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5月の気になる新刊と4月の新刊補遺
4月28日刊 北見隆『北見隆 装幀画集 書物の幻影』(アトリエサード 予価3520円)
5月8日刊 土岐恒二『照応と総合 土岐恒二個人著作集+シンポジウム』(小鳥遊書房 予価9680円)
5月8日刊 鹿島茂『職業別 パリ風俗』(白水Uブックス 予価2090円)
5月9日刊 G・K・チェスタトン『知りすぎた男』(創元推理文庫 予価880円)
5月11日刊 東雅夫編『泉鏡花「怪談会」全集』(春陽堂書店 予価4950円)
5月13日刊 テオドール・シュトルム『みずうみ/人形使いのポーレ』(光文社古典新訳文庫)
5月13日刊 小泉喜美子『ミステリー作家は二度死ぬ』(光文社文庫)
5月16日刊 オスカー・ワイルド『童話集 幸福な王子 他八篇』(岩波文庫 924円)
5月20日刊 シャネル・ベンツ『おれの眼を撃った男は死んだ』(東京創元社 予価2420円)
5月21日刊 マイクル・クライトン、ダニエル・H・ウィルソン『アンドロメダ病原体 変異 上・下』早川書房 予価各1980円)
5月21日刊 生島治郎『浪漫疾風録』(中公文庫 予価968円)
5月22日刊 『幻想と怪奇2 人狼伝説 変身と野生のフォークロア』(新紀元社 予価2420円)
5月25日刊 エミール・ガボリオ『バスティーユの悪魔』(論創社 予価2860円)
5月26日刊 シオドラ・ゴス『メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち』(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 予価2640円)
5月28日刊 ライアン・ギャディス『血まみれ鉄拳ハイスクール』(文藝春秋 予価2200円)
5月28日刊 ジャスパー・フォード『最後の竜殺し』(竹書房文庫 予価1100円)
5月29日刊 ケイト・アトキンソン『ライフ・アフター・ライフ』(東京創元社 予価3960円)

 鹿島茂『職業別 パリ風俗』は、19世紀フランスの職業を通して当時の時代風俗を解説した本の再刊になりますね。面白いのでお薦めです。

 復活した怪奇幻想専門誌『幻想と怪奇』の2号の特集は「人狼」。これは面白そうです。

 『アンドロメダ病原体 変異』は、クライトンの名作『アンドロメダ病原体』の公式続編。前作から数十年後の世界を描いているそうです。

 シオドラ・ゴス『メアリ・ジキルとマッド・サイエンティストの娘たち』は、「両親の死を契機に、父親の謎めいた過去を調べ始めたメアリ・ジキル嬢。父の旧友ハイド氏とは何者なのか? ホームズとワトソンの助けを借りて調査するうち、彼女は科学者が狂気の研究の末に生み出した娘たちと出会い!? 19世紀ロンドンで展開するSFミステリ」という内容だそうで、これは気になりますね。

 ケイト・アトキンソン 『ライフ・アフター・ライフ』の内容は次のようなもの。「生まれては死ぬアーシュラ。臍の緒が巻きつき、スペイン風で溺れ、屋根から落ち、ロンドンの大空襲で……。デジャヴュとは、生き続けられなかった今とは別の人生の名残なのか?」。パラレルワールド的なテーマなのでしょうか、ちょっと気になります。

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<美しき>人々  ウィリアム・メイクピース・サッカレイ『バラとゆびわ』

 ウィリアム・メイクピース・サッカレイ(1811-1863)の『バラとゆびわ』(刈田元司訳 岩波少年文庫)は、それを身につけると魅力的に見えるようになるという魔法のバラとゆびわをめぐる、諷刺的なファンタジー童話作品です。

 バフラゴニアのギグリオ王子は、父王亡き後、おじであるヴァロロソ王に王位を奪われてしまうものの、持ち前の能天気さから、おじの家族のもとで呑気に暮らしていました。 いとこであるアンジェリカ姫にくびったけのギグリオは、彼女との結婚を望んでいましたが、アンジェリカはクリム・タタリ国の魅力的な王子バルボに夢中になってしまい、ギグリオに冷たくされます。
 幼い頃にギグリオにもらった指輪を外したとたん、ギグリオの故意の熱は冷めてしまいます。指輪はギグリオの母親が魔法使いの「黒杖」からもらった魔法の指輪で、それをつけている人間を魅力的に見せる品物だったのです。一方バルボ王子もまた、親から譲り受けた魔法のバラで、自らを魅力的に見せていました。
 かねてよりギグリオに思いを寄せていたアンジェリカのこしもとベチンダは、ふとしたことから指輪を手に入れ、その魔力でバルボを誘惑したとして城を追い出されてしまいます。バルボとアンジェリカを結婚させたいと目論むヴァロロソ王は、ギグリオを処刑しようと考えますが、忠実な家臣の気遣いで、命からがら逃げ出すことになりますが…。

 人を魅了する魔法のバラとゆびわをめぐり、さらに背景には二つの王位簒奪事件が存在し、なおかつ二組の恋人たちの恋の鞘当てが展開されるという、複雑な筋の童話作品です。全体におとぎ話風ながら、筋の絡み具合が錯綜していて、それにもかかわらず上手く解決がつくという、非常に良くできた作品です。
 魅力的な人物とされていたアンジェリカ姫とバルボ王子が、ともに魔法のアイテムの力で自らの虚像を作っていたのに過ぎず、その幻影の世話にならなかったギグリオとベチンダが幸せになるという、教訓的なテーマが提示されるのですが、それが単純に出てこないところが面白いですね。

 終始善人として描かれるベチンダはともかく、主人公のギグリオは登場時点では、頭のからっぽな自堕落な青年として現れます。苦労をすることで成長し、成功を手に入れるものの、慢心してまた酷い目に会うなど、その描かれ方もかなり諷刺的なもの。「ヒーロー」の描かれ方としては異色です。

 物語全体に諷刺的な要素が強く、主人公ギグリオ含め、登場するたいていの登場人物が笑いのめされています。そうならないのはヒロインのベチンダと、魔法のアイテムを作った魔女「黒杖」ぐらいでしょうか。
 典型的な「おとぎ話世界」で展開されるお話ではあるのですが、子供向けとは思えない筋の複雑さが魅力の一つですね。とにかく登場人物がやたらと動くのが特徴です。
 前半にあった伏線が結末付近で登場し、ここでこうなるか!という驚きもあります。アンジェリカとバルボのカップルも、最終的にはハッピーエンドになるのですが、その収め方も実に皮肉でブラック。

 終始、陽気な雰囲気で展開される楽しい作品で、古典的な作品ではありますが、今でも魅力を失っていません。

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時間と宇宙の物語  グレゴリイ・ベンフォード『時空と大河のほとり』
時空と大河のほとり (ハヤカワ文庫SF)
グレゴリイ ベンフォード, 昭, 山高
早川書房 (1990-01)

 グレゴリイ・ベンフォード『時空と大河のほとり』(山高昭他訳 ハヤカワ文庫SF)は、著者のSF作品を集めた短篇集です。

 陶器を解析することで、過去の人々の声を再現しようとするアイディア・ストーリー「時の破片」、開拓船に乗せられていたDNAを奪うため、超光速で追いついてきた宇宙船を描く「リディーマー号」、減速装置の故障により、加速を続けていく宇宙船を描いた「相対論的効果」、盗んできたロボットがやがて別のロボットを盗んできてしまうという「ポット泥棒」、エジプトに現れた異星人を描く「時空と大河のほとり」、未来社会でジョン・レノンのふりをして冷凍睡眠から蘇った男を描く「ドゥーイング・レノン」など。
 特に面白いのは「嵐のメキシコ湾へ」「時の摩擦」でしょうか。

 「嵐のメキシコ湾へ」は、核戦争によるサバイバルもの。放射能がふりそそいだ直後、ある地域の人々は、いちばん安全なのは原発と考え、そこに避難します。故障を起こしたコンピュータを再起動しようと施設に向かった一行は、そこで怪我をした男とその付添の女に出会います。
 最初はリーダーシップをとっていた男がやがて人望を失ったり、逆に厄介者だと思われていた老人が、実は頼りになる男だったりと、旅の過程で、登場人物たちそれぞれの人間性が明らかになっていくところが面白いですね。

 「時の摩擦」は、神に取引を持ちかけられた二人の男を描く物語です。
 おそらく近未来を舞台に、敵に取り囲まれ絶体絶命の窮地にいる二人に話しかけてきたのは、神ともいうべき存在「イム」でした。彼は二つの箱によるゲームを提案します。一つの箱だけを開ける選択をした場合、二つとも開ける選択をした場合、そしてそれぞれに対して「イム」の予言と合っていたかいなかったかで、得られるものが異なってくるのです。
 上手くいけば、そこから脱出するためのエネルギー源だけでなく、「イム」にも等しい強大な力が手に入るというのですが…。
 ゲーム理論からインスピレーションを得た作品らしいのですが、主人公たちの選択肢がマトリックス表で出てくるのが面白いですね。実際に超常的な力を手に入れたとして、主人公たちは幸せなのか? といった考察もあり、なかなかに印象深い一篇です。

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怪談のごった煮  矢野浩三郎、青木日出夫『世界の怪談』
世界の怪談―怖い話をするときに (ワニ文庫)
浩三郎, 矢野, 日出夫, 青木
ベストセラーズ (1984-01-01)

