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生き残れ!  ブレイク・クラウチほか『殺戮病院』

殺戮病院 (マグノリアブックス) (日本語) 文庫 – 2016/4/25


 ブレイク・クラウチ、ジャック・キルボーン、ジェフ・ストランド、F・ポール・ウィルスンら四人の作家の合作による長篇『殺戮病院』(荻窪やよい訳 マグノリアブックス)は、強烈なスプラッター描写とスピーディな展開が魅力のホラー小説です。

 ルーマニアで発見されたという「ドラキュラの頭蓋骨」。それは人間のようでありながら、人間とは異なる異様な形状の骨でした。末期ガンであるアメリカの大富豪モーティマー・ムアコックは、その頭蓋骨を研究させるために人類学者の女性シャーナを雇っていました。
 頭蓋骨の歯によって負傷したムアコックは、突然発作を起こして病院に運ばれます。異様な変身を遂げたムアコックは周囲の人間を襲い、その血を吸い始めます。吸われた人間はムアコックと同様の怪物となり、人々を襲い始めますが…

 何らかの菌の感染によって吸血鬼となった大富豪が病院内の人間たちを次々と感染させ、生き残った人々を襲っていく、というパニック・ホラー小説です。
 この吸血鬼の怪物度がものすごく、感染すると理性を無くし、無作為に周囲を襲い始めるのです。手足をもがれたり、内臓を失っても動くことができ、その変形した歯によって人間の頭を噛み切ることも可能だという凶悪さ。
 病院内に閉じ込められた人々が、吸血鬼にいかに抵抗して生き延びるか、というのが読みどころなのですが、ほとんどの人物はあっさりと殺されていってしまいます。子供や赤ん坊も容赦なく殺されていってしまうところが強烈ですね。

 病院内にいた人々の視点がカットバックで切り替わりながら物語が描かれていくのですが、面白いのは、吸血鬼になってしまった人間の視点も混ざっているところです。衝動に支配されてしまった人間はともかく、知能を残したまま怪物化したムアコックや医者のランツなどに至っては、知恵も回るだけに、いっそう凶悪な存在になっています。
 様々な人物の動向が描かれる群像劇的な作品ですが、メインとなるのは数人の人物です。具体的には、ムアコックに雇われていた学者のシャーナ、専属看護師のジェニー、ジェニーの元夫ランドール、シャーナの恋人クレイトン、入院していた身重の妻ステイシーとその夫である牧師のアダムなどが、物語の中心となっていきます。
 特に、独りよがりなクレイトンに冷めつつあるシャーナ、アル中になった夫と別れながらも未だ未練を残すジェニー、二組のカップルの関係性が、事件の中で少しずつ変わっていくという所も面白いですね。

 敵となる吸血鬼の中でも、親玉といえるムアコック、知能を残したまま吸血鬼化した医者のランツ、道化師のベニーなどは目立って描かれています。中でも、狂言回し的なキャラクターとして登場する道化師のベニーは、内臓で風船を作ったりと、悪趣味なブラック・ユーモアで強い印象を残すキャラクターとなっています。
 とにかく敵となる吸血鬼たちの力が強力で、生き残るであろうと思われた人物が次々と死んでしまうなど、その展開に目が離せません。病院内で展開される物語でもあり、閉鎖環境特有のサスペンスもありますね。

 四人の作家の合作となっていますが、よくあるリレー小説的なものではなく、それぞれの作家が特定のキャラクターを担当し、物語の流れに全員が関わっているという、面白い構成の作品となっています。
 序盤から最後まで、ずっと派手な展開が続き、それが途切れることがないというハイテンポの物語で、合作が良い方向に作用していますね。徹底的にB級の方向に振り切った、エンタメ・ホラーの快作といっていいと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

同人誌『夢と眠りの物語ブックガイド』刊行のお知らせ
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 新しく、同人誌を作成することにしました。タイトルは『夢と眠りの物語ブックガイド』。「夢」や「眠り」をテーマとしたフィクション作品を紹介したガイド本です。小説作品のほか、絵本、漫画、映画作品などについても触れています。

以下の、書肆盛林堂さんのページで通信販売をしていただいています。
http://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca4/673/p-r-s/


仕様は以下の通りです。

『夢と眠りの物語ブックガイド』
サイズ:A5
製本仕様:無線綴じ
本文ページ数:88ページ(表紙除く)
表紙印刷:CMYKフルカラー
本文印刷:モノクロ
表紙用紙:マットポスト220K
本文用紙:書籍用紙90K(クリーム)


内容は以下の通り。

まえがき

●中国の夢物語の古典から
干宝「二人同夢」
沈既済「枕の中の世界の話」
李公佐「南柯郡太守の物語」
白行簡「三つの夢の話」
蒲松齢「宰相の夢のあと」
紀昀「農婦の夢」

●同じ夢を見る
W・サマセット・モーム「マウントドレイゴ卿」
都筑道夫「殺し殺され」
ヘンリイ・スレッサー「夢を見る町」
ローラン・トポール「静かに! 夢を見ているから」
ウリ・オルレブ「クジラの歌」
半村良「夢あわせ」

●夢見る人と夢見られる人
ホルヘ・ルイヘ・ボルヘス「円環の廃墟」
ジョヴァンニ・パピーニ「〈病める紳士〉の最後の訪問」
アドルフォ・ビオイ=カサーレス「パウリーナの思い出に」
眉村卓「仕事ください」
眉村卓「ピーや」
ケヴィン・ブロックマイヤー『終わりの街の終わり』
ジュール・シュペルヴィエル「海の上の少女」
デヴィッド・アンブローズ「覚醒するアダム」
ジェフリー・フォード「光の巨匠」
三田村信行「ゆめであいましょう」
佐々木淳子「ミューンのいる部屋」

●夢見られる世界
エドモンド・ハミルトン「眠れる人の島」
ロード・ダンセイニ『ぺガーナの神々』
ロード・ダンセイニ「ヤン川を下る長閑な日々」
ロード・ダンセイニ「ブウォナ・クブラの最後の夢」
チャールズ・ボーモント「トロイメライ」
アルベルト・モラヴィア「夢に生きる島」
ダニエル・F・ガロイ「今宵、空は落ち…」
クリストファー・プリースト『ドリーム・マシン』
小林泰三「目を擦る女」
小林泰三「影の国」
押井守監督『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』
アーシュラ・K・ル・グィン『天のろくろ』
フィリップ・ハース監督『レイス・オブ・ヘブン 天のろくろ』

●夢の中の家
A・M・バレイジ「夢想の庭園」
アンドレ・モーロワ「夢の家」
イギリス民話「夢の家」
内田善美『星の時計のLiddell』
キャサリン・ストー『マリアンヌの夢』
バーナード・ローズ監督『ペーパーハウス/霊少女』
E・F・ベンソン「塔のなかの部屋」
三津田信三「夢の家」

●どちらが夢なのか?
アンブローズ・ビアス「アウル・クリーク橋の一事件」
ロバート・シェクリイ「夢の世界」
ロバート・シェクリイ「夢売ります」
リーノ・アルダーニ「おやすみ、ソフィア」
ヘンリー・カットナー「大ちがい」
R・A・ラファティ「夢」
ジェラルド・ペイジ「幸福な男」
オースン・スコット・カード「解放の時」
チャールズ・ボーモント「夢と偶然と」
ラムジー・キャンベル「夢で見た女」
ワレリイ・ブリューソフ「いま、わたしが目ざめたとき…」
フリオ・コルタサル「夜、あおむけにされて」
楳図かずお「楳図かずおの呪い 幽霊屋敷」
結城真一郎『プロジェクト・インソムニア』
エイドリアン・ライン監督『ジェイコブズ・ラダー』

●人生は夢
ペドロ・カルデロン・デ・ラ・バルカ「人の世は夢」
ナサニエル・ホーソーン「デーヴィッド・スワン」
エルクマン=シャトリアン「壜詰めの村長」
トマス・ピアース「実在のアラン・ガス」
半村良「夢たまご」
半村良『夢中人』

●死出の旅としての夢
ロバート・F・ヤング「河を下る旅」
アンブローズ・ビアス「ハルピン・フレーザーの死」
ライアン・スミス監督『スモーク』

●悪夢を見る人々
三田村信行「ゆめのなかの殺人者」
フィリップ・K・ディック「凍った旅」
シャーリイ・ジャクスン「夜のバス」
W・W・ジェイコブズ「人殺し」
ウィルキー・コリンズ「夢のなかの女」
ロバート・R・マキャモン「ミミズ小隊」
シーリア・フレムリン「特殊才能」
ロード・ダンセイニ「悪夢」
アラン・ワイクス「悪夢」
H・P・ラヴクラフト「魔女の家の夢」
ジョナサン・キャロル「卒業生」
半村良「夢の底から来た男」
都筑道夫「夢買い」
楳図かずお「錆びたハサミ」
高橋葉介『悪夢交渉人』
チャールズ・クライトンほか監督『夢の中の恐怖』

●未来の夢
H・G・ウェルズ「世界最終戦争の夢」
クリス・ヴァン・オールズバーグ『ゆめのおはなし』
クリス・ヴァン・オールズバーグ『まさ夢いちじく』

●予知夢について
リヒャルト・レアンダー「夢のブナの木」
リチャード・マシスン「おれの夢の女」
ステファニー・ケイ・ベンデル「死ぬ夢」
ジョン・コリア「夢判断」
アベル・ユゴー「死の刻限」
スティーヴン・キング「ハーヴィの夢」
ローレンス・ブロック「頭痛と悪夢」
ミッシェル・フェイバー『祈りの階段』
フィリパ・ピアス「クリスマス・プディング」
I・S・トゥルゲーネフ「夢」

●不思議な眠り
テオフィル・ゴーチェ「ミイラの足」
レイ・ブラッドベリ「熱にうかされて」
J・G・バラード「マンホール69」
ジョン・コリア「眠れる美女」
ヘルムート・M・バックハウス「眠れる美女」
L・P・ハートリー「合図」
マルセル・ベアリュ「諸世紀の伝説」
レオ・ペルッツ「アンチクリストの誕生」
諸星大二郎「夢みる機械」
J・M・ストラジンスキー「夢の扉」

●夢に潜り込む
ピーター・フィリップス「夢は神聖」
筒井康隆『パプリカ』
ウォシャウスキー兄弟監督『マトリックス』シリーズ
ターセム・シン監督『ザ・セル』
クリストファー・ノーラン監督『インセプション』

●異世界の夢
アラン・E・ナース「悪夢の兄弟」
ジョーン・エイキン「ぬすまれた夢」
ジョーン・エイキン「ねむれなければ木にのぼれ」
恒川光太郎「白昼夢の森の少女」
ジャック・ロンドン『星を駆ける者』
萩尾望都『バルバラ異界』
佐々木淳子『ダークグリーン』
佐々木淳子「赤い壁」

●冷凍睡眠をめぐる物語
C・D・シマック『なぜ天国から呼び戻すのか?』
アーナス・ボーデルセン『蒼い迷宮』
J・ティプトリー・ジュニア「グッドナイト、スイートハーツ」
トマス・ワイルド「乳母」

●夢さまざま
ロード・ダンセイニ「予言者の夢」
夏目漱石「夢十夜」
澁澤龍彦「夢ちがえ」
ロバート・アーウィン『アラビアン・ナイトメア』
フジモトマサル『夢みごこち』
岸浩史『夢を見た』
ロジャー・マンベル『呪いを売る男』
イヴァン・ヴィスコチル「飛ぶ夢」
高原英理「青色夢硝子」
高原英理「ブルトンの遺言」
澤村伊智「夢の行き先」
スタンリイ・エリン「壁のむこう側」
安部公房『笑う月』
福澤徹三「廃憶」
眉村卓「疲れ」
マーガレット・ミラー『見知らぬ者の墓』
ウォルター・デ・ラ・メア『死者の誘い』
ミルチャ・エリアーデ『令嬢クリスティナ』
エドワード・ルーカス・ホワイト『ルクンドオ』


置き去りにされた時間  ロイス・ダンカン『とざされた時間のかなた』

とざされた時間のかなた (海外ミステリーBOX) (日本語) 単行本 – 2010/1/1


 ロイス・ダンカンの長篇『とざされた時間のかなた』( 佐藤見果夢訳 評論社)は、父の再婚相手の女性の屋敷で、その家族と共に住むことになった娘の不可思議な体験を描いた、ゴシック・サスペンス作品です。

 父親から、再婚相手の住む屋敷で家族と共に過ごさないかと言われた17歳の娘ノア。母親が死んでから一年も経たずに再婚した父親にもやもやした気持ちを抱きながらも、その提案を受け入れます。
 ルイジアナにある『風と共に去りぬ』を思わせる屋敷シャドー・グローヴに到着したノアは、その屋敷の広大さと再婚相手リゼットの美しさに驚かされます。リゼットの連れ子である、息子のゲイブ、娘のジョジーもその容姿は美しく、特に同世代のゲイブにノアは惹かれます。
 歓迎を受け、子供たちからは友好的な態度を受けていたものの、リゼットが自分に対してどこか冷ややかな視線を向けるのにノアは気付きます。
 ゲイブやジョジーと楽しい日々を過ごしているうちに、二人の話には時々、どこかおかしい点があるのにノアは気がつきます。彼らの話す過去の体験や出来事のつじつまが合わないのです。ジョジーの希望を容れて、ゲイブを含む三人でディスコに行った夜を境に、ノアと彼らの間には亀裂が生じることになりますが…。

