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5月の気になる新刊
5月2日刊 ジョージ・R・R・マーティン『ナイトフライヤー』(ハヤカワ文庫SF 予価1361円)
5月9日刊 ショーン・タン『セミ』(河出書房新社 予価1944円)
5月9日刊 亀山郁夫・野谷文昭編『悪魔にもらった眼鏡 世界文学の小宇宙1 欧米・ロシア編』(名古屋外国語大学出版会 予価2160円)
5月11日刊 残雪『カッコウが鳴くあの一瞬』(白水Uブックス 予価1728円)
5月11日刊 リン・トラス『図書館司書と不死の猫』(東京創元社 予価2160円)
5月14日刊 アレクサンドル・デュマ『千霊一霊物語』(光文社古典新訳文庫 予価1102円)
5月14日刊 ミステリー文学資料館編『森下雨村 小酒井不木 ミステリー・レガシー』(光文社文庫 予価972円)
5月20日刊 『ショーン・タンの世界』(求龍堂 予価2700円)
5月23日刊 高橋良平編『伊藤典夫翻訳SF傑作選 最初の接触』(ハヤカワ文庫SF 予価1080円)
5月23日刊 ケン・リュウ『母の記憶に』(ハヤカワ文庫SF 予価864円)
5月23日刊 岡本綺堂『玉藻の前』(中公文庫 予価950円)
5月24日刊 木犀あこ『美食亭グストーの特別料理』(角川ホラー文庫 予価691円)
5月24日刊 ハーラン・エリスン『愛なんてセックスの書き間違い』(国書刊行会 予価2592円)
5月24日刊 ジョン・メトカーフ『死者の饗宴』(国書刊行会 予価2808円)
5月24日刊 サマンタ・シュウェブリン『七つのからっぽな家』(河出書房新社 予価2160円)
5月24日刊 フェリスベルト・エルナンデス『案内係 ほか』(水声社 予価3024円)
5月24日刊 ユーディト・W・タシュラー『国語教師』(集英社 予価2160円)
5月27日刊 ジェフ・ヴァンダミア『ワンダーブック 図解 奇想小説創作全書』(フィルムアート社 予価3888円)
5月30日刊 浜田雄介編『渡辺啓助探偵小説選Ⅰ』(論創社 予価4104円)
5月31日刊 ブライアン・ラムレイ『ネクロスコープ 死霊見師ハリー・キーオウ 上・下』(創元推理文庫 予価各1296円)
5月31日刊 ネイサン・ファイラー『ぼくを忘れないで』(東京創元社 予価2808円)


 ジョージ・R・R・マーティン『ナイトフライヤー』は、マーティンのSF作品集。表題作の「ナイトフライヤー」は以前『SFマガジン』のバックナンバーで読みましたが、サスペンスたっぷりの好短篇でした。

 『悪魔にもらった眼鏡 世界文学の小宇宙1 欧米・ロシア編』は、特に幻想作品と謳っている本ではないようですが、内容紹介からすると幻想的な作品も多く含んでいるようですね。W・コリンズ、H・ジェイムズ、ザヴァッティーニ、リラダン、チェーホフ、リルケ、K・ショパン、メリメ、ベッケル、P・ジョンソン、ドーデ、ビリニャークなどの作品を収録とのこと。

 リン・トラス『図書館司書と不死の猫』は、引退した図書館司書が人間の言葉をあやつる猫から送られた物語を受け取るという物語。ブラックな味わいのようです。

 アレクサンドル・デュマ『千霊一霊物語』は、文豪デュマによる連作怪奇作品集。これは楽しみです。

 高橋良平編『伊藤典夫翻訳SF傑作選 最初の接触』は、伊藤典夫の宇宙SFの翻訳を集めた作品集。ラインスター、ウィンダムなど7篇を収録とのこと。

 木犀あこ『美食亭グストーの特別料理』は、《奇奇奇譚編集部》シリーズで楽しませてくれた著者の最新作。内容は「グルメ界隈で噂の店「美食亭グストー」を訪れた大学生の刀馬は、悪魔のような料理長・荒神羊一にはめられて地下の特別室で下働きをする羽目に。店に来る客のオーダーは一風変わった料理ばかりで……。」というもの。
 「究極の飯テロ小説」とのことで期待が膨らみます。

 ハーラン・エリスン『愛なんてセックスの書き間違い』は、エリスンのSF以外の作品を集めたという面白いコンセプトの短篇集。

 ジョン・メトカーフ『死者の饗宴』は、イギリス怪奇小説の鬼才メトカーフによる本邦初の作品集。英米古典怪奇小説ファンは必読でしょう。

 サマンタ・シュウェブリン『七つのからっぽな家』はラテンアメリカの新世代作家シュウェブリンによる短篇集。シュウェブリンは以前に出た短篇集『口のなかの小鳥たち』(東宣出版)が非常に面白かったので、こちらも楽しみでです。

  フェリスベルト・エルナンデス『案内係 ほか』は、ウルグアイ作家エルナンデスの短篇集。幻想とユーモアに富んだ作風とのことで気になります。紹介文を引用しておきますね。
 「思いがけず暗闇で目が光る能力を手にした語り手が、密かな愉しみに興じる表題作「案内係」をはじめ、「嘘泣き」することで驚異的な売上を叩き出す営業マンを描く「ワニ」、水を張った豪邸でひとり孤独に水と会話する夫人を幻想的な筆致で描く“忘れがたい短篇”(コルタサル)「水に沈む家」、シュペルヴィエルに絶賛された自伝的作品「クレメンテ・コリングのころ」など、幻想とユーモアを交えたシニカルな文体で物語を紡ぐウルグアイの奇才フェリスベルト・エルナンデスの傑作短篇集。」

 ユーディト・W・タシュラーは初紹介作家のようですが、『国語教師』はなかなか面白そうな作品です。
 「女は国語教師。男は有名作家。再会したふたりが紡ぐ〈物語〉は、あの忌まわしい過去に辿り着く―― 16年ぶりに偶然再会した元恋人たちは、かつてのように物語を創作して披露し合う。作家のクサヴァーは、自らの祖父をモデルにした一代記を語った。国語教師のマティルダは、若い男を軟禁する女の話を語った。しかしこの戯れが、あの暗い過去の事件へとふたりをいざなってゆく……。物語に魅了された彼らの人生を問う、フリードリヒ・グラウザー賞(ドイツ推理作家協会賞)受賞作。」

 ジェフ・ヴァンダミア『ワンダーブック 図解 奇想小説創作全書』は、SF作家としても知られる著者が書いた「小説執筆ビジュアル・ガイド」だそうで、イラストや図表などビジュアル面が充実している本のようです。

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H・G・ウェルズのマイナー作品を読む 付ウェルズ収録作品比較表
 一昨年(2017年)11月に読書会のテーマとして、H・G・ウェルズを取り上げました。その際に、ウェルズの主要な作品を読み返す機会があったのですが、その中でもマイナーな部類の作品に関していくつか紹介しておきたいと思います。


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『月世界最初の人間』(白木茂訳 ハヤカワSFシリーズ)