 矢野浩三郎、青木日出夫『世界の怪談』(ワニ文庫)は、一見、怪奇実話集みたいなテイストの本なのですが、実は海外の怪奇幻想小説のネタが沢山使われているという本です。

 例えば「精霊のえじき」と題された話はアルジャーノン・ブラックウッド「柳」「黒猫の復讐」はロバート・ブロック「猫の影」「恐怖の子守歌」はレイ・ブラッドベリ「小さな殺人者」のダイジェストになっています。他にも、ジョン・コリア「みどりの想い」、ヘンリー・カットナー「ねずみ狩り」、ロアルド・ダール「廃墟にて」などが使われています。
 原作のタイトルを紹介しているものもあれば、そうでないものもあります。しかも小説ではない本当の「怪奇実話」も混ざっているようで、かなり混沌とした編集の本になっていますね。

 「世界の名作にこんな怖い話がある」コーナーでは、ウォルポール『オトラント城』も紹介されています。このコーナーのセレクションもよく分からなくて、この次にマリヤット「人狼」、その後は上田秋成の作品が紹介されています(日本作品が紹介されているのはここのみ)。

 B級感漂う本なのですが、著者二人がベテラン翻訳家、特に矢野浩三郎は怪奇幻想の専門家といっていい人だけに、選ばれたお話のセレクションは悪くありません。原作が明記されていないお話(原作があるかどうかははっきりしないです)のなかでも、いくつか面白い話もありますね。
 インディアンに襲われ、まさかりで撃退するという夢を見た男が夢と符合する現実に遭遇するという「夢の中の殺人者」、絞首刑にかけられた男が何度も命拾いするという「絞首台の怪奇」、記憶を失った幽霊がさまよい歩く「わたしは幽霊」などが面白いです。

 海外作品を曖昧な形で紹介したり、実話とまぜこぜにしたりと、いろいろ問題がある本ではあるのですが、ごった煮的な面白さがあることは確かで、これはこれで面白い本ではないかと思います。
 カービー・マッコーリー編『恐怖の心理サスペンス』(矢野浩三郎訳 ワニ文庫)(これも矢野さんが絡んだ本ですね)でもそうでしたが、この版元、小説作品をやたらと実話集とか実用書の体裁で出したがる傾向があったようです。
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生と死の旅  アルト・タピオ・パーシリンナ『魅惑の集団自殺』
魅惑の集団自殺
魅惑の集団自殺
posted with amachazl at 2020.04.17
アルト・タピオ パーシリンナ, Paasilinna,Arto Tapio, 敏武, 篠原
新樹社 (2007-10-01)

 フィンランドの作家、アルト・タピオ・パーシリンナの長篇小説『魅惑の集団自殺』(篠原敏武訳 新樹社)は、自殺志願者たちが同じような自殺願望を持つ人々を集め、集団自殺するための旅に出るという、ブラック・ユーモアにあふれたロード・ノヴェルです。

 会社が倒産し、妻にも見向きがされなくなった実業家レッロネン。田舎の納屋で拳銃自殺をしようとしたところ、そこで首吊りをしようとしていたケンッパイネン大佐と出くわします。意気投合した二人は、当座の自殺を延期し、同じような境遇にある自殺志願者たちを集めて集団自殺をしようではないかと計画を立てます。新聞の死亡通知欄に広告を出したところ、600通以上の手紙が届き、二人は驚きます。
 手紙をくれた一人、副校長の女性プーサーリの協力を得た二人は、自殺者に向けたセミナーを開催することにします。
 成功裡に終わったセミナーの後、自殺志願者たちは大型バスで北に向かって旅に出ることになりますが…。

 集団自殺をするために旅に出た自殺志願者たちを描くブラックなコメディ作品です。それぞれの事情から自殺を考えていた人々が集まり、意気投合した彼らは集団で北を目指すことになります。しかし旅の途次、仲間と過ごす時間やその土地での楽しみを体験した彼らには、逆に生きたいという考えが芽生えてきてしまうのです。
 自殺志願者たちがその行動とは裏腹に、生きる価値を見出す話ではあり、実際終盤ではそういう展開になるのですが、簡単に自殺を中止しようということにはなりません。

 志願者たちの中には不治の病に冒された人間がいたり、自殺願望の意思が固い人間が何人もいるため、終盤まで徹底して自殺を目指して一行は進むことになります。道中で、意図せぬ形ではありながら、実際に死んでしまう人間も何人か発生してしまうのです。
 最初は北を目指すものの、上手くいかなかった一行は、スイスにいったり、ドイツ、フランス、ポルトガルに行ったりと、意図せぬヨーロッパ旅行をすることなります。各地で彼らが引き起こす騒動は実にスラップスティック。

 一行の中に経済力のある金持ちがいたり、特殊な技術を持った人間がいたりすることもあり、道中出くわすトラブルが次々と解決されていくという、皮肉な展開が面白いですね。虐待されている主婦を救ったり、農作業を手伝ったりと、善行をすることにもなります。
 多数の自殺志願者が登場し、彼らの背景や人生が紹介されていきますが、それぞれが興趣に富んだ面白いエピソードになっています。中心になるのは、実業家レッロネン、ケンッパイネン大佐、副校長プーサーリの三人で、中盤からは指導者として特にケンッパイネンとプーサーリが中心となります。
 妻を失い人生に絶望したケンッパイネンがプーサーリに恋するようになるという流れも興味深いです。自殺志願者同士の恋愛は成就するのでしょうか?

 「自殺」という微妙な話題を扱っていることに加え、全体にブラック・ユーモアがまぶされた作品なのですが、読後感は悪くありません。ただ、コメディではありながら、作中に現れる自殺未遂のシーンには「恐怖感」が溢れていたり、実際に死んでしまうメンバーの死の様子は残酷だったりと、背筋の寒い場面もいくつかあったりするのが作品を引き締めていますね。
 作中、フィンランドがいかに生きにくいかという点について語られる箇所もあります。いくぶん風刺的に描かれてはいるものの、日本人の考えるフィンランドのイメージを裏切る部分でもあり、そのあたりの社会認識も含めて興味深く読める作品です。

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二度と戻れない夜  スタンリイ・エリン『断崖』
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 スタンリイ・エリンの第一長篇『断崖』(三樹青生訳 ハヤカワ・ミステリ)は、とある少年の一夜の成長と幻滅を描いたサスペンス小説です。

 ジョージ・ラマンは、いささか内気な16歳の少年でした。体格は良く、実年齢よりも上に見られることもあるジョージは、父親アンディの酒場で過ごすことが多く、店の手伝いなどもしていました。ジョージの母親は亡くなっており、父のアンディは看護婦のフランシスとつきあっていましたが、ジョージは父親の私生活には干渉しないことにしていました。ある夜、有名な新聞記者でスポーツ欄の担当者アル・ジャッジが酒場に現れます。ジョージは、彼の記事を愛読しており、ジャッジ自身にも好感を抱いていたのです。
 しかしジャッジは客たちの目の前で、父のことをステッキで打ち据えたのです。されるがままにされる父の姿を見たジョージは、その瞬間ジャッジを殺さなければならないと決意します。父の拳銃を懐に入れたジョージは、ジャッジを殺すため、彼が訪れているであろう拳闘の試合会場に向かいますが…。

 侮辱された父親の復讐として殺人を決意する少年を描いた物語です。思い込みの強い少年ジョージがジャッジを殺害しようと夜の街を歩き回りますが、なかなか彼をつかまえることができません。その間にも、酔っ払いに金を巻き上げられたり、知り合いになった大学教授に引きずり回されたり、一夜のアヴァンチュールを経験したりと、少年は様々な経験をします。ジョージは復讐を遂げることができるのでしょうか?

 本を沢山読み、内省的で、実年齢よりも大人びた少年。しかし世界は彼の思っていたとおりのものではなく、彼の行動も幼い子供のそれでしかないことが描かれていきます。殺人まで決意した事件の真相を知ったとき、彼の世界観はがらがらと崩れることになるのです。
 少年の行動によって引き起こされてしまった事態に対し、自らの責任を認識するという結末は、彼が「大人」になろうとする証拠なのでしょうか。

 端から見ていて痛々しいほどの幼さと少年の自意識、非常にほろ苦い味わいの、異色の青春小説といえます。
 短篇デビュー作にして代表作「特別料理」と同時期に世に出た作品だそうですが、既に独自の世界が描かれた完成された作品だと思います。

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幻想と象徴  クリスティナ・ロセッティ『小鬼の市とその他の詩 クリスティナ・ロセッティ詩集』
小鬼の市とその他の詩 クリスティナ・ロセッティ詩集
クリスティナ・ロセッティ, 滝口 智子
鳥影社 (2019-10-07)

 クリスティナ・ロセッティ『小鬼の市とその他の詩 クリスティナ・ロセッティ詩集』(滝口智子訳 鳥影社)は、イギリス・ヴィクトリア朝期の詩人クリスティナ・ロセッティ(1830-1894)の第一詩集の全訳です。

 やはり一番印象に残るのは代表作ともされる物語詩「小鬼の市」でしょうか。髪の毛と交換に、小鬼が薦める魔法の果物を食べてしまった少女ローラ。再びその果物を求めるローラでしたが、一度それらを食べてしまった人間には小鬼たちの声は聞こえないのです。姉のリジィはやせ細るローラのために小鬼のもとを訪れますが…。
 邪悪(?)な小鬼たちとその魔法の果物、そして美しい姉妹愛と、ファンタジーの名品だと思います。

