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スティーヴンスンの怪奇と冒険
 ロバート・ルイス・スティーヴンスン(1850-1894)は、天性の物語作家ともいうべき人です。テーマやジャンルは異なれど、どの作品でも読者を夢中にさせる物語性が魅力です。怪奇幻想的な要素のある作品を中心に、スティーヴンスン作品をいくつか紹介していきたいと思います。


4488590012ジキル博士とハイド氏 (創元推理文庫)
ロバート・ルイス スティーヴンスン Robert Louis Stevenson
東京創元社 2001-08-22

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『ジキル博士とハイド氏』(夏来健次訳 創元推理文庫)
 アタスン弁護士は、従弟のエンフィールド青年から奇妙な話を聞きます。十字路で、異様な風貌の男が少女を平然と踏みつけたというのです。周りの人間たちとともに賠償金を払うよう要求したエンフィールドは、その男ハイドが、高名な医師ジキル博士の屋敷に入っていくのを目撃します。
 ジキル博士の友人でもあるアタスンは、博士から遺言書を預かっていました。それには博士が死亡または失踪した場合は、その財産をハイドに譲るという内容が書かれていました。ハイドと顔を合わせたアタスンは、言うに言われぬ不快感を感じます。しかし博士はハイドを守るような発言を繰り返すのです…。

 人格者であるジキル博士が、なぜ悪漢ハイドを守ろうとするのか。ハイドに弱みを握られているのではないか?という疑問を軸に、前半は展開していきます。あまりにも有名なテーマの作品なので、ネタは割れた状態で読む人が多いと思いますが、それでも飽きさせずに読ませるのは、作家の筆力でしょうか。
 後半では、ジキルとハイドの関係とその秘密が明かされます。「悪の化身」であるハイドだけでなく、ジキル自身にも悪への渇望があったこと、そして二人の間の境目もまたなくなっていきます。人間の二面性について考えさせられる…という点で、今でも力を失っていない作品でしょう。



4334751393新アラビア夜話 (光文社古典新訳文庫)
ロバート・ルイス スティーヴンスン Robert Louis Stevenson
光文社 2007-09-06

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『新アラビア夜話』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)

 ボヘミアのフロリゼル王子を主人公とする連作短篇集です。大きく二部に分かれており、それぞれ「自殺クラブ」3篇、「ラージャのダイヤモンド」4篇から構成されています。

「自殺クラブ」
 秘密の組織「自殺クラブ」に潜り込んだフロリゼル王子とジェラルディーン大佐の冒険を描く作品。このクラブでは、この世に未練がなくなった者たちが集まり、ゲームでそれぞれ殺人者と被害者を決めるというのです。
 青年が奇矯な行動をする導入部から、殺人クラブの内実が明かされるクライマックスまで、間然するところのない「クリームタルトを持った若者の話」、純朴な青年が殺人に巻き込まれ死体を運ぶ羽目になるという、サスペンス風の「医者とサラトガトランクの話」、自殺クラブの会長とフロリゼル王子の最後の対決を描く「二輪馬車の冒険」
 二篇目と三篇目は、視点人物が事情を知らない王子以外の人物に設定されているのが特徴で、緊張感たっぷりの巻き込まれ型サスペンスといった趣です。

「ラージャのダイヤモンド」
 トマス・ヴァンデラー卿がインドの藩王から譲り受けたという巨大なダイヤモンドをめぐる作品です。
 ヴァンデラー夫人お気に入りの青年が横領計画に巻き込まれるという「丸箱の話」、ダイヤモンドを拾った若い聖職者がそれを売りさばこうと考える「若い聖職者の話」、実の父親の行方を探す銀行員の青年が犯罪計画に巻き込まれる「緑の日除けがある家の話」、ダイヤモンド盗難の容疑者になってしまったフロリゼル王子を描く「フロリゼル王子と刑事の冒険」の4篇から成っています。
 怪奇味の強い「自殺クラブ」と比べると、純粋な犯罪サスペンスといった要素が強いです。「自殺クラブ」同様、視点人物が王子以外の人物に設定されている短篇が多くなっています。ダイヤモンドをめぐって、登場人物たちの計略が描かれたり、心理が描写されるなど、群像劇といった感じでしょうか。

 全篇を通して、アラビア人が語っている原作を紹介するという体裁になっており、各短篇の最後には「引き」となる語りがはさまれるのが、非常に楽しい趣向になっています。



4003725069マーカイム・壜の小鬼 他五篇 (岩波文庫)
スティーヴンソン 高松 雄一
岩波書店 2011-12-16

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「その夜の宿」
 仲間が起こした殺人に巻き込まれ逃げ出したヴィヨンは、金も盗み取られ、一夜の宿を求めて、ある屋敷で施しを受けることになります。屋敷の主人である老人は、身分のある領主でした。やがて老人とヴィヨンとの間で問答が始まりますが…。
 有名なフランスの詩人フランソワ・ヴィヨンを描く作品です。老人との問答が描かれる後半が読みどころでしょうか。自らの身分と業績を誇る老人に対し、ヴィヨンが示した答えとは…? 諦観に満ちてはいるものの、生きる意志を失わないヴィヨンの姿が魅力的です。

「水車屋のウィル」
 山地で養父母に育てられた少年ウィルは外界への憧れを持ちますが、長じるにしたがって周りの自然を愛し、そこに居を定めることになります。牧師の娘マージョリーに惹かれたウィルは、彼女に結婚を申し込みますが…。
 自然と故郷を愛し多くを求めない自然人を描いた物語…と言えるのでしょうが、主人公のウィルがあまりに達観が過ぎていて、ちょっと怖さを感じるほど。結末では超自然とも思える出来事が起こりますが、これの真実も定かではありません。ユニークな味わいの寓話と言える作品です。

「天の摂理とギター」
 歌や踊りを生業とする芸人夫婦レオンとエルヴィラは、訪れた町の横柄な警察署長が原因で宿を追い出され、持ち物まで盗まれてしまいます。野宿を余儀なくされるかというときに、夫婦はイギリス人の青年スタッブズと出会います…。
 陽気な芸人夫婦の冒険を描いた作品。芸術と人生についてのテーマを扱っています。ロマンティストの夫と現実家の妻の、夫婦のすれ違いと和解を扱った作品でもあります。後味の非常に良い、味わい深い作品です。

「ねじれ首のジャネット」
 牧師のスーリス師は、家政婦として村でも評判の悪い女性ジャネットを雇うことになります。ジャネットは魔女との噂もある女でした。ある時を境に、ジャネットは首をねじまげた異様な状態で動き回るようになりますが…。
 スティーヴンソン怪談の中でも一、二を争う名作。ジャネットは明らかに異様な様子ながら、インテリでもあるスーリス師はそれを素直に認めることができません。やがて恐ろしい事態が起こります…。クライマックスの恐怖感は絶品で、迫力のある作品です。

「マーカイム」
 骨董屋を訪れた男マーカイムは、店の主人を殺し、金目のものを奪おうとしていました。しかし殺害直後、誰もいないはずの店から何者かが歩く音が聞こえます…。
 罪と罰について描かれたシリアスな作品。中から現れた男は一体何者なのか…? 自らの罪と良心に向き合うことになる男を描いた寓意性の強い作品です。テーマの共通性から『ジキル博士とハイド氏』と並んで論じられることもある作品です。

「壜の小鬼」
 ハワイのケアウェという男が、豪華な家に住む男からある取引を持ちかけられます。それは何でも願をかなえてくれる小鬼が入った壜を買ってほしいというものでした。なぜそれを売るのかというケアウェの問いに男は答えます。
 何でも願いが叶うかわりに、その壜を持ったまま死ぬと永遠に地獄の火に焼かれてしまうというのです。そしてもう一つ、その壜を手放したい場合、買った時よりも安い値段で売らなければならないといいます。手持ちのお金で壜を買ったケアウェは、富や家など様々な願いを叶えます。
 友人ロパカに壜を売り、美しい娘コクアとの結婚も間近に迫ったケアウェは、自分が重い疫病にかかっていることに気付きます。病を治すために、再度、壜を手に入れようと考えたケアウェはロパカの行方を探しますが…。
 何でも願いが叶う魔法の壜を扱った作品。後半では夫婦愛と自己犠牲といったテーマも前面に出てきます。

「声たちの島」
 怠惰な男ケオラは、結婚した妻レファの父親カラマケが多くの富を持っているのを不思議に思っていました。カラマケは、ある日ケオラに秘密を明かします。
 カラマケに同行したケオラは、魔術によってある島に移動し、そこで拾った貝殻を銀貨に変えていることを知ります。ケオラは、島に住む住民からは二人の姿は見えず、声だけが聞こえていることに気付きます。欲をかいたケオラはカラマケの魔術により海に放り出されるものの、通りかかった船に拾われます。やがて辿りついた島は、かってカラマケの魔術で訪れた島であることにケオラは気付きますが…。
 「壜の小鬼」と同様、南洋を舞台にしたファンタジー作品です。恐ろしい魔術師の手から逃れるものの、また一難…という、躍動感に満ちたファンタジー小説です。登場する魔法とその効果が風変わりで、一般的な西洋ファンタジーとは違った味わいがあります。



4828830812スティーヴンソン怪奇短篇集 (福武文庫―海外文学シリーズ)
ロバート・ルイス・スティーヴンソン 河田 智雄
福武書店 1988-07-15

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「死骸盗人」(河田智雄訳『スティーヴンソン怪奇短篇集』福武文庫 収録)
※『ポケットマスターピース08 スティーヴンソン』(辻原登編 集英社文庫)にも「死体泥棒」(吉野由起訳)のタイトルで収録。
 「わたし」の地元の飲み仲間であるフェティスは、かっての友人マクファーレン医師に出会ったところ、彼に強烈な罵声を浴びせます。フェティスはその理由を語り始めます。
 かって医学生だったフェティスはマクファーレンとともに、高名な外科医「K-」のもとで働いていました。フェティスは、ある日届けられた解剖用遺体が知り合いの娘だったことから、遺体の出所を怪しみ始めます。殺されたものもいるのではないかという疑いに対し、マクファーレンは知らないふりをしろと言いますが…。
 都市伝説風のテーマを扱った恐怖小説です。実在の事件にヒントを得たと思しく、作中でその件についても言及がされます。スティーヴンソン怪奇小説の中でも最もリアルなタッチの作品でしょう。

「宿なし女」(河田智雄訳『スティーヴンソン怪奇短篇集』福武文庫 収録)
 フィンワールの家に滞在することになった「宿なし女」ソルグンナは、誰も見たことのない装身具や服飾品を持っていました。フィンワールの妻オードは、その品物を欲しがり買い取ろうとしますが、ソルグンナは断ります。
 病との床についたソルグンナは、自分が死んだら品物はオードとその娘アスディスに譲るが、寝具は必ず焼き捨ててほしいと言い残し息絶えます。フィンワールは遺言の通りにしようとしますが、オードはもったいないと言い寝具を焼くのを止めてしまいます。やがて家の者は、ソルグンナの遺体が歩いているのを目撃しますが…。
 アイスランドを舞台にした民話風の怪奇小説。死者の遺言を守らなかったために起きる怪異を描いています。「宿なし女」が突然死ぬ理由も、品物と怪異との関連性も明確に描かれなかったりと、ところどころに不条理な空気の感じられる不気味な作品です。

「トッド・ラプレイクの話」(河田智雄訳『スティーヴンソン怪奇短篇集』福武文庫 収録)
 語り手は、父親が管理人の地位をめぐってライバル関係にある男トッド・ラプレイクの家で彼の姿を目撃し、異様な印象を受けます。はたを織りながらも目は閉じられており、ゆすっても反応もしないのです。
 管理人の地位を奪われたトッドは、父親を脅迫するような言葉を吐きます。ある日、絶壁で海鳥の狩りをしていた父親は、命綱を狙ってつついてくる異様な鳥がいることに気がつきますが…。
 魔術を扱った物語です。謎の男トッドが魔術を駆使しているらしいのですが、魔術の直接的な描写はないところがポイント。あくまで間接的にその影響が描かれているという、非常に技巧的な作品です。
 トッドの初登場シーンから結末に至るまで、その行動がかなり不条理で恐怖感を煽ります。作者の自信作だったというのもうなずけますね。



nezike.jpgねじけジャネット―スティーヴンソン短篇集 (1975年) (ブックスメタモルファス)
スティーヴンソン 河田 智雄
創土社 1975

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「マレトルワ邸の扉」(河田智雄訳『ねじけジャネット』創土社 収録)
 15世紀前半のフランス、他国の軍隊でいっぱいの夜の街で、騎士デニ・デ・ボリョは兵隊に追われ、ある邸に迷い込んでしまいます。しかも仕掛けのあるらしい扉は全く開きません。
 やがて現れた邸の主人マレトルワ公は、デニに出て行くことはおろか、言うことを聞かないと殺すと脅し始めます。その日中に公の姪ブランシと結婚しなければならないというのです。名誉を重んじるデニはその命令を拒否しますが…。
 ロマンティックなサスペンス作品。予定調和的な展開ではありますが、雰囲気は素晴らしく、正統派のロマンスといっていい作品です。



