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神秘の道  ロバート・R・マキャモン『ミステリー・ウォーク』
ミステリー・ウォーク〈上〉 (創元推理文庫) ミステリー・ウォーク〈下〉 (創元推理文庫)
 ロバート・R・マキャモン『ミステリー・ウォーク』(山田和子訳 創元推理文庫)は、死者の魂を鎮める能力を母から受け継いだ少年が、様々な事件や人と出会いながら、成長してゆく様を描いた作品です。

 インディアンの血を引く母ラモーナから、死者の魂を鎮める能力を受け継いだ少年ビリー・クリークモア。母ラモーナは、町で死んだ人々の魂を救うために働きますが、彼女の能力を信じない町の人々からクリークモア親子は排斥されていきます。父親さえも妻と息子の能力を受け入れられず悩んでいたのです。
 幼くして能力に目覚めたビリーは、一族に代々つきまとう邪悪な「シェイプ・チェンジャー」の存在を知ります。対抗する力を得るためビリーは祖母であるレベッカに師事することになります。
 一方、クリークモア母子を危険視する伝道師ファルコナーと息子ウェインは、彼らに圧迫を加えようとしますが…。

 特殊な能力を受け継いだ少年が、いろいろな出来事に遭遇して成長してゆく様子を描いた長篇作品です。細かい章に分かれており、それぞれがまとまったエピソードになっていますが、その一つ一つに非常にふくらみがあり、読み応えがあります。
 前半はビリーが町を出るまでの少年時代を描き、後半は町を出たビリーがいろいろな冒険を重ねる…という構成になっています。明確に敵が姿を現してくる後半ももちろん面白いのですが、圧巻なのはやはり前半です。

 特殊な能力を持つ母ラモーナが人々の魂を救っているにもかかわらず、彼女の能力を信じない、あるいは怖がっている人々は、彼女のみならず一家を排斥し始めます。夫のジョンは妻を愛しながらも、妻の能力を理解しきれず、精神的に病んでしまいます。
 やがてビリーが幼くして能力を発揮しはじめたころ、一家は悲劇的な事件に襲われることになるのです。この段階では「敵」である悪霊「シェイプ・チェンジャー」はまだほとんど姿を見せていないのですが、それにもかかわらず事態は非常に暗鬱な展開になっていきます。
 ビリーの「神秘の道(ミステリー・ウォーク)」は一体どこにつながることになるのか?

 少年ビリーの成長小説であり、青春小説であり、恋愛小説でもあり、そしてもちろんホラー小説でもあるという、総合的な魅力を持った作品です。マキャモンの傑作の一つといっていい作品ではないでしょうか。

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同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』通信販売開始のお知らせ
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 以前よりお知らせしていました。同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』、本日8月30日より盛林堂書房さんで、通信販売を開始いたしました。
 日本で刊行された海外怪奇幻想小説アンソロジーを紹介してゆくというガイド本です。付録として、海外怪奇幻想小説のガイド本や参考書を紹介した「海外怪奇幻想小説参考書ガイド」も付けています。
 盛林堂書房 → http://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca4/544/p-r-s/

 具体的な仕様・内容は以下の通りです。

『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』

サイズ:A5
印刷:オフセット
印刷色:表紙カラー・本文モノクロ
本文:縦組み二段
総ページ数:112ページ(表紙除く)

目次

まえがき
最初に読みたい怪奇幻想アンソロジー
『怪奇幻想の文学』の素晴らしさ
古典怪奇幻想アンソロジー
女流作家による怪奇幻想アンソロジー
河出文庫〈怪談集〉シリーズ
〈ハヤカワ・SF・シリーズ〉の怪奇幻想アンソロジー
東雅夫編『世界幻想文学大全』
荒俣宏編の怪奇幻想アンソロジー
風間賢二編の怪奇幻想アンソロジー
中村融編の怪奇幻想アンソロジー
吸血鬼テーマのアンソロジー
怪物テーマのアンソロジー
モダンホラーのアンソロジー
エロティック・テーマの怪奇幻想アンソロジー
〈ソノラマ文庫海外シリーズ〉の怪奇幻想アンソロジー
〈ダーク・ファンタジー・コレクション〉の怪奇幻想アンソロジー
〈ウィアード・テイルズ〉のアンソロジー
ゴシック小説のアンソロジー
テーマ別怪奇幻想アンソロジーさまざま
その他の怪奇幻想アンソロジー
フランスの怪奇幻想アンソロジー
ドイツ・オーストリアの怪奇幻想アンソロジー
ロシアの怪奇幻想アンソロジー
東欧の怪奇幻想アンソロジー
ラテンアメリカの怪奇幻想アンソロジー
その他の国の怪奇幻想アンソロジー
海外怪奇幻想小説参考書ガイド
あとがき


 海外怪奇幻想小説や怪奇幻想アンソロジーなどにご興味のある方は、ご購入いただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。

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同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』刊行のお知らせ
 twitterの方では進捗状況などを挙げていましたが、ブログの方ではお知らせしていなかったので、改めてお知らせしておきたいと思います。実は同人誌を作成しています。
 タイトルは『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』。日本で刊行された海外怪奇幻想小説アンソロジーを紹介してゆくというガイド本です。テーマごとにアンソロジーを紹介しているのと、巻末には怪奇幻想小説のガイド本のガイド「海外怪奇幻想小説参考書ガイド」もつけています。
 具体的な仕様と内容は以下の通りです。


『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』

サイズ:A5
印刷:オフセット
印刷色:表紙カラー・本文モノクロ
本文:縦組み二段
総ページ数:112ページ(表紙除く)

目次

まえがき
最初に読みたい怪奇幻想アンソロジー
『怪奇幻想の文学』の素晴らしさ
古典怪奇幻想アンソロジー
女流作家による怪奇幻想アンソロジー
河出文庫〈怪談集〉シリーズ
〈ハヤカワ・SF・シリーズ〉の怪奇幻想アンソロジー
東雅夫編『世界幻想文学大全』
荒俣宏編の怪奇幻想アンソロジー
風間賢二編の怪奇幻想アンソロジー
中村融編の怪奇幻想アンソロジー
吸血鬼テーマのアンソロジー
怪物テーマのアンソロジー
モダンホラーのアンソロジー
エロティック・テーマの怪奇幻想アンソロジー
〈ソノラマ文庫海外シリーズ〉の怪奇幻想アンソロジー
〈ダーク・ファンタジー・コレクション〉の怪奇幻想アンソロジー
〈ウィアード・テイルズ〉のアンソロジー
ゴシック小説のアンソロジー
テーマ別怪奇幻想アンソロジーさまざま
その他の怪奇幻想アンソロジー
フランスの怪奇幻想アンソロジー
ドイツ・オーストリアの怪奇幻想アンソロジー
ロシアの怪奇幻想アンソロジー
東欧の怪奇幻想アンソロジー
ラテンアメリカの怪奇幻想アンソロジー
その他の国の怪奇幻想アンソロジー
海外怪奇幻想小説参考書ガイド
あとがき


 盛林堂書房さん(東京・西荻窪)で通販を扱っていただけることになりました。8月中ぐらいには出せたらなと考えていますが、具体的な販売時期や価格などに関しては、決まり次第、告知させていただきたいと思います。
 以下は内容のサンプルページです。ご興味のある向きは、お買い上げいただけると嬉しいです。

