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ドイツ怪奇幻想の伝統  種村季弘編『ドイツ怪談集』

ドイツ怪談集 (河出文庫) (日本語) 文庫 – 2020/3/5


 種村季弘編『ドイツ怪談集』(河出文庫)は、ドイツ怪奇幻想小説を古典から現代までバランス良く収録したアンソロジーです。

ハインリヒ・フォン・クライスト「ロカルノの女乞食」
 ロカルノの山麓に立つ古城、侯爵夫人が哀れみから入れてやった女乞食を疎ましく思った侯爵は、寝ていた場所から動かそうと冷たい態度をとりますが、女乞食はそのまま死んでしまいます。それ以後、その場所には幽霊が現れ始めます…。
 死んだ乞食の霊が城主に害をなすという、因果応報的でオーソドックスなゴースト・ストーリーなのですが、著者クライストによるその描かれ方が、非常に硬質・無機質なのが特徴になっています。内容よりもその描かれ方に味があるタイプの作品といえるでしょうか。
 霊現象は、死んだ直後の動作を再現しているようで、人間的に怨みを訴える霊というよりは、場所に焼き付いた思念が機械的に動作を繰り返している…といった印象も強いです。その意味で、侯爵が死を迎えるのは精神錯乱による自滅とも読めますね。

E・T・A・ホフマン「廃屋」
 テオドールは、ある日、大通りの中で妙に目立つ廃屋を見つけ興味を惹かれます。その家から美しい女性の手が出ているのを見たテオドールは、手鏡で部屋の中をのぞき込みますが、そこには若く美しい女性が写っていました。
 廃屋の住人に関心を抱いたテオドールは、その家に関する情報を調べ始めますが…。
 若く美しい女性が閉じ込められているらしい廃屋。そこにロマンティックな想像を膨らませた青年の冒険を描く作品です。美しい女性が廃屋の中にいるというのは、青年の一方的な思い込みと思いきや、手鏡にはその姿が映り、また第三者にもその映像が見えるような節があることなどから、超自然的な香りも強くなっています。
 結末で明かされる、廃屋の住人の過去の話も、これ単独で興味深いストーリーになっています。

ルートヴィッヒ・ティーク「金髪のエックベルト」
 妻のベルタと仲睦まじく暮らす金髪のエックベルト。親友ワルターとの交友のさなか、エックベルトはベルタの少女時代の不思議な話を聞かせます。それは、家から出たベルタが森の中で不思議な老婆と出会い、彼女と暮らしたという話でした。
 数年後、老婆が飼っていた、宝石を生み出す不思議な鳥を持ち出したベルタは、生まれ故郷の村に戻ることになりますが…。
 不思議な老婆と暮らすことになった娘と、彼女を妻とした男を描く作品です。終始おとぎ話的な雰囲気で展開される物語なのですが、疑心暗鬼から殺人が起こったり、恐ろしい真実が明かされたりと、おとぎ話らしからぬ展開になる異色のメルヘンです。
 狂気に彩られた結末の情景は怖いですね。

ユスティーヌス・ケルナー「オルラッハの娘」
 小村オルラッハに暮らす農家グロムバッハ家で、突然不思議な出来事が頻発するようになります。一家の娘で、働き者のマグダレーネは、ある日不思議な女の霊と出会い、ある期日までに住んでいる家を取り壊さないと災いが起きると警告されます。
 やがて黒装束の男の霊が何度も現れ、彼女を誘惑するように話しかけてきますが、女の霊は男の言葉に耳を貸してはいけないというのです…。
 二人の霊に憑かれた娘を描く、実録風のオカルト小説です。霊によって起こった事件や状態がこと細かに描写されていくのが特徴ですね。霊に憑かれた娘の様子はまるで『エクソシスト』のようです。執筆された時代(19世紀ドイツ)を考えると、かなり異色な作品なのでは。

ヴィルヘルム・ハウフ「幽霊船の話」
 父の死後、財産を全て金に換えた青年の「私」は、一旗揚げるため、忠実な従僕とともにインドに向かって出航します。旅の途次、奇怪な船とすれ違った直後に船は遭難してしまい、「私」と従僕のみが助かります。そこに通りかかったのは、以前見た奇怪な船でした。
 その船に乗り込んだ二人は、甲板に倒れた大量の死体と、マストに額を打ち付けられた船長と思しき男の死体を見つけます。船に食物や宝物が豊富なのを喜ぶ二人でしたが、夜になると甲板で人が動き回る音が聞こえるのです…。
 幽霊船に乗り込んでしまった青年とその従僕を描く恐怖小説です。幽霊たちは呪いにかかっているらしく、独自の行動をしているところが面白いですね。主人公たちはイスラム教徒、呪いを解くために頼るのはインド人だったりと、東洋趣味に溢れているのも面白いところ。

ヨーハン・ペーター・ヘーベル「奇妙な幽霊物語」
 幽霊が出るという城に乗り込んださる旅の殿方は、そこでメフィストフェレスを名乗る巨体の男に出会い驚きます。彼が化け物だと考えた殿方がピストルを構えると、男はなぜか逃げ出してしまいます…。
 これは幽霊物語というよりは、奇談でしょうか。意外な真相が明らかになる展開はどこかユーモラス。主人公の意気に感じ入る悪党たちの様子が楽しいですね。

フーゴー・フォン・ホーフマンスタール「騎士バッソンピエールの奇妙な冒険」
 騎士バッソンピエールは、パリの町でいつも自分に挨拶を送ってくる若い小間物屋の女房に目を惹かれます。彼女に手紙を渡し逢い引きしたバッソンピエールは、女と夢のような一夜を過ごします。
 再度、彼女の伯母の家で会うことを約束したバッソンピエールは、教えられた家を訪れますが、そこで目にしたのは思いもかけないものでした…。
 ペストが蔓延した世相、夢幻的な女との出会い、女とその夫らしき男の謎めいた正体など、雰囲気たっぷりの幻想小説です。
 逢い引きしていた女性は既に死者だった…という幽霊物語とも読めるのですが、他にもいくつかの解釈ができそうな、懐の広い作品になっています。

グスタフ・マイリンク「こおろぎ遊び」
 昆虫を専門とする学者が集まるなか、ブータンを調査に訪れていたヨーハネス・スコーパーが一年以上前に発送したという手紙の内容が読まれます。同封された瓶に入っていたのは新種のこおろぎでした。
 彼は現地で敬われている高位の司祭<ドゥグパ>から術を見せてもらい、話を聞く機会を得たというのですが…。
 チベットでの魔術を描いたオカルティックな幻想小説です。マイリンクの他の作品でも見られる「真の名前による力」もテーマとして扱われています。
 結末の描写や、物語本編の内容が記された手紙自体が戦争前に発送されているということ。このあたりから、<ドゥグパ>の魔術の結果として世界大戦が引き起こされた…という、破滅SF的な解釈も可能なように読めますね。

ハンス・ハインツ・エーヴェルス「カディスのカーニヴァル」
 カディスの町でカーニヴァルが行われるなか、木の幹がひとりでに歩いているのが目撃されますが…。
 大量の人々がいる祭りのさなかに、奇怪な木の幹が歩き回る…というナンセンスかつシュールな奇談です。驚いた人々が木を倒して中身を見てみるも、まったく何も分からない…という結末も良いですね。

カール・ハンス・シュトローブル「死の舞踏」
 恋人のベッティーネを失った医学生ヘルベルト・オスターマンは憂鬱に沈んでいました。若い友人クレッチュマーに謝肉祭の宴会にオスターマンを誘い、彼もその集まりに参加することにします。
 その席上、リアルな幽霊の仮装をした女性に誘われたオスターマンは一緒に外に出ることになりますが…。
 死者の国から現れる恋人に出会う青年を描いた作品です。多くの人々が集う祭りの場に死者が紛れ込む…という、どこかポオを思わせるような迫力のある恐怖小説になっています。タイトルにもなっている、結末での「死の舞踏」はグロテスク美にあふれていますね。

アルブレヒト・シェッファー「ハーシェルと幽霊」
 天王星の発見者として知られるウィリアム・ハーシェル卿が幽霊を目撃するという奇談です。
 現れた幽霊が不定形になり消えてゆく、という幽霊の描写も興味深いのですが、その現象に対してそっけなく接するハーシェルの人物像もユニークです。

ハンス・ヘニー・ヤーン「庭男」
 フィヨルドの入り江の掘っ建て小屋に住む庭男ラールス・ソルヘイム。娘によれば彼は癌にもかかわらず、百歳まで生きるというのです。ある日死んでしまった庭男は翌日には何事もなかったかのように歩き回っている姿を目撃されますが…。
 得体の知れない庭男を描いた幻想小説です。不気味ではあるものの、人には害はない存在なのかと思いきや、男に殺人を犯させたりと、かなり悪質な行為も働いていて、そのくせ何を考えているのかも分からないという、本当に不気味な存在です。

オスカル・パニッツァ「三位一体亭」
 フランケン地方の山裾を旅していた「私」は、たまたま出会った男から《三位一体亭》という旅籠を紹介され、そこに泊まることになります。その宿には三人の住人たちがいました。老齢の主人にその娘、そしてその息子である若者。
 しかし、若者のことを老人は自分の息子だというのです。彼らは本当に親子なのか? 語り手は訝しみます。さらに彼らは離れた場所に、ある男を監禁しているというのですが…。
 互いにその関係が不明な三人の家族、そして監禁されている正体不明の男。彼らの関係と過去とが徐々に明かされていくという不穏な作品です。タイトルの「三位一体」は、彼ら親子三人のことを現しているのと同時に、キリスト教的な意味も込められているようですね。
 娘が人間ではない何物かによって身ごもった、というくだりはそのあたりを意識しているのでしょう。ただ「硫黄の煙」の存在が言及されるあたり、その何物かは、神や天使ではなく悪魔を仄めかしてもいるようです。
 監禁された男の正体を含め、明確なことは最後まで分からないながら、何やら淫靡で邪悪な香りのする作品です。

マリー・ルイーゼ・カシュニッツ「怪談」
 いささか浮気性な夫アントンとともにロンドンの劇場を訪れた「わたし」。アントンは劇場で見かけた兄妹の妹に気を惹かれ、彼女に話しかけます。夫妻は兄妹から自宅へ紹介されます。妹のヴィヴィアンは突然アントンとダンスを踊り始めますが…。
 オーソドックスなゴースト・ストーリーなのですが、幽霊と目される兄妹がありありと劇場に現れるばかりか、長時間に渡って夫妻と接触(肉体的にも)するという大胆な展開の物語になっています。
 妻の目の前で他の女に話しかける夫といい、主人公の夫婦の関係性もどこか異様で、不気味な作品になっています。

ヘルベルト・マイヤー「ものいう髑髏」
 グリマルディ師のものだという髑髏は、口をきくということで有名でした。髑髏を見に資料館には訪問者がたびたび訪れていたのです。歴史学者は髑髏の言葉を直接聞こうと張り込みますが、なかなか言葉を聞くことはできません…。
 話す髑髏をめぐるシュールな作品です。髑髏が本当に話していたかは、ある人物の伝聞でしか分からないというのもポイントでしょうか。超自然的な現象が起こっているにも関わらず、それが下世話に扱われるというブラック・ユーモアたっぷりの作品です。

フランツ・ホーラー「写真」
 アルバムで両親の結婚式の写真を眺めていた「私」は、白い手袋をして杖を持った禿頭の男が写っているのに気がつきます。父親に尋ねても、男のことは知らないどころか、その写真でそんな男を見た憶えもないといいます。
 妹の子供の洗礼式で記念写真をとった「私」は、そこにも白い手袋の男が写っているのを見て驚きますが…。
 死神なのか死者なのか…、人間ではないらしい謎の男がいろいろな写真に写っているという実話怪談風の作品です。男の正体については全く明かされないのが不気味です。また、その現象を素直に受け入れる語り手の心情はどこか諦観が混ざっているようで、妙な味わいがありますね。


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英雄の旅  ロバート・ネイサン『タピオラの冒険』

タピオラの冒険 (1979年) (ハヤカワ文庫―FT) 文庫 – 古書, 1979/11/30


 ロバート・ネイサン『タピオラの冒険』(矢野徹訳 ハヤカワ文庫FT)は、英雄に憧れる小犬が、仲間と共に冒険の旅に出るというファンタジー作品です。
 作品は「タピオラの旅」「タピオラの勇敢な連隊」の、大きく二部に分かれています。

「タピオラの旅」
 出版業者の妻ポッペル夫人の愛犬ヨークシャー・テリアのタピオラは、外の世界で何かを成し遂げたいという意欲にかられ、家を出ていくことを決意します。
 タピオラの決意を聞いた友人のカナリア、リチャードもその旅に同行することになります。途中で知り合った老ねずみのエレミアを加え、冒険を続けることになりますが、彼らの試みはなかなか成功しません…。

 臆病で小心者の犬のタピオラが、仲間と共に冒険の旅に出るという作品です。その意気とは裏腹に、トラブルに遭遇するたびに、タピオラは臆病風に吹かれて逃げ出したり、痛い目にあったりと、彼自身が望むような「英雄」とはほど遠い行動を取ることになります。出版社の家に飼われていただけあり、文学的な知識が豊富なタピオラは、ことあるごとに文学や哲学的な演説を繰り返し、自らの失敗や臆病さをごまかしていく、というのが楽しいですね。
 それは相棒となるカナリアのリチャードも同様で、自分を芸術家・歌手として任じるリチャードは、たびたび自分の音楽的な才能を誇示しますが、それは特に役に立たないのです。
 唯一、現実的に役に立つことになるのが、ねずみのエレミア。年老いた知恵者として描かれており、一行の中では比較的現実的な提案もすることになります。しかしその体の小ささもあり、彼に関しても劇的に活躍するということもありません。

 結局のところ、主人公の動物たちは理念こそ崇高なものの、何事も果たせず元の日常生活に戻ることになるわけで、その意味では、一種の諷刺小説といってもいいのでしょう。けれど、諷刺といっても、そこに登場人物たちに対する悪意や軽蔑の念などはありません。むしろ作者の暖かい視線があるだけに、読み心地は大変良い作品になっています。
 作中、タピオラが文学的な演説をするシーンで、作者ロバート・ネイサンの名前を言及するシーンもあり、そのあたりは楽しく読めますね。

「タピオラの勇敢な連隊」
 かっての旅から時間が経ち、自分が老いつつあることを感じていたタピオラは、巨大な原牛の夢を見ます。彼らに立ち向かうためにタピオラは軍隊を作ることを考えて、動物たちを集めていきます。
 相棒のリチャード、ねずみのエレミアのほか、鳩のヘンリー、エレミアの孫ミカなどを加えて、彼らは旅立ちますが…。

 時間を経て、再度旅立ったタピオラ一行の冒険を描く作品です。相変わらずメンバーは小動物ばかり、特に何もできずに帰還する、という流れは前編と同様なのですが、新たに加わったメンバー、エレミアの孫ミカは存在感を発揮しています。
 タピオラたちに憧れ、メンバーに参加したミカは美しいねずみの娘に出会ったり、強大な敵に向かっていったりと、タピオラたちよりもよっぽど活躍します。
 書かれたのが第二次大戦前夜という状況も関係しているのでしょうか、やたらと軍隊のイメージやアナロジーが使われています。ただ、前編と同様、主人公たちは全然活躍したり、敵を倒したりするわけではないので、「戦意高揚」的な意味で書かれたわけではないようですね。

 タピオラを含め、登場する動物たちが皆やたらとプライドが高く、持論や哲学的な談義を繰り返すのですが、それらの演説や議論がちょっと見当外れで「薄味」なところは、作者が諷刺的に描いているゆえでしょうか。
 その意味で作中で一番好感度が高いのは、やはりエレミアの孫のねずみのミカで、彼は自分が何も知らない若者だということを認識しているがゆえに、何事にも熱心なのです。クライマックスでは、タピオラの代わりに彼が「英雄」になることにもなります。
 最初から最後まで、肝心の主人公のタピオラは口だけで何もできない…というのも何とも可笑しいところです。これほど主人公が「成長しない」話も珍しく、その意味でユニークではありますね。


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ユーモアとファンタジー  ハンス・ファラダ『あべこべの日』
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 ドイツの作家、ハンス・ファラダ(1893-1947)の童話集『あべこべの日』(前川道介訳 ハヤカワ文庫FT)は、ユーモアとファンタジーに満ちた作品集。動物が主役になったり活躍したりする作品が目立ちますね。

 卵を生めないメンドリが体の一部を失うたびに、魔法使いの手により金属や宝石で身体を飾られてゆくという「不幸なメンドリ」、隠れるのが好きな少年の家が、姿を隠す魔法の帽子を持った動物たちに襲われる「魔法の帽子」、様々な出来事があべこべになってしまう日を描いた「あべこべの日」、弟を欲しがる少女が星の子と出会う「星の子」、作物を荒らすハリネズミを追い払おうとする男を描いた「忠実なハリネズミ」 、発音が不明瞭なために、言葉を聞き間違えた人々にトラブルを起こしてしまう少年の物語「もぐもぐペーター」、天涯孤独なメスネズミがパートナーを求めて冒険する「ネズミのぐらぐら耳」、罰として部屋の外に出された少年が、部屋の中で母親がするお話を何とか聞こうとする「短いお話のお話」、犬や家畜たちのように自分を養ってほしいと申し出る厚かましいネズミを描く「悪賢いネズミ」、孤児になった少女が祖母の言い残した言葉に従い幸運の金貨を求めるという「ターレル金貨」、子供を多く欲しいと思っていた父親が、実の二人の子供の他に空想上のきょうだいがいるかのように振舞う「空想のきょうだい」の11篇を収録しています。

