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英国怪談の黄金時代
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 由良君美編『イギリス怪談集』(河出文庫)は、各国の怪奇小説を集めた〈怪談集〉シリーズのイギリス編として、1990年代初頭に刊行されたアンソロジーです。
 イギリス怪奇小説の名作が集められた粒ぞろいのアンソロジーで、本年、丸善150周年記念として復刊されたのは喜ばしい限り。以下、各作品を紹介していきましょう。

A・N・L・マンビー「霧の中での遭遇」
 「わたし」は地質学者だった故ジャイルズ伯父の日記から不思議な事件を見い出します。そこには、友人とともに山を訪れた伯父が、霧で迷った時の経験について書かれていました…。
 オーソドックスな幽霊物語なのですが、善き意図を持つ幽霊が災難をもたらしてしまうという、逆説的な状況が面白い作品です。
 マンビーは、本職が書誌学者であった人で、M・R・ジェイムズの衣鉢を継ぐとも言われた作家です。邦訳は少ないですが、「戦利品」(西崎憲編『怪奇小説の世紀1』国書刊行会 収録)、「甦ったヘロデ王」(『ミステリマガジン2014年8月号』早川書房 収録)などがあります。

アルジャーノン・ブラックウッド「空き家」
 叔母と共に幽霊屋敷を探索することになったジム・ショートハウスの冒険を描く作品です。
 霊現象自体はオーソドックスなのですが、そこに至るまでの主人公二人の心理的サスペンスが強烈な一篇です。

M・R・ジェイムズ「若者よ、口笛吹けば、われ行かん」
 いささか朴念仁のパーキンズ教授は、ゴルフ旅行のついでに訪れたテンプル騎士団の聖堂跡で古い笛を見つけます。試しにその笛を吹いてから、不思議な現象が相次ぎますが…。
 古代の呪い(魔術?)により、霊現象が起こる…という怪奇作品。クライマックスの霊現象はシンプルながら非常に怖いです。ジェイムズの名作の一つといっていい作品でしょう。

H・G・ウェルズ「赤の間」
 老人たちが止めるのも聞かず、豪胆さを誇る男は、幽霊が出ると言う噂のある「赤の間」に泊まることになりますが…。
 本当に恐ろしいのは「幽霊」ではなかった…という純心理怪談。ウェルズならではの面白い着眼点の怪奇小説です。

A・J・アラン「ノーフォークにて、わが椿事」
 バカンスに使う家の泊まり心地を試していた「ぼく」は、ある夜、家の前で女性が車の故障を起こす場面に出くわします。いろいろと話しかける「ぼく」に対し、女性の様子がどうもおかしいのですが…。
 表面上はゴースト・ストーリーなのですが、どこかSF風味もありと、何とも奇妙な味の作品。元がラジオ用だけあって、語り口に妙味があります。

A・クィラ=クーチ「暗礁の点呼」
 難破した二隻の船のそれぞれの生存者、ジョン・クリスチャンとウィリアム・タリファーは友情を結び、その証として合言葉を錠に刻みます。やがて街に戻ることになったジョンの消息は知れなくなりますが…。
 友情と忠義心のために現れる幽霊を描いた作品です。この作者のゴースト・ストーリーは「優しい」ものが多いですね。

A・E・コッパード「おーい、若ぇ船乗り!」
 若い船乗りアーチー・マリンは、ある夜美しい女性を見つけ話しかけますが、彼女は素顔を見せてくれません。フリーダと名乗る女性は自分は幽霊であると話します。
 死後、彼女は生前執着していた服を呼び出すことができたものの、一度来たものは消えてしまうというのです。そして今着ているのが最後の服だというのですが…。
 生前の執着が服という形で現れた霊を描く、面白いモチーフのゴースト・ストーリー。全体にユーモラスでありながら、不気味さも感じられますね。

ブラム・ストーカー「判事の家」
 学生のマーカム・マーカムソンは勉強に集中するために、田舎町の大きな屋敷を借りることにしますが、そこはかって悪名高い判事が住んでいた《判事の家》と呼ばれる場所でした。毎夜、部屋に現れる巨大なネズミのせいでマーカムソンは日に日に憔悴していきますが…。
 怪異が目に見える形で主人公を圧迫するという、強烈なインパクトのある怪奇小説。端正なゴースト・ストーリーの多いアンソロジー中にあって、異彩を放っている感もありますね。

J・S・レファニュ「遺言」
 長男スクループを嫌った父親の遺書により財産を相続した次男チャールズ。二人は犬猿の仲になり、裁判で争いを繰り返していました。やがて亡き父を思わせる奇妙な犬がチャールズの前に現れますが…。
 財産をめぐって争う兄弟のもとに、死んだ父親がメッセージを送ってくる…というゴースト・ストーリー。おそらく父親の化身である犬が非常に不気味で、この犬の末路を考え合わせると、かなり怖い作品だと言えますね。短篇ながら非常に奥行きもある作品です。

M・P・シール「ヘンリとロウィーナの物語」
 かって結婚を誓った仲だったヘンリとロウィーナ。しかし、ヘンリの病によりそれは叶わなくなり、ロウィーナは他の男の元に嫁ぎます。ロウィーナの前に現れたヘンリは、死んで一緒になろうと誘いかけますが…。
 恋人を裏切った女が復讐されるという、テーマとしてはよくある展開なのですが、文体の煌びやかさと濃厚な描写で異彩を放つ物語です。豹に襲われるシーンは唐突ながら、強烈なインパクトがありますね。

H・R・ウェイクフィールド「目隠し遊び」
 コート氏が辿りついたローン屋敷には人けがありませんでした。暗闇の中、扉を探すコート氏ですが扉は一向に見つかりません。しかも何かがそばを通り過ぎていったようなのですが…。
 短い作品ながら「お化け屋敷」の怖さそのものを追及したかのような作品です。超自然現象の正体を明かさず、曖昧な描写に終始するにも関わらず(あるいはそれゆえに)恐怖感を煽る作品です。

E・F・ベンスン「チャールズ・リンクワースの告白」
 母親殺しで死刑を宣告された男チャールズ・リンクワースの医師ティースデイルは、リンクワースが死んだ後にも、彼の存在感のようなものを感じ続けていました。
 医師は自宅で電話を受け取りますが、その電話は死んだリンクワースからのもののようなのです…。
 死刑囚が罪の赦しを得るために生者に接触してくるというゴースト・ストーリー。複数の人間に対して明確に怪異が起こる…というのが面白いですね。結末も非常に鮮やか。

ローズマリー・ティンパリイ「ハリー」
 養女である幼い少女クリスチンは、ハリーという名の想像上の兄を持っていました。あまりにハリーのことを話し続けるクリスチンに対して不安を覚えた母親は、彼女の実の家族について調べ始めますが…。
 幼い少女のもとに現れるハリーとは何者なのか? 物語自体は母親の視点から語られ、超自然現象が起こっているのかどうかも明確にはわかりません。陽光の下に現れたハリーの姿が第三者を通して語られるクライマックスには戦慄を感じますね。

リチャード・ミドルトン「逝けるエドワード」
 「私」はドロシーから、彼女の弟エドワードが亡くなったことを知ります。ドロシーは弟の死に悲しみ続けますが…。
 明確な超自然現象などは起こらないのですが、物語全体を通して死んだエドワードの存在感が終始満ち満ちているという作品。
 心霊的な散文詩とでもいった感じでしょうか。特に結末の一文は名文といっていいと思います。

J・S・レファニュ「ロッホ・ギア物語」
 ロッホ・ギアという湖のほとりの館に住む老嬢のベイリー姉妹は、妖精や魔術に関わる古い昔話を語ります。魔術に長けたデズモンド伯爵の城は呪いによって湖の底に封印されているというのです…。
 人々の前に姿を現すデズモンド伯爵が魔術によって誘惑を誘いかける…というのがいくつかのエピソードによって記されます。邪悪な妖精物語といった趣で、レ・ファニュ作品としては、非常にユニークな味わいですね。

アルジャーノン・ブラックウッド「僥倖」
 牧師補ミークルジョンはたまたま泊まった山の旅籠の部屋で、奇妙な感覚を覚えます。ドアを開けると突然現れた怪しい男に引かれて部屋を出た牧師補は、思いもかけない事態に遭遇しますが…。
 超常的な力によって運命が変わるという物語。超自然的な存在なのは間違いないにしても、牧師補を助けたのが何者だったのかはっきりしないところも面白いですね。

E&H・ヘロン「ハマースミス「スペイン人館」事件」
 心霊研究を生業とするフラクスマン・ロウは友人ハウストン大尉の依頼を受け、霊現象が起こるという館を訪れます。そこは大尉の大叔母とその夫ファン・ナイセンが住んでいた屋敷でした。大叔母の死後ファン・ナイセンは行方不明だというのですが…。
 ゴースト・ハンターものの先駆的な探偵フラクスマン・ロウものの一篇。物理的にも接触可能な霊というのが面白いところで、ゴースト・ハンターでありながら物理的面からも捜査するという、ユニークな作品です。

ヴァーノン・リー「悪魔の歌声」
 18世紀の音楽とワグナーの信奉者である作曲家のマグナスは、ふとしたことから肖像画を手に入れた18世紀の歌手ザッフィリーノについて恐ろしい逸話を聞きます。彼はかってその恐るべき歌の力で一人の女性を死に至らしめたというのですが…。
 悪魔のような力を持つ歌手の幻影が現代に甦る…という幻想小説です。明確な記述はなかったと思うのですが、この歌手は多分カストラートで、その悪魔の歌声で、作曲家の才能を潰してしまうのです。芸術的な感興のあふれる作品ですね。

F・マリオン・クロフォード「上段寝台」
 豪胆で知られる男ブリズバンは、かって船旅で出会った恐るべき事件を語ります。彼が泊まった船の105号室では異様な湿気と不快感がありました。同室の上段寝台のルームメイトは部屋を飛び出したきり、行方不明になってしまいます。
105号室の上段寝台を利用した客はすでに何人も海に飛び込んで死んでおり、行方不明のルームメイトも既に死んでいるのではないかという話を聞いたブリズバンは驚きますが…。
 異様な怪物の登場する怪奇小説です。1886年という発表年を考えると、当時の読者はかなり強烈な印象を受けたのでは。正面きって怪物と戦おうとするものの、力負けしてしまう…という展開も面白いですね。

