FC2ブログ
物語をめぐる物語 その1
 本好きや物語好きの人にとって、本や物語それ自身をテーマにした小説は、何にも増して魅力的。また、一口に本や物語と言っても、その扱い方は様々です。
 物理的な本を扱った作品もあれば、架空の本を扱ったもの、手記や体験記の形をとったもの、作中作が埋め込まれたもの、また枠物語やメタフィクション的な実験小説まで、このテーマの作品は非常にバリエーション豊かです。そんな、本や物語をテーマとして扱った作品から、いくつか見ていきたいと思います。



musouno.jpg
世界幻想文学大系〈第29巻〉夢想の秘密 (1979年)
紀田 順一郎 荒俣 宏
国書刊行会 1979-10

by G-Tools

ジェームズ・ブランチ・キャベル『夢想の秘密』(杉山洋子訳 国書刊行会)

 作家ケナストンは、ポワテム国を舞台にしたファンタジーを執筆しているうちに、作中に登場するヒロイン、エッタール姫に恋をしてしまいます。やがて現実と想像の境目が崩れはじめ、ケナストンは様々な時代やシチュエーションでエッタールに何度も出会うことになりますが…。

 キャベルはアメリカのファンタジー作家。代表作は18巻におよぶシリーズ〈マニュエル伝〉なのですが、『夢想の秘密』はなんとこの〈マニュエル伝〉の最終章という設定です。
 非常に要約しにくい作品で、簡単にあらすじを述べると上記のようになるのですが、実のところ、そう簡単な話ではありません。そもそもケナストンの創作であるはずの小説中に、すでにしてケナストンの分身と思しいホルヴェンディルという狂言回し的な人物が登場しています。
 ホルヴェンディルは作中でその世界自体がケナストンの創作世界であるということを断言し、メタ・フィクションな発言を繰り返すのです。また作品の前提として、ケナストンはこの作品が属する〈マニュエル伝〉のヒーローであるマニュエルの生まれ変わり、という設定になっています。
 さらにこの『夢想の秘密』という作品自体が、ケナストンの小説やメモをハロービーという編集者がつなぎ合わせたもの、という体裁になっています。二重、三重のメタ・フィクションになっていて、眩暈がしてきますね。
 作品世界に没頭して現実と想像の区別がつかなくなった作家の話とすれば単純なのですが、この作品の場合、それが本当に「ヒーロー」の生まれ変わりなのです。しかもそれが本当かどうかわからないという、さらに上の階層の視点もあるという。
 わりと独立した話なので、最終章であるとはいえ、この作品だけ読んでも面白く読めます。「現実」と「ファンタジー」について、非常に示唆を与えてくれる作品ではないでしょうか。



hazaru.jpgハザール事典―夢の狩人たちの物語 男性版
ミロラド パヴィチ Milorad Pavic
東京創元社 1993-05-01

by G-Tools

ミロラド・パヴィチ『ハザール事典 夢の狩人たちの物語』(工藤幸雄訳 東京創元社)

 かって存在した「ハザール王国」についての事典という形式をとった、破天荒な形式の小説です。
 ハザール国全体が改宗したという史実をもとに、改宗に関する論争とその顛末をキリスト教、イスラム教、ユダヤ教の3つの宗教から描く、というのがメインになっています。キリスト教が「赤色の書」、イスラム教が「緑色の書」、ユダヤ教が「黄色の書」というタイトルの三部に分かれています。
 3つの宗教で、それぞれ主張していることが違ったり、共通して登場する人物の言動が違ったりするのがポイントで、真実はどこにあるのかがわからなくなっていくという仕組みです。項目それぞれは幻想的なショート・ストーリーになっていて、拾い読みしても楽しめます。
 不死と思しきハザールの王女アテー、夢の中を歩き回るサムエル・コーエン、夢の狩人ユースフ・マスーディ、魔性の女エフロシニア・ルカレヴィチ…。登場人物たちが繰り広げる物語に、また他の登場人物が絡みあってくるのが魅力です。
 さらに、中世や近世の人物たちが現代に転生していることも示唆され、時代を超えたつながりまでもが現れます。そして3つの章が終わった後に現れるのは、20世紀に起きる殺人事件。犯人は誰で、被害者は誰だったのか? ミステリアスな物語にさらに謎を重ねるという趣向です。
 作品全体に謎が仕込まれていて、それを読み解いていくのが愉しみなのですが、読み込んだとしても、唯一の真実は現れてきません。しかし、そこがまた魅力でもあります。読んだ人それぞれの物語が立ち現れてくるという意味で、似た作品の見当たらない、実にユニークな小説です。
 創元ライブラリから文庫版も出ていますが、個人的にはハードカバー版での読書をお勧めしたいです。というのも、ハードカバーの方には、3つの章にあわせた赤・緑・黄の3つのスピン(栞紐)がついており、それぞれの章を行き来しながら読めるからです。
全部読むのはきついけど、ちょっと拾い読みしたい…という方には「アテー」と「ルカレヴィチ、エフロシニア」の項目が単体でも面白いので、お勧めしておきます。



4879842699帝都最後の恋―占いのための手引き書 (東欧の想像力)
ミロラド パヴィッチ Milorad Pavic
松籟社 2009-05

by G-Tools

ミロラド・パヴィッチ『帝都最後の恋 占いのための手引き書』(三谷惠子訳 松籟社)

 タロットカードの1枚1枚に対応した章に分かれていて、タロット占いの順番に読むこともできれば、最初から通して読むこともできるという、遊び心にあふれた作品です。
 内容は、ナポレオン戦争時代を舞台に、セルビア人の青年ソフロニエとその父親ハラランピエのオプイッチ親子が引き起こす、幻想的な恋愛小説になっています。「恋愛小説」といっても、この親子、どちらもプレイボーイで、やたらと恋愛遍歴が繰り広げられるのがポイント。
 「ヒロイン」が多数登場するだけでなく、ある人物に捨てられた「ヒロイン」が別の登場人物の次の恋人になったりと、その関係性がやたらと複雑なのです。何しろ、物語本編が始まる前に「登場人物の系譜と一覧」が示されるのですが、そこを読んでもごっちゃになってしまうぐらいです。
 父親ハラランピエの三通りの死をモデルにした芝居が上演されるなど、幻想的なエピソードには事欠きませんが、作品のテーマとなっている恋愛もただの恋愛ではすみません。個人ではどうしようもない、運命や宿命という言葉が似合うような、神話的な恋愛模様なのです。
 最初から順番に読んでいっても、登場人物間の関係性が複雑で迷宮のようなので、これをタロット占いでランダムに読むと、さらに幻想性が増すのではないでしょうか。巻末には付録のカラータロットのページがついていたりと、本自体も非常にチャーミングな造り。パヴィチ作品としては、代表作『ハザール事典 夢の狩人たちの物語』よりも読みやすく、ページ数も短いので、パヴィチ入門としても格好の作品かもしれません。



4001109816はてしない物語 (エンデの傑作ファンタジー)
ミヒャエル・エンデ 上田 真而子
岩波書店 1982-06-07

by G-Tools

ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』(上田真而子訳 岩波書店)

 いじめられっこの少年バスチアンは、いじめっ子に追い掛け回され、ふと入り込んだ古本屋で変わった本を見つけます。衝動的にその本を盗んでしまったバスチアンは、学校の物置で本を読み始めます。その本の中には、魔法の国「ファンタージエン」について書かれていました。
 「幼ごころの君」が支配するファンタージエンには異変が現れていました。国のあちこちで土地そのものが消滅していたのです。国を救うために「幼ごころの君」に選ばれた少年アトレーユは、国を救うためには「幼ごころの君」に新しい名前を付ける必要があることを知ります。
 しかし、ファンタージエンの住人には名前をつけることができません。「幼ごころの君」に名前をつけられるのは、人の子だけなのです。どうやって人の子を探せばいいのか悩むアトレーユに対し、バスチアンは自分なら「幼ごころの君」に名前をつけることができると考えますが…。

