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11月の気になる新刊
11月6日刊 トンマーゾ・ランドルフィ『カフカの父親』(白水Uブックス 予価1836円)
11月8日刊 ギ・ド・モーパッサン『宝石/遺産 モーパッサン傑作選2』(光文社古典新訳文庫 予価1037円)
11月8日刊 ウォルター・スコット『好古家』(朝日出版社 予価3780円)
11月9日刊 井波律子『中国奇想小説集 古今異界万華鏡』(平凡社 予価2160円)
11月12日刊 パット・マガー『不条理な殺人』(創元推理文庫 予価1015円)
11月12日刊 海野弘編『おとぎ話のモノクロームイラスト傑作選』(パイインターナショナル 予価3456円)
11月15日刊 H・P・ラヴクラフト『這い寄る混沌 新訳クトゥルー神話コレクション3』(星海社 予価1620円)
11月19日刊 牧逸馬『世界怪奇残酷実話 浴槽の花嫁』(河出書房新社 予価1988円)
11月中旬予定 東雅夫『クトゥルー神話大事典 増補改訂版』(新紀元社 予価1728円)
11月20日予定 ウラジーミル・ナボコフ『淡い焔』(作品社 予価4104円)
11月20日刊 『カート・ヴォネガット全短篇2 バーンハウス効果に関する報告書』(早川書房 予価2916円)
11月21日刊 アンナ・スメイル『鐘は歌う』(東京創元社 予価3456円)
11月21日刊 ウィリアム・アイリッシュ『夜は千の目を持つ 新版』(創元推理文庫 予価1296円)
11月22日刊 澤西祐典・柴田元幸編『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』(岩波書店 予価2808円)
11月22日刊 横溝正史『丹夫人の化粧台 横溝正史推理・怪奇探偵小説傑作選』(角川文庫 予価864円)
11月28日刊 山本周五郎『木乃伊屋敷の秘密 周五郎少年文庫 怪奇小説集』(新潮文庫 予価724円)[
11月30日刊 G・K・チェスタトン『奇商クラブ 新訳版』(創元推理文庫 予価799円)


 トンマーゾ・ランドルフィ『カフカの父親』は、イタリアの作家ランドルフィの短篇集です。元版の単行本収録作品に短篇「ゴキブリの海」を追加収録とのこと。奇想性もそうですが、不条理な要素が強い作家なので、文学的な作品が好きな人には性に合う作家ではないかと思います。

 井波律子『中国奇想小説集 古今異界万華鏡』は、さまざまな時代から中国の奇想小説を集めたアンソロジー。これは面白そうですね。

 東雅夫『クトゥルー神話大事典 増補改訂版』は、何度も改訂を重ねてきた定番事典の最新増補版。

 アンナ・スメイル『鐘は歌う』は、世界幻想文学大賞受賞作品。紹介文を引用しておきます。「ロンドン塔からレイヴンが消え、橋という橋は落ち、ロンドンは瓦礫の街と化した。文字による記録は失われ、新たな支配者〈オーダー〉は鐘の音で人々を支配している。両親を亡くした少年サイモンは、母が遺したひとつの名前と、ひとつのメロディを胸に、住み慣れた農場を離れ、ロンドンに向かった。そこで彼は、奇妙な白い眼を持つ少年リューシャンに出会う。」

 澤西祐典・柴田元幸編『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』は、芥川龍之介が英語の副読本として編んだ「新しい英米の文芸」8巻から怪奇幻想的な作品20篇を選んだという、面白いコンセプトのアンソロジーです。岩波書店からこういうテーマの本が出るのは珍しいですね。

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運命と悲劇  ジョン・ヒューム/ホレス・ウォルポール/M・G・ルイス『ゴシック演劇集』
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 『ゴシック演劇集』(高村忠明他訳 国書刊行会)は、ジョン・ヒューム『ダグラス』、ホレス・ウォルポール『謎の母』、M・G・ルイス『古城の亡霊』の3編が収録された、ゴシック演劇のアンソロジーです。
 どれもゴシックのエッセンスが詰まっているといっていい作品で、面白く読むことが出来ます。ゴシック小説の実作はどれも長大で、読む通すのはなかなか難しいと思うのですが、それらに比べれば、この本に収録された戯曲は長さ的にも読みやすいです。ゴシック・ロマンスの入門としては最適な本じゃないでしょうか。
 ちなみに解説によると「ゴシック演劇」の明確な定義はなく、ゴシック・ロマンスが流行したのと同時期に書かれ、内容的にも近いテーマを持つ戯曲をそう呼んでいるとのことです。それでは紹介していきましょう。


ジョン・ヒューム(1722-1808)『ダグラス』(高村忠明訳)
 ゴシック演劇の最初期の作例とされる作品です。「ゴシック」に分類するには少し弱い感じがしますが、暗い情念が支配するトーンはやはりゴシック的です。ウォルポール『オトラント城』よりも早い作品ですね。

 領主の娘マチルダは、敵方の英雄ダグラスと密かに婚姻を結びます。しかしダグラスとの子供を授かった直後に彼は戦死してしまいます。父親の激怒を恐れたマチルダは、生まれた子供を隠そうとしますが、子供は行方不明になってしまいます。時が経ち、マチルダは貴族のランドルフと結婚していました。
 ある時ランドルフの命を救ったという羊飼いの青年ノルヴァルが現れます。彼の父親と話したマチルダは、ノルヴァルこそかって行方不明になった自分の息子であることを知ります。マチルダとノルヴァルとの密会を目撃した佞臣グレナルヴォンは、二人が姦通しているとランドルフに伝えますが…。

 息子を正当な地位に戻したいと考える母親の姿を、姦通の証拠と勘違いしてしまい悲劇が起きる…というシンプルなストーリーになっています。結果的に地位を奪った形にはなっていますが、ランドルフは、剛毅な武人であり、善人という設定です。
 マチルダもノルヴァルも、ランドルフは立派な人物だと信じているものの、グレナルヴォンの言動によって、皆が悲劇的な結末に向かってしまうのです。ダグラスとの婚姻を秘密にしているため、周りの人間はマチルダの本心がわからない、というところがポイントでしょうか。


ホレス・ウォルポール(1717-1797)『謎の母』(渡辺喜之訳)
 ゴシック小説の嚆矢『オトラント城奇譚』で知られるホレス・ウォルポールの戯曲。超自然要素こそありませんが、ショッキングな題材を扱った運命劇です。

 フランス南部の都市ナルボンの伯爵夫人は、最愛の夫を失いますが、その直後に息子のエドマンドを領地から追放してしまいます。人々にはある娘との恋愛にかまけていた息子に愛想をつかしたせいだと噂されていました。
 年月が経ち、領地に友人フローリアンとともに舞い戻ったエドマンドは、伯爵夫人が養女にしているという孤児アデライザの美しさに惹かれ結婚を申し込みます。しかし敬虔なアデライザは首を縦にふりません。
 一方、伯爵夫人の財産を狙う修道士ベネディクトとマーティンは、虎視眈々とその機会を狙っていました。ベネディクトは、なぜかエドマンドとアデライザの仲を取り持とうとしますが…。

 伯爵夫人は、最愛の夫の生き写しであり、自らも愛していたはずの息子をなぜ遠ざけるのか、というのがこの作品のポイントです。冷静沈着であり敬虔な彼女の秘密とは何なのか? タイトルの「謎の母」とはそのあたりの事情を象徴したものでしょうか。
 作者ウォルポールもあとがきで書いているように、当時としてもショッキングな題材であったらしく、その責めを受けることのないよう、登場人物たちは高潔な性格に設定した…と書いています。某ギリシャ悲劇と似たテーマというと内容が割れてしまいそうですが、それをさらにショッキングにした感じです。
 主要な登場人物たちに比べ、修道士たちの悪徳・非道ぶりがこれでもかとばかりに描かれます。当時としては、題材よりもこちらの方が非難を受けそうな気もしますね。


マシュー・グレゴリー・ルイス(1775-1818)『古城の亡霊』(上坪正徳訳)
 ゴシック小説の名作『マンク』で知られるルイスの戯曲。領地を簒奪する悪役、迫害される乙女、身分を隠したヒーローなど、ゴシック・ロマンス風の味わいの作品です。

 パーシィ伯爵は身分を偽ったまま村娘アンジェラと恋仲になります。真実を話そうとした矢先に、アンジェラは領主のオズモンド伯爵に拉致されてしまいます。かってオズモンドは兄とその妻子を殺害し、その富を奪っていました。しかし娘は生き残り、村の娘として育てられていたのです。
 最初はアンジェラを亡き者にしようと考えたオズモンドでしたが、彼女の美しさに打たれ、アンジェラに結婚を迫ります。一方、かっての友人モトリィの入れ知恵で、鎧をまとったパーシィは亡霊のふりをして城に侵入を図りますが…。

