FC2ブログ
魔女のいる風景  トマス・オルディ・フーヴェルト『魔女の棲む町』
4775526642魔女の棲む町 (マグノリアブックス)
トマス・オルディ・フーヴェルト Thomas Olde Heuvelt 大原 葵
オークラ出版 2017-05-25

by G-Tools

 人口約三千人の町、ブラックスプリングには秘密がありました。住人はその町から出ることができず、町の外に出たとしても、強烈な自殺衝動にかられ自殺してしまうのです。その対象には、町で生まれたものだけでなく、引っ越してきた者も含まれていました。
 町の住人にかかった「呪い」は、数百年前に処刑された魔女のものだとされています。「キャサリン」と呼ばれる魔女は、今でも日常的に町に姿を現していました。目や口を縫い合わされ、体は縛られた状態で。災厄を押さえるために、過去に魔女に対して防御策を講じた人間がいたのです。
 彼女の囁きを聞いたものは死んでしまうと言われており、数十年前に魔女の縛りを解こうとした人間が大量に死ぬという事件が起きていました。町の人々は魔女の呪いへの対策として、自警団「HEX」を設置します。魔女の行動を監視するカメラを大量に設置し、噂が広がらないようにインターネットを監視していたのです。
 町の外の生まれながら、ブラックスプリングにやってきたスティーヴ一家は、町の「呪い」を受け入れ平穏に暮らしていましたが、外の世界に憧れる息子のタイラーは、魔女のことを調べ、その情報を外部に公開するべきだと考え、仲間とともに計画を立てていました…。

 トマス・オルディ・フーヴェルト『魔女の棲む町』(大原葵訳 マグノリアブックス) は、超自然現象の存在の当否を云々するのではなく、それが確実にあるものとして「科学的」に対応策を取る、という面白いアプローチの物語です。
 魔女キャサリンの幽霊(?)は、ランダムに町の中に出現するので、町中に監視カメラが存在したり、彼女の存在を隠すために定期的にパレードを行い、外部の人々にその存在を隠そうとしたりと、町の人々は努力を重ねています。

 町中の人々が魔女への対応策を重ねている…と聞くと、何やら「大げさ」でコメディ色が強い作品なのかと思いきや、さにあらず、非常に「怖い」作品なのです。魔女の呪いは、実際に人を殺すだけの威力があることがはっきりしており、彼女の存在が外部に広まった場合、町の壊滅もありうる、ということが仄めかされています。
 キャサリンとの意思の疎通はほぼ不可能だと言うことが過去の事例から証明されており、下手に接触をすると、死者が出る可能性もあるのです。

 そんな中、町に閉塞感を感じているスティーヴの息子タイラーやその友人たちは、外部に情報公開をするための計画を立てていきます。
 少年たちの計画は順調に進むかと思いきや、精神に危うさを抱える仲間の一人ジェイドンの勝手な行動をきっかけに、事態は急展開を迎えます。魔女自体の恐怖だけでなく、それにおびえる住人たちの疑心暗鬼がまた争いを引き起こしてしまうのです。
 全ては本当に魔女の仕業なのか? 魔女キャサリンの呪いが生まれることになった事情が追々語られますが、それは子供を大切に思うがための悲劇であり、それはまた主人公スティーヴのたどる道を暗示することにもなるのです。

 一般的に、怪異現象を解き明かす方向に物語が進めば、それに伴い「怖さ」は半減するものなのですが、この作品に関しては「怖さ」と「謎解きの興味」が上手く両立しています。新しいタイプのホラー小説として、非常に面白い作品です。
 作者のトマス・オルディ・フーヴェルトはオランダの作家で、本作品も最初はオランダ語で書かれていたそうです。英訳にあたり、アメリカを舞台にしてかなりの変更がされたとか。元のバージョンは結末も異なっているそうで、そちらの結末も気になりますね。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

