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幻想と叙情  ウォルター・デ・ラ・メア『恋のお守り』
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 ウォルター・デ・ラ・メアの短篇集『恋のお守り』(橋本槙矩訳 ちくま文庫)は、幻想味豊かな叙情短篇が集められた作品集。中には怪奇小説やユーモア小説に近い作品も混じっています。

 青年の恋とその友人の骨董屋との友情を描く「恋のお守り」、幼い少女が蠅に寄せる関心を描いた童心豊かな「マライア蝿」、東洋のプリンセスに憧れた少年がその屋敷に入り込むという「プリンセス」、両親の留守中に殺人現場を目撃した少年を描いた「名人」、孤独な少年と頭のおかしい初老の女性との奇妙な友情を描く「ミス・ダヴィーン」、列車の中での女性と奇妙な老人の出会いを語る「つむじまがり」、落ちこぼれの青年が仕掛けた資産家の叔父へのささやかな復讐を描く「熱狂 -ある牧歌」、「音」を扱う不思議なお店を描いた「奇妙な店」、傲岸な園丁の死をめぐる怪奇作品「クルー」、大聖堂を訪れた男がその番人から奇妙な話を聞くという「オール・ハロウズ大聖堂」 の10篇を収録しています。

 明確な怪奇小説と言えるのは「名人」「クルー」ぐらいでしょうか。

 「名人」は、継母と父親が出かけた夜にその息子の少年が殺人に出くわすという話。痴情のもつれで恋人である男を殺してしまった女に対して少年がかけた言葉とは…? タイトルの「名人」の意味がわかる後半の展開にはぞっとします。

 「クルー」は、鉄道の駅舎で語り手が出会った男からその過去を聞くという物語。勤めていた牧師宅の同僚である園丁のやりたい放題の態度に業を煮やした男は、頭の弱い青年を通して牧師に進言させます。解雇されてしまった園丁は首を吊ってしまいますが、青年は何かにおびえるようになります…。
 青年や男が家の外に「何か」を見るシーンは非常に怖いですね。デ・ラ・メア怪奇小説の名作の一つだと思います。

 他には「プリンセス」「奇妙な店」も味わいのある作品です。

 「プリンセス」は、東洋のプリンセスがかって住んでいたという噂を聞き、屋敷に忍び込んだ少年が主人公。そこで出会ったのは醜い老女でした…。
 少年の幻想と幻滅を描く物語ですが、全篇に流れる叙情性が魅力的ですね。

 「奇妙な店」は、音を商う不思議なお店を扱った物語。品物から発する音に耳をすませる客は、音に対してロマンティックな空想をするのに対して、店の主人はことごとくそれを否定していくという皮肉な展開も面白いですね。「魔法のお店」テーマのバリエーションではありながら、奇妙な現実感があります。


幻想文学 第40号 特集:幻想ベストブック 1987-1993/眠れ、黒鳥 中井英夫追悼
 デ・ラ・メアの「魔法のお店」テーマ作品といえば「幻想文学」誌のバックナンバーにそれらしい作品が載っていたはず…と思い出し、取り出してきて読んでみました。タイトルは「緑の部屋」(橋本槙矩、小田川裕子訳「幻想文学40号」幻想文学出版局 収録)です。

 本を愛する青年アランは、エリオットさんの古書店の常連になります。店主が気に入った客のみを通すという店の奥の小部屋に入ったアランは、稀覯書が沢山あるのに目を見張ります。ある時そこでふと女性の顔のイメージが浮かんだのを皮切りに、やがてアランは若い女性の幽霊らしきものを目撃します。
 エリオットさんとその夫人の話からすると、その女性はその家に昔住んでいた人であり、恋愛事件から自殺してしまったというのです。小部屋の中に彼女の書いたらしき詩を見つけたアランは、その本を自費で出版しようと考えますが…。

 瀟洒な古書店が舞台に、若い女性の幽霊と彼女が残した遺稿が登場するという、非常に詩的なゴースト・ストーリーです。ただ単純にロマンチックな話ではなく、幽霊に対して主人公が恐怖を感じたり、霊を慰めるための彼の行為が独りよがりだったのかもしれない…と思わせる展開があるなど、なかなか奥が深い作品になっているように思います。デ・ラ・メアのゴースト・ストーリーの名作の一つといっていいのではないでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

孤独と死  ウォルター・デ・ラ・メア『死者の誘い』
死者の誘い (創元推理文庫)
 イギリスの詩人・作家であるウォルター・デ・ラ・メアの長篇『死者の誘い』(田中西二郎訳 創元推理文庫)は、墓場でふと眠り込んでしまった男が目覚めると、自分の顔が全く知らない男の顔になっていた…という発端から始まる幻想小説です。

 療養中の中年男性アーサー・ローフォードは、散歩の折、ふと立ち寄った教会の墓地の中のある墓にふと気を惹かれます。そこは200年前に自殺したというフランス人ニコラ・サバティエという男の墓でした。腰掛けているうちに寝入ってしまったアーサーが目覚めると何故か体が高揚していました。
 帰宅したアーサーが鏡の中に見つけたのは、全く見知らぬ男の顔でした。妻シイラに事実を話し、証拠を出して自分が夫であることを納得させはしたものの、シイラは釈然としません。やがてアーサーはシイラとの間に齟齬を来たすようになりますが…。

 ある日突然、自分の顔が変わってしまったら…という設定の物語です。コメディになりそうなテーマなのですが、そこは詩人デ・ラ・メア、妻や娘との関係性や自らの孤独についての主人公の精神的苦悩を描くシリアスな作品になっています。
 主人公が変貌してしまった顔は、やがて彼がその前で眠り込んでしまった墓の持ち主サバティエの顔であるらしいことがわかってきます。しかしサバティエが恨みを持って死んでいるとか、悪霊になっているという話題にはならず、実際、顔が変貌しているほかは「霊」として登場することも全くないのです。
 それゆえ、霊を供養したり退治するとかいう話にもならず、結果として主人公が顔を元に戻す方法についても皆目見当がつきません。その間にも、もともと精神的に結びつきが壊れかかっていた妻との間の精神的な壁が大きくなっていき、主人公は苦悩することになります。

 この妻シイラが、現実的で頭の良い女性ではありながら、非常に「冷たい」女性として描かれており、そのため主人公アーサーは、夫妻の友人である老牧師ベサニイに助けを求めることになりますが、根本的な解決にはなりません。
 妻から突き放され、孤独に沈むアーサーの心を救うのは娘のアリス、そしてふとしたことから知り合ったハーバートとグライゼルの兄妹でした。とくに妹グライゼルからアーサーは精神的な庇護を受けることになります。

 アーサーが元の顔を取り戻すことができるのか? と同時に彼の精神的な孤独と危機が救われるのか? といったところがテーマになっているようですね。
 主人公に取り憑いているらしいサバティエに関しては超自然現象がほぼ起こらないのに対して、間接的ではあるものの、ハーバートとグライゼルの兄妹が幽霊を目撃したというエピソードが語られます。そして明言はされませんが、この兄妹が生身の人間ではないのではないかという仄めかしも描かれます。
 主人公の「顔」になっているサバティエは、一人の人格として登場することはないのですが、作品全体の背景としてその存在感がひしひしと感じられるようになっています。その意味では、幽霊そのものが明確に登場しないまでも、ゴースト・ストーリーといってもいいのかもしれません。

 デ・ラ・メアの小説の中でもかなりしっかりしたストーリーラインのある作品で、割と読みやすい作品になっています。「孤独」と「死」に支配された黄昏の雰囲気、夫と妻の精神的な軋轢とサスペンス(意外にも結構サスペンスがあります)など、
 曖昧な話が多いデ・ラ・メア作品の中では、最もエンターテインメント要素の多い作品ではないでしょうか。
 ちなみに、同じ創元推理文庫に収められているマルセル・エイメ『第二の顔』も、突然顔が変わってしまった男を描いた、ほぼ同じ設定の物語なのですが、かなりコメディ色の強い物語になっています。比べてみると、なかなか面白いですね。

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奇想と哀愁  エドモンド・ハミルトン『星々の轟き』
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 エドモンド・ハミルトンの短篇集『星々の轟き』(安田均訳 青心社SFシリーズ)は、奇想に富んだアイディア、豊かな情緒、時折挟まれるペシミズム…と、今読んでも面白い短篇が多く含まれた作品集です。

「進化した男」
 科学者ポラード博士は、人間の進化の原因が宇宙線にあることを突き止めます。通常の何百万倍もの宇宙線を凝集させる装置を作った博士は、それを自ら浴びることによって人間が進化することを証明しようというのです。友人たちが止めるなか、博士は実験を強行しますが…。
 膨大な宇宙線を浴びることによって進化を促進させようとする科学者を描いた物語です。宇宙線を浴びた博士は、浴びるたびに変容を遂げていきます。肉体的な強靭さを手に入れたかと思えば、脳が巨大化したりと、人間からどんどんとかけ離れていく過程はホラー味が強いですね。
 人類の進化の膨大な時間を一夜のうちに再現するという発想がすごいです。ハミルトンの代表的短篇「フェッセンデンの宇宙」が空間的なスケールの話だとすると、こちらは時間的なスケールの話ですね。結末も驚くような展開で、ハミルトンの短篇中でも傑作の一つといっていいかと思います。

「星々の轟き」
 太陽の寿命による人類の絶滅を防ぐため、太陽系の九惑星評議会はある計画を実行します。それは惑星自体に推進装置を付け、惑星とその衛星ごと、別の太陽を求めて太陽系を脱出するという計画。彼らは脱出に成功するものの、候補であった恒星系はどれも人が住むには難しい環境でした…。
 惑星に推進装置を付けて、惑星自体を宇宙船にしていまおうという、とんでもない設定のSF作品です。ガス惑星にどう人類が住んでいるのかとか、細かい設定は気になるものの、波乱万丈の展開で非常に面白い作品です。ある恒星では、敵のエイリアンと惑星とが戦ったり、エイリアンが太陽系の真似をして惑星を宇宙船に改造して追いかけてくるなど、 破天荒なストーリーが楽しいですね。主人公が太陽系で一番小さい水星人であり、この水星が太陽系の救世主になる…というのも面白いところです。
 ある種馬鹿らしいまでのアイディアでありながら、その強烈な奇想と推進力で読ませる作品になっています。長篇にできそうなぐらいの密度がありますね。


「呪われた銀河」
 山奥で休暇を楽しんでいた新聞記者ギャリー・アダムスは、空から何か隕石のようなものが落ちてくるのを目撃します。落ちてきたのは、明らかに知的生命体が作ったような構造物でした。知り合いのピータース博士とともに構造物を開けようとするギャリーでしたが、一向に開く気配はありません。博士は構造物は純粋なエネルギーの固まりではないかと言うのですが…。
 宇宙からの飛来物をきっかけに、生命誕生の秘密が明かされることになる…という壮大なテーマの作品なのですが、それがまた奇想に富んだ驚くべきもの。実に皮肉めいた作品になっています。
 当時話題になっていたらしい「膨張宇宙説」が上手く物語に使われています。冗談のような結末も、よく考えてみるとハミルトンのペシミズムから来ているような気もしてきます。

「漂流者」
 困窮しているエドガー・アラン・ポオの事務所に、見知らぬ若い女性が現れます。エレン・ドーンセルと名乗る女性は、ポオと自分ははるか未来からやってきて、この時代の人間に精神を宿した未来人だというのです。そしてポオが描く小説には、無意識にその元の世界が反映されているのだと…。
 ポオの小説に現れる空想は真実を元にしていた…という幻想小説です。未来人と名乗る女性が妄想に囚われているのではないか、と見せかけて余韻を持たせる結末も効果的。

「異星からの種」
 画家スタンディファーは、隕石の中から現れた容器の中に二つの植物の種のようなものを見つけます。種を植えてみると、見たこともない植物が発芽し始めます。やがてそれらは人間の男性と女性に似た形に成長していきます。女性型の植物の美しさに驚くスタンディファーでしたが…。
 人型の植物を描いた作品です。宇宙から飛来したという設定ではありますが、その手触りはSFというより幻想小説ですね。短めの作品ではありますが、強い印象を残す佳品です。

「レクイエム」
 住めなくなった地球を離れ、様々な星に人類が植民するようになってから長い時間が経っていました。マスコミ関係者の一行は、太陽の膨張で飲み込まれる寸前の地球の様子を放映しようとやってきます。彼らを苦々しげに見つめるケロン船長は、ふと見つけた一軒の家に心を惹かれます…。
 母なる惑星が滅びるにあたって何の感興も抱かない人間たちと、それを苦々しく思う船長の心境が対比的に描かれます。滅びる地球に捧げる「レクイエム」は一体誰のものなのか? ペシミスティックながらある種の感動をもたらす作品になっています。

「異境の大地」
 伐採場を求めてラオスのジャングルを訪れたファリスは、ジャングル内で微動だにしない現地の男たちを見つけて驚きます。現地で「ハナチ憑き」と呼ばれる彼らは、信じられないほどの遅いスピードで生きているというのです。
 現地で知り合った研究者アンドレが「ハナチ憑き」に執着していました。ファリスは、アンドレを心配する妹リースの手助けをすることになりますが…。
 土着の薬の効果により、時間を異様に遅くすることができる現象が描かれます。ユニークなのは、それにより動きのないと思われていた植物の世界が、動きに満ちた世界であることが明かされるところです。しかも植物たちには意識があり、人間に対して敵対的な意識を持っていた…という恐怖小説的な展開になるところが面白いですね。

