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怪奇幻想読書倶楽部 第21回読書会 参加者募集です
言葉人形 (ジェフリー・フォード短篇傑作選) (海外文学セレクション)
 2019年4月28日(日曜日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第21回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp


開催日:2019年4月28日(日曜日)
開 始:午後13:30
終 了:午後17:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ
参加費:2000円(予定)
テーマ
第一部:課題図書 ジェフリー・フォード『言葉人形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』(谷垣暁美訳 東京創元社)
第二部:私の積読リスト

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。

 第一部は、日本でも『白い果実』三部作や『シャルビューク夫人の肖像』などで知られるアメリカの幻想小説家ジェフリー・フォードの短篇集『言葉人形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』を取り上げたいと思います。
 短篇一つ一つの密度が濃く、現代の幻想小説のショーケースと言っても良い短篇集です。フォードの短篇の魅力について話していきたいと思います。

 第二部のテーマは「私の積読リスト」。参加者それぞれの積読になっている本のリストを挙げてもらい、それらについて話していこうという企画です。
 読もうと思いながら長年積んでしまっている本、これを機会に読んでみたいと思っている本、積読している内にシリーズがたまってしまった本など、様々な積読本を挙げていただけると嬉しいです(積読が全くない…という人はそれはそれで構いません)。
 特に怪奇幻想ジャンルに限定しなくても結構ですので、どしどしタイトルを挙げてください。
 事前にメールにてそれぞれリストを出してもらい、主催者の方で紙にまとめたいと思います。

※2019.04.13追記 定員に達しましたので、募集は締切とさせていただきたいと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

海外長篇ホラー小説を読む

愛人関係
リチャード・マシスン『愛人関係』(久保沢忠晃訳 平安書店)

 離婚歴のある魅力的な女性ペギーに惹かれたデイヴィッドは、彼女と結婚しようと考えますが、彼女には既にパトロンがいました。しかも、彼女は離婚したのではなく、夫を殺害したというのです…。

 マシスン初期のノワール作品の一つです。少しエキセントリックながらも魅力的なペギーが、性的なトラウマを持っており、精神的にバランスを崩していることが判明していきます。やがて彼女に言い寄った男や周辺の人間が次々と殺害されます。彼女を愛する主人公は、犯人は彼女のパトロンではないかと疑います。
 次々と嘘をつき意見を翻すペギーに、彼女を愛する主人公も疑問を抱くようになっていくのが読みどころです。彼女のパトロンであり主人公の旧友でもある人物が主要な登場人物として登場しますが、この男も嘘を繰り返すので、真実がだんだんとぼやけていくのです。
 奇矯な登場人物たち、不安定な人間関係、結末はなかなか衝撃的で、今読んでも充分に面白いサイコ・スリラーだと思います。



奇術師の密室 (扶桑社ミステリー)
リチャード・マシスン『奇術師の密室』(本間有訳 扶桑社ミステリー)

 奇術師が、不倫をしている妻とマネージャーへの復讐のために大掛かりな奇術を仕掛けるというサスペンス・ホラーです。植物状態になった奇術師の父親が語り手をつとめるという、凝った構成になっています。
 全編どんでん返しの嵐です。主人公や復讐相手が死んだと思ったら死んでなかったり、ある人物がその人物当人でなかったり、真実が何度も逆転していきます。余りにひっくり返しが多いので、結末がどうなってもあまり驚かないという弱点はありますが、エンタメとしては素晴らしい作品だと思います。
 警官の前で、奇術師が奇術を行ったりと芝居臭い場面もあるのですが、それさえも後半の伏線になっているのが凄いです。登場人物は数人、舞台も密室劇といっていいのですが、植物状態の父親が語り手=観客になっていて、作品全体が壮大な「イリュージョン」になっているのには感心しました。



アースバウンド ―地縛霊― (ハヤカワ文庫NV)
リチャード・マシスン『アースバウンド ―地縛霊―』(尾之上浩司訳 ハヤカワ文庫NV)

 夫の不倫のために壊れかかった夫婦関係を修復しようと、かつてハネムーンで訪れたローガンビーチに別荘を借りたクーパー夫妻。しかし、妻のエレンはその家に異様なものを感じていました。。夫のデイヴィッドは、エレンの外出中に突然訪ねて来た美女マリアンナと知り合いになりますが、彼女は露骨な誘惑をデイヴィッドに対して仕掛けてきます…。

 エロティックな要素の濃いゴースト・ストーリーなのですが、それがただの味付けではなくて、テーマにしっかり結びついています。表面上は異なって見えますが、同じくマシスンの代表的な長篇『地獄の家』と通底する要素もあります。読み終わって思い返すと評価の上がるタイプの作品ですね。



闇の王国 (ハヤカワ文庫NV)
リチャード・マシスン『闇の王国』(尾之上浩司訳 ハヤカワ文庫NV)

 戦友の言葉に導かれ、彼の故郷に足を踏み入れた語り手が出会ったのは、妖精と魔法の世界でした…。
 マシスンの自伝的な要素の濃いダークファンタジーです。魔女や魔法、妖精などファンタジー要素が多く登場しますが、それらが妙に「肉体的」に現れるという、これまた官能的要素が強い作品です。



縮みゆく男 (扶桑社ミステリー)
リチャード・マシスン『縮みゆく男』(本間有訳 扶桑社ミステリー)

 体に浴びたスコールと殺虫剤の影響で、成人男性スコット・ケアリーは体が1日に1/8インチずつ縮んでいくという不思議な現象に見舞われます。やがては妻や娘との間にも溝ができていきます。ひょんなことから家の外に出されてしまったスコットは、地下室に潜り込み、生きるために過酷な活動を始めることになりますが…。

 縮んでしまった男の物理的な困難だけでなく、それ以上に精神的な困難が描かれます。小さくなることによって妻や娘との間に心理的な距離を感じるようになっていくのです。特に幼い娘は、体が小さくなった主人公を父親と見なさなくなるなど、人間として、男として、尊厳が損なわれていく過程が細かく描かれていくのが読みどころ。読んでいてつらい部分もありますが、それらの描写があるがゆえに、結末が輝いているといえる面もありますね。

 映画版(1957年 アメリカ ジャック・アーノルド監督)もあり、こちらも傑作です。映画版では、小さくなることの葛藤や孤独感よりも、どちらかと言うと物理的に小さくなってしまった後のサバイバルに重点が置かれている感じです。1950年代の映画なので、特撮は多少粗いのですが、それを差し引いても、非常に面白い作品です。
 地下室に潜んでいるクモとの戦いは手に汗握りますが、圧巻はなんといっても、はるか上の棚の上にある食料を手にするために、針や糸、マッチなど周りの道具をさまざまに工夫して棚を登っていく部分。棚を登るだけで、こんなにサスペンスが生まれるとは驚きです。



ブラジルから来た少年 (ハヤカワ文庫 NV 286)
アイラ・レヴィン『ブラジルから来た少年』(小倉多加志訳 ハヤカワ文庫NV)

 南米に隠れ住むナチスの残党たちが密かに会合を開きます。悪魔的な頭脳の持ち主メンゲレ博士は、彼らにある指令を与えます。その内容は、二年間の間に、世界中に散らばる65歳の男94人を殺すこと。しかも殺す日付は限定されており、ターゲットの家族を巻き込んではいけないというのです。
 ナチスの戦犯を追い続けるユダヤ人組織の長リーベルマンは、メンゲレの計画を偶然知り、その真意を調べようとしますが…。

 ナチスの残党たちが進める謎の大量殺人計画。計画の全容は、メンゲレの部下たちにも知らされないまま、殺害計画はどんどんと実行されていきます。この何が起きているのかわからないが壮大な計画が動いている…という流れには、ワクワク感が充満していて楽しいですね。
 後半には、宿敵同士ともいえるリーベルマンとメンゲレの直接対決もあり、こちらも目が離せません。

 この作品、いわゆる「トンデモ系」なのですが、作者レヴィンの筆力もあり荒唐無稽さはあまり感じません。
 メインのアイディアを知らずに読むのが一番楽しめると思いますが、映画化作品などの影響もあり、けっこうネタが世間に流布してしまっているのですよね。
 ただ、メインアイディアを差し引いても、実に達者に描かれたサスペンス作品です。僕はメインアイディアを知った状態で読んだのですが、それでも十分に楽しめました。



廃墟ホテル (ランダムハウス講談社文庫)
デイヴィッド・マレル『廃墟ホテル』(山本光伸訳 ランダムハウス講談社文庫)

 新聞記者フランク・バレンジャーは、コンクリン教授の都市探検者グループとともに、閉鎖されたホテルに忍び込みます。そのホテルは、血友病だった大富豪カーライルが自分の城として建てたものでした。一行は、閉鎖されたときのままになっている部屋を発見します。
 驚くべきことに、カーライルは殺人や虐待といった悲劇の跡までもそのままに保存していたのです…。

 廃墟となったホテルを舞台にしたという、魅力的なシチュエーションの物語です。閉鎖されたホテル、異常な嗜好を持つ大富豪、行方不明になった客、突然変異を起こした猫など、前半の雰囲気は非常に魅力的。
 いかにも幽霊でも出そうな超自然的な雰囲気を醸成しておいて、単なるホラーにならないところがまた面白いですね。過去に傷を負った主人公が、一連の出来事を通して過去を乗り越えるという、ある種ステレオタイプな設定ではあるのですが、筆者の筆は達者で後味は悪くありません。
 ちょっと理に落ちすぎるところもあり、怪奇幻想ものとしてはその辺が少々物足りないのですが、作品前半の廃墟ホテルの雰囲気は素晴らしいです。


キングズリイ・エイミス『グリーン・マン』(ハヤカワノヴェルズ)

 イングランドの片田舎で旅館を営む初老の男モーリスは、たびたび幽霊らしき女や不思議な幻覚を見るようになります。17世紀にその場所では、アンダーヒル博士なる人物が不道徳な行為に耽り、妻を殺したという伝説がありました。
 アンダーヒル博士の生涯に関心を持ったモーリスは、彼の書簡が保管されているというケンブリッジに向かいますが…。

 1969年発表の恐怖小説です。「恐怖小説」とはいうものの、全体に冗談なのか真面目なのかわからない展開と描写の多い作品で、パロディ風怪奇小説といった方がいいかもしれません。
 メインのあらすじだけ抜き出すと上記のような話になるのですが、実は話はこうすんなり進みません。主人公モーリスが女狂いの人物で、妻とは別に友人の妻と浮気をしており、そのあたりの描写がえんえんと続くのです。物語が本格的に動き出すのが、270ページ中、200ページを過ぎたあたりから。
 話が動き出してからの展開は奇想天外で、伝統的な幽霊物語というよりは、ほとんどSFの域に達しています。超自然現象や怪物も登場するのですが、どこか戯画化された風があって、正統派のホラーファンは眉をひそめるかも。ジャンルはともかく「おかしな奇想小説」としてはユニークな作品といえますね。


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モーリス・ポンス『マドモワゼルB』(早川書房 1976年)
 郊外の村に住む作家ポンスの周りで、事故死や自殺などの事件が相次ぎます。死者たちに共通していたのは、謎の女性マドモワゼルBとの関わりでした。彼女は一体何者なのか?

 曖昧さを極限まで突き詰めたような恐怖小説です。最後まで、事件とマドモワゼルBとの明確な因果関係ははっきりしません。彼女が何者なのかはわからず、最後にはその存在さえ曖昧になっていくのです。幽霊なのか、精神的な吸血鬼なのか? じっくり読まないと、何が起こっているかすら曖昧になっていくという、朦朧とした幻想小説でした。

 作家の小泉喜美子はこの作品が好きだったらしく、エッセイ「ミステリーひねくれベスト10」『殺さずにはいられない』中公文庫 収録)でも取り上げられています。
 小泉喜美子はこの作品を「吸血鬼もの」として読んでいるみたいですね。そういえば、小泉喜美子の吸血鬼もの長篇『血の季節』(最近復刊されてますね)って、『マドモワゼルB』に雰囲気が似ているような気がします。もしかして影響関係があるのかもしれません。

 『マドモワゼルB』、もやもやした話なので、他の人の解釈が知りたいと思って調べてみました。マルセル・シュネデール『フランス幻想文学史』に、モーリス・ポンスの項目があって、わずかな分量ですが該当作品も取り上げられていました。やっぱり「吸血鬼」テーマと見なされているみたいです。
 『フランス幻想文学史』には、ポンスの他の作品もいくつか紹介されていますが、いちばん気になるのが『ローザ』という作品。シュネデールの紹介文を引用してみましょう。
「豊満で気前のいいアルザス女のローザは、将校だろうと兵卒だろうと、彼女と夜を共にする軍人を消滅させてしまうという奇異な能力を持っている。ただし誰彼の見境なく全員を消すというのではなく、ただ不幸な人間だけである。」すごくファンタスティックな話みたいですね。これは読んでみたいです。



人形の目 (ハヤカワ文庫NV)
バリ・ウッド『人形の目』(伏見威蕃訳 ハヤカワ文庫NV)

 ある人間の体や持ち物に触れるだけで、その人間の過去や未来を透視することのできる能力を持つ女性イヴ。この能力は、一族の女性に伝わっていましたが、イヴの母親や祖母を始め、能力者の女性たちは不幸な生涯を送っていました。
 イヴの夫もまた、イヴの能力が引き起こす結果に耐えきれず、行方をくらましていました。夫の行方を知ったイヴは、彼の別宅を訪れますが、そこでふと触れたブランコから殺人現場を透視してしまいます。犯人は女性のみを狙った猟奇的な殺人を繰り返していたのです。
 警察に通報したものの、成り行きから自らの能力を示したイヴは、刑事から協力を要請されます。しかしそれがきっかけとなり、犯人から狙われることになってしまいます…。

 超能力を持つ女性を主人公にしたサイコ・サスペンス小説です。その能力とは、体や持ち物に触ると、その人間の過去や未来を透視できるという、いわゆる「サイコメトリー」能力。この能力がかなりすごくて、見えるのは単なる情景ではなく、その人物の履歴やその時の心情までわかってしまいます。
 また未来に関しても、何が起きるか明確にわかるという、ほぼ予知といっていい能力なのです。超能力を多用すれば、事態をどんどん打開できそうに見えますが、イヴはあえて能力を使おうとはしません。
 過去にその能力ゆえに母親や祖母が不幸になっているのを見たり、自らも人間関係に軋轢をきたしているという経験から、極力、能力を使わないのです。それもあって、イヴはまんまと犯人に追い詰められてしまいます…。

 犯人に関しては、序盤で正体が明かされてしまうので、犯人探しの楽しみはありませんが、この犯人の心理描写はなかなか読み応えがあります。何をやっても感情が動かないため、自らの感情を確かめるために殺人を繰り返しているのです。
 自らの生い立ちに何か原因があるのではないかと疑う犯人は、イヴの能力を利用して、自分の過去を探らせようと考えます。

 主人公のパート、犯人のパート、捜査を続ける刑事のパートが交互に描かれ、場面転換もスピーディなので、なかなか飽きさせません。
 終盤では、殺人者の生い立ちの秘密も明かされるなど、主人公側・犯人側ともに読み所があります。サスペンス・ホラーの秀作といえますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

魔物の出る夜  秋竹サラダ『祭火小夜の後悔』
祭火小夜の後悔
 秋竹サラダ『祭火小夜の後悔』(KADOKAWA)は、怪異現象に詳しい女子高校生、祭火小夜(まつりび・さや)の周囲で起こる怪事件を描いた連作短篇集です。

 第1話「床下に潜む」は、数学教師の坂口が、旧校舎で床板をひっくり返す怪異現象に遭遇するという物語。第2話「にじり寄る」は、男子高校生の浅井が毎夜、巨大な虫の霊のようなものに憑かれるという話。第3話「しげとら」は、幼いころに「しげとら」なる人外らしき存在と取引をしてしまった少女糸川葵が、彼の取立てから逃げようとする物語です。
 それぞれのエピソードの主人公たちは、祭火小夜から怪異についての情報や協力を得て、事件を解決したり難を逃れたりします。
 最終話「祭りの夜に」では、3人が彼女に協力することになります。祭りの夜に「魔物」が出現し、小夜の兄の命を狙うというのです。兄の囮になるために、4人は車で「魔物」を引きつけながら逃げ続けなければならないというのですが…。

 いわゆる「ゴーストハンター」的な題材を扱った作品なのですが、主人公、祭火小夜がそれほど「濃い」キャラクターになっていないのが、逆に斬新です。それぞれのエピソードの「アドバイザー」「介助者」的なポジションになっているため、事件そのものがクローズアップされるような形になっています。

 怪異現象そのものにはそれほど目新しさはないのですが、それぞれミスディレクション的な仕掛けがされているのと、「解決法」に工夫がされているのが面白いところですね。その点特に面白いのが、三話の「しげとら」
 人間の前に突如現れ、望むとおりの願いを叶えるという「しげとら」。願いを叶えた人間のもとに、十年後に取り立てにくるというのです。しかも三年後と七年後、契約を忘れないようにそれぞれ姿を現すといいます。
 この「しげとら」、確認に来る際にそのままの姿で現れるのではなく、誰か別の人間の姿を借りて現れるというのが特徴で、どんなに用心していても、不意打ちのような姿で現れるのが怖いです。親友や身内の姿で現れる可能性さえあるのです。神出鬼没の怪人から逃れる手段はあるのでしょうか?

