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時間の夢  イーディス・ネズビット『アーデン城の宝物』『ディッキーの幸運』
 イーディス・ネズビットの『アーデン城の宝物』『ディッキーの幸運』は、時間旅行をテーマにしたファンタジー二部作。このテーマとしては非常に早い作例になりますが、それぞれ味わい深い作品になっています。


アーデン城の宝物
『アーデン城の宝物』(井辻朱美、永島憲江訳 東京創元社)

 エルフリダとエドレッドとの姉弟は、南アメリカに渡った父親が仕事のパートナーとともに死んでしまったという知らせを受け、イーディスおばさんとともに引越しを余儀なくされます。そんな折、親戚のアーデン卿が亡くなり、エドレッドはその地位を引き継ぐことになります。
 先祖代々の住処であるアーデン城を訪れた姉弟は、近くに住む老人から、アーデン卿の地位にある者が9歳から10歳の間に呪文を唱えると宝が見つかるという伝説を聞きます。図書室で呪文を見つけたエドレッドが呪文を唱えると、モルディワープと名乗る、しゃべる白いモグラが現れます。
 モルディワープには時を越える力がありました。モルディワープの力により、姉弟は、たびたび他の時代へと冒険の旅をすることになりますが…。

 エルフリダとエドレッドとの姉弟が、白モグラのモルディワープの力を借り、一族の宝を求めていろいろな時代へとタイムトラベルするという物語です。訪れるのは100年前、200年前、果てはヘンリー八世の時代までと様々。
 面白いのは、全くの第三者として別の時代に行くのではなく、その時代ごとに存在するアーデン家の同名の娘と息子としてタイムトラベルするところです。ある意味「憑依」に近い感じなのでしょうか。伏線として、どの時代にもアーデン家には娘と息子がいた、という描写も出てきます。
 なので、現地の人々にとっては元々存在している人物なわけで、大きな混乱が起こらないというのは上手い設定ですね。さらに関連して、他の時代に行く前に、その時代の衣装を着てから出かけるというのも、重要なモチーフとして描かれています。

 主人公たちは過去の時代に出かけるわけなのですが、基本的に歴史は変えられません。処刑されてしまう王妃を助けようと思って行った行為が原因で歴史と同じ結果になってしまったりするのです。
 また一族の過去の歴史として残っている事件の原因が、主人公たちが不用意にもらした言葉だったりするのも面白いところ。
 姉弟がけんかしたら、しばらくモグラを呼び出せないとか、詩の形で呪文を唱えないと出てきてくれないとか、ユニークな設定が盛り込まれています。しかも、この設定が伏線になっている箇所もあったりと、非常に手が込んでいますね。

 基本的には、過去の時代へのタイムトラベルを繰り返していくうちに、冒険を重ねた姉弟たちが成長してゆく…というお話なのですが、過去に行って戻って、という単純なパターンの繰り返しにはなっていません。姉弟が片方だけでトラベルしたり、姉弟が引き離されてしまうこともあるのです。
 やがて主人公たち以外にも、時を越えることのできる人物が見え隠れし、物語はさらに複雑になっていきます。
 特に途中から登場する「いとこのリチャード」もタイムトラベルをしていることが明かされますが、彼について詳細は最後まで明かされません。このあたりは続編で語られることになります。

 一見クールなモグラのモルディワープのキャラクターにも魅力がありますね。気難しい性格ながら温情深いところもあったりします。アドバイスはするものの、基本はタイムトラベルさせるだけで積極的に子供たちの手伝いをするわけではなかったモルディワープ自身が最終的には自らの体を張って協力するようになるという展開も熱いです。
 100年以上前の物語ながら、タイムトラベルについてもよく考えられており、それ以上に冒険物語として秀逸な作品になっています。



ディッキーの幸運
『ディッキーの幸運』(井辻朱美、永島憲江訳 東京創元社)

 ニュークロスに住む少年ディッキーは、両親の死後、孤児となり、知り合いのおばさんに引き取られて暮らしていました。幼い頃のけがが元で片足が不自由なディッキーの生活は苦しく、財産と呼べるものは亡き父親が残したというガラガラだけでした。
 ある日知り合った浮浪者のビールという男に誘われたディッキーは、彼を慕い、家を出て一緒に旅をすることになります。しかし物乞いを繰り返していた二人は、ある事件を境にはぐれてしまいます。あるとき、ふと魔方陣のようなものを描いたディッキーが気がつくと、見知らぬベッドに寝ていました。
 彼を「ぼっちゃん」と呼ぶばあやによれば、彼は「アーデン家の若さま」だと言うのです。そこが17世紀だということを知ったディッキーは、熱病で記憶を失ったふりをして、その世界のことを学んでいくことになりますが…。

 前作の主人公の姉弟の「いとこ」として登場したディッキーを主人公にした作品です。続編というか、前作と表裏のような関係になっていて、こちらの作品から読んでも大丈夫なようになっています。
 序盤は、貧しく不遇な環境で生まれた少年ディッキーが健気に生きる姿が描かれており、リアリズム風少年少年小説といった趣ですね。純真でまっすぐな少年が浮浪者然とした同行者ビールおじさんを感化してゆき、正道に引き戻す…というのは、読んでいて気持ちのよい展開です。

 父親の形見のおもちゃによって発動した魔法により、ディッキーは17世紀にタイムトラベルすることになるのですが、今回は前作と異なり、本人には明確に魔法の仕業ということがわからないため、しばらくの間、夢を見ているのだと思い込むというのが面白いところです。
 しかも一定期間を経て、現代に戻ることも繰り返されるため、ディッキーはどちらが夢でどちらが現実かわからなくなってくる…という、まるで「胡蝶の夢」のような展開です。過去の時代で学んだ技術を生かして、現代で少しづつお金を稼ぎ生活水準を上げてゆくという、経済的なサバイバル描写部分も丁寧に描かれていて、この作品の魅力の一つになっています。基本的な技術も学問もない、連れのビールおじさんに対しては、彼の好きそうな犬のブリーダーの技術を教えるなど、連れを真人間に戻そうとする努力も描かれていきます。

 後半では、前作で描かれた、いとこのエルフリダとエドレッドとの冒険がディッキー側から描かれていて、前作で触れられなかった謎についても明らかになっていきます。
 前作で登場した魔法の導き役である白いモグラ、モルディワープも再登場します。今作ではそのモルディワープだけでなく、彼の一族の他のモルディワープも登場するのが楽しいですね。

 タイトル通り、貧しかった主人公ディッキーが出会っていく「幸運」を描く作品と言えるのですが、単純な夢物語ではなく、彼が「幸運」を手に入れるのには非常な努力を要するのです。特に序盤に描かれるディッキーの生活は悲惨なもので、その部分だけ取り出すと非常にリアリスティックな印象が強いです。
 しかし、その悲惨な状況を含め、主人公ディッキーが常に純真でまっすぐな少年として描かれているため、終始気持ちよく読み進めることができます。クライマックスでは、最大の「幸運」を手に入れたディッキーが、あえてそれを捨てる場面も描かれます。
 それと同時に、今作では脇役であったエドレッドやその父親の気高い行為も描かれ、ディッキーもそれに応える形で、ある決断をすることになるのです。
 「現実」を見据えながらも、「魔法」によってそれは変え得るという強いメッセージ性も感じられる作品になっています。前作『アーデン城の宝物』とも併せ、力強い筆致で描かれた、ファンタジー小説の名作といっていいのではないでしょうか。

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魔法の降る夜  イーディス・ネズビット『魔法の城』
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 イーディス・ネズビットの長篇『魔法の城』(八木田宣子訳 冨山房)は、魔法の城で、願い事を叶えてくれる指輪を手に入れた子供たちの冒険を描くファンタジー小説です。

 ジェラルド、ジミー、キャスリーンのきょうだいは、フランス人の家庭教師マドモワゼルのもとで休みを過ごすことになります。ある日、近くにあるという「魔法の城」にもぐりこんだ三人は、城の迷路から続いている赤い糸を見つけます。糸を辿った先には、王女らしきドレスの少女が横たわっていました…。

 城の中で、魔法の指輪を手に入れた三人のきょうだいと、後に仲間になる少女メイベルが、魔法によって引き起こされるトラブルや事件に巻き込まれ冒険していゆくという、ファンタジー作品です。
 魔法がどこから発生して、どういう条件で働くのかなど、その詳細が最初は分からず、それを探っていくという過程が抜群に面白いです。初めは城自体に魔法の力があるのかと思いきや、それは指輪そのものにあることがわかり、さらにその指輪の能力がどういうものなのかがはっきり分かりません。
 そのため、指輪の力を使うたびごとに、いらぬトラブルを巻き起こしてしまい、その事態を収拾するために、子供たちが活躍することになります。面白いのは、指輪の魔法の力が全世界に対して働いているらしいところです。

 例えば、作中で演劇の客役として作ったボロ人形に生命を与えてしまうシーンがあるのですが、なんとそのボロ人形は町に事務所を構える資産家ということで、以前から存在したことになってしまうのです。またきょうだいの一人ジミーの金持ちになりたいという願いが叶う場面では、単純にお金が現れるのではなく、何と資産を持った初老の男性として存在が書き換えられてしまうという展開になります。しかもややこしいことに、この初老になってしまったジミーとボロ人形とは同じビル内に事務所を構えたライバル同士になっているという、複雑な設定です。

 作中で現れる魔法の及ぶ力が広範囲で、現実世界にも影響を与えます。主人公の子供たちも、魔法の力を信じてはいるものの、現実世界の「常識」も理解していて、魔法によって現実世界にどう影響が及ぶのかなどを考えながら行動するのが面白いですね。
 「現実」と「魔法」の世界の相互的な影響が描かれていく作品といえるのですが、クライマックスでは明らかに「魔法」の力が優勢になる場面が現れ、その場面にはある種の感動があります。「現実」に足をしっかりと着けつつも、「魔法」の魅力を描いたモダンなファンタジーと言っていいのではないでしょうか。