「プロ」
 SF作家として名を成したバーネットは、息子ダンがロケットのパイロットになったのは、自分の作品の影響なのではないかと思い悩みます…。
 自らの作品内での想像が実現したことによる喜び、息子が危険な職業に付くきっかけを与えてしまったのではないかという後悔…、過ぎてしまった時間の回想とともに、複雑な思いを抱く作家を描いた心境小説風の作品です。ビターな味わいながら、ハミルトン最良の作品の一つですね。

 この作品集。現在では入手難になっています。以前、これを含む<青心社シリーズ>の復刊がされましたが、結局こちらの本は復刊されませんでした。創元SF文庫でもハミルトンの短篇集が二冊ほど刊行されていますが、この青心社版でしか読めない短篇も多いです。
 「進化した男」「星々の轟き」「異星からの種」「レクイエム」は、この本でしか読めないんじゃないでしょうか。
 上記4篇含め、もう一冊傑作選を編めるぐらいの傑作・秀作はあると思うので、ぜひ新しいハミルトン傑作集を出してほしいものです。

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怪奇ユーモア・スケッチ  ロン・グーラート『ゴーストなんかこわくない マックス・カーニイの事件簿』
ゴーストなんかこわくない―マックス・カーニイの事件簿 (扶桑社ミステリー)
 ロン・グーラート『ゴーストなんかこわくない マックス・カーニイの事件簿』(浅倉久志訳 扶桑社ミステリー)は、マックス・カーニイを主人公としたオカルト探偵もの。陰惨さはなく、ユーモラスで愉快な事件ばかりが起こるという怪奇コメディ的な作品です。

 広告代理店のアート・ディレクター、マックス・カーニイは副業として「幽霊退治人(ゴースト・ブレイカー)」を行っていました。しかし彼の元に持ち込まれるのは、風変わりで突拍子もない事件ばかり。様々な方法を駆使してマックスは事件を解決していきますが…。

 幽霊、ポルターガイスト、魔術による呪い、精霊のいたずらなど、扱われる事件は様々ですが、どれも陰惨さや人死はなく、ユーモラスな題材ばかりになっています。登場する幽霊や精霊たちも、普通に会話が可能で、場合によっては説得が可能だったりするのが面白いですね。
 主人公のマックス自体がアマチュアで、この業界に入ってから数年という設定です。事件の解決方法も、書店で手に入れた魔術書の呪文を唱えるだけ…というパターンも多いです。超自然現象事件の裏に人間関係の真相が現れる、ということもありますが、その真相もそんなに深刻なものではありません。
 徹頭徹尾、軽快でユーモラスに描かれているので、怪奇小説のパロディとして読むのが一番楽しめるのでしょう。

 魔術によって象に変身してしまう男を描いた「待機ねがいます」、姪との結婚を勧める幽霊を描いた「アーリー叔父さん」、夫が人魚と浮気していると思い込んだ妻を描く「人魚と浮気」、カーニイの結婚を描く「カーニイ最後の事件」、ポルターガイストの起こる新築住宅をめぐる「新築住宅の怪異」、透明になれるマントをめぐる「姿なき妨害者」などが面白いです。
 なかでも、冷えた夫婦関係の行方があさっての方向に展開する「人魚と浮気」、超自然現象の原因がとんでもない事実だと判明する「新築住宅の怪異」には、ある種突き抜けたユーモアがあって楽しいですね。

 基本的に作中での年代順に配列されているようで、マックスの結婚を描く「カーニイ最後の事件」以降は、パートナーとなる妻ジリアンも一緒に活躍するようになります。そもそも「カーニイ最後の事件」といいながら、全然最後ではないところも人を喰っていますね。
 この作品、主に1960年代に描かれていますが、その軽妙なタッチは今でも面白く読めます。浅倉久志の翻訳も味があり、怪奇小説版〈ユーモア・スケッチ〉と言ってもいい作品でしょうか。
 作者自身、オカルト探偵ものの系譜を意識していたようで、序文にはブラックウッドの〈ジョン・サイレンス〉やホジスンの〈カーナッキ〉の名前が言及されています。

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11月の気になる新刊と10月の新刊補遺
発売中 ジェイムズ・ブランチ・キャベル『ジャーゲン』(国書刊行会 予価3960円)
11月2日刊 由良君美編『イギリス怪談集』(河出文庫 予価1100円)
11月2日刊 中野美代子、武田雅哉編『中国怪談集』(河出文庫 予価1100円)
11月2日刊 種村季弘編『日本怪談集 奇妙な場所』(河出文庫 予価1100円)
11月2日刊 種村季弘編『日本怪談集 取り憑く霊』(河出文庫 予価1100円)
11月5日刊 イアン・ネイサン『スティーヴン・キング MOVIE & TV コンプリートガイド』(仮題)(竹書房 予価4400円)
11月7日刊 伊藤潤二『センサー』(Nemuki+コミックス 予価968円)
11月8日刊 関口英子、橋本勝雄、アンドレア・ラオス編『どこか、安心できる場所で 新しいイタリアの文学』 (国書刊行会 予価2640円)
11月10日刊 ジェイムズ・ティプトリーJr. 『故郷から10000光年』(ハヤカワ文庫SF 予価1650円)(丸善/honto限定復刊)
11月10日刊 ブルース・スターリング 『スキズマトリックス』(ハヤカワ文庫SF 予価1650円)(丸善/honto限定復刊)
11月19日刊 エトガル・ケレット、アサフ・ハヌカ (画) 『ピッツェリア・カミカゼ』(河出書房新社 予価3190円)
11月20日刊 イーデン・フィルポッツ『赤毛のレドメイン家』(新訳 武藤崇恵訳)(創元推理文庫 予価1320円)
11月20日刊 東雅夫編『平成怪奇小説傑作集3』(創元推理文庫 予価1430円)
11月20日刊 『ガラン版 千一夜物語 3』(岩波書店 3850円)
11月26日刊 ジョージ・ソーンダーズ『十二月の十日』(河出書房新社 予価2420円)
11月28日刊 山口雅也『ミッドナイツ《狂騒の八〇年代》作品集成』(講談社 予価3960円)
11月28日刊 アリエット・ド・ボダール『茶匠と探偵』 (仮題)(竹書房 予価2860円)
11月28日刊 宮部みゆき編 岡本綺堂『半七捕物帳 江戸探偵怪異譚』(新潮文庫nex 予価605円)
11月29日刊 エドワード・ケアリー『おちび』(東京創元社 予価4400円)
11月29日刊 北村薫『謎物語 あるいは物語の謎』(創元推理文庫 予価880円)


 『ジャーゲン』は、アメリカの特異なファンタジー作家ジェイムズ・ブランチ・キャベルの作品《マニュエル伝》から邦訳を刊行するシリーズの第一段。古い邦訳もあるキャベルの代表作で、これは続刊も含めて楽しみなシリーズです。

 以前に丸善の限定復刊と言う形で復刊されていた河出文庫の怪談集シリーズの三作『イギリス怪談集』『中国怪談集』『日本怪談集』が公式に復刊になります。怪奇幻想ファンはマストバイですね。

 『どこか、安心できる場所で 新しいイタリアの文学』は現代イタリア短篇のアンソロジー。文芸中心の作品集のようですが、日本ではまだあまり知られていない作家が沢山入っているようで気になりますね。

 『おちび』はエドワード・ケアリーの新邦訳。「スイスの田舎町からパリへ。お世辞にも可愛いとはいえないマリーは、蝋で人体を作る医師の手伝いをしながら人体のことを学んでいく。『堆塵館』の著者が贈る驚天動地の物語。」とのことで、これは楽しみです。

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怪談の醍醐味  『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』
幽霊島 (平井呈一怪談翻訳集成) (創元推理文庫)
 『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』(創元推理文庫)は、入手難になっている平井呈一の怪奇小説翻訳とエッセイを集めた本です。どれも滋味のある翻訳文で、怪奇小説ファンにとっては素晴らしい贈り物になりました。

H・P・ラヴクラフト「アウトサイダー」
 暗い古城にひとり暮らす「おれ」は、記憶もなくただ一人で暮らしていました。書物からいろいろなことを知るものの、鏡のない場所ゆえに、自分の姿さえ見たことがないのです。ある日「おれ」は、空に続く塔に上ってやろうと考えますが…。
 人間は自分以外おらず、ただ暗い世界で静かに生きる男が覗き見た「外の世界」とは…?
 散文詩の趣もある、ラヴクラフト屈指の傑作。全篇に漲る黄昏の空気と締め付けるような孤独感の描写には、非常に味わいがありますね。

アルジャーノン・ブラックウッド「幽霊島」
 友人たちとも離れ、勉強のために一人、カナダの小島にある小屋で過ごすことになった青年。ある夜更けに、丸木舟に乗った二人のインディアンのような男たちが小屋に近づいてくるのに気がつきますが…。
 得体の知れない二人組が家に侵入してくる…という物語。家の中で身を潜めたり、二人組が「何か」を引きずっているという描写はかなり怖いです。人気のない大森林、限られた登場人物が恐ろしい事態に遭遇する…という演出は、ピンポイントに恐怖感を感じさせます。

ジョン・ポリドリ「吸血鬼」
 その死人のような容貌から恐れられはしながら、刺激を求める人々からは社交界の有名人ともてはやされる男ルスヴン卿。彼が手を出すのは貞淑な女性ばかりでしたが、彼女らは皆不幸な目に会っているというのです。資産家である若き紳士オーブレーはロンドンでルスヴン卿に出会い友人づきあいをするようになります。共にイタリーへの旅に出た二人でしたが、後見人からの手紙を受け取ったオーブレーはルスヴン卿との絶縁を決心します。その直後、オーブレーが恋していた現地の娘イヤンテが死体で発見されます。生前イヤンテは吸血鬼の恐ろしさについて度々語っていました…。
 バイロンの侍医ポリドリの作になる、ヨーロッパ吸血鬼小説の嚆矢となった作品です。悪魔的な吸血鬼ルスヴン卿を描いていますが、主人公であるオーブレーが、一方的に災厄を受け続け死にまで追い込まれてしまうという、徹底的に暗い作品です。
 吸血鬼とはいいながら、後年の同種の作品のように特定のルールに縛られてはいないようで、そのあたり、今読むと面白いですね。昼間から普通に行動していますし、特に弱点なども明記されません。そもそも主人公側が相手を滅ぼそうとする意思以前に、この吸血鬼、どこか催眠術師的な魔力があるようで、何もできなくなってしまうのです。ちなみに作中でこの男、一度死んで生き返っているという描写があり、そうすると「死ぬ前」は人間なのかそうでないのか?など、細かい部分が気にはなるのですが、これは近代の吸血鬼小説を読みなれてしまった読者ゆえの疑問なのかもしれません。
 貴族的・悪魔的な吸血鬼像を描いたという点で、今でも魅力のある作品ではありますね。

E・F・ベンソン「塔のなかの部屋」
 「わたし」には子供の頃から定期的に見る悪夢がありました。それは、友人のジャックの家に食事に呼ばれた「わたし」がその家の塔のなかの部屋に案内され、そこで恐ろしい目に会う…という夢でした。
 細部は異なるものの、部屋について声をかけてくるのはいつも友人の母親と決まっていました。時が経つごとに夢の中の家族たちも年を取っていき、やがて母親は亡くなりますが、なぜか部屋についての母親の声だけが聞こえるのです。
 やがて大人になった私は友人と共に借りた家に滞在することになりますが、そこで見たのは夢の中と全く同じ家と塔でした…。
 長年見ていた悪夢とそっくりの屋敷に滞在することになった男の恐怖を描く物語です。 実際に怪異に出会うシーンももちろん怖いのですが、その前段階で語られる悪夢の詳細が非常に怖いです。怪奇小説の名匠ベンソン(ベンスン)のアンソロジーピースの一つであり、英米怪奇小説の名作の一つといっていいかと思います。

F・G・ローリング「サラの墓」
 語り手の「わたし」は教会の修理の仕事をしていた父親の遺稿から、恐ろしい事件の顛末を知ります。旧友グラントから僻村ハガーストーンの教会の修理に招かれた父は、工事の都合上、禁忌めいた碑文の刻んである古い墓を移動することになります。
 そこには200年近く前に魔女として恐れられ殺されたという伯爵夫人サラの亡骸が眠っていたのです。墓を開けてからすぐにその教会の周りでは家畜が殺されるなどの事件が相次ぎます。そして伯爵夫人の亡骸には生きているかのような血色が戻り始めていました…。
 魔女だったという噂もある伯爵夫人の墓を暴いてしまったために、吸血鬼化した夫人が現れ出るようになるという物語です。動きに富んだ作品で、登場する吸血鬼の姿やその行為は視覚的かつ色彩豊か。主人公たちが吸血鬼を退治するまでの流れもスピーディで、エンターテインメント性に富んだ作品です。