 発明家ケイヴァー氏は、引力を遮断する物質「ケイヴァーリット」を開発します。その存在を知り、大もうけできると考えた語り手ベッドフォードは、彼の事業を後援することになります。その物質を使った宇宙船で月面に到着した二人が出会ったのは、アリのような姿をした月人でした。
 月人を知的生物と考えるケイヴァー氏に対し、ただの怪物と見なすベッドフォードは彼らを殺戮します。月では地球人は地球上より物理的に強い力を発揮できるのです。月人から追われることになった二人は、宇宙船を見失い途方にくれることになりますが…。

 重力を遮断する物質で宇宙船を作り、月面を訪れる科学者とその助手の物語です。火星人がいたり月面に植物が生えていたりと、今となっては完全にファンタジーなのですが、それがまたレトロな味があり面白い作品になっています。
 この作品、邦訳が手に入りにくいので、ウェルズの他の作品に比べて読んでいる人は少ないと思うのですが、物語そのものよりも、作中に登場する重力遮断物質「ケイヴァーリット」は有名で、後続の作品に影響を与えているようです。
 ウェルズは本当に月に知的生物がいると考えているわけではなく、風刺的に登場させている節がありますね。現に、月人の世界は、地球の文明を相対化するような視点で描かれています。その意味で、ユートピア小説のバリエーションでもあります。



ベータ2のバラッド (未来の文学)
「時の探検家たち」(浅倉久志訳 若島正編『ベータ2のバラッド』国書刊行会 収録)

 田舎の村に突然現れた男は、牧師館を借り何やら研究を始めます。やがて村人が変死したのを皮切りに、男は妖術師ではないかという噂が立ち始めます。扇動家に率いられた村人たちは牧師館を襲撃しますが…。

 『タイム・マシン』の原型となる短篇です。原型とはいっても、タイム・マシンが登場する以外は、『タイム・マシン』とはほぼ共通点がありません。作者は何回も書き直して、現在の状態になったとか。
 舞台となる牧師館では過去に殺人事件が起こっており、幽霊も出るという噂があります。そこに現れた男は村人たちには理解の出来ない行動をしている…という、ゴシック調というか、ほぼ怪奇小説のフォーマットで書かれた作品で、『タイム・マシン』のモダンさと比べると、その違いに驚かされます。
 後半では、男と一緒に姿を消した牧師が発見され、真相を話し出す…という展開になります。ただ、その真相も最後まで明かされず、この後はどうなってしまうのか? という尻切れトンボな結末に。

 はっきり書かれないものの、過去の殺人事件や幽霊事件の原因はタイム・マシンによるものだった、と読めます。この作品、後年ハインラインやウィリアム・テン、フレドリック・ブラウンが書くような「タイム・パラドックス」的なアイディアの萌芽が見られるのです。
 ウェルズは「タイム・マシン」というユニークなアイディアを思いつきながら、過去へのタイムトラベルやそれに伴う問題については書かなかったと言われますが、この「時の探検家たち」では、不完全な形ではあるものの、その可能性が描かれているように思えます。



イギリス怪談集 (河出文庫)
「赤の間」(斉藤兆史訳  由良君美編『イギリス怪談集』河出文庫 収録)

 豪胆な男は、他人が止めるのを振り切って、幽霊が出るという「赤の間」に泊まろうとします。「赤の間」に現れたものとは…?

 ウェルズには珍しい、純怪奇小説作品です。主人公の「私」が「赤の間」に泊まろうとするのを、屋敷に住む老人たちが止めるのですが、この老人たちがすでに無気味な雰囲気に包まれています。「腕の萎えた男」が繰り返す「あんたが決めたことだ」のリフレインが強烈です。
 単純な幽霊話に終わらない、心理的な怪奇小説で、E・F・ベンスンやウェイクフィールドのある種の作品を思わせますね。



クリスマス13の戦慄 (新潮文庫)
「ポロ族の呪術師」(池央耿訳 アイザック・アシモフ他編『クリスマス13の戦慄』新潮文庫 収録)

 アフリカでポロ族の女に手を出した白人の男が、呪術師につけねらわれます。男は金で他の部族の男に呪術師を殺させ、首を持ってこさせます。安心したのもつかの間、どこへ行ってもその首は男の目の前に現れます…。

 男の前に現れる呪術師の首が本物なのか幻覚なのかは、どっちとも取れるように書かれています。呪いを扱った怪奇小説とも、心理的な恐怖小説とも読める重厚な味わいの作品です。



イギリス恐怖小説傑作選 (ちくま文庫)
「不案内な幽霊」(南條竹則訳 南條竹則編『イギリス恐怖小説傑作選』ちくま文庫 収録)

 あるクラブに泊まった男がそこで幽霊に出会います。しかし現れた幽霊は「初心者」で、上手く姿を消すことができないというのです。男は幽霊が「消える」のを手助けし、その顛末をクラブの仲間に話しますが…。

 始まりから軽い雰囲気で進むユーモア怪談なのですが、ブラックな結末に驚かされます。この作品でも「幽霊話」が本当なのか嘘なのかはわからないという風に書かれています。じつに楽しい怪奇小説。



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「コーン」(小倉多加志訳 矢野浩三郎編『恐怖と幻想3』月刊ペン社 収録)

 妻と親友が浮気をしているのを知った工場の経営者が、親友を殺そうとする物語。「ひねり」などは特になく、正攻法で書かれた心理サスペンスなのですが、物語の背景となる工場の殺伐さもあいまって、重苦しい雰囲気に満ちた作品です。


 おまけとして、読書会用の資料として作成した「ウェルズ収録作品比較表」を添付しておきたいと思います。ウェルズの短篇って、各社のいろんな短篇集に収録されています。重複するものもありますし、そもそもどの短篇集にどの作品が入っているのかもわかりにくいです。そんなわけで、各社の短篇集の収録作品を比較できるようにした表です。
ウェルズ収録作品比較表

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やさしい孤独  アンドレイ・クルコフ『ペンギンの憂鬱』
ペンギンの憂鬱 (新潮クレスト・ブックス)
 ウクライナの作家、アンドレイ・クルコフの長篇『ペンギンの憂鬱』(沼野恭子訳 新潮クレストブックス)は、ファンタジー的な要素と現実的な要素が絶妙にブレンドされた作品です。

 売れない小説家ヴィクトルは、ウクライナのキエフで暮らす孤独な男。エサ代が払えなくなった動物園からもらい受けた憂鬱症のペンギン、ミーシャとともに暮らしていました。ヴィクトルは新聞の死亡記事を書く仕事を手に入れ、生活は安定し始めます。
 しかし、生きている人間の死亡記事を書いておく仕事を手がけるようになったとたん、その人々が次々に死に始めます。一方、友人から預かった娘ソーニャ、ベビーシッターのニーナ、そしてミーシャとともにヴィクトルは出来合いの家族を形成し、ささやかな幸福に浸っていましたが…。

 ソ連崩壊後のウクライナ、政情不安定でマフィアが横行するこの国で、孤独だったヴィクトルがペンギンのミーシャを通していろいろな人々と知り合っていくという話です。警察官のセルゲイ、〈ペンギンじゃないミーシャ〉、その娘ソーニャ、セルゲイの姪ニーナ、動物学者のピドパールィ…。
 即席ながらも、ちょっとした家族を得たヴィクトルでしたが、そこには本物の愛情はないと自分で認識しています。ペンギンのミーシャと暮らしていても、互いに孤独なように、ソーニャにとってのヴィクトルはあくまで「おじさん」でしかありません。
 非常にシニカルな人生観が全編のトーンを支配しているのですが、冷たい感じにはならず、不思議とこれが心地よいのですよね。