 他にも幻想的で美しい詩が多く収録されています。死んだ語り手の魂が宴たけなわの故郷の家を訪れる「故郷にて」、南国の恋人との婚礼の直前に北からの訪問者が現れる「北から来た恋人」、領主に捨てられた村娘が領主の新しい恋人について語る「従姉妹ケイト」、妹の恋路を邪魔する冷たい姉を描いた「貴族の姉妹」、死後に自分の恋人の悲しむ姿を見るという「死後に ソネット」、ユーフラテス河から現れたワニたちとその王を描く、どこかユーモラスな「わたしの夢」、死んだ恋人に追われる夫婦を描くゴシック趣味濃厚な「時と幽霊」、捨てられた恋人が気丈にふるまうという「モード・クレア」、死にゆく妻から夫への語りかけを描く「妻から夫へ」、愛する庭から亡霊によって閉め出されてしまうという「閉め出されて」、恋人を死に追い込んだ姉をうらむ妹を描いた「モード姉さん」などは、物語性も強く楽しく読めます。

 世俗的な詩と宗教的な詩を集めたパートに分かれていますが、宗教的なパートは美しさは感じられるものの、象徴的な要素が多く、なかなか難しいです。対して、世俗的なパートは読みやすいものが多いですね。

 翻訳も非常にこなれています。「小鬼の市」は名作だけに、アンソロジーなどで何種類も読んでいますが、この本に収録された翻訳は、おそらく今までで一番読みやすかったように思います。翻訳者の滝口智子さんによるイラストも非常に愛らしく、瀟洒な本に仕上がっています。
 幻想的な作品も多く、ファンタジーファンにもお薦めです。

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ある家族  スタンリイ・エリン『ニコラス街の鍵』
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 スタンリイ・エリンの長篇小説『ニコラス街の鍵』(福田陸太郎訳 ハヤカワ・ミステリ)は、殺された一人の女性をめぐって、複数の人物の視点から事件が描かれるという、心理サスペンス作品です。

 高級住宅地ニコラス街に住むアイレス家の隣に引っ越してきた、奔放な女性芸術家ケイト・バルウ。アイレス家の主人ハリーはケイトの魅力に打たれ、彼女と不倫の仲になってしまいます。一方、アイレス家の生真面目な娘ベティナは、粗野な男マット・チェイヴズに夢中になっていましたが、母親のルーシルは彼らの付き合いに反対していました。家庭に亀裂が入りつつあるなか、ケイトが自宅の地下室で死んでいるのが発見されますが…。

 奔放な魅力を持つ女性の登場によって家庭が掻き乱され、やがて殺人が起こります。その事件をめぐって、複数の登場人物たちの視点から物語が展開されるという作品です。
 探偵役として警察署長テン・エイクという人物が登場するのですが、メインは犯人捜しというよりも、女性がなぜ殺されたのか、という動機を追求していくサスペンス作品的な要素が強いです。

 物語は五章から成り、それぞれ、女中のジュニー、アイレス家の主婦ルーシル、主人ハリー、娘のベティナ、息子のディックの視点から語られます。
 事件や人物に対しても、それぞれの語り手の主観によって見方が変わったり、偏見が見られたりするのが面白いところです。
 特に語り手によって印象が変わって見えるのが、ケイト・バルウとマット・チェイヴズ。ルーシルの視点から見たケイトは悪女ですが、彼女に恋するハリーの視点から見たケイトは、繊細な女性として描かれます。
 またジュニーやルーシルから見たマット・チェイヴズはならず者に近い印象の男性ですが、ベティナやハリーの視点からは、一本気な男として描かれるのです。

 物語が進むにしたがって、隠されていた家族関係や恋愛関係があぶりだされてきます。それぞれの語り手からの視点によって、互いに互いをどう思っているのかという人間関係が、厚みを持って描かれていくのが読みどころでしょうか。
 繊細な心理サスペンス小説であり、一つの家庭の崩壊と再生を描いた家族小説でもあるという秀作です。

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「ローズマリー」の恐怖とユーモア  アイラ・レヴィン『ローズマリーの赤ちゃん』二部作を読む
 1967年発表の、アイラ・レヴィンの長篇小説『ローズマリーの赤ちゃん』(高橋泰邦訳 ハヤカワ文庫NV)は、映画化もされ、同時代の『エクソシスト』などと共に、1960~1970年代のアメリカにオカルトブームを引き起こす原因の一つともなった名作恐怖小説です。
 発表から30年後の1997年には、続編である『ローズマリーの息子』(黒原敏行訳 ハヤカワ文庫NV)も発表されています。続編に関しては「書かれなかった方がよかった」という評もあるようで、あまり評価はされていないようです。
 というのも、『ローズマリーの息子』は、諷刺的・パロディ的な要素の強い作品で、それが正当派恐怖小説である『ローズマリーの赤ちゃん』の雰囲気を台無しにしている…という感覚が強かったせいだと思います。
 ただ読み直してみると、そもそも『ローズマリーの赤ちゃん』自体に、諷刺的な面、ブラック・ユーモア的な面が多く含まれています。その意味では、ある意味「正統的」な続編といっていいのではないか?というのが個人的な意見ではありました。
 そんなわけで、今回は『ローズマリーの赤ちゃん』と、その続編『ローズマリーの息子』を紹介していきたいと思います。


ローズマリーの赤ちゃん (ハヤカワ文庫 NV 6)
アイラ・レヴィン, 高橋 泰邦
早川書房 (1972-01-01)

『ローズマリーの赤ちゃん』(高橋泰邦訳 ハヤカワ文庫NV)

 新妻のローズマリーと俳優である夫のガイは、新居を探している際に、ブラムフォードという由緒のあるマンションの部屋に空きが出たことを知ります。
 ローズマリーはブラムフォードでの生活にあこがれを抱きますが、友人ハッチは、その場所には黒い噂が絶えないことを話します。ブラムフォードには、過去に人肉食事件を起こしたトレンチ姉妹や、魔術師マルカトーが住んでいたというのです。
 忠告を振り切ってマンションに移り住んだローズマリー夫妻の生活は順風満帆で、隣人のキャスタベット夫妻とも懇意になります。夫妻は何くれとなく世話を焼いてくれるようになり、妊娠のわかったローズマリーに対して、有名な産婦人科医サパースタインを紹介してくれたりもするようになります。
 妊娠後、体の不調に悩まされるローズマリーですが、夫もキャスタベット夫妻も気のせいだと言って取り合ってくれません。一方、夫のガイは、とんとん拍子に出世をしていきますが…。

 黒い噂のある古いマンション、やたらと親切な人々、夫の不自然な出世、そして起こる怪事件…。違和感を感じたローズマリーは、ふとしたきっかけから、マンションに住む人々は悪魔崇拝者ではないかと疑いを抱きます。悪魔崇拝者たちの目的は、自分の赤ん坊だと考えたローズマリーは、彼らの手から逃れようとするのです。

 悪魔崇拝者たちの存在が、妊婦の過敏な空想なのか事実なのか? といったトーンで話は進むのですが、ほとんど事実であることは疑い得ないように書かれています。先が読めてしまうという意味で、今となってはかなりシンプルな恐怖小説だと言えるのですが、シンプルだけに、読者に与えるインパクトは強烈です。
 マンションに入った時点から感じさせる建物自体の違和感、住人たちの不自然な言動、そして夫の変貌。細かい違和感を積み重ねて、不気味さを醸成していく手腕は見事です。 そして、クライマックスを迎えたかのように見えた、その後のエピローグがまた素晴らしい。ブラック・ユーモアとでもいうべき味が感じられるのです。
 結末の賛否はあるでしょうが、恐怖小説の歴史に残る作品であることは間違いないと思います。



ローズマリーの息子 (ハヤカワ文庫NV)
アイラ レヴィン, Levin,Ira, 敏行, 黒原
早川書房 (2000-11)
売り上げランキング: 913,779

『ローズマリーの息子』(黒原敏行訳 ハヤカワ文庫NV)

 名作ホラー小説『ローズマリーの赤ちゃん』の数十年ぶりの続編です。前作で「悪魔」の赤ん坊を産んだローズマリーは昏睡状態になり、27年ぶりに目を覚まします。息子のアンディは33歳となり、世界中に賛同者を持つ団体のカリスマ的存在となっていました…。

 「アンチキリスト」として祭り上げられるはずだったローズマリーの息子アンディは、逆に悪魔崇拝の教団を平和組織へと作り変え、世界を平和へと導きつつあった…という物語。何とも人を喰った続編であり、評判が悪かったのもわからないではありません。

 自己パロディの要素が強いので、ホラーとしての続編を臨んだ人はがっかりするかもしれません。ただ、悪魔の申し子が「キリスト」になぞらえられるなど、風刺的な部分は非常に面白く、ホラーとして見なければ、これはこれで面白い作品だと思います。
 あと結末にも「仕掛け」があるのですが、これも賛否両論分かれるかもしれませんね。 失敗作とする人もいるようですが、才人のお遊びの効いた作品として考えるとなかなか面白い作品ではないでしょうか。

 『ローズマリーの息子』は、超自然的な事件が起こったりとホラーの要素はあるものの、その筆致は徹頭徹尾、諷刺的なそれになっています。確かに前作『ローズマリーの赤ちゃん』と比べると、パロディのような形になっているのですが、そもそも『ローズマリーの赤ちゃん』自体にも、かなり諷刺的・ユーモア小説的な要素が強いのです。
 特に結末に近いあたりはそのテイストが顕著です。このあたり、スティーヴン・キングも評論集『死の舞踏』の中で、こう表現しています。

 レヴィンがすごいのは、このような諷刺がストーリーのホラー的な風味をそこねるどころか、事実上ますます強めている点だ。『ローズマリーの赤ちゃん』は、ユーモアはホラーに添い寝できるという考えかたを、いっぽうを否定するのは他方を否定するにも等しいとう考えかたを、みごとに裏付けている。
「第9章 ホラー小説」より