『イギリス怪談集』は、「丸善」創業150周年記念企画として、2019年3月に復刊されました。店舗で扱っているのは、丸善・ジュンク堂のみ。ネット通販ではhontoのみで扱っています。hontoの通販ページはこちらです。 

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

アルジャーノン・ブラックウッドの短篇怪奇小説を読む
 イギリス怪奇小説の巨匠、アルジャーノン・ブラックウッドには多くの短篇怪奇小説があり、日本にも数多くの作品が紹介されています。以下、作品集単位で主だった作品を紹介していきましょう。


死を告げる白馬 (ソノラマ文庫海外シリーズ)
『死を告げる白馬』(樋口志津子訳 ソノラマ文庫海外シリーズ)

「死を告げる白馬」
 病気で死にかかっている幼い息子は馬の足音が聞こえると話します。両親の看病の甲斐あって持ち直した息子は再び馬の足音を耳にしますが…。
 「死」の象徴が訪れるという、美しいイメージに満ちた作品です。

「宿敵」
 特に理由もなく本能的に憎悪を感じるという宿敵同士のエリクソンとヘイゼル。二人は猟をしに訪れた森の中で偶然出くわしますが…。
 本能的に憎み合う二人の男を描くサイコ・スリラー的な作品。超自然味はほとんどありませんが、濃厚な心理サスペンスで読ませます。

「幻の下宿人」
 一等地ながら格安の値段の下宿を借りた男は、その部屋にいると気分が落ち着かないのに気付きます。家主や手伝いの小女に部屋で過去に何か起こったのではないかと訊ねますが、彼らは何も答えてくれません…。
 過去に何かがあったらしい下宿が描かれます。明確な怪奇現象は起こらないながら、じわじわと重苦しい雰囲気が積み重ねられていくという重厚な作品です。現代では世間に受け入れられにくい結末で、当時としては衝撃的だったのでしょうか。

「双生児の恐怖」
 双生児が生まれたことに対して怒りを燃やす変わり者の父親は死後も二人の息子に影響力を及ぼしていました。息子たちの相続が行われる21歳の誕生日に思いもかけない現象が起こりますが…。
 霊現象というべきか超能力というべきか、面白い設定の作品です。

「幻影の人」
 正体を明かさないながらも、不思議な魅力を持つ老人をたびたび訪れるようになった男。老人は自分については他人に話さないようにと言いますが、男は友人にそのことを語ってしまいます…。
 不可思議な魅力を持つ老人の正体とは…。神秘主義的な色彩の濃い作品ですね。

「幽霊の館」
 気丈な婦人は自らの幽霊体験を語ります。彼女が出会った幽霊は自分を解放するために愛情を与えてほしいと話したというのですが…。
 愛の力で霊を成仏させるという物語。ブラックウッドとしては異色の作品でしょうか

「樅の木陰に」
 神隠しのように姿を消してしまった人間について、別次元に行ってしまったのではないかと話す物理学者。学者の娘の婚約者はその直後に姿を消してしまいます…。
 別次元に飛ばされてしまうという異次元怪談。そちらの世界については何も明かされないのが怖いですね。

「告別に来た友」
 実際家の男はある夜、突如として今まで感じたことのないような「美」の意識に捉えられます。その最中に思い出したのはある友人のことでしたが…。
 ゴースト・ストーリーの変種的作品なのですが、霊が「美」とともにやってくるというユニークな発想の作品です。

「牧神のたわむれ」
 ヒーブは婚約者を振り切って、自然児のような娘に求愛します。ヒーブは彼女とともに自然の不思議な世界へと誘われますが…。
 大自然の申し子のような娘とともに、神秘的な世界へ参入するという官能的な要素の濃い作品です。元婚約者が裏切りの罰を受けるのはお茶目ですね。

「悲運の末路」
 石油を手に入れ自らの名前を冠した町まで作った幸運児スミス。しかし町の終焉とともに何かの力がスミスを襲います…。
 魂を持った町自身が創造主と運命を共にするという作品。町や都市が魂を持つ…というのはブラックウッドには珍しいテーマではないでしょうか。

「千里眼」
 初老の主人と若妻が住む屋敷にやってきた「私」は、幽霊が出るという<幽霊の間>に泊まることになります。そこで「私」が見たものとは…。
 登場するのは人間的な幽霊というよりは、むしろ「精霊」や「自然の魂」といったものでしょうか。不思議な味わいのゴースト・ストーリーです。

「毒殺魔マックス・ヘンシッグ」
 後妻を毒殺した容疑で逮捕されたドイツ人医師マックス・ヘンシッグ。監房で彼を取材するよういいつかった記者ウイリアムズは彼の非人間性に恐れを抱きます。証拠不十分で釈放されたヘンシッグに付け狙われたウイリアムズは、彼に殺されるのではないかと怯えますが…。
 超自然味のないスリラー作品です。ヘンシッグに追われるウイリアムズの恐怖がじわじわと描かれます。殺そうとするヘンシッグと酔っ払ったふりをしてあざむくウイリアムズの心理戦が描かれるクライマックスは、行き詰るようなサスペンスがありますね。



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『幽霊島 世界恐怖小説全集2』(平井呈一訳 東京創元社)

「幽霊島」
 カナダの小島の小屋に避暑がてら勉強に来ていた医学生は、インディアンと思しき二人組が丸木舟で現れるのを目撃します。深夜、二人組は家に侵入してきますが…。
 生者なのか死者なのかわからない二人組が家に侵入してくる…という話。家の中で身を潜めたり、二人組が「何か」を引きずっているという描写はかなり怖いです。

「人形」
 インド帰りの軍人マスターズ大佐に渡してほしいと、不気味な黒人が持ってきたものは作りの雑な人形でした。中身も見ずに捨ててしまえという大佐の言葉に反し、料理女は大佐の娘にその人形を上げてしまいます。娘の家庭教師はある夜、人形がひとりでに動いているのを目撃しますが…。
 呪いの人形をテーマにした、オーソドックスな怪奇小説です。人形が直接危害を与えるわけではありませんが、その由来、大佐がインドで犯した罪とは何なのかといったことも含めて全く説明されないので、不条理な怖さがありますね。

「部屋の主」
 ふらりと山を訪れた男は宿が満室で困っていました。何度も頼み込むと、山に行ったまま行方不明になっている女性登山家の部屋を一時的になら貸してもいいというのです。男は喜びますが、部屋には何やら異様な雰囲気が漂っていました…。
 短めの作品ですが、どこか都市伝説風の味わいもあるモダンな怪奇作品です。

「片袖」
 ヴァイオリン収集を趣味とするギルマー兄弟のもとには、鑑定家で演奏家でもあるハイマンという男が度々訪れては名器を演奏させてもらっていました。ハイマンを毛嫌いしている兄弟でしたが、ある夜彼らの家に何か獣のようなものが現れます…。
 妄執が獣の形になって現れる…というテーマを扱っています。物語が唐突に閉じられる部分も含め、どこかとぼけた味わいもありますね。

「約束」
 深夜、下宿部屋にこもって勉強していたマリオット青年の元に、旧友のフィールドが突然現れます。様子のおかしい友人を怪訝に思うものの、部屋に上げると彼は食事をし寝始めます。友人の様子を見にいくと、そこには誰もいませんでした。しかし何故かいびきだけが聞こえるのです…。
 ゴースト・ストーリーの一種なのですが、姿が見えないにも関わらず、いびきだけが聞こえる…というユニークな現象が描かれます。霊の引き起こす現象が複数の人物によって客観的に確認される、という点でも面白い作品です。

「迷いの谷」
 容貌ばかりか趣味や思想も同じくする双生児マークとスティーヴァン。彼らは精神的な絆で深く結びついていました。訪れた山中のホテルでスティーヴァンは美しい女性に心を囚われてしまいます。兄にはその思いを隠そうとするものの、彼らの間にはいつの間にか溝が出来始めていました…。
 死にきれない霊が集まるという「迷いの谷」での伝説がある地方を舞台に、双生児の兄弟の精神的危機が描かれます。超自然現象と同時に、兄弟の心理的な葛藤が重厚に描かれており、読み応えがありますね。
 霊の集まる「迷いの谷」の描写はかなり強烈で印象に残ります。ブラックウッドの傑作の一つといっていい作品ではないでしょうか。



秘書綺譚―ブラックウッド幻想怪奇傑作集 (光文社古典新訳文庫)
『秘書綺譚 ブラックウッド幻想怪奇傑作集』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)

「空家」
 ジム・ショートハウスは叔母に誘われて、幽霊屋敷と呼ばれる広場の家に乗り込むことになりますが…。
 非常にオーソドックスな幽霊屋敷ものなのですが、主人公たちが感じる恐怖感がスリルたっぷりに描かれています。互いに連れの感情を気にしながら行動するという心理描写は細かいですね。

「壁に耳あり」
 手ごろなアパートの部屋を借りたジム・ショートハウスは、女将からこの階に住んでいるのは老人一人だけしかいないと伝えられます。夜中に大声のドイツ語で話す親子らしき隣人に腹を立てるショートハウスですが、やがて親子は諍いを始め、とうとう殺人が起きたようなのです…。
 壁越しに話を聞くという、これは面白いシチュエーションのゴースト・ストーリー。結末の女将の言動はブラック・ユーモアが効いていますね。

「スミス 下宿屋の出来事」
 博士は医学生だったころに付き合いのあったスミスという男のことを語りだします。邪悪なものと慣れ親しんでいるような印象を受ける不快な男ながら、なぜか彼の手伝いをする羽目になったりするのです。
 ある日スミスの部屋から助けを求められた「私」は、何か目に見えない存在に触られたのに気がつきますが…。
 オカルト的な超常事件を扱った作品。長篇『人間和声』でも扱われている神秘主義的な言葉の力がテーマになっています。

「約束」
 受験勉強のため徹夜をしているマリオット青年のもとに、旧友のフィールドが突然訪ねてきます。様子のおかしい旧友をおかしいと思いながらも、食事を提供するマリオットでしたが、眠り込んだフィールドの様子を見にいくと、友の姿は全く見えず、いびきだけが聞こえ続けているのです…。
 異常な感覚を呼び起こす霊現象を扱ったユニークな作品。乱歩の分類で言うところの「透明怪談」の一種とも取れますが、物理的な実体がない…というのもまた面白いところです。

