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2019年を振り返って
 2019年ももうすぐ終わります。毎年恒例ではありますが、今年読んで面白かった作品と個人的なイベントについてまとめておきたいなと思います。

 今年、個人的に最も大きなイベントだったのが、同人誌・グッズを初めて作成したことです。海外の怪奇幻想アンソロジーについてのガイド本『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』、海外怪奇幻想作家のマトリクスをクリアファイルにした『海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル』、物語やメタフィクションを題材にした作品のガイド『物語をめぐる物語ブックガイド』、迷宮や建築テーマ作品のガイド『迷宮と建築幻想ブックガイド』の4点を作成しました。
 特に『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』は非常に好評で、印刷したものがほぼ完売という嬉しい結果になりました。

 同人誌作成に伴い、11月に同人誌即売会「文学フリマ東京」に初出店したのも、自分の中ではかなり大きな出来事でした。本を買ってくれた方はもちろん、ネットでは知っているものの初めて会う人に挨拶できたりなど、コミュニケーション面でも収穫のあるイベントでした。

 次に主宰を務めている読書会「怪奇幻想読書倶楽部」について。今年は8回ほど開催しました。内容は以下の通りです。

1月
第一部:課題図書 ワレリイ・ブリューソフ『南十字星共和国』(草鹿外吉訳 白水Uブックス)
第二部:課題図書 レ・ファニュ『吸血鬼カーミラ』(平井呈一訳 創元推理文庫)

3月
ダンセイニの幻想と奇想
課題図書
ロード・ダンセイニ『ペガーナの神々』(荒俣宏訳 ハヤカワ文庫FT)
ロード・ダンセイニ『二壜の調味料』(小林晋訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

4月
第一部:課題図書 ジェフリー・フォード『言葉人形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』(谷垣暁美訳 東京創元社)
第二部:私の積読リスト

6月
ブラックウッドと英国怪談の伝統
課題図書
第一部:アルジャーノン・ブラックウッド『いにしえの魔術』(夏来健次訳 アトリエサード)
第二部:由良君美編『イギリス怪談集』(河出文庫)

8月
ホフマンとデュマのコント・ファンタスティック
課題図書
第一部:E・T・A・ホフマン『ホフマン短篇集』(池内紀訳 岩波文庫)
第二部:アレクサンドル・デュマ『千霊一霊物語』
 (前山悠訳 光文社古典新訳文庫)

9月
異色短篇の愉しみ
課題図書
スタンリイ・エリン『特別料理』(田中融二訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)
フレドリック・ブラウン『さあ、気ちがいになりなさい』(星新一訳 ハヤカワ文庫SF)

10月
課題図書 『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』(創元推理文庫)

12月
第一部:課題図書 荒俣宏編『アメリカ怪談集』(河出文庫)
第二部:本の交換会

 レ・ファニュ、ブラックウッド、ホフマンといった怪奇幻想分野の巨匠の作品、エリンやブラウンといった異色作家、イギリスやアメリカのアンソロジーなど、多様な作品を取り上げられたのではないかなと思います。
 印象に残っているのはは、ダンセイニとジェフリー・フォードを取り上げた回でしょうか。ダンセイニ回では、『ペガーナの神々』『二壜の調味料』という、両極端ともいうべき作品を課題書にした関係もあり、非常に多様な話題の出た回でした。
 フォードは、この読書会としては珍しく健在する現代作家ということで、いつもの「古典」とは違った味わいの回になりました。

 前年10月に始めたtwitter上のファンクラブ「#日本怪奇幻想読者クラブ」に関しては、結成一年を迎えましたが、日常的にタグを使っていただいている方のおかげもあり、このジャンルの認知に少しづつ貢献できているのではないかな、という気もしています。

 さて、ここからは、今年印象に残った本について紹介していきたいと思います。まず、2019年度出版の本を先に取り上げています。

 海外作品では、下記の作品が印象に残っています。

メドゥーサ (ナイトランド叢書3-5) フラックスマン・ロウの心霊探究 (ナイトランド叢書3-6) 死者の饗宴 (ドーキー・アーカイヴ) 千霊一霊物語 (光文社古典新訳文庫) 小鬼の市とその他の詩 クリスティナ・ロセッティ詩集 十二の奇妙な物語 (論創海外ミステリ)
 幻の名作と言われ続けていた、E・H・ヴィシャック『メドゥーサ』(安原和見訳 アトリエサード)の邦訳はある種の事件でした。作品バランスはいびつながら、異様な印象を与える幻想小説です。
 E&H・ヘロン『フラックスマン・ロウの心霊探究』(三浦玲子訳 アトリエサード)は、シャーロック・ホームズと同時期に発表されたオカルト探偵ものの先駆的作品。怪奇現象に対するアプローチが風変わりで面白く読める作品でした。
 ジョン・メトカーフ『死者の饗宴』(横山茂雄、北川依子訳 国書刊行会)は、ジョン・メトカーフ(1891-1965)の怪奇幻想小説を集めた短篇集です。解釈が難しい作品が多いのですが、そのユニークなアイディアと、どこかが狂ったような異様な空気感はこの作家ならではですね。
 アレクサンドル・デュマ『千霊一霊物語』(前山悠訳 光文社古典新訳文庫)は、作者のデュマ自身を語り手に、集まった人々が不思議な話や怪奇譚を語ってゆくという、枠物語形式の怪奇幻想小説です。エピソード間のつなぎが非常に上手く、今読んでも十分に面白い物語集でした。
 クリスティナ・ロセッティ『小鬼の市とその他の詩 クリスティナ・ロセッティ詩集』(滝口智子訳 鳥影社)は、イギリス・ヴィクトリア朝期の詩人クリスティナ・ロセッティ(1830-1894)の第一詩集の全訳。表題作はじめ幻想的で物語性の強い詩作品が多く読める本です。
 イギリスの作家サッパーの短篇集『十二の奇妙な物語』(金井美子訳 論創海外ミステリ)は、恋愛もの、ミステリ、サスペンス、恐怖小説と、様々なジャンルの物語が楽しめる作品集。オーソドックスな話が多く、先が読めてしまうものも多いのですが、面白く読めてしまうのは不思議です。


怪奇骨董翻訳箱 ドイツ・オーストリア幻想短篇集 幽霊島 (平井呈一怪談翻訳集成) (創元推理文庫)
 アンソロジーでは、垂野創一郎編訳『怪奇骨董翻訳箱 ドイツ・オーストリア幻想短篇集』(国書刊行会)と『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』(創元推理文庫)のインパクトが強烈でした。
 垂野創一郎編訳『怪奇骨董翻訳箱 ドイツ・オーストリア幻想短篇集』(国書刊行会)は、ドイツ・オーストリアの未訳の怪奇・幻想短篇を集めた重量級のアンソロジーです。 「人形」や「分身」など、テーマ別にいくつかの作品がまとめられています。未訳かつ珍しい作品が集められており、ドイツ方面の作品紹介が少なくなっている昨今、貴重な作品集でした。
 『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』(創元推理文庫)は、入手難になっている平井呈一の怪奇小説翻訳とエッセイを集めた本です。どれも滋味のある翻訳文で、怪奇小説ファンにとっては素晴らしい贈り物になりました。


図書館司書と不死の猫 虚ろなる十月の夜に (竹書房文庫) 偶然仕掛け人 方形の円 (偽説・都市生成論) (海外文学セレクション) ボーダー 二つの世界 (ハヤカワ文庫NV) イヴリン嬢は七回殺される ブラック・トムのバラード (はじめて出逢う世界のおはなし―アメリカ編)
 現代作家では、以下の作品が印象に残ります。
 イギリスの作家、リン・トラスの長篇小説『図書館司書と不死の猫』(玉木亨訳 東京創元社)は、ブラック・ユーモアにあふれたミステリアスな怪奇幻想小説です。メタな仕掛けも楽しいです。
 ロジャー・ゼラズニイの長篇小説『虚ろなる十月の夜に』(森瀬繚訳 竹書房文庫)は、クトゥルー神話的な世界観の中で、切り裂きジャック、吸血鬼、人狼などが跳梁するという、楽しいホラー作品です。ゲーム的な世界観も面白いですね。
 イスラエルの作家、ヨアブ・ブルームの長篇小説『偶然仕掛け人』(高里ひろ訳 集英社)は、世の中の出来事を偶然によって動かしているという「偶然仕掛け人」をテーマにした、ファンタスティックな作品。
 ギョルゲ・ササルマン『方形の円 偽説:都市生成論』(住谷春也訳 東京創元社)は、ルーマニアの作家による、36の空想都市をテーマにした幻想小説集です。空想・幻想都市小説(というジャンルがあるかわかりませんが)の決定版ともいうべき作品でした。
 スウェーデンの作家、ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの短篇集『ボーダー 二つの世界』(山田文ほか訳 ハヤカワ文庫NV)は、映画化された表題作ほか11篇を収録した作品集です。恐ろしくハイレベルなホラー短篇集になっています。特に表題作は名作だと思います。
 スチュアート・タートンの長篇小説『イヴリン嬢は七回殺される』(三角和代訳 文藝春秋)は、館ミステリ+タイムループ+人格転移という、複雑怪奇なSFミステリ作品。多少に読みにくさはあるものの、意欲的なエンタメ作品でした。
 ヴィクター・ラヴァル『ブラック・トムのバラード』(藤井光訳 東宣出版)は、H・P・ラヴクラフトの作品「レッド・フックの恐怖」を黒人青年の視点から語りなおしたというホラー作品。極めて現代的なラヴクラフト解釈ともいうべき作品でした。


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 同人出版ですが、モーリス・ルヴェル『ルヴェル新発見傑作集 遺恨』(中川潤訳 エニグマティカ叢書)は、残酷譚で知られるルヴェルの短篇を11篇収録した作品集。質の高い短篇が揃っており、安心して楽しめる作品集になっています。


