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滋味ある怪異譚  三馬志伸編訳『ヴィクトリア朝怪異譚』
ヴィクトリア朝怪異譚
ウィルキー コリンズ ジョージ エリオット メアリ・エリザベス ブラッドン マーガレット オリファント
作品社
売り上げランキング: 14,950

 三馬志伸編訳『ヴィクトリア朝怪異譚』(作品社)は、19世紀ヴィクトリア朝に書かれた怪奇小説を4篇収録したアンソロジーです。紹介の難しかった、少し長めの中編小説を集めるというコンセプトで編まれたそうで、読み応えのある作品が集められています。
 収録作品中、エリオットとブラッドン作品は既訳がありますが、どちらも入手難ですので、収録は有難いかぎり。それでは紹介していきましょう。

ウィルキー・コリンズ「狂気のマンクトン」
 マンクトン家は莫大な資産を持ちながらも、周りの人々からは芳しくない評判を得ていました。一族には代々遺伝性の狂気が伝わっているらしい…というのがその理由です。
 一族の末裔アルフレッドは周囲の反対を押し切り、知り合いの娘エイダと婚約しますが、突如イタリアに出かけてしまいます。彼は決闘で死んだという叔父の死体を捜して回っているというのです。現地でアルフレッドと知り合った「私」は、彼と友人になり、アルフレッドの奇行の原因を聞くことになります。
 マンクトン家には、家の者が死んだ場合、必ず一族の墓所に葬らないといけないという言い伝えがあるというのです。さもなくば一族は滅ぶと…。

 「一族の呪い」をテーマにしたゴースト・ストーリー。一族の呪いを信じ行動する青年の言っていることは本当なのか、それとも狂気のなせる業なのか? 超自然に対して懐疑的な第三者が語り手になっているところがポイントです。さらに語り手の一家は、青年の婚約者の娘を庇護する立場にあり、結婚を破談にしたいという思惑もあるのです。
 様々な要素が複雑に絡み合っており、非常に面白く読める作品です。最後まで怪異が本当なのかどうかもはっきりとはわからない…というのも近代的ですね。

ジョージ・エリオット「剥がれたベール」
 「私」は小さいころから、未来の情景を見ることと、相対した人物の内面を読み取ってしまうという能力を持っていました。しかし兄の婚約者である女性バーサだけは、内面を知ることができないのです。
 驕慢で利己的であることを理解しながらも、その内面の神秘性に惹かれた「私」は、バーサとの結婚を望みますが…。

 超能力者の内面の心理と苦悩を描いた作品といえるでしょうか。1859年という発表年を考えると、恐ろしく先駆的な作品です。不幸な結末に至るのを理解しながら「悪女」とくっついてしまう…という「悪女もの」の趣もあります。全篇ドロドロとした内面描写が続くという、重厚なゴシック小説です。

メアリ・エリザベス・ブラッドン「クライトン・アビー」
 一族の館クライトン・アビーに招待された遠縁のサラは、そこで当主の跡継ぎである青年エドワードと、その婚約者ジュリアに出会います。
 屈託のないエドワードに比べ、ジュリアは心根は優しいものの気位の高い女性でした。ある夜サラは館の外から狩猟の一行が入ってくるのを目撃しますが、翌朝にはその一行の影もありません。
 やがてサラは、それは恐らく以前に亡くなったクライトン家の幽霊であり、そのような現象が起こった場合、近いうちに一族に不幸が起こる…という言い伝えを聞くことになりますが…。

 怪奇現象よりも、それをめぐって展開する青年エドワードと婚約者ジュリアの恋愛模様が読みどころになっています。青年を愛しながらも素直になれないジュリアが選んだ選択は、取り返しのつかない悲劇を招いてしまいます。語り手が第三者になっていることとも相まって、落ち着いた語り口の作品ですね。趣のあるゴースト・ストーリーです。

マーガレット・オリファント「老貴婦人」
 資産家である高齢のレイディ・メアリは、同名の少女リトル・メアリを引き取って可愛がっていました。レイディ・メアリは、遺言書を書いておかないとリトル・メアリが路頭に迷ってしまう、という周りからの忠告を聞き流していました。
 ある日、レイディ・メアリは密かにリトル・メアリを相続人に指定した遺言書を作成し、秘密の引き出しに隠します。しかしその直後急逝してしまうのです。ふと気がついたレイディ・メアリは自分の体が軽やかになり、見知らぬ館にいることに気がつきます。
 自分が死んだということを聞かされたレイディ・メアリは、自分がリトル・メアリを路頭に迷わせてしまう状況で置いてきてしまったことに気付き激しく後悔します。直接意思を伝えようと、レイディ・メアリは地上世界に戻ることになりますが、地上の人々は彼女の存在を認識してくれないのです…。