「秘書綺譚」
 富豪であるサイドボタム氏の秘書を務めるショートハウスは、主人に命じられて、書類を彼の元共同経営者ガーヴィーの元に届けることになります。現れたガーヴィーは話に聞いていたのとは異なり紳士的な男でしたが、やがて異常な行動を露にし始めます…。
 本邦では有名な作品ですが、読み直してみるとこれはまた奇妙な味わいの作品ですね。ガーヴィー自身が狂っているのはともかく、召使いの方も相当おかしな人物で、彼らの話の端々からは、もしかして超自然的な出来事も起こっているのではないかと思わせる要素もあります。奇妙な味のサイコスリラーです。

「窃盗の意図をもって」
 ショートハウスに誘われ、幽霊が憑りつかれているという納屋を訪れた友人の「私」。その納屋に引き寄せられた人間は首吊りをしたくなるというのです。頼りがいのあるショートハウスに安心する語り手でしたが、やがて彼の様子がおかしくなり始め…。

 ショートハウスが登場するシリーズの一篇。今までは様々な怪奇現象を乗り越えてきたショートハウスが、今度は徹底的に痛めつけられてしまいます。恐怖を抱きながら一夜を過ごす男たちの心理が細かく描かれ、迫力のある作品です。

「炎の舌」
 魅力的な人物ながら毒舌家であるセシリアとハロルド。彼らに恨みを持つ者によって二人は舌に呪いをかけられてしまいます…。
 軽いタッチの怪奇小説です。「炎」は地獄の炎のイメージなのでしょうか。シュールなイメージも強い作品ですね。

「小鬼のコレクション」
 ダットンはその屋敷でアイルランド人の雇い人と出会います。彼によれば、小物がよくなくなるのは、ぴかぴかしたものを好む小鬼のせいだというのですが…。
 ちょっとユーモラスな趣もある妖精物語。妖精を見ようとして逃げられるシーンが楽しいです。

「野火」
 想像力豊かな男オハラは、独自の思想を持っていました。彼は宇宙をすべて均一だと考えているというのです。オハラは大自然のなか、美しいヴィジョンに囚われますが…。
 「火」のイメージに満ちた幻想小説。小品ですが味わいのある作品ですね。

「スミスの滅亡」
 油田開発を手始めに、一代で財を成した男エゼキエル・B・スミス。彼の名前を関した町スミスヴィルは発展を遂げていました。しかし火災に襲われた町が危機に瀕しているという知らせが伝わってきたとき、スミス自身に不思議な現象が起こります…。
 町の魂が創造者のもとに現れるという、ダンセイニ風のテーマを扱った作品です。ブラックウッドには珍しいタイプの作品ではないでしょうか。

「転移」
 屋敷のその場所は何かが欠けた邪悪な場所として住人に忌まれていました。接触した人間の精気を吸い取ってしまうという性質を持つフランク伯父は、屋敷を訪れ、その場所に引き寄せられていきますが…。
 精神的な吸血鬼と生命を吸い取る邪悪な場所が出会うという、ユニークなテーマの作品です。



ブラックウッド傑作選 (創元推理文庫 527-1)
『ブラックウッド傑作選』(紀田順一郎訳 創元推理文庫)

「黄金の蝿」
 自殺しようとピストルを用意していた青年は、ふと止まった金蠅をたたきつぶしてしまいますが、それをきっかけに自己と宇宙の関係について思いをめぐらせることになります…。
 ブラックウッドの思想がよく出た短めの観念的作品。怪奇小説とはちょっと違いますが、味わいのある作品です。

「移植」
 フレーン家の屋敷の近くには「異常な場所」としか呼び様のない場所が存在していました。そこは草木も育たず何かが欠けているのです。一方、当主の兄フランク伯父は接触した人間の精気を吸い取ってしまうような人間でした。屋敷を訪れたフランク伯父は「異常な場所」に近づきますが…。
 何が何に「移植」されたのか?生気を吸い取る土地と、同じく生気を吸い取る人間がぶつかったときに何が起こるのか…という異色の吸血鬼小説です。

「囮」
 成功した初老のビジネスマン、ジョン・バーリイは幽霊屋敷の噂のある家を手に入れ、そこで一晩過ごそうと考えます。若い妻とその従兄モーティマーとともに屋敷に泊まったバーリイはしかし、三人の間に奇妙な空気が生まれるのに気づきます…。
 オーソドックスな幽霊屋敷ものなのですが、主人公と従兄が妻をめぐって三角関係にあり、その心理的な葛藤が濃厚に描かれるという心理サスペンスの要素も濃い作品です。三角関係の破綻と超自然現象のクライマックスが同時に訪れるという結末は見事ですね。

「屋根裏」
 ジュラ山脈の村のある家では幼い男の子を亡くしたばかりでした。ある夜、妙な行動をする飼い猫を追いかけていた母親は何かがそばにいるのに気がつきます…。
 幽霊の言い伝えや透視能力など、掌編ながら多くの要素が詰め込まれた心温まるゴースト・ストーリー。猫の使い方も良いですね。

「炎の舌」
 魅力的な容姿を持ちながら毒舌家で知られるシシリアとハロルドは、彼らを恨んだ何者かの呪いによって、舌に異変を来たしてしまいます…。
 文字通り「炎の舌」になってしまった男女を描く作品です。シュールなイメージながら、狂気を感じさせる結末が印象的です。



木の葉を奏でる男: アルジャーノン・ブラックウッド幻想怪奇傑作選
『木の葉を奏でる男 アルジャーノン・ブラックウッド幻想怪奇傑作選』(BOOKS桜鈴堂訳 Amazon Kindle)

「転生の池」
 ジョン・ホルトは旅の途中、かってローマ人が作った街道の先に<流血ヶ池>なる場所があるのを耳にします。そこは古代蛮族が生贄を捧げた場所だというのです。その場所に余所者の男とその娘が住んでいると聞いたホルトはその場所に出かけてみますが…。
 人間の生まれ変わりと前世の運命に引きずられた人々を描く物語です。かって生贄として殺された人々は現世でも同じことを繰り返すのか…? 神秘的なテーマを扱った作品で、どこかヒロイック・ファンタジー的な要素もありますね。

「雪のきらめき」
 ヒッバートは常日頃<自然>への憧れを抱いていた男でした。ある日スケート場で出会った不思議な女性に恋をしたヒッバートは、彼女に出会うため、深夜にスキー板をつけて外に出かけますが…。
 雪山の化身ともいうべき女性に憑かれた男の物語。普通の人間にはない優しさと魅力にあふれた存在かと思いきや実は…というちょっと怖い作品でもありますね。大自然の怖さを寓意的に描いた作品とも読めそうです。

「砂漠にて」
 余命を宣告された画家のポール・リバースは、最後の時を過ごそうとエジプトにやってきます。現地で彼と恋に落ちた女性には詳細を話さずにいたものの、女性は薄々事情を感じ取っていました。やがてエジプトの神秘的な力を感じ取ったリバースは…。
 肉体は死すとも魂は永遠に残る…というメッセージに神秘的な衣をまとわせた物語です。女性が画家の後を追うのを美しい比喩で描いた結末部分は、何とも魅力的。

「オリーブの実」
 ホテルの食堂で転がってきたオリーブの実をきっかけに、知り合った女性に惹かれるようになった男。彼女は男を不思議な存在の集まる会合に連れていきますが…。
 官能と躍動に満ちた作品です。村が滅びた原因である地震は太古の神の仕業であるという発想は面白いですね。全てが夢かと思いきや実は…という結末もなかなかです。

「ウェンディゴ」
 キャスカート博士に率いられ、カナダの原生林に狩猟に訪れた男たち。案内人のデファーゴと組み別行動を取っていた博士の甥のシンプソンは、デファーゴが何かに怯えているのに気づきます。彼によれば森にはウェンディゴと呼ばれる怪物が住んでいるといいます。やがてシンプソンたちは、奇声を上げて失踪したデファーゴの行方を探すことになりますが…。
 森の伝説的な怪物ウェンディゴを描いた、ブラックウッドの代表的な怪奇小説。ウェンディゴ自体が直接姿を見せることはないのですが、その間接的な描写だけでも充分に怖いです。
 デファーゴ失踪に彼の足跡が突然変化するシーン、彼の声だけが空から響き渡るシーン、デファーゴに化けた何者かが現れるシーンなど、迫力のある描写が雰囲気を高めます。これは名作と言っていい作品だと思います。

「木の葉を奏でる男」
 スイスのジュラ地方、犬を連れた浮浪者然とした男は<木の葉を奏でる男>と呼ばれていました。村人たちから敬遠されながらも、彼が木の葉で奏でる音楽には不思議な魅力がありました。どこか異教的な思想を抱いている男に魅了された「私」は彼と親しくするようになりますが…。
 男の木の葉で奏でられる音楽を通じて、大自然の魔力の一端を感じ取るようになるという物語です。超自然的な兆候は何度も起こるものの、劇的な大事件が起こることはなく静かに幕を閉じます。しみじみとした味わいのある佳作ですね。



ブラックウッド怪談集 (1978年) (講談社文庫)
『ブラックウッド怪談集』(中西秀男訳 講談社文庫)

「打ち明け話」
 戦争の後遺症に悩まされる男オーレリは、霧のロンドンの街中で迷ってしまいます。霧の中で出会った美しい女に助けを求められ家までついていきますが、気がつくと女は部屋の中で死んでいました。オーレリはあわてて逃げ出しますが…。
 霧の中で過去の殺人事件の被害者の霊に会う…という話なのですが、結末でさらに一ひねりがあります。読み方によっては主人公が過去に入り込んだ…という解釈も可能で、非常に奥行きのある作品ですね。

「約束した再会」
 財産を作るためアメリカに渡った男は、自分が戻ったら結婚するという恋人との約束を守るため、15年ぶりに故郷に帰ってきます。男は彼女の家に入ろうとしますが、声はするものの、家に入ることができないのです…。
 待ち続けた恋人は実は既に…というオーソドックスなゴースト・ストーリーなのですが、クライマックスのシーンは迫力がありますね。