 『ローズマリーの息子』を付け加えることによって、前作の『ローズマリーの赤ちゃん』もまた、スラップスティックなブラック・ユーモア小説に切り替わる…。そういう「仕掛け」として捉えると、また作品の違った面が見えてくるのではないでしょうか。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

山村正夫の怪奇小説集を読む
 ミステリ作家として知られる山村正夫(1931-1999)の作品には、もともと怪奇幻想的な要素が強いのですが、純粋な怪奇小説も数多く残しています。以下、怪奇小説を集めた三冊の短篇集について紹介していきたいと思います。


魔性の猫 (角川文庫 (5826))
山村 正夫
角川書店 (1984-09)

『魔性の猫』(角川文庫)
 オーソドックスかつ「ベタな」展開の怪奇小説ばかりなのですが、その怪奇味溢れる語り口には味わいがあります。

 妻と娘が化け猫に取り憑かれてしまった男を描く「魔性の猫」、幽霊の夫婦とスワッピングしてしまうという「交霊の報い」、ふと手に入れたどくろ盃からかっての恋人の霊が導かれるという「どくろ盃」、数十年前に戦火の中で死んだ娘の霊が、かっての恋人の息子に取り憑くという「死恋」、現代の「安達ヶ原」をテーマにした怪奇譚「怪異の部屋」、幽霊が家政婦になって現れるという「お迎え火」、結婚詐欺を目論んだ男が目を付けた女は幽霊だった…という「騙すと恐い」、妻の妊娠中の子供を「誘拐」したという若い女をめぐる「水子供養」、失踪した父親を見かけた息子が怪異現象に巻き込まれる「廃園の遺書」の9篇を収録しています。

 過去に悪事や罪を犯した男が、幽霊(基本女性の霊ばかりです)に復讐されるという。因果応報的なフォーマットに則った話が中心です。大抵、主人公の男はろくなことをしていないので、恐ろしい目に会う(もしくは取り殺される)のが爽快感を伴っていたりするのですが、非道いことをしておきながらも逆に改心してハッピーエンドになってしまうという「水子供養」などという、逆パターンのお話もあるのが面白いところです。

 家の壁に埋め込まれていた、人間の骨で作ったどくろ盃から展開される悲恋テーマの幽霊物語「どくろ盃」、行きずりの女に誘われた男が見てはいけないと言われた部屋を覗いたことから怪異現象に出会う、民話や伝承をモチーフとした「怪異の部屋」などは、非常に怪奇度も高く楽しめる作品でしょうか。

 ある種の「臆面のなさ」が逆に魅力になっているタイプの作品集で、あまり驚きはないものの、安心して楽しめる作品揃いになっています。



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『怨霊参り』(角川文庫)
 エンターテインメント要素に富んだ怪奇小説集です。

 魂の宿った人形に誘惑される男を描いた「怪異人形妻」、不思議な能力を持つ妻に夫が不審の念を抱くという「狐火」、心中で死にきれなかった男が心中相手の霊に呪われるという「死んでも離さない」、かって母親を守り切れなかった武者人形が殺人犯に復讐するという「武者人形」、死んだ家族と冥界で記念写真を撮ろうとする「記念写真」、かって恋人を捨てた男が復讐されるという「人体解剖模型」、暴力金融業者を追っていた刑事が霊の存在を知るという「怨霊参り」、幽霊屋敷のアルバイトの青年二人が心霊事件に巻き込まれるという「幽霊アルバイト」、強盗二人組が入り込んだ屋敷は幽霊屋敷だったという「飛んで火に入る」、親友の怪死から吸血鬼の存在が浮かび上がってくるという「吸血蝙蝠」の9篇を収録しています。

 ほぼ全ての作品で女性の幽霊が登場しており、その恨みから男を取り殺す…というパターンの作品が多くなっています。明確な理由があって幽霊が現れるという、因果応報的な形が多いので、怖さという点ではいまいちですが、その作品展開のバリエーションは多彩で、安心して楽しめる作品が多いですね。

 男を愛した人形が実体となって現れ、男を誘惑するという「怪異人形妻」、強引に入り込んだ屋敷の母娘が実は死者だったという「飛んで火に入る」などは面白い趣向です。

 山村正夫作品に登場する幽霊は、ただ被害者を怖がらせるとか脅かすだけでなくて、物理的に殺してしまったり、直接的な死に導くなど、かなり強力な形で登場するのが特徴です。あと幽霊と交情を重ねたりと、肉体的な要素が強いところも面白いですね。

 巻末の「吸血蝙蝠」は、タイトル通り吸血鬼を扱った作品で、他の収録作品とは大分カラーが異なっています。以前にヨーロッパに滞在した経験のある親友が憔悴し、吸血鬼の実在を匂わせた直後に死体で発見されますが、彼は蝙蝠をつかんだまま息絶えていました。しかも以前に、若い女性が同じような状態で死んでいるのが発見されていたのです…。
 殺された男が滞在していたのがトランシルヴァニアで、吸血鬼が誰であるかも読んでいてほぼわかってしまうのですが、その怪奇的な雰囲気は抜群で、楽しめる作品になっています。



恐怖の花束 (ノン・ポシェット)
山村 正夫
祥伝社 (1996-09)

『恐怖の花束』(祥伝社ノン・ポシェット)
 1996年刊行と、著者の怪奇小説集としては最後期のものですが、若い頃の作品とその味わいはほとんど変わらず、よい意味で「ベタな」怪奇小説集になっています。
 あとがきに著者自らも語っているのですが、収録作ほぼ全てが一つのパターンの話型に収まっています。それはある男から不当な被害を受け命を落とした女性が霊となって男に復讐する…というもの。
 その意味で、皆同じような話といえばいえるのですが、どれも面白く読めるのは著者の職人芸といったところでしょうか。著者お得意の艶かしい描写とともに、バブル崩壊直後であった当時の時代風俗的な部分も、今読むと意外に味わいがありますね。

 「同じような話」とはいいつつ、それぞれの物語の肉付けや衣裳は異なっています。中には変わった設定で読ませる作品もあります。
 美容エステに現れた霊を描く「餓鬼の女」、誘拐した社長令嬢は既に死んだ幽霊だったという「恐い誘拐」、モデルルームに現れる家族の幽霊を描く「奇妙な家族」、休んだ介護士の代りに介護に表れる霊を描いた「朝顔供養」、前科持ちの元産婦人科医がホステスの霊に復讐されるという「断罪」、女性を手篭めにした占い師が霊現象に襲われる「天中殺の聖夜」、乗車させたアベックの女の方が人間ではなかったことに気付くという「乗車拒否」など。

 それぞれ工夫が凝らされており、楽しく読むことができます。基本的には主人公である男が過去に悪事を働いている(無意識の場合もあり)ために霊から復讐されるというパターンなのですが、そのしがらみがひねった方向から来る「朝顔供養」「乗車拒否」は中でも面白いですね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

子どものための幽霊物語  『鏡 ゴースト・ストーリーズ』
鏡―ゴースト・ストーリーズ
スーザン クーパー, マーガレット マーヒー, こみね ゆら, Susan Cooper, Margaret Mahy, 角野 栄子, 市河 紀子
偕成社 (1999-09)

 『鏡 ゴースト・ストーリーズ』(角野栄子、市河紀子訳 偕成社)は、児童文学作家のゴースト・ストーリーを集めたアンソロジーです。
 原著は1996年の国際児童図書評議会世界大会用に編まれたアンソロジーとのことで、ひとつの国からひとつの作家、対象年齢は12歳、ホラー短篇集という企画だったそうです。 全11篇のなかから、6編を抜き出した作品集になっています。


スーザン・クーパー「幽霊の話」
  トビー・ウォラーは、テニスに夢中な父親からテニスをするよう勧められていましたが、乗り気ではありませんでした。勝負に執着する父親に嫌なものを感じていたからです。 ある日、自宅のテニスコートで何気なく打ったボールが、誰もいないはずの場所から打ち返されてきます。しかも、自宅のコンピュータにはその「幽霊」と思しき存在からメッセージが打ち込まれてきたのです。やがて「幽霊」とのテニスを楽しむようになるトビーでしたが…。

 「幽霊」とテニスをするようになる少年を描いた作品です。「幽霊」はかって父親にテニスの英才教育を受けたものの父親を憎みながら死んだ少年であることがわかります。トビーもまた、勝ち負けに拘泥する父親に穏やかならぬものを感じており、そのよく似た境遇からやがて幽霊の憎しみが少年に乗り移る…という展開になります。
 過去と現在の父子関係が二重写しになるという、優れたテーマのゴースト・ストーリーです。


角野栄子「鏡」
 少女のアリは、ある日母親が骨董屋から買ってきた鏡を覗いているうちに、自分が鏡の中に閉じ込められていることに気がつきます。代わりに鏡の外には自分の鏡像が実体となって存在していたのです。鏡像は周囲の人間に意地悪な行動を繰り返します。
 アリは、鏡の中に以前から閉じ込められていた少年アキラに出会います。彼によれば、鏡像が手を触れてくれない限り元には戻れない、自分は既に二十五年も鏡の中にいるのだと…。

 鏡の中に閉じ込められてしまうという、いわゆる「鏡怪談」なのですが、かなり怖い作品になっています。というのも、先に閉じ込められていた少年から、永遠に出られない可能性、そして外に出た鏡像はいずれおかしくなり大抵死んでしまうという、恐ろしい話を少女は聞かされるからです。
 鏡の中の世界というと、いかにもファンタジーといった穏やかな話を想像しがちですが、この作品ではそれが思わぬ天災や事故にあったような感覚に近く、子どもが読んだらトラウマになってしまいそうな作品です。


