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早すぎた幻想作家  フィッツ=ジェイムズ・オブライエンのファンタジー世界
金剛石のレンズ (創元推理文庫) 不思議屋/ダイヤモンドのレンズ (光文社古典新訳文庫)
 フィッツ=ジェイムズ・オブライエン(1828-1862)は、19世紀半ばにアメリカで活躍し夭折した伝説的な作家です。残された作品数は少ないのですが、今読んでもみずみずしさにあふれた幻想小説・ファンタジーが多く含まれています。
 日本では、「ダイヤモンドのレンズ」「あれは何だったのか?」といった作品がアンソロジーに収録され、一部のファンには知られていましたが、本格的にオブライエンの名が認知されたのは、傑作集『失われた部屋』(大瀧啓裕編訳 サンリオSF文庫 1979年)が出版されてからでしょうか。
 この『失われた部屋』は増補され、2008年に『金剛石のレンズ』(大瀧啓裕編訳 創元推理文庫)として出版されました。14篇を収録するこの傑作集は、日本におけるオブライエン作品集の決定版といえるのですが、2018年現在、品切れ状態になっています。
 収録作品は『金剛石のレンズ』よりも少ないのですが、幸い、2014年に南條竹則氏の訳になる『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』(光文社古典新訳文庫)が刊行され、こちらはまだ入手可能です。
 今回は『金剛石のレンズ』『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』、この2冊から、オブライエンの邦訳作品について、見ていきたいと思います。

 「ダイヤモンドのレンズ」(南條竹則訳『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』光文社古典新訳文庫 収録)は、幼い頃から顕微鏡による微細の世界の魅力に囚われていた男が、ダイヤモンドのレンズを通して極小の別世界を発見し、そこに住む女性のような生物に恋をする…という物語。
 水滴の原子の中に肉眼では見えない極小の世界があるという、SFテーマの先駆的な作品です。別世界の描写や、顕微鏡に対する男の執着を描く部分も興味深いのですが、読みどころは極小の美女に対する男の片思いを描く部分でしょうか。彼女への興味を断ち切ろうと現実世界の美女を見ても「究極の美」を見てしまった男は何も感じないのです。しかもその恋は一方的であり、相手には自分の存在自体が認識できない…という、悲恋に終わるしかない物語構造も見事ですね。

 「チューリップの鉢」(南條竹則訳『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』光文社古典新訳文庫 収録)はゴシック要素の濃いゴーストストーリー。
 語り手ハリーは、親友ジャスパーを誘い、田舎のオランダ風大邸宅で一夏を過ごすことになります。その邸は、亡き資産家ヴァン・クーレンが建てた邸でした。彼は嫉妬のあまり、若妻の不貞を疑い、息子につらく当たっていました。
 妻は心労で死に、ヴァン・クーレン自身も亡くなります。しかし膨大にあったはずの財産は見当たりませんでした。ハリーは邸でヴァン・クーレンと思しき幽霊と出会いますが、彼はチューリップの鉢を持っていました。チューリップの鉢はいったい何を意味しているのか? ハリーは謎を解こうとしますが…。
 ゴシック要素たっぷりの物語ですが、一番目を惹くのは、ヴァン・クーレンの人物像で、病的な嫉妬心を持つ人物として描かれます。ゆがんだ心情から、自らの息子をわざと無頼な生活をするように仕向けていくのです。
 短い中にもいろいろな要素がつまっていて、密度が濃い作品です。

 「あれは何だったのか?」(南條竹則訳『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』光文社古典新訳文庫 収録)は、怪奇小説のマスターピース的作品。
 語り手ハリーは、幽霊が出るという噂のある邸に、元の下宿の女将や仲間たちとともに引っ越してきます。ある夜、ハリーが眠ろうとしていると、暗闇の中、何者かがすごい力で襲ってきます。格闘の末、しばりあげた侵入者の姿を見ようと明かりを点けてみると、そこには何も見えませんでした。なんと「透明な」身体を持つ生物のようなのです。友人のハモンドとともに、透明な怪物の正体を探ろうとするハリーでしたが…。
 透明な怪物を扱う作品ですが、それを超自然的な現象だと割り切ってしまうのではなく、「科学的」に探求しようとする姿勢の見られる作品です。
 江戸川乱歩も「怪談入門」の中で「透明怪談」に属する作品として紹介しています。ウェルズ「透明人間」やモーパッサン「オルラ」よりも着想の先行する作品で、SF小説の先駆的な作品でもありますね。

 「なくした部屋」(南條竹則訳『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』光文社古典新訳文庫 収録)は、なんとも奇妙な味を持つ幻想小説です。孤独ながらも、思い出の品や家具に囲まれた部屋で静かに暮らす「私」は、ある日散歩に出た先で妙な小男に出会います。彼が言うには「私」が住む家には「人食い」が住んでいるというのです。
 不安にかられた「私」が部屋に戻ると、そこには数人の風変わりな男女が宴を開いていました。自分の部屋から出て行けと言う「私」に対し、彼らはここは「私」の部屋ではないと言い張ります。部屋の中を見回した「私」は、自分の愛する品や家具が見当たらないことに気付きます。
 しかし部屋にあるそれぞれの品は、どこか自分の持ち物を思わせる雰囲気をまとっているのです。ここは本当に「私」の部屋ではないのだろうか…?
 奇怪な住人たちに乗っ取られた部屋を描く、不気味な幻想小説です。作品前半は、語り手の部屋に対する愛着や、品々に対する思い出がしみじみと語られます。
 それだけに、後半「乗っ取られた」部屋に対する語り手の困惑が際立つ感じですね。部屋に現れた住人たちの正体は全く明かされません。どうやら別の次元から来ているような雰囲気で、単なる幽霊や怪物が登場するより、数段不気味です。欧米怪奇小説の中でも「怖さ」ではかなりのレベルに来る作品です。

 「墓を愛した少年」(南條竹則訳『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』光文社古典新訳文庫 収録)は、哀感の漂う掌編です。墓地の近くに住む幼い少年は、諍いの多い両親から逃れてよく墓地を訪れていました。荒れ果てた墓地の中にあって、一つだけ少年の目を惹く墓がありました。
 奇妙な紋の入った小さな墓を愛するようになった少年は、毎日のように墓を訪れ、いとおしんでいました。そんなある日、五人の男が現れ、墓に葬られているのはさる国の貴人であり、その遺骸を故国に移すと話しますが…。
 超自然的な現象は起こらないのですが、その手触りは、やはり怪奇幻想小説。少年の純粋さと結末の余韻が素晴らしい作品です。