「もとミリガンといった男」
 中国の北京で出会った有力者の男は、自らの奇妙な経験を語ります。自分はかってシナリオ作家を目指してロンドンで勉強していたが、下宿に飾られた中国の絵画を何度も見ているうちに、絵画の中の男に誘われて絵の中に入ってしまったというのです。
 今自分がいるところは絵の中の中国なのだと、彼は語ります。彼の話を聞いた「ぼく」は、実際にその中国の絵の存在を確かめようとロンドンの下宿を訪れますが…。
 これは何とも魅力的な発想の作品です。絵の中の別世界に誘われるという「絵画怪談」の一種なのですが、その別世界が現実世界とつながっているという不思議な味わいです。現在のミリガンが本物ではないという意味で「もとミリガン」という表現がされているのは面白いですね。
 この作品の発想元になったのは、ラフカディオ・ハーンの「果心居士のはなし」のようです。作中でもハーン作品について言及がありますが、どうやらブラックウッドは日本と中国を勘違いしている(意図的なのかも?)ようですね。怪談に影響を受けた怪談という意味では、非常に面白い作品です。

※ラフカディオ・ハーン「果心居士のはなし」(田中三千稔訳『怪談・奇談』角川文庫 収録)
 お話は大きく前半と後半に分かれており、それぞれ織田信長と明智光秀とに関連する物語になっています。
 前半は織田信長に絡むエピソードになっています。天正年間、地獄を描いた掛物を使って説教する果心居士(かしんこじ)と呼ばれる老人がいました。掛物の噂を聞いた織田信長はそれを欲しがりますが、金百両という値段を聞き、それをつっぱねます。
 信長の部下、荒川は老人を殺し信長に掛物を献上しますが、開いてみると中身は白紙になっていました…。
 この後もいろいろ続くのですが、果心居士の魔術というか幻術というか、老人のそうした超常的なエピソードが書き連ねられた、神仙奇譚といった趣です。
 後半は明智光秀に関連するエピソードになっており、こちらがブラックウッドが参照した部分ですね。
 明智光秀に大量の酒を振舞われた果心居士は、お礼に余興を見せようと言います。近江八景を描いた屏風の中で、湖上で一人の男が舟を漕いでいる絵がありましたが、そちらに果心居士が手をふると、なんと舟はこちらに向かってやってきます。やがて舟は目の前までやってくると大量の水が部屋にあふれ出します。果心居士は側までやってきた舟に乗り込むと、画の中に入っていき、そのまま消えてしまいます…。
 後半は、画の中の世界が現実世界とつながってしまう…という魅力的な発想の物語になっています。ブラックウッドはこれを更に発展させて、より複雑な物語を構築していますね。その意味で「もとミリガンといった男」はブラックウッドの傑作の一つといっていいかと思います。

「ドナウ河のヤナギ原」
 ドナウ河畔にキャンプに訪れた「ぼく」とスエーデン人の友人は、嵐に巻き込まれてしまいます。カヌーも使えなくなり周りから孤立する中、友人は「ヤナギ」が自分たちを殺そうとしているのではないかと話しますが…。
 「柳」の訳題でも知られる、ブラックウッド自然怪談の名作。植物が人間の意思を読み取り殺そうとするテーマが扱われています。クライマックスの嵐のシーンは迫力がありますね。

「まぼろしの我が子」
 中年に入りかけた優しげな男は、ある日、天真爛漫な子供と出会い、その子供に惹かれるのを感じます。子供はなぜか自分のことを知っているようなのですが…。
未生の子供をテーマにした、幽霊物語のヴァリエーション的作品。後味も良いですね。

「死人の森」
 語り手は食事に訪れた村の宿で不思議な老人に出会います。宿の娘に何者かと訊ねると、それはかって村に住んでいた老人の幽霊ではないかというのです。老人は、かって村のために働き人々から慕われたものの、やがて村人の死を予言するようになり、疎まれるようになったというのですが…。
 そこに入る姿を見た人間は必ず死ぬという「死人の森」。かって人死を予言していた老人の幽霊が再び現れる…という、雰囲気のあるゴースト・ストーリーです。

「水で死んだ男」
 ラースンは、エジプト赴任の前に占いを受けますが、その内容は溺死する運命にあり水には気をつけろというものでした。それ以降、川や海には近づかないようにしていたラースンでしたが、砂漠の旅の途上で馬に逃げられてしまいます。立ち往生したラースンは渇きに苦しみますが…。
 死の予言が成就する…という物語。砂漠で溺死してしまうという皮肉な運命が描かれます。

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心霊的治療法  アルジャナン・ブラックウッド『心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿』
心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿 (創元推理文庫)
 アルジャナン・ブラックウッド『心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿』(植松靖夫訳 創元推理文庫)は、超自然現象に悩む「患者」を治療する心霊博士ジョン・サイレンスの活躍を描く連作短篇集です。彼が扱うのは、霊現象だけでなく、古代の呪い、土地の力、人狼、四次元空間など様々。バラエティ豊かな事件が展開されます。

「霊魂の侵略者」
 知り合いの女性から、ユーモア作家フェリックス・ペンダーが執筆が全くできなくなっていることを知らされたジョン・サイレンスは、ペンダーが妻と住む家を訪問します。妻によれば、夫は家の中に気分を妨害するあるものがあると言うのですが…。
 過去の邪悪な魂が現世の人間に悪影響を及ぼす…というテーマの作品です。霊現象を強く感じるようになった原因が「薬」だというのは面白いですね。初登場のジョン・サイレンスの明晰ぶりが際立って描かれます。

「古えの妖術」
 何の変哲もない男アーサー・ヴェジンは、ふと降り立ったフランスの町でしばらく過ごすことになりますが、まどろんだような町の中、住人たちは自分をなんとなく監視しているような雰囲気を感じ取っていました。そんな中、宿の娘イルゼに魅了されるヴェジンでしたが…。
 先祖の血か前世の因縁か、不思議な縁で町に引き寄せられた男の不思議な体験を描いた作品です。物憂い町の雰囲気、変容する住人たち…、ブラックウッド屈指の名作といっていい作品です。

「炎魔」
 助手とともにジョン・サイレンスは、田舎のラッジ大佐の屋敷を訪れます。以前に大佐の兄が変死を遂げ、そのショックで妹は車椅子生活になってしまったというのです。屋敷の周辺では不審な火事が相次いでいました…。
 真相が判明するまでの流れはサスペンスたっぷりです。クライマックスはアクション味も強く、動きの多い作品。四大精霊の「火」がテーマとして扱われています。他の作品でもそうですが、ブラックウッドは「火」のイメージがお気に入りだったようですね。

「秘密の崇拝」
 絹商人のハリスは商用の帰り、ふと少年時代を過ごしたドイツの学校に立ち寄ってみることを思いつきます。教師は暖かく出迎えてくれますが、ハリスは、教師たちが数十年前の記憶にあるままの名前と姿をしていることに気づきます…。
 過去の亡霊に取り付かれるというテーマの作品です。ジョン・サイレンスの登場の仕方が独特で面白いですね。

「犬のキャンプ」
 強健なマロニー牧師と妻、その娘のジョーン、カナダ人学生サングリーとともに、ストックホルムの北の島にキャンプにやってきたハバード。サングリーは野生的な娘ジョーンに惚れ込んでいましたが、ジョーンは彼を相手にしていませんでした。
 やがて動物がいるはずのない島に狼のような獣が現れジョーンを襲いますが…。
 抑圧された野生と欲望が野獣の形をとって現れる…という作品です。異色の恋愛小説とも取れますね。

「四次元空間の虜」
 ジョン・サイレンスは自分のもとを訪れた患者の姿がよく見えないことに気がつきます。ラシーヌ・マッジと名乗る男は、研究の結果、定期的に四次元空間に体が引き込まれてしまうというのですが…。
 異次元に囚われた男を描く、SF的な要素も強い物語です。男が四次元に引っ張られるシーンや結末の処理など、どこかブラック・ユーモアも感じられ、小粋な小品といった趣ですね。

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夢想するオウム  アルジャナン・ブラックウッド『王様オウムと野良ネコの大冒険』
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 イギリス怪奇小説の巨匠、アルジャナン・ブラックウッドの長篇童話『王様オウムと野良ネコの大冒険』(相沢次子訳 ハヤカワ文庫FT)は、オウムとネコのコンビが住んでいた家から飛び出し、冒険を繰り広げるという作品です。

 アーサー大佐の娘モリーに飼われていた王様オウムのダッドリーは、屋敷に転がり込んできた元野良猫ギルデロイとの友情を深め、やがて二人で家を出ることを計画します。ロンドンに向かうため列車を利用しようと考える二人でしたが…。

 オウムとネコが繰り広げる冒険を描いたファンタジー童話です。二人(二匹?)とも人間の言葉や行動がわかっていたり、オウムのダッドリーに至っては、意味を理解したうえで人間の言葉を話すなど、動物が擬人化された形で物語が描かれます。
 ただ、それにも関わらず妙に哲学的なトーンで描かれる作品ではあり、子供が読むにはちょっと難しいような気もします。主人公二人のうち、メインで描かれるのはオウムのダッドリーなのですが、このオウムがところどころで夢を見たり夢想したりするシーンがたびたび描かれるのです。
 二人の冒険は、ロンドンなど、主に多くの人間のいるところで展開されるので、作品の背景として、ブラックウッドお得意の大自然、たとえば森林などはほぼ登場しません。なのですが、オウムが夢想するのは大自然、ひいては宇宙との合一を意識するかのようなイメージなのです。その点で、ブラックウッドの他の怪奇小説とも一脈通じるような要素もある作品といえます。

 ただ「哲学的」な作品というだけではなく、二人の冒険はドタバタに満ちていて楽しい作品です。例えばダッドリーが人間のふりをして切符を注文するなど、ユーモアあふれる楽しいシーンが多く描かれます。
 表面上のスラップスティックな物語の中に、上に挙げたような宗教的といってもいいほどの思想がダッドリーの夢想という形で出現するという、妙なアンバランスさがあり、その意味で非常に興味深い作品ではありますね。

 主人公の二人、思索的で自負心の高いダッドリーと、世故に長けたギルデロイのコンビは相性がピッタリで、キャラクターとしても非常に魅力的。ラストではダッドリーの夢想がある形で結実することになるのですが、この部分も非常に象徴的で考えさせるものになっています。

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宇宙との合一  アルジャナン・ブラックウッド『ケンタウロス』
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 アルジャナン・ブラックウッドの長篇小説『ケンタウロス』(八十島薫訳 月刊ペン社)は、独自の思想が展開される観念的な幻想小説です。