 アメリカ南部の大邸宅で、何か秘密を抱えているらしい父の再婚相手とその家族と暮らすことになった少女の冒険を描く作品です。
 序盤から、ノアの夢の中に死んだ母親が登場し、娘に警告を与えるなど、超自然味が濃厚です。事実、再婚相手のリゼットとその子供たちの秘密にも超自然的な色彩が強いです。その秘密は読んでいくと何となく分かるようにはなっており、その意味では、あまり意外性はありません。ただその秘密が分かってから判明する、家族たちの悲哀とその残酷さが描かれる部分が読み所でしょうか。
 その秘密に絡んでノアの命が狙われることになり、自分の命を守ることと、何も知らない父親にその事実をどう伝えるか? といったところが主人公の目的となっていきます。 用意周到な継母の策略により、父親が娘の言うことを信じなくなってしまう、という流れもサスペンスを高めていますね。

 ミステリの叢書として刊行されている作品ですが、はっきりとした超自然現象が描かれる、完全な幻想小説といっていい作品です。舞台となる広壮な館や一族の歴史など、ゴシック風味も濃厚で、ミステリとホラーのハイブリッドとしても魅力的な作品になっています。
 作者のロイス・ダンカン、日本での知名度はあまりないと思うのですが、本国ではかなりの人気作家だとか。映画化されヒットした『ラストサマー』の原作者でもありますね。


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評論・ブックガイドを読む
 最近読んだ評論・ブックガイド的な本をまとめて紹介しておきたいと思います。


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風間賢二『きみがアリスで、ぼくがピーター・パンだったころ おとなが読むファンタジー・ガイド』(ナナコーポレートコミュニケーション)

 欧米のファンタジーの流れを時代順に分かりやすく解説した、啓蒙書的なガイドブックです。
 グリム童話、アンデルセン、アラビアン・ナイトあたりから説き起こし、ドイツ・ロマン派のメルヒェン、ジョージ・マクドナルド、チャールズ・キングズレー、ルイス・キャロル、ラファエル前派、ジェイムズ・バリー、ボーム、ネズビット、C・S・ルイス、トールキン、ル・グィン、エンデ、そして『ハリー・ポッター』に代表される現代のファンタジーまで、要所要所のポイントを押さえた、非常に分かりやすいファンタジーの概説書となっています。
 代表的なタイトルが挙げられるものの、古典的名作でも、つまらないものはつまらないと言い切っているところが清清しいですね。
 個人的に面白く読んだのは、主にイーディス・ネズビットの業績について語った<エブリデイ・マジック>の章。<エブリデイ・マジック>とは、別世界に旅立ちそこで魔法と出会う物語の逆で、現実世界に魔法(やその代行者・アイテム)が侵入してくるというタイプのファンタジー。
 ネズビットの強い影響で、別世界ファンタジーがしばらく影を潜めてしまったそうです。ネズビットの代表的なフォロワーであるエドワード・イーガーを始め、彼女の影響が及んだ後続の作家は数多いと言うことで、C・S・ルイスの『ナルニア国ものがたり』にもネズビットの影響があるとか。
 2002年刊行ということで、現代ファンタジーに関してもその年代までの作品が取り上げられていますが、結構辛口で、J・K・ローリング『ハリー・ポッター』、クリフ・マクニッシュ『レイチェルと滅びの呪文』、ポール・スチュワート『崖の国物語』などは評価が低いです。
 逆に評価されているのは、フィリップ・プルマン『ライラの冒険』、『ダレン・シャン』、レモニー・スニケット『世にも不幸なできごと』など。
 ファンタジーの原型ともいうべき民話や『アラビアンナイト』の改変問題、「フォルクスメルヘン」と「クンストメルヘン」の違い、ラファエル前派の絵画の影響、アンデルセンやルイス・キャロルの人物像など、いろいろと面白くためになるトピックが盛り沢山で、短めながら充実したガイドとなっています。
 小谷真理『ファンタジーの冒険』(ちくま新書)、石堂藍『ファンタジー・ブックガイド』(国書刊行会)、リン・カーター『ファンタジーの歴史』(東京創元社)などと並び、日本におけるファンタジー概説書の基本図書となり得る本だと思います。



たのしく読める英米幻想文学 (シリーズ文学ガイド (4)) (日本語) 単行本 – 1997/5/1


大神田丈二、笹田直人編『たのしく読める英米幻想文学』(ミネルヴァ書房)

 英米の幻想文学作品を120作紹介したブックガイドです。
 18世紀頃から現代までの英米の幻想文学の名作を紹介しています。あらすじ、読み方、作家の履歴、読書案内、さわりの部分の原文引用などが、それぞれ分かりやすくまとめられています。アン・ラドクリフやジェイムズ・ホッグといったゴシック小説から、ピンチョンやバーセルミといった現代の文学的な幻想小説まで、幅広く取り上げられていますね。
 執筆陣は大学の研究者たちから成るようで、いわゆる文学中心のセレクションになっています。ただブラックウッドやラヴクラフトといった怪奇プロパーの作家や、ブラッドベリ、バラード、ル・グィンといったエンタメ系の作家もちょくちょく取り上げられており、全体的にバランスの良い入門書となっているのではないでしょうか。
 個人的には、純文学系の作家の知られざる幻想作品を知ることができる、という意味で面白く読みました。基本的には邦訳のある作品が紹介されていますが、中には未訳作品の紹介もあって、参考になりますね。
 1997年初版(で改版はされていないようです)なのですが、まだ在庫があるようで、新刊で買えます。幻想文学に興味のある人には参考になるガイドではないかなと思います。



境界への欲望あるいは変身-ヴィクトリア朝ファンタジー小説- (日本語) 単行本 – 2009/1/1


桐山恵子『境界への欲望あるいは変身 ヴィクトリア朝ファンタジー小説』(世界思想社)

19世紀イギリスのファンタジーや、そうした要素を含んだ文学作品について語った評論集です。
 全9章、それぞれ興味深いテーマなのですが、一番興味深く読んだのは「第1章 プリンセスでなくなるお姫さま」。メアリー・ド・モーガン、イーヴリン・シャープなど、ヴィクトリア朝に書かれた5つのフェアリー・テールを取り上げ、それらが型どおりのハッピー・エンドではなく、ヒロインが独自の立ち位置を手に入れる…というのを語った論考です。
 「第8章 『不思議な訪問』の文明化された空の妖精」も面白いです。ヴィクトリア朝に書かれた、ゴブリンが登場する童話をいくつか取り上げ、それらを比較考察するというもの。
 クリスティーナ・ロセッティ、マリー・コレリ、ディケンズ・ジョージ・マクドナルドらの作品について触れています。マリー・コレリに関しては、未訳の『サタンの悲しみ』についても一章が割かれていますね(「第3章 欲望の生産および達成メカニズム」)。



シンポ教授の生活とミステリー (光文社文庫) (日本語) 文庫 – 2020/7/8


新保博久『シンポ教授の生活とミステリー』(光文社文庫)

 ミステリに関わる様々な話題について触れたエッセイ集です。ミステリに関する該博な知識と、ユーモアたっぷりの語り口が楽しい本になっています。数十年間の文章を精選したそうで、それだけに密度が濃いですね。
 個人的に面白く読んだのは、サスペンス小説のジャンルについて語った「ウールリッチとハイスミスの間には深くて暗い河がある」、<奇妙な味>について語った「“奇妙な味”とはアンチ人情話である」でしょうか。特に「ウールリッチと…」は、サスペンス小説好きは必読の文章だと思います。
 あと、カルチャースクールの講座について面白おかしく語った「カルチャーな日々」も楽しいですね。



フリースタイル45 短篇ミステリとは何か(小森収×杉江松恋) (日本語) 単行本 – 2020/8/8


「フリースタイル vol.45」(フリースタイル)

収録されている対談「短篇ミステリとは何か」(小森収×杉江松恋)が大変面白いです。30ページ近くある長丁場の対談なのですが、短篇ミステリについてのいろんな論点が出されています。
 いろいろ興味深い話題が挙げられてるのですが、短篇ミステリのハイタイムが1980年までではないか、という小森さんの意見はなるほどと思いました。僕も短篇ミステリは好きで、邦訳されたアンソロジーや雑誌は結構読んでるのですが、1980年代あたりの作品から、全体に短篇の傾向が変わってきているような気がしていたのですよね。
 現にエドガー賞の受賞作を年代順に集めたアンソロジー『エドガー賞全集』『 新エドガー賞全集』『エドガー賞全集 1990~2007』を読むと、やはり『エドガー賞全集』が圧倒的に面白いのです(好みによる要素もあるかもしれないですが)。
 どんなジャンルでも自分がそれを読み出した年代のものが一番面白く感じる、といわれることがあります。僕が短篇ミステリを読み出したのは1990年代ですが、その時点で1980~1990年代の作品はあまり面白く感じず、1950~1970年代ぐらいの作品を面白く読んでいたような気がします。
 あと、対談で面白いと思ったのは、ミステリとSFのジャンル的な比較でしょうか。ミステリが「EQMM」のおかげでスリックマガジンとのつながりができたのに対して、SFには「EQMM」のような存在がなく、またファンダムの力が強かったために、内省を迫られ、その結果ニューウェーブが生まれたというのです。
 他にもいろんな意見や論点が出てきて面白い対談です。



ベストミステリー大全 (日本語) 単行本 – 2002/5/1


北上次郎『ベストミステリー大全』(晶文社)

 1988年から2001年にかけて「小説現代」に掲載された海外ミステリの書評をまとめたガイド本です。400冊以上の本が取り上げられています。
 ミステリだけでなく、SFやホラー・冒険・ロマンスなど様々なジャンルの本が取り上げられており、読み応えがあります。後世には残らないようなB級作品や「変な作品」も紹介されているところが面白いですね。
 紹介されている中では、地下鉄で暮らすことになった少年を描いた『地下鉄少年スレイク』(フェリス・ホルマン 原生林)、老人の顔を持つ少年を描いた医学スリラー、『遺伝子操作』(アラン・エンゲル ハヤカワ文庫NV)の二冊が特に気になりました。



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横田順彌『ヨコジュンの読書ノート 附:映画鑑賞ノート』(盛林堂ミステリアス文庫)

 先年亡くなった横田順彌の学生時代の読書感想ノートを、ノートのような体裁のレイアウトで再現した本です。つまらないものはつまらない、とはっきり書かれているところも良いですね。
 1960年代半ばから後半にかけて書かれていて、当時邦訳されたり創作されたSF作品に、リアルタイムで触れた読者の素直な感覚が伝わってくる貴重な本になっています。
 アシモフ、ハインライン、ブラッドベリ、ブラウンなど、名作SFのタイトルがぞろぞろ出てきて楽しいのですが、どうやら横田さんは怪奇幻想的な作品が苦手だったらしく、その種の作品の評価は低いようです。例えば何回か作品が登場して評価も高いH・G・ウェルズも、「モロー博士の島」など、幻想小説的な作品はあまり面白くないと言っていますね。
 異色作家系もあまり合わなかったらしく、ブラッドベリは例外のようですが、レイ・ラッセル、シオドア・スタージョン、リチャード・マティスン(マシスン)などはあまり評価が高くないです。特にスタージョンに関しては「よくわからない」という感想。
 意外だったのは、モルデカイ・ロシュワルト『レベル・セブン』やピーター・ブライアント『破滅への二時間』など、当時の政治状況を反映した「破滅SF」的な作品の評価が高いこと。
 作家になる前の学生時代、発表する予定もなかったノートだけに、当時の一人の読者としての素直な感想が綴られており、その意味でも興味深いですね。若い頃の感想なので、後年評価が変わったものもあるのかもしれないですが、これはこれで「時代の証言」として面白いものです。



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『カモガワGブックスVol.1 非英語圏文学特集』
『カモガワGブックスVol.2 英米文学特集』


 評論やブックガイドを中心とした文学同人誌です。
 ブックガイドが非常に充実しています。≪フィクションのエル・ドラード≫や≪東欧の想像力≫全レビュー、柴田元幸編アンソロジー全レビュー、プリースト全レビューなどのブックガイドは本当に重宝します。
 あと面白く読んだのは、ボルヘス最後の短編について語ったエッセイ「失われた短編を求めて -ボルヘス唯一の未訳短編「シェイクスピアの記憶」について」(鯨井久志)。
 おまけとして付けてくれていた頒布ペーパーに、この短編の翻訳が載っており、こちらも読んでみました。
 ある男から「シェイクスピアの記憶」を譲り受けた男の物語で、ボルヘスらしさの横溢する作品でした。記憶に関して、意図的に思い出そうとするのではなく、たまたま見つからなくてはならない…というのもボルヘスらしい発想ですね。