 死者の世界(恐らくは煉獄)から地上に戻る幽霊という、ファンタジー色の濃い作品です。「幽霊」であるレイディ・メアリの側と、霊の存在をかすかに感じ取る屋敷の人々の側と、両方向から事態が描かれるのがユニークですね。後味も非常に良い、味わいのあるゴースト・ストーリーです。

 収録作品4篇とも「怪奇小説」としてだけでなく「小説」としても滋味のある作品ばかりで、非常にいいアンソロジーです。ジョージ・エリオットを除く3人は、もともと大衆小説畑の作家ということもあり読みやすさも抜群です。これは強力にお薦めしたい本ですね。

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10月の気になる新刊と9月の新刊補遺
発売中 エドワード・ルーカス・ホワイト『ルクンドオ』(アトリエサード 2700円)
10月5日刊 パット・マガー『死の実況放送をお茶の間へ』(論創社 予価2592円)
10月10日刊 ギュスターヴ・フローベール『三つの物語』(光文社古典新訳文庫 予価972円)
10月11日刊 ムア・ラファティ『六つの航跡 上・下』(創元SF文庫 予価各1058円)
10月12日刊 残雪『黄泥街』(白水Uブックス 予価1944円)
10月12日刊 ヤロスラフ・オルシャ編『チェコSF短編小説集』(平凡社ライブラリー 予価1620円)
10月17日予定 キム・ニューマン『ドラキュラ紀元一九一八 鮮血の撃墜王』(アトリエサード 予価3996円)
10月18日刊 マット・ヘイグ『トム・ハザードの止まらない時間』(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 予価2268円)
10月23日刊 岡本綺堂『怪獣 岡本綺堂読物集七』(中公文庫 予価842円)
10月24日刊 エドワード・ゴーリー『音叉』(河出書房新社 予価1296円)
10月24日刊 澤村伊智『などらきの首』(角川ホラー文 予価691円)
10月25日発売 『SFマガジン12月号 ハーラン・エリスン追悼特集』(早川書房 1296円)

 『ルクンドオ』は、自らの夢を題材に怪奇小説を書いたというエドワード・ルーカス・ホワイトの本邦初の作品集。収録作品は以下の通り。既訳作品もありますが、ほとんどが日本初紹介。これは楽しみですね。

「ルクンドオ」
「フローキの魔剣」
「ピクチャーパズル」
「鼻面」
「アルファンデガ通り四十九A」
「千里眼師ヴァーガスの石板」
「アーミナ」
「豚革の銃帯」
「夢魔の家」
「邪術の島」

 『死の実況放送をお茶の間へ』は、「被害者探し」や「探偵探し」など、風変わりなミステリで知られる作家パット・マガーの久しぶりの邦訳。

 ムア・ラファティ『六つの航跡』は、冷凍睡眠を題材にした作品のようです。「クローンの体で蘇った6人が最初に目にしたのは、自分たちの他殺体だった――2500人分の冷凍睡眠者と人格データを載せた恒星間移民船で、唯一目覚めていた乗組員6人が全員死亡。蘇った彼らは、地球出発後25年間の記憶を消されていた。しかも船のAIも改竄され、再復活は不可能に。全員が他人に明かせない秘密を抱える彼らは、自分自身さえも疑いつつ、真相を探り始めるが……」。なかなか面白そうですね。

 ヤロスラフ・オルシャ編『チェコSF短編小説集』は、珍しいチェコのSF作品集です。収録作品は以下の通り。ハシェク、チャペック、ネスヴァドバなど、日本でも有名な古典作家だけでなく、現代に近い作品も収録されているようです。

「オーストリアの税関」ヤロスラフ・ハシェク(1912)
「再教育された人々──未来の小説」ヤン・バルダ(1931)
「大洪水」カレル・チャペック(1938)
「裏目に出た発明」ヨゼフ・ネスヴァドバ(1960)
「デセプション・ベイの化け物」ルドヴィーク・ソウチェク(1969)
「オオカミ男」ヤロスラフ・ヴァイス(1976)
「来訪者」ラジスラフ・クビツ(1982)
「わがアゴニーにて」エヴァ・ハウゼロヴァー(1988)
「クレー射撃にみたてた月飛行」パヴェル・コサチーク(1989)
「ブラッドベリの影」フランチシェク・ノヴォトニー(1989)
「終わりよければすべてよし」オンドジェイ・ネフ(2000)

