FC2ブログ
2018年を振り返って
 もうすぐ、2018年が終わります。年末ということで、今年一年を総括してみたいと思います。

 まずは、主宰している読書会「怪奇幻想読書倶楽部」について。今年は合計7回ほど開催しました。内容は以下の通り。

第12回
第1部 迷宮と建築幻想
第2部 作家特集 エドガー・アラン・ポオ

第13回
第1部 物語をめぐる物語
第2部 作家特集 ステファン・グラビンスキ

第14回
第1部 新入生に勧めたい海外幻想文学
第2部 課題図書 フィッツ=ジェイムズ・オブライエン『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)

第15回
第1部 課題図書 ジャック・フィニイ『ゲイルズバーグの春を愛す』(福島正実訳 ハヤカワ文庫FT)
第2部 参加者が選ぶ!自分だけのベスト10

第16回
第1部 スティーヴンスンの怪奇と冒険
課題図書
ロバート・ルイス・スティーヴンスン『新アラビア夜話』(南條竹則/坂本あおい訳 光文社古典新訳文庫)
ロバート・ルイス・スティーヴンスン『マーカイム・壜の小鬼 他五篇』(高松雄一/高松禎子訳 岩波文庫)
第2部 〈奇妙な味〉について考える

第17回
第1部 課題図書 レイ・ブラッドベリ『10月はたそがれの国』(宇野利泰訳 創元SF文庫)
第2部 マイ・フェイヴァリット・短篇集

第18回
第1部 課題図書
ロアルド・ダール『キス・キス』(田口俊樹訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)
ロアルド・ダール『王女マメーリア』(田口俊樹訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)
第2部 読書会結成二周年企画 本の交換会

 もともと作家単位のテーマは扱っていたのですが、第14回から課題書を取り上げる形もやってみています。話の対象が決まっているので、参加者の話がまとまりやすい…という利点がありますね。フィニィやブラッドベリ、ダールなどの人気作家はあっという間に席が埋まってしまいました(逆にスティーヴンスンの回はあまり人気がありませんでしたね。)。
 来年以降も、オリジナルテーマも混ぜつつ、課題書路線をしばらく続けていきたいと思います。


 Twitterでは、10月より「#日本怪奇幻想読者クラブ」というハッシュタグを始めました。これは、国内海外問わず怪奇幻想作品について皆につぶやいてもらおうという意図で始めたものですが、たくさんの方にご参加いただきました。小説作品だけでなく、漫画・映画まで、広い分野の話題が出て、怪奇幻想ジャンルの活性化(というと大げさですが)に少しは役立っているのでは、と思っています。
 実際、怪奇幻想ファンは結構いたんだ…と驚くぐらい「隠れファン」がいたようで、つぶやくきっかけができた…という意味では、大変良かったのではと思います。


 今年読んだ本についてですが、今年も旧作・新作含め、いろいろな本が読めたかなと思います。読書会のテーマ関連で読んだものでは、エドガー・アラン・ポオ、ステファン・グラビンスキ、フィッツ=ジェイムズ・オブライエン、ジャック・フィニィのまとめ読みをしたり、「迷宮もの」や「メタフィクション」ものを沢山読んだりしました。
 特に「メタフィクション」関連をまとめ読みしているときに読んだ作品は、傑作・名作が多く、充実した読書になりました。
 作家単位で印象に残ったのは、ミルチャ・エリアーデ、ミロラド・パヴィチ、ジョイス・キャロル・オーツなどでしょうか。特にオーツはその読みやすさも含め、ちょっと追いかけてみたい作家になりました。
 特に印象に残っているタイトルを挙げておきますね。


ムントゥリャサ通りで 時をさまようタック (児童図書館・文学の部屋) エペペ 嘘の木 冬の夜ひとりの旅人が (白水Uブックス) ハザール事典 男性版 (夢の狩人たちの物語) (創元ライブラリ) 異形のテクスト―英国ロマンティック・ノヴェルの系譜 小型哺乳類館 絶望図書館: 立ち直れそうもないとき、心に寄り添ってくれる12の物語 (ちくま文庫)
ミルチャ・エリアーデ『ムントゥリャサ通りで』
ミルチャ・エリアーデ『ホーニヒベルガー博士の秘密』
ロザリンド・アッシュ『嵐の通夜』
ロザリンド・アッシュ『蛾』
ナタリー・バビット『時をさまようタック』
カリンティ・フェレンツ『エペペ』
フランシス・ハーディング『嘘の木』
イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』
ラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネル『インフェルノ SF地獄篇』
ジャン・レー『マルペルチュイ』
ギルバート・フェルプス『氷結の国』
ウィリアム・ブラウニング・スペンサー『ゾッド・ワロップ あるはずのない物語』
ミロラド・パヴィチ『ハザール事典 夢の狩人たちの物語[男性版]』
横山茂雄『異形のテクスト 英国ロマンティック・ノヴェルの系譜』
トマス・ピアース『小型哺乳類館』
シオドア・スタージョン『人間以上』
アンドリュー・ラング、リチャード・ドイル『誰でもない王女さま』
ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』
アーチ・オーボラー『悪魔の館』
ヴェニアミン・カヴェーリン『ヴェルリオーカ』
ロジャー・マンベル『呪いを売る男』
キャサリン・ターニイ『寝室に棲む亡妻』
アレクサンドル・グリーン『波の上を駆ける女』
サーデグ・ヘダーヤト『生埋め』
チャールズ・ブロックデン・ブラウン『エドガー・ハントリー』
頭木弘樹編『絶望図書館 立ち直れそうもないとき、心に寄り添ってくれる12の物語』
デイヴィッド・リンゼイ『憑かれた女』
ジョイス・キャロル・オーツ『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』
ジョイス・キャロル・オーツ『邪眼 うまくいかない愛をめぐる4つの中篇』
ジョイス・キャロル・オーツ『生ける屍』
カービー・マッコーリー編『恐怖の心理サスペンス』
ディーノ・ブッツァーティ『魔法にかかった男』
朱雀門出『首ざぶとん』


 さて、2018年度に発売されたタイトルで印象に残ったものを紹介していきます。


半分世界 (創元日本SF叢書) 滅びの園 (幽BOOKS) 犯罪乱歩幻想 火のないところに煙は 人喰観音 (早川書房) ぞぞのむこ 呪いに首はありますか 祭火小夜の後悔 そこにいるのに エイリア綺譚集
 日本作家では、シュールさが楽しい『半分世界』(石川宗生)、仮想世界を舞台にしたユニークな『滅びの園』(恒川光太郎 KADOKAWA)、乱歩作品をモチーフにした連作『犯罪乱歩幻想』(三津田信三 KADOKAWA)、メタフィクショナルな趣向が怖さを煽る『火のないところに煙は』(芦沢央 新潮社)、「宿命の女」テーマの異色作『人喰観音』(篠たまき 早川書房)、不条理さが強烈なホラー作品集『ぞぞのむこ』(井上宮 光文社)、幽霊を「ワクチン」として集めるというユニークなテーマの『呪いに首はありますか』(岩城裕明 実業之日本社)、ゴースト・ハンターもの『祭火小夜の後悔』(秋竹サラダ KADOKAWA)、バラエティに富んだ恐怖小説集『そこにいるのに』(似鳥鶏 河出書房新社)、純度の高い幻想小説集『エイリア綺譚集』(高原英理 国書刊行会)などを面白く読みました。


奇奇奇譚編集部 幽霊取材は命がけ (角川ホラー文庫) 奇奇奇譚編集部 怪鳥の丘 (角川ホラー文庫)
 木犀あこ作品は、シリーズ2作目『奇奇奇譚編集部 幽霊取材は命がけ』(角川ホラー文庫)、3作目『奇奇奇譚編集部 怪鳥の丘』(角川ホラー文庫)で完結しましたが、シリーズを通して上質な作品でした。とくに2作目に収録された「不在の家」は傑作といっていい作品です。


夢のウラド: F・マクラウド/W・シャープ幻想小説集 奪われた家/天国の扉 (光文社古典新訳文庫) 現代の地獄への旅 (ブッツァーティ短篇集) ウィルキー・コリンズ短編選集 さらば、シェヘラザード (ドーキー・アーカイヴ) こうしてイギリスから熊がいなくなりました ジャック・オブ・スペード ホール (Woman's Best 韓国女性文学シリーズ5)
 海外作家では、静謐なファンタジーが集められた『夢のウラド』(フィオナ・マクラウド/ウィリアム・シャープ 中野善夫訳 国書刊行会)、不条理ながらユーモアも強い『奪われた家 / 天国の扉 動物寓話集』(フリオ・コルタサル 寺尾隆吉訳 光文社古典新訳文庫)、面白い作品揃いの『現代の地獄への旅 ブッツァーティ短篇集Ⅱ』(ディーノ・ブッツァーティ 長野徹訳 東宣出版)、コリンズのストーリーテラーぶりを見せ付けた『ウィルキー・コリンズ短編選集』(北村みちよ編訳 彩流社)、メタフィクション要素の強い冗談小説『さらば、シェヘラザード』(ドナルド・E・ウェストレイク 矢口誠訳 国書刊行会)、寓話としても秀逸な『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』(ミック・ジャクソン 田内志文訳 東京創元社)、異様な迫力のあるサスペンス『ジャック・オブ・スペード』(ジョイス・キャロル・オーツ 栩木玲子訳 河出書房新社)、韓国作家による息詰まるようなサスペンス作品『ホール』(ピョン・ヘヨン カン・バンファ訳 書肆侃侃房)など。


見えるもの見えざるもの (ナイトランド叢書3-1) いにしえの魔術 (ナイトランド叢書3-2) ルクンドオ (ナイトランド叢書3-3) 紫の雲 (ナイトランド叢書3-4)
 古典怪奇小説のシリーズ《ナイトランド叢書》からは、E・F・ベンスン『見えるもの見えざるもの』(山田蘭訳 アトリエサード)、アルジャーノン・ブラックウッド『いにしえの魔術』(夏来健次訳 アトリエサード)、エドワード・ルーカス・ホワイト『ルクンドオ』(遠藤裕子訳 アトリエサード)、M・P・シール『紫の雲』(南條竹則訳 アトリエサード)が出ました。
 正統派の怪奇作品集『見えるもの見えざるもの』、ブラックウッドらしいスケールの大きい作品の多い『いにしえの魔術』、夢を題材にしたユニークな『ルクンドオ』、破滅SFとしても面白い『紫の雲』と、どれもそれぞれの魅力の感じられる作品でした。


世界の終わりの天文台 (創元海外SF叢書) 15回目の昨日 (ハーパーBOOKS) その部屋に、いる (ハヤカワ文庫NV)
 エンタメ作品では、静謐な破滅もの作品『世界の終わりの天文台』(リリー・ブルックス=ダルトン 佐田千織訳 東京創元社)、タイムトラベルものの『15回目の昨日』(クリスティン・テリル 田辺千幸訳 ハーパーBOOKS)、南アフリカ製のユニークな怪奇もの『その部屋に、いる』(S・L・グレイ 奥村章子訳 ハヤカワ文庫NV)などが面白かったですね。


怪異十三 英国怪談珠玉集 ヴィクトリア朝怪異譚 中国奇想小説集: 古今異界万華鏡 芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚
 アンソロジーも充実していました。日本と海外の怪奇作品を集めた『怪異十三』(三津田信三編 原書房)、英国怪談の重量級アンソロジー『英国怪談珠玉集』(南條竹則訳 国書刊行会円)、ヴィクトリア朝の怪奇中篇を集めた『ヴィクトリア朝怪異譚』(三馬志伸編訳 作品社)、中国古典の幻想小説を集めた『中国奇想小説集 古今異界万華鏡』(井波律子編訳 平凡社)、芥川龍之介編のアンソロジーから精選したという『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』(澤西祐典/柴田元幸編訳 岩波書店)などが印象に残りますね。


怖い女 人は「死後の世界」をどう考えてきたか
 評論では、沖田瑞穂『怖い女 怪談、ホラー、都市伝説の女の神話学』がユニークなテーマを扱っており勉強になりました。「死後の世界」について、さまざまな宗教や神話からの考え方をまとめた『人は「死後の世界」をどう考えてきたか』(中村圭志 KADOKAWA)も面白かったです。


そらからきたこいし ずぶぬれの木曜日 失敬な招喚 音叉
 絵本作品では、しおたに まみこ『そらからきたこいし』(偕成社)は、ファンタスティックなテーマといい、細密な絵といい、とても魅力的な作品でした。
 エドワード・ゴーリー作品は今年は3冊刊行されました。『ずぶぬれの木曜日』『失敬な招喚』『音叉』。どれもゴーリーらしいユニークな絵本で楽しみました。


魔法はつづく (LEED Cafe comics) 顔ビル/真夜中のバスラーメン 時を超える影 1 ラヴクラフト傑作集 (ビームコミックス) 銀河の死なない子供たちへ(下) (電撃コミックスNEXT) 僕だけに優しい物語 (torch comics) 水上悟志短編集「放浪世界」 (BLADE COMICS) セイキマツブルー (ガムコミックス)
 マンガ作品は今年はあまり読めていないのですが、その中で印象に残った作品としては、芯はホラーでありながらそれ以外のテーマも感じさせる『魔法はつづく』(オガツカヅオ リイドカフェコミックス)、ユニークなホラーが集められた『顔ビル/真夜中のバスラーメン』(呪みちる トラッシュアップ)、田辺剛さんのラヴクラフト漫画化シリーズ最新作『時を超える影』(ビームコミックス)、不老不死テーマのSF作品『銀河の死なない子供たちへ』(施川ユウキ 電撃コミックスNEXT)、シュールなユーモアが楽しい『僕だけに優しい物語』(田所コウ トーチコミックス)、秀作揃いの『水上悟志短編集「放浪世界」』(ブレイドコミックス)など。
 年末に出た『セイキマツブルー』(ヒロタ シンタロウ ガムコミックス)は、モンスターものの中に少女同士の友情と恋を交えた、なかなかの佳作でした。



55dd8a006ebd41b7401493400259618f.jpg zigokunomon.jpg
 中川潤さんが個人出版で出されたルヴェルの作品集2冊、『ルヴェル新発見傑作集 仮面』(中川潤訳 エニグマティカ叢書)と『ルヴェル第一短篇集 地獄の門 完全版』(中川潤訳 エニグマティカ叢書)も収穫でした。


不気味な物語 言葉人形 (ジェフリー・フォード短篇傑作選) (海外文学セレクション)
 年末ギリギリで出た、ステファン・グラビンスキ『不気味な物語』(芝田文乃訳 国書刊行会)、ジェフリー・フォード『言葉人形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』(谷垣暁美訳 東京創元社)はどちらも素晴らしい作品集でした。
 官能的な幻想作品が集められた『不気味な物語』、密度の濃い幻想小説・ファンタジーが集められた『言葉人形』、どちらもお薦めです。


 新年初めには、また記事を更新したいと思いますが、今年は一旦これで終了としたいと思います。一年間ありがとうございました。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

芥川流幻想小説集  澤西祐典/柴田元幸編訳『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』
芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚
 澤西祐典/柴田元幸編訳『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』(岩波書店)は、文豪、芥川龍之介が高校生のために編んだ英米の英語読本から、怪奇幻想色の強い作品を精選したアンソロジーです。
 本邦初訳か、訳があったにしても珍しい作品を多く含んでいるという、非常に貴重な作品を集めたアンソロジーになっています。厳密には「怪奇幻想」でない作品も混ざってはいるのですが、総じて読み応えがあり、面白いアンソロジーといえますね。
 以下、簡単に主だった収録作について紹介します。