4087610411ポケットマスターピース08 スティーヴンソン (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
ロバート・ルイス スティーヴンソン 辻原 登
集英社 2016-05-20

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「嘘の顛末」(大久保譲訳『ポケットマスターピース08 スティーヴンソン』集英社文庫 収録)
 地主の青年ディックは遊学先のパリで、「提督」とあだ名される元画家のいかさま紳士ヴァン・トロンプと知り合います。帰郷したディックは、ある事件をきっかけに父親と仲たがいをしてしまいます。
 失意のディックは、近くに住む美しい娘エスターと恋仲になりますが、彼女はなんとヴァン・トロンプの娘でした。エスターは父親を立派な画家だと思い込んでおり、ディックは彼女を失望させたくないためにヴァン・トロンプは立派な画家だという「嘘」を話してしまいます。
 そこへ突然帰郷してきたヴァン・トロンプの実際の姿を見たエスターは、ディックに対してつれない態度を見せるようになりますが…。
 恋人と親子のすれちがいをテーマにしたラブコメディ作品です。ディックとエスターの、それぞれの父親との確執、そしてそれが元になった恋人同士のすれ違い、それぞれが善意で動いているにもかかわらず誤解が発生してしまうのです。
短い中にも多くのドラマの要素が盛り込まれており、本当に上手いの一言。実際に作家自身が、結婚を反対されてアメリカ行きの最中に書かれたという事実と考え合わせると、さらに味わいが増しますね。

「ある古謡」(中和彩子訳『ポケットマスターピース08 スティーヴンソン』集英社文庫 収録)
 厳しいながらも愛情に満ちたフォークナー中佐は、二人の甥ジョンとマルカムを引き取って育てることになります。中佐は年長のジョンを財産の相続人と決めていました。
 幼馴染のメアリーとも結婚を約束していたジョンでしたが、ある日マルコムから自分もメアリーを愛しているという話を聞き、ジョンは自分は身を引く決心をします。わざと中佐に自分のだらしのない姿を見せ、勘当させようと考えるジョンでしたが…。
 兄弟間の確執とその運命を描いた作品です。解説にもありますが、兄弟間の確執を描いた『バラントレーの若殿』にも通じるところのあるテーマを持った作品です。ただこちらの短篇では、兄弟ともにそれほど強い個性を感じさせないキャラクターになっているところがまた味わいでしょうか。

「メリー・メン」(中和彩子訳『ポケットマスターピース08 スティーヴンソン』集英社文庫 収録)
 語り手の「わたし」は、おじのゴードンが住むアロスという土地に身を寄せます。そこは「メリー・メン」と呼ばれる巨大な砕け波で有名な土地であり、過去に財宝を積んだ船が多数沈んだという伝説もありました。
 ある日、おじは難破船から拾ったという品物を持ち帰りますが、「わたし」は彼が不当な手段で品物を手に入れたのではないかと疑います。一方、見知らぬ人間たちが財宝を手に入れようと調査をしているらしいことを「わたし」は知りますが…。
 自然環境の厳しい土地が舞台の作品で、登場人物たちの情念も暗く描かれるという、ゴシック風宝探し小説です。財宝の話よりも、それをめぐる登場人物たちの葛藤や罪の意識などに重点が置かれているというユニークな作品。

「ファレサーの浜」(中和彩子訳『ポケットマスターピース08 スティーヴンソン』集英社文庫 収録)
 イギリス人男性ウィルトシャーは、ファレサーという土地に駐在することになります。現地社会で顔がきくという白人の商人ケースは何くれとなく世話を焼き、現地の娘ウマとの結婚まで仲介してくれます。
しかし徐々にケースの黒い噂を聞くことになったウィルトシャーは、ケースに対して不審の念を抱き始めます。やがて過去にウマにちょっかいをかけていたことを知ったウィルトシャーは怒りを覚えますが…。
 南洋の風俗がみっちりと描かれた作品で、非常に雰囲気がありますね。主人公がかなり熱血漢という設定です。この作品を読んでいたらしい夏目漱石の『坊つちやん』との類似性を指摘した研究もあるようで、確かに主人公の人物像には似た点が感じられるように思います。



4861102987クリス・ボルディック選 ゴシック短編小説集
クリス・ボルディック
春風社 2012-02-15

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「オララ」(金谷益道訳 クリス・ボルディック選『ゴシック短編小説集』春風社 収録)
 療養のため、ある没落貴族の館の一室を借りることになった「私」は、そこで美しい容姿を持ちながらも、近親結婚の繰り返しにより狂気に囚われた母親とその子供たちと出会います。日常の家事は、知的な問題を抱えた息子フェリペが行っていました。
 母親は一日をほとんど寝て過ごしており、姉娘オララに至っては全く姿を見せません。ようやくオララに会えた「私」は、彼女の美しさと聡明さに感銘を受け、恋をしてしまいます。彼女もまた「私」に思いを寄せているといいながらも、なぜか「私」にこの場所を立ち去れというのです…。
 古い広壮な館、滅びゆく貴族、呪われた一族の血…。暗い情念に彩られたゴシック風奇談といっていい作品です。タイトルにもなっているヒロイン、オララよりも彼女の母親の不気味さが印象に残ります。吸血鬼小説のバリエーションでもあり、非常に迫力のある作品です。



B000J8U0XA寓話 (1976年)
スティーヴンスン 枝村 吉三
牧神社 1976-10

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ロバート・ルイス・スティーヴンスン『寓話』(枝村吉三訳 牧神社)
 ブラックユーモアに満ちた掌編を集めた作品集です。「寓話」とはいいつつも、明確な教訓があるものは少なく、象徴性の高い作品が多くなっています。
 沈没寸前の船員たちの悠々とした様子を描く「沈みかけた船」 、マッチをすったことで起こる結果を大げさに想像するという「二本のマッチ」 、絶大な効果があるという塗り薬を塗った男を描く「黄色い塗り薬」 などは、風刺の効いたショート・ショートといった感じで楽しめる作品ですね。
 掌編といっていい長さの作品が大部分ですが、中にはいくつか長めの作品があって「試金石」「みすぼらしいもの」「エルドの家」 などは、短篇といってもいい作品です。「試金石」は、王女と結婚するための条件として提示された「試金石」を探して旅をする男の物語です。
 「みすぼらしいもの」は、貧乏な男が「みすぼらしいもの」に導かれて幸福を手に入れるという物語です。「試金石」「みすぼらしいもの」、これらの二つは童話としても優れた作品だと思います。
 集中で、いちばん読み応えがあるのは「エルドの家」でしょうか。民がみな足枷をつけている国に住む少年ジャックは、その境遇に不満を持っていました。旅人から、足枷は「エルドの森」に住む魔法使いが作ったものだという話を聞いたジャックは、神が鍛えたという剣を手に「エルドの森」に向かいます…。
 怪奇幻想色の濃いヒロイックファンタジーといった趣の作品で、味わいとしてはダンセイニの「サクノスを除いては破るあたわざる堅砦」などに似た感触です。ただ、かなりブラックな結末が待っており、不思議な味わいの短篇ですね。
 全訳は絶版のようですが、集英社文庫の《ポケットマスターピース08 スティーヴンソン》に、抄訳として『寓話』のいくつかが収録されています。



B000J74UGOドイツ・ロマン派全集〈第5巻〉フケー…シャミッソー (1983年)
国書刊行会 1983-12

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フリードリヒ・ド・ラ・モット・フケー「地獄の小鬼の物語」(深見茂訳『ドイツ・ロマン派全集5』国書刊行会 収録)

 ドイツ・ロマン派の作家、フリードリヒ・ド・ラ・モット・フケー(1777-1843)の短篇「地獄の小鬼の物語」は、スティーヴンスン「壜の小鬼」と非常によく似たモチーフを扱っています。ストーリーは以下のようなもの。

 ドイツの若き商人ライヒァルトは、ヴェニスでイスパニアの大尉と知り合い、彼から何でも願いを叶えてくれる黒い小悪魔の入った瓶を買い取ります。ただし瓶を売る際には、自分が買ったときよりも安い値段で手放さなければならないのです。
 ライヒァルトはお金をけちり、大尉が提示した額よりもずっと安い値段で瓶を買い取ってしまいます。馴染みの娼婦ルクレチアとともに豪奢の限りを尽くすライヒァルトでしたが、自堕落な生活ゆえか、病気にかかってしまいます。しかも瓶には、病気を治すことはできないようなのです。
 主治医を騙して瓶を買わせることに成功したライヒァルトは、再度医者から騙されて瓶を買い戻してしまいます。薄情なルクレチアに売りつけるも再び手元に戻ってきてしまった瓶をかかえてライヒァルトはローマに向かいますが…。

 「壜の小鬼」と非常によく似たモチーフを扱った作品で、瓶(壜)の小鬼というアイテムはほぼ一緒です。それを手に入れた主人公が、アイテムを手放すためにいろいろな行動をする…というのも一緒なのですが、作品の背景やその内包するテーマは大分異なっています。
 フケー作品の方では、主人公がかなり欲深で快楽主義者に設定されており、結末に至るまでほとんど精神的に「成長」しないところがポイントです。主人公の行動が行き当たりばったりで、突然ローマに行ったり、軍隊に入ったり、敵に寝返ったりと、ほぼ考え無しで行動します。
 人々の間の瓶のやりとりも激しく、スティーヴンスン作品に比べ、瓶が主人公の元に戻ってくる回数が激しいです。そこで恐れおののくよりも、とりあえず快楽をほしいままにしようとする主人公の態度がある種潔いですね。
 瓶(壜)の特性もちょっと異なっていて、スティーヴンスン作品では病を治したりと「何でも」叶うようなのですが、フケー作品では基本的に物質的な富に限られるようです。
 『ドイツ・ロマン派全集』の解説によれば、この壜(瓶)の小鬼のモチーフは、ドイツ起源の伝承だそうです。フケー作品の直接の参照元はおそらくグリンメルスハウゼンの『肝っ玉姐さんクラーシェ』とのこと。スティーヴンソンの方は、イギリスの芝居から着想したという自身の言葉があるそうです。
 アルベルト・ルートヴィヒという研究者によると、フケーの作品が、芝居化された作品などによって間接的にスティーヴンスンに伝わったのではないかという推論を立てているそうです。ちなみにフケー作品は1810年、スティーヴンスン作品は1891年と、書かれた年代にはかなりの差があります。
 ちなみに、フリードリヒ・ド・ラ・モット・フケー(1777-1843)は、ドイツ・ロマン派の詩人・作家。長編メルヘン『水の精(ウンディーネ)』(識名章喜訳 光文社古典新訳文庫)で有名な人です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第16回読書会 開催しました
4334751393新アラビア夜話 (光文社古典新訳文庫)
ロバート・ルイス スティーヴンスン Robert Louis Stevenson
光文社 2007-09-06

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4003725069マーカイム・壜の小鬼 他五篇 (岩波文庫)
スティーヴンソン 高松 雄一
岩波書店 2011-12-16

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 8月26日の日曜日、JR巣鴨駅前のカフェにて「怪奇幻想読書倶楽部 第16回読書会」を開催しました。出席者は、主催者を含め8名でした。
 テーマは、第1部「スティーヴンスンの怪奇と冒険」として、課題図書にロバート・ルイス・スティーヴンスン『新アラビア夜話』(南條竹則/坂本あおい訳 光文社古典新訳文庫)、同じくスティーヴンスン『マーカイム・壜の小鬼 他五篇』(高松雄一/高松禎子訳 岩波文庫)を取り上げました
 第2部は「〈奇妙な味〉について考える」です。

 それでは、当日の会の詳細について、ご報告したいと思います。

 今回も、参加者全員のプロフィールをまとめた紹介チラシを作りました。チラシをPDFにしたものを、メールにて事前に配信しています。

 今回は人数が少な目だったこと、酷暑であることなどを勘案して、いつもの4時間開催ではなく、短縮した3時間で会を開催しました。
 それでは、以下話題になったトピックの一部を紹介していきます。


●第1部 スティーヴンスンの怪奇と冒険

 第1部のテーマは、「スティーヴンスンの怪奇と冒険」。課題図書として、ロバート・ルイス・スティーヴンスン『新アラビア夜話』(南條竹則/坂本あおい訳 光文社古典新訳文庫)、『マーカイム・壜の小鬼 他五篇』(高松雄一/高松禎子訳 岩波文庫)を取り上げました。
 『宝島』で有名なスティーヴンスンは、怪奇幻想分野でも名作をいくつか残しています。彼の怪奇幻想作品といえば、日本では『ジキル博士とハイド氏』が圧倒的に有名ですが、スリラー『新アラビア夜話』や奇想に富んだ短篇にも味わい深いものがあります。
 岩波文庫の短篇集『マーカイム・壜の小鬼 他五篇』には、怪奇幻想ではない作品も入っていますが、それらの作品でもスティーヴンスンの小説作りの上手さは感じられる…というのが共通の感想でした。

■『新アラビア夜話』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)
 ボヘミアのフロリゼル王子を主人公とする連作短篇集。大きく二部に分かれており、それぞれ「自殺クラブ」3篇、「ラージャのダイヤモンド」4篇から構成されている。「自殺クラブ」は、秘密組織「自殺クラブ」をめぐる物語、「ラージャのダイヤモンド」は、インド由来のダイヤモンドをめぐる陰謀を扱った物語である。

・「自殺クラブ」という組織のインパクトは強烈。

・主人公フロリゼル王子が意外に活躍しない。

・毎話、視点人物が変わっていくのが面白い。

・今読むと結構穴があったり、細かいところが描かれていないのが気になる。

・行き当たりばったりの感覚が強いが、読ませる力はあるのは著者の筆力か。

・『暴れん坊将軍』に印象が似ている。

・お話のプロットは面白いが、キャラクター性は薄い?