12月の気になる新刊
12月4日刊 マーゴット・ベネット『過去からの声』(論創社 予価3240円)
12月4日刊 ダグラス・アダムス『ダーク・ジェントリー 全体論的探偵事務所』(河出文庫 予価994円)
12月6日刊 トマス・ピアース『小型哺乳類館』(早川書房 予価2160円)
12月6日刊 コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』(早川書房 予価2484円)
12月7日刊 C・S・ルイス『ナルニア国物語6 銀の椅子』(光文社古典新訳文庫)
12月11日刊 フェルディナント・フォン・シーラッハ『コリーニ事件』(創元推理文庫 予価778円)
12月13日刊 ディーノ・ブッツァーティ『魔法にかかった男』(東宣出版 予価2376円)
12月19日刊 サキ『四角い卵』(白水Uブックス 予価1620円)
12月20日刊 エドワード・ケアリー『肺都 アイアマンガー三部作3』(東京創元社 予価4104円)
12月20日刊 ドット・ハチソン『蝶のいた庭』(創元推理文庫 予価1296円)
12月25日刊 森瀬繚『クはクトゥルーのク CTHULHU CHRONICLES』(三才ブックス 予価2480円)
12月26日刊 『怪人 江戸川乱歩のコレクション』(新潮社 予価1728円)
12月27日刊 諸星大二郎『諸星大二郎劇場 第1集 雨の日はお化けがいるから』(ビッグコミックススペシャル 予価1550円)


 『ダーク・ジェントリー 全体論的探偵事務所』は、『銀河ヒッチハイク・ガイド』 で知られるダグラス・アダムスの傑作作品だそうです。気になりますね。

 トマス・ピアース『小型哺乳類館』は、アメリカの新鋭作家による短篇集。「息子が連れ帰ったクローン再生マンモスを裏庭で飼うことになった母親、夢の中にだけ存在する夫への愛を語る妻と動揺する現実の夫……突飛かつ壮大なスケールの想像力を通して、家族の拠り所を見つめ直す、新鋭のアメリカ人作家による笑えて泣ける十二の短篇。」とのことで、ちょっと奇想の入った作品集のようです。

 12月でイチオシはこれでしょうか。ディーノ・ブッツァーティ『魔法にかかった男』。紹介文を引用しておきます。「現代イタリア文学の奇才ブッツァーティ待望の未邦訳短篇集――初期から中期にかけて書かれた20作品を収録。1篇をのぞく19篇が初訳! 誰からも顧みられることのない孤独な人生を送った男が亡くなったとき、町は突如として夢幻的な祝祭の場に変貌し、彼は一転して世界の主役になる「勝利」、一匹の奇妙な動物が引き起こす破滅的な事態(カタストロフィ)「あるペットの恐るべき復讐」、謎めいた男に一生を通じて追いかけられる「個人的な付き添い」、美味しそうな不思議な匂いを放つリンゴに翻弄される画家の姿を描く「屋根裏部屋」……。現実と幻想が奇妙に入り混じった物語から、寓話風の物語、あるいはアイロニーやユーモアに味付けられたお話まで、バラエティに富んだ20篇。」
 東宣出版は、近年ブッツァーティの邦訳本を続けて出してくれていますね。ファンとしては感謝したいところです。

 サキの新訳シリーズももう第四弾です。『四角い卵』には、初期短篇集『ロシアのレジナルド』と没後編集の『四角い卵』を収録。他に、短篇・スケッチを追加収録。付録はサキの生涯と作品を概観したJ・W・ランバート「サキ選集序文」。挿絵はエドワード・ゴーリーです。