 通信員であるテレンス・オマリーは船での旅路で、ロシア人と思しき不思議な父子と出会います。彼らに魅了されたオマリーは父子に接近します。父親の方を以前診察したことがあるというドイツ人医師シュタール博士は、父子に近づくと危険だとオマリーに警告を発しますが…。

 ストーリーを要約するのは難しいのですが(というか、明確なストーリーがあるともいいにくいです)、近代文明に疑問を持つ男オマリーが、不思議な親子を通して宇宙と一体化する状態に憧れ、逡巡を重ねた後、ついにその境地に到達する…という感じの物語です。

 ブラックウッドが傾倒していたらしい、フェヒナーやウィリアム・ジェイムズの哲学的な文章が多く引用されるほか、作中での登場人物の会話もかなり観念的・哲学的であるため、あまり読みやすくはありません。
 ただ展開される思想は、読んでいてなんとなくわかるので、難しい部分は多少流しても、作品全体の印象はそう変わらないと思います。地球は一つの生命体であり、人間も肉体を脱ぎ捨てることにより、原初の生命体〈ケンタウロス〉となり、宇宙と合一できる…というような思想が全篇にわたって描かれます。

 〈ケンタウロス〉のイメージを始め、別世界に魂が飛ぶような超絶的なシーンの描写はブラックウッドらしく冴えているのですが、いかんせん物語の展開が茫洋としているのに加え、観念的すぎてエンターテインメントとして読むのはなかなか難しい作品です。
 ただこの長篇を読んでおくと、他のブラックウッド作品にも現れる同種の観念や思想的な面が、多少理解しやすくはなるのかな…という気はします。

 余程のブラックウッドファンでなければ読むのはお薦めしませんが、ブラックウッド作品の中では重要な意味を持つ作品なのは間違いないと思います。

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永遠なる呪い  神護かずみ『人魚呪』
人魚呪
 神護かずみ『人魚呪』(角川書店)は、人魚の肉を食い不老不死になった男を描く伝奇小説です。

 漁村の外れに住む佐吉は、その魚にも似た容姿から村人に「魚人」と呼ばれ蔑まれる日々を送っていました。父親の遺言により、遺体を海の洞窟に運んだ佐吉はそこで美しい人魚マナと出会います。言葉は通じないものの、やがて彼女を愛するようになった佐吉でしたが…。

 父親が人ならざるものとの間に成したと言われる男、佐吉が人魚の肉を食べたことにより不老不死になり、それにより運命が変わってゆく…という物語です。
 人々から虐げられていた佐吉が、人魚マナとの出会いにより生きる意味を見出しかけますが、マナの残虐な本性を知るに及び、彼女を手にかけてしまうのです。マナの肉を食べた佐吉は不老不死になりますが、それはやがて残酷な運命を佐吉にもたらすことになります。

 主人公の佐吉はもともと村中から排斥されている存在であり、その時点で不幸な身の上であるのですが、人魚の肉を食べたという噂が広がり、更にひどい扱いを受けることになります。村を出た後も一時的にいい思いをすることがあるものの、一貫して不幸な生涯を歩むことになります。

 舞台となるのは、織田信長の絶頂期。後半には実際に信長も登場し、佐吉の人生にも関わっていくことになります。また佐吉の相棒的な存在として、山師といってもいい破天荒な僧、黒快という魅力的なキャラクターも登場します。
 信長にせよ黒快にせよ、死んだような人生を送っていた佐吉にとっては眩しいような人物たちであるのですが、彼らが羨む不老不死が本当に幸せなのか? というテーマも見え隠れします。

 主人公が不老不死を手に入れる前も手に入れた後も、一貫して不幸な人生を余儀なくされる…という意味でかなり救いのない物語ではありますね。出生の秘密も人魚との関わり合いも、全てが主人公を突き落とすような事実に満ちており、全体にダークな色調の物語になっています。
 殴打されたり斬られたりと、主人公が不老不死であることを示すシーンはグロテスクな部分もあるのですが、そこがまた魅力でもあります。
 無法ともいうべき時代背景も相まって、無常かつ残酷な結末も非常に印象的ですね。これは傑作といっていいのではないでしょうか。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

7月の気になる新刊と6月の新刊補遺
発売中 石野重道『不思議な宝石 石野重道童話集』(書肆盛林堂 1300円)
発売中 石野重道『彩色ある夢』(我刊我書房 8000円)
6月25日刊 フェリスベルト・エルナンデス『案内係 ほか』(水声社 予価3024円)
6月27日刊 ジャスパー・フォード『雪降る夏空にきみと眠る 上・下』(竹書房文庫 予価各1080円)
6月28日刊 E&H・ヘロン『フラックスマン・ロウの心霊探究』(アトリエサード 予価2484円)
7月4日刊 ショーン・プレスコット『穴の町』(早川書房 予価2700円)
7月4日刊 劉慈欣『三体』(早川書房 予価2052円)
7月4日刊 ハーラン・エリスン編『危険なヴィジョン 完全版2』(ハヤカワ文庫SF 予価1296円)
7月6日刊 残雪『蒼老たる浮雲』(白水Uブックス 1836円)
7月9日刊 アンナ・カヴァン『アサイラム・ピース』(ちくま文庫 価929円)
7月9日刊 サキ『鼻持ちならぬバシントン』(彩流社 予価2376円)
7月11日刊 フレドリック・ブラウン『フレドリック・ブラウンSF短編全集1 星ねずみ』(東京創元社 予価3780円)
7月12日刊 東雅夫編『電信柱と妙な男 小川未明怪異小品集』(平凡社ライブラリー 予価1620円)
7月12日刊 ゴーチエ『死霊の恋・ポンペイ夜話』(岩波文庫)※重版
7月19日刊 閻連科『黒い豚の毛、白い豚の毛 閻連科自選短篇傑作選』(河出書房新社 予価3132円)
7月20日刊 東雅夫編『平成怪奇小説集1』(創元推理文庫 予価1404円)
7月26日刊 H・P・ラヴクラフト『インスマスの影 クトゥルー神話傑作選』南條竹則訳(新潮文庫)
7月30日刊 テレサ・オニール『ヴィクトリアン・レディーのための秘密のガイド』(東京創元社 予価4104円)
7月30日刊 カトリーヌ・アルレー『わらの女 新訳版』(創元推理文庫 予価1080円)
7月30日刊 ピーター・スワンソン『ケイトが恐れるすべて』(創元推理文庫 予価1188円
7月30日刊 J・G・バラード『太陽の帝国』(創元SF文庫 予価1512円)


 E&H・ヘロン『フラックスマン・ロウの心霊探究』は、ゴースト・ハンターものの古典として怪奇小説史では有名な作品。これは楽しみです。

 ショーン・プレスコット『穴の町』は「カフカ、カルヴィーノ、安部公房の系譜」「不気味な雰囲気の中に諧謔と理不尽を詰め込んだ奇想小説」だとのことで、ちょっと気になる作品です。

 サキの長篇が続けて邦訳です。『鼻持ちならぬバシントン』は、「20世紀初頭のロンドン、豪奢な社交界を舞台に、独特の筆致で描き出される親子の不器用な愛と絆。」を描く作品だそうです。

 『フレドリック・ブラウンSF短編全集1 星ねずみ』は、フレドリック・ブラウンのSF短編を集成するシリーズ。文庫版短篇集が軒並み絶版になっていたので、これは嬉しい企画ですね。

 東雅夫編『平成怪奇小説集1』は、平成の三十余年間に生み出された名作を、全三巻に精選するというアンソロジー。第一巻は平成元年から平成十年までに発表された作品を十五作収録とのこと。これも良い企画です。

 H・P・ラヴクラフト『インスマスの影 クトゥルー神話傑作選』は、南條竹則訳になるラヴクラフト傑作集。南條氏のブログで内容が紹介されていましたので転載しておきます。
「異次元の色彩」
「ダンウィッチの怪」
「クトゥルーの呼び声」
「ニャルラトホテプ」
「闇にささやくもの」
「暗闇の出没者」
「インスマスの影」

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偶然と宿命  ヨアブ・ブルーム『偶然仕掛け人』
偶然仕掛け人
 イスラエルの作家、ヨアブ・ブルームの長篇小説『偶然仕掛け人』(高里ひろ訳 集英社)は、世の中の出来事を偶然によって動かしているという「偶然仕掛け人」をテーマにした、ファンタスティックな作品です。

 駆け出しの「偶然仕掛け人」であるガイは、同期の仲間であるエリックとエミリーとともに仕事に勤しんでいました。「偶然仕掛け人」とは、人間のふりをして社会に溶け込み、人々に気付かれないようにささいな偶然を作り出し、世の中の出来事を動かす秘密工作員なのです。
 秘かに届けられる封筒の指示書通りに仕事をこなすガイでしたが、その仕事は男女の縁結びなど、スケールの小さなものばかり。しかも彼の心の中には、前職の「想像の友だち」であったときに愛し合っていた女性「カッサンドラ」の面影がずっと消えずに残っていました。
 ある日、今までのものとは異なる突飛な指示を受け取ったガイは、スケールの大きな事件に巻き込まれることになります。一方、計画を立てるだけでターゲットをほぼ殺してしまうという凄腕の殺し屋「ハムスターを連れた男」が暗躍を続けていましたが…。

 世の中は「偶然仕掛け人」の偶然を装った行動によって動かされているという、ファンタスティックな設定の物語です。「偶然仕掛け人」にもレベルがあり、主人公たちが起こすのは、コップをひっくり返したり、水道管を破裂させたりするなどの「レベル2」に相当する仕事を担当しています。
 これが「レベル5」や「レベル6」になると人類全体に影響を及ぼすというのですが、そのレベルの「偶然仕掛け人」は伝説的な存在になっていました。縁結びや、頭の固い男に詩を書かせるなど、自分たちのささいなレベルの偶然でさえ時折失敗してしまうガイやエミリーは、日々頭を悩ませているのです。

 面白いのは、この世界では「偶然仕掛け人」の他にも「想像の友だち」「夢織り人」「幸運配達人」「点火者」など、世界を裏から支える工作員が多数存在しているというところ。主人公のガイは元「想像の友だち」で、そのときに出会った同じ「想像の女性」カッサンドラが忘れられずにいるのです。
 二度と会えないカッサンドラを思い続けるガイに対し、彼にほのかの思いを寄せるエミリー。過去のガイとカッサンドラのエピソードとともに、現在進行形でのエミリーとの関係も描かれていきます。