祭火小夜の後悔 ひとんち 澤村伊智短編集 そのナイフでは殺せない 白昼夢の森の少女 ホテル・ウィンチェスターと444人の亡霊 (講談社タイガ)
 国内作品では、「ゴーストハンター」的な題材を扱った『祭火小夜の後悔』(秋竹サラダ KADOKAWA)、工夫が凝らされた短篇集『ひとんち 澤村伊智短編集』(澤村伊智 光文社)、そのナイフで殺されると特定の時間に完全な状態で生き返ってしまうナイフをテーマにした突拍子もない設定のホラーサスペンス作品『そのナイフでは殺せない』(森川智喜 光文社)、バラエティに富んだ幻想小説集『白昼夢の森の少女』(恒川光太郎 KADOKAWA)、老舗のホテルを舞台に、霊と話す能力を持つコンシェルジュが様々なトラブルに対応するというホラー・ミステリ作品『ホテル・ウィンチェスターと444人の亡霊』(木犀あこ 講談社タイガ)などを面白く読みました。


有害無罪玩具 (ビームコミックス) ブラック・テラー (バンブーコミックス タタン) マリアの棲む家 (ビームコミックス) おなかがすいたらおともだち (ビッグコミックススペシャル) シャドーハウス 1 (ヤングジャンプコミックス)
 コミック作品では、哲学的でテーマ性の強い短篇マンガ集『有害無罪玩具』(詩野うら ビームコミックス)、かわいらしい絵柄で描かれるブラックな物語集『ブラック・テラー』(三堂マツリ バンブーコミックス タタン)、怪異描写の邪悪さ・異様さが強烈なホラー作品『マリアの棲む家』(ハセガワM ビームコミックス)、虫のような知性体に寄生されたいじめられっ子と優等生の友情を描く奇妙なホラーサスペンス『おなかがすいたらおともだち』(おぐりイコ ビッグコミックススペシャル)、不思議な洋館に住む顔のないシャドー一族と世話係の“生き人形”たちを描くファンタジー作品『シャドーハウス』(ソウマトウ)などが印象に残ります。

 ここからは、旧刊ですが今年読んで印象に残った作品です。

 読書会テーマに取り上げた関係で、邦訳の大部分を読み直した、ロード・ダンセイニとアルジャーノン・ブラックウッドの印象は強いですね。作品の幅広さと闊達さを実感したダンセイニ、その技巧・エンタメ性だけでなく思想的なテーマ性も強いブラックウッド、どちらも魅力的な作家であることを再認識しました。
 ブラックウッドでは、同人誌として翻訳された『万象綺譚集』『深山霊異記』(渦巻栗訳)で、未訳の作品をまとめて読むことができたのも収穫でした。


心地よく秘密めいたところ (創元推理文庫) 完全版 最後のユニコーン ユニコーン・ソナタ
 邦訳をまとめて読んで感銘を受けたのは、アメリカのファンタジー作家、ピーター・S・ビーグルの作品。優しさと癒しに満ちたモダン・ファンタジー『心地よく秘密めいたところ』(山崎淳訳 創元推理文庫)、象徴性の強いモダン・ファンタジー『完全版 最後のユニコーン』(金原瑞人訳 学研)、現代に生きる神々をモチーフにしたファンタジー『風のガリアード』(山田順子訳 ハヤカワ文庫FT)、異世界<シェイラ>と現実世界を往復する少女ジョーイを描いたモダン・ファンタジー作品『ユニコーン・ソナタ』(井辻朱美訳 早川書房)、どれも絶品のファンタジーでした。


恐怖の心理サスペンス―ゾクッ!とする楽しみをあなたに (ワニ文庫)
 アンソロジーでは、無理矢理怪奇実話テイストに改変されてしまったモダン・ホラー・アンソロジー『恐怖の心理サスペンス』(カービー・マッコーリー編 矢野浩三郎訳 ワニ文庫)、B級怪奇小説を集めたアンソロジー『慄然の書 ウィアードテールズ傑作集』(渡部桜訳 荒俣宏解説 継書房)、マニアライクな掘り出し物の多い怪奇アンソロジー『世界怪奇ミステリ傑作選 正・続』(矢野浩三郎編 番町書房イフ・ノベルズ)が、それぞれ楽しい本でした。


世界のかなたの森 (ウィリアム・モリス・コレクション) 死者の誘い (創元推理文庫) 月ノ石 (Modern & Classicシリーズ) 令嬢クリスティナ
 古典では、ゴシック・ロマンスの代名詞ともいうべきアン・ラドクリフの作品『イタリアの惨劇』(アン・ラドクリフ 野畑多恵子訳 国書刊行会)、純度の高いファンタジー小説の元祖『世界のかなたの森』(ウィリアム・モリス 小野二郎訳 晶文社)、シニカルでメタなメルヒェン作品『青い彼方への旅』(ルートヴィヒ・ティーク 垂野創一郎訳 エディション・プヒプヒ)、残酷趣味の強いなフランスの世紀末小説『責苦の庭』(オクターヴ・ミルボー 篠田知和基訳 国書刊行会)、自分の顔が突然知らない男の顔になっていた…という幻想小説『死者の誘い』(ウォルター・デ・ラ・メア 田中西二郎訳 創元推理文庫)、魔女裁判にかけられた少女を描いた救いのない『魔女グレートリ アルプスの悲しい少女』(マリアンヌ・マイドルフ 種村季弘・田部淑子訳 牧神社)、どこか愉悦感の感じられる幻想作品『月ノ石』(トンマーゾ・ランドルフィ 中山エツコ訳 河出書房新社)、先史時代を舞台にした冒険小説『人類創世』(J・H・ロニー兄 長島良三訳 カドカワ・ノベルズ)、怪奇味の濃厚な吸血鬼テーマ作品『令嬢クリスティナ』(ミルチャ・エリアーデ 住谷春也訳 作品社)などの印象が強いです。


紙葉の家 虚ろな穴 (ハヤカワ文庫NV) スカウト52 (ハヤカワ文庫NV) 妖女サイベルの呼び声 (ハヤカワ文庫 FT 1) ミステリー・ウォーク〈上〉 (創元推理文庫) エヴァが目ざめるとき 冷たい肌 ぼくのゾンビ・ライフ ストレンジ・トイズ (ストレンジ・フィクション) ドグラ・マグラ(上) (角川文庫) 砂の女 (新潮文庫) 人魚呪
 現代作品では、次のような作品を面白く読みました。
 ロマンチックなゴシック・サスペンス『砂の館』(シェリィ・ウォルターズ 小泉喜美子訳 角川文庫)、「幽霊屋敷」テーマのメタフィクショナル小説『紙葉の家』(マーク・Z・ダニエレブスキー 嶋田洋一訳 ソニーマガジンズ)、何でも飲み込んでしまう謎の黒い穴をめぐって異様な人間関係が描かれてゆくというホラー小説『虚ろな穴』(キャシー・コージャ 黒田よし江訳 ハヤカワ文庫NV)、少年たちのサバイバルと感染パニックを組み合わせたモダンホラー『スカウト52』(ニック・カッター 澁谷正子訳 ハヤカワ文庫NV)、氷のような心を持った魔女が愛と憎しみを知るようになるという流麗なファンタジー作品『妖女サイベルの呼び声』(パトリシア・A・マキリップ 佐藤高子訳 ハヤカワ文庫FT)、死者の魂を鎮める能力を受け継いだ少年の成長を描くロバート・R・マキャモン『ミステリー・ウォーク』(山田和子訳 創元推理文庫)、チンパンジーの脳に記憶を移植された少女を描く『エヴァが目ざめるとき』(ピーター・ディッキンソン 唐沢則幸訳 徳間書店)肩書きは「文学」ながらその実怪物との死闘を描くホラー作品『冷たい肌』(アルベール・サンチェス・ピニョル 田澤耕訳 中央公論社)、ゾンビになってしまった人々が生きる権利を求めて戦うという異色の社会派ゾンビ小説『ぼくのゾンビ・ライフ』(S・G・ブラウン 小林真里訳 太田出版)、魔術的な雰囲気に満ちた幻想小説『ストレンジ・トイズ』(パトリシア・ギアリー 谷垣暁美役 河出書房新社)など。
 日本作品では、長年の懸案でしたがようやく読破できた夢野久作の長篇『ドグラ・マグラ』(角川文庫)、不条理小説の名作として名高い『砂の女』(安部公房 新潮文庫)、人魚の肉を食い不老不死になった男を描く伝奇小説『人魚呪』(神護かずみ 角川書店)などが印象に残ります。

 2019年度は読書・関連活動ともに、個人的にはなかなか充実した年になったのではないかと思っています。来年も変わらず活動していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
 また、新年度には挨拶をかねて、記事を更新したいと思っています。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第26回読書会 開催しました
アメリカ怪談集 (河出文庫)
 2019年12月22日(日曜日)、JR巣鴨駅前のカフェにて「怪奇幻想読書倶楽部 第26回読書会」を開催しました。
 第一部は課題図書として、荒俣宏編『アメリカ怪談集』(河出文庫)を取り上げました。
 ポオ、ホーソーン、ヘンリー・ジェイムズから「ウィアード・テイルズ」で活躍したジャンル作家まで、バランス良く編まれた怪奇アンソロジーです。
 第二部では、毎年恒例の本の交換会を行いました。例年になく、持ち寄った本が量・質ともに充実しており、皆さん良い収穫を得られたのではないかと思います。

 今回は、この読書会が結成されてから三周年ということで、手製本として『怪奇幻想読書倶楽部 三周年記念小冊子』を作成し、参加者の方に配らせてもらいました。
 過去に参加してくださった方、常連として参加し続けてくれている方に感謝したいと思います。

 それでは、当日の会の詳細について、ご報告したいと思います。

 今回も、参加者全員のプロフィールをまとめた紹介チラシを作りました。チラシをPDFにしたものを、メールにて事前に配信しています。

 それでは、以下話題になったトピックの一部を紹介していきます。


■第一部 課題図書 荒俣宏編『アメリカ怪談集』(河出文庫)


●ナサニエル・ホーソーン「牧師の黒いヴェール」

・解釈が分かれる作品だと思うが、宗教的な背景があるのは間違いない。

・黒いヴェールは傲慢の罪の象徴? キリスト教、キングの『スタンド』でも似たようなモチーフがあった。

・周りの人間に罪を自覚させるために、牧師はヴェールをかぶった?

・不気味ではあるけれども、周りの人間がヴェールをかぶった牧師をそんなに怖がる理由がよくわからない。

・色が「黒」であることには意味がある? もし白だったり、他の色であれば意味合いが違ってくるのだろうか。

・ホーソーン『緋文字』の逆バージョンとも取れるのではないか。主人公の不倫相手が牧師なのだが、その罪がもしばれていなかったら、この「牧師の黒いヴェール」のような話になるのでは?