 話題を呼んだ、エドワード・ケアリーの《アイアマンガー三部作》の完結篇『肺都』が登場です。波乱万丈の物語の結末がどうなるのか気になります。

 森瀬繚『クはクトゥルーのク CTHULHU CHRONICLES』は、日本国内で発売された古今のクトゥルー神話作品1000作以上を解説したガイドブックとのこと。コミック・映画・ゲームなどもカバーしているとのことで、この分野のガイドブックの決定版になりそうな予感です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第10回読書会 開催しました
 11月19日の日曜日、JR巣鴨駅前のカフェにて「怪奇幻想読書倶楽部 第10回読書会」を開催しました。出席者は、主催者を含め8名でした。
 テーマは、第1部「H・G・ウェルズの空想世界」、第2部「第10回記念企画 本の交換会」です。参加してくださった方には、お礼を申し上げたいと思います。

 それでは、当日の会の詳細について、ご報告したいと思います。

 今回も、参加者全員のプロフィールをまとめた紹介チラシを作りました。チラシをPDFにしたものを、メールにて事前に配信しています。

 第1部のテーマは「H・G・ウェルズの空想世界」。SFの祖とされるイギリスの作家、H・G・ウェルズの作品について話しました。
 『タイム・マシン』や『モロー博士の島』など、後世に影響の与えた完成度の高い作品がある一方、「新加速剤」や「奇蹟を起こした男」といったほら話に近い作品、寓話のような「盲人国」、ロマンティックな「塀についた扉」、またユーモア小説などもあり、改めて非常に多面的な作家だなと感じました。
 ほぼ初めて読んだという参加者もおられましたが、古典的作家というより「面白い話を書く作家」といった印象を持たれた方もいるようです。

 第二部は「本の交換会」でした。参加者各自が本を持ち寄り、交換し合おうという趣旨の企画です。
 珍しい本や貴重な本をお持ちいただいた方もあり、持ってきた本の譲渡先はほぼ決まったのは良かったですね。
 持ってきた本の紹介や、それに絡んだ作家・作品の話題などもあり、終始楽しい雰囲気で進行できたかなと思います。

 それでは、以下、話題になったトピックの一部を紹介していきます。


●第一部
・『タイム・マシン』について。発表当時としては異例なほどの想像力が発揮された作品だと思う。数千万年後の未来など、スケールが途轍もない。

・『タイム・マシン』の原型となった短篇「時の探検家たち」は、古風な怪奇小説風のフォーマットで書かれた作品で、そこから『タイム・マシン』が生まれたのはすごい。

・ウェルズは「タイム・マシン」のディテールや作動原理について、あまり詳しく記していないが、そこに読者の想像力を発揮する余地があり、逆に面白いところでもある。他の作品でも、ウェルズは細かい部分を丁寧に説明したりはせず、そのあたりもヴェルヌとは異なる。

・『タイム・マシン』では、カニバリズムを仄めかす描写があったりと、残酷な部分もある。子供向けのリライトでも、そのあたりはぼかさずに書いているものがあるようだ。

・ウェルズは、SFジャンルが誕生する以前の作家だけに、いわゆるSFのフォーマットに従わない展開が多く、そこがまた魅力でもある。

・ジュール・ヴェルヌとウェルズの比較について。ヴェルヌはあくまで当時の科学技術の延長線上の世界を描くが、ウェルズはそれにこだわらない。今読むとウェルズの方が奔放で面白い。また現代SFは、ヴェルヌよりもウェルズの直系といえるのではないか?

・ヴェルヌ作品について。当時の情報小説的な面が強いので、たいていの作品では、その展開にからむ科学的な「講義」が長く続く。その部分は今読むと退屈なことが多い。逆に「講義」の少ない、純冒険小説的な作品は非常に面白い。

・スティーヴン・バクスター『タイム・シップ』について。ウェルズ遺族公式の続編。ウェルズ作品に登場するガジェットやテーマを上手く盛り込んだ意欲作。平行宇宙の概念を取り入れたり、過去・未来を行ったり来たりと非常に面白い作品になっている。ただ、「恋人」ウィーナ救出のくだりが本当に最後の一部でしか描かれないのが残念。

・現代SFでは、人類の進化の最終形が「精神エネルギー体」や「情報生命体」になってしまうことが多いが、これはやはり時代のトレンドなのだろうか? グレッグ・イーガンの作品についてなど。