 「物語ること」をテーマにした哲学的なファンタジー小説です。異世界に入り込む主人公という、ある種典型的なヒロイック・ファンタジーではあるのですが、単なる願望充足に終わらず、「苦々しさ」を強く含んでいるのがユニークですね。
 前半では、本の中でのアトレーユの冒険行がメインに描かれます。「読み手」のバスチアンは一方的に本を読んでいるだけなのですが、やがて本の中の世界に入り込み、アトレーユとともに冒険を繰り広げることになります。
 しかし、異世界でほぼ全能の力を手に入れたバスチアンは記憶を失っていきます。支配欲にかられたバスチアンは、アトレーユとも決別することになってしまうのです。
 全体にメタフィクショナルな要素が多く扱われています。バスチアンが読む物語が、バスチアンらしき存在に言及し始め、やがて本の世界と一体化するあたりの展開は非常に鮮やか。本の世界に入ってからも、バスチアンには物語を作る力が備わっており、彼が話した通りの出来事が実際に起きるのです。
 物語る力により、無用な争いを引き起こしてしまったかもしれないと反省していたバスチアンが、やがて自らの権力を求めてしまうという、実に皮肉な展開になります。何でも実現できる「物語る力」にもまた代償が必要というのは、意味深ですね。
 いろいろと考えさせるテーマを含んだ作品ですが、もちろん単純な冒険物語としても面白く読めます。異世界の生物たちや独自の世界観もなかなかにユニーク。とくに、前半のアトレーユの冒険部分には生彩がありますね。
 何種類かの版がありますが、お勧めは箱入りのハードカバー版です。ハードカバー版は、作品の中に登場する「本」を模した装丁なので、作品世界に入り込むのには最適です。



4488016251死者の百科事典 (海外文学セレクション)
ダニロ キシュ Danilo Ki〓@7AAD@s
東京創元社 1999-02

by G-Tools

ダニロ・キシュ「死者の百科事典」(山崎佳代子訳『死者の百科事典』東京創元社 収録)

 演劇研究所の招きで、スウェーデンにやってきた「私」は、深夜に図書館を訪れます。ある部屋の本の背には「C」が、またある部屋の本の背には「D」が入っているのを見つけた「私」は何かに思い当たり、「M」の文字が入っている本の部屋に入ります。
 そこは世界中の無名の死者の生涯を綴った「死者の百科事典」が収められた図書館だったのです。そして「M」の部屋で見つけたのは「私」の父の生涯が書かれた本でした。「私」はその本から大切だと思われる部分を書き写し、父の伝記の要約版を作ろうと思い立ちます…。

 無名の人物たちの生涯を余さず書き綴ったという「死者の百科事典」。何やら神秘的な書物なのですが、超自然的なものではなく、あくまで人間が書いたものだとされているのが面白いところ。その仕事は平等主義的なセクトか宗教団体によるものとされ、時代も18世紀後半からだというのです。
 本当にささいな出来事ももらさず記述されているのに「私」は驚きます。読んでいるうちに「私」は父の人生を追体験します。父がなぜ、あのときああいう行動をとったのか。やがて父の人生は「私」の人生と重なって…。
 「死者の百科事典」の編者たちの思想が言及されるのですが、これがまた印象的。「人間の生命は繰り返すことができない。あらゆる出来事は一度限りである」。非常に奥深いテーマをもった作品です。



4560072078冬の夜ひとりの旅人が (白水Uブックス)
イタロ・カルヴィーノ 脇 功
白水社 2016-10-06

by G-Tools

イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』(脇功訳 白水Uブックス)

 イタロ・カルヴィーノの新作小説『冬の夜ひとりの旅人が』を読み始めた「あなた」は、本が乱丁で続きが読めないことに気付きます。本屋に行き交換を求めますが、そもそもその本の内容はカルヴィーノの作品ではなく、別の作家の作品が製本ミスで紛れ込んでいたというのです。
 同じく書店に交換を求めてきた魅力的な女性ルドミッラと知り合った「あなた」は、実際の作品、ポーランド人作家タツィオ・バザクバルの作品を探しますが、入手して読み始めた作品はカルヴィーノともバザクバルとも全く関係のない作品でした。ルドミッラと「あなた」は、物語の続きを探し続けますが…。

 様々な技法が凝らされたメタフィクションであり、ユーモアに満ちた〈読書〉小説です。
 主人公二人が、小説の続きを求めて彷徨う…というストーリーなのですが、毎回現れる小説は完結するまえに、何らかの原因で中断されてしまいます。しかも話が面白くなる直前に終わってしまいます。そして、次に出てくる小説はそれまでの作品とは全く関係のないものなのです。
 小説の続きを求める「あなた」は、やがてある作家の作品を訳したと称しながら全く別の作家の作品の翻訳に出会ったり、異国で作られた作家の偽作に出会ったりします。「あなた」自身も外国に出かけて作家に会ったり、果てには共産主義らしい国家に捕えられたりと、いろいろな出来事が起こります。
 「本」に関しても、主人公である「あなた」に関しても、非常にいろいろな出来事が起こるにもかかわらず「波乱万丈」にならないところが面白いですね。毎回途絶する「小説」はもちろん、「あなた」の冒険に関しても「これはフィクションです」といったメッセージが全体に伏流しているのです。
 それゆえ「感情移入」することが難しく、それがこの作品を読みにくくしている一因でもあるのでしょう。「物語」ではなく、「物語を読むこと」「読者であること」について徹底的に描かれた異色の作品で、そうしたテーマに興味のある人には非常に面白い作品かと思います。



sinkan.jpg新カンタベリー物語 (創元推理文庫)
ジャン レー 篠田 知和基
東京創元社 1986-04

by G-Tools

ジャン・レー『新カンタベリー物語』(篠田知和基訳 創元推理文庫)

 《アッパー・テムズ文芸倶楽部》の会員たちは、土曜の夜に例会を開く決まりになっていました。チョーサーが使ったという料理屋《陣羽織》でのその夜の例会では、特別にゲストが招かれていましたが、彼らが話しだしたのは奇妙な話ばかり。続いて話を続けるのは様々な亡霊たちでした…。

 チョーサーの『カンタベリー物語』やホフマンの『セラーピオン朋友会員物語』などに代表される、枠物語の形式を借りた怪奇幻想小説集です。チョーサーその人の亡霊や、ホフマンの登場人物(?)の牡猫ムルなども登場します。
 作品は枠物語になっており、全体の語り手は書記のトビアス・ウィープ。彼が参加したある夜の例会において、亡霊たちが語る作品が短篇の形ではめ込まれています。各エピソードの語り手たちの大げさなリアクションや、エピソード終了後の牡猫ムルの反応などが、非常に芝居がかっていて楽しいです。
 全体にユーモラスなほら話になっているのですが、それでも濃厚な怪奇幻想趣味が感じられるのは、作者の手腕でしょうか。個々のエピソードは非常に短いので、お話が本格的に展開される前に終わってしまうことが多く、本格的な怪奇小説を求めているとちょっと物足りない面もあります。
 エピソードの中では、オウムと結婚した老嬢の顛末を描く物語「ボンヴォワザン嬢の婚礼」、魔術を使って処刑場を混乱させる魔女を描く「タイバーン」、謎の怪物が登場する「ユユー」などが面白いですね。
 エピソードが語り終えられた後に、後日談が語られるのですが、この幕切れがまた素晴らしい。再び語り手となったウィープが出会った男の正体は…。あの夜の会合は本当にあったのか…? それまでの物語が「幻想」と化す展開は、まさしく怪奇幻想小説。
 チョーサーやホフマンなどの名前が言及されるので、文学趣味が強いのかと思いがちですが、あくまで味付け程度であって、先行作品についての知識がなくても全然構いません。とにかく読んで楽しい作品です。



4122033160潤一郎ラビリンス〈8〉犯罪小説集 (中公文庫)
谷崎 潤一郎 千葉 俊二
中央公論社 1998-12-18

by G-Tools

谷崎潤一郎「呪われた戯曲」(『潤一郎ラビリンス8』中公文庫収録)

 作家の佐々木は、不倫相手と結婚するために、妻の玉子を殺そうと考えます。山の中に玉子を連れ出した佐々木は、その場で書き上げた戯曲を読み上げ始めます。その戯曲の中には、佐々木と玉子と思しい夫婦が登場し、同じように山の中で戯曲を読み出します。さらにその戯曲の中には夫婦が登場し…。

 小説の中に登場する戯曲が入れ子になっているという怪作です。戯曲の中に戯曲が登場し、さらにその中に戯曲が登場するというイメージが強烈。ただ、クライマックスのその場面に至るまで、夫婦の軋轢が延々と描かれ、分量としてはそちらの方がメインになっています。
 玉子を疎みながらも良心の呵責を覚える佐々木と、夫の不倫を知りながら愛し続ける玉子の様子が描かれていきます。面白いのは佐々木の人物像で、単純に妻と別れた場合、自分の気が落ち着かないと言う理由だけで妻を殺そうと考えるのです。酷薄な身勝手さはありながら、自分の手を下すのも嫌だという、ユニークな「悪人像」が読みどころでしょうか。



4882930676鬼火 (ふしぎ文学館)
横溝 正史
出版芸術社 1993-10-01

by G-Tools

横溝正史「蔵の中」(『鬼火』出版芸術社 収録)