 こちらで購入できます。 
 https://hanfpen.booth.pm/


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10月の気になる新刊と9月の新刊補遺
9月25日刊 ウィリアム・リンゼイ・グレシャム『ナイトメア・アリー 悪夢小路』(矢口誠訳 扶桑社ミステリー 予価1155円)
10月3日刊 朱鷺田祐介『クトゥルフ神話ガイドブック 改訂版』(新紀元社 予価2750円)
10月7日刊 スティーヴン・キング『マイル81 わるい夢たちのバザールⅠ』(文春文庫 予価1078円)
10月7日刊 スティーヴン・キング『夏の雷鳴 わるい夢たちのバザールⅡ』(文春文庫 予価1078円)
10月10日刊 東雅夫編『ゴシック文学神髄』(ちくま文庫 予価1430円)
10月10日刊 ジョン・ディクスン・カー『死者はよみがえる 新訳版』(三角和代訳 創元推理文庫 予価1012円)
10月12日刊 ヤロスラフ・ハシェク『ハシェク短編小説集 不埒な人たち』(飯島周編訳 平凡社ライブラリー 予価1650円)
10月15日刊 柴田元幸編集『MONKEY vol.22 特集「怪談」』(仮)』(スイッチパブリッシング 1320円)
10月15日刊 山内淳監修『西洋文学にみる異類婚姻譚』(小鳥遊書房 予価2860円)
10月16日刊 J・D・バーカー『猿の罰』(富永和子訳 ハーパーBOOKS 予価1310円)
10月22日刊 野呂邦暢『野呂邦暢ミステリ集成』(中公文庫 予価1100円)
10月23日刊 イアン・ワトスン『オルガスマシン』(大島豊訳 竹書房文庫 予価1320円)
10月26日刊 アフマド・サアダーウィー『バグダードのフランケンシュタイン』(柳谷あゆみ訳 集英社 予価2640円)
10月26日刊 未谷おと編『片山廣子幻想翻訳集 ケルティック・ファンタジー』(幻戯書房 予価5280円)
10月29日刊 スティーヴン・キング、オーウェン・キング『眠れる美女たち 上・下』(白石朗訳 文藝春秋 予価各2750円)
10月30日刊 都筑道夫『推理作家の出来るまで 上・下』(フリースタイル 予価2200円、2310円)
10月30日刊 マイケル・ドズワース・クック『図書室の怪 四編の奇怪な物語』(山田順子訳 創元推理文庫 予価1012円)


 東雅夫編『ゴシック文学神髄』は、ゴシック小説の名作を名訳で味わう、というコンセプトのゴシック小説アンソロジー。
 こちらに、レ・ファニュ「死妖姫(カーミラ)」が収録されているのですが、奇しくも同月刊行の雑誌『MONKEY』の怪談特集でも、レ・ファニュ 「カーミラ」(柴田元幸訳)が取り上げられるようです。

 アフマド・サアダーウィー『バグダードのフランケンシュタイン』は、イラクの作家によるディストピアSF作品だそうです。内容紹介を引用しておきますね。
 「連日自爆テロの続く2005年のバグダード。古物商ハーディーは町で拾ってきた遺体のパーツを縫い繋ぎ、一人分の遺体を作り上げた。しかし翌朝遺体は忽然と消え、代わりに奇怪な殺人事件が次々と起こるようになる。そして恐怖に慄くハーディーのもとへ、ある夜「彼」が現れた。自らの創造主を殺しに――
不安と諦念、裏切りと奸計、喜びと哀しみ、すべてが混沌と化した街で、いったい何を正義と呼べるだろう?
国家と社会を痛烈に皮肉る、衝撃のエンタテインメント群像劇。」

 未谷おと編『片山廣子幻想翻訳集 ケルティック・ファンタジー』は、大正期に活躍した翻訳家、片山廣子(松村みね子)の幻想的な翻訳作品を集めた作品集。フィオナ・マクラウドの名作『かなしき女王』が完全収録とのこと。内容は以下の通り。

ケルト綺譚「かなしき女王」 マクラオド作
 海豹
 女王スカーアの笑い
 最後の晩餐
 髪あかきダフウト
 魚と蠅の祝日
 漁師
 精
 約束
 琴
 浅瀬に洗う女
 剣のうた
 かなしき女王
参考資料●初出誌版(かなしき女王/女王スカーアの笑ひ/一年の夢/海豹/琴 
夏目漱石「幻影の盾」 現代語訳
印度風綺譚 ベイン作
 闇の精
 スリヤカンタ王の恋
 青いろの疾風
アイルランド民話
 河童のクウさん
 主人と家来 
 鴉、鷲、鱒とお婆さん
 ジェミイの冒険 
「燈火節」より
 北極星
 大へび小へび
 蝙蝠の歴史
 燈火節
 古い伝説
 四つの市
 ミケル祭の聖者
 イエスとペテロ
 アラン島
 王の玄関
 鷹の井戸
 過去となったアイルランド文学
編者解説

 マイケル・ドズワース・クック『図書室の怪 四編の奇怪な物語』は、英国作家によるクラシックな香り高い怪奇幻想譚ということで、楽しみなタイトルです。


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人間の罪と罰  ヒュー・ウォルポール『暗い広場の上で』

暗い広場の上で (ハヤカワ・ポケット・ミステリ) (日本語) 新書 – 2004/8/10


 ヒュー・ウォルポールの長篇『暗い広場の上で』(澄木 柚訳 ハヤカワ・ミステリ)は、悪や良心、罪の意識など、人間の暗い部分をテーマにした、重厚な心理サスペンス作品です。

 第一次大戦後のロンドン、経済的に困窮したディック・ガンは、そのプライドから、少ない所持金を食事ではなく散髪に費やすことにします。床屋で乱闘騒ぎに巻き込まれたディックはその最中、十数年前に友人たちを追い込んだ仇敵ペンジュリーの姿を目撃します。
 ペンジュリーの後を追ったディックは、その先でかっての友人たちと再会します。紳士ながら癇癪もちのジョン・オズマンド、その友人のブラーとヘンチ、そしてかってディックが思いを寄せていたオズマンドの妻ヘレンもそこにはいました。
 オズマンド、ブラー、ヘンチは、かってペンジュリーの密告により服役を余儀なくされたという過去がありました。ヘンチに至っては間接的に妻の死にもつながったというのです。ペンジュリーから会見を申し込まれたと話す彼らに、ディックも同席することになりますが、会見は不穏な雰囲気で始まります…。

 卑劣な脅迫者ペンジュリーに相対した男たちが、その怨恨から彼を殺してしまうことになり、その罪をめぐって苦しむことになる…という心理サスペンス作品です。
 語り手はディックなのですが、作品の実質的な主人公はオズマンドとなっています。
このオズマンド、普段は温厚で、男気のある紳士なのですが、癇癪癖があり、激昂するとその場を台無しにするような言動を自分でも抑えられない、という設定です。正義感も強いだけに、ペンジュリーの不遜な態度を前にして、怒りを抑えられなくなってしまい、彼を殺害してしまうことになります。
 仲間内でも、自首するべきという意見とこのまま闇に葬るべきだという意見が対立し、結局は犯罪の痕跡を隠そうとするのですが、その過程で再び問題が持ち上がってしまいます。また、オズマンドに対して恐れを感じていた妻ヘレンも、夫がついに殺人に手を染めてしまったことで、その夫婦間の亀裂が決定的になってしまいます。そこへ、かって思いを寄せたこともあるディックが現れたことで、犯罪の後始末と同時に、奇妙な三角関係をも生まれてしまうことになります。
 恐れを感じながらも夫を守る義務に駆られるヘレン、ヘレンを愛しながらも、友人であるオズマンドを裏切ることはできないと自制するディック。それぞれの登場人物が心の闇を抱えていくことになるのです。

 そもそもペンジュリーに密告されることになった事件自体も、オズマンドら三人のいたずらじみた動機が元になっており、その意味では彼らにも責任があるのです。彼らもそれは分かっているだけに、卑劣な脅迫者とはいえ、ペンジュリー殺害に対して罪の意識を持つことになってゆく、という流れには非常に説得力がありますね。

 殺人を含め、作中で起こる事件はそれほど派手なものではなく、そのストーリー自体にも特に捻りがあるわけではありません。ただ登場人物たちの心理描写は厚みがあって、その緊迫感は強烈です。特に殺人が起こってからの緊張感は半端ではなく、異様な読み心地のサスペンス作品として一読の価値があるのではないかと思います。
 超自然現象は起こらないのですが、個人的な読後感としては、ほとんど幻想小説に分類してもおかしくない作品だと思います。クライマックスに至っては、ほとんど「幻視」といっていいほどのシーンが描かれています。


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神話と宿命  アラン・ガーナー『ふくろう模様の皿』

ふくろう模様の皿 (児童図書館・文学の部屋) (日本語) 単行本 – 1972/1/20


 アラン・ガーナーの長篇『ふくろう模様の皿』(神宮輝夫訳 評論社)は、夫と妻、その愛人にかけられた呪いの伝説が現代に再現されるという、神話的なファンタジー作品です。

 母親マーガレットが再婚したことから、義理の父親クライブとその息子ロジャと家族になった少女アリスン。家族と共にウェールズの別荘にやってきたアリスンとロジャは、現地の家政婦として雇われたナンシイの息子グウィンと友人になります。
 子どもたちは屋根裏部屋からたくさんの皿を見つけます。皿に描かれた花柄の模様を引き写していたアリスンは、それがの隠し絵になっているのを発見します。フクロウの模様を切り抜いてみるものの、それらはいつの間にか姿を消してしまいます。
 また川辺で遊んでいたロジャは、穴が空いた状態の妙な岩を見つけていました。
 やがてグウィンはアリスンに恋するようになっていきますが、それに嫉妬したロジャは、グウィンを敵視し始めます。
 グウィンの母親ナンシイは、息子がアリスンに関わることを止めようとします。彼女を含め村の人々は何かを知っているようなのですが、グウィンにはそれを話そうとしません。唯一グウィンに話をしてくれるのは、精神をおかしくしながらも村人たちには敬われているらしい老人ヒューでした…。

 アリスンとその義兄ロジャ、アリスンに恋するグウィンの三人が三角関係となる物語なのですが、そこに神話の時代から続く呪いが彼らのもとに降りかかる…というファンタジー作品になっています。

 テーマとなる伝説は『マビノーギオン』から取られたという次のようなもの。
 母親の呪いによって人間の妻を娶ることができなくなった男フリュウが、ギディオンにより花から作られた女プロダイウィズを娶って夫婦となります。しかしプロダイウィズは愛人グロヌーを作り、フリュウを殺そうとします。
 ギディオンの力により一命を取り留めたフリュウはグロヌーを殺し、プロダイウィズは罰としてふくろうに変えられてしまいます…。

 伝説が呪いとなり息づく土地で、現代の少年少女にも同じ運命が降りかかっていくことになります。グウィンはやがてその伝説を知り、自分は別の運命をつかみ取ろうとするのですが、結局は伝説をなぞるようになってしまうことになるのです。
 伝説の呪い以前に、アリスンとグウィンの階級と民族的な違いが二人を引き裂く形になっています。アリスンは資産家の娘でイングランド人、グウィンは下層階級の息子でありウェールズ人。またグウィンがアリスンを思うほどには、アリスンはグウィンのことを思っておらず、その温度差も悲劇を呼び込む原因となってしまいます。

 運命によって悲劇を決定づけられた恋を描く作品ですが、そもそもその恋自体が本当に自分たちの意思で発生したものなのかどうか、というテーマも見え隠れしますね。
 ロジャやその父親クライブのセリフに顕著ですが、イングランド人である彼らの、ウェールズ人に対する軽蔑の念も描かれています。一方、現地のウェールズの人々は伝説を信じ込む迷信深い人々として描かれているのも特徴的ですね。
 今まで何度もそれが繰り返されてきたことから、現代においても伝説が再現されると信じて止まない村人たちの様子が描かれるのですが、彼らはただ傍観するだけ…というあたり、非常に怖いです。
 傍観する周囲の人物たちに比べ、自分の息子がそれに関わらないように厳しい態度を取る母親ナンシイのキャラクターもインパクトがあります。

 最初は仲良くしていた三人が、それぞれの親からの影響もあり、自分たちの立場を認識していくことになります。親と同様、将来の安泰な立場が用意されているアリスンとロジャ。自分の力で将来を切り開いていかなければならないグウィン。
 グウィンのことを思いながらも、自分の立場を捨てることまではしないアリスン。その不和が、自分たちの意思とは必ずしも関係なく、伝説の三人と同じ立場に彼らを追い込んでいくことになります。三人の中で一番独立心を持ち、周りの意見に左右されない人物として描かれるグウィンが、またそれゆえに伝説と同じような立場に自分を追い込んでしまう…という流れは皮肉です。

 描かれた物語の象徴性が高く、いろいろな意味や伏線を織り込んだ作品になっています。その意味で物語を解読するのはかなり難しく、再読、三読したときにいろいろ気づきをもたらす作品ではないでしょうか。
 物語に埋め込まれた花やふくろうのモチーフも美しく、特に結末シーンのイメージはひときわ輝いています。

 ちなみに、本作は『マビーノギオン』のエピソード「マソウヌイのむすこ、マース」を元にしたストーリーではありますが、作中でその伝説の概要が語られるので、原話を知らなくても読むのに支障はありません。


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怪談さまざま  南條竹則『ゴーストリイ・フォークロア 17世紀~20世紀初頭の英国怪異譚』