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混沌と恐怖  ヴィクター・ラヴァル『ブラック・トムのバラード』
ブラック・トムのバラード (はじめて出逢う世界のおはなし―アメリカ編)
 ヴィクター・ラヴァル『ブラック・トムのバラード』(藤井光訳 東宣出版)は、H・P・ラヴクラフトの作品「レッド・フックの恐怖」を黒人青年の視点から語りなおしたというホラー作品です。

 体の衰えた父親を養うために働いていた息子のトミー・テスターは、自身の愛する音楽だけでは食べていけず、人には言えないような仕事にも手を出し始めていました。ある日、地元の資産家であるサイダムという老人に、高額の報酬と引き換えに、家に来て演奏してほしいと頼まれたトミーでしたが、そこで目にしたのは、サイダムの恐るべき力と秘密でした…。

 ラヴクラフトの短篇「レッド・フックの恐怖」を視点を変えて語りなおした上で、オリジナルな要素を付け加えた作品です。
 原作の「レッド・フックの恐怖」は次のような話。街で誘拐事件が相次ぐなか、オカルトの研究家として知られた資産家サイダム老人を追っていたマロウン刑事が、サイダムが恐るべき秘儀を計画していることを知り、その現場に踏み込みますが、そこには地獄絵図が広がっていた…という物語です。
 クライマックスのヴィジョンがすさまじく、ラヴクラフトの傑作のひとつといっていい作品ではないかと思います。

 『ブラック・トムのバラード』では、貧しい黒人青年トミー・テスターを視点人物として、彼がサイダムの導きにより、邪悪な力を手に入れるという物語になっています。トミーははったり稼業に手を染めているとはいえ、頭が良く父親思いの青年なのですが、世の中の黒人に対する不条理な仕打ちや、父親に対するある事件をきっかけに、邪悪な行為に手を染めてしまうのです。もともと「レッド・フックの恐怖」自体、サイダムが黒人やアジア系の人種などの非白人たちを集めているという設定があり、そちらの人々の視点を代弁する形で描かれた作品といえるでしょうか。

 「レッド・フックの恐怖」では、集められた非白人たちの描写がすでにして「おぞましさ」を表しているようなのですが、逆の視点から描かれた『ブラック・トムのバラード』では、そういう風には描かれてはいません。
 猥雑さはあるものの、エネルギッシュな黒人社会の一端が描かれていたりもするのです。それゆえ、ラヴクラフト作品に比べると、怪奇小説としては「雰囲気」が弱い、と感じる面もないではありません。
 ただ、ラヴクラフト作品からこうしたテーマ性の強い作品を生み出した視点は非常に面白く、それでいてホラー小説として十分に面白いのは、作者の手腕というべきでしょうか。ラヴクラフト作品を読んでいると楽しめるのはもちろんですが、ラヴクラフト作品や「クトゥルー神話」作品を読んだことがなくても、単体で十分に面白さの味わえる作品だと思います。

 ちなみに、解説には作者ラヴァルの少年時代の愛読作家として、スティーヴン・キング、シャーリイ・ジャクスン、クライヴ・バーカー、ラヴクラフトが挙げられています。クライマックスの情景の視覚的な描写を読んでいてバーカーを思い出したのですが、なるほど、という感じです。

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幽霊船の真実  ロビン・モーム『十一月の珊瑚礁』『ノンフィクション 幽霊船』
 作家ロビン・モームは文豪サマセット・モームの甥。実在の幽霊船事件に惹かれ、その調査内容をノンフィクションとしてまとめました。そしてその内容から、創作である長篇小説『十一月の珊瑚礁』を生み出しています。幸い、そのノンフィクションと小説とが二つともに邦訳されています。事実と創作との関係を考える上でも、非常に面白いサンプルとなる作品ではないでしょうか。以下、それぞれ紹介していきたいと思います。


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ロビン・モーム『十一月の珊瑚礁』(田中睦夫訳 新潮社)

 サモアの町アピーアから出港した改装船ジャネット号が行方不明になります。船には四人のヨーロッパ人と十四人のサモア人が乗っていました。その後、フィージー周辺で船が発見されますが、乗客の姿は誰一人として見つかりません。
 会社の依頼を受けた保険調査員のケン・ジルは、現地に派遣され詳細を調べることになります。その過程で、ケンは現地で出会った混血の娘ニーナに思いを寄せるようになります。
 船を調べたケンは、船に残された痕跡から、行方不明事件に人間の手が絡んでいることを察知します。独自に得た証拠から、ジャネット号と同じく、アピーアに向かう予定の船メアリゴールド号が同じように姿を消してしまうのではないかと考えたケンは、その船に同乗しようとしますが、船長のニールはなぜかケンが乗るのを妨害します。しかもその船にはニーナも乗船することになっていたのです…。

 保険調査員である主人公ケンが、乗客全てが行方不明になった船の調査をしているうちに、人為的な陰謀を察知し、それに巻き込まれていくという海洋冒険小説です。冒頭に提示される、船から乗客が消えてしまうという謎は合理的に明かされてしまうのですが、そこからの展開がハラハラドキドキの連続です。
 ある陰謀にはまってしまった主人公はそこから脱出することができるのか? ニーナとの恋愛は成就するのか? タイトルにもある「十一月の珊瑚礁」とは何なのか?
 影響を受けたという叔父サマセット・モーム譲りといっていいのか、登場人物のキャラクター造型にも味があります。
 主人公ケン、ヒロインのニーナ、船長ニール、後半に登場するその他のキャラクターにもそれぞれ深みがあります。とくにユニークなのはヒロインのニーナ。白人と現地人との混血であり、生活のために娼婦をしていながらも、純真さと現実主義的な面を合わせ持つキャラクターとなっています。
 それゆえ主人公との恋愛模様も一筋縄ではいかず、後半で登場するライバルとの三角関係も、この物語の魅力の一つとなっています。
 興味を削いでしまうので、後半以降の展開は紹介しにくいのですが、ロマンあふれる冒険小説であり、ある種の幻想文学といっていいテーマをも持った魅力的な作品だと思います。
 箱入りで、宇野亜喜良による装幀も魅力的。内容とも合わせ、非常に瀟洒な本ですね。



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ロビン・モーム『ノンフィクション 幽霊船』(高橋泰邦訳 月刊ペン社)

 実際に起こった「幽霊船」事件に惹かれた著者が、その事件を追ったノンフィクション作品です。小説『十一月の珊瑚礁』の発想元になっています。
 1955年、西サモア諸島のアピア港を出航したジョイタ号は、北にあるトケラウ諸島に向かいますが、出航直後に姿を消してしまいます。37日後、フィジー諸島周辺で発見されたジョイタ号の船内には一人の船員も乗客もいませんでした。乗っていた25人の行方については何もわかっていません。
 事件に興味を持ったロビン・モームは、現地で事件を調べ始めます。公式には自然災害による事故で済まされていた事件でしたが、モームはそれは事実ではないのではないかと考え、事件を再構成しようと、関係者への聞き込みや公的書類の調査などを続けます。
 自然災害による事故、潜水艦による攻撃など、様々な説が出されますが、それらに納得のいかないモームは、船そのものやそれが置かれていた経済的状況、船長や船員の性格や人間性などについても詳細に調べます。キーになるのは、やはり船長であったダスティー・ミラー。
 腕の良い船乗りであり、義理堅い男でありながら、経済的には失敗続きで、ジョイタ号による就航がおそらく最後のチャンスであったこと、彼は船を愛しており、自分から船を離れるようなことはないと、周囲の人間は口をそろえて話します。
 それでは、ジョイタ号から人が消える前には、必ず船長自身に何かがあったに違いないとモームは考えます。船長と乗員との間に何かいさかいがあったのではないか…? 船長と乗組員、同乗者たちの性格や履歴を調べたモームが、船上で何があったかを想像していくくだりは、まさに小説そこのけのイマジネーションにあふれています。
 モームによって再構成された事件が、事実と合っているのかはわかりませんが、読んでいて非常に説得力のある説になっています。
 本筋の事件の調査以外にも、類似した「幽霊船」事件や漂流事件についての記述、また叔父のサマセット・モームを知る現地人から叔父の話を聞いたり、現地では有名なスティーヴンソンの墓を訪れたりする場面も面白く読めますね。
 ちなみに、ロビン・モームはスティーヴンソンの作品では、『箱ちがい』と『引き潮』を評価しているようです。

 訳者による「付記」がつけられているのですが、これが90ページ近くある長大なもので、モーム作品の解説よりも、それ以外の記述の方が圧倒的に多いです。「マリー・セレスト号事件」を初めとする海外・日本の幽霊船事件や漂流事件、果ては海の妖怪の記述まで、海に関わる奇譚の総まとめのようで、この「付記」だけで、一冊の本を読んだぐらいの密度がありますね。
 問題となったジョイタ号をモーム本人が買い取るなど、かなり事件に入れ込んでおり、その成果は小説『十一月の珊瑚礁』にも反映されています。小説の方では実際の事件と発端こそ共通しているものの、以後の展開には小説家ならではの想像力が発揮されており、ロマネスクな冒険小説に仕上がっています。

 この『ノンフィクション 幽霊船』と長篇『十一月の珊瑚礁』、絶版になって久しい本ですが、どちらもとても面白い本です。この二冊を合本にして復刊したら、すごく面白いと思うのですが、なかなか難しいでしょうか。

