18日刊 R・L・スタイン監修『消えない叫び Scream! 絶叫コレクション』(三辺律子監訳 理論社 予価1650円)
12月18日刊 中川右介『江戸川乱歩と横溝正史』(集英社文庫 予価968円)
12月21日刊 フレドリック・ブラウン『真っ白な嘘【新訳版】』(越前敏弥訳 創元推理文庫 予価1100円)
12月21日刊 小森収編『短編ミステリの二百年4』(創元推理文庫 予価1540円)
12月21日刊 キアラン・カーソン『トーイン クアルンゲの牛捕り』(栩木伸明訳 創元ライブラリ 予価1430円)
12月23日刊 エドゥアルド・ヴェルキン『サハリン島』(北川和美、毛利公美訳 河出書房新社 予価4180円)
12月23日刊 カレル・チャペック『ロボット RUR』(阿部賢一訳 中公文庫 予価990円)
12月24日刊 唐戸信嘉『ゴシックの解剖 暗黒の美学』(青土社 予価2860円)


 アンドレ・アレクシス『十五匹の犬』は〈はじめて出逢う世界のおはなし〉シリーズの新刊。神によって知性を与えられた犬たちを描く作品だそう。これは面白そうですね。

 谷崎潤一郎『人魚の嘆き・魔術師』は、大正8年に春陽堂から出た原本の復刻版。装画は水島爾保布によるものです。

 『ナイトランド・クォータリー vol.23』の特集は「怪談 (KWAIDAN)」。ラフカディオ・ハーンを中心に、怪談文学を取り上げているようです。

 東雅夫編『文豪怪奇コレクション 猟奇と妖美の江戸川乱歩』は、乱歩の怪奇作品をまとめた作品集。「押絵と旅する男」「鏡地獄」「人間椅子」「人でなしの恋」「目羅博士」などを収録。巻末に「夏の夜ばなし──幽霊を語る座談会」が文庫初収録とのこと。

 R・L・スタイン監修『消えない叫び』は、三分冊されていた<Scream! 絶叫コレクション>の最終巻。これは楽しみです。

 フレドリック・ブラウン『真っ白な嘘【新訳版】』は、名ミステリ短篇集の新訳版。収録作注でも「叫べ、沈黙よ」「後ろを見るな」あたりは、ものすごい傑作なので、ぜひ読んでいただきたいです。

 エドゥアルド・ヴェルキン『サハリン島』は、ロシア作家によるSF作品だそう。紹介文を引用します。「北朝鮮発の核戦争後、先進国で唯一残った日本は鎖国を開始。帝大の未来学者シレーニは人肉食や死体売買が蔓延するサハリン島に潜入する。この10年で最高のロシアSFとされる衝撃の傑作。」これは気になりますね。

 唐戸信嘉『ゴシックの解剖 暗黒の美学』は、ゴシックに関する著作。紹介文を引用しておきます。「吸血鬼、人造人間、ドッペルゲンガー、廃墟、地下-。ヨーロッパでカトリック的な超自然が否定されたことへの反動から生まれた「ゴシック 」は、人間の不安や欲望といったネガティブな要素の受け皿となった。人々を惹きつけてやまない一大美学の超自然的な悪の魅力を解き明かす。」


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第28回読書会 参加者募集です
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 2020年12月27日(日曜日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第28回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp

 今回は、居酒屋を貸切にしてもらい読書会を行います。ドリンク二杯の他、デザートか飲茶セットを提供する予定です。

 第一部のテーマは、課題書として、ダフネ・デュ・モーリア『鳥 デュ・モーリア傑作集』(務台夏子訳 創元推理文庫)を取り上げます。
 ミステリ、サスペンス、ホラー…。映画化された名作「鳥」を始め、ジャンルを横断する異色短篇集の魅力に迫ってみたいと思います。
 第二部は、本の交換会を行います。処分してもよい本を持ち寄り、交換する会です。持ち込む本の種類や冊数は自由です。特に持ってくる本がなければ、もらうだけでも構いません。

開催日:2020年12月27日(日曜日)
開 始:午後13:30
終 了:午後16:30
場 所:JR巣鴨駅周辺の居酒屋(貸切)
参加費:1500円
テーマ
第一部:課題書
ダフネ・デュ・モーリア『鳥 デュ・モーリア傑作集』(務台夏子訳 創元推理文庫)
第二部:本の交換会

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。

※16:30以降、同じ会場で二次会を行う予定です。参加は任意です。16:30までの本会で提供されるドリンクはノンアルコールです。


大いなる目  ウィリアム・アイリッシュ『夜は千の目を持つ』

夜は千の目を持つ【新版】 (創元推理文庫) (日本語) 文庫 – 2018/11/21


 ウィリアム・アイリッシュの長篇『夜は千の目を持つ』(村上博基訳 創元推理文庫)は、資産家に予言された死をめぐって、その娘と恋人となる刑事の青年の行動を描いた、幻想的なサスペンス作品です。

 深夜、川辺を歩いていた刑事の青年トム・ショーンは、身投げをしようとしていた娘を間一髪のところで救います。ジーンと名乗る娘から、その理由を聞き出したショーンは驚きます。資産家であるジーンの父親ハーラン・リードは、その予言がことごとく当たる占い師トムキンズから、その死を予言されたというのです。その期限はあと三日に迫っていることを聞いたショーンは、信頼する上司マクマナスに事情を説明しますが、そこに現実的な事件の可能性を見て取ったマクマナスは、部下に捜査を命じるとともに、ショーンにはリード父娘の警護を命じることになります…。

 占い師から死を宣告された資産家の父親を案じる娘のために、奔走する青年刑事を描いたサスペンス作品です。
 娘も父親も現実的な感覚の持ち主で、本来超自然的な物事は信じない質なのですが、預言者トムキンズの予言がことごとく実現するのを見ていくうちに、そこに恐れを感じることになるのです。
 最初に示されるトムキンズの予言が、父親が乗る飛行機が墜落するというもので、幸いこれに乗らずに命は助かるものの、そこに父娘ともに恐怖感をいだきます。予言を信じずにいた娘が飛行機事故が実際に起こったことを知るシーンには非常に迫力がありますね。
 刑事ショーンが、身投げをしようとしたジーンから、それまでの経緯を告白によって知る、というのが前半部分なのですが、その預言者トムキンズがいかに恐るべき能力者であるか、という部分がかなりのページ数(180ページ弱)をもって描かれていきます。
 話を聞いたマクマナスは、あくまで現実的なアプローチで事件を捜査しようとします。資産家リードをめぐって何らかの陰謀がたくらまれていると考えた彼は、部下の刑事たちに命じて、トムキンズの予言が偽者である証拠を探させようとするのです。
 しかし各刑事の捜査がことごとくトムキンズの能力を証明する結果になるばかりか、数人の刑事に至っては目の前でトムキンズに関わる超自然的な現象を目にすることになります。
 トムキンズの能力は本物なのか? というところで、幻想的な要素が俄然強くなってきますね。

 主人公ショーンと、ヒロインとなる娘ジーンとの出会いが星空の輝く深夜ということで既にロマンティックなのですが、父親の警護のために二人の結びつきが強くなっていく、というところもロマンス風味が強いですね。トムキンズの能力が本物だとして、リードの死を防ぐことはできるのか? というところが後半の読みどころになっています。