 特に面白く読んだのは「不幸なメンドリ」「魔法の帽子」「もぐもぐペーター」 「ターレル金貨」などでしょうか。

「不幸なメンドリ」
 魔法使いのもとで暮らすメンドリが主人公。金や銀の卵を産む他のメンドリと比べ、普通の卵も生めないメンドリはわが身を嘆いていました。
 しかし、魔法使いはいずれメンドリを使って、死人をよみがえらせるスープが作れると考え、彼女を大事にしていました。その話を漏れ聞いた魔女の家政婦はメンドリを料理してしまいます。魔法使いは魔法でメンドリを蘇らせますが、片方の足は元に戻せません。
 黄金細工師に頼んで黄金の足を作ってつけることにしますが、それからもメンドリは災難に会い続け、その度に体の一部が金属や宝石に置き換わっていきます…。
 メンドリが魔法の力によってどんどんと「サイボーグ化」していゆくという物語。体がいくら飾られても、状況が良くなっても、不幸を嘆き続けるメンドリのキャラクターがユニークですね。

「魔法の帽子」
 物音を立てずにさっと隠れるので「さっちゃん」と呼ばれる少年を主人公にした物語。「さっちゃん」が留守番中、突然ドアが開きとっさに彼は姿を隠しますが、侵入者の姿は見えません。声だけがするのを聞く「さっちゃん」ですが、それによれば、彼らは小人から姿を消す魔法の帽子を奪いやってきたキツネとクマだというのです。両親が帰ってくればクマに殺されてしまうと考えた「さっちゃん」は何とかしようと策を練りますが…
 普段から隠れるのが得意な少年が、魔法の帽子を使ってやってきた動物たちを出し抜くという物語です。智恵と特技を使って敵を追い出そうとする少年の活躍が楽しい作品です。

「もぐもぐペーター」
 いつも口をもぐもぐさせて、ものをはっきり言わない少年ペーター。買い物を頼まれたペーターは出かけます。途中で出会った人々から話しかけられますが、もぐもぐ話したために、答えた言葉は全く違う風にとらえられてしまいます…。
 少年の言葉を全く違う風にとらえた人々が次々にひどい目にあってしまい、あとで少年が逆襲にあってしまうという物語です。主人公にとっては「災難」ではあるのですが、彼自身もそれを利用してずるいことをしたりするので、お互い様、という感じのお話になっていますね。

「ターレル金貨」
 お祖母さんと暮らしていた少女アンナ・バルバラは、祖母を失いますが、ターレル金貨を手に入れれば幸福になれるという遺言に従い、外の世界に出てゆくことにします。
 ハンス・ガイツという、のっぽで痩せた男から、自分のもとで働けば金貨を手に入れられるという話を聞きたアンナは、彼を信用し、ともに旅立ちます。しかし彼女に与えられた仕事は、地下室で大量の樽に詰められた硬貨を一つ一つぴかぴかに磨き上げることでした。
 逃げ出したいと考えるアンナでしたが、上には地獄から連れてきたという、炎を吐く二匹の犬が入り口を守っているのです。仕方なしに仕事に取り掛かるアンナでしたが、洗剤の入った瓶の中に小さな男がいることに気がつきます…。
 幸運の金貨を手に入れるために働く少女が、悪魔(のような)男に捕まってしまう…という物語です。膨大な硬貨を磨かなくてはならないという仕事の詳細がリアルで、ヒロインの感じる絶望感が伝わってくるようです。
 幸福の象徴が「金貨」、少女が科される仕事も硬貨磨きと、お金そのものがモチーフになっているところも、どこか寓意を秘めているようで、面白い作品になっていますね。
 集中でも幻想性の高い、本格的なファンタジー作品です。


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子どもたちのための物語  リヒャルト・レアンダー『ふしぎなオルガン』

ふしぎなオルガン (岩波少年文庫) (日本語) 単行本(ソフトカバー) – 2010/3/17


 ドイツの作家リヒャルト・レアンダー(1830‐1889)による童話集『ふしぎなオルガン』(国松孝二訳 岩波少年文庫)は、医師だった著者が、従軍した独仏戦争(1870‐71)時に、故郷の子どもたちに向けて書いたという童話がまとめられています。

 思い上がったオルガン作りの若者がショックのために妻を置いて失踪してしまうという「ふしぎなオルガン」、小さな女の子が動物たちと語らい不思議な経験をする「こがねちゃん」、夢の中のお姫さまに憧れた男が夢の国の王様を助け、その国に招待されるという「見えない王国」、おっちゃこちょいな悪魔が聖水の中に落ちてしまう「悪魔が聖水のなかに落ちた話」、不信心な行いの罰として左半身が錆びてしまった騎士と彼の呪いを解こうとする敬虔な妻の物語「錆びた騎士」、互いに相手に対してないものねだりをする王様とそのきさきを描く「コショウ菓子の焼けないおきさきと口琴のひけない王さまの話」、何でも一つだけ願いの叶う魔法の指輪を手に入れた百姓を描く「魔法の指輪」、ガラスの心臓を持った姫たちと姫を愛する青年の冒険を描く「ガラスの心臓を持った三人の姉妹」、墓の前で遊ぶ幼い少年少女とその姿に生前を思い出す死者の老人を描く「子どもの話」、青年の嫁候補について母親が知恵を出すという「ゼップの嫁えらび」、王子が身分の低い女性を愛したことから困難が起こるという「沼のなかのハイノ」、生まれつき不幸なことを嘆く陰気な青年と幸福の塊のような姫との恋を描く「不幸鳥と幸福姫」、若返ることのできる臼を求めてやってきた老婆の物語「若返りの臼」、赤ん坊を運んでくるコウノトリと子どもを受け取った夫婦を描く「カタカタコウノトリの話」、神さまが恋人同士の少年少女の願いを叶えるものの行き違いになってしまうという「クリストフとベルベルとが、自分から望んでひっきりなしにゆきちがいになった話」、その根元で見た夢は本当になるという伝説のブナの木をめぐる物語「夢のブナの木」、仲睦まじかった夫婦が、小鳥のひなをめぐって仲たがいしてしまうという「小鳥の子」、神と天使たちの演奏する音楽をめぐるファンタジー「天の音楽」、びんぼう人とお金もちがそれぞれの天国と地獄に行くという「天国と地獄」、ほうぼうを旅行して歩く老人が手にしている汚いトランクの秘密を描いた「古いトランク」を収録しています。

 一番印象に残るのは「夢のブナの木」でしょうか。
 古くからある大きなブナの木には、その下で眠ると、見た夢が本当になるという伝説があり、村の人々はそれを信じていました。しかし意図的にそういう夢を見ようと試してみても上手くはいかないというのです。
ある日通りかかった職人は、木の下で眠ってしまい夢を見ます。それは、妻や子供とともに家族でテーブルを囲んでいるという夢でした。職人は、初対面の宿屋の娘に夢のことを話します。実際は違ったものの、夢で見たのは彼女だったと嘘をついたところ、娘は、青年は自分の運命の人だと信じ込みます。
 やがて娘と結婚した職人は、急死した義父のあとを継いで、宿屋の主人となり、安楽な地位を手に入れますが…。

 夢が叶うという伝説のブナの木をめぐって展開される物語です。実際に夢が現実になるかどうかについてははっきりせず、嘘(というほどではないですが)をついて、娘と結婚した青年が、結果的に夢のとおりの立場を手に入れる、という話になっています。
 面白いのはその後の展開。青年が嘘をついたことを妻が知ってしまいパニックになってしまうのです。自分は本来決められていた運命の相手と引き裂かれてしまったのではないか、ということと、自分は伝説に引き摺られていただけで、本当に夫を愛しているのだろうか?という疑問が、妻の頭の中に思い浮かんできてしまうのです。
 村人たちが皆、夢のお告げを信じているという前提なので、青年はそれを利用した形になるのですが、それさえも夢の運命で決められていたことなのか、ということも含めて、考えると「夢」と「現実」の相互作用について、面白い物語になっていますね。

 「魔法の指輪」も面白いです。
 ひょんなことからタカの子を助けて、お礼に何でも一つだけ願いを叶う魔法の指輪を手に入れた百姓。しかし金細工師にだまされて指輪をすり替えられてしまいます。大量のお金を願った金細工師は、お金につぶされて死んでしまい、百姓の方は指輪を本物と思い込み家に帰ります。願いを叶えるよう妻はたびたび夫に言いますが、夫はいざというときに使えばいいと、真面目に働いているうちに、立派な身代の持ち主になってしまう…という物語。

 思い込みと努力で、幸福を手に入れてしまう…という、良く出来た寓話になっています。
 印象に残るといえば、指輪を騙し取った金細工師が、上から降ってくる大量の銀貨によって圧死する…というシーンも、やけに凄惨なシーンで強烈なインパクトがありますね。


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おかしな人々  J・L・ハーリヒィ『悲鳴でおわる物語』
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 J・L・ハーリヒィ『悲鳴でおわる物語』(榎林哲訳 角川文庫)は、映画化された『真夜中のカウボーイ』原作者として有名な、ジェームズ・レオ・ハーリヒィの短篇集です。文学味の強い〈奇妙な味〉の作品集になっています。

 幸福に暮らす母子のもとで病人を預かることになったことから家庭が崩壊してゆくという「やさしいウィリアム」、病院に収監された精神病者の妄想を描く「愛と野牛」、郵便配達車の幽霊が生まれるに至った経緯を語る「合衆国郵便配達車の幽体」、二人の老嬢をめぐる悲喜劇を描く「七番目の火事の日」、階上に住む少年と少女について酔っ払いの女性が語る物語「笑い、その他」、未亡人となり一人暮らしになった女性が友人を求める…という「イーガー夫人のおそれ」、ならず者の男とその恋人を描く戯曲「テリブル・ジム・フィッチ」、酒場の閉店パーティーをめぐって夫婦の軋轢が描かれる「ミジェット酒場の閉店パーティー」、気弱な夫に不満を持つ妻が占いをきっかけに自暴自棄になっていくという「悲鳴でおわる物語」を収録しています。
 基本は文学的な作品集だと思うのですが、時折、幻想的な要素があったり、〈奇妙な味〉的な作品もあったりと、ユニークな作品集となっています。
 〈奇妙な味〉として楽しめる(エンタメ性も高いです)のは「やさしいウィリアム」「合衆国郵便配達車の幽体」、あとは結末で急展開する「ミジェット酒場の閉店パーティー」も面白いですね。

「やさしいウィリアム」
 未亡人となったアナ・ブレーマーとその息子ウィリアム。しかしアナには蓄えがあり、息子も働きに出るようになったことから生活は苦しくはありませんでした。何よりウィリアムには周囲の人を何となく幸せにするという不思議な力があり、皆から好かれていたのです。
 元看護婦だったアナは、知り合いの医師から、ボルツなる老人の在宅看護をしてほしいという依頼を引き受けます。彼が亡くなった場合、多額のお金が入ると言う条件だったのです。しかしあらゆる物事に不満を漏らすボルツは、アナとウィリアムの家庭を暗いものにしていきます。
 やがてウィリアムと取り巻いていた不思議な雰囲気がほとんどなくなっていることにアナは気がつきますが…。
 意地の悪い病人によって家庭が崩壊しかかるという話なのですが、この家庭の息子ウィリアムが不思議な能力の持ち主というところがユニークな点となっています。手先が器用で明るいといった現実的な長所のほかに、彼がいると動物や赤ん坊がおとなしくなったり、大人でも幸せな気分になるというのです。
 ボルツの「邪気」はウィリアムの能力よりも強いようで、段々と家庭の居心地は悪くなり、ウィリアムも家に帰りたくなくなるまでになります。外からは、家自体が邪悪な形に変貌しているようにウィリアムには見える、というシーンは印象的ですね。

「合衆国郵便配達車の幽体」
 未亡人ドロシーは、郵便配達夫の男やもめシドニーと恋仲になりますが、近所に住むマルヴィナ・チェニーは、彼らのことを監視しており、郵便局に通報すると息まきます。動揺したシドニーは車の事故を起こして亡くなってしまいます。その直後から郵便配達車の幽霊らしき存在が現れますが…。
 車の幽霊を描いた珍しいゴースト・ストーリーです。語り手であるドロシーが、心霊学やESPの研究家でもあり、序盤から霊の存在についても語ります。それによれば人間だけでなく、動物も霊になることがあり、そうであれば機械に関してもある条件のもとでは幽霊になるというのです。
 夫も恋人も失った語り手が、しかし、霊魂の不滅を確信するという、ある種ハッピーエンドといえなくもない結末には、ちょっとした温かみもありますね。

「ミジェット酒場の閉店パーティー」
 夫婦が経営する酒場が閉店することになり、その閉店パーティーをめぐって軋轢が描かれるという作品です。看板娘で優しかった妻がいつの間にかヒステリックで意地の悪い女になってしまっており、閉店に当たっても、夫ばかりか訪れてくれた友人にも意地の悪い態度を取ります。その妻の、自暴自棄で破滅的な言動が描かれていくという文学的な作品になっています。
 表現力豊かで、これはこれで面白い作品なのですが、結末に至って突然超自然現象が登場し、読者を驚かさせます。この超自然現象が、妻の幻影なのか本物の超自然なのかははっきり分からないのですが、この結末部分を読んでから、もう一度初めから読み直すと、またイメージが変わってくるという、面白い作品になっています。

 ちなみに、タイトルが印象的な、表題作「悲鳴でおわる物語」はこんなお話。
 弱気でおとなしい夫マットに不満を抱いていた妻メアリ・エレンは、隣人のアイヴィに占い板で占いをしてもらいます。そこにはメアリ・エレンがエズラという男に出会う、ということが記されていました。
 ある夜、自暴自棄になったメアリ・エレンはエズラとの出会いを求めて、車でドライブに出かけますが…。
 なかなか解釈の難しい作品です。夫に不満を抱く妻を描いた心理小説と読めるのですが、占いによって出現するお告げなど、超自然的な香りも濃厚で、なんとも奇妙な味わいの作品になっています。
 タイトル通り、物語の最後が「悲鳴」で終わるのですが、この「悲鳴」が恐怖によるものでないところが、この作品の面白いところでもありましょうか。


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意思を持つ家  ロバート・ウェストール『ゴーストアビー』

ゴーストアビー (YA Dark) (日本語) 単行本 – 2009/3/1


 ロバート・ウェストールの長篇『ゴーストアビー』(金原瑞人訳 あかね書房)は、家族と共に元修道院の古い館に移り住んだ少女が、不思議な現象を体験するという、ゴシックホラー作品です。

 十二歳の少女マギーは、二年前に母親を亡くして以来、一家の主婦代わりとして、双子の弟バズとギャズ、そして妻を亡くしてから抜け殻のようになってしまった建築家の父親の面倒を見ていました。そんなある日、父親の旧友だというテッド・ジャーマンから、父親に仕事の依頼が舞い込みます。
 それは、古いアビー(修道院)の建物に住み込んで改修工事を行う現場監督の仕事でした。父親はその仕事を引き受けることにします。
 99もの部屋があるこの大邸宅には、管理財団の責任者でありオーナーでもある独身女性ミズ・マクファーレンが既に住んでいました。
 アビーとその一家は、変わり者ながら優しいこの女性と共同生活をすることになります。仕事に打ち込み、またミズ・マクファーレンとのふれあいにより、父親が元気を取り戻していくことに安堵するマギーでしたが、その一方、館の中でたびたび不思議な現象に遭遇することになります…。

 妻の死から立ち直れない父親、言うことを聞かない双子の弟、さらに経済的な問題も抱える一家の少女が、生活を一新するために移り住んだ古い館で不思議な現象に出会うという物語です。
 メインのテーマとなる館(アビー)は、どうやら17世紀以前にさかのぼる歴史ある建物らしく、古い時代の血の記憶もまた染み付いているのです。主人公マギーはそうした過去の幻影を見たり、謎の歌声を聞いたりと、奇妙な現象を体験することになります。

 しかし父親は現実的な人物で、そうした超自然現象は受け入れようとしません。そもそもこの父親が、基本的には善人ながら、短気で、あまり人の意見を聞かないタイプの人物として描かれています。娘のマギーもたびたび父親の暴発を恐れている様子が描かれるのです。
 この父親のほか、全く人の言うことを聞かない双子の弟たち、いささか世間ずれしたミズ・マクファーレンも含め、精神的に不安定な人間たちが、怪しい館で共同生活をすることになるわけで、彼らの精神のバランスが崩されていく…という話かと思いきや、意外にもそうはならず、むしろ家族にとってプラスの方向に向かう…というのが、ユニークな展開となっています。
 どうやら館自身が自分の意思を持っているようで、自分自身を傷つける者には罰を、逆の場合はむしろ守っているようなのです。
 それに気付いたマギーは、館の意思を確認しようとすることにもなります。

 このタイプの館もの(幽霊屋敷もの?)ホラー作品で、そこに住む人々が、ちょっとした喧嘩は別として、精神を病まない…というのは、逆に珍しく、新鮮な興趣を覚えます。 主人公のマギーが非常に大人びた少女として描かれている反面、登場する大人たちが頑固で子供っぽさを持った人物として描かれているのも特徴ですね。マギーから見た大人たちの事情が描かれる部分も、小説として滋味があります。

 最終的には、登場人物たちにハッピーエンドがもたらされることにはなるのですが、この結末がマギーや家族たちの行動の結果もたらされたものなのか、それとも「アビー」の意思によるものなのかは、はっきり描かれていないようです。
 表面上は「家族の再生」を描いた物語とも見えるのですが、すべてが「アビー」の意思の結果、と捉えると、かなり本格的なホラーとも取れ、その意味でも面白い作品といえますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ウェストールの短篇を読む  ロバート・ウェストール『遠い日の呼び声』『真夜中の電話』
 『遠い日の呼び声』『真夜中の電話』は、ロバート・ウェストールの全短篇から傑作を選り抜いたという作品集。それぞれ9篇ずつの短篇が収められています。


真夜中の電話 (児童書) (日本語) 単行本 – 2014/8/8


ロバート・ウェストール『真夜中の電話』(原田勝訳 徳間書店)

「浜辺にて」
 家族と共に浜辺に遊びに来ていた少年アランは、家族が眠ってしまっているあいだに、美しい水着の少女に話しかけられます。彼女は自分は既に死んでいる、と言うのですが…。
 白昼で展開されるゴースト・ストーリーです。これはなかなか怖いですね。