 「不思議屋」(南條竹則訳『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』光文社古典新訳文庫 収録)は、キリスト教徒に復讐を誓うジプシーと、それを防ごうとする若い恋人たちを描くファンタジーです。
 ゴロシュ通りに住むヒッペ氏の店は「不思議屋」と呼ばれていました。小さな人形がたくさんあるものの、氏の本当の商売は何なのかは誰も知りません。ヒッペ氏は、殺された息子のためにキリスト教徒を憎んでいました。仲間たちとともに彼は恐ろしい計画を立てます。玩具の木の人形に邪悪な魂を吹き込み、それを子供たちに配って殺戮しようというのです。
 一方、ヒッペ氏の娘ゾネーラは飼い猿のファービロウとともに部屋に閉じ込められていました。ゾネーラに恋する、背中にこぶを持つ青年ソロンは、彼女の元を訪れますが、ヒッペ氏に気付かれ監禁されてしまいます…。
 おとぎ話的雰囲気の強いファンタジー小説です。魔法を使うジプシーたち、呪いの人形、さらわれた姫君、せむしの青年…。物語内に登場する要素がことごとく魅力的。加えて、悪役であるヒッペ氏と仲間たちの計画とその経過が、事細かに描かれ、その部分にも非常に生彩があります。
 E・T・A・ホフマンの影響が濃厚な作品です。特に、ヒッペ氏の仲間である、悪魔の義眼を持つ小男ケルプロンヌは、ホフマン風の登場人物といっていいかと思います。

 「手品師ピョウ・ルーが持っているドラゴンの牙」(南條竹則訳『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』光文社古典新訳文庫 収録)は、中華風ファンタジー。青島に現れた手品師ピョウ・ルーはふとしたことから手に入れたドラゴンの牙を使って、人々に魔術を見せていました。彼の魔術に感心した役人ウェイ・チャンツは、ピョウ・ルーを自宅に呼びますが…。
 実際の中国とはあまり関係のない、幻想的な中国イメージのあふれる作品なのですが、徹頭徹尾楽しい作品です。主人公が「手品師」であることもありますが、最後までイリュージョンの嵐で、読者はピョウ・ルーの魔術に翻弄されるのみ…という、非常にファンタスティックな作品ですね。

 「ハンフリー公の晩餐」(南條竹則訳『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』光文社古典新訳文庫 収録)は、O・ヘンリー風の人情小説です。
 食べるものにも困窮している若夫婦ディックとアグネス。貧乏の中にあってもユーモアを忘れない彼らは、豪華な食事をしている情景を空想します。ディックはふと、親友のハリーにもらった本を売ることを思いつきますが…。
 他愛ない作品と言えば言えるのですが、読んでいて非常に心地よい作品です。「普通小説」ではありますが、空腹を空想でまぎらわそう…というその考え方には豊かな「ファンタジー」が感じられますね。

 「世界を見る」(大瀧啓裕訳『金剛石のレンズ』創元推理文庫 収録)は、寓意の強いファンタジー小説。詩への情熱を持ちながらも才能の限界を感じる青年チプリアーノは、魔術師と噂されるセゲリウスに相談を持ちかけます。
悩みは解決できるという言葉に喜ぶ青年でしたが、それには条件がありました。死ぬまで、あらゆるものを見て、理解してしまう…というのです。やがて美しい詩を生み出すようになったチプリアーノでしたが、「全てを理解する」とは、あらゆるものの「醜さ」を見てしまうということでもありました…。
 人間は「完全な能力」など求めるべきではない…という寓意物語。人間の幸福について考えさせられる作品です。

 「パールの母」(大瀧啓裕訳『金剛石のレンズ』創元推理文庫 収録)は、人間の二面性について描かれた作品。美しく魅力にあふれた女性ミニーと結婚した「わたし」は、芝居を見るためにニューヨークに出かけます。芝居を見た夜、ミニーは突然ナイフで「わたし」に襲いかかります。妻は精神の病にかかっているのではないかと「わたし」は疑いますが…。
 妻が豹変した理由は何なのか? 現実的な解釈が示されるものの、割り切れない思いが残る作品です。

 「絶対の秘密」(大瀧啓裕訳『金剛石のレンズ』創元推理文庫 収録)は、いろいろな要素が詰め込まれたサスペンス作品。孤児となった青年は、犬猿の仲にある二人の伯父の間で育ちます。片方の伯父の娘と恋仲になりながらも、もう一人の資産家の伯父の財産のために、彼女を捨てようとした彼は、結局どちらをも失ってしまいます。
 ひょんなことから死んだ人間と入れかわった青年は、謎の組織に追われることになりますが…。
 身元を偽った青年は、謎の組織に追われ続けます。追われる理由も示されず、事件の全容がまったくわからないままに終わってしまうという、まるでサスペンス小説の発端だけを読まされているような、何とも奇妙な物語。謎が謎のままに終わる「リドル・ストーリー」の変種的作品として読むこともできます。

 「鐘つきジューバル」(大瀧啓裕訳『金剛石のレンズ』創元推理文庫 収録)は、美しい娘に恋をした男が、自分を裏切った娘に対して復讐するという物語。結末のシーンが印象的で、非常に絵になる作品ですね。

 「ボヘミアン」(大瀧啓裕訳『金剛石のレンズ』創元推理文庫 収録)は、富に執着する青年が、神秘的な能力を持つ男に出会い、その能力を使って財宝を手に入れようとする物語。男は、富は手に入るが幸福は手に入らないと予言します…。「メスメリズム」的な題材を扱った作品です。

 「いかにして重力を克服したか」(大瀧啓裕訳『金剛石のレンズ』創元推理文庫 収録)は、ある装置により重力を克服した男の物語。SFの先駆的な作品ですが、オチがちょっと脱力系ではあります。

 「手から口へ」(大瀧啓裕訳『金剛石のレンズ』創元推理文庫 収録)は、オブライエン最大の怪作といっていい作品です。
 ある夜、下宿から閉め出された「わたし」は、ゴロプシャス伯爵と名乗る男に出会い、一夜の宿を貸してもらうことになります。しかし連れていかれた先は、壁に目や手の生えた奇怪なホテルでした。
 監禁されている隣の部屋の美女と話すことに成功した「わたし」は、ホテルの「手」や「目」は、伯爵に強制されて彼女が作ったものだということを知ります。「わたし」は、彼女を救い出そうと考えますが、生命を持った「手」や「目」は彼らを監視して出そうとしません…。
 壁一面に生えた手や目という異様なイメージとともに、なんともシュールなストーリーが展開する怪作です。正直、結末には問題があるのですが、それまでの展開があまりにインパクト大なので、最後がどうでもよくなってしまうほど。突拍子もない作品ながら、非常に魅力的な作品です。