ゴーストリイ・フォークロア 17世紀~20世紀初頭の英国怪異譚 (日本語) 単行本 – 2020/1/7


 南條竹則『ゴーストリイ・フォークロア 17世紀~20世紀初頭の英国怪異譚』(KADOKAWA)は、英国の怪談や伝承、民話などについて語った随筆集です。

 主に英国の民間伝承的な題材を扱っていますが、関連して、そうした分野について書いた作家やその創作についても触れています。また東西における類似テーマや、著者自身の体験やエピソードなど、話題は幅広く、読んでいて非常に楽しいエッセイ集となっています。
 章によっては、ジェームズ・ブランチ・キャベルやフィオナ・マクラウドの短篇の翻訳がまるまる収録されている部分もあり、読み進めていくうちにそんな短篇に出会うと、ちょっと得した気分になりますね。

 肩の凝らない読み物ではあるのですが、ミルトンやコールリッジなど、英国の大詩人たちの作品について紹介した部分もあり、教養書としても役に立つ本です。詩人が紹介されていることからも分かるように、詩や韻文、古歌謡などが重要なテーマとして扱われています。
 怪談といえば散文という意識が強かったので、これだけ韻文による怪談の伝統がある、というのは目から鱗でした。

 面白く読んだのは、東西の類似テーマについて語った「アイルランドの「杜子春」物語」、バラッドを中心に魔性の恋人テーマを紹介する「魔性の恋人」、バーラム『インゴルズビー伝説』をメインに紹介した「栄光の手」、ファム・ファタルについて語る「おとこごろし」、ジョージ・ボロー『ラヴェングロー』を中心に、木に触るという迷信と強迫観念について語った「木にさわる男」、オーストラリアの有名な幽霊事件について語る「見えない幽霊」などの章でしょうか。

 博覧強記、ユーモアたっぷりの語り口で洒脱な本です。この分野では等閑視されがちな、詩や韻文を大きく取り上げているのもユニークですね。とにかく読んでいて楽しい本になっています。

 特筆したいのは、本の装丁と造本です。金の箔押しがされた表紙も美しいのですが、紫インキによる本文印刷も美しいです。色付きインキは読みにくいのでは?と思いがちですが、可読性は墨のインキとそう変わらないです。
 造本と内容、ともに瀟洒な本といっていいのではないでしょうか。


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小鳥の世界  マルセル・エーメ『他人の首・月の小鳥たち』

他人の首・月の小鳥たち (1958年) - – 古書, 1958/1/1


 マルセル・エーメの『他人の首・月の小鳥たち』(宗左近訳 東京創元社)は、「他人の首」「月の小鳥たち」の二篇を収録した戯曲集です。

「月の小鳥たち」
 大学入学資格試験予備校が舞台、校長のシャベールは、娘のエリザから、彼女の夫であり学校の教師として働くヴァランタンについて相談をしたいと打ち明けられます。
 現れたヴァランタンは、ジュール・ヴェルヌとセギュール伯爵夫人の本を読んだ結果、他人を小鳥に変えてしまう能力を得たというのです。話を信じないシャベールでしたが、直後に彼の妻が小鳥になってしまったことを知り、ヴァランタンの力を信じざるを得なくなります。小鳥になった方が幸せだという持論を持つヴァランタンは、学校の生徒やその親たちを次々と小鳥にしていきますが…。

 唐突に人を小鳥に変えてしまう能力を手に入れた男が巻き起こすトラブルをコミカルに描いた不条理劇です。
 小鳥に変えるはいいものの、元に戻す力はなく、そのために鳥になった直後に猫に襲われて死んでしまう者も現れます。
 行方不明になった人を調べに訪れた警察関係者も、片っ端から小鳥にしてしまうのです。
 序盤で小鳥にされてしまうシャベール夫人が、亡くなった富豪の親戚の遺産相続者になっていたことがわかり、その相続をめぐって娘たちが争ったり、ヴァランタンが学校の秘書シルヴィに恋してしまったりと、様々な要素が絡み合って、非常に複雑なお話になっています。
 脱走した元シャベール夫人の小鳥が、これまた小鳥に変えられた教師と並んでいるところを、片方が猫に食べられてしまい、生き残ったのは一体どちらなのか? という謎も面白いですね。
 奇想天外な設定と展開ながら、登場人物の心理はリアルです。特に事件の張本人ヴァランタンとその妻エリザ、ヴァランタンが恋する少女シルヴィとその恋人マルチノンの関係も複雑で、恋愛物語としても面白く読めます。
 一連の事件の解決方法が突然訪れる、いわゆる「デウス・エクス・マキナ」的な結末なのですが、それもファンタジーに満ちたこの作品には合っているのかもしれません。

「他人の首」
 マイヤール検事は、証拠のあまりない難しい殺人事件の容疑者に死刑に追い込んだことで高揚していました。妻と友人が出かけた直後に、友人のベルトリエ検事の妻で愛人であるロベルトと逢引をしていたマイヤールは、突然闖入者の訪問を受けます。
 それはマイヤールが死刑宣告したばかりの男ヴァロランでした。輸送車が事故に会い運よく逃げ出したというのです。彼は自分が無実だと訴えます。何故なら殺人があった晩にはある女性と一緒であり、その女性とは今この場にいるロベルトだと言うのです。
 ロベルト自身もそれを認めた結果、マイヤールは困った立場に立たされます。無実である以上、ヴァロランの冤罪を証明しなければならないが、それをするためにはマイヤールやベルトリエのスキャンダルにもつながりかねないのです…。

 殺人容疑で死刑囚となった男の冤罪をめぐって展開される、恐ろしく複雑怪奇な心理サスペンス劇です。
 マイヤールは友人ベルトリエの妻ロベルトと浮気をしているのですが、このロベルトが稀代の悪女で、無実なのを知りながら、ヴァロランが死刑宣告されるのを見ていたというとんでもない人物。
 かといってヴァロランが善人なのかといえばそうではなく、こちらはこちらで悪質な女たらしなのです。滞在することになったマイヤール家で、マイヤールの妻ジュリエットを誘惑して愛人にしてしまうという始末。
 ヴァロランに再度興味を持ち出したロベルトとジュリエットが対立し、またジュリエットはマイヤールに対してヴァロランをかばう、その間にもマイヤールとベルトリエは事件をいかに穏当に済ませようかと考えている、という具合。
 登場人物たちの愛憎が次々に入れ替わっては、敵味方もどんどん入れ替わるというサスペンスは強烈です。
 実際の殺人事件の真犯人は誰なのか? という部分も意外にちゃんとしていて、結末までに解決されることになります。
 主要な登場人物たちがそろってモラルのない利己的な人物たちなので、その点あまり愉快な話ではないのですが、お話の面白さは格別で、次にどうなってしまうのか、ハラハラドキドキ感がありますね。
 上質なユーモア・サスペンス劇で、上演当時人気があったというのも頷けます。


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わたしだけのもの  ロバート・R・マキャモン『マイン』

マイン〈上〉 (日本語) 単行本 – 1992/3/1

マイン〈下〉 (日本語) 単行本 – 1992/3/1


 ロバート・R・マキャモンの長篇『マイン』(二宮磬訳 文藝春秋)は、1960年代過激派の生き残りの女が、崇拝する過激派リーダーの男に捧げるために生まれたばかりの赤ん坊を病院から盗み出し、それを生みの母親が追跡するという、強烈な情念に満ちた物語です。

 1960年代に活動し暴力行為や多数の殺人までも引き起こしたテロリスト集団ストーム・フロント。警察の襲撃を受けてメンバーはバラバラになりますが、そこに所属していたメアリー・テラーは、17年経った今もストーム・フロントのリーダーだったロード・ジャックを崇拝していました。
 雑誌広告でかつての仲間からと思しい文章を読んだメアリーは、それがロード・ジャックからのメッセージだと思い込みます。長年の荒んだ生活により狂気に陥っていたメアリーは、かって失ったジャックと自分との子供を再度ジャックに捧げようと考え、病院に侵入して、新生児を盗み出します。
 一方、生まれたばかりの息子デイヴィッドを誘拐されたローラ・クレイボーンは、息子を取り戻すため誘拐した女の後を追おうと必死に情報を集め始めます。1960年代に関する本の著者マーク・トレッグスが何か情報を知っているのではないかと考えたローラは、トレッグスに接触しますが…。

 狂気に冒され新生児を盗み出した女と、それを追う生みの母親の闘争を描いたサイコ・サスペンス作品です。
 子供を盗み出すメアリーのキャラクターが強烈です。大女で怪力を持ち、人を殺すことに躊躇いがない残酷な人間として描かれています。顔を見られただけで、大人はおろか初対面の見知らぬ子供を射殺したりと、その行動は危険そのもの。
 一方メアリーを追うローラは、自身もまた1960年代的な思想に共感を抱きつつも、暴力自体は嫌う温厚な人物として登場しますが、子供を取り戻すために、だんだんと狂気じみていくことになるのです。

 メアリーは普段は冷静なものの、突然狂気の発作に囚われると何をしでかすか分からないという危険極まりない設定です。しかも自分が追い詰められたときには、子供と一緒に自殺するという覚悟を固めているために、下手に刺激ができません。
 子供を傷つけずに、いかにローラがメアリーを追い詰めていくのかというところが読みどころですね。

 メインとなるメアリーとローラの他に、重要な人物として登場するのが、かってのメアリーの仲間である、ディーディーことベデリア・モース。
 かっては過激行為をしていたものの、後悔に囚われ、現在は姿を隠しつつ平穏に暮らしていたものの、メアリーが赤ん坊を誘拐したことを知り、嫌々ながらローラに協力することになります。厄介ごとに巻き込まれるのを嫌がりながらも、その追跡行で、ローラとの間に奇妙な友情が生まれていく、というのも面白いところです。
 ローラ(とディーディー)が、メアリーに接触するたびに戦いが始まるのですが、これが本当に血みどろ。互いに重症を追いながらも、そのたびに逃げ出すメアリーも相当なのですが、それをさらに追い詰め続けるローラの精神力も本当に強烈です。その途中で、メアリーを長年追い続ける別の人物もその追跡行に加わることになり、後半の展開は波乱万丈どころの騒ぎではありません。

 かって過ごした時代と愛した男に執着するメアリー、夫の愛を失い子供しかいないと思いつめるローラ、人生の後悔からローラと自分を同一視していくことになるディーディー、三人の女たちの〈マイン〉とは何なのか?
 登場する男性キャラが総じて影が薄いのに対して、メインとなる三人の女性キャラクターは本当に強烈です。シンプルなお話ではありながら、その情念の強烈さで最後まで読まされてしまいますね。


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世界の終末  ウィリアム・ホープ・ホジスン『異次元を覗く家』

異次元を覗く家 (ナイトランド叢書) (日本語) 単行本(ソフトカバー) – 2015/10/22


 異次元の怪物、宇宙の終末…。ウィリアム・ホープ・ホジスンの長篇『異次元を覗く家』(荒俣 宏訳 アトリエサード)は、巨視的なスケールで描かれた怪奇幻想作品です。

 いわくのある古い屋敷にやってきた老人の「わたし」は、妹のメアリ、愛犬のペッパーと共に、そこに長らく住んでいました。ある日書斎で「わたし」は奇妙な体験をします。それは自分の体が地球から離れ、別の世界へ行くというものでした。
 そこで「わたし」は、巨大な異教の神々のようなものに取り囲まれた円形の場所で、自分の家とそっくりながら、ずっと大きな建物を目撃します。その体験からしばらくして、家の近くの深い谷間〈窖(ピット)〉を訪れた際に、ペッパーが何者かに襲われ怪我をしてしまいます。
 「わたし」がかすかに目撃したのは、ブタに似た顔を持つ人間に似た生物でした。それからその怪物たちが太陽に屋敷の周囲に現れ、家の中に侵入しようとし始めます。「わたし」は屋敷にこもり、怪物たちを撃退しようとしますが…。

 様々な要素の盛り込まれた、魅力的な怪奇幻想小説です。一見、つながりや理由のわからない現象や事件が立て続けに起こり、その意味ではバランスが悪いと言えるかもしれないのですが、その個々のエピソードや要素が、どれも魅力的なガジェットに満ちているのです。
 いわくのある謎の館、ブタに似た怪物の襲撃、時間の加速現象、宇宙の終末の幻視、幻の恋人…。メインとなるのは、怪物に襲われた屋敷を守ろうとする主人公の冒険が描かれる部分でしょうか。アクション要素も多く、血湧き肉躍るエピソードとなっています。

 一番印象に残るのは、中盤から突然現れる時間加速現象です。屋敷で老人が気がつくと、周囲の時間の経過速度が異常に早まっていたのです。愛犬の体が灰のようになってしまったり、部屋の周囲が段々とくずれていく、という描写には、強烈なインパクトがあります。
 地球どころか、太陽、さらには宇宙自体の終末を示唆するかのような描写までが描かれ、その巨視的なスケールには唖然としてしまいます。

 物語の構成も入り組んでいます。館に住む老人が体験したことを手記に綴っており、これが本編となっています。その手記をアイルランドのクライテン村の南の廃墟で発見したのが、そこにキャンプに訪れていた二人組の男性ビレグノグとトニスン。
 その手記を手に入れたホジスンが、註を付して公開した、という設定になっています。ですので、わかりにくいのですが、序盤のトニスンと共にキャンプに訪れて手記を発見したという「わたし」はホジスンではなくてビレグノグになります。