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9月の気になる新刊と8月の新刊補遺
発売中 ローレンツ・フランメンベルク『降霊術師 黒い森の物語』(蝸牛のささやき 1500円)
発売中 森村たまき『ジーヴスの世界』(国書刊行会 予価2592円)
発売中 石神茉莉『蒼い琥珀と無限の迷宮(TH Literature Series)』(アトリエサード 2592円)
8月30日発売 「ナイトランド・クォータリー vol.18 想像界の生物相」(アトリエサード 予価1836円)
8月31日刊 エレン・ダトロウ編『ラヴクラフトの怪物たち 上』(新紀元社 予価2700円)
9月11日刊 エヴゲーニイ・ザミャーチン『われら』(光文社古典新訳文庫 予価1145円)
9月12日刊 チャールズ・ハーネス『パラドックス・メン』(竹書房文庫 予価972円)
9月12日刊 ガルシ・ロドリゲス・デ・モンタルボ『アマディス・デ・ガウラ 上』(彩流社 予価7020円)
9月15日刊 H・P・ラヴクラフト『未知なるカダスを夢に求めて 新訳クトゥルー神話コレクション4』(星海社 予価1620円)
9月17日刊 ウィリアム・ギャディス『カーペンターズ・ゴシック』(国書刊行会 予価3024円)
9月17日刊 ジョー・ヒル『怪奇日和』(ハーパーBOOKS 予価1520円)
9月19日刊 オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』(岩波文庫 予価1231円)
9月19日刊 エドガー・アラン・ポー/渡辺温・渡辺啓助訳『ポー傑作集 江戸川乱歩名義訳』(中公文庫 予価1296円)
9月19日刊 ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト『ボーダー 二つの世界』(ハヤカワ文庫NV 予価1188円)
9月19日刊 ナット・キャシディ/マック・ロジャース『物体E』(ハヤカワ文庫SF 予価1080円)
9月26日刊 スティーヴン・キング&ベヴ・ヴィンセント編『恐怖の飛行』 (仮題)(竹書房文庫 予価972円)
9月28日刊 東雅夫編『平成怪奇小説傑作集2』(創元推理文庫 予価1404円)

●創元推理文庫 2019年復刊フェア(9月下旬予定)
ポール・ギャリコ『幽霊が多すぎる』(創元推理文庫)
F・W・クロフツ『クロフツ短編集1』(創元推理文庫)
F・W・クロフツ『クロフツ短編集2』(創元推理文庫)
マーガレット・ミラー『見知らぬ者の墓』(創元推理文庫)
モーリス・ルヴェル『夜鳥』(創元推理文庫)
平石貴樹『だれもがポオを愛していた』(創元推理文庫)
トーマス・オーウェン『黒い玉』(創元推理文庫)
ロイス・マクマスター・ビジョルド『スピリット・リング』(創元SF文庫)
ロバート・A・ハインライン『レッド・プラネット』(創元SF文庫)
中村融編訳 『地球の静止する日 SF映画原作傑作選』(創元SF文庫)


 ローレンツ・フランメンベルク『降霊術師 黒い森の物語』は、かって〈ドラキュラ叢書〉(国書刊行会)のラインナップ予定に挙げられたこともある、幻のゴシック・ロマンス。まさか邦訳される日が来るとは思いませんでした。
 ※この本は同人出版です。こちらで通販しています。 → http://klio.icurus.jp/kck-dic/info.html

 エレン・ダトロウ編『ラヴクラフトの怪物たち』は〈クトゥルー神話〉テーマのアンソロジー。編者が名アンソロジスト、ダトロウということで期待大です。

 ジョー・ヒル『怪奇日和』は、著者の中篇4篇を収録した作品集。短篇・中篇集は『20世紀の幽霊たち』以来でしょうか。これは楽しみです。

 エドガー・アラン・ポー/渡辺温・渡辺啓助訳『ポー傑作集 江戸川乱歩名義訳』は、〈世界大衆文学全集〉の一巻として有名な『ポー・ホフマン集』(昭和4年)に収録されたポーの翻訳(江戸川乱歩名義)を集めた作品集。これは面白い企画ですね。

 ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト『ボーダー 二つの世界』は、異色の吸血鬼小説『MORSE ―モールス』で話題を呼んだ北欧作家の短篇集。収録作が全てホラー系なのかはわからないのですが、要注目ですね。

 9月の一押しはこれでしょうか。飛行機テーマのホラー・アンソロジー、スティーヴン・キング&ベヴ・ヴィンセント編『恐怖の飛行』 (仮題)です。17篇を収録予定。収録作家は、キングのほか、コナン・ドイル、マシスン、ブラッドベリ、ダール、ダン・シモンズ、ジョー・ヒル、ピーター・トレメインなど。

 創元推理文庫の今年の復刊、お薦めは、モーリス・ルヴェル『夜鳥』、トーマス・オーウェン『黒い玉』、中村融編訳『地球の静止する日 SF映画原作傑作選』あたりでしょうか。

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「生きる」権利  S・G・ブラウン『ぼくのゾンビ・ライフ』
ぼくのゾンビ・ライフ
 S・G・ブラウン『ぼくのゾンビ・ライフ』(小林真里訳 太田出版)は、ゾンビになってしまった人々が、自分たちの生きる権利を求めて戦うという、異色の社会派ゾンビ小説です。

 死者のうち数%がゾンビとなって蘇ってしまう世界が舞台。ゾンビとなった人間には記憶も知識も存在し、人間的には生前と全く変わりません。しかし彼らには生前と同じような社会的な権利はないのです。ゾンビとなった者を引き取る家族は少数でした。
 交通事故でゾンビとなってしまったアンディは妻を失い、娘とは引き離されてしまいます。両親に引き取ってもらったアンディでしたが、彼に嫌悪感を示す父親との仲はこじれていました。やがてゾンビたちのサポートケアに参加するようになったアンディは、女性ゾンビのリタに恋するようになりますが…。

 内面的には生前と全く変わらないゾンビの人々が、その容姿ゆえに社会的に迫害されるという物語です。いわば社会的マイノリティとしてゾンビが扱われているわけなのですが、単なる差別の話に終わらず、そこにゾンビならではの特徴を盛り込んでいるのが面白いところです。
 主人公のアンディは事故のせいで体を損傷しており、話す事もまともに歩くこともできなくなっています。他のゾンビたちも多かれ少なかれ、体の不調を抱えています。さらに黙っていても肉体が崩壊していってしまいます。しかし、彼らの内面は変わっておらず、傷つきやすい心を持っているのです。
 ゾンビを嫌う生者たちから暴力を受けたり、家族からの無理解に悩む彼らは、ある日自分たちの状況を一変させるような事実に気付くことになりますが…。

 この作品のゾンビは「知性」も「人間性」もある存在です。表面的には話すこともできず「怪物」としか見えない主人公アンディも、その内面は繊細な人間なのです。ゾンビになってしまった人間はどう「生きて」いけばいいのか、そして社会は彼らをどう扱うべきなのか?
 個人のみならず社会的な問題にまで踏み込んでおり、テーマ性の強い作品といえますね。
 「ゾンビ小説」ということで敬遠されてしまいそうですが、これは非常に真摯な作品だと思います。

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奇妙な味の物語  ウイリアム・ハリスン『ローラーボール』
ローラーボール (ハヤカワ文庫NV)
 ウイリアム・ハリスンの短篇集『ローラーボール』(小鷹信光ほか訳 ハヤカワ文庫NV)は、純文学と〈奇妙な味〉の中間のような味わいの作品集です。