オスカー・ワイルド「身勝手な巨人」
 巨人の庭を舞台に展開される美しい童話作品です。

ダンセイニ卿「追い剥ぎ」
 絞首刑になった、かっての仲間の遺体を救おうとする悪党たちを描いています。

レディ・グレゴリー「ショーニーン」
 そっくりな青年ショーニーンとシェイマスの冒険を描くヒロイック・ファンタジーです。

アンブローズ・ビアス「月明かりの道」
 ある女の死について、多様な解釈が語られる幽霊物語。

M・R・ジェイムズ「秦皮の木」
 館の主人の怪死と、その原因について語られる名作怪奇小説。

ブランダー・マシューズ「張りあう幽霊」
 両親のそれぞれの血縁から領地や爵位を引き継いだ青年が主人公。相続したセーレムの屋敷には、主人以外にしか姿を見せないという幽霊が取り憑いていました。また引き継いだ爵位の方には代々継承者に憑いて回る幽霊がいたのです。
 爵位を継いだ青年が屋敷に戻ると、それぞれの幽霊が張り合いをはじめ屋敷は騒然たる状況になります…。
 どちらの幽霊も主人のために行動するというところがミソです。結婚相手のために幽霊をどうにかしなくてはならなくなった青年の取った秘策とは…?
 終始楽しい雰囲気につつまれたユーモア怪談です。

H・G・ウェルズ「林檎」
 「智恵の実」を手に入れた男を描く寓話的ファンタジー。

アーノルド・ベネット「不老不死の霊薬」
 不老不死の秘薬を売る男を描いた作品。

マックス・ビアボーム「A・V・レイダー」
 人の死期を手相から読み取る男を描いた作品です。
 語り手は、ホテルで出会ったいうイギリス人の男について語ります。その男は、手相を見て死を予測する術を身につけていました。ある時、列車に乗り合わせた別の乗客たちの手相を見ることになった男は愕然とします。
 周りの人間たちがほぼ死期が近づいているようなのです。これは何の予兆なのか…?
 メインとなるお話自体も面白いのですが、その話の信憑性を疑わせるような「信頼できない語り手」を描いてもおり、メタフィクション的な要素もある怪奇作品です。

アルジャーノン・ブラックウッド「スランバブル嬢と閉所恐怖症」
 閉所恐怖症の女性が、旅の途次で出会った恐怖を描いた恐怖小説です。

ヴィンセント・オサリヴァン「隔たり」
 亡き夫を求める未亡人を描いたゴースト・ストーリー。

フランシス・ギルクリスト・ウッド「白大隊」
 戦争で死んだ兵士たちの霊を描いた奇跡譚。

ステイシー・オーモニア「ウィチ通りはどこにあった」
 すでになくなってしまったウィチ通りはどこにあったのか?ということについて酒場で喧嘩が起きたことを皮切りに、様々な人物の運命がそれで変わってしまうという作品。
 非常に奇妙な群像劇で、人を喰ったようなブラック・ユーモア作品です。

ベンジャミン・ローゼンブラット「大都会で」
 都会の幻想を描いた作品。田舎娘がようやく手に入れた百貨店の仕事は、マネキンとしてショーウィンドウの中で微動だにせず座っていることでした…。
 掌編ながら結末が印象的な一篇です。「マネキン」として雇われた田舎娘の姿を幻想的に描いています。

E・M・グッドマン「残り一周」
 娘に死期を知らせるべきかどうか悩む両親と医者の物語。

ハリソン・ローズ「特別人員」
 孫を戦地に送り出した祖母が出会った不思議な事件を描いた作品。

アクメッド・アブダラー「ささやかな忠義の行い」
 アメリカで暮らす中国人実業家の日常をリアルに語った、ハードボイルド風の作品です。解説にも「ノワール」という表現がされていますが、妙な迫力のある作品で読み応えがあります。

 初訳作品の中では、「張りあう幽霊」(ブランダー・マシューズ)、「A・V・レイダー」(マックス・ビアボーム)、「ウィチ通りはどこにあった」(ステイシー・オーモニア)、「大都会で」(ベンジャミン・ローゼンブラット)が特に面白いですね。

 付録として、芥川の翻訳2篇「春の心臓」(ウィリアム・バトラー・イェーツ)、 「アリス物語(抄)」(ルイス・キャロル)、創作作品「馬の脚」も収録されています。
 「馬の脚」は、ある日脳溢血から生還した会社員が、甦る際に足を馬の脚に付け替えられてしまう…というナンセンスな幻想小説です。

 初訳作品がいくつも入っていますし、訳文も上質。怪奇幻想ファンにはお薦めしたいアンソロジーです。怪奇幻想小説ファンだけでなく、文学好きの読者にも楽しめるアンソロジーではないでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

奇想の歴史を読む  井波律子編訳『中国奇想小説集 古今異界万華鏡』

中国奇想小説集
 井波律子編訳『中国奇想小説集 古今異界万華鏡』(平凡社)は、六朝時代から清代まで、およそ1500年間にわたって書かれてきた中国の奇想・幻想小説を集めたアンソロジーです。
 各時代からそれぞれ作品を選び、その作品や時代背景についての解説がつくという丁寧な作り。また特筆すべきは、収録作品が選ばれている時代の広さです。中国の特定の時代の作品を集めた作品集は過去にもあったと思いますが、これだけ時代を広く取った、総合的な中国幻想小説アンソロジーは初めてではないかと思います。

 一部を除き、どれも短くて短時間で読めるものが多いです。古典的な幻想物語のほか、非常にシュールでナンセンスな味わいの作品も多いですね。人間がどんどんと入れ子状に別の人間を吐き出すという「籠のなかの小宇宙」(呉均)、神にボール代わりに蹴られ続けるという「胡求鬼の球と為りしこと」(袁枚)などは、ナンセンスの極みで非常にモダン。このナンセンス味、小説として洗練されてきた時代の作品ゆえかと思いきや、4世紀という早い時代の「捜神記」(干宝)から採られた話でも、勧善懲悪や因果応報とは異なったセンスの話があったりするのだから、すごいものです。

 また中国幻想小説に共通する特徴として、怪異や別世界がひどく「人間的」に描かれるというものがあります。動物や花の化けた美女との恋愛があるかと思えば、死者や仙人たちとの交流もあるという具合。
 登場する幽霊や死者たちもひどく人間的で、彼らに応対する生者たちも、ほとんど生きた人間と変わらずに接するのが面白いですね。それゆえ、幽霊も日本のそれほど「怨念」を感じさせないものが多いです。例えば、日本では翻案として普及した幽霊物語「牡丹灯記」(瞿佑)。
 幽霊の美女に取り殺されてしまうという怪談なのですが、日本のものに比べてかなり陰惨さが薄いのですよね。他の作品も同様で、日本の怪談に比べて随分陽性なのが面白いところです。

 集中で一番長く読み応えがあるのは「白娘子永えに雷峰塔に鎮めらるること」(馮夢龍)でしょうか。美女に化けた白蛇が人間の男に恋をするという話なのですが「怨念」や「愛執」の話というには、いささかユーモラス。男が裁判に巻き込まれると美女の方は逃げ出してしまうのだから、笑ってしまいます。

 巻末に収められた「少女軽業師の恋」(宣鼎)は、19世紀の作品ということもあり、現代小説といっていい内容の作品です。
 軽業師の少女が、愛した男のために盗みや殺人など極悪行為に手を染めるという作品。この少女のキャラクターが強烈で、その極端な愛情に男もだんだん怖くなる…という展開です。

 広い時代からのバラエティに富んだ作品を集めた非常に面白いアンソロジーです。ユートピアを描いた「桃花源」(陶潜)、「邯鄲の夢枕」の故事のもとになった「枕中記」(沈既済)、幽霊物語「牡丹灯記」(瞿佑)などの古典としても有名な作品が入っているかと思えば、『聊斎志異』(蒲松齢)、『子不語』(袁枚)、『閲微草堂筆記』(紀昀)といった有名な怪異小説集からの抜粋、また現代に近い時代の作品まで、中国怪奇幻想小説の流れをコンパクトに一望できる作品集だと思います。



中国幻想ものがたり (あじあブックス)
 ちなみに『中国奇想小説集』の副読本としてお薦めしたいのが、同じく井波さんの著書『中国幻想ものがたり』(大修館書店あじあブックス)です。中国の幻想小説を<夢><恋><怪異>をキーワードに紹介した好読物になっています。
 様々な古典幻想小説のあらすじがテーマごとに紹介されていて、非常に面白い読物です。『中国奇想小説集』よりも詳細に、作品や時代、テーマなどについて語られているので、併読すると一層興趣が増すかと思います。
 どのテーマも面白いのですが、特に興味深いのが「夢の巻」。同じ「夢」を扱った話でもこれだけバラエティがあるんだ、と感心してしまいますね。
 目次を紹介しておきます。

夢の巻
1 古代の夢ものがたり
2 宝島の夢
3 分身の夢
4 夢のなかの夢
5 恋の夢
6 邯鄲の夢
7 交換の夢
8 龍宮の夢
9 転生の夢
10 異類婚の夢
11 架空旅行の夢
12 夢の文法

恋の巻
1 古代の夢
2 報われぬ恋
3 恋の追跡
4 恋の追跡(続)
5 恋のとりちがえ
6 遊里の恋
7 恋の狂言まわし
8 恋の狂言まわし(続)
9 恋する男装の麗人
10 侠女の恋
11 不在の恋
12 英雄たちの恋

怪異の巻
1 器物の怪
2 花の怪
3 虎の怪
4 狐の怪
5 狐の怪(続)
6 雷の怪
7 幽霊たちの戯れ
8 憑依の怪
9 女仙の変遷
10 快足の怪物
11 冥界往還
12 絵姿美人の怪

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

唐突な変調  ディーノ・ブッツァーティ『現代の地獄への旅 ブッツァーティ短篇集Ⅱ』
現代の地獄への旅 (ブッツァーティ短篇集)
 『現代の地獄への旅 ブッツァーティ短篇集Ⅱ』(長野徹訳 東宣出版)は、イタリアの異色作家ディーノ・ブッツァーティの中・後期から15作品を収録した作品集。1巻同様、収録作はほぼ本邦初訳ながら、そのレベルの高さに驚きます。これは「拾遺」ではなく「全盛期」のブッツァーティといってもいいのではないでしょうか。

 卵探しのイベントに無断で入り込んだ母娘を描く「卵」、人間と庭に住むものたちとの夜を対比させた「甘美な夜」、虫を惨殺した家族が復讐されるという「目には目を」、ゴルフコースにおける奇跡と変身を描く「十八番ホール」、諍いをする夫婦をカタストロフが襲う「自然の魔力」、老人を襲う若者たちを描く「老人狩り」、中年男性を手玉に取る小悪魔のような女を描く「キルケー」、終身刑の受刑者がスピーチによって解放される権利が与えられるという「難問」、高級車を欲しがる男が手に入れた車の秘密を描く「公園での自殺」、天国の画家が自らの回顧展を訪れるという「ヴェネツィア・ビエンナーレの夜の戦い」、不誠実な男との付き合いに悩む娘を象徴的に描いた「空き缶娘」、友人や知人が亡くなるたびに庭に瘤が増えていくという「庭の瘤」、瞬間移動能力を手に入れた男の悩みを描く「神出鬼没」、母親との思い出を自伝的に描いた「二人の運転手」、ミラノの地下鉄工事で発見された「地獄」を取材に訪れた記者を描く中篇「現代の地獄への旅」を収録しています。

 最初に収録されている「卵」にしてから、強烈なインパクトのある作品です。子供たちのために開かれた卵探しのイベントには、高価なチケットが必要でした。女中のジルダは幼い娘を連れて無断でイベントに入り込みます。侵入がばれてしまったジルダは娘とともに追い出されそうになりますが、怒りのあまり、ある能力を発揮することになります…
 主人公が「能力」を発揮するのも唐突なのですが、その後、エスカレートする展開には開いた口がふさがりません。ほとんどSF短篇といった趣の作品ですね。

 ブッツァーティには、この「唐突な変調」が登場する作品が結構あって、この短篇集でも「十八番ホール」「自然の魔力」などは、そのタイプの作品ですね。

 「十八番ホール」は、娘や友人とともにゴルフをしていた父親が、突然ゴルフが上手くなるというのを皮切りに、とんでもない結末に至ります。この作品を序盤から読んでいてこの結末を予測できる人はいないんじゃないでしょうか。

 「自然の魔力」は夜遅く帰宅した妻に夫が怒りをぶつけ、諍いになりますが、それを無化してしまうような破局が襲う…という、これまた破天荒な作品です。

 ブッツァーティお得意の「不安」を描く作品も見逃せません。「難問」「庭の瘤」「神出鬼没」などがそのタイプの作品でしょうか。

 「難問」は、終身刑の受刑者が外界の人間に向かってスピーチを行う権利を与えられ、拍手が起きれば解放される、という話。
 ただその機会は一生に一度だけであり、失敗したら後がないのです。しかも受刑者によってその機会はいつ来るかわかりません。明日なのか、数十年後なのかさえわからない…という、代表作『タタール人の砂漠』を思わせるシチュエーションです。

 「庭の瘤」では、友人が亡くなる度に庭に奇怪な瘤が増えていく、という物語。自分と身近だったものほど瘤が大きくなるらしいのです。庭を歩き瘤にぶつかるたびに、かっての知人を思い出させられる…という寓話的作品。

 「神出鬼没」は、ある日突然、思い浮かべただけで好きな場所に移動できる瞬間移動能力を身につけた男を描く物語。富も名声も思いのままだと夢想するも、急に常識的に考え直す男の姿がブラック・ユーモアたっぷりに描かれます。他の作品とは形は違えど「不安」がテーマの作品だといっていいでしょう。

 「現代の地獄への旅」は中篇作品。ミラノの地下鉄工事でふとしたことから発見された「地獄」。編集長の要請で取材に訪れることになった記者は、その場所が現実世界のミラノとほとんど変わらないことに気付き驚きます。記者は、魅惑的な「悪魔夫人」とその部下に案内してもらうことになりますが…。
 高齢者を邪険に扱う家族たち、薬の効果でサディスティックに振舞うようになってしまう主人公など、現実世界をデフォルメしたような日常生活が描かれるのが特徴です。「地獄」は「現実世界」の裏返しなのだ…という寓話的要素の強い作品といっていいでしょうか。

 短篇集第3集として『怪物』(仮題)も予定されており、こちらも楽しみにしたいと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

残酷な人生  モーリス・ルヴェル『ルヴェル第一短篇集 地獄の門 完全版』
zigokunomon.jpg
 残酷なコントで知られるフランスの作家モーリス・ルヴェル。『ルヴェル第一短篇集 地獄の門 完全版』(田中早苗/中川潤訳 エニグマティカ叢書)は、彼の第一短篇集『地獄の門 Les Portes de l’Enfer』各編を、原書と同じ配列でまとめ直した完全版の作品集です。ちなみに、本書はルヴェルの翻訳を進めている中川潤さんの個人出版になる作品集です。

 浮浪児が自由を求めるがゆえにどんどんと自由を制限されてしまうという「太陽」、金に目がくらみ出来もしない外科手術を行ってしまう医者の話「執刀の権利」、不倫をした妻と情夫に対する恐るべき復讐を描いた「大時計」、天邪鬼な性質から衝動的に情婦を殺害してしまう男を描いた「ピストルの蠱惑」、死刑を宣告された息子を助けるために母親が奔走するという「情状酌量」、関係していた人妻の夫とともに古井戸に落ち込んでしまった男の運命を描く「古井戸」、眼病の治療の末戻った家で衝撃的な事実を知る夫を描く「奇蹟」、列車衝突事故に出くわした運転士の恐怖を語る「十時五十分の急行」、金持ちになりたいという乞食の夢のような体験を描く「幻想」、清廉潔白な医者の恐るべき罪を描いた「先生の臨終」、高価な金貨を拾った乞食の皮肉な出来事を描いた「街道にて」、長年連れ添った妻を殺害した罪で裁かれる老人を描く「罪人」、馬の下敷きになり死に掛かった男を助けようとする乞食を描いた「乞食」、空き巣に入った家で泥棒が出会う恐怖の体験を描く「空家」、刺激に飽きた男が自転車乗りの曲芸に夢中になるという「或る種の精神病者」、母親の死後、母親が最愛の父を裏切っていたという事実を知った息子を描く「父」などを面白く読みました。