 三話目にかなりインパクトがあるため、最終話が少しかすんでしまっている印象がないでもないのですが、こちらはこちらでなかなか面白いです。
 最終話では仲間とともに「魔物」から逃げ続けるという指示を出す祭火小夜ですが、詳しい話は明かしてくれません。「魔物」とはいったい何なのか?なぜ小夜の兄は狙われるのか…?
 小夜とその家族の過去も徐々に明かされていきます。小夜の兄を助けるだけでなく、過去をやり直す手段にもなることに気付いた坂口の取った手段とは…? 小夜の「後悔」とはいったい何なのか?
 結末に至っても「謎」は残るのですが、このあたりは続編が書かれれば、そこで明かされるのかもしれませんね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

4月の気になる新刊
4月3日刊 S・J・モーデン『火星無期懲役』(ハヤカワ文庫SF 予価1080円)
4月5日刊 ヨアブ・ブルーム『偶然仕掛け人』(集英社 予価2268円)
4月9日刊 アリソン・マクラウド『すべての愛しい幽霊たち』(東京創元社 予価2376円)
4月9日刊 ソフィア・サマター『翼ある歴史 図書館島異聞』(東京創元社 予価3132円)
4月10日刊 ブルース・スターリング 『スキズマトリックス』(ハヤカワSF文庫)<丸善ジュンク堂限定復刊>
4月10日刊 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア 『故郷から10000光年』 (ハヤカワSF文庫)<丸善ジュンク堂限定復刊>
4月16日刊 ビアンカ・ベロヴァー『湖』(河出書房新社 予価2484円)
4月18日刊 クリスティーナ・ダルチャー『声の物語』(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 予価1944円)
4月24日刊 江戸川乱歩編『世界推理短編傑作集5』(創元推理文庫 予価1037円)
4月22日刊 エラリー・クイーン『Xの悲劇 新訳版』(創元推理文庫 予価1037円)


 ヨアブ・ブルーム『偶然仕掛け人』は、ジョナサン・キャロルが絶賛したという作品でちょっと気になりますね。
 「指令に基づき、偶然の出来事が自然に引き起こされるよう暗躍する秘密の存在--それが「偶然仕掛け人」。新米偶然仕掛け人のガイは、同期生のエミリー、エリックと共に日々業務をこなしていた。しかし、ある日何とも困惑する指令が届く……。」という話だそうです。

 クリスティーナ・ダルチャー『声の物語』はディストピアSF作品とのこと。「近未来アメリカ、すべての女性は一日100語以上喋ることを禁じられた。その中で怒りを抱えながら夫と子供たちと暮らす認知言語学者のジーンの生活に、ある日転機が訪れる。」
 これはユニークな設定で面白そうです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第20回読書会 開催しました
ペガーナの神々 (ハヤカワ文庫FT) 二壜の調味料 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
 3月24日の日曜日、JR巣鴨駅前のカフェにて「怪奇幻想読書倶楽部 第20回読書会」を開催しました。

 今回のテーマは「ダンセイニの幻想と奇想」として、ロード・ダンセイニの作品集『ペガーナの神々』(荒俣宏訳 ハヤカワ文庫FT)と『二壜の調味料』(小林晋訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)を取り上げました。
 創作神話作品の嚆矢である神秘的なファンタジー『ペガーナの神々』、ユーモアあふれるミステリ作品・<奇妙な味>の作品を集めた『二壜の調味料』、年代的にもそれぞれ初期と後期の代表的な作品であり、ダンセイニの作風の幅広さを実感するという意味でも面白いセレクションになったかと思います。

 今回は、ダンセイニ研究誌『ペガーナロスト』に関わる、未谷おとさんと小野塚力さんにご参加いただいたこともあり、専門的な話を聞くこともできました。合わせてダンセイニの直筆書や原書の紹介、ダンセイニ関連同人誌の販売コーナーなどもあり、非常に和やかかつ楽しい会になりました。

 当日の会の詳細について、ご報告したいと思います。

 今回も、参加者全員のプロフィールをまとめた紹介チラシを作りました。チラシをPDFにしたものを、メールにて事前に配信しています。

 それでは、以下話題になったトピックの一部を紹介していきます。


『ペガーナの神々』(荒俣宏訳 ハヤカワ文庫FT)

●マアナ=ユウド=スウシャイについて
ペガーナ神話の主神といえる存在だが、眠っているマアナが目覚めると全ての神々と世界が消えてしまうという設定がすごい。『ペガーナ』ではところどころ「夢」のモチーフが出てくるのが面白い。

●神々はそれぞれ役割を持っているが、司る内容が少しかぶっている神もいる。

●本文には「わからない」とは書いてあるのだが、実際のところ<宿命>と<偶然>の勝負はどちらが勝ったのだろうか?
<宿命>と<偶然>はゲームを繰り返しており、どちらが勝ったパターンもある?

●ペガーナ神話の整合性について
・ダンセイニは神話の整合性について意識していたのだろうか? 多少は意識していたと思う。
・エピソード間で神の振る舞いや設定に矛盾点がある箇所などもあるのだが、これに関しては、 <宿命>と<偶然>がゲームを繰り返しており、何度も世界創造が繰り替えされていると考えると納得が行く。いわゆる「別の世界線」が何度も作られているのではないか。

●「世界線」について
何度も世界が作り直されているとすると、同じ神々でも別の形で作り直されたり、そもそも別の神が生まれるのかもしれない。役割や性格も変わっている可能性がある。ペガーナの舞台そのものも不変ではないのかも。

●「時」の存在について
ペガーナ神話において、猟犬「時」の存在は重要だと思う。マアナ=ユウド=スウシャイに次ぐ重要な存在ではないか。実際に「時」に関わるエピソードは多い。

●<宿命><偶然>とマアナ=ユウド=スウシャイとの関係について
<宿命><偶然>はマアナ=ユウド=スウシャイとはまた独立した存在?

●「南風」について
・このエピソードでは、神々を操る巨大な手が登場するが、この手は<宿命>か<偶然>のものなのだろうか? そうすると<宿命>と<偶然>は神々を含め世界をコントロールしていると解釈できるように思う。
・対して、マアナ=ユウド=スウシャイは基本的に世界に対しては何もしない存在。

●『聖書』の影響について
細かい説明が省かれているなど、ダンセイニの筆致は『聖書』に似ているところがある。

●北欧神話の影響について
神々が滅んだり、はかない存在であるというのは北欧神話の影響があるのでは。

●ダンセイニの神々について
ダンセイニの描く神々は力はあるものの不変ではない、神自身も冷たいし、それを描くダンセイの視点も冷徹な感じがする。

●「ムングの行ない」について
このエピソード中、出会った人間に対してムングがまた別の世界が生まれたときに、また違った運命をたどるだろうというような意味合いのことを言っている。

●スカアルについて
マアナ=ユウド=スウシャイが目覚めないように太鼓をたたき続ける神。このイメージはすごくユニーク。世界が生まれ直しても、このスカアル的な存在は毎回存在するのではないか。

●彗星や月など、自然物が生まれる神話にもなっているのが面白い。彗星に関してはハレー彗星のイメージが使われている?

●ところどころで「終末的」なイメージが多用されている。シリーズ外の短篇でも都市が滅ぶ話が多い。あまり幸せな結末を迎えないことが多い。

●「たどり着けない都市」のモチーフは他の作品でも頻出する。「バブルクンドの崩壊」「カルカソンヌ」など。ちょっとカフカなども思わせる。寓話的?

●後年のユーモアあふれる読みやすい作品に比べ、『ペガーナの神々』はダンセイニ作品の中でも屹立している感が強い。これがデビュー作というのも面白い。

●『かんなぎの戀』("The Darling of the Gods")(ベラスコ&ロング)について
・ダンセイニが影響を受けたというジャポニスム演劇。
・『蝶々夫人』の原作者による間違った日本観を使った演劇作品で、作風的にはとくにダンセイニと共通するところはない。

●ダンセイニの描く作品の東洋イメージについて
正確な東洋ではなく、日本・中国・アラビアなどが混じったイメージ? 作品に登場する寺院や僧などはかなり東洋的な雰囲気が強い。

●予言者が登場するたびにムングがやってくるという繰り返しは、そこはかとないユーモアがある。ムングを呪ったばかりに死ねなくなるというエピソードは印象的。

●予言者と預言者の違いについて
荒俣訳では「予言者」、新訳では「預言者」となっている。「予言者」だと未来を言い当てる人で、「預言者」は神の言葉を預かる人との違いがある。「予言者」だと違うのではないか。

●スリッドの登場するエピソードは、どこかクトゥルー神話っぽい感じがある。

●トログウルについて
・「神でも獣でもないもののこと」に登場する。これは神なのだろうか?
・トログウルの本に書かれているのは<宿命>と<偶然>に影響されている? <宿命>の影響がある場合では本に書かれている内容は決まっていて、<偶然>の影響がある場合は本に書かれている内容が決まっていないのではないだろうか。

●人間が知るべきでない秘密を知ろうとして破滅する…というタイプの物語も多い。

●ペガーナの神々は、この世界観では拝まれるべき対象なのだろうか?

●人間はマアナ=ユウド=スウシャイの存在を知っているのだろうか? うっすら知っているような描写はある。

●世界が夢見られている…というモチーフは、「ヤン川を下る長閑な日々」にも登場する。こちらは人々が目覚めると神々が死ぬ…という物語。

●「ヤン川を下る長閑な日々」について
非常に面白い物語。三話バージョンでは、一度ロンドンに戻ったりする。空想と現実の境目が描かれていて面白い。

●ダンセイニの幻想世界は現実と地続きになっている感が強い。ロンドンのすぐ隣に「世界の果て」があったりなど融通無碍である。作品によっては電車で出かける…などという描写も。

●「海を臨むポルターニーズ」について
海と隣り合わせにありながらそちらを見ようとしない国の物語。世界が二つに分かれているという発想が面白い。

●『エルフランドの王女』『牧神の祝福』の異世界の扱いについて
『エルフランドの王女』では妖精の世界が広がっていく(上昇する)イメージだが、『牧神の祝福』では下降してくるイメージ。

●ダンセイニにおける戦争の影響
・ダンセイニは第一次大戦に従軍しており、そこから『戦争の物語』が生まれている。
・『戦争の物語』は戦意高揚的な面もありながら、幻想的な要素もある作品集。
・『二壜の調味料』でもスパイや軍事的な背景が出てくる話が多い。

●ダンセイニは戦争をどうとらえていたか? 立場的には反戦?
・自然災害みたいなものと捉えているのではないか。
・ドイツ皇帝に対しては作品内でうらみをぶつけている。
・全体に、政治そのものにはそれほど深入りしないようにしている感はある。

●『エルフランドの王女』について
・初期の様々なモチーフが相当数入れ込まれた長篇作品。
・主人公の扱いは結構ひどい。
・魔剣が魅力的。魔剣を持っているがゆえにエルフランドに近付けないというのも面白い。

●『魔法使いの弟子』について
・主人公よりも、師匠である魔法使いの方が印象が強い。結末のイメージは美しい。
・『影の谷年代記』や『エルフランドの王女』でも魔法使いは活躍している。

●「サクノスを除いては破るあたわざる堅砦」について
・ヒロイック・ファンタジー的な作品。
・登場する魔剣サクノスが魅力的。剣を磨くのが竜の目玉だというのも面白い。
・荒俣訳よりも中村融の新訳の方が正確に訳されている。例えば登場する杖の材料の木が荒俣訳では「ハリモミ」になっているが、正確には「ハシバミ」であると思われる。「ハリモミ」はそもそも日本特産の種。荒俣訳は読んだ自分の印象をそのまま訳にした印象である。

●ダンセイニは後期作品になるにつれて、空想世界から現実世界へ重心がシフトしてくる。またユーモア要素が強くなり、ジョーキンズものなど、「ほら話」的な味わいも増してくる。

●荒俣宏のダンセイニ像について
・荒俣宏が編纂した短篇集『妖精族の娘』(ちくま文庫)は良い傑作集だが、ダンセイニのある一面が強調されていて、荒俣宏のダンセイニ像が立ち上がってくる。
・どちらかと言うとシリアス路線の作品が多い。
・河出文庫版で作品を通読すると、ダンセイニの印象はかなり異なると思う。

●ダンセイニのユーモアについて
・ダンセイニ作品は初期からしてすでにユーモアの要素は現れている。例えば「こうしてプラッシュ・グーは<誰も行こうとしない国>にやってきた」などは、ナンセンス味が強い。
・「なぜ牛乳屋(ミルクマン)は夜明けに気づいたときに戦慄き震えたのか」「黒衣の邪(よこしま)な老婆」などは、物語らしい物語もなく、ある種「牛の首」にも似たリドル・ストーリー。

●『ペガーナ』神話ものの続編をなぜ書かなかったのか?
・本人には書く気があったのだが、本の成立事情により書かれずに終わった。
・ずっとシリーズを書き続けていたら、<クトゥルー神話>的な方向に向かった可能性もあるのではないだろうか。

●ダンセイニは、アイディアを非常に贅沢に使う。他の作家なら長編で展開させるようなアイディアを2~3ページで使ってしまうことも。

●「五十一話集」について。
すごい発想の作品。稲垣足穂の「一千一秒物語」に影響を与えた。

●日本作家へのダンセイニの影響について
・大正時代、ダンセイニの戯曲が翻訳されて影響があったが、直接的な影響を受けたのはそんなに多くない。
・稲垣足穂や片山広子の他、椋鳩十、久米正雄「地蔵教由来」、西条 八十「ふしぎな窓」(ダンセイニ作品の翻案。アニメ化もされている)など。
・片山広子が一番評価していたダンセイニ作品は「五十一話集」。
・現代作家では、森岡 浩之「星界の紋章」にダンセイニ作品の引用が見られたり、蝸牛くも「ゴブリンスレイヤー」などにも影響が見られる。

●アーサー・C・クラークへの影響について
ダンセイニと書簡を交わしたものが本になっている。クラーク作品では『白鹿亭綺譚』などに影響が見られる。

●詩人の平井功はダンセイニをくさしている。


『二壜の調味料』(小林晋訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

●「二壜の調味料」について
・表題作「二壜の調味料」はミステリではアンソロジーピースとして有名な作品。ダンセイニはミステリ作家だと思っていたという認識の人も。
・調味料「ナムヌモ」とはどんな調味料なのか? 胡椒のようなものを想像していたが、ピクルスを細かく刻んだようなものなのではないか(マクドナルドのハンバーガーに挟まっているようなものやホットドックに付けるような感じのもの)。そうすると文庫版の表紙イラストは違う気がする。
・伏線の使い方は上手い。犯人が木を切り倒していることに関しては何らかの意味があると推測がつくが、調味料の方が伏線になるのは気がつかなかった。
・犯人は肉を食べるときにどういう風にして食べたのか? 生なのか、焼いたのか? それとも煮込んだ?
・骨の処理についてもちょっと謎である。焼いて砕いたか、煮込んで脆くした?
・細かいところをつっこんでいくと穴はあるが、結末のインパクトで全て帳消しになってしまうような感はある。
・犯人は肉を嫌々食べたのだろうか? お腹を減らさないと食べられないのだから嫌々ではないだろうか。
・魔夜峰央には「二壜の調味料」の漫画化作品がある。
・ミステリと言うよりはホラーや<奇妙な味>風の技法で描かれている。
・スメザーズが事件の起こった村に行くところで、事件が村で観光資源みたいになっている。犯罪に熱狂するというイギリス・アイルランドの国民性ゆえだろうか。

●スメザーズシリーズについて
・トリックなどは正直古いのだがナンセンス味が強い。蚤を入れたガラスの弾丸を使用する話があるが、ガラスの弾丸を使う必要があるかどうか微妙だと思う。
・作品ごとに時間が前後している。戦後フラットがもうない…という表現があるが、もしかしたら空襲でなくなってしまったのかもしれない。
・最後があっけなくて、打ち切り感が強い。
・シャーロック・ホームズをモデルにしている?パロディに近い作品だと思う。ダンセイニの自伝にホームズの贋作を読んだという話も出てくる。

●「二壜の調味料」を読んで、水木しげるの人魂を食べる話を思い出した。

●水木しげるの海外怪奇小説からの翻案について
・いろんなところからの流用が結構ある。『怪奇小説傑作集』からもたくさんある。
・石ノ森章太郎も流用元そのままという話が多くて、海外に出すのが難しくなっている作品が多いという話も。

●ミステリ的に読むとトリックなどは物足りないが、読みどころはそういうところにないと思う。全体に「ファンタジー」として読むのが一番楽しめる読み方では。ダンセイニはほら話の延長として書いている節がある。

●「クリークブルートの変装」について
・スパイがスパイらしい格好をしている…という発想の作品。チェスタトンの某作品に味わいが似ている。
・ドイツ人のイメージがステレオタイプなのが楽しい。

●「スコットランド・ヤードの敵」について
前半謎の連続殺人が起こるという本格的な始まりなのだが、後半はスメザーズのアクションが目立つトンデモ展開に。

●「アテーナーの楯」について
・カミ「ルーフォック・オルメス」を思わせるナンセンス・ストーリー。クライマックスの情景は抱腹絶倒。神話の盾が存在するに違いない…という推理過程がおかしい。
・ダンセイニの幻想小説を読んでいる人はこういうアイテムが出てきても気にならないが、初めてのダンセイニ作品が『二壜の調味料』の場合、困惑する人もいるのでは。

●「演説」について
結構しっかりとした作りのスリラー。ダンセイニにしては意外な味わいだった。

●「稲妻の殺人」について
いわゆる「プロバビリティーの犯罪」を扱ったミステリ作品。意外な真相で面白い。ただ犯人を見破る過程はちょっとおかしい。

●「死番虫」について
これも「プロバビリティーの犯罪」もの。

●「書かれざるスリラー」
絶対確実な殺人方法を考えた人間を描く作品。真相は分からずに終わるというリドル・ストーリー。

●「ネザビー・ガーデンズの殺人」について
・殺人者が目撃者を殺そうとする物語。リドル・ストーリー的な味わい。
・追われるシーンはすごく迫力がある。

●「ラヴァンコアにて」について
ガネーシャ像がモチーフになっているのがダンセイニらしい。ポケットが細長く膨らんでいるとの描写があるが、ガネーシャ像は細長くはないのでは?