 近未来、試合内で殺人までが許されるようになったスポーツを描く「ローラー・ボール」、傭兵として世界を遍歴した男の計画について語られる「戦士」、人気のない辺境に住み着いた老人と雑貨店主との心の交流を描く「世捨て人」、超自然的な能力を持つ青年が魔術として活躍する「青い穴の中へ」、おばに導かれて食べることに官能的な魅力を見出す男を描く「暴食の至福」、大家族を養う父親の生活を子供の目線から語るノスタルジックな「ピンボール・マシン」、キャッチフレーズにより成り上がった男がその人生を語る「惹句王」、資格の勉強をする夫を養うため厨房で働く若い妻と中年の料理人の奇妙な恋の行方を語った「ある料理人の話」、火事の現場で何度も幻覚と遭遇する消防士を描く「よろこびの炎」、禁煙療法を実践するための船でタバコを密売する男を描いた「良き船、エラズムス」、女好きの鉛管工の幻想を描く「床の下」、飛び抜けた実力を持つ砲丸投げ選手の青年を描く「涅槃と神々の黄昏と砲丸投げ」、天候をコントロールできると信じている気象観測官を描く「気象観測官、ある神学的独白」を収録しています。

 純文学的な作品と、異色短篇、いわゆる〈奇妙な味〉的な作品とが入り交じったような、不思議な味わいの作品集です。
 「世捨て人」「ピンボール・マシン」「ある料理人の話」などは明らかに純文学的なスタイルで描かれているのですが、そこには妙な「くせ」があるのですよね。
 一方、異色短篇的な「青い穴の中へ」「暴食の至福」「よろこびの炎」「良き船、エラズムス」「気象観測官、ある神学的独白」なども、妙なわかりにくさがあって、一概に「こういう話」と要約できないような難しさがあります。
 解説ではこのあたり、ハリスンの作風について「知的なショッカー」「テーマのない寓話」という言い方をしていて、なるほどという感じではありますね。
 映画化された表題作「ローラー・ボール」にしても、派手な題材を扱ってはいるものの、「殺人スポーツ」という目立つところにはスポットがあまり当たらず、主人公であるスター選手の心理描写がメインに描かれていくという作品です。

 超自然的な力で別の空間「青い穴」に隠れることができる青年を描いた「青い穴の中へ」や、火事の現場に行くたびに怪しい幻覚を見続ける消防士を描いた「よろこびの炎」、禁煙療法が実践されている船の中でタバコを売り歩く男を描いたブラック・ユーモア味の濃い「良き船、エラズムス」などは、エンターテインメントとしても非常に面白い作品です。
 美食家のおばに導かれた男がやがてあらゆる物質に食欲を抱くようになるという「暴食の至福」や、超人的な身体能力を持つ砲丸投げ選手の男がひたすら砲丸を投げ続けるという「涅槃と神々の黄昏と砲丸投げ」などは、シュールな味わいがあって、これはこれで捨てがたいですね。

 この短篇集の収録作は主に1970年代前半に書かれています。短篇のいくつかは、1970年代に「ミステリマガジン」に掲載されていて、その当時にはいわゆる「異色短篇」的な惹句がついていたように思います。ただ今読むとハリスンの作品は、それらとはちょっとベクトルが異なる作品のようです。
 とにかく、かなり風変わりな作品集なのは間違いないので、変わった小説を読みたい方にはお薦めしておきましょう。

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怪奇幻想読書倶楽部 第23回読書会 開催しました
ホフマン短篇集 (岩波文庫) 千霊一霊物語 (光文社古典新訳文庫)
 2019年8月11日の日曜日、JR巣鴨駅前のカフェにて「怪奇幻想読書倶楽部 第23回読書会」を開催しました。今回のテーマは「ホフマンとデュマのコント・ファンタスティック」として、E・T・A・ホフマン『ホフマン短篇集』(池内紀訳 岩波文庫)とアレクサンドル・デュマ『千霊一霊物語』(前山悠訳 光文社古典新訳文庫)を取り上げました。
 ドイツのみならず世界幻想文学の巨匠の一人と言えるホフマン、数々の名作を残したストーリーテラー作家デュマ、それぞれの作品、そしてデュマにおけるホフマンの影響などについても話し合いました。

 それでは、当日の会の詳細について、ご報告したいと思います。

 今回も、参加者全員のプロフィールをまとめた紹介チラシを作りました。チラシをPDFにしたものを、メールにて事前に配信しています。

 以下話題になったトピックの一部を紹介していきますね。


■E・T・A・ホフマン『ホフマン短篇集』(池内紀訳 岩波文庫)

・作品の中に必ずといっていいほど芸術がテーマとして出てくる。

・作品内に出てきた物事をちゃんと説明しないことが多いのだが、そこがいいという人と悪いという人とに分かれるようだ。

・ホフマン作品には完全な形でのハッピーエンドは少ない。幻想世界に行ってしまうとか、芸術家として全うする…というタイプの結末はあっても、地上の幸福と同時に芸術上の幸福を手に入れる…というタイプのハッピーエンドは見当たらないような気がする。これがいわゆるロマン派芸術というものなのだろうか。

・オッフェンバックのオペラ『ホフマン物語』と同名の漫画化作品『ホフマン物語』(水野英子)について。昔の新潮文庫にも『ホフマン物語』があったが、あれは原作を三篇入れたものでオペラ版ではなかった。光文社古典新訳文庫でもこの三篇が読める。

・オペラ映画『ホフマン物語』について。わりと原作のエッセンスを汲んでいる作品だと思う。衣装や美術は手塚治虫の『リボンの騎士』に影響を与えているとか。

・男性作家が描くと、女性の登場人物は美女になってしまう? 不美人のヒロインが出てくるのはブロンテの『ジェーン・エア』が嚆矢?

・美男美女でない登場人物の魅力を読者に納得させるのは逆に難しいと思う。

・映画『ライフ・イズ・ビューティフル』について。作中で『ホフマン物語』の曲が印象的に使われていた。


●「クレスペル顧問官」について

・クレスペルのキャラクターが風変わりで面白い。「ホフマン風人物」の典型?

・作品冒頭のクレスペルが家を建てるシーンが面白い。キャラクターの奇矯さをよく現すためのエピソードなのだろうか。日本の前衛建築「二笑亭」を想起させる面も。

・クレスペルが妻を無言で放り投げるシーンがあって、あれには驚いた。唐突にこの文章を出すところにホフマンの文才を感じる。これにより妻が「改心」するのも面白い。

・アントニエの恋人の作曲者はあまり本筋に関わってこない感じがある。娘は最終的に芸術を選んで死んでしまうのだが、恋人の影響があってもなくても最終的には同じ結果になったのではないかと思わせる部分もある。

・娘が大事にしていたヴァイオリンが娘の死とともに壊れるというのが、象徴を上手く使っているように思う。


●「G町のジェズイット教会」について

・主人公が風変わりな画家・芸術家。

・画家の妻子がどうなったのか、画家自身の生死がどうなったのか、はっきり書かないところが興味深い。リドル・ストーリーのような味わいも。

・書かれてはいないが、画家は妻子を殺しているような気がする。

・幸せな結婚生活が逆に芸術の発展を阻害するというモチーフが扱われている。地上の幸福と天上の幸福との相克という、ホフマン作品によく使われるテーマ。

・地上の幸福を手に入れてしまった人間は芸術家として大成しない? ホフマン作品を読んでいるとそんな風に思える。

・イタリアが憧れの地として描かれているが、これは当時の実際の雰囲気が反映されている。ドイツ人はイタリアが好き? ゲーテ『イタリア紀行』、「グランド・ツアー」など。