・牧師が過去に何か罪を犯したという具体的な描写でもあれば、分かりやすいのだが、そういう描写もないために、解釈に迷う作品となっている。

・ヴェールをかぶるに至る理由やきっかけも示されないのが不気味。

・ホーソーンの作品では「きず」がどこか似た印象を受ける作品。

・ヴェールによって「顔」を隠すというのが重要? 初めて読んだとき、梅毒にでもかかっているのかとも思った。

・牧師が死ぬ直前に捨て台詞のようなセリフを吐くのもどうかと思う。

・牧師は「言葉」によって神の言葉を伝える人のはずなのに、言葉以外のもの(ヴェール)によって語りはじめてしまった…という風にも見える。そういう意味では切ない話でもあるのでは。

・言葉では伝わらないものに気づいてしまった男の物語? この牧師のみが断絶を感じているのかもしれない。

・この世では顔を隠しているが、あの世の神の前では顔をさらす…という解釈もある?

・カトリックでは告解があるが、プロテスタントにはそれがない。牧師にも聞いてもらいたいという欲求があったのかもしれない。

・聞いてもらいたいけれども、話すこともできないという牧師の絶望が描かれている?

・ヴェールの下に真実の姿がわるわけではなく、人間は全てヴェールをかけており、またそれが本質?

・コッパードの短篇「おーい、若ぇ船乗り!」に服を脱いでいくと消滅してしまう幽霊が出てくるが、あれと似たものを感じる。


●ヘンリー・ジェームズ「古衣裳のロマンス」

・ジェームズとしてはわかりやすいゴースト・ストーリー。

・超自然現象よりも姉妹の確執の方がメイン?

・途中から財産目当てみたいな話になってしまうのがよくわからない。この時代としては衣装は財産と同等の価値のあるものという認識?

・結婚相手の男性としては、特に妹に執着していたわけではない? 姉と妹どちらでも良かったような印象を受ける。

・ジェームズの長篇『ねじの回転』は想像力を働かせないとわかりにくい話だった。ただのヒステリーの話とも読める。

・先妻が亡くなるときに後添えをもらわないでほしい…という話は、日本でもよくある。
・ジェームズの他作品に比べ、登場人物の感情や輪郭もはっきりしている。二時間サスペンスっぽい?


●H・P・ラヴクラフト「忌まれた家」

・ラヴクラフトとしてはマイナーな部類の作品だが力作だと思う。

・登場する怪物の正体がはっきりしないところがある。読んでいてスティーヴン・キングの『IT』を連想した。

・怪物に対抗しようとして、調査したり寝ずの番をしたりするシーンなど、どこかホジスンの「カーナッキもの」に近い印象がある。

・最終的に怪物を硫酸で倒すみたいな描写があるのがちょっと怪しい。

・結末はともかく、それまでの展開は結構怖い。

・アンソロジーの中ではかなり読みにくい部類の作品だった。

・前振りが長い。幽霊屋敷ものはもうちょっと導入部をさらっとやってほしい。

・最終的に怪物を倒せるという点で、ラヴクラフト作品としては珍しい。ラヴクラフトは作品は大抵、主人公が死ぬか発狂して終わるものが多いので。

・ラヴクラフト入門としては、新潮文庫から最近出たラヴクラフト傑作集がお薦め。
創元推理文庫の全集では、4巻、5巻、1巻あたりがお薦め。

・ラヴクラフト作品は、ただただ人間がやられるだけ、という話が多い。


●アルフレッド・H・ルイス「大鴉の死んだ話」

・インディアンの民話みたいな話。超自然現象自体は起こっていない?

・アメリカには大西洋から「妖精」は導入できず、代わりにインディアンやアフリカの人々の神話や文化がその役目を果たしている? ラテンアメリカっぽさもある。

・このアンソロジーの収録作家を見ていくと、主流のアメリカ文学史で取り扱われる作家とそれほどずれてこないというのが興味深い。

・アメリカ・ゴシックの研究書、八木敏雄『アメリカン・ゴシックの水脈』について。イギリスのゴシック小説がアメリカに移入されたとき、アメリカにはない要素の置き換えとして、大自然やインディアンの恐怖が登場するようになった。

・アメリカ・ゴシック作品では、イギリス作品におけるよりも主人公側が抵抗の姿勢を見せることが多い。ヒロインが出てくる場合でも、イギリス作品よりも主体性が強い。

・インディアンのモチーフが重要とはいいつつ、あまり怪奇幻想ジャンルで登場するものは見ることが少ないような気がする。ブラックウッド作品ではよく出てくるが、そういう意味ではブラックウッドはイギリスというよりアメリカ的な作家?

・インディアンであるとか、ヴードゥであるとか、アンソロジー全体に、編者がアメリカの怪奇幻想作品を網羅しようとする意思が感じられる。


●メアリ・E・カウンセルマン「木の妻」

・山間が舞台で、銃や車が登場したりと、アンソロジー内でも、読んでいてアメリカだと感じる要素が強かった。

・導入部は都会的なのだが、話が進むと19世紀のような暮らしをしている人たちが登場したりと、両極端な人々の差が現れているのが面白い。

・カウンセルマンの「七子」について。黒人の家庭にアルビノが生まれる物語。文明と非文明についての物語でもある。

・青年を殺してしまう父親は、ある種の名誉殺人? 娘に子供が出来ているのに父親は気付いていたのだろうか? 気付いていたら結婚式を挙げさせて私生児にはしないようにすると思うので、気付いていなかったのだと思う。


●ヘンリー・S・ホワイトヘッド「黒い恐怖」

・ブードゥーもの作品だが、ファンタジーというよりリアリスティックにそれを描いている作品。

・ホワイトヘッドはもっとファンタジー寄りの作品が多く存在するが、その中でわざわざリアルな要素の強いこの作品をアンソロジーに取っているというのが興味深い。

・結局ブードゥーが押さえられているので、キリスト教的な視点から描かれている感が強い。恐怖小説としてはあまり面白くない気がする。

・キリスト教に帰依したとしても現地の人にはブードゥーの信仰は残っていたりする。

・実際の魔術では、呪った相手に呪いをかけたことを伝えるらしい。それによって心理的に怖がらせる。

・過去に読んだドルイドもの作品で、髪の毛が呪いに使われるので落とさないようにする…という描写があった。


●メアリ・E・ウイルキンズ=フリーマン「寝室の怪」

・下宿の一部屋が異世界につながってしまうという物語。暗闇の中でだけ空間がつながらうという発想が面白い。

・下宿人が行方不明になる(異世界に行ってしまった?)のは、美しい女性を始め、そちらの世界に魅了されてしまったという解釈でOK?

・物語の最初と終わりに出てくる家主の夫人がすごく現実的な人物なのが面白い。

・山の中の妖精郷であるとか、たまたま異世界に遭遇するという話はよくあるが、この話のように条件を同じにすると毎回行ける…というのがシステマチックでSF的な発想だと思う。

・最後の方で「五次元」という言い方をしているが、無理に解釈づけなくても良かったような気はする。

・日本でもこういう空間的なアイディアを使った作品はある? 民話的なモチーフのものはある。「見るなの座敷」など。日本の話では空間が外に広がっていく感じ。

・暗闇の中で別世界に行くとどうなるのだろうか? 感覚的なもので世界を感じ取れるようになるのだろうか。

・ウイルキンズ=フリーマン作品に登場する女性は「強い」女性が多い。「南西の部屋」「ルエラ・ミラー」など。

・「ルエラ・ミラー」について。周りの人々の生気を吸って無意識に人を殺してしまう精神的吸血鬼の物語。

・物語自体が下宿の女主人について語られているので、内容が本当かどうかわからない?信用できない語り手ものとも読めるかも。

・ホール・ベッドルームについて。どういう部屋なのか調べてもちょっとわからなかった。廊下の突き当たりにある小さい部屋、という記述があった。当時の家としては小さい部屋?


●イーディス・ウォートン「邪眼」

・語り手は善人であるといいながら、実はその心の邪悪さが「眼」となって現れている?
・J・D・ベレスフォードの「人間嫌い」という作品を思い出した。

・「眼」によって人が死ぬわけではなく、邪悪さが現れているだけ?

・ブラックウッド「炎の舌」について。似た印象のある作品。ささいな悪口の繰り返しが地獄の罰になって帰ってくる話。内側に地獄がある?

・「邪眼」は本人の幻覚・妄想? 最後に第三者が目撃する描写があるので実在する?

・ウォートンは他の怪奇幻想ものでも、超自然現象が妄想や幻覚である可能性よりも、実在するとはっきり言ってしまう作品が多い。


●アンブローズ・ビアス「ハルピン・フレーザーの死」

・時系列が非常に難しい作品。場所に関しても今どこにいて、どこから来たのかもはっきりしないところがある。

・冒頭の引用文は作者の創作らしい。

・悪霊に憑かれた母親によって息子が殺される…という怪奇小説。クトゥルー神話ものとして分類されることもあるらしい。

・夢の中で殺された結果、現実に死んでしまったのか、悪霊に憑かれた母親の肉体は現存しているのか、など疑問点が多い。

・冒頭、男が森で起き上がる描写があるのだが、これはすでに男が死んでいるのか、それともこれから死ぬところなのか。

・クトゥルー神話ものの怖さについて。宗教的なものというよりも、物理的な巨大さからくる怖さがある。

・荒俣さんがどこかのエッセイで書いていたが「身近なものの恐怖」というのがあって、身内や親愛の情を抱いている人が怪物となって襲ってくる…というのは、単純に怪物が襲ってくるよりも怖い。スティーヴン・キング『ペット・セメタリー』など。


●エドガー・アラン・ポオ「悪魔に首を賭けるな」

・冗談小説みたいな作品。ポオには結構ユーモア小説的な作品もある。

・ユーモアということでは「使いつぶした男」がひどい発想の作品だった。


●ベン・ヘクト「死の半途に」

・過去の殺人の記憶に囚われる男の話。

・老婆は生きているが、登場する猫は幽霊? 猫は殺された被害者の飼い猫だと思うが、ちょっと邪魔をするのがわからない。


●レイ・ブラッドベリ「ほほえむ人びと」

・題材はB級だが、ブラッドベリならではの詩的な表現で成り立っている作品。

・サイコ・スリラー的な作品。死体を並べてずっとそのままにしているなど、主人公の精神状態はおかしくなっている。

・「十月のゲーム」など、ブラッドベリ作品はその「クサさ」が気になってしまうものもある。

・死体などグロテスクなものが出てきても、ブラッドベリは生理的不快感がほとんどなく美しく描かれることが多い。

・このアンソロジーの中ではちょっと浮いている感じがする。モダンすぎる作品?