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魔法と子どもたち  イーディス・ネズビット<砂の妖精>三部作
 イギリスの児童文学の先駆者であり、ファンタジーの名作を数多く残した作家イーディス・ネズビット(1858-1924)。彼女の代表作とも言えるのが『砂の妖精』『火の鳥と魔法のじゅうたん』『魔よけ物語』から成るファンタジー三部作です。
 どの作品でも、願い事を叶えてくれる「魔法」がテーマになっていますが、その「魔法」が、別世界ではなく現実世界において展開されるところが特徴です。魔法の効果が主人公たち以外の事物や大人にも影響し、その軋轢が物語を牽引していくという点で、SF小説の先駆的な面も感じられますね。


砂の妖精 (福音館文庫 古典童話)
『砂の妖精』(石井桃子訳 福音館文庫)

 家族と共にロンドンの家から田舎のケント地方に引っ越してきたシリル 、アンシア、ロバート、ジェイン、坊や(ヒラリー)の五人の子どもたち。両親の留守中に、家の庭にある砂利掘り場で遊んでいたところ、砂の中から奇妙な生き物を発見します。言葉を話し出した生き物は、サミアドと名乗ります。
 サミアドは何千年も生きる砂の妖精であり、自分を見つけ出した人間の願いを何でも叶えてくれるというのです。子供たちはいろいろな願いを叶えてもらいますが、その度にトラブルが起こってしまいます…。

 願いを叶えてくれる砂の妖精を見つけた子どもたちが、様々な願いを叶えてもらうのと同時にトラブルに巻き込まれるという、スラップスティックなファンタジー作品です。
 願いそのものは大部分叶うものの、その実現の仕方が変な方向に行ってしまうため、毎回トラブルに巻き込まれてしまいます。
 「きれいになりたい」と言ったためにきれいになりすぎて別人になってしまったり、金貨の山を手に入れたものの、古すぎる金貨のため誰も本物の金貨だと思ってくれなかったり、インディアンがいたらいいなと願って本物のインディアンに襲われたりと、なかなか上手く願いを叶えることができません。
 そもそも妖精であるサミアド自体、願いを不精不精願いを叶えるのに加え、割と意地が悪く、願いを杓子定規に叶えることもあって、子どもたちの意図通りにはいかないところがユーモラスですね。
 魔法の効果にも条件があったり、途中で子どもたちが付けた条件が魔法を拘束したりと、後半ではなかなか複雑な展開にもなっていきます。例えば、ねえやであるマーサには魔法が見えないという条件をつけているため、魔法で城が建ったり、インディアンが現れても彼女にはそれが全く見えないのです。
 家がお城になってしまい周りを敵兵に囲まれてしまうという「お城と敵兵」のエピソードでは、敵が襲ってくる中で、マーサは普通に調理しており、魔法の城で上書きされて見えなくなった食べ物を子どもたちが、手探りで食べる、なんて面白いシーンもあります。
 どれも面白いエピソードがつまっていますが、末っ子の坊や(ヒラリー)が文字通りの成人男性になってしまうというエピソード「おとなになって」は特に抱腹絶倒。子守りに飽き飽きした子どもたちが、早く大人になってほしいと願ったため、突然大人になってしまうのです。
 町のクラブに行こうとするのを自転車をパンクさせて止めたり、若い女性に声をかけようとするのを邪魔したりと、彼を行かせまいとするきょうだいたちの活躍が描かれます。
 魔法といっても、別世界に行ったりするわけではなく、あくまで周りの大人や社会を含めた現実世界で魔法が実現されるわけで、それによって不自然な状態が起こったり、魔法の効果が切れた後の後処理に困ったりと、魔法と現実の相互影響が描かれる、というのが興味深いですね。
 砂の妖精サミアドの造形も独特です。カタツムリのように伸びる目、コウモリのような耳、体にはクモのような毛が生えていて、手足は猿のよう、という日本の鵺みたいなキャラクターです(本の表紙で描かれている生き物がサミアドです)。
 100年以上前の物語ですが、今でもその面白さは失われていません。児童文学史に残る名作といっていいのではないでしょうか。



火の鳥と魔法のじゅうたん (岩波少年文庫 (2096))
『火の鳥と魔法のじゅうたん』(猪熊葉子訳 岩波少年文庫)

 願いを叶えてくれた砂の妖精サミアッド(サミアド)との別れ以来、退屈な日常を送っていたシリル、アンシア、ロバート、ジェインのきょうだいたち。いたずらでぼろぼろになってしまった子供部屋のじゅうたんの代わりに両親が購入したじゅうたんの中には、なぜか不思議なたまごが入っていました。
 ふとしたことからロバートが暖炉に落としてしまったたまごは、その火の力によって中に入っていた不死鳥を蘇らせます。不死鳥の話から、購入したじゅうたんは願いを叶えてくれる魔法のじゅうたんだと知った子どもたちは、その力を使って冒険を繰り広げることになりますが…。

 『砂の妖精』の続編です。前作に引き続き、子どもたちが、不死鳥と願いを叶えてくれる魔法のじゅうたんを手に入れて、冒険を繰り広げるという物語です。前作『砂の妖精』では、願いをかなえてくれる砂の妖精サミアッド(サミアド)の力で魔法を使っていましたが、今作ではそれはじゅうたんの力によるものとなっています。
 対して、不死鳥は賢さを持つ魔法の生物ではありますが、彼自身に願いを叶える力はなく、もっぱら子どもたちへのアドバイスや、冒険に同行して子どもたちをたしなめるなど、お目付役的な役目を果たすことになります。サミアドに比べ、仲間的な要素の強いキャラクターになっていますね。
 その一方、そのプライドの高さや思い込みが強い性格が災いして、トラブルに巻き込まれてしまうことも。火災保険会社を自分のための神殿だと勘違いする「不死鳥保険会社」や、興奮した不死鳥のせいで劇場が火事になってしまう「おわりのはじまり」などのエピソードは楽しいですね。
 『砂の妖精』同様、今作の魔法のアイテムであるじゅうたんにも、1日三回まで、効力に制限があったりなど、使用条件があります。ふとしたことで回数を使い切ってしまったり、願いが上手くいかなかったりするなど、様々なトラブルが子どもたちを待ち受けます。うるさい料理番の娘を南の島に送ったところ、その島の女王になってしまうという「女王になった料理番」、じゅうたんが数百匹の猫を持ち帰ってきてしまう「ペルシャネコそうどう」などは、抱腹絶倒ですね。
 「ペルシャネコそうどう」で増えてしまった大量の猫を、たまたま忍び込んだ初犯のどろぼうに同情し、売り物としてあげてしまった結果、どろぼうが捕まってしまい、彼を脱獄させて、南の島(前に料理番が女王になったところ!)に送ってしまうなど、エピソード間のつなぎも非常に上手いです。
 不死鳥だけでなく、じゅうたん自身にも「意思」があるらしい描写もあるのが面白いところ。話すことはできないものの、その行動が妙にユーモラスで人間味を感じさせるところも味わいがあります。
 もともと古びていたじゅうたんが、子どもたちが使いまくることによって、どんどんほつれたり、穴が空いていってしまいます。繕ってはみるものの、魔法の力があるのは元の布の部分だけらしいのです。やがて、じゅうたんとの別れもやってくることになります。 他人を助けるためであるとか、母親のプレゼントを用意するためであるとか、善行が目的の願いもありますが、今作では、もっぱら子どもたちが冒険して楽しむための願いが多くなっています。それゆえ、前作よりも更にスラップスティックで楽しい物語になっていますね
 前作に登場したサミアッド(サミアド)は直接的には姿を見せませんが、困ったときに不死鳥が願いを頼みに行くという形で、間接的に数回程度言及されています。
 基本的には独立した物語なので、前作『砂の妖精』を読んでいなくても、単独で楽しめる作品です。



魔よけ物語〈上〉―続・砂の妖精 (講談社青い鳥文庫)
『魔よけ物語』(八木田宣子訳 講談社青い鳥文庫)

 シリル、アンシア、ロバート、ジェインのきょうだいたちは、ひまつぶしに訪れたペットショップで、かって自分たちの願いを叶えてくれた砂の妖精サミアッドが捕まっているのを発見し救出します。お礼にサミアッドが教えてくれたのは、不思議な力を持つ魔よけの存在でした。
 しかし魔よけは半分に分割されており、もう半分がなければ本来の力を発揮できないといいます。魔よけ自身が語るところによれば、過去に戻れば完全な状態の魔よけを見つけることができるといいます。さらに今現在の半分の状態の力だけでも、子供たちを過去に送ることは可能だというのです。
 父親は従軍、母親と末っ子は療養のため、子どもたちとは離れ離れになっていました。家族一緒に暮らしたいという願いのため、子どもたちは魔よけの残り半分を求めて、様々な過去の時代を訪れることになります…。