・タイトルから、アシモフ『黒後家蜘蛛の会』シリーズのようなスタイルの話かと思ったら大分違った。

・エピソードの最後にアラビアンナイト風の語りがあるが、あまり効果が出ていないような気がする。

・この時代の作品には、よく東洋の宝石の話が出てくる。東洋の方が「神秘的」に感じられるからだろうか。

・それぞれのエピソードは主人公が青年に設定されているが、ほとんどが積極的な活躍をせず、事態に「流されている」印象が強い。

・コメディの印象もある。

・『アラビアンナイト』について。ヨーロッパに訳されたときの訳者によって、いろんなバージョンがある。ガラン版、バートン版、マルドリュス版など。ボルヘス編《バベルの図書館》にも入っている。

・ヨーロッパの人にとっての「東洋」のイメージには、中東、アジアなど広い地域の区別がつかずに入り混じっている。現代でも多少その傾向はある?

・誤解された日本やアジアのイメージをわざと使用した作品について。ゴードン・マカルパイン『青鉛筆の女』、都筑道夫作品など。

・ヴィクトリア朝のイギリスでは、ジャーナリズムが発達し、庶民の殺人事件やゴシップに対する興味が強かった。

・ヴィクトリア朝の長編小説は長いものが多い。ウィルキー・コリンズ、レ・ファニュなど。

・アーサー・マッケン『怪奇クラブ』について。スティーヴンスンの影響があるとも言われる作品。個々のエピソードの怪奇味は、こちらの方がはるかに濃い。

・『新アラビア夜話』には続編があるらしく、そちらも読んでみたい。マッケンの『怪奇クラブ』には、正編より続編の方の影響が濃いらしい。


■『マーカイム・壜の小鬼 他五篇』(岩波文庫)

「その夜の宿」
 仲間が起こした殺人に巻き込まれ逃げ出したヴィヨンは、金も盗み取られ、一夜の宿を求めて、ある屋敷で施しを受けることになる。屋敷の主人である老人は、身分のある領主だった。やがて老人とヴィヨンとの間で問答が始まるが…。

・非常に世評の高い作品。人生について描かれた作品?

・登場人物同士の会話には、どこかキリスト教的な考え方がうかがわれる。そのあたりが日本人には難しいかも。

・荒んだ世の中が舞台ということもあり、読んでいて芥川龍之介の「羅生門」を連想した。ユゴー『レ・ミゼラブル』とも似ている?

・イギリスに比べ、ラテン系の国の人の方が無頼派が多い?


「水車屋のウィル」
 山地で養父母に育てられた少年ウィルは外界への憧れを持つが、長じるにしたがって周りの自然を愛し、そこに居を定めることになる。牧師の娘マージョリーに惹かれたウィルは、彼女に結婚を申し込むが…。

・主人公の人生観が独特。達観しすぎていて、逆にちょっと怖い。

・作者が描きたかったのは「自然人」?

・ヒロインが多少気位の高い女性として描かれているが、これは達観した主人公との対比を意識しているのだろうか。

・結末の超自然的なシーンが面白い。主人公の幻覚なのか、それとも本当に起こったことなのかはっきりしないところが味わいか。


「天の摂理とギター」
 歌や踊りを生業とする芸人夫婦レオンとエルヴィラは、訪れた町の横柄な警察署長が原因で宿を追い出され、持ち物まで盗まれてしまう。野宿を余儀なくされるかというときに、夫婦はイギリス人の青年スタッブズと出会う…。

・徹頭徹尾明るい作品。ミュージカルっぽい。

・前半と後半とのつながりが密接でない感じがする。

・『新アラビア夜話』原著の二巻に収録された作品。


「ねじれ首のジャネット」
 牧師のスーリス師は、家政婦として村でも評判の悪い女性ジャネットを雇うことになる。ジャネットは魔女との噂もある女だった。ある時を境に、ジャネットは首をねじまげた異様な状態で動き回るようになるが…。

・悪魔に憑かれた女の話。どの時点から憑かれているのだろうか。本人は途中から死んでいる?

・途中で悪魔の姿が目撃されるシーンがあるのだが、怖さを追求するならこのシーンはない方がいいような気がする。

・『新アラビア夜話』でもそうだったが、スティーヴンスンは、牧師や司祭を風刺的に描くことが多いような気がする。それほど信仰が深い人ではなかった?

・主人公の牧師がインテリであるために、迷信を素直に信じられない…というのは、面白いところ。


「マーカイム」
 骨董屋を訪れた男マーカイムは、店の主人を殺し、金目のものを奪おうとしていた。しかし殺害直後、誰もいないはずの店から何者かが歩く音が聞こえる…。

・自らの分身が改悛を迫る物語? かなりストレートなテーマの作品。

・『ジキル博士とハイド氏』とも通底するテーマを持った物語。

・『ジキル博士とハイド氏』について。薬で人格が変わるのだが、肉体も同時に変身してしまう。面白いのは、変身後の肉体が元のものより貧弱になってしまうところ。

・ダニエル・キイス作品を始め、一時期、多重人格作品がやたらと出たときがあった。同テーマのサイコスリラーもたくさんあって、食傷してしまった。


「壜の小鬼」
 ハワイのケアウェという男が、豪華な家に住む男からある取引を持ちかけられる。それは何でも願をかなえてくれる小鬼が入った壜を買ってほしいということだった。何でも願いが叶うかわりに、その壜を持ったまま死ぬと永遠に地獄の火に焼かれてしまう。そしてもう一つ、その壜を手放したい場合、買った時よりも安い値段で売らなければならないというのだが…。

・読む限り、願いが無制限であるところが面白い。

・自らの欲望だけを叶えようとした男が、他人(妻)のために自分を犠牲にしようとする…。自己犠牲テーマが強調されている。

・ほぼ同じモチーフを持った作品、フリードリヒ・ド・ラ・モット・フケー「地獄の小鬼の物語」について。こちらでは主人公がやりたい放題で、その潔さが逆に面白い。

・『アラビアンナイト』の「魔法のランプ」とも似ている。

・願い事が叶う…といえば、ジェイコブズの「猿の手」。登場人物の誰もが幸せにならない…という、怪奇小説としては、完璧な構成。


「声たちの島」
 怠惰な男ケオラは、結婚した妻レファの父親カラマケが魔術師であり、その魔術で富を手に入れていることを知る。カラマケに同行したケオラは、魔術によってある島に移動し、そこで拾った貝殻を銀貨に変えていることを知る。ケオラは、島に住む住民からは二人の姿は見えず、声だけが聞こえていることに気付く。欲をかいたケオラはカラマケの魔術により海に放り出されてしまう…。

・魔術の効果が色彩鮮やかに描かれる作品。映画化したら面白そう。

・スティーヴンソン作品の主人公は、欲に弱い作品が多く出てくるような気がする。その方が物語が面白くなる?

・貝殻が銀貨に変わるのか、魔術で銀貨に見せているだけ?

・島自体は、別世界でなく同じ世界?

・カラマケの脅威だけでなく、人食い民族が登場したりと、物語の盛り上げ方が上手い。


・「マレトルワ邸の扉」について。
 館に閉じ込められ、結婚を強制される青年の物語。非常にロマンティックな作品。後味は良い。

・ポオの詩作品について。非常に解釈が難しい。


●第2部 〈奇妙な味〉について考える

・江戸川乱歩の〈奇妙な味〉について。乱歩が読んだ当時の英米ミステリ作品に共通する傾向として、乱歩が提唱した概念。「無邪気」「残酷」がキーワード? 乱歩が言及しているのは短篇だけでなくて、エラリイ・クイーン『Yの悲劇』などにもその傾向があると書いている。

・若島正の「異色作家」の定義について。ジャンルからはみ出した「不器用」な作家が「異色作家」? シャーリイ・ジャクスンなど。

・新版の《異色作家短編集》で追加された若島正編のアンソロジーは、けっこう難しい。

・《異色作家短編集》中でも、本当に「異色」の作家は少ない? スタージョン、ジャクスンなど。

・お薦めの異色女性作家について。ミュリエル・スパーク、パトリシア・ハイスミス、ジョイス・キャロル・オーツなど。

・《奇想コレクション》について。SF作家がメインだが、内容は異色短篇的な内容が多い。ダン・シモンズや、ジョージ・マーティンはホラー系作品が多い。

・《奇想コレクション》で一番難しいのは、ジョン・スラデック『蒸気駆動の少年』?

・《晶文社ミステリ》について。埋もれていた異色作家を発掘した。ジャック・リッチー、デイヴィッド・イーリイなど。

・ヘレン・マクロイ『歌うダイアモンド』について。ちょっとSF風な奇想が入った短編集。「Q通り十番地」はディストピアSF。

・ミステリ分野でSF的な技法が使われている作品は、評価が高くなる傾向がある?

・カフカ作品について。不条理な出来事が起こるが「物語」としては展開されない。

・不条理小説について。同じ不条理小説でも、英米系の作家は「物語」の形を成していることが多いが、他のヨーロッパ諸国だとそうでないことが多い? ブッツァーティ『タタール人の砂漠』、ミヒャエル・エンデ作品など。

・フランク・シェッツィング『深海のYrr』について。最初はすごく魅力的だが、そのあとが続かない。

・サキ作品について。ブラック・ユーモアが強い。「意地悪」な作家。

・レイ・ブラッドベリ作品について。邦訳がほとんど絶版にならずに再刊されているのは、今でも人気がある証拠? ブラッドベリの傑作は初期に集中していると思う。

・M・R・ジェイムズ作品について。怪異の盛り上げ方が上手い。「笛吹かば現れん」など。

・スティーヴン・キング作品について。『ランゴリアーズ』『図書館警察』について。特に「ランゴリアーズ」は面白い。短篇は凡作が多いと言われるが、実際読むとそれなりに面白い。キングは、ネタが陳腐でも筆力で読ませられてしまう作品が多い。「第四解剖室」など。

・フィリップ・K・ディックで面白い作品は? 初期のサスペンスSF短篇、長編『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』など。


次回「第17回読書会」は、2018年10月7日(日)に開催予定です。

テーマは
 第1部:課題図書 レイ・ブラッドベリ『10月はたそがれの国』(創元SF文庫)
 第2部:マイ・フェイヴァリット・短篇集

の予定です。詳細は後日告知いたします。

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9月の気になる新刊と8月の新刊補遺
8月29日発売 《ナイトランド・クォータリーvol.14》(アトリエサード 予価1836円)
9月6日刊 フィリップ・ウィルキンソン『まぼろしの奇想建築 天才が夢みた不可能な挑戦』(日経ナショナルジオグラフィックス社 予価2916円)
9月11日刊 ヴィリエ・ド・リラダン『未来のイヴ』(光文社古典新訳文庫)
9月12日刊 江戸川乱歩編『世界推理短編傑作集2』(創元推理文庫 予価1037円)
9月15日刊 イタロ・カルヴィーノ『魔法の庭・空を見上げる部族 他十四篇』(岩波文庫 予価778円)
9月19日刊 ジャック・ロンドン『マーティン・イーデン』(白水社 予価3888円)
9月19日刊 カート・ヴォネガット『カート・ヴォネガット全短篇 1 バターより銃』(早川書房 予価各2916円)
9月21日刊 スティーヴン・キング『任務の終わり 上・下』(文藝春秋 予価各1944円)
9月22日刊 木犀あこ『奇奇奇譚編集部 怪鳥の丘』(角川ホラー文庫 予価778円)
9月25日刊 ジョイス・キャロル・オーツ『ジャック・オブ・スペード』(河出書房新社 予価2376円)
9月25日刊 加藤陽介『月岡芳年 西井正氣コレクションより』(平凡社 予価1836円)
9月28日刊 アフィニティ・コナー『パールとスターシャ』(東京創元社 予価3132円)

9月下旬 創元推理文庫2018年復刊フェア

◆ミステリ◆
ウィリアム・アイリッシュ/稲葉明雄訳『黒いアリバイ』
ピーター・アントニイ/永井淳訳『衣裳戸棚の女』
F・W・クロフツ/田中西二郎訳『フレンチ警部最大の事件』
クレイグ・ライス/小鷹信光訳『時計は三時に止まる』
ルース・レンデル/髙田惠子訳『運命のチェスボード』