 オブライエンは、主に1850~1860年代に作品を発表していますが、時代背景を考えると、彼の作品には非常に先駆的・独創的なアイディアが見られます。「ダイヤモンドのレンズ」における極小世界であるとか、「あれは何だったのか?」における透明な怪物などが代表例ですね。
 また「チューリップの鉢」における幽霊現象や、「あれは何だったのか?」における透明な怪物など、怪異現象に対する主人公の態度は非常に「科学的」です。題材的には怪奇小説といっていいのですが、実際に読むと怪異現象に対する「恐怖」よりも「探究心」の方が勝っている感があり、その意味でSFの萌芽が見えるといってもいいかもしれません。
 超自然現象に対して懐疑的な態度を見せる作品もあるかと思えば、「手品師ピョウ・ルーが持っているドラゴンの牙」「不思議屋」のように、魔法をそのまま魔法として純粋に描く作品もあり、その点オブライエンの筆は非常に融通無碍です。
 また、「手から口へ」に至っては、その魔法の描写も極端であり、その世界観はシュルレアリスムの域に達しています。

 「あれは何だったのか?」の作中では、語り手と登場人物との間に「恐怖」に関する談義がなされるのですが、これがなかなか興味深いです。「恐怖の王」があるに違いないとするその内容は、ラヴクラフトの言う「未知のものへの恐怖」と通じるところがありますね。
 また談義の中で、C・B・ブラウン『ウィーランド』、ブルワー=リットン『ザノーニ』、またホフマンの名前などの言及があり、作者オブライエンがこの手の幻想的な作品をよく読んでいたであろうことも窺えます。

 オブライエンはポオとビアスを繋ぐ作家と言われます。ただ寡作だったこともあり、日本においてはポオやビアスほどの知名度は得ていません。しかし上記のように、彼の作品には、後のジャンル小説につながるような、様々な要素が含まれています。
 また、現在読んでも十分に面白く、その意味で、今も「生きている」作家といっていいのではないでしょうか。

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L・ロン・ハバードのホラー小説を読む
 L・ロン・ハバード(1911-1986)はアメリカの作家。初期はパルプマガジンにSFやホラー小説を発表していました。後年、新興宗教めいた活動をしたことで評判の悪い人ですが、パルプマガジンに発表されたエンターテインメント作品には、なかなか面白い作品があります。
 邦訳のある中では、1940年代に書かれたホラー小説『死の代理人』(島中誠訳 ニュー・エラ・パブリケーションズ・ジャパン)と『フィアー 恐怖』(島中誠訳 ニュー・エラ・パブリケーションズ・ジャパン)が佳作といっていいかと思います。
 都会的なファンタジーで知られた雑誌『アンノウン』に掲載されただけあって、ファンタジー要素の強いホラー小説になっています。


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死の代理人
L. ロン・ハバード L. Ron Hubbard
ニュー・エラ・パブリケーションズ・ジャパン 1994-04

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『死の代理人』
 カナダ空軍パイロット、クレイ・マクリーン大尉は、戦闘中に飛行機を撃墜され死を覚悟した瞬間、不思議な声を耳にし、その直後、奇跡的に命を取り留めます。
 ある夜、枕元に立った使者に連れられて訪れたのは謎の宮殿でした。そこの王座に座っている何者かは「破壊」と名乗り、彼に仕えるか、さもなくば死なねばならないと宣言します。要求をはねのけるクレイでしたが、目覚めた後から不思議な事件が連続して彼を襲います。
 身の回りで事故が起こったり、クレイ自身も事故に巻き込まれる事件が頻発するのですが、彼は毎回助かる代わりに、周りの人間が大量に死んだり負傷したりしていたのです。 自分のせいで他人が犠牲になることを気に病んだクレイは、自ら命を絶つため再び軍に志願しますが…。

 あることをきっかけに事故を引き寄せる体質になってしまった男を描く作品です。
 主人公の命運を握っているのが「破壊」を名乗る神であることが序盤でわかってしまうので、ホラーというよりはファンタジーの要素が強くなっています。死を引き寄せてしまう主人公が自らの命を絶とうとするものの、全てが逆効果になりさらに犠牲者を出していくという展開は強烈です。
 
 『死の代理人』には、短篇「幻の四十八時間」が併載されていますが、こちらもなかなかの秀作です。
 孤独な老女メレディスは、天使から能力を与えられ、若く美しい姿になり町に出ます。そこで美青年トーマスと出会ったメレディスは、トーマスから求婚され、それを受け入れます。しかし天使の力は48時間しか持たないのです…。
 48時間以内ならあらゆる望みをかなえられるが、その時間が終われば全てが元通りになってしまうという能力を持つ「天使」が、人間を試すために賭けをする…という物語です。寓話的な要素の強い作品ですね。



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L.ロン ハバード L.Ron Hubbard
ニューエラパブリケーションズジャパン 1998-12

by G-Tools

『フィアー 恐怖』
 合理主義者である人類学教授ロウリーは、三流新聞に書いた記事が原因で、学長から解雇を言い渡されてしまいます。
 親友のトミーに相談に訪れたロウリーでしたが、家を出た後から4時間ほどの記憶がないことに気がつきます。その直後から、ロウリーの身の回りに不可解な現象が起こり始めます。彼が出会う不思議なものたちは揃って、失われた4時間を見つければ死が待っている…と予言するのですが…。

 ある日、4時間分の記憶を失ってしまった大学教授が不可解な目にあうという不条理ホラー小説です。
 主人公の4時間の記憶が失われた理由や、身の回りに起こる超自然現象の理屈が最後まで全くわからないため、かなり「不条理」な雰囲気が濃いです。
 後半に出現する、「世界」がぺらぺらの書割のようになってしまうというファンタジー的な情景が素晴らしいです。その情景が反転し、「残酷な現実」が現れるというクライマックスのインパクトも強烈ですね。


 作者のL・ロン・ハバードは、SF作家として出発するものの、後年、新興宗教的な活動がメインとなり、今ではそちらの活動の方が有名な人だと思います。ただ、邦訳をいくつか読む限り小説家としての腕は確かで、『死の代理人』『フィアー 恐怖』は非常に面白い作品でした。
 『死の代理人』ではSF、『フィアー 恐怖』ではミステリやサスペンス的な技法が使われており、1940年代に書かれた作品としては、非常にモダンで新しいタイプのホラー小説だと思います。
 特に『フィアー 恐怖』は「ニューロティック(神経症的)・スリラー」の趣きもあって、例えば、ジョン・フランクリン・バーディン、マーガレット・ミラー、デイヴィッド・イーリイなどの作品にも通底する雰囲気が感じられますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第14回読書会 開催しました
 6月24日の日曜日、JR巣鴨駅前のカフェにて「怪奇幻想読書倶楽部 第14回読書会」を開催しました。出席者は、主催者を含め10名でした。
 テーマは、第1部「新入生に勧めたい海外幻想文学」、第2部「課題図書 フィッツ=ジェイムズ・オブライエン『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)」です。参加してくださった方には、お礼を申し上げたいと思います。