 三部作の最終巻、魔法の力を持つ魔よけの片割れを求めて、子供たちが様々な時代を経巡るというファンタジー大作です。『砂の妖精』の最後で別れた砂の妖精サミアッドと再会した子どもたちが、不完全な魔よけの残りを求めて過去の時代に旅するというタイム・トラベル・ファンタジーになっています。著者のネズビットが親しくしていたというH・G・ウェルズの『タイム・マシン』の影響があるとか。
 実際、この『魔よけ物語』のエピソード中にも、明らかに意図的につけたと思われる「ウェルズ」という名の少年が登場します。ネズビットの他作品『魔法の城』(冨山房)には透明になれる指輪が登場するのですが、これもウェルズの『透明人間』の影響があるということです。
 魔よけの力によって、子どもたちは過去のいろいろな時代を訪れることになります。古代エジプト、バビロン、ローマ侵略直前のブリテン、アトランティスなど。魔法の力によって、現地の人々と言葉は通じるようになっているのですが、それ以外に子どもたちに何か力があるわけではありません。
 妖精サミアッドも同行するものの、以前の契約により、子どもたちの願いを叶えることはできません。魔よけのルーツの関係上、訪れる時代はほぼ時間の離れた古代ということもあり、文化や風習の違いからトラブルを引き起こしてしまいます。しかも襲撃されたり、牢屋に入れられたり、津波に襲われたりと命に関わるレベルの冒険が多くなっています。作中で子どもたちも自ら話すシーンもあるように、今作では冒険が「遊び」というよりも「使命」に近い感覚になっています。それゆえ三部作の前二作に比べ、全体にシリアス色の濃いファンタジーになっているといえるでしょうか。
 とはいえ、ところどころにこの著者らしいユーモラスなシーンが散りばめられています。サミアッドの願いにより、間違って現代ロンドンに来てしまったバビロンの女王が引き起こすトラブルを描いたエピソード「ロンドンに来た女王」などはその最たるものですね。今回は、副主人公的なポジションのキャラクターとして、古代を研究している学者の「先生」なる人物が登場します。子どもたちにいろいろ話をしてくれる好人物なのですが、魔よけの呪文を解読してくれたことを皮切りに、様々な面で子どもたちの手助けをしてくれます。
 やがて子どもたちと共に、過去の旅にも出ることになります。本人はその冒険を「夢」と解釈するのですが、その冒険から得られた知識で彼は成功することになるのです。結末での彼の重要な役目には驚いてしまうかも。
 タイム・トラベルを扱っているものの、行くのはもっぱら過去なのですが、途中で登場する未来への旅行にはちょっとびっくりします。未来に行けば、その瞬間に魔よけを手に入れた記憶が再構成され、その記憶を持ち帰ればいいのではないか?という大胆な発想です。1906年の作品としては、かなり先駆的なアイディアなのではないかなと思います。
 やがて完全な魔よけを手に入れることになる子どもたちですが、それとともに神秘的な結末が待ち構えています。子どもたちの願いは叶うのか? 「先生」を待ち受けている事態とは…?
 当時のきな臭い世界情勢が反映されているものか、父親が戦争に従軍するなど、物語自体にも前二作にはあまり見られなかった不穏な気配が見られます。そして子どもたちの目的も今回は真摯なものであり真剣さが伴っています。ただ、ところどころに挟まれるユーモアはやはり物語を和らげてくれています。特に「先生」がからむエピソードには微笑ましいものが多くなっていますね。
 前作『火の鳥と魔法のじゅうたん』が主に「空間」を移動していたのに対して、今作では「時間」移動がモチーフになっています。歴史的事実が子どもたちの行為が発端になって起こっていたりすることが分かるなど、「時間物語」特有の面白さもあり、三部作の最終作にふさわしい、スケールの大きな作品だと言えますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第27回読書会 参加者募集です
怪奇小説傑作集 1 英米編 1 [新版] (創元推理文庫) 白魔(びゃくま) (光文社古典新訳文庫)
 2020年2月23日(日曜日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第27回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp


開催日:2020年2月23日(日曜日)
開 始:午後13:30
終 了:午後17:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ
参加費:2000円(予定)
テーマ アーサー・マッケンと怪奇小説の巨匠たち
課題書
ブラックウッド他『怪奇小説傑作集1英米編1』(平井呈一訳 創元推理文庫)
アーサー・マッケン『白魔』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。


 今回は、日本における怪奇小説アンソロジーの基本図書というべき『怪奇小説傑作集』の1巻とアーサー・マッケンの傑作集『白魔』を取り上げたいと思います。
 ブラックウッド、マッケン、M・R・ジェイムズの三大巨匠を始め、怪奇小説の代名詞的作品「猿の手」やリットン、ベンスン、レ・ファニュなど、名作中の名作が収められたセレクション。こちらに収められたマッケンの代表作「パンの大神」と合わせ、マッケン作品の魅力にも迫ってみたいと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怖がる子どもたち  フィリパ・ピアス『幽霊を見た10の話』『こわがってるのはだれ?』
 『トムは真夜中の庭で』で知られるイギリスの児童文学作家フィリパ・ピアスは、子供向けの怪奇幻想小説集を書いていて、二冊ほど邦訳もされています。大人向けの小説に劣らず「怖い」作品が多く収められています。順に紹介していきましょう。


幽霊を見た10の話 (世界児童文学の名作B)
フィリパ・ピアス『幽霊を見た10の話』(高杉一郎訳 岩波書店)

「影の檻」
 父親が畑で見つけた薄汚れたびんをもらった娘のリーザは、いとこのケヴィンに乞われてそのびんを貸すことになります。学校に隠したままのびんのことを思い出したケヴィンは深夜にそれを取りに戻りますが…。
 呪いのかけられたびんにより、子供が怪奇現象に襲われるというストレートなオカルト・ホラー。M・R・ジェイムズを思わせるような雰囲気の作品です。

「ミス・マウンテン」
 デイジーとジムのおばあさんは二人の孫を可愛がっていました。孫が泊まるための部屋として長年片付けていなかった納戸を片付けますが、その部屋に泊まったジムは怖がってもう泊まりにいきたくないと話します。デイジーはおばあさんから子供時代の秘密を聞くことになりますが…。
 超自然味は薄めですが、おばあさんの少女時代の回想は非常に面白く読めますね。子供の視点と大人の視点とが両方描かれたバランス感のある秀作です。

「あててみて」
 嵐によって巨木が倒れ学校の校舎が壊れてしまったため、他の学校に通うことになった少女ネティは、見知らぬ少女につきまとわれ、家にまで押しかけられてしまいます。妙に薄汚れた格好の彼女はジェス・オークスと名乗りますが…。
 少女の正体は一体何なのか? 人ならざるものが紛れ込んでくるという怪奇作品です。

「水門で」
 家族から愛されていた長兄ビーニイは戦争に駆り出されてしまいます。嵐の夜、父親と愛犬とともに水門のせきを開けるために出かけた末っ子は、父親のそばに謎の人影を目撃しますが…。
 家族のために帰ってくる幽霊を描いたジェントル・ゴースト・ストーリーです。

「お父さんの屋根裏部屋」
 生まれつきの美しい容姿から母親にわがままに育てられた娘のロザムンド。ある日、立ち入りを禁止されていた屋根裏部屋に入り込んだロザムンドでしたが…。
 幼年時代の恐怖心を繊細に描いた作品です。それによって、疎んじていた父親への理解も深まる、というテーマも見え隠れしていますね。

「ジョギングの道づれ」
 ジョギングを趣味とする男ケネス・アダムソン。彼は母親に溺愛されていた弟を憎んでいました。母親の死後、弟への憎しみは爆発することになりますが…。
 殺した相手から復讐されるというオーソドックスなゴースト・ストーリーです。

「手招きされて」
 ボールを探しにピーターが入り込んだのはフォーセット氏の屋敷でした。彼はかって息子を亡くし、その後の反目から娘を追い出したというのです。妻を亡くしひとりぼっちになったフォーセット氏でしたが、頑なに娘を呼ぼうとはしません…。
 主人公の少年が一人の老人の人生の最後にちょっとした役割を果たすと言う物語です。ちょっとした幻想味も物語に味を添えています。

「両手をポケットにつっこんだ小人」
 隣人のポーターさんがアフリカみやげに持ち帰ったという両手をポケットにつっこんだ小人の像。その像には敵をやっつける力があるというのですが…。
 魔法のかかった小像をめぐる物語です。結構不気味な話ですね。

「犬がみんなやっつけてしまった」
 ジョーエル・ジョーンズ船長とその妻のイーニド伯母さんは新しい家に越したとたんに、親しくしていた甥の息子アンディ・ポター夫妻との行き来が途絶えてしまいます。心配したアンディは出かけたついでに、船長の家を訪ねますが、伯母の態度は不自然なものでした…。
 伯母夫妻が陥った災難が犬のおかげで解決すると言う、これは非常に楽しい作品です。幽霊が出現するのですが、これは珍しいタイプのそれですね。

「アーサー・クックさんのおかしな病気」
 広い庭のある手ごろで安い家を手に入れ移り住んだアーサー・クック一家。短期間で何人も持ち主が代わっていることに不安を抱くものの、その安さに負けて購入してしまいます。ところが移り住んでから、主人のアーサーの具合が悪くなり始めます。
 医者にも治療しようがないと言われた父親を心配した娘のジューディは、家そのものに原因があるのではないかと考え、かっての家の持ち主バクスター夫人を訪ねることになりますが…。
 死者の思い残した念に囚われた家が描かれるのですが、その思い残したことというのが非常にユニーク。ユーモラスで楽しいゴースト・ストーリーです。


こわがってるのはだれ?
フィリパ・ピアス『こわがってるのはだれ?』(高杉一郎訳 岩波書店)

「クリスマス・プディング」
 かっての大きなお屋敷を改装した建物の地階に住むナッパー家。息子のエディは熱波のような暑さのなか、クリスマス・プディングを作りたいと言い出します。この建物に越してきてから何かが聞こえるような夢を見続けていたエディでしたが、実際の建物の壁からも音が聞こえるようになります。壁をくずして現れたのは、昔使われていた配膳リフトで、そのなかには古びて真っ黒になったプディングが置いてありました…。
 過去に屋敷に住んでいた少年の憎しみと、現代に生きる少年の妬みの念とが響きあい、プディングがその象徴として現れるという物語。強烈な「悪意」が描かれた作品です。