 トムキンズ捜査の過程で、まったく別個に起こっていた殺人計画が発覚するくだりなども、非常に上手いです。しかしそれがまた、事件の超自然性を強めることにもなるのです。事件に対する現実的な捜査が行われるなど、一見、ミステリの衣をかぶった作品なのですが、その実、ほぼ幻想小説といっていい作品かと思います。実際、捜査によって、現実的に暴かれる陰謀や犯罪などもあるのですが、それはあくまで副次的なものであり、メインとなる事件は超自然味が強いです。
 リード父娘が予言を信じるに至るまでのパートだけで200ページ近くを費やしており、その部分はほとんど恐怖小説と言って良い感触です。アイリッシュ特有のムードたっぷりの雰囲気醸成力もあり、幻想的なサスペンスとして上質な作品に仕上がっていますね。

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運命と神秘  コーネル・ウールリッチ『今夜の私は危険よ ウールリッチ幻想小説集』

今夜の私は危険よ―ウールリッチ幻想小説集 (ハヤカワ・ミステリ 1422) (日本語) 新書 – 1983/11/1


 コーネル・ウールリッチ『今夜の私は危険よ ウールリッチ幻想小説集』(C・G・ウォー、M・H・グリーンバーグ編 高橋豊訳 ハヤカワ・ミステリ)は、サスペンスの巨匠ウールリッチの怪奇幻想小説を集めた作品集です。

「魅せられた死」
 ある夜、警察署の前に現れた若い女性アン・ブリッジズ。彼女は大富豪ジョン・T・ブリッジズの姪であり、相続人でした。叔父のジョンは、メイドのエレンを通じて知った千里眼の持ち主トンプキンズから死を予告されて、パニック状態になっているというのです。しかもその予告の日は数日後に迫っていました。事件に犯罪性を見て取ったマックマヌス警部は、部下に命じて周辺を調査させることにします。さらに、部下の一人でまだ若いトム・シェーンを、ブリッジズとアンの警備につけることにしますが…。
 その言葉がことごとく実現するという千里眼の男から、死の予言を受けた富豪とその姪を守るために、刑事たちが奔走するという、幻想的なサスペンス作品です。
 調査の結果、周辺にいくつかの犯罪らしきものや事件などが見つかるものの、「死の運命」自体はそれらとは別個に動いており、止めることができないのです。
 長篇『夜は千の目を持つ』の原型となった作品で、基本的なストーリーはだいたい同じなのですが、短い分、スピーディであるのと、長篇よりも幻想小説的な要素が強くなっていますね。
 長篇ではかなり強調されていた、ヒロインと刑事とのロマンス的な部分がほとんどないことや、派遣された各刑事がさまざまな方面から事件を調査するパートが短いことなど、全体に長篇に比べ説明的な部分が少ないので、事件の神秘性が強まっており、その分、幻想小説的な香りが強くなっています。
 予言者トンプキンズに関しても、その人間性に対してあまり描写がされないため、得体の知れなさが強くなっていますね。避けられない「死の予告」が訪れる怪奇幻想小説といってもよい作品で、個人的にはホラー映画『ファイナル・デスティネーション』を思い出したりもしました。

「今夜の私は危険よ」
 ある夜、ファッションデザイナーのマルドナード夫人のもとを訪れた悪魔のような男。彼は赤と黒で出来た得体の知れない布を持ち込み、彼女にそれでドレスを作るように言ったというのです。布に触った途端に、極端な殺意を覚えるのを感じた秘書は、恐怖感から辞職を決意します。
 布に魅了されてしまったマルドナードはドレスを作り、それに<今夜の私は危険よ>と名付けます。その後、そのドレスを着た女性はことごとく、殺人も躊躇わない残酷な人間に変貌していくことになりますが…。
 それを着ると、残酷で邪悪な正確に変貌してしまうという悪魔のドレスを扱った怪奇サスペンス作品です。恋人を思う愛情深いファッションモデルや、夫を愛する貞淑な主婦など、正常であった女性がそのドレスによって変貌し、密告、陰謀、果ては殺人までを躊躇いなく実行することになります。
 短いエピソードが連なった連作中篇となっていて、ドレスを着た女性たちが、悲劇的な運命に見舞われる様が描かれていきます。
 それぞれのエピソードを貫く背景として、最初のドレスの犠牲者となるモデルの女性ミミの愛人である犯罪者ベルデンと、彼に弟を殺され復讐に燃えるFBIの職員フィッシャーの追跡劇が描かれています。ドレスのせいでベルデンにしてやられてしまうフィッシャーが、彼を捕えて復讐を成就できるのか…というところも読みどころですね。
 ドレスのもとを渡しているのは、明らかに「悪魔」なのですが、彼は序盤に現れるだけで、あくまで、ドレスをめぐって人間同士の争いが描かれていくところが特徴です。犯罪組織や犯罪者との争いも派手に描かれており、楽しめる作品となっています。

「コブラの接吻」
 インドから新妻を連れ帰った義父が、家族に引き合わせようと、山荘に娘のメアリー夫妻と息子ヴィンを呼び寄せます。しかし新妻ベーダに会ったメアリーの夫の「わたし」は嫌悪感を抱きます。異様な言動や蛇を思わせる彼女の動きに不気味なものを感じる「わたし」でしたが、その直後に義父が身体をどす黒く変色させて急死してしまいます…。
 インドからやってきたという魔性の新妻を描く怪奇小説です。彼女が殺人を行ったのはほぼ間違いないものの、その手段がなかなか分かりません。怪奇・猟奇ムードたっぷりなものの、殺人手段はあくまで現実的な形で実行されていきます。
 その手段がユニークであるのと、魔性の女ベーダの気色悪さにはインパクトがありますね。

「ジェーン・ブラウンの体」
 飛行機の墜落事故で人里離れた場所に取り残されたパイロットのオショーネシーは、近くに屋敷を見つけて助けを求めます。現れた娘ノーヴァの美しさに魅了されたオショーネシーは、彼女の世間知らずさに驚きます。
 父親であるというドクター・デンホルトに閉じ込められ注射をされているということを聞いたオショーネシーは、ノーヴァを連れて駆け落ちをしてしまいます。デンホルトは、彼のもとを離れてノーヴァは生きられないと話しますが、オショーネシーは聞く耳を持ちません。
 幸せな新婚生活を始めたオショーネシーとノーヴァでしたが、やがてノーヴァの体に異変が起き始めます…。
 美しい容姿を持ちながらも、その精神的な年齢は低く、世間一般の知識に欠けている娘ノーヴァ。彼女が受けていた治療とはいったい何だったのか? その秘密が明かされたとき、悲劇的な結末が訪れるという怪奇ロマンス作品です。
 ノーヴァの体の秘密と同時に、彼女の失われた過去に関わる人物たちが現れ、さらに悲劇的な結末に流れ込むことになります。そんな中でも、恋人たちの愛は変わらない…という純愛が描かれる部分も魅力的ですね。