「吹雪の夜」
16歳の少年サイモンは、牧師の娘アンジェラと恋人になります。神を信じていないサイモンはしかし、アンジェラと共に奉仕活動をする内に、胸に暖かいものが芽生えるのを感じていました。しかし宗教的なことが原因で二人は喧嘩別れをしてしまいます。
吹雪の夜に妊婦のいる家に出かけようとしたアンジェラを心配したサイモンは、彼女を追いかけますが、二人とも遭難してしまいます…。
無神論者の少年と、敬虔な少女、真逆の信仰を持つ二人が、吹雪の夜の困難を通して心を通じ合わせる…という物語。互いに頑固なところのある二人がくっついたり離れたりを繰り返す過程にはドキドキさせられます。
前半の少年少女の恋模様といい、後半の吹雪の中の救助活動といい、いろいろな見せ場のある、面白い作品になっています。

「ビルが「見た」もの」
 失明した初老のビルは、失った視力の代わりに得た鋭敏な聴力とその洞察力で、身の回りの出来事を推察していました。家のそばにやってきた、不良じみた少年とその恋人らしき少女の会話を耳にしたビルは、何か不穏なものを感じ取りますが…。
 耳にしたことだけから、事件を推察するという「安楽椅子探偵」のバリエーション的作品です。主人公が耳にする音から、様々な出来事や情報を得る…という過程は、読んでいて楽しいですね。

「墓守の夜」
 妻を亡くした墓守の男セムには不思議な力がありました。埋葬した人間たちの霊が彼の前に現れて、話を聞くことができたのです。霊たちは、セムの前に現れては後悔や愚痴など、様々なことを話します。ある日、埋葬したばかりのミルリック医師がセムの前に現れます。
 彼は、生前から評判の悪い男でした。ミルリックが言うには、彼は完全に死んでおらず、身体を掘り出してもらえれば生き返れると言うのです。もしそうしなければ、ミルリックはセムにあることをすると、脅迫的な態度を取りますが…。
 霊と話せる孤独な男の心温まる物語、と思いきや、急転直下、非常に怖い話になるというゴースト・ストーリーです。こういうパターンのお話は、あまりないのではないでしょうか。

「屋根裏の音」
 父親が戦争に行ってしまってから、母親の健康がすぐれないことを娘のマギーは心配していました。ある日突然、母親が元気になったのを見てマギーは不審に思います。母親の留守中に屋根裏から何かがいるような気配を感じたマギーは、屋根裏を調べ始めますが…。これはお話の予想がついてしまうと思うのですが、味わいのある作品だと思います。
 親に対して愛情を抱きながらも、心無い言葉をかけてしまう、娘の心の不思議な動きが読みどころでしょうか。

「最後の遠乗り」
 バイクを乗り回し、いたずらを繰り返す「おれ」とその仲間たち。ある日、彼らは風変わりなカップルの乗った車に追い回されることになりますが…。
 無軌道な若者たちの青春を描いた作品です。著者ウェストールが息子を若くして失った直後に書かれており、著者も思い入れがあった作品だとか。

「真夜中の電話」
 人々の相談を電話で受けるボランティア団体のサマリタン協会。元支部長のハリーは、長年クリスマスイブの夜勤を一人で務めていました。急な病のため、ハリーの代わりを務めることになったジェフとメグの夫婦は、その夜、夫に殺されるという妻の電話を受けることになりますが…。
 殺人を予感させる電話を受けた夫婦が奔走するサスペンス、と思いきや、超自然味豊かなホラー作品です。夫婦が無事に一夜を過ごすことができるのか?というのがメインになりますが、なぜ支部長ハリーが長年一人で夜勤を務めていたのかがわかるラストにも、ある種の感動がありますね。

「羊飼いの部屋」
 山の上の家の「羊飼いの部屋」に泊まって過ごすことになった「ぼく」と友人のアラン。しかし設備もトイレもない家に対して、アランは文句を言い続けます。吹雪になり命の危険まで出てきたにも関わらず、何もしようと市内アランに「ぼく」は憎悪の念さえ覚え始めますが…。
 何もない山の家で吹雪から生き延びなければならなくなった二人の少年を描く物語です。この二人が水と油で、互いに憎み合うようになり、果ては殺意さえ覚え始める…という不穏な展開です。
 「ぼく」がいわゆるアウトドアに長けているのに対して、アランはそうした面が不得手なばかりか、文句ばかり言い募るのに対して、「ぼく」が段々といらついてくるのがわかる描写が見事ですね。物語は「ぼく」の一人称で語られていくのですが、最初は「アラン」と名前で呼んでいたのが、そのうちに「あいつ」とか「やつ」としか呼ばなくなってくる、という部分は面白いですね。
 解説にもありますが、本作品集に収録されている「吹雪の夜」とシチュエーションは似ていながらも、全く違ったタイプのお話になっているのが面白いところです。

「女たちの時間」
 戦争中の漁村で、少年の「わたし」は周囲の女性たちにかわいがられて育ちます。隣人のマージーは、10代で嫁いですぐに夫を失った未亡人でした。年齢の近い「わたし」はマージーと仲良くなりますが…。
 語り手の少年時代と「初恋」(?)がどこか夢幻的に描かれる作品です。随分時間が経ってから過去を回想するという形式になっており、ノスタルジックな雰囲気も濃いですね。



遠い日の呼び声: ウェストール短編集 (WESTALL COLLECTION) (日本語) 単行本 – 2014/11/12


ロバート・ウェストール『遠い日の呼び声』(野沢佳織訳 徳間書店)

「アドルフ」
 ふとしたことから、近所に住むアドルフという足の悪い老人の代わりに、買い物の用をいいつかった少年ビリー。ビリーは偏屈な老人のことを嫌いながらも、彼の話す戦争や世の中の不条理の話に関心を抱くようになっていきます。
 やがてビリーは、アドルフがナチスのある人物ではないかと疑うようになりますが、その噂は周囲にも広まってしまいます…。
 世の中の不幸や不条理について話す老人に惹き付けられていく少年の姿を描いています。現実的で世の中に対して働きかけようとはしない両親に比べ、老人の話は少年の知らない世界を知らせてくれるのです。
 老人の描く絵は残酷ながら、見ずにはいられない…という描写にはインパクトがありますね。老人が、かっての戦争での犯罪人ではないかとの思い込みは、やがて悲劇を導くことにもなります。
 戦争犯罪、罪の意識、貧困、周囲の思い込みによる迫害…。様々な問題意識が盛り込まれた意欲作です。

「家に棲むもの」
 独身で、なおかつその家に住み続けることを条件に遺産を譲る…。大おばから、奇妙な条件で相続を受けた若い女性サリーは、その家にいると、生気を奪われていくかのような感覚を覚えていました。ふと迷い込んできた野良猫を家に入れたことから、その感覚が楽になったことに気付いたサリーは、沢山の猫を飼うようになりますが…。
 家に取り憑いた何物かが若い女性を襲うというホラー作品。怪物の正体は最後まで分からないのですが、猫によってそれを追い払う、という展開はとてもユニークですね。

「ヘンリー・マールバラ」
 裕福な家に生まれ、資産家の青年とも結婚したジラは、その環境に不満を持ち、自立して何かを成したいと考えていました。ふと見た墓碑銘から知った遠い昔の男性ヘンリー・マールバラに憧れの念を覚えたジラは、彼が生きていた時代に興味を持ちます。
 新聞に記事を投稿するようになったジラは、やがてヘンリー・マールバラと彼が生きていた時代をモチーフにして小説を書き始めますが…。
 何不自由ない環境にありながらも、自立心旺盛な女性が、過去の一男性にロマンティックな憧れを抱き、そのエネルギーを糧に成功する…という物語。なのですが、そのロマンティックな憧れが砂上の楼閣でしかなかった…となる後半の展開は強烈な皮肉に満ちています。
 過去の幻影によって突き動かされていたと思っていたヒロインが、過去の幻影すら存在しなかったと悟る結末は、ちょっと怖いですね。ある意味、幽霊の登場しない幽霊物語、といってもいいような作品です。

「赤い館の時計」
 現実的な考えを持つ父親のもとで育った少年の「ぼく」は、長じて様々な道具や機械を修理することに喜びを見出すようになっていました。古物商のティップのもとで働くようになった「ぼく」は、村中から尊敬されていた少佐の家が破産したことを知ります。
 体の不自由な令嬢が亡くなった後、金貸しのマクリントックが原因で、父親の少佐も経済的に困窮し自殺に追い込まれてしまったのです。少佐の屋敷の品物を競売にかけることになり、ティップと共に家を訪れた「ぼく」は、音の出る仕掛けのある時計を見つけ、それに魅了されます。
 時計に目を付けたマクリントックはそれを自分のものとしますが、その時計の音は彼を苦しめ、結局、時計を捨ててしまいます。時計を拾った「ぼく」はそれを修理しようとしますが…。
 因業な金貸しが、自分が破滅させた相手の品物によって精神的に苦しめられる、という因果応報的なお話です。時計によって精神的に追い詰められた金貸しが何度も時計を捨てたり壊したりするたびに、「ぼく」が修理してしまう、という繰り返しが強烈ですね。
 悪人が罰を受けるという面では痛快なのですが、その過程で、共に時計を修理してくれた父親に愛情を覚える「ぼく」が、しかしその父親の無情さにも気がつき戦慄する、というサブテーマも盛り込まれており、さりげなくはあるものの、こちらのテーマの方が強烈な印象を残しますね。

「パイ工場の合戦」
 かっては貴族として高い地位を誇りながら、イギリスにやってきた今ではパイ工場を経営するシコルスキー伯爵夫人。彼女のパイは上手いと評判になっていました。パイ工場に住み、両親とともに働く少年の「ぼく」は、飼っている猫ゴライアスが、猟犬たちに襲われて殺されてしまのではないかと、恐怖を抱いていました…。
 これは猫が主人公と言ってもいいお話でしょうか。ゴライアスという強そうな名を与えられた猫が、その名に恥じぬ振る舞いをするお話になっています。
 パイを焼く伯爵夫人といい、猫に翻弄される猟犬たちといい、全体にユーモラスなお話ではあるのですが、その中にも、争いごとを好まない父親と、最終的には世の中に対して戦いを挑むことになる息子との間に、目に見えぬ壁が生まれてしまうというお話にもなっており、深いテーマの作品といえますね。

「遠い夏、テニスコートで」
 我流ながらテニスの才能を持つ少年ジミーは、ひょんなことから上流階級の娘であり、学校でも随一のテニスプレーヤーである少女フェリシティと一緒に練習をする仲になります。やがてほのかな恋心が二人の間に生まれますが、フェリシティが大会のパートナーにジミーを選ばなかったことから、二人は決裂してしまいます。フェリシティにライバル心を燃やす少女パットはジミーに、一緒に組んで、フェリシティに一泡吹かせてやろうと誘いかけますが…。
 ほのかな恋心を抱きながらも、階級的なものが原因で捨てられたと思い込んだ少年が、復讐のためにテニス大会で相手を倒してやろうと息巻く、というお話です。少年の恋心と裏切られたと思ったときの復讐心が強烈で、そのエネルギーで最後まで読み進めさせられてしまいます。

「空襲の夜に」
 両親を戦争で失った少年の「ぼく」は、海沿いの町で祖父母と共に暮らしていました。ドイツ軍の侵入に備えていた矢先のある夜、一人でいるところを「ぼく」は上陸したドイツ兵らしき男に襲われてしまいます。
 庭の穴に落ち込んで溺死しかかっていた兵士を「ぼく」はとっさに助けますが、彼をなぜ助けたのか、「ぼく」は思い悩むことになります…。
 少年は自分の両親を殺したことで憎んでいたドイツ軍の兵士をなぜ助けたのか…? ヒューマニズムにあふれた作品です。

「ロージーが見た光」
 戦争中、防空監視員になった大柄な娘ロージーは、突然の空襲に慌てて近場の避難所に逃げ込みます。しかしその中にいたのは陰鬱な人々ばかりでした…。
 陽気さのかけらもなく陰鬱な人々。彼らは何物なのか…。これはちょっと怖い怪奇譚ですね。

「じいちゃんの猫、スパルタン」
 愛する祖父の死後、その財産が息子である父親ではなく、孫である自分に直接遺されたことを知った少年ティムは、祖父の遺志を継いで農場の世話を始めます。現実的な母親とそれに感化されている父親は、祖父の家を売るように説得しようとしますが…。
 自然と動物を愛した祖父と、金や利得など徹底的に現世的な両親とが対比的に描かれます。やがて、祖父の遺志は、家を守ることだけでないと悟るティム。ただ両親に反抗するのではなく、彼らの考えも変えていこうと決心するラストには大人の味がありますね。
 祖父の遺した高齢の猫スパルタンも、脇役ながらいい味わいを出しています。


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架空の短篇集『ダンセイニ怪奇小説集』の目次について
 昨年まとめて読み返していたロード・ダンセイニ作品。読んでいると、怪奇・恐怖小説的な要素が強い短篇がままあることに気付きました。
 ダンセイニの怪奇小説を集めた架空の短篇集を作ってみたら楽しいのではないかと思い、実際に目次を考えてみました。以下、『ダンセイニ怪奇小説集』(仮題)です。収録した個々の作品についても紹介しています。


『ダンセイニ怪奇小説集』目次

「食卓の十三人」『世界の涯の物語』河出文庫 収録)
「不幸交換商会」『世界の涯の物語』河出文庫 収録)
「チェスの達人になった三人の水夫の話」『世界の涯の物語』河出文庫 収録)
「流浪者クラブ」『世界の涯の物語』河出文庫 収録)
「三つの悪魔のジョーク」『世界の涯の物語』河出文庫 収録)
「幽霊」『夢見る人の物語』河出文庫 収録)
「潮が満ちては引く場所で」『夢見る人の物語』河出文庫 収録)
「哀れなビル」『夢見る人の物語』河出文庫 収録)
「オットフォードの郵便屋」『時と神々の物語』河出文庫 収録)
「エメラルドの袋」『時と神々の物語』河出文庫 収録)
「茶色の古外套」『時と神々の物語』河出文庫 収録)
「秋のクリケット」『時と神々の物語』河出文庫 収録)
「電離層の幽霊」『時と神々の物語』河出文庫 収録)
「狂った幽霊」『最後の夢の物語』河出文庫 収録)
「リリー・ボスタムの調査」『最後の夢の物語』河出文庫 収録)
「実験」『最後の夢の物語』河出文庫 収録)
「悪魔の感謝」『最後の夢の物語』河出文庫 収録)
「四十年後」『最後の夢の物語』河出文庫 収録)
「二壜の調味料」『二壜の調味料』ハヤカワ・ミステリ文庫 収録)
「新しい名人」『二壜の調味料』ハヤカワ・ミステリ文庫 収録)
「アテーナーの楯」『二壜の調味料』ハヤカワ・ミステリ文庫 収録)
「バルカンの魔女」『未収載短篇集Ⅱ』収録 ※同人出版)

「食卓の十三人」
 狩の最中に迷ってしまった語り手が一夜の宿を求めたのは風変わりな主人のいる館でした。主人は食事の席で自分たち二人以外にも客がいるようなふりをしていたのです…。
 結末の急展開が読みどころですね。風変わりなゴースト・ストーリー。

「不幸交換商会」
 パリにある「不幸交換商会」は災厄や不幸を他人と交換することができる店でした。わたしは自分の持つ「船酔いへの恐怖」の交換を希望しますが…。
 結末を含めて間然するところのない傑作。作中のセリフも警句のように気が利いています。奇妙な味の名品です。

「チェスの達人になった三人の水夫の話」
 ある日突然現れた三人の水夫を描く物語。彼らは必ず三人でしかチェスをしようとせず、しかしその状態でプレイすると達人にまで勝つことができるのです。一見素人の集まりの彼らの秘密とは…?
 ほら話的要素の濃い楽しい作品ですが、考えると、ちょっと怖い作品でもありますね。

「流浪者クラブ」
 ふとしたきっかけからエリティヴァリアの前王の晩餐に誘われた「わたし」は、館の地階で食事をすることになります。そこに集まったのは王の血筋を引きながらその地位を追われた人間ばかりでした…。
 零落した王族たちを描く風刺的な作品かと思いきや、とんでもない展開に。直接的に真相を描かないところが秀逸です。序盤から張られた伏線が結末の一行で判明するという構成は見事の一言。恐怖小説的な味わいの濃い作品です

「三つの悪魔のジョーク」
 風変わりな長所と交換に「三つのジョーク」との交換を持ちかけられた男は契約をしてしまいます。それらのジョークを聞いた人間は笑い死にしてしまうというのですが…。
 悪魔との契約もの。怪奇味とユーモアが渾然となった作品です。リドル・ストーリー的な味わいもありますね。

「幽霊」
 ある古い屋敷で「わたし」が出会った幽霊たちは「罪」の象徴をともなっていました。それらに触れた「わたし」にはいわれのない兄に対する殺意が生まれますが…。
 幽霊だけでなく彼らの残した「罪」が獣の姿になって現れるという寓話的な作品です。

「潮が満ちては引く場所で」
 ある忌まわしい行為のせいで地獄にも居場所がなくなり、潮が満ちては引く場所に死体を放置されることになった「わたし」。たまに埋葬されることがあっての、何者かによって再び同じような場所に放置されてしまうのです…。
 半永久的に苦しみ続ける魂の物語。夢の話と断りながらも、ひどく息詰るような物語だけに、結末にはカタルシスがありますね。読み方によっては、すごく怖い話です。

「哀れなビル」
 ことあるごとに船員に呪いをかける横暴な船長を食料とともに島流しにした船員たちは、船長の呪いにより船を港につけることができないことに気付きます。やがて食料のなくなった彼らがとった手段とは…?
 終始ユーモラスに語られながらも、内容は残酷かつハードな恐怖小説的作品です。

「オットフォードの郵便屋」
 毎年のように秘密めかした郵便を受け取る荒れ果てた丘陵の一軒家。妻にそそのかされてその秘密を探ろうとするオーットフォードの郵便屋が見たものとは…。
 恐怖小説的な味わいもある作品ですが、結末はやはりファンタスティック。