●短篇集後半は、引退した刑事から聞くという体裁の話が多い。岡本綺堂『半七捕物帳』を思い出した。

●「ラウンド・ポンドの海賊」について
・少年小説的な味わいの作品。少年たちも悪いが、相手の大人の男も意地が悪い。遊びながら「海賊」の話なところも面白い。
・この作品の中で、ダンセイニは自分をどのキャラに投影しているのだろうか? 語り手の少年、それとも相手の男?

●「ドワーフのホロボロスとホグバイターの剣」について
・ダンセイニ自身は子供好きだったらしい。
・ダンセイニが甥のために書いたという童話で「サクノス」にも似たヒロイック・ファンタジー

●同人誌の部数について
・同人誌はだいたい100~200部ぐらいが限界。
・それ以上になると在庫を抱えることになってしまう。200部を売り切るのに2年ぐらいかかった例も。

●「新しい名人」について
・人間を上回るチェスの腕を持つが傲慢で下品な機械が登場する話。
・下品な機械という発想がユニーク。

●ダンセイニの未訳の作品で面白いものは?
・長篇『Guerrilla』について。ヨーロッパの架空の国に侵入してきた軍隊に対するレジスタンスを描いた物語。SF味はない戦争小説。ダンセイニらしい自然描写が魅力。
・長篇『the last revolution』について。ダンセイニ唯一のSF作品。文明批判的な面が強い。

●「新しい殺人法」について
朝食「ジムジムズ」がどういうものなのか想像がつきにくい。

●ダンセイニの作品「チーゾ」について
・下水の中の油が原材料という人を食った作品。
・「ナムヌモ」など、ダンセイニの品物名は結構ふざけた感じのものが多い。

●作中に登場するドイツのイメージが悪いのはご時世だろうか?

●ダンセイニ作品における戦争について
・ダンセイニ自身も幾度か戦争に参加している。
・「五十一話集」の中の戦争の女神が出てくる話や、『時と神々』の「神々の栄光のために」など。「神々の栄光のために」では神々に戦争を強要される人間が描かれる。
・ダンセイニの『戦争の物語』から一篇のみ川端康成の翻訳がある。

●ダンセイニのキャラクターについて
・ダンセイニはキャラクターを作るのが得意でない?
・ダンセイニ自身は一言セリフをしゃべらせればそれでキャラクターは完成だ、というようなことを言っている。
・初めからダンセイニは人間ドラマを描く気がないのでは。

●ダンセイニ作品は、むきにならずさらっとしているところが魅力。ダンセイニの二次創作があまりないのもわかる気がする。むしろダンセイニ自身の作品が二次創作なのでは。

●稲垣足穂「黄漠奇聞」について
・ダンセイニの影響の色濃い作品。本人はあんまり影響を認めたがらなかったらしい。
・バージョンがいくつもある作品。70枚→50枚→25枚と、段々短くなっている。新潮文庫版が初出版。
・足穂は同じような話が「ヴァリアント」としていくつもある。

●荒俣宏の解説について
・ハヤカワ文庫のR・E・ハワード『コナン』の解説の中で、ヒロイック・ファンタジーについて書いていて、あんまり関係のないダンセイニの話をしていた。これでダンセイニを知った人もいるとか。
・他にもホジスン『異次元を覗く家』で、M・P・シール『紫の雲』の話をしていた。
・解説や評論などに熱意が感じられる。この人の文章でいろいろ知った人も多い。紹介者としては一流だと思う。


次回「第21回読書会」は、2019年4月28日(日)に開催予定です。
テーマは

第一部 課題図書 ジェフリー・フォード『言葉人形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』(谷垣暁美訳 東京創元社)
第二部 私の積読リスト

の予定です。

詳細は後日告知いたします。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

新感覚のホラー作品集  似鳥鶏『そこにいるのに』
そこにいるのに
 似鳥鶏のホラー小説集『そこにいるのに』(河出書房新社)は、アイディアの工夫された作品が集められた短篇集です。なかでも実話怪談や都市伝説風味の作品に味がありますね。

 強盗に殺された娘の日記を読むことになった記者を描く「六年前の日記」、田舎で撮った何気ない風景に移った人影の恐怖を語る「写真」、帰り道の二階の窓の人影にまつわる奇妙な現象を描く「おまえを見ている」、子供にだけ見えるある人物を描いた「陸橋のあたりから」、Y字路の先に現れるという「Y字路おじさん」の恐怖を描く「二股の道にいる」、エゴサーチで見つけたのは撮られた覚えのない自分の画像だった…という「痛い」、帰宅時にたびたび起こる自分への警告の謎を描く「なぜかそれはいけない」、初老の女性が出会った奇妙な女の子の正体とは…「帰り道の子供」、一人暮らしの女性を見守り続けるある存在の物語「随伴者」、ある子供の失踪事件をめぐる「昨日の雪」、記憶の中に突然現れたナース服の女の恐怖を描く「なかったはずの位置に」、ストリートビューをテーマにした奇談「ルール(Googleストリートビューについて)」、父の失踪の謎を追う兄弟の探索を描いた「視えないのにそこにいる」の13篇を収録。
 軽い掌編から本格的なホラー小説まで、バラエティに富んだセレクションになっています。

 アイディアに優れた作品が多いです。特に面白く読んだのは「二股の道にいる」「痛い」「なぜかそれはいけない」「なかったはずの位置に」「視えないのにそこにいる」などでしょうか。

 「二股の道にいる」は、Y字路の先に現れる「Y字路おじさん」の恐怖を語った都市伝説風の作品です。どういうY字路にその「Y字路おじさん」が現れやすいのかとか、おじさんに捕まらないためにはどうしたらよいか、などのルールが細かく記されます。
 主人公の少年が、冒険のつもりで立ち入ったものの、どんどん追い詰められていく過程はサスペンスフル。描かれる迷路風の町並みが非常に不条理で、魅力的です。

 「なぜかそれはいけない」は、帰宅時にたびたび頭にひらめく警告に不審の念を抱く女性が主人公。細かな動きをするたびに、具体的に指示される警告には何の意味があるのか?
 それまでの伏線が明かされる結末は非常に鮮やかです。

 「なかったはずの位置に」は、あるとき突如記憶の中に現れたナース服の女の恐怖を語る作品。子供のころに襲われた恐怖の記憶に突如思い至った女性は、思い出を探るうちに、何度もその女に遭遇していたことを思い出していきます。なぜあれほどの恐怖を感じた体験を今まで忘れていたのだろうか…?
 アイディアに満ちたSF風味のホラーストーリーです。これは結構怖いですね。

 巻末の「視えないのにそこにいる」は集中で一番長い作品ですが、内容的にもこれが一番読み応えのある作品でしょう。
 仕事人間だった刑事の父が失踪し、父が使っていた部屋を訪れた兄弟は、父が隠していたノートを発見します。そこには父が追っていた謎の殺人事件に関する情報が載っていました。
 父の体の一部のみが見つかったという、北関東の山間にある久賀和里村。その場所では他の人間の遺体も大量に見つかっていました。ここに事件の真相があると感じた兄弟は久賀和里村に向かいますが…。
 都市伝説、オカルト、心霊…。いろいろな要素を匂わせながら、怪異の正体をぼかしつつ進行する序盤の展開は非常に魅力的です。人知を超えた存在と遭遇した兄弟は生き残ることができるのか…? かすかにクトゥルー神話テイストもあり、このジャンルのファンにもお薦めできる快作ですね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

ロード・ダンセイニの短篇作品を読む
 長編も素晴らしい作品がありますが、ロード・ダンセイニの本領はやはり短篇にあるといっていいのではないでしょうか。初期の昏い世界観のファンタジーから、後期のユーモアにあふれた作品まで、幅広い作風の短篇が残されています。
 以下、いくつかの作品集について見ていきましょう。


ペガーナの神々 (ハヤカワ文庫FT)
『ぺガーナの神々』(荒俣宏訳 ハヤカワ文庫FT)

 創作神話集「ぺガーナの神々」とその続編「時と神々」(「時と神々」は抄訳)が収録されています。神々さえもが滅びの対象であるという、独自の世界観に彩られたファンタジー作品集です。
 「神話」であるので、世界の成り立ちについての説明が成されるのですが、その構造が非常にユニークなのです。人間やその世界を作ったのは「ちいさき神々」であり、その「ちいさき神々」を作ったのは主神マアナ=ユウド=スウシャイ、そして、そのマアナもまた<宿命>と<偶然>の勝負に影響されるという独自の神話になっています。

 特に興味深いのはマアナ=ユウド=スウシャイの設定です。彼は鼓手スカアルのたたく太鼓によって眠りについており、マアナが目を覚ました瞬間に全てが消え去るというのです。さらに独特なのは、主神マアナ以外は、神も含めてはかない存在であるというところ。そしてマアナ自身も物語中ではほとんど姿を見せずに、その存在や真実も人間にとっては不確かであるのです。

 「ちいさき神々」の中では、キブ、シシュ、ムングの三人の神が存在感を放っていますね。生命を生み出すキブ、死をもたらすムング、そして一番ユニークなのが猟犬<時>をけしかけるというシシュです。時間を形象化した神で、キブとムングの間にいる…という設定もなるほどという感じですね。

 「ぺガーナの神々」では主に神々や予言者についての物語が記されるのに対して、「時と神々」では神々と人間との関わりについての物語が多くなっています。
 神々を知らない幸福な人々が神々に発見されて争いを強要されるという「神々の栄光のために」、過去の記憶を求める王を描く「カイの洞窟」、人間に似せた神像で神々の怒りを買った王が存在を抹消されるという「消えた帝王」、疫病によって神々に蹂躙された人間たちが神を呪うという「人間の復讐」、神々の秘密を知った予言者オルドが五感や記憶までをも奪われるという「南風」などが面白いですね。
 特に記憶を寓話的に描いた「カイの洞窟」と、全てを奪われた人間を描く「南風」は強い印象を残す佳品です。



世界の涯の物語 (河出文庫)
『世界の涯の物語』(中野善夫他訳 河出文庫)

 ダンセイニ初期の短篇集「驚異の書」「驚異の物語」の邦訳です。ファンタジーの中にところどころに挟まれたユーモア(ブラック・ユーモア)が非常に楽しいですね。
 ファンタジーとはいっても「ロマンティック一辺倒」ではないところがダンセイニ作品の魅力です。例えば「宝石屋サンゴブリンド、並びに彼を見舞った凶運にまつわる悲惨な物語」「三人の文士に降りかかった有り得べき冒険」などでも、主人公たちは優れた能力を持つ者たちなのですが、冒険は失敗に終わってしまいます。失敗するだけならいいのですが命を奪われてしまうことも。考えてみると、ダンセイニ作品では「冒険」が上手くいかないパターンが結構多いのですよね。その点、計画は失敗しながらも悠々と逃げさる主人公の登場する「ナス氏とノール族の知恵比べ」は面白いですね。

「ミス・カビッジと伝説の国のドラゴン」
 ドラゴンにさらわれて「伝説」になってしまう女性を描いた作品。さらわれた後の余韻に雰囲気があります。

「女王の涙をもとめて」
 泣いたことがないという森の女王を泣かせようとする人々の物語。、終始ロマンティックな展開ながら、結末の皮肉さは強烈です。

「トーマス・シャップ氏の戴冠式」
 現実の味気なさから自分だけの空想の王国を作り、その想像(創造)がエスカレートしていくという物語。非常に現代的なテーマの作品で、主人公を必ずしも風刺的な位置からのみ描いていないのは、ダンセイニの懐の広さでしょうか。

「驚異の窓」
 ふとしたことから「魔法の窓」を手に入れた若者を描く物語。その窓からは現実とは違った世界が見えるのです。窓の先の世界に憧れを抱く若者ですが、その世界の光景もまた不変ではない…という展開はほろ苦さを感じさせますね。

「ロンドンの話」
 バグダッドのスルタンがハシッシュ吸引者から幻想のロンドンの素晴らしさを聞かされるという物語。空想上の東洋から見た空想のロンドンの素晴らしさを語るという、多重に幻想がかった作品です。

「食卓の十三人」
 狩の最中に迷ってしまった語り手が一夜の宿を求めたのは風変わりな主人のいる館でした。主人は食事の席で自分たち二人以外にも客がいるようなふりをしていたのです…。
 結末の急展開が読みどころですね。風変わりなゴースト・ストーリー。

「なぜ牛乳屋(ミルクマン)は夜明けに気づいたときに戦慄き震えたのか」「黒衣の邪(よこしま)な老婆」はどちらも意味深なタイトルですが、内容がはっきりしないまま終わるというナンセンス・ストーリーあるいはリドル・ストーリー的な作品。人を喰ったような味わいがあります。

「強情な目をした鳥」
 「宝石屋サンゴブリンド」の主人公の息子ニーピー・サンの登場する続編的な作品。鳥のネーミングのインパクトだけでも素晴らしいです。続編でも計画は上手くいかないのが面白いですね。

「老門番の話」
 世界の涯の老門番について描かれた物語。非常に素敵な物語なのですが、結末の一文でそれをひっくり返してしまうユーモアも楽しいです。登場する「トン・トン・タラップ」という地名の響きは魅力的ですね。

「アリが煤色(ブラック・カントリー)の地を訪れた顛末」
 「蒸気」によって汚されたイングランドに美しさを取り戻すために呼ばれた男を描く物語。ダンセイニの文明嫌悪的な要素が出た作品ですね。「九死に一生」でも同じくロンドンに自然を取り戻そうとする魔法使いが登場しています。

「不幸交換商会」
 パリにある「不幸交換商会」は災厄や不幸を他人と交換することができる店でした。わたしは自分の持つ「船酔いへの恐怖」の交換を希望しますが…。
 結末を含めて間然するところのない傑作。作中のセリフも警句のように気が利いています。奇妙な味の名品。

「赤道の話」
 赤道に宮殿を建てその素晴らしさを予見して語れと命令するスルタンを描く物語。結末は非常にファンタスティックで、その味わいはまるでボルヘスを思わせます。

「望楼」
 かってサラセン人の襲撃を受け続けた塔の魂が人の形になって現れるという物語。過去への郷愁しか存在しないという寂しさが描かれる味わい深い作品です。

「チェスの達人になった三人の水夫の話」
 ある日突然現れた三人の水夫を描く物語。彼らは必ず三人でしかチェスをしようとせず、しかしその状態でプレイすると達人にまで勝つことができるのです。一見素人の集まりの彼らの秘密とは…?
 ほら話的要素の濃い楽しい作品です。

「流浪者クラブ」
 ふとしたきっかけからエリティヴァリアの前王の晩餐に誘われた「わたし」は、館の地階で食事をすることになります。そこに集まったのは王の血筋を引きながらその地位を追われた人間ばかりでした…。
 零落した王族たちを描く風刺的な作品かと思いきや、とんでもない展開に。直接的に真相を描かないところが秀逸です。序盤から張られた伏線が結末の一行で判明するという構成は見事の一言。恐怖小説的な味わいの濃い作品です

「三つの悪魔のジョーク」
 風変わりな長所と交換に「三つのジョーク」との交換を持ちかけられた男は契約をしてしまいます。それらのジョークを聞いた人間は笑い死にしてしまうというのですが…。
 悪魔との契約もの。怪奇味とユーモアが渾然となった作品です。リドル・ストーリー的な味わいもありますね。

 様々な作品で幻想・空想の都や町の美しさが語られますが、その一方で空想のロンドンの魅力について語る「ロンドンの話」などの例もあり、ダンセイニ作品においては全てが空想の対象なのだと感じさせられますね。
 そもそもダンセイニの描く都市や場所は、現実世界とどこかでつながっているらしく、ロンドンから直接行くこともできるようなのです。「世界の涯」が現実と地続きになっているという、ゆるやかな世界観は何とも素敵です。



夢見る人の物語 (河出文庫)
『夢見る人の物語』(中野善夫他訳 河出文庫)

 原著短篇集「ウェレランの剣」「夢見る人の物語」が収録されています。夢幻的で香りの高い作品が多く収録されている印象ですね。

「ウェレランの剣」
 かってウェレランを始めとする英雄たちによって守られていた都メリムナ。英雄たちは自分たちの死を隠し、死後も都を守っていましたが…。
 少年が過去の英雄の魂に啓示を受けるというファンタジー。偉大な英雄たちの物語を語りながら、彼らにも死は平等に訪れます。そして彼らの魂を引き継いだ少年が剣を手に立ち上がったとき、英雄たちの本当の死が訪れる…という、勇ましさと哀切さが同居したファンタジー作品です。

「バブルクンドの崩壊」
 伝説的な美しさを誇るバブルクンドを求めて旅をする一行を描く物語。旅の途次に出会う旅人たちから都の美しさを聞かされるものの、本当の都にはたどり着けません…。
 実際に訪れることがかなわないゆえにその美しさが輝くという逆説的な作品です。