●デヴィッド・H・ケラー「月を描く人」

・精神病院で狂った画家が絵を描く、というイメージが魅力的。

・登場する絵が魅力的なのだが、レイアウトが複雑で想像しにくい。

・作中に登場するホイッスラーの絵は実在するもの。

・母親が吸血鬼になって帰ってくる。母親への恐怖、女性への恐怖心が描かれている。

・絵に描かれた女性がだんだん古くなってくる…というのも、女性全体への恐怖を表している。

・映像化すると映える話だと思う。


■第二部 本の交換会

 持ち寄った本の数が多かった関係で、具体的なタイトルは省略させていただきます。すでに絶版・品切れになった本を多く持ってきてくれた方が多く、皆さん自分で持ってきたよりも多くの本を持ち帰れた人も多かったようです。タイトルや簡単な内容を紹介したりしたことをきっかけに、話がはずむこともありますね。
 毎年だいたい年末にやっている企画ですが、これは続けていきたいなと思っています。


次回「怪奇幻想読書倶楽部 第27回読書会」は、2020年1月26日(日)に開催予定です。テーマは、

課題図書:モーリス・ルヴェル『夜鳥』(田中早苗訳 創元推理文庫)

の予定です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

1月の気になる新刊と12月の新刊補遺
発売中 ニコライ・レスコフ『魅せられた旅人』(河出書房新社 3190円)
発売中 田辺剛『クトゥルフの呼び声 ラヴクラフト傑作集』(KADOKAWA 913円)
発売中 マルセル・エーメ『壁抜け男 エーメ ショートセレクション(世界ショートセレクション)』(理論社 1430円)
1月6日刊 ジェイムズ・ヒルトン『失われた地平線 新装版』(河出文庫 予価935円)
1月7日刊 マーク・トウェイン『アダムとイヴの日記』(河出文庫 予価836円)
1月7日刊 スタニスワフ・レム『完全な真空』(河出文庫 予価1375円)
1月7日刊 南條竹則『ゴーストリイ・フォークロア 17世紀~20世紀初頭の英国怪異譚』(KADOKAWA 予価3080円)
1月9日刊 レオポルド・ルゴーネス『アラバスターの壺/女王の瞳 ルゴーネス幻想短編集』(光文社古典新訳文庫)
1月10日刊 ディーノ・ブッツァーティ『怪物』(東宣出版 予価2420円)
1月10日刊 フレドリック・ブラウン『フレドリック・ブラウンSF短編全集2 すべての善きベムが』(東京創元社 予価3850円)
1月22日刊 ナターリヤ・ソコローワ『旅に出る時ほほえみを』(白水Uブックス 予価1980円)


 レスコフ『魅せられた旅人』は岩波文庫でも出ていた作品の新訳。饒舌な語りのピカレスク小説です。ほら話的な性格の強い面白い作品なのでお薦めです。

 マルセル・エーメ『壁抜け男 エーメ ショートセレクション(世界ショートセレクション)』は、エーメの短篇傑作選。本邦初訳作品も入っているようです。エーメの作品が訳されるのは久しぶりなので、嬉しい企画です。

 河出文庫からは海外の復刊・文庫化ものがまとめて出るようです。ジェイムズ・ヒルトン『失われた地平線』はロマンティックな秘境もの作品。マーク・トウェイン『アダムとイヴの日記』は、アダムとイヴがそれぞれ日記を書いていたら…という発想の面白い作品です。スタニスワフ・レム『完全な真空』は、実在しない書籍に対する架空の書評集というメタな発想の作品です。

 南條竹則『ゴーストリイ・フォークロア 17世紀~20世紀初頭の英国怪異譚』は、英国の怪異談に関する随筆集、とのこと。これは面白そうです。

 レオポルド・ルゴーネス『アラバスターの壺/女王の瞳 ルゴーネス幻想短編集』は、日本でも短篇「火の雨」や、ボルヘス選〈バベルの図書館〉の一巻『塩の像』で知られるアルゼンチンの作家ルゴーネスの幻想的な作品集。これは好企画ですね。

 ディーノ・ブッツァーティ『怪物』は、全18篇を収録。著者の未邦訳短篇を集めた短篇集シリーズの第三弾です。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

アメリカ怪談の伝統  荒俣宏編『アメリカ怪談集』
アメリカ怪談集 (河出文庫)
 荒俣宏編『アメリカ怪談集』(河出文庫)は、ポオ、ホーソーン、ビアスといった古典から、ラヴクラフト、パルプマガジンホラーまで、アメリカ怪奇小説の美味しいところをバランス良く収録したアンソロジーです。

ナサニエル・ホーソーン「牧師の黒いヴェール」
 温厚で知られるまだ若い牧師フーパー氏は、ある日突然顔を黒いヴェールで覆い始めます。理由も聞いても答えず、そのヴェールをかぶり続けるフーパー氏に対し、周りの人々は恐怖を覚え始めますが…。
 黒いヴェールは何を表しているのか…? キリスト教的な寓意もあるのでしょうが、それらを抜きにしても普遍的な不気味さの感じられる作品です。

ヘンリー・ジェームズ「古衣裳のロマンス」
 オックスフォードに留学したウィングレーブ家の息子バーナードは、友人になった資産家の息子アーサー・ロイドを伴って帰郷します。バーナードの妹でそれぞれ美しい姉妹ロザリンドとパーディタは、アーサーをめぐって不和になりつつありましたが…。
 結婚相手をめぐって憎みあうようになってしまった姉妹が、片方の死後もその「呪い」を受ける…というオーソドックスなゴースト・ストーリーです。超自然的な趣向よりも、姉妹の細かい心理のすれ違いの方が印象に残る作品ですね。

H・P・ラヴクラフト「忌まれた家」
 昔から人々が変死するという噂のある「忌まれた家」。その家に住む人々は生気を失い次々と死んでしまうというのです。家に興味を持った「わたし」は叔父のエリュー・フィップルと共にその家に乗り込むことになりますが…。
 幽霊屋敷テーマの作品かと思いきや、それに類する超自然現象は否定されます。家の来歴について読み進むうちに増加してゆく不気味さは強烈ですね。
 クライマックス、屋敷内での変容のヴィジョンのイメージは圧巻です。

アルフレッド・H・ルイス「大鴉の死んだ話」
 インデアンの酋長「大鴉」は商人から人をあっさりと殺してしまう薬品「旋風」を手に入れ、気に入らないものを殺してしまいます。夫である占者「灰色のトナカイ」を殺された妻の「夢をもってる女」は「大鴉」に復讐を企てますが…。
 インデアンたちの社会で展開する話だけに、魔術的な世界観に満ちているのですが、お話自体はストレートな復讐物語です。大量の登場人物たちがあっさりと殺されたりする関係もあり、どこか民話的な味わいもありますね。

メアリ・E・カウンセルマン「木の妻」
 家同士が犬猿の仲だったフローレラ・ダブニーとジョー・エド・ジェニングスは恋仲となり、伝道師の立会いのもと結婚式を挙げようとしますが、激怒したフローレラの父親によりジョー・エドは殺されてしまいます。
 フローレラはやがてジョー・エドがその下に埋められた木をジョー・エドそのものだと思い込むようになりますが…。
 死んだ恋人が木になって蘇るという植物幻想小説。それが少女の妄想なのかどうかを、第三者が客観的な視点から描くというのが上手いですね。

ヘンリー・S・ホワイトヘッド「黒い恐怖」
 娘との結婚を望む不良青年コーネリスを疎ましく思った裕福な黒人商人コリンズは、魔術師に頼み、青年に呪いをかけてしまいます。埋めた呪物を見つけ出し燃やさなければ死んでしまうと思い込んだコーネリスとその母親エリザベスは恐怖に駆られますが…。
 西インド諸島を舞台にした作品を多く残したホワイトヘッドの恐怖小説です。実際に超自然現象が起こるというよりも、それらや魔術が信じられている黒人社会をリアリスティックに描くという、シリアスな作品です。「信仰」や「信念」に関わるテーマも感じられる面白い作品ですね。

メアリ・E・ウイルキンズ=フリーマン「寝室の怪」
 夫の死後、エリザベス・ヘニングス夫人は大きな家を借りて下宿を開きますが、その家は過去に何人もの人間が失踪しているという家でした。下宿人ウィートクロフト氏は自身が体験した不思議な出来事を日記に記しますが…。
 これはゴースト・ストーリーというよりは別世界物語でしょうか。深夜にある部屋で暗闇の中でのみ、部屋が別世界につながる…という物語です。「暗闇」というのがポイントで、マッチやランプを点けた途端に元の部屋に戻ってしまうのです。
 歩いて数歩で壁にぶつかるはずが、何メートル歩いても壁につかない、という部分はかなり怖いです。「部屋」を調べているうちに、主人公がそこに恐怖というよりは好奇心(そして少しの憧れ)に近い感覚を抱くようになっていくというのも面白い展開ですね。

イーディス・ウォートン「邪眼」
 クラブの中心的人物であるカルウィンは、最年少のメンバー、フレナムに促され霊的な体験談を話し始めます。彼は人生の節目に何度も邪悪な「眼」に襲われたというのですが…。
 度々現れる「邪眼」は一体何を表しているのか? 従姉妹との結婚、作家志望の若者とのやりとりなど、作中で描かれる心理的な描写も重厚で、それらが作品のテーマとも結びついているらしいのが上手いですね。何やら精神分析的な要素も感じられる作品です。