 富を簒奪しヒロインを奪おうとする悪役にヒーローである青年が立ち向かう…という、お話自体は正統派ゴシック作品なのですが、味付けにいろいろ工夫がされています。一番目立つのは敵の扱い。敵役であるオズモンドを始め、敵方のキャラが完全な悪役ではなく、多面的なキャラとして描かれているのです。
 残忍な殺人を犯しておきながら、良心の呵責に苦しむオズモンド、彼に協力しながらも自分の行動に疑問を持つ親友ケンリック、主君の行動を批判的に捉える部下など、登場人物たちがいろいろ逡巡するのが特徴です。
 事件全体を俯瞰する狂言回し役モトリィ、強靭な意志を持つヒロインアンジェラなど、主要な登場人物もそれぞれユニークに描かれており、本来のヒーロー役であるパーシィが一番精彩に欠けるというのも何とも皮肉です。
 タイトル通り、亡霊が芝居中にはっきりと登場します。殺されたアンジェラの母親エヴェリーナが、クライマックスで亡霊として登場するのですが、正直あんまり効果的な使い方ではないような気がします。
 亡霊の扱い方はともかく、一本筋になりがちなストーリーがちょっとひねられていたり、登場人物たちの描かれ方も厚みがあるので、物語として面白く読むことができます。なかなかの佳作といっていいのではないでしょうか。

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魔のロンドン  アーサー・マッケン『怪奇クラブ』
怪奇クラブ (創元推理文庫)
 ロンドンで暮らす有閑紳士ダイスンは、ある日通りすがった男が落としていった金貨を拾います。その金貨は、幻と言われるティベリウス金貨でした。その事件を発端に、ダイスンは友人フィリップスともども不思議な事件の話を耳にすることになりますが…。

 アーサー・マッケン『怪奇クラブ』(平井呈一訳 創元推理文庫)は、ロンドンで二人の紳士が出会う不思議な事件を、枠物語の形で描いた連作短篇集です。ダイスンとフィリップス(主にダイスン)が、街中で出会った男女から不思議な話を聞く…というのが大まかな構成になっています。エピソードは、明確な怪奇小説でないものも混じっていますが、どれも妖しさにみちた話ばかりです。

 そもそも、エピソードを語る男女たちが、そろいも揃って「胡散臭い」のです。そしてそれらの話を聞くダイスンやフィリップスも、どこか真面目に取り合っていないような態度を取っており、この作品自体をシリアスに取っていいものかどうか、読者も迷ってくるような感じなのが、何とも不思議な味わいになっています。

 挿話のうち、「黒い石印」 「白い粉薬のはなし」 の2つのエピソードは、傑作短篇といっていいかと思います。
 「黒い石印」は、古代の石印を見つけた大学教授が古代の人間ならざる種族を追って行方不明になってしまうという話です。「怪物」が直接登場することはなく、仄めかしにつぐ仄めかしで怪奇ムードを高めるという技巧的な作品になっています。
 「白い粉薬のはなし」は、ふとしたことから、謎の薬を飲み続けることになった青年の恐るべき末路を描いた物語。こちらの作品では、かなりグロテスクな描写がありますね。

 怪奇な事件が語られるパートももちろんですが、ダイスンやフィリップスが登場する「日常パート」(といっていいのでしょうか)も、意外と味わいがあります。
 このあたり、訳者は解説で「ロンドン綺譚」という表現をしていて、なるほどという感じです。何気ない日常部分でも、何やら禍々しさが感じられるのは、マッケンならではというべきでしょうか。

 併録されている「大いなる来復」は、ラントリサントに現れた「聖杯」の影響を描いた物語です。「聖杯」の影響により、土地や人々に起こった奇跡のエピソードを、ドキュメンタリー風につづっているのが特徴です。怪奇実話的な味わいがある作品ですね。

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夢魔の世界  エドワード・ルーカス・ホワイト『ルクンドオ』
ルクンドオ (ナイトランド叢書3-3)
 エドワード・ルーカス・ホワイト(1866-1934)は、アメリカの作家。主に歴史ものの分野で活躍した作家ですが、怪奇小説にも手を染めています。日本では、『怪奇小説傑作集2』(創元推理文庫)に収められた短篇「こびとの呪い」(中村能三訳)(「ルクンドオ」と同一作品です。)が一番知られた作品でしょうか。

 ホワイトには、他にもいくつか短篇怪奇小説の邦訳があります。その少ない邦訳作品を読む中でも、どこか異様な手触りを感じてはいたのですが、今回初邦訳となった怪奇幻想小説集『ルクンドオ』(遠藤裕子訳 アトリエサード)を読んでみて、彼の作品の異様さに納得がいきました。ホワイトは、自身の見た夢を作品に仕立てたと語っているのです。
 道理で、物語が尋常な展開にならないわけです。細部の異様な突出、不条理なストーリー展開、唐突に訪れる変調…。まさに「悪夢」を物語化したような作品群なのです。かといって、夢のようなぼんやりした話にはなりません。悪夢めいた雰囲気を保ちながらも、物語としての結構が崩れるところまでには至らない…というバランス感覚は、この作者の美点といっていいのではないでしょうか。

 作品集『ルクンドオ』には、呪術により異様な腫れ物ができてしまった男を描く「ルクンドオ」、仲間の裏切りに会い海に流された勇士が、一族に伝わる魔剣を手に入れるというヒロイックファンタジー「フローキの魔剣」、娘を誘拐された夫婦が手に入れたパズルに不思議な現象が起こるという「ピクチャーパズル」、屋敷に引きこもる奇矯な資産家の屋敷に侵入する泥棒たちを描く「鼻面」、下宿を経営する一族の暖かな話が突然不条理なホラーになるという「アルファンデガ通り四十九A」、先妻の面影を忘れられない男と知りながら結婚した夫人が千里眼師に相談に訪れるという「千里眼師ヴァーガスの石板」、中東らしき場所を舞台に人間ではないものたちに襲われるという奇談「アーミナ」、東洋から帰郷した男が何者かを警戒し防備を固めるという「豚革の銃帯」、車の事故を起こし不気味な家に泊まることになった男の体験を描く「夢魔の家」、富豪である旧友が作った人工楽園の島に不時着した男の奇妙な経験を描く「邪術の島」の10篇が収録されています。

 ホワイトの作品を読んでいると、普通の感覚では出てこないような悪夢めいた情景に出くわします。例えば「鼻面」。世間に姿を現さない奇矯な富豪の財産を狙って、泥棒たちが屋敷に侵入する…という話です。
 屋敷の奥に進んでいくにしたがって、広大な屋敷の中の芸術品や調度などが細かく描写されていくのですが、この部分などは、どこか悪夢めいています。

 また「千里眼師ヴァーガスの石板」では、夫の心が自分になびかないことを気に病んだ夫人が千里眼師に相談に訪れるのですが、その流れが独特なのです。登場人物たちの会話もどうもとりとめがなく、結末もどこか夢の情景のようです。
 「アルファンデガ通り四十九A」では、幸せな家族と友人たちの話が突然不条理な怪奇現象の話になってしまうのですが、このあたりの流れも本当に独特です。

 どことも知れない場所で何をしているのかもわからない登場人物たちが怪物に出会う「アーミナ」、気味の悪い家に泊まることになった男の体験を描く「夢魔の家」などは、ほぼ全編が悪夢めいた情景で構成されています。

 夢を原型のまま出されたような作品もあれば、見事な物語になっている作品もあります。共通するのは、先の読めない不条理な展開と不気味な空気感。そのあたりの事情も影響しているのでしょうが、「奇妙な味」に接近している作品もあって、「ピクチャーパズル」「邪術の島」などはそれにあたります。

 「邪術の島」は特に面白い作品です。飛行機が不時着しある島にたどり着いた「わたし」は、そこが大富豪の旧友ペンブロークが作った人工の町であることを知ります。ペンブロークの莫大な金により集められた人々は皆、彼の影響力の下にあるようなのです。
強烈な嫌悪感にかられた「わたし」は島を脱出しようと考えます…。
 島の支配者である男が駆使しているのは、どうやら呪術の類のようなのですが、その呪術が奇妙な形で発現しているらしいのです。妙なブラック・ユーモアのある作品で、何とも言えない味わいがありますね。

 作者自身によるあとがきも収録されています。ほとんどの作品が夢から着想されたと書かれていますが、面白いのは「ルクンドオ」に関するくだり。ほぼ夢そのままでほとんど手を加えていないというのです。
 また、「ルクンドオ」の元になった夢自体が、H・G・ウェルズの短篇「ポロックとポロの首」の影響もあるのではないかと語っているあたり、非常に興味深いですね。

 ホワイトに関しては、同じ《ナイトランド叢書》からもう一つの作品集『セイレーンの歌』の刊行も予定されているようで、こちらも楽しみにしたいと思います。

 最後に上記、H・G・ウェルズの短篇「ポロックとポロの首」についても紹介しておきたいと思います。邦訳は「ポロックとポロの首」(小野寺健訳 由良君美編『イギリス幻想小説傑作集』白水Uブックス)と「ポロ族の呪術師」(池央耿訳 アイザック・アシモフ他編『クリスマス13の戦慄』新潮文庫 収録)がありますね。今回は池央耿訳の方で紹介したいと思います。