「だれかの衣裳-だれかの人生」
 ギャンブル狂の伯爵夫人は、それが災いして破産の一歩手前まで追い込まれていました。千里眼師に相談したところ、人生の全てを変えなければならないとアドバイスを受けます。ある夜、夫人は、カジノの帰りに岩山のてっぺんから身投げする女を目撃します。
 女の脱いだ衣服を身につけた伯爵夫人は、死んだ女ポールに成り切り、彼女の人生を代わりに生きることになりますが…。
 ギャンブル狂の伯爵夫人が他人の衣服を身につけることによって、その女の人生を代わりに生きることになるという、幻想的な作品です。しかしその女ポールもまた夫と愛しあってはいるものの、経済的な苦境から意に染まない職業に手を染めており、そのことが原因で身投げをしていたのです。
 やがて代わりの人生もまた、悲劇的な結末を迎えることになってしまいます。
戯曲形式で描かれているのもユニークな作品ですね。人物名が「伯爵夫人」と書かれていたのが、途中から「ルーレット狂」と変わるところなども、シニカルで気が効いています。
 悲劇的な状況に追い込まれた元伯爵夫人が迎える結末が序盤に「ループ」する趣向なども含めて、全体に象徴的・幻想的な作品になっています。

 解説は、F・M・ネヴィンズJrとB・N・マルツバーグによるもので、どちらも読み応えがあります。ネヴィンズJrの方は、ウールリッチの人生と作品を簡便にまとめたもので、マルツバーグの方は、ウールリッチの作家論といった感じの文章になっています。
 マルツバーグの解説では、ウールリッチの怪奇作品は、彼にとっての異色作品というわけではなく、本質的に「神秘」や「妄想」を主調とする彼の作品にあっては、他の作品を含めて、それらがみな同質の作品ではないか、という意見が述べられていました。なるほどと頷ける意見ではありますね。


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楽しい地獄  ナタリー・バビット『悪魔の物語』『もう一つの悪魔の物語』
 ナタリー・バビット『悪魔の物語』とその続編『もう一つの悪魔の物語』は、悪魔や地獄をテーマにした物語集。題材からして暗いテーマが多いのですが、それが徹頭徹尾陽気な語り口で語られるという、ブラック・ユーモアあふれる作品集になっています。


悪魔の物語 (児童図書館・文学の部屋) 単行本 – 1994/12/1


ナタリー・バビット『悪魔の物語』(小旗英次訳 評論社)

 悪魔を主人公にした、ブラック・ユーモアあふれる短いお話を10篇集めた短篇集です。
 邪悪な性質を持つだけに、いろいろと悪事を働こうとするものの、結局失敗したり散々な目に会う…というパターンが多いのですが、意外にもその悪事に成功してしまう、ということもあるのが面白いところ。

 妖精に化けた悪魔が魂を奪うために人間の願いを叶えようとするものの失敗し続ける…という「願い」、かわいい娘を地獄に連れ帰ろうとするが拒否されてしまうという「かわいい娘」、泥棒二人組に天国のハープを盗ませようとする「天国のハープ」、鬼の赤ん坊を見つけた牧師の物語「かごの中の小鬼」、クルミのからを割らせようと中に真珠を仕込む「木の実」、悪魔のような絵を描く善人の男の物語「めぐりめぐって」、遺骨の灰がブタのそれと混ぜられたことから地獄でブタにまとわりつかれる男を描いた「灰」、完璧な女の子を堕落させようとする悪魔の行動を描いた「完全な女の子」、花を愛する心優しい小悪魔の物語「バラと小悪魔」、薬によって口を利くようになったヤギが地獄でトラブルを引き起こすという「口利き薬」の10篇を収録しています。

 邪悪ではありながら、その行動はけちくさかったり、人間にしてやられてもおとなしく引き下がったりと、悪魔のキャラクターはユーモラスで楽しいキャラクターとして描かれています。地獄に落ちている悪人や動物たちも、それほど悪くない暮らしをしているらしい描写もあったりするところも面白いですね。
 特に面白く読んだのは「かごの中の小鬼」「めぐりめぐって」「灰」などでしょうか。

 「かごの中の小鬼」は、ある日鬼の赤ん坊を見つけた牧師を描く物語。彼は赤ん坊を丁寧に扱おうとしますが、その赤ん坊の存在を知った周囲の人々はパニックになり、牧師の家に放火までしてしまいます…。
 神に仕える牧師以上に、周囲の人々が狭量で狂信的に描かれるという、皮肉な作品です。

 「めぐりめぐって」は、善と悪をめぐる不思議な物語。心優しいことで知られる画家は、その逆に暗く悪魔的な絵を描いていました。その画風を気に入った悪魔は、絵ばかりか道具まで全て盗み出してしまいます。仕方なく画家は粘土を使って像を作り始めます。
 その像は善意と優しさに満ちており、人々の人気を得るようになりますが、それと共に画家の性格は不機嫌で不愉快なものになっていました…。
 芸術作品には人間の善と悪が表れる、というテーマの作品です。それ同時に作者とその創作物についての関係性についても考えさせられるという、面白い作品です。

 「灰」は、死後地獄で暮らす男がブタにまつわりつかれるという物語。
 ベズルは死後地獄で暮らしていましたが、彼の妻は遺灰を壷にいれて暖炉の上に置いていました。お手伝いが掃除中にベズルの遺灰とブタの灰を混ぜてしまったことから、地獄ではベズルにぴったりとブタがくっつくようになります。
 ブタを放すため、ベズルは悪魔に持ってきてもらった自分の遺灰から、ブタの灰を何年もかかってより分けようとします…。
 まとわりつかれたブタを放そうとする男のお話、なのですが、やがて男はブタに愛情を感じるようになる…という奇妙な味の物語になっています。

 作者のナタリー・バビット、イラストレーターでもあって、ユーモラスな悪魔の絵を寄せています。こちらもなかなか味がありますね。



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ナタリー・バビット『もう一つの悪魔の物語』(小旗英次訳 評論社)

 前作同様、悪魔が活躍するお話を10篇集めた短篇集です。
 悪魔によっていいかげんな占い師の占いが当たるようになるという「オーガンザ夫人の運勢」、地獄に現れたサイを捕らえるように指示された猟師の物語「公平な裁き」、戦争の大好きな兵士を描く「兵士」、地獄に落ちた虚栄心の強い老三姉妹を描く「三途の川の渡し舟」、性根の悪いラクダが地獄から去った由来を語る「アクバルはどのようにしてベツレヘムへ行ったか」、喧嘩をした男女のカップルの仲直りの邪魔をする悪魔を描く「道しるべ」、牧師に育てられたオウムが悪魔に説教するという「お説教」、自分が有名なオペラ歌手だと思い込んだ頭のおかしい男の物語「地獄から天国に行ったバスボーン」、地獄に堕ちた悪党二人を裁くことになった悪魔を描く「簡潔なことば」、土に埋もれていた古代の偶像神の頭を見つけた少年の物語「石の耳」の10篇を収録しています。

 どれもユーモラスで楽しいのですが、とりわけ印象に残るのは「地獄から天国に行ったバスボーン」「石の耳」でしょうか。

 「地獄から天国に行ったバスボーン」は、自分が有名なオペラ歌手だと思い込んだ男の物語。バスボーンは自分がオペラ歌手ドレミ・ファソだと思いこんでいました。ドレミ・ファソ死去の報を聞いても自分はまだ死んでいないのに、と不思議に思います。考え込んでいるうちに橋から落ちて死んでしまいます。本来は天国に行くところ、自分が何者か認識させるため一度、地獄に行かせることが決定されます。
 地獄に着いたバスボーンに自分を認識させるため、悪魔はコンサートを開き、彼に歌わせることになりますが…。
 自分のアイデンティティーを認識しなければ天国には行けない…という、面白いモチーフの物語です。なぜ自分が別の人物であると思い込んだのかについて、詳細は触れられないのではありますが。