アンブローズ・ビアス「ハルピン・フレーザーの死」
 森の中に入り込んだ青年ハルピン・フレーザーは、森で眠り込んでしまいます。夢の中で見たのは、何年も前に別れたきりの母親の姿でした…。
 終始不気味な雰囲気の怪奇作品です。母親と息子が知らぬ間にそれぞれ殺されてしまうという因縁も怖いのですが、青年を襲う怪異が単なる霊というよりは、得体の知れない悪霊(怪物?)のようであるのも怖いですね。夢と現実がごっちゃになるという趣向も効果を挙げています。

エドガー・アラン・ポオ「悪魔に首を賭けるな」
 生まれつきの悪童トービー・ダミットは、口癖として「悪魔に首を賭けてもいい」という言葉を繰り返していました。ある日、木戸の上を跳んでみせるといってきかないダミットと「私」は、いつの間にか奇妙な老紳士がそばに立っているのに気がつきます…。
 悪魔をテーマにした怪奇作品です。終始、風刺的に描かれる物語なのですが、そのブラック・ユーモアと残酷さが同居するタッチは今でも切れ味がありますね。

ベン・ヘクト「死の半途に」
 ニューヨークの外れ、チェリー街の古びた家に引っ越してきた物書きの「わたし」は、妙な猫が部屋に出入りするようになるのと同時に、窓の外にたびたび老婆が訪れるのを目撃するようになります。老婆を見るようになってから「わたし」の精神状態は悪化していきますが…。
 過去の殺人を追体験するという、わりとオーソドックスなテーマを扱った作品なのですが、そのスタイルが非常にモダンな作品です。

レイ・ブラッドベリ「ほほえむ人びと」
 グレッピン氏が家に帰ると、叔母一家がテーブルにかけてほほえんでいました。彼らの態度にグレッピン氏は満足しますが…。
 叔母一家の「ほほえみ」とは…? 恐怖と詩情が同居した、初期ブラッドベリの逸品です。

デヴィッド・H・ケラー「月を描く人」
 精神病院を経営する「わたし」を訪ねてきたウィーンの学者ルドヴィック。彼はここに入院していたという天才画家ハロルド・ジェイムズについて聞きたいというのです。彼が残したのはたった二十枚の作品だといいますが、「わたし」によればもう一枚、最高傑作ともいうべき作品がこの病院内で描かれたというのですが…。
 患者の描く絵の内容が視覚的に詳細に描かれるのですが、その内容がまた破天荒。そしてそれらが怪異を引き起こすというシチュエーションも魅力的です。
 吸血鬼ものであり、絵画怪談でもあるという怪奇小説です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

「第二十九回文学フリマ東京」出店レポートと同人誌作成の話
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 2019年11月24日(日曜日)、東京流通センター第一展示場で開催された「第二十九回文学フリマ東京」にサークル「奇妙な世界」として参加してきました。
 客として参加の経験はありますが、出店側として参加するのは初めてです。というよりも、公のイベントに出店すること自体が初めてでした。生来の引っ込み思案な性格もあり、なかなか思い切った行動に出れなかったのですが、知り合いの方が何人か出店されているということ、友人が何人か手伝ってくれるということにも勇気をもらい、思い切って参加してみようという気になりました。
 ちょっと長くなりますが、同人誌作成の話も含めて書いてみました。文学フリマ参加を考えている方の参考にもなるかと思い、アドバイス的な話題も入れています。


■参加のきっかけ

 ここ数年、文学フリマ東京(年に二回ほど開催)には一般参加客として毎回訪れていました。友人からの勧めもあり、一度、出店側として参加してみたいものだとは考えていました。
 何を作ろうかと考えたところ、自分の一番好きな海外の怪奇幻想アンソロジーについての評論本がいいだろうなということで、データを作り始めました。その同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を文学フリマで初売りするつもりで申込みをしていました。
 『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』は関西の印刷会社でオフセット印刷にて作成したものです。製版データが早く完成したため、印刷物も8月末ぐらいに完成しました。文学フリマ用として100部ぐらいを考えていたのですが、先に通販をした結果、予想以上の売れ行きで、作ったものの大部分が売れてしまいました。残った分が20数部。これだけで出店するのもどうかなということで、改めて作ったのが『海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル』です。
 こちらは静岡のクリアファイル作成会社に頼んだものです。部数にもよりますが、大体二週間程度で出来るということで、こちらも10月末には完成しました。


■申込み

 文学フリマの申込みは、公式ホームページから出店の申込みをします。
 文学フリマ 公式サイト
 基本的に1ブースか2ブースで申込みますが、オプションをつけない場合は1ブースで椅子1脚です。椅子は1ブースにつき1脚まで追加可能です。とりあえず、1ブースで椅子1脚追加(合計椅子2脚。ちなみに、自前の椅子を持ち込むのは禁止)で申し込みました。あと申込みの際、自分のジャンルを登録するのですが、ジャンルは「評論|ファンタジー・幻想文学・怪奇文学」にしました。
 今回は申込み件数が多かったため、抽選になるかも…ということだったのですが、スペースを詰めて配置することで、全サークル参加可能ということになりました。
 毎回参加サークル数が増えており、今後は抽選になる事態も出てくるかもしれないということなので、参加を考えている人は早めに申し込んでおいた方がいいかもしれません。キャンセルはいつでも可能なようです(参加費を払い込み済みの場合は、お金は帰ってこないようですが)。


■自家製本の失敗

 最初は『アンソロジーガイド』と『クリアファイル』、この二点でイベントに臨むつもりだったのですが、やはりイベントに出るなら「新刊」を出した方がいいかなと考えて、作り始めたのが『海外怪奇幻想小説叢書ガイド』。
 小冊子で少部数のつもりだったので、通販で紙屋から紙を購入し、自分で中綴じで製本しようと考えました。自家製本のために、表紙用紙、本文用紙、中綴じ用のステープラーも購入しました。
 ある程度内容が出来た段階で、製本しようとしたところ、問題が発生しました。ページ数が50ページを超えていたのですが、ステープラーの針が通らない! 本文用紙だけなら行けそうなのですが、表紙用紙が相当厚い紙を使っていたために、表紙を含めると針が通らないのです。また、中綴じしたときに、厚みのある紙(本文用紙も厚めでした)であるために、小口がやたらと出っ張ってしまいます。
 中綴じで作成するにはちょっと無理があるということで、『海外怪奇幻想小説叢書ガイド』を自家製本で作るのはあきらめ、とりあえず保留。後日オフセット印刷として印刷会社に依頼することにしました。
 ちなみに、購入したステープラーは以下のものです。




■改めて同人誌作成

 ページ数が少な目で、表紙も厚紙ではなく本文用紙を使えば中綴じステープラーでも出来そうなことを確認したので、代わりに作成したのが『物語をめぐる物語ブックガイド』です。A4サイズ表裏にそれぞれA5サイズの内容を2ページずつ割り付けるという体裁で、枚数としてはA4が9枚ほどでしょうか。このぐらいであれば小口の出っ張りもあまり気にならなくなります。
 ある程度の部数が出来た段階で、購入した用紙がまだちょっと余っていたので、もう一種類ぐらい作れるかなということで、新たに作り始めたのが『迷宮と建築幻想ブックガイド』。こちらは紙の残り枚数からして、作れるのが10部ぐらいだったのですが、ネットでの反応を見ると欲しい人が多そうなので、用紙を再注文し増刷しました。


■準備したもの

 イベント当日に持っていったのは、以下のようなものです。

販売品
・『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』
・『海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル』
・『物語をめぐる物語ブックガイド』
・『迷宮と建築幻想ブックガイド』

備品
・チラシ3枚(1枚はポールに吊り下げ、他の2枚はテーブルの前面に貼る用)
・チラシを立てるポール
・テーブルクロス
・ブックスタンド2つ
・代金を入れる箱(お菓子を入れていたアルミの箱を流用しました)
・おつり(500円玉×100枚、100円玉×200枚、1000円札×30枚)
・コインボックス(おつりを入れています)
・ボールペン
・ハサミ
・カッター
・セロテープ
・ガムテープ
・値札立て(プラスチック製)
・値札(値段を記したものと、完売したときに使う「完売しました」の札)
・チェックリスト(売れた数を記録するもの)


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 おつりはどのぐらい必要かわからなかったので、一ヶ月ぐらい前から小銭を貯めていました。基本、イベントで売るものに関しては、価格は切りのいい数字にした方がいいようです(500円、1000円など)。どちらにしても、おつりとして100円玉と500円玉は多めに必要になることが多いかと思います。ジュースの自販機で1000円札を使っていれば、お釣りはすぐ貯まります。
 会場で一万円札を出してくる人はそうそういないと思っていたのですが、案に相違して結構いたので、お札もある程度用意しておいて正解でした。
 たぶん上記のおつりの数は相当多めだと思うので、出品数が少な目の方はそこまで用意する必要はないかと思います(僕は心配性なので用意しましたが)。
 代金とおつりは混ぜない方がいいと思ったので、おつりを入れたコインボックスとは別に、代金を入れる用のアルミ箱を持っていきました。最初はちゃんと分けていたのですが、おつりのお札が足りなくなった関係で、途中からは代金箱の方からもおつりを出す形になり、結局混ざってしまいました。


■開催日前日

 前日から強い雨が降っており、翌日(開催日)の朝もほぼ雨だろうとのことで、本が濡れないように処理しました。20冊単位を厚紙2枚で挟み(本がよれないようにです)、それをビニール袋に入れた後、さらに紙封筒に入れ、口をガムテープでしばりました。
 本及び備品を入れる入れ物はリュックの他、キャスター付きバッグ、手持ちのバッグと、三つになりました。


■開催日当日朝

 予想通り雨で、荷物が相当重いため、駅まで人力で運んでいくのはあきらめます(最寄り駅まで徒歩20分ぐらいです)。タクシーで駅まで運んでもらいました。最寄り駅まで来てもらった友人(S・Tさん)に、荷物持ちを手伝ってもらい、浜松町駅に向かいます。
 浜松町駅でモノレールに乗り換えますが、ここでまた別の友人(Sさん)と合流。モノレールに乗り、流通センター駅に到着です。
 受付開始時間より30分ぐらい前に到着しましたが、参加者受付にはすでに数百人は並んでいる状態でした。受付開始から10分ぐらいで会場に入場できました。