マーガレット・マーヒー「首すじにおかれた指」
 曾祖母のメイにかわいがられていた少年イヴォール。しかしメイは体を悪くして車椅子の生活を余儀なくされます。介護費用が嵩むことが分かり、自分の進学費用として回してくれるお金が足りなくなりそうなことを知ったイヴォールは、散歩に出た際に、メイを車椅子ごと海に突き落としてしまいます…。

 金のために曾祖母を殺してしまった少年がその霊に殺される…という救いのない話です。心霊現象もさることながら、ためらいなく殺人を犯した上に白を切る少年の邪悪さが印象的な作品になっています。


チャールズ・ムンゴシ「山」
 バス停に行くために、友人のチェマイと共に夜の山を通ることになった少年の「ぼく」。怖がりの友人が話す話を一笑に付す「ぼく」でしたが、いつの間にか背後に黒いヤギが付いてきていることに気がつきます…。

 ジンバブエ作家による、アフリカの土地を舞台にした物語。欧米の同種の作品とは異なるユニークな雰囲気が魅力です。主人公の少年の心の動きが繊細に描かれています。


ウリ・オルレブ「クジラの歌」
骨董屋をしていた祖父ハンマーマン氏とその家政婦シボニエ夫人は、祖父が体を悪くしたことから店を閉め、孫のミカエルたちと一緒に暮らすことになります。祖父には特殊な能力がありました。一緒に寝る人間を夢の世界に連れていくことができるのです。
 ミカエルは祖父と一緒に夢の世界を楽しみますが、かって一緒に夢の世界に連れていってもらっていたシボニエ夫人は彼らの関係に嫉妬していました…。

 孫と共に夢の世界を旅する祖父という、一見ファンタスティックなテーマの作品なのですが、その関係に嫉妬する家政婦と、彼女に協力的だった亡き祖母との関係がやたらとクローズアップされるという妙な味わいのファンタジー作品です。
 夢を扱っているだけに不条理風の展開もあり、読み応えのある作品になっています。亡き祖母が「敵」として現れる夢はちょっと怖いですね。


キット・ピアスン「眼」
 シーラおばのもとに泊まることになったミシェルとバーニーの姉妹。しかしバーニーはかって祖母マーガレットが持っていたという美しい人形グリゼルが怖くてたまりません。 おばによれば、祖母は愛していた弟を火事で失い、その現場を目撃していた人形を疎みながらも、大事にしていたというのですが…。

 事故現場に居合わせたために、その持ち主から憎まれることになってしまった人形。その人形を愛情をもって「開放」するというテーマの作品です。邪悪なものだと思われていた人形が、人形自体に罪はないということがわかるシーンには感動がありますね。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

眉村卓の短篇集を読む
 昨年末惜しまれつつ亡くなった日本SF界の巨匠、眉村卓。彼の短篇集はどれも高水準で楽しめる作品集が多くなっています。「SF」のカテゴリーで発表された作品が多いのですが、今読むと、どちらかと言うと「幻想小説」や「ファンタジー」に近い作品も多く含まれています。以下、いくつかの短篇集について紹介していきたいと思います。


異郷変化 (角川文庫 緑 357-9)
眉村 卓
KADOKAWA (1976-12)

眉村卓『異郷変化』(角川文庫)
 様々な土地を舞台にして、旅情豊かに描かれる幻想小説集です。

「須磨の女」
 助教授の栗田は副業のマンガが有名になり、須磨のラジオ局にゲストとして呼ばれることになります。アナウンサーの林野ミカは彼に好意を寄せるそぶりを見せますが…。
 魅力的な若い女性の正体とは…? 幻想的でありながら妙なユーモアも感じられる作品です。

「奥飛騨の女」
 出張帰りに飛騨に寄ろうと列車の旅を続ける安倍は、車内で出会った若い女性に押し切られる形で彼女の案内を頼むことになります。マユミと名乗る女は時間が経つうちに段々と容色が衰えていくのに気付きますが…。
 人ならざる女に引き込まれそうになるという、伝統的な幽霊話の現代的なバリエーション作品です。後年にその事件を振り返るという結末の視点は、どこか侘しげで味わいがありますね。

「風花の湖西線」
 高校の同窓会に向かった古川は地元で、高校時代の憧れの女性、石原直美に似た若い女性に声をかけられます。作家としての古川のファンだと言う彼女は、一緒に歩きたいと言うのですが…。
 憧れだった女性の面影を残す女は一体何者なのか? 幽霊話かと思いきや、ちょっとしたひねりが待っています。失われた過去への思いが描かれる好篇。

「空から来た女」
 映像関係の仕事をしている溝口は、UFOは人間のテレパシーに応じてやってくるという話を聞いて、たわむれに祈ります。やがて彼の目の前にやってきた女性は宇宙からやってきたと話しますが…。
 宇宙人だという女性は本物なのか、それとも…? ユーモラスな展開ながら、結末はちょっとしんみりとさせますね。

「中之島の女」
 イラストレーターの竹原は、友人の藤崎の誘いから、深夜の中之島を訪れます。突然現れたOLの集団に二人は追いかけられますが…。
 深夜の無人の町で集団のOLに追い回されるというシュールな展開ながら、不条理な怖さのある作品です。

「銀河号の女」
 大谷は寝台急行銀河で、喪服を着て遺骨を抱いた女3人組を見かけて不審に思います。何度も見かけるうちに、3人組は大谷に話しかけてきますが…。
 ホラータッチで描かれる不気味な作品。戦争に関するテーマ意識も強く、問題作といっていい作品でしょうか。

「砂丘の女」
 鳥取営業所の様子を見に派遣された石田は、所長で同期でもある柿本から、地元を見ていくことを薦められます。砂丘を訪れた石田はそこで美しい女性と知り合いますが…。
 美しい女性の幻想とともに、都会と仕事に囚われている男の意識の変化が描かれます。

 収録作に共通するのは、様々な土地の旅情、そして人ならざる美しい女性が登場するというところ。タイトルもそれを表すように「…の女」と題されています。
 主人公は往々にして中年のサラリーマンであり、仕事やそれまでの人生に疑問を抱き初めています。そんな彼らが、慣れぬ土地で不可思議な存在に出会うことにより、ちょっとしたアイデンティティの変化を起こす…というのがコンセプトの作品集といっていいでしょうか。



通りすぎた奴 (1977年)
通りすぎた奴 (1977年)
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眉村 卓
立風書房 (1977-05)

眉村卓『通りすぎた奴』(角川文庫)
 幻想的な要素の濃い作品集です。

「空しい帰還」
 栗田進は戦時中に疎開していた岡山の町を訪れますが、誰も自分を覚えていません。自宅に戻っても誰も自分を知らないと言うのですが…。
 パラレルワールドに転移してしまった男を描く物語です。主人公の不安が強烈に描かれる作品。

「窓の灯」
 ニュータウンにある「おばけマンション」を撮影に訪れた一行は、無人のはずのマンションに灯りがついていることに気が付きますが…。
 外から灯りが見えるものの、中には誰もいない、という奇怪なマンションを描いた作品です。

「疲れ」
 小島はある日、ちょんまげの武士のような男に水をかけてしまいますが、男は刀で切りかかってきた直後に消えてしまいます。友人は疲れによる幻ではないかと話しますが…。
 幻覚なのか実在するのかわからない武士をめぐる物語。どこかしみじみとした味わいがありますね。

「青白い月」
 橋本健治は突然現れた見知らぬ女に温泉地まで引っ張られていってしまいます。女によれば彼と彼女は恋人であり、女の内縁の夫を殺したというのですが…。
 これもパラレルワールドらしき世界に迷い込んでしまった青年の物語。暗いトーンで結末は救いがないです。

「ブレザーコート」
 ふと入ったデパートで気に入ったブレザーコートを買った男は、それを着て大阪支社に向かいますが、支社ビルの内部には誰も人間がいないのです…。
 不条理な展開の恐怖小説的作品です。

「切断」
 ラジオ出演者の新田は、ここしばらく周りの人々がひどく遅く動くのが気になっていました。やがて時間が停止するような瞬間がたびたび訪れます。体は動かないものの、意識だけは働くのです…。
 時間が遅く感じるようになった男を描く物語。意識だけが働く…というのが面白いところですね。

「ある夜の話」
 平安時代を題材に原稿を書く必要に迫られた男は、酒場で知り合った男が平安時代に詳しいと聞き彼の家を訪れます。彼は未来人と一緒にタイムマシンに乗り、平安時代でしばらく暮らしたというのですが…。
 タイムスリップ作品。一緒に過去に行った未来人が乱暴者という設定が面白いです。

「ネズミ」
 地下室で電話のやり取りをする仕事をする男は、一人ではさばききれない仕事量に困っていました。ある日突然現れた女は彼の仕事を手伝い始めますが…。
 どことも知れない時代・場所で展開される、寓話性の強い作品です。

「通りすぎた奴」
 人々は、2万5000階まであるという巨大な建造物の中で働き、暮らしていました。人々はエレベーターで長距離を移動していましたが、ある日わざわざ階段で移動をしているという青年が現れます。青年が最上階を目指して移動するうちに、彼は聖者ではないかという噂が立ちますが…。
 巨大建造物で展開される奇妙な設定の物語です。結末は結構怖いですね。この短編集では一番インパクトのある作品でしょうか。