 ルヴェル作品には「残酷な行為」がたくさん出てくるのですが、それは物理的なこともあり、精神的なこともあります。直接的な残酷さを描いた作品としては、衝動的に殺人を犯してしまうという「ピストルの蠱惑」、浮気相手の夫と一緒に古井戸に落ち込み徐々に死に至るという「古井戸」などがありますね。
 また、精神的な残酷さを描いた作品としては、自由を愛する浮浪児がまさにその願望のためにのっぴきならない状態になっていくという「太陽」、妻と情婦に精神的な拷問を加えるという「大時計」などがその例でしょうか。

 「裏切り」のモチーフがやたらと出てくるのも特徴で、貞淑な妻が裏切っていたり、清廉潔白な人物がそうでなかったり、というパターンがよく登場します。一番多いのは妻が夫を裏切っているシチュエーションで、これはルヴェルのオブセッションといってもいいのでしょうか。
 この「裏切り」をモチーフにした作品の中で印象に残るのが「奇蹟」「父」ですね。妻の裏切りを知りながら復讐には走らないという「奇蹟」、母親が父親を裏切っていたことを知った息子が行う決断を描いた「父」には味わいがあります。

 一見、残酷でショッキングな出来事を扱っているかに見えるルヴェル作品ですが、ただ残酷なだけでなく、人間性の不思議や人情を描いてもいて、そういう作品には非常に魅力があります。
 息子を助けるために母親が罪をかぶる「情状酌量」、金持ちを夢見る乞食が施す善行を描いた「幻想」などはそうした作品でしょう。とくに「幻想」はO・ヘンリー風とでもいっていいのか、ルヴェルの名品の一つではないかと思います。ただ結末にはルヴェルらしい残酷さがあって、一般読者に愛される…というわけにはいかないと思いますが。

 本集には、ルヴェルの邦訳作品の中では恐らく一番有名な「或る種の精神病者」が新訳として収録されています。やはりこれは名品です。感情を感じさせず淡々と行動する主人公が不気味です。「情」が入ってこないという点で、ルヴェル作品の中でもかなり異色の作品なのではないでしょうか。

 本書には、既訳のある田中早苗訳のものと、中川潤さんが新訳したものとが混在しているのですが、全然違和感がありません。全体に非常に読みやすい翻訳になっています。個人出版ながら、商業出版物に劣らぬ上質な翻訳で、更なるルヴェルの未訳作品の紹介を期待したいところです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

官能と恐怖  ステファン・グラビンスキ『不気味な物語』
不気味な物語
 ステファン・グラビンスキ『不気味な物語』(芝田文乃訳 国書刊行会)は、著者の4冊目になる邦訳短篇集。予知、悪夢、偶然の暗合、思考の投影など、グラビンスキ作品に頻出するモチーフはもちろんですが、代表的短篇「シャモタ氏の恋人」を始めとして「官能性」も強い作品集になっています。

 憧れの女性と逢引をすることになった男が、決まった日と時間にしか会えず言葉もしゃべらない女性に不審を抱くという「シャモタ氏の恋人」、精神的に強い結びつきを持つ司祭と鐘つき番の関係性が危うくなるという「弔いの鐘」、男の生命力を吸い取る魔性の女を描く「サラの家で」、悪夢に悩まされる男を描く「遠い道のりを前に」、自己催眠に凝った男が失われた記憶を辿っていくという「追跡」、恋人の死をきっかけに曲がり角への病的な不安を抱くようになった男を描く「視線」、ヴェネツィアで出会った美しいスペイン人未亡人との恋を描く「情熱」、列車の中で人妻と逢瀬を繰り返す男が出会う不可思議を描く「偶然」、破綻した夫婦生活が夢の中で修復されるという「和解」、不条理な情景が展開されるシュールで悪夢のような短篇「悪夢」、古い修道院で建築家が出会う影をめぐる奇談「投影」、若い少年と少女の逢瀬が恐ろしい結末を迎える「屋根裏」の12篇を収録しています。

 既刊の3冊に比べても、「エロティック」であり「官能的」な要素が強い作品が多い印象ですね。「シャモタ氏の恋人」「サラの家で」「偶然」「和解」などは、性愛がメインテーマになっていますし、「屋根裏」でも若い男女のそれが描かれています。ただそこはグラビンスキ、単なる性愛ではありません。

 「シャモタ氏の恋人」では、憧れの女性と逢引をするようになった男が描かれます。決まった日にしか出会えず、一言も話さない女性を不審に思いながらも、主人公は彼女との逢瀬に夢中になっていきます。この女性、分類するなら、いわゆる「亡霊」といっていいのでしょうが、描かれ方が異様なのです。
 単なる「霊的存在」ではなく、物質に取り憑いた「霊」のようでもあり、果ては主人公の男と肉体を共有しているかのような描写まで現れます。「亡霊の美女に憑かれる男」というオーソドックスな主題を扱いながらも、ここまで異様な感触を受ける作品はそうありません。これは名作ですね。

 「サラの家で」は、相手の男の生命力を吸い取ってしまう魔性の女を描いた作品。「私」は、廃人のようになった友人ストスワフスキからその理由を聞き出します。サラという女から「性の憑依」を受けているというのです。友人を救うため「私」はある対策を考えますが…。
 「性愛」をメインテーマにしているだけに、相手に対する対策もじつにユニークです。「敵」が悪魔的存在であるにもかかわらず「悪魔祓い」などの宗教的アプローチが出てこないところが、グラビンスキらしいですね。

 列車の中で人妻と逢瀬を繰り返す男が描かれる「偶然」では、人妻の夫が無意識に別人に憑依して「スパイ」をするというユニークな題材が扱われています。実際の夫と出会った不倫相手の男が、衝動にかられて夫と話そうとするのも面白いですね。

 「和解」「偶然」の続編です。不倫相手の死後、破綻した夫婦が過去の相手に対する愛情を再体験するという物語。二者間のつましい愛情かと思っていたものが、結末において宇宙的スケールになってしまうという展開には唖然とします。結末のヴィジョンには、どこかブラックウッドを思わせる感性も感じますね。

 グラビンスキには珍しい、ヴェネツィアを舞台としたエキゾチックな「情熱」も面白い作品。これも恋愛がテーマになっています。美しいスペイン人未亡人イネスと恋仲になったポーランド人男性の「私」は、彼女と一緒に霊媒による占いを受けます。
 そこには亡くなったイネスの夫と周囲をうろつく狂女ロトゥンダが現れていました。過去に男に捨てられたというロトゥンダが実は素晴らしい肉体的魅力を持つことを発見した「私」は、彼女と一夜の関係を結んでしまいますが…。
 霊媒による「予知」通りに悲劇が起こる運命奇談、といった感じの作品でしょうか。イネスと夫との過去の逸話、墓にまつわる部分など、細部もいろいろ興味深い作品です。

 異常な衝動にとりつかれる主人公、というのは、グラビンスキ作品によく登場するのですが、本集でもやはり登場しています。「偶然」に登場する不倫相手の男もそうですし、「追跡」「視線」などもそうですね。

 自己催眠に習熟した男が、ある日自分の記憶がないことに気付くという「追跡」は、序盤から不穏な展開なのですが、殺された令嬢の事件を知った主人公が、衝動にかられて犯人の足跡を追う…という展開です。おそらく結末は予想できてしまうのですが、どこか憑かれたような語りが面白い作品ですね。

 「視線」は本集でも特にユニークな作品です。恋人がドアを完全に閉めずに出ていき、直後に亡くなってしまったことをきっかけに、オドニチはドアの向こう側が気になってしょうがなくなります。やがて自分の見えないところが気になりだしたオドニチは「曲がり角」を恐れるようになります。
 「曲がり角」を避けるあまり、遠回りをしたり、部屋の中に何かが隠れることを恐れて殺風景な部屋にしたりと、行動はエスカレートしていきますが…。
 ささいなことから神経症的な思考に陥った男を描いた思弁的幻想小説です。恐怖の対象が非常に曖昧に描かれる技巧的な作品。後半では、世界は誰かに夢見られているのではないか? という、ボルヘス、あるいはダンセイニ的なモチーフも現れます。

 「シャモタ氏の恋人」「サラの家で」「視線」「情熱」などは、グラビンスキ作品の中でも「傑作」といっていい作品ではないでしょうか。他の作品も、それぞれ個性があって面白い作品になっています。怪奇幻想小説ファンには、非常にお薦めしたい作品集です。
 グラビンスキの代表的短篇は、この『不気味な物語』でほぼ紹介されたそうで、嬉しい限りです。とりあえずこの4冊目で紙のグラビンスキ本は終わりだそうですが、まだ未訳の短篇や長篇も残っているそうなので、ぜひ紹介をお願いしたいところですね。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

夢幻の情景  高原英理『エイリア綺譚集』
エイリア綺譚集
 高原英理『エイリア綺譚集』(国書刊行会)は、非常に純度の高い幻想小説集。ただ「美しい」だけでなく、残酷さ、退廃趣味など「負」のモチーフをも併せ持つその作風は懐が広いです。

 夢を物質化する装置を描く「青色夢硝子」、林檎料理をめぐる幻想的な「林檎料理」、双子の姉を介護する少女と彼女の憧れる男の月夜の出会いを描く「憧憬双曲線」、体が石化する奇病にかかった少年の物語「石性感情」、猫人の血を引く主人の経営する書店の由来を語る「猫書店」、地下都市に移り住んだ人類の末裔の兄妹を描く「ほんたうの夏」、退職後の落ち着いた生活がだんだんと不穏になっていくという「出勤」、伝染する悪夢を描いた「穴のあいた顔」、夢見の力をネットで拡散させようとする女性の物語「ブルトンの遺言」、人間が若死にしてしまうディストピア社会を舞台にした「ほぼすべての人の人生に題名をつけるとするなら」、事故により死んだ女性が時間を遡り澁澤龍彦に会いに訪れるという「ガール・ミーツ・シブサワ」の11篇を収録しています。

 どれも独自の美意識に貫かれた作品で面白く読んだのですが、特に印象に残ったのは「青色夢硝子」「憧憬双曲線」「ほんたうの夏」「出勤」「ブルトンの遺言」などでしょうか。

 「青色夢硝子」は、ある科学者の残した、夢を物質化する装置を動かそうと、装置のもとに集まった少年たちを描く作品。稲垣足穂風のモチーフを持ったファンタスティックな作品ですが、結末のヴィジョンは非常に壮大です。

 「憧憬双曲線」は、奇病に冒された双子の姉を介護する妹娘が主人公。身よりもいなくなった少女は、月夜のみ家の前に現れる男に憧れを抱きますが…。あとがきに「中井英夫風」を目指したとありますが、確かに中井英夫、あるいは江戸川乱歩風のモチーフが感じられる、完成度の高い作品です。

 「ほんたうの夏」は、荒廃した地上を逃れ、人類が地下都市に逃れ住むようになった未来社会が舞台。時を経て人類の末裔は兄と妹の二人だけになっていました。彼らは「本当の夏」を見るため、代々伝わるいくつかのパスワードを持って地上に向かいます…。
 荒廃した未来、地下都市に暮らす人類…。それほど珍しいテーマではないにもかかわらず、集中でも非常に魅力の感じられる作品です。地上はどうなっているのか? パスワードの秘密とは? 作品の背景にある謎が奥行きを感じさせます。壮大な作品のプロローグとも思える作品で、長編化したら面白そうです。

 「出勤」は、体を壊して会社を退職した男が主人公。落ち着いた町で、家賃のいらないいわくつきの家を見つけた男は、そこで平穏な暮らしをしていましたが…。静かな日常生活を描いているのかと思いきや、ところどころで妙な場面や現象がはさまれ、読んでいてどきっとさせられます。
 これは「モダンホラー」といってもいいでしょうか。何が起こっているのかを明確に描かず、読者の想像力の余地が多分にあるところが魅力的ですね。古本屋の描写も本好きにはたまりません。

 「ブルトンの遺言」は、夢とネットをテーマにした作品。ネット上にある迷宮のようなサイト「ビルトラウム」、そしてかってブルトンに会ったことがあるという全身不随の老齢の女性。この2つの話がどのように結びついていくのか? 短いながら非常に密度の濃い作品です。

 書下ろしの「ガール・ミーツ・シブサワ」は、澁澤龍彦をモチーフに描かれた作品。かってゴスロリ少女だった編集者の女性は、車にはねられてしまいます。気がつくと18歳当時のゴスロリファッションの姿で立っていました。
 案内人によると、死んだ人間は生涯で一番思い入れの強い時期の姿になるというのです。また「幽霊」であるために、自分の生まれる100年前ぐらいまでなら、時代を移動することができるというのです。ただし人々に干渉することはできません。女性は憧れだった澁澤龍彦のもとを訪れようと考えますが…。
 澁澤龍彦と三島由紀夫との出会いや、他の著名人との出会いなど、澁澤龍彦の生涯における重要な場面を主人公は訪れます。それと同時に主人公の語りを通じて、著者の澁澤龍彦論とでもいうべきものが語られるという、ある種、私的な作品でもあります。
 澁澤龍彦という人物に対して手厳しい部分もあるのですが、彼の著作を読んだことのある人や興味のある人は面白く読めるのではないでしょうか。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

新しい世界  M・P・シール『紫の雲』
紫の雲 (ナイトランド叢書3-4)
 M・P・シール『紫の雲』(南條竹則訳 アトリエサード)は、生物に死をもたらす「紫の雲」により人類が死滅した世界で、ただ一人生き残った男の彷徨を描いた作品です。「破滅SF」の先駆的作品であり、歪んだユートピアを描く幻想小説でもあります。

 世間は北極探検に沸いていました。シカゴの富豪スティックニーが、北極点に最初に着いた人間に莫大な資産を譲るという遺言を残していたからです。若き医師アダム・ジェフソンは、恋人クローダから探検に同行するようけしかけられます。
 探検隊の同行員として内定していたクローダの親類ピーターズが中毒症状を起こしたことから、探検隊への要請を受けたアダムは、クローダがピーターズに毒を持ったのではないかと疑いながらも、北極探検に出発します。
 探検の最中に同僚たちは次々と命を落としていきます。一人生き残ったアダムは、地平線に紫色の雲が広がっているのを目撃します。帰途、アダムは海にも陸にも動物の死骸が散らばっているのを見て驚きます。やがて母船にたどり着きますが、乗員は全員死亡しており、船内には紫色の塵が積もっていました。
 何とか船を操ってノルウェーにたどり着いたアダムでしたが、そこでも人々は皆死んでいました。そのまま母国イギリスを目指すアダムですが、誰一人として生きた人間には出会えません…。

 あらすじを要約するのもなかなか難しい作品で、いろんな要素が詰め込まれています。すごく簡単に言うと、北極探検に参加していたがために「紫の雲」の影響を逃れ生き残った男が、死の世界となったヨーロッパを彷徨う…という感じでしょうか。
 序盤に探検隊員の枠をめぐっての謀殺事件的な展開もあり、実に不穏な展開ではあります。探検に出てからも同僚たちとの軋轢や対立など、人間関係をめぐるサスペンスがあったりと読み応えがありますね。