 「石の耳」は、ちょっと寓話的な味わいもある物語。
 両親と共に、農家として生計を立てるためにある土地に移り住んだ少年ビービス。その土地はかってピシパッシュ族が住み、偶像神を崇拝していた場所でした。ビービスはあるとき井戸を掘ろうとして、埋もれていた偶像神の耳を発見します。
 ビービスは、夜になると家を抜け出し、偶像神の耳に向かっていろいろなことを話します。耳に向かって考えごとや悩み事を話しているうちに、ビービスは、自信がつきはじめ、頭も冴えてくるようになります…。
 古代の神像(の耳)によって、少し鈍い少年が成長して大人になる…というテーマの作品です。ピシパッシュ族もその崇拝対象の神もろくなものではない(と悪魔の視点から語られます)とされるにもかかわらず、現代の少年には良い影響があった、というところが皮肉めいて面白いところでしょうか。
 レギュラーキャラクターの悪魔がほぼ一瞬しか登場しないこともあって、独立した味わいの強い作品です。悪魔をメインとする超自然的なトーンの連作集の中にあって、登場する偶像神の神性がほとんど感じられないところも特徴ですね。


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欺いた男  ウィリアム・ヒョーツバーグ『堕ちる天使』

堕ちる天使 (ハヤカワ文庫NV) (日本語) 文庫 – 1981/2/1


 ウィリアム・ヒョーツバーグの長篇『堕ちる天使』(佐和誠訳 ハヤカワ文庫NV)は、戦前に活躍した歌手の捜索を依頼された私立探偵が、その過程で黒魔術や悪魔崇拝に巻き込まれていくという、オカルト・ハードボイルド作品です。

 1959年、ニューヨークの私立探偵ハリー・エンジェルは、資産家らしいルイ・シフレなる男から、ある男の行方を突き止めてほしいと依頼されます。男の名はジョニー・フェイヴァリット、戦前に一世を風靡しながらも行方知れずになった歌手でした。かってジョニーのパトロンだったというシフレは、彼に貸しがあることを仄めかします。シフレによれば、ジョニーは大戦中に負傷して記憶を失い、ニューヨーク郊外の病院に入院しているというのです。
 病院に向かったエンジェルは、担当医師のファウラーから、ジョニーは戦後すぐに不審な二人組の男女によって病院を連れ出されたということを聞きます。しかしその直後、ファウラーは自殺を思わせる状況で変死してしまいます。
 かってジョニーの恋人だったという海運王イーサン・クルーズマークの娘マーガレット、愛人だったというヴードゥーの巫女イヴァンジリン、ジョニーの行方を求めて二人に接触しようとするエンジェルでしたが、それぞれの事情があり果たせません。イヴァンジリンの美しい娘イピファニーと出会ったエンジェルは、彼女に惹かれていきます。
 捜査の過程でエンジェルは、占星術師、ヴードゥー教の信者、悪魔崇拝者などに出会い、ジョニーもまた怪しげな世界に足を踏み入れていたことを知ることになりますが…。

 かっての人気歌手の捜索を依頼された私立探偵エンジェルが、その過程で占星術や黒魔術などの世界に巻き込まれていくことになるというオカルト小説です。作品全体が、私立探偵を主人公としたハードボイルドの体裁で描かれていくのが特徴で、出てくる物事や人々はオカルティックでありながら、作品の作り自体は、ほぼ最後までまっとうなハードボイルド小説になっています。

 主人公エンジェルはタフで傲慢、女好きと、いかにもハードボイルド的な私立探偵として描かれています。いささか強引な手段を使って捜査を進めるエンジェルですが、その間にも関係者が次々と殺されていってしまいます。
 これはジョニーが首を突っ込んでいたという黒魔術や悪魔崇拝の影響なのか? 次々と起こる殺人事件が誰の仕業なのか、そもそもそれが人間の仕業なのか超自然的なものの仕業なのか、というところも読みどころでしょうか。
 ヴードゥーの儀式や黒魔術、悪魔崇拝の現場など、描かれるオカルト的背景もかなりリアルで読み応えがありますね。
 捜査を進めても一向に見えてこないジョニーの行方、そしてエンジェル自身にも不確かな過去があることが徐々に判明していきます。そして依頼者であるルイ・シフレの目的とその正体とは?

 オカルト的なアイディアが、しっかりと謎解きに結びついています。超自然的な要素が使われるとはいえ、そのミステリ的な構造自体の完成度は非常に高いです。
 道具立てはオカルティックですが、結末寸前までまっとうなハードボイルド作品として進んでいた作品が、結末で反転する仕掛けには、初読の読者は驚くのではないでしょうか。それまでの怪しげで不条理な出来事の数々が、かちっとはまる結末には、ある種の爽快感がありますね。
 訳文にちょっと癖があり(原文もそうなのかもしれないですが)、多少の読みにくさはあるのですが、それを差し引いても、モダンホラーの秀作といって良い作品かと思います。


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純粋な悪  トマス・トライオン『悪を呼ぶ少年』

悪を呼ぶ少年 (角川文庫) (日本語) 文庫 – 1998/9/1


 トマス・トライオンの長篇『悪を呼ぶ少年』(深町真理子訳 角川文庫)は、双子の少年をめぐって、殺人を含む様々な犯罪が起きるというサイコ・スリラー作品です。

 1930年代のコネティカット州の田舎町ピーコット・ランディング。リンゴ農園を営むペリー家の主人ヴァイニングは納屋の地下で事故死してしまいます。ショックで妻のアレグザンドラは部屋に引きこもってしまい、双子の息子ナイルズとホランドの面倒を見るのは祖母アダの役目となっていました。
 双子の弟ナイルズは明るく素直な性格、兄のホランドは対照的に残酷で謎めいた性格の少年でした。ホランドは様々ないたずらを繰り返し、ナイルズはそれをたしなめますが、ホランドの行動を止めることはできません。
 同居するいとこのラッセルを双子は嫌っていました。ラッセルが干し草に飛び込んで遊んでいたところ、たまたま下に置いてあったフォークに貫かれ、彼は死んでしまいます。フォークは使用人が片付け忘れたということになっていましたが、事件の影にはホランドが関わっているのではないかと、ナイルズは秘かに疑っていました…。

 父の事故死を皮切りに、ペリー家の周辺の人物に様々な不幸や事故が多発していきます。双子の少年の片割れホランドがそれらに関係しているのではないか? 兄を疑うナイルズと彼らを見守る祖母アダの視点を中心に展開される、サイコ・スリラー作品です。
 悪事を繰り返す少年、いわゆる「恐るべき子ども」テーマが描かれています。動物を虐待したり、人が苦しむのを見て楽しむなど、残酷な性格のホランド。殺人を犯しているのもホランドとしか思えないのですが、本当に犯人はホランドなのか? というのが読みどころでしょうか。