F・マリオン・クロフォード「血こそ命なれば」
 イタリア南部の辺鄙な村に「わたし」は塔を所有していました。訪れた友人ホルゲルは、そこから見える塚の上に死骸のようなものが見えると話します。しかし近づくと何も見えなくなるのです。その塚にまつわる話を「わたし」は友人に話し出します。
 かって資産家だったアラリオ爺さんの死後、彼の資産を持ち逃げした二人の賊は、現場を村の娘クリスチーナに目撃されたため彼女を殺し、死骸を盗んだ金とともに塚に埋めてしまいます。クリスチーナは死後吸血鬼となり、生前思いを寄せていたアラリオの息子アンジェロのもとに現れるようになりますが…。
 オーソドックスな吸血鬼譚なのですが、怪異が起こるようになるまでの事情がメロドラマとして厚みがあり面白い作品です。吸血鬼になってしまう女性が本当になりゆきであって、生前に罪悪を重ねていたりするわけではないところも興味深いですね。
 ちなみにこの作品、別訳もありますが、そちらの邦題「血は命の水だから」(深町眞理子訳 矢野浩三郎編『怪奇と幻想1』角川文庫 収録)も味わい深いです。

W・F・ハーヴェイ「サラー・ベネットの憑きもの」
 みなし子となったフランク・ダイシーと従妹たちをライジンガム農場で育てたサラー・ベネット大伯母さん。彼女の身の回りには、度々不思議な現象が起きていました。サラーに何かを訴えかけるような現象の数々にもかかわらず、信仰の深いサラには大した影響を及ぼしていませんでした…。
 死後の世界からのメッセージに対して、その信仰の深さゆえにほとんど反応しない女性。生者と死者、互いの「孤独」とそのすれ違い、断絶が描かれるという、味わい深い作品です。

リチャード・バーラム「ライデンの一室」
 薬学の勉強のためオックスフォード大学に入学した青年フレデリックは、突然学業を放棄し友人のいるライデンに向かいます。一方、フレデリックの祖父ハリス牧師は、知り合いの娘メアリ・グラハムが死に掛かってから妙な幻影を見るという話を聞きますが…。
 奇談を集めたというバーラムの『インゴルズビー伝説集』の一篇です。青年がどうやら黒魔術のようなものに手を出して、恋人だった娘がそれにより呪われている…という物語が語られるのですが、その詳細や経緯はあまり語られないため不気味さの際立つ作品です。

M・R・ジェイムズ『若者よ、笛吹かばわれ行かん』
 バーンストウに休暇に訪れたパーキンズ教授は、友人に頼まれた古代の遺跡を調査している最中に、古代の笛のようなものを手に入れます。それを吹いてみてから、パーキンズの周囲にはおかしなことが起こり始めますが…。
 古代の笛の呪いにより怪現象に襲われると言う、シンプルな怪奇小説です。因果応報ではなくアイテムに触れることで無条件に現れる…というあたりにモダンな印象を受ける作品ですね。ジェイムズの傑作の一つです。

J・D・ベリスフォード「のど斬り農場」
 広告を見て泊まりに訪れた谷間の農場は、現地の住民からは「のど斬り農場」と呼ばれるやせた土地でした。日ごとに家畜が減っていくなか、農場の主人は頻繁に包丁を研いでいました…。
 明確な怪奇・恐怖現象は起こらないながら、惨事を予感させた描写を積み重ねていくという「雰囲気派」作品。「のど斬り農場」が本当に恐ろしいところだったのかは最後まで分からないのですが、その恐怖感は素晴らしいですね。

F・マリオン・クロフォード「死骨の咲顔」
 死の床に就いたヒュー・オクラム卿は、息子のガブリエルと姪のイヴリンの結婚に反対していましたが、臨終に至ってもその理由は明かしません。父の死後、いてもたってもいられなくなったガブリエルは、一族の納骨所に入っていきますが…。
 死の影に包まれた一族、罪を隠す当主、不思議な老婆、屋敷に起こる怪奇現象。青年と娘の恋の行方はどうなってしまうのか…? これでもかといわんばかりのムードたっぷりのゴシック風怪奇小説です。奇妙な明るさに満ちた結末も面白いですね。

シンシア・アスキス「鎮魂曲」
 まだ若い美貌の女相続人マーガレット・クレワー。しかし彼女には身寄りがなく心臓に病を抱えていました。彼女の侍医となった「わたし」はマーガレットに恋をするようになります。やがてマーガレットは「わたし」に身に起こった不思議な現象を語り出します。 自分の目の前に、自分そっくりの人物が現れ、その代わりに鏡像が消えていたというのです。幻覚だと信じない「わたし」でしたが、やがてマーガレットの様子が変わってしまったことに気がつきます…。
 過去の亡霊に憑かれるという、いわゆる「憑依もの」作品なのですが、著者の筆が達者なこともあり非常に読ませます。怪異現象の描写を見る限り「分身小説」の趣もありますね。味わいのある名作だと思います。

オスカー・ワイルド「カンタヴィルの幽霊」
 幽霊が出るというカンタヴィル屋敷を購入したアメリカ人公使のオーティス一家。その屋敷には数百年前に、妻を殺害し行方知れずになったというカンタヴィル家の先祖サー・シモンの幽霊が出続けているというのです。
 実際にオーティス一家の前に姿を現した幽霊でしたが、現実的なアメリカ人一家は、幽霊に対しても全く恐怖を抱きません。いたずら好きの双子に至っては逆に幽霊をからかい始めますが…。
 伝統的な幽霊屋敷に現実主義者のアメリカ人一家が住んだら…というパロディ風味のゴースト・ストーリーです。風刺的なタッチながら、作りはしっかりしています。幽霊が登場してからは、幽霊目線でアメリカ人一家を怖がらせようと苦心する視点が登場しますが、その苦心惨憺ぶりは愉快ですね。

 付録のエッセイ・雑文も充実しているのですが、一番目立つのは、平井呈一と生田耕作の対談「対談・恐怖小説夜話」。最初はゴシック小説についての話なのですが、段々と翻訳の話になっていきます。趣味人の極致みたいな二人なので、翻訳についての態度も非常に厳しいです。
 名訳者として知られる矢野目源一でさえ「まあまあ」という扱いなのはすごいですね。 L・P・ハートリー「怪奇小説のむずかしさ」は、タイトル通り怪奇小説の難しさについて語ったエッセイ、M・R・ジェイムズ「試作のこと」は、ジェイムズのアイディアだけで形にならなかった作品についてのエッセイです。「怪談つれづれ草 1 古城」は、怪奇小説における城について語ったもの。
 現代ではあまり城を扱った作品はないとしながらも、近作(当時)として、レイ・ラッセル「サルドニクス」を評価しているのは流石ですね。「怪談つれづれ草 2 英米恐怖小説ベスト・テン」でも、現代編にはラッセル作品が入っています。
 「怪談つれづれ草 2 英米恐怖小説ベスト・テン」、古典編では、お馴染みの作品や、後に翻訳を手がけたアンソロジーピースなどが多いです。興味深いのは現代編でしょうか。ラッセルの他、ダーレス、ブラッドベリ、ケラー、コリア、グレンドン、ブレナンなどの名前が挙がっています。
グレンドンはオーガスト・ダーレスのペンネームだったと思うので、結構ダーレス作品は気に入っていたようですね。
 「英米恐怖小説手引草」「恐怖小説手引草拾遺」は、それぞれ英米恐怖小説について短くまとめたものと、未訳の怪奇小説について紹介したエッセイ。後年翻訳紹介されたものもされていないものもありますが、今読んでも味わい深いエッセイになっています。

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蜘蛛の波  エゼキエル・ブーン『黒い波 破滅へのプレリュード』
黒い波 破滅へのプレリュード (ハヤカワ文庫NV)
 エゼキエル・ブーンの長篇小説『黒い波 破滅へのプレリュード』(山中朝晶訳 ハヤカワ文庫NV)は、人間を襲う蜘蛛を描いたパニック・ホラーなのですが、被害の規模が世界的で、世界各地の様子がカットバックでドキュメンタリー風に描かれていくという作品です。

 ペルーの秘境を訪れていた大富豪ヘンダーソンは、ガイドたちが森の中で遭遇した蜘蛛に襲われるのを目撃し、命からがら逃げ出します。
 一方インドでは不可解な振動が観測され、中国では自国内で核爆弾が投下されたことがわかります。
 蜘蛛が専門であるワシントンの生物学教授メラニー・ガイヤーは、ナスカの蜘蛛の地上絵の下から発見されたという古代の卵嚢を受け取りますが、その卵嚢は孵化を始めようとしていました…。

 人間を襲う謎の蜘蛛が世界各地で発見され、被害が拡大する様子が描かれていきます。大量の登場人物が登場しますが、主にメインとなるのは蜘蛛の研究者であるメラニー、そしてその元夫である大統領首席補佐官マニーとマニーと恋人関係にある女性大統領ステファニーです。
 最初は南米、インド、中国などから被害が始まり、その様子を伝え聞いたホワイトハウスや関係者は必死でアメリカ上陸を防ごうと対策を立てようとします。人喰蜘蛛の上陸を防ぐことはできるのか…?

 登場する蜘蛛が強烈で、毒やウイルスではなく直接人間を食べてしまうという凶暴さ。しかも社会性を持ち集団で襲ってくるのです。繁殖は早く、成体の状態で孵化します。銃などで単体を殺すことはできますが、集団で襲われたら対策は全くないという凶悪極まりない生物なのです。
 ただ蜘蛛との全面対決が始まるのは作品のかなり後半になってからで、前半は主に小規模な被害と、それに遭遇する世界各地の登場人物たちの人物紹介といった要素が強いです。どうやら、この作品、三部作かそれに近い構想のようで、本作でも物語は完全に完結しません。あくまで一時的に事件が終息するという形で物語は閉じられます。

 ちょうど面白くなったところで終わってしまうので、正直ちょっと消化不良の感はあるのですが、スケールの大きさといい蜘蛛の恐怖感をそそる描写といい、ホラー小説として非常に面白い作品だと思います。
 続刊の邦訳が出ていないのは、売行きがあまりよくなかったせいなのでしょうか。続きが読んでみたい作品ではありますね。
 なお、蜘蛛が人間に寄生したりと、映画『エイリアン』ばりのグロテスクな描写もあるので、そのあたりが苦手な人は避けた方がいいかもしれません。

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最近読んだ漫画作品

黒―kuro― 1 (ヤングジャンプコミックス) 黒―kuro― 2 (ヤングジャンプコミックス) 黒―kuro― 3 (ヤングジャンプコミックス)
ソウマトウ『黒―kuro―』(ヤングジャンプコミックス 全三巻)

 少女「ココ」と真っ黒な猫「クロ」との日常生活を描くコミック作品なのですが、ホラー的な背景がだんだんと明かされるという不穏な作品です。
 少女ココは愛猫クロとともに屋敷で暮らしていました。町の道を外れると得体の知れない怪物が闊歩しており、人間を襲ってくるのです。しかしココにはその怪物たちは見えず、クロはココを守るように怪物たちを殺して回っていました…。
 特に世界観の説明もなく唐突に怪物が現れるものの、ヒロインの少女はそれらが見えず、怪物の血を浴びてもそれに気付かない…という不穏な状況で物語が始まります。どうやらこの世界では人間を襲う怪物がたくさん存在するらしいのです。
 なぜココは怪物を認識できないのか? クロは何者で、なぜココを守るのか? ココの過去に何があったのか? 複数の謎が、過去の出来事を描くエピソードで少しづつ明かされていきます。
 少女の悲しい過去と、世界に関する謎が少しづつ明かされていく展開は非常にサスペンスフル。少女を見守る大人や友人は彼女を助けることができるのか? 短めの作品ながら世界観に厚みがある作品です。結末に至っても明かされない部分もあり、いろいろ想像しながら読み進むのも楽しいですね。
 キャラクターは可愛い絵柄ながら、怪物はグロテスクで、血が出るシーンは結構強烈です。読む人を選びそうですが、傑作といっていい作品ではないでしょうか。



マリアの棲む家 (ビームコミックス)
ハセガワM『マリアの棲む家』(ビームコミックス)

 本格的なホラーコミック作品なのですが、怪異描写の邪悪さ・異様さが群を抜いています。
 五年前に行方不明になった上場企業の社長令嬢、真理愛。彼女には父親から莫大な懸賞金がかけられていました。依頼を受けた探偵日村は真理愛の捜索を開始します。奇怪なことに、捜索範囲はかって真理愛が住んでいた「一軒家内」だというのですが…。
 いわゆる「幽霊屋敷もの」に属する作品といっていいのでしょうか。行方不明(すでに死亡?)になった少女の影響で家が奇怪な状態になっており、その家に近づいた人間に悪影響を及ぼしています。この家の怪異現象の表現が、普通の霊的・超自然的なそれとは一線を画しているのが特徴です。
 特に後半に登場する「異界」の表現はシュールかつグロテスクで、その風景はまるでボッシュかブリューゲルといった趣。お話自体はわりとシンプルなのですが、この「異界」描写の強烈さだけでも印象に残る作品ですね。



おなかがすいたらおともだち (ビッグコミックススペシャル)
おぐりイコ『おなかがすいたらおともだち』(ビッグコミックススペシャル)

 人を寄せ付けない優等生といじめられっ子、二人の少女の友情を描くマンガ作品ですが、実はいじめられっ子の方はすでに死んでいて虫のような知性体に寄生されていた…というすごい話です。
 知性体は人間をエサにしていて、家にさそいこむために優等生の少女と友達になろうとする…というホラー作品なのですが、やがて人間としての友情に目覚め始めるという思いもかけない展開に。
 二人を見守る優しい教師がエサとして食べられてしまったりと残酷かつスプラッターな描写と、初々しい少女たちの友情シーンが同時進行で描かれるという独自の作風で、これは傑作といっていいのではないでしょうか。