 それでは、当日の会の詳細について、ご報告したいと思います。

 今回も、参加者全員のプロフィールをまとめた紹介チラシを作りました。チラシをPDFにしたものを、メールにて事前に配信しています。

 第1部「新入生に勧めたい海外幻想文学」では、以前に筆者が選んだ「新入生のための海外幻想文学リスト」をベースに、新入生に薦めるならどんな作品がいい? というコンセプトで話しました。
 幻想文学ジャンルにおいては、他のジャンルほど、定番作品というものが存在せず、そのため選ぶ人によってセレクションは様々…という意見が多かったように思います。
 現役で入手しやすい本の中では、光文社古典新訳文庫の評判は非常に良かったです。文字が大きく読みやすいこと、解説や年譜など資料面が充実していることも高評価ポイントですね。

 第2部は「課題図書 フィッツ=ジェイムズ・オブライエン『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)」。
 「ダイヤモンドのレンズ」や「あれは何だったのか?」などのアンソロジー・ピースは別として、オブライエン作品をまとめて読むのは初めてという方も多かったです。
 全体的な感想としては、物語そのものが面白い、時代背景を考えに入れても非常に先駆的な作品を書いた作家、といった意見が多かったように思います。
 この読書会においては、課題図書を取り上げるのは初めてでした。一つの作品に対していろいろ話していくのも、思わぬ発見があったりして面白いものだな…というのが個人的な感想です。しばらく、課題図書形式は続けていきたいなと思っています。

 それでは、以下話題になったトピックの一部を紹介していきます。


●一部 新入生に勧めたい海外幻想文学

・光文社古典新訳文庫には幻想文学的にも貴重なラインナップが多い。

・怪奇幻想小説ファンはどのぐらいいるのか? 「怪奇」と「幻想」でも大分違うのでは。ホラーに限っても、映像や漫画分野に比べて、小説ファンはかなり少ない気がする。

・ホラー小説のファンの中でも、スティーヴン・キングと「クトゥルー神話」のファンは別格。

・幻想文学には明確な定義がない? 対象範囲が非常に広くなるだけに、いろいろな作品を手に取れるという意味では逆にいいのかもしれない。

・《世界幻想文学大系》(国書刊行会)には、「幻想文学」といいつつも、小説でない著作も入っている。これは監修者の一人だった荒俣宏さんの「幻想文学」概念が非常に広いことによる。

・荒俣宏、紀田順一郎といった人たちは、日本の幻想文学の概念を作ってきた伝道師的な人たちだと思う。こういった人たちが現代ではあまり見当たらない。

・幻想文学ジャンルの紹介者は、最後はジャンルを離れてしまう人が多いのが残念。

・《妖精文庫》(月刊ペン社)は、非常にいいファンタジーの叢書なのだが、古書価はあまり高くない。

・古書価の高さは内容とはあまり関係ない。手に入れて読んでみたらどうしようもない内容だった、ということもある。

・ファンタジー作品は、人によっては読み方がわからない…という人がいる。SFファンの一部の人にはその傾向が強い?

・日本SFの黎明期には、ある作品がSFなのかそうでないのか?という議論がよくあった。ブラッドベリやシマックの作品などは、ファンタジーなのでは?

・ブラッドベリ作品の科学は、あくまでガジェット。『火星年代記』でも舞台になる火星は、実在の火星ではなく幻想の火星となっている。

・現代のSFファンでもブラッドベリがわからない…という人は一定数いる。文章の美しさなどに興味のない人も。

・ジャンルの革新者の作品には驚きがあるが、その後続者たちの作品は小さくまとまってしまう傾向がある。

・ブリューソフ『南十字星共和国』について。近未来を舞台にしたSF・幻想的な短編集。暴力や血を見る描写が意外に激しい。

・H・R・ハガード作品について。「女王シリーズ」はユングにも影響を与えた?

・アルベルト・モラヴィア『薔薇とハナムグリ シュルレアリスム・風刺短篇集』について。非常にシュールな異色短篇集。クトゥルー神話っぽい作品もあったり。

・《奇想コレクション》で一番人気があったのは? やはり『たんぽぽ娘』。SFやファンタジー系の作家に混じって、純文学系の作家の作品集はなかなか貴重。マーゴ・ラナガン、ウィル・セルフなど。

・本国より日本の方が人気が高いSF作家は、感傷的な傾向が強い。ブラッドベリ、シマック、ロバート・F・ヤングなど。

・ヨーロッパの作品は根底にキリスト教的な思想がある。ゴシック小説などでは、ほぼ必ずといっていいほど神や罪についての話が出てくる。僧侶が罪を犯す話はやたらと多い。M・G・ルイス『マンク』やマチューリン『放浪者メルモス』など。

・『怪奇小説傑作集4』は、フランス怪奇小説を集めたアンソロジーだが、今見ても非常に素晴らしいセレクションだと思う。マイナーな作家を集めているところがいい。

・グザヴィエ・フォルヌレについて。『怪奇小説傑作集4』に収録された「草叢のダイヤモンド」は素晴らしい作品だが、近年でた邦訳作品集の作品は習作ばかりで面白くなかった。

・テオフィル・ゴーチェ作品について。ホフマンの影響を受けて多くの幻想小説を書いた作家。「死女の恋」など。官能的な作品が多い。

・フランス作品は怪奇ものでも、人間っぽくて、情緒的に引っ張られるものが多い印象。

・レオノーラ・カリントン作品について。シュールな物語展開が印象的。「耳らっぱ」「最初の舞踏会」など。

・ドイツ作品は、「怪奇」というよりは「神秘」? 国民性として大自然に対する畏怖や憧れといった要素が感じられる。

・ロシア作品は、全般的に暗い? 理屈っぽくて、セリフが長い印象。

・アレクサンドル・グリーン作品について。ファンタジーっぽい設定・世界観ながら、ファンタジーにはなりきらないという、不思議な作風の作家。ナイーブで繊細な話が多い。「消えた太陽」など。