「妖精族のむすめ」
 自然の美しさを味わってみたくなった妖精族の野に棲むものは、仲間たちに拵えてもらった魂を使い人間の娘になります。しかしその代りに死すべき運命をも与えられてしまったのです…。
 純粋に世界の美を味わいたいという妖精族のむすめに対し、人間側は勝手な都合で彼女を翻弄していきます。やがて故郷に帰りたくなった彼女が見つけた「魂のない」人間とは…?
 自然と文明をテーマになっています。文明社会が風刺的に描かれるのとは対照的に、ヒロインの純粋性が際立っている秀作です。

「追い剥ぎ」
 死刑台に吊るされたかっての仲間の遺体を埋葬してやろうとする強盗たちの物語。彼らが悪人であることには変わりはない…とする結末も味わい深いですね。

「幽霊」
 ある古い屋敷で「わたし」が出会った幽霊たちは「罪」の象徴をともなっていました。それらに触れた「わたし」にはいわれのない兄に対する殺意が生まれますが…。
 幽霊だけでなく彼らの残した「罪」が獣の姿になって現れるという寓話的な作品です。

「ハリケーン」
 <ハリケーン>が<地震>とともに人間の文明を滅ぼそうとする寓話作品。擬人化された災害たちそれぞれにユニークな性格付けがされているのが面白いですね。

「サクノスを除いては破るあたわざる堅砦」
 悪夢によって人々を支配する魔術師ガズナクを倒すため、少年レオスリックはサクノスの剣を求めて旅立ちます。サクノスは龍鰐サラガヴヴェルグの背中にのみある鋼だというのですが…。
 前半は龍との戦い、後半は魔術師との戦いと、終始サスペンスフルな展開で読ませます。強大な龍の倒し方が妙にユーモラスだったり、剣を手に入れてからの展開があっさりしていたりと、意外な「軽み」が魅力的な作品です。ヒロイック・ファンタジーの傑作。

「椿姫の運命」
 生前の罪のため地獄に送られることになった椿姫をめぐる作品。彼女の魂を運ぶ天使たちは逡巡しますが…。
 同情する天使たちに対して、神の残酷さが垣間見える描写が面白いですね。

「海を臨むポルターニーズ」
 幸福な内陸の王国から壁のような巨大な山ポルターニーズを越えていった若者たちは二度と戻りません。王国の王たちは戻ってきたらヒルナリック姫との結婚を許すという交換条件で青年アセルヴォクを送り出しますが…。
 海と姫どちらが美しいのか? というダンセイニならではの問いが面白いですね。ほろ苦さを含んだ作品です。

「ブラグダロス」
 古いコルクやマッチ棒など、捨てられた物たちが夜ひっそりと話出します。そんななか古い揺り木馬は自分の空想を語り出します…。
 物たちが語る童心と空想に満ちたファンタジー作品。作中に登場する首吊り紐のエピソードが特に印象的です。

「アンデルスプラッツの狂気」
 「わたし」は都市アンデルスプラッツを訪れたとき、その都市が息絶えているのに気付きます。彼女にいったい何があったのか…?
 人と同様、都市や町にも魂があり、それらは狂気に陥ったり死んだりすることがあるというファンタジーです。

「潮が満ちては引く場所で」
 ある忌まわしい行為のせいで地獄にも居場所がなくなり、潮が満ちては引く場所に死体を放置されることになった「わたし」。たまに埋葬されることがあっての、何者かによって再び同じような場所に放置されてしまうのです…。
 半永久的に苦しみ続ける魂の物語。夢の話と断りながらも、ひどく息詰るような物語だけに、結末にはカタルシスがありますね。読み方によっては、すごく怖い話です。

「ヤン川を下る長閑な日々」
 ヤン川を下り様々な都市を訪れるという物語。この都市がそれぞれ奇妙な都市ばかりなのが面白いですね。とくに都中の人々が眠っている都市マンダルーンのエピソードは『ペガーナ』の「 マアナ=ユウド=スウシャイ」を思わせます。夢幻的な雰囲気が印象的な作品です。

「剣と偶像」
 石器時代を舞台にした先史もの。ある日ふとしたことから強力な鉄の剣を手に入れた男は、代々息子にその剣を引き継ぎ村を支配していました。その支配に不満を抱くイスは、やがて<ゲド>と呼ばれる神の偶像を拝みだすようになりますが…。
 剣が「神」に対する信仰に負けてしまうという、寓話的作品です。この作品に限らないのですが、ダンセイニ作品における「神」は横暴なイメージが強いですね。

「哀れなビル」
 ことあるごとに船員に呪いをかける横暴な船長を食料とともに島流しにした船員たちは、船長の呪いにより船を港につけることができないことに気付きます。やがて食料のなくなった彼らがとった手段とは…?
 終始ユーモラスに語られながらも、内容は残酷かつハードな恐怖小説的作品です。

「乞食の一団」
 ある日ロンドンに現れた乞食の一団は、目に付くものすべてを言祝ぎ、褒め称え始めますが…。
 煤まみれの煙さえ称賛の対象になるという風刺的な作品です。結末の一文が印象的ですね。

「カルカソンヌ」
 偉大な戦功を誇るカモラク王とその家臣たちは、カルカソンヌには行き着けないという占術士の予言に影響されて、かの地に旅立ちます。やがて次々と死者が出て、一行はどんどんと数を減らしていきますが、一向にカルカソンヌにはたどり着きません…。
 永遠にたどり着けない都市、というカフカ的なモチーフを扱った作品で、ボルヘスの<バベルの図書館>のダンセイニの巻にも選ばれている作品です。いかにもボルヘスが好きそうな作品ですね。

「不幸な肉体」
 肉体と魂の乖離を扱った作品。ある肉体は語ります。自分を支配しているのは、獰猛で凶暴な精神なのだと…。
 高邁な精神が肉体に悩まされる…というパターンはありますが、その逆を語るパターンは珍しいのでは。
 しかもこの作品の「精神」は意欲的であり言っていることは正しいのです。それに対して、肉体はただ眠りたいだけという、ある種とても現代的なテーマをはらんだ作品ではないでしょうか。



時と神々の物語 (河出文庫)
『時と神々の物語』(中野善夫他訳 河出文庫)

 短編集「ペガーナの神々」とその続編「時と神々」「三半球物語」の他、「その他の物語」としていくつかの短篇を収録しています。

 「ペガーナの神々」「時と神々」に関しては、上記に記していますので感想は省略します。どちらの訳もそれぞれ味があるのですが、荒俣訳でちょっと意味がとりにくいところがあったのが、こちらの河出文庫版ではかなりわかりやすくなっている…というのはありますね。
 荒俣訳でダンセイニに馴染んだ人は、やはり荒俣訳に思い入れがあると思いますが、初めて読むなら河出版の方が良いかと思います。
 さて「時と神々」に関しては、荒俣版ではカットされている作品が結構あります。その中から印象に残った作品の感想を。

「時の国で」
 アラッタの新王カルニス・ゾーは<時>を倒し老いと死をなくそうと決意します。長い旅路の果てにようやく<時>の城を見つけた王ですが、城には一向に近づけません…。
 <時>に勝負を挑む一行を描く物語。<時>の残酷さと壮大さを描いています。寓話としても印象深い一篇です。クライマックス、<時>の力によって王たち一行が急速に老いていくシーンは、ヴィジュアル的にも強烈な印象を残します。

「世界を哀れんだサルニダク」
 虐げられていた侏儒のサルニダクは、ある日別の都に行くらしい人影の一行を見つけ衝動的に彼らについていきます。やがて別の都では、神々と思しき一行が現れるのが目撃されますが…。
 神々に関わる物語でありながらハッピーエンドに終わるという、ダンセイニ作品では珍しいファンタジー。後味の良い作品です。かって「奇跡譚」を集めたアンソロジー『怪奇幻想の文学6 啓示と奇蹟』に収録されたこともある作品です。

「神々の冗談」
 笑いを必要とした古き神々は、強い野望と誇りを持った王の魂を作ります。それを地上の奴隷の体に埋め込み、その姿を見て笑おうというのですが…。
 神々の遊戯が失敗に終わるという掌編。神々がしっぺ返しをくらうというパターンはダンセイニには珍しいですね。

「預言者の夢」
 神々を呪った「私」を詩人はある場所に案内します。そこには巨大な骨が散らばっていましたが…。
 「神々の巨大な骨」という壮大なイメージが現れます。虚無的な雰囲気に覆われながらもそれをひっくり返すような結末は皮肉に富んでいますね。
 2章に分かれており、2章目では<運命>と<偶然>のゲームについて記述されます。彼らによって、神々を駒に使ったゲームが何度も繰り返されている…という描写があり、ぺガーナ神話でも重要なエピソードではないでしょうか。
 ただ気になるのは、「それまでに起きたことは何もかも再び繰り返される」「まったく同じ動かし方」というような表現があるところで、そうなると<運命>と<偶然>のゲーム自体は何回も繰り返されますが、その展開の仕方は同じ…という解釈ができますね。

「ブウォナ・クブラの最後の夢」
 アフリカ、ブウォナ・クブラの野営地と呼ばれる場所には不思議な現象が起こると言われていました。そこで死んだ白人が最後に夢見た街が姿を現すというのです…。
人間が夢見た都市が幻想となって現れるという、なんともファンタスティックな一篇です。

「オットフォードの郵便屋」
 毎年のように秘密めかした郵便を受け取る荒れ果てた丘陵の一軒家。妻にそそのかされてその秘密を探ろうとするオーットフォードの郵便屋が見たものとは…。
 恐怖小説的な味わいもある作品ですが、結末はやはりファンタスティック。

「ブゥブ・アヒィラの祈り」
 ライバルであるブゥブ・アヒィラが自分を追ってこないのを疑問に思ったアリは、ブゥブ・アヒィラがすでに偶像に願いをしていることを知ります…。
 ライバルが神々に願いを聞き届けられたと判断して、倒錯した行動を取る男の物語。主人公の行動原理が非常に面白い一篇です。

「小競り合い」
 小人族と半神との戦を描くファンタジー作品です。かなり一方的な争いになるところが残酷ではありますね。

「神はいかにしてミャオル・キ・ニンの仇討ちをしたか」
 女神に捧げる睡蓮を運ぶ途中に殺されたミャオル・キ・ニンの仇討ちを誓った神々は、下手人のアプ・アリフを罰しようとしますが…。
 正当な罰を与えようとする公平な神々かと思いきや意外な結末に。神々の気まぐれさが印象的ですね。

「神の贈り物」
 平和に飽き飽きした男は古の神々に戦争を起こしてほしいと願いますが…。
 「気まぐれな人間」を描いた寓話作品。神々ではなく人間の気まぐれさを描いているのが面白いところです。

「エメラルドの袋」
 ある夜酒場を訪れた老人は巨大なエメラルドを入れた袋を持っていました。彼からエメラルドを奪った客たちを襲った運命とは…?
 人々を襲った存在の正体をはっきり描かないところが効果的ですね。語り手が最後まで見届けずに逃げるという演出も技巧的です。

「茶色の古外套」
 競りで茶色の古外套に執着する男の姿を目撃した語り手は、その外套に何か秘密があると思い高値でそれを落札します。やがて男はさらなる高値で外套を買いたいと申し出てきますが…。
 何かいわくがあるらしい古外套の秘密とは…。
 物語の展開もナンセンス極まりないのですが、結末ではさらに唖然とするようなシーンが描かれます。ダンセイニのユーモアが発揮された好篇です。

「われわれの知る野原の彼方」は、『夢見る人の物語』にも収録されている「ヤン川を下る長閑な日々」を三部作に改編しなおした連作シリーズです。
 ヤン川沿いの不思議な都市を巡る川下りの日々を描く「第一話 ヤン川を下る長閑な日々」、旅からの帰還後に再度ヤン川を求めて語り手がある店を訪れるという「第二話 <見過ごし通り>のとある店」、第一話で言及された壊滅した街ペルドンダリスと象狩人シンガニーについて描かれる「第三話 ペルドンダリスの復讐者」から成っています。
 全体に夢幻的な雰囲気で展開される連作で、物語も「夢」のように不条理な展開がされたりするのが特徴。特に第三話ではペルドンダリスを滅ぼした怪物を倒したとされる象狩人シンガニーが登場しますが、その戦いや都市が滅びた由来などもあまり描かれず、ちょっともどかしい感じもしますね。

「谷間の幽霊」
 過去に谷間で生まれそこでずっと住み着いてきたという幽霊を描く物語。この作品で登場する幽霊は、死んだ人間の霊というよりは自然から生まれた精霊に近い存在です。先進的な文明を説く語り手に対し、幽霊はあくまで運命論的な考え方をしているのが面白いところです。

「サテュロスたちが踊る野原」
 まるでサテュロスたちが踊るような野原を見つけた語り手はそこを訪れますが…。
神秘的なものを求める語り手が落胆するものの実は…という物語。余韻を残す結末も味わい深いです。

「秋のクリケット」
 高齢の老人は誰もいない夜のクリケット場で観戦をしていました。彼には、死んだ名選手たちがクリケットの試合をしているのが見えるというのですが…。
幽霊たちの試合を観戦する老人という、どこか叙情的で、ノスタルジックな雰囲気も感じさせる作品です。

「電離層の幽霊」
 改装した古い屋敷の「幽霊」が気になったジャン・ニーチェンズは、科学者の友人に頼み幽霊を除去するという装置を据え付けてもらいます。除去には成功するものの、思わぬ結果が男を襲います…。
 科学装置によって幽霊を排除しようというユーモア怪談。語り口も楽しい作品です。

「おかしいのはどこ?」
 変わり者の男ヘンリー・ブードンは、リスに笑われたという話を大真面目に始めますが…。
 犬の断尾の話題がとんでもない方向へ。ユーモアあふれる<奇妙な味>の物語です。

「古い廊下にいる幽霊」
 長い放浪の旅から帰ってきた「わたし」は、丘の上の屋敷に出る幽霊の話を聞きますが…。
 静謐な雰囲気で語られるゴースト・ストーリー。結末の余韻には味がありますね。

「白鳥の王子」
 気前のいいことで有名な男パトリック・ゲラティ。彼はいつもどこからか飲み代を調達してくるのです。その秘密とは…?
 「詐欺」というか「コン・ゲーム」というか、そういう題材を描いている作品なのですが、その手段がファンタスティックなところがダンセイニらしいですね。

「誓ってほんとうの話だとも」
 酒場で出会った男はかってサタンと出会ったことがあると話します。彼はゴルフでホールインワンを出す契約をサタンと交わしたというのですが…。
終始人を食ったような語り口のユーモア・ストーリー。結末の一文の破壊力が強烈です。



最後の夢の物語 (河出文庫)
『最後の夢の物語』(中野善夫他訳 河出文庫)

 寓話集「五十一話集」、後期の作品集「不死鳥を食べた男」、その他の短編を収録しています。軽妙で「ほら話」的な性格が強いものが多くなっている印象ですね。

「五十一話集」
 寓話的性格の強いショート・ショート。神話の登場人物や概念を擬人化したキャラクターが多く登場します。ダンセイニ作品の中では一番解釈の難しい作品だと思うのですが、掌編として非常に含蓄のあるものも散見されますね。
 「五十一話集」中では、誰もいない席に話しかける男の話「連れの客」、兎と亀の物語の真相を語る「兎と亀の駆けくらべの真相」、稲垣足穂風の「ピカデリーを掘る」、神話的風格がありながらリリカルな「詩人、地球とことばを交わす」などが面白いですね。

「不死鳥を食べた男」
 不死鳥を食べた結果、不思議なものが見えるようになったと証する青年パディ・オホーンが、伝説の生き物や妖精たちと出くわすという連作短篇。ユーモアの要素が強く、ほら話的な味わいがある楽しい作品です。

「林檎の木」
 林檎泥棒の罪で訴えられた青年によって語られたのは、魔法によって雁に変身したという信じられない話でした…。
 ユーモアたっぷりに語られるファンタスティックな変身物語。雁の世界は人間世界と違う時間が流れているという設定がユニーク。お姫様が姿を変えられた雁も登場したりします。

「皆の仕事が知られた町で」
 ある日、人探しに訪れた見知らぬ男と町の人々の会話を描くナンセンス・ストーリー。ダンセイニのユーモア感覚が発揮された好篇です。

「薔薇の迂回路」
 小さな町に一人住み続ける高齢のミス・フィンは、工事のために薔薇の生垣を壊すなら呪いがふりかかると宣言しますが…。
 実際の「魔法」は現れないものの、ファンタスティックな香りの強い物語です。

「老人の話」
 型破りな老人オハンラハンから聞いた話は信じられないものでした…。
 ジョーキンズものにも通じるホラ話的物語。語り口が印象的です。

「いかにして鋳掛け屋はスカヴァンガーに到ったか」
 北方の土地スカヴァンガーに家族と暮らす男は生活が上手くいくようになるようにとの願いをしに神にささげものを持っていきますが…。
 初期作品にも通じる神話的香りの強い作品です。

「オパールの鏃」
 ノキアルトンはノームのワインを盗み出したがためにオパールの矢で撃たれたという知人の話を語りだします…。
 ホラ話の香りがしながらも描写は非常にリアル。楽しい作品です。

「スルタンの愛妾」
 スルタンはかって自分が愛した娘のことを思い出します…。
 愛妾の美しい思い出が意外な真相へとつながる展開は非常に技巧的。センチメンタルな空気も良いですね。

「警官の予言」
 スピード違反の車を注意する警官の話から、人類の滅びた遥か未来までを幻視してしまうという、なんとも頓狂な物語。すごい想像力を感じさせる作品ですね。

「ジュプキンス氏との邂逅」
 転生を繰り返すマーブルスウェイト氏は、ジュプキンス氏に会ったとたんにこの男こそ求めていた人物だと確信します…。
 繰り返される生まれ変わり、善神と悪神との争い、壮大なテーマをひどく庶民的なレベルで語るという、風刺的なファンタジーです。