◆ファンタジイ◆
アレイスター・クロウリー/江口之隆訳『黒魔術の娘』
ヘンリー・ジェイムズ/南條竹則・坂本あおい訳『ねじの回転』

◆SF◆
ウィルスン・タッカー/中村保男訳『静かな太陽の年』
ロバート・A・ハインライン/大森望訳『ラモックス』
テア・フォン・ハルボウ/前川道介訳『メトロポリス』


 フィリップ・ウィルキンソン『まぼろしの奇想建築 天才が夢みた不可能な挑戦』は、実際には建てられなかった奇想建築の図版を集めたという本。これは面白そう。

 ロボット・テーマの先駆的作品として有名な、ヴィリエ・ド・リラダン『未来のイヴ』の新訳(高野優訳)が光文社古典新訳文庫から登場です。斎藤磯雄訳が名訳として有名ですが、かなり読む人を選ぶタイプの文体だったので、新訳は嬉しいところです。

 『カート・ヴォネガット全短篇 1 バターより銃』は、ヴォネガットの短篇を集成する作品集。全4巻で隔月刊行。第1巻には表題作ほか「戦争」「女」テーマの全25篇を収録とのこと。

 木犀あこ『奇奇奇譚編集部 怪鳥の丘』は、〈奇奇奇譚編集部〉シリーズの第3弾。このシリーズ、巻を追うごとに面白くなっているので楽しみです。

 今年の創元推理文庫復刊フェア、目玉はヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』、ウィルスン・タッカー『静かな太陽の年』あたりでしょうか。『ねじの回転』はヘンリー・ジェイムズの怪奇幻想小説を集めた短篇集、『静かな太陽の年』はちょっとひねったタイムトラベルものです。

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不穏なユーモア  フリオ・コルタサル『奪われた家/天国の扉 動物寓話集』
4334753795奪われた家/天国の扉 (光文社古典新訳文庫)
フリオ コルタサル Julio Cort´azar
光文社 2018-06-08

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 『奪われた家/天国の扉 動物寓話集』(寺尾隆吉訳 光文社古典新訳文庫)は、アルゼンチン幻想文学の巨匠フリオ・コルタサルの第一作品集の邦訳です。収録作品は、アンソロジーや雑誌に既訳があるものも多いのですが、まとまった形での邦訳は初めてになります。

 兄妹が住む屋敷が何者かに占拠されるという「奪われた家」、女性の留守宅へ住む男が子ウサギを吐き出すというシュールな作品「パリへ発った婦人宛ての手紙」、美しい女性が遠くの国にいる自分の分身の境遇を感じ取るという分身小説「遥かな女 アリーナ・レエスの日記」、バスに乗り込んだ若い女性が乗客たちから奇妙な扱いを受けるという「バス」、謎の生物「マンクスピア」の世話をする男と女の日常を描いた「偏頭痛」、婚約者二人に死なれている女性と新しい婚約者の恋の行方を描く「キルケ」、死んだ妻の幻影がダンスホールに出現するという「天国の扉」、預けられた家での少女の不穏な日常を描く「動物寓話集」の8篇を収録しています。収録作品の多くに動物が登場するのが、この短篇集のタイトルの由来でしょうか。

 コルタサルの作品では、不思議な現象が突然発生しますが、それについて説明が全くされません。しかも登場人物たちもそれらの現象に対して不思議だと思っていないことが多いのです。それゆえ、何の気なしに読んでいると、何も起こらない普通小説のように読めてしまう作品もあります。
 この作品集の中で一番「普通小説」に近いのは「バス」でしょうが、この作品においても、語り手含め登場人物の動きは明らかに「異常」で、それが何ともいえない不穏な読み味になっています。

 コルタサルには「何が起きているのかはっきりしない」作品が結構あって、その最たるものが、代表的な作品「奪われた家」です。家を奪う「何者か」については全く描写されず、主人公たちの妄想とも取れるのですが、そう解釈しても、どうも収まりが悪いのですよね。
 男がウサギを吐き出す「パリへ発った婦人宛ての手紙」や、謎の生物を飼育する「偏頭痛」などは、明らかに異常な現象が起きているのがわかるので、身構えて読むのですが、そう読んだとしても話をずらされてしまうような読み心地の悪さがあり、これがまた、コルタサルの魅力でもあるのでしょう。

 コルタサルのタッチは「リアル」なので、時折冗談なのか本気なのかわからないのですが、それが明らかに「冗談」の方にグンと寄ることもあって、「偏頭痛」はまさにそんな作品ですね。
 「偏頭痛」では、主人公の男女が謎の生物「マンクスピア」を飼育していて、その生態もおかしいのですが、この男女が病弱なのか、やたらと病気にかかっているのです。それらの病気に対して架空の病名がたくさん挙げられるという、非常にユーモアの感じられる作品です。
 別の短篇集収録ですが、コルタサルには「誰も悪くはない」『遊戯の終わり』岩波文庫 収録)という短篇があって、これはセーターを着るだけの話が異界へ通じる幻想小説になってしまうという、とんでもない作品です。作者がユーモアを意図して書いたのかは不明なのですが。

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アンニュイな冒険  ピエール・ルイス『ポーゾール王の冒険』
pozoru.jpg世界大ロマン全集〈第23巻〉ポーゾール王の冒険 (1957年)
ピエール・ルイス 中村 真一郎
東京創元社 1957

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 好事家として知られたフランスの詩人・作家、ピエール・ルイス(1870-1925年)の小説作品『ポーゾール王の冒険』(中村真一郎訳 東京創元社)は、これまた人を喰ったようなユーモアにあふれたファンタジー作品です。

 ヨーロッパの架空の国トリフェームの王ポーゾールは、快楽を好む享楽主義者であり、366人の后を後宮に住まわせていました。王の娘「真白きアリーヌ姫」が「とてもやさしい男」とともに出奔してしまったことを知ったポーゾールは、官吏タクシス、小姓ジリオと共に姫の後を追いかけることになります。
 アリーヌ姫が駆け落ちした相手は、男装の女性ミラベルであったことがわかります。一方、王がいなくなった後宮では、后たちがストライキを起こしていました…。

 駆け落ちしてしまった娘を探すため、旅に出た王様の奇想天外な冒険を描いた作品です。19世紀末フランスのディレッタント作家による、アンニュイなファンタジー。
 主人公のポーゾール王は、快楽主義者で何事にも億劫になるという性格。裁判においても結果は適当にあしらってしまうような人物です。何しろ王の発布した法令はたった二つから成るものなのです。「1.隣人を無視するな。2.それがわかったら好きなことをせよ。」。
 旅の共である官吏タクシスは有能で、いち早く姫の行方を突き止めますが、娘が見つかったという報告を受けても、面倒くさがりの王は後にしろという始末です。一方、色男の小姓ジリオは、村娘や王の后に言い寄っていました…。

 「冒険」といっても、王が動く範囲はたかだか数キロ。しかも基本的に王は最後までほとんど何もせず、物語を動かすのは、姫や王妃、小姓といった周りの人物たちなのです。村や町を訪れ、そこでの見聞が王を変える…という話かと思いきや、どう読んでもやっているのは単なる旅行なのが笑えます。
 もともと「寛容」である王が、娘に対しても最終的に「寛容」になるという、何とも人を食った物語。「教訓」などは全くなく、「華美」で「怠惰」で「快楽」に満ちた物語です。これだけ軽やかなファンタジーはそうそうないのではないでしょうか。

 『ポーゾール王の冒険』は、東京創元社の《世界大ロマン全集》の一冊。冒険小説、SF、ミステリなどが主体のこのシリーズ中では、かなり異色の巻だったのではないかと思います。

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「怪奇幻想読書倶楽部 読書会」について よくある質問コーナー
 「怪奇幻想読書倶楽部 読書会」について、よくある質問をまとめてみました。参加を考えている方は参考にしていただければと思います。


◆「怪奇幻想読書倶楽部」とは?
 「怪奇幻想読書倶楽部」は、主に海外の怪奇小説・幻想文学を中心に、ファンタスティックな要素を持つ小説作品について話し合う読書会です。「文学」的な作品についても話すことはありますが、どちらかと言うと「エンタメ」寄りの作品を取り扱うことが多いです。

 毎回独自のテーマを決め、それについて話していきますが、多少テーマからずれた脱線話でも、どんどんしていただいて構いません。課題図書が指定してある場合はその本を中心に話していきますが、その場合でも、同じ著者の別の作品や連想した作品の話など、脱線してもらっても構いません。

 基本的に発言は強制しません。個人の発表などもありません。話したい人が適宜話してもらい、聞いていたいだけの人は聞いているだけでも構いません。自分が気になる話題などがあれば、その都度出してもらって結構です(その日のテーマにかかわらず)。
 「勉強会」ではなく、飽くまで本や小説作品について楽しく話すのが目的ですので、気軽にご参加いただければと思います。


◆参加人数は?
 毎回、人数は決まってはいませんが、だいたい10人前後のことが多いです。


◆年齢制限は?
 ありません。10代~60代の方まで参加されています。


◆会費は?
 人数によって変わりますが、2000円ぐらいになっています。


◆人と話すのが苦手なのですが…
 発言・発表は強制しませんので、気楽に参加できると思います。また周りの人がフォローしてくれることが多いです。
 自分の知らない作家・作品に関しても、どんな作家・作品なのか教えてほしい、と聞いたりするのもありです。


◆主催者はどんな人ですか?
 東京在住の男性。翻訳ものの小説作品、特に怪奇小説・幻想文学が好きです。


◆開催場所は?
 だいたい東京のJR巣鴨駅の近くのカフェで開催しています。


◆開催日は?
 開催日は固定ではありませんが、基本的に日曜日、その月の最終日曜日のことが多いです。開催日4週間前~3週間前ぐらいまでに、開催日とテーマについてブログ及びツィッターで告知しています。
 ブログ http://kimyo.blog50.fc2.com/
 ツィッター @kimyonasekai


◆参加希望から開催当日までの流れは?
 以下、読書会の流れについて説明しています。

1.参加希望の表明
 参加してみたい方は、以下のメールアドレスまで参加希望の旨をご連絡ください。
タイトルは「怪奇幻想読書倶楽部●回読書会 参加希望」などにしていただければと思います。
 その際、お名前とハンドルネーム(ある場合)を書いていただくと助かります。

 お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
 kimyonasekai@amail.plala.or.jp

2.開催要項の送信
 参加希望メールをいただきましたら、こちらから開催要項などを記したメールをお送りいたします。その際に、初参加の方には、簡単なアンケート(自己紹介用)をご記入いただいています。

3.アンケートの送付
 アンケートの返信をメールにてお送りください。これをもとに、参加者全員のプロフィールをまとめた参加者紹介チラシを作成します。


<開催日当日>

4.会場に集合
 集合場所に時間までに集まってください。基本的にカフェのレンタルルームで開催していますので、開始10分前ぐらいから入室が可能です。入室時に会費を集めさせていただきます。会費の中に飲み物代が含まれていますので、一人ずつ飲み物の注文をお願いしています。

5.参加者紹介
 参加者が集まりましたら、各自紹介していきます。事前にいただいたアンケートをもとに、参加者のプロフィールをまとめた紙を配布します。それを見ながら簡単に紹介していきます。その際、基本的に合いの手をはさみますので、一人でプレゼンみたいな感じにはなりません。
 参加者の名前が入った札を事前に用意していますので、それぞれの参加者の前に札立てを置きます。初めての方でも、それぞれの人の名前がわかるようになっています。

6.読書会本会
 その回に設定されたテーマを中心に、フリートークで話していきます。特に議題や流れが決まっているわけではないので、参加者が思ったことをどんどん話していただいて構いません。
 テーマもがっちり決まっているわけではありませんので、極端な話、自分が好きな本や作品について他の人の話を聞いてみたいとか、その回のテーマとは関係ない話題を出していただいても一向に構いません。

7.終了
 主催者が終了を宣言した時点で解散になります。終了後に二次会(近くの居酒屋)に行くことも多いので、参加したい方は自由にご参加ください(事前予約は不要。費用はワリカンです)。


◆持ち物は?
 特にありませんが、自分の好きな本、紹介したい本などを持ってきていただいても構いません。


◆注意事項
・タバコはご遠慮いただいています。
・飲み物を一人一つづつ注文お願いします(飲み物代は会費に含まれています)。
・レンタルルームなので、飲食物の持ち込みはご遠慮ください。
・なるべく当日のキャンセルはご遠慮ください(急な体調不良などはその限りではありません)。
・ネットワークビジネス、政治、宗教等の勧誘、また他の参加者への迷惑行為はおやめください。