「エメラルドの袋」
 ある夜酒場を訪れた老人は巨大なエメラルドを入れた袋を持っていました。彼からエメラルドを奪った客たちを襲った運命とは…?
 人々を襲った存在の正体をはっきり描かないところが効果的ですね。語り手が最後まで見届けずに逃げるという演出も技巧的です。

「茶色の古外套」
 競りで茶色の古外套に執着する男の姿を目撃した語り手は、その外套に何か秘密があると思い高値でそれを落札します。やがて男はさらなる高値で外套を買いたいと申し出てきますが…。
 何かいわくがあるらしい古外套の秘密とは…。物語の展開もナンセンス極まりないのですが、結末ではさらに唖然とするようなシーンが描かれます。

「秋のクリケット」
 高齢の老人は誰もいない夜のクリケット場で観戦をしていました。彼には、死んだ名選手たちがクリケットの試合をしているのが見えるというのですが…。
 幽霊たちの試合を観戦する老人という、どこか叙情的で、ノスタルジックな雰囲気も感じさせる作品です。

「電離層の幽霊」
 改装した古い屋敷の「幽霊」が気になったジャン・ニーチェンズは、科学者の友人に頼み幽霊を除去するという装置を据え付けてもらいます。除去には成功するものの、思わぬ結果が男を襲います…。
 科学装置によって幽霊を排除しようというユーモア怪談。語り口も楽しい作品です。

「狂った幽霊」
 うら淋しい町ボーアーロウンを訪れた「わたし」は、町で何の反応も示さない余人の狂った男たちを目撃します。彼らは奇怪な体験をしたというのですが…。
 悪夢的な雰囲気を持つゴースト・ストーリー。戦慄度の高い「怖い」作品でしょう。

「リリー・ボスタムの調査」
 愛鳥家シモンズ氏が失踪してしまいます。少女探偵リリー・ボスタムは、シモンズ氏の顧客の一人ヴァネルト夫人が怪しいとにらみ独自の調査を開始しますが…。
 何ともファンタスティックな幻想ミステリ小説。完全に謎が明かされない展開も魅力の一端になっていますね。

「実験」
 クラブで罰せられない犯罪について議論がされていました。会員の一人が話し出したのは、生きながら人間の皮をはいだ男の物語でした…。
 ダンセイニ屈指の残酷な犯罪が描かれる作品。細かい描写はないものの強烈な印象を残しますね。

「悪魔の感謝」
 食品会社に勤める青年ボスターは、悪魔の訪問を受けます。彼の作った新商品が「悪いもの」として評価されたので、褒美を上げようというのです。ボスターは最高の詩が書けるようになりたいと願いますが…。
 人によってさまざまな反応を引き出す「悪魔の詩」を描くリドル・ストーリーです。

「四十年後」
 教師のブリンリイは、かっての教え子に会ったことから過去の体験を思い出します。ある日教室の教え子たちがみな大人の姿で見えたことがあったのです…。
 未来を幻視するという物語ですが、その「夢」を見ていることを当事者が認識しているというメタな展開が面白いです。

「二壜の調味料」
 調味料「ナムヌモ」を売り歩くセールスマンのスメザーズは、ひょんなことからリンリーという紳士とルームシェアをすることになります。リンリーは推理力に優れた男で、殺人と思しき難事件の真相を推理することになります。
 スティーガーという男が大金を持った娘と同棲した後、娘が姿を消してしまったというのです。死体が運び出された形跡はありません。しかもなぜかスティーガーは庭の唐松の木を切り倒しているというのですが…。
 残酷な事件を扱っていながらも妙なユーモアの漂う、まさに<奇妙な味>というにふさわしい作品です。特に結末の一文の破壊力がすごいです。江戸川乱歩が感銘を受け<奇妙な味>の代表例として挙げた作品ですが、それももっともと思わせる名作ですね。

「新しい名人」
 チェスに執着する男アラビー・メシックは、費用をつぎ込み人間を上回る知能を持つチェス専用機械を作り出します。しかし機械は人間以上の知能を持ちながらも、自らを誇り相手に嫉妬するという下品な性質を持っていました…。
 「人間的な」機械というユニークなアイディアを扱った作品です。いわゆる「フランケンシュタインもの」「ロボット怪談」の古典として挙げられることもある作品ですね。

「アテーナーの楯」
 探偵リチャード・ラクスビーは彫刻家ジェイムズ・アードンを疑っていました。彼の彫刻は人間そっくりと評価されていましたが、アードンが彫刻を学んだ事実も、材料である大理石を購入した形跡もないというのです。
 しかも彼の作品である女性像を、行方不明になった妹そっくりだと証言する男も現れるに及び、ラクスビーは、アードンはギリシャを旅行した際、ある品物を持ち帰ってきたのではないかと推測しますが…。
 ミステリ的な構成を持ちながらも、その実、完全な幻想小説です。ファンタスティックなモチーフ、そこはかとないユーモア…ダンセイニ後期の作品の中でも傑作といっていい出来の作品ではないでしょうか。

「バルカンの魔女」
 バルカン地方で魔女とされている老女が殺されそうになっているのを知った男は、自分が魔女の魔法にかけられれば村の者は安心だからと魔女の家に向かいます。
 魔法を信じない男は魔法をかけてみろと言いますが、気がつくと自分の姿が猫になっていることに気がつきます…。
 自身にかけられた魔法を解こうとする主人公が登場したり、魔女が使う魔法が漢字で記されているなど、長篇『魔法使いの弟子』ともかなり通底する要素を持った作品です。
 ただ、こちらの短篇では魔女はそれほど邪悪な存在ではなく、猫にされた主人公もその生活に馴染みそうになってしまうなど、どこか柔らかな雰囲気を持つ作品で、妙な味わいがありますね。

 ダンセイニ作品の場合、幽霊や悪魔、魔女などが出てきても、それほど怪奇・恐怖小説的な方向に向かわないことが多いのですが、たまに戦慄度の高い作品もあります。
 零落した王族たちの晩餐を描く「流浪者クラブ」、幽霊によって狂ってしまった男たちを描く「狂った幽霊」などは、かなり恐怖小説への指向性が高い作品ですね。
 ユーモラスな語り口ながら次々と人が死ぬという「哀れなビル」、脅威の正体がはっきりせず恐怖度の高い「オットフォードの郵便屋」「エメラルドの袋」なども怪奇的な作品でしょうか。
 自分の屍が何度も運ばれ放置されてしまうという夢幻的な短篇「潮が満ちては引く場所で」は、一見ファンタジーなのですが、かなり怖く、実質的に恐怖小説といっていいのではないかと思います。


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ブラックウッド短篇私的ベスト10
 昨年度の読書会で、イギリス怪奇小説の巨匠アルジャーノン・ブラックウッドの作品について取り上げたのですが、その際、ブラックウッドの邦訳短篇集をほぼ全て読み直しました。せっかくなので、その際に考えた、ブラックウッドの短篇の私的なベスト10を挙げてみたいと思います。


ブラックウッド短篇私的ベスト10

1.「迷いの谷」『幽霊島』(東京創元社)収録)
2.「ウェンディゴ」『ウェンディゴ』(アトリエサード)収録)
3.「もとミリガンといった男」『ブラックウッド怪談集』(講談社文庫)収録)
4.「古えの妖術」『心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿』(創元推理文庫)収録)
5.「打ち明け話」『ブラックウッド怪談集』(講談社文庫)収録)
6.「転移」『秘書綺譚』(光文社古典新訳文庫)収録)
7.「窃盗の意図をもって」『秘書綺譚』(光文社古典新訳文庫)収録)
8.「サイモン・パーキュナートの奇行」『万象奇譚集』収録 ※同人出版)
9.「壁に耳あり」『秘書綺譚』(光文社古典新訳文庫)収録)
10.「地獄」『地獄 英国怪談中篇傑作集』(メディアファクトリー幽books)収録)

1.「迷いの谷」
 容貌ばかりか趣味や思想も同じくする双生児マークとスティーヴァン。彼らは精神的な絆で深く結びついていました。訪れた山中のホテルでスティーヴァンは美しい女性に心を囚われてしまいます。兄にはその思いを隠そうとするものの、彼らの間にはいつの間にか溝が出来始めていました…。
 双子の精神的危機と霊的な危機が同時に訪れるという話で、まるでクローネンバーグ監督の映画『戦慄の絆』(もしくはバリ・ウッド&ジャック・ギースランドの原作)を思わせる作品でした。
 今回読み直した中で圧倒的な印象を受けました。大変な力作だと思います。

2.「ウェンディゴ」
 キャスカート博士に率いられ、カナダの原生林に狩猟に訪れた男たち。案内人のデファーゴと組み別行動を取っていた博士の甥のシンプソンは、デファーゴが何かに怯えているのに気づきます。彼によれば森にはウェンディゴと呼ばれる怪物が住んでいるといいます。やがてシンプソンたちは、奇声を上げて失踪したデファーゴの行方を探すことになりますが…。
 大森林の中にたった数人の人間、そこで起こる見たこともない怪異…。ブラックウッド作品の森は大抵怖いのですが、この作品は格別ですね。
 ブラックウッド作品中でも、「怖さ」で言うとかなり上位に来る作品でしょうか。

3.「もとミリガンといった男」
 中国の北京で出会った有力者の男は、自らの奇妙な経験を語ります。自分はかってシナリオ作家を目指してロンドンで勉強していたが、下宿に飾られた中国の絵画を何度も見ているうちに、絵画の中の男に誘われて絵の中に入ってしまったというのです。
 今自分がいるところは絵の中の中国なのだと、彼は語ります。彼の話を聞いた「ぼく」は、実際にその中国の絵の存在を確かめようとロンドンの下宿を訪れますが…。
 絵の中に入ってしまう…という奇談がさらに奥行きのある世界観になっており、魅力的な作品です。はラフカディオ・ハーンの「果心居士のはなし」から着想されたという作品です。

4.「古えの妖術」
 何の変哲もない男アーサー・ヴェジンは、ふと降り立ったフランスの町でしばらく過ごすことになりますが、まどろんだような町の中、住人たちは自分をなんとなく監視しているような雰囲気を感じ取っていました。そんな中、宿の娘イルゼに魅了されるヴェジンでしたが…。
 先祖の血か前世の因縁か、不思議な縁で町に引き寄せられた男の不思議な体験を描いた作品です。物憂い町の雰囲気、変容する住人たち…。
 ブラックウッド屈指の名作です。アンソロジーピースの定番ですが、何回読んでもその構成の妙に感心させられます。

5.「打ち明け話」
 戦争の後遺症に悩まされる男オーレリは、霧のロンドンの街中で迷ってしまいます。霧の中で出会った美しい女に助けを求められ家までついていきますが、気がつくと女は部屋の中で死んでいました。オーレリはあわてて逃げ出しますが…。
 霧の中で過去の殺人事件の被害者の霊に会う…という話なのですが、結末でさらに一ひねりがあります。読み方によっては主人公が過去に入り込んだ…という解釈も可能で、非常に奥行きのある作品ですね。
 霧のロンドンで幻覚のような体験が続くくだりは実に不気味です。あんまり話題にならない作品だと思うのですが、ブラックウッドの名品の一つだと思います。

6.「転移」
 屋敷のその場所は何かが欠けた邪悪な場所として住人に忌まれていました。接触した人間の精気を吸い取ってしまうという性質を持つフランク伯父は、屋敷を訪れ、その場所に引き寄せられていきますが…。
 生命力を吸い取る土地と、これまた生命力を吸い取る精神的な吸血鬼との対決を描く変わり種の作品。ユニークなテーマの作品です。

7.「窃盗の意図をもって」
 ショートハウスに誘われ、幽霊が憑りつかれているという納屋を訪れた友人の「私」。その納屋に引き寄せられた人間は首吊りをしたくなるというのです。頼りがいのあるショートハウスに安心する語り手でしたが、やがて彼の様子がおかしくなり始め…。
 ジム・ショートハウスものの一篇です。恐怖を抱きながら一夜を過ごす男たちの心理が細かく描かれ、迫力のある作品です。小屋の中で段々と人間の意識がおかしくなっていくいう、行き詰まるような雰囲気は捨てがたいです。

8.「サイモン・パーキュナートの奇行」
 堅物である元教授サイモン・パーキュナートは、売られている鳥籠の鳥を見た瞬間、衝動的にその鳥を買取り空に逃がしてしまいます。その直後、体の調子を崩して寝込んでいるサイモンの前に〈世界警官〉を名乗る男が現れます。
 彼は鳥を逃がしてあげた代価に、サイモンも「外に逃がして」あげようと話しますが…。
 肉体を離れ精神を遊ばせることになった男を描くという、ブラックウッドらしいテーマの作品ですが、象徴的な登場人物〈世界警官〉が登場したりと、かなりシュールで面白い作品です。

9.「壁に耳あり」
 手ごろなアパートの部屋を借りたジム・ショートハウスは、女将からこの階に住んでいるのは老人一人だけしかいないと伝えられます。夜中に大声のドイツ語で話す親子らしき隣人に腹を立てるショートハウスですが、やがて親子は諍いを始め、とうとう殺人が起きたようなのです…。
 壁越しに幽霊の会話を聞くという、面白いシチュエーションのゴースト・ストーリー。ブラック・ユーモアも利いています。

10.「地獄」
 ビルとフランシスの兄妹は未亡人となった旧友メイベルから誘いを受け彼女の家に滞在することになります。メイベルの夫サミュエル・フランクリンは資産家ながら狂信家であり、それを嫌った兄妹はしばらく行き来をしていなかったのです。
 フランクリンは生前、自分と同じ信仰を持たぬ者は地獄に堕ちると信じていました。夫の影響力を受け続けたメイベルは陰鬱な屋敷の中で不安に陥っていましたが…。
 「霊」というか「思念の力」といったものが互いに拮抗しあっているという発想のユニークなゴースト・ストーリー。こういうアイディアの作品は他の作家でもあまりないんじゃないでしょうか。

 ブラックウッドには様々な傾向の作品があるので、読む人の好みによって、評価する作品は大分異なってくるかと思います。そういうわけで、絶対的な評価ではなく、飽くまで個人的なベストとお考えください。



怪奇三昧 英国恐怖小説の世界 (日本語) 単行本 – 2013/5/24


 ついでに、こちらも部分的に読み直した、南條竹則『怪奇三昧 英国恐怖小説の世界』( 小学館)より、ブラックウッドを紹介した「四大の使徒 アルジャノン・ブラックウッド」の章について、簡単にご紹介しておきたいと思います。

 ブラックウッドの生涯、思想、作品などがコンパクトにまとめられた非常にいい内容で、ブラックウッド入門に最適な文章だと思います。ブラックウッド「いにしえの魔術」、萩原朔太郎「猫町」、日影丈吉「猫の泉」の「猫町もの」三作の関係についても書かれています。
 ブラックウッド作品の一番の特徴である「新アミニズム」については、次のように書かれています。

 「作者が描き出すのは、人間がこの地上にあらわれるよりもはるか以前から、大地を領していた非人格的な"力"-自然の霊性、あるいは四大-地水火風-の霊ともいうべきものの息吹と、それに対する畏怖とである。思うに、これらはわが日本の古き「神」の概念に近いものであるから、彼の作風が"新アニミズム"などと評されるのも頷ける」

 ブラックウッドの文体について触れた部分はいささか手厳しいのですが、なるほどという感じです。

「…ブラックウッドの文体は、文学者のそれというよりも、長じてのち書くことを訓練したジャーナリストのそれである。紋切り型も多く、言葉の冗漫な反復も多い。
 マッケンの名文のように洗練されたものではないが、ただ、けっして卑しくはならない。つねに、ある透明感と風格を湛えている。このへんの感じを伝えそこねたならば、その翻訳は彼の作品の翻訳としては失敗だと思っている。」


 ブラックウッドの長篇の名作として、邦訳のあるものでは『人間和声』『ケンタウロス』、未訳長篇では『ジュリアス・ルヴァロン』と続編『輝く使者』を挙げています。
 文中で短篇「転移」が紹介されているのですが、この作品では人の生命エネルギーを吸い取る邪悪な土地が登場します。たまたま再読していた「エジプトの奥底へ」で似たようなテーマが扱われているのですが、そちらではお得意の神秘主義的な色彩が濃くなっている上に、そのスケールが数段上になっていますね。
 ブラックウッド作品をある程度読んでから読むと、いろいろ示唆が得られる好エッセイだと思います。


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ウェストレイクのサイコ・スリラー作品を読む
 ミステリやサスペンスの分野で多彩な作品を遺したアメリカの作家ドナルド・E・ウェストレイク(1933-2008)。多作でもあった作家だけに、多くの作品が邦訳されていますが、ホラーに近い読み味のサイコ・スリラー作品もいくつか邦訳されています。紹介していきましょう。


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ドナルド・E・ウェストレイク『憐れみはあとに』(井上 一夫訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

 男は、何年も監禁されていた精神病院から逃げ出します。通りかかった車にヒッチハイクをさせてもらうものの、ラジオで患者逃亡のニュースを聞いて動揺した男は、運転手を殺してしまいます。車中の会話で、殺した男が俳優で、劇団の元に向かう途中だったということを耳にしていた男は、その俳優のふりをして劇団にもぐりこもうと考えます。
 一方、駆け出し俳優の青年メル・ダニエルズは、役者としてカーティア・アイル劇場を訪れますが、個人的な事情で一日遅れてその場に到着することになります。知り合ったばかりの女性シッシーが、部屋で死んでいるのを見つけたメルは驚愕しますが…。

 精神病院から逃げ出した高い知能を持つ狂人が、俳優のふりをして劇団に入り込み連続殺人を引き起こす、というサイコ・スリラー作品です。
 犯人の一人称描写はあるものの、その名前は隠されているため、劇団の誰に化けているかは分かりません。もともと変わった性格の多い役者たちだけに、誰もが怪しく見えてくる、という趣向は面白いですね。
 この犯人が、多重人格的な症状をもった患者で、異様に人の物まねが上手いという設定になっているのが特徴です。普通の人間には彼が他人のふりをしているのが分からないほどなのです。ただ、これは飽くまで病気であり、本人が一時的に正気にもどったりする際には、犯行を後悔したりするなどの描写もされています。殺人を犯した後で後悔した犯人は、わざわざ証拠となるようなものを残したりすることにもなるのです。