ワルのり旅行 (角川文庫 緑 357-5)
眉村 卓
KADOKAWA (1975-08)

眉村卓『ワルのり旅行』(角川文庫)
 主にサラリーマンや会社員生活をテーマにした作品が多いのですが、<奇妙な味>的な要素も強く、楽しく読める作品集です。

「ワルのり旅行」
 脱サラを行いそれぞれ成功した男女6人は、かって同じ会社「大阪産業」に勤める社員でした。売れっ子放送作家となった朝霧は、皆に大阪産業社員のふりをして慰安旅行に行かないかと提案します。作家の浦上は誘いにのって旅行に参加しますが…。
 脱サラしながら、あえてサラリーマンのふりをして慰安旅行を行う男女を描いた作品です。特に大事件は起こらないものの、ちょっとした悲哀を感じさせる作品になっています。

「主任地獄」
 主任の朝田は、部下の女性大内が自分への反発から仕事をまともに行わないことに業を煮やしていました。やがて新規に採用された岸久美子は向上心もあり、そちらに仕事の大部分を振ることになります。やがて朝田は大内の幻覚を見るようになりノイローゼ気味になりますが…。
 部下に板挟みになった男を描く作品。しみじみとした味わいがありますね。

「長い三日間」
 会社が週休3日になり、手持ち無沙汰になった片岡は、ある日先輩の山崎に会います。彼は休みを利用してアルバイトを行ったり学校にも行っているというのです。アルバイトを手伝わないかと誘われた片岡は、スポーツセンターを訪れてみますが…。
 非常に現代的なテーマの作品です。風刺的な意図で描かれた作品でしょうが、実際にありえそうなシチュエーションということで、今でも価値が失われていない作品かと思います。

「屋上の夫婦」
 作家として独立したものの経済的に苦しい内田テツヤと妻クニコは、家賃がタダだという条件に惹かれて都心のマンションの管理人になりますが、その住宅は屋上に建てられた安っぽいものでした。入居者は派手な若者が多く、事あるごとに内田夫妻ともめごとになります。
 やがて住人たちは屋上を封鎖し、夫妻が外に出れないように閉じ込めますが…。
隣人たちとのもめ事がエスカレートする…という現代的なテーマですが、それが幻想的な展開になるというユニークな作品。結末の急展開がちゃんと作品のテーマとつながっているところに感心します。

「われら恍惚組合」
 定年65歳制になったその会社では、高齢の職員は屋上で将棋をしながらランチするのを楽しみにしていました。しかし若い社員がスポーツするのに邪魔になるということで、総務からスポーツ以外の使用を禁止されてしまいます。
要求を組合にもつっぱねられた高齢社員たちは自分たちだけで新しい組合「恍惚組合」を結成しますが…。
 高齢社員たちと若手社員たちとの世代の断絶を描いています。これも現代に通用するテーマの作品ですね。

「トドワラの女」
 S保険のCM作成のため、落ち目の俳優竹川が惨めな目に会うという企画を考えた一行は、北海道の野付半島を訪れます。CM撮影の最中に突然現れた女は、竹川のそばにまとわりつきます。本来腰の低い卑屈な性格であるはずの竹川は、女と話した後、別人のようになりますが…。
 どこかスラップスティックな雰囲気の作品が最終的には幻想小説へ。モダンな装いの妖怪譚です。

「トロキン」
 妻から頼まれた精神安定剤「トロキン」を買い忘れた男は、妻を迎えに団地の集会所を訪れますが、そこで妻たちの怪しい相談を漏れ聞いてしまいます。やがて美人として有名なK夫人の夫が錯乱し落下死してしまいますが…。
 団地の妻たちは何を隠しているのか? ブラック・ユーモアにあふれた奇妙な味の作品です。

「青い道化」
 ラジオディレクターの中谷は、DJの早瀬の態度に業を煮やしていました。高校の同級生のよしみで様々な面でサポートをしていたものの、早瀬はいい加減な行動を繰り返していたのです。早瀬が泥酔でろれつが回らなくなったとき、苦肉の策として中谷は自らがDJとして出演することになります。
 中谷は早瀬の語り口のパロディを行いますが、リスナーにそれが受けてしまい、早瀬の代りにDJをやってくれないかと依頼されますが…。
 芸能人とディレクターの立場が逆転してしまうという皮肉な運命を描いた作品ですが、思いもかけない結末が待っています。早瀬の凋落に対して、主人公の中谷が一方的に責め立てられるという展開が描かれますが、その部分を含めて不条理小説風の怖さがある作品です。



素顔の時間 (角川文庫)
素顔の時間 (角川文庫)
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眉村 卓
角川書店 (1988-02)

眉村卓『素顔の時間』(角川文庫)

「点滅」
 副編集長の佐久間は、雑誌の企画として奇人として有名な刈谷という大学教授にインタビューを行います。刈谷によれば、現代人は所有欲が亢進する病気にかかっているというのですが…。
 現代文明を批判した風もある、奇妙な味の作品です。

「逢魔が時」
 フリーライター島崎は、中年に入り自分の能力が衰えていることを感じていました。パーティーの席で版画家の谷川なつえと会った島崎は、自分が子供のころ見知らぬ男からもらった不思議な円盤を彼女も所有していることに驚きますが…。
 中年の危機をSF的な奇想と結びつけた作品です。

「秋の陽炎」
 安田はある日突然、外を歩く人間たちのそばに陽炎のようなものが立っているのに気がつきます。建物の中に入るとそれは見えなくなるのです。友人はそれは「オーラ」ではないかと言うのですが…。
 不思議な現象が見えるようになった男の物語。現象の解釈がこの著者らしくユニークですね。

「枯れ葉」
 夢想家である大槻は、他人の家を見てはその生活を想像するという趣味を持っていました。空想癖が嵩じて浪費し借金取りに追われるようになった大槻は、ある日自分たちのところへ来いという誘いの手紙をもらいますが…。
 別世界へ逃避するという物語ですが、SF的な解釈が施されています。ちょっとメタな視点もありますね。

「素顔の時間」
 その世界では「基本時間」の後に「延伸時間」という時間が存在していました。「延伸時間」に入ると人々は超能力が使え、例え死んでも「基本時間」に入れば生き返れるのです。「延伸時間」の最中、吉川は、婚約者が死にかかっているという連絡を受けますが…。
 夢のように何でもできる「時間」が存在するというユニークな設定の作品です。ただ、そこでは人々のモラルや抑制が欠けており、やりたい放題になるというのが面白いところですね。

「減速期」
 電車内で、楠田は高校時代につきあっていたクラスメート大島杏子にそっくりな女子高生に出会います。またかっての恋人や同僚などにそっくりな人間、そして自分自身の若い頃に似た青年にも出会います…。
 過去に自分に関わりのあった人間に、当時の姿そっくりな姿で出会う…という「分身」テーマのバリエーションのような作品です。この現象の解釈がタイトル名になっているのですが、この著者らしい、しみじみとしたものになっています。

「少し高い椅子」
 離婚したばかりの中年男性秋山が自宅に帰ると、見覚えのない女性が赤ん坊と共に部屋にいました。別の世界に入り込んだのではないかと考えた秋山は、恐る恐る出社しますが、彼の地位は以前とは違っていました…。
 パラレルワールドに入り込んだ男を描く作品です。別世界をすぐに否定するのではなく、自然に溶け込むように行動する…というのは、まさに小市民的。眉村卓らしい物語展開ですね。全体的にポジティブな物語なのですが、最後にちょっと不安な要素を入れてくるのも面白いです。



かなたへの旅 (1979年) (集英社文庫)
眉村 卓
集英社 (1979-10)

眉村卓『かなたへの旅』(集英社文庫)
 怪奇幻想色の濃い作品集です。

「夜風の記憶」
 港野は大阪で旧友の東川と飲みに行くことになります。学生時代にアルバイトをしていたアルサロをふと思い出した港野は、店を見つけ入店しますが、その店の店員たちはどうやら過去の人間たちのようなのです…。
 過去に入り込んだ男の物語。かっての自分の若さを悔やみながらも、それを受け入れる…という作品です。

「S半島・海の家」
 人気の旅行スポットであるS半島の海の家にやってきた水原夫妻は、その宿では奇怪な現象が続くのに驚かされます。しかも、そこにいると二人ともどんどん年を取っていくように見えるのです…。
 怪奇現象の起こる宿をスラップスティックに描いた作品です。これは楽しいですね。

「檻からの脱出」
 平林は泊まる宿がなく困っていたところ、ようやく浦島というホテルを確保しますが、そこは連れ込みホテルでした。部屋から出ようとするとドアが閉まっており出ることができません。
 電話もつながらず困った平林は窓から脱出することにします。外の世界にはなぜか人が全くおらず、女が一人だけしかいないのですが…。
 ホテルの内側から別世界につながってしまうという怪奇小説。これは魅力がある作品ですね。

「乾いた旅」
 旅行中の北川は、共同経営者だった稲本の失踪について思い出していました。彼は事業が大変な時に突然失踪してしまったのです。やがてバス乗り場で出会った若い女は、別世界に行きたくはないかと話しかけてきますが…。
 仕事や日常生活に疲れた者たちが逃避する別世界を描いた作品です。主人公はその世界に行くことを決断するのかどうか…というのが読みどころですね。

「潮の匂い」
 妻が息子の受験勉強で忙しいため、手持ち無沙汰になった松井は自転車で外に出かけます。工場地区を抜けた先に夜店を見つけた松井はそこで一休みしますが、品物の値段が異様に安いことに驚きます。そこはどうやら別の世界のようなのですが…。
 パラレルワールドらしき世界に入り込んでしまった男の物語です。物の値段が異様に安いものの技術はあまり発展しておらず、貧富の差も激しいらしき世界であるにも関わらず、主人公は希望を感じてその世界に入り込んでいく…というポジティブな作品です。この著者としては珍しい味わいの作品でしょうか。