・中東やアフリカなどに幻想小説はある? 突然変異的に才能のある作家は出るとしても、ジャンルの広い下地などはあまりないのでは。


●第2部 課題図書 フィッツ=ジェイムズ・オブライエン『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)

・創元推理文庫版短編集より光文社古典新訳文庫版短編集の方が、訳がこなれていて読みやすかった。

・取り扱われた題材は、当時としては非常に先端的。

・作品中に、ホフマン、チャールズ・ブロックデン・ブラウンなどの名前が見える。こうした幻想小説を作者は好んで読んでいた形跡がある。

・チャールズ・ブロックデン・ブラウン作品について。『エドガー・ハントリー』は、大自然を舞台にしたユニークなゴシック小説。主人公が積極的だったり、アクション描写が多かったりと、同時代のイギリス作品に比べると新しい。

・「ダイヤモンドのレンズ」にせよ、「チューリップの鉢」にせよ、オブライエンの作品には共通して「見る・見られる」というテーマが感じられる。

・作風は違うものの、ジャック・ロンドン、W・H・ホジスンなどと、作家的な共通点を感じる。日本では稲垣足穂? オンリーワンの作家だと思う。

・コードウェイナー・スミス作品について。「シェイヨルという名の星」にはオブライエン「手から口へ」との共通点も感じる。スミス作品はSFというよりは幻想小説に近しい手触りの作品が多い。


●「ダイヤモンドのレンズ」について。

・ダイヤモンドレンズによって極小世界を覗き見た男が、その世界の女性に恋をするという物語。

・男は女をレンズ越しに一方的に見るだけで、女の方は男の存在さえ認識できない。悲恋に終わらざるを得ない構造になっている。

・ハミルトン「フェッセンデンの宇宙」、マシスン『縮みゆく人間』、H・G・ウェルズ「水晶の卵」など、類似テーマのプロトタイプ的な作品。

・極小世界の女性に恋する男という、一見ピュアな題材ながら、主人公が横暴で自分勝手、サイコパスっぽい性格に設定されているため、それほど単純な話になっていない。

・ホフマンの影響が強い?


●「チューリップの鉢」について

・因果応報的な要素の濃い、オーソドックスなゴーストストーリー

・幽霊となった強欲な男など、登場人物のキャラクター描写に特徴がある。

・当時の心霊科学の影響が強い?

・幽霊現象に対して、主人公側がただ怖がるだけでなく、調査をしようとするところなど科学的に感じられる。

・登場する幽霊が象徴をもって現れる。精神分析的な見方も可能。


●「あれは何だったのか? 一つの謎」について。

・幽霊話だと思わせておいて、透明な怪物が登場するという怪奇小説。江戸川乱歩が「透明怪談」として分類している。

・主人公たちが怪物を触って調べたりと、あくまで自然現象としてとらえているとことが面白い。

・透明現象に対しても、ありえないことではないと、疑似科学的な説明がされる。

・同種のテーマ作品について。モーパッサン「オルラ」、ラヴクラフト「ダンウィッチの怪」、ジャック・ロンドン「影と光」など。光学迷彩は科学的に実現可能?

・ゴースト・ハンターものの先駆的作品の趣もある。


●「なくした部屋」について。

・愛着のある部屋が「奪われてしまう」物語。部屋を奪う連中についての説明が全くないのが不気味。シュールだが、非常に怖い作品。

・部屋が「二重写し」のようになるイメージがユニーク。

・主人公の統合失調症的な不安を表した作品とも読める。自分自身の空間が持てない…というアイデンティティーをめぐる問題。

・前半、部屋や家具に対する愛着がじっくり描かれる。後半それが奪われる恐怖・不安が強く感じられるようになっている。

・主人公を見ている第三者、客観的な視点がない。客観的な視点があるとまた違った物語が生まれてくるような気がする。

・オブライエン作品の中でも、深い憂愁の感じられる作品。部屋の中に本人は弾かないピアノがあるのは非常に意味深。

・舞台がニューヨークだけに、都会の孤独的なテーマも感じられる。


●「手から口へ」について。

・ジャーナリストが手や口の大量に生えた奇怪なホテルから脱出しようとする話。

・全体にシュールな話だが、特に鏡でゆがんだ鳥が複製されるというイメージが強烈。

・結末が夢落ち、尻切れトンボで終わってしまうが、それまでの展開があまりに異様なので、結末がどうなっても許せる感じがある。

・作品で描かれる魔法の描写が非常に魅力的。


●「世界を見る」について。

・詩を作る才能とともに世界のすべてを「見る」能力を手に入れた男の物語。寓意性が強い作品。


●「墓を愛した少年」について。

・墓を愛した少年を描く掌編。

・墓を愛するということについて、具体的な描写は描かれない。それが逆に想像力を刺激するのではないか。

・作中で墓の中身を移されてしまうが、それによって少年にとっては墓の本質が変わってしまう。変わってしまったものとは何なのか?

・墓の中身がなくなって、自分自身が墓に入る…というのも非常に象徴的なイメージ。

・墓をテーマにした作品について。シオドア・スタージョン「墓読み」、チャールズ・ボーモント「無料の土」など。


●「不思議屋」について。

・キリスト教徒を殺そうと呪いの人形を作るジプシーたちの物語。

・オブライエン作品としては長めの作品。悪役たちに非常に精彩がある。

・日本人的な考え方では何にでも魂があるが、キリスト教的な考え方では異なる。あちらでは、霊と魂は別のもの。

・ポオの「跳び蛙」に似たモチーフを感じる。

・ポオもそうだが、ホフマン作品との共通性も感じる。

・結末で家が焼け落ちるのは「浄化」のイメージもあるのだろうか。炎のイメージは聖書由来?