 雑誌の編集長、磯貝三四郎は、美少年から持ち込まれた小説原稿を読み始めます。蕗谷笛二と名乗る少年の作品「蔵の中」には恐るべき内容が書かれていました。少年は、蔵の中から遠眼鏡で、磯貝氏の殺人現場を目撃したというのです。現場を再度訪れた磯貝氏は、そこで蕗谷笛二と対面します。
 少年は、小説「蔵の中」の後篇を取り出し朗読し始めます。その原稿の中では、磯貝氏と少年が登場し現実と同じ会話を繰り広げていました。さらに原稿の中の少年はさらに原稿を読み始め、その中にはさらに原稿が…。

 合わせ鏡のように、原稿の中に原稿が登場するという魅力的な趣向です。谷崎潤一郎「呪われた戯曲」と似た趣向ですが、横溝作品の方が使い方が洗練されていますね。メタフィクショナルな部分だけでも面白いのですが、作中作に登場する少年の回想部分も面白いです。
 病弱ながら美しく残酷な姉との蔵の中でのやりとり、少年がはまり込んでいく女装趣味、そして小道具として登場する「遠眼鏡」の覗き趣味…。耽美的な味付けも強く、エンタメの好篇といった感じの作品ですね。
説です。美少年が書いたという小説の恐るべき内容とは…。



4153350338書架の探偵 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
ジーン ウルフ 青井 秋
早川書房 2017-06-22

by G-Tools

ジーン・ウルフ『書架の探偵』(酒井昭伸訳 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 主人公は、かって探偵小説を書いていたというE・A・スミスのクローン体。図書館に所蔵されていた彼は、コレットという若い女性に借り出されます。彼女は、殺された兄から託された本の謎をスミスに解いてほしいというのです。その本は「火星の殺人」。作者の名はE・A・スミスでした…。

 近未来、作家がクローンとして再生され、図書館に所蔵されているという世界を舞台に、殺人事件の謎を追うSFミステリです。
 「再生」された作家たちが、図書館に暮らしているという魅力的な設定です。ただ、作家たちは定期的に借り出されないと「焼却処分」されてしまいます。また書くことは禁じられていたり、人権はなかったりと、何だかディストピア的な匂いのする世界なのです。
 本好きとしては、「幻の本」や「再生された作家」たちについて興味津々なのですが、そちら方面の掘り下げはあまり行われず、オーソドックスなミステリとして展開していくのは、意外と言えば意外ですね。
 事件の鍵を握るかと思われた「本」の扱いが意外に雑だったり、正直ミステリとしてはどうかと思う面もあるのですが、主人公スミスのキャラクターに味があるのと、登場人物たちのユーモアあふれる掛け合いが楽しく、読みやすさは抜群です。
 邦訳のある他の作品に「難しい」作品が多いので、ジーン・ウルフ作品は構えて読んでしまう人が多いと思うのですが、この作品に限っては非常に読みやすいエンタメになっています。ウルフ入門としては格好の作品ではないでしょうか。



4042542026殺人にいたる病 (角川文庫 赤 542-2)
アーナス・ボーデルセン 村田 靖子
KADOKAWA 1981-12

by G-Tools

アーナス・ボーデルセン『殺人にいたる病』(村田靖子訳 角川文庫)

 デンマーク第二の売れっ子推理作家が、南国のホテルで9作目の作品を書いていました。その作品の主人公は、作家と同じ推理作家でしたが、ナンバーワンである作家ストラウスに対して嫉妬の念を抱いていました。ストラウスが「語り手」の作品を表立って酷評したことから、憎悪の念が膨らんでいきます…。

 ミステリ作家がミステリ小説を書く話なのですが、その小説の中のミステリ作家もミステリ小説を書いているという、目眩がするような作品です。
 作家が小説を書く話というのはよくあるのですが、この作品の面白いところは、作家が書いている話が、作家自身をモデルにしているということ。読んでいて、今読んでいるのが作家自身の現実なのか、作家が書いている小説なのか、ということがだんだんわからなくなってきます。
 やがて作家は犯罪に手を染めるのですが、その犯罪を犯した男も、現実の作家なのか、フィクションの中の作家なのかがはっきりしません。そもそも『殺人にいたる病』という作品自体が、現実とフィクションの境目をぼかしていくような描き方がなされているのです。
 後半では、だんだんと狂気に囚われていく主人公が突拍子もない行動を取り始めるなど、サイコ・スリラーとしての面白さもあります。現実とフィクションの境目が入り混じったような結末も気が利いていますね。
 「虚構」と「現実」をテーマにしたような異色の作品です。前半の読みにくさ(意図的にそうされている節もあるのですが)はあるものの、メタな趣向に興味のある方にとって一読の価値はあるのでは。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第13回読書会 開催しました
 3月25日の日曜日、JR巣鴨駅前のカフェにて「怪奇幻想読書倶楽部 第13回読書会」を開催しました。出席者は、主催者を含め10名でした。
 テーマは、第1部「物語をめぐる物語」、第2部「作家特集 ステファン・グラビンスキ」です。参加してくださった方には、お礼を申し上げたいと思います。

 それでは、当日の会の詳細について、ご報告したいと思います。

 今回も、参加者全員のプロフィールをまとめた紹介チラシを作りました。チラシをPDFにしたものを、メールにて事前に配信しています。

 第1部「物語をめぐる物語」では、本や物語をテーマにした作品、作家を主人公にした作品、枠物語、メタフィクションや実験小説などについて話しました。もともと作家自身がこのテーマを好む傾向が強く、該当作品も本当にたくさんあるといった印象ですね。
 主催者による作品リストのほか、参加者のshigeyukiさんによるリストも配布されました。

 第2部は「作家特集 ステファン・グラビンスキ」。近年邦訳が続き、話題を呼んだポーランドの怪奇小説家ステファン・グラビンスキについて話し合いました。
 ポオやホフマン、ラヴクラフトといった作家たちとの共通点を感じながらも、グラビンスキならではの特徴というのも浮かび上がってきました。

 それでは、以下話題になったトピックの一部を紹介していきます。


●一部

・ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』について。
前半は純粋なハイ・ファンタジー、後半はメタフィクション的な展開になる。子供のころ読むと、後半はちょっと難しいかもしれない。作中の本を模した装丁は素晴らしい。
「それはまた別のお話…」的な部分がところどころにあり、サイドストーリーを想像させるという趣向は面白い。
映画版は中途半端な映像化でがっかりした。

・ヤン・ポトツキ『サラゴサ手稿』について。
アラビアン・ナイト風のエキゾチックな枠物語。背景にキリスト教とイスラム教の争いも描かれる。主人公が気がつくと、何度も処刑台のそばで目を覚ます…という展開が楽しい。映画版ではこのあたりはコミカルに描かれていた。
邦訳は抄訳で、映画版では未訳の後半部分が描かれるのだが、物語の中の語り手の話の中の語り手が…という具合に、多重構造になっているところがすごい。
作者はポーランドの人だが、フランス語版やポーランド語版など、未だに定本とされる形はないらしい。

・ジャン・レー『新カンタベリー物語』について。
チョーサー「カンタベリー物語」をモデルに描かれた怪奇幻想版枠物語。ジャン・レー作品の中でも傑作だと思う。

・小田雅久仁『本にだって雄と雌があります』について。
 本に雄と雌があり、本の子供ができる…という設定のファンタジー。結末ではひっくり返しがあったり、壮大なスケールの物語に。

・レイ・ブラッドベリ『華氏四五一度』について。
本が焚書される世界で「本」そのものになってしまう人々が描かれる。記憶力の問題はどうなっているのか気になる。同じ題材でもブラッドベリが書いたからこそ詩的に感じられる面があるのではないか。

・ジーン・ウルフ『書架の探偵』について。
近未来、過去の作家がクローンとして再生され、図書館に保管されているという作品。「作家」の扱いが雑なのがすごい。クローンの技術的な問題や倫理的な問題はスルーされている部分が多く、突っ込みどころも結構ある。

・ジョン・ヴァーリイの作品について。
ヴァーリィの小説世界では、クローンや脳移植が非常に手軽に行われる。倫理的な部分に引っかかる人もいるのでは。

・松本零士『銀河鉄道999』について。
機械の体で永遠の命を得るために旅をするという話。

・機械の体を手に入れた人間からは人間性が失われる?
日本人的な感性では、ロボットに対しても感情移入をするし、機械化されても人間性は残る気がする。サイボーグの悲しさを描くというような作品があったとして、その悲しさはあくまで「すれ違い」の悲しさで、根本的に「理解できない」というわけではない。

・コミュニケーションの不可能性について。
スタニスワフ・レムの作品では、人類とは根本的に理解できない存在が描かれることが多い。『砂漠の惑星』など。

・アンソロジー《怪奇幻想の文学》について。
今でもこれでしか読めない作品が多数ある、マニアックな怪奇アンソロジー。奇跡譚を集めた巻など、後半の巻が特に面白い。

・『ロアルド・ダールの幽霊物語』について。
ダールがテレビシリーズ企画のために選んだ怪談から精選されたアンソロジー。名作だけでなく、エイクマンやヨナス・リーといった珍しい作品も入っている。