新・異世界分岐点
新・異世界分岐点
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眉村 卓
出版芸術社 (2006-09-01)

眉村卓『新・異世界分岐点』(出版芸術社)
 不思議な世界に迷い込んだ人間たちを描く幻想小説集です。

「血ィ、お呉れ」
 会社の薦めで社宅に入居した夫妻でしたが、そこは古い長屋のような家でした。ある夜、彼らは道で少年のような姿形の怪しい存在に出会いますが…。
 戦後間もない、テレビもない時代に若夫婦が出会った不思議な存在について語られる物語。タイトルにもある「血ィ、お呉れ」<のフレーズには強烈なインパクトがありますね。

「夜風の記憶」
 港野は大阪で旧友の東川と飲みに行くことになります。学生時代にアルバイトをしていたアルサロをふと思い出した港野は、店を見つけ入店しますが、その店の店員たちはどうやら過去の人間たちのようなのです…。
 過去に入り込んだ男の物語。かっての自分の若さを悔やみながらも、それを受け入れる…という作品です。

「超能力訓練記」
 地方の出張所の所長として赴任した横山は、地元で採用した部下が皆どこか熱心さに欠けるのが気になっていました。体調もどこかしら優れないのです。本屋でたまたま手にした本の中で、超能力を訓練する組織の存在を知った横山は訓練を受けてみようとその場所を訪れますが…。
 単身赴任し意気の上がらない男が、超能力の訓練にのめり込む…という物語。平凡な男が超能力を手に入れてヒーローになるというような話かと思ったら、思いもかけない展開に。結末はホラーとも取れますね。

「エイやん」
 妻を亡くした初老の作家、浦上映生はある日ふと、少年時代に住んでいた町を訪れますが、そこで見知らぬ女に呼びかけられます。またスナックのマスターは彼のことを「エイやん」と親しげに呼びかけますが、浦上には覚えがないのです。
 マスターに事情を聞くと、「エイやん」は途中まで自分と同じ人生を送りながらも、ある時点で道を違えたもう一人の自分であるらしいのです…。
 もう一人の自分が存在する世界に入り込んでしまった男を描くパラレルワールドもの作品です。もう一人の自分「エイやん」は、男気があり皆に好かれる人気者だったというのです。あり得たかもしれない人生と、自分の歩んできた人生の再認識、哀愁あふれる作品ですね。

「芳香と変身」
 友人の石上から、ある花の芳香を嗅ぐと若返ることができるという話を聞いた岡村は、自分の体が突然突然若返っているのに気がつきます。戸籍も身寄りも失った岡村は貯金を食い潰しながら働き口を探しますが、なかなか見つけることができません。
 しかも接触する人間の人生や本質を見通してしまう能力もまた得ていたのです…。
 若返ったものの、何か新しい人生に挑んでいくという方向にはいかないところが眉村卓らしいところでしょうか。諦観に満ちながらも、生きてはいかなくてはならない、という味わい深い作品です。

「マントとマスク」
 武道をならっていた森田は仲間とともに不良に襲われていたカップルを助けます。その直後に現れた謎の老人は、彼らにマントとマスクを渡し、呼ばれたときにはそのマントとマスクをつけて正義の味方として活躍しなさいと言い残して姿を消します。
 事件が起こるたびに、彼らは現場に駆り出されますが…。
 ふとしたことからヒーローになってしまった青年たちの物語。ただそれが年齢を重ねていき、段々と体力も持たなくなっていく…という渋い展開です。主人公が過去を思い出すのも、かっての仲間の死であるというところもしみじみとしていますね。



魔性の町(駅と、その町) (講談社文庫)
眉村卓
講談社 (2020-01-10)

眉村卓『魔性の町』(講談社文庫)
 <魔性>が棲むという伝説のある立身という町を舞台に、駅周辺の時代の変遷を背景にしながら、人々の生活を描いていく「ちょっと不思議な」連作集です。
 国鉄(後のJR)側の昔ながらの商店街と、私鉄側の急速に発展する振興地、大きく二つの土地を舞台にしながら、物語が進んでいきます。一つ一つの物語は本当にかすかな不思議が起こるという静かな話が多いのですが、それらのエピソードを通して、一つの町の像がうっすら浮かんでくるという構成です。

 突如駅に現れ金儲けを始める不思議な男を描く「立身クラブ」、未来を予知する不思議な女性を描く「片割れのイヤリング」、悪人と取り違えられ拉致されてしまう男を描く「親切な人たち」、町に現れた外国人と彼が出会う魔性を描く「化身と外人」、新興の商業施設での幻想を描く「閉じていた窓」、堕落した世の中を正そうと活動する老人たちを描いた「拝金逸楽不倶戴天」、かっての幻の女性の記憶を描く「亜美子の記憶」、町の取材に訪れた記者たちが不思議な事件に遭遇する「魔性の町」の8篇を収録しています。

 商店街や商売をしている人の視点から描かれるエピソードが多く、地に足の着いたような生活風景がメインで描かれています。それだけに、かすかな規模で起きる超自然現象が引き立っていますね。派手な展開がないだけに地味な作品ではありますが、これはこれで味わいのある作品ではないでしょうか。



二次会のあと (講談社文庫)
眉村卓
講談社 (2019-12-20)

眉村卓『二次会のあと』(講談社文庫)

 他人への親切行為を目撃された男がそれを示すバッジをもらうという「バッジ」、一緒に遊び回っている別の女性が他人の目からは自分の妻に見えているという「監視」、食糧危機のセミナーに出席した男が修了後に人が変わったようになるという「資格魔」、衝動的に会社を辞めた男が次々と人生を変えるような出来事に出会うという「乗りかえた日」、日常的な言動が突然反道徳的に受け取られてしまうようになる「梅雨」、仕事のために部屋を借りた男が同室の異様な人間たちに遭遇するという「同室の連中」、突如発生し始めた叫ぶ草を描いた「叫ぶ草」、異様に安い賃貸マンションに入居した夫婦の物語「根なし花」、別の世界から調査に来たと称する若い女性を描く「協定」、新居に何者かの気配がするという「同居者」、確実に楽しい夢が見られる機械を開発した企業の物語「冬眠の前」、中年男性が若い頃の時間に入り込むという「顔」、客もママも妙な人間が集まった不思議なスナックを描く「吹きだまり」、二次会の席で争いになった同級生たちが見知らぬ男に小さくされ競わされるという「二次会のあと」を収録しています。

 どれも面白く読めますが、一番印象に残るのは巻末の「二次会のあと」です。
 二次会に集まった同級生たちは、皆いろいろな企業で出世したものばかりでした。互いに自分たちが上だと喧嘩寸前になったところで、見知らぬ男から彼らの中で一番を決める絶好の手段があると話します。
 男の口車に乗って言われるままにホテルの部屋を訪れた同級生たちは、何らかの薬品で体を小さくされてしまいます。絨毯に埋もれるほどの小ささになった彼らは、部屋に隠された、元に戻るための薬をめぐって競争させられることになりますが…。
 体を小さくさせられてしまった男たちが、元に戻るためのゲームをさせられるという作品です。無闇に薬を探すのではなく、主人公がいろいろと戦略を練って動く、という部分に面白みがありますね。



奇妙な妻 (角川文庫 緑 357-15)
眉村 卓
KADOKAWA (1978-05)

眉村卓『奇妙な妻』(角川文庫)
 1960~1970年の間に書かれた、ショート・ショート中心の作品集です。ショート・ショート集とはいいながら、ちょっと長めの短篇といっていい作品も入っています。

 会社が倒産した夫が妻から謎の勤め先を紹介される「奇妙な妻」、猫と飼い主の奇妙な関係を描く「ピーや」、ミュータントを殺し続ける男を描く「人類が大変」、寒さに身をすくめる夫婦を描くシュールな「さむい」、突然針を刺されてしまう男を描いた「針」、セールスマン・トーナメントに出る男を描く「セールスマン」、山奥の観測所に一人勤めることになった男の体験を描く「サルがいる」、突然犬が話し出す社会にまぎれこんでしまう「犬」、ロボットを死んだ息子の代わりとして育てる夫婦の物語「隣りの子」、宇宙人をかくまう男の独白「世界は生きているの?」、タイムマシンに乗り人生を何度も繰り返すという「くり返し」、蛙と一体化してしまった男の物語「ふくれてくる」、周りの人間がやる気を失ってしまうという「やめたくなった」、堅物の青年にまとわりつく蝶の物語「蝶」、事務所で雇った女の子の秘密を描いた「できすぎた子」、あくどい行為をするたびにむかでが発生するという「むかで」、飲むと過去の戦争体験が再現され周囲を巻き込んでしまうという「酔えば戦場」、デジャブに襲われ続ける男を描いた「風が吹きます」、日常生活がだんだんとずれていくという「交替の季節」、自分に仕える奴隷を念じた結果生まれた男にまとわり続けられるという「仕事ください」、岡山に研修に送られた青年の世界が次々とおかしくなるという「信じていたい」を収録しています。

 非常にレベルの高いショート・ショート集です。中でも飛びぬけて完成度が高いのは「ピーや」「仕事ください」でしょうか。どちらも「想像」によって現実を変容させる、というテーマの幻想小説で、傑作だと思います。
 ドタバタ風で始まりながら、全宇宙を消滅させてしまう結果になるという「仕事ください」の展開はすごいですね。
 あと、印象に残るのは「サルがる」「蝶」「酔えば戦場」「信じていたい」といった作品。