 マット・ヘイグ『トム・ハザードの止まらない時間』も面白そうなあらすじの作品ですね。「歳をとるのが極端に遅い<遅老症(アナジエリア)>のため、16世紀に生まれ、21世紀の今も生き続けている男、トム・ハザード。シェイクスピア、フィッツジェラルド、クック船長らに出会いながら、さまざまな時代の局面に立ち会ってきた、彼の数奇にして波瀾万丈な人生とは──」。

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新しい生と死  木犀あこ『奇奇奇譚編集部 怪鳥の丘』
4041073197奇奇奇譚編集部 怪鳥の丘 (角川ホラー文庫)
木犀 あこ
KADOKAWA 2018-09-22

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 木犀あこ『奇奇奇譚編集部 怪鳥の丘』(角川ホラー文庫)は、《奇奇奇譚編集部》シリーズ3作目にして完結編。新人ホラー作家の熊野(ゆや)惣介と、怪奇小説誌『奇奇奇譚』の編集者である善知鳥(うとう)のコンビが、小説の取材のために心霊スポットを訪れ、さまざまな怪奇現象に巻き込まれてゆくというシリーズです。
 今作は「邪神あらわる」「無限増殖温泉宿」「怪鳥の丘」の三篇からなる連作になっていますが、それぞれの結びつきが強く、シリーズ中でも完成度の高い作品に仕上がっています。

 「邪神あらわる」は、水族館の廃墟に現れるという「邪神」を調査に訪れた主人公二人が遭遇する事件を描く一篇。ラヴクラフト風の「邪神」の存在を匂わせておきながら実は…という展開になっています。

 「無限増殖温泉宿」は、出版社の企画で、ある温泉宿を訪れた熊野と善知鳥が、増改築が繰り返された温泉宿に隠された秘密を探るという物語。隠された真相が非常に「怖い」作品です。クライマックスのシーンを直接的に描かず、間接的に表現する箇所が想像力豊かに描かれています。

 「怪鳥の丘」は、「無限増殖温泉宿」の事件を受けて自らの処女作「怪鳥の丘」に描いた過去の事件を思い出した熊野が、善知鳥に黙って出奔するという物語。熊野の封印されていた記憶の秘密とは…?
 一作目から言及されてきた熊野の処女作「怪鳥の丘」の内容が明かされますが、それは熊野自身が自分の恐るべき業に直面することでもあったのです…。

 今作では、前作の「不在の家」事件の後、霊を感じ取る能力が上がった熊野自身にスポットが当たっています。彼の能力が変化したのは何故なのか? 作品全体を貫く不老不死伝説と謎の薬「不死鳥の胆嚢」、そして「怪鳥」とは?
 最終篇「怪鳥の丘」では、熊野一人の過去だけでなく、生と死をめぐる壮大なテーマにまで踏み込んでいます。前作『奇奇奇譚編集部 ホラー作家はおばけが怖い』収録の「不在の家」も傑作といっていい作品でしたが、今作の「怪鳥の丘」はそれをさらに上回る出来になっているのではないでしょうか。

 これでシリーズ三作を読み終えましたが、このシリーズの三部作は近年の日本ホラー小説の収穫といってもいいかと思います。どれも欧米の怪奇幻想作家たちのエッセンスを上手く取り込み、なおかつ独自の世界観を構築しています。今作では、特にポオやラヴクラフトの影が見え隠れしますね。
 主人公二人の「絆」を描く部分も読みどころです。もう少し二人の活躍を読みたかったというのが正直なところではありますが。
 それぞれ非常に工夫されたアイディアと細やかに描かれたストーリーと、全体に丁寧な作りで、ホラーが苦手な方にもお薦めできる作品ですね。もちろん、ホラー小説マニアにもお薦めしておきます。

一作目『奇奇奇譚編集部 ホラー作家はおばけが怖い』の感想はこちら
二作目『奇奇奇譚編集部 幽霊取材は命がけ』の感想はこちら

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

欧米怪奇幻想作家マトリクス
欧米怪奇幻想作家マトリクス
 Twitterの方では既に公開しているのですが、こちらのブログの方でも公開しておきたいと思います。欧米の怪奇幻想作家をマトリクスで分類した「欧米怪奇幻想作家マトリクス」です。