「悪夢」
 あらゆる犯罪が消滅した未来を夢で見たやり手の弁護士は非常なショックを受けますが…。
 テーマは風刺的なのですが、悪夢的な雰囲気は強烈です。きわめて個人的な「悪夢」ながら、その深刻さが印象に残ります。

「帰還」
 馴染みの場所に戻ってきた「わたし」は、ある幽霊の話を耳にしますが…。
 意外な真相が示されるゴースト・ストーリー。味わいのある作品です。

「狂った幽霊」
 うら淋しい町ボーアーロウンを訪れた「わたし」は、町で何の反応も示さない余人の狂った男たちを目撃します。彼らは奇怪な体験をしたというのですが…。
 悪夢的な雰囲気を持つゴースト・ストーリー。戦慄度の高い「怖い」作品でしょう。

「無視」
 お金を持って買い物するように躾けられた犬は、だんだんと貨幣の価値を理解し、やがて高額で自分自身を売りつけるまでになりますが…。
経済観念を身に着けた犬を描くユーモアたっぷりのスラップスティックストーリー。鼻持ちならなくなっていく犬のキャラが面白いです。

「リリー・ボスタムの調査」
 愛鳥家シモンズ氏が失踪してしまいます。少女探偵リリー・ボスタムは、シモンズ氏の顧客の一人ヴァネルト夫人が怪しいとにらみ独自の調査を開始しますが…。
何ともファンタスティックな幻想ミステリ小説。完全に謎が明かされない展開も魅力の一端になっていますね。

「第三惑星における生命の可能性」
 火星の住民が地球の生命の可能性について述べた講義が受信される…というSF作品。当時の火星についての認識を風刺的に裏返してみたものでしょうか。

「最初の番犬」
 原始時代、最初の番犬がいかにして生まれたかを描く先史小説。ところどころに力強さのあふれた作品で、「犬小説」の名作のひとつではないでしょうか。

「実験」
 クラブで罰せられない犯罪について議論がされていました。会員の一人が話し出したのは、生きながら人間の皮をはいだ男の物語でした…。
ダンセイニ屈指の残酷な犯罪が描かれる作品。細かい描写はないものの強烈な印象を残しますね。

「悪魔の感謝」
 食品会社に勤める青年ボスターは、悪魔の訪問を受けます。彼の作った新商品が「悪いもの」として評価されたので、褒美を上げようというのです。ボスターは最高の詩が書けるようになりたいと願いますが…。
人によってさまざまな反応を引き出す「悪魔の詩」を描くリドル・ストーリー。

「犬の情熱」
 クラブ会員タブナー=ウォーブリイは犬の脳からの抽出物を投与するという治療の結果、異様な情熱の虜になりますが…。
会員がクラブから追い出された顛末を描くだけの作品なのですが、読み方によっては非常に怖いホラー作品としても読めますね。

「四十年後」
 教師のブリンリイは、かっての教え子に会ったことから過去の体験を思い出します。ある日教室の教え子たちがみな大人の姿で見えたことがあったのです…。
未来を幻視するという物語ですが、その「夢」を見ていることを当事者が認識しているというメタな展開が面白いです。

「忘れ得ぬ恋」
 平凡な銀行員の過去の恋愛は有名な話として人々の間に知られていました。彼はかって偉大な女優と恋をしたというのですが…。
コミカルに描かれるユーモア恋愛小説。「失恋」が悲劇にはならないという後味のよい作品です。

 後期の作品集「不死鳥を食べた男」では、初期の作品に比べ、舞台が現実世界に設定されている作品が多いこと、軽妙さやユーモアの要素が強くなっていることが特徴になっています。初期作品では、初めから最後まで「異世界」で展開されるハイ・ファンタジー的なものが多いのですが、後期作品では、現実と地続きになっている設定の作品が多いです。現実からの遊離度が低い、といってもいいでしょうか。そのため、ダンセイニの代表的なファンタジーが苦手な読者には、逆にもっとも読みやすい作品集になっているのではないかと思います。



二壜の調味料 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
『二壜の調味料』(小林晋訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

 <奇妙な味>の代表作として知られる表題作を始め、ミステリ的な作品を集めた作品集です。

 最初に収録された「二壜の調味料」以下9篇は、リンリー探偵と助手兼友人のスメザーズを主人公にしたミステリ連作。シャーロック・ホームズをモデルにしたと思しき構成なのですが、語り手となるスメザーズのユーモアあふれる語り口もあり、楽しい読み心地のシリーズになっています。
 シリーズ中では、やはり「二壜の調味料」が群を抜いて素晴らしい出来ですね。

 調味料「ナムヌモ」を売り歩くセールスマンのスメザーズは、ひょんなことからリンリーという紳士とルームシェアをすることになります。リンリーは推理力に優れた男で、殺人と思しき難事件の真相を推理することになります。
スティーガーという男が大金を持った娘と同棲した後、娘が姿を消してしまったというのです。死体が運び出された形跡はありません。しかもなぜかスティーガーは庭の唐松の木を切り倒しているというのですが…。

 残酷な事件を扱っていながらも妙なユーモアの漂う、まさに<奇妙な味>というにふさわしい作品です。特に結末の一文の破壊力がすごいです。江戸川乱歩が感銘を受け<奇妙な味>の代表例として挙げた作品ですが、それももっともと思わせる名作ですね。

 「二壜の調味料」以降のシリーズものは、正直オーソドックスすぎて微妙な作品も多いのですが、語り口が上手いので楽しく読めますね。中では、射殺された巡査の凶器となる弾が見つからないという「スラッガー巡査の射殺」、奇抜な手段の殺人が描かれる「スコットランド・ヤードの敵」、先入観を逆手に取ったスパイの変装手段を描く「クリークブルートの変装」、宿敵スティーガーとの最後の争いが描かれる「一度でたくさん」などが面白いですね。

 時節柄というべきか(本作品集の原著は1952年刊行)、戦争や謀略、スパイを扱った作品が多くなっています。あとこれはダンセイニならではなのか、犯人が捕まらなかったり無罪放免になったりする例が多いのも興味深いところですね。
 特に「二壜の調味料」で登場する「悪役」スティーガーは、その後も「スラッガー巡査の射殺」「第二戦線」「一度でたくさん」などに登場する「準レギュラーキャラ」のようになっていて面白いです。

 わりと生真面目なリンリーに比べ、どこかとぼけた味で物語を語るスメザーズのキャラクターは印象深いですね。敵方のアジトに潜入したりと危ないこともやっている一方で、調査の傍ら調味料を売り歩いてくる…というのもおかしいです。
 そもそも彼が売り歩く謎の調味料「ナムヌモ」にしてからが、どうも得体の知れない感じです。表題作「二壜の調味料」では、ちゃんとこの「ナムヌモ」が伏線の一つになっているのも芸が細かいですね。

「疑惑の殺人」
 恋していた女性エミリーが自分を捨てて結婚した相手、それは殺人を疑われながらも放免となった男アルバート・メリットでした。やがてエミリーは姿を消し、彼女が残した日記が見つかりますが…。
 いわゆる「青髭もの」作品ですが、女性側が男が犯罪者であることを知りながら惹かれているというところがポイントですね。

「給仕の物語」
 ホテルでどんちゃん騒ぎを繰り返す男とその一行。労働者と思しきその男が豪遊を繰り返せる理由とは…?
 非情な悪意が描かれる物語なのですが、それがかすんでしまうような結末が待っています。味わいのある作品ですね。

「ラウンド・ポンドの海賊」
 公園の池に魚雷を付けた模型船を浮かべ、他の船を撃沈しようと考えた少年たちでしたが…。
 最初は喜んでいた少年たちでしたがやがて不穏な状況になりはじめ…。引き所を知らない少年たちと大人げのない大人が描かれる、ビターな味わいの少年小説です。

「新しい名人」
 チェスに執着する男アラビー・メシックは、費用をつぎ込み人間を上回る知能を持つチェス専用機械を作り出します。しかし機械は人間以上の知能を持ちながらも、自らを誇り相手に嫉妬するという下品な性質を持っていました…。
「人間的な」機械というユニークなアイディアを扱った作品です。いわゆる「フランケンシュタインもの」「ロボット怪談」の古典として挙げられることもある作品ですね。

「新しい殺人法」
 クラースン氏は、商売上の理由から自分の命がターランド氏に狙われていると警察に訴えますが…。
 タイトル通り「新しい殺人法」が描かれた作品。ある種回りくどい方法がユーモアを醸し出しています。

「復讐の物語」
 戦時中に救命艇で遭難した三人の男。やがて食料がなくなりますが…。
復讐の念にとらわれた男を描く物語。短いながらサスペンスのある作品です。

「演説」
 ヨーロッパが戦争突入一歩手前といった状況で、火に油をそそぎかねない演説をする可能性のあるピーター・ミンチ議員。彼の演説を止めようとする団体が現れ、脅迫を繰り返しますが…。
 脅迫は思わぬところから実行された…というアイディア・ストーリー。

「消えた科学者」
 他国に売りつけようと核爆発の秘密を持ちだした男。責任を追及されたモーネン教授はある秘策を用意していました…。
 政治的な謀略スリラー、なのですが結末にはどこかユーモアが漂います。

「書かれざるスリラー」
 インドラムはテイザーの政界進出を止めるべきだと力説します。スリラーを書くために絶対確実な殺人方法を思いついたテイザーは、それを現実に使う可能性があるというのです…。
 殺人が殺人とは証明できず、その方法も明かされないというリドル・ストーリー的作品です。

「ラヴァンコアにて」
 オーティス氏はガネーシャ神の偶像を購入しそれをポケットに入れます。やがてオーティス氏はインド人たちの集まりに招待されますが…。
 偶像が違った意味で持ち主を助ける…というアイディア・ストーリー。

「豆畑にて」
 大量殺人を起こそうと計画する組織にスパイとして潜り込んだ男。ある日スパイが紛れ込んでいるのに気付いた組織の議長は容疑者を含む数人を殺すと宣言しますが…。
多くの殺人シーンが描かれる、ダンセイニには珍しい作品です。

「死番虫」
 泥棒のティップはある日突然脅迫者に鞍替えし、ウェザリー氏に対し死にたくなければ金を払えと要求しますが…。
証明できない殺人を描く作品。ダンセイニはこのパターン、結構多いですね。

「稲妻の殺人」
 引退した警察官リプリーはかっての事件を回想します。落雷で男が死んだ事件が実は殺人だったというのですが…。
動機や手段など、それぞれが工夫されており、よくできたミステリ短篇です。

「ネザビー・ガーデンズの殺人」
 弁護士スタンターから示された被告の供述書、そこには殺人を目撃しそのために殺されそうになったという男の物語が示されていました…。
語り手が犯人なのか被害者なのかわからないというリドル・ストーリー。追われる過程の描写はサスペンスたっぷりで読ませます。

「アテーナーの楯」
 探偵リチャード・ラクスビーは彫刻家ジェイムズ・アードンを疑っていました。彼の彫刻は人間そっくりと評価されていましたが、アードンが彫刻を学んだ事実も、材料である大理石を購入した形跡もないというのです。
 しかも彼の作品である女性像を、行方不明になった妹そっくりだと証言する男も現れるに及び、ラクスビーは、アードンはギリシャを旅行した際、ある品物を持ち帰ってきたのではないかと推測しますが…。
 ミステリ的な構成を持ちながらも、その実完全な幻想小説です。ファンタスティックなモチーフ、そこはかとないユーモア…ダンセイニ後期の作品の中でも傑作といっていい出来の作品ではないでしょうか。



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『未収載短篇集Ⅰ』(稲垣博訳 ぺガーナワークス)

 単行本未収録の短篇を集めた作品集です。全体に短めで散文詩的な作品が多く集められています。

 中では、詩人が敬われる国にやってきた詩人と悪党を描く寓話「詩人と悪党」、森の精霊と出会った少女の物語「黄昏の囁き」、神々の血を引くと称する奴隷が旅に出るという「希臘人奴隷」、星によって未来を占う男を描く「情報源」、山の神の生まれ変わりとされた少年の寺院での暮らしを描く「ツェ・ガーの物語」、皇帝の愛玩物の水晶を運ぶ途中で砂漠で遭難する男を描いた「皇帝の水晶」などが印象に残ります。

 特に「ツェ・ガーの物語」「皇帝の水晶」は傑作と言っていい作品だと思います。
 「ツェ・ガーの物語」では神の生まれ変わりとされる語り手が宮殿にて、人々に敬われながら暮らしている情景が描かれます。語り手が本当に神の生まれ変わりかどうかははっきりしません。
 また、人々の彼に対する扱いも何やら不可思議なのです。東洋的な雰囲気と、何とも余韻のある作品で、心惹かれる作品ですね。

 「皇帝の水晶」は、皇帝が愛玩していた水晶を別の王への貢物とすることになり、その運び手として選ばれた男アルホデリックの旅路を描く物語。
やがて砂漠の中で遭難したアルホデリックは水がなくなってしまったことに気がつきます。しかし貢物の水晶の中には何百世紀も前の水が入っていたのです…。
 こなれた語り口と皮肉な展開。この短篇集の中では物語性が強く、非常に完成度の高い作品です。



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『未収載短篇集Ⅱ』(稲垣博訳 ぺガーナワークス)
 読み応えのある作品が収録されています。

 魔法を否定する教師が呪いをかけられるという「ズボンを穿いた山羊」、魔法を信じない男が魔女の魔法で猫に変身させられてしまう「バルカンの魔女」、深夜の城で出会った幽霊とダンスをすることになる「ウィアード・ムーア城のダンス」、三百年前に死んだはずの男フィヌカンへの配給カードをめぐるユーモラスな物語「マードック・フィヌカンの配給カード」、溺れかかった女性を助けた青年の恋物語「海峡」、処刑間際の料理人が一世一代の料理を振舞うという「サンタマリアの料理人」、詩人になりそこねた男の恋を描く「失われた詩」、霊によって未来を知ることができるという博士の物語「惑星の未來」などが面白いですね。

 「ズボンを穿いた山羊」では、魔法を信じない男に対して魔女たちが魔法を使ったらしいことが示されます。草原に現れた「ズボンを穿いた山羊」の正体について、何通りかの解釈が示されますが、魔法が本当にあったのかどうかぼかす結末は、リドル・ストーリー的で面白いですね。

 「バルカンの魔女」は、魔女の魔法を描く物語。バルカン地方で魔女とされている老女が殺されそうになっているのを知った男は、自分が魔女の魔法にかけられれば村の者は安心だからと魔女の家に向かいます。
 魔法を信じない男は魔法をかけてみろと言いますが、気がつくと自分の姿が猫になっていることに気がつきます…。
 この作品、自身にかけられた魔法を解こうとする主人公が登場したり、魔女が使う魔法が漢字で記されているなど、長編『魔法使いの弟子』ともかなり通底する要素を持った作品です。
 ただ、こちらの短篇では魔女はそれほど邪悪な存在ではなく、猫にされた主人公もその生活に馴染みそうになってしまうなど、どこか柔らかな雰囲気を持つ作品で、妙な味わいがありますね。

 「海峡」では、溺れかかった女性と、それを助けた青年との間のロマンスが描かれます。女性と結婚の意思を固める青年ですが、女性が何者なのか、なぜ海にいたのかなど、彼女は具体的なことは全く教えてくれません…。
 ファンタスティックな要素はなく「一般小説」といってもいい作品なのですが、何とも言えない魅力があり、ダンセイニらしさの感じられる瀟洒な作品ですね。

 「惑星の未來」では、他の惑星の霊の力によって、地球の未来も知ることができると語る博士が登場します。博士の話によれば、その惑星の人たちは科学の発展によって自らの星を滅ぼしてしまったというのです…。
 放射能によって「死の星」になってしまった惑星の情景が描かれるという、ペシミスティックな作品です。これと近いテーマでは、ダンセイニには、スピード違反の車を注意する警官の話から人類の滅びた遥か未来を幻視してしまうという「警官の予言」なんていう作品もありますね。
 神々に翻弄される人間を描く一方で、真摯に人類の未来を憂う…という、これもまたダンセイニの一面を表す作品といっていいのかもしれません。


 以下、ダンセイニについて触れた文章についても紹介しておきます。


怪奇三昧 英国恐怖小説の世界
南條竹則『怪奇三昧 英国恐怖小説の世界』(小学館クリエイティブ)

 第3章が「師匠と弟子―ダンセイニ卿とラヴクラフトについて」として、ラヴクラフトとダンセイニを絡めて作品を紹介した章です。
 ダンセイニ作品の紹介と、その影響を受けたラヴクラフト作品、ラヴクラフトのダンセイニ評などが紹介されています。ラヴクラフトに関しては、主にダンセイニの影響という観点で紹介されているので、少し大雑把な紹介になっているのは否めませんが、非常にわかりやすく書かれていて参考になりますね。

 ちなみに『怪奇三昧』はイギリスの恐怖小説について、何人かの作家をクローズアップして紹介した良質なガイドです。英国怪奇小説が好きな方は必読でしょう。目次を紹介しておきますね。
第1章 四大の使徒―アルジャノン・ブラックウッド
第2章 セント・ジョンズ・ウッドの市隠―アーサー・マッケン
第3章 師匠と弟子―ダンセイニ卿とラヴクラフトについて
第4章 ケンブリッジの幽霊黄金時代―M.R.ジェイムズその他
第5章 霊魂の交わるとき―メイ・シンクレア
第6章 レドンダ島の王たち―M.P.シールとジョン・ゴーズワース
第7章 魔の家を見し人は―H.R.ウェイクフィールド
第8章 思いがけぬものを求めて―リチャード・ミドルトン
第9章 付録・翻訳