 「偶然」がテーマであるだけに、事件がどこまで仕組まれているのか、黒幕はだれなのか、主人公たちの依頼主は誰なのか、ミステリ的な興味で全篇飽きさせません。
 サブストーリーとして展開する殺し屋のエピソードも非常に面白く描かれています。優しくて人も殺せない人物がいつの間にか大物殺し屋になってしまったり、ハムスターを可愛がっているためにあだ名が「ハムスターを連れた男」になっているというのもユーモラス。

 ミステリ、サスペンス、SF、ラブストーリーなど、様々な要素が含まれていますが、全体はファンタジー小説といっていいでしょうか。
 主人公たちが「偶然」と言う名の「宿命」を打ち破れるのか? という全体を貫くテーマも見てとれますね。
 帯文にあるように、カルヴィーノ、ディック、ジョナサン・キャロル、あるいはボルヘス的な要素も感じられます。ただユーモアある語り口の読みやすいエンターテイメント作品で、後味も非常によい作品です。これは広くお薦めしたい作品ですね。

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破局のゲーム  ロジャー・ゼラズニイ『虚ろなる十月の夜に』
虚ろなる十月の夜に (竹書房文庫)
 ロジャー・ゼラズニイの長篇小説『虚ろなる十月の夜に』(森瀬繚訳 竹書房文庫)は、クトゥルー神話的な世界観の中で、切り裂きジャック、吸血鬼、人狼などが跳梁するという、楽しいホラー作品です。

 使い魔である犬のスナッフは、主人のジャックと共にある《ゲーム》に勝利するための情報を集めていました。その《ゲーム》は、二つの陣営《開く者》と《閉じる者》に分かれているらしいのですが、誰がそのプレイヤーであり、どちらの陣営に属しているかは互いに分からないのです。
 スナッフは、魔女ジルの使い魔である猫のグレイモーク、謎の男ラリーたちと協力し、情報を集めますが、その間にも何者かによってプレイヤーたちが殺され続けていました…。

 世界観や設定が説明されずに物語が進むので、最初は何が起こっているのかはっきりしないのですが、やがて主人公たちを含めた二つの陣営が争っていることがわかってきます。主人公側は《閉じる者》に属しているらしいのですが、他のプレイヤーたちは敵か見方かがわかりません。
 語り手のスナッフは、プレイヤーと思しき人間やその使い魔たちと接触し、腹の探りあいをしながら、情報を集めていくことになります。

 語り手のスナッフは犬であり、彼が接触して話すのも主人のジャック以外はほとんど使い魔か動物であるというのもユニークです。
 猫、蛇、コウモリ、カラスなど、使い魔たちの種類も多様です。とくにスナッフのパートナー的な存在になる猫のグレイモークには、キュートな魅力があります。

 スナッフの主人であるジャックは「切り裂きジャック」の名前こそ言及されませんが、その当人であることは間違いなく、他にも吸血鬼、フランケンシュタインの怪物、人狼などの怪物たちが登場します。またシャーロック・ホームズと思しき「探偵」も登場するなど、非常に楽しい作品になっています。

 思わぬ人物が味方あるいは敵だったという意外性、使い魔たちの可愛らしさ、「怪物」たちが駆使する異能、摩訶不思議なアイテム、クトゥルー神話的な世界観と、エンタメのおいしいところを盛り込んだような作品で、これはホラーファンにはお薦めしたい作品です。

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教授たちの不思議な事件  エドワード・ヘロン・アレン『紫サファイア クリストファー・ブレア博士の事件簿』
紫サファイア : クリストファー・ブレア博士の事件簿

イギリスの作家、エドワード・ヘロン・アレン(1861-1943)の『紫サファイア クリストファー・ブレア博士の事件簿』(BOOKS桜鈴堂訳)は、コスモポリ大学の事務局長クリストファー・ブレアが、同僚や自分自身の不思議な体験を発表したという体裁の怪奇小説集です。

 所有者に不幸を持たらす呪われた紫サファイアを描く「紫サファイア」、金星の美女との交信に成功した男を描く「アアリラ」、過去の映像を写す鏡をめぐる「記憶する鏡」、悪臭を放つ霊を扱った「臭うモノ」、古代ローマの幻影に入り込んだ男を描く「紫昼夢」、手を象った不思議な御守をめぐる「万神の手」、不思議な力を持った青いゴキブリを描いた「青いゴキブリ」、瀕死の状態から回復した女性が豹変してしまうという「悪霊」、手の幽霊を描いた「読書室の怪」、古代の生命を含んだ奇怪な物質をめぐる「宇宙塵」の10篇を収録しています。

 物語は毎回、架空のコスモポリ大学の教授たちの不思議な体験をつづった手記という体裁で語られていき、なかには事務局長クリストファー・ブレア自身の手記も現れます。大学を舞台にしているとはいっても、そこで語られる事件は様々。幽霊が登場する話もあれば、SF風の話もありと、バラエティに富んでいます。
 ある意味ジャンルが決まっていないので、次のエピソードはどんな展開になるのかまるでわからない…という意味でのワクワク感があります。過去の事件の顛末が別の短篇で描かれたり、前に登場した人物が別の作品で再登場したりと、エピソード間のつながりも面白いですね。

 一番面白かったのは、表題作の「紫サファイア」。呪いの宝石が所有者に不幸を持たらす…というある種オーソドックスなテーマなのですが、この呪いのしつこさがすごくて、宝石を受け継いだ人々に連鎖的に不幸をもたらしていく様が耽々と描かれていて印象深いです。
 呪いを防ごうとして子孫に指示をしたり、銀行の金庫に預けたり、売り払おうとしたりと、所有者たちが行う対策がこれでもかとばかりに描かれますが、どうやっても呪いは防げません。「呪いのアイテムもの作品」(という言い方はないかもしれませんが)の名作でしょう。

 嗅覚を刺激する霊現象という珍しいテーマを扱った「臭うモノ」や、惚れ薬的な効果を持つゴキブリ(!)を扱った「青いゴキブリ」、古代の生物が閉じ込められた物質を描く「宇宙塵」あたりは、非常にユニークな作品です。

 純恐怖小説的な点では「悪霊」が優れているでしょうか。
 社交界の女王だった優雅な女性シンシアが、ならず者として名高いカーライオンと結婚してから数年後、不治の病にかかってしまいます。死の先刻を受けたシンシアはもぐりの医者クエイルの治療を受けることになります。
 だまされているのではないかという周りの反応をよそに、思いもかけず回復したシンシアでしたが、彼女の人格は豹変を遂げていました…。
 女性の豹変の秘密が後半で仄めかされるのですが、ここは非常に怖いです。

 ジャック・サリヴァン編『幻想文学大事典』(国書刊行会)によると、エドワード・ヘロン・アレンはイギリスの科学者で多くの著書がある人らしいです。怪奇小説はクリストファー・ブレアの筆名で発表され、その正体が明かされたのは著者の死後のことだとか。
 SF的な発想の作品も多いのですが、ジャンルがまだ未分化だったころの作品ならではというべきか、その混沌とした作風が今読むと非常に面白いです。

 『紫サファイア クリストファー・ブレア博士の事件簿』は電子書籍オリジナル作品です。Amazonの以下のページから購入できます。
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B0190I9KT4/ref=dbs_a_def_rwt_hsch_vapi_tkin_p1_i6

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穏やかな怪異  エドムンド・ジル・スウェイン『バッチェル牧師の世にも奇妙な教区録』
バッチェル牧師の世にも奇妙な教区録
 イギリスの作家、エドムンド・ジル・スウェイン(1861-1938)の『バッチェル牧師の世にも奇妙な教区録』(BOOKS桜鈴堂訳)は、ローランド・バッチェル牧師が出会う様々な怪奇現象を描いた短篇集です。

 学究肌で人の良いバッチェル牧師が、自分の教区ストーングラウンドで出会う怪奇現象を描いていくという連作短篇になっています。
 写真に写った人物がどんどん動いていくという「銀塩写真」、かっての前任者の蔵書が牧師の行動を指し示すという「深夜の納骨」、家にいるはずのふいご師が放牧場で何度も目撃されるという「放牧場の怪」、焼け落ちた領主館に現れる付議な人影を描く「東の窓」、空間を越えて現れる女性の物語「ルブリエッタ」、牧師が引き抜いたのは魔の物が封じられた杭だったという「楡の杭」、その傘をつけてランプを点けると鏡に異様なものが映る不思議なランプ傘をめぐる「インド土産のランプ傘」、謎の二人組が残した香炉をめぐる「宝の行方」、教会の使丁が教会の中で出会った「おばけ」を描く「御堂おばけ」の9篇を収録しています。

 著者のスウェインは怪奇小説の巨匠の一人M・R・ジェイムズの友人であり、影響を受けているとのこと。自身も牧師という経歴から、ジェイムズ同様、好古趣味に溢れた怪談集になっています。
 M・R・ジェイムズほどの「怖さ」はないのですが、その代わり、スウェインには、くだけたユーモアと穏やかな雰囲気があり、読んでいると妙な心地よさがあります。怪異現象に関しても、人の命が失われるような深刻なケースはなく、穏やかに事態が収束することが多いのです。
 主人公のバッチェル牧師にしてから、堅い職業ではあるものの、融通性に富んだ人物であり、時折お茶目な面も見せるなど魅力的な人物として描かれています。怪異現象に遭遇しても、柔軟にその現象を受け入れてしまうのです。

 ただ、バッチェル牧師は事件を解決する「ゴースト・ハンター」ではないので、彼の力で事件が解決する…というパターンはほとんどありません。例えば「楡の杭」では牧師は邪悪なものを解き放ってしまうものの、特に何もせず終わってしまったりと、ちょっと人を喰った味わいもありますね。

 過去の時代の遺物や遺骨を通して幽霊が現れる…というオーソドックスな怪奇小説のほか、写真という当時としては新しいガジェットを使った「銀塩写真」、インドにいるはずの女性が牧師の目の前に現れるというSF的な「ルブリエッタ」、完全にユーモア怪談として描かれている「御堂おばけ」など、非常にバラエティに富んだエピソードも多く含まれています。