・ウェルズには、非常に理知的な面とロマンティックな面と、両方の面がある。

・『モロー博士の島』について。獣を改造して人間を作ろうとするマッド・サイエンティストの物語。改造された獣人間が野生に戻っていくことと、人類の退化とが重ねあわされる。獣人間の詳細ははっきりとはわからないようになっている。

・『月世界最初の人間』について。重力遮断物質を利用して月に行く男たちの物語。月人が住む月世界が描かれるが、地球の裏返しの社会というか、ユートピア小説的な面が強い。ただ最後は、月にも争いごとが起こるのを予感させるという不穏な結末に。

・『神々の糧』について。生物を巨大化させる食物をテーマにした作品。前半は巨大化した生物と人間の争いを描くパニック小説風の展開で、後半は巨大化した子供たちと現生人類との葛藤を描くテーマ性の強い展開に。

・『神々のような人々』について。平行世界のユートピアに迷い込んだ人々の話。社会主義的な色彩が濃いので、エンタメとしては退屈。

・「エピオルニス島」について。無人島で絶滅したはずの鳥を育て始めた男の話。結末はペシミスティック。

・「盲人国」について。盲目の人間ばかりが暮らす山奥の国に迷い込んだ男の物語。価値観の相違を現す寓話として、非常に面白い作品。

・「妖精の国のスケルマーズデイル君」について。妖精の国に行った青年の物語。非常にシンプルなフェアリー・テールだが、妖精の国が真実かどうかはっきりしない…とするところがウェルズらしさか。妖精の女王の可愛らしさが印象的。

・「水晶の卵」について。火星の風景が見える水晶球を扱った物語。語り手は、当事者の協力者から話を聞いており、二重に真実がぼかされる仕組み。

・「新加速剤」について。目にも止まらぬスピードで動ける薬の話。

・「奇蹟を起こした男」について。何でもできる超能力を手に入れた男の物語。地球上の生物を一掃してしまうなど、スケールの大きさが楽しい作品。

・「紫色のキノコ」について。妻に頭の上がらない気弱な夫が森のキノコを食べて強気になる話。へんてこなユーモア小説。

・「故エルヴィシャム氏の物語」について。人格入れ替わりを扱った怪奇小説。

・ウェルズには単純なモンスターホラーも多い。「アリの帝国」「海からの襲撃者」など。

・『透明人間』について。透明になる部分は非常に面白いが、主人公が小悪党で、物語自体の完成度は低いと思う。近年の映画化作品『インビジブル』は、透明になった男が悪事を働くが、テーマとしては原作に非常に近い。

・H・F・セイント『透明人間の告白』について。もし透明人間になったらどう暮らせばいいのか、というサバイバル面を追求した面白い作品。食べ物の消化の面など、かなり現実的に描かれるのがおかしい。透明のアイテムが楽しい。

・「不案内な幽霊」について。ユーモア味の強いゴースト・ストーリー。初心者の幽霊が消えるのを手助けした男が、仲間にその話をする際に特別な身振りをすると…という話。ブラックなオチが楽しい。

・「プラットナー先生綺譚」について。爆発で別世界に飛ばされてしまう男の話。別世界がまるで霊界で、無気味な雰囲気がある。

・ユーモア小説家としてのウェルズについて。光文社古典新訳文庫の『盗まれた細菌/初めての飛行機』はユーモア作家としてのウェルズをクローズアップした作品集。練習もせず飛行機に乗る「初めての飛行機」、母親を連れて登山する「小さな母、メルダーベルクに登る」などが楽しい。

・日本人はウェットな作品が好き? SFのベスト企画では、ハインライン『夏への扉』やブラッドベリ『火星年代記』など、情緒的な要素の強いが上位に来ることが多い。フィニィやロバート・F・ヤングが人気なのもその表れかもしれない。