 「紫の雲」登場以後は、人がいなくなった世界をさまよう主人公の行動が描かれるのですが、この「彷徨」部分が作品の大部分を占めています。
 相当のページ数にわたり、人間や動物の死体描写が続くので、ここらへんはちょっと辟易してしまう読者もいるかもしれません。人が絶滅したことを確信した主人公は自暴自棄になり、都市を破壊したり焼き払ったりしていきます。

 ふとした思い付きから、自分だけの宮殿を作ることを思い付き、十数年にわたってそれに取り組む…というのも妙な展開です。主人公が医師であり技術者でもあることから、ほとんど何でも一人でできる…という設定なのですが、この主人公の「自暴自棄」というのか「試行錯誤」というのか、この部分に妙に味わいがあるのも確かなのですよね。ちょっとした「ユートピア小説」的な味わいがあるのです。
 この後に主人公はまた新たな事件に遭遇し、思いもかけない展開になります。本当に最後までどうなるかわからない作品で、一読の価値がある作品といっていいのではないでしょうか。

 物語自体はいわゆる「枠物語」になっており、医師アーサー・リスター・ブラウン博士のノートに記された物語ということになっています。しかもこのノートは、霊媒メアリー・ウィルソンがトランス状態になり数十年先の未来の著作を読んだものを書き写したものの一つだというのです。
 ノート三が『紫の雲』であり、ノート一とノート二は、シールの別の作品だということです。最初の構想では『紫の雲』は三部作だったというのですが、非常に面白い趣向ですね。

 確か『紫の雲』の内容について紹介した文章が『幻想文学』誌に載っていたはず…と探してみたらありました。『幻想文学54号 世の終わりのための幻想曲』に掲載された、西崎憲さんの「世の終わりというユートピア M・P・シール『紫の雲』を読む」というエッセイです。
 このエッセイを改めて読み直してみたのですが、詳細なあらすじが紹介されていて、この複雑な話がすごくよくまとめられている…と感嘆しきりです。この文章が掲載された号が出た1999年には、まさか『紫の雲』が翻訳されるとは思いもしませんでしたが。

 さて、三部作構想だったという他の二つの作品がどういうものか気になったので、ジャック・サリヴァン編『幻想文学大事典』のシールの項目を調べてみたのですが、どうも他の二つ『海の主』『最後の奇跡』はあんまり面白くなさそうな感じでした。どちらも政治色が強いようですね。
 ちなみに『幻想文学大事典』の記述によれば、スティーヴン・キング『ザ・スタンド』には、シール『紫の雲』の影響があるそうです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

SFホラー小説を読む
 SFとホラーの境界線は意外と曖昧で、SF小説の代表的作品とされるもので、ホラー・恐怖小説的な要素の強いものは沢山あります。いくつか紹介していきましょう。


tyouseimei.jpg
エリック・フランク・ラッセル『超生命ヴァイトン』(矢野徹訳 ハヤカワSFシリーズ)

 高名な科学者が次々と死を遂げます。心臓発作や事故などのように見えますが、主人公グレアムだけは彼らの死に疑問を抱き、生き残った科学者から真実を聞き出します。人間は目に見えない生命体「ヴァイトン」からエネルギーを搾取されており、死んだ科学者たちは彼らの存在に気がついたために殺されたのだと。グレアムは事実を世界に公表しようと考えますが…。

 人間は別の生命体に搾取されていた…という「人類家畜テーマ」の嚆矢とされる作品です。前半は、科学者や関係者たちの大量死の謎を追うというミステリ的な展開なのですが、ヴァイトンの存在が明らかになってからは、敵をいかに倒すのかという方向に向かいます。
 ヴァイトンは純粋なエネルギー生物で、人間の目には見えません。また人間の思考を読むことができるので、彼らの秘密を明かそうとする人間がいれば、即座に抹殺されてしまうのです。
 人類は犠牲を払いながら、ヴァイトンの秘密を世界に公開しますが、この段階になると犠牲者の単位が何千や何万という単位になっていくのがすごい。都市をまるごとふっとばしたりと、ヴァイトンの攻撃も激しさを増していきます。
 対する人類も、ヴァイトンを倒すための方策を考え、科学者を分散させ研究を進めます。犠牲を前提で組まれた計画など、人類側の戦略も強烈です。

 基本的に、ヴァイトンの存在が明らかになるまでの捜索を語った前半は、今となってはちょっと冗長な面もありますが、ヴァイトン対人類の全面戦争になってからの展開は、非常にサスペンスフルで面白いです。



73光年の妖怪 (創元SF文庫)
フレドリック・ブラウン『73光年の妖怪』(井上一夫訳 創元SF文庫)

 73光年彼方の星から追放され、地球に飛来した「知性体」は、他の生物に乗り移り、その生物の体を支配する能力を持っていました。しかし、乗り移る生物は眠っている状態でなくてはならず、また知的に高度な生命体ほど、近距離に接近する必要がありました。
 「知性体」は故郷の星に帰るため、地球人の有能な科学者の体を手に入れようと考えます。しかし地球の生物やその環境に無知な「知性体」は、次々と人間および動物を死なせてしまいます。連続死に関心を持った物理学教授スターントンは、事件がなんらかの知的生命体の仕業ではないかと考えます…。

 73光年彼方の惑星からアメリカに飛来した知的生命体と、地球人の科学者との戦いを描くサスペンスSF作品です
 テーマは、宇宙人対地球人の知的争いであり、それがシンプルな面白さを生み出しています。「知性体」はどんな生物にも乗り移れるのですが、それにはいろいろ条件があり、何でもできるわけではありません。
 また、地球やその生物に対しての知識に欠けているため、不用意な証拠を残してしまったりするのです。一方、宇宙人の仕業だという明確な証拠をつかめない科学者スターントンは、もっぱら推論だけで敵の正体を探っていきます。
 いわば、互いに互いの情報をよく知らないまま探りあいをしていく、というのが前半の展開です。後半は、互いの存在を認識した二人が互いの知力を賭けて勝負をする…といった展開になり、ここらへんのサスペンス度は強烈。
 1961年の発表の作品であり、今となっては目新しい設定や展開などはありません。ただ、最後まで面白く読ませる手腕には並々ならぬものがあります。知的な推理や推論で敵の行動を予測する…という展開は、ミステリも書いていたブラウンならではというべきでしょうか。



sekainoowarino.jpg
トマス・パーマー『世界の終わりのサイエンス』(田村義進訳 早川書房)

 男が気が付くと、狭いオフィスのような部屋にいることに気がつきます。部屋に窓はなく、外界もまったく見えません。部屋の外に出ることはできないのですが、どこからか現れる監視人が、食事を定期的に持ってきます。監視人に理由を尋ねますが、監禁の理由もそこがどこなのかも教えてくれないのです…。

 序盤の何もわからない状態から、手探りで世界の謎を探ってゆく過程が、とてもスリリングです。舞台が現実世界ではないだろうことは何となくわかるのですが、序盤以降も全く展開の予想がつきません。
 SFともファンタジーとも不条理スリラーとも読める、奇妙な味わいの作品。



ダーク・マター (ハヤカワ文庫 NV ク 22-4)
ブレイク・クラウチ『ダーク・マター』(東野さやか訳 ハヤカワ文庫NV)

 主人公の男はある日突然拉致され、気が付くと別の世界にいました。この世界では妻と結婚しなかった代わりに、科学者として成功していたのです。しかもこの世界での「自分」はパラレルワールドへの転移に成功したといいます。
 調べていくうちに、この世界の「自分」は、実現しなかった恋人との結婚と家庭生活を手に入れるために、パラレルワールドの自分と入れ替わったことがわかります。本当の自分の世界に帰るために、主人公は転移を繰り返しますが、その転移はランダムであるようなのです…。

 現実世界と少しだけ違ったパラレルワールドをテーマにした作品。いろいろな並行世界を渡り歩く過程が非常に面白い作品です。少しだけ条件が違う世界もあれば、疫病で人類が絶滅しかかっていたり、氷河期になっていたりと、世界の幅は様々です。無限に近い世界の中から、故郷の世界に帰ることができるのか?
 目的の世界にたどり着くまでが一苦労なのですが、その後もさらなる困難が待ち受けています。サスペンスたっぷりのSFスリラーです。



15回目の昨日 (ハーパーBOOKS)
クリスティン・テリル『15回目の昨日』(田辺千幸訳 ハーパーBOOKS)

 タイムマシンを開発した天才科学者「ドクター」によって、過去が改変され超管理社会と化した世界。重要な書類を隠し持っている疑いで監禁されている女性エムと友人フィンは、協力者の助けを借り、過去へ遡ります。過去に戻ってタイムマシンの開発を防ごうというのです。
 重要人物の行動を変えたり、計画の責任者を排除するなど、いろいろな手を試すものの、過去14回はすべて失敗していました。最終的に辿りついた結論は、エムの大切な人間を殺すこと。しかも15回目になる今回のチャレンジは、最後のチャンスなのです。エムはディストピア社会の到来を防げるのか…?

 ディストピア社会の到来を防ぐために、何度も過去にタイムトラベルする少女の物語です。未来を変えるためには、大切な人を殺さなければならない…というヒロインの葛藤が読みどころです。
 未来時間においてレジスタンスを続ける「エム」と、過去時間の少女「マリーナ」との、二人のパートが交互に現れていくという体裁で書かれた作品です。やがて、タイムマシンで過去に戻ったエムの行動は、マリーナのそれと交錯していきます。
 エムが殺さなければならない相手は、かって心から愛した人物。未来を救うために非情になることができるのか。過去の愛と現在の愛の間で葛藤するヒロインの心の動きが描かれていきます。
 未来社会やタイムトラベルの詳細など、曖昧な部分もあったりするのですが、少女の青春小説・成長小説としてよくできた作品です。切ないラブストーリー好きにはお薦めしておきたいと思います。



アンドロメダ病原体〔新装版〕(ハヤカワ文庫NV)
マイクル・クライトン『アンドロメダ病原体』(浅倉久志訳 ハヤカワ文庫NV)

 アリゾナ州の町ピードモントに、落下した人工衛星の調査に訪れた調査員たちは、町の人々が大量に死んでいるのを発見します。直後に調査員たちからの連絡は途絶えてしまいます。事態を重く見た責任者マンチェック少佐は「ワイルドファイア計画」の発動を上申します。
 「ワイルドファイア計画」とは、地球外の生命体による被害を最小限に防ぐことを目的としていました。計画のために集められた科学者たちは、事件を引き起こした生命体について調査を始めます。その生命体は、ある人間には即死を引き起こし、ある人間には発狂をもたらします。
 また、全滅したかに思われた町の住人でしたが、赤ん坊と老人の二人のみが生き残っていました。彼らが生き残った理由はどこにあるのか? 科学者たちはそれぞれの専門分野を生かして研究を進めますが…。

 宇宙からもたらされた細菌により人類が危機に陥るというSF的作品です。細菌とそれがもたらす危機に対する、科学的ドキュメントという変わった形式で書かれています。
 人間を即死させる殺人細菌がテーマということで、社会の混乱を描くパニック小説だったり、人類が破滅する破滅SFといった感じになりそうな題材なのですが、あくまで科学的な調査ドキュメントという形式で描かれるのがユニークです。
 科学者のキャラを描写するために、さらっと背景が描かれたりはするのですが、それ以外はほぼ「人間ドラマ」は描かれません。では何が描かれるかというと、細菌とそれが人間をはじめとする生命体にどんな影響をもたらし、どうすれば防げるのか? といった調査の試行錯誤なのです。
 死をもたらしている生命体が細菌なのかそうでないのか、空気感染はあるのか、人間の体のどこから感染するのか、など、こまごました条件を変えて実験を繰り返し、事実を少しづつ固めていく過程が地味に面白いのです。
 やがて謎の生命体が持つ秘密の能力が判明します。時を同じくして、科学者たちのささいなミスや悪条件が重なり、人類を滅ぼしかねない危機が出来します。彼らは破滅を防げるのか?
 1969年発表の作品ですが、今でも面白く読めます。無機質な「報告書」の体裁が効果的で、すごくリアリティがあります。見方によってはホラー小説としても読める作品ですね。下手に人間ドラマを入れていないところも好感触でした。



ぼくはだれだ (1975年) (文学のおくりもの〈13〉)
タデウシュ・コンヴィッキ『ぼくはだれだ』(内田莉莎子訳 晶文社)

 少年ピョートルは姉と両親とともに暮らしていますが、家族内の関係はぎこちないものになっていました。ある日、ピョートルの家の玄関に現れた喋る犬セバスチャンは、ピョートルを別の地球に連れていきます。その世界ではピョートルそっくりの残酷な少年ルトピョが、少女エヴァを監禁していたのです。
 一方そのころ従来の地球では、彗星の衝突が予測され、社会はパニックになっていました…。

 ポーランドの作家によるSF・幻想要素の強い青春小説、といっていいのでしょうか。何ともいえない異様な読み味で、評価のすごく難しい作品ですね。
 彗星の衝突、パラレルワールド、喋る犬、分身など、SF・幻想的な要素がこれでもかと出てくるのですが、味わいとしては妙に「普通小説」に近いのですよね。主人公がちょっとませていて「ひねた」少年であるというのもありますが、概して登場人物たちが超自然的な現象に対して淡白なのが特徴です。
 主人公の目的意識が一定しないので、別世界に行っても何をするわけでもなく帰ってきたりします。地球と異世界を何度も往復するのですが、それによって世界の見方が変わったり、人間関係が変わったり、ということもなし。言ってしまえば「成長のない」青春小説と言ってもいいでしょうか。
 地球にいるときの主人公が、突然映画に出ようとオーディションに出たりするのもよく分からない展開です。結末に強烈などんでん返しがあり、それを踏まえると、作品の一貫性のなさ、まとまりのなさも説明がつくのですが、そうだとしても、どうも釈然としない後味の悪さがあります。
 ただ妙な魅力のある作品であることは確かで、変わった小説を読みたい人にはお薦めしておきたいと思います。




人間以上 (ハヤカワ文庫 SF 317)
シオドア・スタージョン『人間以上』(矢野徹訳 ハヤカワ文庫SF)

 白痴と呼ばれる青年、テレキネシス能力を持つ少女、テレポーテーション能力を持つ双子の女児、超人的な頭脳を持つ赤ん坊。一人一人は不完全な彼らは集まることによって、有機的な一つの存在、ホモ・ゲシュタルト(集団人)になることができます。その誕生と成長の過程を描く作品です。

 SFの分類で言うところの「ミュータントテーマ」に属する作品なのですが、この著者らしい異様な発想で、物語の行き先が全く読めません。
 作品は大きく三部に分かれています。一部では白痴の青年ローンを中心に、仲間たちが集まっていく過程が描かれます。二部では浮浪児のジェリイが精神分析にかかり恐ろしい真実が明かされる…という展開。三部では記憶を失った男が謎の女性の助けを借りながら記憶を取り戻していくという内容。
 一部は比較的わかりやすいのですが、二部と三部に関しては、語りが独自の形式になっており、素直に物語の内容を追っていけないようになっています。一部で集まったホモ・ゲシュタルトたちは一体どうなってしまったのか? 真実が少しづつ明かされていくという展開は、なかなかスリリングです。

 スタージョンという作家は、極端なことを言うと「愛」と「孤独」について書いている作家で、この『人間以上』もその例にもれません。ただその描き方があまりに異様なので、一見そうしたテーマの作品に見えないのですよね。
 孤独なマイノリティたちが集まることによってホモ・ゲシュタルトとなり、孤独ではなくなる。しかし一つになったがゆえに、人類社会において再度孤独になる…という逆説的な発想は、スタージョンならではでしょう。



nazetenngokukara.jpg
クリフォード・D・シマック『なぜ天国から呼び戻すのか?』(足立楓訳 ハヤカワ・SF・シリーズ)