 何と言っても、この作品の一番の魅力はペンギンのミーシャにあります。犬や猫のように積極的に飼い主に情愛を表すわけではなく、しかしふと気付くとそばにいる。哀しげな目をして飼い主の孤独を分かち合うミーシャは、非常に魅力的な存在です。

 お話自体も、ただ漫然と日常が描写されるだけでなく、ヴィクトルの書く死亡記事の謎、庇護者の謎など、いくつかの謎も用意され、その点でも飽きさせません。ペットのペンギンというファンタスティックな要素を持ち込みながらも、あくまでストーリーは現実の枠内で進行するのも特徴です。

 舞台となるキエフという都市は、日常生活で銃撃やマフィアなどが横行しており、日本の読者からすると、現実というよりもファンタジーに近い感じを受けるかもしれません。結末も非常に寓話的であり、その意味で幻想小説とも読めますね。翻訳はまだないのですが続編もあるそうで、ぜひ読んでみたいところです。

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エドワード・ゴーリー作品を読む
 昨年2018年は、エドワード・ゴーリーの絵本の邦訳が3冊ほど連続刊行され、ゴーリーのファンとしては嬉しい年となりました。どれも魅力的な作品でしたが、それぞれ紹介しておきたいと思います。合わせて、ゴーリーの未訳作品の中からいくつかご紹介します。


ずぶぬれの木曜日
『ずぶぬれの木曜日』(柴田元幸訳 河出書房新社)

 雨の日を舞台に、雨の街の人々、傘をなくした男、主人の傘を探す犬をカットバックで描いていくという作品。ユーモアたっぷりですが、ゴーリーには珍しく、ハッピーエンドで終わる後味の良い作品です。傘屋で不満をぶちまける男の描写が楽しいです。


失敬な招喚
『失敬な招喚』(柴田元幸訳 河出書房新社)

 突如現れた悪魔により不思議な力を身につけた女性スクィル嬢が、再び悪魔に拉致される、という物語。
 不条理かつ救いのない話ですが、ゴーリーらしいブラック・ユーモアがありますね。スクィル嬢のそばにひかえる使い魔ベエルファゾールがユーモラス。


音叉
『音叉』(柴田元幸訳 河出書房新社)

 家族の鼻つまみ者であるシオーダが海に飛び降り自殺を図ると、海の底に怪物がおり、彼女に同情した怪物とともに復讐をするという話。
 シオーダは一度死んでいるのか?とか、家族の死は本当に怪物の仕業なのか?など、いろいろ疑問が湧きます。
 ただ、怪物とともに海を駆けるヒロインの姿が幸福そうで、印象に残ります。どこか心に残る作品ですね。



By Edward Gorey The Fantod Pack by Edward Gorey (Tarot cards: the Gorey version)
『THE Fantod Pack』(Pomegranate Communications Inc,US)

 20枚組の占いカードのセットなのですが、カード全てに不安を煽るようなイラストが描かれています。
 例えば、はしごにひもが描かれた「THE LADDER」のカード。ひもは首吊りのひもを暗示しているのでしょうか。真っ暗なトンネルが描かれた「THE TUNNEL」とか、ひもで全身をしばられた「THE BUNDLE」のカードなんか相当不気味です。
 解説書もついており、カードを使って占いもできるのですが、どう占っても必ず「不安な」結果が出るという、ブラック・ユーモアたっぷりの不穏なカードセットです。
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The Tunnel Calamity
『The Tunnel Calamity』(Pomegranate Communications)

 蛇腹型になっている本を前後に伸ばした状態で、前面のレンズから中を覗きこむ…という、面白い趣向の作品です。広げ具合や覗く角度によって、見える風景が少しづつ変わります。
 レンズから見える風景もゴーリーらしく不穏です。ど真ん中に怪物がいるのに少年以外誰も気にしていません。その人々もどこか怪しげ。柱の影に隠れた人物や、角度を変えないと見えない人物も。奥の窓にはゴーリー作品によく登場する「ブラック・ドール」の姿が!
 覗き込んだときに、人物や怪物たちが立体感を持って立ち上がってくるのがリアルです。いったいどういう状況なのか、いくら考えてもわからない…というところもゴーリーらしいです。素直な物語を読み取れないところが、逆にすごいなという気もしますね。
 ちゃんと専用の堅牢な箱がついており、保存もしっかりできます。コレクション心をくすぐる作品。
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 他にも何冊かゴーリーの未訳絵本を購入したのですが、まだほとんど読めていません。ゴーリーの絵本は文章が少ないから英語でも読めるかなと思ったのですが、珍しい単語が頻出して、予想以上に難しいです。
 とりあえず読めたものの中で一番良かったのは『The Osbick Bird』でしょうか。


The Osbick Bird
『The Osbick Bird』(Pomegranate)

 ある日現れたおかしな鳥と男が親友になり、男の最後までを鳥が看取るという物語。ゴーリー作品の中でもかなり人気のある作品だそうですが、なかなか邦訳が出ないのが残念。
 謎の鳥「オズビック・バード」が非常に愛らしいです。異様に長い足が特徴で、この足を使っていろいろ器用なことをします。リュートを弾いたり、ティーカップを持ったりと大活躍。「うろんな客」と並ぶゴーリーの名キャラクターだと思います。
 この本の日本版が出れば、絶対日本でも人気が出ると思うんですけどね。


The Evil Garden
『The Evil Garden』(Pomegranate)

 これも面白いです。植物園に入った家族が奇怪な植物や虫などに襲われるというスプラッター(?)作品です。直接的な表現で、絵だけでも話がわかりやすい作品でした。



エドワード・ゴーリーの世界 どんどん変に…―エドワード・ゴーリーインタビュー集成
  邦訳のあるゴーリー作品は、今のところほとんど品切れになっておらず、入手可能なようですね。ただゴーリーのガイド本として、最も有用といえる『エドワード・ゴーリーの世界』(濱中利信編 河出書房新社)が入手不可になっているのが非常に残念です。
 同じく文献として貴重な『どんどん変に… エドワード・ゴーリーインタビュー集成』(小山太一/宮本朋子訳 河出書房新社)は入手可能です。面白いのは、『エドワード・ゴーリーの世界』『どんどん変に…』のような副読本が、ゴーリー本人の著作の邦訳がまたそんなに出ていない時期に出ていることですね。
 ゴーリーの最初の邦訳が出たのは確か2000年で、『エドワード・ゴーリーの世界』は2002年、『どんどん変に…』が2003年刊行です。ガイド本を見てこの本読みたいなと思っても、その時点で邦訳があまりなかったので、蛇の生殺し状態です。
 ちなみに『エドワード・ゴーリーの世界』は、ほぼ全作品の内容ガイドや、ゴーリー用語事典など、ゴーリー作品を味わうガイドとしては今のところ一番有用な本だと思います。