「サマンサと幽霊」
 祖父母の家を訪れ、庭のリンゴの木に登ったサマンサは、そこで幽霊と出会います。彼が言うには、かってそこにはお屋敷があり、自分が死んだ部屋はこの木の上あたりにあったと言うのですが…。
 場所に囚われた、いわゆる「地縛霊」と少女との交感を描いた作品です。人との接触を求める孤独な霊が、少女とのふれあいで解き放たれる…という、後味の良い物語になっています。

「よその国の王子」
 度重なる校長からの圧力で、新任の教師ミスタ・ハートレイは自殺してしまいます。代りにと派遣されてきた教師ミスタ・ディキンズは皆の予想に反して校長と無二の親友になりますが…。
 あらすじからは、自殺してしまった青年教師の怨みが校長に向かう、というような話と思う人が多いと思います。確かに間違ってはいないのですが、その展開が思いもかけない方向からやってくるユニークな作品です。結末には唖然とする人が多いのでは。


「黒い目」
 ジェインの家を訪れたいとこの少女ルシンダは、ことごとにジェインに意地悪をしかけます。ルシンダは、持ってきた黒いクマには不思議な力があり、ジェインの家族に呪いをかけてやると話しますが…。
 実際に超自然的な出来事が実在するのか否かをぼかしながら、不幸な少女の家庭環境を仄めかす、という作品。いとこの言葉が本当だと思ってしまう主人公の少女の心の動きがサスペンス豊かに描かれます。

「あれがつたってゆく道」
 大おじのパーシーおじ夫妻のもとを訪れていた「ぼく」は、ある日おじが雇われていたミセス・ハーティントンの家でおかしな行動をするのを目にします。仕事をクビになったおじは、「ぼく」にハーティントン家の庭に忍び込めと命令するのですが…。
 おじが求める「あれ」とは一体何なのか? 終始恐怖の正体を明かさないという、不気味極まりない作品です。

「おばさん」
 姪の一家と暮らす年老いたおばは、年を取っても目が良く見えるということを話していました。しかもいろいろなことが先に分かるようなのです。おばはかって自分が勤めていた事務所が火事で燃えてしまったのを予見していたかのような発言をしますが…。
 どうやら予知能力を持っているらしいおばを描いています。彼女の能力は本物なのか? 優しさにあふれた作品です。

「弟思いのやさしい姉」
 母親亡き後、母代わりの姉のリジーに育てられた怠け者の弟ビリー。彼は自動車修理工場を営んでいました。ある日、ビリーが代車として貸し出した車が事故に会い、リジーの夫と子供たちが全員即死してしまいます…。
 溺愛していた弟のせいで自分の大切な家族を失った姉の心情は如何ほどのものなのか? 強烈な印象を与えるゴースト・ストーリーです。

「こわがってるのは、だれ?」
 大おばあさんの百歳の誕生祝に訪れたいとこのディッキーをジョーは嫌がっていました。ディッキーはジョーを目の仇にしていたのです。子供たちは皆でかくれんぼをすることになりますが、ジョーはディッキーから逃れようと、禁止されている大おばあさんの部屋に入ってしまいます…。
 「こわがっている」のは主人公のジョーだけではなかった…という物語。超自然味はほとんどないのですが、心に響くお話ではありますね。

「ハレルさんがつくった洋だんす」
 「ぼく」のお隣に住む元家具職人のハレルさんが精魂を込めて作った洋だんすは素晴らしいものでした。ハレル夫人が体調を崩したことをきっかけに、家に戻ってきた娘のウェンディは、ハレルさんが急逝した直後から精神のバランスを崩し初めます…。
 家具職人の娘が精神のバランスを崩していくというサイコ・スリラー的な作品なのですが、そこに超自然的な味わいが付け加えられているのが特徴です。家族間の歪な関係も匂わされており、いろいろな解釈ができそうな作品になっています。

「こがらしの森」
 遺産として広い農場を手に入れたエドワードは、敷地の中にある森を邪魔だと感じ、管理人のビル・ヘーズに伐採してしまうことを提案しますが、彼はその命令を無視し続けます。エドワードは業者を雇って森を伐採しようとしますが…。
 現地の人が「悪い場所」だと感じる森をめぐる怪奇小説。その森の由来も来歴もまったく説明されず、ただただ不気味な場所として描写されるのが非常に怖いです。

「黄いろいボール」
 父親が庭の木の洞で見つけた黄色いボール。リジーとコンラッドの姉弟はそのボールを持っていると、犬の幽霊が現れることに気がつきます。犬は生前そのボールで遊んでいたらしいのですが…。
 犬の幽霊をめぐる珍しい題材の作品です。黄いろいボールがその幽霊にとって重要らしく、姉弟でその扱いについての対立が描かれていきます。優しい雰囲気のゴースト・ストーリーになっていますね。

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『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』通販のお知らせ
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 文学フリマ東京で販売した同人誌、『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』 を盛林堂書房さんで通信販売いたします。

 文学フリマで販売したものは手製本でしたが、今回新たにオフセット印刷で刷りなおしています。
 『物語をめぐる物語ブックガイド』は、物語や本をテーマにした小説作品のガイド、『迷宮と建築幻想ブックガイド』 は、迷宮や建築をテーマにした小説作品のガイドです。仕様は以下の通りです。

『物語をめぐる物語ブックガイド』
サイズ:A5
製本仕様:無線綴じ
本文ページ数:36 ページ
本文の印刷方法:モノクロ
用紙:色上質最厚口
表紙用紙の色:レモン
表紙印刷:カラー

『迷宮と建築幻想ブックガイド』
サイズ:A5
製本仕様:無線綴じ
本文ページ数:32 ページ
本文の印刷方法:モノクロ
用紙:色上質最厚口
表紙用紙の色:レモン
表紙印刷:カラー

盛林堂さんの販売ページはこちらです。
http://seirindousyobou.cart.fc2.com/

2019.12.28追記
二冊とも初回納品分は完売いたしました。再納品をしていますので、年明け2020年1月4日以降、通販再開する予定です。

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マニアライクなアンソロジー  矢野浩三郎編『世界怪奇ミステリ傑作選 正・続』
 矢野浩三郎編のアンソロジー『世界怪奇ミステリ傑作選』『続・世界怪奇ミステリ傑作選』(番町書房イフ・ノベルズ)は、海外の怪奇幻想小説の秀作を集めた良質なアンソロジーです。珍しい作品も多数収録されています。以下、内容を見ていきましょう。


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矢野浩三郎編『世界怪奇ミステリ傑作選』(番町書房イフ・ノベルズ)
 内容は「吸血鬼たち」「悪と魔法」「錬金術と秘儀」「超神話」「エッセー」のテーマで分けられています。

シャイラー・ミラー「河を渉って」
 森の中で突然目覚めた男には記憶がありませんでした。あるのはただ血を飲みたいという渇望だけ。森の動物で渇きをいやす男でしたが、なぜか川やその水に触ったとたんに体から力が吸い取られてしまいます。男はやがて物陰から現れた女と出会いますが…。
 吸血鬼になった男を本人の視点から描く物語。本人には記憶がないものの、過去に何があったのかが徐々に明かされる展開はミステリアス。迫力のある吸血鬼小説です。

ロバート・ブロック「蝿の悪魔」
 ハワードは蠅に悩まされていました。常時、自分のそばで飛んでいる蠅について医者に相談しますが、それは自分の妄想ではないかというのです。それが原因で妻は出ていってしまいますが…。
 蠅がつきまとうという妄想にとりつかれた男を描くサイコ・スリラー作品です。

ジャック・シャーキー「魔女志願」
 幼い頃から魔女に憧れるケティは、たびたび魔法をかけようと試みますが、全て失敗してしまいます。成長したケティが出会った魔女らしき老婆は、魔女になるには「愛」を捨てなければならないと言いますが…。
 「愛」ゆえに魔女になれない「魔女志願」の少女を描くファンタジー作品。それまでの展開から暖かい結末が待つのかと思いきや、とんでもなくブラックな結末に。これは一読の価値のある作品ですね。

アーサー・ポージス「三番目のシスター」
 美しい女優の母が病で瀕死の状態にあるのを心配した娘は、熱に浮かされた状態で町に飛び出しますが、ふと三人の老婦人が織物の作業をしている家に飛び込みます。娘は、彼女らは母の命を司る作業をしているのではないかと直感しますが…。
 命を司る女神たちの家に飛び込んだ少女を描く、神話的なファンタジー。美しいファンタジーかと思いきや、これまたブラックな結末に。

ピーター・S・ビーグル「死の舞踏」
 ロンドンに住む資産家フローラ・ネヴィル夫人はパーティを催すことのみが楽しみでしたが、年老いた夫人はそれさえもが退屈になってきていました。ある日、戯れに死神にパーティの招待状を出そうと考えた夫人でしたが、やってきたのは若く美しい娘でした…。
 死神は若く美しい娘だった…という幻想小説。死神の娘を怖がった参加者たちが彼女と踊るのを躊躇う、というシーンは印象的。何とも美しい寓話的ファンタジーです。

W・B・イエイツ「錬金術の薔薇」
 カリスマ的な人物マイケル・ロバーツに誘われ秘 儀的な体験をする語り手を描いた幻想小説です。

ダイアン・フォーチュン「秘儀聖典」
 オカルトに通暁するタヴァナー博士を主人公に、秘儀が記された写本をめぐって、ある人間の転生が描かれるという作品です。

アーシュラ・K・ル=グイン「解放の呪文」
 宿敵ヴォールに囚われた魔法使いフェスティン。様々なものに変身して脱出しようとしたフェスティンでしたが、先回りしたヴォールによって全て阻止されてしまいます。フェスティンはとうとう「解放の呪文」を使いますが…。
 囚われた魔法使いの脱出を描くファンタジー作品です。様々な魔法の効果が描かれるシーンは非常に視覚的で見事ですね。最後まで敵であるヴォール自身が姿を現さないのが面白く、そこがまた伏線にもなっています。短めながら印象に残る作品ですね。