 残酷な犯罪が度々描かれながらも、舞台となる戦前のアメリカの田舎町の光景、そしてその土地で過ごす少年たちの日常生活がみずみずしく描かれる部分もあり、そのあたりも作品の魅力となっています。カーニバルの風景が描かれるところなど、レイ・ブラッドベリの同種の作品にも似た感性も感じられますね

 全体に叙情的なトーンで描かれる作品ではあるのですが、作中で起こる犯罪・殺人はかなり強烈です。周囲の人物だけでなく、血の繋がった家族が主要な犠牲者となってしまうあたり、残酷度は高いですね。とくにクライマックスで起きる事件のグロテスクさには、気分が悪くなってしまう人もいるのではないでしょうか。
 また、精神を病んだ母親の前で、さらにその精神・肉体を破壊してしまうような行動を起こす少年を描くシーンなどは、戦慄を感じさせます。

 物語の構成は一種の枠物語となっていて、現在病院に収容されているらしい(精神を病んでいるらしい様子も垣間見えます)人物が、過去の農園での出来事を語る、といった形になっています。恐らく事件の「真犯人」であるその人物が、精神疾患を理由に収容されているのだろうということは察しがつきますが、いったい誰がその人物なのか?といった推理の面白みもありますね。
 途中で作品の真相に気付く読者も多いかと思います。というのも、この作品、1971年発表ということで、後に同じテーマを扱った作品も多く作られているためです。ただ、そうしたテーマの先駆作という評価を割り引いても、充分に面白い作品になっているかと思います。

 1972年に、ロバート・マリガン監督『悪を呼ぶ少年』(脚本・製作総指揮はトマス・トライオン)として映画化されています。かなり原作に忠実に作られた作品で、こちらも傑作といっていい作品になっていました。


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魔性の力  ローレンス・ブロック『魔性の落とし子』
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 ローレンス・ブロックの長篇『魔性の落とし子』(町田康子訳 二見文庫)は、生まれたばかりの息子を亡くした母親が、養女に恐れを抱き、心理的に追い詰められていくというホラー作品です。

 ふと夜中に目を覚ましたロバータは、窓辺に女の幽霊のようなものを目撃します。その女の腕には赤ん坊らしきものが抱かれていました。その直後、生後間もないロバータの息子カレブが死んでいるのが発見されます。乳幼児の突然死だとされたものの、ロバータは納得できません。
 前々からその言動に不気味さを感じつつあった12歳の養女エアリエルに、さらに恐怖まで感じるようになったロバータは、妊娠を機に別れた愛人の弁護士ジェフに連絡を取り、二人は不倫関係を再開することになります。ジェフもまた、エアリエルに対して言い知れぬ恐怖感を感じ取るようになっていました…。

 生後間もない息子を亡くした母親ロバータが、養女エアリエルに恐怖を感じるようになる…というサスペンス・ホラー作品です。
 エアリエルが何らかの超自然的な力を持っており、息子カレブの死にも何らかの関わりを持っているのではないかとロバータは疑うようになるのですが、このエアリエルが、確かに風変わりな少女ではあるものの、飽くまで普通の人間として描かれていくのがポイントになっています。
 三人称視点で、エアリエルの内面の描写が描かれるため、彼女が普通の少女で、ロバータが疑うような超自然的な存在ではないことが読者には分かるようになっています。
 しかしロバータと、後には不倫関係の恋人ジェフも、一方的にエアリエルに不気味な雰囲気を感じ取り、精神を狂わせていくことになります。
 死んだ息子カレブは、ロバータの夫デービッドの子ではなく、不倫関係の恋人ジェフの子供であることは早々に明かされます。夫はそれを薄々気付いており、息子の死にある種ほっとした気持ちを抱いているのです。そして息子をめぐって夫婦の中も冷め切っています。
 一方ロバータは、その罪の意識なのか、息子の死をきっかけにその実の父親ジェフと話し合うことになり、なし崩しに不倫関係を再開してしまいます。しかし以前とは違うロバータに影響され、相手のジェフもまた精神を病んでいってしまうのです。

 親からも不気味がられるエアリエルですが、その内面は感性豊かで繊細な少女であることが示されます。養父はともかく、養母ロバータからまともに愛情を受けられず、実の母親を探すことを考えるなど、健気な一面も描かれます。
 また、エアリエルの唯一の友人となった少年アースキンも、狷介ではありながら友情に厚い魅力的なキャラクターとして描かれています。不倫の男女の視点がメインの息苦しい物語の中にあって、この少年少女のパートは清涼感がありますね。

 一方的に妄想し精神を病んだ人妻とその恋人が破滅する…という体の物語ではあるのですが、本当に超自然現象が起こっていないのか、というところは微妙に描かれています。エアリエルの内面描写を交えることによって、彼女が普通の人間であることが示されるのですが、本人の気付いていない超能力が存在するような可能性も匂わせているのです。結末ではそれが暗示されたりもしていますね。
 また、ロバータが目撃する幽霊に関しても、最後までその存在ははっきりしません。かって子供を殺して自殺した100年近く前の女性の霊なのではないかという推測がなされるのですが、それも飽くまで推測にとどまっています。
 読む人によっていろいろ深読みのできるような、懐の広いホラー小説で、非常に面白い作品です。


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秘められた暗合  イーディス・ネズビット『怪奇短編小説 翻訳選集』
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 イーディス・ネズビット『怪奇短編小説 翻訳選集』(井上舞訳)は、『砂の妖精』『宝さがしの子どもたち』など、主にファンタジー・童話作品で知られるイギリスの作家、イーディス・ネズビット(1858-1924)の怪奇短篇小説を集めた作品集です。

「セミ・デタッチドハウスの怪」
 恋人の女性と逢い引きするために、夜に出かけた男は待ちぼうけを食わされてしまい、彼女の家を訪れます。しかし家はドアが開いており、中はもぬけの空でした。不審に思った男性が家の中に恐る恐る上がってみると、ベッドの上に恋人の死体が転がっていました…。
 ふとしたことから恋人の死体を発見する男性ですが、実は…という物語。幻覚なのか予知なのか、不思議な暗合が描かれた作品です。

「報い」
 ある家に高価なダイヤモンドがあることを知った泥棒は、相棒を誘い、それを盗み出すことを計画します。一人忍び込んだ泥棒は、持ち主の娘をまず殺してしまおうと首を切りつけますが…。
 悪事を目論んだ男たちが、不幸な目に会うというショッキングな物語です。二人の泥棒の行動の顛末が意外に複雑で、ミステリ的な興味もある作品になっていますね。

「十七号室」
 ある宿屋で、男たちは怪談を語り合っていました。客の一人である身なりのいい小柄な男は、実際にあったこととして物語を語り出します。その宿屋では十七号室で首を切って男が死んで以来、その部屋に泊まった客が皆、同じように首を切って死んでいるというのです…。
 その部屋に泊まると、首を切って死んでしまうという、呪われた部屋の物語です。主人公がその部屋を避けようと隣の部屋に移るものの、中身の家具が隣の十七号室のものが移動されていることに気づくシーンはぞっとしますね。クライマックスの恐怖シーンも強烈です。
 主人公の友人の兄もその部屋で首を切って死んでいることが判明したり、ただのお話として聞いていたのが実は身近に危険が迫っていた…という趣向があったりと、物語の構成も気が利いています。