・最近のアンソロジーについて。
最近は、海外のアンソロジーがめっきり出なくなった。

・小説の登場人物の名前について。
ありふれた名前だとイメージがわかないし、かといってあまり凝った名前でも難しい。横溝正史の小説の登場人物名は変わっているのが多いが、イメージはすごく掴みやすい。

・ミロラド・パヴィチ『ハザール事典』について。
事典形式の幻想小説。幻の国ハザールに関わる歴史や人物に関わる物語。3つの宗教からの項目に分かれている。男性版と女性版が存在する。ハードカバー版はスピンが3つついていて楽しい。

・マーク・トウェイン『アダムとイヴの日記』について。
同じ日常をアダム側とイヴ側からのそれぞれの日記形式で描いた小説。アダムは非常に頭のからっぽな男として描かれるが、イヴのパートは非常に叙情豊かになっていて、その対比が面白い。

・アラスター・グレイ『哀れなるものたち』について。
科学者によって死から蘇った女性の人生を、その夫となった人物と、本人両方の面から描く作品。夫側の物語を女性側の物語が否定するという構造になっている。ただお話的には夫側の物語の方が面白い。

・泡坂妻夫『しあわせの書』について。
トリックや仕掛けはものすごいと思うが、物語自体がそんなに魅力的でないのが弱点。

・筒井康隆『残像に口紅を』について。
世界から一文字づつ文字が消えていくという、実験的な作品。初版は袋とじになっていた。校正が大変そう。

・西澤保彦のSF的な作品について。
『七回死んだ男』『人格転移の殺人』『複製症候群』『ナイフが町に降ってくる』など。
・パトリシア・ハイスミス『イーディスの日記』について。
不幸な生活を送る主婦が妄想の日記をつづるという作品。精神的に「来る」作品。

・筒井康隆『敵』について。

・パトリシア・ハイスミス『殺人者の烙印』について。
妻殺しを疑われた作家が、天邪鬼な性格からどんどん自分の首を絞めてしまうという物語。

・新井素子『…絶句』について。
小説を書くことについての物語。途中で人称が変わるという趣向が面白い。

・ウィリアム・ゴールドマン『プリンセス・ブライド』について。
作家ゴールドマンが、子供の頃に父親に読んでもらった物語を自分の息子にも読ませようと本を手に入れるが、父親が読んでくれた物語は面白いところだけを抜き出したものであることがわかる。ゴールドマンはその本「プリンセス・ブライド」の娯楽抜粋版を書こうと考える…というメタフィクショナルな作品。
本編は非常に面白いファンタジーになっているのだが、それに対するゴールドマンのつっこみ部分が赤のインキで印刷されているという、凝った作り。
ゴールドマンの語り部分も、実話ではなくかなりフィクションが混じっていたりと、一筋縄ではいかない作品。

・フィリップ・ホセ・ファーマー『貝殻の上のヴィーナス』について。
カート・ヴォネガットの登場人物キルゴア・トラウト名義で書かれた作品。ヴォネガットは迷惑したらしい。

・ジェイムズ・ブランチ・キャベル『夢想の秘密』について。
キャベルの長大なシリーズ作《マニュエル伝》の最終巻。なぜこの巻だけが邦訳されたのかは疑問。
作家を主人公にしたメタフィクション的作品で、ちょっと難解だが、面白いことは面白い。

・スタニスワフ・レム『完全な真空』について。
架空の本の書評集。小説にするよりは楽だからこういう形式になった? ただレムにしか書けない作品だと思う。

・阿刀田高作品について。
後年の作品は、完全に技術だけで書かれていて、読めはするがあまり面白くなくなっている

・ネクロノミコンをモチーフにして書かれた作品について。
本家のラヴクラフトが作中の本について具体的な描写が少ないせいもあって、後続の作家が書きやすくなった? 『魔導書ネクロノミコン』など。
中では、ウェルウィン・W・カーツ『魔女の丘』に登場する魔導書は、非常にユニークだった。

・ヴァーナー・ヴィンジの短篇「七百年の幻想」について。
創刊700年の雑誌をめぐる物語。雑誌の揃いを守ろうとする青年を描く。馬鹿馬鹿しいが楽しい作品。

・E・T・A・ホフマンについて。
『セラーピオン朋友会員物語』は、数人の仲間たちが物語を語り合うという形式の物語。作中作は面白いものが多いのだが、途中にはさまれる議論部分が退屈してしまう。
創土社の全集はなかなか完結せず、集めている内に途中の巻が絶版になってしまった。
小林泰三の近刊の作品にホフマンがモチーフとして使われていた。

・フランツ・ロッテンシュタイナー『ファンタジー』について。
オーストリアの評論家ロッテンシュタイナーが評価する三大作家は、ポオ、ホフマン、ゴーゴリ。

・ミルチャ・エリアーデ『ムントゥリャサ通りで』について。
取り調べを受けた校長が話す物語が脱線を繰り返していく…という作品。物語の「余白」がものすごい。

・久世光彦『一九三四年冬―乱歩』について。
乱歩の人生をモデルにした小説。動きは少ないが雰囲気のある作品。

・ノーマン・スピンラッド『鉄の夢』について。
ヒトラーがアメリカに渡りSF作家になっていたら…という作品。SF作家ヒトラーが描いたSF小説「鉄の夢」が丸ごと収録されるという大胆な構成になっている。作中作は非常なB級作で、正直読むのはつらい。

・改変歴史ものがナチスばかりテーマになっている気がする。翻訳されるのは話題性のあるもの中心で、その意味でナチスものが多いが、欧米ではいろいろなタイプの改変歴史ものが書かれている。

・レーモン・クノー『イカロスの飛行』について。小説の登場人物が逃げ出してしまうというメタフィクション。

・木犀あこ『奇奇奇譚編集部 幽霊取材は命がけ』について。
連作になっているが最終話「不在の家」がジャクスン『丘の屋敷』のオマージュになっている。典型的な「幽霊屋敷もの」をひねった発想で一読の価値がある。


●二部

・グラビンスキには、変に論理にこだわることがあって、それがまた奇妙な味を生み出している。

・短篇「シャモタ氏の恋人」について。憧れていた女性から恋文をもらった男が、実際に女性と恋人関係になる…という物語。一見、オーソドックスなゴースト・ストーリーかと思わせて非常にひねりのある作品。「分身」テーマでもあり、無生物に生命が宿る…というグラビンスキお得意のモチーフも見られる。

・エッセイやインタビューで、グラビンスキは自身の作品について「汎神論的」という表現をする箇所がある。土地そのものに不思議な力があるとか、無生物に生命がやどる…というモチーフの作品はそのあたりを指しているのかも。

・グラビンスキ作品では、伝統的な怪奇小説のテーマ、幽霊、悪魔、妖精などはほとんど出てこない。

・グラビンスキ作品には、宗教的なバックグラウンドがほとんど感じられない。「怪物」が出てきても、異次元からやってきた得体の知れないものという感触が強い。この辺がラヴクラフトとの共通点を指摘される部分だろうか。

・グラビンスキが影響を受けた作家について。ポオ、マイリンク、スティーヴンソンなど。ホフマンの影響は否定しているが、影響はあると思う。

・別の世界や異次元らしき存在が描かれる、という点では巷間言われるラヴクラフトよりもホジスンの方が近いのではないか? ホジスン作品では、怪異に対して登場人物たちの精神が狂うことは少なく意外に健全なので、やはりラヴクラフトの方が近いかもしれない。

・ホジスン作品では、怪異や怪物に対して「戦う」ことが多い。『〈グレン・キャリグ号〉のボート』など。

・怪異に対して、グラビンスキはわからないなりに解釈する。そのあたりを「疑似科学」と呼ぶのだろうか。

・ポーランドの幻想画家、ズジスワフ・ベクシンスキーの画の紹介。グラビンスキと通じるところもある。


●『動きの悪魔』について。

・鉄道をテーマにした怪奇小説集。全体に「ウルトラQ」を思わせる要素が強い。

・鉄道は当時としては最新のテクノロジーで、事故が起これば大量の死者も出る。それがゆえに恐怖の対象となるという面もあるのではないか。

・怪奇小説とテクノロジーが結びつくと、思いもかけない作品ができることがある。例えば『リング』の「呪いのビデオ」は最初は斬新だった。それに比べると「呪いの本」は古くなっていない感がある。

・鉄道自体が当時の人々にとって、巨大で恐ろしいイメージを持っていたのではないか? もともと、鉄道が「怪物的なイメージ」を持っているとすると『動きの悪魔』という作品集に対するイメージも変わってくる。

・車掌がおかしくなる話、事故が起こる話が時折出てくるが、実際の通勤電車内で読むといっそう怖い。

・意外にサイコサスペンス的な要素が強い。

・グラビンスキ作品では、怪異が起こるにしても、明確な「怪物」という形は少なく、異次元からの侵入であるとか、それらの影響で人間がおかしくなる…というパターンが多い。

・「永遠の乗客(ユーモレスク)」について。
列車に乗り降りして、旅をするふりを続ける男を描いた作品。非常に味わいがある。ポオの「群集の人」を思わせる。

・精神的におかしい車掌がよく登場するのが面白い。「汚れ男」など。

・「車室にて」について。
突然の暴力的な展開に驚く。当時の列車の構造は車室が独立している?