◆過去の開催テーマ

 以下は、過去に開催したテーマです。参考にしていただければと思います。

第1回
怪奇幻想小説のアンソロジーをめぐって

第2回
第1部 怪奇幻想小説のアンソロジーをめぐって
第2部 《異色作家短篇集》と〈奇妙な味〉の作家たち

第3回
第1部 奇想小説ワンダーランド!
第2部 私の読書法

第4回
第1部 夢と眠りの物語
第2部 テーマなしフリートーク

第5回
第1部 リドル・ストーリーと結末の定まらない物語
第2部 ブックガイドの誘惑

第6回
第1部 欧米怪奇幻想小説入門(英米編1)
第2部 ファンタスティック・マガジン

第7回
第1部 欧米怪奇幻想小説入門(英米編2)
第2部 ラヴクラフトを読む

第8回
第1部 世界の終わりの物語
第2部 リチャード・マシスンの世界

第9回
第1部 怪奇幻想小説の叢書を振り返る
第2部 作家特集:シャーリイ・ジャクスン

第10回
第1部 H・G・ウェルズの空想世界
第2部 第10回記念企画 本の交換会

第11回
第1部 吸血鬼文学館
第2部 年間ベストブック

第12回
第1部 迷宮と建築幻想
第2部 作家特集 エドガー・アラン・ポオ

第13回
第1部 物語をめぐる物語
第2部 作家特集 ステファン・グラビンスキ

第14回
第1部 新入生に勧めたい海外幻想文学
第2部 課題図書 フィッツ=ジェイムズ・オブライエン『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)

第15回
第1部 課題図書 ジャック・フィニイ『ゲイルズバーグの春を愛す』(福島正実訳 ハヤカワ文庫FT)
第2部 参加者が選ぶ!自分だけのベスト10

第16回
第1部 スティーヴンスンの怪奇と冒険
課題図書
ロバート・ルイス・スティーヴンスン『新アラビア夜話』(南條竹則/坂本あおい訳 光文社古典新訳文庫)
ロバート・ルイス・スティーヴンスン『マーカイム・壜の小鬼 他五篇』(高松雄一/高松禎子訳 岩波文庫)
第2部 〈奇妙な味〉について考える

第17回
第1部 課題図書 レイ・ブラッドベリ『10月はたそがれの国』(宇野利泰訳 創元SF文庫)
第2部 マイ・フェイヴァリット・短篇集

第18回
第1部 課題図書
ロアルド・ダール『キス・キス』(田口俊樹訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)
ロアルド・ダール『王女マメーリア』(田口俊樹訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)
第2部 読書会結成二周年企画 本の交換会

第19回
第1部 課題図書
レ・ファニュ『吸血鬼カーミラ』(平井呈一訳 創元推理文庫)
第2部 課題図書
ワレリイ・ブリューソフ『南十字星共和国』(草鹿外吉訳 白水Uブックス)」

第20回
ダンセイニの幻想と奇想
課題図書
ロード・ダンセイニ『ペガーナの神々』(荒俣宏訳 ハヤカワ文庫FT)
ロード・ダンセイニ『二壜の調味料』(小林晋訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)」

第21回
第1部 課題図書 ジェフリー・フォード『言葉人形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』(谷垣暁美訳 東京創元社)
第2部 私の積読リスト

第22回
ブラックウッドと英国怪談の伝統
第1部 課題図書 アルジャーノン・ブラックウッド『いにしえの魔術』(夏来健次訳 アトリエサード)
第2部 課題図書 由良君美編『イギリス怪談集』(河出文庫)

第23回
ホフマンとデュマのコント・ファンタスティック
第1部 課題図書 E・T・A・ホフマン『ホフマン短篇集』(池内紀訳 岩波文庫)
第2部 課題図書 『千霊一霊物語』(前山悠訳 光文社古典新訳文庫)

第24回(予定)
異色短篇の愉しみ
第1部 課題図書 スタンリイ・エリン『特別料理』(田中融二訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)
第2部 課題図書 フレドリック・ブラウン『さあ、気ちがいになりなさい』(星新一訳 ハヤカワ文庫SF)

第25回(予定)
第1部 課題図書 『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』(創元推理文庫)
第2部 本の交換会

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幻想文学関連の評論・ノンフィクションから
 最近読んだ、幻想文学関連の評論・ノンフィクションからいくつか紹介していきたいと思います。


gennsounobigaku.jpg幻想の美学 (文庫クセジュ 310)
ルイ・ヴァックス 窪田 般彌
白水社 1961-10

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ルイ・ヴァックス『幻想の美学』(窪田般彌訳 文庫クセジュ)

 海外の幻想文学について紹介した本です。原著が1960年、翻訳が1961年と古い本ですが、非常に要領よくまとめられていて、今でも参考になる本だと思います。面白いのは文学の分野だけでなく、幻想的な美術分野についても紹介されているところ。
 ボッシュ、ブリューゲル、アルチンボルド、デジデリオ、ゴヤ、モロー、ルドン、現代に近いところでは、アンソール、ロップス、レオノール・フィニ、ダリ、デルヴォーなどが紹介されています。画像は全くなく、文章だけの本なのが残念ですが。

 さて、幻想文学の章では、各国の代表的な幻想作家と作品が紹介されています。ドイツは、ルートヴィヒ・ティーク、アヒム・フォン・アルニム、ホフマン、シュトルム、カフカ。フランスは、ジャック・カゾット、ドールヴィイ、ノディエ、バルザック、メリメ、モーパッサンなど。
 英米はさすがに多いです。ウォルポール、ラドクリフ、M・G・ルイス、スコット、ポオ、レ・ファニュ、ヘンリー・ジェイムズ、スティーヴンスン、M・R・ジェイムズ、ブラックウッド、ラヴクラフトなど。記述もこの部分が一番詳細ですね。
 その他の国では、ヤン・ポトツキ、ゴーゴリ、アレクセイ・トルストイ、コルタサル、ボルヘスなど。著者がフランス人だけに、フランス作品にも結構な記述が割かれています。

 面白いと思ったのは「M・R・ジェイムズがメリメに近いように、レ・ファニュはモーパッサンに近い。一方の二人は病人で、その不安を告白しているのに対し、他方の二人は芸術家で、冷静に恐ろしい物語を生み出すのだ。」という箇所ですね。
 レ・ファニュとモーパッサン、全然比較したこともない組み合わせの作家なのですが、確かに考えると共通点があるような気もします。これは非英米の人ならではの視点というべきでしょうか。



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エディス・バークヘッド『恐怖小説史』(富山太佳夫ほか訳 牧神社)

 「恐怖小説史」とはいうものの、原著が1921年刊行ということもあり、新しい時代(原著刊行時)の作品にはあまり触れられません。18世紀末~19世紀初頭の作品が中心です。
 ウォルポール『オトラント城』に始まり、アン・ラドクリフ、M・G・ルイス、マチューリン、ベックフォード、ウィリアム・ゴドウィン、ウォルター・スコット、メアリ・シェリーなどが主に論じられていきます。特にラドクリフはかなり詳しく紹介されていますね。M・G・ルイスやマチューリンの未訳作品についても多く触れられているほか、日本ではあまり知名度のない、ネイサン・ドレイク、イートン・スタナード・バレット、レジーナ・マリア・ローシュといった作家の珍しい作品についても言及されており、参考になります。
 本の8割方がイギリスの作品で占められていますが「アメリカの恐怖小説」という章では、C・B・ブラウン、ワシントン・アーヴィング、ホーソーン、ポオらについても触れられています。この章の中心はホーソーンでしょうか。

 全体にかなりよくまとめられている本です。主要作品のあらすじも詳しく、ブックガイドとしても読めます。その作家や作品が誰に影響を受けている…といった影響関係がこまめに書かれているのが参考になります。それだけに、新しい時代の作品にまで筆が及んでいないのが残念ですね。
 レ・ファニュ、ブラックウッド、E・F・ベンスンといった近代怪奇小説の「大物」は、結びで少し触れられるぐらいでしょうか。



433604080X異形のテクスト―英国ロマンティック・ノヴェルの系譜
横山 茂雄
国書刊行会 1998-07-01

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横山茂雄『異形のテクスト 英国ロマンティック・ノヴェルの系譜』(国書刊行会)

 18世紀末から19世紀にかけて書かれたイギリスの「ロマンティック・ノヴェル」について論じた本です。
 主に取り上げられている作品は、ウィリアム・ゴドウィン『サン・レオン』、メアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』、エミリー・ブロンテ『嵐が丘』、ジェイムズ・ホッグの『義とされた罪人の手記と告白』(『悪の誘惑』)、シャーロッテ・ブロンテ『ヴィレット』です。
 リアリズムを旨とする「ノヴェル」に対する存在として「ロマンティック・ノヴェル」という概念が置かれています。「ゴシック的」な要素がある作品にもかかわらず「ゴシック・ロマンス」という言葉を使わないのは、年代的にも「ゴシック・ロマンス」が終焉した時代の作品も含む概念だからだそうです。
 それぞれの章で一つづつ作品を取り上げ論じています。特に面白いと思ったのは、ゴドウィン『サン・レオン』、シェリー『フランケンシュタイン』、ホッグ『義とされた罪人の手記と告白』の章。『フランケンシュタイン』には『サン・レオン』の影響が強い…というのも初めて知りました。

 イギリスで起きたゴシック小説ブームの直接の火元はアン・ラドクリフであって、ホレス・ウォルポール『オトラント城』ではなかったというのもなるほどという感じでした(もちろんウォルポール作品が嚆矢ではあります)。
 アン・ラドクリフの作品は、最終的に超自然現象が合理的に説明されるという「解明される超自然」を旨としています。本当の「超自然小説」ではないところが、リアリズム信奉が強かった当時のイギリスで彼女の作品がヒットした理由ではないか、というのは目から鱗でした。
 確かに「ゴシック小説」の中には「解明される超自然」型の小説が結構あるのですよね。ただそれらも「恐怖」がメインテーマではあるので、「超自然小説」ではないかもしれないけれど「怪奇小説」ではあります。
 時代はちょっと下りますが、レ・ファニュやウィルキー・コリンズの一部のスリラー作品は「解明される超自然」が洗練されたタイプの作品なのではないかなあ、と考えたりもしました。



4562054727怖い女
沖田瑞穂
原書房 2018-01-29

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沖田瑞穂『怖い女 怪談、ホラー、都市伝説の女の神話学』(原書房)

 「怖い女」「怖い女神」の系譜を語った本です。各国の神話だけでなく、都市伝説、ホラー映画、コミック、小説などを題材に、現代にもそのモチーフが受け継がれているといいます。
 具体的には、神話そのものの他に、『リング』や『呪怨』などのホラー映画、三津田信三、貴志祐介などのホラー小説、美内すずえや山岸凉子などのホラー漫画、「ひきこさん」「テケテケ」といった都市伝説なども取り上げられています。
 各章は「怖い女」のいろいろな特徴や側面を語っていて、それぞれ興味深いのですが、「口裂け女」の系譜を語った第一章「口裂け女」と、神話の「パンドラの箱」、都市伝説の「コトリバコ」、京極夏彦『魍魎の匣』などをめぐって展開される第四章「怖い箱」は特にユニークな試みだと思いました。



4044003491人は「死後の世界」をどう考えてきたか
中村 圭志
KADOKAWA 2018-03-22

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中村圭志『人は「死後の世界」をどう考えてきたか』(KADOKAWA)

 「死後の世界」について、さまざまな宗教や神話からの考え方をまとめた本です。その範囲はギリシャ・ローマ、オリエント、キリスト教、ヒンドゥー教、仏教、イスラム教など、非常に幅広いです。
 ギリシャの「地獄」には懲罰的な要素がないとか、仏教の「地獄」とキリスト教の「煉獄」の概念は近いとか、はっとするような考え方がいろいろと出てきて参考になります。
 キリスト教の「煉獄」と「地獄」の概念がいまいち理解できなかったのですが、この本でようやく得心がいった感じです。キリスト教の「地獄」は救いの可能性がまったくない世界で、対して「煉獄」はそこでの過ごし方によって救われる可能性がある世界なのですよね。
 仏教の「地獄」は膨大な懲罰の時間を強制される世界ではあるのですが、救済の可能性は残されています。なので、仏教における「地獄」に対応するのは、キリスト教における「地獄」ではなく「煉獄」だ、との意見にはなるほどと思いました。

 死後の世界を紹介した本とか、各国の天国・地獄の概念を紹介した本とか、この手のジャンルの本を何冊か読んでみましたが、この本ほどわかりやすいものはなかったです。単なるカタログ形式のガイドではなくて、それぞれの死後に対する考え方の比較や意味などについても触れられています。
 現代編では、C・S・ルイス、トーベ・ヤンソン、ミヒャエル・エンデ、新海誠の作品に現れる死生観などにも触れられています。ファンタジーや幻想小説好きの人にとっても、参考になる本だと思います。



4309253849とんでもない死に方の科学: もし○○したら、あなたはこう死ぬ
コーディー・キャシディー ポール・ドハティー 梶山あゆみ
河出書房新社 2018-06-07

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コーディー・キャシディー、ポール・ドハティー『とんでもない死に方の科学』(梶山あゆみ訳 河出書房新社)