「暗闇」
 学生時代からの知り合いである「わたし」と友人ホールデン。共通の知り合いヴィスガーは、根拠も無く物事を断定することで嫌われていましたが、不思議なことに、その言葉の内容は、なぜかほとんど当たっていたのです。
 ホールデンに再会した「わたし」は彼が神経を病んでいるような様子を見て心配します。ホールデンによれば、ヴィスガーが漏らした言葉が原因となって彼の恋人は死んでしまったといいます。激昂したホールデンは、他人には知られないようヴィスガーを殺してしまったと言いますが、さらに死後も、ヴィスガーの死体がたびたび目の前に現れ、ホールデンを悩ませているというのです…。
 殺してしまった男の霊(?)に悩まされる男を描いた物語です。ただ殺したという友人ホールデンが精神を病んでいることが示されるため、本当にヴィスガーを殺したのかどうか最初ははっきりしません。ヴィスガーがホールデンには狂気の兆候があると発言したという言及があるのも、混乱を強めていますね。
 このヴィスガー、非常に奇妙なキャラクターで、何か超自然的な能力を持っているらしく、他人の運命や秘密などを次々と言い当ててしまうというのです。それだけに死んだ後も、友人に取り憑いたとしてもおかしくない、というところがポイントでしょうか。
 さらに、「わたし」も死んだホールデンの恋人を愛していたということが示されるなど、物語の背景にも複雑な関係性が見られるところも興味深いですね。
 ホールデンにせよ、ヴィスガーにせよ、その精神のありようが奇矯で不気味なこともあり、物語全体が不穏な空気感に支配されたユニークな作品になっています。

「幽霊屋敷」
 旧友ウィルドン・プライアーが幽霊屋敷の調査を広告しているのを見たデスモンドは、友人との再会を兼ねてその屋敷に出かけます。しかしその屋敷に滞在していたのは同じ名字の別の人物でした。旧友のおじだと名乗る男は、化学の実験に勤しんでいるというのです。
 プライアーは、デスモンドを歓待しますが、プライアー本人ばかりか、調査の助手だという男たちにも不審の念を拭えません…。
 古い言い伝えのある、幽霊が出るという屋敷。ムードたっぷりのオーソドックスなゴースト・ストーリーと思わせておいて、思いもかけない展開に。主人のプライアーのキャラクターと、そのぶっとんだ理論が面白いですね。
 マッドサイエンティストものというべきか、サイコ・スリラーというべきか、あまり見たことのない味わいの奇妙な味の怪奇小説です。ちょっと方向性は異なるのですが、アルジャーノン・ブラックウッドの怪奇短篇「秘書奇譚」を想起させる作品です。

「大理石の子ども」
 少年アーネストは、教会の水盤を支える大理石の子供の像に同情を抱いていました。ふと像が動き出すのを目撃したアーネストは、その後であった見知らぬ子供が大理石の像だったことを確信します。教会を訪れたアーネストは、像に自分のそばにいて友達になってほしいと願いますが…。
 像が動くのは少年の空想かと思いきや実は…。大理石の像に友愛の念を感じる少年を描いた、繊細な幻想作品です。
 ある種の「奇跡譚」とも読めるでしょうか。後年、アーネストが亡くなったであろう後に、事件について回想するという体裁の結末も味わいがありますね。

「ボルドーのミイラ」
 ネズビットのエッセイ「わたしが子どもだったころ」からの抜粋です。子供時代、家族で訪れたフランスのボルドーで教会の地下墓所に収められたミイラを見たことに関する恐怖と衝撃の様子が、鮮やかに描かれています。
 子ども時代のネズビットの繊細さと、想像力の豊かさも描かれていて、その点でも興味深い読み物になっています。

 本作品集、同人出版という形で刊行された本なのですが、秀作の集められた、良質な作品集です。単純な怪奇現象には止まらない「捻り」があったり、妙なブラック・ユーモアがあったりと、どれも読み応えのある怪奇作品が集められています。特に「十七号室」「暗闇」「幽霊屋敷」の三篇は、独特の味わいの怪奇作品で非常に面白いです。
 翻訳も読みやすく、お薦めしたい作品集となっています。


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生命の秘密  アラン・エンゲル『遺伝子操作』

遺伝子操作 (ハヤカワ文庫NV) (日本語) 文庫 – 1991/5/1


 アラン・エンゲルの長篇小説『遺伝子操作』(堀内静子訳 ハヤカワ文庫NV)は、遺伝子操作されたミュータントの子供をめぐる医学スリラー作品です。

 パリに住む女性遺伝学者イレーヌ・セヤンのもとに現れたロシア人少年イワンは、八歳でありながら老人のような顔をしていました。イワンは徒歩で、ロシアの研究機関から脱出してきたというのです。知力・体力共に常人離れしたイワンは遺伝子を操作して生まれたのではないかと推測され、何らかの原因により急激に老化が進んでいるようなのです。
 特殊機関を通じて、アメリカの神経生化学者ジョージ・マリガンに少年の調査の依頼がなされますが、マリガンが到着する以前にイワンは老衰で死んでしまいます。やがてイワンの兄弟であるらしい別の少年が現れることになりますが…。

 遺伝子操作されたらしい少年が急激に老衰し、少年を救おうとする女性科学者と彼女に協力することになった主人公の科学者が、少年をめぐる米ソの陰謀に巻き込まれる…という、謀略小説風味の医学スリラー作品です。
 アメリカとソ連が遺伝子実験の秘密をめぐって争っており、主人公たちもその陰謀に巻き込まれて襲われることになります。ただその襲撃もそれほど深刻なものではなく、追及の手もそれほど派手なものではありません。その意味で、序盤で予想されるほど、謀略小説的な味わいは濃くありません。

 主人公である科学者マリガンとその恋人イレーヌが、国の道具として生み出され、さらに別の形で利用されようとされつつある少年の命を救いことができるのか? というのが読みどころとなっています。
 実験で急激な老化を余儀なくされた少年たちの悲哀、そして彼らを救おうとする科学者カップルたちを通して、人体実験は許されるのか?といった倫理的な問いかけがなされていく、という部分がメインとなっていますね。

 少年は並外れた知性を持っており、教育次第では数日単位で現役の科学者の知性を上回る可能性があることから、主人公たちは急激な少年の教育とその研究の手伝いをすることになります。
 老衰による死の前に、それを止める手段を生み出すことができるのか? というタイムリミット・サスペンス的な味わいもあります。

 正直、主人公の科学者カップルはあまり目立たず、天才的な知能を持つ早老症の少年の方が、主人公のようになってしまっています。彼とその兄弟の人生が描かれるパートは、悲哀を帯びたトーンで味わいがありますね。
 1988年の作品ということもあり、遺伝子操作というテーマも正直古びているのかなと思います。ただ謀略と医学をメインとした作品でありながらも、少年をめぐるエピソード部分はしみじみとしており、ミュータント哀話といった感じで今でも楽しめる作品になっています。


病院の怪異  沖光峰津『怪奇現象という名の病気』

怪奇現象という名の病気 (日本語) 単行本 – 2020/8/28


 沖光峰津『怪奇現象という名の病気』(竹書房)は、精神病院で常駐警備員のアルバイトをする青年が、病院内で耳にしたり、自身も体験した不思議な体験を語るという、連作ホラー短篇集です。