 「サルがいる」は、山奥の観測所に一人で勤めることになった男が主人公。そこには野生のサルが大量に住んでいました。しかし男の知らぬ間に下界では何かが起こったらしく連絡がつながらなくなります。ほかの人間を探しに行った男は、サルが立って人間の言葉を話すのを目にしますが…。
 何かが起こったらしい下界、人間のようになったサル…。全く情報が明かされないまま終わってしまうという恐怖小説風の作品なのですが、これは後を引きますね。

 「蝶」は、純真ながら融通のきかない堅物の青年が主人公。彼はある日帰りに黄色い蝶にまとわりつかれ、そのまま連れ帰ります。その夜、青年は蝶になった夢を見ますが…
 まるで「胡蝶の夢」を思わせるファンタジー。結末のイメージが素晴らしいです。

「酔えば戦場」
 落ちぶれた先輩社員、清水氏と一緒に飲みに行くことになった「僕」。彼は戦争帰りの人間だと言います。清水氏が深酔いした頃、突然自分を含め周りの人間は清水氏とともに銃弾の飛び交う戦場にいることに気がつきます…。
 酔うと戦争の戦場の記憶を再生し、周囲を巻き込んで別空間を作り出してしまうという能力を持つ男の物語です。撃たれても、当の本人以外は傷が残らない…という設定がユニークですね。ちなみにこのテーマ、ロバート・R・マキャモンの短篇「ミミズ小隊」と設定が似ていますね。

 「信じていたい」は、パラレルワールドもの。婚約者の美津子を置いて単身岡山県にある勤め先の工場に研修に行くことになった「僕」。休日に会いにいくはずだった美津子が自分の元に来たことに驚く「僕」でしたが、翌日に待っていたがなぜ来なかったのかという美津子の電話がかかってきます。
 飲み会で飲みつぶれた「僕」は美津子に電話をかけますが、なぜかその番号はつながりません。実際に美津子の家を訪れた「僕」は、母親から美津子はすでに結婚して子供もいる、と聞かされますが…。
 自分が過ごす可能性があった平行世界が入り混じり、世界が滅茶苦茶になってしまった青年を描く物語です。別の世界の自分と出会ったりと、ドッペルゲンガーものの趣もありますね。世界がどんどん変わってゆくという目くるめくような展開が魅力的な作品です。


強いられた変身 (角川文庫)
眉村 卓
角川書店 (1988-01)

眉村卓『強いられた変身』(角川文庫)
 7篇を収める短篇集です。

「長い夢」
 調査官クラは、別の太陽系惑星を巡る宇宙船に同乗することになります。彼はかって宇宙飛行士を志したことがあったものの、現役の飛行士たちの態度に失望し、コースを変えたという経歴がありました。クラの任務は、飛行士たちに反乱のきざしがないか確認するというものでした。
 3人1組勤務制をロボットと組む2人制に変更することを反対する飛行士たちの様子を探る必要があるのです。彼らが理由として挙げるのは、飛行中に彼らが見るという「幻夢」だというのですが…。
 どこか冷めた宇宙飛行士たちの態度の原因とは何なのか? 短いページ数に様々なテーマを入れ込んだ宇宙SF作品です。結末の諦観はこの著者ならではでしょうか。

「気楽なところ」
 出張のため泊まったビジネスホテルで地震に遭遇した古橋は、あわてて逃げ出しますが建物は倒壊してしまいます。しかし金属パイプのようなものをつかんだ古橋は、その先に見えない梯子のようなものがあるのに気が付きます。
 そのまま上に上がると、青空のもと、巨大なドームが立っていました。そこは複数の次元の侵略センターであり、それが廃棄された後、たまたま迷い込んだ人間たちが住み着いているというのです…。
 仕事に追われるビジネスマンが偶然入り込んだ異世界。気楽に過ごせるのではないかと考えたものの、そこにも争いの種があった…という物語です。

「セリョーナ」
 泥酔した加賀は頭を打ち付けたショックでおかしな夢を見ます。そこは宇宙船のブリッジで、「セリョーナ」という言葉が頭に残っていました。過去にも山の中で一度気を失った経験がある加賀は、友人の医師米山に催眠術をかけてもらい過去の記憶を引き出そうとしますが…。
 いわゆる侵略SFなのですが、その侵略が完全に終結してしまった時点で語られるという、面白い構成の作品です。その意味でサスペンスはあまりないのですが、逆にしみじみとした味わいがあるのが面白いところです。

「古い録感」
 若い社員は、商品として使えるものがないかどうか、古い録感テープの缶を十数個出してきます。中に当時の作家が録感したものがあり、年配の社員は試しにそれを受感してみます。それは作家が数十年ぶりに故郷を訪れ、子ども時代を思い返すという内容でした。
 懐かしさを覚えるかと思いきや、思い出から引き出されてきたのは、少年時代の自分がいかに残酷で無神経だったかということでした…。
 未来の人間が、過去の人間の感慨を吹き込んだ記録媒体を見てみるものの、その心性のギャップに戸惑う…という物語です。過去の作家自身が過去と現在の自分の心のありようのギャップを認識し、更に未来の人間がその作家自身とのギャップを認識するという二重の構造になっています。

「代ってくれ」
 昼食時に「僕」の目の前に座った男はサングラスとマスクをしていましたが、その顔は「僕」とそっくりでした。彼は平行世界から来た「僕」であり、元の世界では「生活監視官」というエリート職についているというのです。
 しかしその職務に精神的に耐えられなくなり、ある組織の力を借り、別次元の人間である「僕」とその場所を交換してもらうためにやってきたというのですが…。
 パラレルワールドの自分が入れ替わるためにやってくるというお話。エリートと入れ替われるという提案に対しての「僕」の怒りが激しいのが印象に残ります。矜持を示しておきながら、結末ではその決断を後悔するというのも面白いですね。

「真面目族」
 その生真面目さから、周りから疎まれている風もある吉岡誠。同じく真面目一辺倒の先輩社員臼田から声をかけられて、真面目さを強化するセミナーに参加することになりますが…。
 生真面目さから生きにくさを感じていた青年が、同じく真面目さを信奉する集団に取り込まれてしまうという物語。普遍的な集団の力学がわかりやすい形で描かれたような作品ですね。

「オレンジの旗」
 経理マンの相川は妻子とともに遊園地で、コースターの席からオレンジの旗を振る奇矯な人物を目撃します。子供によれば彼は「オレンジマン」だというのです。出張の列車の中で「オレンジマン」と出会った相川は彼から話を聞きます。
 彼は別世界から来た宇宙船のパイロットであり、元の世界に帰るために自ら危険な状況に身を置いているのだと…。
 派手なパフォーマンスを繰り返す男が実は異世界人だった…という物語。彼の存在から影響を受けて自らも自分の世界を広げようと考える主人公が登場するなど、妙にポジティブな展開になるのが面白いですね。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

宇宙のアウトロー  フレドリック・ブラウン『宇宙の一匹狼』
宇宙の一匹狼 (創元SF文庫)
フレドリック・ブラウン, 保男, 中村
東京創元社 (1993-07)

 人類が火星や金星にも植民している未来、地球の中心都市アルビュクエルクにやってきた職業的犯罪者クラッグは、非合法の麻薬ネフシンの運び屋の嫌疑で裁判にかけられてしまいます。その罪は、数十年にわたるキャリストでの強制労働か、精神改良器による性格改造でした。
 裁判に臨んだクラッグは、元裁判官である政界の大物オリヴァーが裁判官を務めると聞き驚きます。有罪にはなったものの、その後オリヴァーは、クラッグにある取引を持ちかけてきます。
 ある物を盗んでもらいたいというオリヴァーの極秘計画には、クラッグのような腕利きの犯罪者が必要だというのです。今までの罪を無しにした上で、100万ドルもの報酬を約束したオリヴァーの提案をクラッグは受け入れます。
 オリヴァーの妻であるジュディスの手引きを受け、クラッグは厳重な警備の中脱獄を計画します。
 一方、数十億年前から存在し、知性を持つ岩石の塊が宇宙を漂い、太陽系に近づきつつありました…。

 フレドリック・ブラウンの長篇『宇宙の一匹狼』(創元SF文庫)は、アウトローの男が脱獄し、貴重な品物を盗み出す計画を描いた近未来SFアクション作品です。この主人公クラッグがなかなか魅力的です。犯罪における特殊技能や喧嘩に強いのはもちろんのこと、金属製の義手を投げて敵を倒す…という武闘派なのです。基本的に他人を信じないというニヒルな性格で、ハードボイルド的な味わいもありますね。

 オリヴァーによる品物奪取計画を描く中盤までは、アクションに次ぐアクション。また、オリヴァーの計画の真意が不明だったり、クラッグを魅惑するジュディスとの三角関係的な展開もあります。
 冒頭で言及される岩石の知性体が、この物語にどう絡んでくるのか…というのも読みどころですね。

 この知性体の介入で、中盤から物語が大きく変わります。それまでのアクション重視の物語とはまた違った展開になるのですが、こちらはこちらで面白い展開です。
 広大なスケール感があり、どこか哲学的・詩的な結末もブラウンらしいといえばらしいです。

 中盤をはさんで、大きく物語が二つに分かれており、その一貫性があまりないのが弱点でしょうか。それぞれの物語は面白いのですが、一つの長篇というよりは、二つの中篇のようになってしまっているのですよね。ただ、どこか心に残る作品ではありました。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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