報いは報い、罰は罰 上 (ビームコミックス) 報いは報い、罰は罰 下 (ビームコミックス)
森泉岳土『報いは報い、罰は罰』(ビームコミックス)

 イギリスから移築された巨大な屋敷を舞台にしたゴシック・ホラー作品です。全篇、闇と影に覆われたタッチが素晴らしいです。
 アメリカから帰国した清水真椿は、妹の真百合が失踪したという知らせを受けて、妹が嫁いだという小田家を訪れます。訪れた家は、一族の曾祖母ヴィクトリアがイギリスの本家から移築したという巨大な屋敷でした。
 出会った小田家の一族は、妹の夫である当主の道之をはじめ、皆が奇矯な性格の人間でした。妹のことを訊ねてもはっきりしないどころか、夫の道之に至っては既に愛人まで引き連れていたのです。屋敷とそこに住む人々に不穏な思いを感じながらも、妹が残した娘、葛野を連れ帰ろうと考える真椿でしたが…。
 何やらいわくのあるらしい屋敷と一族、妹はいったいどこに消えたのか? やっと出会えた姪も何やら精神的におかしくなっているらしく、主人公は困惑します。そもそも主人公自体、夫との結婚生活が破綻し、精神的に不安定になっているのです。そんな中、やがて殺人が起こりますが…。
 全篇、屋敷を覆うタッチは闇と影ばかりであり、序盤、まだ何も起こっていない段階からして、すでに禍々しい雰囲気が漂っています。ただの部屋や廊下の描写なのに、これほどの「暗さ」の描写は初めて見ました。正直、怪奇現象や霊現象が起こらなくても、すでに「怖い」です。
 妹の失踪、一族が抱える思い、心を閉ざす姪、精神のバランスを崩した主人公、そしていわくのある巨大な屋敷…。不穏な要素のオンパレードで、不安になるような作品です。読んでいて、シャーリイ・ジャクスン『丘の屋敷』を思い出しました。
 一族の血の争いと超自然現象が同時に進行するという、本格的なホラー作品で、近年のホラーコミックの収穫の一つと言っていいのではないでしょうか。結末に至るまで解けない謎もあり、物語が「広がり」を持っているところも魅力的です。



セリー (ビームコミックス)
森泉岳土『セリー』(ビームコミックス)

 近未来、大幅な気候変動で人類が滅びつつある世界を舞台にした作品です。
 気候変動により、文明と人類がゆっくり滅びつつある時代、成人男性カケルは標準型ヒューマノイドのセリーとともに、家に留まっていました。備蓄や発電設備もあり、何より書庫のある家をカケルは愛していたのです。
 日々、書庫の本をセリーとともに読んでいたカケルでしたが、ある日突然システム・エラーが起こります…。
 滅びつつある世界の中でひたすら本を読み続ける…という静謐さにみちた作品です。未来のない世界で、本の記憶を残すことに何の意味があるのか…?
 「書物」や「記憶」が重要なテーマになっている作品で、幻想小説好きの方の琴線に触れる作品だと思います。
 併録の短篇「手牛の血」も、非常にシュールな味わいの作品で楽しめます。
 透明なカバーを始めとした造本もとてもお洒落ですね。



THE  MOON (1) (小学館文庫) THE  MOON (2) (小学館文庫) THE  MOON (3) (小学館文庫) THE  MOON (4) (小学館文庫)
ジョージ秋山『ザ・ムーン』(小学館文庫)

 1972~1973発表の、少年たちが精神力でロボットを操作し、悪と戦うというロボット漫画なのですが、善悪の観念が揺らぐような思想、強烈なバッドエンドと、少年漫画の枠には収まりきらない問題作です。
 少年サンスウを初めとする9人の子供たちは、大富豪魔魔男爵から、巨大ロボット「ザ・ムーン」を贈られます。莫大な金を使って作られた「ザ・ムーン」は、少年たち9人の精神力が揃ったとき初めて操作することができるのです。少年たちは日本の平和を脅かす敵たちと戦い続けることになりますが…。
 正義心の強い少年少女たちがロボットを使って敵と戦う…という、一見、ロボット漫画のフォーマットに則った作品なのですが、ところどころ少年漫画の枠を超えたような描写や思想が現れる、異様な迫力のある作品です。
 登場する敵たちの考えもそれなりに筋が通っており、中には単純に悪とは言い切れない人物も登場します。そんななか、主人公たちも自分たちが本当に正義なのか自問するシーンも見られたりと、善悪の相対化が見られるのです。
 ロボットがあるといはいえ、主人公たちは基本的に普通の子供たちであり、素手ではそれほどの力があるわけではありません。彼らを狙ってくるプロの暗殺者たちもあり、囚われたり攻撃されたりと、少年たちを分断しようとする勢力も現れてきます。
 そんな中、魔魔男爵の配下である忍者「糞虫」が彼らをサポートすることになります。この「糞虫」、ネーミングはひどいのですが、凄腕の忍者であり、人間離れした動きと戦闘力で、度々子供たちの危機を救います。
 「ザ・ムーン」は子供たち9人が揃わないと動かないため、その秘密を知った敵たちは子供たちを分断しようとします。ロボット起動まであと一人足りない…というのが、毎回サスペンスを高める働きをしていますね。
 主人公の少年がサンスウ、ヒロインがカテイカなど、9人の子供たちの名前が皆、学校の科目名と同じになっているのも面白いところです。
 「ザ・ムーン」は「格好いい」というよりは、どこか「不気味さ」のあるロボットで、起動音が「ムーン、ムーン」という擬音で表されるのも独特です。起動時に目からオイルが流れ、それが泣いているように見えるというのもユニークですね。この表現が最終話では非常に効果的に使われています。
 今読んでも、その前衛性・先駆性が感じられるぐらいなので、発表当時(1970年代初頭)は相当ショッキングな作品だったのではないでしょうか。



デロリンマン 1970・黒船編
ジョージ秋山『デロリンマン 1970・黒船編』(復刊ドットコム)

 異色のヒーローものマンガ『デロリンマン』の連載後半部分で、長らく読めなかったもの。SF要素が強めの「破滅SF」作品です。
 『デロリンマン』は元々ギャグ漫画なのですが、この『黒船編』では、黒船に乗ったぺリル星人という宇宙人が自分たちの正義を主張し、地球を征服する…というシリアス路線のお話になっています。
 主人公のデロリンマンは、両者を和解させようと奮闘しますが空しく、地球は滅ぼされてしまいます。クライマックスでは後年の作品『ザ・ムーン』で登場するロボットの原型が登場します。ただこのロボット、敵の宇宙人側の兵器で、人間側はなすすべがありません。
 なかなか面白く読んだのですが、そもそも原典の『デロリンマン』を読んでいないのもどうかと思い、そちらの方も読んでみました。



デロリンマン 1~最新巻(文庫版) [マーケットプレイス コミックセット]
ジョージ秋山『デロリンマン』(徳間コミック文庫)

 オリジナル(といっても連載の前半部分です)はこんな話です。主人公が自殺未遂によって二目と見られぬ顔になってしまうのと同時に、精神にも異常を来たしますが、自らをデロリンマンと称して人々を助けようとします。しかし全てが空回りしてしまう…という作品。
 妻子に再会してもその容貌ゆえに父親と認めてもらえないうえに、いろいろとひどい目に会う…という悲喜劇で、タッチはギャグながらかなり強烈なテーマ性を持った作品です。
 ややこしいことに『少年ジャンプ版』(後半は黒船編)のあとに『少年マガジン版』があり、『マガジン版』はリメイクになっています。『マガジン版』の方が少し救いがあって、後半でデロリンマンは妻子に認めてもらい一緒に暮らすようになります。
 しかしこちらはこちらでブラックな展開があります。デロリンマンの息子が事故のショックで変貌してしまい「独裁者ノーリターン」なる怪人になってしまうのです。
 どちらのバージョンでもデロリンマンの思想を否定する「オロカメン」という仮面のキャラクターが登場し、デロリンマンと対立します。「力なき正義は無力」という、後の『ザ・ムーン』にもつながるテーマは興味深いところですね。
 2000年代になってから書かれたという『平成版』というのもあって、こちらも『黒船編』に収録されているのですが、タッチがリアルすぎて、こちらはちょっと違和感がありますね。



地上最強の男竜
風忍&ダイナミックプロ『地上最強の男 竜』(角川書店)

 ギャグすれすれのツッコミどころ満載のマンガなのですが、飽くまでシリアスに展開される作品です。カルト作品として有名になっているようですね。
 なぜか世界中から命を狙われる男、竜が主人公。彼はかってその強すぎる力で対戦相手を殺してしまっていました。対戦相手の恋人である女性は、竜の師匠に武芸を習い、彼を殺そうと襲ってきますが…。
 仮面によって力を封印されているとか、序盤の時点でかなりおかしい設定ではあるのですが、復讐をメインに据えた前半部分はまだまともな雰囲気です。
 強烈なのは後半です。竜を倒すために封印されていた救世主キリストが復活し、キリストはさらに最強の男として宮本武蔵とブルース・リーを復活させるのです。
 毎ページどこかしら「変」だという、シュールな格闘マンガなのですが、これがまた読んでいて面白いのですよね。画力が高いだけに、その「変」さも際立っています。
 1977年発表ですが、今読んでも面白い作品です。



聖マッスル
『聖(せんと)マッスル』(ふくしま政美画、宮崎惇原作 太田出版)

 カルトコミックとして有名な作品ですが、予想以上にシュールで迫力のある作品でした。荒廃した世界を舞台に、記憶を失った主人公の男が様々な都市をめぐりながら人間の生き方について考える…という、結構真面目で真摯なテーマの作品なのですが、グロテスクなまでに誇張された人間の肉体や筋肉の描写が強烈で、テーマの方がかすんでしまうというシュールな作品です。
 なぜか主人公が登場時からずっと全裸という設定からしてシュールです。第一話に登場する敵とその屋敷の描写も異様なグロテスク味があって、序盤から唖然としてしまう人が多いかと思います。最初はギャグやユーモアのつもりでやっているのかと思いながら読み進んでいくと、大真面目にやっていることが段々わかってきます。そのテンションに慣れてくると、これはこれで面白い作品だと思えるようになるから不思議ですね。



ひょうひょう
ネルノダイスキ『ひょうひょう』(アタシ社)

 ユニークな発想と珍妙な世界観で、とにかくシュールなマンガ作品です。何が起きてどうなるのか、最初から最後まで予想がつかない…という意味ですごく面白い作品集ですね。
 柴犬の尻を拭く部署に配属された新人社員を描く「コーサ」、同居人の壁の住人との生活を描く「エソラゴト」、死後の世界を探索するという「アザーサイド」、捨てられた家を焼く仕事を描いた「家葬」、ある日田んぼに現れた謎の存在「もへじ様」との対決を描いた「へのへのもへ」、古い絵皿の中の世界に入ってしまうという異世界譚「皿TRIP」などが面白いですね。
 死後の世界を見て回るという「アザーサイド」はホラーとして読んでもいいようなかなり怖い作品です。謎の存在「もへじ様」に襲われる一行がそれを封印しようとする「へのへのもへ」はアクションもあって楽しい作品。
 古い絵皿の中に別世界があって、そこに仙人のような存在が住んでいるという「皿TRIP」は、中国の古い幻想物語を思わせて味わいがありますね。
 登場人物たちは、主にシンプルな描線の猫のような存在として描かれるのに対して、背景や物体に関してはかなり描きこまれていて、その対比も面白いです。特に「アザーサイド」で描かれる死後の光景は、リアルかつシュールで見ごたえがありますね。



グランド・ツアー―英国式大修学旅行 (中公コミック・スーリスペシャル)
石ノ森章太郎『グランド・ツアー 英国式代修学旅行』(中央公論社)

 18世紀、英国貴族の子弟の教育の一環として行われていたフランス・イタリアなどをめぐる旅行、通称「グランド・ツアー」をマンガ仕立てで描いた作品です。
 「グランド・ツアー」は、英国の貴族の子弟が当時文化の先進国だったフランスやイタリアの各都市を教育を兼ねてめぐるという大旅行。短い場合は一年、長い場合は五年近くも旅行して回ったといいます。
 ぼんくらの若殿トーマスと家庭教師のスミス先生を主人公として、ヨーロッパの各地(といってもフランス・イタリア・スイスです)をめぐる旅がユーモラスに描かれていきます。外国語がわからなくて立往生したり、スリにあったり、現地の女性に目を奪われたりと、二人の旅はなかなか上手くいきません。
 パリの街が非常に汚かったとか、貴婦人の結い上げた髪の中に虫がいっぱいいるとか、オペラや芝居を客がちゃんと見ていないとか、当時の町や人々の様子が美化せずに描かれているところが面白いですね。
 原作は、本城靖久『グランド・ツアー 英国貴族の放蕩修学旅行』(中公文庫)というノンフィクションで、こちらもすごく面白い本です。石ノ森章太郎はこちらの本のエッセンスを上手く絵に置き換えていて、秀逸な作品になっていると思います。