・「機関士グロット」について。駅に列車を止めたくない男を描いた作品。エッセイによれば実話が元になっているとか。『動きの悪魔』の発想元になった作品。

・「奇妙な駅(未来の幻想)」について。
駅の造詣がすごく変わっている。

・「待避線」について。
「待避線」と呼ばれる別世界が登場する。パラレルワールドと言っていいのだろうか?

・「トンネルのもぐらの寓話」について。
トンネル内でしか生きられなくなった男が、洞窟内で奇妙な生きものに出会う…という作品。何やらラヴクラフト的。


●『狂気の巡礼』について。

・「薔薇の丘にて」について。
耽美的な要素の強い怪奇作品。ポオを思わせる。

・「狂気の農園」について。
非常に凄惨な印象を受けるサイコホラー作品。

・「接線に沿って」について。
主人公が奇妙な論理に従って死を選ぶという物語。理屈はよくわからないが、凄みがある。

・「海辺の別荘にて」について。
殺されたらしき友人の振る舞いが、別の人間によって再生される…という面白い趣向の作品。これも「場所」の力なのだろうか?

・「灰色の部屋」について。
引っ越した先で、前住者の影響力に悩まされる話。影響を振り切るために、語り手が取る手段が非常に面白い作品。意図せざるユーモアが感じられる。

・「チェラヴァの問題」について。
分身テーマの作品。二重人格ものと思わせて…というSF的な作品。江戸川乱歩的な要素も感じられる。ポオ「ウィリアム・ウィルソン」的?

・「煙の集落」について。
インディアンの文化をモチーフにした作品。グラビンスキ作品としては、変わったテーマの作品だと思う。

・「領域」について。
作家の想像力をテーマにした作品? クライマックスに登場する「怪物」はラヴクラフトを思わせる。


●『火の書』について。

・「赤いマグダ」について。
火に呪われた娘を持つ消防士を描く作品。非常に視覚的なイメージが強くて面白い。

・「白いメガネザル」について。
煙突に潜む「怪物」を描いた作品。「怪物」の造詣が非常にユニーク。

・「ゲブルたち」について。
妄想を行き着くところまで放任するという方針の精神病院がやがて拝火教のカルトになってしまうという作品。ポオの「タール博士とフェザー教授の療法」を思わせる。

・「煉獄の魂の博物館」について。
煉獄の魂が残した手の跡が登場する作品。本の装丁のモチーフになっている。

・「有毒ガス」について。
遭難した山小屋で出会う怪異を描いた作品。男とも女ともつかない謎の存在が登場する。邦訳されている作品の中では、もっとも「妖怪」に近い存在?


・フィオナ・マクラウドについて。
作品のカラーがとにかく暗い。『ケルト民話集』は非常に暗かった。
フィオナ・マクラウド、ウィリアム・シャープ『夢のウラド』について。マクラウド部分に比べ、シャープ部分はユーモアのある作品も。『ケルト民話集』に比べると、まだ暗くない。

・アイルランドとスコットランドの作家について。
同じケルトでもアイルランドとスコットランドの作家のカラーは違う。
アイルランド、アイスランド、ベルギーなど、小国でも芸術家を大量に排出する地域があるのはなぜなのだろうか?

・荒俣宏さんの昔の訳書では、全然関係ない画家の絵を表紙に使っていたりした。フィオナ・マクラウド『ケルト民話集』の表紙画は「青い鳥」だったり。

・ジョー・ウォルトン作品について。
『図書室の魔法』、《ファージング》シリーズ、『アゴールニンズ』など。

・野崎まど『2』について。
複数の作品の続編になっているという意欲的な作品。単なる趣向倒れになっていないところがすごい。

・桜庭一樹作品について。
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』『赤朽葉家の伝説』など。


●二次会

・T・S・ストリブリングの《ポジオリ教授》シリーズについて。超自然的な要素もある、異形のミステリ。

・《晶文社ミステリ》と《KAWADE MYSTERY》について。
どちらもほぼ絶版? 同時期に出た論創社の《ダーク・ファンタジー・コレクション》はまだよく見かける。論創社の刊行本はなかなか絶版にならない?

・ロバート・トゥーイの作品について。
奇妙な味の短篇作家。《KAWADE MYSTERY》で一冊だけ傑作集が出てそれっきりなのが残念。

・フィオナ・マクラウドの詩と小説について。
小説が最近話題になっているが、詩にも素晴らしいものがある。

・怪奇小説の三大巨匠(アルジャーノン・ブラックウッド、M・R・ジェイムズ、アーサー・マッケン)について。
創元推理文庫で出ていた彼らの本はほぼ絶版? 『M・R・ジェイムズ怪談全集』はいずれ復刊するような気がする。

・アーサー・マッケン作品のお勧めは?
衆目の一致するのは『怪奇クラブ』「パンの大神」など。『夢の丘』は好みが分かれると思う。

・ブラックウッド作品について。
なんだかんだで、コンスタントに紹介の続いている作家で根強い人気があるのでは。『王様オウムと野良ネコの大冒険』などの小品まで訳されている。
代表作は《ジョン・サイレンス》『ケンタウロス』『人間和声』、短篇では「ウェンディゴ」「柳」など。

・E・F・ベンスンの作品について。
すごく面白い作品を書く作家という印象。アトリエサードから出た2冊の短篇集は面白かった。

・W・H・ホジスン作品について。
秀作はいろいろあるが、代表作は『ナイトランド』だと思う。この作品がなかったら、ホジスンは二流の怪奇作家になっていた気がする。『ナイトランド』において、ホジスンは独特の世界観を構築している。

・欧米怪奇小説のオールタイムベスト1を選ぶとしたら何になる?
長篇ならメアリ・シェリー『フランケンシュタイン』かブラム・ストーカー『ドラキュラ』だろうか。短篇ならジェイコブズ「猿の手」。怖さで言うなら、シャーロット・パーキンズ・ギルマン「黄色い壁紙」やH・R・ウェイクフィールド「赤い館」なども。

・子供の読書感想文について。子供のころの感想文の上手さ(?)と大人になってからのそれとは直結しないと思う。

・子供時代の読書遍歴について。
江戸川乱歩の児童物→ミステリ一般→怪奇幻想もの、という流れを経る人は多いのではないか。

・ディーノ・ブッツァーティ作品について。
岩波文庫に2冊ブッツァーティ作品が入ったのは、古典と見なされた証拠だろうか。長篇『タタール人の砂漠』は傑作か? 結末を知った上でも読めるとする人と読めないとする人が。最近出た短篇集『魔法にかかった男』(東宣出版)は、上質の作品集だった。

・マシュー・ディックス『泥棒は几帳面であるべし』(創元推理文庫)について
。決まった家ばかりに侵入する泥棒を描いたユーモア・ミステリ。非常に楽しい作品。 |
・ウラジーミル・ナボコフ『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』について。
主人公が亡き作家の伝記を書こうとする「巡礼」型の物語だが、作中で言及される作家の架空の作品が風変わりで面白い。

・ナボコフ作品は難しくて読み通せないものが多い。
『青白い炎』など。『ロリータ』は読みやすい。

・読んだけれど全然理解できなかった作品について。
レイモン・クノー『はまむぎ』、ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』、フリオ・コルタサル『石蹴り遊び』など。

・スティーヴン・キング『ミザリー』について。
ハードカバー版の内側の表紙には、作中作の「ミザリー」を描いたイラストが書かれているなど、造本が凝っている。

・中島らも作品について
。死後は急速に読まれなくなっているようだが、非常にいい作品を書く作家だと思う。怪奇幻想的には『ガダラの豚』『人体模型の夜』『白いメリーさん』などが秀作。

・芥川龍之介作品について。
幻想文学的にも重要な作家だと思う。

・太宰治作品について。
はまる人は非常にはまる作家。岩波の太宰治短篇集のセレクションは良い。

・「アンチ・ミステリー」について。

・文学フリマについて。
造本に凝っている人が多いが、特に詩関係の本を出している人は、美しい造本が多い。

・原書を読むことと翻訳について。
外国語がすらすら読めるレベルでなければ、少しづつでも自分で翻訳してから読んだ方が内容は頭に入る。

・稲垣足穂について。
代表作は『一千一秒物語』。後年の作品が哲学とエッセイが入り混じったもので、非常に難解。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