■ブース設営

 自分のブースはわりと分かりやすい位置にあったので、すぐに到着しました。入場で並んでいる間に、自ブースがどのあたりか検討をつけておくとよいかと思います。
 1ブースが長机の半分なので、かなり狭いです(1メートルもないです)。具体的には、1ブースのサイズは、長机の半分=幅90cm×奥行45cm×高さ70cmです。椅子は一脚追加して二脚あったのですが、二人座るとあまり動く余地もないです。 三人で入場したので(入場票は1ブース三人分もらえます)、二人座って、一人はブースの前で案内するといった感じになりますね。

 テーブルにテーブルクロスを引き、机の前面にチラシ(A3ノビサイズ)を二つ吊り下げます。ポールを立て、こちらにもチラシを吊します。ブックスタンドは机の最背面に2つ置き、それぞれ見本用の本を立てました。スタンドの前にそれぞれ本を二種類、その横に本を一種類、さらにクリアファイルを置きます。それぞれの品物の前に、値札を入れた値札立てを置いて、準備完了です。
 ブースに付いてから準備ができるまでに15分~20分ぐらいでしょうか。ディスプレイに凝る場合は多少時間がかかるでしょうが、入場が遅れても30分ぐらいあれば、なんとかなるなという感じでした。


■見本誌提出

 文学フリマでは、見本誌をまとめて見れるコーナーがあります。区分けされた机(配置されたブースごとに机が区分けされています)の上に、見本誌を置いておきます。見本誌は、予め公式ホームページからダウンロードできる見本誌ラベルに、サークル名、タイトル名、内容などを書き込んで、本に貼り付けておきます。
 見本誌を出すかどうかは任意ですが、大勢の人の目に触れるという点では宣伝にはなるので、余裕があれば出しておいた方がいいのではないでしょうか。ただ、イベント終了後は日本大学藝術学部文芸学科に収蔵されるということで返却してもらえないので、部数が少な目の場合は出さなくてもいいかもしれません。あと、本以外のグッズは収蔵できないとのことで、後で自分で見本誌が置いてある部屋から回収する必要があります。
 自分の本に関しては、『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』は部数が少ないので見本誌は作らず、『海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル』もグッズということで出していません。『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』に関しては、見本誌を提出しました。
 見本誌ラベルをどう本につけるかは考えどころなのですが、僕は本の上部にホッチキスで止めました。のりやテープで貼ってもいいとは思いますが、直接貼るのが躊躇われる場合は、ビニールカバーを付けたうえでその上に貼ってもいいんじゃないでしょうか。


■一般客入場

 午前11:00になり、一般客が入場の時間になりました。見たところ、真っ先に入ってきたお客さんは、特定のブース目的で来ている方が多いようでした。幸い自分のブースにも来てくれる方が多くいてくれて、短時間ですが、ちょっとした列になりました。
 三人いたので、一人がブースの外で列整理と案内、ブース内の一人(自分です)が選んでくれた本の値段確認と受渡し、もう一人がチェックリストのチェックとおつりの受渡しといった割当になっていました。短い時間ではありましたが、三人いた状態でも忙しかったです。

 ちなみに、チェックリストは自分でオリジナルなものを作りました。B4サイズを左右に分け、左に「売れたものチェックリスト」、右に「取り置きチェックリスト」を付けたものです。
 「売れたものチェックリスト」は販売品ごとに「正」の文字を並べたもので、一つ売れるごとに線を引いていくというもの。「取り置きチェックリスト」はあらかじめ取り置きの依頼のあった品物を希望者ごとに印をつけておき、取りに来た人の分は「受取済」の欄にチェックをするというものでした。
 後半での漏れはなかったと思うのですが、序盤に列が出来た状態のときは、かなり忙しく、チェック漏れがあった可能性もありますね。
売れたもの・取り置きチェックリスト

 開場しばらくしてから、友人(Rさん)が合流。売り子を交代してもらい、他の二人が食事に行ったり、戻ってきてからは、こちらが会場内を見たりすることもできました。


■売れたもの

 おそらく開場から30分ぐらいで『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』は全部売れてしまったと思います。持ち込んだ冊数は25冊ぐらいですが、これで印刷した『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』は完全になくなりました。
 『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』は、こちらも二時間ぐらいで完売しました。
 本が売り切れた段階で、値札立てに入っていた値札を出し、代わりに「~完売しました」の札を代わりに入れて、立てておきます。値札はこんな感じのものです。
カード立名前印字文フリ用 カード立名前印字文フリ用2
 『海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル』も健闘しましたが、持ち込んだ量が多いこともあり、こちらはかなり残りました。
 『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』はセットで購入いただいた方が多いのですが、どちらかと言うと『迷宮と建築幻想ブックガイド』の方が人気があった感じでしたね。

 メインの本が二時間でなくなってしまい、夕方までクリアファイルのみとなってしまいました。売り切れてしまった本の問い合わせを受けることも多く、作る冊数の目算を間違えてしまったかな…という思いもありますね。
 夕方近くになると、ほとんど動きがなくなってしまいました。最終的には16:30ぐらいからブースを片付け始めて撤収という形になりました。

 最後に、居酒屋で打ち上げを行いました。手伝ってくれた友人たちには感謝です。


■反省点・考えたことなど

 初めての出店にしては上々だったとは思うのですが、やはり反省点などもありました。

・ブースについて
 要員が三人(途中から四人)で一ブースはかなり狭いです。もともと荷物も多いのですが、荷物を置くスペースもあまりないです。後ろは背中合わせに別のブースになっており、その間にはあまり荷物を置けません。机の下と椅子の下に置かざるを得ないのですが、予備の本を取り出す際などにも、かなり取り出しにくいです。
 あとテーブルクロスがないと机の下の荷物が見えてしまうので、テーブルクロスはあった方がいいなと思いました(長めのものの方がいいようですね)。
 ブース代が5000円以上と高めなので難しいとは思いますが、売り子が3~4人いる場合や、荷物が大量にある場合は、2ブースは確保した方が余裕を持って座れると思います。

・荷物の送付について
 あらかじめ荷物を会場に送っておくことが可能なのですが、冊数がある場合、これはやっておいた方がいいかもしれないです。100冊単位の本がある場合は、当日雨だったりした場合、持ってくるのがかなり大変です(実際、大変でした)。もちろん、持ち帰る際のことも考えなければいけないですが…。
 あと、おつりを大量に持ってくる場合、これが意外と重いので、そのあたりも考えに入れておいた方がいいかもしれません。

・グッズについて
 これは僕のところだけかもしれないですが、本以外のグッズ(僕の場合クリアファイル)は本に比べて売れ行きが良くないです。本がある間は、一緒にファイルを買ってくれる方もいるのですが、本がなくなってファイルのみになってしまった段階では、ガクンと売れ行きが落ちました。他のイベントはともかく、グッズだけの販売というのは、文学フリマでは厳しいかもしれないですね。

・自分自身の買い物について
 自分で出店している場合、買い物のために別のブースを回るのは難しいです。売り子が他にいる場合は抜け出ることも可能ですが、開場から数時間はブース主は自ブースにいた方が良いです(ネットで知り合った人が会いに来てくれることなどもあります)。
 欲しい本がある場合は、あらかじめ取り置きの依頼をしておくか、自ブースの他の売り子の人に買い物を頼むなどした方がいいかと思います。

・取り置きに関して
 事前に本の取り置きをするかどうかに関しては、サークル主の判断すべき事項だと思いますが、少部数の本の場合、あまり取り置き分が多くなってしまうと、会場で見て買ってくれる人が少なくなってしまうというのはあるかと思います。

・前宣伝について
 イベント前にある程度、ツィッターやSNS、ブログで自著の宣伝をするのは効果的だと思います。文学フリマの公式ページにも、出品する本の内容や画像を載せることができるページもあるので、そちらにも前情報は載せておいた方がいいです。
 ネット上の情報が全くない状態で、会場での初見で本を売るのはなかなか難しいのではないかと思います(特に創作系の本)。

・チラシについて
 チラシは大きめの紙にプリントしたものを作っておく方がいいかと思います。あと、ブース番号とサークル名はかなり大きな字で入れておいた方が分かりやすいです(カタログで見てブースを探しに来る人もいるため)。
 僕が作ったのはこんな感じのチラシです。

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・事前参加について
 文学フリマに参加しようと思っている方は、一度、一般参加客として会場を訪れてみることをお勧めします。特に自分が作ろうと思っているジャンルに近いサークルのブースやディスプレイなどは参考になるかと思います。


 いろいろ問題点もありましたが、自分で作った本を対面で売るという行為には、やはりある種の感動があります。次回も参加するかは未定ですが、また出店してみたいと思わせる魅力がありました。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

恋と冒険  ロバート・ルイス・スティーヴンソン『眺海の館』
眺海の館 (論創海外ミステリ)
 ロバート・ルイス・スティーヴンソン『眺海の館』(井伊順彦ほか訳 論創海外ミステリ)は、バラエティに富んだ作品が収録された傑作集。翻訳があるものの、入手難になっている作品が多く集められており、スティーヴンソンファンにとっては貴重な作品集になっています。

 収録作中では、何といっても表題作の「眺海の館」が一番の絶品です。恋と冒険を扱った非常にロマンティックな作品です。

 「わたし」ことフランク・カシリスは、天涯孤独な青年。人間嫌いな性格も災いして、友人と言えば同じく人間嫌いな男ノースモア一人だけでした。ノースモア家が所有するグレイドン・イースターの地に招待されたカシリスは、ノースモアとけんか別れをしてしまいます。
 九年後ふとしたことから、かっての友人の領地を訪れたカシリスは、ちょうど船から数人の人間が降りてくるのを目撃します。ノースモアの他、美しい若い娘と老人がいるのを確認したカシリスはノースモアに声をかけますが、彼は短剣で突然切りかかってきました。かろうじて防いだカシリスは、ノースモアが何をしているのか調べようと考えますが…。