●「手品師ピョウ・ルーが持っているドラゴンの牙」について。

・架空の中国を舞台にした「シノワズリ」作品。

・前半の魔法のドラゴンの牙の話と、後半の皇帝の末裔のクーデターの話が上手くまとまっていない感はある。

・魔法の描写は魅力的。


●「ハンフリー公の晩餐」について。

・貧しい夫婦を描いだO・ヘンリー風の人情話。

・友人の本を売ってしまうのはどうかと思う。O・ヘンリーが同じ題材で書いたとすると、本を売らずに夫婦が救われる話になると思う。

・夫婦の空想のシーンは生彩がある。

・作者オブライエンの経歴が、登場人物の造形に反映されているような気がする。



「第15回読書会」は、7月29日(日)に開催予定です。テーマは、

第一部:課題図書 ジャック・フィニイ『ゲイルズバーグの春を愛す』(福島正実訳 ハヤカワ文庫FT)
第二部:参加者が選ぶ小説ベスト10

詳細は後日あらためて公開したいと思います。
7月の気になる新刊と6月の新刊補遺
6月27日刊 ドナルド・E・ウェストレイク『さらば、シェヘラザード』(国書刊行会 予価2592円)
6月29日刊 スティーブン・ジョーンズ編『ホラー映画アート集』(スペースシャワーネットワーク 予価3996円)
6月刊 ロード・ダンセイニ『エルフランドの王女』(復刊)(沖積舎 3240円)
7月9日刊 多岐川恭『落ちる/黒い木の葉 ミステリ短篇傑作選』(ちくま文庫 予価1026円)
7月11日刊 岡本綺堂『人形の影』(光文社文庫)
7月11日刊 ラフカディオ・ハーン『怪談』(光文社古典新訳文庫)
7月12日刊 江戸川乱歩編『世界推理短編傑作集1』(創元推理文庫 予価1037円)
7月12日刊 東雅夫編 谷崎潤一郎『変身綺譚集成 谷崎潤一郎怪異小品集』(平凡社ライブラリー 予価1512円)
7月19日刊 ミシェル・リットモンド『〈協定〉上・下』(ハヤカワ文庫NV 予価各1080円)
7月20日刊 ジョージ・ソーンダーズ『リンカーンとさまよえる霊魂たち』(河出書房新社 予価3132円)
7月20日刊 エラリー・クイーン『エラリー・クイーンの冒険 新訳版』(創元推理文庫 予価1058円)
7月21日刊 ロバート・グレンヴィル『絶対に出る 世界の幽霊屋敷』(日経BP社 予価2160円)
7月24日刊 三津田信三編『怪異十三』(原書房 予価1944円)
7月25日刊 南條竹則訳『英国怪談珠玉集』(国書刊行会 予価定価7344円)
7月30日刊 カーター・ディクスン『九人と死で十人だ』(創元推理文庫 予価994円)
7月30日刊 ジョン・ウィンダム『トリフィド時代 新訳版』(創元SF文庫 予価1296円)
7月30日刊 高原英理編『ガール・イン・ザ・ダーク 少女のためのゴシック文学館』(講談社 予価2376円)
7月31日刊 ジョゼ・ルイス・ペイショット『ガルヴェイアスの犬』(新潮クレスト・ブックス 予価2052円)
7月発売 カルロス・フエンテス『アウラ・純な魂』(復刊)(岩波文庫)

 ウェストレイク『さらば、シェヘラザード』は、国書刊行会〈ドーキー・アーカイヴ〉シリーズの新刊。ポルノ小説のゴーストライターが主人公のメタな奇想小説だそうで、なかなか面白そうな作品です。

 ダンセイニの名作ファンタジー『エルフランドの王女』が復刊です。これはダンセイニ長篇の中でも傑作といっていい作品だと思います。

 光文社古典新訳文庫からは、ラフカディオ・ハーン『怪談』の新訳が登場です。訳者は南條竹則さんだそうで、これは期待できそうですね。

 ミステリ読者には昔から馴染まれてきた名作シリーズ、江戸川乱歩編『世界推理短編傑作集』(創元推理文庫)がリニューアル刊行だそうで、まずは第一巻が刊行です。収録作品中、オルツィ「ダブリン事件」 は新訳、チェーホフ「安全マッチ」はロシア語からの翻訳に差し替え、解説も新しくなるそうです。

 ミシェル・リットモンド『〈協定〉』(ハヤカワ文庫NV)は、なかなか面白そうな作品です。「ジェイクとアリスは結婚する。その式に招待した実業家夫妻が、ふたりに奇妙な結婚祝いを贈ってきた。それは〈協定〉と書かれた箱におさまった契約書だった。やがてハネムーンを終えた二人のもとに〈協定〉から使者がやってくる。〈協定〉とは結婚制度を永続させるための秘密結社のようなものだった。〈協定〉に同意した二人は平穏な結婚生活を送るかに見えたが、徐々に軋みが発生する。その時、〈協定〉は真の姿を見せ、牙を剥いた……奇抜な設定によるスリラー」

 三津田信三編『怪異十三』(原書房)は、怪奇小説ファンとしても知られる著者が選んだ国内作品6作、海外作品6作に、著者の単行本未収録短篇を加えた13作品を収録するアンソロジー。巻末には著者による解説付き。これは楽しみです。

 7月のイチオシはこれですね。南條竹則訳『英国怪談珠玉集』(国書刊行会 予価定価7344円)。英国怪談を集めたアンソロジーです。収録作品が公開されていたので、転載しておきます。ぱっと見たところ、絶版のアンソロジー『怪談の悦び』(創元推理文庫)や『イギリス恐怖小説傑作選』(ちくま文庫)の収録作品もいくつか入っているようですね。

断章 バイロン
ロッホ・グア物語  J・S・レ・ファニュ
柵に腰かけた幽霊  ジョン・ラング     
人殺しのヴァイオリン  エルクマン=シャトリアン  
ウルヴァーデン塔 グラント・アレン 
白衣の人  ラフカディオ・ハーン   
牧人  フィオナ・マクラウド  
闇の桂冠  フランシス・トムスン  
青の無言劇  アーサー・キラ=クーチ  
蜂の巣箱のそばで  アーサー・キラ=クーチ  
地より出でたるアーサー・マッケン  
N  アーサー・マッケン      
帰ってきた兄弟の話  アーサー・マッケン
コーニー・コート七番地B  アーサー・マッケン    
ブリケット窪地  エイミアス・ノースコート   
ゼリューシャ  M・P・シール      
ヘンリとロウィーナの物語  M・P・シール
薔薇の大司教  M・P・シール       
天国   メイ・シンクレア
「彼等」 ラドヤード・キプリング  
不案内な幽霊  H・G・ウェルズ 
マダム・ジャンの商売  ヴィンセント・オサリヴァン  
中国魔術  アルジャノン・ブラックウッド  
シートンのおばさん  ウォルター・デラメーア        
深き淵より ロジャー・ペイター
小さな幽霊  ヒュー・ウォルポール   
罌粟の野の家  マージョリー・ボウエン  
紅い別荘  H・R・ウェイクフィールド    
見た男  エクス=プライヴェート・エクス 
よそ者  ヒュー・マクディアミッド  
魔性の夫  エリザベス・ボウエン
名誉の幽霊  パメラ・ハンスフォード・ジョンソン

 破滅SF作品にしてホラーSF小説の名作、ジョン・ウィンダムの『トリフィド時代 新訳版』(創元SF文庫)が刊行です。中村融訳。

 高原英理編『ガール・イン・ザ・ダーク 少女のためのゴシック文学館』(講談社)は、「ゴシックと少女」をモチーフに編まれたアンソロジー。翻訳作品もいくつか収録だそうで、ミルハウザーの作品も入るようです。