「ポロ族の呪術師」(池央耿訳 アイザック・アシモフ他編『クリスマス13の戦慄』新潮文庫 収録)
 アフリカでポロ族の女に手を出した白人の男が、呪術師につけねらわれます。男は金で他の部族の男に呪術師を殺させ、首を持ってこさせますが、安心したのもつかの間、どこへ行ってもその首は男の目の前に現れるのです…。
 男の前に現れる呪術師の首が本物なのか幻覚なのかは、どっちとも取れるように書かれています。呪いを扱った怪奇小説とも、心理的な恐怖小説とも読める重厚な味わいの作品です。

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たそがれの世界  レイ・ブラッドベリの初期作品を読む
 アメリカの作家レイ・ブラッドベリ(1920-2012)は、主にSF作品で知られる作家ですが、そのキャリアの初期には、怪奇・ホラー小説を多く書いていました。
 『10月はたそがれの国』『黒いカーニバル』収録作品はほぼホラーといっていい作品ですし、『刺青の男』の中でもSF的な設定を使いながらもホラーといっていい作品が多く含まれています。また「叙情SF」の代表的な作品とされる『火星年代記』のエピソード中にも、ホラー要素の濃い作品が多く含まれているのです。

 ブラッドベリのホラー小説の一番の特徴は、情感の豊かなところ。恐怖をメインテーマとする小説であっても、そこには「懐かしさ」や「ノスタルジー」が入り交じっています。また子供や子供時代がよくモチーフとして登場するのも特徴で、そういった作品に登場する「闇」や「たそがれ」には、どこか「暖かさ」が伴っているのです。

 ブラッドベリの初期作品から、怪奇・ホラー要素の強い作品を紹介していきたいと思います。



10月はたそがれの国 (創元SF文庫)
『10月はたそがれの国』(宇野利泰訳 創元SF文庫)

「こびと」
 《鏡の迷路》の見世物小屋に毎日のように現れる「こびと」。彼は迷路の中で大きくなった自分の姿を飽きずに眺めていたのです。小屋で働くエイメーは「こびと」が作家であることを知り、あるプレゼントをしようと考えますが…。
 ささやかな喜びにひたる「こびと」を襲う残酷な事件とは…。結末に現れる鏡の情景は何とも印象的。哀愁漂う作品です。

「つぎの番」
 マリーとジョゼフのカップルはメキシコの町を訪れていました。車の故障で足止めを喰らった二人は、地下埋葬所を見学することになりますが…。
 埋葬所を初め、街中にあふれる「死」の匂いにマリーは怯えてしまいます。彼女の不安はどんどん膨らみやがては…。何が起こったのか明確に描かず仄めかす結末は想像力にあふれています。地味ですが、静かな恐怖を味あわせてくれる名篇。

「マチスのポーカー・チップの目」
 平凡な男ジョージ・ガーヴェイは、その平凡さと退屈さゆえに前衛芸術家のグループにもてはやされるようになります。調子にのったガーヴェイは彼らに追従をはじめますが、グループからは飽きられてしまいます。
 ふとした事故で切り落としてしまった小指に、中国の指の防具を取り付けるようになったガーヴェイは再び人気を取戻しますが…。
 平々凡々たる男の人生を描いた作品です。調子に乗りすぎた男の凋落を描くのかと思いきや、思いもかけない逆転が待っています。味わいのある作品ですね。

「骨」
 骨の痛みを訴えるハリス氏は、症状が改善しないのに業を煮やし、専門医のリストからムッシュー・ムニガンの名前を探し出し診察を受けることになります。しかし体の違和感はどんどんと膨らんでいきます…。
 不穏な態度を取るムニガンとは何者なのか? 自らの骨を敵とみなし対決姿勢を取るハリス氏の運命は…? 不気味さとブラックさではブラッドベリ作品の中でも強烈な味を持つ作品です。ムニガン医師の得体の知れなさも印象的。あまり言及されませんが〈クトゥルーもの〉のバリエーションともいえるのでは。

「壜」
 浮気性の妻テディに悩まされている男チャーリーは、見世物小屋で見た壜に惹かれ、その壜を買い取ります。その壜にはアルコールで白ちゃけた得体の知れないものがいくつも入っていました。町の人々は壜を見ようとチャーリーの家を訪れます。
 壜の中身の正体をめぐって人々はあれこれ想像を逞しくしますが、チャーリーはそれについて肯定も否定もしないのです…。
 正体がわからないからこそ、見るものによって違うものが見えるという寓話的なカラーの作品です。そして「事件」が起こったのかどうかも、読者の想像力に委ねられています。

「みずうみ」
 「ぼく」は、妻のマーガレットを伴い、少年時代を過ごした町にやってきます。その町のみずうみで、かって幼馴染の少女が溺れ、死体が見つからないままになっていたのです。やがてみずうみを訪れた「ぼく」の前で監視員が引き上げたものとは…?
 少年時代を懐かしむ語り手の前に現れた「過去そのもの」。その結果、現実は色あせたものになってしまう…。何とも想像力に富む一篇です。

「使者」
 病気のため家で療養している少年マーティンは、飼い犬が外から持ち帰るものを楽しみにしていました。犬は、つけてくる匂いや葉などで、外の世界を知らせてくれるのです。やがて犬は教師のミス・ハイトを連れてきます。ミス・ハイトはマーティンの良き話し相手になりますが、突然の交通事故で亡くなってしまいます。やがて犬も姿を消してしまいますが…。
 「外の世界」から何かを持ち帰ってくる犬が「使者」という表現をされています。犬が最終的に持ち帰ったものとは何なのか?
 結末は非常に恐ろしいものでありながら、どこか懐かしささえ感じさせます。ハッピーエンドなのかそうでないのか、読者によって受け取り方は変わるでしょう。

「熱気のうちで」
 元保険業の二人の老人フォックスとショーは、ある女をずっと観察していました。常にいらつき人々に不快感を与える女に対して、老人たちは彼女は「潜在的な被害者」だと忠告するのですが…。
 殺人が多発してもおかしくない「熱気」、そして潜在的な被害者。老人たちが説明する理論を全く信用しない女ですが、その効果はやがて思いもかけない形で証明されることになるのです。暗示が多用された結末が素晴らしい。非常に技巧的な〈奇妙な味〉の作品です。

「小さな殺人者」
 難産でようやく男の赤ん坊を生んだアリスは、赤ん坊に対する恐怖を語ります。赤ん坊が自分を殺そうとしているというのです。主治医は精神的なショックを受けたせいだと考えますが、夫デイヴィッドはある事件のせいで不安な気持ちを隠せません…。
 赤ん坊は赤ん坊として描写されるだけで、彼の直接的な行動は描かれません。本当に全ては赤ん坊のせいなのか…? デイヴィッドが語る赤ん坊の憎悪の理由は、非常に説得力がありますね。

「群集」
 交通事故で一命を取り留めたスポールナー氏は、薄れる意識の中、事故の直後に野次馬が集まるのが異様に早いことに気がつきます。医者は錯覚だと言いますが、彼は車の車輪がまだ回転したことを覚えていました。そうだとすると、群集は30秒足らずで集まっていたのです。
 退院したスポールナーは、たまたま遭遇した事故に集まっていた野次馬の中に、自分が事故を起こしたときに集まっていたのと同じ人間がいることに気付きます。しかし捕まえようとする前に逃げられてしまいます…。
 事故のたびに集まってくる同じ顔ぶれの群集。彼らはいったい何者なのか。群集の秘密を追う男の運命は…? これはなかなか怖い作品。短い枚数の中にも「群集」の不気味さが際立っていますね。

「びっくり箱」
 少年エドウィンが住むのは塔のような建物。建物内には彼の母親と教師の二人のみが暮らしていました。彼らによれば、建物の周りの森の先には何も存在せず、世界はこの建物のみだと言うのです。
 毎年、エドウィンの誕生日が来るたびに建物内の禁断の部屋のドアが開かれ、自由に入れる部屋が増えていきます。今年の誕生日に解放された部屋は上下に移動することができる部屋でした…。
 三人だけが住む閉ざされた世界。この世界はいつの時代、どこの国なのか? 母親と教師が隠しつづける秘密とは…? 「びっくり箱」とは何を表わしているのか? ゴシック小説でもあり、少年の成長物語でもあります。寓意性の強いテーマを叙情性豊かに語った傑作です。

「大鎌」
 仕事も家も失った農夫のドルー・エリックスンは、妻子とともに車で移動中に、ある農家を見つけます。食べ物を分けてもらおうと訪ねた家の中では老人が死んでいました。書置きらしきものには、この家と付属物一式を訪ねてきたものに送る、と書いてあります
 家には食物も充分以上にあり、家族が楽に暮らせる環境が整っていました。ある日ドルーは、広大な畑に穀物が熟れているのを見て、大鎌を持って刈り入れ作業を始めます。しかし刈り取ったものはすぐに枯れてしまし、次の朝になるとまた芽を吹いているのです。 無駄な作業ではないかと、ドルーは刈り入れをやめてみるものの、なぜか刈り入れをしなければいけない気持ちになるのです…。
 広大な畑は何のために存在するのか? 刈っても再生する穀物の秘密とは…? 主人公が手に入れた家と畑は決して贈り物ではなかったのです。物悲しい運命を描く作品。