未来の想い出 (ビッグコミックス)
藤子・F・不二雄『未来の想い出』(小学館)

 漫画家、納戸理人はかっては人気作家だったものの、今では作品を打ち切られるなど落ち目になっていました。参加したゴルフコンペでホールインワンを出した納戸は、ショックで気を失います。気がついた納戸は、自分が漫画家の卵だった20年前に戻っていることに気がつきます。
 納戸は、自分の作品で新たな道を模索すると同時に、命を落としたかっての憧れの女性、水谷晶子の苦境を救おうと考えます。しかし運命を変えようとすると、強烈な頭痛が始まってしまうのです…。
 漫画家の主人公が何度も人生をやり直すという「ループもの」作品です。人生を変えようとすると「運命」が邪魔をしようとしたり、別の形で災難が降りかかるなど困難はあるものの、大体において、主人公の願いは少しづつ実現していきます。その意味で、多少物足りない感がしないではないのですが、主人公のポジティブさとも相まって、非情に読後感のいい作品になっています。
 読んでいて、ジャック・フィニィのいくつかの作品や、リチャード・マシスン原作の映画『ある日どこかで』、ケン・グリムウッド『リプレイ』など、似たテーマの作品が思い浮かんできますね。
 『未来の想い出』には、こうした時間SFテーマのエッセンスが作品全体に散りばめられていて、海外のSF小説が好きな方には非常に楽しめる作品だと思います。



憂夢: あの頃にもう一度 (1) (ビッグコミックススペシャル) 憂夢: 面影ふたたび (2) (ビッグコミックススペシャル) 憂夢: 愛のはじまり (3) (ビッグコミックススペシャル)
藤子不二雄A『憂夢』(小学館ビッグコミックス)

 レンタルビデオ店「憂夢」から借り出したビデオを見た客に、様々な不思議な出来事が起こる…という作品。同著者の有名作『笑ゥせぇるすまん』と同じく、ちょっとブラックなオムニバス短篇連作集です。
 この『憂夢』に、ジャック・フィニィへのオマージュがあります。第1話のタイトルは「ふりだしに戻る…」であり、作中にフィニィの本そのものも登場するというフィニィのファンには非常に楽しいエピソードになっています。
 ビデオというメディアが題材になっている関係上、ノスタルジックなエピソードも多く、作品の成立そのものにフィニィ作品の影響もおそらくあるのでしょう。
 エピソードの内容は、妻子と別居同然になっているベテラン漫画家が、レンタルビデオ店「憂夢」でビデオを借りるが、そこには若き日の自分と思いを寄せる女性の姿が映っていた…というお話です。A先生らしくブラックな結末が待っています。
 今となってはビデオというメディア自体が古くなってしまいましたが、この作品の作風上、今読むと逆にレトロな雰囲気も感じられていい味を出しています。憂夢は、世界に一つだけしかないというビデオを、毎回9990円で貸し出すのですが、これは安いのか高いのか…。
 ちなみに作中に登場する『ふりだしに戻る』は、1973年刊の角川書店の海外ベストセラー・シリーズ版ですね。1991年に角川文庫版が刊行されるまで、この本は入手が難しく、貴重な本でした。

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最近読んだ本

みんな行ってしまう (創元SF文庫)
マイケル・マーシャル・スミス『みんな行ってしまう』(嶋田洋一訳 創元SF文庫)

 粒ぞろいのSFモダンホラー短編集。収録作はどれも面白いのですが、特に面白かったのは、「地獄はみずから大きくなった」「猫を描いた男」「バックアップファイル」「いつも」でしょうか。

「地獄はみずから大きくなった」
 あらゆる病気を治療するナノテク装置を目指して研究を続ける、男女三人の科学者。しかし実験の途中で感染した菌で女が死んでしまったことから、研究の目的は別のものにすり替わっていきます。
 亡き女性と話をするために、霊媒の脳を研究し、生理学的に霊と接触できるようにしようというのです。実験は成功しますが、ナノマシンの繁殖力は予想を遙かに超えて、世界中に広がってゆきます。死者が見えるようになった人々はつぎつぎと混乱を来し、世界は終末を迎えようとしていました…。
 死者と接触する能力を、物理的に作り出そうとする発想が秀逸です。普通の作家なら、滅び行く世界で希望を失わない少数者たちの物語にでもなるのでしょうが、スミス作品は圧倒的にペシミスティックです。

「猫を描いた男」
 ある日ふらりと現れた長身の男は絵描きだと名乗り、まるで長年その町にいたように生活にとけ込んでしまいます。彼の描く絵は素晴らしく、飛ぶように売れていきます。画家は、思いを寄せていた人妻と息子に対して夫が暴力をはたらいているのを知ります。
 画家は「自分の一部」を込めて虎の絵を描きますが、激昂した男が絵の前に現れたとき起きたこととは…?
 奇妙な味の作品です。オーソドックスな題材ですが、丁寧な作りで読ませます。不思議な能力を持つよそ者を、超自然には懐疑的な語り手が語るという、これまた伝統的な語りで語った手堅い作品。

「バックアップファイル」
 愛する人を失った男が、家族を蘇らせようとします。その手段とは「バックアップファイル」によるものでした…。
 蘇りが超自然的なものではなく、SF的な設定によってなされるというユニークな作品。ただ、その方法がどのような仕組みになっているのかは一切説明されません。
 男のヴァーチャル空間における幻影なのかと思いきや、読み進むと実体のある存在であることが判明します。下手な説明がないだけに、余計に不気味な雰囲気を出していますね。

「いつも」
 父親がいつもくれるプレゼントの包装があまりに完璧なことから、超自然的な方法が使われているのではないかと、娘は想像します。母の死後、訪れた家で父親は母親の遺体を小さく「包装」しますが…。
 あっけらかんとするほどの雰囲気の中で、ある種不気味な後味を残す、象徴的な作品。失った家族に対する愛がテーマの作品でもあります。



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エリック・フランク・ラッセル『金星の尖兵』(井上一夫訳 創元推理文庫)

 工場経営者ハーパーは、突如頭の中に悲鳴が響くのを聞きます。彼はテレパス能力者だったのです。声の先には警官が倒れており、彼はやがて死亡しますが、第一発見者のハーパーは容疑者としてマークされてしまいます。事件を独自に調べ始めたハーパーは、能力を使い容疑者を絞り込んでいきます。
 やがて犯人らしき女性を特定したハーパーは、その人物にあったとたん、衝動的に相手を射殺してしまいます。ハーパーが捉えた相手の意識は人間のそれではなかったのです…。
 テレパス能力を持つ主人公が、他惑星からの侵略者が人間に化けていることに気付いてしまい、彼らから追われる…という侵略テーマ作品です。時代的なものもあるのでしょうが(1955年発表)、敵方の宇宙人が妥協の余地のない「悪」として扱われています。それだけに「善悪の是非」とか「思想性」などは皆無のエンターテインメントになっており、終始爽快な作品になっています。
 主人公のテレパス能力がかなりご都合主義的に使われている面もないではないのですが、それを差し引いても、痛快な娯楽作として今でも非常に面白い作品です。



脳波 (1978年) (ハヤカワ文庫―SF)
ポール・アンダースン『脳波』(林克己訳 ハヤカワ文庫SF)

 地球の全生物の知能が飛躍的に増大したらどうなるか、というテーマのSF作品です。スケールが大きくなりそうなテーマなのですが、あまりそうならないところが逆に面白いですね。
 ある日、宇宙線によって、生物の知能が飛躍的に増大するという現象が起こります。人間が使い切れていない脳の能力が発揮されるようになったというのです。しかし人間はその知能に適応する者と適応できないものとに分かれてしまいます。
 学者である主人公コリンズと凡人である妻シーラ、もともと知能にかなりの差がある夫婦は、知能の増大によって亀裂を深めていきますが…。
 人間の知能増大によって個人や社会にどんな影響が出てくるのか…という設定を、非常に丁寧に描いた良作です。ただ「人類の進化のヴィジョン」みたいな壮大な話にはならず、飽くまで、小さな範囲での個人や集団の軋轢を中心に描かれていきます。
 オーソドックスな作品ではあるのですが、それだけにSFが苦手な人でも楽しく読める作品ではないでしょうか。



クローディアの秘密 (岩波少年文庫 (050))
E・L・カニグズバーグ『クローディアの秘密』(松永ふみ子訳 岩波少年文庫)

 少女クローディアは、弟のジェイミーを伴って家出をすることにします。二人はニューヨークのメトロポリタン美術館に忍び込み、夜はそこで過ごすことになります。折りしも、美術館が購入した天使の像がミケランジェロ作であるかどうかをめぐって議論が交わされていました。
 姉弟は天使の像をめぐって、ある秘密を発見したのではないかと大喜びしますが…。
 家出した姉弟のささやかな冒険を描いた瀟洒な作品です。おおらかな姉と、お金にうるさいながらしっかり者の弟のコンビには味がありますね。この二人、家出しながらもまったくホームシックにかからず、楽しげに暮らしている…というのが面白いところ。
 何より、二人が選んだ住処であるメトロポリタン美術館での生活が非常に楽しげに描かれています。時代物のベッドで寝たり、噴水で水浴びしたり、時には展示品を見て回ります。誰もいない広大な博物館内で子供たちがたった二人。非常に夢見心地になるようなシチュエーションなのです。
 作品自体が枠物語になっているのも面白い趣向です。大枠の物語は、資産家のフランクワイラー夫人が弁護士サクソンバーグにあてて書いた手紙の内容ということになっており、姉妹の物語は、その語りに挟まれる形で描かれていきます。この夫人や弁護士の物語への関わり具合も工夫されていますね。
 タイトルにもある「クローディアの秘密」とは何なのか? シンプルながら考えさせるテーマも含んでいる作品で、名作とされるのもうなずける作品ではありました。
 超自然的なことが起こるわけではないのですが、子供時代のある種の夢と冒険を描いているという意味で「ファンタジー」に近い肌触りの作品です。



孤独な場所で (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ドロシイ・B・ヒューズ『孤独な場所で』(吉野美恵子訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 1950年代に書かれたサイコ・サスペンスの古典的作品です。主人公ディックスは、戦争中に出会って恋仲になった女性が原因で精神のバランスを崩していました。ディックスは刑事になった旧友に再会しますが、彼は世間を騒がせている美女連続殺人について捜査していました。だんだんと不安にかられはじめるディックスでしたが…。
 明言はされないのですが、主人公が犯人であることはうすうすわかるようになっています。主人公の内面が細かく描写されていくという作品で、連続殺人鬼側から描かれたサスペンス小説といっていいでしょうか。ただこの主人公、それほど異常性を感じさせる人物ではありません
 むしろ、一般人が共感できるようなごく普通の内面が描写されていきます。それゆえ主人公に感情移入してしまい、ハッピーエンドを迎えてほしいなと思ってしまうぐらいです。殺人鬼を主人公にしながらも、殺人のときも犯行の様子そのものは全く描写されないという面白い趣向で、もしかしたら事件の犯人は別の人物なのでは…という楽しみもあります。隣に住む女優の元夫の行方がわからなくなっていることが判明するあたりなど、思わせぶりな展開も面白いです。
 精神異常者の犯罪を描く作品ではありますが、現代の作品に比べると非常に地味ではあります。細かい心理描写が積み重ねられて違和感が増していく…というタイプの作品ですが、今読んでも読み応えがありますね。精神分析的な要素をほとんど持ち込まないところも逆に好感が持てます。



イギリスの老男爵 (ゴシック叢書)
クレアラ・リーヴ『イギリスの老男爵』(井出弘之訳 国書刊行会)

 ホレス・ウォルポール『オトラント城』に影響を受けて書かれたというゴシック・ロマンス作品です。
 話としては、貴族の血を引く主人公が、本来の自分の領地と立場を取り戻すという、お決まりのパターンなのですが、その決着がつくのが非常に速い。主人公の立場が確定してから、領地や遺産をどう分配するのかという話題だけで、後半長大なページ数を費やすという構成になっています。
 興味深いのは後半の資産分けの部分です。「有徳の騎士」や「正義漢」であるはずの人たちが、自分たちの権利をいろいろ主張してくるのです。これは化けの皮がはがれたというわけではなく、どうやら当時としては、貴族たちの当然の権利で全くおかしいことではない…という感覚らしいのですよね。
 著者によれば、『オトラント城』の超自然味が大げさすぎるので、自分ならもっと自然な形で物語に溶け込ませてみせる…というのが創作動機だそうです。
 確かに「自然」ではあるのですが、出来上がったものがエンタメとして『オトラント城』より面白いかといえば微妙です。ただ、本来、ロマンティックなはずのロマンスで、現実的な金銭問題を延々とやっているというミスマッチさとその人間臭さ。そういう面から見ると非常に面白い作品ではあります。



魔法使いとリリス (ハヤカワ文庫FT)
シャロン・シン『魔法使いとリリス』(中野善夫訳 ハヤカワ文庫FT)

 魔法を学ぶ青年オーブリーが、師である魔法使いの妻リリスに恋するという物語です。「変身の魔法」が重要なテーマになっていて、それゆえに単純なラブロマンスに終わらないところが素晴らしいですね。リリスの「その愛では足りない」という言葉が印象に残ります。
 師匠の魔法使いグラインレンドンが使う魔法が「変身」であること、最初はグラインレンドンが登場するまで間があることから、もしかして妻のリリスは、グラインレンドンが変身した姿なんじゃ…と早合点してしまったのは秘密です。