 怪奇幻想の本質は「恐怖」だと思うので、分類基準は「恐怖」です。横軸はそれが「肉体的」なのか「精神的」なのか、縦軸はその対象が「人間」なのか「人間以外」なのか、という基準です。「人間以外」というのは、幽霊・動物・怪物・宇宙人・大自然など、人間以外の全てを含んでいます。

 例えば、右上の領域(「肉体的な恐怖+対象:人間以外」)は、いわゆる怪物ホラー・ゴースト・ストーリーなど、左下の領域(「精神的な恐怖+対象:人間」)は、サイコ・ホラーあるいは不条理ホラーなどが当てはまる感じでしょうか。
 下半分の領域よりは、上半分の領域の方が、超自然味が強くなっていますね。特に左上の領域には、「神秘主義的色彩」「別世界への憧れ」の要素が強い作家が集まっているかと思います。

 もちろん、表に入れ切れなかった作家もたくさんいます。その作家たちも入れるとするならどのあたりに入るかな?と考えるのも楽しいかもしれません。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

アクションホラーの痛快作  スティーヴン・ローズ作品を読む
 スティーヴン・ローズはイギリスのホラー作家。日本では二作の長篇が紹介されたきりで、それらも既に品切れになって久しい作家です。ただ、この二作、どちらもエネルギーに満ちた痛快作で、非常に面白いエンタメ作品なのです。紹介していきましょう。



4488800238ゴースト・トレイン〈下〉 (創元ノヴェルズ)
スティーヴン ローズ 古沢 嘉通
東京創元社 1989-09

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『ゴースト・トレイン』(古沢嘉通訳 創元ノヴェルズ)

 列車から落ちて記憶を失った主人公は、子供の頃からの悪夢を再び見始めます。精神的なトラウマかと考えますが、娘までもが同じヴィジョンを見ていることが判明します。一方、異様な殺人事件が頻発する事件を追っていた警官は、犯人たちが共通して同じ列車に乗車していたことを付き止めます。
 人知を超えた存在を認識した主人公たちは、それを倒すために列車に乗り込みますが、敵は一般人を操り攻撃をしてきます。主人公たちは世界を救えるのか…?

 乗車した者は何かに取り憑かれてしまうという、呪いの列車をめぐるモダンホラー。敵が「神」レベルの能力を持っていて、あっという間に洗脳されてしまいます。対抗できるのは、かって操られ免疫を得た主人公と、悪魔祓いの技能を持つ神父のみ。少数精鋭で乗り込んだのはいいものの、列車の乗客ほぼ全員が襲いかかってくるうえに、幻覚をはじめとする精神攻撃が襲ってきます。
 かなり大雑把な設定や、ギャグ擦れ擦れのシーンなどもあるのですが、とにかく勢いがあるので気になりません。クライマックス、超スピードで疾走する列車の中で繰り広げられるアクションは爽快感たっぷりです。これほど爽快なホラー作品はなかなかないのではないでしょうか。



4488800327スペクター (創元ノヴェルズ)
スティーヴン ローズ 古沢 嘉通
東京創元社 1990-02

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『スペクター』(古沢嘉通訳 創元ノヴェルズ)

 離婚したばかりの講師のリチャードは、学生時代、友人グループで撮った集合写真をふと見返します。グループの一人の姿が消えかけているのを発見したリチャードは、その友人が後日死んだことを知らされます。その後も、次々と友人が謎の死を遂げると同時に、写真から姿が消えていきます。
 怪奇現象の原因が、学生時代のグループ〈バイカー団〉にあることを察知したリチャードは、親友のスタン、恋人のダイアンとともに、かっての友人たちを探しますが…。

 『ゴースト・トレイン』同様、推進力のあふれるエンタメ・ホラー作品です。黒魔術や怪物の登場する正統派オカルトホラーアクションになっています。
 理由がわからぬままに姿が消えていく友人たち、だんだんと暴かれる過去の事実、そしてその合間にも襲ってくる謎の怪奇現象。序盤こそ静かに始まりますが、すぐにトップスピードになる展開は、読んでいて爽快です。『ゴースト・トレイン』も爽快感は抜群なのですが、こちらの『スペクター』はさらにそれを上回る爽快感です。アクションホラーの佳作といっていいかと思います。