「アンクル・エナー」
 大きな緑色の翼をもつアンクル・エナーはある日飛行中に高圧線にぶつかり、飛べなくなってしまいます。たまたまそばに居合わせた娘と恋に落ちた彼は、彼女と結婚し子供も生まれますが…。
 飛べなくなった男が妻との結婚生活を経て、再び飛び立つ…という物語。ブラッドベリらしい感性のにじむ愛らしいファンタジーです。

「風」
 ハーブは毎日のように親友のアリンから電話をもらっていました。アリンはかって〈風の谷〉で「風」の秘密を知ったため「風」に命を狙われているというのです。妄想だとは思いつつもアリンの話に付き合うハーブでしたが…。
 ハーブとアリンの会話は全て電話の内容として描かれています。アリンの様子が直接的に描かれないため、彼の話が本当かどうかはわからないのです。だんだんとアリンの話す内容がエスカレートしていくのが面白いです。「風」が襲ってくるというテーマはなかなかユニーク。

「二階の下宿人」
 祖母が営む下宿にやってきた不気味な男コーバーマンは不思議な行動を取っていました。昼間はずっと寝ており起こそうとしても全く起きません。また食事は、必ず木で出来た食器を持参して使用しているのです。時を同じくして、下宿の周辺では死亡事件や失踪事件が相次いでいました。不審の念を抱いた少年ダグラスは、たまたま窓の色ガラスを通してコーバーマンの姿を目撃し、彼の正体を知ることになりますが…。
 序盤から吸血鬼ものであることはわかるようになっています。吸血鬼そのものよりも、主人公である少年のキャラクターが独特で、この少年が何をするかわからないサスペンスの方が強いですね。結末で明かされる吸血鬼の特徴もどこかファンタスティックで、一風変わった吸血鬼作品といえます。

「ある老母の話」
 老女のティルディ伯母のもとに、やなぎ細工のかごを持った四人の黒服の男が現れます。てっきり物売りだと思っていたティルディ伯母ですが、隣人のドワイヤー夫人が亡くなったときにも同じかごを見たことを思い出し、彼らの目的に思い当たります…。
 気丈なティルディ伯母のキャラクターがいい味を出しています。いくら強い意志を持っていても死には勝てない…という話なのかと思いきや、結末には驚かされます。「死」を扱いながらも、徹頭徹尾明るいカラーのファンタジー作品。

「下水道」
 雨の日の午後、刺繍をしている姉ジュリエットの前で妹のアンナは下水道についての空想話を始めます。下水道には死者の男女がいるというのですが…。
 他愛ない空想かと思いきや、だんだんとそのイメージは濃くなっていき、語り手アンナの過去へとつながる…という流れは見事。余韻を帯びたラストにも、読者の想像の余地がありますね。普通小説としてみても優れた作品だと思います。

「集会」
 不思議な能力をもつ一族の皆が集まる「集会」の日、病弱で何の能力もない少年ティモシーは気後れしていました。他の生き物の意識に入ることができる妹シシーは、ティモシーの中に入り込みますが…。
 素晴らしい能力を持つ親戚たちの中で劣等感を感じてしまう少年の心理が繊細に描かれます。良かれと思ったシシーの行動も、結局ティモシーを傷つけてしまうことになるのです。結末はブラッドベリならではの優しさに満ちており、非常に後味の良い作品ですね。

「ダッドリー・ストーンのふしぎな死」
 天才と呼ばれた作家ダッドリー・ストーンが作品を発表しなくなってから25年。彼の動向をめぐって憶測が出回るなか、「わたし」はストーン自身に引退の真相を聞こうと彼の自宅を訪れます。
 ストーンは、親友の作家ケンドルにかって「殺された」というのですが、その言葉はいったい何を意味しているのか…。
 伝説的な作家が筆を追った理由とは? 「書くこと」と「生きること」は等価なのか? 読む人によっていろいろな意見が出そうな、非常に豊かなテーマを内包した作品です。



黒いカーニバル (ハヤカワ文庫SF)
『黒いカーニバル』(伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫NV)

 当時稀覯書だった原著の『Dark Carnival』を、雑誌掲載作から再現できないかと考えた訳者が編んだ短篇集です。完全な再現はできなかったものの、その際に発見した初期作品も多く収録されています。
 それゆえ、原著とタイトルは同じであるものの、収録内容は大分異なった日本オリジナル短篇集になっています。収録作品の多くは1940~1950年代に書かれていますが、この時代のブラッドベリ作品には、どれも作品に輝きがありますね。

 長篇『何かが道をやってくる』の原型となったダーク・ファンタジー「黒い観覧車」、詩にあらゆる事物を封じ込めることができるようになった詩人を描く「詩」、全ての欲望をかなえるという火星の伝説的な壜をめぐる「青い壜」、ブラッドベリには珍しい直裁的な恐怖小説「ほほえむ人々」、タイムトラベルで過去の観察に訪れた子供たちを描く「時の子ら」、虫が人類を支配しているという妄想に取りつかれた男を描く「監視者」、刺青に未来の情景が現れるという「刺青の男」、戦争がごっこ遊びだと思い込んだ兵士を描く「戦争ごっこ」「バーン!おまえは死んだ!」、遊園地に現れる暴力的な子供たちを描いた「遊園地」などが面白いですね。
 「みずうみ」「ダドリィ・ストーンのすばらしい死」などに関しては、短篇集『10月はたそがれの国』と重複しています。

 収録作品は、怪奇小説専門誌<ウィアード・テールズ>掲載作品が多い関係もあって、いわゆる怪奇幻想小説に属する作品が大部分です。ただ、怪奇幻想小説といっても、単純な怪奇ものではなく、ブラッドベリ独自の情感や叙情性が発揮された作品が多くなっていますね。
 当時の<ウィアード・テールズ>という雑誌のカラーから考えると、これだけ情感を盛り込んだブラッドベリ作品を読んだ読者は驚いたのではないでしょうか。

 それにしても収録作品のバラエティにも驚きます。例えば「詩」なんか、あらゆるものを包含する「詩」という、まるでボルヘスみたいな話だし、人間の想像力や欲望をテーマにした「青い壜」、強制的に安楽死させる棺を扱ったブラック・ユーモア作品「棺」、虫に対する恐怖を扱った「監視者」などはフィリップ・K・ディックやリチャード・マシスンを思わせるパラノイア作品です。
 ブラッドベリの得意テーマである「子ども」を扱った作品も多く含まれていますが、面白いのは「陰」と「陽」、どちらのベクトルの作品もあるところです。未来から来た子どもたちが現在の時代に入り込んでしまうという「時の子ら」や、屋根裏に残された家族の思い出の品から家族のイメージを再現しようとする「再会」、 戦争をごっこ遊びだと思い込み続ける兵士を描いた「戦争ごっこ」 「バーン!おまえは死んだ!」などは「陽」のベクトルの作品でしょう。
 一方、同級生を殺してしまう子どもが登場する「死の遊び」、子どもの暴力性が強調される「遊園地」などは「陰」のベクトルの作品ですね。
 初期の作品において既に、単純なノスタルジーではない暗い側面を描いた作品も見られるところに、ブラッドベリの奥深さがあるといってもいいかと思います。



刺青の男〔新装版〕 (ハヤカワ文庫SF)
『刺青の男』(小笠原豊樹訳 ハヤカワ文庫NV)

 語り手が出会った刺青の男の刺青から様々な物語が語られるという、ファンタスティックな設定の枠物語です。

 子供に与えた世界中の場所を映し出すスクリーンが恐ろしい事態を引き起こすという「草原」、宇宙船から放り出された乗組員たちの死の間際の情景を描いた「万華鏡」、火星に移住した黒人たちのもとに数十年ぶりに白人が現れるという「形勢逆転」、ある星に現れた「救世主」をめぐる宗教的テーマの作品「その男」、宇宙飛行士の父親とその家族をめぐる物語「ロケット・マン」、肉体を持たない種族に布教しようとする神父の物語「火の玉」、世界の終わりを静かに描く「今夜限り世界が」、怪奇小説が焚書になった世界で展開されるファンタジー「亡命者たち」、未来の管理社会から過去に逃げ込んだ夫婦を描く「狐と森」、火星に隔離された人々のもとにどんな情景でも見させることの出来る能力を持つ青年が現れるという「訪問者」、本人そっくりのアンドロイドが非合法に出回る社会を描く「マリオネット株式会社」、人間に復讐をしようとする「町」を描く「町」、何者かによって子供たちが大人を襲うという恐怖小説「ゼロ・アワー」など、秀作揃いの作品集です。

 未来の時代やテクノロジーなどが扱われた作品が多く収録されていますが、それらが無条件で礼賛されることはなく、むしろ文明批判的な視点から使われているようです。そのため未来社会が登場しても、そこはバラ色の未来ではなくディストピア的な香りが強いのです。
 それが典型的に出ているのが「狐と森」で、過去に逃げ込んだ夫婦を未来社会の人間たちが追いかけてきます。テクノロジーに関しても、それらによって人間が恐ろしい目に会うという作品が多いですね。「草原」「マリオネット株式会社」などでは、それが恐怖小説的な味わいとなっています。