黒い羊 他
アウグスト・モンテロッソ『黒い羊 他』(服部綾乃、石川隆介訳 書肆山田)

 メキシコの作家、アウグスト・モンテロッソ(1921-2003)の掌編集です。ショート・ショートと言っていい長さの、幻想的な寓話が集められた作品集になっています。
 主に動物を主人公にした寓話が多いのですが、どれも皮肉とブラック・ユーモアが効いたお話が多いですね。風刺作家になるためにあらゆる動物の本性を知り尽くすという「風刺作家になりたかったサル」、鷲になった夢を見るハエを描いた「夢の中で鷲になるハエ」、黒い羊が銃殺されるたびに像が建てられるという「黒い羊」、哲学者ゼノンのエピソードのパロディ「カメとアキレス」、夢を見たゴキブリがその夢の中でさらに夢を見るという「夢見るゴキブリ」、復活を繰り返すキリストを描く「輪廻転生」、パチンコで鳥を殺したことを後悔する少年の人生を描いた「ダヴィデくんとパチンコ」などが面白いですね。
 どれも短いお話でさらっと読めます。ブラック・ユーモアがあるといっても、そんなに毒のあるものではないので、読後感も悪くありませんね。
 書肆山田からは、モンテロッソの短篇集『全集 その他の物語』という本も出ていて、こちらもお薦めです。こちらは、かなり毒のあるブラック・ユーモア短編が入っています。世界一短い短篇として有名な「恐竜」も収録。短いので「恐竜」の全文を紹介しておきますね。

目を覚ましたとき、恐竜はまだそこにいた。



ネクロフィリアの食卓 (竹書房文庫)
マット・ショー、マイケル・ブレイ『ネクロフィリアの食卓』(関麻衣子訳 竹書房文庫)

 父親になることを上手く受け入れられないライアンは、友人と酒を飲んだ直後に何者かに拉致されてしまいます。気付くと彼は手錠でつながれていました。
 一方、ガソリンスタンドで働く女性クリスティーナは客である老人と老女に襲われ意識を失ってしまいます。
 縛られた状態で目を覚ましたクリスティーナは、目の前に奇怪なマスクをかぶった巨体の男がいることに気がつきますが…。
 殺人鬼夫妻とその息子に監禁された男性と女性の運命を描いていくというホラー小説です。よくあるタイプのホラーといえばそうなのですが、面白いのは焦点が被害者側よりも加害者側に合っているというところです。
 息子が人間離れした力を持つ怪物として描かれるのですが、その実、生まれる前の母親への虐待により障害を持って生まれてきたり、父親から虐待をされて育ったという設定であり、彼自身はあまり「悪」として認定されていません。
 本当の意味での殺人鬼は父親である老人だけなのですが、長年の虐待と洗脳により妻である老女は夫の協力者になってしまっているのです。最初はまともだったこの老女がだんだんと狂っていくという過程がたっぷり描かれるのですが、正直、この部分の方が本筋よりも怖いです。
 肉体的なものよりも精神的な虐待シーンがあったり、結末がかなりアンモラルなこともあり、あんまりホラー慣れしていない人には勧めません。帯の推薦文がショーン・ハトスンであることで、作品の雰囲気がわかる人にはわかるかもしれませんね。



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ジョージ・バーナード・ショー『奇跡の復讐』(稲垣博訳 ペガーナワークス)

 奇行を繰り返す風変わりな青年ゼノ・レッグは、枢機卿である叔父からある依頼を受けます。フォー・マイル・ウォーターという村で起こったという奇跡が本物かどうか、密かに調べてきてほしいと言うのです。
 奇跡は、村で不敬なならず者として知られていたブライムストン・ビリーが死んだ後、彼の墓が別の場所に移されていた、というものでした。奇跡を報告してきたヒッキイ神父のもとを訪れたゼノは、神父の姪ケイトの魅力の虜となってしまいますが…。
 皮肉に満ちた奇跡譚です。主人公の青年が頭の箍が外れているキャラクターで、その時点ですでに面白い物語なのですが、その青年がほれ込んだ娘にはすでに恋人がいて、奇妙な三角関係になるという、面白い展開です。
 主人公の青年が何をするかわからないという「トリックスター」的存在で、きわめて人間的な理由で「奇跡」がひっくり返されてしまうという、皮肉に富んだ物語でした。これは面白い作品ですね。



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石野重道『不思議な宝石  石野重道童話集』(盛林堂ミステリアス文庫)

 稲垣足穂の盟友であったという石野重道の、新発見の童話を集めた作品集です。稲垣足穂同様、ファンタスティックな香気にあふれた作品集でした。
 少年ヴァイオリン弾きが音楽で狼から逃れるという「ヴァイオリン弾きと狼」、悪魔が悪戯のために作った不思議な石をめぐる「不思議な宝石」、謎の青い染料で大もうけする農夫を描いた「不思議な塔」、病気を治すため星を取ろうと考える少年を描く「セデアとお星様」などが面白いですね。
 「不思議な塔」「セデアとお星様」では、星や月や青空が人の手で届くところに現れたり、物理的に接触できたりと、まるで稲垣足穂の『一千一秒物語』を思わせるようなオブジェ感に満ちています。



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石野重道『重道庵夜話 壱阡壱秒譚 ネクタイピン物語』(東都我刊我書房)

 タイトルの「壱阡壱秒譚」からもわかるように、稲垣足穂『一千一秒物語』にも通じる、ナンセンスでファンタスティックなコント集です。
 掌編9篇で構成された「ネクタイピン物語」と短篇「老婆ひとり」が収録されています。
 「ネクタイピン物語」はどれもナンセンスなショートコントで、「ビール瓶の中から月を出すというお話」とか「星に揺り起こされた話」などは、ほとんど足穂と区別がつかない味わいです。
 一番面白かったのは「汽船を懐ろに入れた話」という作品。タイトル通りのお話ですが、遠近法を無視したような発想がすごく楽しいです。
 「老婆ひとり」は、犬を飼う貧しい老婆を描いた小品で、これはこれで味わいがありますね。
 表紙・造本も非常にお洒落で、愛らしい本に仕上がっています。

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すれ違いの悲劇  モーリス・ルヴェル『ルヴェル新発見傑作集 遺恨』
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 モーリス・ルヴェル『ルヴェル新発見傑作集 遺恨』(中川潤訳 エニグマティカ叢書)は、ルヴェルの短篇を11篇収録した作品集。質の高い短篇が揃っており、安心して楽しめる作品集になっています。

 容姿に問題をかかえる男が文通を通じて美しい女性と恋仲になるという「嘘」、先妻に飛び降り自殺をされた男が再婚した妻との関係を語る「窓」、息子が死んだことで年金が転がり込んだ老夫婦を描く「生還者」、体が不自由な鐘楼番が火事を必死で知らせようとする「鐘楼番」、独身の実業家同士の男の不和を描く「遺恨」、恐怖のあまり衝動的な殺人を犯してしまうという「恐れ」、美しい髪を持つ愛人をめぐって争いが起こる「髪束」、処刑寸前の兵士の心境を描く「壁を背にして」、亡き妻の不貞の証拠を発見した男が二人の息子について疑惑を抱くという「どちらだ?」、妻の肖像画について画家と夫の意見が相違するという「妻の肖像画」、島に突然謎の建造物が出現するという「バベルの塔」を収録しています。

 思い込みや強迫観念によって悲劇が起こる「窓」「恐れ」「どちらだ?」などは、ルヴェルらしさの出た作品ですね。ルヴェルには親子の情愛を描いて人情味のある作品がいくつかありますが、同じような題材を扱っていながらバッドエンドになる「どちらだ?」は予想を裏切る展開で面白いです。
 いい話ではあるのですが真相はかなり残酷な「鐘楼番」、処刑寸前の兵士の心境が短時間に変化する様を描いて秀逸な「壁を背にして」、風刺的なタッチの「妻の肖像画」も面白いです。

 巻末の「バベルの塔」はちょっとSF風というか幻想小説的な作品で印象に残ります。
 船員の「わたし」は、ある島に以前にはなかった人工的な構築物があるのを発見します。それはどんどんと高くなっていきますが…。
 ルヴェル作品ではあまり見かけないタイプの作品で非常にユニーク。ルヴェル作品の通例で、すぐに終わってしまう短い作品なのですが、これはもうちょっと長く読んでいたいと思わせる作品でした。

 中川潤さん訳のルヴェル、紙の本では3冊目となる作品集ですが、作品のセレクション、お話の面白さ、上質な訳文と、もはや安定した出来の作品集で、これは広くお薦めしたい本です。

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境界と断絶  ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト『ボーダー 二つの世界』
ボーダー 二つの世界 (ハヤカワ文庫NV)
 ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの短篇集『ボーダー 二つの世界』(山田文ほか訳 ハヤカワ文庫NV)は、映画化された表題作ほか11篇を収録した作品集です。どれも非常にハイレベルなホラー短篇集になっています。

「ボーダー 二つの世界」
 税関で働く女性ティーナは、罪や不安な思いを嗅ぎわける能力を持っていました。密輸や運び屋をほぼ摘発できる彼女の能力は高く評価されていたのです。ある日税関に現れた男ヴォーレが何かを隠しているのを感じたティーナでしたが、彼からは何も発見することができません…。
 人の心から不安を感じとることのできる能力を持つ女性ティーナが主人公です。経済的には成功した彼女は、その容貌や性格から他人と上手く接することができず、孤独な思いを抱えていました。ある日出会った男ヴォーレに自分と同じようなものを感じたティーナは、彼に惹かれていくようになるのです。
 孤独を抱える超能力者というテーマかと思って読み進めると驚愕の展開が待っています。自分の能力の由来を知ったヒロインは、更に他人との断絶を実感することにもなります。ティーナは自分の居場所を見つけることができるのか?「孤独とその救済」について、このような形で描かれた物語は前代未聞では。

「坂の上のアパートメント」
 ヨエルは数十年住み続けているアパートが傾いているのではないかという思いに囚われます。建築の専門家である友人に調べてもらった結果、確かにわずかに傾いているのです。加えて、同じアパートに住む恋人アニータがずっと不在であることに、ヨエルは不安を抱きますが…。
 日常生活でふと兆した不安がだんだんと膨らんでいく…という恐怖小説です。非常に不穏なトーンで進む作品なのですが、結末のインパクトが強烈です。作中でも「緩急」の度合いは一番の作品では。

「Equinox」
 留守中の友人の家の管理を頼まれた主婦の「わたし」は、それをきっかけに他人の家に忍び込み中を密かに探る行為がやみつきになってしまいます。ある時侵入した家のベッドに男の死体を発見した「わたし」は驚きますが、腐りもしていないその死体に魅了されるようになります…。
 詮索癖を持つ主婦の物語で、それだけでも面白いのですが、彼女が「死体」を発見してからは更に異様な展開になります。「死体」が動いたり話したりするのですが、それが現実なのか主婦の妄想なのかがわからなくなってくるのです。異様な手触りのサイコ・スリラーです。

「見えない!存在しない!」
 カメラマンのフランクは長時間の張り込みの結果、有名女優と恋人とのキスシーンを撮影することに成功します。しかし、現像した写真には人の姿は全く写っていませんでした…。
 目の前で目撃した人間の姿がカメラには映っていないという怪奇現象から、主人公の過去がフラッシュバックして、現実が変容していく…という幻想小説です。非常に不気味な短篇ですね。

「臨時教員」
 少年時代に突然行方をくらました、かっての親友マッテから連絡を受けた「僕」は彼から少年時代の臨時教員について話を聞きます。その女性教員ヴィーラにおかしなものを感じたマッテは彼女を調べようと自宅に忍び込んだというのですが…。
 人間社会に人間でない存在が紛れ込んでいる…というフィリップ・K・ディック的なテーマを扱った作品です。ただその「人間でない存在」の正体がはっきりしないのが怖いです。

「エターナル/ラブ」
 愛し合うカップル、アンナとヨーセフ。彼らは永遠に一緒にいたいという思いを持っていました。海で溺れかかったところを九死に一生を得たヨーセフは、その体験から「死」を欺く手段を見つけたとアンナに話しますが…。
 「死」を欺こうとする、いわゆる「死神」テーマの作品です。「死」が物理的な形態をとって現れるのですが、クライマックスで現れるその現象は視覚的で強烈。ぞっとさせる作品です。

「古い夢は葬って」
 かってスイミングプールで起こった猟奇的な殺人事件。事件の関係者であったステファンとカリンの夫婦と知り合いになった「私」は彼らと親友づきあいをするようになります。長い付き合いの中で、「私」は事件について少しづつ彼らから話を聞くことになりますが…。
 リンドクヴィストの長篇『MORSE』の外伝的な短篇です。メインはあくまでステファンとカリンの夫婦の生活なのですが、その背景として『MORSE』の事件が描かれます。そもそも夫婦が知り合ったのも事件のせいであり、警察関係者であったカリンに至っては、数十年が経過しても事件を調べ続けているのです。
 やがて老いや病気のせいで引き裂かれるのではないかと不安に囚われた夫婦の取った手段とは…?
 外伝的な位置づけとはいえ、この短篇だけでも抜群の完成度を誇る作品です。老夫婦の愛情と不安を描きながら、『MORSE』の事件と絡ませていく手腕は実に見事。
 結末では『MORSE』の主人公オスカルとエリのその後がどうなったかがわかる仕組みになっています。