 探偵役としては、現地の警察署長エリック・ソンガードが登場します。本職は大学の先生で、副業として警察をやっているという変り種の人物なのですが、犯人が狂人であるため、その行動を抑えることができずに、何度も殺人を犯すのを見過ごしてしまうことになります。
 容疑者やその背景の調査など、ソンガードは地道に調査を行い、最終的には犯人を追い詰めるための方策を考えるなど、有能な人物ではあるのですが、犯人がエキセントリックかつ狂った行動を引き起こすので、警察側の捜査がものすごく地味に見えてしまうのが玉に瑕でしょうか。

 劇団側のメインの視点人物として登場するメルにしても、本当に「傍観者」的な役目に終始しており、あまり目立ちません。
 その意味で、ある種、犯人の活躍を楽しむダーク・ヒーローものみたいに読むのが、一番楽しめる読み方でしょうか。実際、作者の筆も、この犯人を断罪する…という感じではありません。犯人の主治医であったピータービー博士なる人物が登場するのですが、彼によれば犯人は才能を持つ有能な人物なのです。
 もっとも、犯人にとってはピータービー博士は悪夢のような人物で、憎悪の対象となっています。妄想の中で博士が自分を追い詰めているのではないかと思い込み、殺人に走ってしまうシーンもあるぐらいなのです。

 猟奇犯罪や精神的な病を抱える犯人など、重くなりそうなテーマではあるのですが、そこは才人ウェストレイク、非常に軽妙で、ブラック・ユーモアさえたたえた、エンターテインメント作品になっています。
 1964年発表と、早い時代に書かれた作品で、後年流行することになるサイコ・スリラーの先駆的な作品としても面白い作品ですね。




ドナルド・E・ウェストレイク『聖なる怪物』(木村二郎訳 文春文庫)

 演技の才能を持ち、アカデミー賞を受賞するまでに上り詰めた俳優ジャック・パインは、初老を迎えた今、ドラッグに溺れ、まともに演技もできない状態に陥っていました。しかしスターになったジャックは既に演技をしなくても稼げるまでの存在になっていたのです。
 雑誌のインタビュアーは、ジャックから彼の半生を聞き出そうとしますが、彼の口から語られたのは、波乱に満ちた生涯でした…。

 有名俳優が自らの半生をインタビューの形で語るという、サイコ・スリラー作品です。
 ジャックとインタビュアーとの対話が描かれる現在のパートと、ジャックが回想する過去の「フラッシュバック」パートが交互に描かれていきます。
 意識を頻繁に失ったり、話の内容が支離滅裂になったりと、現在のパートのジャックの様子はおかしく、どうもドラッグ中毒になっているようなのです。
 インタビュアーはそこからまとまった内容を引き出そうと、脱線したジャックの話を何度も本筋に戻そうとします。

 ジャックが語る過去のパートでは、老女優に目をかけてもらったり、ゲイの大物脚本家の囲われ者になったり、宗教家に感化されたりと、波瀾万丈の半生が描かれます。
 しかしジャックは、役者としての実力は持ちながらも、それだけでは成功に至りません。有力者と肉体関係を持ったりと、いろいろ汚い行為もしながら、それを利用してキャリアを積み上げていくことになります。
 正直、主人公ジャックはまともな人物ではなく、こんな人物でもスターになってしまう…という点では、映画産業をブラックに皮肉った作品といってもいいのでしょうか。

 「インタビュー」自体が始めから怪しく、ジャックが何かの犯罪(恐らく殺人)を犯しているのではないか?というのは何となく分かるようにはなっています。その意味では、驚きはあまりありません。
 ジャックが語る半生は、インタビュアーが引いてしまうような虚飾やスキャンダルに満ちているのですが、それらの内容の奥底に、更にジャックが自分自身に隠しているような秘密が隠されているのです。
 ジャックの人生の選択にそうした隠れた動機が存在しているがために、今の状態に至ったのだという結末には非常に説得力がありますね。
 そうしたジャックの人生に最も影響を与えているのが、彼の「親友」バディー・パル。幼なじみの彼は、ジャックが俳優になってからも度々姿を現します。金をせびったり、妻を寝取られてさえ、ジャックはバディーを許し彼に尽くします。そこには本当に友情だけがあるのか?といった部分も読みどころです。

 いわゆる「信頼できない語り手」でありジャックを主人公にしながらも、作品全体は周到に組み立てられており、技巧的といっていい作品になっています。結末を読んだ後に再度読み直すと、いろいろ気づきのある作品ではないでしょうか。
 邦訳が好評だった『鉤』や『斧』と似た作品を、ということで過去作(1989年作です)から紹介されたものらしいのですが、『鉤』や『斧』とはかなり趣が違います。あちらの二作よりも、技巧的な心理サスペンス面が強くなっていて、ウェストレイクの小説作法を愉しむ作品といってもいいかもしれません。




ドナルド・E・ウェストレイク『斧』(木村二郎訳 文春文庫)

 数年前に務めていた製紙会社からリストラを受けて以来、再就職先を探していたバーク・デヴォアは、経済的にも困窮していました。たまに受ける面接も上手くいかず、バークは長年従事した製紙業界に勤めたいと考えます。業界紙で、業績の良いアーカディア社のことを知ったバークは、その会社の現場責任者ファロンに羨望の念を抱きます。もしファロンがいなくなれば、代わりの人員として自分が就職することができるのではないか?  バークはある計画を考えます。ファロンを殺してその地位を手に入れる。そして、その前段階として、再就職のライバルとなる、同じ業界人を始末しようというのです。架空の製紙会社の広告を作ったバークは、集まった履歴書の中から自分のライバルになるであろう同業者6人を選び出し、彼らを殺すことにしますが…。

 再就職をするためにライバルを次々殺していく男を描いた、とんでもない設定のサイコ・スリラー作品です。まだ職に応募していないどころか、その職が空いてもいない段階で、ライバル抹殺計画を立てるという用意周到な主人公が描かれます。
 その一方、殺人自体はいきあたりばったりで、運よく何度も成功するものの、その過程はかなり危なっかしいものになっているというところが、なんともブラック・ユーモアにあふれています。

 冷酷に殺人を繰り返す主人公なのですが、精神異常者というわけではなく、家族や妻のことを考える「常識人」として描かれています。
 殺人をするたびに後悔したり、たまたまターゲットと話して同情してしまったがために、精神的に動揺するなど、そんなにタフな人物でないところがユニークですね。
 殺人の手段が本当に行き当たりばったりで、車でターゲットの家の前に行き、本人が出てきたら確認して銃で撃った後に逃げる…というもの。この雑な殺人方法が上手くいってしまうところも妙なユーモアがあふれています。

 殺人を繰り返し、目的に近づくごとに自信を高めていくバークですが、その一方、妻とは精神的に距離ができてしまったり、息子が不祥事を起こしたりと、トラブルが多発します。バークは家族を守り、仕事を手に入れることができるのか?
 冷酷な殺人を繰り返す主人公なのですが、読んでいるうちに彼を応援したくなってきてしまう、不思議な読み味があります。結末を読むまで、主人公が成功するのか失敗するのかも全く予想がつきません。
 リストラや不景気、貧困など、テーマとしては重いものが扱われているのですが、その読み味はユーモア(ブラックではありますが)たっぷりの楽しい作品になっています。その実、現実社会を風刺的に描いていて、社会的な問題意識も盛り込まれているという問題作です。




ドナルド・E・ウェストレイク『鉤』(木村二郎訳 文春文庫)

 実力はありながら、運に恵まれない中堅作家ウェイン・プレンティス。ウェインは、出版社に本を出してもらえなくなったことから、講師にでもなろうかと考えていた矢先に、数十年ぶりに旧友である作家ブライス・プロクターと再会します。
 スランプに陥っていたブライスは、ウェインの話を聞き、ある提案を持ちかけます。それはウェインの小説をブライスの名前で出す代わりに、報酬として儲けを山分けにするというものでした。
 しかし、それには条件が一つありました。ブライスの離婚調停中の妻ルーシーを殺してほしいというのです。もしウェインの小説を出版できたとしても、金に執着のあるルーシーが生きている限り、儲けの大部分はルーシーの手に渡ってしまうというのです。
 55万ドルという多額の報酬に心が動いたウェインは、申し出を承諾しますが、ルーシーを殺す前に、彼女が殺されるに値する人間かどうか確かめたいと話します…。

 自分の小説をベストセラー作家の名前で出す代わりに、多額の報酬を持ちかけられた中堅作家が委託殺人を強要されて実行してしまう…という作品です。
 殺人をめぐって、二人の作家に軋轢が生まれていくというお話かと思いきや、思いもかけない方向に物語が進んでいくのに驚きます。
 二人の作家ウェインとブライスは互いに敬意を抱いており、契約に関しても約束をしっかり守るので、争いや脅迫などは起こりません。互いに多少の打算を含みながらも、「友情」のようなものさえ発生してくるあたり、面白いところですね。

 殺人を依頼した側とされた側、普通に考えて殺人を実行した側が精神を病みそうに考えてしまうのですが、本作品では、実際に手を下していない側のブライスが精神を病んでしまうという独特の展開になっています。
 殺人を割り切って実行したウェインは、この事件をきっかけに交友範囲を広げ、新たな仕事を手に入れるなど、人生が上向きになっていきます。逆にブライスは精神的に不安定になってしまい、スランプどころか日常生活さえ困難になっていきます。
 ルーシー殺人事件に関して調査を続ける刑事が訪問を繰り返すこともあり、彼の精神はさらに変調を来していきます。人生が上向きになり始めたウェインは、この流れを断ち切るまいと、妻のスーザンと共に不安定なブライスのサポートに乗り出すことにもなるのです。

 二人の対照的な作家の心理が重厚に描かれていく作品で、その異様な心理サスペンスが読みどころでしょうか。普段は堅実な常識人であるウェインが、殺人の話を素直に聞いて承諾してしまったり、実際に殺人を犯す場面でも突然の暴力行為に及ぶなど、思いもかけない人間の狂気が描かれます。
 一方、ブライスが精神を病むのは、殺人に実際に手を下さなかったゆえの、犯行の記憶の不在、ということになっています。それが遠因となり精神を狂わせたブライスは、たまたま出会った自分のファンを殺しそうになるなど、ウェインとは違った形での狂気が描かれます。
 この主人公二人以外の登場人物も、突然の異常性を見せるのも特徴で、始めから「悪女」として描かれるルーシーはもちろん、ウェインの妻スーザンや、ブライスの元妻エレンなども、自分たちの生活を守るためとして、殺人を許容するシーンが描かれるなど、「一般人」の仄かな狂気も描かれていきます。

 主人公が作家だけに、小説を書いたり、プロットを考えたりするシーンも多数登場します。このあたり、著者のウェストレイクの小説作法の一端が見えるようで興味深いですね。殺人の主犯である二人の作家が争うわけでもなく、警察の捜査も緊密なものではないので、このあたりに関しては、主人公たちが追い詰められるほどのサスペンスは発生しません。あくまで、事件を経た二人の作家のそれぞれ独自の心の動きが描かれていくのを楽しむ作品で、その意味では、かなり文学的な要素も強い作品というべきでしょうか。
 かといって著者はコミカルな作品も得意とするウェストレイク。ブラックなユーモアが全篇に満ちていて、エンターテインメントとしても秀逸な作品になっています。


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レンズの魔法  ジェイムズ・P・ブレイロック『魔法の眼鏡』

 ジェイムズ・P・ブレイロックの長篇『魔法の眼鏡』(中村融訳 ハヤカワ文庫FT 1991年発表)は、別世界が見えるようになる魔法の眼鏡を手に入れた兄弟が、閉じ込められた世界から脱出するために冒険するというファンタジー作品です。

 慎重な性格の兄のジョンと冒険家肌の弟ダニーの兄弟は、突然商店街の中心に現れた骨董店で、金魚鉢に入った綺麗なビー玉に目を惹かれます。彼らが拾った、両面とも表の一セント銅貨と交換にその金魚鉢を手に入れた二人は、家に帰ると、鉢の中に一緒に入っていた眼鏡をかけてみます。
 すると周囲の物が全く見えなくなる一方で、ある一つの窓だけが見えていました。それは近所の古い屋敷に住むミセス・アウルズウィックからもらった窓で、兄弟が壊してしまった窓の代わりにはめ込まれていた物でした。しかもその窓からは、森や小川など見たこともない光景が見えていました。
 ダニーに誘われ、ジョンは愛犬のエイハブと共に窓からその世界に入り込み、ちょっとした冒険をしようと考えます。しかし直後にゴブリンたちに襲われて、眼鏡の片方のレンズをなくしてしまいます。途端に入ってきた窓は見えなくなり、兄弟は家に帰れなくなってしまいます。
 再びゴブリンたちに襲われる兄弟を救ったのは、石鹸銃を持った太った中年男性ミスター・ディーナーでした。レンズを取戻し眼鏡を直さなければ、家に帰れないことを確信した兄弟は、ミスター・ディーナーとその仲間たちに協力してもらい、レンズを探そうと考えますが…。

 魔法の眼鏡により別世界に入り込んだ兄弟が、冒険を繰り広げるというファンタジー作品です。
 レンズを片方なくしてしまった結果、通ってきた窓が見えなくなってしまい、それを取り戻そうとすることになります。どうやらその世界のゴブリンたちが持っていってしまったようなのですが、そのゴブリンたちが現れた原因がミスター・ディーナーにあることが分かります。
 ミスター・ディーナーの仲間である少女ポリー、フロー伯母さん、ミセス・バーロウたちによれば、彼は心に問題を抱えており、その問題を解決することが脱出につながることにもなるというのです。

 襲ってくるゴブリンたちを撃退するのと同時に、いかにしてミスター・ディーナーの心の病の原因を探り、それを解決していくのか、といったところが物語の鍵になっていきます。
 世界そのものが、ミスター・ディーナーという人物の心のありようを反映しているというわけなのですが、心の良い部分と悪い部分が枝分かれして別の存在になっていたり、全く同一人物に見える人物が別の人格として存在していたりと、奇妙奇天烈ながらその世界観は魅力的です。

 主人公である兄弟も独自の個性を与えられていて、冒険家肌で積極的な弟ダニーと、弟を気にかけながらもいささか臆病で慎重な兄ジョンが冒険を通して成長していく姿も描かれます。特に弟を見殺しにしようとしたことを後悔するジョンが、自分を認められるようになるという部分には読み応えがありますね。

 窓、ガラス、眼鏡、金魚鉢、ビー玉など、ガラスやレンズなどが全体のモチーフとなっており、それらに魔法が掛け合わされるという世界観も魅力的です。
 コメディ調で語られる物語ながら、真摯なテーマも含んでおり、ファンタジーの良作といっていい作品だと思います。

 『魔法の眼鏡』の解説で、ブレイロックの短篇「十三の幻影」が言及され、傑作だという旨が書かれていました。そういえば掲載されている「SFマガジン」を持っていたはず、ということで取り出して来て読んでみました。こちらも紹介しておきましょう。

ジェイムズ・P・ブレイロック「十三の幻影」(中村融訳「SFマガジン1998年11月号」早川書房 収録)

 ランダーズは、カミングス未亡人から家を借り受けることになります。その家は1924年に建てられて以来、夫の死後も90歳になるまで夫人が住んでいた家でした。
 ランダーズは、屋根裏部屋にあった箱の中に、古い雑誌のつまった箱を見つけます。<アウスタンディング・サイエンス・フィクション>1947年の12月号の裏表紙に、スクワイアーズ・プレスなるところから刊行されたクラーク・アシュトン・スミスの限定本『十三の幻影』の広告を見つけたランダーズは、冗談半分に本の注文票を記入し、料金の一ドル札とともに封筒を送ります。
 一方、ニュートニアン協会の会合を行っていたスクワイアーズと友人のラトザレルは、本の注文票を受け取りますが、見たこともない精巧な切手と一ドル札を見て、手の込んだ悪戯なのではないかと考えていました…。

 人生にくたびれた男が、昔のSF雑誌の広告に冗談半分に出した封書が過去に届く、というジャック・フィニィ風のファンタジー短篇です。
 題材になっているのがSF雑誌やSFグループ、架空の本としてC・A・スミスが取り上げられているのが楽しい作品です。解説によれば、スミスの同名の短篇は存在しますが、単行本は存在しないそうです。
 過去に封書が届いたことを知った主人公が、その時代にはなかった品物を何か送ってやろうと、茶目っ気を出すところも洒落ています。特に劇的な出来事が起こるわけではないものの、しみじみとした味わいのある佳作です。


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三津田信三のホラー作品を読む


三津田信三『ホラー作家の棲む家』(講談社ノベルス)

 作家である作者、三津田信三自身が主人公であり、いわくつきの洋館に移り住んだことから怪異に見舞われるという、基本的にはオーソドックスな怪奇小説です。
 同人誌に連載を始めた怪奇小説と、実際に暮らしている洋館での出来事とが平行して語られ、いつしか二つはリンクしていきます。その洋館には、建物自体をミニチュア化したようなドールハウスが存在し、それがまた怪異を呼び起こすのです。
 館はイギリスから移築したものであり、調査の結果、何度も一家殺人が起きた呪われた館であることが判明します。しかも、殺された家族の構成と数は必ず一致しており、それが起きる年も7のつく年。主人公のファンと称する女性も現れますが、この女性も何やら因縁めいたものを感じさせます。

 非常に仕掛けの凝った作品で、ある出来事や事件がそれぞれ入れ子状になっています。作者が書いた小説のパートとその実体験、そして館とそのドールハウス。館で過去に起きた殺人事件の、あまりといえばあまりの共通性もインパクトがありますね。
 舞台は幽霊屋敷とはいいながら、幽霊自体を描写するシーンはほとんどありません。あくまで雰囲気で押すところは技巧的。上手いのは、ドアを開けるところや振り向いた瞬間など、何かが起こるぞと思わせるシーンで、そのパートを中断しているところ。作中作の連載という趣向が上手く使われています。