 ブラッドベリのメッセージ性が強く出ているのが「亡命者たち」です。この作品では、怪奇小説やファンタジーが焚書にされてしまった社会が登場します。火星では、焚書を逃れた怪奇作家やその登場人物たちが生き延びていました。本が一冊でも残っている限り、彼らは死なないのです。
 火星に向かう宇宙船の隊長は、博物館からポーやビアス、キャロル、ブラックウッド、ボーム、ラヴクラフトらの本を持ち出しますが…。ポーやブラックウッドといった実在の怪奇作家たちが登場人物として登場するという作品です。彼らは生き延びることができるのか…?
 この「悪書」が焚書にされてしまうというモチーフは、長篇『華氏四五一度』「第二のアッシャー邸」『火星年代記』収録)でも描かれており、ブラッドベリ自身が真剣に危惧していたテーマといっていいかもしれません。
 ちなみに、ブラッドベリには独立した短篇の「刺青の男」『黒いカーニバル』収録)という作品もあります。刺青の男の設定などは似ている部分が多く、連作『刺青の男』の枠部分の原型といっていいようです。



火星年代記 (ハヤカワ文庫SF)
『火星年代記』(小笠原豊樹訳 ハヤカワ文庫NV)

 地球人が火星を訪れ植民していく…という流れを連作短篇として描いた作品です。全体を覆う叙情性、文明に対する諦観とそして希望。代表作と言うにふさわしい作品といっていいかと思います。

 この作品「叙情SF」の代表的作品とされていますが、その実、意外にも恐怖小説といっていいレベルの「怖い」短篇が多く含まれています。何しろ、序盤では地球から火星を偵察に探検隊が訪れるのですが、第三探検隊までもが全滅してしまうのです。
 精神感応で地球人の訪問を予知した火星人の女とその夫を描く「イラ」、火星に到着した探検隊員たちが精神異常の火星人だと思われ監禁されてしまうという「地球の人々」、火星の町に到着したはずがそこはアメリカの田舎町だったという「第三探検隊」、焚書に反抗しポオの作品を模した屋敷を建造する「第二のアッシャー邸」などは完全にホラー小説といっていい作品だと思います。特にノスタルジーに満ちた展開と思わせて突然ホラーになる「第三探検隊」は相当怖い作品ですね。

 もちろん叙情性に富んだ短篇もたくさんあって、火星に植民にやってきた地球人の男が遙か過去の火星人と時を越えて出会うという「夜の邂逅」、火星に取り残された男が数十年もロケットを待ち続ける「長の年月」、「新しい火星人」の誕生を描く「百万年ピクニック」などは、非常に後味のいい作品です。

 他にもバラエティに富んだ短篇が収められています。黒人が火星に植民しようとするのを邪魔しようとする白人の男を描いて問題意識の強い「空のあなたの道へ」、亡くした大事な人間に変身することができる火星人をめぐる人々を描いて哀愁漂う「火星の人」、火星に取り残された男が同じく取り残された女に出会うというコミカルな「沈黙の町」、人がいなくなった自動機械を淡々と描写する文明批評的な「優しく雨ぞ降りしきる」など、様々な要素を持った作品が集められており、その質の高さには驚かされます。

 ブラッドベリは地球人たちを「主人公」にしていますが、単純に彼らを「正義」の側とはしていません。地球人たちは、火星人にとっては「侵略者」なのです。しかし「イラ」における夫のように「残酷な火星人」も描かれたり、また地球人の側にも横暴で勝手な人間が登場したりもします。
 その一方で、善良な火星人・地球人も多く登場します。このあたり、バランスの取れた相対的な視点が保たれているのも、この作品が読み継がれてきた理由の一つでもあるのでしょうか。

 『火星年代記』収録短篇でホラー味を感じた…という人はちょくちょくいるようで、例えばスティーヴン・キングも評論集『死の舞踏』(ちくま文庫)で、短篇「第三探検隊」(ラジオドラマ化作品ですが)が、本物のホラーの手ほどきをしてくれた作品だと書いていますね。

「空のあなたの道へ」は旧版のみの収録です。現在流通している改訂版からは削除されています。改訂版では、代わりに『刺青の男』収録の「火の玉」が加えられているほか、各エピソードの年度が31年繰り下げられています。



何かが道をやってくる (創元SF文庫)
『何かが道をやってくる』(大久保康雄訳 創元SF文庫)

 二人の少年ウィル・ハロウェイとジム・ナイトシェイドは隣人同士で大の仲良しでした。彼らが十三歳の秋、彼らの家に避雷針売りの男が訪れます。どちらかの家に必ず雷が落ちるはずだと予言した男は、避雷針を無料でおいていきます。
 一方そのころ、町にはカーニバル団「クガー&ダーク魔術団」が訪れていました。怪しげなカーニバルに不審の念を抱いたウィルとジムは、夜中にカーニバルに忍び込みます。そこで目撃したのは、カーニバルの経営者の一人クガーが逆回転する回転木馬に乗って、どんどんと若返っていく場面でした。
 やがて少年の姿になったクガーは、ウィルとジムの教師であるミス・フォレーの家に、彼女の甥と称して入り込みます。ミス・フォレーを説得しようとする少年たちでしたが、やがてミス・フォレーは失踪してしまいます…。

 邪悪な意思を持つカーニバル団の秘密に気付いた少年たちが、彼らの行動を阻止しようとしますが、孤立無援になってしまう…という物語。面白いのは少年二人だけで戦うのではなく、協力者となる大人が現れるところ。その大人とは、図書館員であるウィルの父チャールズ・ハロウェイでした。
 初老のチャールズは自分の衰えを感じつつありましたが、子供たちの話を聞き、カーニバル団の行動を阻止しようと立ち上がります…。人の年齢をコントロールする回転木馬や、魔術を使う魔女、刺青男など、多彩なキャラやガジェットの登場する怪奇味あふれるファンタジーで、その雰囲気は素晴らしいです

 前半こそ少々まとまりに欠ける部分もありますが、後半になってからは物語の緊張感も密になっていきます。子供たちが成長する物語であると同時に、初老の男が誇りと生きる喜びを取り戻す物語でもあります。また父と子の相互理解というテーマを見て取ることもできますね。
 若い読者であれば少年たちに感情移入するでしょうし、大人の読者であれば父親のチャールズに感情移入するのではないでしょうか。作品を読むときの読者の年齢によってその味わい方にも変化があるという意味で、非常に懐の深い作品ではないかと思います。非常に雰囲気のある、ダークな色調のファンタジー小説です。



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『別冊奇想天外 レイ・ブラッドベリ大全集』(奇想天外社 1981年)

 まるまる一冊ブラッドベリの特集号で、当時未訳だった短篇邦訳やエッセイ・評論がたくさん載っており、今でも参考になります。
 中では、小笠原豊樹、川又千秋、萩尾望都による座談会「ブラッドベリの魅力を語る」、サム・モスコウィッツ「レイ・ブラッドベリ論」、ジョージ・エドガー・スルーサー「ブラッドベリ・クロニクル」などを興味深く読むことができます。

 座談会「ブラッドベリの魅力を語る」では、訳者である小笠原豊樹とブラッドベリファンでもある川又千秋、萩尾望都の3人で、ブラッドベリの魅力について語られています。さすがに訳者だけあって、小笠原豊樹の発言は示唆に富むものが多いですね。
 『刺青の男』はブラッドベリの日本趣味ではないかとか、ブラッドベリはポオやラヴクラフトの直系であるとか。ブラッドベリの本質は『10月はたそがれの国』にあるのではないかという意見は、なるほどと頷けるところでした。ちょっと引用してみますね。

小笠原 なるほどね。確かにそうだと思うんですけれども、彼の本質は『10月はたそがれの国』あれだと思うんですよね。僕は。
ブラッドベリの本質というのは、前に何かのあとがきで書いたことがあるんですが、結局、僕が読んだブラッドベリというのはいろんなことを還元していくとね。例えばポーの影響とかそういうこともいろいろあるだろうけど、結局のところ彼が何やりたかったのかというふうに考えると、恐怖小説を書きたかったんじゃないかと思うんです。『10月はたそがれの国』はほとんど処女作に近いんですけれども、あれに入っているものはことごとく恐怖小説ですよね。
…結局のところ、彼が書きたかったのは、何か子供の時に感じた、恐い話をね、「恐いですね。恐いですね。恐いですね。」という映画紹介者がいますけれども(笑)ああいうことをやりたかったんじゃないかという気がするんですね。


 ジョージ・エドガー・スルーサー「ブラッドベリ・クロニクル」は、ブラッドベリ作品を年代記風に紹介していくと言う評論です。短篇単位であらすじの紹介と評者の評価が記されており、ブラッドベリ短篇の概観として、非常に参考になりますね。

 サム・モスコウィッツ「レイ・ブラッドベリ論」は、真摯なブラッドベリ論で、ブラッドベリの長所と短所を明確に指摘した、すぐれた評論です。こちらもブラッドベリのデビュー当時の状況から、近作(当時)の評価まで、バランスのとれた構成になっています。 モスコウィッツは、ブラッドベリの功績は、SFに主流文学の主題と文体を持ち込んだことだと書いています。逆に言うとそれゆえに、彼がSFの衣を外したときにそのメッセージ性は弱まる、とも。
 終わりの文章はそのことについて書かれていて、すごく印象的な部分なので引用してみます。