 いろんな人間の死に方のシチュエーションを「科学的」に検討するという、不謹慎ながらも興味深い本です。
「雷に打たれたら」とか「旅客機の窓が割れたら」とか、あり得そうなシチュエーションはもちろん、「バナナの皮を踏んだら」「無数の蚊に刺されつづけたら」などの冗談のような項目もあります。そうした冗談のような話題でも、科学的に大真面目に検討する姿勢が非常に楽しいです。
 笑える部分だけでなく、非常に参考になる部分もたくさんあります。「粒子加速器に手を突っ込んだら」「本物の人間大砲となって打ち出されたら」などでは、どのように人体に悪影響があり、どういう最期を迎えるのか、詳しく描写されていて、背筋が寒くなってしまいますね。

 一番興味深く読んだのは「乗っているエレベーターのケーブルが切れたら」の項目。どのようにしたら助かる可能性があるのか? という部分がすごく面白いです。75階分落下して生還した人がいるとか。これまた冗談のようなのですが、加速の衝撃をいちばん和らげる姿勢は「仰向け」らしいです。
 一項目あたり、5~6ページでさらっと読めるので、興味のある項目だけ拾い読みしても楽しいです。タイトルだけ見るとちょっと扇情的ですが、ためになる科学エッセイとしてお薦めしたい本です。



4781601200死なないための智恵
上野 正彦
イースト・プレス 2009-03-01

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上野正彦『死なないための智恵』(イースト・プレス)

 『とんでもない死に方の科学』とはアプローチは全く異なるのですが、法医学者、上野正彦さんのこの本も面白いので、ついでに紹介しておきたいと思います。
 こちらは、主として犯罪に巻き込まれたときに死なないためにはどうしたらいいか? というハウツーをまとめた本です。
 犯人に刃物で襲われたときの対応とか、実際に刺されてしまったときにどうしたらいいのか? とか、すごく実用的な知識がつまっています。片刃と両刃で刺されたときの傷口の違いの図解が載っているのは、この本ぐらいじゃないでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第16回読書会 参加者募集です
4334751393新アラビア夜話 (光文社古典新訳文庫)
ロバート・ルイス スティーヴンスン Robert Louis Stevenson
光文社 2007-09-06

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4003725069マーカイム・壜の小鬼 他五篇 (岩波文庫)
スティーヴンソン 高松 雄一
岩波書店 2011-12-16

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 2018年8月26日(日曜日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第16回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp


開催日:2018年8月26日(日曜日)
開 始:午後13:30
終 了:午後17:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ
参加費:2000円(予定)
テーマ
第1部:スティーヴンスンの怪奇と冒険
課題図書
ロバート・ルイス・スティーヴンスン『新アラビア夜話』(南條竹則/坂本あおい訳 光文社古典新訳文庫)
ロバート・ルイス・スティーヴンスン『マーカイム・壜の小鬼 他五篇』(高松雄一/高松禎子訳 岩波文庫)
第2部:〈奇妙な味〉について考える

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※読書会について、よくある質問をまとめています。気になる方はこちら


 第1部のテーマは「スティーヴンスンの怪奇と冒険」と題して、ロバート・ルイス・スティーヴンスン(1850-1894)の作品を読んでいきたいと思います。スティーヴンスンは、『宝島』を始めとした冒険小説で有名な作家ですが、怪奇幻想的な作品にも名作をいくつか残しています。
 この分野で一番有名なのは『ジキル博士とハイド氏』ですが、今回は、隠れた名作ともいうべき連作短編集『新アラビア夜話』と、幻想や奇想にあふれた短篇を含む作品集『マーカイム・壜の小鬼 他五篇』を取り上げたいと思います。

 第2部のテーマは「〈奇妙な味〉について考える」。
 江戸川乱歩が提唱したことで知られる概念〈奇妙な味〉。当時、乱歩が考えていたのは、ロバート・バー『健忘症連盟』、ロード・ダンセイニ『二瓶の調味剤』、ヒュー・ウォルポール『銀仮面』といった、とぼけたユーモア、残酷趣味、人間の異常心理など、それまでのジャンルでは区分しきれない、新しいタイプの作品でした。そしてまた、現在に至ってもそれに類する作風の作品は書かれ続けているのです。
 現在でも、多様な意味合いを持って使われる〈奇妙な味〉。その魅力について探っていきたいと思います。併せて、類似概念である「異色短篇」や「異色作家」、また《異色作家短編集》についても話していきたいと思います。

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現実と夢想  ジャック・フィニイの作品世界
 アメリカの作家、ジャック・フィニイ(1911-1995)は、ミステリ、サスペンス、SF、ファンタジーなど、多様な作品を書いた作家です。その本領は「過去への郷愁」や「ノスタルジー」をベースとしたファンタジーにあり、長編では『ふりだしに戻る』、短編集では『ゲイルズバーグの春を愛す』が、その最良の部分が表れた作品といえるでしょうか。

 「過去への郷愁」「ノスタルジー」といった言葉を使うと、願望充足的な作品を思い浮かべる人もいるかと思います。確かにそうした面もあるのですが、フィニィの作品では単純な願望充足で終わる作品は意外に多くありません。「願望」や「夢」が成功したとしても、そこには一抹の「ほろ苦さ」があるのです。
 その「ほろ苦さ」は、ミステリ・サスペンス系の作品でも同様です。作中で描かれる計画が失敗することもあれば、成功したとしても主人公たちの胸中には苦い思いが残る…というパターンが多いのです。
 その意味で、フィニィは単なる理想主義者ではなく、現実を認識したうえでのロマンティストといっていいかもしれません。その現実と理想とのはざまで描かれる作品世界にこそ、フィニィ作品の魅力があるのです。
 今回は、そんなジャック・フィニィ作品について見ていきたいと思います。



4152087587レベル3 (異色作家短篇集)
ジャック フィニイ Jack Finney
早川書房 2006-09-01

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『レベル3』(福島正実訳 早川書房)

 「過去への郷愁」が「時間旅行」と結びついたファンタジーが多く収められた短編集です。同じ「時間もの」作品でも、SF風、ファンタジー風、コメディ風、ホラー風と、見せ方に工夫が凝らされているところが楽しいですね。

 存在しないはずの地下三階をめぐる「レベル3」、未来からやってきたらしい夫婦を描く「おかしな隣人」、時間の狂いをドキュメンタリー風に語る「こわい」、別世界への切符を手に入れた男を描く「失踪人名簿」、互いに想像を凝らす恋人たちの物語「雲のなかにいるもの」、過去の妄念が時間を越えて幽霊として現れる「潮時」、願いをかなえる植字機によって世界を変えようとする「ニュウズの蔭に」、未来から持ち込んだ飛行機で南北戦争に勝とうとする「世界最初のパイロット」、同じロマンス小説を読んだ男女のロマンティック・コメディ「青春一滴」、車好きの青年が復元したクラシックカーが過去に迷い込むという「第二のチャンス」、風で飛ばされた書類を取るためにビルのへりを歩くことになるという「死人のポケットの中には」の11篇を収録しています。

 フィニィの「時間もの」作品では、当時の服や持ち物を身につけその時代の人間になりきる…という「ジャック・フィニィ型タイム・トラベル」が有名ですが、短篇では、「おかしな隣人」のように、機械(タイム・マシン)による時間移動も描かれていますね。
 現実からの脱出、というテーマの作品が多く見られますが、主人公たちは必ずしもそれに成功するわけではない…というところが、また味わいがあります。一度きりの現実からの脱出に失敗してしまうという「失踪人名簿」の結末はほろ苦さにあふれています。

 歴史改変小説とも読めるのが「潮時」「第二のチャンス」です。「潮時」では主人公の前に「幽霊」が現れ、それがまだ生きている人間の過去の姿であることがわかります。当人から過去の重大な決断を聞かされた主人公は、自らもまた決断をすることになります。その結果得られたものと失われたものとは?
 「第二のチャンス」では、車好きの青年が壊れた古い車を手に入れます。それは数十年前に事故で運転手が亡くなったという車でした。修理によって当時の姿を取り戻した車でドライブをしていた青年は、過去に迷い込んだことに気がつきます。青年が過去に現れたことにより、ある家族の運命が変わるのです。
 「第二のチャンス」は希望にあふれた作品で、フィニィ作品の一般的なイメージとしては正にぴったりの作品です。対して、同じような過去改変テーマを扱っていても「潮時」は、多少ペシミスティックな味わいのある作品ですね。
 人間のどんな選択も、それが正しいかどうかはわからない…という「潮時」を読むと、フィニィが単純なロマンティストではないことがわかります。「現実」を認識したうえでの「夢想家」、かすかな皮肉と憂愁をたたえた部分もまた、フィニィの魅力といっていいのかもしれません。



4150200262ゲイルズバーグの春を愛す (ハヤカワ文庫 FT 26)
ジャック・フィニイ 福島 正実
早川書房 1980-11-01

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『ゲイルズバーグの春を愛す』(福島正実訳 ハヤカワ文庫FT)
 収録作品がバラエティに富んでいるのは『レベル3』と同様ですが、洗練度はこちらの方が上でしょうか。ロマンティックな「愛の手紙」の印象が強いですが、コメディやホラー風の作品などもあり、名短篇集といっていい作品集です。

「ゲイルズバーグの春を愛す」
 イリノイ州ゲイルズバーグで起こる不思議な事件を、ドキュメンタリータッチで描いた作品です。古き良き街で頻発する不思議な現象の目的は一体何なのか?
 「過去」の力は「現在」よりも強い…。フィニィ作品に共通する「過去への郷愁」がもっとも物理的・攻撃的な形で現れるという、その意味でユニークな作品です。

「悪の魔力」
 街歩きが趣味の「ぼく」はある日、マジック・ショップで入荷したばかりという不思議な眼鏡を手に入れます。それをかけると女性の服が透けて見えるのです。同じく街歩きが趣味の同僚フリーダをその眼鏡で覗いた「ぼく」は驚きますが…。
 不思議な道具の効果とその顛末を描きながら、「ぼく」と友人フリーダとの恋愛模様が同時進行するという、ロマンス風味の強い作品です。街歩きとものづくりが趣味だというフリーダのキャラクターが魅力的ですね。

「クルーエット夫妻の家」
 富裕なクルーエット夫妻が過去の家の図面に魅せられたことから、その過去の様式で家を建てるという物語。実業家であり非常に現実的であった夫妻が、家の影響でだんだんと外界との接触をなくしていく…という、ある意味ホラーチックな展開もユニーク。

「おい、こっちをむけ!」
 作家マックス・キンジェリーは、才能豊かながら経済的にも恵まれず不遇な日々を送っていました。彼の友人になった「わたし」は妻ともども、彼の面倒をいろいろと見てやっていたのです。しかし「わたし」が家をしばらく空けている間に、マックスは流行性感冒であっさりと死んでしまいます。彼の死後半年して「わたし」は、街中でマックスの「幽霊」を見かけます。マックスは何のために現れたのか…?
 死んだ友人が幽霊となって現れるという、お話としては単純な作品なのですが、作家としての矜持を持つマックスと、それを理解する「わたし」との友人関係、また作家と批評家としての関係性が全体に流れており、読み応えのある作品になっています。
 霊となって現れるという執念がありながらも、この世に残せるものがない…というマックスの姿が非常に哀感を感じさせます。彼が最後に残した「もの」とは何だったのか? 様々な解釈ができそうな、深みを持った短篇といえますね。

「もう一人の大統領候補」
 語り手の「私」は友人チャーリイを大統領候補になってもおかしくないと男だと断言します。チャーリイの少年時代のエピソードの中でも最大の事件は、脱走した虎に催眠術をかけるというものでした…。
 チャーリイは本当に虎に催眠術をかけたのか? 利発な少年の活躍もさりながら、彼の活躍を描く「私」の語り口にもユーモアが感じられる楽しい作品です。

「独房ファンタジア」
 死刑執行が近づいた若いメキシコ人の死刑囚ペレスは、絵を描くための道具と、独房の壁に壁画を描きたいという請願書を典獄に提出していました。
許可が下りるとペレスはさっそく壁に絵を描き始めます。時間が経つにつれ、その絵がドアを描いたものだということが判明しますが…。
 死刑執行までに絵は完成するのか? ペレスの意図は何なのか? 死刑執行までのタイムリミット・サスペンスでもあり、そのファンタスティックな結末も魅力的です。

「時に境界なし」
 物理学の助教授ウェイガンは警察のイリーン警部に呼び出されます。捜査の手伝いをしてほしいというイリーンはいくつかの事件を語り始めます。
 どの事件でも、容疑者は消えたきり行方が杳として知れません。彼らは「過去」へ逃亡したのではないかと話すイリーンに対し、ウェイガンは困惑しますが…。
 「過去」へ行ってしまった容疑者に対してさえ執念を燃やすイリーン警部のキャラクターが強烈です。彼の取った最終的な手段とは…?