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幻想郷の音楽  ピーター・S・ビーグル『ユニコーン・ソナタ』
ユニコーン・ソナタ
 1996年発表のピーター・S・ビーグルの長篇『ユニコーン・ソナタ』(井辻朱美訳 早川書房)は、不思議な音楽に導かれ、異世界<シェイラ>と現実世界を往復する少女ジョーイを描いたモダン・ファンタジー作品です。

 ロサンゼルスにあるパパス楽器店に入り浸っていた13歳の少女ジョーイは、ある日店にやってきた見知らぬ少年と出会います。インディゴと名乗った少年は見たこともない角笛を吹きますが、そこから流れてくるのはこの世ではありえないようなメロディーでした。
 少年は、楽器店の主人パパスに角笛を売りたいと話しますが、その交換条件は大量の黄金でした。手持ちの黄金では足りないと言われたパパスは必死で黄金をかき集め始めます。
 一方、ジョーイはある日、街角から異世界に入り込んでしまいます。<シェイラ>と呼ばれるその世界では、<大老>と呼ばれるユニコーン達を始め、様々な不思議な種族たちが暮らしていました。その世界にはインディゴが奏でていたのと同じような音楽が流れていたのです。
 やがて<シェイラ>でインディゴと再会したジョーイは、彼にある目的があることを知りますが…。

 現実との<境>からつながる異世界<シェイラ>、そこは不老不死に近いユニコーン族をはじめ、フォーンやドラゴンなど、伝説的な生き物たちが住む世界なのです。ふとしたことからその世界に入り込んだ少女ジョーイは滞在するうちに、その世界の虜となります。
 非常に美しく完璧な世界といっていい<シェイラ>にも問題がありました。ユニコーンたちは原因不明の病に襲われ、大部分のものが目が見えなくなっていたのです。
 一方、<シェイラ>からやって来た少年インディゴは、そんな完璧に近い世界に嫌気がさし、現実世界で暮らしたいと考えていました。ジョーイには完璧に見える世界が、インディゴにとってはつまらない世界であるという皮肉が面白いですね。

 非常に魅力的な異世界が描かれる作品なのですが、それが単純な現実否定になっていないのが興味深いところです。インディゴによる異世界<シェイラ>の相対化というのもそうですし、ジョーイ自身もいくら魅力的だと言っても、現実世界から移住しようとまでは考えないのです。

 異世界には異世界の素晴らしさがあるし、現実世界にも現実世界の素晴らしさがある。そして魔法は完全に消えてしまうわけではなく、いつかまたたどり着ける可能性がある…。そうした透徹しながらも希望は失わないという視点が作品のところどころに感じられ、非常に奥行きのある物語になっています。

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現代に生きる神々  ピーター・S・ビーグル『風のガリアード』
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 ピーター・S・ビーグルの第三長篇『風のガリアード』(山田順子訳 ハヤカワ文庫FT)は、現代に生きる神々をモチーフにしたファンタジー作品です。

 現代アメリカ、カリフォルニアの田舎町アビセンナに帰ってきたリュート奏者ファレルは、友人のベンを訪ねます。彼はふくよかな中年女性シアと一緒に暮らしていました。カウンセラーを生業としているシアには不思議な力があるらしく、彼女の住む家にも時折不思議な現象が起こります。
 かっての恋人ジュリーと寄りを戻したファレルは彼女に誘われて、中世人に扮して楽しむという「古代の娯楽を追求する連盟」に参加することになります。ある日ファレルは、連盟の有力会員ガースの娘エフィーが魔方陣から何者かを呼び出す場面を目撃してしまいます。
 現れたのは美少年であり、ニック・ボナーと名乗る少年はエフィーとともに不思議な力を行使し始めます。シアの家に訪れたエフィーとボナーはシアを挑発し始めます。一方ベンは、中世のバイキングらしき存在に憑依され始めていました…。

 結構長い長篇で(文庫本で470ページ超)、登場する要素も多数であり、非常に要約しにくい作品です。簡単に言ってしまうと「善神と悪神の戦い」がメインテーマであり、それに巻き込まれた人間たちを描く作品、といってもいいでしょうか。

 人や土地に縛られない自由人である主人公ファレルが、故郷に戻り旧友や新しい知り合いに出会っていくという前半はつまらなくはないものの、普通小説っぽい展開でちょっと退屈してしまう人もいるかもしれません。
 中世趣味のサークル「連盟」が登場したあたりから作品が動き始めます。とくに少女エフィーが召還したらしい悪魔的な存在ニック・ボナーが現れてからは、俄然物語が面白くなります。ボナーは不思議な中年女性シアと旧知の仲であり、対立する存在であるらしいのです。
 ボナー、そしてシアの正体は何なのか? ファレル、ベン、ジュリーたちは彼らの争いに巻き込まれていくことになりますが…。

 主人公ファレルのキャラクターが独特で、どんな不思議な出来事も普通に受け入れる…という懐の広いキャラになっています。この作品以前に書かれている短篇「ファレルとリラ」の主人公と同じ名前なのでもしかして? と思ったら同じキャラクターのようです。
 実際、作中でも「ファレルとリラ」の内容が言及されています。「ファレルとリラ」では友人ベンもちょこっと登場しますが、こちらはキャラクターがわかるほど登場場面は多くありません。

 動きの少ない日常描写の多い前半に比べ、後半は「魔法合戦」かというぐらいのスペクタクル場面が多くなっており楽しませてくれます。中世騎士に扮した模擬戦の最中に召還された本物の戦士たちに殺されそうになったり、「神々たち」の壮大な魔法の応酬があったりなど。
 クライマックスの舞台となる「別世界」の描写も魅力的です。

 全体に作者の趣味といっていいのか、リュートや古楽、ダンスや古武術など、中世趣味が横溢しており、そうしたモチーフが好きな読者にも楽しめる作品ですね。
 日本趣味もかなり強く、ファレルの恋人ジュリーも日系人ですし、作中に登場する日本武術の話や日本人「ベンケイ」、果ては「観音」まで登場します。そもそもメインとなる「神々」もキリスト教のそれではなく、多神教的な存在なのです。

 前半の日常描写からだんだんと不穏な状況が到来する…という展開はちょっとモダンホラー的で、読後感はファンタジーというよりはホラーに近い印象ですね。
 ビーグルの前二作『心地よく秘密めいたところ』『最後のユニコーン』と比べるとかなり印象の異なる作品なのですが、これはこれで非常に面白い作品かと思います。
 ちょっと趣は違うのですが、ニコラス・コンデ『サンテリア』とか、ジェームズ・ハーバート『魔界の家』が好きなホラーファンは楽しめる作品ではないでしょうか。



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ピーター・S・ビーグルの単行本未収録短篇「ファレルとリラ」(鏡明訳『SFマガジン1976年12月号』早川書房 収録)についても紹介しておきましょう。

 ファレルは、彼の部屋に転がり込み同棲することになった若い女性リラ・ブラウンが人狼であることに気付きます。部屋に戻ってきた狼がリラの姿になるのを目撃したのです。しかしファレルはそれを受け入れ、彼女とつきあい続けることにします。
 しかし、ファレルが友人から預かっていた犬を狼になったリラが殺したことを皮切りに、変身したリラは動物を殺し続けていることをファレルは知ります。一方、リラの正体に気付いたビルの管理人は彼女を恐れていましたが…。