 新作短篇集が評論されるときは、ほとんどの場合と言っていいほど、数少ないサイエンス・フィクションがとりあげられ、のこりの諸作はいんぎんに受けいれられるだけだ。ブラッドベリの単行本のなかで未来が燃えつきてしまわないような類の作品は、『火星年代記』に似た手法にしたがうものばかりである。ブラッドベリの「メッセージ」は、科学の衣をまとったときにのみ読者に伝わる。
 H・G・ウェルズもジュール・ヴェルヌも、その訓戒を学ばなければならなかった。今度は、ブラッドベリの番である。


 かなり手厳しい意見ですが、なるほどという感じです。この評論が書かれたのは1960年代半ばのようですが、その後のブラッドベリを見ると、モスコウィッツの意見は的を射ていたといっていいでしょうか。あともう一点興味を惹かれたところは、ブラッドベリの恐怖小説が一級のものだったにも関わらず、なぜSF作品ほど喝采を博さなかったのかというところ。
こちらの理由はあっさりしていて、この分野にはもっと素晴らしい作家がたくさんいたから…とされています。

ことばと、おどろくばかりの独創性とを自在にあやつる男女作家-ジョン・コリア、ロアルド・ダール、エドガー・アラン・ポオ、アンブローズ・ビアス、A・E・コパード、アルジャナン・ブラックウッド、シオドア・スタージョン、ウォルター・デ・ラ・メア、サキ、M・R・ジェイムズ、W・ハーヴィ、E・F・ベンスン、メイ・シンクレア、ロード・ダンセイニ、以上は氷山の一角にすぎない。ブラッドベリはこのうちの何人かよりは上位に立ち、多くの者と方をならべ、そして何人かの下に立つが、このような競争では先頭にたつことはできない。

 モスコウィッツの、怪奇幻想ジャンルにおけるブラッドベリの評価位置を具体的に聞いてみたくなりますが、書き方からすると、先頭には立てないとしながらも、錚錚たる作家たちに比べてもかなり評価が高いように感じますね。
 ブラッドベリに関しては、晩年になってインタビュー集やブラッドベリ論的な本が何冊か邦訳されましたが、今でも、ブラッドベリ作品を読む上では、『別冊奇想天外 レイ・ブラッドベリ大全集』が一番参考になる副読本だと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第17回読書会 開催しました
10月はたそがれの国 (創元SF文庫)
レイ・ブラッドベリ
東京創元社
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 10月7日の日曜日、JR巣鴨駅前のカフェにて「怪奇幻想読書倶楽部 第16回読書会」を開催しました。
 当日の会の詳細について、ご報告したいと思います。
 今回も、参加者全員のプロフィールをまとめた紹介チラシを作りました。チラシをPDFにしたものを、メールにて事前に配信しています。

 第一部のテーマは、課題図書として、レイ・ブラッドベリ『10月はたそがれの国』(宇野利泰訳 創元SF文庫)を取り上げました。ブラッドベリは若いころにはまった…という人が多かったのですが、今回読み返してみて、また新たな魅力や特徴に気付かされるところもありました。

 第二部のテーマは「マイ・フェイヴァリット・短篇集」。参加者の方には、事前にメールにて、それぞれのお気に入りの短篇集・アンソロジーを挙げてもらいました。当日それらをまとめた紙を作成し配布しました。
 正直、タイトル数を絞るのが難しかったという人が多かったのですが、バラエティに富んだタイトルが挙がったように思います。

 それでは、以下、話題になったトピックの一部を紹介していきます。


●第一部 課題図書 レイ・ブラッドベリ『10月はたそがれの国』

・ブラッドベリの人物造形はそんなに深くないのに、作品は印象的なのは面白い。

・ブラッドベリ作品は小笠原豊樹の訳が多いが、小笠原は名訳が多いと思う。

・『別冊奇想天外 レイ・ブラッドベリ大全集』から、評論家サム・モスコウィッツのブラッドベリ論の紹介。ブラッドベリはSFに主流文学の文学性と文体を持ち込んだ功労者。

・ブラッドベリ作品は中期から普通小説色が強くなる。そのあたりの作品から徐々に飽きてしまったという人も。

・ブラッドベリ作品の本領はあくまでSFにあって、普通小説ではやはり普通小説で優れた作家には見劣りしてしまう。

・ブラッドベリ作品に表れる問題意識は、現代から見るとナイーヴなところがある。人種差別や思想の弾圧など。

・『火星年代記』の旧版と新版の違いについて。時代設定が異なっているほか、作品の入れ替えが少しある。削除されたのは現代だと問題のありそうな作品? 時代設定が少し未来になってはいるのだが、もともとブラッドベリの近未来描写はレトロな味わいがあるので、そこはいじらなくてもよかったのではないか。

・昔の創元文庫のカバーは抽象的な模様とか、真鍋博の表紙など、前衛的なものが多くて印象的だった。

・読んだことのない人にブラッドベリ作品を勧めるなら? やはり初期の作品がいいと思う。『10月はたそがれの国』『黒いカーニバル』『火星年代記』『刺青の男』など。自選集『万華鏡』もいい傑作集。

・ブラッドベリ作品では、暗い作品や恐怖小説であっても希望や楽天性が失われない作品が多い。「人生の重み」が感じられる作品が少ないという見方もできるが、逆にそこがブラッドベリの魅力ともいえるのでは。

・『たんぽぽのお酒』について。ゆるいつながりのある連作短篇集。サローヤン風の作品。

・川又千秋の評論集『夢の言葉・言葉の夢』について。評論というよりはエッセイに近い作品。幻想的な作品が紹介されていた。

・『華氏451度』旧版と新版について。新版の方が数段読みやすくなっている印象。

・『刺青の男』について。魅力的な連作短篇集。枠になっている部分が面白い。原型になったであろう短篇版「刺青の男」は恐怖小説的な要素が濃い。

・映像版『火星年代記』について。わりと忠実に映像化している。放映時間はちょっと長い。

・ブラッドベリはあまり映像化に恵まれていない印象。

・映画『サウンド・オブ・サンダー』について。原作は「雷のような音」。全体的にはB級映画なのだが、映像のインパクトは観る価値があると思う。


『10月はたそがれの国』収録作品について

■「こびと」
 《鏡の迷路》の見世物小屋に毎日のように現れる「こびと」。彼は迷路の中で大きくなった自分の姿を飽きずに眺めていた。小屋で働くエイメーは「こびと」が作家であることを知り、あるプレゼントをしようと考える…。

・作者は、こびとに同情する女性を善人として描いているのだろうが、よく読むと独善的な行動をしているとも取れる。

・こびとがプレゼントを受け取った後の反応が描かれていないのだが、そちらの反応も描かれていたら、また違った面白さになっていたかも。


■「つぎの番」
 マリーとジョゼフのカップルはメキシコの町を訪れていた。車の故障で足止めを喰らった二人は、地下埋葬所を見学することになるが…。

・肝心なところを描かず、仄めかすところが味わい深い。

・ブラッドベリ作品には、メキシコがよく登場する。登場人物が夫婦で登場することも多い。

・奥さんの希望が裏切られたことを暗示する結末が残酷。

・W・F・ハーヴィー「炎天」に印象が似ている。

・「炎天」といえば、ホテルに突然墓石が現れるという、ブラッドベリ「墓石」も似た印象の作品。ブラック・ユーモアのある作品。


■「マチスのポーカー・チップの目」
 平凡な男ジョージ・ガーヴェイは、その平凡さと退屈さゆえに前衛芸術家のグループにもてはやされるようになる。調子にのったガーヴェイは彼らに追従をはじめるが、グループからは飽きられてしまう。人気を取り戻すために、体の一部分を改造しはじめる…。

・残酷な話。人気を取り戻すために行う主人公の行動が、おそらくきりがないだろうというところがやるせない。


■「骨」
 骨の痛みを訴えるハリス氏は、症状が改善しないのに業を煮やし、専門医のリストからムッシュー・ムニガンの名前を探し出し診察を受けることになる。しかし体の違和感はどんどんと膨らんでいく…。

・発想がめちゃくちゃだが、非常に面白い作品。考え付いても普通の作家ではなかなか書けない作品ではないか。

・ムニガンは人間ではなく食屍鬼? もしかして、ラヴクラフト作品を意識していたのではないか。

・ブラッドベリは偏執的な人物像を描くのが上手い。マシスンやディックに似たところもある。「監視者」などは、そのテーマの代表的な作品。

・「骨」の映像化作品について。映像化するとチープな出来だった。結末は想像した方が楽しい。


■「壜」
 浮気性の妻テディに悩まされている男チャーリーは、見世物小屋で見た壜に惹かれ、その壜を買い取りる。その壜にはアルコールで白ちゃけた得体の知れないものがいくつも入っていた。壜の中身の正体をめぐって人々はあれこれ想像を逞しくするが…。

・壜の中身を明確に描かないところがポイント。想像力にあふれた作品。

・主人公を囲む人々は、壜についての真実を知っていながら「ごっこ」を楽しんでいるのではないか。

・同じくブラッドベリ「青い壜」との共通性も感じられる。「青い壜」は詩情があるが、こちらの「壜」はブラックな味わいが濃い。


■「みずうみ」
 「ぼく」は、妻のマーガレットを伴い、少年時代を過ごした町にやってくる。その町のみずうみでは、かって幼馴染の少女が溺れ、死体が見つからないままになっていた。みずうみを訪れた「ぼく」の前で監視員が引き上げたものとは…?