「大胆不敵な気球乗り」
 チャーリイは妻子が留守の間、ふと空を飛びたいという衝動にかられます。百科事典の気球の項目を読み、さっそく気球を自作し完成にこぎつけたチャーリイは、夜になるのを待って気球で空に上がります。
 飛行している姿を、近所に住むレニダス夫人に目撃されたチャーリイは、次の夜、彼女から一緒に気球に乗せてほしいと懇願されます。やがて二人は気球で夜の冒険に出かけることになりますが…。
 深夜、気球で大空を飛ぶ男女二人組を描いた、大人の童話ともいうべき作品です。この二人がそれぞれ既婚者でありながら、恋愛感情が絡まず、純粋に「憧れ」を共有する…というスタンスが良いですね。結末も非常に洒落ています。

「コイン・コレクション」
 結婚して四年になる「私」は、妻マリオンへの態度が原因で彼女を怒らせてしまいます。ある日「私」はズボンのポケットに、見たことのない十セント銀貨が紛れ込んでいるのに気がつきます。銀貨にはウッドロー・ウィルソンが描かれていましたが、「私」はそれを新しい硬貨だと思い、その銀貨で新聞を買います。その直後「ココ・クーラ」と描かれたペンキ塗りの広告を目撃した「私」は自分が別の世界に来たことを確信します。自宅に戻った「私」を出迎えたのは妻である「ヴェラ」でした…。
 銀貨を媒介に訪れたのは、かっての恋人と別れずに結婚していたら…というパラレルワールドだったのです。その世界では様々なものが「現実」とは違っており、作家たちの寿命が延びた結果、知られざる新作が書かれたりもしています。
 日常的に別世界の硬貨が日常に紛れ込んでおり、また別の世界への移動の可能性も匂わせていたり、設定に厚みがありますね。

「愛の手紙」
 「ぼく」は、古道具屋で時代ものの机を手に入れます。机は取り壊し中のヴィクトリア朝風の大きな邸から出たもので、三段の小抽斗がついていました。ある夜抽斗を触っていた「ぼく」は、奥に隠し抽斗があることに気付きます。
 抽斗に隠されていたのは手紙でした。ヘレンという結婚間近の娘が、空想上の恋人に向かって書いた手紙らしいのです。ふと手紙に返事を書くことを思いついた「ぼく」は、返事をしたためると、当時の切手を貼り、古い郵便局のポストに投函します。
 その後二番目の隠し抽斗に隠されていた古びた手紙を見て「ぼく」は驚きます。自分が出した手紙に対し、1880年代にいるはずのヘレンの返事が入っていたのです…。
 過去の「物」を媒介にして過去とつながる…というフィニィお得意のテーマの作品ですが、ここでは人は移動できず、移動できるのは手紙だけ、という状況が描かれます。しかもやりとりできるのは抽斗の数だけ。つまり、手紙のやりとりも数通しか出来ないのです。その数通の手紙の中で、互いに恋愛感情を抱く男女ですが、その結末は悲恋に終わらざるを得ません。しかしそこに悲愴な感覚がないのは、フィニィの作家性ゆえでしょうか。「障害」は恋愛小説の要諦ともいえますが、ここで恋人たちを隔てるのは「時間の壁」なのです。
 時間テーマの作品はロマンスと相性がいいと言われますが、その中でも屈指の名編といっていい作品ではないでしょうか。



4150200025夢の10セント銀貨 (ハヤカワ文庫 FT 2)
ジャック・フィニイ 山田 順子
早川書房 1979-02-01

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『夢の10セント銀貨』(山田順子訳 ハヤカワ文庫FT)

 29歳の男性ベンは、結婚して四年になる妻ヘティとの間に倦怠期を感じていました。ある日ズボンのポケットに、ウッドロー・ウィルソンが描かれた硬貨を見つけたベンは、ニューススタンドでその硬貨を使った直後、周りの光景がいつもと違っていることに気がつきます。
 生産をやめたはずの車が走り、勤め先のビルがなくなっていたのです。ベンは自分が「現実」とは異なる世界に来ていることに気付きます。自宅に戻ると、そこにいた妻は、かっての恋人テシーでした。この世界では、ベンはヘティとは出会わずテシーと結婚していたのです。
 テシーとの生活を楽しむベンは、この世界では発明されていない品物の特許をとって大もうけしようと考え、さっそく弁理士事務所にコンタクトをとります。現れた弁理士はかっての知り合いカスターでした。カスターを自宅に招待したベンは、カスターが連れてきた婚約者の女性を見て驚きます。女性はかっての「妻」ヘティだったのです。結婚を予定しているという二人に嫉妬したベンは、彼らの仲を裂こうとあれこれ策略をめぐらしますが…。

 主人公が、それぞれ別の妻がいるパラレルワールドを行き来するという、どたばたファンタジーコメディです。短篇「コイン・コレクション」『ゲイルズバーグの春を愛す』収録)を長編化した作品で、序盤の展開は、ほぼ短篇版を踏襲しています。大きく異なるのは、短篇版には出てこないカスターというキャラの存在です。
 後半は、ヘティをめぐってのカスターとの争いがメインになり、スラップスティック色が濃くなっていきます。パラレルワールドの妻テシーは魅力的な女性として描かれるものの、ヘティが別の男と結婚しようとしていることがわかると、主人公の注意はそちらに完全に移ってしまいます。
 傑作とはいいにくい作品ではあるのですが、もちろん読みどころもいろいろあります。短篇では細かいところまで描かれなかったパラレルワールドの世界観や主人公夫婦の日常生活の描き込みなどは密になっており、読み応えは増していますね。
 とくにパラレルワールドの設定は面白いです。あるはずのものがなかったり、逆にないはずのものがあったりします。また、かっての知り合いが別の形で出てきたり、有名な映画俳優がこの世界では一般人として暮らしていたりするのです。
 後半は、パラレルワールド間の移動を利用して大金を手に入れようとしたり、移動が原因でのっぴきならない状態に陥ったりと、お話としては動きが多く読ませます。
 正直、主人公がかなり「身勝手」なキャラなので、好き嫌いは分かれると思いますが、ファンタジーコメディとして面白い作品です。



4042735037マリオンの壁 (角川文庫)
ジャック フィニイ Jack Finney
角川書店 1993-02

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『マリオンの壁』(福島正実訳 角川文庫)

 ニックと妻のジャンが移り住んだのは、かってニックの父親が若い頃住んでいたという家でした。家の壁紙をはがすとそこに現れたのは「マリオン・マーシュここに住めり」という文字。ニックの父親は、かって自分の恋人であったマリオンが書いたものだと話します。
 才能があったものの奔放な性格だったマリオンは、女優として成功するためハリウッドに行きたいと言います。その件で、ニックの父親と喧嘩し、直後に事故で死んでしまったというのです。マリオンが出演した映画をテレビでたまたま目にしたニックとジャンは、彼女の魅力に捕えられます。
 映画を見た直後、ジャンの様子が豹変します。自分はマリオンだと言い出したのです。どうやら映画女優の幽霊がジャンに取り憑いたらしいということを認識したニックは、マリオンの魅力に惹かれながらも、妻に対する裏切りになるのではないかと疑問を抱き始めます…。

 映画女優の幽霊に取り憑かれた妻とその夫を描く、ロマンティックなファンタジーコメディ小説です。
 本来おとなしい性格の妻ジャンと、映画女優マリオンが憑依したときの奔放な性格のギャップが読みどころです。妻を愛しながらも、マリオンのコケティッシュな性格にも惹かれてしまう夫ニックの逡巡が描かれます。
 マリオンは役者であり、憑依した状態で本来の人格ジャンのふりをしたりもするのだから非常にややこしい。やがてマリオンは自分の生前の夢をかなえるために、ニックとジャンに協力しろと言い出します。ついにはマリオンだけでなく、ニックにもある映画俳優が憑依することになります。
 マリオンの夢は実現するのか? ニックと妻ジャンとの関係は元に戻るのか? 不思議な三角関係が描かれるのと同時に、背景には1920年代のサイレント映画への作者フィニィの憧れの念が描かれます。やがてそれらの二つの流れがひとつになるという結末は非常に見事。
 フィニィの他の作品でも見られる、過去への郷愁は本作でも描かれますが、それがノスタルジックな作品のテーマとも連動しており、嫌味になっていません。非常に肩の力が抜けた感のある作品で、主人公(?)マリオンのキャラの魅力とも相まって、フィニィ作品の傑作の一つといっていいかと思います。



4042735010ふりだしに戻る〈上〉 (角川文庫)
ジャック・フィニイ 福島 正実
角川書店 1991-10-01

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4042735045フロム・タイム・トゥ・タイム―時の旅人 (角川文庫)
ジャック フィニイ Jack Finney
角川書店 1999-01

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『ふりだしに戻る』(福島正実訳 角川文庫)
『時の旅人』(浅倉久志訳 角川書店)(文庫化名『フロム・タイム・トゥ・タイム 時の旅人』角川文庫)

 1970年のニューヨーク、広告代理店でイラストの仕事をしているサイは、訪ねてきたルーブから奇妙な誘いを受けます。彼はある計画の候補者としてサイが選ばれたことを話します。サイが訪れた古いビルの地下には、1920年代の住宅街の精巧なセットが作られていました。
 このプロジェクトの目的は、過去の特定の時代に現代の人間を送り込むことだったのです。サイは、女友達ケイトの養父の父の自殺現場に残された青い封筒の謎を突き止めるため、1880年のニューヨークへ旅立ちますが、過去で出会った女性に恋をしてしまいます…。

 過去のある場所にいると思い込むことで、タイムトラベルをするという、フィニィ独自のタイムトラベル方法が使われている作品です。女友達ケイトの養父の父が自殺したという謎や、主人公が参加することになる国家的プロジェクトに関わる陰謀などもあるものの、作品のメインとなるのは、過去の時代・街に対する主人公のノスタルジーと、過去の時代の女性とのラブストーリーです。
 実際、作中の大部分で19世紀末の写真やイラストなどがこれでもかとばかりに紹介され、街の細かい描写が続きます。フィニィの「過去への郷愁」が最も強く出た作品といえますね。

 続編『時の旅人』では、サイが再びタイムトラベルを行います。前作よりも「歴史改変もの」的な要素が強くなっていますね。前作から20年以上時間が空いていることもあり、作品の感じも大分異なっています。正直、こちらは無理に読まなくてもいいかも。



4150116369盗まれた街 (ハヤカワ文庫SF フ 2-2)
ジャック・フィニイ ハヤカワ・デザイン
早川書房 2007-09-20

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『盗まれた街』(福島正実訳 ハヤカワ文庫SF)

 小さな街サンタ・マイラで医者を務めるマイルズは、かって思いを寄せていた女性ベッキィの訪問を受けます。ベッキィは、彼女の従姉妹ウィルマについての相談のためやってきたと言います。ウィルマは、父親であるアイラ伯父が本物でないと話しているというのです。
 マイルズは直接ウィルマから話を聞き、アイラ伯父に会ってみたものの、特におかしな点は感じることができません。似たようなことを訴える患者が増えてきたことについて、精神医学の権威であるマニーは、集団ヒステリーではないかと話します。
 そんな折、マイルズは街に住む作家ジャックから連絡を受けます。ジャックの家を訪れたマイルズは、そこにあった人間の死体らしきものに驚きます。しかもよく見ると、それは死体ではなかったのです…。

 小さな街で、家族が偽者になってしまったと訴える人間が急激に増えてきます。訴える人によれば、記憶も人格も体に残った傷跡さえも同じながら、何かが決定的に違うというのです。集団ヒステリーかと思われた事件は、やがて深刻な局面を迎えることになります。身近な人、大切な家族が、いつの間にか「何か」と入れ替わっている…という不安感が支配する序盤のサスペンスは強烈です。
 具体的に何がおかしいのかもわからず、入れ替わったと思われる「何か」の正体も全くわからないのです。
 後半、その「何か」の正体は判明するのですが、今度はその「何か」が自分と入れ替わって自分の存在が消滅してしまう…というアイデンティティーに関わる不安が前面に出てきます。

 侵略SFの古典的作品ですが、今読んでもそのサスペンスと恐怖感は強烈です。侵略SFは数あれど、この作品ほど、原初的な不安感・恐怖感にあふれた作品は少ないのではないでしょうか。作品発表時のアメリカの政治状況と絡めて語られることもある作品ですが、そうした文脈を抜きにしても、非常に面白く、ホラー小説としてみても第一級の作品です。


kotoba.jpg
ことば四十八手 (1980年) (楽しみと冒険〈9〉)
井上 ひさし
新潮社 1980-01

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「従兄レンの驚異の形容詞壺」(田村義進訳 井上ひさし編『楽しみと冒険9 ことば四十八手』新潮社 収録)

 ジャーナリストである従兄レンは、質流れの店で不思議な壷を買ってきます。消火栓に似た形のその壷を「ぼく」もレンも塩壷だと思っていました。ある日レンがコラムを書いた後、壷をいじっていると、いつの間にかコラムの文章が変わっていることに気がつきます。
 文章から形容詞と副詞が削られており、しかも文章は引き締まっていました。壷は形容詞と副詞を吸い取る「形容詞壷」だったのです。「形容詞壷」を利用して書いたレンのコラムはどんどん評価を上げていきますが…。

 短篇集『レベル3』が翻訳されるときに割愛されてしまった短篇なのですが、これが実に味わいがあって良い作品なのです。
 文中に、レンが書いた文章が記され、実際に「形容詞壷」によって削られた文章も引用されます。それがちゃんと引き締まった文章になっているのが説得力がありますね。文章を書くときの指針としてもためになる作品です。
 初訳は『ミステリマガジン1978年3月号』(田村義進訳 早川書房)。後に、井上ひさし編『楽しみと冒険9 ことば四十八手』(新潮社)にも再録されています。『ことば四十八手』は様々なことばに関する文章を集めたアンソロジーで、文章技術としての面白さも勘案されて再録されたものでしょうか。



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五人対賭博場 (1977年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジャック・フィニィ 伊東 守男
早川書房 1977-01

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『五人対賭博場』(伊東守男訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

 19歳の大学生「ぼく」ことアルと、その友人ブリック、ガイ、ジェリーは、学生生活に鬱屈していました。何か大それたことがやりたいという彼らは、冗談交じりに賭博場を襲ったら…ということを話し合っていました。
 ウェイトレスのティナに入れ込むアルは、彼女のために大金が欲しくなり、襲撃計画を本気で考え始めます。ティナを加えた5人は、それぞれの事情から、やがて計画に本気で取り組み始めます。襲うのはネバダ州レノ、巨大な賭博場「ハロルド・クラブ」。厳重な警備の中、彼らの計画は成功するのか…?