・当時イタリアで修行したというのは、芸術家として箔がつくものとされていた。

・『ブランビラ王女』はイタリアが舞台。作品内にドイツ人たちが出てくるシーンがあるのが面白い。

・ホフマン作品に出てくる外国は、実際に行ったことのあるものより、本で得たイメージが多いようだ。


●「ファールンの鉱山」について

・本で紹介された17世紀の実話が元になっている。ホフマンが参照したのはその実話について書かれた哲学者G・H・シューベルトの本らしい。

・ヨハン・ペーター・ヘーベルの作品「思いがけない再会」も同じ「ファールンの鉱山」について取材した作品。こちらは邦訳にして2ページ程度の掌編。ホフマン作品と比較すると、ホフマンの作品の膨らませ方がすごいと感じる。

・すごくロマンティックな作品。

・同じ短篇集の他の作品は主人公たちが貴族的なものを背景にしているのが多いのに比べて、この作品は労働者階級の世界が中心になっているのが興味深い。

・当時としても、鉱山は宝石など宝が眠っている…というイメージがあったのだろうか。ちなみに、神秘主義者スウェーデンボルグは鉱山学者だった。

・<山の女王>と現実の婚約者、どちらを選ぶか?というモチーフが現れる。

・山の神様は女性が多いイメージ。ギリシャ神話でも大地は女神、地球自体も女性のイメージ。

・奈落を見下ろすシーンの後に海の描写が出てくるが、このイメージが壮大で面白い。

・ロマン派は「山」が好き? ホフマンも自然に対する憧れがよく出てくる。


●「砂男」について

・人造人間を扱ったSF作品でもあり、怪奇小説でもある作品。

・主人公がかなり精神的に病んでいる。他の作品も多かれ少なかれ奇矯な人物が多いが、中でも狂気度は高い。

・フロイトが注目して「トラウマ」の原型ともなった作品。

・当時の召使や下女などは東欧から来る人が多かった。この作品でも、都会人である母親に対して、砂男の怖さを吹き込む迷信深いばあやとが、二重構造の世界になっている。

・コッペリウスとコッポラが同一人物かどうかははっきりしない。主人公の妄想の可能性が高いのだが、名前が似ているということは何かしらの関係がある…という意味ではかなりフロイト的。

・人形を愛する「人形愛」テーマ、レンズをテーマに「レンズ幻想」の作品でもある。江戸川乱歩の「押絵と旅する男」にも影響を与えているのではないか。実際に両者を比較した『ホフマンと乱歩 人形と光学器械のエロス』(平野嘉彦 みすず書房)という評論も出ている。

・レンズや眼鏡を「覗き込む」と別世界に連れ去られてしまう。「夜目遠目笠の内」という言葉があるが、何かを間接的に挟み込むことで、女性が美しく見えてしまうのではないか。

・作品に登場する科学者スパランツァーニは同名の実在の人物。顕微鏡の祖であり、彼が作った顕微鏡には今でも謎があるらしい。

・夏目漱石「夢十夜」について。西洋、ヨーロッパ文化が反映されている作品。

・主人公の婚約者は非常に現実的・健康的なヒロイン。婚約者が別の男性と結婚して幸せに暮らしている、という結末はかなり皮肉を感じる。主人公が現実の女性ではなく幻想の女性を選んで破滅してしまった…というテーマを強調しているのだろうか。

・ホフマン作品のヒロインはあまり健康的でない女性が多いが、この作品のクララはかなり健康的に描かれている。もう一方のヒロイン、オリンピアが幻想的なものとして描かれているので、その対比として現実的なヒロインを登場させたのだろうか。

・怪談や幻想小説にはその当時最新のテクノロジーが出てくるといわれるが、ホフマンにとってのレンズや眼鏡はそれに近いものなのだろうか。


●「廃屋」について

・主人公がロマンティストで思い込みが強いという設定。彼が見ている事件はその通りでなかった…という意味では、アンチ幻想小説ともいえる?

・鏡によって幻影を見ている。

・アイザック・アシモフについて。彼の本領は科学エッセイ? オカルトなどには懐疑的だった人。

・ホフマンも『セラーピオン朋友会員物語』などでは、超自然的なことに対して登場人物に議論などをさせているところを見ると、オカルトや超自然に対してはわりと懐疑的な立場なのではないか。

・実際に廃屋(のようなもの)を見て、ホフマンはこの作品を発想したのかもしれない。

・廃屋の噂や実際に人に聞いた話などから、物語が広がっていく感じが上手い。じわじわ真相がわかってくるというのはミステリ的な作り。

・超自然的な幽霊などが出る話かと思っていたら、意想外の展開だった。逆に驚く。

・「砂男」でもそうだったが「思い込み」による物語。

・ホフマンは当時としてもかなり「ロマンティック」な作家だった? 今読むと甘ったるいと感じる人も。


●「隅の窓」について

・リアリズム視点で、晩年の作品。ミルハウザーに似ている。

・窓から見えた人間の観察をする作品だが、一つだけではなく複数の視点を提示するところが面白い。

・視点は、シャーロック・ホームズにも似ている

・筒井康隆は『短篇小説講義』(岩波新書)で、この作品について絶賛している。見方が独特で参考になる。筒井は、ホフマンは幻想作家としては古いが、リアリズム部分が本領ではないかという見方をしている。


■アレクサンドル・デュマ『千霊一霊物語』(前山悠訳 光文社古典新訳文庫)

・デュマの長篇は面白いが、だれるところも多い。『モンテ・クリスト伯』は抄訳版の方が面白いのではないか。

・明治時代の『モンテ・クリスト伯』の邦訳(『岩窟王』)は、登場人物名が日本名だったり、都市名は外国名のままだったりと、翻訳とも翻案ともつかない面白い翻訳だった。

・明治時代の人にとって『岩窟王』は非常に影響を与えた作品だったのでは。参加者の祖父の思い出なども。

・デュマ『ビロードの首飾りの女』の紹介。ホフマンを主人公とした幻想小説。『千霊一霊物語』の中にもホフマンの名前が言及されている。

・枠物語の形式はホフマン作品の影響もある?

・同時代のフランス革命とその後の時代背景がかなり強く出ている作品だと思う。市長のエピソードでは、そうした緊迫感がある。当時としてはすごくリアルな話だったのでは。

・首切りの話題についていくらか続いた後に、懐疑的な意見が交わされ、最終的に市長が実証的なエピソードを話す…という流れはすごく説得力がある。

・ギロチンで首を落とされた後に意識は本当にあるのか? 真相はよくわからない。

・ギロチン刑について。当時としては人道的な処刑方法という見方が強かったらしい。

・イギリスの医師のエピソードは、処刑した男の幻影に悩まされる男の話。現象の起こり方が妙で、実際の狂気はこんな感じなのだろうか。

・認知症の症状では実際に人がいたり喋ったりしているように感じる、ということが実際にあるらしい。参加者の家族の例など。

・登場する語り手たちが、超自然現象を信じている人とそうでない人がいるのが面白い。中立的な立場の人もいるようだ。

・ホフマンの枠物語では語り手たちのキャラクターが薄くて見分けがつかないが、デュマ作品では語り手たちのキャラクターが描き分けられている。

・イギリスの医師のエピソードは、シャルル・ラブー「検察官」の焼き直しだというマルセル・シュネデール説の紹介。ラブー作品は、妄想によって妻を殺してしまうという男の物語。

・『千霊一霊物語』の語り手たちは、実在の人物の名前が使われているものが多いらしい。当時としてはリアリティを持って読まれたのだろうか。

・デュマの伝記『パリの王様』(ガイ・エンドア)について。ゴシップ的な話題が多い。鹿島茂『パリの王様たち』ではちゃんと業績についても触れている。

・デュマには黒人の血が入っている。フランスにはそういう意味での人種差別がそれほどなかった?