 物語が終わっても不可解な点が多く残るのも特徴です。館に住む老人と妹の素性や、なぜいわくのある館に住むことに固執したのか、館はいったい何なのか、時間加速現象は実際にあったのか、異教の神々のような存在は何なのか、ブタ人間たちの正体とは、〈窖(ピット)〉とは何だったのか、など、山のような謎が残るのですが、逆にそれがこの作品のミステリアスさでもあり、想像力を刺激するところでもありますね。
 全てが手記の著者の老人の妄想と取る解釈も、難しくはあるでしょうが、取れなくもありません。また、個人的な意見ですが、結末付近で明かされる事実からは、パラレルワールドという解釈もできそうな感じもします。
 いちばんはっきりしないのは、老人の前に何度か現れる、謎の女性の存在でしょうか。実在した女性の魂なのか、そもそも初めから精神的な存在なのかもはっきりしません。ただ、物語の他の要素にインパクトがありすぎて、この女性の存在は少しかすれ気味にはなっていますね。

 とにかく、懐の広い怪奇幻想作品(という言い方も妙ですが)で、読む人によってその感想もいろいろ変わってくる作品かと思います。

 解説で、ホジスン作品が作中で言及されている作品として、ヘンリー・S・ホワイトヘッドの「あかずの部屋」が紹介されています。こちらの短篇が近年邦訳紹介されたので、こちらもついでに読んでみました。


ナイトランド・クォータリーvol.10 逢魔が刻の狩人 (日本語) 単行本(ソフトカバー) – 2017/8/28


H・S・ホワイトヘッド「開かずの間」(牧原勝志訳「ナイトランド・クォータリー vol.10」アトリエサード 収録)

 ある宿屋での奇怪な事件の調査を依頼されたカルース伯爵は、ジェラルド・ケインヴィンと共にブライトン街道にあるというその宿に向かいます。
 宿の主人のウィリアム・スノウが語るには、宿内の皮の靴が消え始め、やがては革製品全般が消えるようになったというのです。大量の金銭の入った袋までが消えるに及び、スノウは助けを求めることになったというのです。
 宿屋の中にある「開かずの間」に関心を抱いたカルース伯爵は、その来歴を聞くことになりますが…。

 オーソドックスな幽霊物語なのですが、革製品ばかりが消えるという、どこかユーモラスな設定もあり、楽しいゴースト・ストーリーになっています。登場する幽霊もすごく「人間的」ですね。
 作中で、類似する怪奇現象の例として、ホジスンの『幽霊狩人カーナッキ』が言及されています。


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大殺戮!  ハリー・アダム・ナイト『恐竜クライシス』

恐竜クライシス (創元推理文庫) (日本語) 文庫 – 1994/11/1


 イギリスの作家、ハリー・アダム・ナイトの長篇『恐竜クライシス』(尾之上浩司訳 創元推理文庫)は、田舎町の人々が復活した恐竜に襲われるという、パニック・ホラー小説です。

 イギリスの片田舎で、農夫が正体不明の獣に襲われ惨殺されます。また、議員の息子、主婦やその娘など、犠牲者が連続するに及んで、地元で私設動物園を経営する資産家の貴族ペンワード卿は、事件は動物園から逃げ出したシベリア虎のせいであると発表し謝罪します。
 虎の射殺で幕を閉じたかに見えた事件でしたが、殺害現場の証拠隠滅など、怪しげな面を見て取った新聞記者パスカルは、ペンワード卿が何か秘密を隠していると感じ取り、彼の周辺を調査し始めますが…。

 復活した恐竜に人々が襲われる…というホラー作品です。序盤では、主人公の記者パスカルには謎の獣の正体が分からず、その秘密を探っていくわけですが、読者には既に恐竜が人々を襲っていることが明かされてしまっているので、そのあたりの謎解きの面白さはあまりありません。
 この作品の一番の面白さは、圧倒的な攻撃力を持つ恐竜が、一方的に人間を蹂躙していく、という部分にあります。この恐竜たちが本当に凶悪で、人間を餌としてしか見ておらず、生きながら食べられてしまったりする人たちも描かれます。戦おうとしても、鉤爪で攻撃されたらほぼ一撃で死亡してしまうという強烈さ。
 銃など、強力な兵器を使えば倒せないことはないのですが、それでも油断したらあっという間にあの世送りになってしまうのです。
 後半、ある理由で大量の恐竜たちが町中にあふれ出し、酸鼻を極めた展開になるのですが、ここは作者の筆も乗っていますね。彼らに襲われた人々が次々恐竜の餌食になっていく展開には、爽快感さえ感じられます。

 非常に面白いB級ホラー作品といえるのですが、残念なのは、主人公パスカルとその同僚で恋人のジェニーが、キャラクターとしての魅力に欠けるところでしょうか。特にパスカルの性格は、ひがみっぽく利己的なので感情移入しにくいですね。
 作品が始まった時点で、もともと恋人だった二人が、感情のもつれから別れかかっているという設定で、事件を通して二人の仲が元通りになる…という展開なのですが、この二人、どちらも浮気っぽく、作中でそれぞれ他の相手と浮気をしているのです。
 主人公カップルの恋愛パートがかなり下世話な感じになってしまっているのが目立つのですが、そもそも作品全体がB級に徹した作りではあるので、その意味では作品のカラーに合っているとはいえるでしょうか。
 逆に、パスカルの浮気相手となるペンワード卿夫人のジェーンは、その情熱的な性格から後半の物語を動かす原因ともなる人物で、このキャラクターの方が主人公カップルよりもよほど魅力的に描かれていますね。
 ただ、恐竜がこれでもかとばかりに暴れるシーンがたっぷり描かれており、それが主眼のお話ではあるので、人物描写部分が多少荒くとも、あまり欠点とはなっていないように思います。
 豪快なモンスター・ホラーがお好きな方にはお薦めしておきたい作品です。


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楽園の行方  アンリ・ボスコ『ズボンをはいたロバ』
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 フランスの作家アンリ・ボスコ(1888-1976)の長篇小説『ズボンをはいたロバ』(多田智満子訳 晶文社)は、「楽園」をテーマにした、秘教的な幻想小説です。

 ペイルーレ村に住む少年コンスタンタンは、ズボンをはいたロバが気になっていました。賢いそのロバは、山の上の土地ベル・テュイルに住み着いた変わり者の老人シプリアンの家と村との間を往復していました。シプリアンは山に住み着いてから、不毛だと思われていた土地に花や植物を生やすばかりか、動物たちを不思議な力で手懐けていました。ロバもまた、シプリアンによって不思議な行動をするようになっていたのです。
 祖父母や女中からベル・テュイルを訪れることを禁止されていたコンスタンタンですが、ロバに導かれて、シプリアンのもとを訪れることになります。それを知るのは、唯一、コンスタンタンの家の召使いである孤児の少女イヤサントだけでした…。

 山上に、花が咲き乱れ多くの動物たちが憩う「楽園」のような土地を築いた老人。それに魅了された少年と、少年を心配する少女を描いた、どこか秘教的な香りのする幻想作品です。
 序盤は、少年コンスタンタンがシプリアンの土地やシプリアン当人に関心を抱くものの、なかなかその秘密にはたどり着けず、その一方で少年と一緒に暮らす祖父母や女中たちとの生活が描かれてゆきます。素朴な家族小説といった趣なのですが、ある事件を境に、物語のトーンは悲劇的な方向に進んでいくことになります。
 とはいえ、コンスタンタンは物語全体を通じて、事件の真相について情報をほぼ知らされません。シプリアンの他、シプリアンの古い友人のシシャンブル神父、コンスタンタンの家で働くアンセルム老人、そしてイヤサントなどから、情報の断片を聞くのみで、彼が真相を知るのはずっと後のことになります。

 中盤以降、祖母の意向により、コンスタンタンは別の土地にやられてしまいます。彼が戻ってきたときには、作中での事件は既に終わってしまっていた…という面白い構造の物語になっています。
 物語全体が、少年コンスタンタンの視点から描かれる本篇と、シプリアンの手記(とそれに註をつけるシシャンブル神父の文章)、そしてそれらを読んだ未来のコンスタンタンの覚書、とから成り立っています。
 コンスタンタンが訳の分からないままに翻弄される本篇の謎解きが、それに付随するサブテキストによって明かされる、という仕組みになっています。

 大まかに言うと、この作品のテーマは「楽園の喪失」といっていいでしょうか。「楽園」を創造したシプリアンだけでなく、主人公コンスタンタンにとっても、自分の知らぬ間に「楽園」が失われていたということ。それが物語の構造によっても再現されています。
 それと同時に、彼が持っていた幼児期の「純粋さ」も失われ大人になるという、通過儀礼的なモチーフもそこには含まれているようです。
 多分に宗教的なモチーフが頻出する作品ではあって、シプリアンが作る「楽園」には動物が多く住んでいるのですが、そこには敵となる動物も存在しています。具体的にはそれが「狐」と「蛇」で、殺しを繰り返す「狐」を忌まわしく思ったシプリアンは「蛇」の存在を利用しようと考えますが、それがまた「楽園」を壊す一因ともなってしまうのです。
 結局シプリアンは何をしたかったのか? 「楽園」はなぜ崩壊したのか? イヤサントはどうなったのか? など、いろいろな点について、はっきりとした解決は示されません。少年小説的な装いとは裏腹に、その物語の解釈は意外に難解です。
 ただ、物語を読み終えた後の余韻は深く、どこか心に残る作品になっています。

 全くジャンルもテーマも違うとは思うのですが、この作品を読み終えて思い出したのは、ナサニエル・ホーソーンの短篇「デーヴィッド・スワン」(坂下昇訳『ホーソーン短篇小説集』岩波文庫 収録)でした。お話の構造がよく似ているのです。
 主人公コンスタンタンが知らぬ間に「夢」(この作品の場合「楽園」ですね)が、彼の生涯を通り過ぎてしまう…という、夢幻的ではありながら、どこか空しさを感じさせる作品ともいえそうです。主人公が「選ばれた人間」でありながら、本人はそれに気付かず、後になってそれを知るという構造は、こうした通過儀礼的なテーマを持った作品としては、とても異色に感じられます。


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冷たい触れ合い  メアリー・ダウニング・ハーン『深く、暗く、冷たい場所』

深く、暗く、冷たい場所 (海外ミステリーBOX) (日本語) ハードカバー – 2011/1/1


 メアリー・ダウニング・ハーンの長篇小説『深く、暗く、冷たい場所』(せなあいこ訳 評論社)は、過去の悲劇が家族二代に渡って影響を及ぼすという、シリアスなゴースト・ストーリーです。

 13歳の少女アリソン(アリ)は、屋根裏部屋で母親の子ども時代の写真を見つけます。姉のダルシーと並んで写っている母親のクレアのとなりには三人目の少女が写っていましたが、写真がちぎれているためその顔は分かりません。名前が書いてあるものの「テ」という断片しか分からないのです。
 その写真について母とおばのダルシーに訊ねるものの、二人とも何も覚えていないと話します。母とおばは子供時代はよくシカモア湖畔の別荘で過ごしたといい、ダルシーはそのコテージに、幼い従妹エマのお守り役を兼ねて旅行に行かないかとアリを誘います。喜ぶアリでしたが、母親はなぜか反対します。
 現地に着いたアリは、楽しい日々を過ごしますが、突然現れた意地の悪い少女シシィに調子を乱されてしまいます。名字や家の場所も教えてくれず、はぐらかすシシィにアリは困惑しますが、彼女はアリの母親やおばがかってひどいことをしたと、アリやエマに話します。
 シシィに感化されてしまったエマは、性格が変わったように意地が悪くなり、同時にダルシーの精神状態も不安定なものになっていきますが…。

 おばと従妹と共に湖を訪れた少女アリが、謎めいた少女シシィに翻弄されているうちに、過去に起きた悲劇的な事件を知り、子どもだった母親とおばがその事件に関係していたことを知ることになる…という、サスペンス味豊かなホラー作品です。
 ゴースト・ストーリーという惹句通り、幽霊が正面を切って現れる物語です。ただ読んでいると、誰が幽霊なのか、なぜ現世に現れたのか?というあたりは、早々に予想がついてしまいます。

 一番の読みどころは、謎の少女シシィに感化(というより洗脳といった方が近いでしょうか)されてしまった幼い従妹エマが、危ないことをしたり、傷つけられそうになるのをアリが何とか防ごうと努力を繰り返す部分でしょうか。
 このシシィ、非常に意地が悪く、気まぐれな行動をするだけでなく、罵倒を繰り返すのにも関わらず、なぜかエマはシシィの気に入られようと、言うがままに動いてしまうのです。シシィの正体を探ろうとするアリですが、毎回簡単に巻かれてしまいます。
 突然現れては突然消える、その神出鬼没さにアリはノイローゼ気味になってしまうほど。しかもシシィのせいで、エマが不審な行動を取ったりするのに対し、おばのダルシーはアリにその責任を負わせるような発言を繰り返すのです。
 過保護で自由を許してくれない母親に反発する形で旅行にやってきただけに、母親よりも自分を理解してくれていると思っていたおばの態度にアリがショックを受けてしまうくだりには、切なさがありますね。