 近未来、人類は不老不死の技術を手に入れる寸前まで来ていました。裕福な人々は不老不死の技術が完成するまで冷凍睡眠に入り、彼らの体や財産を管理する「永遠センター」が実質的に世界を支配していたのです。
 冷凍睡眠に入っていない人々は、第二の人生のため、あらゆる娯楽をとりやめ、後の人生で必要になるはずの資産構築に励んでいました。そんな世界で、最も恐れられる刑罰は死亡時の遺体保存の権利を奪われることでした。
 「永遠センター」のPR局長ダニエル・フロストは、諜報担当のマーカス・アプルトンの策略で、センターだけでなく社会そのものから追放されてしまいます。弁護士アンや地下で活動する「聖者」の助けを借りながら、フロストは生き延びようとしますが…。

 永遠の命と、その信仰のために人々の生活はどう変わるのか?という、宗教的なテーマを扱ったシリアスな作品です。
 この世界では、不慮の事故や病で死んだとしても、死体は回収され、復活のときに備えて保存されます。結果として「永遠センター」に収納された人間は莫大な数になっているのです。
 全てが同時に復活したとすると、地球上に彼らが暮らすスペースは充分にないことが判明し、「永遠センター」はその解決策として、時間旅行の研究にも従事しているのです。
 この作品が始まった時点では、不老不死も時間旅行もまだ実現されていない…というところがポイントで、人々はあくまで「信仰」としてそれらを信じて行動しているのです。しかし全てを「死後の生」に捧げる人生は本当に幸福なのか?という、生真面目な問いかけがなされています。
 作品後半は、主人公フロストの逃亡とそれを引き起こした陰謀の話が中心となってしまい、作品のメインテーマが少々ぼやけてしまうきらいはあるのですが、作中で描かれる社会像はとても面白く、なかなか示唆に富む作品ではないかと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

「パンタポルタ」さんにて『怪奇幻想読書倶楽部』の「第18回読書会」ご紹介いただきました
 新紀元社のファンタジー情報サイト「パンタポルタ」さんにて、『怪奇幻想読書倶楽部』の「第18回読書会」をご紹介いただいています。非常に楽しい記事に仕上げていただき感謝です。
 次回以降の読書会、参加を考えている人にもご参考にしていただければと思います。

 紹介ページはこちらです。
 怪奇幻想読書倶楽部 第18回読書会 ロアルド・ダールを読む

 

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

1月の気になる新刊と12月の新刊補遺
12月25日刊 キャサリン・スプーナー『コンテンポラリー・ゴシック』(水声社 予価3240円)
12月26日刊 横溝正史『由利・三津木探偵小説集成2 夜光虫』(柏書房 予価2916円)
1月10日刊 小泉喜美子『殺人は女の仕事』(光文社文庫)
1月12日刊 フェルディナント・フォン・シーラッハ『禁忌』(創元推理文庫 予価864円)
1月17日刊 米沢嘉博『戦後怪奇マンガ史』(鉄人社 予価918円)
1月21日刊 フランシス・ハーディング『カッコーの歌』(東京創元社 予価3564円)
1月22日刊 『カート・ヴォネガット全短篇3 夢の家』(早川書房 予価2916円)
1月25日刊 フラン・オブライエン『ドーキー古文書』(白水Uブックス 予価1944円)
1月30日刊 スティーヴン・キング『心霊電流 上・下』(文藝春秋 予価各1944円)


 キャサリン・スプーナー『コンテンポラリー・ゴシック』は、ゴシック・カルチャーの研究書。文学だけでなく、いろんな分野のゴシックについて語った本のようです。

 米沢嘉博『戦後怪奇マンガ史』は、2016年に出た同名タイトルの文庫版のようです。内容は、戦後の怪奇マンガの歴史を辿った本で、類書があまりないので、怪奇マンガに興味のある人にはお薦めしておきます。

 フランシス・ハーディング『カッコーの歌』は、『嘘の木』が素晴らしい出来だった著者のファンタジー作品とのこと。出版元の紹介文を引用しておきますね。「「あと七日」耳もとで言葉が聞こえる。 わたしに何が起きているの? 『嘘の木』の著者が放つ、ダークファンタジーの傑作」これは面白そうです。
ファンタスティック・ロマンス  フランシス・マリオン・クロフォードの長篇幻想小説を読む
 フランシス・マリオン・クロフォード(1854-1909)は、19世紀アメリカで絶大な人気を誇った作家です。主にエキゾチックな歴史小説やロマンス小説で人気を博しました。イタリアで生まれ、さまざまな国に住んだだけあって、その作品には異国情緒があふれています。
 没後は生前ほどの人気はなくなってしまいましたが、「上段寝台」「血は命の水だから」「泣きさけぶどくろ」など、 短篇怪奇小説のいくつかは名作として今でも読まれています。
 長篇では、幻想的要素の強い『プラハの妖術師』『妖霊ハーリド』が邦訳されており、日本語でも読むことができます。

 それでは、この長篇2作を見ていきましょう。


purahano.jpg
『プラハの妖術師』(木内信敬 国書刊行会)

 プラハの街で暮らす美女ユノーナは、生まれつき催眠術で相手を操る能力を持っていることから「妖術師」と噂されていました。ユノーナは、盟友であるアラビア人キーヨルクとともに、高齢の老人を催眠術で生きながらえさせ、不死の研究を続けていました。
 ある日プラハを訪れた「旅びと」を自らの運命の恋人と認識したユノーナは、彼の心を捕らえようと試みます。しかし「旅びと」は、生き別れになったかっての恋人ベアトリーチェを探し続けており、ユノーナの思いを受け入れません。
 キーヨルクから、ベアトリーチェがすでに死んでいるということを聞いたユノーナは、自らの術を使って「旅びと」の心を捕らえようとします。一方、ユノーナの崇拝者イスラエル・カフカは彼女に愛を告白しますが、ユノーナは彼を邪魔者とし憎悪さえ感じていました…。

  プラハを舞台として、不思議な能力を持つ美女と運命の恋人を描く幻想的な恋愛小説です。「プラハの妖術師」ユノーナが、かっての恋人の面影を消し去り「旅びと」の心を捕らえることができるのか? というのが物語のメイン。そこにユノーナに思いを寄せる青年イスラエル・カフカ、ユノーナの協力者でありながら自らの利益のために動くアラビア人キーヨルクが絡んできます。
 「主人公」ユノーナのキャラクターが非常に魅力的です。やろうと思えば簡単に人の心を操れる能力を持ちながらも、自らの意思で自分を愛してほしいという思いから、思い人の心を手に入れることができず悩み続ける姿は実に可憐。
 恋が上手くいかずに憔悴したユノーナは、崇拝者イスラエル・カフカに残酷な対応をしてしまいます。その現場を目撃されたことから「旅びと」に軽蔑されてしまうことになり、ユノーナの苦しみはさらに増してしまうのです。

 基本は「恋愛小説」なのですが、作品全体に神秘的・超自然的な色彩が濃く現れています。ユノーナの能力や、キーヨルクの研究自体にオカルト的な色彩が既に濃いのですが、それに加えて、登場人物たちの恋愛模様はどこか「神話的」な色彩を帯びています。
「旅びと」とベアトリーチェの恋、ユノーナが「旅びと」に寄せる恋、イスラエル・カフカがユノーナに寄せる恋、そのどれもが命を賭けた恋であるということが描かれていきます。肉体的な愛というよりは、精神的な愛。言うならば「天上の恋愛」といってもいいでしょうか。

 前半は少しだれる部分もあるのですが、中盤ユノーナとイスラエル・カフカの間に事件が起こり、事態が急展開を迎えてからはサスペンスが盛り上がります。最終的に恋が成就しない人物もあるわけですが、彼らにも「救済」が訪れます。後半に登場するユノーナの「決断」には、ある種の感動がありますね。

 主要な登場人物のうち、「旅びと」のみが具体的な名前を与えられず「旅びと」と表現されるのもユニークです。「旅びと」とは、この作品を読む読者それぞれ…という意味合いもあるのかもしれませんね。

 解説は富山太佳夫氏によるものですが、いろいろと示唆に富むことが述べられています。クロフォードはゴシック・ロマンスの伝統を継承しながらも、そのロマンス(「恋愛物語」)部分を強調していった作家であり、娯楽小説の一つの範型を作り上げた、というのです。
 また『プラハの妖術師』において「漂白の旅人」というモチーフが使われているが、これはマチューリンの『放浪者メルモス』とも響きあうものがある。メルモスが放浪を強いられたものであるのに対して、クロフォード作品では旅びとは愛を求めるものとして登場する。『プラハの妖術師』は、ゴシック・ロマンスから恋愛物語への移行を示すものといっていいのではないか…。なるほどと、うなずけるところです。
 同じく著者の長篇『妖霊ハーリド』においてもそうだったのですが、確かにクロフォード作品においては作中、ゴシック要素よりも恋愛・ロマンス要素の比重がかなり大きくなっています。そういう意味では、過渡期的な作家であるといっていいのかもしれません。
 なお、巻末にクロフォードの年譜が載っていたのですが、興味を引く部分があったので、ご紹介しておきますね。

 1904年-フランスの幻想作家マルセル・シュウォッブが別荘を訪問、しかし話はあわなかったようである。



harido.jpg
『妖霊ハーリド』(船木裕訳 ハヤカワ文庫FT)
 
 妖霊(ジン)であるハーリドは、スルタンの娘である美女ジフワー姫の婚約者の王子が不信仰者であることを知り、王子を殺害します。勝手に人の命を奪った罪で、ハーリドは天界を追放され、地上で人間として転生させられることになります。
 人間としてジフワー姫の愛を手に入れることができたなら、ハーリドの魂は救われるというのです。地上に降り立ったハーリドは、スルタンに気に入られ、ジフワー姫の婿になることに成功します。しかしハーリドがいかに手柄を立てようとも、姫はハーリドに愛情を示そうとはしません…。

 〈アラビアン・ナイト〉風の世界で展開される、幻想的なロマンス小説です。主人公の目的が「富」や「栄光」ではなく、愛する女性の「愛情」のみという、異色のヒロイック・ファンタジーともいえるでしょうか。主人公のハーリドは元精霊だけに、その知識や力は人間になっても強大なものを持っており、それらを使って国をまとめたり、敵国を滅ぼしたりします。
 しかし、いかに手柄を立てようとも、姫はハーリドに丁重に従うものの、愛情を示そうとはしないのです。敵国のスルタンのハーレムから美女を連れてきても、嫉妬も見せることはありません。やがて敵国スルタンの寵姫だった、キリスト教徒の美女アルマスタは、ハーリドに愛情を示し始めます。
 ジフワー姫以外の女性に興味を示さないハーリドに対して、やがてアルマスタは憎悪を抱き始めます…。

 非常に雰囲気のあるファンタジイ作品で、西洋の作家が東洋を描く際に見られるとんちんかんな描写がないのは、著者クロフォードがコスモポリタンな作家であったせいでしょうか。
 人間になったばかりのハーリドが、人間の食物や寿命に対してよく知らずに死にそうになってしまうなどの描写が面白いです。普通の人間以上の力を持っていながらも、肉体的には人間と変わらないハーリドが、危険を避けながら戦っていく…という展開には、なかなかサスペンスがあります。
 しかしハーリドの目的はあくまで姫の「愛」にあり、勇猛果敢で誠実な男でありながらも、それが愛情につながらないことに悩んでしまうのです。
 姫の愛情はどうしたら得られるのか?中盤からは異教徒の娘アルマスタを挟んで奇妙な三角関係も生まれていき、非常に読ませる物語になっていますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ロアルド・ダールの皮肉な世界
 「おとなしい凶器」「南から来た男」など、ロアルド・ダール(1916-1990)の短篇は「奇妙な味」の代表的な作品とされています。そのイメージから、ダール作品は「オチ」のある作品が多いのかと思いがちなのですが、実際に読んでみると、意外にそのタイプの作品が多くないことがわかります。そもそも「オチ」以前に、読んでいる途中で結末が予想できてしまう作品も結構あるのですよね。

 「オチ」が重要でないとするならば、ダール作品の特徴・魅力は何かと言うと、まず第一に、語り口の上手さということになるかと思います。ある種ありふれたストーリーであっても、その語り口の魅力、軽やかな話芸には素晴らしいものがあります。
 もう一つの特徴は、登場人物に向けるシニカルな視線です。男も女も、子供でさえも、ダール作品では等しく皮肉な視線から逃れられません。大体の作品において、登場人物たちは「善人」「人格者」であるよりも、「愚者」「小悪党」として描かれます。人間の無知や虚栄心、欲望などを美化せずに描く筆致には、人間観察の鋭さが感じられますね。
 そうした皮肉な視線を浴びせながらも、その描写をユーモアでくるみ、洗練されたストーリーに仕立ているのが、ダール作品の魅力ではないでしょうか。

 それでは以下、ダールの代表的な作品集を見ていきたいと思います。


キス・キス〔新訳版〕
『キス・キス〔新訳版〕』(田口俊樹訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

 若いビジネスマンが泊まることになった奇妙な宿を描く「女主人」、癌のために死んだ夫が死後脳だけで生かされることになるというSF風の「ウィリアムとメアリー」、心配性の妻と意地の悪い夫の物語「天国への道」、牧師のふりをして掘り出し物の古い家具を買いあさる男を描く「牧師の愉しみ」、不倫相手からもらった高価なコートについて策を弄する妻を描いた「ミセス・ビクスビーと大佐のコート」、食べ物を食べてくれない赤ん坊にロイヤルゼリーを与える男を描く「ロイヤルゼリー」、幼い頃のトラウマから女性に恐怖心を抱く男を描く「ジョージー・ポージー」、ある男の人生の始まりを描いた「始まりと大惨事」、猫が作曲家リストの生まれ変わりだと信じる妻とそれを冷ややかに眺める夫とを描く「勝者エドワード」、ベジタリアンの大伯母に育てられた孤児が料理の天分を発揮するという「豚」、レーズンを使ってキジを密漁しようとする二人組の物語「世界チャンピオン」の11篇を収録しています。

 ダール短篇集の中でも「意地悪度」がかなり高い短篇集です。登場する男も女も皆、皮肉な目で描かれています。それは赤ん坊や少年でさえ例外ではなく、例えば「豚」に登場する少年レキシントンは純真無垢な人物として登場しますが、非常に残酷な結末を迎えてしまうのです。

 解説にもあるように、夫婦が登場する作品が多いのも特徴ですね。「ウィリアムとメアリー」「天国への道」「ミセス・ビクスビーと大佐のコート」「ロイヤルゼリー」「勝者エドワード」など、多くの作品に夫婦が登場しますが、そのどれもが不穏な関係をたたえています。
 死後脳だけになった夫と妻の関係が逆転してしまう「ウィリアムとメアリー」、ささいな意地悪の連続が悲惨な結末を迎える「天国への道」、不倫妻とそれを見越した夫とのいびつな情景が描かれる「ミセス・ビクスビーと大佐のコート」、妻にだまって一方的に事を進める夫が登場する「ロイヤルゼリー」、オカルトを信じ込む妻とそれを取り合わない夫との冷めた関係が描かれる「勝者エドワード」など。
 夫と妻それぞれが欠点のある人物だったり、夫妻ともに問題のある人物として描かれることもあったりしますが、どちらにしても登場人物は皆ダールの皮肉な目からは逃れられません。

 話の展開が読めない…という点では「ジョージー・ポージー」「豚」が面白いですね。

 「ジョージー・ポージー」は、幼い頃の母親と関わるトラウマから、女性に恐怖心を抱くようになってしまった男盛りの牧師が主人公。教区の独身女性からいろいろアプローチを受けるものの…という話。
 皮肉な人間喜劇が展開されるかと思いきや、とんでもない方向に。幻覚なのか超自然的なのかはっきりしない結末もユニークです。