・プロテスタントとカトリックの違いについて。フランスはカトリックが強い。黒人で重要な地位についていた人もいる。

・ルノワールが語る王墓を荒らすエピソードについて。実際にあった事件? 墓を荒らす…というのはキリスト教徒にとっては最悪?

・時代の転換期を描いた作品?

・デュマは革命派だが、心情的には貴族にも同情的な視線が感じられる。

・神父が語る泥棒が救いを求めるエピソードについて。綺麗な物語。神父が魅力的に描かれている。メダルの使い方も上手い。

・王墓荒らしのエピソードの後に、泥棒のエピソードが来るのは意識的なのだろうか。カトリックにおける遺体の扱いはかなり重要なテーマ。

・悪魔や地獄に対する恐怖は、日本人が考えているよりも大きい。映画『エクソシスト』やゾンビの話題など。

・カトリックの告解制度について。セラピーに近い制度。カトリックでは自殺率はプロテストタントよりも低い。

・文人アリエットが語るエピソードについて。不死だと広言している山師的な人物。信奉しているのがジャック・カゾットだというのも面白い。

・グレゴリスカ夫人が語る吸血鬼のエピソードについて。作中で一番長い。ゴシック・ロマンス的な要素も強い。東欧、山脈の中の城、呪われた血の家系など、耽美な物語。母親のキャラクターが特徴的。不倫の子である弟の方を母親が愛している…というところも面白い。

・東欧が舞台になっているのは、ヨーロッパの人からすると「辺境」に近い意識? ブラム・ストーカー『ドラキュラ』もそういう感覚。

・『ドラキュラ』について。ドラキュラは「迷信の国」から来る感覚。吸血鬼の特性というかルールはアシモフの「ロボット三原則」に似ている。

・『ゲゲゲの鬼太郎』について。最新のアニメ版はすごくシビアなカラーになっている。原作でも社会風刺的な要素は意外と強い。

・水木しげるの海外作品の翻案作品について。『怪奇小説傑作集』やフィオナ・マクラウドを流用した作品など。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

非殺人事件  森川智喜『そのナイフでは殺せない』
そのナイフでは殺せない
 森川智喜『そのナイフでは殺せない』(光文社)は、そのナイフで殺されると特定の時間に完全な状態で生き返ってしまうというナイフをテーマとした、とんでもない設定のホラーサスペンス作品です。

 映画監督を目指す七沢は、友人の稲木戸と室伏と共に短篇映画を作っていました。ある日ふと手に入れた外国製のナイフを触った瞬間に、七沢は不思議な空間で外国人の男と相対します。
 その男ガボーニは、かって大量の人間を殺害した殺人鬼であり、その後悔から決して命を奪えないナイフを作ったと語ります。そのナイフで殺した人間は、翌日の16時32分に完全な形で生き返るというのです。
 半信半疑ながら、昆虫などで実験した七沢はナイフの効力が本物であることを確信します。このナイフで動物を殺せばリアルな映像が撮れるのではないかと考えた七沢は、その方法で映画を撮影し公開します。
 しかしあまりにリアルな映像を見た視聴者から警察に連絡が入り、七沢は取調べを受けることになります。正義に執着する小曽根警部は七沢に不信感を持ち、執拗に彼の周りを捜査し始めますが…。

 それを使って「殺し」ても絶対に生き返ってしまうというナイフをテーマとした、非常にユニークな設定の作品です。面白いのは、そのナイフを使う主人公が殺人に悦びを覚えるとか、そういう人物ではないところ。あくまで映画を撮るための手段としてしか考えていないのです。
 動物に飽き足らなくなった七沢は人間を対象にし始めるのですが、彼を疑っている小曽根警部は捜査を続けます。この小曽根警部もかなり異様な人物で、独自の正義感を持ち、場合によっては違法捜査も辞さないという人物。七沢がまだ特別犯罪を犯していない段階から、執拗に彼につきまといます。

 基本的にナイフで「殺人」を繰り返す七沢の行動は読者に明かされていくので、いわゆる犯人目線の「倒叙形式」作品といっていいでしょうか。小曽根警部との対決を描くシーンは『デスノート』そこのけ。
 ただメインの登場人物が二人ともある種の「異常者」であるので、その対決の仕方もたがが外れており、思いもかけない展開になっていきます。証拠の残らない殺人をどう起訴するのかとか、そもそもそれは犯罪なのか、殺意のない殺人は悪なのか? といった議論が交わされるのも面白いところ。

 「ナイフ」が登場するまでの序盤はいささか平板なのですが、そこからの面白さは格別です。追われた主人公の脱出方法とか、クライマックスの仕掛けなどは、ナイフの設定を上手く利用したユニークなもので、ミステリ作品としても秀逸。
 ホラーとミステリのハイブリッドといっていい作品ですが、どちらかと言うとホラー味の方が勝っていますね。ダリオ・アルジェントなどイタリアの「ジャーロ」映画を意識したと思しく、そちら方面のファンにも楽しめるのではないでしょうか。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

幻想のショーケース  恒川光太郎『白昼夢の森の少女』
白昼夢の森の少女
 恒川光太郎『白昼夢の森の少女』(KADOKAWA)は、様々な媒体に発表された作品が集められており、バラエティに富んだ幻想小説集になっています。

 一人のときにしか見えないという幻の巨人を描く「古入道きたりて」、突如焼け野原で目覚めた記憶喪失の男を描く「焼け野原コンティニュー」、ある日襲ってきた蔦により半植物化してしまった少女を描く「白昼夢の森の少女」、乗ったら二度と故郷には戻れないという船を描く「銀の船」、椰子の実から生まれたと話す奇妙な女を描く「海辺の別荘で」、毬に変身してしまった少年の物語「オレンジボール」、命令されるとその通りに動かされてしまうという謎の人形をめぐる「傀儡の路地」、突然「平成のスピリット」から電話を受け取ると言う「平成最後のおとしあな」、少年時代の不思議な体験を語るという民話風の奇談「布団窟」、生まれつき視力が悪い代りに人には見えないものが見える少年を描く物語「夕闇地蔵」の10篇を収録しています。
 どれも面白いのですが、特に印象に残ったのは「焼け野原コンティニュー」「白昼夢の森の少女」「銀の船」「傀儡の路地」などでしょうか。

 「焼け野原コンティニュー」は、気付けば記憶を失い、焼け野原に立っていた男が主人公。何が起こったのか生存者を探しますが…というお話。「破滅SF」を一ひねりした設定が面白く、物悲しさのあるお話です。