「音楽が止むまであなたを抱いて」
 最初から最後まではっきりしたことがわからない掌編なのですが、作中不穏な単語や仄めかしが多用される不気味な作品です。

「マイケン」
 娘の死をきっかけに精神的に閉じこもるようになった夫を介護する「私」は、スーパーのサポートに電話した際、歯に衣着せぬ物言いをする女性マイケンと知り合い、彼女とたびたび電話をするようになります。万引きを推奨するマイケンは「私」にもその活動を手伝うよう話しますが…。
 「私」が魅了されている「マイケン」が実在するのか、「私」の話すことがそもそも真実なのかがわからなくなってくる、という作品です。「信頼できない語り手」を描いた作品といってもいいでしょうか。
 超自然的な要素はないのですが、「マイケン」自体に何やら超自然的な感触が感じられますね。

「紙の壁」
 父親が持ってきてくれた巨大なダンボールに魅了された「ぼく」は、森の中の秘密基地にそれを持ち込みます。ダンボールを家としてそこで一晩を過ごすことにした「ぼく」は、ダンボールの外から何かの生物の気配がするのに気がつきます…。
 少年の冒険のさなかに現れる超自然的な気配をさらっと描いた作品です。どこかノスタルジックな雰囲気も感じられます。


「最終処理」
 音楽業界の底辺で運び屋をやっているカッレに対して、大学で働く姉と父はカッレにいい感情を持っていませんでした。突然カッレに輸送の仕事を頼んできた父は、彼にヒース特別区に行ってほしいと言います。そこは蘇った死者が集められて研究されているという場所でした。
 特別区の周辺で出会った女性フローラに魅了されるカッレでしたが、フローラは死者たちを解放するのが自分の使命だと話し、カッレにも協力を求めます…。
 いわゆる「ゾンビ」が存在する世界を舞台に、彼らの魂を解放しようとする女性と、その恋人になった主人公を描く作品です。登場する「ゾンビ」が物理的な特性だけでなく「魂」を持っているなど、何やら超自然的な要素もあるのが面白いところ。
 家庭的な問題やトラウマを抱えた、さえない主人公が段々と成長を遂げていくというのも良いですね。集中で一番長い中篇ですが、最もソフトな語り口で後味もいい作品です。

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ずっと一緒に  ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト『MORSE ―モールス』
MORSE〈上〉―モールス (ハヤカワ文庫NV) MORSE〈下〉―モールス (ハヤカワ文庫NV)
 スウェーデンの作家、ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの長篇小説『MORSE ―モールス』(富永和子訳 ハヤカワ文庫NV)は、北欧を舞台に、子供たちの純愛が描かれるという吸血鬼小説です。

 舞台は1980年代、ストックホルム郊外の町ブラッケベリに母親と住む12歳の少年オスカルは、学校で酷いいじめにあっていました。友人もなく、いじめっ子に復讐をする想像をしては気を紛らわしていたオスカルは、隣の部屋に美しい少女エリが父親らしき男と一緒に引っ越してきたのを知ります。
 学校にも通わず夜にしか姿を見せないエリに不思議に思うオスカルですが、やがて彼女と心を通わせるようになります。
 一方オスカルが住む町の周辺では猟奇的な殺人事件が続いていました…。

 いじめられっ子の少年が美しい少女と出会い、交流を深めていくのですが、その少女が実は吸血鬼だった…というお話です。この吸血鬼エリは200年近く生きているのですが、子供の姿である見た目通り精神も幼く、大人の協力者がいないと、食物である人間の血を手に入れることができないのです。
 そのため、エリは大人のパートナー、ホーカンとともに仕方なく人間を殺し続けていました。体力の弱りつつあったホーカンが殺しに失敗し、仕方なくエリ本人が血を取るため人を襲うことになりますが、血を取った後、上手く殺すことができずに、ヴァンパイア化してしまう人間も出てしまいます。

 エリ自身からは吸血鬼の生態に関する説明はあまりされず、むしろヴァンパイア化してしまった犠牲者の視点から、この作品での吸血鬼の生態や特徴などが判明する…という流れは上手いですね。
 吸血鬼でありながらも「ヒロイン」のエリがとにかく健気で可憐です。序盤は恐るべき力の持ち主のように描かれますが、後半では、別の怪物的存在や吸血鬼を殺そうとする人間たちから追われるなど、迫害される側として描かれるようになります。
 主人公オスカルもまた、エリとの交流を通して少しづつながら成長を遂げていくという流れも見逃せません。エリの正体を知ってなお、彼女を助けようとするオスカルの覚悟がエリを助けることにもなるのです。

 タイトルの「モールス」は、オスカルとエリが壁越しにモールス信号メッセージを伝えあうシーンから取られているようです。二人の交流を表すいいシーンなのですが、原題は「正しき者を入れたもう」というような意味で、こちらの方が内実をよく表しているかもしれません。
 吸血鬼は招かれなければ家に入れない…という言い伝えがあり、この作品でもそれは踏襲されています。吸血鬼の特性だけでなく、主人公オスカルがエリの存在を受け入れる…という意味も兼ねているのでしょうか。

 オスカルとエリの周辺とは別に、地元の中高年グループたちにスポットが当てられているのも面白いところです。仲間の一人が殺されたのを皮切りに、彼らは犯人を探そうとしますが、その最中に女性の一人がヴァンパイア化してしまいます。
 それをめぐって男女の愛憎が描かれるなど、このあたりにも読みどころが多いですね。
 面白いのは、我々がスウェーデンという国に抱く先進国的なイメージとは裏腹に、この作品で描かれるのは経済的な貧困を抱えた人々や、陰湿ないじめなど、社会的な暗い側面が多いのです。
 それにもかかわらず、全体に「美しい」吸血鬼小説になっているのは不思議ですね。

 リアルないじめの描写、グロテスクな殺人シーン、強烈な性的描写などがあるため、そのあたりが苦手な人は避けた方がいいかもしれません。ただ、吸血鬼小説としてのみならず、幼い子供たちの「恋」や心の交流を描いた作品としても非常に魅力的な作品です。

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ホフマンの周辺で
 先日、読書会のテーマとして、ドイツの作家E・T・Aホフマンを取り上げたこともあり、ホフマンに関連する本と映画をいくつか鑑賞しました。紹介していきたいと思います。


ホフマン物語: ホフマンの幻想小説からオッフェンバックの幻想オペラへ (オペラのイコノロジー)
長野順子『ホフマン物語 ホフマンの幻想小説からオッフェンバックの幻想オペラへ』(ありな書房)

 オッフェンバックのオペラ『ホフマン物語』とホフマンの原作を様々な面から考察した本です。
 オペラ『ホフマン物語』の各エピソードの内容を原作との関わりから考察していく部分がメインですが、他にもE・T・A・ホフマン自身の経歴や作品の概説、フランスにおけるホフマンの影響、その影響によって生まれたフランスの幻想文学の紹介、フランスにおけるオペラ・オペレッタについてや、オッフェンバックの作品について、また内容的に関連するモーツァルト作品についてなど、内容は盛り沢山で非常に参考になります。
 作曲者が完結させる前に亡くなったため、『ホフマン物語』には、後世の人々によって改変・再編されたいろいろな版(バージョン)があるということも初耳でした。
 特に「大晦日の夜の冒険」を元にした「ジュリエッタ」の幕では、殺人が登場したり悲劇的な結末になっているバージョンが多いため、省かれることも多かったというのは、なるほどという感じです。
 全体に非常にわかりやすく書かれており、ホフマン作品やフランスにおけるその影響、または19世紀フランスの文化や音楽史的な面などに興味がある人には面白く読める本だと思います。
 そもそも自分自身、ホフマンの幻想小説には馴染みがあるものの、オペラの『ホフマン物語』は観たことがありません。この本を読んで関心を惹かれたので、とりあえず映画版『ホフマン物語』(1952 イギリス マイケル・パウエル 、エメリック・プレスバーガー監督)を観てみたいと思います。



ホフマン物語《4Kレストア版》  Blu-ray マイケル・パウエル&エメリック・プレスバーガー
オペラ映画『ホフマン物語』(1952 イギリス マイケル・パウエル 、エメリック・プレスバーガー監督)

 オッフェンバックのオペラ『ホフマン物語』をイギリスにて映画化した作品。豪華な舞台が美しい作品です。
 初めて観てみましたが、非常に面白い作品です。枠物語になっており、現在の主人公ホフマンが過去の恋人との物語を回想するという形式になっています。毎回悲劇的な結末に終わるのですが、そこには必ず悪魔的な人物が登場し、ホフマンの恋を邪魔するのです。
 元になっているエピソードは、それぞれ「砂男」「クレスペル顧問官」「大晦日の夜の冒険」。原作と比べながら観ていくと面白いですね。目に付く大きな違いは、まずホフマンの親友「ニクラウス」が常時登場していること。
 ところどころホフマンを諌めたり手伝ったりするのですが、時折邪魔をするようなそぶりをすることもあって、一筋縄ではいかないキャラクターです。
 毎エピソード、敵役のキャラが登場するのですが「クレスペル顧問官」を元にしたエピソードでは、原作には登場しない敵役「ミラクル博士」が登場します。
 一番大幅な改編がされているのが「大晦日の夜の冒険」を元にしたエピソード。こちらでは敵役の他に、ホフマンの恋敵としてシュレミール(シャミッソー「影をなくした男」の主人公)が登場します。原作でも少しだけ出てきたと思いますが、こちらではメインキャラクターとして登場するのが面白いです。
 「大晦日の夜の冒険」を元にしたエピソード「ジュリエッタ」の幕は、『ホフマン物語』の様々な版の中でも、いろいろな結末があるそうです。恋人を殺してしまったりするバージョンなどもあるようですが、ここではホフマンが恋敵シュレミールを決闘で殺してしまいます。
 全体としては、現世の恋に破れたホフマンがミューズによって芸術の世界に導かれる…というようなテーマになっているようです。その意味ではホフマンの邪魔をする「悪魔」も彼を導いている…と取ってもいいのかもしれません。
 古い映画ながら、豪華絢爛な舞台と衣装は今見ても見事です。手塚治虫の漫画『リボンの騎士』はこの『ホフマン物語』から多大な影響を受けているとか。なるほどという感じですね。
 演出も面白いです。特に「砂男」を元にした「オランピア」の幕では、自動人形オランピアにわざとぎこちない踊りをさせたりもしています。時折ねじを巻いたりしているのにも、恋におぼれたホフマンは気が付かない…という、なかなかに気のきいた演出です。
 もちろん音楽も、有名な「ホフマンの舟歌」初め、チャーミングな曲が多く登場します。
 この作品だけ観ても充分面白い作品ですが、原作小説を読んでから観ると、さらに面白く観れるのではないかと思います。



ホフマン物語 (KCスペシャル)
水野英子『ホフマン物語』(講談社KC SPECIAL)

 オペラ『ホフマン物語』の漫画化作品です。オペラ版、というか映画版に忠実な漫画化といっていいのでしょうか。繊細な描写で、舞台よりも物語がわかりやすくなっています。
 コマ割をとりはらった複雑な画面構成がちょくちょく現れるのが特徴で、読んでいて舞台感が味わえるのが特徴でしょうか。
 物語が非常にわかりやすいので、この漫画作品を読んでからオペラ版・映画版の方を見るのもありかもしれませんね。
 背景や風景、特に建物の造形にマリオ・ラボチェッタっぽいものを感じるのですが、もしかして多少影響があるのでしょうか。ラボチェッタはイタリア出身で絵本『ホフマン物語』に挿絵を書いたりなどしている挿絵画家です。



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雑誌『ユリイカ1975年2月号 特集ホフマン 悪夢と恍惚の美学』(青土社)

 ドイツの幻想作家E・T・A・ホフマンの特集号です。ホフマンに関するエッセイ・評論が盛り沢山で、今でも読み応えがあります。
 面白く読んだのは、フランス文学におけるホフマンの影響を語った「ホフマン変幻」(稲生永)、ホフマンとポーを比較した「魔界を視る者」(島田太郎)、ヴェルヌにおける ホフマンの影響を語った「ホフマンとジュール・ヴェルヌ」(私市保彦)、ホフマン、シャミッソー、中国古典などについて触れたエッセイ「影を失った男たち」(多田智満子)、学生時代のホフマンについての思い出を語るエッセイ「ホフマン・思い出すことなど」(日影丈吉)などでしょうか。
 「ホフマン変幻」(稲生永)では、フランスにおけるホフマンの翻訳とその影響について語れらていますが、当時フランスの文芸に与えた影響は強かったようですね。ちょっと引用します。

ホフマンがフランスに登場する有様はやはり異常というほかはない。
短期間にくりひろげられた激烈な翻訳合戦は、同時にその幻想的作品がフランス人に強烈な魅力をもつものであったことを如実に裏付けている。その人気は本国でのそれをはるかに凌駕するものであったといってもよいであろう。
豊かで奔放な想像力の生み出す幻想の世界は、フランスのロマン派に神秘と幻想の源泉を教え、すでに十九世紀初頭にフランスで猛威をふるっていた十八世紀イギリスの《暗黒小説》あるいは《ゴシック小説》のもたらす怪奇的中世趣味の影響と合体して、フランスに新たな《幻想小説》の様式を生み出すきっかけとなった。