「執念」の物語  木犀あこ『奇奇奇譚編集部 幽霊取材は命がけ』
B07BJY6VGD奇奇奇譚編集部 幽霊取材は命がけ (角川ホラー文庫)
木犀 あこ
KADOKAWA / 角川書店 2018-03-25

by G-Tools

 第24回日本ホラー小説大賞優秀賞受賞作品だった、木犀あこ『奇奇奇譚編集部 ホラー作家はおばけが怖い』(角川ホラー文庫)は、 新人ホラー作家の熊野(ゆや)惣介と、怪奇小説誌『奇奇奇譚』の編集者である善知鳥(うとう)が、小説の取材のために心霊スポットを訪れ、さまざまな怪奇現象に巻き込まれる…という体裁の作品でした。
 霊を「見る」ことができるが「怖がり」の熊野と、霊に「強い」が「見る」ことはできない善知鳥のコンビの掛け合いが楽しい作品でもあります。

 今回刊行された『奇奇奇譚編集部 幽霊取材は命がけ』(角川ホラー文庫)は、『奇奇奇譚編集部 ホラー作家はおばけが怖い』の続編になります。大きく3つに別れた連作短篇集になっています。

 「惑星怪人エヴィラ」では、熊野が、特撮作品に登場する邪悪な怪人エヴィラに実際に襲われるという事件が描かれます。善知鳥が特撮ファンであることが明かされるなど、楽しい作品なのですが、その裏で「恐怖とは何か?」「人間はなぜ恐怖を求めるのか?」といった真摯なテーマが展開されているという意欲的な作品です。

 「ひざのさらおいてけ」は、四国に住む同世代の作家、安達原を訪ねた熊野が、現地の観音像内部の博物館において遭遇する怪異を扱っています。「作家はなぜ小説を書くのか」「作家の行動原理」など、小説論的なテーマも興味深いですね。

 「不在の家」は、幽霊屋敷テーマの作品。アウトサイダー・アートの大物、渡会ヱマが生前に作品を書き残した家は、彼女の親の意向によりそのまま保存されていました。しかし過去、その家に入った3人の有名アーティストたちは全員変死していたのです。家を取材に訪れた熊野たちは、奇怪な現象に巻き込まれますが…。
 アーティストたちはなぜ死ぬことになったのか? 渡会ヱマが残したものとは何だったのか? 明かされる真相は非常に斬新。
 幽霊屋敷ものの名作、シャーリイ・ジャクスン『丘の屋敷』が作品の重要なテーマとして扱われているのも目を惹きます。ある種の『丘の屋敷』論になっているといってもいいぐらいかもしれません。
 シャーロット・パーキンス・ギルマンの「黄色い壁紙」や、デュ・モーリア作品についても言及されるのは、怪奇小説ファンにとっては嬉しい趣向でした。

 今回の作品では、全体に「霊の存在理由」について考察されているのが目を惹きますね。「あの霊はなぜ現れ続けるのか?」「なぜ、あの霊はああいう形で出現する必要があったのか?」といった疑問に対し、非常に知的に考えられています。
 また、そうした霊現象と並行して、主人公熊野の小説を書く動機について、徐々に明かされていくという趣向も面白いです。何より「霊現象」と「小説を書くこと」が、しっかり結び付けられているところに感心させられます。
 集中での一番の力作は間違いなく、巻末の「不在の家」なのですが、この作品では、小説を書く動機どころか、生きる動機までも問われるという、スケールも大きな作品になっています。個人的には、諸星大二郎のある種の作品を連想しました。

 前作もそうでしたが、霊現象や怪奇現象が、物語を彩るただの「ファッション」ではなく、登場人物たちの「動機」や「人生」にしっかりと絡んで、意味を持ってくるところが素晴らしいです。丁寧に構成された工芸品のような怪奇小説、といっていいかと思います。

 前作『奇奇奇譚編集部 ホラー作家はおばけが怖い』の感想はこちら

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

さまざまな怪奇  E・F・ベンスン『見えるもの見えざるもの』
488375300X見えるもの見えざるもの (ナイトランド叢書3-1)
E・F・ベンスン 山田 蘭
書苑新社 2018-02-19

by G-Tools

 2016年度刊行の『塔の中の部屋』に引き続き、E・F・ベンスンの怪奇小説集『見えるもの見えざるもの』(山田蘭訳 アトリエサード)が刊行されました。
 E・F・ベンスン(1867-1940)は、クラシカル怪奇小説の時代の人だけに、オーソドックスなゴースト・ストーリーが集められているんだろうなと思いがちなのですが、読んでみて驚くのが、題材やテーマの多様さです。シンプルな怪物や幽霊が登場するものから、SF的なもの、奇妙な味など、非常にバラエティに富んでいるのです。
 またオーソドックスなテーマを扱っていても、変わったひねりがあったりと、その語り口も技巧的なのです。例えば、巻頭の「かくて死者は口を開き」。死者の声を聞く研究をしている男が、殺人容疑がありながら無実になった女を家政婦として雇う…という、何とも不穏な設定の物語。最後まで目が離せません。

 二篇目の「忌避されしもの」も傑作。美人で気さくな女性ながら、なぜか誰にでも忌まわしい気持ちを抱かせてしまう未亡人エイカーズ夫人。彼女の正体は…? 作中で夫人を形容する言葉「魂が吐き気をもよおす」が強烈です。

 既にアンソロジーなどで既訳のある作品も多く入っているのは、この作品集のレベルの高さの証拠でしょうか。「雪男」の登場する怪物ホラー「恐怖の峰」、霊的な怪物の登場する「幽暗に歩む疫病あり」、吸血鬼ものの名作「アムワース夫人」、予知と幽霊を組み合わせた「地下鉄にて」などは、どれも上質な怪奇短篇です。

 語り口がどれも非常にこなれており、時にはユーモアさえ感じさせます。それが強く出ているのが「ティリー氏の降霊会」で、これはなんと降霊会に行く途中で死んでしまった主人公が、そのまま降霊会に出現するという、ユーモア・ゴースト・ストーリー。

 巻末の「ロデリックの物語」では、ベンスン自身らしい怪奇小説家が登場し、自作の作品が言及されます。内容自体は、かって別れた恋人の死に目に会いに訪れた男性が、病で変わり果てたはずの恋人の美しい姿を幻視する…というジェントル・ゴースト・ストーリーです。「救済」を予感させる結末もあり、後味が非常にいい作品になっています。

 「ティリー氏の降霊会」のような、軽みのある作品から、重厚な怪奇作品まで、取り扱われているテーマやタッチが多様で驚きます。一冊を通して読んで、これだけ豊かな発想を感じた怪奇小説集は本当に久しぶりでした。やはりベンスンは「巨匠」といっていい作家だと思います。
 ベンスンには、四冊の怪奇小説集があるそうですが、残りの二冊の邦訳も、ぜひ実現してもらいたいものですね。

 『塔の中の部屋』の感想はこちら
 

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

4月の気になる新刊と3月の新刊補遺
3月23日刊 イタロ・カルヴィーノ『最後に鴉がやってくる』(国書刊行会 予価2592円)
3月24日刊 木犀あこ『奇奇奇譚編集部 幽霊取材は命がけ』(角川ホラー文庫 予価648円)
3月30日刊 中相作『乱歩謎解きクロニクル』(言視舎 予価2376円)
4月6日刊 ホルヘ・ルイス・ボルヘス/アドルフォ・ビオイ=カサーレス『ボルヘス怪奇譚集』(河出文庫 予価896円)
4月9日刊 パーシヴァル・ワイルド『探偵術教えます』(ちくま文庫 予価907円)
4月12日刊 ジェローム・K・ジェローム『ボートの三人男』(光文社古典新訳文庫)
4月12日刊 福永武彦『完全犯罪 加田伶太郎全集』(創元推理文庫 予価1404円)
4月12日刊 小泉喜美子『女は帯も謎もとく』(光文社文庫)
4月12日刊 『ホラーの玉手箱 ショートショート・アンソロジー』(光文社文庫)
4月12日刊 ヨゼフ・チャペック『ヨゼフ・チャペック エッセイ集』(平凡社ライブラリー 予価1296円)
4月24日刊 ブルーノ・ムナーリ『ムナーリの機械』(河出書房新社 予価3132円)


 〈短篇小説の快楽〉の最終巻、イタロ・カルヴィーノ『最後に鴉がやってくる』がようやく刊行で、シリーズが完結です。シリーズ最初の巻が2007年刊行なので、10年越しの完結ですね。
 内容は初期の短篇を集めた作品集なので、後年のファンタスティックなものとはちょっと趣が違う感じでしょうか。