 「白昼夢の森の少女」は、突然現れた蔦に襲われた人々が半植物化してしまうという物語。そこから切り離されると死んでしまうのですが、その代わりに植物化した人々は夢の世界を共有し、普通の人間より長生きできるということがわかります。
 殺人を犯して逃亡していた少年が植物化して夢の世界に侵入したことが判明し、警察は彼らを調査に訪れますが…。
 単純に「いい話」にならないところがまた魅力的ですね。

 「銀の船」は、特定の人にだけ見え、ある年齢までにその船にたまたま出遭えた人だけが乗れるという、空を飛ぶ船を扱った物語。主人公の少女は船に出会い選択を迫られます。同時に乗れるのは一人だけだというのですが、少女はその時妊娠していたのです…。
 「人生の選択」や「過去の後悔」などについて考えさせてくれる、寓意に富んだ物語です。最後に明かされる、船のオーナーの真意もこの著者らしい皮肉が出ていますね。

 「傀儡の路地」は、命令されるとその通りに行動してしまうという人形を持つ女「ドールジェンヌ」をめぐる都市伝説風の物語。
 引退して散歩を楽しんでいた主人公は、殺人事件に巻き込まれてしまいますが、犯人は自分の意思ではなく「ドールジェンヌ」がやらせたのだと話します。
 直後に「ドールジェンヌ」と遭遇した主人公は、ほかにも被害者がいるのでないかと考え、ネットで仲間を集めますが…。
 超自然的な存在「ドールジェンヌ」をめぐって展開される物語なのですが、どんどんと予想外の方向に行ってしまうのが非常に面白い作品です。この作品集の中では一番の面白さですね。

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怪奇幻想読書倶楽部 第24回読書会 参加者募集です
特別料理 (ハヤカワ・ミステリ文庫) さあ、気ちがいになりなさい (ハヤカワ文庫SF)
 2019年9月22日(日曜日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第24回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp


開催日:2019年9月22日(日曜日)
開 始:午後13:30
終 了:午後17:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ
参加費:2000円(予定)
テーマ
異色短篇の愉しみ
課題図書
スタンリイ・エリン『特別料理』(田中融二訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)
フレドリック・ブラウン『さあ、気ちがいになりなさい』(星新一 訳 ハヤカワ文庫SF)
※課題書として読むのは〈異色作家短篇集〉版でも構いません。

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。


 今回は、スタンリイ・エリンとフレドリック・ブラウン、共に短篇の名手と言われる二人の作家の代表的な作品集を取り上げます。
 緻密な構成とテーマ性の強い作品を書くエリンと、奔放な発想と想像力の光るブラウン、それぞれ独自の魅力を持った作家の魅力に迫ってみたいと思います。

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不可思議な物語  アレクサンドル・デュマ『千霊一霊物語』
千霊一霊物語 (光文社古典新訳文庫)
 アレクサンドル・デュマ『千霊一霊物語』(前山悠訳 光文社古典新訳文庫)は、作者のデュマ自身を語り手に、集まった人々が不思議な話や怪奇譚を語ってゆくという、枠物語形式の怪奇幻想小説です。

 狩のためフォントネ = オ = ローズ市を訪れていたデュマは、女房を殺した男が自分を捕らえてほしいと、市長の家に自首してくる場面に出くわします。その男ジャックマンは、首をはねたはずの妻が口を聞いたと錯乱していました。
 現場検証に付き合うことになったデュマは、ルドリュ市長の自宅に招かれ、訪れていた客たちの話を聞くことになります。市長を初め、客たちの話は皆この世の常識でははかり知れない事件ばかりでした…。

 さまざまな怪奇譚が複数の登場人物から語られてゆくという枠物語なのですが、これらのエピソードが完全に独立しているのではなく、枠物語の大枠の物語と自然な形で溶け込んでいるのが見事ですね。
 単純に超自然を受け入れるのではなく、超自然的な現象が実在するのかどうか、という議論が登場人物間でかわされ、その例証という形でエピソードが語られるという流れが非常に上手いです。
 このあたり、本作でも名前が言及されるホフマンの枠物語『セラーピオン朋友会員物語』の影響もあるのでしょうか。

 冒頭の殺人犯ジャックマンのエピソードから、シャルロット・コルデーの生首のエピソード、そしてルドリュ市長自身が語る革命期の話に至る流れは、ギロチンと断首をめぐる物語、ロベール医師が語るイギリスの判事の話は無実(?)の男を死刑に追いやり、その後霊現象に悩まされるという物語、ルノワール士爵が語るのは、革命期に荒らされた王墓での呪いを描く物語、ムール神父が語るのは救いを求めて死後動き出す泥棒の死体の物語、文人アリエットが語るのは死を超える夫婦愛の物語、グレゴリスカ夫人が語るのはカルパチア山脈における吸血鬼をめぐる物語、になっています。

 様々なテーマの怪奇作品が味わえる、楽しい作品集になっています。特に最後に収められているグレゴリスカ夫人のエピソードでは、超自然的なテーマそのものだけでなく、山の中の古城、憎しみあう父親違いの兄弟、呪われた血、令嬢との秘密の恋などの、ゴシック・ロマンス的な要素が強いです。
 このエピソードでもそうですがストーリーテラーのデュマらしく、他のエピソードでも波乱万丈の展開が楽しめます。
 例えば市長が語るエピソードでも、革命政府から人を逃がそうとする計画が描かれたり、グレゴリスカ夫人のエピソードでも山賊との戦い、兄弟の争いなど、ハラハラドキドキ感が強烈です。

 エピソードを語る登場人物たちもそれぞれ個性がありますが、特に目立つのは市長のルドリュと文人のアリエット。
 ルドリュは超自然現象に対して一面で受け入れ、また一面では批判的だったりと、非常に懐の広い人物。殺人犯ジャックマンに対しても同情的だったりと、人間味の深い人物でもあります。
 アリエットの方は、ジャック・カゾットを信奉する神秘主義者で、嘘か真かなんと数百年も生きていると豪語するのです。

 このデュマの『千霊一霊物語』、確かマルセル・シュネデール『フランス幻想文学史』(国書刊行会)のデュマの項目に言及があったはず…と思い本を開いてみるとありました。
 デュマの項目自体が「ホフマンの名による変奏曲」と題された章にあるのを見ると、『千霊一霊物語』もホフマンの影響下で書かれた作品といってもいいのでしょうか。
 シュネデールの記述によると、ロベール医師が語るイギリスの判事が霊現象に悩まされるというエピソードは、シャルル・ラブー「検察官」という作品の焼き直しの感が強いとのことでした。

 幸いこの作品は邦訳があるので読んでみました。
 シャルル・ラブー「検察官」(加藤民男訳 窪田般彌、滝田文彦編『フランス幻想文学傑作選1』(白水社)です。
 ドサルー検事は自らの権勢欲のために、無実と思しいピエール・ルルーという男を死刑にしてしまいます。
 その直後に血まみれのルルーの首が現れるのを目撃したドサルーは精神を病んでしまいます。病が癒えたころ、美しい花嫁をもらいうけたドサルーは、眠り込んだ花嫁のそばにルルーの首が横たわっているのに気がつきます…。

 超自然現象が起こったのか、罪の意識によって精神を病んだ男の妄想なのか、どちらとも取れるようになっている作品です。非常に暗いテーマの話でありながら、全体の記述はコミカルに描かれており、この作品自体もどこか「ホフマン的」です。

 シャルル・ラブー(1803-1871)はフランスの作家で、バルザック作品の補筆をしたことでも知られています。邦訳は他に、亡くなった母の魂をヴァイオリンに封じ込めるという幻想小説「トビアス・グワルネリウス」(川口顕弘訳『19世紀フランス幻想短篇集』国書刊行会 収録)があります。