 ウォルター・スコットがホフマンを批判した論文が雑誌に掲載されたものの、逆にホフマンに対する関心を集めてしまったとか、仏訳ホフマン作品集にそのスコットの文章が載ってしまった…というのも皮肉めいて面白いですね。

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怪奇幻想読書倶楽部 第25回読書会 参加者募集です
幽霊島 (平井呈一怪談翻訳集成) (創元推理文庫)
 2019年10月22日(火曜日・祝日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第25回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp


開催日:2019年10月22日(火曜日・祝日)
開 始:午後13:30
終 了:午後16:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ
参加費:2000円(予定)
テーマ
課題図書
『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』(創元推理文庫)

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。


 今回は、怪奇幻想小説の名訳者として知られる平井呈一の怪奇小説翻訳を集めたアンソロジー『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』を課題書として取り上げます。
 個々の作品だけでなく、英米の怪奇幻想小説や平井呈一の翻訳についても話していきたいと思います。

※2019年10月10日追記 募集を締め切らせていただきました。

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ユーモアと風刺  ヘンリー・カットナー『世界はぼくのもの』
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 アメリカの作家、ヘンリー・カットナー(1915-1958)の短篇集『世界はぼくのもの』(米村秀雄編訳 青心社)は、SF・ファンタジー的な作品を集めた短篇集。非常にレベルの高い作品揃いなのですが、中でもユーモアを基調とした作品に才気を感じますね。

「世界はぼくのもの」
 ギャラハーが二日酔いから目覚めると、見たこともない小動物が三匹ほど目の前に立っていました。彼らは500年先の未来の火星からやってきて、世界は自分たちのものだと豪語します。どうやらギャラハーが酔って自分でもわからぬうちに、タイムマシンを発明したようなのです。
 リブラと名乗る小動物たちの言うままに作った光線銃はすさまじい威力を持っていました。その直後に、何者かわからぬ死体が突然出現しますが…。
 タイムマシンによって未来から火星人が出現し、彼らの知識のおかげで、未来ばかりか並行世界までが不安定になる…という、SF設定がてんこ盛りの作品です。とにかくアイディアが沢山つめこまれているのと、ところどころで炸裂するぶっ飛んだユーモアが楽しいです。「リブラ」たちの存在もキュート。

「どん底より」
 分裂症を患う「わたし」は度々<雲>の訪問を受けていました。やがて別の存在<訪問者たち>が「わたし」を訪れるようになります。彼らは異界の存在であり「わたし」を触媒としているのだというのです。「わたし」は医者に彼らのことを話しますが、妄想だと取り合ってもらえません…。
 妄想だと思っていた精神的存在が実は実在した…というテーマの作品なのですが、さらにそれをひねった展開が待っています。<訪問者たち>そして<雲>の不気味さが強烈ですね。終始不穏な雰囲気に支配された怪奇小説です。

「ショウガパンしかない」
 意味論を研究するラザフォードとオブライエンは、意味論に従った完璧な文句ができれば、それは頭から忘れられないものになるという理論を発見します。彼らはドイツ語の歌を作り、ドイツ向けの放送でその歌を流すことにしますが…。
 その歌を聞くと、まともに物が考えられなくなるという歌をテーマにした作品です。その歌をドイツ軍に広め、彼らをかく乱しようというのです。
 第二次大戦終結前に書かれた作品らしく、戦意高揚的な面もあるのですが、それを差し引いても、ブラック・ユーモアがあふれており面白い作品です。

「小人の国」
 青年ティム・クロケットは労働条件の調査のため、炭鉱夫に化けて炭鉱に潜入しますが、ダイナマイトの爆発に巻き込まれ岩盤の奥に閉じ込められてしまいます。気がつくと彼の体は醜い小人になっていました。
 突如現れたグルー・マグルーと名乗る小人は、子孫を増やせない小人を補充するため、定期的に人間を小人に変えて連れてくるというのです。長時間労働に就かされたクロケットは周りの小人たちを扇動して、小人の王に歯向かわせようと考えますが…。
 小人にされてしまった青年の脱出行を描くユーモア・ファンタジー。小人たちは皆長時間労働を何とも思わず、唯一の趣味が「喧嘩」であるなど、小人や彼らの国の様子がユーモアたっぷりに描かれます。後半の王との争いは魔法合戦の趣もあり、こちらも楽しいですね。デフォルメの効いた楽しい作品です。

「大いなる夜」
 物質転送機の普及で、時代遅れになりつつあったハイパーシップ「ラ・クカラチャ」。あくまで船の輸送にこだわるサム・ダンバース船長は老朽化した船を修理する費用を工面するために、無茶な行動を始めます。ベテラン航宙士ヒルトンは船長を止めようとしますが…。
 宇宙を舞台に輸送船とその乗組員たちを描くスペース・オペラ作品です。ただテクノロジーの進歩で、船もその乗組員たちも時代遅れになっており、皆が将来を悲観する中、船長やベテラン乗組員などが自らの信念を貫こうとする…という男気にあふれた作品になっています。
 船長を時代遅れだと考える航宙士ヒルトンが、考えを翻すシーンにはある種の感動がありますね。微かな諦観が全篇を覆う作品で、ちょっと方向性は違うのですが、例えばエドモンド・ハミルトン「プロ」などにも似た雰囲気の感じられる作品です。

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カタストロフと運命  ハインリヒ・フォン・クライスト『チリの地震』
チリの地震---クライスト短篇集 (KAWADEルネサンス/河出文庫)
 ハインリヒ・フォン・クライスト(1777-1811)の『チリの地震』(種村季弘訳 河出文庫)は、若くして自殺を遂げたという、ドイツ・ロマン派の作家クライストの短編集です。一篇一篇は短いにもかかわらず、文章の密度が半端ではなく、すさまじいまでの硬質性が感じられます。
 訳者の種村季弘の文体によるところも大きいのでしょうが、何気ない人物描写からでさえ、圧倒的なリアリズムを感じます。ただ「リアリズム」といっても、物語自体はむしろファンタジーに近いものが多いです。飽くまで、物語の部分部分が圧倒的にリアリスティックなのです。

 収録作の多くの作品で、登場人物は悲劇を迎えます。その容赦のなさは、作者のペシミズムゆえでしょうか。「チリの地震」では、死刑にされる直前に地震のおかげで助かった恋人たちが、結局不幸な目に会ってしまいます。
 「拾い子」では、同情から養子にしてやった浮浪児が、財産を食いつぶしてしまいます。また「ロカルノの女乞食」では、女乞食のために城主は気が狂ってしまいます。安易なハッピーエンドは訪れず、主人公たちは悲劇的な結末を迎えることが多いのです。

 解説でも触れられていますが、共通するテーマは「カタストロフと運命」といったところでしょうか。クライスト短篇では、登場人物の内面描写というものがほとんど見られず、徹底した外面的描写が見られます。その筆致はまるでハードボイルド。それゆえ、ファンタスティックな題材を扱っていても、非常にリアルな読後感なのです。

 個人的にいちばん面白く読んだのは、クライストにしては珍しく喜劇的なトーンで描かれた音楽ファンタジー「聖ツェツィーリエ」でしょうか。
 プロテスタントの若い兄弟たちが、修道院を襲い、聖像破壊をしようと、ならずものたちを集めます。
 しかし、当日おこなわれた奇跡的なまでのミサ曲に感銘をうけて、狂信者になってしまいます。あとから、その日の指揮をつとめるはずの尼僧は熱病で伏せっていたことが明らかになりますが…。
 主人公たちを襲う運命は、悲劇的なものではあるのですが、全体のトーンが明るいので、あまり気になりません。
 音楽が作品の主要なテーマになっている点でも、登場人物が非常に風刺的に描かれている点からも、同時代の作家E・T・Aホフマンを思わせる作品ですね。音楽ファンタジーの名品だと思います。

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閉ざされた町  ロバート・R・マキャモン『スティンガー』
スティンガー〈上〉 (扶桑社ミステリー) スティンガー〈下〉 (扶桑社ミステリー)
 ロバート・R・マキャモンの長篇小説『スティンガー』(白石朗訳 扶桑社ミステリー)は、異星人に包囲された町で、町の人々が異星人と戦うというSFホラー大作です。

 テキサスのさびれた鉱山町インフェルノに飛来した謎の球形の人工物。たまたまそれを手にした少女スティーヴィーは人格が変わったようになってしまいます。彼女は自分が宇宙からやってきた異星人「ダウフィン」であり、少女の体を一時的に借りていると話します。
 一方、「ダウフィン」とは異なる別の異星人が出現し、「ダウフィン」を探し始めます。彼女が「スティンガー」と呼ぶその異星人は、人間を殺しそれを材料にして生体兵器を作り出す恐るべき存在だと話します。「スティンガー」は「ダウフィン」を求め、人々を襲い始めますが…。

 テーマは割とシンプルで、凶悪な宇宙人に包囲された町の人々が、故郷を守るために立ち上がる…という作品です。ただそこに町の人々の人間ドラマがたびたび挟まれてゆき、厚みのある物語世界が広がっていきます。

 物語が大きく動き出すのは上巻の終わりごろからで、それまでは舞台となるインフェルノの町の人々の日常がじっくり描かれていきます。もともと寂れた町であるのに加えて、川を挟んで対立する白人系とヒスパニック系の不良グループの対立、人口減による学校の閉鎖など、人心も荒みきっています。
 中でもメインとして描かれるのが、白人系とヒスパニック系の不良グループの対立。それぞれ<背教者団>と<ガラガラ蛇一族>のリーダーであるコディ・ロケットとリック・フラドの対立を軸に、両グループは一触即発の状態にまでなってしまいます。
 しかもコディとリックはどちらも頭脳明晰な青年でありながら、仲間の手前不良ぶっているということ、どちらも複雑な家庭状況を抱えていることも示されます。教師のトム・ハモンドは彼らの将来を愁いますが、経済的にも精神的にもどうすることもできません。
 町が災害に巻き込まれるなか、二つのグループは和解し、協力して敵に当たるようになります。前半の敵対関係がじっくりと描かれているだけに、後半は非常に熱い展開ですね。また、不良グループたちだけでなく、どうしようもないと思われていた人間たちが後半、思わぬ男気や勇気を発揮するという展開もあります。

 「敵」である「スティンガー」も強力な怪物で、モンスターホラーとしても秀逸です。本体も化物じみた強さなのですが、それに加えてその科学力で、殺した人間を材料に生体兵器を作ってしまいます。
 生体兵器一体で、人間を素手で何人も殺してしまうという強さなのですが、それが同時に何体も出現する他、人間の姿に擬態するという凶悪さ。それだけに、強力な敵に対して町の人間たちが力と智恵をあわせて立ち向かう…という展開は、王道でありながらもエンタメ性たっぷりですね。

 解説にもありますが、部分部分を見るかぎり、どこかで見たような要素が多いのは確かです。ただ全体を通して見ると、見事なエンターテインメントになっているのは、著者の構成力というべきでしょうか。SFホラーの秀作です。

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愛と憎悪  パトリシア・A・マキリップ『妖女サイベルの呼び声』
妖女サイベルの呼び声 (ハヤカワ文庫 FT 1)
 パトリシア・A・マキリップの長篇小説『妖女サイベルの呼び声』(佐藤高子訳 ハヤカワ文庫FT)は、氷のような心を持った魔女が愛と憎しみを知るようになるという、流麗なファンタジー作品です。

 父祖から受け継いだ魔法の力と幻獣たちに囲まれてエルド山に暮らすサイベルは、ある日コーレンと名乗る若者の訪問を受けます。彼は彼女の血縁だという赤子タムローンを預かってくれないかというのです。
 タムローンを育てる過程でサイベルは彼に対する愛情を覚えますが、ドリード王が実の息子であるタムローンを求めていることを知り、タムローンのために彼を王のもとに返すことを決心します。
 やがて再会したコーレンに恋するようになったサイベルでしたが、コーレンが属する一族はドリードと敵対していました。サイベルもまた彼らの争いに巻き込まれていくことになりますが…。

 王の血を引くタムローンをめぐって権力争いが描かれますが、物語の中心はあくまでサイベルの心の移り変わりに置かれています。最初は人間世界とは隔絶した孤独な生活を送っていたサイベルが赤子を育てることにより愛情を知り、またコーレンと出会うことによって恋を知ります。
 しかし政争に巻き込まれてしまったサイベルは、タムローンとコーレン、どちらかが苦しむ状況を作り出してしまい、悩み苦しむことになります。その過程で、彼女は憎しみと絶望も知ることになるのです。

 絶大な魔法の力を持ちながらも、人間的な感情を知った魔女の揺れ動く繊細な心理を丁寧に描いた作品で、ファンタジーの名作と言っていい作品だと思います。
 サイベルを守るように存在する魔法の獣たちの存在も印象的です。知性あふれる猪サイリン、王にふさわしい隼ター、黄金のライオンであるギュールス、巨大な黒猫モライア。そして死をもたらす謎の存在ブラモア…。

 王位と権力をめぐる争い、獣たちの力と魔法の存在、そしてヒロインの繊細な心理描写と、非常に厚みのある物語世界が構築されています。ファンタジー小説ジャンルの一つの極致に達している作品といっていいのではないでしょうか。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



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