 全体に怪奇小説愛が感じられる作品で、作中で、怪奇小説に対する議論が頻出するのはもちろん、作者の愛する小説の題名が列記されるところもあります。マニアックな作家の名がずらずら出てくるところには、にやりとしてしまいますね。




三津田信三『作者不詳 ミステリ作家の読む本』(講談社ノベルス)

 「僕」こと三津田信三の友人で、翻訳家である飛鳥信一郎は、ある日古本屋で「迷宮草紙」という名の同人誌を手に入れます。それは作った人物や作品を書いた人間も不明という謎めいた本でした。しかもこの本を手に入れた愛書家や古本屋の主人などが、相次いで失踪しているというのです。
 「僕」と飛鳥は、最初の作品を読んでみますが、その直後に怪異に見舞われます。作品に登場するのと同じ霧に襲われるのです。しかもその霧は、他の人間には見えないらしいのです。作品の謎を解かないと、怪異現象は収まらないらしいことに気付いた二人は本を読み進めますが、その度に小説と同じ怪異が二人を襲います…。

 ホラー味の強いミステリ作品です。構成が凝っていて、登場する「迷宮草紙」という同人誌の中の7つの作品が作中に挿入され、それぞれの謎に対する推理をしていく、という趣向になっています。
 前作の事件が言及されることから、作品世界は前作『ホラー作家の棲む家』とつながっていることがわかります。

 外枠となっている「僕」と飛鳥のパートでは、本にまつわる怪奇現象が起きたりと、怪奇小説的な展開をするのですが、二人が読む「迷宮草紙」の中の小説は、本格推理味の強い作品になっています。中には、怪奇味のある作品もあるのですが、基本的には合理的に謎が解決されうる本格推理小説であるといっていいでしょうか。

 前作『ホラー作家の棲む家』同様、作中で展開されるペダントリーがものすごいです。『ホラー作家の棲む家』はホラー作品だけに、そのペダントリーも怪奇小説に関してのものだったのですが、今回は主にミステリのそれになっています。
 特に「テン・リトル・インディアン型ミステリ」の話題に関しては、作品の要ともなるだけに、考察する場面は興味深く読めますね。
 作中に埋め込まれた短篇でも面白かったのは、その「テン・リトル・インディアン型ミステリ」の「朱雀の化物」「首の館」です。他の短篇では殺人が起こりますが、その展開がそれほど派手なものではないのに対し、この2編では猟奇的な殺人、連続殺人が描かれており、インパクトが強いです。怪奇味の勝っているのも個人的には好ましいですね。
 ミステリとホラーのハイブリッド的な作品です。全体に面白い作品ではあるのですが、そのミステリとホラー部分のバランスが必ずしも上手くいっていない感もあり、結末は賛否両論、分かれるかもしれません。




三津田信三『シェルター 終末の殺人』(東京創元社)

 金持ちの道楽作家の核シェルターを見学に来た三津田信三は、突然の大閃光に見舞われ、とっさにシェルターの中に逃げ込みます。他にも見学に来ていた5人の人物も一緒にシェルターに逃げ込みますが、慌てて扉を閉めるときに、主人の火照を閉め出してしまいます。
 三津田を含めた6人は、しばらくシェルター内での生活を余儀なくされますが、内部で次々と人が殺されていきます。なぜこのような状態で殺人が繰り返されるのか? 主人の火照をさしおいてシェルターに入ったものの犯行か、それとも火照が生きていて、復讐のために殺人を行っているのだろうか…?

 基本的には閉塞状況を舞台にしたミステリ作品なのですが、風味として、以前起きた猟奇殺人の噂が絡められているなど、ホラー的な味付けも濃い作品です。
 閉塞状況を扱っているとはいえ、内部での人間関係の軋轢はそれほど描かれていません。作品序盤ですぐに殺人が起こってしまうので、その後は、殺人についてと、犯人は誰なのかか、という方向に興味が移ってしまうのです。

 ミステリ的な可否は別として、この作品の一番の魅力は、作中で言及されるペダントリーとミステリ論議でしょう。特に、イタリアンホラーに関する言及はすさまじく、この手の作品が好きな読者にとってはたまらないです。ミステリファンよりもホラー映画ファンにお薦めしたくなるような作品ですね。




三津田信三『そこに無い家に呼ばれる』(中央公論新社)

 編集者の三間坂秋蔵が、怪奇現象に関する資料を収集していたという祖父の倉から見つけたのは、厳重に封印が施された三つの文献でした。そこには「家そのものが幽霊」「存在しない家」についての内容が書かれていました。作家の三津田信三は、それらの文献を読んでいくことになりますが…。

 『どこの家にも怖いものはいる』『わざと忌み家を建てて棲む』に続く、〈幽霊屋敷〉シリーズの最新作。今回は「家そのものが幽霊」がテーマとなっています。
 三つの文献と、それを挟む形で編集者の三間坂と作家の三津田信三の対談が展開されていきます。三間坂と三津田のパートでは、文献に記された怪異に関連して、怪奇実話や海外の怪奇小説についても言及され、怪奇幻想ファンとしては楽しい趣向になっています。

 三つの文献は、それぞれ次のような内容になっています。
 一つ目が、義兄が建てたばかりの家に住むことになった新社会人の男性が、隣の空地に現れる「存在しない家」に呼ばれるという「あの家に呼ばれる 新社会人の報告」。二つ目は「存在しない家」の物件を見つけた語り手が、周囲の人間が家が存在するように振る舞うことについて調査をするという「その家に入れない 自分宛の私信」。三つ目は、精神的な病を抱えた患者のために箱庭療法を行う精神科医の記録「この家に囚われる 精神科医の記録」になっています。

 どれも不気味なエピソードなのですが、とりわけ怖いのが第一のエピソード。姉の家族が住むために義兄が新居を建てますが、転勤のために家に住めなくなってしまいます。家の管理を兼ねて、弟である新社会人の男性がその家に住むことになります。
 隣には空地があるものの、そこには何故か柵が建てられていたりと、不審な点がいくつかあるのです。ある夜、空地を通りかかった男性は、そこにいつの間にか家が建っているのを見て驚きます。こんな短期間に家が建つわけがない…。翌日にはやはり家など建っていないことを認識した男性は恐怖を覚えます。
 それからも度々夜に家を見かける男性は、家に招き寄せられているかのような感覚を覚え、家に入りかけますが、そのたびに逃げ出していました。しかしある夜、とうとう家の奥深くにまで入り込んでしまいます…。
 周囲の人々の目には見えないものの、語り手の男性にのみ見える奇怪な家についてのエピソードです。突然現れる家の探索行の部分は恐怖感たっぷりです。幻の家の「異界感」がすごくて、奥深くに入ってしまった男性がどこに連れていかれるかわからない、というのが怖いですね。

 第二のエピソードはこんなお話。「存在しない家」を探していた女性の語り手は、不動産屋に紹介されて、ある土地を訪れます。そこには何も建造物がないにも関わらず、不動産屋の男性も、周囲に住む人々も、そこに家があるかのように振る舞っているのです。
 こここそ「存在しない家」だと確信した語り手は、「家」を借りることになります。語り手は、敷地にテントを張って、周囲を観察することにしますが、周囲の人々には自分が家の中にいるように見えているようなのです…。
 こちらは、語り手の目には見えないものの、他の人間には見えているらしい幻の家についてのエピソードになっています。テントの周囲を何物かが歩き回っている…という描写は、オーソドックスではありながら、恐怖感は高いですね。

 第三のエピソードでは、箱庭療法を施されている患者とその主治医らしき人物が描かれます。箱庭に家らしきものを作った患者は、いつの間にか一時的に姿を消すようになりますが…。
 人物たちの背景が明かされないため、かなり曖昧なお話なのですが、それだけに、もやもやして、不気味なエピソードになっています。

 別々の事件に見えた三つの文献が、全て関連があるのではないかと思えるようになってくる展開は実にスリリングです。
 シリーズの前二作、『どこの家にも怖いものはいる』『わざと忌み家を建てて棲む』の他に、作者である三津田信三の別作品も事件に関係しているのではないかという、メタフィクショナルな趣向も凝らされています。
 前二作ほど、はっきりとした結末が訪れない作品なのですが、それだけに「怪談」として不気味な話になっているように思います。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

小林泰三のホラー作品を読む


小林泰三『玩具修理者』(角川ホラー文庫)

 日本ホラー小説大賞受賞作品「玩具修理者」「酔歩する男」を収める短篇集。どちらも強烈なインパクトのある作品です。

「玩具修理者」
 壊れたおもちゃを何でも修理してくれる<玩具修理者>。あるとき、弟を誤って死なせてしまった「私」は、弟を<玩具修理者>に修理してもらおうと考えます…。
 人間も修理して生き返らせてしまうという、ファンタジー的な発想の作品ですが、その感触はファンタジーとはほど遠いです。
 <玩具修理者>がクトゥルー神話を思わせるのは愛嬌としても、死んだ弟や「私」の怪我から肉片やら汁やらが垂れてくる描写は、不必要なほどに濃いです。<玩具修理者>がカッターナイフで分解する過程もまた濃密。意外な結末も含めて、ホラー小説好きには非常に面白く読める作品ですね。

「酔歩する男」
 親友である小竹田との三角関係から自殺してしまった恋人、手児奈を生き返らせるため、血沼は、脳の意識を司る部分を破壊し、タイム・トラベルを試みます。しかし、タイム・トラベルには成功したものの、予期せぬ事態が起こってしまいます…。
 タイム・トラベルを扱っていながら、その肌合いはホラーのそれ。宿命の女ともいうべき恋人への執着が、語り手を悪夢へと引きずり込みます。タイム・トラベルは「能力」ではなく「能力の欠如」であるというテーゼが斬新ですね。
 時間の流れは意識の流れであり、脳の意識を司る部分を破壊すれば、タイム・トラベルが可能になるというのです。しかし破壊した部分は、時間の連続性を認識するためのものでもあったために、語り手は永遠に時間の中をさまようことになるという、想像するだに恐ろしい展開。
 ここまで絶望的かつ陰惨な目にあう主人公は、そうそういないのではないでしょうか。強烈なインパクトを残す名作だと思います。




小林泰三『人獣細工』

 3篇を収録した、力作揃いのホラー短篇集です。

「人獣細工」
 動物の臓器が人間に移植可能になった時代。その功労者である研究者の娘が語り手となって、父親のおぞましい実験の数々を語ります。父親によって手術をされた娘は、自分は人間なのかどうか思い悩みますが…。
 マッド・サイエンティストもの作品。手術や臓器の描写がグロテスクで強烈ですね。

「吸血狩り」
 8歳の「僕」は、祖父母の家に滞在していました。ほのかな恋心を抱く年上の従姉は、長身の黒ずくめの男に夢中になります。男が吸血鬼だと疑う「僕」は、男を撃退するためにいろいろな方策を講じますが…。
 幼い少年と吸血鬼との戦いを描く作品、なのですが、本当にそうなのか? という疑いを匂わせながら展開していきます。表面上の物語とは違った解釈も可能な作品になっています。

「本」
 小学校の同級生から送られてきた古びた本。それは小説とも評論ともつかない謎の本でした。本を読み始めた麗美子は不思議な体験をします。友人の未香の話で、同級生たちに同じ本が配られたことを知った麗美子は、彼らがどうなったか調べるべきだと提案します。
 その結果、本を読んだ人間は死んだり発狂していたことが分かります。本の何かが彼らを狂わせたと考える麗美子は、その呪いから逃げ出す方法を調べようとしますが…。
 一種の「クトゥルーもの」作品なのですが、登場する本の設定が非常にユニーク。作中で展開される芸術論、メディア論もなかなか力作です。芸術は情報だ、というテーゼは説得力がありますね。




小林泰三『脳髄工場』(角川ホラー文庫)

 粘着質な雰囲気が楽しいホラー短篇集です。

「脳髄工場」
 ほとんどの人間が、人間の理性や感情を抑制する「脳髄」を装着するようになった時代、主人公は「脳髄」が人間の自由意志をなくすものだと反発しますが…。
 この作家らしい、救いのない結末にはインパクトがありますね。

「友達」
 小心者の少年が、憧れの自分をイメージして話相手にしているうちに、相手が実在性を帯び始める…という話。ここまでならよくあるパターンなのですが、そこから先のひとひねりがなかなか面白いです。

「停留所まで」
 都市伝説をテーマにした作品。うわさ話をしているうちに、自分がその渦中にいることに気づく、という話。しかも語り手はそれに気がつかない…という技巧的な作品です。

「同窓会」
 二十年ぶりに、同窓会にあらわれた一人の女。彼女は「この世」に来られるはずがなく、出席者はみな驚愕しますが…。
 軽く楽しめるショートホラー作品です。

「影の国」
 会社からも家庭からも疎んじられている中年男。彼はコミュニケーションを断つことによって人間関係を消滅させることができると、精神科医に話します。それが高じるとこの世から消滅し「影の国」に行くことができるのだと。精神科医は一笑に付しますが、それを忘れてしまいます…。
 自分だけが実在だという「唯我論」テーマをひねった作品。世界全体が幻想なのではなく、自分に関するものだけ幻想だというところが面白いですね。

「声」
 ある時かかってきた電話の声。声の主は、株を即刻売るように指示します。指示に従わなかった結果、損をした「わたし」は声が未来の自分だと知りますが…。
 過去改変テーマの作品ですが、それをホラー風味で語ったところに新味がありますね。

「C市」
 「クトゥルー」に対抗するために世界中の科学者の知を結集して作った最終兵器。しかし自らを増殖し巨大化した兵器は、恐るべき怪物になってしまいます…。
 自分たちは怪物を作るための道具でしかなかった…という逆説的な結末がユニークなクトゥルー神話作品。

「アルデバランから来た男」
 探偵事務所に現れた男はアルデバランから来た異星人だと名乗ります。男は反政府の罪で追われていると語ります。政府は、人口解消のために人格をコピーした上で実在の人間を削除しているというのですが…。

「綺麗な子」
 近未来、見た目は本物と全く変わらぬペットが流行していました。粗相もせず、充電も自分でするペットに慣れきった人々は、やがて人工の子供を欲しがるようになりますが…
 外見が本物と全く変わらず、愛情も示すペットや人間は、本物と変わらないのではないか? というシリアスなテーマを打ち出しています。破滅SFのヴァリエーションとしても面白い作品です。

「写真」
 心霊写真を受け取った鑑定家のもとに、写真の当事者の少女が現れます。この写真を見た人の元にはやがてその霊があらわれるという少女ですが、鑑定家は信じません…。
 「同窓会」と同様、ひっくり返しが楽しいショート・ショート的作品。

「タルトはいかが?」
 姉の元に弟からの手紙が届きます。弟は、血の混じったお菓子を食べなければ体がおかしくなる、と奇妙なことを書いてきます。事態はエスカレートし、彼は勤め先のホストクラブでつかまえた女の血を搾り取るようになります…。
 吸血鬼もの作品。ミステリ的な仕掛けが面白いですね。




小林泰三『肉食屋敷』(角川ホラー文庫)

 4篇収録、安定した出来のホラー短篇集です。

「肉食屋敷」
 古代生物を再生しようとした研究者が、間違えて地球外生命体を復活させてしまいます。生物を取り込み屋敷と一体化した怪物は、さらに人間を取り込もうとしますが…。
 「ジュラシック・パーク」をホラー風味で語ったような作品。怪物が粘液質で気色悪いのが小林泰三風味でしょうか。

「ジャンク」
 人間を狩って死体を売りつける〈ハンター〉、そしてその〈ハンター〉を狩る〈ハンターキラー〉。主人公の〈ハンターキラー〉は、胸に恋人の女の顔を移植していました。彼は途上で〈ハンター〉に襲われてしまいますが…。
 西部劇風の世界にゾンビをもちこんだ異色作品です。相変わらず粘液質な描写が光ります。特に腐りかけの「人造馬」の描写は秀逸ですね。

「妻への三通の告白」
 寝たきりになった愛妻「綾」への手紙が新しい順に並べられます。過去に妻を争った磯野に再会した語り手は、彼の態度に困惑しますが、その真相が徐々に明らかになります…。
 妄想を膨らませてゆくという、歪んだラブストーリーです。

「獣の記憶」
 多重人格者である男は、もう一人の人格「敵対者」から攻撃的な振る舞いを受けていました。「敵対者」とのコミュニケーションに使われるノートには、彼を挑発する不可解な言葉が書き連ねられます。とうとう「敵対者」は殺人を犯してしまいますが…。
 多重人格ものの新機軸。「バカミス」に近い風味の作品なのですが、タッチは本格的なホラーのそれという、面白い味わいの作品です。




小林泰三『目を擦る女』(ハヤカワ文庫JA)

 SFホラー的な作品が集められた短篇集です。仮想世界や唯我論的なモチーフを扱った作品が多くなっています。

 この世界は私が見ている夢だという女を描く「目を擦る女」、不可能犯罪から超絶的な推理を導き出す探偵の物語「超限探偵Σ」、人間の脳を奪う異星人と人類の闘い「脳喰い」、タイム・パラドックスをユーモラスに扱った「未公開実験」、算盤計算によって作られた仮想世界を描く「予め決定されている明日」などが面白いですね。

 表題作「目を擦る女」は文字通り「世界を夢見る」女というボルヘス的なテーマを扱っています。女は本当に世界を夢見ているのか、それとも妄想なのか…。
 SFともホラーともつかぬ味わいの作品です。

 「超限探偵Σ」は、不可能犯罪はありえない、不可能でないか犯罪でないかだ、とする立場から、唖然とするような結論を導き出す探偵の話。唖然とはするのですが、確かに論理的にはおかしくないところが逆にすごいです。

 「予め決定されている明日」は、仮想空間に構築された世界を扱った作品なのですが、その世界が算盤を使って計算されているというユニークな設定。電子計算機というものが実在しない世界で、それならば仮想空間で計算してもらおう、という発想には腰を抜かします。
 仮想空間、ヴァーチャル・リアリティを直接扱った作品に限らず、現実とは異なった異様な世界が説得力豊かに描かれているのが魅力です。ハードSF的な当否はわかりませんが、その世界の異様さ、奇妙さだけでも惹かれてしまうものがありますね。