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彼岸への憧れ  E・T・A・ホフマン『ホフマン短篇集』
ホフマン短篇集 (岩波文庫)
 ドイツの幻想作家、E・T・A・ホフマンの『ホフマン短篇集』(池内紀訳 岩波文庫)は著者の代表的な短篇を集めたバランスも良い傑作集です。収録作のセレクション、翻訳の質、入手のしやすさなどを勘案しても、ホフマン入門書として非常に良い本ではないでしょうか。


「クレスペル顧問官」
 奇行で知られる変わり者ながら、性格は善良で人々から好かれる顧問官クレスペル。彼が同居させていた娘アントニエの歌う歌は美しいと噂されていましたが、なぜかクレスペルはアントニエが歌おうとすると、それを止めようとします…。

 娘に歌わせまいとするクレスペルの真意とは? アントニエとクレスペルの関係は? クレスペルの過去に何があったのか? など、物語の真相が徐々に明かされていく構成は見事です。加えてホフマンが得意とする、恋愛や親子愛といった地上での愛情と、音楽や芸術との葛藤といったテーマも見え隠れします。
 ヴァイオリン分解を趣味とするクレスペルが、アントニエの頼みで残したヴァイオリンが彼女の慰めとなり、アントニエの魂とヴァイオリンがリンクする…というモチーフも美しいですね。
 ホフマン作品の傑作の一つです。


「G町のジェズイット教会」
 馬車の故障でたまたまG町を訪れた「私」は、この町に友人の知り合いヴァルター教授がいることを重い出し、彼を訪ねることにします。教授が勤めるジェズイット教会を訪ねた「私」は、建物を塗装していたベルトルトという男と知り合います。
 相当な技量を持つベルトルトに関心を抱いた「私」は彼の過去についてヴァルター教授に訊ねます。ベルトルトから打ち明け話を聞いた生徒が書き留めたという書類には、芸術家としてのベルトルトの苦悩と、それによる不幸な過去が記されていました…。

 才能を持ちながらも、あと一歩何かが足りないと感じているベルトルトが地上での幸せを手に入れながらも、それゆえに芸術上では高みに達することができない…というテーマが描かれます。他作品でもそうなのですが、ホフマン作品では地上での幸福と芸術との葛藤というのが重要テーマとして現れてきます。
 ベルトルトの過去に何があったのか? 彼の妻子はどうなったのか? 最終的に彼は生きているのか死んでいるのか? など、明かされない謎がいくつも存在しており、ちょっとしたリドル・ストーリーとしても読むことができる作品です。様々な解釈が可能な、拡がりのある作品といってもいいようですね。


「ファールンの鉱山」
 故郷に帰ってきた船乗りの若者エーリスは、病気の母親が既に亡くなっていたことを知り、悲しみに沈んでいました。不思議な老人にファールンの鉱山で鉱夫になることを勧められたエーリスは鉱山町ファールンに向かいます。
 鉱山の所有者ダールシェーに目をかけられるようになったエーリスは、ダールシェーの娘ユッラと恋仲になりますが…。

 実話だという「ファールンの鉱山」事件を題材に、ホフマン独自の幻想的な世界観を付け加えた作品です。
 この作品でもホフマン特有の「天上の芸術」と「地上の幸福」の葛藤が描かれます。この作品では「天上の芸術」は「大地の女王」のイメージで描かれています。地上での花嫁との幸福を夢見るものの、やがて天上の世界に引っ張られてしまうのです。
 基本的にホフマン作品で最終的に勝利するのは「地上」ではな「天上」の力なのですよね。
 ちなみに「ファールンの鉱山」事件は、スウェーデンの町ファールンで、1670年に落盤で埋められた鉱夫が1719年に原型を止めた死体となって発見された事件で、哲学者G・H・シューベルトの著作によって紹介され有名になったものです。ホフマン以外にも同じ題材で作品を書いた作家が多くいたようですね。

 ついでに、同じ「ファールンの鉱山」事件を題材にした小説、ヨーハン・ペーター・ヘーベル(1760-1826)の「思いがけぬ再会」 (川村二郎訳  種村季弘編『ドイツ幻想小説傑作集』白水Uブックス)も読んでみました。
 こちらは短い掌編です。結婚直前に婚約者の男性が鉱山の落盤で行方不明になり、50年後に老婆となった許婚の女性が、若いままの男性の死体に再会する…という物語です。こちらの作品の方が原型の実話に近いのでしょうね。
 ホフマン作品では、シンプルだった原話に、幻想的な鉱物世界と、天上と地上の葛藤といった複雑なテーマや構造を持ち込んで、重層的な物語を生み出しています。比べて読むと、ホフマンの作家としての手腕が見えるようで、その意味でも面白い作品でした。


「砂男」
 勉学のため家を離れていたナタナエルは、親友のロタールとその妹で婚約者のクララへ手紙を送ります。そこにはかって父の元に出入りしていた不気味な男コッペリウスとそっくりのコッポラと名乗るからくり師がナタナエルの前に現れた、ということが記されていました。
 やがて、聴講しているスパランツァーニ教授の娘オリンピアに恋をしたナタナエルは、周りの忠告も聞かずに、オリンピアに夢中になりますが…。

 SFやサイコ・スリラーの先駆的な要素も持つ、名作怪奇小説です。
 幼い頃の父の死や、聞かされた「砂男」の物語などのトラウマが具体的なコッペリウス=コッポラという人の形をとって、主人公を脅かします。
 コッポラのレンズの「魔法」によって主人公ナタナエルが幻想世界に誘われるものの、現実を知って狂気に陥る…という展開も非常に見事。現実味・人間味のないヒロイン、オリンピアと、現実的・地上的なヒロイン、クララとが対置されているのも面白いところですね。


「廃屋」
 夢想家テオドールは、自分が体験した不思議な話を語ります。町中にある廃屋にはいろいろ噂が立っていました。テオドールは行商人から手に入れた鏡を通してその家を覗き込んだ際に、そこに女性がいるのを目撃しますが…。

 廃屋をめぐって噂がどんどん膨らんでいき、主人公はその真実を実際に確かめようとする…という正統派といえば正統派のストーリー展開です。
 真相は現実的な解釈が可能なのですが、幻想的な余地もあるという、近代的な怪奇幻想小説です。特に、主人公が手に入れた鏡に異様なものが映るのを第三者も目撃するシーンは、かなり不気味ですね。


「隅の窓」
 重い病を患う物書きの従兄は、住んでいる屋根裏部屋から町の人々を観察するのを楽しみにしていました。従兄を訪ねた「私」は、彼と一緒に窓から見える人々の来歴や様子を想像しますが…。

 晩年の作ということもあり、この本に収録されている他の作品とは唯一カラーの異なる作品ですね。ジャンル的には「リアリズム」作品といっていいのでしょうが、人間観察における過剰と言っていいほどの「想像力」はホフマン一流のファンタジーがあふれています。
 ある男に対する想像が一つではなく何パターンか示される、というのは正にそれを表しているようです。
 ささいな手がかりからその人生を推測(想像)する…というのは「シャーロック・ホームズ」の遠い祖先といってもいいかもしれませんね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