 このスティーヴン・ローズ、邦訳された2作品がこれだけ面白いのに、続けて邦訳が出なかったのが不思議ですね。ちなみに『ゴースト・トレイン』は原著が1985年、邦訳は1989年、『スペクター』は原著が1986年、邦訳は1990年です。
 『スペクター』の方に関しては2000年に一度復刊されています。解説に未邦訳のローズ作品の紹介が載っているのですが、中からいくつか紹介しておきましょう。
 未訳作はどれも面白そうです。中では、禁断の杭を抜いたために村全体が阿鼻叫喚になるという『The Wyrm』、迷路状の要塞に隠棲する男が七人の招待客を招き悲劇が起こるという『Daemonic』、未確認飛行物体が墜落し多数の死者を出すが少数の生存者は超能力を得るという『Somewhere South of Midnight』、大地震によって隔絶された町で、深淵から押し寄せてくる異形のものと戦うという『Chasm』などが気になりますね。邦訳を期待したいところです。

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異界への憧憬  アルジャーノン・ブラックウッド『いにしえの魔術』
4883753182いにしえの魔術 (ナイトランド叢書3-2)
アルジャーノン・ブラックウッド 夏来 健次
書苑新社 2018-08-07

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 イギリス怪奇小説の巨匠、アルジャーノン・ブラックウッドの傑作集『いにしえの魔術』(夏来健次訳 アトリエサード)は、5篇を収録した作品集。収録作品中、「いにしえの魔術」「獣の谷」は既訳のあるものの新訳、それ以外の3篇は本邦初訳になっています。順に紹介していきたいと思います。

「いにしえの魔術」
 旅の途次、フランスの田舎町で宿を取ることになった男は、町の人々から監視されているような感覚を持ちます。蠱惑的な宿の娘に惹かれた男は、やがて町の異様な雰囲気に気がつきますが…。
 〈ジョン・サイレンス〉ものの一篇です。雰囲気が素晴らしく、ブラックウッドの代表作といっていい作品です。クライマックスでの、町と人々の変容、空間が歪んでいくような描写は圧倒的です。

「秘法伝授」
 アメリカで事業家として成功した「わたし」は、夢想家肌の甥のアーサーを気にかけていました。スイスに滞在しているアーサーと再会した「わたし」は、甥が天才肌だった曽祖父にそっくりに成長しているのを見て驚きます。
 アーサーの案内で共に山のある場所に案内された「わたし」は不思議な体験をすることになりますが…
 曽祖父の魂に導かれて、異教の神々と思しき存在に出会うという物語。語り手が魂を持っていかれそうになる際に、その実務的な意識で抵抗する…というのは面白いですね。

「神の狼」
 トムは、30年ぶりにカナダから故郷オークニーに帰ってきた弟ジムを歓迎しますが、弟が何か秘密を抱えているらしいことに気付きます。ジム同様、カナダで働いた経験のある友人ロシターは、ジムの気鬱の原因は「神の狼」にあると話しますが…。
 カナダの伝承をモチーフにした怪奇小説です。大陸を越えて襲ってくる怪異という、インパクトの強いモチーフを扱っています。ジムがなぜ怪異に追われるのかはっきりしたことは明確にされなかったりと、謎のままに終わる部分が多く、それが逆に効果を上げています。
 後半に、嵐の中で家に閉じ込められた面々が怪談話をする部分があるのですが、その中で、ブラックウッドの代表作のタイトルとしても有名な「ウェンディゴ」の名が言及されるのは、怪奇小説ファンとしては楽しいですね。

「獣の谷」
 狩猟家グリムウッドは、大鹿を駆るため、原住民の案内人トゥーシャリとともに森に入り込んでいました。ようやく大鹿を見つけ発砲するものの、かすり傷を負わせたのみで逃がしてしまいます。
 後を追おうとするグリムウッドでしたが、案内人はそれ以上進むことを拒否します。なぜなら鹿が逃げ込んだのは、地元の人間が恐れるという「獣の谷」だったのです。迷信を信じず激昂するグリムウッドでしたが、一夜明けてみると、彼は一人取り残されているのに気がつきます…。
 ブラックウッドお得意の大自然の恐怖を描いた作品です。ブラックウッド作品には「大自然」や「土地の力」がよく登場しますが、この作品に登場する「獣の谷」は中でもユニーク。その場所では人間性も攻撃性も失ってしまうというのです。インディアンの神々や神秘的なアイテムも登場したりと、色彩豊かな怪奇小説です。