 過去の悲劇にダルシーとクレア(アリの母)が関わっていることが段々と判明し、クレアに至っては、30年前からずっとトラウマを抱えて、神経症的な状態になってしまっています。持ち前の積極性から画家として成功しているというダルシーもまた、湖の別荘に来てから異常な精神状態になってしまうのです。
 シシィに感化されてしまったエマと、精神状態のおかしくなってしまったダルシーにはさまれる中、主人公アリがシシィにどう相対し、エマを守るのか?という部分はサスペンスがたっぷりですね。

 すごく大まかに言ってしまうと、幽霊の復讐譚であり、その意味では意外な展開はあまりないオーソドックスなお話なのですが、それに絡む家族の心情と軋轢が丁寧に描かれており、結末の予想はつきながらも、終始面白く読むことができます。
 また、登場する幽霊が、自分の立場と思いを切々と語る、というのもユニークではありますね。これだけ雄弁な幽霊も珍しいのではないでしょうか。将来を奪われた幽霊が、その悔しさを語るクライマックスのシーンには味わいがあります。

 幽霊と、それが生まれることになった悲劇、親子二代にわたるトラウマの蓄積と、かなりシリアスな問題意識の盛り込まれたお話なのですが、最終的には罪の赦しや救いの手がもたらされたりと、読後感は非常にいい作品です。
 幽霊に対して憎しみを抱いていたアリが、最終的には「共感」を示し、それが受け入れられる、というのもその一因でしょうか。

 作中で、子どもたちが読む沢山の絵本や児童書のタイトルが言及され、その点でも楽しい作品なのですが、その中のいくつかのタイトルに関しては、物語の設定としっかり結びついているところも良いですね。


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理想の愛  ジョン・コリア『モンキー・ワイフ 或いはチンパンジーとの結婚』
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 ジョン・コリアの長篇小説『モンキー・ワイフ 或いはチンパンジーとの結婚』(海野厚志訳 講談社)は、知性的なチンパンジーの女性(?)と教師の男性、その婚約者との三角関係を描いた、奇想天外な恋愛ファンタジー作品です。

 アフリカのボボマで働く、イギリス人教師ファティゲイ氏は、メスのチンパンジーを譲り受けエミリーと名付けます。彼女に知性を見て取ったファティゲイ氏は彼女に教育や作法を施し、エミリーは人間のレディと変わりないまでの知性を身につけます。
 エミリーと共にイギリスに帰国したファティゲイ氏は、婚約者エイミーのメイド代わりとしてエミリーを預けます。初対面から互いに嫌悪感を抱く二人ですが、ファティゲイ氏の手前、表面上は穏やかな関係を保ち続けていました。
 ファティゲイ氏に恋心を抱くエミリーは、エイミーの俗悪な性根を知り、何とかファティゲイ氏とエイミーの結婚を防ごうと考えますが…。

 人間とほぼ同等の知性を持つメスのチンパンジーが、飼い主の男性に恋をし、その婚約者と不思議な三角関係になる、という物語です。
 このメスのチンパンジー、エミリーが人間の言葉を完全に理解するばかりか、本を読んで教養を身につけたり、行儀作法も完璧、品性も高いという、まさに淑女というべき存在として描かれます。一方、婚約者のエイミーは、傲慢で俗物、浮気性で、自己欺瞞を繰り返す俗悪な女性として描かれています。それゆえ、読んでいると、チンパンジーではありながら、エミリーの恋を応援したくなってしまうのです。
 一方、男性のファティゲイ氏は好人物ながら、女性には弱い人物で、エイミーの考え方に不審の念を抱きながらも、毎回彼女の口車に乗せられて信用してしまうという体たらく。口の構造上、エミリーは話すことができないので、ファティゲイ氏に何か話そうと思っても話すことができないのです。作品のところどころに、エミリーの心理や思索が挟まれるのですが、それは時に哲学的なレベルにまで達しています。

 人間たちがみな下世話な人物として描かれる(ファティゲイ氏は例外として)のに対して、チンパンジーであるエミリーが、一番高潔な「人物」として描かれるのも、皮肉が効いています。
 皮肉と言えば、この作品、テニソン、キーツ、コールリッジなど、大詩人たちの詩がやたらと引用されたり、エミリーのキャラクターが19世紀小説のヒロインを彷彿とさせたりと、全体が19世紀の文学作品のパロディ作品として構想されているようです。
 お話自体はすごく俗っぽいだけに、ちりばめられた文学趣味が、風刺的なトーンを醸し出しています。もちろん単純に、奇想に富んだ恋愛小説として読んでも面白い作品になっています。

 諷刺的な面としては、主人公のファティゲイ氏含め、人間たちの「見る目のなさ」が徹底的に描かれているのも特徴でしょうか。
 エイミーによって部屋に閉じ込められたエミリーが脱出し、大英博物館に閲覧に訪れたところ、外国人の淑女だと思い込んで、他の閲覧者たちが彼女に惚れてしまったり、エイミーの衣装で花嫁に化けたエミリーと、エミリーの衣装を着させられたエイミーの区別が誰もつかなかったりと、そのからかいの度合いも強烈です。表面しか見えていない、というか、表面すら見えていない、という有様なのです。
 そんな中、ファティゲイ氏はエミリーの真心に気付いてハッピーエンドを迎える、という結末も諷刺的ではありながら、ある種の真実を衝いており、寓話としてとても面白いお話になっています。


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失われた時間  リンウッド・バークレイ『失踪家族』

失踪家族 (ヴィレッジブックス) (日本語) 文庫 – 2010/8/20


 リンウッド・バークレイの長篇『失踪家族』(高山祥子訳 ヴィレッジブックス)は、自分以外の家族が全て失踪してしまった少女が、数十年後に再度家族を捜そうとするというサスペンス作品です。

 ある夜、ボーイフレンドと共に羽目を外した14歳のシンシア・ビッグはその現場を父親に見つかり、喧嘩をした後にふて腐れて寝てしまいます。翌朝目覚めたシンシアは、父のクレイトン、母のパトリシア、兄のトッドの家族全員が姿を消しているのに気がつきます。家族は時間が経っても戻らず、彼らは何らかの事件に巻き込まれて失踪したと考えられます。
 それから25年、結婚し娘も生まれていたシンシアは、過去の失踪事件について、テレビのドキュメンタリー番組に出演することにしますが、それを機に、家族がまだ生きているかのようなメッセージがシンシアのもとに届きます。彼女は家族を探したいと考え、探偵を雇うことにしますが…。

 家族全員が行方不明になってしまった少女が大人になり、家族が生存しているのではないかという疑いを持ち始め、その行方を捜すというサスペンス作品です。
 何といっても、家族全員がある日何の痕跡も残さずに消えてしまうという、中心となる謎の吸引力が強烈です。あまりにも手がかりがなく、全く何も分からないのです。誘拐殺人なのか? だとするとなぜ娘のシンシアのみが残されたのか? 果ては、娘が家族を惨殺したという理不尽な噂までもが流れるのです。
 やがて現れたシンシアへの謎のメッセージ。兄や父の痕跡と思われるものを見つけたシンシアは、家族を再び探したいと考えるようになります。妻が精神のバランスを崩しているのではと考える夫のテリーも、半信半疑ながら妻の捜索に協力することになります。

 トラウマを抱えるヒロイン、シンシアの心理が丁寧に描かれています。娘のグレースに対して過保護になったり、夫が自分のことを信じ切っていないと感じ取って喧嘩になってしまうなど、危うい心のバランスを描く部分も読みどころでしょうか。
 雲をつかむようだった事件について、ちょっとした手がかりや証言から、少しづつ真相に近づいていく流れは非常にサスペンスフルですね。やがて殺人事件も発生し、主人公の家族に敵意を持つ者が存在することが示されます。

 シンシアの夫の「わたし」ことテリーがメインの視点人物として物語が語られていくのですが、妻を愛してはいるものの、妻が思い込みに囚われているのではないかなど、信じ切れない部分も出てきてしまいます。すれ違いが度重なり、一時的に妻と娘と離れてしまうことにもなるのですが、
 後半ではテリーの積極的な行動が描かれ、妻の過去に関する秘密、そして現在の妻の苦難を救うことにもなります。
 このテリー、良き教師という設定で、素行不良ながら文章の才能があるらしい少女ジェーンに所々で目をかけているのですが、後半これが伏線となって物語が展開するのも面白い趣向です。

 基本的には、結末までに謎が全て合理的に解明されるミステリ作品です。序盤で中心になる家族の失踪の謎が余りに魅力的なので、まとまるところにまとまってしまった感のある結末にちょっと不満を覚える読者もいるかもしれません。ただ、全篇にあふれるサスペンスは強烈で、魅力ある作品だと思います。


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人間の悪  ヒュー・ウォルポール『銀の仮面』

銀の仮面 (創元推理文庫) (日本語) 文庫 – 2019/12/20


 イギリスの作家、ヒュー・ウォルポール(1884~1941)の短篇集『銀の仮面』(倉阪鬼一郎編訳 創元推理文庫)は、<奇妙な味>の代表的な作例とされる古典的短篇「銀の仮面」を始め、異色の短篇が集められた作品集です。

「銀の仮面」
 裕福ながら孤独な初老の女性ソニアは、ある日無一文の青年ヘンリーを哀れみから家に招き入れ、食事を振る舞います。度々現れ、ついには妻子まで連れてきたヘンリーに対して、ソニアは嫌悪感を感じる一方、青年の教養と審美眼、その美貌に魅了され、彼の出入りを許してしまいます。
 あるとき、ヘンリーの妻が体調を崩したのをきっかけに、彼ら家族はソニアの家に住み着いてしまうようになりますが…。
 初老の女性が、教養もある美貌の青年に援助を与えるものの、段々と青年は厚かましくなっていく…という「嫌な」お話です。青年の行為がエスカレートしていき、ついには女性の命までも奪うことになる…という流れが、洗練された筆致で描かれていくところが魅力でしょうか。
 ぬけぬけとしたブラック・ユーモアと残酷さ…。名作とされるに相応しい作品です。タイトルにもなっている「銀の仮面」も、象徴的でインパクトがありますね。

「敵」
 生業である古本屋とその店を愛する男ハーディング。彼の近所に住む大柄な男トンクスは、なぜかハーディングに友情を示し、ひっきりなしに話しかけてきます。一方トンクスに嫌悪感を抱くハーディングは、生来の気の弱さから、彼に関わり合いになりたくないという思いを伝えられずに悶々としていましたが…。
 悪い人物ではないことは分かっていながらも、相手に対して生理的な嫌悪感を抑えきれない男を描く物語です。向こう側からは一方的に好かれている、というのも奇妙な関係です。主人公が、嫌悪感を抱きながらも、時折妙な愛情の念を感じることがある、という描写も面白いところですね。
 結末の展開には妙なユーモアもあり、まさに<奇妙な味>としか呼びようがない短篇です。

「死の恐怖」
 独自の知性と教養を持ちながらも、その不遜な性格から人々に嫌われる男ロリン。滞在先のサーク島のホテルで旧知のロリン夫妻と出会った作家の「私」は、彼に嫌悪感を抱きながらも妙な同情を感じていました。ロリンは死への病的な恐怖を抱いていることを「私」に告白します。
 一度夫から離れたものの再度戻ってきたという、まだ若く美しいロリン夫人は、夫に軽蔑を抱いていると話します。やがてロリン夫人は狂っているとしか思えない言動を取るようになりますが…。
 人から嫌われる男ロリンと、彼を軽蔑しながらも夫から離れようとはしない夫人との奇妙な関係を、第三者である語り手の作家が観察する…という物語。
 恐らく夫は妻により殺されているのではないかと思われるのですが、そのあたりもぼかして描かれています。
 夫は死に対する恐怖、妻は捉えどころのない狂気を抱いているなど、単純な夫婦間の愛憎に収まらない奇妙な関係性が描かれており、迫力のある作品になっています。とにかく、夫人が怖い人物として描かれているのが印象に残りますね。

「中国の馬」
 独立心の強い35歳の女性ミス・マクスウェルは自分の家を愛していました。中国の馬、ボウル、ジェーン・オースティンの初版本…。小物や芸術品を飾り、部屋を身ぎれいに保って暮らしやすい家を心がけていたミス・マクスウェルですが、その財政状況から家を貸さざるを得なくなります。
 美しい若い女性ミス・マーチに家を貸すことになりますが、家の状態が心配になったミス・マクスウェルは様子を見に来て、家が乱暴に扱われていることを知り憤慨します。ミス・マーチのもとに頻繁に出入りしている男性ウィリングス氏と知り合いになったミス・マクスウェルは、彼がミス・マーチへの求婚を考えていることを知り、ウィリングス氏を応援することになりますが…。
 愛する家を他人に貸すものの、その扱い方に不満を持っている女性が、家の借り主に恋する男性と友人になり…という、まるでシチュエーション・コメディーのような作品です。
 とはいえ、主人公には終始男性に対する恋愛感情が全くないところがポイントで、いかに家を取り戻すか、ということしか頭にありません。安楽な生活の可能性が提示されるものの、飽くまで家に執着してしまう、というところは、読み方によっては「異常心理小説」とも取れるのかも。