小林泰三『人外サーカス』(KADOKAWA)

 メジャーな場で芽の出なかったマジシャンの蘭堂は、自分の芸を活かせる場としてサーカスに入ります。しかしそのサーカス「インクレディブル・サーカス」は経営不振で、しかもメンバーの大部分が引抜にあい、わずかな人数しか残らなくなっていました。
 脱出マジックで致命的なミスをして以来、蘭堂は鬱々としていましたが、そんな折、団員たちを異形の怪物たちが襲います。吸血鬼だと名乗る彼らは、人間離れした怪力と能力を使って団員たちを殺そうとします。団員たちは劣勢に立たされながらも、自分たちの特技を使って吸血鬼たちを撃退しようとしますが…。

 廃業寸前になったサーカスの団員たちが吸血鬼の群れに襲われてしまう…というホラー作品です。この吸血鬼たちの能力がすさまじく、人間離れした怪力なのはもちろん、怪我を負わしたり体の一部が吹っ飛んでもあっという間に再生してしまったり、さらに変身能力や飛行能力もあったりするのです。
 「インクレディブル・サーカス」と吸血鬼たちが遭遇する前に、吸血鬼に対抗する公的機関と吸血鬼たちの戦闘シーンが描かれ、高い戦闘能力を持つ機関員たちでさえ吸血鬼には莫大な損害を負わされていることが描かれます。
 それだけに、戦闘には素人であるサーカス団員たちが、いかに工夫して吸血鬼を撃退するのか?というところが読みどころになっています。団員たちが射撃や空中ブランコ、動物使いなど、それぞれの役割を生かして吸血鬼たちに一矢報いるシーンには爽快感がありますね。
 主人公の蘭堂に至っては、大技である脱出マジックの仕掛けを使って戦うなど、まさに力対技、といった趣があります。
再生能力を備えているだけに、吸血鬼たちは自分の肉体が損壊するのにも頓着しないのですが、その肉体の損壊や再生シーンなどのグロテスクさは強烈で、このあたり、著者の面目躍如、といった感じもあります。
 智恵を絞って一矢報いるものの、力及ばず死んでしまう団員もあり、誰が生き残るのか?といった面でのハラハラドキドキ感もありますね。
 また、著者の別作品でもお馴染みのキャラがゲスト出演していたりと、そうしたお遊びも楽しいです。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

破天荒な物語  ジョン・ガードナー『光のかけら』

 ジョン・ガードナー『光のかけら』(八木田宜子訳 ハヤカワ文庫FT)は、パロディ味が強く、破天荒なユーモアが特徴の童話集です。

 国を悩ますドラゴンを退治しようとする靴屋の三人の息子を描いた「ドラゴン、ドラゴン」、変身能力を持つ小鬼が親友の雄山羊にだまされてドラゴンと戦わされる「小鬼とドラゴン」、教会で改心した性悪の魔女が善人になりたいと願う「魔女の願いごと」、ハチドリの王からその位を譲ってもらった頭の弱い青年が王女を助けようとする「ハチドリの王さま」、人間を食べる大男と臆病な仕立屋を描いた「仕立屋と大男」、世界中から光が盗まれ暗くなってしまうという「光のかけら」、完全なナシの木を持ってきたものは王女と結婚できるという「ナシの木」、ずるがしこいラバが主人の粉屋を亡き者にしようとする「粉屋のラバ」、国民を悩ませるグリフィンの退治をおおせつかった老哲学者の物語「グリフィンと賢い老哲学者」、突然別のものに変身する種族の壊滅が王のおふれで出されるという「ショルムの変身野郎」、自分の家族たちの命を交換条件に魔女と取引をしてしまう王とその家族の物語「海のカモメ」、意地悪な継母にいばら集めを命じられた娘が妖精に助けられて幸運を手に入れるという「いばら娘のガジャキン」の12篇を収録しています。

 おとぎ話のフォーマットにしたがってはいるものの、登場人物が妙な行動を取ったり、その結果不条理な状況に陥ったりと、奇妙な味わいの物語が多く、非常にモダンな感触の童話集になっています。結末も、必ずしもハッピーエンドで終わるわけではないところもユニークです。
 特に印象に残るのは「小鬼とドラゴン」「粉屋のラバ」「グリフィンと賢い老哲学者」「ショルムの変身野郎」などでしょうか。

 「小鬼とドラゴン」は、あらゆる物をあらゆる姿に変えることのできる能力を持つみにくい小鬼を主人公にした物語。生き物も見た瞬間に別の姿に変えてしまうので、小鬼自身にも元の姿は何だったかわからなくなってしまう始末。しかし彼にもドラゴンの姿だけは変えられません。
 小鬼の買っている山羊のビリー・ゴートは、ドラゴンを退治すれば莫大な報酬が出るという王さまのおふれを聞き、小鬼を上手く誘い出してドラゴンを退治させようとしますが…。
 山羊にそそのかされて、ドラゴンと相対させられる小鬼を描く物語なのですが、この小鬼が凄まじい変身能力を持つというのが面白いところ。結末では世界観が崩れていくようなショッキングな展開もあり、どこか哲学的な味わいもある作品になっています。

 「粉屋のラバ」は、年老いて殺されそうになったラバが、主人である粉屋に対して、口先で富を約束して、彼を陥れようとする物語。ところが窮地に陥るたびに、粉屋は幸運を得て富を手に入れていきます…。
 陥れておきながらも、成功するとそれは目論見どおりと話すラバがたくましいですね。
 憎みあうことになるのかと思いきや、いつしか二人の関係も不思議なものになっていくという、皮肉な展開が魅力的です。

 「グリフィンと賢い老哲学者」は、グリフィンが人々を悩ませている国が舞台の物語。その国では、人々が仕事をしている最中にグリフィンが現れ、じっと見つめているのです。そのうちに人々は、仕事に集中できずに、根本的な疑問に囚われてしまうというのです。グリフィンを追い出すよう命じられた老哲学者は、考え込んでしまいますが…。
 単純な怪物退治の物語かと思いきや、何ともシュールな展開に。主人公が哲学者だけに、哲学的な方向に進んでしまうというナンセンスな童話作品です。

 「ショルムの変身野郎」は、突然別のものに変身してしまういたずら好きの種族を扱った物語。害は与えないものの、人々を驚かす彼らは「ショルムの変身野郎」と呼ばれていました。彼らを退治した者には褒美をとらせるという王様のおふれに対して、騎士や魔法使いなどが討伐に旅立ちます。
 一方、きこりは出会った「変身野郎」たちの首を切り落としていました…。
変身能力を持つ種族と、彼らを退治しようとする人々の物語です。主人公のきこりが、片っ端から首を切り落としていくのですが、そのうち間違えて普通の人間たちも殺してしまいます。
 それもしょうがないか、というトーンで進んでしまう展開がすごいですね。「変身野郎」たちの由来や正体も全く明かされないのも、どこかシュール。残酷味も強いナンセンス・ストーリーです。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

恐怖のオムニバス  ダン・カーティス監督『恐怖と戦慄の美女』
 ダン・カーティス監督のオムニバス映画『恐怖と戦慄の美女』(1975年 アメリカ)は、リチャード・マシスンの短篇が原作の三話からなるホラー・ムービーです。

第一話「ジュリー」
 英語教師のジュリーは、生徒であるチャドに恋人になってほしいと迫られ、それを断りますが…。
 生徒である少年に脅されてしまう女性教師を描いていますが、実は…という作品です。結末は非常にブラック。

第二話「ミリセントとテレーズ」
 真面目で貞淑な姉ミリセントと、奔放で色情狂の妹テレーズ。代わる代わる男を連れ込むばかりか、黒魔術にまで手を出しているテレーズを、ミリセントは憎んでいました。彼女は妹について主治医のラムジー博士に相談しますが…。
 対照的な姉妹を描いたサイコ・スリラー作品。妹に憎悪をふくらませていく姉は、とうとう妹を始末しようと考えます…。意外な結末が楽しいエピソードですね。

第三話「アメリア」
アメリアは母親の元を離れて、一人でマンションに住んでいました。毎週金曜日には淋しがる母親と共に過ごす約束でしたが、その日はある男性と食事の約束をしていたために、母親との約束を断ろうとして口論になってしまいます。
アメリアはボーイフレンドへのプレゼントとして、古道具屋でズーニ族に伝わる呪いの人形を購入していました。付属の紙には、人形に付けられた金の鎖が外れてしまうと、魂が入り込み人形が動き出す…ということが記されていましたが、アメリアは本気にしません。ふとした拍子に鎖が外れてしまった人形は動き出し、刃物を持ってアメリアに襲いかかります…。
 人形が女性を襲うというショッキングなエピソードです。演出の上手さもあり、かなり怖いお話になっています。人形がどこから襲ってくるかわからず、ドアを破ったり、トランクに閉じ込めてもこじ開けてきたりと、その力とエネルギーも強烈。
 登場人物はヒロイン一人なので、人形との一人芝居になるわけですが、主演のカレン・ブラックの演技力もあり、恐怖感の醸成が巧みです。『チャイルド・プレイ』を始めとする、後年の人形ホラー作品にも影響を与えたといわれる作品で、確かに今見ても傑作と言っていい作品だと思います。

 この『恐怖と戦慄の美女』、三話がそれぞれ違ったテーマで構成されていて、バラエティに富んでいるのも魅力ですね。三話とも主人公を女優のカレン・ブラックが演じていて、同じ人とは思えないほどの演じ分けがされているのも凄いです。特に第三話「アメリア」での演技は見事ですね。
 もともとテレビ用に作られた作品だそうですが、小粋な秀作として、今でも楽しめる作品だと思います。

原作となるエピソードは全て邦訳があります。
紹介しておきますね。

第一話 「ジュリー」
原作:リチャード・マシスン「わが心のジュリー」(尾之上浩司訳 ジェフ・ゲルブ編『震える血』祥伝社文庫収録)

第二話「ミリセントとテレーズ」
原作:リチャード・マシスン「針」(尾之上浩司訳 尾之上浩司編『運命のボタン』ハヤカワ文庫NV 収録)

第三話「アメリア」
原作:リチャード・マシスン「狙われた獲物」(仁賀克雄訳『不思議の森のアリス』論創社 収録)

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

<不思議>な物語  レオポルド・ルゴーネス『アラバスターの壺/女王の瞳 ルゴーネス幻想短編集』

 レオポルド・ルゴーネス『アラバスターの壺/女王の瞳 ルゴーネス幻想短編集』(大西亮訳 光文社古典新訳文庫)は、ボルヘスも影響を受けたという、アルゼンチンの作家レオポルド・ルゴーネス(1874~1938)の傑作集。独特の幻想世界が魅力の作品集です。

「ヒキガエル」
 ヒキガエルを殺してしまった少年に対して、女中は、ヒキガエルは焼き殺さなければ復讐のため生き返るのだと話します。彼女が友人アントニアの息子に実際に起こったこととして話し出したのは…。
 ヒキガエルに関する迷信と思われたものが実際は…という恐怖小説。テーマがヒキガエルだけに、どこかユーモラスなものを感じてしまうのですが、その実、かなり怖いお話になっています。

「カバラの実践」
 「わたし」が女友達カルメンに語ったのは、友人エドゥアルドが体験したという話でした。エドゥアルドは若い女性の骸骨の標本を手に入れて、それに話しかけていたところ、骸骨の代わりに美しい女が現れたというのです…。
 どこか官能的な要素も感じさせるゴースト・ストーリー。結末にはブラックなユーモアがあふれています。

「イパリア」
 独り身の男が引き取った身寄りのない少女イパリア。長ずるにつれ美しくなっていくイパリアでしたが、彼女は自分の美貌に見とれるあまり引きこもります。地下室の壁を見続るイパリアは、壁には自分の姿が映っているのだと話しますが…。
 自らの美貌を愛するナルシスティックな少女が描かれる作品ですが、その展開はファンタスティック。結末にも奇妙な味わいがありますね。

「不可解な現象」
 「わたし」は紹介状を持って、いささか変わり者だというイギリス人の屋敷を訪れます。「わたし」と意気投合した男は、自分がヨガの修行によって得たという能力のことを話し始めますが…。
 これは何とも奇妙な味わいのストーリー。男の語る話は妄想なのか真実なのか…? どこか、レ・ファニュの名作「緑茶」と通底するところもある作品ですね。

「チョウが?」
 幼なじみで恋人同士のリラとアルベルト。しかしリラは幼い内に亡くなってしまいます。チョウの採集を趣味とするアルベルトは、時間が経つにつれリラのことも思い出さなくなっていました。ある日、見たこともない美しいチョウを捕まえたアルベルトはチョウに針を刺しますが、なかなかチョウが死なないことに驚きます…。
 チョウをモチーフにして、幼い恋人たちを叙情的に描く物語かと思いきや、とんでもなく残酷な結末に驚かされます。「時間」「変身」「夢」など、短い中にも多様なモチーフが詰め込まれている幻想作品です。
 リラとアルベルトのお話自体が、「ぼく」がアリシアに語った話とされており、メタフィクショナルな構造の作品ともなっています。

「デフィニティーボ」
 精神病院に収監された患者は「デフィニティーボ」について熱く語ります。「デフィニティーボ」とはいったい何なのか…?
 「デフィニティーボ」とは何なのかをめぐる、シュールな奇譚です。

「アラバスターの壺」
 ニール氏はエジプトの古代魔術についてある話を始めます。責任者のカーナーヴォン卿と共にエジプトの墳墓発掘に赴いたニールは、部屋の入り口にアラバスターの壷を見つけますが、カーナーヴォン卿がその栓を外した途端に、異様な香りを嗅ぎます。
 同行したエジプト人の召使いムスタファは、それは〈死の芳香〉であり、それを嗅いでしまったカーナーヴォン卿は死んでしまうだろうと予言しますが…。
 古代エジプトの呪いを描いています。神秘主義的な色彩が濃い作品ですね。

「女王の瞳」
 ニール氏の自死を聞き、彼の葬儀に訪れた「わたし」は、帰路、見知らぬ男と一緒になります。ニール氏の死に謎のエジプト人女性が関わっていることを告発しようとする「わたし」に対して、彼女の後見人だと名乗る男は、女性をかばいます。彼女は、古代エジプトのハトシェプスト女王の生まれ変わりだというのですが…。
 古代のエジプトの女王の生まれ変わりをめぐる神秘小説です。話自体に起伏はあまりなく、著者のエジプト趣味を楽しむ作品といったところでしょうか。前作「アラバスターの壺」よりも更にミスティックな雰囲気の作品になっています。

「死んだ男」
 その男は数十年も前から、自分は死んでいると言い張っていました。しかし、周囲の人間はまともに取り合いません。ある日、その男が死んでいるふりをしているところに、よそ者の二人の人夫が通りがかりますが…。
 数十年前から死んだといい続ける男は狂っているのか、それとも…? E・A・ポオの某作品を思わせる怪奇小説です。

「黒い鏡」
 パウリン博士が出してきたその黒い鏡は、思い浮かべた人の姿を写すことの出来る魔法の鏡だといいます。実際に試してみてほしいと言われた「わたし」はなぜか、処刑された犯罪者の姿を思い浮かべてしまいます…。
 思念によって人の姿を写すことの出来る鏡をめぐる奇談です。浮かび上がった霊(?)の姿が怖いですね。
 魔法とはいいつつ、博士が語るその魔法の仕組みは論理的で、疑似科学的であるのも面白いところです。

「供儀の宝石」
 敬虔な修道女である従妹エウラリアは、司教のための上祭服に素晴らしい刺繍を仕上げます。礼拝の当日、一羽の鳩がエウラリアの前に現れますが…。
 これはキリスト教的な奇跡譚というべきでしょうか。結末の情景にはインパクトがありますね。

「円の発見」
 狂気に取りつかれた幾何学者クリニオ・マラバルは、精神病院に収監されていました。彼は、円の中に入っていれば不死が達成されると思い込んでおり、円を地面に描いてはその中に入っていました。しかし、病院に着任した新しい医師はそれを妄想とし、円を消してしまいます…。
 円の中では人間は不死になるという、どこかボルヘスを思わせる〈奇妙な味〉の作品です。マラバルの死後に起きる現象はかなり不気味で、恐怖度が高いですね。

「小さな魂(アルミータ)」
 不毛の土地に暮らす、幼なじみの幼い少女ソイラと少年フアンシート。ソイラが死んでしまったことを受け入れられないフアンシートはある日、歩いて姿を消してしまいます…。
 少年と少女は再び出会うことができたのか? これは美しい幻想小説ですね。

「ウィオラ・アケロンティア」
 その庭師は「死の花」を作るために試行錯誤していました。色を黒にするのを皮切りに、毒を持つ植物を周囲に植え影響を与えようとするなど、その行為はエスカレートしていきます…。
 「死の花」を作ろうとする庭師の物語です。作中に登場する、声を発する植物も不気味なのですが、植物について語る庭師の言動がそれ以上に禍々しいという作品です。

「ルイサ・フラスカティ」
 ある夜、「わたし」は通りがかった家で美しい娘を見つけ、挨拶を交わすようになります。やがて互いに恋を語るようになったその娘ルイサ・フラスカティは何故かいつまでも、暗い中でしか会おうとしません…。
 暗闇の中でしか会おうとしない娘の秘密とは…。〈奇妙な味〉の恋愛幻想小説です。

「オメガ波」
 変わり者の科学者は音を力学的に研究しており、その結果、音をエネルギーとして変換する装置を開発します。装置から出るエネルギー波はオメガ波と呼ばれ、それが当たると、あらゆる物質は崩壊してしまうのです。しかし、その装置は他人が触っても効果がなく、科学者当人が操作しなければ作動しないのです…。
 あらゆる物質を破壊するエネルギー波を開発した科学者を描く物語です。ブラックユーモアも感じられるSF風味の作品になっています。オメガ波について説明する、科学者の疑似科学的な蘊蓄も面白いですね。