 賭博場を襲撃し大金を盗み出そうという計画を描いたサスペンス作品です。
 主人公たち5人が賭博場襲撃計画のプランを立て、実現可能な案を考えていく過程がじっくり描かれます。アルバイトで務めたことのある者の経験や、実際に偵察に訪れたりと、計画が煮詰まっていく流れは、高揚感にあふれており楽しいところです。
 しかし考え方の違いから、5人の中にも不穏な空気が流れ始めます。計画の中止はできず、そのまま襲撃計画を実行することになりますが、さらにアクシデントが起こり、計画遂行の雲行きも怪しくなっていくのです。
 若者たちが大それたことをしたい…という序盤から、青春小説的な要素が濃いのですが、結末で彼らが遭遇することになる「現実」は、非常に苦い味わいです。ほろ苦さはフィニィ作品の常ではあるのですが、この作品のそれは一際強烈で、フィニィ作品の中でもいちばんと言っていいのではないでしょうか。



4150720541完全脱獄 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジャック・フィニイ 宇野輝雄
早川書房 2007-09-26

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『完全脱獄』(宇野輝雄訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

 詐欺の容疑でサンクェンティン刑務所に収監されていたアーニー・ジャーヴィスは、脱獄をしようとして失敗し、しかも直後に看守を殴ってしまいます。その結果、法律上は死刑になる可能性があることに気付いたアーニーは、面会に訪れた弟ベンに脱獄の協力を要請します。
 ベンはアーニーの婚約者ルースと共に脱獄の計画を進めます。夫婦であると偽って刑務所の近くに家を借りた二人でしたが、折悪しく、すぐそばには刑務所に勤める刑務官ノヴァも住んでいました。不安を抱えながらも、脱獄計画をスタートさせる二人でしたが…。

 死刑になる可能性のある兄を救うために、兄の婚約者とともに兄を脱獄させようとする弟の物語です。脱獄の過程だけでなく、登場人物同士の心理にも多く触れられており、読み応えのある作品ですね。
 脱獄計画自体はわりとシンプルで、その計画の過程も地味に面白いところなのですが、それ以上に目を引くのが、登場人物たちの関係性です。収監されているアーニーは、一見魅力的ながら自尊心が異様に高く、後先をあまり考えない性格。弟のベンは逆に思慮深い性格です。
 あまりに思慮のないアーニーの行動に失望したルースは、ベンに惹かれていきます。ベンもまた義務の念からアーニー救出をしようとしますが、ルースに惹かれていくのを止めることはできません。不穏な思いを抱えながら計画を成功させることができるのか?

 救出される囚人が、ある種の「ならず者」なのがポイントで、計画の成否と同時に、「ならず者」アーニーが問題を引き起こさないか、ハラハラドキドキするという意味のサスペンスもありますね。
 脱獄計画自体もわりと小粒、主な登場人物たちも少数(登場人物表は5人のみ)なので、非常に読みやすい作品になっています。小粋なサスペンスといっていい作品です。



4150010099クイーン・メリー号襲撃 (ハヤカワ・ミステリ 1009)
ジャック・フィニイ 伊藤 哲
早川書房 1967-11

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『クイーン・メリー号襲撃』(伊藤哲訳 ハヤカワ・ミステリ)

 青年ヒューは、ついた仕事がどれも長続きせず、心の奥では冒険を求めていました。そんな折、再会した海軍時代の友人ヴィックは、冒険と大金が手に入る機会があると、ヒューをある計画に誘います。
 計画の立案者フランクは、計画について語ります。それは第一次大戦時に沈んだ潜水艦Uボートを引き上げ、その潜水艦を使って豪華客船クイーン・メリー号を襲撃する、というものでした。しかし40年以上海に沈んでいた潜水艦はそのままでは使えません。彼らは協力し、潜水艦に修理を施そうとしますが…。

 豪華客船クリーン・メリー号を襲撃し、莫大な金銭を奪い取ろうとする男たちの奇想天外な計画を描く、犯罪サスペンス作品です。
 潜水艦で客船を襲って大金を奪う…という、かなり単純な犯罪計画ではあるのですが、その過程や登場人物たちのやり取りが詳細に描かれ、飽きさせません。そもそも計画の実行が始まるのが、作品もかなり後半になってからなのです。それまでは、計画の準備が丁寧に描かれていきます。
 古い潜水艦が壊れていないのか、バッテリーは使えるのか、動力はどうするのか、といった問題を一つ一つクリアしていく過程は地味ながら面白く読ませます。並行して、主人公たちの性格や軋轢も描かれていきます。一味の紅一点ローザをめぐっての、主人公ヒューと船長モレノの対立も読みどころの一つ。
 冒険とロマンを求める主人公ヒューですが、計画の実行段階に及んで、現実と夢との落差を実感することになります。モラルを捨てて富を手に入れるのか?自らの正義感を守るのか?
 奇想天外な犯罪の一部始終を描く犯罪小説であり、青年の夢の実現と挫折を描く青春小説でもある作品です。読み終えた後に残るほろ苦さには、独特の味わいがありますね。



yorunobouken.png夜の冒険者たち (1980年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジャック・フィニイ 山田 順子
早川書房 1980-09

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『夜の冒険者たち』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 法律事務所に勤める青年リュウは、仕事も順調、恋人ジョーとの仲も問題ない状態ながら、鬱屈したものを抱えていました。ある夜眠れなくなったリュウは深夜一人で散歩に出かけます。夜の街の魅力に捕えられたリュウは、ジョーの他、親友ハリーとそのパートナーシャーリーの4人での深夜の散歩を提案します。
 無人の高速道路での大騒ぎを皮切りに、警官との追いかけっこを体験した4人の行動はエスカレートしていきます。それはやがて犯罪すれすれの行動にまで発展しますが…。

 夜の都会を舞台に、4人の男女の冒険を描くサスペンス作品です。
 序盤は若者たち4人が、深夜の街を散歩する…という、ロマンティックながら、いささか退屈しかねない展開なのですが、やがてスリルを求める彼らの行動がエスカレートしていき、警官との追跡が始まるに及んで、俄然サスペンスが高まってきます。
 基本的に主人公たちが行うのは「いたずら」なのですが、それを理解しない警官たちとの間に軋轢を引き起こしてしまいます。引くべきところでも相手を挑発してしまい、事態は悪化していきます。しかし4人は中途半端に「いたずら」をやめようとはしません。
 主人公たちは、最後の最後まで「いたずら」を繰り返し、結末では非常に大掛かりな「いたずら」を計画します。いい大人が子供のようないたずらを繰り返すという、ある意味「子供っぽい」物語ではあるのですが、その一貫性が非常に心地よいのです。
 舞台となる夜の街も非常に雰囲気があります。中盤で展開される深夜の図書館への侵入は何とも魅力的。サスペンスというべきか冒険小説というべきか。言うならば「大人気ない大人の冒険小説」。フィニィならではの不思議な味わいの作品です。


フィニィのオマージュおよび関連作品についても、いくつか紹介しておきたいと思います。



4488612067万華鏡 (ブラッドベリ自選傑作集) (創元SF文庫)
レイ・ブラッドベリ 中村 融
東京創元社 2016-10-20

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レイ・ブラッドベリ「狐と森」(中村融訳『万華鏡』創元SF文庫 収録)

 ジャック・フィニィの短篇「おかしな隣人」の中で言及されるレイ・ブラッドベリの短篇です。タイトルは言及されず、内容だけが紹介されるのですが、ほぼこの作品と断定してよいかと思います。

 国家が国民を管理する未来社会で、タイムマシンで時間旅行を許された夫婦が偽名を使い、現代のメキシコに逃げ込みます。しかし秘密警察の追っ手らしき男が現れ…という物語です。
 読んでいて、なるほど、フィニィの「おかしな隣人」の発想元はこれか…と思わせる作品です。ただ、ブラッドベリ作品に比べ、フィニィの料理の仕方はユニークです。フィニィの方は、未来社会に失望した国民たちが皆過去に逃げ出してしまい、国が成り立たなくなってしまうのです。
 飽くまで生真面目なブラッドベリ作品と、風刺的な目を失わないフィニィ作品、それぞれの作家の特徴がよく出ていて面白いですね。



4150308039サマー/タイム/トラベラー (2) (ハヤカワ文庫JA)
新城 カズマ
早川書房 2005-07-21

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新城カズマ『サマー/タイム/トラベラー』(ハヤカワ文庫JA)

 時間跳躍能力を持ったヒロインとその仲間たちをめぐる青春小説です。作中でヒロインの能力を知った仲間たちが、タイムトラベルを扱ったフィクションを集めて研究するというくだりがあって、非常に楽しいです。
 『ジェニーの肖像』『リプレイ』『トムは真夜中の庭で』など、沢山のタイムトラベル作品が言及されるのですが、中でも、ジャック・フィニィ作品の言及が多いのです。登場人物がさりげなく『ゲイルズバーグの春を愛す』を読んでいたり、浴衣の柄が『ゲイルズバーグの春を愛す』の表紙画になっていたり。
 浴衣の柄に関しては、二巻の表紙(全二巻です)が、ちょうどヒロインがそのフィニィ柄の浴衣を着ているイラストになっているという凝り様です。また、登場人物たちもフィニィ作品は別格として扱っているようで、セリフの端々にそれが見られますね。
 作中から一部引用してみましょう。

 「フィニィ的思考の勝利だわ」謳うように、響子の御託宣。「過去への憧れ。失われたものへの想い。『ふりだしに戻る』-『レベル3』-『愛の手紙』。でなきゃマシスンの『ある日どこかで』とか。過去を望まない人間がいるかしら?それこそお目にかかりたいものだわ!」

 登場人物たちがタイム・トラベル作品を分類した表が実際に載せられているのですが、その分類の仕方がユニークです。縦軸が「過去が改変可か不可か」、横軸が「悔恨欲と俯瞰欲」で、4つに区切られた表に作品が分類されています。
 例えば、ウェルズ『タイム・マシン』は俯瞰欲が優勢で過去改変は不可、フィニィ「愛の手紙」は悔恨欲が優勢で過去改変可に分類されています。「過去の改変」はともかく「悔恨欲と俯瞰欲」という分類は非常にユニークですね。でも言われてみると確かにうなずける考え方ではありますね。



409408134820世紀の幽霊たち (小学館文庫)
ジョー ヒル Joe Hill
小学館 2008-09-05

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ジョー・ヒル「黒電話」『20世紀の幽霊たち』小学館文庫 収録)

 少年ジョン・フィニィは、誘拐犯アルにさらわれ地下室に閉じ込められてしまいます。地下室内に黒い旧式の電話があるのを見つけますが、その電話線は切られていました。数日後、希望を失いかけたフィニィは、切られているはずの電話が鳴っているのに気づきます…。
 作風的には全くフィニィとは異なる作品なのですが、フィニィへのオマージュがところどころに見られます。
 主人公の少年の名前がフィニィであり、作中でも名前のジョンではなく苗字のフィニィで描写されます。殺人鬼の通称が〈ゲイルズバーグの人さらい〉だったりと、ジャック・フィニィを意識した作品です。実際作者のあとがきでも、フィニィに対し最大級の賛辞を送っています。
 お話は、つながるはずのない電話から聞こえた声に従い、地下室から脱出しようとする少年を描いていて、ちょっと幻想がかったサスペンス短篇になっています。削除されたという最終章も同じ本に収録されていて、こちらも合わせて読むと興趣が増しますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。
twitterアカウントは@kimyonasekai



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