・ブラッドベリ短篇の中でも有名なものの一つ。萩尾望都の漫画化作品も有名。萩尾望都はブラッドベリ作品の中でも『10月はたそがれの国』が好きらしい。

・日本のブラッドベリ受容には、萩尾望都の影響も大きかったのではないか。

・日本のSF読者に女性が増えたのは、ブラッドベリの影響が大きい気がする。

・ホフマン「ファールンの鉱山」とも共通性の感じられるテーマ。

・結末は残酷。今の奥さんの扱いがひどい。


■「使者」
 病気のため家で療養している少年マーティンは、飼い犬が外から持ち帰るものを楽しみにしていた。犬は、つけてくる匂いや葉などで、外の世界を知らせてくれるのだ。やがて犬は教師のミス・ハイトを連れてくる。ミス・ハイトはマーティンの良き話し相手になるが、突然の交通事故で亡くなってしまう。やがて犬も姿を消してしまうが…。

・ロマンチックだが、怖い話。怖さはあるのだが、そこに懐かしさが感じられる。スティーヴン・キング『ペット・セマタリー』を思い起こすが、方向性は多少違う。キングだったら、この作品の結末からが本番になるのでは。

・ブラッドベリの描く「死者」は、排除の対象ではなく、それに対する視線は優しい。

・スティーヴン・キングの評論集「死の舞踏」ではブラッドベリの名前の引用が多く、影響力の強さを感じさせる。


■「熱気のうちで」
 元保険業の二人の老人フォックスとショーは、ある女をずっと観察していた。常にいらつき人々に不快感を与える女に対して、老人たちは彼女は「潜在的な被害者」だと忠告するが…。

・奇妙な味の作品。ブラックなユーモアが感じられる。

・作品に登場する謎の理論が楽しい。

・温度の描写がたびたび描写されるのが効果的。タイムリミット・サスペンスのような効果。

・「暑さ」が人を狂わせるというのはよく見るテーマ。逆に「寒さ」が原因というのはあまり見ない気がする。


■「小さな殺人者」
 難産でようやく男の赤ん坊を生んだアリスは、赤ん坊に対する恐怖を語る。赤ん坊が自分を殺そうとしているというのだ。主治医は精神的なショックを受けたせいだと考えるが、夫デイヴィッドはある事件のせいで不安な気持ちを隠せない…。

・子供の残酷さというテーマの極致のような作品。

・ブラッドベリは子供時代のノスタルジーを重要なテーマにしながら、一方で子供の残酷さをテーマにした作品も多く書いているのが面白い。

・「戦争ごっこ」「バーン! おまえは死んだ!」の紹介。子供の心を持つがゆえに生き延びる兵士を描いた物語。


■「群集」
 交通事故で一命を取り留めたスポールナー氏は、薄れる意識の中、事故の直後に野次馬が集まるのが異様に早いことに気がつく。退院したスポールナーは、たまたま遭遇した事故に集まっていた野次馬の中に、自分が事故を起こしたときに集まっていたのと同じ人間がいることに気付く。しかし捕まえようとする前に逃げられてしまう…。

・「群集」は死者?

・事故を助けず周りで見ているだけ…という現代的な怖さも感じられる。

・発想元がポオの「群集の人」という説もある。

・ブラッドベリにはポオの影響も強い? 作中に引用や登場する作品もある。「亡命者たち」には、ポオ自身が登場する。


■「びっくり箱」
 少年エドウィンが住むのは塔のような建物。建物内には彼の母親と教師の二人のみが暮らしていた。彼らによれば、建物の周りの森の先には何も存在せず、世界はこの建物のみだと言うのだ。毎年、エドウィンの誕生日が来るたびに建物内の禁断の部屋のドアが開かれ、自由に入れる部屋が増えていく。今年の誕生日に解放された部屋は上下に移動することができる部屋だった…。

・子供時代に読むと、はっきりテーマがわかりにくい作品では。想像すると怖い作品。

・閉鎖世界を扱った作品では、チャールズ・ボーモント「ロバータ」、アレクサンドル・グリーン「消えた太陽」などとも共通性を感じる。

・閉じ込められた狂った世界の怖さよりも、解放されたときの少年の生の喜びの方に力点が置かれている気がする。

・結末で外部世界が明確に描かれていないのであれば、核戦争後や破滅後の世界という解釈もできる。その方が作品の完成度が高くなるような気がするが、おそらくブラッドベリが書きたいのは少年の解放後の姿なので、これはこれでいいのだろう。

・暗示に暗示を重ねると、ジーン・ウルフ作品みたいになってしまう。

・服部まゆみ「この闇と光」は似たテーマの作品。


■「大鎌」
 仕事も家も失った農夫のドルー・エリックスンは、妻子とともに車で移動中に、ある農家を見つける。食べ物を分けてもらおうと訪ねた家の中では老人が死んでいた。書置きらしきものには、この家と付属物一式を訪ねてきたものに送る、と書いてあった。ある日ドルーは、広大な畑に穀物が熟れているのを見て、大鎌を持って刈り入れ作業を始める。しかし刈り取ったものはすぐに枯れてしまし、次の朝になるとまた芽を吹いている。無駄な作業ではないかと、ドルーは刈り入れをやめてみるものの、なぜか刈り入れをしなければいけない気持ちになってゆく…。

・怖い作品。主人公は運命に翻弄されてしまうとことが悲しい。

・ロバート・ブロックの似たテーマの作品では、嬉々として魂を刈り取る。作家の資質の違いがわかって面白い。

・戦争の影なども感じさせるところが面白い。

・ヨーロッパでは鎌は死神の象徴? 鎌で刈るというのが生々しい。罪の意識のテーマもあるのだろうか。


■「アンクル・エナー」
 大きな緑色の翼をもつアンクル・エナーはある日飛行中に高圧線にぶつかり、飛べなくなってしまう。たまたまそばに居合わせた娘と恋に落ちた彼は、彼女と結婚し子供も生まれるが…。

・〈一族もの〉作品。ユーモアもあって楽しい。

・「緑色の翼」が特徴的。白でないところがブラッドベリらしい。


■「風」
 ハーブは毎日のように親友のアリンから電話をもらっていた。アリンはかって〈風の谷〉で「風」の秘密を知ったため「風」命を狙われているという。妄想だとは思いつつもアリンの話に付き合うハーブだったが…。

・題材はばかばかしいが、面白い作品。

・間接的に会話が交わされるのが趣向として面白い。


■「二階の下宿人」
 祖母が営む下宿にやってきた不気味な男コーバーマンは不思議な行動を取っていた。昼間はずっと寝ており起こそうとしても全く起きない。また食事は、必ず木で出来た食器を持参して使用していた。
 時を同じくして、下宿の周辺では死亡事件や失踪事件が相次いでいた。不審の念を抱いた少年ダグラスは、たまたま窓の色ガラスを通してコーバーマンの姿を目撃し、彼の正体を知ることになるが…。

・変わった吸血鬼もの。

・吸血鬼の内臓に見える幾何学的な器官がユニークかつファンタスティック。

・少年がサイコパスぽくて怖い。吸血鬼の存在が少年の勘違いだったら…と考えると恐ろしい。

・現代の作家であれば、相手が人間か吸血鬼かわからない…という書き方をするのでは。

・周りで殺人や失踪が起こっているという描写があるのだが、ここの記述がなければ、男が吸血鬼だったとしても、それを殺す少年の暴力性が際立って、もっと怖い作品になったかもしれない。


■「ある老母の話」
 老女のティルディ伯母のもとに、やなぎ細工のかごを持った四人の黒服の男が現れる。てっきり物売りだと思っていたティルディ伯母だが、隣人のドワイヤー夫人が亡くなったときにも同じかごを見たことを思い出し、彼らの目的に思い当たる…。

・体を取戻しにいくというファンタジー。処理をした後の死体に戻るというのは、ブラックな味わい。

・死神が青年の姿で現れたり、かごが出てきたりと、同テーマのほかの怪奇小説に比べて描き方が優しげ。


■「下水道」
 雨の日の午後、刺繍をしている姉ジュリエットの前で妹のアンナは下水道についての空想話を始めた。下水道には死者の男女がいるというのだが…。

・死者の魂が流れているのが海や川ではなく、下水道であるところが、またギャップがあってブラッドベリらしい。

・「小平市ふれあい下水道館」の紹介。実際の下水道の内部は、ブラッドベリ作品と違ってそんなに美しくない。


■「集会」
 不思議な能力をもつ一族の皆が集まる「集会」の日、病弱で何の能力もない少年ティモシーは気後れしていた。他の生き物の意識に入ることができる妹シシーは、ティモシーの中に入り込むが…。