「エジプトの奥底へ」
 語り手の「わたし」は、エジプトで知り合いであるイスリーに再会して驚きます。多芸多才、エネルギーにあふれた男だったはずのイスリーが、内面がからっぽの人間になっていたのです。まるで何かが「失われた」かのように。
 過去に考古学に熱中していたイスリーは、モールソンというエジプト学者と共に何らかの研究をしていたらしいのです。その際に何かがあったのではないかと「わたし」は疑います。やがてモールソンは「わたし」とイスリーの前に、再度姿を現しますが…。
 かなり長く、中篇といっていい作品です。怪奇小説とはちょっとベクトルが異なる作品ですが、題材は非常にユニークです。扱われるのは「土地の力」というべきテーマなのですが、この作品の場合、さらに抽象度の上がった「概念の力」といってもいいぐらいになっているのです。
 これまたブラックウッドの代表作である『人間和声』同様、作者がシリアスに書いているのは間違いないのですが、ある種のシュールさを獲得している作品です。

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怪奇幻想読書倶楽部 第17回読書会 参加者募集です
448861202410月はたそがれの国 (創元SF文庫)
レイ・ブラッドベリ 宇野 利泰
東京創元社 1965-12-24

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 2018年10月7日(日曜日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第17回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp


開催日:2018年10月7日(日曜日)
開 始:午後13:30
終 了:午後17:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ
参加費:2000円(予定)
テーマ
第1部:課題図書 レイ・ブラッドベリ『10月はたそがれの国』(宇野利泰訳 創元SF文庫)
第2部:マイ・フェイヴァリット・短篇集

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。

 第1部のテーマは、課題図書として、レイ・ブラッドベリ『10月はたそがれの国』(宇野利泰訳 創元SF文庫)を取り上げたいと思います。
 叙情的なSFで知られるブラッドベリですが、初期作品においては怪奇幻想色が強い作品を多く書いていました。
 「こびと」「壜」「みずうみ」「びっくり箱」…。伝統的な素材を扱った怪奇小説から、ブラッドベリ独自の感性のあふれる作品まで、傑作の集められた短篇集を読んでいきたいと思います。

 第2部のテーマは「マイ・フェイヴァリット・短篇集」。
 参加者それぞれのお気に入り短篇集を紹介しようという企画です。事前に挙げていただいた内容を紙にまとめ、それを元に話していきたいと思います。
 挙げていただく短篇集は、一冊だけでも複数でもOKです。短篇集であれば、アンソロジーでもいいですし、海外・日本作家も問いません。怪奇幻想に拘らなくても結構です。

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『怪異十三』と雑誌掲載の怪奇短篇のことなど
4562055901怪異十三
三津田信三
原書房 2018-07-24

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 三津田信三編『怪異十三』(原書房)を読みました。日本作品7篇と海外作品6篇に、編者の単行本身収録作品1篇を加えた13篇を収録した怪奇小説アンソロジーです。収録作品はどれも微妙に珍しいところを集めていて、初心者にもマニアにも楽しめるアンソロジーになっているようと思います。

 日本篇では、貧困に追い詰められた男がふと死の世界を垣間見るという「死神」(南部修太郎)、行方不明の少女が衆人環視の前に現れるという「寺町の竹藪」(岡本綺堂)、正調幽霊物語ながらどこか不気味な要素の強い「逗子物語」(橘外男)、山中での怪異を民話風に語る「蟇」(宇江敏勝)、不条理なシチュエーションが魅力的な「茂助に関わる談合」(菊地秀行)などを面白く読みました。
 いちばんインパクトがあったのは「茂助に関わる談合」でしょうか。訪ねてきた甥に、自分の雇った奉公人が人間ではないと言われたことを発端に、不条理な現象がエスカレートしていくという掌編です。

 海外篇も安定した出来の作品揃いです。魔女だという噂のある首のねじけた女性を雇った牧師の恐怖を描く「ねじけジャネット」(スティーヴンスン)、古代の笛によって怪異が呼び出されるという「笛吹かば現れん」(M・R・ジェイムズ)、人妻と出奔した男が不思議な現象に出会う「八番目の明かり」(ロイ・ヴィカーズ)、幽霊屋敷で一晩過ごすという賭けをしたアメリカ人青年が恐ろしい目に合うという「アメリカからきた紳士」(マイクル・アレン)、夫が昔の恋人の幽霊と会っていると訴える妻を描く「魅入られて」(イーディス・ウォートン)など。
 海外作品では、怪異そのものよりも人間の恐ろしさ・不思議さが強調される、マイクル・アレンやイーディス・ウォートン作品が印象に残りますね。