 人狼の女性と普通の人間の男性との恋愛模様を描いた作品です。女性が狼になると理性を失い野生的になるのに対して、相手の男性ファレルが妙に落ち着いた性格に設定されているのが面白いところです。リラが人狼であるのを受け入れるのもそうなのですが、彼女との生活を客観的に見ているようなのです。
 ファレルは友人ベンに対してリラとの関係を赤裸々に話していきます。そこにあるのは情熱的な恋というよりは客観的な観察に近い報告です。やがてファレルはリラに対して「愛情」を感じているわけではないのではないかと自問し始めますが、リラの変身は重大な事態を引き起こそうとしていました…。

 人狼であるヒロイン、リラがユニークなのはもちろん、相手の男性ファレルも奇妙なキャラクターです。二人の間の関係だけでなく、リラとリラの母親との関係もクローズアップされ、何やら精神分析的な解釈も可能であるような、そんな雰囲気もありますね。奇妙な恋愛を描いた「変愛」小説です。



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現実と空想の旅  ロード・ダンセイニ『夢源物語 ロリーとブランの旅』
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 ロード・ダンセイニの長編小説『夢源物語 ロリーとブランの旅』(稲垣博訳 Penaga Lost Works)は、夢見がちな青年ロリーと相棒ブランの、現実と空想が交錯する旅を描いた長編小説です。

 夢見がちで少し頭の弱い青年ロリーは、牛飼いを生業とする両親から用事をいいつかります。それはグルトナルーナの市まで十二頭の牛を連れていくというものでした。ロリーを心配する両親は、旅の相棒にブランを同行させることにします。
 人を信じやすいロリーは、やがて旅の途中で有り金と牛を巻き上げられてしまいますが…。

 心優しい青年ロリーと相棒ブランが、道中に様々なトラブルにあいながらも、やがて幸せな結末を手に入れる…というロードノベル的な物語です。
 明確に超自然的な出来事は起こらないものの、全体を通して空想的でファンタスティックな空気感に満ちています。

 主人公ロリーは空想がちで騎士道物語のファンであり、現実世界の出来事には疎い青年です。旅の途次で自分を騎士に見立てて空想に耽ったりなどしてしまいます。
 ロリーだけでなく、彼らが旅の途中で出会う人々もまた、ロリーに輪をかけて現実離れした人物たちであるというのも、作品の空想的な雰囲気を醸成するのに寄与しているようです。
 ロリーの持ち金や牛を巻き上げようとする香具師めいた騎手ファーガン、自分をアイルランドの国王だと主張するオハリガン、魔法の力を信じる鋳掛け屋「瓶の船」、そしてロリーの想い人であるライアン家の娘「麗しのオリアナ」…。

 登場人物たちはどれもユニークですが、とくにロリーを全面的にバックアップすることになる鋳掛屋に関しては、物語中でも重要な人物として描かれています。鋳掛屋はロリーの空想を否定せず、魔法の存在そのものを肯定するというキャラクターになっています。
 この鋳掛屋とロリーとの掛け合いは非常にファンタスティックな香気に満ちています。特に、鋳掛屋の眠っている飼い犬に対して彼が話すセリフは印象的です。

 「いや、まだ眠っておる。起こさん方が良いじゃろう。どんな夢を見ているか解らんからな。奴は今、玉座に座る王かも知れん。今起こせば一国を抹消させることにもなりかねん。…」

 犬が夢の中で別の人生を生きているかも…という何ともファンタスティックな空想に満ちたセリフで、とても魅力的です。

 騎手やオハリガンなどに持ち物や牛を巻き上げられても、ロリーは持ち前の空想癖と楽観主義からまったくめげることがありません。牛を売るための旅であるのに、牛を全頭失ったまま旅を続けることになるのです。
 やがてロリーの想い人オリアナが助けを求めてきたとき、ロリーは「仲間」たちとともに助けに向かうことになります。ロリーの純真な性質、そして「仲間」たちの「狂気」がオリアナを助けるために役に立つ…という展開は、そこまで作品を読んできた読者にとって非常に説得力があり感動があります。
 ロリーを始め、狂気に囚われたり、頭のねじがちょっと緩んでいるような登場人物たちが、ただそれだけで切り捨てられるのではなく、彼らなりの役割を発揮するというのも面白いところですね。

 空想の世界に生きていたロリーが「愛」の力で現実の世界に戻ってくるというのも興味深いところです。かといって彼が空想の世界を失ったわけではない、というのは結末でも示されます。
 空想の世界と現実の世界、両方の美しさが描かれています。空想と現実、どちらかを否定するのではなく、どちらもが人生には共存する…というような非常にバランスのとれた作品です。劇的な事件はあまり起こらないものの、詩心あふれるタッチで描かれた作品です。

 相棒であるブランが所々で存在感を放ちながらも、作中一つもセリフがないというのもユニークかつ面白い試みですね。

 ファンタスティックではありながらも「ファンタジー小説」とは言い切れないところもある作品で、その意味で読者を選ぶところもあるのですが、ダンセイニ作品の変遷を考える上で重要な意味を持つ作品ではないでしょうか。

 『夢源物語 ロリーとブランの旅』は、稲垣博さんの主宰する<Pegana Works ペガーナ・ワークス >から購入できます。


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運命と魔法  ピーター・S・ビーグル『完全版 最後のユニコーン』
完全版 最後のユニコーン
 ピーター・S・ビーグル『完全版 最後のユニコーン』(金原瑞人訳 学研)は、1968年発表、最後のユニコーンをめぐるモダン・ファンタジーの名作です。

 ある森に一人で住む雌のユニコーンは、自分が世界で最後のユニコーンになってしまったのではないかと不安になり、仲間を探す旅に出ます。旅の連れになったのは、才能を持ちながらもそれが発揮できない魔術師シュメンドリックと盗賊の一員だった奔放な女性モリー。
 旅の途次で耳にした「赤い雄牛」の噂をたどるうちに、彼らは狂った王ハガードが支配する呪われた町ハグズゲイトに辿りつきますが…。

 ユニコーンの造形が素晴らしい作品です。不死に近い生き物で、非常に美しい姿をしていますが、それを信じられない人間が見てもただの馬にしか見えないという存在。そして人間的な感情とは隔絶しているために、人間といっしょに旅をしながらも完全に打ち解けることはありません。
 しかし旅の途中で「赤い雄牛」に襲われたことから、魔術師シュメンドリックの魔法でユニコーンはある姿に変身させられてしまうことになります。新たな姿で新しい感情を手に入れたユニコーンと周りの登場人物たちの関係がどうなっていくのか…というのも読みどころの一つですね。

 登場人物にも深みがあり、それぞれの魅力が感じられます。魔術の才能を持ちながらもそれが発揮できない魔術師シュメンドリック、盗賊一味から抜け出し旅の連れとなる奔放で裏表のない女性モリー、何かを追い求めるかのような憑かれた王ハガード、その息子の英雄リーア王子…。
 特にシュメンドリックはこの作品の主人公といってもいい存在であり、自分ではコントロールできない彼の魔法が、要所要所で物語の鍵となっていきます。しかしシュメンドリックの魔法は自らの意思で発動するというよりは、来るべきときに来るべき形で発揮される…というように、運命的・宿命的なものとして描かれています。