 ジョゼ・ルイス・ペイショットは馴染みのない名前ですが、『ガルヴェイアスの犬』は気になるあらすじの作品です。「空から巨大な物体が落ちてきて以来、村はすっかり変わってしまった。権威あるオセアノス賞を受賞。奇想天外なポルトガルの傑作長篇」。

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異界からの眺め  アーチ・オーボラー『悪魔の館』
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 12歳の少年マーク・イライアスは、発明品で多額の奨学金を獲得したことで話題になっていました。マークとその家族を取材に訪れた女性記者ロビンは、マークとその妹シャーリーに対して、異常な雰囲気を感じとりますが、その直後に、マークの伯父の一人が不審な死を遂げます。
 ロビンと一緒に取材を行った放送局員トニーは、マークの家族にまつわる過去の事件を話します。亡くなったマークの祖母は支配的な人物で、過去に無実になったものの、殺人事件を引き起こしており、そのために祖父は自殺しているというのです。
 ロビンとトニーは、マークの家族について調べはじめますが、その間にもマークの伯父や伯母たちが次々と不審な死を遂げていきます…。

 1969年発表のアーチ・オーボラー『悪魔の館』(広瀬順弘訳 角川文庫)は、悪魔的な幼い兄妹のせいで周りの人間が次々と死んでいく…という物語。
 読んでいく内に、子供たちは悪魔的な人物だった祖母に操られているのではないかという疑いが生まれてきます。この祖母が、とんでもない人物だったことが明らかにされていくのです。
 作品が始まった時点ですでに故人でありながら、子供であるマークの親の世代に対して、未だに精神的な支配を及ぼしています。そして、祖母に預けられていた兄妹も何かがおかしくなっているのに、親たちは気付きます。祖母の目的とは一体何なのか?

 祖母に支配されていた子供たちのゆがんだ人生の回想、ロビンやトニーの、失った恋人をめぐる過去や宗教的な信念など、各キャラクターの描写も丁寧で読ませます。
 超自然現象に対しても適度に曖昧に描かれており、不気味な雰囲気を出すことに成功しています。マークが作る、死者と交信できるテープレコーダーといったガジェットも印象的です。
 「悪霊もの」とも「悪魔もの」とも微妙に異なるアプローチの作品で、これは恐怖小説の傑作の一つといっていいかと思います。親子間の問題や、宗教的な信仰や信念の問題など、いろいろなテーマも盛り込まれた意欲作です。

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中東のヨーロッパ幻想  サーデグ・ヘダーヤト『生埋め』
4336040281生埋め―ある狂人の手記より (文学の冒険)
サーデグ ヘダーヤト S^adegft Hed^ayat
国書刊行会 2001-01

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 イラン文学の巨匠とされるサーデグ・ヘダーヤトの『生埋め ある狂人の手記より』(石井啓一郎訳 国書刊行会)は、リアリズム風の作品もあるものの、大部分は広義の幻想小説として読める短篇集です。

「幕屋の人形」
 パリに留学したイラン人の青年が、店に陳列したマネキンに恋をしてしまいます。イランに戻ってもマネキンを寵愛する青年に対し、許婚の少女は複雑な気持ちを抱きますが…。
 「人形愛」をテーマにしており、結末まで完成された感のある作品です。

「タフテ・アブーナスル」
 考古学者ワーナー博士は、タフテ・アブーナスルの丘発掘調査の際、男のミイラを発見します。一緒に見つかった遺書によれば、ある儀式を行えばミイラは甦るというのです。周りの人間は半信半疑ですが、博士は儀式を実行します…。
 ミイラの復活も面白い題材なのですが、それ以上にミイラの復活それ自体が、過去に生きた女性の復讐手段であった…という、複雑なテーマを持つ作品です。過去の情念が時を越えて甦るというロマン性の高い作品。

「捨てられた妻」
 子まで成しながら自分を捨てた夫の居場所を突き止め、押しかける妻を描く物語です。夫の変心を受け入れた後の、妻の心の動きが強烈で、インパクトがありますね。

「深淵」
 親友が自殺し悲しむ男が、ふとしたことから、親友は妻と浮気をしたのではないかと疑い出します。疑心暗鬼が、どんどんと男を破滅に引き込んでいくという心理小説です。これは読み応えがありますね。

「ヴァラーミーンの夜」
 最愛の妻の死後、夜な夜な妻が好きだったタールの音楽を耳にする夫の物語です。ゴーストストーリーと思いきや、現実的な結末が待っています。結末とそれまでの展開の落差が面白い作品です。

「生埋め」
 自殺志願の青年が毒を飲むものの効果は現れず、死について独白を繰り広げるという作品です。どこからどこまでが現実に起こったのかわからないという、幻覚小説の趣もあります。

「S.G.L.L.」
 近未来を舞台に、生物から性の欲求をとりはらってしまう血清をめぐる物語。全人類に対して血清の投与が行われますが、血清には免疫機能を無効化してしまうという副作用があったのです…。
 人類自らが滅びの道を選んでしまうという破滅SF的な作品です。

 ヘダーヤトは、ベルギーやフランスに留学し、ヨーロッパ文学全般に親しんだ作家だそうで、作品を読んでいてもそれは感じられます。全体にヨーロッパ的な香りの強い作品集で、一味違った幻想小説集として読んでも楽しめる短篇集です。

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怪奇幻想読書倶楽部 第14回読書会 参加者募集です
 2018年6月24日(日曜日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第14回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp

開催日:2018年6月24日(日曜日)
開 始:午後13:30
終 了:午後17:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ
参加費:1500円(予定)
テーマ
第1部:新入生に勧めたい海外幻想文学
第2部:課題図書 フィッツ=ジェイムズ・オブライエン『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』(光文社古典新訳文庫)

 第1部のテーマは「新入生に勧めたい海外幻想文学」。
 海外幻想文学を読んだことのない新入生に勧めるならどんな作品がいい? というコンセプトで選んだ「新入生のための海外幻想文学リスト」
 このリストに挙げられた作品を中心に見ていきたいと思います。あわせて、参加者お勧めの海外幻想文学作品などについても話していきたいと思います。

 第2部のテーマは、課題図書として、フィッツ=ジェイムズ・オブライエン『不思議屋/ダイヤモンドのレンズ』(光文社古典新訳文庫)を取り上げたいと思います。
 オブライエンは、19世紀半ばに活躍したアメリカの作家。「ダイヤモンドのレンズ」「あれは何だったのか?」「なくした部屋」「不思議屋」(「ワンダースミス」)など、SFやファンタジーの先駆的な作品を残しました。
 ポオとビアスをつなぐとも言われるオブライエンの作品について見ていきたいと思います。