 巻末の三津田信三「霧屍疸村の悪魔」は、日本を舞台にした「悪魔」テーマという珍しい作品。迫害されるたびに棄教し、再び別の人間がキリスト教信仰を続けているという霧屍疸村。そこを調査に訪れた女性の恐怖を描く作品です。話が始まる前に展開される、著者のホラー談義も非常に楽しい作品です。



B07432NPHVミステリマガジン 2017年 11 月号 [雑誌]
早川書房 2017-09-25

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 ちょうど収録作品のイーディス・ウォートン作品を読んで思い出しました。昨年の『ミステリマガジン』の〈幻想と怪奇〉特集で訳載された、イーディス・ウォートン「一壜のペリエ水」『ミステリマガジン2017年11月号』早川書房 収録)が未読だったのを思い出し、改めて読んでみました。
 青年メドフォードは、かっての誘いを思い出し、砂漠の家に住むという変わり者の知り合いアーモドハムを訪ねます。しかし、主人は遠くに出かけたばかりだというイギリス人召使いゴズリングの言葉を聞き、彼は主人が帰ってくるまで待たせてもらおうと、その家に滞在することになります。
 しかし一向に主人は現れず、ゴズリングも、他の召使の言葉も要領を得ません。痺れを切らしたメドフォードは、自ら馬に乗ってアーモドハムを探しに行こうとしますが、ゴズリングに制止されます。もしやアーモドハムは家に隠れ潜んでいるのではないかと考えるメドフォードでしたが…。
 主人公は時間の流れもはっきりしない砂漠の家の中で過ごすことを余儀なくされます。召使の言葉は皆要領を得ず、明確な答えは返ってこないのです。何とも不条理な味わいの作品で、読後の印象はまるでディーノ・ブッツァーティ。超自然現象こそ起こりませんが、これは一種の怪談といっていい作品ですね。



B07D57WC74ミステリマガジン 2018年 09 月号 [雑誌]
 
早川書房 2018-07-25

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 せっかくなので、『ミステリマガジン』に訳載された怪奇短篇をいくつか紹介していきたいと思います。まずは今年(2018年)の『ミステリマガジン9月号』〈幻想と怪奇〉特集の掲載作品から。

マーガレット・アーウィン「写本」
 学識豊かな伯父の蔵書を受け継いだコーベット氏は、蔵書のなかにラテン語で書かれた写本を見つけます。翻訳しながら読む進めるコーベット氏は、あるページに、なかったはずの文章がいつの間にか書かれていることに気付きます。
 同時にコーベット氏には幸運が舞い込み始めます。写本のおかげではないかと考えるコーベット氏でしたが、やがて写本は彼に命令とも思える文章を表わし始めます…。
 本をめぐる怪奇小説です。始まりこそ地味ですが、写本が登場してからの禍々しい雰囲気は素晴らしいです。写本の正体が最後まではっきりしないのも良いですね。
 ちなみに、マーガレット・アーウィンには「暗黒の蘇生」『怪奇幻想の文学2 暗黒の祭祀』新人物往来社 収録)という短篇の邦訳があります。

L・A・ルイス「嬰児」
 語り手の「私」は、ふと立ち寄った旅籠やのおかみから不思議な話を聞きます。森番に雇われた男の妻が何人も子供を産んだものの、皆不審な死を遂げていたというのです。
故殺の罪で捕えられた女は精神病院に収監されますが、女は脱走し行方不明になります。その直後から、森には幽霊が出るという噂が流れているというのです…。
 超自然ともサイコスリラーともとれる珍しい読み味の作品です。都市伝説風の狂女のエピソード、幽霊の噂、と序盤は手堅い怪奇小説のフォーマットが現れるのですが、後半で登場する怪異現象の形は非常にユニークで、記憶に残ります。これは知られざる名作といっていい作品では。

L・A・ルイス「海泡石のパイプ」
 妻を亡くした語り手の「私」は引退後、わけありの〈ヘロネイ屋敷〉を入手します。格安の理由は、かって屋敷の主人が猟奇的な殺人事件を引き起こした場所だったからです。 時間が経っているからと考えていた「私」は、今でも村人が〈ヘロネイ屋敷〉に幽霊が出ると恐れていることを知ります。かっての屋敷の主人ハーパーの持っていた海泡石のパイプに魅了された「私」は、そのパイプを愛用し始めます。やがて村では猟奇的な殺人事件が連続して発生しますが…。
 過去の亡霊に影響されるというゴースト・ストーリーです。かって殺人が行われた屋敷とその主人の持ち物であるパイプ、それらが語り手に影響を与えている…というのは、読んでいると割とすぐわかってはしまうのですが、語り口が上手いので最後まで飽きさせずに読ませますね。
 「嬰児」でもそうだったのですが、「海泡石のパイプ」でも、過去に起こった陰惨な事件を間接的に描く語り口が巧みです。このL・A・ルイスという人、邦訳はほとんどないと思うのですが、非常に達者な作家だと思います。