 山の中にある大型の精神病院、磯山病院。そこで常駐警備員のアルバイトをしている大学生の中田哲也は、患者たちから妄想混じりの様々な話を耳にしますが、なかには一貫してつじつまのあっている話も多くありました。彼らの話の一部は本当の怪奇現象なのではないだろうか?
 哲也は彼らの話を本腰を入れて聞きはじめ、やがて自身も怪奇現象に巻き込まれていくことになりますが…。

 精神病院を舞台に、アルバイトの青年が患者たちの不思議な体験を聞き取っていく、というホラー連作短篇集です。精神病院が舞台ではあるものの、そうした病や病院が必ずしもテーマとして登場するわけではなく、様々なテーマの、広い意味での怪奇現象が扱われたお話が多くなっています。
 扱われているテーマは、幽霊、妖怪、河童、夢、化け狸、ドッペルゲンガー、異世界など、バリエーションに富んでいます。大体は患者や職員などから聞き取った話になっているのですが、なかには主人公の哲也自身が巻き込まれたり、当事者になったりするお話も混ざっています。

 登場する怪異がある種何でもあり、という感もあって、正直「怖い」かというと、微妙な話が多いのではありますが、逆にオーソドックスで楽しめるお話は多いです。特に妖怪が登場するエピソードはどこか民話的な味わいのものもありますね。
 なかでも強烈な印象を残すのは、「第八話 ドッペルゲンガー」「第九話 隙間」でしょうか。

 「ドッペルゲンガー」は、二重人格を治療するために入院してきた女性と恋人になった哲也が、彼女のもう一つの人格を消すための手伝いをしてほしいと頼まれる、というお話です。
 二重人格だと思っていた障害が、じつは二重人格ではないのではないかという疑いが出てくるあたりから、強烈なサスペンス感がありますね。

 「隙間」は、移り住んだ部屋のわずかな隙間から、お囃子のような音が聞こえるようになった男を描く物語。隙間からのぞくと宴をしている男女が見えるものの、窓を開けると途端に何も見えなくなるというのです。入院してからも、その音がずっと聞こえるというのですが…。
 怪異といっても、現れるのが宴や囃子の音だったりと、ほのぼのとした民話的怪異譚なのかと思いきや、後半の展開にはびっくりします。集中でも、恐怖度が最も高い作品なのではないでしょうか。

 終始、安定した作りの怪奇小説集です。オーソドックスなお話が多いですが、八話と九話のようにちょっと前衛的なお話もあったりと、バラエティ豊かで楽しめる作品になっていますね。


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地下室の物語  バリ・ウッド『地下室の亡霊』

地下室の亡霊 (扶桑社ミステリー) (日本語) 文庫 – 1997/11/1


 バリ・ウッドの長篇『地下室の亡霊』(青塚英子訳 扶桑社ミステリー)は、内気な主婦が住む家の地下室をめぐって、超自然現象が発生するというホラー作品です。

 町有数の由緒正しい家に生まれ、資産家でもある主婦マイラ。夫のボブと共に平穏な生活を送っていたマイラが気にかけていたのは、家の地下室のことでした。腐敗臭が漂い、入った人間がことごとく気分が悪くなるというその地下室を改装することをマイラは決心します。
 数ヶ月の工事を経て、見違えるように綺麗になった地下室でしたが、相変わらず不気味な気配は消えません。友人のラミーと共に、ふと軽い気持ちで占い盤を使ってみたマイラは、その場所には霊がいるという結果を見て驚きます。
 調べた結果、その霊は、17世紀に魔女の疑いをかけられて処刑された女性のようなのです。マイラは古い魔術書を参考に、幼馴染みの友人たちと共に御祓いをしようと考えます。友人の一人である精神科医リードは霊の存在を信じてはいませんでしたが、マイラの精神的な安定のために必要ではないかと考え、他の友人を巻き込んで、御祓いを実行することになります。
 その直後、犬の鳴き声をめぐってトラブルになっていた隣人の男パストーリが、ミツバチの群れに襲われて変死するという事件が起こりますが…。

 誰もが異様な雰囲気を感じ取る地下室、そこに霊が存在しているのではないかと考えた主婦が、友人たちと共に御祓いを行った結果、超自然的なものとしか思えない事件が相次ぎ、死者が発生する…というホラー作品です。
 マイラと言葉を交わし、軋轢を起こした人物が次々と犠牲になることから、精神科医リードは本当にそれらの事件が霊の仕業なのか疑問に思い始めます。マイラは霊に取り憑かれているのだろうか、それとも…?
 連続変死が霊の仕業によるものか、それともそうでないのか、というあたりが取り沙汰される前半は、オカルトチックな要素の濃い手堅いホラーとして読ませます。ただ、最初の変死事件が起きるまでが結構長いです。
 それまでは、主人公マイラとその友人たちの関係性やそれぞれの家庭環境などがじっくりと描かれていくので、このあたり、がっつりとしたホラーを期待していると、ちょっと拍子抜けしてしまうかもしれません。
 ただ、この主人公周辺の描写があとあとの伏線になっているのと、作者の人物描写も上手いので、こちらはこちらで、群像劇的な味わいがあって面白く読めますね。

 主婦のマイラ含め、幼馴染の友人グループは皆、資産家で、経済的には裕福な人間たちばかりなのですが、例えば、アンジーは酒乱の夫からの暴力、ラミーは傲慢な姑ジョアンとの軋轢、精神科医のリードは患者との関係に悩むなど、それぞれの問題を抱えています。心優しいマイラは友人たちの悩みに同情し、それがまた後半で問題を引き起こす要因にもなってゆくのです。
 地下室の件は別として、特に悩みもないように見えるマイラにも、彼女なりの憤懣があるのではないか。そう考えたリードは、一連の事件の真相が霊の仕業ではないのではないかと疑問を持つようになっていきます。後半ではリードの視点がクローズアップされ、その中で、重病患者の老婦人ベルとの関係をめぐって、その家族との軋轢に関連してある事件が起こり、それがまたマイラの行動にも影響を及ぼしていく、という流れも興味深いですね。

 ネタバレになってしまうので具体的なところは記しませんが、オカルトチックなゴースト・ストーリーだと思っていた物語が、後半別の方向にシフトしていきます。それに伴って、物語上の夾雑物ではないかと思われていた諸要素がしっかりとメインの話に絡んでいくのには感心させられます。
 地味ではありますが、しっとりとした面白さのあるホラー小説といっていいかと思います。
 「地味」とは書きましたが、クライマックスに登場する超自然的な趣向は意外に強烈で、これには驚かされる読者もいるかもしれませんね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

明日なき戦い  ジョン・スティークレー『ヴァンパイア・バスターズ』

ヴァンパイア・バスターズ (集英社文庫) (日本語) 文庫 – 1994/4/14


 ジョン・スティークレーの長篇『ヴァンパイア・バスターズ』(加藤洋子訳 集英社文庫)は、ヴァンパイア退治専門の特殊部隊"チーム・クロウ"が、人間離れした力を持つヴァンパイア達と戦うという、アクション・ホラー小説です。