定本ラヴクラフト全集〈7-1〉評論篇 (1985年)
H・P・ラヴクラフト「ダンセイニとその業績」(並木二郎訳『定本ラヴクラフト全集7-1 評論編』(国書刊行会)

 ダンセイニの伝記的なプロフィールから、実際の作品、当時ラヴクラフトが実際に読むことのできたダンセイニ作品それぞれについて解説を加えています。ラヴクラフトは批評眼はけっこう厳しい人だと思うのですが、ダンセイニに関しては絶賛に近い褒め方ですね。書き出しからして印象的です。

 これまで、ダンセイニ卿-現今存命の作家中、おそらく最も独創と個性とに富み、想像力豊かなこの作家が、相対的に冷たいあしらいを受けてきたことは、人類生来の愚昧さを称する興味深い事実である。

 ラヴクラフトとしては、ダンセイニ初期作品、『ペガーナの神々』『時と神々』『ウェレランの剣』『夢想家の物語』などについて高く評価しているようです。
 ただ当時、風俗喜劇や諷刺的な作品などが中心となりつつあったダンセイニの作風の変化には良い印象を抱いていなかったことも記されていますね。

 -昔日の神話の紡ぎ手ダンセイニから新しい風刺家ダンセイニへ、転身の全からざることを筆者は乞い願う。シェリダンの生まれ変わりも確かに貴重だが、『夢想家の物語』のダンセイニは倍も貴重なかけがえのない驚異である。余人には模倣することも、そこに近づくことも叶わない。

 今回初めて知ったのですが、この評論の訳者並木二郎は、南條竹則さんのペンネームだったのですね。道理で著書にダンセイニとラヴクラフトの章があったわけだ…と勝手に納得してしまいました。



空想文学千一夜―いつか魔法のとけるまで
荒俣宏「苦悶と愉悦の幻想軌跡」『空想文学千一夜』作品社 収録)

 1971年に書かれた文章ですが、今でも見事なダンセイニ論になっていますね。文中、ぺガーナ神話に関して「機械論的な宇宙観 ー宇宙を飽くまでも冷酷な異質者と見なす見方だー 」と表現している部分があって、なるほどなという感じです。
 『空想文学千一夜』は、荒俣宏さんの幻想文学関連の文章を集めた評論集で、このジャンルのファンには非常に参考になる本です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ダークサイドの物語  三堂マツリ『ブラック・テラー』
ブラック・テラー
 三堂マツリの短篇コミック集『ブラック・テラー』(バンブーコミックス タタン)は、不気味と隣り合わせの街「クリーピー・サイド」で起こる出来事を描いた連作短篇集です。かわいらしい絵柄ながら、描かれるのはブラックなストーリーばかりで、そのギャップも魅力的。

 人の恐怖心が見たいがために殺人鬼のふりをして人を驚かす男の物語「注目せよ」、ホラー映画が上映される映画館での出来事を描く「ホラーナイト」、人間の皮で装丁された本に執着する青年を描く「グリーンスキン」、思い出を蘇らせるため動物の内臓を食べる少女を描いた「思い出の味」、靴泥棒が思いもかけない出来事に遭遇する「イン・マイ・シューズ」、傷に執着する青年がパーティで出会った女性に惹かれるという「ハロウィンパーティ」、大胆な手術で有名な医者を描く「専門医」、死の香りを感じ取る少女と浮浪者の物語「死の匂い」、脱字だらけの手紙を届けに訪れた郵便配達夫が出会う奇怪な出来事を描いた「スペースオペラ」、各話の登場人物たちが一堂に会する最終篇「クリーピー・サイド」、死体愛好者の青年が死体との間に生まれた娘を育てることになるという読切作品「リビングデッド・ベイビー」を収録しています。

 ブラックでありながらも人間の情についても描いていて味わい深い作品、ももちろんあるのですが、救いがない徹底したブラックなストーリー、猟奇的で強烈なホラーもありと、収録作の揺れ幅が非常に広いのが魅力的ですね。
 「思い出の味」「イン・マイ・シューズ」「スペースオペラ」などでは、発端の出来事から思いもかけない展開があり、えっそんな展開に!という驚きがあります。

 死ぬ直前の人間の匂いを感じ取れる少女が、匂いのする浮浪者に惹かれていくという「死の匂い」は、予定調和的な部分がありつつも、ほのかな暖かさの感じられる作品になっています。集中でも一番「いい話」ではないでしょうか。

 一番印象に残るのは、巻末の読切作品「リビングデッド・ベイビー」でしょうか。
 死体愛好者の青年は、ある日死体との間に生まれたとしか思えない赤ん坊を見つけます。世間の目を恐れた青年は、娘をひそかに育てることになりますが…。
 非常にブラックな設定でありながら、描かれるのは親子の愛情であり、青年が立ち直るまでの物語。これは傑作だと思います。

 全体に非常にレベルが高く、怪奇幻想ファンにはお薦めしておきたい作品集です。
 「リビングデッド・ベイビー」に関しては、作者の三堂マツリさんのtwitter上で公開されていますので、気になった方はお読みになることをお薦めしておきます。

テーマ:アニメ・コミック - ジャンル:アニメ・コミック

優しい死者  ピーター・S・ビーグル『心地よく秘密めいたところ』
心地よく秘密めいたところ (創元推理文庫)
 ピーター・S・ビーグルによる、1960年発表の長篇小説『心地よく秘密めいたところ』(山崎淳訳 創元推理文庫)は、優しさと癒しに満ちたモダン・ファンタジーの名作です。

 マイケルは、ふと自分がすでに死んでおり、自分の葬式の情景を眺めていることに気がつきます。やがてニューヨークの巨大な共同墓地に遺体が運ばれたマイケルは、幽霊として存在していることを認識しますが、彼の姿は普通の人間には見えないのです。
 しかし墓場で出会った初老の男ジョナサン・レベックは、マイケルの姿を認め話しかけます。死者の姿が見えるレベックは、ふとしたきっかけから墓地に住み着き、それから19年間も暮らしているというのです。食事は鴉が運んでおり、死んだばかりの孤独な死者の話し相手を務めているのだと…。

 死んで孤独になった死者マイケルと、生きながらにしてすでに孤独な男レベック、それぞれの人生とその「再生」が描かれるというファンタジー作品です。妻に毒殺されて死んだというマイケルは、最初は怒りにかられていますが、同じく死者のローラと出会い、彼女との愛を育んでいきます。
 諦観に囚われ墓地に引きこもっていたレベックもまた、未亡人のクラッパー夫人との出会いから生きる目的が生まれ始めます。マイケルとローラが引き裂かれそうになったとき、レベックはようやく外の世界に踏み出すことになりますが…。

 静謐かつ穏やかな雰囲気で展開する作品で、すでに死んでいるはずの死者の世界が、色彩豊かに描かれます。死んでいても愛することは可能だ…という何とも力強いメッセージにあふれています。
 「死んだ後に生き始める」マイケルと「生きながら死んでいた」レベック、彼らは、互いの交流の中で、新しい「人生」をつかむことになるのです。

 脇を固めるキャラクターも魅力的で、レベックの相棒ともいえる話す鴉、レベック同様死者の見える寡黙な男カンポス、マイケルに惹かれる死者の娘ローラ、亡き夫を思いながらも、生きる力を失わないクラッパー夫人。死者も生者と同様、悩み、考える人間として描かれており、生者と死者は等価のキャラクターとして扱われています。

 死者の世界を扱っていながらも、この作品で描かれているのは、すでに終わってしまったという「後悔」でもなく、もうどうにもならないという「諦観」でもありません。生者と死者に共通する「新しい生」が描かれており、名作の名に恥じない作品といっていいかと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ユーモアと風刺  デーモン・ナイト『ディオ』
ディオ (1982年) (Seishinsha SF series〈2002〉)
 デーモン・ナイトは、アメリカの著名なSF作家にして編集者・アンソロジスト。そして短篇の名手でもあります。
 唯一の邦訳短篇集『ディオ』(大野万紀訳 青心社SFシリーズ)は、テーマはユニーク、ユーモアと風刺がたっぷりで、非常に洗練された作品集です。


「目には目を…」
 その観測衛星では、ラグビーボール型の異星人ゴルゴンの「ジョージ」を実験的に預かり共同生活をしていました。ある日ゴルゴン側は「ジョージ」は恐ろしい罪を犯しており、人類側が「ジョージ」に充分な処罰をしなければ、彼らは人類に対して処罰をするというのですが…。

 人類と異星人とのコミュニケーションの齟齬を描いたユーモアSF作品です。全く概念の異なる異星人とのコミュニケーションは可能なのか? 筆致はユーモラスですが、テーマは意外と本質的なところをついていますね。


「あの火星人をつかまえろ」
 人間が「ゴースト化」されてしまうという事件が頻発していました。犯人は火星人に違いないとにらんだ警官の「俺」は必死で火星人を探しますが…。

 ゴースト化してしまった人間は、物質をすり抜け、現実世界には影響を及ぼせなくなってしまいます。スラップスティック調に展開される作品ですが、相手の火星人の得体の知れなさが強烈で、異星人というよりは幽霊に近い感触です。ホラー味も強い作品ですね。


「四身一体」
 未知の惑星を探検調査に訪れた男女4人は、土着の生物に捕食されてしまいます。しかしその生物は補食した生物の脳を体内に保持するという性質を持っていたのです。やがて四人は異生物の体内で目を覚まします。
 彼らは、仲間の元に戻ろうとする二人と、そのままその星で生きていくしかないとする二人に意見が分かれます。互いに体の主導権争いが始まりますが…。

 異生物に脳だけ取り込まれた男女が身体の主導権争いをするという、とんでもない発想の作品です。その生物には、意思の力で体のパーツを形成する能力があるらしく、腕や足などを作ることができるのです。意見が割れた2つのグループは、互いに相手を屈服させようとします。
 非常にユニークな発想の作品なのですが、展開は飽くまでシリアス。結末では新しい人類の誕生の情景まで描かれ、唖然としてしまいます。これは傑作ですね。


「壷の中の男」
 メング星を訪れた男ヴェインは、ボーイのジミーをだまして壷の中に閉じ込めてしまいます。ヴェインが言うには、この星にはダイヤモンドを作ることのできるマラックという種族がおり、ジミーは隠れ潜んでいるマラックの一員に違いないというのですが…。

 壷に閉じ込めた男と閉じ込められた男の知的なだまし合いが続くというサスペンスフルな作品です。ジミーは本当にマラックなのか? それともヴェインの思い込みなのか? 丁々発止の争いが描かれます。


「時を駆ける」
 タイムマシンを使わないタイムトラベルの手段を発見した男ロッシは、意図せざるタイムトラベルに入ってしまいます。すさまじい速さで時間は経過していき、しかもそこから外れるやり方もわからないのです…。

 時間旅行者はどこに連れていかれてしまうのか? 一方的なタイムトラベルにより一つの宇宙が終わってしまうという壮大なスケールでありながら、どこかユーモラスな要素も感じさせる作品です。ユニークな味わいの時間SF。


「何なりと御質問を」
 人体を改造し教育するのが当たり前になった時代、ある訓練生の少年が何者かに余計な知識を吹き込まれているのに気付いたクリシュは、少年から「ただの線」で出来ているという「訓練装置」の話を聞き出し、それを調べ始めますが…。

 あらゆる質問に答えられる「訓練装置」を利用しようとした男が自縄自縛にはまってしまう…という作品。


「ディオ」
 人体を若い状態に保つ技術のおかげで、人間がほぼ不老不死になった時代、ディオは病気のせいで老化が始まってしまいます。それと同時に素晴らしい仕事をするようになったディオに対し、元恋人のクレアは複雑な気持ちを抱きますが…。

 不老不死になったがために人間は「成熟しない」というテーマを扱った作品。「老い」とは? 「成熟」とは何なのか?という哲学的なSF作品です。


 収録作はどれもスタイリッシュです。オーソドックスなテーマを扱っていてもその扱い方が洗練されているので、非常に面白く読めます。どれも面白いのですが、なんと言っても「四身一体」のユニークさが強烈で、この一篇だけでも元がとれそうな感じです。

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神々と人間の物語  ロード・ダンセイニ『ダンセイニ戯曲集』

ダンセイニ戯曲集
 ロード・ダンセイニ『ダンセイニ戯曲集』(松村みね子訳 沖積舎)は、象徴的・寓話的な作品が集められた戯曲集です。小説作品と同様、ファンタスティックなモチーフやテーマが多く扱われていますね。松村みね子による訳文も流麗で美しいです。

「アルギメネス王」
 かって王だったアルギメネスは、ダルニアックに王位を簒奪され奴隷の身分に落とされていました。課された労働の最中に、地中から剣を見つけたアルギメネスは、その剣を使い王位を取り戻そうと反乱を起こしますが…。
 かっての王が奴隷となり、また現在の王もまた王位を追われてしまう…という無常観に満ちた作品です。

「アラビヤ人の天幕」
 砂漠の先の土地にあこがれる王は、一年の約束で旅に出てしまいます。やがて砂漠で出会った流浪民の恋人とともに王国へ帰ってきた王でしたが…。
 外の世界に憧れる若き王を描いたロマンティックな作品。乞食と王が入れ替わってしまう…という趣向も面白いですね。

「金文字の宣告」
 王国の扉に少年が金で描いた落書きの言葉は、王国中で騒ぎを引き起こします。落書きが「星の言葉」であると考えた王は、その意味を解くように家臣に命令しますが…。
 子供が何の気なしに書いた言葉を意味深にとらえてしまう大人たち。しかもそれが詩的な雰囲気を持って語られるところがまたロマンティックです。

「山の神々」
 乞食のアグマアは、ある日仲間の乞食たちとともに山の神々のふりをして国に入り、食べ物や酒をせしめようと考えます。彼が本当に神であるのか半信半疑の人々でしたが、やがて山の神の像がいなくなっていることがわかります…。
 乞食でありながら知恵者であるアグマアの行動が印象的です。自分たちが神であることを納得させるために口に出される言葉や行動に実に説得力があるのです。やがて神のふりをしたものたちに罰がくだることになりますが…。
 本物の神々が間接的にしか登場しないところが面白いです。乞食たちの結末が示されることで、人々は乞食たちが本物の神だったと思い、また読者には、本物の神々がいたことがわかるという仕組み。これは傑作ですね。

「光の門」
 死んでしまった泥棒のビルは気が付くと門の前に立っていました。門のそばには昔馴染みですでに死んだ別の泥棒ジムがいました。ジムはここには希望は全くないとあきらめていますが、ビルは門の向こうには希望があるはずだと考え、門を開けようとします…。
 死んで後も希望を失わないビルと、希望を失ってしまったジム、二人の泥棒が対照的に描かれます。どこかリリカルな世界観で展開される作品なのですが、どこからか神々(創造主?)の笑いが聞こえてくるようなナンセンス味かつ残酷な味もあり、集中でも印象深い作品です。

「おき忘れた帽子」
 家の前に立っている紳士は、道行く人を捕まえては、理屈をつけて家の中から帽子を取ってきてくれないかと頼みます。断る人々ばかりのなか、詩人の話を聞いた紳士は気を変えますが…。
 労働者、店員、詩人と、次々に人が入れ替わっていくのが楽しいです。結局、空想力豊かな詩人に紳士は心を動かされることになりますが…。

「旅宿の一夜」
 インドの石像から宝石を盗み出した泥棒一味は追い詰められていました。3人の僧侶たちが彼らを追いかけてきており、すでに何人かの仲間は殺されてしまったのです。一味の中の知恵者トッフは、追手を始末する方法を考えますが…。
 これは開幕からサスペンスに満ちた展開の作品。泥棒一味の作品が上手くいったかと思いきや、意外な結末が待っています。ファンタジー味も強い作品です。ボルヘスがアンソロジー<バベルの図書館>のダンセイニの巻に選んでいた作品でもありますね。

「女王の敵」
 女王の招きに応じて集まった彼女の「敵」たち。彼女の企みを疑う人々でしたが、女王の真心あふれる言葉に、「敵」たちは警戒を解いていきます…。
 「いい話」かと思いきや、意外な結末が待ち構えています。女王のキャラクターが印象に残りますね。

「神々の笑い」
 家臣たちの願いに応じて、カアノス王は美しい藪の市テックに都を移します。しかし家臣の妻たちは買い物もろくにできない町に嫌気がさし、元の都バアバル・エル・シャアナックに帰りたいとこぼします。家臣たちは予言者の弱みを握り王が元の都に帰りたがるよう偽の予言をさせますが…。
 自分たちの望みのため予言を利用する人間たちの物語。神託を信じるような人々のいる世界が舞台になってはいるものの、そこで展開される人々のやりとりは、極めて人間くさいドラマになっています。
 それだけに結末も現実的なものになるのかと思いきや、そこはやはりダンセイニ、ファンタスティックな結末が待ち構えています。

 収録作品では、「乞食」や「泥棒」といったアウトローたちが活躍する作品が多いのが特徴です。ダンセイニ世界の中で重要な役割を担う「王」や「詩人」に劣らず、彼らは重要な役割を与えられているようです。特に「山の神々」に登場する乞食アグマアは強烈な存在感がありますね。
 多くの作品で「神々」が登場しますが、登場する神々は総じて残酷です。「山の神々」「旅宿の一夜」「神々の笑い」といった作品では、神々を侮辱したがために人間が痛い目に合うという解釈もできるのですが、「光の門」における神はそうではありません。 神々は、登場人物たちを絶望に落とし込むためだけに残酷な行為を行っているように見え、その「気まぐれさ」が印象に残ります。
 また神々を多く登場させながらも、人間化された神、あるいは人格を持つキャラクターとして登場する神は皆無で、物語の背景から存在感を放つ…といったタイプの神が多いですね。特に「光の門」の神は、まったく姿を現さないながらも、強烈な存在感があります。