 物語全体にもそういう空気があって、登場人物たちが自らの運命を切り開いていくというよりは、宿命的な定めにしたがって物語が動いていく…という感覚が強いのです。
 それを象徴するように、物語内でシュメンドリックやリーア王子は、自らが物語の登場人物であることを意識しているかのような、メタフィクショナルな発言を繰り返します。そのあたり非常に面白いですね。

 解説にも書かれていますが、従来のファンタジー小説的な魅力に加え、知的遊戯としての一面、そして恋愛小説的な一面もあります。象徴的な部分も多いので、読む人によって様々な感想が生まれるであろう多様性もありますね。これは本当に名作といっていい作品だと思います。

 従来出ていたハヤカワ文庫版の内容に加え、この「完全版」では2005年に書かれた続編となる中篇「ふたつの心臓」が収録されています。こちらでは本編のおそらく数十年後が舞台になっています。村の少女スーズが、人をさらう怪物グリフォンの退治を英雄リーア王に依頼するという話です。
 シュメンドリックとモリー、リーア、そしてユニコーンが再登場する作品で、単体で面白い作品ではあるのですが、本編が綺麗に完結しているので、続編としてはどうかな…という面がないではありませんね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇の伝統  紀田順一郎・東雅夫編『日本怪奇小説傑作集』
日本怪奇小説傑作集1 (創元推理文庫) 日本怪奇小説傑作集 2 (創元推理文庫) 日本怪奇小説傑作集 3 (創元推理文庫)
 2005年に刊行された、紀田順一郎・東雅夫編『日本怪奇小説傑作集』(全3巻 創元推理文庫)は日本の怪奇小説を集大成するシリーズです。

 1巻は、いわゆる文豪、純文学系の作家の作品が多くなっています。特に印象に残るのは、田中貢太郎「蟇の血」と大仏次郎「銀簪」
 田中貢太郎の作品は、いわゆる魔女屋敷ものといっていいのでしょうか、何やら夢うつつの雰囲気で始まる不条理風怪談で、その異様な雰囲気が強烈な印象を残します。
 大仏次郎「銀簪」は手堅いオーソドックスな怪談ですが、維新前夜の商人を主人公にした近代的な装いの傑作ですね。

 2巻は1935~1961年の作品を集めています。純然たる怪奇小説に混じって、これが怪奇小説?と思われるような作品も混じっているのが特徴。
 横溝正史の「かいやぐら物語」、遠藤周作の「蜘蛛」などはストーリーそのものの面白さも相まって楽しく読めます。
 三島由紀夫の「復讐」は、得体の知れない復讐者の復讐をある諦観を持って待ち受ける家族の物語。結末において復讐者の死が示されますが、それが嘘であるかもしれない可能性も示されます。雰囲気が素晴らしいですね。
 園地文子の「黒髪変化」は、プレイボーイの青年が良家の子女と婚約し、邪魔になった女をうとましく思うようになる…というクライムストーリー風の作品。結末がぶつ切りになっており、ゴーストストーリーの展開部といった趣の作品です。
 山本周五郎の「その木戸を通って」は、リドルストーリーの秀作。記憶喪失に陥った娘が屋敷の若主人と結婚し子供も生まれますが、ある時記憶が蘇り、いずこともなく消えてしまう…という味わいのある作品です。

 3巻は粒がそろっています。
 山川方夫の「お守り」は、いわゆるドッペルゲンガーの話ですが、それを現代の団地を舞台に現代的な解釈を施した作品です。読み方によっては全てが偶然であるととらえることも可能な、奇妙な味の佳品ですね。
 小松左京「くだんのはは」、都筑道夫「はだか川心中」、星新一「門のある家」、半村良の「箪笥」もはやいうまでもないアンソロジーピースで、面白さはお墨付き。
 中井英夫は「影人」ではなく、もっといい作品が他にあるような気もしますが、どれをとっても名作揃いという意味合いではいいのでしょうか。
 澁澤龍彦「ぼろんじ」は、洗練の極致のような物語。ストーリー性が豊かで、どんどん読み進められます。女装の美男子と男装の美女が対置される物語は、きわめて様式的ですね。
 3巻で一番感銘を受けたのは、三浦哲朗の「楕円形の故郷」です。
 田舎から出てきた孤独な青年が、一緒に郷里を出た娘に執着しているという発端で始まる作品。青年が神経を病んでいくというサイコスリラーかと思いきや、途中で盆栽が出てくるあたりから、趣を変えてくるところが面白いですね。
 ミニチュアに入り込んでしまうという発想は前例がありますが、結末のイメージの鮮烈さは比類がありません。この作品だけでも、この本を買った価値があると思えるような作品でした。

 やはり日本の怪奇小説を網羅するという意味では、三巻ではとうてい足りなくて、もっと続きを読みたい!と思わせてくれる良アンソロジーでした。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

奇想・幻想短篇集さまざま
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レオン・ブロワ『薄気味わるい話』(田辺保訳 国書刊行会)
 フランスの作家、レオン・ブロワ(1846-1917)のブラック・ユーモアに満ちた短篇集です。収録作品はどれも短いものながら、人間に対する強烈な呪詛と悪意に満ちています。

 告悔室で自分の母親が煎じ薬に毒を入れたことを知る息子の話「煎じ薬」、利己主義の娘が父親をあっさりと見捨てる「うちの年寄り」、吝嗇な老人が実は何百もの貧しい家族を養っていたことがわかる「ブルール氏の信仰」、外の世界に出ようとするが決して出られない夫婦を描くカフカ的な作品「ロンジュモーの囚人たち」、すべてを同じくするという結社を結成した四人組の一人が恋をしたことから始まる悪夢的短編「陳腐な思いつき」、死んだと思っていた姉が売春婦となってあらわれる「あんたの欲しいことはなんでも」など。

 どれもブラックユーモアと呼ぶにもあまりにも悪意に満ちた作品ばかりです。ブルジョワや貴族など、一部の階級や人間を軽蔑しているというよりも、人間全体を憎悪しているといわんばかりの悪罵が頻出します。
 例えば「ブルール氏の信仰」。けちだと思われていた老人が実は慈善家だったという話なのですが、老人にほどこしを受けていた人間も老人を見下し軽蔑し、そして当の老人自体も著者から軽蔑されているのです。誰一人、著者の悪意を受けないものはないという強烈な一篇。

 作品中に現れる「罵倒語」も、おそらく控えめに訳してあるのでしょう。原文の味わいはかなり強烈なものであることが窺えます。ブロワの作品は、言葉通りの意味で、まさに「残酷物語」。ただそのあまりの身も蓋もなさは、読者を選ぶかもしれません。



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H・C・アルトマン『サセックスのフランケンシュタイン』(種村季弘訳 河出書房新社)
 H・C・アルトマン(1921-2000)はオーストリアの作家。『サセックスのフランケンシュタイン』は、幻想的な要素の強いパロディ小説集です。