 木犀あこ『奇奇奇譚編集部 幽霊取材は命がけ』は、第24回日本ホラー小説大賞優秀賞受賞作品だった『奇奇奇譚編集部 ホラー作家はおばけが怖い』の続編。前作は非常に知的に構成された面白い作品だったので、二作目も楽しみです。前作の感想はこちら

 ホルヘ・ルイス・ボルヘス/アドルフォ・ビオイ=カサーレス『ボルヘス怪奇譚集』は、ボルヘスとビオイ=カサーレスが世界の文学作品から集めた奇妙な話のアンソロジーの文庫化。まとまった短篇作品のアンソロジーというよりは、抜粋を集めた感じの本なのですが、普通のアンソロジーにはない面白さがあります。このコンビのアンソロジーでは『天国・地獄百科』という作品集もあって、こちらも面白いので文庫化を期待したいですね。

 パーシヴァル・ワイルド『探偵術教えます』は、《晶文社ミステリ》で刊行されていた作品の文庫版。運転手が素人探偵となって活躍するというユーモア・ミステリです。新訳 「P・モーランの観察術」を追加収録した完全版とのこと。

 ジェローム・K・ジェローム『ボートの三人男』は、イギリスユーモア小説の古典的作品。これは今読んでも面白い作品なので、新訳版も楽しみです。小山太一訳。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

最近読んだ本

B000J8HUBAローマの白い午後 (1979年) (Hayakawa novels)
ヒュー・フリートウッド 小沢 瑞穂
早川書房 1979-04

by G-Tools

ヒュー・フリートウッド『ローマの白い午後』(小沢瑞穂訳 早川書房)

 未亡人バーバラは、資産家の娘キャスリンの家庭教師としてローマに移住することになります。知的障害のあるキャスリンは母親に疎まれていましたが、バーバラはキャスリンをかわいがるようになります。順調な生活のなか、突然、バーバラの恋人デヴィッドが失踪してしまいます。
 デヴィッドはキャスリンの母親メアリィと不倫のあげく殺され、死体は屋敷の庭に埋まっている、というキャスリンの話に動揺するバーバラでしたが、メアリィはキャスリンの空想だと一顧だにしません。しかし、メアリィの言動にも不審な点があることに、バーバラは気付きます。
 嘘をついているのは、キャスリンなのかメアリィなのか? やがてキャスリンは資産家だった自分の父親も、金目当てにメアリィに殺されたと言い出しますが…?

 キャスリンの話が本当なのかどうか? というところがポイントです。周りの人間は空想だと取り合いませんが、空想にしてはリアリティがありすぎるのです。そもそもキャスリンは本当に障害があるのか、そのふりをしているのではないのか?という疑いも発生してきます。
 キャスリンの母親メアリィもまた不審な言動をする人物であり、バーバラはどちらを信じたらいいのかわからなくなってしまいます。夫を亡くし、実母とも問題を抱えるバーバラの精神のバランスが崩れていくなか、とうとう不穏な事件が起こります。

 全体的に筋の起伏が少ない作品なのですが、登場人物同士の心理から醸し出されるサスペンスが非常に強烈な作品です。主要な登場人物が数人であり、舞台もほとんど動かず、事件もほとんど起こらないなかで、これだけサスペンスを高められるのは、この作家、かなりの妙手ではないでしょうか。ユニークな異常心理サスペンス小説です。



B000J9499Kきみはぼくの母が好きになるだろう (1971年) (ハヤカワ・ノヴェルズ)
ネイオミ・A.ヒンツェ 青木 久恵
早川書房 1971

by G-Tools

ネイオミ・A・ヒンツェ『きみはぼくの母が好きになるだろう』(青木久恵 ハヤカワノヴェルズ)

 ヴェトナム戦争で夫のマシューを失った若妻フランシスカは、臨月の体を抱えていました。実家に絶縁されていたフランシスカは、夫の母親を頼ろうと考えます。生前、夫は母親を優しい人だとしきりに言っていたのです。
 たずね当てた田舎の夫の家は、広壮な邸宅でした。しかし出迎えた義母は、終始冷たい態度で対応します。看護婦でもあるという義母はその冷たい態度にもかかわらず、しきりにフランシスカに泊まっていけと勧めます。直後に産気づいたフランシスカでしたが…。
 作品が始まった時点で、ヒロインは頼る人もお金も全くない状態で、唯一頼れる可能性のある義母を訪れることになるのですが、この義母が冷血な人で、次から次へと相手の心をえぐるようなことを言うのです。
 亡夫の話とあまりに異なる義母の姿に不審の念をおぼえたヒロインは、亡夫から来た手紙を探して読もうと考えます。直後に産気づいてしまったヒロインは、嫌々ながら、元看護婦だという義母の世話になることになるのです。

 夫を失った身重の若妻が恐ろしい目にあう…というゴシックロマンス風恐怖小説です。最初から最後まで、心理的にじわじわと嫌な話なのですが、気弱なヒロインが生きる気力を取り戻したりと、後味は悪くありません。現代的な味付けのゴシック小説として、秀作といっていいかと思います。



4566012425時をさまようタック (児童図書館・文学の部屋)
ナタリー バビット Natalie Babbitt
評論社 1989-12-01

by G-Tools

ナタリー・バビット『時をさまようタック』(小野和子訳 評論社)

 十歳になるフォスター家の一人娘ウィニーは、家出代わりに森の散策に出かけますが、そこで泉の水を飲む少年ジェシィと出会います。自分も水を飲もうとするウィニーでしたが、なぜかジェシィは水を飲ませようとしません。
 やがてジェシィの母のメイと兄のマイルズが現れたかと思うと、ウィニーは無理やり彼らの家に連れていかれてしまいます。そこで聞いたのは、彼らタック一家の秘密でした。 タック一家は、泉の水を飲むことで不老不死の命を得たこと、ジェシィは見かけは少年だが百歳を越える年齢であること、など。
 タック一家はウィニーに不老は決して贈り物でないことを語り、この秘密をばらさないように頼みますが…。

 児童文学枠で出版されている作品なのですが、「不死の命」をテーマにした意欲的な作品です。これは大人の読者にもぜひお勧めしたい作品。
 限りある命だからこそ価値がある…というテーマを扱っています。幼いヒロインがタック一家との交流を通して命の価値を知るという真摯な展開で、シンプルゆえにストレートにテーマが伝わってきますね。



4087605930屍車 (集英社文庫)
ジョー シュライバー Joe Schreiber
集英社 2009-11

by G-Tools

ジョー・シュライバー『屍車』(戸田裕之訳 集英社文庫)

 シングルマザーのスーは、幼い娘を誘拐したという電話を受けますが、犯人の男は、自分の言うとおりにしなければ娘を殺すと宣言します。男の指示は、決められたルートで車を運転しろというもの。車に乗り込んだスーが見たものは死体でした。男の目的とは一体何なのか…?

 最初は、誘拐犯の正体も目的も皆目わかりません。娘を助けたい一心で車を走らせるヒロインですが、やがて彼女のトラウマ的な過去が事件に関係していることがわかり、それは過去の連続殺人にも関わってくるのです。そしてドライブの途中で発生する超自然的な現象とは…。

 誘拐サスペンスに、連続殺人の謎、さらにオカルトとアクションを取り込んだ、サービスてんこ盛りのホラー小説です。
 物語の「緩急」がほとんどなく、ほぼ「急」で出来ているというノンストップスリラーです。題材がオカルティックで、いわゆるB級作品なのですが、読んでいる間は全然気になりません。犯人の「壮大な計画」には驚かされるのではないでしょうか。
 作者シュライバーの作品は、2009年に邦訳紹介されたこの作品だけのようですが、他の作品も読んでみたいところです。



4488010733嘘の木
フランシス・ハーディング 児玉 敦子
東京創元社 2017-10-21

by G-Tools

フランシス・ハーディング『嘘の木』(東京創元社)

 有名な博物学者であるサンダリー師は、その発見が捏造だという噂が広まり、家族を連れて逃げるようにヴェイン島に移住します。しかし噂は島にもすぐに広がり、一家は住民たちから村八分にされてしまいます。
 娘のフェイスは父親の無実を信じますが、直後にサンダリーは謎の死を遂げます。住民たちがサンダリーを墓地に葬ることに対して反対するなか、フェイスは父親は殺されたのではないかと考え、遺された書類を調べ始めます。
 そこで判明したのは、サンダリーは嘘を養分にするという「嘘の木」を密かに育てていたということでした。その実を食べると、真実がヴィジョンとなって現れるというのです。フェイスは「嘘の木」を利用して父親の死の謎を解こうとしますが…。

 作中に登場する「嘘の木」の印象が強烈です。人間がついた嘘を養分として実をつけ、その実を食べると、嘘にかかわる真実のヴィジョンが見えるようになるというのです。また、その嘘が大きければ大きいほど、大きな真実が得られるという設定。
 父親の「真実」を証明するため、ヒロインのフェイスはあえて「嘘」をばらまいていかなければならないという皮肉な展開になっていきます。その過程で、登場人物たちの「嘘」と「真実」も明らかになっていきます。善人だと思っていた人間が悪人であったり、その逆もまたしかり。殺人犯はいったい誰なのか?