・〈一族もの〉の中でもおそらく一番人気のある作品。

・ティモシーは長生きできそうにない…という仄めかしがあるが、結末は非常に優しい。


■「ダッドリー・ストーンのふしぎな死」
 天才と呼ばれた作家ダッドリー・ストーンが作品を発表しなくなってから25年。彼の動向をめぐって憶測が出回るなか、「わたし」はストーン自身に引退の真相を聞こうと彼の自宅を訪る。ストーンは、親友の作家ケンドルにかって「殺された」というのだが、その言葉はいったい何を意味しているのか…。

・ダッドリー・ストーンは50代という設定なのに、年寄り臭く感じるのは訳の影響だろうか。

・作家生活よりも人生の方が大事という、作家が書くとしては皮肉とも取れる作品。

・普通小説の傑作だと思うが、ブラッドベリらしいかと言われるとちょっと違う気がする。

・別訳では「すばらしい死」というタイトルになっているが、こちらのタイトルの方が内容には即していると思う。


●第二部 マイ・フェイヴァリット・短篇集
 それぞれの紹介の詳細を書くと長くなってしまうので、以下、挙げられたタイトルの一覧で代えさせてもらいたいと思います。

クルト・クーゼンベルク『壜の中の世界』
マルセル・エーメ『マルタン君物語』
ディーノ・ブッツァーティ『階段の悪夢』
荒俣宏編『新編 魔法のお店』(ちくま文庫)
ヒュー・ウォルポール『銀の仮面』
A・E・コッパード『郵便局と蛇』
ジェラルド・カーシュ『壜の中の手記』
アンナ・カヴァン『ジュリアとバズーカ』
ブライアン・エヴンソン『遁走状態』
トマス・M・ディッシュ『アジアの岸辺』
フリッツ・ライバー『バケツ一杯の空気』
ジャック・ヴァンス『奇跡なす者たち』
R・A・ラファティ『九百人のお祖母さん』
ジョン・スラデック『蒸気駆動の少年』
アヴラム・デイヴィッドスン『エステルハージ博士の事件簿』
呉明益『歩道橋の魔術師』
アーシュラ・K・ル=グィン『オルシニア国物語』
J・G・バラード『ヴァーミリオン・サンズ』
クリストファー・プリースト『夢幻諸島から』
中井英夫『とらんぷ譚』
マルセル・ベアリュ『奇想遍歴』
ジョン・ゴールズワージー『騎士』
シュテファン・ツヴァイク『ツヴァイク全集03 目に見えないコレクション』
A・H・Z・カー『誰でもない男の裁判』
大瀧啓裕編 『悪魔の夢 天使の嘆息』
大瀧啓裕編『ウィアード1 ~ 4』
大瀧啓裕編『クトゥルー1 ~ 13』
マルセル・シュオブ「黄金仮面の王」
ガルシア・マルケス「エレンディラ」
荒俣宏編「魔法のお店」奇想天外社
半村良編「幻想小説名作選」
筒井康隆編「日本SF ベスト集成」シリーズ
マイケル・リチャードソン編『ダブル/ダブル』
R・R・マキャモン『ブルー・ワールド』(文春文庫)
C・バーカー『ミッドナイト・ミートトレイン真夜中の人肉列車』(集英社文庫)
H・R・ウェイクフィールド『ゴースト・ハント』(創元推理文庫)
S・キング『ドランのキャデラック』(文春文庫)
G・ルルー『ガストン・ルルーの恐怖夜話』(創元推理文庫)
スタンリイ・エリン『特別料理』
ロアルド・ダール『キス・キス』
ジャック・リッチー『クライム・マシン』
シャーリイ・ジャクスン『くじ』
レイ・ブラッドベリ『十月の旅人』
恩田陸『象と耳鳴り』
仁賀克維編『幻想と怪奇』シリーズ
ジュディ・バドニッツ『空中スキップ』
ジュディ・バドニッツ『元気で大きいアメリカの赤ちゃん』
吉田知子『お供え』
吉田知子『箱の夫』
シャーリイ・ジャクスン『野蛮人との生活』
ジョー・ヒル『20世紀の幽霊たち』
乙川優三郎『逍遥の季節』
「怪奇小説傑作選I ~ V」
『世界SF全集34 日本のSF古典編』


次回「第18回読書会」は、2018年12月2日(日)に開催予定です。
テーマは

 第一部:課題図書
 ロアルド・ダール『キス・キス』(田口俊樹訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)
 ロアルド・ダール『王女マメーリア』(田口俊樹訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

 第二部:読書会結成二周年企画 本の交換会

の予定です。

詳細は後日告知いたします。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

恋愛(ロマンス)と謎(ミステリー)  ウィルキー・コリンズ『ウィルキー・コリンズ短編選集』
ウィルキー・コリンズ短編選集
ウィルキー・コリンズ
彩流社
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 『ウィルキー・コリンズ短編選集』(北村みちよ編訳 彩流社)は、イギリスの作家ウィルキー・コリンズ(1824-1889)の短編を5編収録した選集です。犯罪の謎あり、サスペンスあり、ロマンスありと、ストーリーテリングに富んだ作品が集められています。紹介していきましょう。

「アン・ロッドウェイの日記」
 親友の死の理由を探るヒロインを描く物語。アメリカに行った婚約者を待つ娘アンは、同じような境遇の娘メアリーの面倒を何くれとなく見ていました。ある夜、意識を失った状態で運ばれてきたメアリーはそのまま息を引き取ります。
 彼女がつかんでいた布切れを見つけたアンは、メアリーは何者かに暴力をふるわれたのではないかと考えますが…。
 布を元に犯人を捜していくという、ミステリ的な味わいもある作品です。気丈なヒロイン像が魅力的ですね。善意が報われる…という結末も好印象。

「運命の揺りかご」
 航海中の商船内で、奇しくも二組の妊婦の赤ん坊が生まれることになります。片方は資産家の妻であるスモールチャイルド夫人、片方は大工の夫を持ち子沢山のヘビーサイズ夫人。
 二人はほぼ同時に出産したため、船医はどちらの赤ん坊がどちらの子供かわからなくなってしまいます。しかも赤ん坊はどちらも男の子であり、父親同士も外見はかなりよく似ているのです…。
 二人の赤ん坊をどう見分けるのか? という顛末をユーモラスに描いた作品です。語り手が、成長した赤ん坊の片方である男性というのも面白い趣向です。ちょっとしたきっかけで「運命」が変わってしまう…というテーマの作品でもありますね。

「巡査と料理番」
 巡査の「私」は、ある夜、警察に飛び込んできた料理版の娘プリシラから殺人事件を知らされます。下宿人であるゼベダイ夫人が、夢遊病で意識のないまま夫を刺し殺してしまったというのです。
 同じ下宿人のドリュク氏が、ゼベダイ夫人に言い寄っていたという事実を知った警察は彼を調べ始めますが…。
 サスペンス風味の強い作品。夢遊病中の殺人、怪しげな下宿人。魅力的な謎の真相が、後半ふとしたことから明かされることになります。人間の二面性が露になるというテーマも面白いですね。

「ミス・モリスと旅の人」
 港町サンドイッチで、家庭教師のミス・モリスは、見知らぬ男性と出会います。恥ずかしがりであるらしい紳士は彼女を昼食に誘いますが、ミス・モリスは断ってしまいます。
 雇われ先の家庭の経済的な苦境により離職したミス・モリスは新しくイングランドの勤め先で、紳士と再会することになりますが…。
 ユーモアあふれるロマンス作品です。気丈でしっかり者のヒロインと、いささか常識に欠ける年上の紳士との恋愛を描きながら、そこに財産相続の話を絡めています。
 互いに不器用な二人がどうくっつくのか? が読みどころです。ヒロインにあしらわれる紳士の姿が非常にユーモラスですね。楽しい読み味の一編です。

「ミスター・レペルと家政婦長」
 資産家で独身の紳士レペル氏は、伯父の屋敷を訪れた際に門番の娘スーザンの美しさに目を見張ります。彼女のフランス語の勉強を手伝ってやるレペルに対し、スーザンはほのかな恋心を抱きます。
 レペルの親友ロスシーは、スーザンに一目惚れしてしまいます。しかし財産がないため結婚はできないというのです。一方、急速に病状の悪化したレペルは、ロスシーに対しある提案をします。その提案は、イタリアで見た芝居の筋を参考にしたものでした。
 近々死んでしまうであろう自分とスーザンとが結婚すれば、自分の死後未亡人となったスーザンと晴れてロスシーは結婚できるというのですが…。
 ヒロインをめぐる不思議な三角関係に、タイトルにある「家政婦長」が絡んでくるというスラップスティック風味の楽しいロマンスです。
 三角関係に陥る三人が皆善人で、互いに他人のことを思いやっている…というところがいいですね。「勘違い」と「思い込み」がストーリーを複雑にするというのも面白い。作品全体がいくつかの「エポック」に分けられているのと、最初の「エポック」がイタリアの芝居の紹介から始まる趣向も洒落ています。集中でも一番の力作。

 収録作品は、どれも19世紀後半に書かれたものながら、今でも相当面白く読めるのに驚きます。どの短編にも核となるしっかりした「ドラマ」があるのですよね。訳文も読みやすいです。コリンズといえば『月長石』『白衣の女』などの大長編が有名ですが、コリンズ入門としては、こちらの作品集をお薦めしたいですね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。
twitterアカウントは@kimyonasekai



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