 「豚」は、両親が空き巣と間違えられて射殺され孤児になってしまった少年が主人公。ベジタリアンの大伯母に山の中で育てられた少年は、料理の才能を見せ始めます。
 大伯母の死後、都会に出て豚料理を味わった少年はその美味さに驚愕し、その料理法を探ろうと考えます…。両親が殺されてしまうことを皮切りに、少年が人々に度々だまされていくのが描かれます。純真な少年でもその扱いに容赦がないところがダールらしいですね。

 「女主人」「ウィリアムとメアリー」「ロイヤルゼリー」はかなり怪奇度の高い短篇。

 「女主人」は暗示に暗示を重ねた掌編で、明確に何が起こっているのかは描かれないのですが、主人公の青年がおそらく陥るであろう結末が予測できるのが非常に技巧的です。
 「女主人」に関しては面白いエピソードがあって、ダールが編んだ幽霊物語のアンソロジー『ロアルド・ダールの幽霊物語』という本があるのですが、この「まえがき」で自作「女主人」について言及しています。
 引用しますね。

 …またりっぱな幽霊物語を一篇でも書きたいと念願しているのだが、いまだに実現には成功していない。誓っていう、私はやってみたことがあるのだ。一度は成功したとも思った。それは今「女主人」という題の短篇になっている。だが書き終えてよくよく吟味してみると、どうもまだ不十分だとわかった。すっかり仕上がっていないのだ。はっきりいって私は秘訣をつかんでいなかった。そこで結局私は結末を変更して、幽霊物語ではないものに書き改めた。

 「女主人」の現行バージョンは、厳密には「幽霊物語」ではありません。原型が「幽霊物語」であったということを聞くと、どんな結末だったんだろうと想像してみたくなりますね。

 「ウィリアムとメアリー」は、脳だけ生かされた男という、SF的にはあまり新味もないテーマではありますが、脳だけになった男の偏屈な性格、それを密かに憎む妻とがねちっこく描かれ、その人間関係だけでも、充分なホラー作品足りえているかと思います。

 「ロイヤルゼリー」は、食べ物をなかなか食べてくれない赤ん坊の娘に、自ら養蜂したロイヤルゼリーを食べさせる…という物語。ロイヤルゼリーによって不気味な影響が起きる…という話なのですが、その結果をはっきり描かず暗示にとどめているのが技巧的です。

 「勝者エドワード」も取り方によっては超自然的な現象が描かれていますね。音楽を愛する妻は、ある日現れた猫を家に連れて帰りますが、ピアノに聞きほれる猫に気付き、猫は作曲家リストの生まれ変わりではないかと言い出します。夫は取り合いませんが、妻の考えはエスカレートしていき…という話。
 猫が本当に作曲家の生まれ変わりなのかどうか、妻の単なる妄想なのか、どちらとも取れる描き方がされているのは、すごく上手いです。



あなたに似た人〔新訳版〕 Ⅰ あなたに似た人〔新訳版〕 Ⅱ
『あなたに似た人〔新訳版〕』(田口俊樹訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

 ダールの大人向け短篇集の中では一番有名なものですが、まさに語り口の上手さここに極まる、といった感じの作品集です。

 名作揃いの作品集ですが、飛びぬけて完成されていると思うのは、やはり「おとなしい凶器」「南から来た男」でしょうか。別れを切り出した夫を仔羊の腿で殴り殺してしまう妻を描いた「おとなしい凶器」、車と引き換えに指を賭けの対象に指定する賭け狂いの男を描いた「南から来た男」
 どちらも「奇妙な味」の代表的な短篇といえますが、とくに「おとなしい凶器」の味わいは格別です。夫を殺してしまった後で、悪意も感じさせずに犯行を隠蔽する若妻のぬけぬけとした行動は、まさに「奇妙な味」そのものでしょう。

 明確な「オチ」があるものよりも、読んでいて結末が予想できながらも語り口の上手さで読ませる…という作品が多いのも特徴です。
 ワインの生産地をめぐってホストの娘との結婚を賭けようとする「味」、招待客の部屋を盗聴しようとする妻と夫とのやりとりを描く「わが愛しき妻、可愛い人よ」、船での賭けを成功させるために海に飛び込む男を描いた「プールでひと泳ぎ」、通勤列車に現れた不愉快な男をめぐる物語「ギャロッピング・フォックスリー」、ベッドシーツに潜り込んだ蛇をめぐるドタバタ劇「毒」、現代彫刻の穴から首が抜けなくなるという風刺的な「首」、恋人に侮辱された男の仕返しが人生を狂わせるという「満たされた人生に最後の別れを」などは、結末が途中で読めてしまうような作品ではありますが、語り口の上手さで読ませられてしまいます。
 逆に言うと、何度読み返しても楽しめるタイプの作品といえましょうか。

 男の語りが異様な状況になっていくという不条理小説「兵士」、絨毯をめぐる少年の空想を描いたファンタスティックな作品「願い」、人間には聞こえない波長の音を聞き取る機械を描く「サウンドマシン」、小説を自動で作る機械を発明した男とその雇い主を描くユーモア篇「偉大なる自動文章製造機」などは幻想的な要素が強い作品ですね。

 あと、巻末に収められた連作短篇「クロードの犬」は、どうにも焦点の定まらない妙な味の作品です。メインは犬を使った「コンゲーム」が主題だと思うのですが、作中に登場するエピソードがどうも歪です。
 ネズミ捕りの不気味なエピソードがあったり、婚約者の父親を納得させるために「蛆虫工場」の話が止まらなくなる青年のエピソードがあったりと、正直失敗作といっていい作品だと思うのですが、妙に捨てがたい味わいがありますね。

 〔新訳版〕では、単行本未収録短篇が2篇収録されています。「ああ生命の妙なる神秘よ」は、仔牛のオスとメスを産み分けさせられると語る男の物語、「廃墟にて」は、核戦争後らしき世界で展開されるショート・ショートです。



飛行士たちの話〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
『飛行士たちの話〔新訳版〕』(田口俊樹訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

 ダールの戦争体験が元になった作品を集めた第一短篇集です。いわゆる「戦争文学」的なイメージが強い作品集だと思うのですが、意外に幻想的な要素が強いのに驚きます。

 戦闘機での激しい戦闘が結末で幽霊物語に変転する「ある老人の死」、憎みあう二人の男と消えた牛の乳をめぐる奇談「あるアフリカの物語」、不時着した男が船を持った男を探すという「昨日は美しかった」、行方不明になった飛行士が体験した不思議な現象を描く「彼らに歳は取らせまい」、片足を失くす重症を負った男が病院で目を覚ますが…という「猛犬に注意」、戦争に出かけた息子の死を幻視する母親を描く「このこと以外に」などには、少なからず幻想的な要素が見られます。

 特に「幽霊」がはっきり登場する「ある老人の死」、臨死体験と思しい現象が起きる「彼らに歳は取らせまい」、息子の死の情景について現実と空想が混然となる「このこと以外に」などは、明確に幻想小説を志向した作品ですね。

 毎日消えてしまう乳牛の乳の謎と、殺された犬をめぐって憎みあう二人の男の関係が行き詰るような筆致で描かれる「あるアフリカの物語」、重症を追った男が目をさますとそこは故国イギリスの病院だったが…という「猛犬に注意」などは、後のダールの作風を予見させるような「奇妙な味」の作品です。

 もちろん「戦争文学」的なテーマの作品にも味わいがあります。不時着した飛行士の体験を語る「ちょろい任務」 、強欲な女性の支配する娼館から娼婦を解放しようとする兵士たちを描く「マダム・ロゼット」、戦争遺族の少女を描いて美しい「カティーナ」、戦争で人を殺すことへの思いを描いた「あなたに似た人」など。
 「カティーナ」「あなたに似た人」などは「文学性」も強く、一般小説としても傑作といっていいのではないでしょうか。

 この『飛行士たちの話』、おそらく『あなたに似た人』『キス・キス』でダール短篇の面白さを知った読者が、次に手に取るであろう作品集だと思うのですが、他の作品集と同じような感覚で読むと、物足りないというか、期待していたのとは違った…という感じになる可能性が高いと思います。
 実際、以前に僕が旧訳を読んだときもそんな感じを受けました。ただ『飛行士たちの話』はこれはこれで面白い作品集だと思うので、『あなたに似た人』『キス・キス』のダールのイメージは忘れて、単独で味わうのがいいのではないかな、と思います。
 また、新訳版の方がこの作品集の魅力を引き出せていると思うので、できれば新訳版の方で読まれるのをお薦めします。
 旧訳は永井淳訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)のほか、深町眞理子他訳による『昨日は美しかった 飛行士の10の短篇』(新書館)という版も出ていました。



王女マメーリア
『王女マメーリア』(田口俊樹訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

 何気ない発端から、どんどんと話に引き込まれてしまうという「面白いお話」のオンパレードです。

 ふと乗せたヒッチハイカーはある技術の持ち主だった…という「ヒッチハイカー」、傘と引き換えにタクシー代を貸してほしいという老紳士を描く「アンブレラ・マン」、風采の上がらない男がふとしたきっかけから指揮者になり切るという趣味を持ち始める「ボディボル氏」、侮辱された有名人たちに復讐する機会を提供する会社を作るという「「復讐するは我にあり」会社」、成金の男と洗練された趣味を持つ執事とを描く「執事」、その古本屋には本を売る以外に秘密の商売があった…という「古本屋」、アラブ王族の命を救ったことから高価なダイヤモンドをもらった外科医を描く「外科医」、醜い容貌の孤独な男が王女の命を救ったことからある特権を与えられるという「王女と密猟者」、輝くばかりの美しさを手に入れた王女が傲慢になっていくという「王女マメーリア」の9篇を収録しています。

 小話といった印象の強い「ヒッチハイカー」「アンブレラ・マン」、ブラック・ユーモアの利いた「「復讐するは我にあり」会社」「執事」 「古本屋」、寓話的な「王女と密猟者」「王女マメーリア」など、収録作品はバラエティに富んでいます。

 集中でいちばん読み応えがあるのは「ボディボル氏」でしょうか。成功体験がなく女性にも縁のなかったボディボル氏は、ふとしたきっかけから自分が指揮者になるという空想をすることで気分が良くなることに気付きます。音響装置やちょっとしたコンサート会場を模した部屋まで作ってしまいます。
 レコードを買い込んだ店で若い女性に声をかけられたボディボル氏は、とっさに女性を自宅に招待してしまいますが…。
 冴えない男の人生の転機を描く作品、と思いきや、一概にそういうわけでもないところがダールのダールたる所以でしょうか。それでも物語りに引き込む力はすごいです。

 わりと後期の短篇集ということで、ダールの他の短篇集に比べて陽性な作品が多く(必ずしもハッピーエンドではないのですが)、読後感は非常に良い作品集です。それでも、にわかワイン通を風刺する「執事」、美しさを手に入れた王女がどんどんと鼻持ちならなくなっていく「王女マメーリア」など、ぴりっとした毒を忘れないところが楽しいですね。



ヘンリー・シュガーのわくわくする話 (評論社の児童図書館・文学の部屋)
『ヘンリー・シュガーのわくわくする話』(小野章訳 評論社)

 児童向けの短篇集ですが、大人向け作品にも劣らない魅力のある作品集です。

 浦島太郎を思わせる発端から、童話風のファンタジーに移行する「動物とはなしをした少年」、不思議なヒッチハイカーを拾った作家の話「ヒッチ=ハイカー」、実話を昔話風に語った「ミルデンホールの宝物」、リアリズム風の少年物語が、結末においてファンタジーに昇華する「白鳥」など、バラエティに富んだ作品が集められています。

 なかでも表題作「ヘンリー・シュガーのわくわくする話」の面白さは格別。大金持ちだが欲の尽きることのない男ヘンリー・シュガーが、知り合いの屋敷で見つけたある小冊子。そこには目を使わずにものを見ることのできるインド人の話が記されていました。数年後、その方法を実践して負け知らずのギャンブラーとなったヘンリー・シュガーは世俗的な欲望の空しさに気がつき、孤児院を設立することを思い立ちますが…。
 メタフィクション的な趣向として、作品の結末について作者自身が言及する場面が登場するのも破天荒です。後半になると、ちょっとご都合主義的な部分もあったりはするのですが、先が気になって読ませるという意味では、非常に吸引力のある作品です。
 カジノの用心棒に殺されそうになるのを逃れるエピソードなどは、なかなか気がきいていますね。

 児童向けだからなのか、総じて勧善懲悪的な要素が強いです。そのためダール特有のシニカルな要素は弱いのですが、物語自体はどれも非常に面白いです。天性のストーリーテラーの才能があふれた好短篇集ですね。
 この作品集、新訳も出ていて(柳瀬尚紀訳『奇才ヘンリー・シュガーの物語』)、こちらにも目を通したのですが、個人的には旧訳である小野章訳の方が面白く読めました。



ミステリマガジン 2016年 09 月号 [雑誌]
『ミステリマガジン2016年9月号』(早川書房)

 「ロアルド・ダール生誕100周年特集号」です。初訳短篇、エッセイ、対談、リストなど盛りだくさんで、ダールの大人向け作品の参考書としては、今のところ一番有用な本ではないでしょうか。

 特に面白く読めるのは、田口俊樹×杉江松恋「対談 新訳で読む”ストーリーテラー”ダールの魅力」、若島正「乱視読者の短篇講義(出張版)ダールの「願い」を読む」、宮脇孝雄「ロアルド・ダールはいつイギリスの作家になったか」などでしょうか。

 「対談 新訳で読む”ストーリーテラー”ダールの魅力」では、いろいろと示唆に富む意見が出ていて参考になります。ダールらしさが最も出ているのは「飛行士たちの話」であるとか、<落ちの切れ味>はダールの本質ではないとか、スレッサー「夫と妻の犯罪」のようにダールはドメスティック・ミステリのパターンの先駆者であるとか。ダールは、三人称で複数の人を描いているときに、急に対象者だけに視点を集中させることがある…というのは、なるほどと思いました。

 若島正「乱視読者の短篇講義(出張版)ダールの「願い」を読む」は、ダールの名作「願い」について語っています。この短篇、若島さんは「幻想小説」として読んでいるようです。個人的に昔からちょっと得体の知れない作品だと思っていたので、他の人はこんな風に読んでいたのかと参考になります。

 宮脇孝雄「ロアルド・ダールはいつイギリスの作家になったか」では、近年の大学生にはダールは児童文学作家として認識されているとか、イギリス旅行先でダールの童話を読んでいる場面に出くわした話などが語られます。
 劇作家のノエル・カワードがダール作品について「残酷だ」と評したという意見の紹介から、短篇「サウンドマシン」の「残酷さ」について語っています。確かに僕もこの短篇の主人公は「残酷」だなと思っていました。

 初訳作品としては、ショート・ショート「スモークチーズ」と、「リビアで撃墜されて」が掲載されています。「リビアで撃墜されて」はC・S・フォレスターのアドバイスによって書かれたというデビュー作です。「スモークチーズ」はネズミの被害に悩まされる主人公の秘策を描く楽しい作品。

 ダールの著作リストを見ると、児童文学作品が大部分です。本国での認識も「大人向け作品も書いた児童文学作家」という感じのようですね。
 あと、編集部編「ロアルド・ダール短篇解説」がかなり役に立ちます。ダールの大人向け短篇全てについて簡単なあらすじが載っています。

 この特集号、まだ手に入るんじゃないでしょうか。ロアルド・ダールのファンの人は買っておいて損はないかと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ジョイス・キャロル・オーツの幻想小説を読む
 アメリカの女性作家ジョイス・キャロル・オーツは非常に多作な作家です。以前から邦訳はあったのですが、近年は幻想的な要素のある作品がまとまって翻訳紹介されました。オーツの幻想的な作品をいくつか紹介していきたいと思います。



とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢 (河出文庫)
『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』(栩木玲子訳 河出書房新社)