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※基本的には、オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも、安心して参加できると思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

仮面の中の孤独  アルジス・バドリス『アメリカ鉄仮面』
amerikatekka.jpgアメリカ鉄仮面―仮面の正体を探るSFサスペンス (ソノラマ文庫―海外シリーズ)
アルジス・バドリス 仁賀 克雄
朝日ソノラマ 1984-10

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 アメリカの天才物理学者マルティーノは、秘密の軍事実験中の大爆発に巻き込まれ、瀕死の重傷を負います。実験場が国境近くにあったため、マルティーノは意識不明のまま、ソヴィエトに拉致されてしまいます。
 数ヵ月後、アメリカに引き渡されることになったマルティーノでしたが、現れたのは顔を鉄の仮面で覆われ、鋼鉄の義手をつけた男でした。彼は本当にマルティーノなのか? 上層部の命令を受けたロジャーズは、男がマルティーノ本人かどうかを確かめるため、身辺調査を開始しますが…。

 アルジス・バドリス『アメリカ鉄仮面』(ソノラマ文庫海外シリーズ)は、事故で重症を負い、半機械の身体に改造された男を描くSFサスペンスです。
 アメリカの調査部隊が、鉄仮面の男の挙動を監視していくパートと並行して、マルティーノの過去の人生のパートが描かれていきます。てっきり、機械化された異形の男の正体をめぐって陰謀が繰り広げられる…という話かと思ったのですが、読んでみると、全く異なる展開の物語で驚かされます。
 何しろ、鉄仮面の男がアメリカに戻ってからは、事件らしい事件は全然起こらないのです。孤独にさいなまれた男が、過去につきあいのあった人間たちに会いに訪れ、人生を振り返る…というしんみりした話になってしまいます。

 鉄仮面の男の正体は誰なのか? という謎は最後まであるものの、基本的には一人の男の孤独な人生が描かれていくというヒューマン・ストーリーです。サイボーグや秘密の実験に関するSF的な要素も、陰謀にまつわるサスペンス的な要素もほとんどなく、正直ジャンル小説といっていいのかも微妙ではあります。
 ではつまらないかと言うと、そうでもなく、意外に味わいのある作品であることは確かです。打算的になろうと思ってもなりきれなかったり、ガールフレンドとすれ違いを繰り返したりする主人公の「弱さ」が描かれていて、感情移入という意味では非常に感情移入しやすい作品ではありますね。

 そういえば、あの本にバドリスについて書かれた文章があったな、と思い出し『殊能将之読書日記』(講談社)をめくってみました。なるほどと思える部分があったので引用しておきましょう。

 バドリスの小説には、怪我や病気や人体改造によってグロテスクな存在に変貌した人間がしばしば登場するがこれはおそらく「アメリカ人に改造された」バドリス自身の実感なんだろうと思う。
 そのため、バドリスには、異質な存在によって認識が拡大するとか、見たことのないすばらしいヴィジョンが拓けるといった発想がない。彼によって、異質な存在と対峙するのは、いやなこと、つらいことなのだ。それゆえ、異質な存在と出会った人間の疎外感や孤独感のほうに焦点があってしまう。


 殊能氏の言っている通りで、『アメリカ鉄仮面』を読んでいても「人間の疎外感や孤独感」がメインテーマになっているように思います。
 ジャンル小説としての魅力には欠けるのですが、バドリスの作品には、どこか惹かれる部分があります。他の作品も読んでみたい作家ではありますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

想像力の冒険  ヴェニアミン・カヴェーリン『ヴェルリオーカ』
verurioka.jpg
ヴェルリオーカ
ヴェニアミン・アレクサンドロヴィチ カヴェーリン 田辺 佐保子
群像社 1991-04

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 老いた天文学者プラトン・プラトーノヴィチには子供がありませんでしたが、子ども部屋まで用意して、想像上の息子を空想していました。ある日、部屋に突然現れた少年はワーシャと名付けられ、天文学者の息子となります。
 普通の子供と同じように成長していくワーシャは、隣人の娘イーワと恋仲になります。ある日現れた謎の男ペシチェリコフがイーワに求婚し始めたことから、二人は、おしゃべりな牡猫フィーリャと共に奇想天外な冒険の旅に出ることになりますが…。

 ヴェニアミン・カヴェーリンの長篇ファンタジー小説『ヴェルリオーカ』(群像社)は、孤独な天文学者の想像から生まれた少年ワーシャが、恋人のイーワとともに繰り広げる奇想天外な冒険を描く作品です。作者が80歳の時の作品なのですが、老齢で書かれたとは思えない瑞々しさと想像力にあふれた作品です。

 想像から生まれた少年がさまざまな冒険を繰り広げるファンタジー、といっていいのですが、この「想像から生まれた」という設定が、あとあと物語の伏線になっています。
 「想像」がテーマだけに、何でもありのゆるい作品かと思って読んでいくと、意外に練られた設定で驚きます。少年ワーシャの生誕の秘密や因縁などが少しづつ明かされていく展開は、正統派のヒロイック・ファンタジーを思わせます。
 登場人物たちもそれぞれコミカルで楽しいのですが、主人公の家の飼い猫であるフィーリャや、猫と会話する「スコットランドのバラ」などの、人間以外の登場人物のキャラクターが立っていますね。

 後半に至ると、ワーシャが生まれた理由とその使命が明らかになります。そして、使命を果たした後に現れるメタフィクション的な展開には驚く人もいるのでは。世界そのものを揺るがす展開で、これはもうまるで、ダンセイニの「ペガーナ神話」です。

 カヴェーリン(1902-1989)は、1920年代から活躍していたロシアの作家です。日本でもいくつかの邦訳はありますが、一番有名なのは、初期の幻想的な短篇集『師匠たちと弟子たち』(1923年 月刊ペン社)でしょう。
 初期作品以降、リアリズム作品をずっと書いていたカヴェーリンは、晩年に至ってファンタジーに回帰します。『ヴェルリオーカ』は1982年の作品なのですが、その味わいは60年近く前の『師匠たちと弟子たち』とほとんど変わりません。強いていうなら『ヴェルリオーカ』の方がより「楽天的」で「楽しい」のです。晩年に至って作風が「暗く」なる例はよくありますが、「明るく」なるというのは珍しいですね。
 メタフィクション的な手法も、初期作品の頃から多用していたもので、作家としての一貫性も感じられます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。
twitterアカウントは@kimyonasekai



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