H・P・ラヴクラフト「CTHULHU の喚び声」
 大叔父アンゼル教授が遺した奇怪な薄肉浮彫(バレリーフ)や書類に関心を惹かれた「私」が知ったのは、太古から生き続ける謎の存在でした…。
 ラヴクラフトの代表作ともされる作品です。彫刻家や警察官など、複数の視点から間接的に「謎の存在」が仄めかされます。「CTHULHU」を始め、作中で現れる呪文などがアルファベット表記のままに使われているのが、今見ると面白いですね。

 「錬金術と秘儀」コーナーに入っている、W・B・イエイツとダイアン・フォーチュン作品が浮いている感じはするものの、こうしたオカルト的な作品が一緒に入っているのも、1970年代のアンソロジーだなという感じはしますね。
 全体に面白い作品が集められており、大変良い怪奇アンソロジーです。序盤に並んだ「河を渉って」「蝿の悪魔」「魔女志願」「三番目のシスター」「死の舞踏」などが、どれも秀作・傑作で、読めば満足感が味わえると思います。



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矢野浩三郎編『続・世界怪奇ミステリ傑作選』(番町書房イフ・ノベルズ)
 正編に引き続き、海外の怪奇幻想小説の秀作を集めた良質なアンソロジーです。「戦慄」「変身ものがたり」「もう一つの世界から」「幻覚」「エッセー」にテーマ分けがされています。

スティーヴン・バー「目撃」
 新婚の夫婦エリックとカーロッタは山に登りますが、先に山頂を見た夫は顔色を変えます。夫は理由も語らず、直後に失踪してしまいます。数十年後に夫らしき男の情報を聞いた妻は、彼に会いに出かけますが…。
 災難を避けようとした結果、逆にその結果を引き寄せてしまう…というタイプのストーリー。物語の始まりと終わりがループするような、技巧的な作品です

シリア・フレムリン「階上の部屋」
 夫も外出し、誰もいなくなったアパートで深夜子供たちと自分だけになった主婦マーガレットは不安を感じていました。しかもアパート内には誰か人間の気配がするのです。子供たちが連れてきた、様子のおかしい見知らぬ子供のことを思い出すマーガレットでしたが…。
 「生き霊」もしくは「分身」を扱った物語というべきでしょうか。主婦を襲う「怪物」もまた救われるという、ユニークな幻想小説です。

マイケル・ジョセフ「黄色い猫」
 ギャンブルで生計を立てる男グレイは、ある日自分についてきた黄色い猫を飼うようになってからツキが上がってきたことに気がつきます。しかし付き合い始めた女の言うままに、猫を殺してしまいます…。
 不思議な猫は一体何者なのか? 悪夢のような雰囲気で展開する作品です。トーマス・オーウェン「黒い玉」を思わせるというと、雰囲気がわかってもらえるでしょうか。

ジェラルド・カーシュ「たましい交換」
 黒人をひどく憎んでいた老人の少佐は、逃げ込んだ黒人の男を追って森の中へ入っていきますが、そこから出てきた少佐は、まるで人が変わったようになっていました。彼が言うには、黒人と少佐の中身は入れ替わったというのですが…。
 人格交換を扱った作品ですが、人種差別的な要素も扱っており、テーマ性の強い作品になっています。

ジョイス・マーシュ「樹」
 妻のリータは、庭に生えた大木を気味悪く思っていました。その枝からは人間の血液のような樹液がにじみ出しているのです。それと同時に、夫のジョージがだんだんと体調を悪くしていくのを心配する妻でしたが…。
 植物を扱った怪奇小説ですが、登場する木の気色悪さが強烈です。主人公の若妻がインド出身であるというのも、作品の神秘主義的な色彩を濃くするのに貢献していますね。

チェスター・ハイムズ「へび」
 行方知れずになった息子を探しに訪れた義父は、孫娘がヘビに襲われたと聞き、部屋中を探しますが、ヘビの姿はありません。夫に対して不満を持っていたらしい妻は、義父に関係を迫りますが…。
 超自然的な要素は薄いのですが、何やら不気味な雰囲気のする作品です。ヘビは本当に実在するのかという点も含めて象徴的な要素もあったり、妻と義父の関係も怪しかったりと、妙な気味悪さの横溢する作品ですね。

ヘンリー・ハッセ「バイオリンの弦」
 精神科医シェルマン博士を訊ねた「私」は、フィリップ・マクストンの症例について話を聞きます。フィリップは、頻りに耳にするバイオリンの音色は異次元から彼とコンタクトしようとする女性の弾くものだと話していたというのですが…。
 ラヴクラフト「エーリッヒ・ツァンの音楽」を思わせる音楽怪談です。異次元から現れる魔性の女の不気味さも強烈。

エリオット・オドンネル「開かずの間の謎」
 使用人として、資産家らしき未亡人ビショップ夫人の家に雇われた身寄りのない娘アメリア。夫人の留守中、彼女から立ち入りを禁じられている部屋に入ることに成功したアメリアでしたが…。
 主人は人殺しだったという犯罪実話的な要素と、超自然的な現象の起こる怪談実話的な要素の組み合わさった、ユニークな作品です。

フリッツ・ライバー「煙のお化け」
 ラン氏は電車で通勤する途中、決まった場所に現れる煙のような得体の知れないものに不安を感じていました。他の人間にはそれが見えないようなのです。夜、会社に戻ったラン氏は、秘書のミリック嬢の様子がいつもと違うのに気がつきますが…。
恐怖の焦点が捉えにくいという、ユニークな怪奇小説。「都市怪談」とでもいうべきでしょうか。

ゼナ・ヘンダースン「おいでワゴン!」
 幼いころから甥のサディアスには不思議なところがありました。彼には念動力があるらしいのです。しかし成長するにつれその力は発揮されなくなっていきます…。
 不思議な力を持つ少年を描く物語です。子供と大人、常識的な思考でその純粋さが失われてしまう…というテーマが非常に上手く描かれています。

アンナ・カヴァン「頭の中の機械」
 幻想を伴った散文詩的な作品です。

クリストファー・イシャーウッド「待っている」
 成功した弁護士である弟の家に世話になっている初老の兄。彼には突然未来の情景が垣間見れるという能力がありました。未来に転位した彼は、その部屋にあった雑誌から未来の情報を得ようと考えますが…。
 タイムスリップを扱った幻想小説なのですが、語り手が人生下り坂に入った初老の男性であるのと、能力を使って何かをしたいとう強烈な欲望などがあるわけでもないため、淡々と進む物語になっています。なのですが、微妙なユーモアを伴う語り口のせいもあり、面白く読めるのは不思議ですね。

ロバート・エイクマン「強制ゲーム」
 コリンとグレイスの夫妻は、特別な魅力があるわけではないにもかかわらず隣人のアイリーンと付き合うようになります。あるときを境に妻のグレイスはアイリーンとの都合を優先し始め、夫をないがしろにし始めます。
やがて飛行機の免許を取り、飛行機を購入すると宣言したグレイスはアイリーンと一緒に失踪してしまいますが…。
 何が怖いのかわからない…という定評があるエイクマン作品なのですが、この作品では隣人のアイリーンと、それに「洗脳」されて一緒に姿を消してしまう妻グレイスの行動がかなり具体的なレベルで怖いです。
 人間の心理の怖さを扱った作品かと思いきや、超自然現象らしきものも起きたりと、恐怖の焦点は合いにくいながら、全体を通しても非常に怖さを感じさせられる作品です。

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最近観た映画と「怪奇幻想映画ベスト」
 最近観た映画について、感想をまとめておきたいと思います(といってもホラー映画ばかりですが)。


ハッピー・デス・デイ ブルーレイ+DVD [Blu-ray]
クリストファー・B・ランドン監督『ハッピー・デス・デイ』(アメリカ 2017)

 主人公が何度も同じ一日を繰り返すという「ループもの」に、殺人鬼と犯人探しの要素を加えた作品です。
 性悪なヒロインがパーティーの翌日に見知らぬ青年の部屋のベッドで目を覚ましてから、同じ一日がずっと繰り返されるという物語。しかも最後には必ず仮面をかぶった殺人鬼に殺されてしまい、その結果、もとの時間・場所に戻ってしまうのです。
 ヒロインの性格が悪いため、必然的に協力者はおらず、そのため何度も殺人鬼に殺されてしまいます。やがて自らの行動を振り返ったヒロインが改心しつつ、純粋に恋をするようになる…という流れは上手いですね。
 ループとはいいつつ、殺されるたびにヒロインの体にダメージが蓄積されていく…という設定も秀逸。無制限のループというわけではないのです。コメディ的な演出もありながら、ループの性質や殺人鬼の正体を探っていく過程はサスペンスたっぷりで楽しめます。



ハッピー・デス・デイ 2U ブルーレイ+DVD [Blu-ray]
クリストファー・B・ランドン監督『ハッピー・デス・デイ 2U』(アメリカ 2019)