「死の概念」
 妻が亡くなった後、病気になってしまった友人セバスティアン・コルディアル。妻の死に関してセバスティアンに責任があるのではないかという噂を「私」は信じていませんでした。人手のなくなったセバスティアンの看護は「私」とラミレスとで行っていました。
 妻が可愛がっていた犬は、妻が死んで以来、寝室に立ち入ろうとしなくなったのに「私」たちは気がつきますが…。
 霊というべきか、思念というべきか、ゴースト・ストーリーの変種的な作品です。

「ヌラルカマル」
 考古学的な価値を持つ金細工の出展者であるアルベルティは、便宜を図ってくれたお礼にと「私」にある話を始めます。彼は恋をした部族の長の一人娘ヌラルカマルと結婚するために、占星術師モアズの手を借り、金細工を手に入れたというのですが…。
 東洋的な転生を扱った幻想小説です。ルゴーネスはゴーチェを愛読していたとのことですが、アラブやエジプトが背景として登場する作品がまま現れるのは、ゴーチェの影響なのでしょうか。

 ルゴーネスの作品、エジプトやアラブなどオリエンタリズム的なモチーフは別として、作品自体の骨格は、英米型の怪奇幻想小説に近いものが感じられますね。名前を伏されて読んだら、A・ブラックウッドやE・F・ベンスンかと思ってしまいそうな味わいの作品も多数です。英米の怪奇幻想小説やゴースト・ストーリーが好きな方には、楽しく読める作品集だと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

めくるめく世界  イシュトヴァーン・オロス『タイムサイト』

 『タイムサイト』は、ハンガリーの作家・デザイナーである、イシュトヴァーン・オロスのアニメーション作品集。オロスは、エッシャーの影響を受けた、だまし絵的な作品を得意とするグラフィック・デザイナーとして有名で、日本で刊行されただまし絵作品集にも、よく取り上げられています。
 6つの短めのアニメ作品が収録されていますが、共通するのは、エッシャー風の不可能空間や図形が頻出すること、あるイメージが別の似た(あまり似てないこともありますが)イメージに変容する幻想的な光景が描かれること、寓意的なテーマが盛り込まれていること、などでしょうか。
 ストーリーはあってないようなもので、その華麗で緻密なイメージの奔流を楽しむのが、楽しみ方としては正解なのでしょう。以下、収録作のレビューです。

「マインド・ザ・ステップ」
 集合住宅地を舞台に引越しの情景が描かれる作品、といえば、そのとおりなのですが、その間に様々な人々の幻想的なイメージがどんどんと入れ替わっていきます。エッシャーのだまし絵的な空間が頻繁に登場するのが特徴で、それによって社会の閉塞感を表現しているといった感じです。
 たんすを運んでいる引越し業者がエッシャー的な空間ですれ違い、たんすの端がぶつかりあったり、ボールが無限階段を延々と落ち続ける…というシーンは圧巻ですね。

「ザ・ガーデン」
 少年が庭で車椅子の美しい女性に出会い、彼女の入浴を覗く…というのが幻想的かつ官能的に描かれる作品。
 全編、銅版画風の絵柄で構成されていて、場面場面が一つの絵として美しいです。女性が人魚に変容するシーンが幻想的に表現されています。

「叫び」
 赤ん坊の叫びから始まり、生まれた病院の鳥瞰図から宇宙にまで至るスケールが展開されたかと思うと、再び成人男性の画像へ…。
 人間の一生を象徴的に描いた作品なのでしょうか。

「ブラックホール-ホワイトホール」
 ペンを持つ手が描いた手がさらにペンを持って手を描いてゆくという、目くるめくイメージから始まり、様々なイメージが相似形に展開されてゆくという作品。
 次に何が出てくるのか分からない予想のつかなさが面白いです。

「タイムサイト」
男と女が時間と空間を越えて出会う…という象徴的な物語。銅版画が元になっているという線画が素晴らしいです。背景の一部が一時的に女性の顔になり、それがまた溶け込んでいくという、だまし絵的な技法が使われており、大変魅力的。
男性と女性のナレーションが同時に発音され、一人は過去形、もう一人は未来系で話すという前衛的な演出がされているのも面白いですね。

「迷路」
 数字をモチーフにした9つの迷路が現れ、その迷路が変容して様々なイメージを展開してゆくという、シュールな作品です。
 視覚的な効果としては、これが一番面白い作品でしょうか。


テーマ:映画 - ジャンル:映画

〈奇妙な味〉の物語  ジョーン・エイケン『レンタルの白鳥 その他のちょっと怖いお話十五篇』

 ジョーン・エイケン『レンタルの白鳥 その他のちょっと怖いお話十五篇』(秋國忠教訳 文芸社)は、児童文学作家として有名な著者の、大人向け幻想短篇を集めた作品集です。

「間借り人」
 子どもを見てくれていた間借り人が急に部屋を出ていってしまい、ローズは困っていました。息子と娘が同時に病気にかかってしまい、仕事も急に休むことはできないのです。そんな折、勤務先の上司の紹介だというコールゲイト夫妻が部屋を間借りしたいと訪れます。
 子どもの面倒も見てくれるということで喜ぶローズでしたが、夫婦の行動は常軌を逸していました…。
 異様な夫婦を間借り人として置いてしまったシングルマザーの物語です。夫婦は傍迷惑な性格だけでなく、どうやら怪しい魔術のようなものさえ行っているようなのです。スラップスティックなコメディ調でありながら、結末の戦慄度は高いホラー作品です。

「ミセス・コンシディーン」
 ジューリアはミセス・コンシディーンのもとで刺繍を習うことになり、彼女の家に入り浸るようになります。ジューリアには奇妙な能力がありました。夢で見たとおりに現実に事件が起こるのです…。
 予知なのか、それとも現実を変える力なのか、どちらかはわからないのですが、現実が夢に見たとおりになってしまうという少女を描く物語です。幸運の夢らしいものがある一方、悪夢のようなものもあります。結末でミセス・コンシディーンに起こる夢は、本当に悪夢のようで気味の悪い作品になっています。

「シワニー・グライド・ダンス」
 女中だった姉モードが資産家の伯爵と結婚したことで、立派な屋敷に住むことになった妹ノーラ。夫の死後未亡人となった姉とともに数十年も暮らしているノーラは、姉のせいで婚期を逃したことを根に持っていました。
 そんな折、リスを処分するための毒入りクルミを運んだトラックが盗まれ、そのトラックを盗んだ連中が屋敷の隅に隠れて車を止めているのにノーラは気がつきます…。
 結末は途中で予想できてしまう人が多いと思うのですが、物語の筋がどうこうというよりも、主人公である妹ノーラと姉のモードの性格や確執が事細かに描かれており、その人物描写だけでも面白く読めてしまいます。
 タイトルとなっている「シワニー・グライド・ダンス」は、夫が発明したというダンスで、それによって収入を得ていることを恥ずかしく思っている…という描写は上手いですね。

「聴き方」
 音の「聴き方」について教えている女教師ミセス・シェイバーに終身在職権を与えるかどうかで、彼女の授業を査察することになった教師のミドルマス。その内容に感銘を受けるミドルマスでしたが、途中でミセス・シェイバーの家に泥棒が入り、彼女が長年録り溜めたテープが壊されてしまったことを聞かされます…。
 オチらしいオチはなく、ミセス・シェイバーの授業や彼女の被った災難などを通じて、主人公の教師ミドルマスの中に生じた心象や意識の流れが描かれていくという、何とも奇妙な味わいの短篇です。文学味も強いですね。

「コンパニオン」
 充分な資産も持ちながら、退屈な田舎のコテージに住み続けるミセス・クライラード。かってその家で家政婦をしていたミス・モーガンはその能力の無さから解雇されてしまいますが、ミセス・クライラードに自分を雇ってくれないかと何度も頼んでいました。
 妹と同居することになったミス・モーガンが去ってしばらくしてから、ミセス・クライラードは部屋の中に霊的な何かを感じ取ります。霊的なことに詳しい地方執事の旧友ロウジャーは、霊媒を連れてミセス・クライラードの家を訪れることになりますが…。
 極めて人間的な幽霊を描いたゴースト・ストーリーです。生前同様、死後も無力ながら、住む人間の気を重くさせるという幽霊が描かれています。主人公の女性が一人で何でも出来て不満を覚えない性格という設定なのですが、そのあたり「幽霊」と対比的に描かれている節もありますね。

「レンタルの白鳥」
 作品が飛ぶようにヒットする劇作家デーヴィッドは、快適なフラットに住まいを移すことになります。その部屋の契約には執事がついているのみか、白鳥までもがついていたのです。やがてデーヴィッドの生活に白鳥はなくてはならない存在になりますが…。
 部屋に住み着いた白鳥の正体とは…? おとぎ話を現代風の装いで語り直したモダン・フェアリー・テイルです。ただ結末は少々ブラック。

「ウサギ肉の煮込み料理」
 妻のセアラは、セールスマンのコーンと浮気のまねごとをしていました。射撃の名手である夫ヘンリーは、コーンのそばに矢を打ち込みます。殺されかねないと警告するセアラに対し、コーンは頓着せずに彼女との不倫を続けますが…。
 夫婦と浮気相手の男の三角関係を描いたクライム・ストーリーです。妻は浮気性、夫はいささか異常な性格だけに、物語の展開もブラックです。

「黒と白のゲーム」
 誕生日を迎えた少年トウビーは、歯医者の後に母親から自転車を買ってもらう約束をしていました。店で待ち合わせていたトウビーは、やってきた母親が彼女に似た別人であることに気づき愕然とします。
 本当の母親が自分に似た少年と一緒にいるところを見たトウビーは逃げだそうとしますが…。
 母親が姿の似た別の存在に入れ替わっている…という幻想作品です。子どもの視点から描かれるだけに、その不気味さと恐怖感は強烈ですね。非現実的な事件の顛末を聞いた歯医者が、それを自然に受け入れてしまうという部分も含め、後半の展開はどこか悪夢のようです。

「笑う時刻」
 人の気配がしないのをいいことに資産家の夫妻が住んでいるはずの立派な屋敷に忍び込んだ少年マット。窓を間違えて閉めてしまい、他の場所から外に出ようと中を探索することになります。妙な笑い声を聞いたマットはそれが時計の音だと言うことに気付きます。しかも家の中には老婦人がいることにマットは気がつきますが…。
 無人だと思って入り込んだ家の中で不気味な老婦人と遭遇する少年の物語です。間の悪いところを見つかった少年が老婦人の言うがままに動くのですが、老婦人の意図がよくわからないだけに、不気味な雰囲気が醸し出されています。

「彼」
 大おばのギーザラは、かってポーランドから祖母とともに移民として船旅をしてきた過去を語り出します。家族の友人ミセス・ポーラナーは、旅の途中で乱暴な少年に怪我を負わされ、それが元で死んでしまいます。ギーザラはミセス・ポーラナーが遺した、願いを叶えるという不思議な箱に向かって、少年が痛い目を見るようにと願いますが…。
 友人の復讐のための呪いが自らに返ってきてしまうという、ひたすら暗く、救いのない物語です。これは怖いですね。

「カルーソーにまつわるお話」
 亡き夫の高齢のおじロウジャーを好意から引き取ったロレーンは、おじとの同居に嫌気がさしていました。それは徐々に殺意にまで発展していきますが…。
 親戚との同居生活(この場合義理ですが)に嫌悪感を覚え始める未亡人を描いた物語。自らの意思で引き取ってはいるものの、そのストレスに耐えきれなくなっていく心理がじっくりと描かれるという「嫌な物語」です。

「助手」
 かって娘の親友だった少女メニスプ。その父親アヴェラーン教授が開発したロボットの特許の販売のために、パリを訪れたフロスト。しかし妻子の死の間接的な原因となった父娘のために働くことに嫌悪感を覚えた彼は、仕事に手を付けず放置してしまいます…。
 物語が始まった時点で、主人公の妻子は亡くなっているのですが、その遠因となったのが現在訪れている家の父娘であることが仄めかされます。過去に主人公の娘と父娘との間に何があったのかははっきり描かれないのですが、父娘に対する主人公の考えが正当なものであるのか、また嫌悪感を抱いている親子の特許販売になぜ協力する気になったのかなどを含めて、人間心理の不可解さが描かれた作品ともいえるでしょうか。

「停電」
 トマスとシーリアの夫妻は壊れた夫婦仲を修復するために山荘に来ていました。彼らの間にわだかまっているのは、悪魔的な行動で彼らを困らせていた、死んだ息子サイモンのことでした。そんな折り、隣人の老婦人ミセス・トレディニクが、飼っている猫が見つからないと訪ねてきますが…。
 こじれてしまった夫婦のすれ違いが描かれている時点で不穏なのですが、さらに死んだ息子サイモンが彼らをかき回していたこと、別荘でも何かをやらかしていたのではないかという疑惑が持ち上がってきます。父親は息子のせいで失明をしてしまったことも語られており、不穏の塊のような物語になっています
 結末ではさりげなくこの作品がゴースト・ストーリーであったことが語られますが、それよりも実際には登場してこない息子サイモンとそれをめぐる事情の方が不気味だという作品です。

「この暗い道路を下って行くのはだれか」
 教師のソーニクロフトは、教え子の中でも優等生であるアマンダの母親から、娘の精神状態を心配する声を聞きます。当人から話を聞くと、アマンダの頭の上に古代のガリア人の一族が住み着いているというのです。アマンダが知るはずのないような外国語の知識を披露するに及び、ソーニクロフトは彼女の言うことを信じ始めますが…。
 素っ頓狂な発想のブラック・ユーモアにあふれた作品です。どう展開するのか予想のつかない物語だと思っていると、唐突ともいえる結末に。まるで、ホラー映画『ファイナル・デスティネーション』のよう、と言うと、その味わいが分かる人には分かるでしょうか。

「将軍たちを満載した列車」
 事故により失明した父親と祖母、二人の息子、その秘書兼家庭教師からなる家庭。二人の息子は学校に嫌悪感を抱き、引っ越すのを心待ちにしていましたが、父親はすぐには引っ越さないと、それを否定します…。
 一見、ある家庭の様子を描く文学的な短篇と見えるのですが、物語が進むにつれ、一家の母親が死んだ事故とその事情、祖母が義理の息子を憎んでいること、子どもたちが何やら不穏な行動をしていること、などが描かれていくという不気味な作品です。
 明確な起承転結はないのですが、いろいろな部分で読者が深読みできる奥深い作品ですね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

魔の時間  P・ボワロー、T・ナルスジャック『魔性の眼』

 P・ボワロー、T・ナルスジャック『魔性の眼』(秋山晴夫訳 ハヤカワ・ミステリ)は、異常心理を扱ったサスペンスを二篇収録した中篇集です。

「魔性の眼」
 幼い頃、母親が急死した心理的なショックで歩けなくなっていた少年レミは、18歳になりようやく歩けるようになります。今までの時間を取り戻そうと、周りの人間に母親や過去のことについて詳しいことをたずねるものの、誰もまともに答えてくれません。
 かって幼い頃暮らした家に、ロベール叔父や看護婦のレイモンドとともに訪れたレミは、レミの父親に不満を抱く叔父と口喧嘩になってしまいます。翌日、叔父は二階の手すりから転落死した状態で発見されますが…。

 長いこと臥せっていた少年が、過去の秘密を探るのと同時に、背伸びして大人になろうとするものの果たせず、家庭を崩壊させてしまう…という心理サスペンス作品です。
 主人公レミが歩けなくなってしまったのは母親の死が原因とされていたものの、実は麻痺はそれ以前から始まっていたのではないか…?という疑惑を皮切りに、少年の眼から隠されていた真実が段々と明かされていく…という構成になっています。
 タイトルの「魔性の眼」は、少年レミの眼を恐れてでもいるかのように周囲が彼を避ける…というところからの比喩的な表現なのですが、実際、彼には知らせたくない悲劇的な真実が秘められていたということになるわけですね。
 仕事や経済どころか、日常的な知識や行動もままならない少年が、麻痺が治った途端に、大人のふりをして行動しようとする自意識が痛々しいほど描かれており、歪んだ青春小説としても読めるでしょうか。

「眠れる森にて」
 フランス革命のためイギリスに亡命していたミュジヤックの領主の息子ピエールは、1818年、かっての城を取り戻そうとフランスへ舞い戻ります。城を買い取った人間は次々と死んだり発狂したりしており、呪われているという噂が立つなか、現在は、エルボー男爵という男の所有になっていました。男爵は妻と娘と暮らしているといいますが、ほとんど姿を見せないというのです。
 公証人を通して申し出をしたところ、簡単に城を引き渡すのに同意したことにピエールは驚きますが、男爵の娘クレールを一目見たことから、恋に陥ってしまいます。
 夜に城をこっそりと訪れたピエールは、窓から男爵夫妻とクレールが食卓で微動だにしない状態で座っているのを見つけます。不審に思ったピエールが近づいて触ると、彼らは皆死んでいました…。

 復古王政時代のフランスの古城を舞台に、奇怪な恋物語が繰り広げられるという、ゴシック・ロマンス風サスペンス作品です。
 先祖代々の城を取り返そうと意気込むものの、相手の男爵には何か後ろ暗いところがあるらしく、簡単に同意します。一方、男爵の娘クレールに一目惚れし、求婚するピエールですが、相手はなかなか首を縦にふりません。
 夜の城で、男爵の家族が死んでいるのを見た直後に、彼らの生きている姿を見たピエールは驚愕することになります。彼らは死んでいるのか、生きているのか? クレールは死人なのだろうか?
 どう見ても超自然的としか思えない現象が続き、合理的理由は明かされずにピエールの物語は幕を閉じますが、ピエールの物語自体が手記として残されており、それをピエールの子孫の青年とガールフレンドが読むという設定のエピソードが、最後に付け加えられています。
 そこで神秘的な謎が合理的に解き明かされるのですが、かなり無理のある設定であることもあり、逆に本編の神秘性を高めることになっている感もありますね。
 ピエールが語る本編の物語は、怪奇幻想小説としても本当に魅力的なお話になっています。


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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』『奇妙な味の物語ブックガイド』「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を刊行しました。



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