 ローマ法王庁から依頼を受け、ヴァンパイアを退治する特殊部隊"チーム・クロウ"と、そのリーダーであるジャック・クロウ。彼らは強力なヴァンパイアたちに襲われ、隊員のほとんどを失ってしまいます。戦いの中で、銀の弾丸がヴァンパイアに有効なことを確信したクロウは、部隊にガンマンが必要なことを認識します。
 彼が白羽の矢を立てたのは、過去に密輸をめぐってクロウと敵対したこともある男フィーリクスでした…。

 強力な力を持つヴァンパイアたちと戦う舞台を描いた、アクション要素強めのホラー作品です。
 登場するヴァンパイアたちの力がものすごく、素手で人間を引き裂き、片手で首の骨を折る、車を楽々持ち上げたりと、人間離れした力を持っています。
 そのため、武器を重装備した人間が複数でかかって、ようやく一匹を倒せるか、という具合。銃弾もほとんど効かないので、メインで使う退治方法は、ワイヤーのついた矢を相手に打ち込み、家の外まで引っ張り出して太陽光線で焼き殺す、という豪快なものになっています。
 しかも、ほとんど智恵の回らないヴァンパイアたちに比べ、彼らを作り出した「マスター」と呼ばれるヴァンパイアもおり、「マスター」に至っては更に強力な力と知性を持っているのです。実際「マスター」に襲われた部隊は、ほとんど壊滅状態に陥ってしまいます。

 そうした強力なヴァンパイアと日々相対している部隊員たちは、いつ自分が死んでもおかしくないという認識があるために、酒を浴びるように飲んだり、ある種捨て鉢な態度を取るようにもなっています。
 リーダーのクロウは、それが特に顕著で、人間としてはとてつもない実力の持ち主ながら、普段から死への恐怖に取り憑かれているという、弱さを持った人物として描かれているのが特徴的ですね。
 この恐怖感というのは、ヴァンパイアと戦う部隊員たちに共通しています。そもそもヴァンパイアと相対すると一瞬で殺される可能性があるわけで、主要な登場人物だと思っていた人間があっという間に退場してしまうということもあります。
 アクション・ホラーではあるのですが、一方的にヴァンパイアを退治する、というよりも、死への恐怖におびえながらギリギリのところで何とか撃退する、といった感じの作品になっており、またそこが魅力でもありますね。

 リーダーのジャック・クロウのほか、メインでスポットがあたるのは、サブ・リーダー的な存在として登場するフィーリクス。かってはクロウと敵対しながら、仲間となるキャラクターです。
 凄腕のガンマンながら、常に諦観に囚われているという翳のあるキャラとして描かれています。
 銀の弾丸の有効性がわかってからは、ガンマンであるフィーリクスが部隊の主力となっていくことになります。部隊の取材に訪れ一行の仲間となる女性ダヴェットとのロマンスも描かれ、殺伐とした作品に華を添えています。

 ほぼ全篇がアクション、といった感じの構成なのですが、戦闘シーンの合間の短い日常シーンにも味があり、それもあって、意外とメリハリのある物語になっています。娯楽味たっぷりのホラーとしてお薦めしたい作品です。
 ちなみに、この作品、ジョン・カーペンター監督の映画『ヴァンパイア/最期の聖戦』(1998年 アメリカ)の原作となった作品です(あくまでベースであって、詳細は変えてあるようです)。


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ある悲劇  マーティン・シェンク『小さな暗い場所』

小さな暗い場所 (扶桑社ミステリー) (日本語) 文庫 – 1999/8/1


 マーティン・シェンクの長篇『小さな暗い場所』(近藤純夫訳 扶桑社ミステリー)は、経済的に追い詰められた家族が思いついたある出来事が、町全体に惨劇をもたらしてしまうというホラー作品です。

 カンザスの小さな町ウィッシュボーン、かってはフットボールの名選手と学校の女王としてそれぞれ輝いていたピーターとサンドラのワイリー夫妻。二人の間に子供が出来てしまったことから、彼らは結婚し農場で生計を立てることになります。
 息子のウィルと娘のアンドロメダ、子供には恵まれたものの、生活は一向に楽にならず、とうとう農場を抵当に取られて追い出されてしまいます。
 サンドラは、テレビで知ったという、ベイビー・カーロッタ事件のことをピーターに話します。子供が古井戸に落ちたというその事件では、子供に同情した人々から大量の義援金が集まったというのです。
 同じ事をすれば、自分たちにもお金が集まるのではないか。サンドラは、息子のウィルならば落とし穴に落ちても耐えられると考え、夫にその計画を勧めます。逡巡するものの、ピーターも結局その計画に賛同し、ウィルを上手く誘導して落とし穴に落とそうとしますが、誤って娘のアンドロメダが落ち込んでしまいます。
 幼い頃から暗闇を極端に恐れていたアンドロメダは、肉体的のみならず、精神的にも追い詰められてしまいます。
 通報を受けた町の人間たちは、子供を救出しようと手を尽くしますが、なかなか上手くいきません。やがてテレビ局の報道によって、その救出作業は全国に放映されることになりますが…。

 ストーリーが大きく二つに分かれている作品です。
 前半は上記の通り、大金をせしめようと考えた夫婦が間違って幼い娘を穴に落としてしまい、その救出作業が描かれていきます。かっては美男美女カップルとして羨望の念を抱かれていた夫婦が、経済的にどん底に陥り、やがて子供をだしにするような下劣な真似をするまでに追い詰められていくという転落ぶりがブラックな筆致で描かれると同時に、多数の人々が関わる救出計画が上手くいくのか、というパニック小説的な面白さもありますね。
 家族が住む農場の地下に異様なところがあること、穴に落ち込んだアンドロメダが何らかの超自然的な影響を受けている節がある、という思わせぶりな描写があるものの、前半はあくまでクライム・サスペンス風に物語が進みます。

 後半はうって変わって、超自然味が前面に出てくるのが特徴です。町を離れていたアンドロメダが成長し美女となって帰郷する(結局救出作業は成功するのです)のですが、彼女が町に惨劇を引き起こす…という、モダンホラー風味のお話になっています。
 この後半が圧巻で、前半とは打って変わって、超自然的な現象、不自然な事故、大量の死人が発生するのみならず、クライマックスでは町が壊滅するほどのカタストロフが訪れることになります。
 妖艶な美女となったアンドロメダが、その超自然的な力を使って、人々を狂わせていくという、「魔性の女」テーマ的な味わいも強いのですが、彼女がなぜそうした行為を働くのか?という理由が明かされる結末には、強烈なインパクトがありますね。

 前半と後半の物語のトーンが全く異なっており、読んでいて驚かされてしまうのですが、前半の内容が後半の物語の長い伏線ともなっており、その意味で後半の爆発力が凄い作品になっています。
 前半では、子供が犠牲となる詐欺計画が描かれるのみならず、破綻寸前の夫婦仲や経済的な苦境など、苦い現実がネチネチと描かれるため、不快感が強いパートになっており、そこで読むのを止めてしまう読者もいそうです。
 ただ、後半になってからの展開が非常に魅力的なホラーになっているので、後半に入るまでは読み続けてほしい作品ですね。
 作者のマーティン・シェンク、邦訳はおそらくこれ一作きりで、日本での知名度もあまりないと思うのですが、これはモダンホラーの隠れた名作の一つといっていいかと思います。


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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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