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 あとはこれ。ちょっと古い号ですが、非常に面白い短篇なので紹介しておきます。

G・L・タッソーネ「312号室」『ミステリマガジン1979年9月号』早川書房 収録)
 30年近くホテルのフロント主任をやっているチャールズ・シェルトンは、ある日オーナーのウェブスターから、金をくすねているのではないかと詰問されます。シェルトンは泊まった客が消えてしまうことがあり、それらの客からは支払いをしてもらっていないと話します。
 具体的には「312号室」に午前二時前に泊まると、その客はきれいさっぱり消えてしまうというのです。たまたま泊まりにきたホームレスの男が実際に312号室から消えるのを見たウェブスターは話を信じますが、とたんにこの現象を商売にしようと考えつきます。邪魔な人間を消して、金を取ろうというのです。
 彼らの商売は上手くいき、客が引きも切らない状態になります。そんなある日、かって妻を312号室で消してしまった男が、妻を帰してほしいと訴えてきますが…。
 痕跡も残さず人が消えてしまう謎の部屋。それを利用して商売を企む二人でしたが、やがて部屋の秘密がわかりかけてきます。部屋で消えた人間は一体どこへ行ってしまうのか…? 全体にとぼけた味わいの怪奇短篇で、主人公(?)のシェルトンにしてからが、すました顔で人を消していく冷淡な男。
 結末も人を食った展開で、例えるならジャック・リッチーが書いた怪奇小説みたいな味わいです。原文の掲載誌は『プレイボーイ』誌らしく、言われてみると、この雑誌に載るような洒落た作品だと思います。

 ちなみに『ミステリマガジン』の1979年9月号と10月号には、ファンタジー要素のあるミステリを解説したエッセイ「殺人光線、悪魔、知られざる虫類」(ロバート・E・ブリーニイ)が載っていて、これも怪奇幻想ファンには参考になります。
 文中で著者も断っていますが、M・R・ジェイムズやラヴクラフトのような本格的な怪奇小説は取り上げず、あくまで幻想性の強いミステリを扱うという方針のようです。
 前編では、サックス・ローマー、ジョン・ディクスン・カー、L・P、ディヴィス、ジョン・ブラックバーン、ロバート・ブロック、ヘレン・マクロイ、L・ロン・ハバードなどが扱われています。L・P、ディヴィスとジョン・ブラックバーンに関しては、未訳含めいくつかの詳しい梗概が紹介されています。L・ロン・ハバードの紹介されている作品は『恐怖』ですが、かなり高く評価されていますね。
 後編では、未訳の作品が多く紹介されていて興味を惹かれます。フランク・M・ロビンスンの短篇「パワー」、C・S・コディ『魔の夜』、ウィリアム・スローン『夜を歩む』など。ロジャー・マンヴェル『夢見る人々』は、おそらく邦訳のある『呪いを売る男』のことですね。
 後編の内容は、オカルト探偵ものとSFミステリが中心になっています。オカルト探偵ものに関しては、レ・ファニュの《ヘッセリウス博士》、ブラックウッドの《ジョン・サイレンス》、ホジスンの《カーナッキ》、シーバリイ・クイン《ド・グランダン》などが紹介されています。
 《カーナッキ》の評価は低く、逆に評価が高いのがサックス・ローマー《モリス・クロウ》です。SFミステリの部分では、ベスター『破壊された男』、アシモフ『鋼鉄都市』、ランドル・ギャレット『魔術師が多すぎる』など、定番作品が並んでいて、あまり目新しい作品はありませんでした。
 日本ではあまり知られていないシリーズものいくつかについても触れられているのですが、ピーター・サクスン《ザ・ガーディアンズ》であるとか、フローレンス・スティーヴンスン《キティ・テルフェア》、ジャック・マン《ジーズ》などは邦訳はないのではないでしょうか。
 全体に、日本には紹介されていない未訳作品、またミステリとホラーの境界上作品などが取り上げられており、今でも有用なエッセイだと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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twitterアカウントは@kimyonasekai



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