 日本ではあまり有名でない作家だと思いますが、これはすごく良い味わいの怪談集ですね。ちなみに『バッチェル牧師の世にも奇妙な教区録』は電子書籍オリジナル。Amazonで購入できます。
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00O781F82/ref=ppx_yo_dt_b_d_asin_title_o02?ie=UTF8&psc=1 …

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生き延びろ!  ニック・カッター『スカウト52』
スカウト52 (ハヤカワ文庫NV)
 ニック・カッターの長篇『スカウト52』(澁谷正子訳 ハヤカワ文庫NV)は、少年たちのサバイバルと感染パニックを組み合わせたホラー作品です。

 本土から離れた小さな島にキャンプにやってきたボーイスカウト第52隊。指導員一人と五人の少年たちは楽しく時を過ごしますが、やがて無人のはずの島にやせ細った奇怪な男が現れます。食欲に取り憑かれているらしい男は、食物ばかりか草や土まで貪ります。
医者でもある指導員ティムは男を診察しますが、彼は何かのウィルスに感染しているようなのです。やがて男の体から出てきたのは想像もできないものでした…。

 無人島でキャンプをしているボーイスカウトたちが、感染によってパニックになってゆく…というホラー作品です。この感染元がかなりグロテスクなので、読む人は気をつけた方がいいかもしれません。
 真っ先に感染してしまった指導員が動けなくなり、五人の少年たちは自分たちだけで島を脱出することを考えます。しかし諸々の事情で脱出は難しく、その間にも少年たちの間に感染が広がってゆくのです。

 五人の少年たちはそれぞれの性格、特技を持った少年たちなのですが、力関係やプライド、嫉妬などによって協力も上手くいきません。しかも、サイコパス的な少年が本性を現すことにより、やがて殺し合いに近いまでの争いが起こることになるのです。

 感染の原因は人為的な実験にあることが示され、少年たちの動きを描くパートの他に、新聞記事やインタビュー、調査委員会の報告書などがドキュメンタリータッチで挟まれるのが特徴です。これらのパートは事件が収束してからの出来事らしく、一連の事件が悲劇的に終わるだろうことが、途中の段階で読者にはわかるようになっています。この構成は、スティーヴン・キングの『キャリー』にならったものだと、著者あとがきで書かれていますね。

 ホラー一辺倒の描写ではなく、少年たちが生き延びるために行うサバイバル部分や、少年同士の友情を描くシーンもあります。後半、食物を求めて亀を捕らえるシーンがあるのですが、ここでは思春期の少年の瑞々しい感性が描かれていて読み応えがあります。
 五人の少年たちの性格も上手く描き分けられていて読みやすいです。リーダー格のケント、短気なイーフ、冷静なマックス、とらえどころのないシェリー、世話焼きのニュートン…。事態の推移に応じて主導権が入れ替わったりと、少年たちの関係性が変わってゆくのも読みどころですね。

 著者のカッターはカナダの作家。キングを始めとするホラー小説のファンということで、好きな作品として、ブラッティ『エクソシスト』、シャーリイ・ジャクスン『丘の屋敷』、マーク・Z・ダニエレブスキー『紙葉の家』、クライヴ・バーカー『血の本』などが挙げられています。
 解説で触れられているカッターの最新作も面白そうな内容です。物忘れが激しくなる謎の病気が地球的規模で進行する…という内容だそうで、こちらも気になりますね。

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扇情的エンターテインメント  『慄然の書 ウィアードテールズ傑作集』
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 『慄然の書 ウィアードテールズ傑作集』(渡部桜訳 荒俣宏解説 継書房)は、アメリカの怪奇小説専門誌<ウィアード・テールズ>から怪奇小説を集めたアンソロジーです。

 行方不明の父親を探しに訪れた沼には怪物が潜んでいた…という「沼の怪」(ウィル・スミス)、さらわれた三人の男が恐ろしい体験をする「最後の戦慄」(エリ・コルター)、精神を病んだ友人の恐ろしい体験を描くサイコ・スリラー「黒い箱」、脳移植を扱った「ラオコーン」(バシット・モーガン)、かっての双子の片割れの手が体に生えてくるという「寄生手 バーンストラム博士のメモより」(アンソニー・M・ラッド)、オーソドックスな吸血鬼物語「蝙蝠の鐘楼」(オーガスト・ダーレス)、新婚夫婦が死んだ東洋人の霊に出会うという「黄色い妖怪」(ヴァンダー・ヴィル)、動物と人間の精神を入れ替える薬を扱った「幻想の薬」(A・W・カプファー)、酒屋の主人が語る恐怖に満ちた過去を描く「ティ・ミッシェル」( W・J・スタンパー)、新婚夫婦が購入した家には魔物が住み着いていたという「ローマン荘の怪」(フラビア・リチャードスン)、人々が類人猿のような怪物に襲われるという「ゴルフ・リンクの恐怖」(シーベリ・クイン)の11篇を収録しています。

 基本的にアンソロジーのトーンはB級で、かつショッキングな題材の作品が多いです。あまりひねりはないのですが、現代では書けないような臆面もない怪奇小説が多く、その意味で非常に楽しいアンソロジーになっています。
 露骨に人種差別的なテーマが描かれた「最後の戦慄」(エリ・コルター)とか「黄色い妖怪」(ヴァンダー・ヴィル)などは、まず現代では問題になるような作品だと思いますが、その大時代な発想が逆に面白く読めます。

 物語の面白さという点で言うと、「ラオコーン」(バシット・モーガン)、「寄生手 バーンストラム博士のメモより」(アンソニー・M・ラッド)、「幻想の薬」(A・W・カプファー)が特に優れているように思います。
 「ラオコーン」は、脳移植を専門とする教授が、不治の病に苦しむ愛弟子の要望で大海蛇に弟子の脳を移植する…という話。
 「寄生手 バーンストラム博士のメモより」は、生まれるときに青年の体に吸収されてしまった双子の片割れが、何年もしてから活発化し、脇腹からその手が生えてくる…という物語。グロテスクながら面白い話です。
 「幻想の薬」は、精神入れ替わりを扱った物語。インドの原住民から動物と精神を入れ替える薬を入手した「私」は親友ロドニーとともに薬を試してみます。すると「私」は象、ロドニーは虎の体の中に入っていました。しかし時間が経つうちに獣の精神の影響力が強くなっていきます…。

 このアンソロジーだけなのか、この時代のパルプホラーがそうなのか何ともいえませんが、人体改造や精神交換といったテーマを扱った作品が多いですね。B級に徹したアンソロジーで、屈託なく楽しめる好作品集でした。

 昭和50年刊行のこの本、解説によるとマーケット・リサーチと称して、収録された怪奇短篇の一部をばらばらにした文章をハガキに書き込み、何千人かに送付したということです。警察に通報がいったりと話題にはなったようですが、売り上げに寄与したかどうかは定かではありません。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪異のアヴァンギャルド  ジョン・メトカーフ『死者の饗宴』
死者の饗宴 (ドーキー・アーカイヴ)
 ジョン・メトカーフ『死者の饗宴』(横山茂雄、北川依子訳 国書刊行会)は、ジョン・メトカーフ(1891-1965)の怪奇幻想小説を集めた短篇集です。解釈が難しい作品が多いのですが、そのユニークなアイディアと、どこかが狂ったような異様な空気感はこの作家ならではですね。

 ビルマで盗まれた宝石の呪いが悪夢を引き起こすという「悪夢のジャック」、謎の〈島〉に取り憑かれた提督の運命を描く「ふたりの提督」、狂ったイギリス人の医師が手術したインド人船員の足が災いを起こす「煙をあげる脚」、湯治場にやってきた男が邪悪な土地を感じ取るという「悪い土地」、影響を受けやすい下宿の女主人が超常的な力を手に入れるという「時限信管」、結婚したばかりの妻が亡き邪悪な夫の影響力を受け続けるという「永代保有」、招待した覚えもないかっての上司の息子が自宅に現れるという「ブレナーの息子」、生者とも死者ともつかぬ謎の存在に憑かれた少年の物語「死者の饗宴」の8篇を収録しています。

 どの作品でも明確な怪異現象が起こるものの、その原因ははっきりしないことが多いです。更に言うなら現象として何が起こっているのか、結局登場人物たちに何が起こったのかすら、わからない場合もあります。

 精神を病んでいたというメトカーフの経歴がそうさせるのか、作中明確に精神を病んでいると描写されていない語り手や登場人物たちにも、どこか狂気じみたものを感じる作品が多いです。
 例えば「悪い土地」では、ある家に邪悪なものを感じ取った語り手はその家を破壊してしまおうという衝動に囚われますが、その感覚が客観的に正しいものであるかどうかはわからないのです。
 また「ブレナーの息子」では、旅路で出会ったかっての上司の息子が、ある日突然家に現れ混乱を引き起こします。結末においては語り手が狂気に陥っていることが示唆され、結局この「息子」が実在するのかどうかもはっきりしないのです。
 「時限信管」では、物事を信じ込みやすい下宿の女主人が、有名な霊媒の真似をしたところ、超能力らしきものを発揮してしまいます。しかしその心が壊されてしまったとき、悲劇が起こってしまうのです。

 メトカーフ作品では、霊現象、呪い、ドッペルゲンガーなど、様々な怪奇現象が取り扱われますが、それに巻き込まれる登場人物たちの心の隙や心理などが、物語の進行に重要な役割を果たしているようです。その意味で超自然小説というだけでなく、サイコ・スリラー的な味わいも強くなっていますね。

 収録作中でも特に強い印象を残すのは「ふたりの提督」「煙をあげる脚」「死者の饗宴」でしょうか。

 「ふたりの提督」は、常に視界の隅に現れる謎の「島」の正体を探るために、友人と共に海に出た男が描かれます。彼らの前に近づいてきた船の正体とは…。
 いわゆる「分身テーマ」作品なのですが、多様な解釈が可能で、読み方によっては「パラレルワールドSF」とも解釈できる、奥行きのある作品です。

 「煙をあげる脚」では、僻地で暮らす奇人の英国人医師が、怪我をしたインド人水夫の少年に足の手術を施します。やがて少年の乗った船はどれも火災で沈没を繰り返すようになりますが…。
 非常にナンセンス味の強い作品で奇想度も高いです。<異色作家短篇集>のアンソロジー巻に既訳が収録されているのですが、この叢書にふさわしい味わいといってもいいと思います。