 表題作「サセックスのフランケンシュタイン」は、アリスがフランケンシュタインの花嫁にされようとするが果たせず、メアリ・シェリー自身が花嫁になってしまうというナンセンス・ストーリーです。表題作以外の作品は全て、ショート・ショートといってよいぐらいの短い掌編からなっていますね。

 マリー・セレスト号事件を思わせる船客蒸発事件を描く「解けない謎」、上半身のない二本の足だけを見つけた兵士の奇妙な体験「踊り手」、難破船の遭難者を殺して金品を奪った男の悲惨な結末「異常な疫病神」、人肉食者たちの飛行船に乗り込んでしまった記者の運命を描く「危険な冒険」など。

 「コンラッド・トレゲラスの冒険」という、ラヴクラフトのパロディ小説も入っています。あまりにもナンセンスで意味のとりがたい作品もままあるのですが、大部分は奇妙な味のショート・ショートとして楽しめる作品です。

 パロディではありながら、実際に出典元がはっきりしない作品もあるのですが、知らなくても十分楽しめる作品集になっています。全体的にホラーやスリラー、冒険物語といった、大衆小説的な技法を用いていて、そのB級感、安っぽさを逆手にとった作品に才気を感じさせますね。



小型哺乳類館
トマス・ピアース『小型哺乳類館』(早川書房)
 あり得ない状況や奇想を扱いながらも、読後感は限りなく普通小説に近い…という面白い味わいの短篇集です。

 息子から再生された小型マンモスを預けられた母親の困惑を描く「シャーリー・テンプル三号」、恋人が夢の中で結婚している相手に嫉妬を抱き、その相手が実在するのではと疑う男を描く「実在のアラン・ガス」、気球ツアー会社を経営する女性と風変わりな客とのやりとりを描く「おひとりさま熱気球飛行ツアー」、細菌により死亡した弟の遺体が細菌兵器扱いされ、弟の遺体の返還に執着する兄の物語「追ってご連絡差し上げます」などが面白いです。

 明確なオチがある作品はほとんどなく、風変わりな状況に落ち込んだ一般人の人生の断面を切り取る…といった感じの作品が多いですね。全体に妙なユーモアがあり、読み心地は悪くありません。
 紹介文やあらすじから《異色作家短篇集》みたいな作品を期待する人もいると思うのですが、そういう味わいとはちょっと違うので、好き嫌いが分かれる短篇集かもしれません。



夜更けのエントロピー (奇想コレクション)
ダン・シモンズ『夜更けのエントロピー』(嶋田洋一訳 河出書房新社)
 ホラー味の強い短篇を集めた作品集です。どの短篇にも頻出するモチーフがあり、具体的には、吸血鬼、ゾンビ、エイズ、ベトナム戦争、教師などのモチーフがそれ。

 題材的に新鮮味はあまりないのですが、その使い方が、どれも意表をついていて上手いのが特徴です。とくに驚かされるのは「最後のクラス写真」。ゾンビになってしまった子供たちを、なお教えようとする女教師の孤独な戦いを描いたこの作品には、力強いものがありますね。

 一番面白かったのは、表題作「夜更けのエントロピー」です。保険調査員の主人公は、偶然起こる不思議な事故の情報をファイルにまとめています。その事故の事例を挙げるのと並行して、主人公の息子が死んだ顛末が語られます。そして、娘にもいつ何が起こるかわからないという不安…。
 ほんのちょっとした出来事が運命の分かれ目になる。それが起こったあと、人がなぜそうなったのかを納得できず、不条理に苛まれる。そんな人間の根元的な不安をうまく描いている作品です。ある意味、普通小説に近い作品なのですが、ジャンル小説中心の短篇集の中では、逆に意外性がありますね。



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マーティン・H・グリーンバーグほか編『ゴーサム・カフェで昼食を』(白石朗ほか訳 扶桑社ミステリー)
 「異常な愛」をテーマにした書き下ろしホラーアンソロジー。テーマがテーマだけに、超自然的な要素は少なく、「サイコ」的なテーマの作品が多いですね。以下面白かった作品を紹介します。

マイケル・オドナヒュー「サイコ」
 精神病者の狂気じみた行動を脚本形式で描く作品。脚本形式にしたことにより、サイコ的人物の心理が直接描写されず、その行動だけを坦々と追っていくのが効果を出しています。解釈が分かれそうな結末も面白いですね。

ベイジル・コッパー「きらめく刃の輝き」
 ベルリンの下宿に突然現れた謎の下宿人を描く作品。「わたし」という一人称で語られながら、男性であること以外、素性は全く明かされません。殺人を繰り返していることが暗示されるが実際の行為は直接描写されないという、技巧的な短編です。

ロバート・ワインバーグ「ロー・バーグ」
 妻と二人、平凡な生活を送る男性のもとに、クレジット会社から名前を間違えて送られてきたクレジットカード。そのカードを使っているうちに、男は別の人格になり切るようになります。弟と妻の浮気を知ったとき、もう一人の人格は何をするつもりなのか…?
 発端のつかみの上手さを始め、語り口がうまいので、ストーリーの展開がある程度予想できるにもかかわらず最後まで読ませられてしまいます。二重人格テーマの佳品。

リチャード・レイモン「湖の乙女」
 小心者の「ぼく」は、プレイボーイのクラスメイトたちに誘われて湖に行きます。そこには「ぼく」に熱をあげている女の子が待っているというのです。しかし湖には、殺された乙女の霊が出るといううわさがありました。
 ためらっている「ぼく」の前に、向こう岸の女の子が見えます。「ぼく」は島まで泳いでいけるのか…。
 いたずらとしか思えない誘いにのる「ぼく」はどうかしているのではないかと思ってしまうのですが、強烈なひっくり返しが待っています。飄々とした語り口が喜劇的な雰囲気をかもしだす怪作。

エド・ゴーマン「すべての終わり」
 冴えない中年男性の「私」は、事故をきっかけに整形手術を受けます。容姿に自信をもつようになった「私」は、昔憧れていた女性に会いに行きます。女性は相変わらず魅力的でしたが、夫とはうまくいっていないらしいのです。
 しかも、美しい実の娘に対して異常な嫉妬を燃やしているのです。「私」は娘の方に惹かれていきますが、ある日女性の夫が殺され、娘は暴行を受けて障害者になってしまいます。犯行は嫉妬に燃えた女性の犯行なのか…?
 娘と「私」との感動的なラブストーリーになると思いきや、狂気じみた女性の行動がすべてを覆いつくしてしまいます。独占欲が肥大した女性のキャラクターが強烈で、集中随一の力作といっていいのではないでしょうか。

 収録作は玉石混交ではあるのですが、面白い作品も多数です。特にエド・ゴーマン作品の出来が素晴らしく、この短篇を読むためだけに本を買ってもいいのではないでしょうか。



首ざぶとん (角川ホラー文庫)
朱雀門出『首ざぶとん』(角川ホラー文庫)
 華道教室に通うまりかは、母親の代りに先生を務めることになった龍彦に惹かれつつありました。彼の趣味は怪談蒐集であり、蒐集を手伝ううちに、まりかは異様な怪異現象に巻き込まれていくことになります…。