「ルビー色のグラス」
 家で預かることになった、怖がりのいとこジェーンに対して嫌悪感を抱く八歳の少年ジェレミー。彼は、愛犬のハムレットがジェーンになついていることに対して腹を立てていました。
 ある日母親が大事にしていたルビー色のグラスをジェーンが割ってしまいますが、とっさにジェレミーは自分のせいだと罪をかぶってしまいます…。
 いとこに嫌悪感と嫉妬の念を抱きながらも、その苦境に対して罪をかぶってしまう少年の男気が描かれます。最終的に自分を慰めに来てくれた愛犬の友情に救われる、という結末も味わいがありますね。

「トーランド家の長老」
 コーンウォールにある町レイフェル。この土地は互いに反目するトーランド家とトレスニン家によって仕切られていました。トーランド家の長老であるトーランド老夫人は、体が不自由で娘のジャネットに世話になっている身でしたが、その権勢は未だに健在でした。町にやってきた好人物のコンバー夫人は、トーランド家の少女と知り合いになったのをきっかけに、本家を訪れます。おしゃべりのコンバー夫人は、話せないトーランド老夫人の迷惑をかえりみずに一方的に話し始めますが…
 傍迷惑なコンバー夫人に嫌悪感を抱くトーランド老夫人ですが、言葉が出ないためはねのけることもできません。普段から虐げていた娘ジャネットがこれ幸いと自分に反抗してきたことにも、更にショックを受けることになります。
 おしゃべりで厚かましい女性によって、老婆が精神的に追い詰められていくという、ある種残酷なテーマの作品なのですが、終始ブラックなユーモアが漂っていて、読み心地は悪くありません。
 「敵」に登場するトンクスもそうなのですが、人を傷つけていることに気がつかない善意の人物、というキャラクターを描かせると、ウォルポール、非常に上手いですね。

「みずうみ」
 湖水地方で世捨て人のような暮らしをしている男フェニック。彼は知り合いのフォスターから、通りがかるついでに家に泊めてほしいとの電報を受け取ります。作家として世間的な成功を収めたフォスターに対し、フェニックは今までにことごとく自分の邪魔をしてきたと感じており、彼のことを憎んでいました。それにも関わらず、なぜかフォスターの申し出を受け入れてしまいます。家にやってきたフォスターに憎しみを抑えきれなくなったフェニックは、みずうみにフォスターを突き落としますが…。
 憎しみから友人を殺害した男が、奇怪な現象に襲われる…という、オーソドックスな怪奇小説です。ただ、その超自然的な現象が本当に起こったのか、罪の意識から来る幻覚なのかは解釈の余地があるように描かれています。

「海辺の不気味な出来事」
 海辺の保養地で、少年の「私」は邪悪な顔をした老人を見つけます。気になり後を付けた少年は、海辺のコテージにたどり付きます。家の中で見たのは老人と同じ顔をした男でした…。
 老人は死者なのか、それとも生者の分身なのか? 結末のイメージは不条理かつ強烈で、これはかなり不気味な作品ですね。

「虎」
 過去にホーマー・ブラウン青年はジャングルで虎と出会う夢を見ていました。ニューヨークに出張でやってきたホーマーは、都会で暮らすうちに精神のバランスを崩し、再び虎の夢を見るようになりますが…。
 都会で強迫観念に囚われ、精神のバランスを崩す男を描いた物語なのですが、男を脅かす脅威が「虎」のイメージで表現されるという、ユニークな作品です。この作品も「虎」が実際に現れたのか、男の妄想なのかはどちらとも取れる、というタイプの作品ですね。

「雪」
 ライダー氏の後妻アリスは、このところ敵意を持った存在に見張られているという感覚を持っていました。更に夫との仲も険悪になっていました。彼は先妻エリナーを引き合いに出してアリスを非難します。夫を愛しているにも関わらず、喧嘩を繰り返し、とうとう夫から別れを持ちかけられてしまいます。
 家の中で、アリスはささやき声を何度も聞きますが、それは亡くなった先妻のエリナーが自分を追い出すためにささやいているのではないかと考えます…。
 先妻の霊によって追い詰められる後妻を描いたゴースト・ストーリーです。かなり露骨に先妻の霊が現れる物語で、霊にも物理的な存在感が強いですね。先妻の後妻に対する憎悪(もしくは憎悪されているという後妻の思い込み、という解釈もできます)が強烈です。

「ちいさな幽霊」
 親友のチャーリー・ボンドが亡くなってから、「私」は心に大きな喪失感を抱えていました。友人のボールドウィン夫妻から誘いを受けた「私」は彼らの屋敷を訪れます。子供のたくさんいる家庭の騒がしさに鬱陶しさを感じる「私」でしたが、自分の部屋の中に時折現れる、子供の霊らしき存在に心を慰められていきます…。
 家に住み着いていた小さな子供の幽霊と心を通わせた男が、それによって親友を失った悲しみを癒やすようになる…という、優しげなゴースト・ストーリーです。親友本人の霊ではなく、別の霊との触れ合いで、喪失を乗り越え「愛」を認識する、というのも興味深いところです。

「ターンヘルム」
 両親が遠方にいるために、小さい頃から親戚をたらい回しにされ、愛情に飢えていた少年の「わたし」は、伯父二人が暮らすフェイルダイク邸に預けられることになります。陽気で優しいコンスタンス伯父に比べ、当主であるロバート伯父には近づきがたい雰囲気があり、コンスタンス伯父もロバート伯父には頭が上がらないようでした。ある日「わたし」は、ロバート伯父から、人を望みどおりの動物に変身させる能力があるというターンヘルムの話を聞くことになりますが…。
 獣に変身する力を持つという「ターンヘルム」を扱った、いわゆる人狼もの作品です。外法に手を染めているらしい伯父の邪悪さや、獣の恐ろしさもインパクトがあるのですが、主人公の孤独感とその寂寥感を回想する語り口にも味わいのある作品になっています。

「奇術師」
 小さい頃から不器用でへまを繰り返し、周りから軽んじられていた少年ハンフリー。ある日知り合った変わり者のクラリベルさんとつきあううちに、ハンフリーは少しずつ自信を持つようになります。
 クリスマスのパーティーの日に、突然現れた奇術師の助手に抜擢されたハンフリーは、いつもとは打って変わって華麗な動きを見せ始め、人々を魅了します…。
 不器用な少年が変わり者の好人物との出会いをきっかけに、人生に積極的になっていく…という物語。奇術師が行う魔法のような術も楽しく、非常に読後感のいい作品になっていますね。

 ウォルポール作品、超自然現象や幽霊が登場する作品もあれば、そうでない作品もありますが、共通するのは登場人物たちの詳細な心理描写です。少年の抱える孤独感、嫌われ者の意外な感情…、善人であれ悪人であれ、その描かれた人間心理は繊細かつ説得力のあるものです。そうした心理描写のおかげもあり、超自然を扱った怪奇幻想作品でも、その物語がリアルに感じられるようになっていますね。


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9月の気になる新刊
発売中 カレル・チャペック『白い病気/マクロプロスの秘密 カレル・チャペック戯曲集2』(栗栖茜訳 海山社 2,200円)
発売中 ベルンハルト・ケラーマン『トンネル』(秦豊吉訳 国書刊行会 3850円)
発売中 ハンス=オーケ・リリヤ編『闇のシャイニング リリヤの恐怖図書館』(扶桑社ミステリー 1210円)
9月7日刊 東雅夫、下楠昌哉編『幻想と怪奇の英文学IV 変幻自在編』(春風社 予価3300円)
9月8日刊 沼野充義編『東欧怪談集』(河出文庫 予価1210円)
9月10日刊 ケイト・マスカレナス『時間旅行者のキャンディボックス』(茂木健訳 創元SF文庫 予価1430円)
9月12日刊 A・N・L・マンビー『アラバスターの手 マンビー古書怪談集』(羽田詩津子訳 国書刊行会 予価2970円)
9月12日刊 東雅夫編『ゴシック文学入門』(ちくま文庫 予価1045円)
9月12日刊 近藤ようこ『高丘親王航海記 1・2』(澁澤龍彦原作 ビームコミックス 予価880円) 
9月12日刊 都筑道夫『吸血鬼飼育法 完全版』(日下三蔵編 ちくま文庫 予価968円)
9月12日刊 石塚久郎監修『医療短編小説集』(平凡社ライブラリー 予価1540円)
9月15日刊 カレル・チャペック『白い病』(阿部賢一訳 岩波文庫 予価638円)
9月15日刊 長山靖生編 谷崎潤一郎『魔術師 谷崎潤一郎妖美幻想傑作集』(小鳥遊書房 予価3080円)
9月17日刊 ジョディ・テイラー『歴史は不運の繰り返し セント・メアリー歴史学研究所報告』(田辺千幸訳 ハヤカワ文庫SF 予価1210円)
9月17日刊 日下三蔵編 戸川昌子『くらげ色の蜜月』(竹書房文庫 予価1210円)
9月18日刊 愛媛県美術館監修『真鍋博の世界』(パイインターナショナル 予価3960円)
9月18日刊 R・L・スタイン編『不気味な叫び』(三辺律子他訳 理論社 予価1650円)
9月23日刊 ケネス・モリス『ダフォディルの花 ケネス・モリス幻想小説集』(館野浩美、中野善夫訳 国書刊行会 予価4180円)
9月25日刊 ウィリアム・リンゼイ・グレシャム『ナイトメア・アリー 悪夢小路』(矢口誠訳 扶桑社ミステリー)
9月30日刊 平井呈一編訳『世界怪奇実話集 屍衣の花嫁』(創元推理文庫 予価1210円)
9月30日刊 東雅夫編『日本怪奇実話集 亡者会』(創元推理文庫 予価1210円)
9月30日刊 フレドリック・ブラウン『シカゴ・ブルース 新訳』(高山真由美訳 創元推理文庫 予価1144円)
9月30日刊 シェルドン・テイテルバウム&エマヌエル・ロッテム編『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』(仮題)(竹書房文庫 予価1320円)

9月下旬発売 創元推理文庫 復刊フェア
大阪圭吉『とむらい機関車』
大阪圭吉『銀座幽霊』
F・W・クロフツ『ホッグズ・バックの怪事件』
ドロシー・L・セイヤーズ『誰の死体?』
オーガスト・ダーレス『ソーラー・ポンズの事件簿』
佐々木丸美『罪灯』
トーマス・オーウェン『青い蛇』
エリック・マコーマック『隠し部屋を査察して』
H・G・ウェルズ『世界最終戦争の夢』
アン・マキャフリー『歌う船』


 今年の9月の新刊は豊作ですね。

 ベルンハルト・ケラーマン『トンネル』は、ずいぶん昔に訳されていたこともあり、幻の古典SFとして名前は有名だった作品です。こうして読めるようになるのは嬉しいところです。

 河出文庫<怪談集>シリーズ、今月は『東欧怪談集』が復刊です。東欧のいろいろな国から多数の作品を収めたバラエティ豊かな幻想小説アンソロジーで、シリーズ中でも異色の巻です。これでシリーズでも外国のものは全て復刊したことになりますね。

 A・N・L・マンビー『アラバスターの手 マンビー古書怪談集』は、M・R・ジェイムズの衣鉢を継ぐと言われた作家マンビーの怪奇幻想作品を集めた作品集。これは貴重なタイトルですね。

 東雅夫編『ゴシック文学入門』は、ゴシック文学に関するエッセイや文章を集めたアンソロジーです。公開されている内容は以下の通り。

江戸川乱歩「「幽霊塔」の思い出」
小泉八雲/平井呈一訳「「モンク・ルイス」と恐怖怪奇派」
種村季弘「恐怖美考」
紀田順一郎「ゴシックの炎」
澁澤龍彦「バベルの塔の隠遁者」
塚本邦雄「狂気の揺籃─『ヴァテック頌』」
日夏耿之介「信天翁と大鴉と鳩」
八木敏雄「眼のゴシック」
富士川義之「黒猫の恐怖」
平井呈一「嗜屍と永生」
野町二「『屍妖姫』解説」
前田愛「獄舎のユートピア」
日夏耿之介「『高野聖』の比較文学的考察」
高原英理「人外」

 R・L・スタイン編『不気味な叫び』は、ヤングアダルト向けホラーアンソロジーシリーズの翻訳第二巻。一巻目も非常に面白かったので、こちらも楽しみです。

 ケネス・モリス『ダフォディルの花 ケネス・モリス幻想小説集』は、知られざるケルトの幻想作家ケネス・モリスの初の邦訳作品集です。

 平井呈一編訳『世界怪奇実話集 屍衣の花嫁』と東雅夫編『日本怪奇実話集 亡者会』は、<東西怪奇実話>として刊行される実話怪談アンソロジー。『屍衣の花嫁』は、かって<世界恐怖小説全集>の一巻として刊行された本で、数十年ぶりの復刊となります。今回合わせて編まれた東洋編の『日本怪奇実話集 亡者会』では、田中貢太郎、平山蘆江、牧逸馬、橘外男らの作品を収録とのこと。

 シェルドン・テイテルバウム&エマヌエル・ロッテム編『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』は、珍しいイスラエルSFを集めたアンソロジー。これは気になりますね。

 毎年恒例の創元推理文庫の復刊フェア、怪奇幻想的に要注目タイトルは、トーマス・オーウェン『青い蛇』、エリック・マコーマック『隠し部屋を査察して』、H・G・ウェルズ『世界最終戦争の夢』あたりでしょうか。