 『ハッピー・デス・デイ』の直接的な続編になっており、ループから逃れたばかりのヒロインが再び同じ一日のループに巻き込まれてしまいます。面白いのは「平行世界」のアイディアを持ち込んでいることで、ヒロインが新たに巻き込まれたループ世界は、元の世界とは違う世界だったという設定。
 登場人物は共通しているものの、性格や行動が異なっていたり、人間関係も少しづつ異なっているのです。こちらの世界では、前作で主人公が殺される原因になった事件が起きておらず、それゆえ、前作と殺人鬼の正体が異なる…というのも面白い仕掛けです。
 結果として、前作を観ていると、先入観によるミスディレクションが発生してしますのです。主人公は元の世界に戻ろうとしますが、そこである葛藤に巻き込まれてしまいます。元の世界に戻るのか、今の世界にとどまるのか…? 主人公の決断がどうなるのかという部分も興味深く観れますね。
 一作目では、ループもの映画の名作『恋はデジャ・ブ』、二作目では、タイムトラベル映画の金字塔『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のタイトルが作中で言及されるのですが、それらを含め、ところどころに過去のジャンル映画の影響やオマージュ的な表現が見られるところも面白いです。
 殺人鬼がかぶる仮面が、スラッシャー映画『スクリーム』の殺人鬼を思わせるなと思っていたら、デザインしている人は同一らしいです。
 わざとループさせるために主人公が自ら死ぬ…というブラックなシーンもありますが、基本コメディ調に展開される物語で、残酷シーンなども控えめです。ストーリーの面白さで見せる作品で、これはお薦めしたいですね。
 特に二作目は、一作目の内容自体を伏線とした話になっており、ミステリ好きの人にも楽しめる作品だと思います。



霊的ボリシェヴィキ [DVD]
高橋洋監督『霊的ボリシェヴィキ』(日本 2017)

 廃工場に集められた数人の男女、彼らは皆何らかの形で「死」に触れたことのある人間でした。子供の頃に数ヶ月神隠しにあったことのある由紀子は、婚約者に連れられて会合に参加します。彼らの目的はそれぞれの怪異を語ることにより「あの世」を呼び出そうというものでした…。
 基本的には「百物語」といっていいのでしょうか。怪を語ることにより怪を呼び出そうとする…というテーマなのですが、演出が斬新です。それぞれの登場人物の語りが回想シーンにはならず、ほとんど人物が話すだけ、という地味な展開なのですが、音響の上手さもあり、見ていて「怖い」のですよね。
 話と話の合間に、ふとした違和感や怪異現象のかけらのようなものが挟まれていくのが雰囲気を高めています。主人公由紀子の話を含め、正直なところ、物語の真相ははっきりわからないのですが、とにかくすごい作品を観た、という感覚があります。
 ネットの評を見てもあんまり指摘している人がいないようなのですが、これもしかしてアーサー・マッケンの影響があるんじゃないでしょうか。ところどころマッケン的なモチーフが現れるのと、「パンの大神」を思わせる部分もあります。
 幽霊や怪異の描写もあるのですが、基本的には地味な演出なので、明確なホラー映画を求める人には物足りないかもしれません。ただ「行間を読む」と、いろいろ面白い演出や展開にあふれた映画作品です。古典怪奇小説が好きな人にはすごく面白い映画じゃないでしょうか。
 タイトルもそうですが、突然歌を歌いだしたり、怖い話をしている最中に笑い出したりと、妙な「笑い」の要素があるにもかかわらず、全体としては「怖い」という稀有な作品です。
 シュールかつ前衛的なホラー映画で、観る人は選びそうですが、個人的には面白く観れました。



ゴースト・ストーリーズ 英国幽霊奇談 [DVD]
ジェレミー・ダイソン、アンディ・ナイマン監督『ゴースト・ストーリーズ 英国幽霊奇談』(イギリス 2017)

 幽霊現象を暴くのが仕事の合理主義者グッドマン教授が、失踪していた高名な同業者のキャメロン博士から連絡をもらいます。キャメロン博士は自分の仕事は間違っていた、心霊現象は全て存在すると主張します。
 懐疑的なグッドマンに対して、キャメロン博士は3つの超常現象の事件の調査を依頼しますが…。
 探偵訳の教授が3つの事件を順番に調査していくという、いわゆる「ゴースト・ハンターもの」風の展開なのですが、その後が斜め上の展開で、説明しにくいのですが、ここら辺の感覚、小説作品で言うとジョナサン・キャロルっぽいのです。
 この映画については賛否両論で、否定派が結構多いようですね。3つの心霊現象事件がありふれていて「陳腐」であるという意見もありました。でもこの映画、事件がありふれているのはわざとであって、それが結末につながっている感覚が強いのですよね。
 観ているときよりも、観終わって反芻すると評価がぐんと上がるタイプの作品です。ジョナサン・キャロル作品が好きな方とか、幻想小説とミステリとのハイブリッド作品なんかが好きな方は、すごく気に入る作品だと思いますのでお薦めしておきます。



人喰いトンネル MANEATER-TUNNEL [DVD]
マイク・フラナガン監督『人喰いトンネル』(アメリカ 2010)

 アメリカの田舎町、隣町に続く小さなトンネルのそばに住む主婦トリシアは、七年前から失踪した夫ダニエルをずっと探し続けていましたが、捜索をあきらめ死亡証明書を出してもらおうとしていました。そんな折、かって麻薬中毒だったトリシアの妹キャリーが数年間の放浪生活から家に帰ってきます。
 キャリーはジョギングの最中、トンネルで浮浪者のような男から助けを求められますが、そのまま走り去ってしまいます。トリシアは失踪事件の担当の刑事マロリーと恋仲になっており、お腹には赤ん坊もいました。
 マロリーとの新生活を始めようとするトリシアでしたが、日常生活のあちこちで、夫ダニエルの幻影が見えるのです…。
 中盤までは、失踪した夫をあきらめ、新しい恋人と生活を始めようとしている姉、麻薬中毒から更生した妹と、どこかシリアスなホームドラマのような雰囲気で話は進みます。その間に、モチーフにもなっているトンネルの不気味な描写がはさまれますが、あまり物語は進展しません。
 主婦トリシアがやたらと夫の幻影を見るシーンが挿入され、おそらく夫は死んでいるのではないかと思わせます。死者の幻影に悩まされる女性の話なのかなあと思っていると、中盤から意想外の展開に。夫の生死が判明するのですが、そこからが奇想SFのような展開になります。
 とはいいつつ、終始、派手なエフェクトもビジュアルもない低予算の作品で、あくまで登場人物たちの心理を地道に描いていくのがメインの作品になっているので、はっきりしたホラー作品を好む人には不評かもしれません。
 たぶんお話のネタとしては、ありふれたB級のそれなのですが、シリアスな演出や語り口で装い直した…というタイプの作品です。こんな語り口もあるんだ、という面白さがありますね。かすかなクトゥルー風味もあったりなど、見所のいろいろある作品だと思います。 地味ではあるのですが、面白い発想・演出の作品でした。



(r)adius/ラディウス [DVD]
キャロライン・ラブレシュ、スティーヴ・レナード監督『(r)adius ラディウス』(カナダ 2017)

 交通事故で記憶を失った男リアムは、近くの町を訪れますが、その町の住民は皆死んでいました。ようやく生存者を発見するも、彼が近づこうとすると、突如として目の前で死んでしまいます。やがて分かったのは、リアムの半径50フィート以内に近寄った人間は死亡してしまうということ。
 人間を避け家に隠れ潜んでいたリアムでしたが、家を訪れた女性が即死しないのを見て驚きます。リアムと同じく記憶喪失だという女性ジェーンがそばにいる限り、リアムの能力は抑えられることがわかります。二人はこの能力の謎について調べようとしますが…。
 なぜか近づくだけで即死してしまうという能力を持った男を描いたSFホラー作品です。記憶喪失の男が、人に助けを求めようとしてもどんどん目の前で死んでしまう…という序盤の情景はインパクト充分です。主人公の能力を抑える女性が登場してからは、いかに引き離されずに行動できるか、というのがポイントになります。
 殺人の容疑者となってしまった二人が警察に追われてしまう…という展開もお約束ながらサスペンスたっぷりです。説明不足なところもあるので好き嫌いは分かれると思いますが、アイディアの優れた面白い作品ですね。


 ついでに、以前に考えてtwitter上に公開した「怪奇幻想映画ベスト」を挙げておきたいと思います。オールタイムベストの他に、ジャンル別にいくつかベストを作ってみました。


顔のない眼 [DVD] サラゴサの写本 [DVD] ザ・チャイルド 30周年特別版 [DVD] ザ・ブルード/怒りのメタファー [DVD] サスペリア 4K レストア版 Ultra HD Blu-ray 通常版 ゾンゲリア [Blu-ray] ペーパーハウス/霊少女 [DVD] デモンズ ’95 -HDリマスター版- [Blu-ray] マウス・オブ・マッドネス [Blu-ray] アザーズ [DVD]
<怪奇幻想映画ベスト>
『顔のない眼』(ジョルジュ・フランジュ監督 1960)
『サラゴサの写本』(ヴォイチェフ・イエジー・ハス監督 1965)
『ザ・チャイルド』(ナルシソ・イバニェス・セラドール監督 1976)
『ザ・ブルード/怒りのメタファー』(デヴィッド・クローネンバーグ監督 1979)
『サスペリア』(ダリオ・アルジェント監督 1977)
『ゾンゲリア』(ゲイリー・シャーマン監督 1981)
『ペーパーハウス 霊少女』(バーナード・ローズ監督 1988)
『デモンズ'95』(ミケーレ・ソアヴィ監督 1994)
『マウス・オブ・マッドネス』(ジョン・カーペンター監督 1994)
『アザーズ』(アレハンドロ・アメナーバル監督 2001)


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<奇想ホラー映画ベスト>
『恐怖の魔力/メドゥーサ・タッチ』(ジャック・ゴールド監督 1978)
『イベント・ホライゾン』(ポール・W・S・アンダーソン監督 1997)
『ファイナル・デスティネーション』(ジェームズ・ウォン監督 2000)
『-less レス』(ジャン=バティスト・アンドレア&ファブリス・カネパ監督 2003)
『キャビン』(ドリュー・ゴダード監督 2011)
『恐怖ノ黒電話』(マシュー・パークヒル監督 2011)
『私はゴースト』(H・P・メンドーサ監督 2012)
『オキュラス/怨霊鏡』(マイク・フラナガン監督 2013)
『ハウンター』(ヴィンチェンゾ・ナタリ監督 2013)
『パラドクス』(イサーク・エスバン監督 2014)