 かっての旧友の家を訪れた青年が陰謀に巻き込まれるという冒険小説なのですが、そこにヒロインをはさんで三角関係が繰り広げられるというロマンス風味が合わさった作品です。
 わりと正統派の冒険ロマンスなのですが、この作品を面白くしているのがノースモアというキャラクターの存在。人間嫌いで短気、口も悪いが情には厚いという複雑な性格です。激昂すると何をするか分からない怖さがありながら、積極性と勇気とも持ち合わせています。
 実際、流れ的に主人公カシリスとノースモアは味方になるのですが、二人の間が次にどうなるかわからない…という人間関係の強烈なサスペンスがありますね。
 なお、この作品の翻訳は、初出誌版によっているらしいのですが、後の版では普通の一人称の語りになっているのに対して、この初出誌版では、死の床の主人公が子供たちに妻との馴れ初めを語る…という語り口になっています。そのため主人公がヒロインと結ばれること、命を永らえることがわかった状態で物語を読むことになります。
 ただ、それがわかった状態でもサスペンスが途切れないのは、さすがに文豪スティーヴンソンというところでしょうか。

 邸に閉じ込められた青年が結婚を強要されるというロマンティック・サスペンス「マレトロワ邸の扉」、アイスランドを舞台にした民話風の怪奇小説「宿なし女」、捻りの利いた掌編集「寓話」、本邦初訳の掌編「慈善市」なども面白いですね。

 フランソワ・ヴィヨンをテーマにした「一夜の宿り」、陽気な芸人夫婦の冒険を描いた「神慮はギターとともに」に関しては、岩波文庫の『マーカイム・壜の小鬼 他五篇』で手軽に読めるのではありますが、原著の『新アラビア夜話』第二巻収録の四篇(「眺海の館」「一夜の宿り」「マレトロワ邸の扉」「神慮はギターとともに」)が日本語でまとめて読めるのは、現在この本だけだと思います。
 ちなみに原著の『新アラビア夜話』一巻には、有名な「自殺クラブ」「ラージャのダイヤモンド」が収められています。こちらの内容は、『新アラビア夜話』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)で読むことができます。

 特筆したいのは、掌編集「寓話」全20篇が新訳で収録されているところです。全訳は1976年の牧神社刊『寓話』以来ではないでしょうか。集英社文庫から刊行された『スティーヴンソン ポケットマスターピース8』(2016年刊)にも一部が収録されているのですが、こちらは抄訳になっています。
 「寓話」中では間違いなく傑作といえるのが「エルド(老い)の家」

 民が皆足枷をつけている国に住む少年ジャックは、その境遇に不満を持っていました。旅人から足枷は「エルドの森」に住む魔法使いが作ったという話を聞いたジャックは、神が鍛えたという剣を手に「エルドの森」に向かいます…。

 怪奇幻想色の濃いヒロイック・ファンタジーといった趣の作品で、味わいとしてはロード・ダンセイニの短篇「サクノスを除いては破るあたわざる堅砦」などに似た感触です。ただ、かなりブラックな結末が待っており、不思議な味わいの短篇だと思います。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

良質なアンソロジー 阿刀田高編『日本幻想小説傑作集』
 阿刀田高編『日本幻想小説傑作集Ⅰ・Ⅱ』(白水Uブックス)は、1980年代に編まれたアンソロジーですが、古典的な名作と現代の作品とのバランスも良い、良質なアンソロジーになっています。


日本幻想小説傑作集 (1) (白水Uブックス (75))
阿刀田高編『日本幻想小説傑作集Ⅰ』

 狷介な性格の男が虎になってしまうという「山月記」(中島敦)、金の輪を持った不思議な少年を描く「金の輪」(小川未明)、押絵の中の娘に恋をする男を描いた「押絵と旅する男」(江戸川乱歩)、魔術師に魔術を習った男を描く「魔術」(芥川龍之介)などは、定番ともいうべき名作ですね。

 政府に批判的な人間が「木」として植えられてしまうという「佇むひと」(筒井康隆)は、ディストピアSF的な作品ですが、主人公の妻や動物に対する愛情を描いてもいて、リリカルな味わいもあります。

 「白いワニの帝国」(五木寛之)は、下水道に増えてしまったワニのイメージが強烈な都市伝説風の作品。「老車の墓場」(五木寛之)は、所有者のために自ら墓場に赴く車を描いて抒情的な味わいがあります。

 安部公房「人魚伝」は、海でふと見つけた緑色の人魚を連れ帰った男を描く作品。後半のグロテスクな展開には驚かされます。

 「くだんのはは」(小松左京)は「くだん」を描いた恐怖小説の名品。太平洋戦争末期を舞台に、緊迫感のある作品になっています。

 赤江瀑「春泥歌」は、四国の巡礼を繰り返す祖母の秘密と、それを共有した孫娘の心理を繊細に描いた耽美的な作品です。

 「二ノ橋 柳亭」(神吉拓郎)は、この本の中で一番の掘り出し物でしょうか。雑誌の記事で食味評論家の三田が紹介した名店「柳亭」。その文章を読んだ読者から問い合わせが相次ぎますが、編集長の小林は著者が明かしたがらないのでと店の場所を教えるのを断ります。
 小林の部下の村上は三田の態度に反感を覚えますが、それに対する小林の言葉は思いがけないものでした。「柳亭」は三田が創作した架空の店だというのです。しかも三田は、自分が影響を受けたと言う過去の随筆の話を始めます。
 青木という学者の書いた随筆に登場する「陶然亭」、そしてそれに影響を受けたと思われる大久保という人物の「田舎亭」。どちらの店も架空のお店だというのですが…。
 連鎖する架空の店のイメージが見事な作品です。虚構に虚構を重ねるという展開が面白いのですが、しかも後半にはさらに捻った展開が。編者も語っているとおり、厳密な「幻想小説」ではないのですが、どこか不思議な味わいのある作品ですね。

 「老人の予言」(笹沢左保)は、SF的な味わいもある怪談。「かくれんぼ」(都筑道夫)は、幼年時代の記憶が不思議な現象を引き起こすという幻想小説です。

 「トロキン」(眉村卓)は、トロキンという精神安定剤をめぐって展開するSF風味の恐怖小説。「子供のいる駅」(黒井千次)は、切符をなくして駅から出られなくなった子供を描いた、ちょっと不気味なファンタジーです。



日本幻想小説傑作集 (2) (白水Uブックス (76))
阿刀田高編『日本幻想小説傑作集Ⅱ』

 Ⅰに引き続き、良質な作品が揃ったアンソロジーになっています。Ⅰ巻同様、古典と現代作品をバランスよく配置したもので、編者によれば、ⅠとⅡとで中身は異質でありながら印象の似た二冊を作ったとのこと。

半村良「ボール箱」
 ボール箱は生まれると同時に自分を満たしてくれるものへの希望へあふれていました。しかし仲間の箱たちから用が済んだら処分されるという話を聞き落胆します。ようやく蜜柑を詰められ出荷されるボール箱でしたが…。
 何と、ボール箱を語り手にした風変わりな物語です。自分の体の中を満たす欲望について終始語るという奇妙な味の作品。

夏目漱石「夢十夜」
 漱石の幻想的作品の名作「夢十夜」から二話ほど抄録したもの。死んだ女を百年待つという「第一夜」も幻想的ですが、豚をステッキでたたき続けるという素っ頓狂な「第十夜」のイメージは強烈ですね。

星新一「あれ」
 その会社ではホテルで得体の知れない「あれ」を見たものは出世させるという影のルールがありました。男も「あれ」を見た結果、部長に昇進します。なかなか出世できない友人に「あれ」を見たと嘘をつくことを薦める男でしたが…。
 「あれ」とは何なのか? 超自然現象とも特定できない描き方が逆に不安をそそります。寓話としても面白い一篇。

日影丈吉「猫の泉」
 フランスの谷間の町ヨン。その町にたくさんいるという西蔵猫を撮りに訪れた写真家の「私」は、町の人々に歓迎されます。その町では十人目にやってきた旅行者ごとに町の運命を占ってもらう習慣があるというのです。「私」はちょうど三十人目に訪れた旅行者だというのですが…。
 秘境の町を訪れた旅行者の体験を描いた奇談です。町が示した予言とは? 不思議な読後感の作品ですね。

夢野久作「死後の恋」
 日本人の軍人が出会ったロシア人ワーシカは自分が白髪だらけになった原因について、かっての従軍の体験を語って聞かせます。彼の友人となった十七、八歳の少年兵士は残酷な形で殺されてしまったというのですが…。
 西洋現代史に材を取ったロマン作品。血と残虐さが溢れながらも、グロテスクな美しさも感じられるという作品です。

石川淳「裸婦変相」
 女弟子とわりない仲になった画家は、彼女をモデルに絵を描きますが、彼女が言うには絵に描かれた女性の顔は自分とは違う女の顔だというのです。しかもその女は画家が殺したのではないかと…。
現実と幻想が混交していくという作品ですが、解釈のなかなか難しい作品ですね。

加納一朗「最終列車」
 かねてより嫌っていた雇い主を殺し大金を持ち逃げした青田は、列車に乗って逃走しますが、車室で出会った少女とかみ合わない会話をしているうちに不安の念が膨らんできます…。
 よくあるオチといえばそうなのですが、主人公の切羽詰まった状況から逃走に至るまでの心理描写は丁寧で、読み応えのある作品になっています。

中井英夫「薔薇の獄」
 ある日小学一年生だという美しい少年に出会った藍沢惟之は、少年に言われるままに彼の家についていき、そこの薔薇園の園丁として少年と暮らすことになりますが…。
 序盤から何やら夢幻的な背景で進む幻想小説です。この作者らしい耽美的な雰囲気が魅力的ですね。

野田秀樹「人類は進歩という巨大な子供に靴をはかせた」
 千年ごとに、その時代の社会が「1984年ジョージ・オーウェル」を頓珍漢な解釈で振り返っていくという、風刺的な短篇です。言葉の取り違えや勘違いで、全く異なった文化の解釈をしていくのが面白いですね。