 巻末に収められた「死者の饗宴」は、オーガスト・ダーレスによって発掘されたという中篇作品。
 母親を亡くして傷心の少年デニスは、ふと知り合ったフランスの資産家ヴェニョンの家に遊びに行くことになりますが、そこが気に入り何度も訪問を繰り返していました。
ある日息子がヴェニョン家で世話になっていたという男ラウールが現れ、自宅に住み着いてしまいます。人に不快感を起こさせるラウールに不信感を抱く父親の「わたし」は、彼を追い出そうと口論をしている最中に、目の前から消えてしまったのに驚きますが…。
 謎の男ラウールの正体が徐々に判明してくる後半の展開は実にスリリング。吸血鬼テーマとも幽霊テーマともつかない異様な雰囲気の作品です。集中でも怪奇度の最も高い、本格的な超自然小説です。

 メトカーフは、もともと怪奇小説をまとめた作品集が本国でも出ていなかったこと、彼の怪奇小説が間歇的にしか発表されていなかったこと、などから評価がなかなか定まらなかった作家といえるようです。
 今回まとめられた作品を読む限り、なみなみならぬ力量の作家であり、ユニークな作品を残した作家であることは間違いないようです。アイディアのユニークさ、狂気に彩られた語り口、異様な空気感…。怪奇幻想ジャンルにおいて再評価の進むべき作家ではないでしょうか。

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猫と魔術  リン・トラス『図書館司書と不死の猫』
図書館司書と不死の猫
 イギリスの作家、リン・トラスの長篇小説『図書館司書と不死の猫』(玉木亨訳 東京創元社)は、ブラック・ユーモアにあふれたミステリアスな怪奇幻想小説です。

 ケンブリッジの図書館を定年退職したアレックは、愛妻を亡くし失意の底に沈んでいました。そんな彼のもとに届いたメールには、奇妙なファイルが添付されていました。そこには、突然失踪した姉ジョアナを探す男ウィギーの手記と、彼が遭遇した、人語を話す不死の猫ロジャーの半生が収められていたのです。
 彼らに関心を抱いたアレックが調査を進めていくうちに、猫の周辺で次々と人間が死んでいることがわかります。そして愛妻メアリーもまた事件に巻き込まれて殺されたのではないかという疑いを抱くようになりますが…。

 人語を解する不死の猫をめぐって展開される、サスペンスたっぷりの怪奇幻想小説です。 主人公が受け取った不死の猫に関する奇妙なメール。それを追っていくうちに浮かび上がる殺人と黒魔術の謎。不死の猫ロジャーは味方なのか敵なのか?

 序盤は、姉の失踪を調べるうちにロジャーと出会った男ウィギーの手記と、彼がロジャーから聞き取った情報が描かれていきます。長い時を生きており高い知性を持つロジャーに対し、どこか間の抜けた男ウィギーの描写が非常にユーモラスです。
 ウィギーのメール内容を読んでいるアレックが、ウィギーの行動にツッコミを入れるなど、ユーモアにあふれた語り口が楽しいですね。
 構成も面白いです。最初はウィギーからのメールの内容をアレックが一方的に読んでいくのですが、やがて独自に調査を始めたアレックが逆にウィギーへメールで連絡を送ったり、連絡のとれなくなった両者の一方的なメールが記されるなど、構成にも工夫が凝らされています。

 猫のロジャーが自らの半生を語る部分は伝奇的な面白さがあり楽しめます。その語りの中で、ロジャーを不死にした先輩猫である「キャプテン」が登場し、彼の恐るべき力も明かされます。一連の事件の影に潜んでいるのは「キャプテン」なのか?

 基本はホラータッチで描かれる作品なのですが、ところどころに挟まれるユーモア(ブラックなものが多いですが)が非常に楽しい作品です。メインテーマとなっている猫たちだけでなく、主人公アレックの飼っている愛犬ワトソンも活躍するなど、動物のキャラクターも立っています。

 M・R・ジェイムズを始め、著者が愛読しているという怪奇幻想作品のエッセンスも感じられ、怪奇幻想小説ファンにはお勧めしたい作品です。著者によるあとがきでは、喋る猫の登場するサキの短篇「トバモリー」の影響にも言及されており、本文と合わせて読むと興味深いですね。

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悪魔のサービス  木犀あこ『美食亭グストーの特別料理』
美食亭グストーの特別料理 (角川ホラー文庫)
 木犀あこ『美食亭グストーの特別料理』(角川ホラー文庫)は、グルメ業界で噂の店「美食亭グストー」を舞台に、悪魔的な料理長が奇怪な料理を出すという作品です。

 食に人一倍執着のある大学生の一条刀馬は、上手い料理を求めて、グルメ界隈で有名な店「美食亭グストー」を訪れます。店長である荒神羊一に気に入られた刀馬は店で働くことになりますが、荒神が手がけるのは表の店ではなく、地下の「怪食亭グストー」でした。
 「怪食亭グストー」を訪れるのは、食事だけでなく人間的にも問題を抱えた客ばかり。刀馬は、荒神とともに様々な客と料理に出会うことになりますが…。

 悪魔的な料理人、荒神とその助手になった青年刀馬が、様々な客と出会い、美食・珍食を手がけていくという連作短篇になっています。

 「第一話 フォーチュン・オイスター」は、妻と娘が父親にサプライズとして特別料理を振舞う…というお話。ブラック・ユーモアが効いていますね。

 「第二話 極楽至上の熟成肉」は、著名な美食家が古い本で知った熟成肉の再現を依頼してくるが…という物語。依頼者の本当の目的を探る過程は実にスリリングです。このエピソードに登場する料理は、作中でも一番美味しそうですね。

 「第三話 水曜まずいもの倶楽部」は、まずい料理を積極的に味わおうというサークルを主宰する男性がその信念から他の会員と軋轢を起こす…という物語。「まずさ」に関する心理的な考察が興味深いです。

 「第四話 すっぽんのスープ」は、幼い頃自分を世話してくれた老夫婦が作ってくれたすっぽんのスープの味が忘れられない女性が、その味を再現してほしいと依頼してくる…という物語。事件の真相が明かされる部分は背筋が寒くなります。

 どのエピソードでも、奇怪な料理やおかしなコンセプトの料理が登場しますが、表面のグロテスクさをかき分けると、その裏にあるのは、それを食べたがる人間の過去でありトラウマであるのです。
 偽悪的なポーズをとりながらも、荒神は客に対する「サービス」を忘れず、またその荒神の姿に刀馬は惹かれていくことになります。
 また、客だけでなく荒神自体の秘められた過去と家族との軋轢、彼と似た環境を持つ刀馬の背景とが、全篇を通して描かれてもいきます。

 奇食・珍食が趣向だけでなく、しっかり物語の内容、登場人物の造形に結びついており、奥行きのある物語になっています。料理の例えを用いるなら非常に「コクのある」作品といってもいいでしょうか。ホラー文庫というレーベルではありますが、ホラーが苦手な人にも読んでみてほしい作品です。

 ちなみに「第四話 すっぽんのスープ」では、パトリシア・ハイスミスの恐怖短篇「すっぽん」が重要なモチーフになっていますので、その筋のファンにもお薦めしておきたいと思います。

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戦争と幻想  ロード・ダンセイニ『戦争の物語』
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 ロード・ダンセイニ『戦争の物語』(稲垣博訳 西方猫耳教会)は、第一次世界大戦時に情報部に務めていたというダンセイニの、戦争をテーマにした作品を集めた短篇集です。
 全体に物語らしい物語は少なく、戦争の情景を描いた短めのスケッチ的な作品が多くなっています。また当時の敵国ドイツに対するプロパガンダ的な要素も強めです。それでも時折現れる叙情的な自然描写、幻想的な光景など、ダンセイニならではの魅力が感じられるところもありますね。

 ドイツに対する主戦的な視点、特にドイツ皇帝ヴィルヘルム二世に対する当たりは強烈です。作品内で何度も非難されたり風刺的に描かれるなど、ひどい扱いをされています。
 「戦争の罪」という作品は特に強烈です。魂だけになった皇帝が亡霊に引き連れられ、自身のせいで不幸になった家庭の情景を数千軒も見させられるという物語。希代の犯罪者扱いなのです。
 他にも、皇帝の特徴的な「カイゼルひげ」をモチーフに、理髪師に戦争の原因を求めるという風刺的な「戦争の起源と原因」、戦争で息子を失った老夫婦の皇帝に対するうらみを描いた「シュニッツエルハーザー家の一夜」など、様々な形でドイツ皇帝は断罪されていてます。

 上記にあげたようにプロパガンダ文学的な面が強いのは確かなのですが、ダンセイニらしい幻想的・叙情的な作品も垣間見られます。戦争に巻き込まれた男たちが故郷の村の記憶を残そうとする「デルスウッドの祈り」、集中砲火の中故郷を思い出す兵士たちを描いた「故郷を想って」、かっての美しい光景が荒野と化すという「雑草と鉄条網」、言葉を話せるゴリラを描いた風刺的な「野蛮なる者」、銃弾に倒れた兵士の最後の幻想を描いた「最後の光景」などが面白いですね。

 一番印象に残るのは「デルスウッドの祈り」でしょうか。小さいながら幸福な村だったデルスウッド。召集され男たちが次々と戦死していきます。故郷デルスウッドの思い出を語り継ぐために、皆から村の話を聞いた一番若い男に降伏させ、彼が村の記憶を語り継げばいいのではないかという提案がなされます。
 しかし若者たちは自分だけ降服することを拒否します。相談していた男たちは塹壕の中で大きな石灰岩を見つけます。その石にナイフで村の記憶を書き残そうではないかと思い付きますが…。
 人々の思いを打ち砕くような結末が待ち構えています。戦争の残酷さ、もしくは人の記憶のはかなさを描いた作品といってもいいのでしょうか。詩的な発想の非常にダンセイニらしい作品です。

 ダンセイニの違った一面の見られる味わい深い作品集ではあるのですが、代表作に見られるようなファンタジーとユーモアに満ちた作品を期待すると、ちょっと違うな…となってしまうと思います。代表的なダンセイニ作品を読んだ後に触れてみるのが、一番良い読み方ではないでしょうか。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。
twitterアカウントは@kimyonasekai



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