生命の火  J・H・ロニー兄『人類創世』
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 J・H・ロニー兄(1856-1940)の長篇小説『人類創世』(長島良三訳 カドカワ・ノベルズ)は、先史時代を舞台にした冒険小説といっていい作品。主人公たちが生き延びるためのサバイバル描写の細かさ・リアルさには迫力があります。

 他部族の襲撃を受けたウラム族は、部族のものを殺されただけでなく、何世代にもわたって守ってきた「火」を奪われてしまいます。「火」なしでは部族が滅んでしまうと考えた部族の長ファムは「火」を持ち帰ってきた者には姪のガムラを与えると約束します。
その強さを認められた若者ナオは、二人の仲間と共に旅に出ることになります。一方その残酷さで部族中の嫌われ者アゴウも、ガムラ欲しさから、二人の兄弟と共に出かけることになりますが…。

 先史時代を舞台に、「火」を求めてさすらう若者たちの冒険を描いた作品です。人類は狩猟採集で生きているという段階で、碌な武器も持っていません。周りはマンモス、ライオン、虎、熊、狼など猛獣だらけで、人類自体が非常に弱い存在であるというシビアな状況なのです。
 主人公ナオの一行は、出かけた直後から次々と猛獣に襲われてしまいます。一歩選択を間違えると即死んでしまうという状況は非常にサスペンスたっぷり。猛獣の群れを抜けたと思ったら、別の部族との遭遇、人喰人種に襲われたりと、全く気が抜けません。

 猛獣や人喰人種など、戦闘シーンは詳細かつリアルで非常に迫力があります。毎日が生き延びるための連続なので、気が休まるひまがないほどトラブルが発生し続けます。その意味で、100年以上前の作品ではありますが、エンターテインメント作品として充分に楽しめる作品になっているように思います。
 また、別の部族との接触で新たな技術を学んだり、マンモスや猛獣たちとの戦いの中で自然の知識を学習したりと、先史時代小説ならではの面白さもありますね。

 J・H・ロニー・エネ(兄)(1856-1940)はベルギー出身のフランス作家。兄弟作家でしたが後にそれぞれ独立して、ロニー兄とロニー弟のペンネームとなります。兄の方はSFの先駆的な作品や幻想的な作品を書いて、SFの先駆者の一人とされています。
 翻訳はいくつかあって、コミュニケーション不可能な異星人と古代人との遭遇を描く「クシペユ」、不可視の世界の生物を描く「もうひとつの世界」、異次元の存在を匂わせるユニークな吸血鬼小説「吸血美女」などがありますね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

夢の中で生きる男  半村良『夢中人』
夢中人 (祥伝社文庫)
 半村良『夢中人』(祥伝社文庫)は、夢をテーマにした幻想的な連作長篇です。どこからどこまでが夢なのかわからないという、不思議な雰囲気が味わえます。謳い文句の「長編奇想小説」が楽しいですね。

 孤独を愛する小説家の「私」は新しく出来たホテルの常連客となり、家にも帰らずホテルにこもっていました。ある夜見たことないホテルマンから常連客だけに案内するというオーナーズ・バーに招待されますが、そこから「私」は不可思議な現象に出会うことになります…。

 小説家の「私」が夢に関わるいろいろな事件に遭遇する…という話なのですが、各エピソードの語り手が本当に「私」なのか、そもそもエピソード同士に関わりがあるのかどうかもはっきりしません。
 夢をテーマにした話らしく、「私」の固有名詞も出てこず、登場する他のキャラたちも一部を除いて代名詞で著されるなど、非常にもやもやした物語になっています。とはいえ、面白く読めるのはやはり著者の筆力でしょうか。

 最初は個々の現象に出会う連作という感じなのですが、中盤から「私」の甥の会社で発生した毒殺事件がクローズアップされ、その事件の謎が追及されるという展開になっていきます。ただ夢の話であるので、その「捜査」も夢の中を歩くよう。そもそも殺人が本当に起きたのか夢なのかもわからないのです。
 夢の中の犯罪を取り締まる「夢中署」とその刑事が登場するのもユニークです。刑事は本当に存在するのか、それとも「私」の夢なのか?

 「信頼できない語り手」というモチーフがありますが、この作品では語り手自身、自分で自分が信用できないのです。
 夢の中に閉じ込められ同じ夢を繰り返すという悪夢めいたエピソードがあるかと思えば、夢の中で二人に分裂した「私」が夢の中の女性をめぐって争うというユーモラスなエピソードもありと、登場するモチーフも多種多様。
 夢という曖昧模糊としたイメージを上手くエンタメ作品に仕上げた作品です。

 著者の半村良には「夢の底から来た男」「 夢たまご」「夢あわせ」など、「夢」をテーマにした作品が結構あります。著者お気に入りのテーマだったのかもしれませんね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

心の漂流  シャーロット・ローガン『ライフボート』
ライフボート (集英社文庫)
 シャーロット・ローガン『ライフボート』(池田真紀子訳 集英社文庫)は、救命ボート上を舞台に、遭難した船客たちの人間関係をサスペンスたっぷりに描いた作品です。

 1914年、大西洋で豪華客船が爆発し、人々はそれぞれ救命ボートに乗り込んで脱出します。資産家の夫ヘンリーと結婚したばかりのグレース・ウィンターは、夫と別れてボートに乗り込みますが、大量の人々を乗せたボートは定員を超えて不安定になっていました。
 唯一、船と海についての知識を持つ船員ハーディはリーダー的存在となり、沈んだ船の周辺で救出を待つべきだと主張しますが、その横暴な態度から皆の反感を買いつつありました…。

 あらすじからは、極限状況に陥った人々たちのサバイバルや争いが描かれる作品を思い浮かべると思います。確かにそういう面もあるのですが、ちょっと独特の展開をする作品です。
 生き残るためのサバイバルというよりも、そうした極限状況に陥ったヒロインの心の動きを描いた作品、と言う方が当たっているでしょうか。救命ボートで生き残った人々が30人以上いること、その大部分が女性であるということからも、あまり人間同士が物理的に争うという展開はありません。

 リーダー的存在である船員ハーディと、それに反感を抱き主導権を握ろうとするハンナ・ウェストとミセス・グラントの二人の女性、二つの勢力が生まれる中で、ヒロインのグレースの心が揺れ動く様が描かれていきます。
 物語はグレースが裁判にかけられている状態から始まります。彼女自身は生還したことが分かっているのですが、救命ボートに乗り込んだ乗客たちは誰が助かり誰が死んだのか? グレースは何の罪で裁かれているのか?

 大きな謎を引っ張りつつ展開する物語には、サスペンスが溢れています。
 物語はグレースの一人称で語られるのですが、グレースは意思があまり強くない女性として描かれており、状況に流されたり、多数の意見に与したりします。語りには自分を正当化するような部分もあり、彼女の言っていることが本当なのかどうかは定かではありません。
 飽くまでヒロインであるグレースの心理がメインに描かれていくので、後半、法廷劇が前面に出てくると、グレースが裁かれる原因となった事件が回想されるほかは、遭難事件のその後の展開がちょっとぐたぐたになってしまうのが残念なところではありますね。

 通常の「漂流もの」とはかなりベクトルの異なった作品で、同種の作品にあるような波瀾万丈感はあまりありません。飽くまで漂流を題材にした心理サスペンスとして読んだ方が、その面白さを味わえる作品でしょう。
 ヒロインがある種の「狡さ」を持っているため、読む人によっては「イヤミス」感を感じる人もいるかもしれません。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。
twitterアカウントは@kimyonasekai



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