 7篇の中短篇を収録した作品集です。全体に暗い情念に彩られた作品集で、正直、読後感はあまり良くないのですが、その筆力は強烈で読ませられてしまいます。

「とうもろこしの乙女 ある愛の物語」
 素行に問題のある少女がその仲間とともに、同級生である金髪の少女を監禁するという物語。犯人である少女、誘拐された少女の母親であるシングルマザー、容疑者になってしまった教師、三者の視点から事件が描写されていきます。
 三者の内面の心理が細かく描かれており読みごたえがあるのですが、特に犯人である少女の内面は歪んでおり、強烈な印象を残します。読者にはすべてが知らされるため、犯人の少女が被害者の母親にわざわざ接触するくだりなど、強烈なサスペンスがあります。収録作中で最も長い力作。

「ベールシェバ」
 見知らぬ女性から誘いをかけられた中年男性が恐ろしい目に会う…という物語。歪んでしまった人間の復讐物語なのですが、その行為が正当なものなのかどうかというのも作中では描かれません。

「私の名を知る者はいない」
 妹に嫉妬する姉娘の姿を幻想的に描いた物語。妹が生まれてから自分への関心が薄れてしまったことに不満を感じている9歳の少女ジェシカ。時を同じくして不思議な猫が姿を現します。やがて猫は赤ん坊に近づいていきますが…。
 猫は現実に存在するのか? 幻想小説ともサイコスリラーとも読める、不思議な手触りの作品です。

「化石の兄弟」
 双子の兄弟をめぐる物語。生まれたときから注目を集め続けエリート街道を進む兄と、身体的な障害を抱えやがてアートの道に進む弟。弟を疎んじる兄と、それでも兄の愛情を求め続ける弟の姿を描いています。

「タマゴテングタケ」
 「化石の兄弟」同様、双子の兄弟を主人公にした作品。周りの人間に多大な迷惑をかけながらも生来の魅力で人々を虜にしてしまう兄は、伯父が死んだ途端、その遺産目当てに姿を現します。
 地味で堅実な弟は、兄を憎み殺そうと考えます。毒のあるタマゴテングタケを入れた料理を兄に食べさせようとしますが…。
 毒殺は成功するのか…?兄を憎みながらも憎み切れない弟の姿が描かれます。ハッピーエンドともバッドエンドともとれる結末は印象的です。

「ヘルピング・ハンズ」
 未亡人の女が帰還兵の男に思いを寄せるという物語。夫を戦場で失い未亡人となったへレーネは、遺品を寄付しようとリサイクルショップを訪れます。店員である帰還兵ニコラスに惹かれたヘレーネは、彼と二人きりになるために、屋敷の品物を取りに来てほしいと連絡しますが…。
 互いに心に傷を持つ者同士の恋愛が始まる…と思いきや、そうはならないところが読みどころです。恋愛感情と思っていたのはただの一方的な思い込みに過ぎなかった…というブラックな味わいの作品。

「頭の穴」
 ブラックでシュールな味わいのホラー・ストーリー。自らの臆病さから外科医になることをあきらめたルーカスは、美容整形外科医としてまずまずの成功を収めていました。ある日馴染みの患者から頭蓋穿孔手術を頼まれたルーカスは、秘密裏に手術をすることを引き受けてしまいます…。
 かって脳の外科手術中に失神したというエピソードを持つ主人公が、頭蓋骨に穴をあける手術をせざるを得なくなる…という時点で非常に嫌な展開なのですが、そのあとも実に嫌な展開が続きます。
 スプラッター描写も強烈で、読む人を選ぶ作品ですが、当事者である主人公の非現実的な態度が、ある種幻想小説的な味わいを醸し出しています。

 各作品とも明確なオチや結末がある作品は少なく、場合によっては「尻切れトンボ」に感じられてしまうような作品も多く含まれています。描かれる事件はフィクションならではのありえないものですが、それを通して描かれる登場人物たちの姿や心理には非常にリアリティがあります。
 特に「とうもろこしの乙女 ある愛の物語」に顕著ですが、人間心理の不可解さ、人生の不条理さを強く感じさせられる…という点で、読み応えのある作品集ですね。



邪眼
『邪眼 うまくいかない愛をめぐる4つの中篇』(栩木玲子訳 河出書房新社)

 副題通り、うまくいかない愛をテーマに4つの中編を集めた作品集です。「嫌な話」「不快な話」のオンパレードで、これは読む人を選びそうです。

「邪眼」
 両親を亡くしたばかりのところに、勤め先の所長オースティンに慰められ彼と結婚することになった女性マリアナ。彼女はオースティンの四番目の妻でした。周りから尊敬されるオースティンですが、一緒に暮らし始めたマリアナは彼が独善的で感情を爆発させる短気な人物であることに気付きます。
 そんな折、オースティンの最初の妻イネスが姪とともに家を訪れることになりますが…。
 身寄りもなく、結婚した男は暴力的。さらに先妻への恐怖におびえる新妻という、ゴシック・ロマンス的なモチーフを持つ作品です。全幅の信頼を置いていた夫が信頼できない人間であることが徐々に判明していきます。
 恐れていた先妻は敵ではなく、むしろ同じ被害者であり、さらには「共犯関係」にもなっていくのではないか…という流れは、非常に面白いですね。「邪眼」から身を守るというトルコの護符「ナザール」、片目のない先妻イネスなど、「眼」のモチーフが頻出するのも、作品の雰囲気を高めています。
 アイダ・ルピノが監督した《ミステリー・ゾーン》のエピソード「生きている仮面」についても言及されますが、これも「見ること」をテーマにした作品ですね。

「すぐそばに いつでも いつまでも」
 奥手な少女リズベスは、青年デスモンドに夢中になります。しかし青年の行動は常軌を逸し始め、やがて「ストーカー」のように、リズベスにつきまとうことになりますが…。
「ストーカー」になった青年の恐怖におびえる少女を描く作品と見えるのですが、その実そう簡単に解釈できる作品ではないところがポイントです。恐れながらも、青年に惹かれる少女の心理があります。
 また、青年は青年で、過去の事件が彼の人生に影を落としていることが描かれます。放り出されるようなラストがまた人生の不条理感を醸し出します。

「処刑」
 甘やかされた青年バートは、親の金を使い込んだりドラッグに手を出したりと放蕩三昧を繰り返していました。クレジットカードを止められたことに激怒したバートは、両親を殺害することを計画します。完璧に立てたはずの犯罪計画は、母親が重傷ながら生き残ったことで崩壊します。
 バートは逮捕され、裁判にかけられることになります。意識を取り戻した母親は、息子は犯人ではないと証言しますが…。
 歪んだ思考を持つ自分勝手な青年が両親を殺害するという、ショッキングな題材を扱っています。自らも殺されかけた母親はなぜ息子をかばうのか? エンタメ作品であれば、青年が自縄自縛に陥って破滅する…という結末になりそうですが、とんでもない方向に話が進むのが面白いですね。

「平床トレーラー」
 名門一家に生まれた女性セシリア。彼女は過去の性的虐待のトラウマから、男性との交際が長続きしませんでした。ある男性Nと出会ったセシリアは、彼に惹かれ過去の記憶を話します。Nは虐待を行った人間に復讐を行おうと提案しますが…。
 トラウマを持つ女性の心が癒やされていく物語かと思いきや、非常に嫌な展開に。交際しているNという男の異常性がわかってくるのみならず、セシリアの異常性もまた露わになっていきます。過去のトラウマは事実なのか? 人間の心の不可解さを描いた一篇。

 基本的に収録作品はどれも「嫌な話」「不快な話」です。しかも、わかりやすい結末で終わらず、明確な勧善懲悪もありません。扱われるのも、DV、ストーカー、殺人、虐待とアンモラルなモチーフばかり。
 特に「処刑」は、自分勝手な青年が殺人を犯しながらも罰も受けない(ある意味では「罰」ではあるのですが)という、不道徳極まりない内容なので、読んでいて不愉快になる方もいるのではないでしょうか。ただ、それでも読ませてしまうストーリーテリングはオーツの魅力といっていいでしょうか。
 ブラックかつ不条理なテーマは、作品集『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』でも見られましたが、『邪眼』の方が、さらにアクの強さ・毒の強さは強烈ですね。まさに「劇物」といっていい作品集です。



生ける屍 (扶桑社ミステリー)
『生ける屍』(井伊順彦訳 扶桑社ミステリー)

 31歳のQ・P(クウェンティン)は、過去に猥褻事件で執行猶予判決を受け保護観察中でした。更生を願う家族のもと、下宿の管理人の仕事をしながら聴講生として大学に通います。しかし彼はとんでもないことを考えていました。
 拉致してきた男たちにロボトミー手術で脳に障害を負わせ、相手を意思のない「生ける屍(ゾンビ)」にしようというのです。しかし、Q・Pは医学の素人。医学書片手に実行しようとするものの、何度も失敗し相手を死に至らしめてしまいます…。

 殺人を繰り返す男を主人公にしたサイコ・スリラーなのですが、動機がとんでもない。他人を自分の意のままにするために、ロボトミー手術を行い、生ける屍(ゾンビ)を作り出そうというのです。
 いわゆる精神異常者を語り手にしたサイコ・スリラー作品で、主人公の内面が赤裸々に語られるという、かなり不快感の高い作品です。興味深いのは、この主人公、虐待にあったり、トラウマがあったりするなど、不幸な生育環境にあったわけではないということ。
 むしろ生育環境としては非常に恵まれた環境にあり、家族も彼のことを思っているのです。それだけに、主人公の自分勝手な欲望があふれる内面描写はかなりおぞましく、こうした作品に慣れていない読者には、読み進むのがつらいかもしれません。

 「ロボトミー手術」の場面も詳細に描かれるので、生理的な嫌悪感も強烈です。世間を騒がせた「ジェフリー・ダーマー事件」がモデルになっているらしく、主人公の人物像には非常にリアリティがあります。
 いわゆるB級ホラーと言ってしまってもいい題材なのですが、この作品をホラー作家ではなく、ノーベル賞候補者とも言われるオーツが書いたことに、ある種の衝撃があります。ブラム・ストーカー賞を受賞していることからも、この作品がホラー小説として受容されたことがうかがえますね。
 ちなみに、この作品で言う「生ける屍」とは、意思がなく思い通りになる人間という意味で、超自然的な動く死体、いわゆる「ゾンビ」ではありません。



ジャック・オブ・スペード
『ジャック・オブ・スペード』(栩木玲子訳 河出書房新社)

 アンドリュー・J・ラッシュは「紳士のためのスティーヴン・キング」と称される人気ミステリー作家。経済的にも成功した彼は、ラッシュ名義では出せない暴力や残酷さに満ちた作品を、覆面作家「ジャック・オブ・スペード」として発表していました。
 ある日、アンドリューはC・W・ヘイダーという人物から、盗作疑惑で告発されてしまいます。アンドリューがヘイダーの家から原稿を盗み出し自分の小説として発表したというのです。しかしヘイダーは、本を出版したこともないアマチュアであり、過去にも別の作家を盗作で訴えていたというのです。
 弁護士はただの言いがかりであり、裁判になっても負けることはないと請け合いますが、アンドリューは事件をきっかけに心の平安を失っていきます…。

 盗作容疑で訴えられたことをきっかけに、作家アンドリューが精神のバランスを失っていく…という作品です。
 アンドリューは適度に上品な作品を書き、地元の名士として任じている人物です。そんな彼は、内なる暴力性にまかせて書き上げた作品を「ジャック・オブ・スペード」として発表しています。
 アンドリューはペンネーム作品のことは家族にも内緒にしており、「ジャック・オブ・スペード」とのつながりを気取られないようにしていました。しかしスペードの作品を読んだ娘の言葉から、アンドリュー自身の人生がそこに反映されていることに気付き、激しく動揺します。
 読んでいるうちに、アンドリューは自分で言うほどの「紳士」ではないことが読者にもわかってきます。アンドリューの態度とは裏腹に、度々、内なる「ジャック・オブ・スペード」が顔を出すようになるのです。
 自らの「善性」を証明しようとするかのように行動するアンドリューですが、そのことごとくが裏目に出て泥沼にはまっていってしまいます。その過程で妻や子供たちとの溝も深まっていき、やがて破滅の道へと向かってしまうのです。

 「サスペンス小説」とはいいましたが、幻想小説的な要素も濃いです。ヘイダーの盗作事件に関わる謎は超自然味を帯びており、真相は最後まではっきりしません。また、主人公アンドリューの二重人格的な側面を描く部分は、ほとんどホラーといっていいのではないでしょうか。
 語り手のアンドリュー自身は認識していないものの、たびたび彼の過去の「犯罪」や、妻や子供たちとのいびつな関係が間接的に読者に示されるあたり、いわゆる「信頼できない語り手」ものでもありますね。

 作品全体にわたって、スティーヴン・キングの名前が頻出し、作中でも間接的に登場するところは非常に楽しいです。主人公アンドリューがキングに自著を送っても無視されたり、贈り物としてキングの『ミザリー』を登場させたりするところなど、作者オーツの遊び心があふれています。
 さらに言うなら、この『ジャック・オブ・スペード』という作品自体が、『ダーク・ハーフ』など、キングの作家をモチーフにした作品へのオマージュともいえる作りになっているのです。

 ある人物の書斎が登場する場面があるのですが、そこには怪奇幻想小説の稀覯本が揃っており、有名作品や作家のタイトルが羅列されます。言及される本は、『フランケンシュタイン』『ドラキュラ』『ねじの回転』、レ・ファニュ、ブラックウッドなど。怪奇幻想ファンならにやりとしてしまいますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第18回読書会 開催しました
キス・キス〔新訳版〕 王女マメーリア (ハヤカワ・ミステリ文庫)
 12月2日の日曜日、JR巣鴨駅前のカフェにて「怪奇幻想読書倶楽部 第18回読書会」を開催しました。

 第1部のテーマは、課題図書としてロアルド・ダール『キス・キス』(田口俊樹訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)、同じくダール『王女マメーリア』(田口俊樹訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)を取り上げました。
 ブラックな要素の強い『キス・キス』と陽性の作品の多い『王女マメーリア』、ダールの作風の幅広さを楽しむにはうってつけの作品集だったように思います。

 第2部は読書会結成二周年企画として「本の交換会」を行いました。海外文学、ミステリ、SF、ホラーと様々な本が集まりました。とくにホラー・怪奇幻想分野に関しては珍しいタイトルをお持ちいただいた方もあり、参加者の方は皆なかなかの収穫を得られたのではないでしょうか。

 それでは、当日の会の詳細について、ご報告したいと思います。

 今回も、参加者全員のプロフィールをまとめた紹介チラシを作りました。チラシをPDFにしたものを、メールにて事前に配信しています。

 今回はゲストとして、新紀元社のファンタジー情報サイト『パンタポルタ』の「ぱん太」さんにもご参加いただきました。ありがとうございます。

 それでは、以下話題になったトピックの一部を紹介していきます。


●第1部
課題図書
ロアルド・ダール『キス・キス』(田口俊樹訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)
ロアルド・ダール『王女マメーリア』(田口俊樹訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)


・短篇集のタイトル『キス・キス』の由来は、奥さんだったパトリシア・ニールとの会話から生まれたらしい。

・ダール作品はオチそのものよりも、語り口に魅力がある。有名な「おとなしい凶器」など、オチを知ってから読む人もいるかと思うが、それでも面白く読めてしまう。

・阿刀田高作品におけるダールの影響はかなり強いと思う。『冷蔵庫より愛をこめて』など雰囲気がすごく近い。

・ダール作品を映像化したオムニバスドラマシリーズ《予期せぬ出来事》について。ダール自身が登場していた。映像化作品を見てから原作を読むと、やはり原作には深みがあるように感じられる。

・ダール作品を読んでいると、底に人間不信的なものが感じられる。

・ダールは長さの配分が非常に上手い。緩急が絶妙。

・戦後のエンタメ小説に与えたダールの影響はかなり強いのではないか。

・ダールは夫婦の話が多い。実際に奥さんと不仲だったという話もあり、そのあたりの事情が作品にも反映されている?