 いわゆる「ゴースト・ハンターもの」といっていい作品なのですが、登場する怪異現象が、非常に風変わりで不条理なところがユニーク。そこはかとなく感じられるブラック・ユーモアも魅力的な作品です。
 4篇を収録する連作短篇ですが、最初の2篇「首ざぶとん」「トモダチ」が特に面白いです。

 「首ざぶとん」は、古来から入ってはいけないといわれていた洞穴に入り出られなくなった、まりかと龍彦の脱出行を描く作品。脱出のルールが民話を思わせる不条理なもので、非常に不気味です。

 「トモダチ」は、電話をする友人同士の通話に突然乱入してくる声の怪異を描いた作品。その声は質問をし、答え方によっては、その人間を全く他人のいない孤独な世界に送り込んでしまうのです。これは相当怖いです。

 怪異に詳しい龍彦も、あくまで少し「詳しい」だけで、本格的な怪異現象に対してはそれほど打つ手がない…というレベルであるのが、逆に怪異の不可思議さを感じさせて、ほど良いポジションだと思います。この本だけで完結しているシリーズのようですが、続きを読んでみたい作品ですね。

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生き残ったのは誰?  ガイ・バート『体験のあと』
体験のあと
 ガイ・バート『体験のあと』(矢野浩三郎訳 集英社)は作者が18歳の時に書かれたというデビュー長篇です。

 アワ・グローリアス校の5人の生徒は、面白半分に、校舎の片隅の使われていない地下室に食料を持って閉じこもろうという計画を実行します。計画の立案者は、表面は優等生ながら徹底した反逆児のマーティンでした。
 学校側にも親にも秘密で行われた計画は、三日後にマーティンによって扉が開かれて終わるはずでしたが、約束の期日になってもマーティンは現れません。段々と食料も減るなか、仲間同士での争いが起き始めます…。

 閉鎖的な空間に閉じ込められた学生たちを描くサイコ・スリラー作品です。閉じ込められた5人の学生たちが、仲間同士で反目を続けることになる…という展開なのですが、閉じ込められた原因がマーティンという人物であることが明確であるため、反目は起きながらも疑心暗鬼という形にはならないのが特徴です。

 食料が足りなくなることを始め、様々な障害が次々に起きるのですが、その全てがマーティンのせいだとするには不自然な点も出てきます。この計画は本当にマーティン一人のものなのか? 彼の意図はいったい何なのか?

 作品自体が、事件を描写する三人称部分、5人の一人リズの一人称による手記、マーティンのガールフレンドだったリサ(閉じ込められてはいない人物)の告白、の3つに分かれています。
 読んでいるうちに、事件の推移に不自然な点があること、語りにどこか拙さがあること、などに気がつきますが、これらが伏線になり、意外な結末に結びついていきます。この事件の真相はいったいどうなっているのか? 彼らは無事に生還できたのか?

 いわゆる「信頼できない語り手」に属する作品ですが、それをさらにひねっており、読者は自分で真相を再構成しなければならないようになっています。序盤の展開は多少ぎこちないのですが、この「ぎこちなさ」が計算されている可能性があり、そうだとすると、かなり技巧的な作品だと言えますね。
日常と異界  澤村伊智『ひとんち 澤村伊智短編集』
ひとんち 澤村伊智短編集
 澤村伊智『ひとんち 澤村伊智短編集』(光文社)は、比嘉姉妹シリーズで知られる著者のノンシリーズのホラー短篇集です。収録作はそれぞれ工夫が凝らされた作品揃いで、非常に面白く読めます。

「ひとんち」
 学生時代のバイト仲間で現在は主婦である香織の家に、共通の友人とともに遊びに来ることになった歩美。話をしている内に、家によって独自のルールがあることに話が及びますが…。
 普通の友人だと思っていた存在が実は…という、身近な人間の恐ろしさを語るホラー作品。自分は当たり前だと思っていることが他人から見るとおかしい…という気づきを上手く作品化していて秀逸です。

「夢の行き先」
 小学五年生のあるクラス内で同じ悪夢を見る子供たちが続出します。それは奇怪な老婆に追いかけられる夢でした。子供同士で話し合った結果、その夢は3日ごとに子供たちの間を移動していることがわかりますが…。
 移動する悪夢を描いた作品です。得体の知れない現象に独自のルールがあることが判明していく過程はサスペンスフル。アイディアが非常に面白い作品です。

「闇の花園」
 クラスメイトともろくに口を聞かない黒ずくめの少女、沙汰菜を心配した教師の吉富は、彼女の母親が異常者であり、娘は母親に洗脳されているのではないかと疑います…。
 妄想に憑かれたかに見えた人間が実は…という、ある意味ベタな怪奇作品。ストレートなオカルトネタが楽しい作品です。

「ありふれた映像」
 スーパーでパートとして働く主婦の「わたし」は、ある日スーパーで流れる販促映像に奇妙な死体のようなものが写っているのに気がつきます。その映像を撮った監督は行方知れずになっているというのです。ひょんなことから新しい販促映像に「わたし」は出演することになりますが…。
 映像に異様なものが映り込んでしまう…という作品。映像そのものも、それを撮った人間の目的や因果関係もはっきりせず、不条理度の高い作品になっています。

「宮本くんの手」
 出版社で働く澤田は、同僚である宮本の手が荒れてぼろぼろになっているのに気がつきます。手の荒れはやがてエスカレートしていきますが…。
 ぼろぼろになった手は何かの前兆なのか? 奇妙な味の作品です。

「シュマシラ」
 食玩を集めていた「私」は熱心なコレクター、柳の訪問を受けます。彼はある食玩シリーズに含まれていた「シュマシラ」なる存在を調べているというのです。それらの話を聞いた「私」の同僚でオカルト好きの川勝は、独自に「シュマシラ」を調査している過程で失踪してしまいます。
 柳と共に川勝の跡を追った「私」はある動物園にたどり着きますが…。
 謎の妖怪を求める内に異界へと紛れ込んでしまうというホラー作品。異界の描写は得体が知れなくてかなり怖いです。

「死神」
 ある日友人の日岡からペットを預かってほしいと頼まれた植松は、鉢植えと昆虫飼育ケース、水槽とハムスターなどを預かります。しかし預かったペットは次々と死んでしまい、それに伴って語り手には記憶が飛んでしまうという不思議な現象が起こり始めます。
 日岡と以前付き合っていたという女の話では、友人はペットなど飼っていなかったというのですが…。
 水槽に潜んでいるのは何なのか? 怪物の正体を終始明かさないところが怖いですね。謎の怪物、記憶とアイデンティティー、そして「不幸の手紙」。多様なテーマをミックスしたユニークな作品です。

「じぶんち」
 スキー合宿から帰ってきた卓也は、自宅に家族がいないことに気づきます。不安にかられた卓也は父親に電話をしますが、父親は異様な反応を示したために電話を切ってしまいます。やがて卓也は部屋の中の不自然さに気付きますが…。
 SF的なテーマの恐怖小説です。一体何が起こっているのか、なかなかはっきりしないのですが、異様な不安感があります。「怖さ」では集中でも一番なのではないでしょうか。少年が急にひとりぼっちになってしまう怖さと淋しさとがよく出ていますね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。
twitterアカウントは@kimyonasekai



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