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 ついでに、ダンセイニ研究誌『PEGANA LOST vol.8』に収録されたダンセイニの単行本未収録の戯曲も紹介しておきましょう。


「もしもあの時」(松村みね子訳『PEGANA LOST vol.8』収録)

 妻のメリイと子供たちともにささやかながら幸せに暮らしていたジョン・ビイルは、ある日アリという東洋からの客人の訪問を受けます。ジョンはアリが破産したときに会社を通して少しばかりの金を融通してやったというのです。そのお礼にと、アリは不思議な水晶を差し上げようと言い出します。
 その水晶に願うと、自分の望みの過去に戻ることができ、そこで過去に行ったのとは違う選択をすることができるというのです。そしてそこから一日経つと、過去が変わった状態で現在に戻ってくるのだと。
 ジョンはかって駅員のせいでロンドン行きの列車に乗れなかったことを腹立たしく思っており、それについて正してきたいと考えます。メリイは自分たちとの出会いがなかったことになるのではないかと心配しますが、ジョンは会う相手が結局約束をすっぽかしていたのだから問題はないと話します…。

 過去をやり直すというファンタスティックな設定で、非常に読ませる作品になっています。一本の列車に乗れたか乗れないかで、一人の男の運命が変わってしまうのです。列車の中で出会った妖艶な女性ミラルダに惹かれたジョンは、彼女の相続を助けるために、遠くペルシャの地にまで行くことになります。
 従来あったはずの平和な生活が、血と暴力に満ちた陰謀劇になってしまうという、その対比が面白いですね。最初はただ不遇な目にあっている可憐な女性と思われたミラルダが、サディスティックな性質を露にしてくるという展開も刺激的です。その点「宿命の女」的要素もありますね。

 同じく松村みね子訳を集めた『ダンセイニ戯曲集』収録作と比べても、かなり長めの作品なのですが、物語に推進力があり、読ませる力がすごいです。ループを描くかのような結末の処理も洗練されていて、非常に完成された作品といえますね。
 SFで言うところの「歴史改変もの」で、1921年という発表年を考えると、かなり先駆的な作品といっていいかと思います。

 この手のテーマだと、主人公が重大な選択を後悔していてそれをやり直したいというパターンが多いのですが、この作品の場合、主人公は今の生活に基本満足しています。ただ腹立たしく思っていた過去の不満をはらそうとするだけなのです。
 しかしそんな些細な動機があっさりと運命を変えてしまいます。このあたり、人間が人生を切り開くというよりも、むしろ「運命」に翻弄されてしまう…という、ダンセイニ独自の視点が感じられますね。


「カボチャ」(未谷おと訳『PEGANA LOST vol.8』収録)
 軽いタッチのユーモア喜劇。農夫から買ったカボチャで巨大な力が引き出せると豪語する科学者をめぐるスラップスティックな作品です。

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ロード・ダンセイニの長編小説を読む
 アイルランドの作家、ロード・ダンセイニ(1878-1957)の長編小説は何作か邦訳がありますが、それぞれが独自の魅力にあふれています。もっぱら掌編といっていい長さの作品が多い短篇に比べ、ダンセイニの描くファンタジー世界にどっぷり浸かれる…というのが長篇作品の魅力でもありますね。
 以下、いくつかの作品を紹介していきたいと思います。


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『エルフランドの王女』(原葵訳 月刊ペン社)

 アールの郷の人々は評定の結果、国王に請願を行います。魔を行う国主にこの国を治めてほしいというのです。王は長男アルヴェリックに、妖精の国エルフランドに行き王女リラゼルを娶るようにと話します。アルヴェリックは魔女ジルーンデレルに鍛えてもらった魔剣を手にエルフランドに向かいますが…。

 人間世界とエルフランドをめぐる、ひたすら美しいファンタジー作品です。魔剣を手に主人公アルヴェリックがエルフランドに向かう序盤は、ヒロイック・ファンタジーといっていい展開で非常に面白いです。魔女に鍛えられた魔剣の力は強力で、エルフランドの魔法も寄せ付けません。結構あっさりと王女リラゼルを連れ出すことに成功します。
 エルフランドから王女を連れだし結婚するまでの部分は、分量としては実は全体の1/3程度です。後は何が描かれるかというと、人間界の空気に馴染めずエルフランドに戻ってしまったリラゼルを求めて再度旅に出るアルヴェリックと、残された息子オリオンの成長の過程が描かれていきます。

 アルヴェリックの妻を探す旅のパートは絶望的な空気に覆われていて、エルフランドを一向に見つけることができません。旅の共にと選んだ面々もどれも変わった人間ばかり。何年も放浪を続けるうちに仲間も人数が減っていきます。残されたのは狂気に憑かれたような人間ばかりなのです。
 強力な魔剣や連れ出した仲間たちが障害になって、さらにエルフランドへの道が遠のく…という展開も面白いですね。アルヴェリックも含め、ある種の狂気の一行が旅をする過程は、同じくダンセイニの短篇「カルカソンヌ」を思わせます。

 比べて、エルフの血を引いた息子オリオンのパートでは、ところどころに魔法の香りが感じらる美しい情景が描かれます。彼自身の魔法を感じ取る能力をきっかけに、エルフランドの魔法の生き物たちとの交流なども描かれていきます。

 後悔に苛まれるアルヴェリック、母の愛を求めるオリオン、そして人間界への郷愁にとらわれるリラゼル、彼らの思いが交錯するなか、エルフ王の魔法が世界を覆っていく…というラストの光景はひたすら美しいですね。
 ユニコーンやトロールなど、魔法の生き物たちの描写もリアルで魅力的です。魔法の力、エルフランドの情景、自然の美しさ…、描かれる世界のことごとくが美しさに満ちていて、またその中で描かれる物語も魅力にあふれています。
 時が止まったかのようなエルフランドの世界観もユニークですね。妖精世界と人間世界とが場所的なものだけでなく「時間」によっても隔てられているというのは、ダンセイニならではの視点ではないでしょうか。
 ダンセイニ作品の中でも屈指の美しさと完成度を誇っていて、間違いなく「傑作」といっていい作品だと思います。



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『影の谷年代記』(原葵訳 月刊ペン社)

 スペイン、アルゲント・アレスの谷地の領主には二人の息子がいました。領主は身まかるにあたって、長男ロドリゲスに土地は不出来な弟に譲ってやってほしいと話します。剣とマンドリンの腕に優れるロドリゲスは、その腕一本で戦を求めて旅に出ることになります。
 父親から譲り受けたカスティーリャの名剣とマンドリンを携えたロドリゲスは、旅の途次、ふとしたことから従僕として彼に仕えることになったモラーノとともに冒険の旅を続けますが…。

 スペイン黄金時代を舞台にした、剣と魔法と恋をめぐるファンタジーです。主人公たちは『ドン・キホーテ』をモデルにしていると思しき主従です。ロドリゲスは騎士道精神にあふれた好青年、モラーノは粗野ながら明るい剽軽者です。この主従が旅の途次に次々出会う事件や出来事が描かれていくという、連作的な味わいの作品になっています。
 財産を持たないため、最初は漠然と「いくさ」を求めていたロドリゲスが、やがて手に入れたいもの、具体的にはそれは「恋人」であり「自分の城」なのですが、それらを求めていくことになります。しかしその過程は順風満帆ではありません。

 剣の腕が立つといっても、それ以上の腕を持つ相手と出会ってしまいますし、恋をした女性にも上手くアプローチできません。城を手に入れたと思っても、それは空約束だったりと、主人公の努力が必ずしも成果に結びつかないのです。
 その意味で、作品全体にある種の「無常観」というか「諦観」が流れていて、基本は楽しい冒険ファンタジーでありながら、どこかほろ苦い部分もあるのが読みどころでしょうか。

 主人公自身は魔法を使わないものの、作中多くの魔法が登場します。タイトルにもある「影の谷」の王が使う魔法もそうですが、一番印象に残るのは「オリオンの奴隷」と呼ばれる魔法研究者の教授が使う魔法です。何とロドリゲスとモラーノの魂を宇宙に飛ばして、他惑星のヴィジョンまで見させるのです。
 この教授が使う魔法の威力は強烈で、後半メインになる影の谷のそれよりも目立つのですが、脇道のエピソードといった感じで途中退場してしまうのがちょっと残念ですね。

 主人公ロドリゲスは、品行方正で礼儀正しく、非常に好青年なのですが、キャラクター的にはやはり従僕のモラーノの存在感が強烈です。粗野ながら忠義に熱く、ユーモア精神もあり、主人の危機にもかけつける…という存在。
 剣で負けそうになった主人の危機を救うため、モラーノが敵を後ろからフライパンで殴るシーンは楽しいです。しかもそれが原因で騎士道を重んじるロドリゲスから殺されそうになったりします。ロドリゲスに追われたモラーノが、体型に似合わぬものすごいスピードで消えていくシーンは抱腹絶倒です。

 冒険と魔法、恋と挫折、ユーモアとペーソス…。いろいろな要素が盛り込まれた良質なファンタジー作品ですね。



魔法使いの弟子 (ちくま文庫)
『魔法使いの弟子』(荒俣宏訳 ちくま文庫)

 スペインの片田舎の領主の息子ラモン・アロンソは、年頃になった妹ミランドラの嫁入りの持参金を作るために、父親から魔法使いのもとに弟子入りして、黄金を作る秘法を学んでくるようにと言われます。
 かってラモン・アロンソの祖父は魔法使いにいのしし狩りを教えたことがあり、子孫に貸しがあるというのです。弟子入りに成功したラモン・アロンソは、師匠に秘法の伝授を乞いますが、教えるには相応の対価が必要だと話します。その対価とはラモン・アロンソの影でした。
 魔法使いのもとで働いている掃除女アネモネは、不死のためにかって魔法使いに影を渡してしまっており、その後悔からラモン・アロンソに絶対に影を渡さないようにと忠告します。一方、妹のミランドラは、父親が嫁入り先に考えているグルバレスが影の谷の公爵と共に屋敷を訪れることを知ります。
 ラモン・アロンソは手ほどきとして師匠から知識を得るものの、肝心の黄金作りの秘法を手に入れられないまま影を奪われてしまいます。影を取り返そうと智恵を絞るラモン・アロンソのもとに、妹から惚れ薬を作ってほしいとの依頼が届きますが…。

 魔法使いに弟子入りした若者の冒険を描くファンタジー長篇です。ずるがしこい魔法使いに影を奪われてしまった青年が、知り合った掃除女の影と自分の影を取りかえそうとする…というのがメインのストーリーです。
 影を奪われると、その人間は魔法使いの意のままになってしまうのです。影が封じられた箱を解錠する呪文が漢字になっているというのも面白い趣向です。

 剣には自信のある主人公が力づくで影を取り返そうとするものの、魔法の力には及ばず、智恵を絞って打開策を考えていくことになります。魔法の呪文を解読するための過程はなかなかスリリングですね。

 影を奪われた主人公が偽の影を作ってもらい、最初はそれに満足しているのですが、その影で人々の前に出た結果、まともな人間とは認められず迫害されてしまいます。影は人間性の象徴としても機能しているようなのです。
 このあたり、シャミッソー『影をなくした男』やホフマン「大晦日の夜の冒険」などとも通底するテーマが扱われています。

 正義感はあるもののどこか空回りする主人公ラモン・アロンソに比べて、妹のミランドラは、終始賢く冷静に立ち回るイメージの強いキャラクターです。好機を見逃さず自身の幸せを手に入れることになるのです。通る道は違えど、最終的には兄妹が幸せになるという意味では非常に読み心地の良い作品ですね。

 作中に登場する「影の谷の公爵」は、同じくダンセイニの長篇『影の谷年代記』に登場する主人公の二代目、という設定です。スペイン黄金時代という舞台設定と世界観は同じくするものの、お話自体は直接的にはつながっていないので、単独でも楽しめます。

 敵役として登場する魔法使いは、固有名詞が出てこないというユニークなキャラなのですが、研究が全てであり、世俗的な富などには関心を持っていません。さらには魂や人間性というものに対しても関心を払っておらず、その度合いは地獄に落ちても構わない…という徹底したもの。
 それだけに主人公の造反に対しても、それほど復讐の念を覚えたりはしないのです。ラストでは、魔法使いのその後の情景が描かれるのですが、ある意味予定調和的な主人公兄妹の結末に比べて、妙に印象に残るシーンになっています。



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『牧神の祝福』(杉山洋子訳 月刊ペン社)

 イギリスの寒村ウォルディングでは、夜な夜な若い娘たちが丘陵に向かって出かけていました。娘たちは不思議な笛の音に惹かれて出ていくらしいのです。笛は村に住む少年トミー・ダッフィンが、川沿いの葦で作ったものでしたが、彼自身にもわからぬ力で、村人たちを惹き付けていきます。
 危機感を感じた村の司祭アンレルは、両親にトミーの行為をやめさせるよう働きかけますが果たせません。調べていく内に、トミーの洗礼を行ったのは失踪したアンレルの前任者アーサー・ディヴィドソン師だったこと、失踪前にディヴィドソン師の奇怪な姿が目撃されていることも分かってきます。
 主教や外部の人間に協力を求めるアンレルでしたが、彼らはまともに取り合ってくれません。やがてトミーの笛の力は娘たちだけでなく、青年たち、大人の男女たちまでをも魅了していきます…。

 牧神の力によりキリスト教信仰が危機にさらされた村で、孤軍奮闘する司祭を描く異色作です。牧神の笛の音によって村が異教の信仰になびいていくのですが、少年トミーが吹いているのは、おそらく牧神の葦笛であり、彼は牧神に憑かれているといっていいのでしょう。その影響で村人たちがキリスト教信仰から離れていくのを危惧した司祭アンレルは、信仰を守ろうと孤軍奮闘するのです。しかし牧神の力は強く、村人たちは皆トミーの影響下に入ってしまいます。

 この作品で描かれる「異教」は、特に邪悪なものではなく、近代文明を放棄して原始に帰ろうとするものです。アンレル自身もその影響を受けながらも、自らの使命感から最後まで踏みとどまることになります。

 ダンセイニの持ち味であるほのかなユーモアと詩情があり、とても読みやすい作品なのですが、読み終わってみると、まるで「モダンホラー」といった感触が強いです。ホラーチックな印象を与えるのは「敵」の正体がはっきりしない、ということからも来ています。
 過去に失踪したディヴィドソン師が牧神の化身だったのではないかという疑いなどは言及されますが、人々に影響を及ぼすのは飽くまでトミーの笛であり、最後まで「牧神」自体は登場しません。その意味で非常に得体の知れない力が描かれており、侵略SF作品を読んでいるような錯覚も覚えますね。

 キリスト教の力が負けてしまう…というのも、当時の読者にとっては衝撃的だったのではないでしょうか。「牧神」といえばアーサー・マッケンを思い出しますが、官能性という点では共通するものがあるものの、ダンセイニ作品ではマッケン作品ほどの邪悪さは感じられません。
 本作品での牧神の力は、何かを積極的にやらせるというよりは、消極的に何もしなくなる…という方向に働いています。文明対自然といった構図も見え隠れしますが、特徴的なのは文明を積極的に破壊するのではなく、だんだんと劣化するに任せていく…という姿勢です。
 ただ「異教の力」というのも、キリスト教を代表するアンレルたちから見た見方であって、その力に浴した人々にとっては、まさに「牧神の祝福」に他ならないのです。まともな判断力を失っているとはいえ、彼ら自身は「幸福」なのですから。

 ダンセイニは、人間や人間の理性の勝利といったことをあまり信用していないところがあって、この『牧神の祝福』はその傾向がかなり強く出た作品ではないかと思います。
 ダンセイニの邦訳作品中では、かなり問題意識が強い作品といっていいでしょうか。ただ物語のタッチは非常に穏やか、自然描写は流麗であり、美しい仕上がりの作品なのは間違いないところです。

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不思議な玩具の物語  詩野うら『有害無罪玩具』
有害無罪玩具 (ビームコミックス)
 詩野うら『有害無罪玩具』(ビームコミックス)は、SF的・幻想的な要素の濃いマンガ短篇集です。「人間の自由意志はあるのか?」とか「自分は本当に自分なのか?」といった哲学的なテーマがところどころに埋め込まれていて、恐ろしく密度の濃い作品集です。

 なぜか販売が停止された品物を収集する博物館を描く「有害無罪玩具」、止まった時間の中に閉じ込められた女性を描く「虚数時間の遊び」、不死で知性のない人魚をめぐる「金魚の人魚は人魚の金魚」、時間飛行士になった女性が1000年後の世界を訪れ、亡くなったパートナーの魂に出会おうとする「盆に覆水 盆に帰らず」の4篇を収録しています。

 「有害無罪玩具」では、販売中止になった様々な不思議な道具が紹介されていきます。自我のあるしゃぼん玉、0.5秒先の未来が見える眼鏡、未来に自分が描く絵を予知する機械、人によって見える姿が変わる人形、存在しなかったアニメの偽装記憶を植えつける装置など。
 アイディア自体も面白いのですが、さらに面白いのはその道具を使う人間の意識や行動が変わっていく様を描くところです。例えば0.5秒先の未来が見える眼鏡によって、自分の行動に意識的になり上手く動けなくなってしまう…とか。