黄昏の物語  W・デ・ラ・メア『デ・ラ・メア幻想短篇集』

デ・ラ・メア幻想短篇集 (日本語) 単行本 – 2008/5/1


 W・デ・ラ・メア『デ・ラ・メア幻想短篇集』(柿崎亮訳 国書刊行会)は、イギリスの詩人・作家デ・ラ・メアの、怪奇・幻想要素の濃い短篇を集めた作品集です。

 古い長持に近づいた子供たちが次々と消えてしまう「謎」、邪悪な顔をした老人を尾行したことからある屋敷に導かれる男を描いた「悪しき道連れ」、屋敷を相続した甥が死んだ伯母に取り憑かれるという「五点形」、変化のない死後の世界について語られる「三人の友」、少女が狂ったような女性に出会う「ミス・ミラー」、育った家に戻ってきた青年が幻影に囚われる「深淵より」、前妻の肖像画をめぐって夫妻の軋轢が起こるという「絵」、霊魂を追及するあまり、死後も妄念が生き続けるという「ケンプ氏」、ある女性の奇怪な悪夢が描かれる「どんな夢が」、生家を離れることになった初老の男が過去の記憶を想起する「家」、目の不自由な青年が家族の反対をよそに貧しい女店員に恋をするという恋愛小説「一瞥の恋」の11篇を収録しています。

 一番印象に残るのは、既訳もある名作「謎」でしょうか。
 「おばあさま」の家にやってきた沢山の子供たちが、屋根裏の古い長持には近づかないように注意されますが、禁を破って長持を開けてしまいます。その長持に入りこんだ子供たちは次々と消えていきますが…。
 子供たちが消えてしまうのにもかかわらず、そこに恐怖感はなく、どこか叙情的な雰囲気さえ漂います。結末に現れる「おばあさま」の描写も味わいがありますね。「神韻縹渺(しんいんひょうびょう)」と形容したいような、これは本当に名作です。

 デ・ラ・メアの小説作品、明らかに超自然現象が起こっているのは確かなのですが、それが具体的にどうなっているのか、作中人物に何が起こったのか? というところが曖昧で、読み終えて結局何が起こったのかが分からない…という作品も多数です。
 この作品集で言うと「絵」などは、情報が全く明かされず、仄めかしに終始しているので、本当に何がどうなっているのか全く分からないです。
 ただ、得体の知れない不気味さがあり、デ・ラ・メアにしか書けない作品であるのは確かなのですよね。
 「悪しき道連れ」「五点形」などは、割合ストーリーラインが分かりやすく、明確な怪奇小説として楽しめる作品です。

 「悪しき道連れ」は邪悪な顔の老人を見かけた語り手が、気になって男の後を尾行していくと、ある屋敷にたどり着いて、思いもかけないものを発見する…という話です。
 たどりついた屋敷が幽霊屋敷であったり、そこで幽霊が出たりするのであれば、幽霊屋敷物語としてオーソドックスな展開なのですが、この作品ではその構造が反転しているのが面白いところです。

 「五点形」は、資産家の伯母の屋敷を相続した甥が、そこに移り住んだことから異常な現象に悩まされるという物語。どうやら彼は伯母の例に憑依されているようなのですが…。
 一見、霊に取り憑かれたように見えるものの、甥の精神状態がおかしくなっている可能性もあるようにも読めます。

 家によって過去の幻影を呼び覚まされるというモチーフを共有しながらも、大分テイストが異なるのが「深淵より」「家」
 「深淵より」では過去の幻影がのしかかり、主人公の青年は死に追いやられてしまうのですが、「家」では生家を離れることになった男が、どこかノスタルジーを伴った幻影を見ることになります。その過去の回想には、悔恨の念が少し混じっているところが微妙な味わいを出していますね。

 巻末の「一瞥の恋」は幻想小説とは少しトーンの違う作品なのですが、これはこれで面白い作品になっています。
 完全に盲目ではないものの、目が相当に不自由な青年セシル。ある日、落とした手袋をきっかけに知るようになった女性に恋をするようになります。やがて彼女が貧しい店員であることをセシルは知ります。
 祖母のル・メルシエール夫人や、セシルの世話を焼く従姉妹のアイリーニはその恋に反対しますが…。
 主人公セシルは相手の顔をろくに知りもせずに恋をすることになります。その恋はプラトニックどころか、宗教的な熱情に近く、その描かれ方は、確かに「幻想的」ではありますね。この「一瞥の恋」、短篇としてはかなり長い作品で、人によってはこれを長篇と見なす人もいるそうです。
 純粋な恋愛小説として読んでも面白い作品だと思います。


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かげの国の王  ジョージ・マクドナルド『かげの国』
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 ジョージ・マクドナルド『かげの国』(田谷多枝子訳 太平出版社)は、かげの国の王になってしまった老人を描く物語です。

 妖精たちは、自分たちの国の王として人間を招きたがっていました。しかし国で式を上げるために連れてくる人間は生と死の境目にいなくてはいけないのです。重い病気で臥せっていたラルフ・リンケルマンじいさんは、妖精に連れていかれ王として戴冠した後、再び自分がベッドに寝ていることに気付きます。
 ベッド上に現れた妖精たちは、自分たちは「かげ」だと名乗り、アイスランドにあるという「かげの教会」に一緒に来てほしいと嘆願するのですが…。

 妖精たちに王にさせられてしまった老人が、「かげの国」を訪れるという、ファンタジー作品です。主人公のラルフ老人が妖精の国に行ったり「かげの国」に行ったりしている時間が、妻のリンケルマン夫人にとっては夢でしかない…というあたり、別世界に行く行為は「死」の象徴とも読めそうです。
 「かげの国」を訪れた老人が「かげ」たちの願いを叶えるために彼らの話を聞くという構成になっており、実際お話の大部分は「かげ」が話す様々なエピソードになっています。人殺しを止めたり、子供をあやしたり、老人の不安を鎮めたりと、「かげ」の行為もほとんどが善行となっていて、どこか暖かさを感じさせるエピソードが多いですね。

 物語全体に劇的な起伏はなく、ラルフ老人と「かげ」とのやりとり、「かげ」たちが語るエピソードが続き、そのまま夢うつつで終わってしまいます。
前半で示唆される通り、物語全体が主人公のラルフ老人の「夢」であると解釈することもできそうです。結末でキリストらしき存在が一瞬姿を見せるなど、キリスト教的な象徴も込められているようですね。
 老人が「かげの国」に行く際に、現れる担架のイメージも象徴的で印象的です。
 生と死を扱った寓話的ファンタジーとして、魅力的な作品となっています。


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新しい世界  ジェイン・ヨーレン『水晶の涙』

水晶の涙 (ハヤカワ文庫 FT 54) 文庫 – 1983/7/15


 ジェイン・ヨーレンの長篇『水晶の涙』(村上博基訳 ハヤカワ文庫FT)は、人間に姿を見られた罰として人間にさせられた人魚の娘と、耳の不自由な少女との交流を描くファンタジー作品です。

 人魚の少女メルーシナは、魚たちと遊んでいる最中に海面に飛び跳ねた姿を、たまたま人間の少女に見られてしまいます。人間に姿を見られてはならないという掟を破ったとして、人魚の王・ラーにより古魔術(オールド・マジック)をかけられたメルーシナは、人間の姿になり海から追放されてしまいます。
 浜辺で倒れていたメルーシナを助けたのは、奇しくも彼女を目撃した少女ジェスでした。生まれつき耳が不自由で、人とまともに話すことのできないジェスは孤独を囲っており、唯一の友人といえるのは、老人のキャプテン・Aだけでした。
 メルーシナは、慣れない足を引きずっており、歩くこともできません。また彼女には舌がないため、話すこともできないのです。メルーシナに自分と共通したものを感じたジェスは、キャプテン・Aと共に、彼女を見守っていくことになりますが…。

 耳に障害がある少女と、人間になってしまった人魚の娘、互いにコミュニケーションに問題を抱える二人が心を通わせて成長してゆく…というファンタジー小説です。
 人との触れ合いが上手くできず世の中に対して怒りを抱えていたジェスと、海を恋しがるばかりで絶望していたメルーシナ、二人が互いに自分の知らなかった世界を教えてもらい、新たな認識を得ていく過程が瑞々しく描かれていきます。

 「コミュニケーション」が重要なテーマになっていて、互いに不自由さを抱えている者同士が、その不自由さゆえに心を通わせることができる、という物語になっています。
 耳が不自由で手話を使っていたジェスが、その手話を使っていたがゆえに、メルーシナとコミュニケーションを取ることができる…というのは上手いですね。メルーシナから人魚の歌を教えてもらったジェスが、手話によっても「詩」を歌えると知るシーンには、感動があります。
 メルーシナはもと人魚であるがゆえに、人間としての姿に不自由を覚えるのですが、その姿に慣れるまでの流れが詳細に描かれているのも面白いところです。服や靴に違和感を感じたり、初めて見る足を使って自分で歩こうとするシーンには、新鮮な視点が感じられますね。

 脇役として登場する老人キャプテン・Aも懐の深い人物です。元々世を拗ねているジェスの理解者であるのはもちろん、超自然的な存在メルーシナの存在もすぐに受け入れる大らかさを持った魅力的な人物として描かれています。

 「人魚」というファンタスティックなテーマを扱いつつも、主人公となる人魚と人間の少女の現実的な「苦難」が詳細に描かれ、またそれが克服されてゆく過程を描く作品でもあります。それでいて全体には、叙情的な空気が漂っており、ファンタジーとして魅力的な作品になっていますね。
 ちなみに、タイトルの「水晶の涙」は、人魚の流した涙が水晶になる、という伝説から来たもの。実際作中でメルーシナが流した涙は水晶になり、作中ではそれが重要な役目を果たしています。


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魔法の代償  ジェイン・ヨーレン『三つの魔法』

三つの魔法 (ハヤカワ文庫 FT (74)) 文庫 – 1985/4/15


 ジェイン・ヨーレン『三つの魔法』(宇佐川晶子訳 ハヤカワ文庫FT)は、ボタンに込められた三つの魔法をめぐって、親子二代の冒険が描かれるファンタジー作品です。

 シアンナは、海に囲まれた王国ソレティアに住む12歳の少女。父親のボタン職人シアンは、妻を海で亡くして以来、娘に海に近づくことを禁じていました。父の目を盗んで海に出かけたシアンナは、波にさらわれてしまいますが、海の魔女と恐れられる人魚のドレッド・メアリーに助けられます。
 若い頃はメリンナと呼ばれていたドレッド・メアリーは、かってソレティアの王子アンガードを愛し、彼のために三つの魔法のボタンをつけた上着を作りますが、冷たい王子は上着だけを持ち去り、彼女に対して振り向くことはありませんでした。長い時が経ち、記憶も薄れる中、ボタンの記憶だけがドレッド・メアリーに残っていたのです。
 シアンナが身につけていた上着には、母が昔拾ったという古い銀のボタンが付いていましたが、それこそ、かってドレッド・メアリーが魔法をかけたボタンだったのです。
 魔女に気に入られたシアンナは、自らが知る歌を教えることと引き換えに、魔法を教えてもらうことになりますが…。

 作品は「歌のシアンナ」「からの男」「水晶の池」「ガチョウの兄妹」という4部に分かれていて、前半の二部がシアンナの物語、後半の二部がシアンナの息子ランの物語となっています。
 「歌のシアンナ」では、シアンナが魔女のもとで魔法を学び家に戻るまで、「からの男」では、成長したシアンナが悪逆な王ブラガードからの結婚の申込みをはねのけるまで、「水晶の池」では、シアンナの息子ランがブラガードが祖父シアンにかけた呪いを解くまで、「ガチョウの兄妹」では、成人したランが外の世界に旅立ち妻となる女性と出会うまで、が描かれます。

 全てのエピソードに共通するのは「魔法には結果が伴う」ということ。魔法を使えば代償が発生し、それは大きな魔法であるほど大きいのです。例えば、第一部で使われた魔法の影響で、第二部では暴虐な王が生まれてしまう結果になるなど、その結果は無視できるものではありません。
 ボタンの魔法は強大なのですが、ボタンを持つシアンナとそれを受け継いだラン、どちらもその結果を恐れ、極限状況になるまで、魔法を使わないのです。それゆえ、主人公たちが追い詰められながらも、どこでボタンの魔法を使うことになるのか? というハラハラドキドキ感がありますね。

 敵として登場する、魔法を使う邪悪な王ブラガードのキャラクターも立っています。その力はシアンナよりも上であり、さらに狡猾な手段で主人公たちを苦しめます。魔法の骨のフルートを使うその振る舞いも面白いですね。二部で撃退されることになりますが、後半でまた再登場することになります。

 興味深いといえば、第二部で魔法の力によりシアンナを助けに現れる「からの男」の存在も面白いです。鎧で覆われた中身は「から」であるという、イタロ・カルヴィーノの『不在の騎士』を思わせるキャラクターになっています。

 完成度の高いファンタジー作品です。後半のランの物語も、様々な魔法や変わった登場人物、不思議な舞台と、冒険ファンタジーとして非常にカラフルな物語になっていて面白いのですが、印象に残るのは、やはりシアンナを主人公とした前半部分。
 特に魔女ドレッド・メアリーの悲しい過去と恋が描かれる第一部「歌のシアンナ」は、幻想的かつ美しい物語になっていて魅力的です。


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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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