・ダールにはギャンブル・賭け事の話がよく出てくるが、ほとんどハッピーエンドで終わった試しがない。

・ロアルド・ダール編『ロアルド・ダールの幽霊物語』について。収録作家に《魔法の本棚》収録作家がたくさん入っているが、もしかしてこの叢書が作られるに当たって影響があった? ヨナス・リーは影響があるような気がする。

・ダール作品の「残酷さ」には「子供っぽさ」を感じる。児童文学でも活躍できたのはそのせい?

・ダールのショート・ショート「スモークチーズ」について。ナンセンスな面白さのある作品。

・「偉大なる自動文章製造機」について。自動で小説を作る機械が登場する。原題のAIでも小説を作れるようになってきている…という話があったが、どうなのだろうか?

・レーモン・ルーセルの小説について。すごく人工的な手段で作った小説で、発想がAIに近いように思う。

・東野圭吾「超読書機械殺人事件」について。ボタンひとつで書評を作成してくれる機械が登場する。

・ショート・ショートの書き方について。カードのランダムの組み合わせでアイディアや発想を作る。ただ物語を膨らませるのが難しい。

・『ユージュアル・サスペクツ』について。咄嗟に話を作り上げるシーンが印象的。

・ダールはオチがわかっていても面白く読めるものが多い。

・ダールは現実の体験が作品に反映されるタイプの作家?

・ダール自身はつきあいにくい性格の人ではないか。『ミステリマガジン』に掲載された来日記録を読んでも、招待側がかなり気を遣っている節がある。エラリイ・クイーンを引き合いに出されたときに、鼻で笑うような描写がある。

・天才的な作家だと思うが、あまり実際には会いたくないタイプの作家。


■『キス・キス』(田口俊樹訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

「女主人」について
・暗示に暗示を重ねた技巧的な作品。結末をはっきり書かないところが効果的。
・アンソロジー『ロアルド・ダールの幽霊物語』のまえがきによれば、元々ゴースト・ストーリーとして書かれた作品らしい。とすれば最初の案は、女主人が幽霊だったということだろうか。
・スタンリイ・エリン「特別料理」に味わいが似ている。
・映像にしやすそうな感じがする。
・旧訳で読んだときは「女主人」は高齢のイメージがあったのだが、新訳で読むと年齢不詳に感じられるところが面白い。

「ウィリアムとメアリー」について
・脳だけになった夫と妻との関係性を描いた作品。
・生前の夫の嫌らしさがねちっこく描かれる。妻は犠牲者かと思いきや、そうでもない風に描かれるのがミソ。
・「ウィリアム」も「メアリー」も、イギリスの王族の名前で典型的な名前なので、本国の読者にとっては、ある種の雰囲気を持って感じられるのでは。

「天国への道」について
・時間を気にする妻と、それに対しわざと妻をいらつかせる態度を取る夫の話。
・夫は妻の愛情を試している?
・妻がエレベータの音に耳をすますという描写が効果的。
・最後の一文「のんびり」が怖い。
・同じ話を夫の側から描いたら、かなり怖い話になるのではないか。

「牧師の愉しみ」について
・牧師のふりをした骨董商が掘り出し物の家具を安く買いたたこうとするが…という話
・落語のようによくできた話。
・主人公よりも家具がかわいそう。
・オチがわかっていても楽しい。

「ミセス・ビクスビーと大佐のコート」について
・不倫妻が不倫相手からもらったコートを夫に納得させる形で手に入れようとする話
・夫は妻の不倫を全て知っていることがわかるラストが非常に嫌らしい。
・夫と妻の腹の探り合いみたいなところが面白い。

「ロイヤルゼリー」について
・当時はロイヤルゼリーが得体の知れないものとして認識されていた?
・そもそも赤ん坊に蜂蜜を食べさせてもいいのだろうか。
・「昆虫食」的なイメージで描かれている?
・夫はすでにロイヤルゼリーを摂取していることが後半わかるが、夫もすでに蜂のような本能に支配されているのかもしれない。
・父親は「働き蜂」? 「女王蜂」を作ろうとしている?
・赤ん坊がどうなるのかはっきり書かないところが不気味。

「ジョージー・ポージー」について
・女性恐怖症の男が女性に迫られてパニックに陥るという話。
・結末の情景が本当にあったことなのか、それとも幻覚なのかは明確にされない。
・筋の運びが変わりすぎていて、展開が読めない。
・非常にシュール。マジック・リアリズム風?
・妖怪じみた女性の体内に主人公が吸い込まれてしまった? 「体内」には女性がいないので主人公は安堵したのでは?
・主人公の子供時代の体験はかなり強烈で、確かにトラウマにはなると思う。
・結末は妄想とも思えるが、言葉通りにとった方が面白い。

「始まりと大惨事」について
・死の淵をさまよう赤ん坊がある有名人であることがわかる…という物語。
・阿刀田高がエッセイで紹介していた。そこでは赤ん坊の正体が最後に明かされるみたいな表現だったが、実作を読むと結末以前に名前は出てきてしまっていた。
・途中で名前が出るということは、作者としてはどんでん返し的な意図で書いた作品ではないのではないかと思う。
・映像化作品(『予期せぬ出来事』)では、確か最後まで名前が明かされていなかったような気がする。
・物語の登場人物がある有名人だったことがわかるというタイプの話。レオ・ペルッツ「アンチクリストの誕生」との比較。

「勝者エドワード」について
・猫が作曲家リストの生まれ変わりだと信じ込む妻とそれを冷ややかに見る夫の物語。
・オカルト的な要素が本当なのかどうかははっきりしない。
・猫が殺されてしまったかどうかも明確ではない。
・旧訳の題名は「暴君エドワード」だったが、新訳の「勝者」の方が作品の内容には合っている気がする。
・原題名は「Edward the Conqueror」なのだが、「the Conqueror」といえば、イギリスでは征服王ウィリアムのことで、本国ではそのイメージで読まれているのではないか。
・サキ「トバモリー」との比較。「天才」である動物の話?

「豚」について
・ベジタリアンの大伯母に育てられた孤児の少年が、長じて料理の才能を現し豚肉の美味さを知る…という話。
・最初は少年が活躍する「ピカレスク小説」かと思った。
・純真な少年がいろいろ騙されてひどい目に会うが、最終的には幸せになる話、と思ったら全然違って驚いた。
・豚肉料理について少年が訊ねる場面で、冗談交じりに人肉が入っているかもと言われるシーンがあるが、結末を読むとそれが冗談ではないように思えてくる。
・屠殺場の人間が平然と喉を切る場面があるが、もしかして何度も繰り返しているのだろうか。
・最後の屠殺シーンは、主人公の幻想かと思った。
・展開が読めなくてすごい話。

「世界チャンピオン」について
・睡眠薬入りのレーズンでキジを密漁しようとする男たちを描く作品。
・ユーモアのあるコン・ゲーム的な作品で楽しい。
・キジを何十羽も乳母車に詰め込む場面があるが、本当にそんなに入るのだろうか。
・結末のイメージが非常に鮮やか。
・登場人物が他の作品にも登場していて面白い。
・絵本化したものを見てみたい。


■『王女マメーリア』(田口俊樹訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

「ヒッチハイカー」について
・ダールの作品なので不穏な出来事が起こると思いながら読んだら、ヒッチハイカーが普通に良い人だった(犯罪ではあるが)。
・よくできた話。
・鮮やかで映画のワンシーンのような趣がある。ロードムービーの始まりのよう。

「アンブレラ・マン」について
・酒を飲む金を作るために、ある策を弄する老紳士の話。
・老紳士は落ちぶれた元紳士なのか、それともそれを演じているのだろうか。
・老紳士を値踏みする母親の描写も嫌らしい。

「ボディボル氏」について
・この短篇集の中では一番読みでのある作品。先が読みにくい。
・指揮者になりきるボディボル氏の姿がユーモラス。オチも楽しい。

「「復讐するは我にあり」会社」について
・コラムニストに侮辱された有名人の復讐代行を行う商売を思いついた男たちの物語。
・復讐の手段にいちいち値段をつけていくところが楽しい。
・ダールにしては一ひねり足りない気がする。

「執事」について
・にわかワイン通になった主人とその執事の物語。
・にわか通を風刺する話。ダールは俗物が嫌いなのだろうか。

「古本屋」について
・亡くなった人の家族へ、故人が人には言えないような本を買っていたと請求書を送って儲ける古本屋の物語。
・本のタイトルがいちいち凝っていて楽しい。
・中に一冊真面目なタイトルの本が混じっていてこれが高価なのだが、ここが儲けているポイントなのだろうか。
・最後に母親と息子が出てきて詩的な終わり方をするのが面白い。

「外科医」について
・アラブの大富豪の命を救った外科医がお礼にダイヤモンドをもらうが…という話。
・ダールとしては素直な展開で、刺激に欠ける。
・『スナッチ』を思い出した。

「王女と密猟者」について
・容貌魁偉な男が王女の命を救ったことから、王様に絶大な権限を与えられる…という話。
・男の性質を見抜いた上で命令を出しているのかもしれないという期はするが、王様もどうかしている気がする。
・童話的な雰囲気が濃い。

「王女マメーリア」について
・突如美しくなった王女マメーリアが、その美しさがゆえにどんどんと性悪になっていくという物語。
・童話的な雰囲気が強めながら、毒が非常に強い。
・表紙の和田誠のイラストは「王女マメーリア」について描かれているのだが、最初何が描いてあるのかわからなかった。
・もっとセクシャルな要素のある作品かと思った。


●読書会結成二周年企画 本の交換会

 いらなくなった本、処分してもいい本を持ち寄って、交換するという企画です。
 参加者の皆さんからたくさんの本をお持ちいただきました。自分で持ってきたよりも多くの本を持ち帰った人もいましたね。
 集まったタイトルの一部をご紹介します。

ガブリエル・ガルシア=マルケス『青い犬の目』
ジュール・ヴェルヌ『カルパチアの城』
稲垣足穂『彗星問答』
矢部嵩『魔女の子供はやってこない』
ウィリアム・アイリッシュ『黒いアリバイ』
ロアルド・ダール編『ロアルド・ダールの幽霊物語』
ジョン・フランクリン・バーディン『殺意のシナリオ』
デイヴィッド・マレル『真夜中に捨てられる靴』
トーマス・M・ディッシュ『プリズナー』
ジョージ・R・R・マーティン『サンドキングス』
アイザック・アシモフ編『恐怖のハロウィーン』
ダグラス・E・ウィンター編『ナイト・フライヤー』
ヘンリー・スレッサー『夫と妻に捧げる犯罪』
ジョン・フランクリン・バーディン『殺意のシナリオ』
矢野浩三郎編『怪奇と幻想』
ステファン・グラビンスキ『狂気の巡礼』
町井登志夫『血液魚雷』
筒井康隆『ロートレック荘事件』
『クトゥルー怪異録』
レイ・ゴールデン『5枚のカード』
カール・ジャコビ『黒い黙示録』
ジョゼフィン・テイ『魔性の馬』
リン・カーター『クトゥルー神話全書』
レ・ファニュ『レ・ファニュ傑作集』
大瀧啓裕編『悪魔の夢 天使の溜息』
ケイト・サマースケイル『最初の刑事』
ジェフ・ライマン『エア』
マックス・バリー『機械男』
カズオ・イシグロ作品
深緑野分『戦場のコックたち』
荒俣宏『怪物の友』
『別冊奇想天外 SFファンタジイ大全集』
グレッグ・イーガン『宇宙消失』
『幻想文学25号 ファンタスティック・マガジン』
D・バーンズ『夜の森』
W・バロウズ『ジャンキー』
『SFイズム』
ジョン・フランクリン・バーディン『死を呼ぶペルシュロン』
ハサン・ブラーシム『死体展覧会』
サーバン『人形づくり』
小川洋子編『小川洋子の偏愛短篇箱』
ヨン・アイヴィデ=リンドクヴィスト『Morse』
長江俊和『出版禁止』
飯沢耕太郎『ザンジバル・ゴースト・ストーリーズ』
北野勇作『カメリ』
阿刀田高『海外短編のテクニック』
氏田雄介『54字の物語』
小野不由美『営繕かるかや怪異譚』
小泉武夫『奇食珍食』
マリアーナ・エンリケス『わたしたちが火の中で失くしたもの』
東雅夫編『クトゥルー神話大事典』

 今回は不参加でしたが、常連メンバーのRさんより処分本リストをいただき、欲しい本をお譲りするという提案もいただきました。参加者の方にリストのチェックをしてもらいましたので、次回以降、本をお渡しする予定です。Rさんには感謝申し上げたいと思います。


次回「第19回読書会」は、2019年1月27日(日)開催予定です。
テーマは

 第一部「課題図書 レ・ファニュ『吸血鬼カーミラ』(平井呈一訳 創元推理文庫)
 第二部「課題図書 ワレリイ・ブリューソフ『南十字星共和国』(草鹿外吉訳 白水Uブックス)」

の予定です。

詳細は後日告知いたします。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

文明の鏡像  エドガー・パングボーン『オブザーバーの鏡』
オブザーバーの鏡 (創元SF文庫 ハ 12-1)
 地球には数万年前から火星人が住んでいました。人間社会を影から観察する彼らは「オブザーバー」と呼ばれ、人類が成熟するまで監視を続けようというのです。「オブザーバー」の一人エルミスは、可能性を秘めた才能豊かな少年アンジェロを監視するため、人間に化けて彼の近くで生活することになります。
 少年の才能と可能性を伸ばそうとアンジェロに協力するエルミスに対し、人間に失望した元「オブザーバー」ナミールは、アンジェロに悪影響を与えようと暗躍していました…。

 エドガー・パングボーン『オブザーバーの鏡』(中村保男訳 創元SF文庫)は、人間社会を影から観察する火星人が、地球人の少年の人生に関わりあってゆくというシリアスなSF小説です。登場人物たちの人間性が細かく描写されるという、感性豊かな作品になっています。
 基本的に「オブザーバー」たちは、地球人たちに対して露骨な介入は避けています。しかしナミールは、明らかな悪意を持って少年アンジェロの生活に介入してくるのです。エルミスは、ナミールの行動を邪魔しようとしますが、少年の人生はだんだんと不穏なものになっていきます…。

 利発な少年アンジェロだけでなく、そのガールフレンドである少女シャロンや、隣人フォイヤーマンなど、登場人物の心理や心情が細かく描かれていきます。彼らの人間性に惹かれ、感化されたエルミスもまた、熱い思いを抱いて人間社会に介入するようになるのです。
 一方、暗躍を続けるナミールの影響で、人間社会には混乱が起き始めてしまいます。エルミスは人間社会の崩壊を防げるのでしょうか?

 観察者である火星人たちは、高い技術と資力を持ってはいるものの、特別、強大な力があるわけではありません。またルールにより、積極的な介入は禁じられています。
 それゆえ、火星人たちは人間を見守り、せいぜい、いい影響を及ぼそうとする程度の行動しかできないのです。
 数万年もの間成熟に至らない人間社会、救世主かと思われた少年もまた一人の人間に過ぎないのではないか…という展開もまた、現実的かつ皮肉ではあります。

 人間は愚かかもしれないが、善意と愛を持つ人間もまた存在し、これからも存在するだろう…という透徹した認識が、全編を通して感じられます。それゆえ理想主義的なテーマを扱っていながらも「嘘くさく」ならないのです。これは傑作といっていい作品ではないでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。
twitterアカウントは@kimyonasekai



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する