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<心霊・オカルトホラー映画ベスト>
『たたり』(ロバート・ワイズ監督 1963)
『リーインカーネーション』(J・リー・トンプソン監督 1977)
『チェンジリング』(ピーター・メダック監督 1979)
『インフェルノ』(ダリオ・アルジェント監督 1980)
『エンゼル・ハート』(アラン・パーカー監督 1987)
『スリーピー・ホロウ』(ティム・バートン監督 1999)
『回路』(黒沢清監督 2001)
『輪廻』(清水崇監督 2006)
『フッテージ』(スコット・デリクソン監督 2012)
『ジェーン・ドウの解剖』(アンドレ・ウーヴレダル監督 2016)


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<スラッシャーホラー映画ベスト>
『血みどろの入江』(マリオ・バーヴァ監督 1970)
『影なき淫獣』(セルジオ・マルチーノ監督 1973)
『悪魔のいけにえ』(トビー・フーパー監督 1974)
『テラー・トレイン』(ロジャー・スポティスウッド監督 1980)
『誕生日はもう来ない』(J・リー・トンプソン監督 1981)
『シャドー』(ダリオ・アルジェント監督 1982)
『フェノミナ』(ダリオ・アルジェント監督 1984)
『アクエリアス』(ミケーレ・ソアヴィ監督 1986)
『スクリーム』(ウェス・クレイヴン 1996)
『ミッドナイト・ミート・トレイン』(北村龍平監督 2008)

テーマ:ホラー映画 - ジャンル:映画

怪奇のリアリズム  平井呈一訳編『屍衣の花嫁』
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 平井呈一訳編『屍衣の花嫁』(東京創元社)は、1959年、<世界恐怖小説全集>の最終巻として刊行されたアンソロジーです。フィクションではなく、英米の海外怪談実話集から選りすぐった作品集になっています。

 序盤は地味な実録風幽霊談が多いのですが、中盤からは、創作と見紛うような破天荒なエピソードが頻出するという面白い本になっています
 全体は三部に分かれており、一部は古典的な実録風幽霊談、二部は創作味の強い奇談集、三部はアメリカでは有名な「ベル・ウィッチ事件」についての講演録、という並びになっています。ハリファックス卿、キャサリン・クロー、エリオット・オドンネルなど、怪奇実話で有名な著者たちの本からのアンソロジーとは書いてあるものの、一部はしがきにあるものを除いて、どのエピソードが誰のものなのかは記されていません。

 第一部は地味なお話が多いのですが、イギリス心霊学協会の会報に掲載されたという「ある幽霊屋敷の記録」はちょっと出色です。
 持ち主の夫婦が亡くなった後に引っ越してきたモートン家の人々が、女の幽霊に出会った顛末を描くレポートなのですが、最初は普通の人間に見紛うような実在感を備えていた幽霊がだんだんとその存在感を失っていったというのです。
 また面白いのが、語り手が幽霊に対して科学的な興味から、物理的に接触可能かどうかなど、いろいろ実験的なアプローチを行い、それを細かく記述しているところ。それゆえ「怖く」はないのですが、妙な面白さがありますね。

 一番面白いのが第二部で、こちらは興味深いエピソードが目白押しです。首のない幽霊をめぐる「首のない女」、過去の殺人を夢の中で追体験するという「死の谷」、ポルターガイストを引き起こすテーブルの由来について語られる「魔のテーブル」、声の出なくなった歌手の代役として突然現れた不思議な男が引き起こす怪現象を扱った「呪われたルドルフ」、二人組の男女の幽霊が現れる「屍衣の花嫁」、予知夢を扱った「舵を北西に」、宿屋の鏡に起こる怪異を描いた「鏡中影」、汽車の中で過去の惨劇の幻覚を見る「夜汽車の女」、二十年前に失踪した兄の人生を追体験するという「浮標」などが面白く読めます。

 実話というより、創作のようにも見える非常にアイディアのひねられたお話も多いです。例えば「死の谷」では過去の殺人を夢の中で体験する男が描かれるのですが、実は被害者は事故死しており、殺人は行われていなかったというのです。実行するつもりだった殺人の思念を追体験するという面白い趣向です。
 「呪われたルドルフ」では、悪魔的な音楽で人を魅了する怪人物が現れますが、非常によくできたお話で、その読後感はまるでホフマンの作品のようです。
 「鏡中影」は鏡に映った人物が魔術にかけられるという怪奇作品ですが、こちらは、江戸川乱歩の分類でいうところの「鏡怪談」でしょうか。

 第三部の「ベル・ウィッチ事件」は、アメリカでは有名だとされる「ベル・ウィッチ事件」について語ったフォーダー博士の講演録とのこと。「魔女」によって起きた怪奇現象のおかげで最終的に一家の父親が殺されてしまったというお話なのですが、精神分析的な解釈により、一家の娘が父親を殺したのではないかという解釈がされているのが特徴です。これはこれでなかなか面白いノンフィクションではありました。

 様々な趣向のお話がバラエティ豊かに配置されたアンソロジーで、今読んでも非常に面白いです。これは何らかの形で復活させてほしい本ですね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

2020年度新年のご挨拶
 2020年最初の更新になります。今年もよろしくお願いいたします。
 昨年は同人誌やグッズを作成したり、「文学フリマ東京」に出店したり、商業誌に記事を書いたりと、例年になく活動的な年でした。今年もその勢いでいろいろ新しいことができたらいいなと考えています。
 昨年から引き続き作成中の同人誌『海外怪奇幻想小説叢書ガイド』『夢と眠りの物語ブックガイド』に関しても、実際の刊行に向けて進めていきたいと思います。

 年末から読んでいるのは、フィリパ・ピアスの怪談集とイーディス・ネズビットのファンタジー作品。どちらも面白く、追いかけたい作家となりました。
 もともと子供の頃から児童文学系の作品にはあまり触れずに来た関係で、幻想小説系の作品に限っても年少向けの作品はたくさん読み残しがあります。このあたりの作品に関しても、追々読んでいけたらなと思います。

 毎年恒例ですが、年末の文学イベント「読んでいいとも!ガイブンの輪」で公開された各出版社の「来年の隠し球」リストと新年に公開された東京創元社の近刊ラインナップから、気になった新刊について書いておきます。

 一番気になるのが、A・N・L・マンビー『アラバスターの手 マンビー古書怪談集』(羽田詩津子訳 国書刊行会)。M・R・ジェイムズの衣鉢を継ぐとも言われた作家ですが、まさか怪談集が一冊の本として出るとは驚きです。

 あと気になるのは、ベルンハルト・ケラーマン『トンネル』(秦豊吉訳 国書刊行会)、E・T・A・ホフマン『ホフマン作品集成』(石川道雄訳 国書刊行会)、R・L・スティーヴンソン『爆弾魔』(南條竹則訳 国書刊行会)など。『爆弾魔』はおそらく『新アラビア夜話』の続編ですね。訳者も古典新訳文庫で正編を訳した南條竹則さんということで楽しみです。

 <ベル・エポック怪人小説叢書>全3巻(国書刊行会)というのも面白そうです。こちらは、レオン・サジ『ジゴマ』(安川孝訳)、R・スヴェストン&M・アラン『ファントマと囚われの女』(赤塚敬子訳)、ガストン・ルルー『シェリ=ビビとセシリー』(宮川朗子訳)の三巻構成とのこと。

 あとは昨年初頭から予告は出ていた、浅倉久志訳『ユーモア・スケッチ大全』(全五巻)とか、ウッドハウスの新シリーズなども気になります。

 以上は、全部国書刊行会の本です。以下は東京創元社から。

ケイト・マスカレナス『時間旅行者の心理学』(茂木健訳 創元SF文庫)
 1967年のイギリスで、4人の女性科学者がタイムマシンの開発に成功。時間移動を厳格に管理すべく、国家からも独立した〈コンクレーヴ〉と呼ばれる巨大なタイムトラベル運用組織が誕生した。そして2018年、ロンドン郊外において身元不明の射殺体が密室状態で発見される。タイムトラベル絡みの殺人だと判明した事件の真相を突きとめるべく、遺体の第一発見者オデットはタイムトラベラーとしてコンクレーヴに潜入を図る。時間線のもつれを解いた先に現れる真実とは?

ジョーン・エイキン『月のケーキ』(三辺律子訳 四六判上製)
 幼い娘が想像した「バームキン」を宣伝に使ったスーパーマーケットの社長、だが実体のない「バームキン」がひとり歩きしてしまい、世間を大騒ぎさせることに……『バームキンがいちばん』。ヴァイキングの侵略者が攻めてきた。これまでは魔女である祖母が城を守っていたが、祖母亡き今、城の守りは孫のコラムに託された。果たしてコラムはどんな手段を使って城を守るのか?『にぐるま城』など、奇妙な味わいの14編を収めた短編集。

フランシス・ハーディング『幽霊熊憑きの少女』(児玉敦子訳 四六判上製)
 英国、17世紀半ば。幽霊が憑依する体質の少女メイクピースは、暴動で命を落とした母の霊を取り込もうとして、旅の一座に虐待されて死んだクマの霊を取り込んでしまう。クマをもてあましていたメイクピースのもとへ、会ったこともない亡き父親の一族から迎えが来る。父は死者の霊を取り込む能力をもつ旧家の長男だったのだ。屋敷の人々の不気味な雰囲気に嫌気が差したメイクピースは逃げだそうとするが……。ハーディングの最新作。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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