 舞台がヴィクトリア朝、女性が社会的な地位をあまり認められていない時代という背景があり、その中でもフェイスはさらに立場が弱い少女として描かれています。その限られた条件の中で、強い意志を持って奔走するヒロインの姿は印象的ですね。
 少女の成長小説であり、殺人の謎を解くサスペンス・スリラーでもあるという、一級品のエンターテインメント。評判になるのも頷けます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

殺意の輪廻  マックス・エールリッヒ『リーインカーネーション』
rein.jpgリーインカーネーション (1977年) (ハヤカワ・ノヴェルズ)
マックス・エールリッヒ 小倉 多加志
早川書房 1977-02

by G-Tools

 マックス・エールリッヒ『リーインカーネーション』(小倉多加志訳 ハヤカワノヴェルズ)は「生まれ変わり」をテーマにしたサスペンス・ホラー小説です。

 大学講師ピーター・プラウドは、子供の頃から何度も同じ夢を見ていました。中でも一番強烈な夢は、湖で泳いでいるところをボートの上から女にオールで殴り殺されるというもの。しかもその女は、自分の妻か恋人らしいのです。わかっているのは、女の名前が「マーシャ」であるということだけでした。
 ピーターが相談した霊能力者や超心理学者たちは、それは前世の記憶ではないかと話します。偶然テレビで見かけた町の光景に見覚えを感じたピーターは、そこが前世の自分が暮らしていた町だと確信します。
 目的の町にたどり着いたピーターは、自分の前世らしき男性について調べ始めます。銀行で働いていたというジェフ・チャピンこそ、その人物だと確信したピーターは、チャピンについて、過去につきあいのあった関係者に話を聞いて回ります。
 その結果わかったのは、チャピンは遊び人であり、女性に対してサディスティックな性質を持っていたこと、湖で溺れ死んだとされていることでした。
 チャピンの娘アンと知り合いになったピーターは、彼女の家でアンの母親であるマーシャと出会います。この女こそ、前世の自分を殺した当人だと認めるピーターでしたが、その事実を彼女の前で言うことは控えます。前世の記憶を隠したまま、アンとつきあいを続けるピーターでしたが…。

 自分の前世を夢に見続ける男が、過去に生きていた町に舞い戻るが…という作品です。前世は本当にあるのか否か? といった追求は控えめです。生まれ変わりは実際にあったというスタンスで、メインに描かれるのは、過去に自分を殺した女(妻)と対面し、その娘と交際する男の不思議な心理です。
 前世の妻は、過去の殺人で精神を病んでアルコール中毒になっています。そこへ娘が連れて現れた男は、妙にかっての夫を思い出させ、さらに精神的に追い詰められていくのです。
 一方、主人公であるピーターも、自分が殺されたシーンを何度も悪夢で見るなど、前世の記憶に苦しんでいます。
 夫(前世でですが)も妻も、過去に囚われており、その呪縛から抜け出すことができるのか? といったところがテーマでしょうか。
 超自然的な要素はあるものの、異常心理サスペンスといった方が近い感じですね。登場人物の心理の動きが面白い作品です。

 なお、映画化作品(J・リー・トンプソン監督『リーインカーネーション』)もあります。原作にかなり忠実な作りで、こちらもなかなかの佳作でした。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

幽霊船をめぐって
B01LTHNM7A文学季刊 牧神4 特集●海洋冒険小説 / 読書案内
八木敏雄 出口裕弘 高山 宏 一色次郎 南洋一郎
牧神社 1975-10-30

by G-Tools

 先日、古書店で、雑誌『牧神』の四号を購入しました。『牧神』は、1970年代に牧神社から出ていた文学季刊誌です。牧神社は、平井呈一訳『アーサー・マッケン作品集成』や同じく平井編のアンソロジー『こわい話 気味のわるい話』などを初めとして、幻想文学系の本をよく出していた出版社です。それだけに、この雑誌『牧神』も、その手の幻想文学系の特集を多く組んでいました。
 この『牧神』、創刊号が《ゴシック・ロマンス》、二号が《不思議な童話の世界》、三号が《幽霊奇譚》と、非常にマニアックな特集をしています。
 《ゴシック・ロマンス》は、タイトル通りラドクリフ、M・G・ルイス、マチューリンなどのゴシック・ロマンスの特集、《不思議な童話の世界》は、海外の童話やファンタジーの特集、《幽霊奇譚》はゴースト・ストーリーの特集です。一号まるまるゴシック・ロマンスの特集をした雑誌なんて、僕もこれ以外見たことがないです。

 さて、四号の特集は《海洋冒険小説》で、幻想文学そのものではないのですが、目次に「幽霊船の小説」(富山太佳夫)というエッセイがあったので、気になって購入しました。
 さっそく目を通したのですが、欧米の幽霊船小説の系譜を語った面白いエッセイでした。ポオの「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」「壜の中の手記」、H・P・ラヴクラフト「白い船」、フレデリック・マリヤット「幽霊船」、ハーマン・メルヴィル「ベニート・セレーノ」などについて触れられています。

 そういえば幽霊船って、ホラーでは定番のネタで、怪奇実話や映画なんかではよく聞きますが、幽霊船をテーマとして扱っている小説って、意外に少ないような気がします。『幽霊海賊』(夏来健次訳 アトリエサード)を初めとして、W・H・ホジスンの作品ではちょくちょく出てくるような気がするのですが、他に何かあったっけ?と考えてみました。
 すぐ思いつくのは、以下のような作品でしょうか。

リチャード・ミドルトン「幽霊船」(南條竹則訳『幽霊船』国書刊行会 収録)
クロード・ファレール「幽霊船」(青柳瑞穂訳『怪奇小説傑作集4』創元推理文庫 収録)
ヴィルヘルム・ハウフ「幽霊船の物語」(種村季弘訳『魔法物語』河出書房新社 収録)
ガブリエル・ガルシア・マルケス「幽霊船の最後の航海」(鼓直訳『エレンディラ』ちくま文庫 収録)
コナン・ドイル「ジェ・ハバカク・ジェフスンの遺書」(延原謙訳『ドイル傑作集2 海洋奇談編』新潮文庫 収録)
澁澤龍彦「マドンナの真珠」『澁澤龍彦初期小説集』河出文庫 収録)

 あと、ホラーアンソロジーシリーズの《異形コレクション》には『幽霊船』の巻があって(井上雅彦監修『幽霊船 異形コレクション』光文社文庫)、これは意欲的で面白い巻でした。やっぱり古風なテーマだということもあり、現代に近い時代の作品では少ないですよね。

4334731139幽霊船―異形コレクション (光文社文庫)
朝松 健 安土 萌 飯野 文彦 石神 茉莉 石田 一 薄井 ゆうじ 江坂 遊 奥田 哲也 小沢 章友 井上 雅彦
光文社 2001-02

by G-Tools



 そういえば、最近の作品でも幽霊船を扱った小説があったなと思い出しました。スペインの作家、マネル・ロウレイロの『最後の乗客』(高岡香訳 マグノリアブックス)という小説です。

4775526480最後の乗客 (マグノリアブックス)
マネル・ロウレイロ 高岡 香
オークラ出版 2017-03-25

by G-Tools

 最愛の夫を失ったばかりの新聞記者のケイトは、同業だった夫が最後に調べていた案件を引き継ぐことになります。それは、実業家フェルドマンが手がける奇妙なプロジェクトでした。
 第二次大戦中、航海中の貨物船が、漂流するナチスの船を発見します。晩餐室に用意された料理は出来立てにもかかわらず、乗員と乗客は誰もおらず、見つかったのはたった一人の男の赤ん坊だけでした。
 助けられた赤ん坊は成長し大富豪となります。その大富豪こそ、フェルドマンであり、彼は自らの出自を探るために、漂流船を当時の状態のまま復元し、可能な限り当時と同じ航海を再現しようと考えているというのですが…。

 赤ん坊以外の乗客は一体どこに消えてしまったのか? フェルドマンの奇妙な計画の意図とはいったい何なのか? 強烈な謎の魅力があり、読者を引っ張っていきます。
 読者の予想通り「幽霊」が出現するのですが、ただの「幽霊話」ではなく、非常に現代的な解釈がなされています。このひねり具合は新しく、なかなかに面白いホラー小説だと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(盛林堂書房さんでの通販分は完売。2019年11月に開催の「文学フリマ東京」にて少数ですが販売予定です)。
2019年10月に作成した「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」を盛林堂書房さんで通信販売中です。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する