太宰治「竹青」
 試験にも落ちうだつの上がらない青年魚容は、洞庭湖畔の呉王廟で願いをしたところ、神のお召しで烏となり、竹青という美しいパートナーを与えられます。しかし調子に乗った魚容は撃たれてしまい、気がつくと人間に戻っていました…。
 『聊斎志異』の翻案で、中国の伝奇風ファンタジー作品です。神や神秘的な世界から否定された主人公が、現実的な幸福を手に入れるという展開も興味深いですね。
 ついでに翻案元である原話も読んでみました。蒲松齢『聊斎志異』に収録された「烏の黒衣(竹青)」(中国古典文学大系41 聊斎志異 下 平凡社 収録)です。こちらでは、主人公は別に落第生ではなく、とんとん拍子に幸せになっていくと言う展開です
奥さんとの仲もよく、愛人にした竹青との子供を本妻のもとに連れ帰ると、本妻もその子を可愛がるのです。しかも竹青は本妻にその子を渡した上に、更に何人も子供を設けて、家族幸せに暮らした…という、ある意味、願望充足的な要素の強い物語になっていますね。
 そういえば、諸星大二郎がこの話を漫画化していたな…と思い出し、そちらも読み返してみました。諸星大二郎「竹青」『瓜子姫の夜・シンデレラの朝』朝日コミック文庫 収録)です。こちらでは、竹青は親の仇をずっと探しているという設定。主人公はその捜索に協力し、結果二人は結ばれる…という、いろんな要素が盛り込まれた楽しいファンタジーになっていました。
 原話含めて全ての作品に登場するアイテムで、それを纏うと烏に変身できるという黒衣が登場しますが、これが凄く魅力的なのですよね。諸星大二郎の漫画作品ではそのあたりが魅力的に描かれているので、お薦めしておきたいと思います。

野坂昭如「花街てまり唄」
 男が不思議な媼の手引きによって、様々な女の優しさと魅力を知るという、艶っぽい物語です。老婆の手毬歌というガジェットも魅力的。

皆川博子「丘の上の宴会」
 「わたし」は地元の知り合いの葬儀店の一家に誘われ丘の上の宴会に出かけます。一家の中には主人であるはずの男性が見当たりませんでした。一家はそれぞれ自分が主人を殺したというのですが…。
 一見無感動な女性を語り手にした、淡々とした語り口に味わいがあります。世界が反転するような結末は印象的。

生島治郎「誰…?」
 作家の「私」は引きこもって一人で小説を書いているうちに、自分の中にもう一つの人格による声がしてくるのに気がつきます。自分を罵倒し苦しめる声に悩んだ語り手は、易者に相談しますが…。
 二重人格というべきか、ドッペルゲンガーというべきか、オーソドックスな「分身」テーマ小説です。肉体と精神が分離してしまうような結末にはインパクトがありますね。

阿刀田高「あやかしの樹」
 女房を病で失ったばかりの「私」は、妻の遺産で友人から高価なオムの樹の種を手に入れます。5年か10年に一度しか実をつけないオムの樹を育てるためには、あるものが必要だというのですが…。
 官能的な植物奇談です。美しさと快楽を追い求めた男が嵌った落とし穴とは…? ブラック・ユーモア味も豊かな幻想小説。

 川端康成「不死」「雪」は、ともに『掌の小説』収録作品。「不死」は若くして身投げした娘とその恋人だった老人の幽霊のかみ合わない会話を描いています「雪」は毎年正月にホテルに泊まり「幻」を見るのを楽しみにする男を描いています。どちらも幻想的な作品ですね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

祈りと奇跡  ラドヤード・キプリング『祈願の御堂』
祈願の御堂 (バベルの図書館 27)
 ラドヤード・キプリング『祈願の御堂』(土岐恒二、土岐知子訳 国書刊行会)は、ボルヘス選の幻想文学全集<バベルの図書館>の一冊だけあり、キプリングの幻想味の強い作品が集められています。

「祈願の御堂」
 夫を亡くした後、ミセス・アシュクロフトはハリー・モックラーに恋をしますが、母親との生活を優先するハリーは彼女の誘いを断ります。ハリーが死ぬかもしれないほどの大怪我を負ったと聞いたミセス・アシュクロフトは、雑役婦の子ソフィーから、祈れば自分がその身に病や怪我を引き受ける代わりに、祈った相手の体を直すという「祈願の御堂」の話を聞き、そこに祈ろうとします…。
 ミセス・アシュクロフトは死病にかかっているのですが、それが死病であると知っているがゆえに、愛する男性のための自己犠牲であると自分で信じ込んでいる…という解釈も可能なように書かれています。超自然的な力を持つという「祈願の御堂」は本当に存在するのか? テーマ性の強い作品ですね。

「サーヒブの戦争」
 インド出身の従卒ウムル・シンは、敬愛するカーバン・サーヒブ(コービン大佐)についてボーア戦争に参戦します。そこで大佐の死を看取ったウムル・シンは同僚のシカンダル・カーンと共に、彼の復讐をしようとしますが…。
 大佐の死とその後の奇跡を、従者が語るという物語。純朴なインド人従卒による語り口に味わいがありますね。


「塹壕のマドンナ」
 ヒステリーの発作に襲われた元軍人ストランドウィック。元軍医のキードは彼の病状は戦争体験によるものではないかと考えるのに対し、ストランドウィックは自らの経験を語ります。
 彼にショックを与えたのは、戦地における彼の上司であり古い知り合いでもあったゴッドソウ軍曹の自殺にも見える死でした。そしてその事件には、ストランドウィックの伯母であるアーミンの幻影が関係しているのだと…。
 精神的に結ばれていた恋人たちが、片方の死によりもう一人も自殺を遂げる…という物語なのですが、その事件を体験した語り手の青年が、その事件のみならず気付いていなかった二人の関係にショックを受けて精神障害に陥ってしまうという、複雑な関係性を描いた作品です。
 しかも、青年は伯母に対して無意識に女性として魅力を感じていたのではないか…という仄めかしもあったりと、読むほどにいろいろなテーマや要素が出てくるという作品です。超自然的な現象が起こらないにしても非常に複雑な作品なのですが、そこに 明確な超自然的な現象が起こることにより、さらにテーマの深化が図られている…といった印象を受けますね。

「アラーの目」
 十三世紀イングランドの僧院、ブルゴスのジョンによってアラビアからもたらされた「アラーの目」は、西洋にはない不思議な光学器械でした。しかし、その品物は高僧たちによって異端の道具ではないかと議論されます…。
 中世の迷信深い世界における科学を描いた作品、といっていいのでしょうか。ちょっとだけ、ロジャー・ベイコンが登場するのも興味深いですね。

「園丁」
 弟の遺児マイケルを大事に育ててきたヘレン・タレル。しかし戦争によってマイケルを失ってしまいます。戦死したマイケルがフランスの墓地に埋葬されたことを知らされたヘレンは、フランスへ向かいますが…。
 タイトルにもある「園丁」が、結末において奇跡を暗示するという幻想小説です。この作品、キプリングの最高傑作とする意見もあるようですね。問題となる結末を差し引いても、愛していた家族を次々と失う女性の心情が繊細に描かれており、味わい深い作品です。一見、とっつきにくい作品が多いのですが、どの短篇にも何気なく読んでいると読み飛ばしてしまうような、隠れたテーマの感じられる作品集になっています。その点、訳者の解説も非常に参考になりますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

悪夢と祈り  ミッシェル・フェイバー『祈りの階段』
祈りの階段
 ミッシェル・フェイバーの長篇小説『祈りの階段』(林啓恵訳 アーティストハウス)は、ゴシック色が濃厚な幻想的作品です。

 ヨークシャーの港町ウィットビー、修復士を生業とする女性シーアンは、7世紀に聖ヒルダが建立したというウィットビー大修道院の発掘作業に参加していました。この地に到着してから、シーアンは毎晩、同じ男に首を切り裂かれるという悪夢にうなされていました。
 ある日犬を連れた男性マグナスと知りあったシーアンは、父親の遺品だという小さな瓶を差出します。中に入っている書類を解読してみてほしいというのです。その書類には、18世紀に生きた男性の「殺人」の記録が記されていました…。

 古い品物の修復を生業とする主人公が古い手記を解読するうちに、その不思議な事件にのめりこんでいき、それと同時に彼女の周りにも悪夢が近づいてくる…という、ムードたっぷりの作品です。ただ、最後まではっきりとした超自然的事件は起こらず、ヒロインが見る悪夢についても明確な説明はされません。
 その意味で「雰囲気小説」ではあるのですが、その「雰囲気」が絶品なので、これはこれでありなのかなと思わせる魅力があります。手記の主の「殺人事件」については、かなり明確な解決があり、その意味で合理的に収まるのですが、その事件とヒロインの悪夢とのつながりの部分が曖昧にされており、このあたり、この作品が「幻想小説」として解釈することが可能な部分かなと思います。

 過去の手記の解読と併行して、ヒロインのシーアンとマグナスとのラブストーリーが展開されていきます。その過程でシーアンの過去が明かされていき、最終的には彼女が「過去」を克服する成長小説としても読めるようになっているようですね。
 幻想的な恋愛小説といった趣の作品ですが、陰鬱なゴシック風ムードが横溢しており、この種の雰囲気が好きな人にはお薦めしたい作品になっています。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

悪夢の変容  フレッド・チャペル『暗黒神ダゴン』
暗黒神ダゴン (創元推理文庫)
 1968年発表のフレッド・チャペルの長篇小説『暗黒神ダゴン』(尾之上浩司訳 創元推理文庫)は、ラヴクラフトに触発されて描かれたという作品です。著者が詩人でもあるからか、言葉の巧みな使い方と悪夢のようなイメージ喚起力には強烈なものがありますね。

 牧師のリーランドは研究論文執筆のため、若く美しい妻シーラとともに、祖父母から相続した屋敷へ移り住むことになります。その屋敷には意味不明の言葉が書かれた書きつけ、そして屋根裏には誰かを監禁していたらしい鎖つきの手錠などがありました。
 妻との間に齟齬を来たすようになったリーランドは、シーラに殺意を覚え始めます。一方、リーランド家の敷地に昔から住むというモーガン家の娘ミナと出会ったリーランドは、魚のような異様な風貌にも関わらずミナに惹かれ始めます…。

 物語自体は、魔性のものに惹かれた男が破滅していく…というオーソドックスなものではあるのですが、その筆力ゆえ強烈な印象を与える作品です。後半、ミナの言うがままになった主人公リーランドが体験する意識の変容の描写は特に強烈で、文字通り悪夢のようなシーンになっています。

 作中で、主人公が魔のものに取り込まれていく過程が必ずしも悪いものではないという描かれ方がされているのも特徴で、むしろ「意識の拡大」のための一手段であるというような趣も感じられます。このあたり、この作品の発表年代が1960年代というのも影響しているのでしょうか。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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