 見る人をだましてその人の五感にとって好ましいデザインに感じさせるという「万能デザイン人形」のパートでは、その効果を示すために、人形を見ている二人の視点が同時に描かれるという面白い試みがなされています。
 二人には同じ人形が全く違う姿に見えているのですが、その姿を表現する相手の言葉までもが改竄されるので、同じものについて語っているとしか認識されない…というのです。他の道具のパートでも大なり小なりこうした問題意識が描かれており、非常に考えさせる作品に仕上がっていますね。

 「虚数時間の遊び」は、止まった時間の中に閉じ込められた女性を描く作品。無限の時間を過ごすために、主人公は様々な暇つぶしを考えます。あまりの退屈さに「幻の自分」を作り出したり、1億年単位で暇つぶしを考えたりと、ある意味、非常に恐ろしいテーマを扱った作品です。

 「金魚の人魚は人魚の金魚」は、人間が愛玩用に作り出した金魚の人魚が描かれます。不死であるのでどんな環境でも生きられ、しかし知性はないに等しいのでただ回遊するばかりという存在。周りの人間が争ったり、文明が壊滅してさえ、人魚自体は何も変わらないのです。
 やがて宇宙に追放されたり、地球が人間の住めない星になっても、人魚はただそこにいる…という無常観と、愚かな行動を繰り返す人間が対照的に描かれていて、文明批評的な視点もありますね。

 SFでいうところの「センス・オブ・ワンダー」が感じられる作品集で、これはお薦めしておきたいと思います。

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ロバート・ブロックのホラー2冊を読む
 ロバート・ブロック(1917-1994)は、アメリカの作家・脚本家。少年時代にH・P・ラヴクラフトとの文通を通して、彼からの強い影響のもとに創作を始めました。初期作品はクトゥルー神話的な要素が強い作品が多いのですが、だんだんと独自の作風を見い出し始めます。
 具体的には人間の精神的な恐ろしさを描く「サイコもの」に活路を見い出しました。それゆえ、ブロックの作品には精神病質者、殺人鬼、切り裂きジャックなどがよく登場します。
 以下、ちょうどラヴクラフトの影響が強い初期の短篇集と、ブロック独自の作風が完成してから書かれた長篇を紹介したいと思います。


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『暗黒界の悪霊』(柿沼瑛子訳 ソノラマ文庫海外シリーズ)

 ラヴクラフトの強い影響のもとに書かれた、ブロックの最初期の怪奇小説集です。ほとんどの作品にクトゥルー神話的なモチーフが使われています。

 ラヴクラフトをモデルにした作家が登場することで有名な「星から来た妖魔」、自身の悪の人格を催眠術によって引き出そうとする男を描く「自滅の魔術」、巨大なこぶを持つ呪われた一族の青年をめぐる「悪魔の傀儡」、大学教授が見る奇怪な夢をめぐる「嘲笑う屍食鬼」、古代エジプトと「赤死病の仮面」を混ぜ合わせたユニークな「セベク神の呪い」、自分の見た怪奇な夢を小説にし続ける作家を描いた「暗黒界の悪霊」、一族の秘密が隠された納骨所を描く「納骨所の秘密」、旧神ナイアルラトホテップの彫像をめぐる「顔のない神」などが面白いですね。

 ブロックが20歳になる前に書かれた、習作的な位置づけの作品集ですが、ちゃんとエンターテインメントとして読ませるものになっているのに感心します。師匠のラヴクラフトより、見せ場が視覚的、ヴィジュアルに訴える表現になっているのですよね。
 例えば「星から来た妖魔」では、ラヴクラフトをモデルにした作家が登場して、作中で殺されてしまうのですが、その部分がスプラッタそこのけの表現でびっくりします。青年のこぶをテーマにした「悪魔の傀儡」とか、「グール」の登場する「納骨所の秘密」などでも、グロテスクなモチーフが登場します。

 クライマックスでは、ちょっとしたアクションシーンなどもあります。全体に、良い意味での「稚気」にあふれていて、怪奇小説ファンとしては楽しめる作品集でしょう。



アメリカン・ゴシック (1979年) (Hayakawa novels)
『アメリカン・ゴシック』(仁賀克雄訳 早川書房)

 城とも見紛う豪華な建物で商売を始めたドクター・ゴードン・グレッグ。彼の妻が失火による事故死を遂げたことから巨額の保険金が支払われます。新聞記者の女性クリスタルは、保険業に従事する恋人の青年ジムを通じてグレッグの件を知り、彼に疑いを抱くようになります。
 グレッグの死んだ妻ミリセントの姪を名乗り、グレッグの秘書として潜り込んだクリスタルでしたが、グレッグはなかなか隙を見せません…。

 実在のアメリカの連続殺人鬼H・H・ホームズをモデルにしたサスペンスホラー小説です。
 読者には初めから、グレッグが殺人鬼であることは明かされており、彼の行状と、ヒロインであるクリスタルの調査が並行して描かれていきます。ヒロインの調査行はオーソドックスな展開なので、読みどころはグレッグが犯行を繰り返していく部分でしょう。

 このグレッグが、頭が切れて口が上手くハンサムな男と言う設定です。問題が起きても口八丁とはったりで切り抜け、無理そうだとわかると即座に殺してしまうという冷血漢。金目当てで女性を誘い込むだけでなく、借金の取立てに来た人間や脅迫に訪れたかっての仲間なども、あっさりと始末していきます。
 そもそも、彼が作ったビル自体、殺人を犯すためにカスタマイズされており、死体を落とすためのダストシュートがあったり、地下の処分場があったりと、用意万端なのです。このあたりの描写は、ブロックの筆が冴えていますね。

 19世紀末アメリカ、「城」に住む殺人鬼と命を狙われるヒロイン…と、現代風の「ゴシック・ロマンス」ともいえる内容で、タイトルの「アメリカン・ゴシック」はそれを言ったものでしょうか。
 ヒロインのフィアンセである青年ジムが全然活躍しないなと思ったら、途中からヒロインの上司である編集長が登場し、なぜかヒロインはそちらに靡いてしまうという展開にはちょっとびっくりします。

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引き裂かれる恋人たち  アン・ラドクリフ『イタリアの惨劇』
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 イギリスの作家アン・ラドクリフ(1764-1823)は、当時絶大な人気を誇った女流作家です。ゴシック小説の代名詞的存在であり、後代にも大きな影響を与えました。日本でも唯一邦訳があり、それが長篇『イタリアの惨劇』(1797)(野畑多恵子訳 国書刊行会)です。
 迫害される乙女、引き裂かれる恋人、悪漢の陰謀、隠された犯罪…。ロマンティックな雰囲気の中にも読者を楽しませる工夫が所々に忍び込ませてあり、当時人気があったのも頷けます。現代のエンターテインメントの祖形ともいうべき作品ですね。

 1758年イタリアのナポリ、侯爵の息子ヴィンチェンティオ・ディ・ヴィヴァルディは、美しい娘エレーナとの結婚を望みますが両親に反対されてしまいます。母親の侯爵夫人は虚栄心に満ちた利己的な人物であり、ささやかな遺産で伯母と共に暮らすエレーナを身分違いだとしてはねつけます。
 結婚の意思を曲げようとしない息子を見た侯爵夫人は、相談役である告解師スケドーニ神父に依頼し、エレーナを誘拐させ修道院に幽閉してしまいますが…。

 引き裂かれた恋人たちが再び出会うまでを描くロマンティック・サスペンス、といっていいでしょうか。息子の結婚を認めようとしない母親が、相手の娘を誘拐させる…という、ある意味ドメスティックな題材から始まる物語なのですが、話がどんどんエスカレートしていく面白さがあります。

 恋人たちが出会い、やがて引き裂かれてしまう…という序盤は、正直、今読むと多少冗長な感じではあるのですが、エレーナがさらわれ、恋人ヴィヴァルディが救出に乗り込むあたりから、物語は俄然面白くなります。
 キャラクターもそれぞれ描き込まれていて厚みがあるのですが、正義感に満ちた主人公ヴィヴァルディよりも、悪漢スケドーニの方が魅力が感じられますね。このスケドーニ、単純な悪役ではなく、多面的な性質を持つキャラクターとして描かれているのが特徴です。基本は激情的ながら、あるときは冷静に物事を考えたり、相手を殺そうとして躊躇するような良心も残っていたりと、矛盾に満ちた性質であり、またそれゆえに人間的な魅力が感じられます。
 物語中盤では、そのスケドーニの「良心」と「変心」によって、ストーリーが移り変わっていく…という展開も非常に面白いですね。古い作品なので、単純で一方通行的な話なのではないかと思いきや、急展開やひっくり返しなど、ストーリー上の起伏が結構あって飽きさせません。

 超自然的な要素もわずかに登場しますが、最終的には全て合理的に解決されます。その意味では、怪奇幻想小説というよりはサスペンス小説に近いタイプの作品です。登場人物の心理がこまめに描写されるので、キャラクターの行動原理がわかりやすく、物語の展開に納得感がありますね。
 ただ、悪役であるスケドーニの心理も細かく描写されるので、ヒロインの悪漢に対する恐怖を読者が追体験する…というような要素はとぼしいです。むしろ人間味あるキャラだけに、スケドーニに対して読者は同情的になってしまうところがあります。
 また場面場面の盛り上げは上手く、スケドーニが殺人を犯そうとするシーンや、後半登場する法廷シーンなどは、かなり迫力がありますね。

 このジャンルの「元祖」であるがゆえに、今読むとステレオタイプな部分も目につきますが、それでもなお原初的なハラハラドキドキ感があります。エンターテインメントの元祖として今でも面白く読める作品ではないでしょうか。
 ラドクリフの代表作としては『ユードルフォの秘密』の方が有名ですが、解説によると小説の出来栄えとしては『イタリアの惨劇』の方が上であるとの判断から、こちらを翻訳したとのことです。怪奇幻想味としては『ユードルフォの秘密』の方が濃いようなので、こちらもいつか読んでみたいところです。

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夢想家の物語  ルートヴィヒ・ティーク『青い彼方への旅』
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 ドイツ・ロマン派の巨匠ルートヴィヒ・ティーク(1773-1853)の長篇メルヒェン作品『青い彼方への旅』(垂野創一郎訳 エディション・プヒプヒ)は、E・A・ポオの短篇「アッシャー家の崩壊」において、主人公の愛読書の一つとして挙げられていることでも有名な作品です。

 領主の跡継ぎである青年アセルスタンは、その夢想家気質から旅に憧れ、友人フリッツとともに城を抜け出して放浪を続けていました。父親からの使いに見つかってしまったアセルスタンは、一人逃げ出し旅を続けますが、彼が出会ったのは妖精に関わる様々な事件でした…。

 メインは中世を舞台にした妖精物語ですが、その物語を含む枠構造が非常に複雑で、ユーモアと皮肉にあふれているのが特徴です。
 中心となるアセルスタンの物語が、古い写本に記された内容だという設定なのですが、複雑なのは、その写本が何人もの人間の手によって改変・改竄されているというところ。もともと韻文だったのを散文に書き換えたり、紛失した部分を埋め合わせたり、場合によってはほぼ全体を書き換えた…という記述も。

 登場した時点で、その写本の内容が「怪しい」のが露骨に示されるのですが、さらに複雑なことに、写本を読んでいる「語り手」ビースコウが、さらに本の内容に手を入れているだろうことが示唆されます。また、ビースコウの死後その内容を友人が編集しているのが『青い彼方への旅』という作品なのです。
 何重にも組み合わされた「語り」は、眩暈がするようです。枠の外の物語も皮肉に富んだ語り口なのですが、枠内のアセルスタンの物語でも、主人公を含めメタフィクショナルな発言が多用されたりと、全体に風刺的なトーンが強い作品になっていますね。

 アセルスタンの物語自体は、非常に面白い物語です。放浪する夢想家の青年が様々な妖精事件に出会います。妖精郷から帰ってきたため現実に興味を失ってしまった老人の話や、赤ん坊の頃、取替え子としてやってきたコボルドが騒動を巻き起こす話など。
 やがてアセルスタンは夢のような結末を迎えます。しかしそれが真実なのか、写本に手を加えた「捏造」なのかは、誰にもわかりません。メルヒェンでありながら現実的な要素も強く、そのあたり「アイロニー」といっていいのでしょうか。非常に前衛的かつ近代的な作品といっていいかと思います。

 ちなみに、荒俣宏編『怪奇文学大山脈1 西洋近代名作選 19世紀再興篇』(東京創元社)に収められているティークの同名作品は抄訳になっています。

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ある国の論理  エラリイ・クイーン『第八の日』
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 エラリイ・クイーン『第八の日』(青田勝訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)は、本格推理の巨匠の異色作。読み方によっては幻想小説とも解釈できる作品です。

 1943年、戦意高揚のための映画脚本を書かされ続け疲労したエラリイは、ニューヨークへの帰路、道を間違い砂漠に迷い込んでしまいます。たどり着いたのは、住民たちがクイーナンと呼ぶ集落でした。そこは、三世代に渡って外界と接触を絶っており、独自の戒律と思想によって数百人が暮らす場所でした。
 クイーナンの指導者である「教師」に予言の人物であると思い込まれたエラリイは、そこでしばらく生活することになります。クイーナンには貨幣経済も存在せず、原始的な生活が営まれていました。しかし、食物も豊富に存在し、犯罪もないその社会をエラリイは楽園ではないかと考えます。
 やがて「教師」しか入れないはずの「聖所」の鍵が盗まれたこから、事態は不穏な空気を帯び始め、やがてクイーナンにはあり得ないはずの「殺人」が起こってしまいます。エラリイは犯人を捜すことになりますが…。

 宗教団体内で発生した殺人事件を扱った作品です。しかもその団体は、砂漠の中で孤立した生活を営んでいます。法も倫理も思考形態まで異なる世界で犯人は裁けるのか? ミステリというよりは幻想小説に近い作品です。

 「犯人探し」という意味では、わりと単純な話ではあるのですが、なぜ殺人事件がその社会においてそういう形で起こらなければならなかったのか? という部分には説得力がありますね。とはいえ、その論理は通常社会のそれではなく、クイーナンという閉鎖環境における異様な論理に支配されています。

 数十年前に罪を犯した人間を銀貨を持たせて放逐するというエピソードに代表されるように、物語のあちらこちらに宗教的(キリスト教的)な寓意が埋め込まれています。そしてその宗教的な要素は、物語全体に対しても適用されているのです。
 ある意味、探偵エラリイは「神」によって決められた動きをしているだけ…とも読める作品で、これは確かに問題作ですね。面白いのは、クイーナンでは「嘘をついてはいけない」という思想があり、容疑者たちは絶対に嘘をつかない…という設定になっているところ。この伏線が最後になって効いてきます。

 宗教的な意匠にあふれてはいるものの、結末ではそれが「ひっくりかえされる」部分もあり、正直「大真面目」にやっているのか、ちょっと判断に迷うところもあります
 ちなみに『第八の日』は、SF作家のアヴラム・デイヴィッドスンが代作したと言われている作品です。プロット自体はクイーンが出しているそうですが。

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3月の気になる新刊
3月10日発売 種村季弘編『日本怪談集 奇妙な場所』(河出文庫 予価1080円)※丸善ジュンク堂限定復刊
3月10日発売 種村季弘編『日本怪談集 取り憑く霊』(河出文庫 予価1080円)※丸善ジュンク堂限定復刊
3月10日発売 中野美代子・武田雅哉編『中国怪談集』(河出文庫 予価1080円)※丸善ジュンク堂限定復刊
3月10日発売 由良君美編『イギリス怪談集』(河出文庫 予価1080円)※丸善ジュンク堂限定復刊
3月11日刊 ショーニン・マグワイア『砂糖の空から落ちてきた少女』(創元推理文庫 予価972円)
3月13日刊 イアン・バンクス『蜂工場』(Pヴァイン 予価2160円)
3月15日刊 野谷文昭編訳『20世紀ラテンアメリカ短篇選』(岩波文庫 予価1102円)
3月20日刊 ピーター・ワッツ『巨星 ピーター・ワッツ傑作選』(創元SF文庫 予価1296円)
3月20日刊 グレッグ・イーガン『ビット・プレイヤー』(ハヤカワ文庫SF 予価1123円)
3月20日刊 『カート・ヴォネガット全短篇4 明日も明日もその明日も』(早川書房 予価3240円)
3月21日刊 郝景芳『郝景芳短篇集』(白水社 予価2592円)
3月27日刊 岡谷公二『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』(河出書房新社 予価2592円)


 丸善ジュンク堂限定復刊で、河出文庫の《怪談集》シリーズから3点4冊が復刊です。日本怪談では珍しいテーマ編集のアンソロジー『日本怪談集』、小説以外も取り込んだ前衛的な『中国怪談集』、イギリスの伝統的な怪奇小説を集めた王道的アンソロジー『イギリス怪談集』の3種。以前に『ラテンアメリカ怪談集』も復刊していますので、じわじわこのシリーズの復刊が進んでいるような感じです。『ドイツ』『ロシア』などの復活も期待したいところです。

 イアン・バンクス『蜂工場』は、以前集英社から邦訳が出ていたものの新訳のようです。かなりぶっとんだ作品なので、前情報を入れずに読むのがベストかと思います。

 野谷文昭編訳『20世紀ラテンアメリカ短篇選』は、特に幻想文学に限った編集ではないようですが、ちょっとラインナップが気になりますね。

 岡谷公二『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』は、かって河出文庫から出ていたものの再刊でしょうか。ノンフィクションですが、非常に面白い本です。数十年の歳月をかけて、たった一人で「宮殿」を作った郵便配達夫シュヴァルについて書かれています。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。
twitterアカウントは@kimyonasekai



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