・「塀についた扉」について。人生の所々で楽園につながる扉を見かける男の話。非常にロマンティック。星新一のある種の作品を思わせる。

・現代日本で「異世界もの」が流行っているのはなぜなのか? 超人的な力を持つ主人公が若い読者に好まれない? 等身大の自分がそのままで報われたい…という心理があるのかも。

・「異世界もの」で現地の住人と言葉が通じるのはおかしい? アンチテーゼとして、言葉を通じさせるプロセスだけで書かれた作品もある。

・エイヴラム・メリットやバローズなど、異世界で「英雄」として転生するというタイプの作品は昔から存在した。最近では、異世界に行っても「英雄」ではなく「群集の一人」として生きるというタイプの作品も登場している。

・現代ライトノベルでは、正統派の冒険をしない作品も増えている。『この素晴らしい世界に祝福を!』など。

・『宇宙戦争』について。火星人が地球に攻め込んでくる話。一方的に地球人が虐殺されると言うシビアな作品。人間は何も出来ず、最後まで反撃はろくにできない。結末は細菌でたまたま火星人が死んでしまう。トム・クルーズ主演の映画版はわりと忠実に映像化していた。

・『宇宙戦争』は具体的な地名が出てきたり、ドキュメンタリー風味があり、それがリアリティを増している。オーソン・ウェルズがラジオ・ドラマ化したときに、事件が本当だと思ってパニックが起きたという事件があったという。このあたりは、小野俊太郎『未来を覗く H・G・ウェルズ』が参考になる。

・太陽系の惑星に関しては、科学的な事実がかなりわかってきているので、現在では宇宙人を出すに当たっても太陽系から来るという設定は難しい。一昔前のSFでは、水星や金星はジャングルのような惑星だと思われていたらしい。


●第二部

参加者の持ち寄った本の一覧です。

クリストファー・プリースト『双生児』(早川書房)
エドワード・ケアリー『アルヴァとイルヴァ』(文藝春秋)
荒俣宏『奇想の20世紀』(NHKライブラリー)
ジェームズ・ハーバート『ダーク』(ハヤカワ文庫NV)
東谷穎人編『笑いの騎士団 スペイン・ユーモア文学傑作選』(白水Uブックス)
高原英理『アルケミックな記憶』(アトリエサード)
ブライアン・オールディス『爆発星雲の伝説』(ハヤカワ文庫SF)
レ・ファニュ『ドラゴン・ヴォランの部屋』(創元推理文庫)
シャーリイ・ジャクスン『丘の屋敷』(創元推理文庫)
リチャード・マシスン『欲望のボタン』(ハヤカワ文庫NV)
リチャード・マシスン『リアル・スティール』(ハヤカワ文庫NV)
リチャード・マシスン『リアル・スティール』(角川文庫)
『怪奇小説傑作集1~5』
北野勇作『大怪獣記』(創土社)
吉田悠軌『一行怪談』(PHP文芸文庫)
野城亮『ハラサキ』(角川ホラー文庫)
太田忠司『奇談蒐集家』(創元推理文庫)
中田耕治編『恐怖の一ダース』(出帆社)
マグナス・ミルズ『フェンス』(DHC)
光文社文庫編集部編『ショートショートの宝箱』(光文社文庫)
ゾラ『オリヴィエ・ベカイユの死/呪われた家』(光文社古典新訳文庫)
レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』(ちくま学芸文庫)
H・G・ウェルズ『透明人間』
ロバート・ブロック『トワイライトゾーン』(角川書店)
ロバート・ブロック『楽しい悪夢』(ハヤカワ文庫NV)
ロバート・ブロック『切り裂きジャックはあなたの友』(ハヤカワ文庫NV)
ジョン・ウィリアムズ『ストーナー』(作品社)
セス・グレアム=スミス『高慢と偏見とゾンビ』(二見文庫)
デヴィッド マドセン『フロイトの函』(角川書店)

・角川書店のホラー小説大賞について。受賞作はハードカバーで出る場合と文庫で出る場合があるが、なにか決まりがあるのだろうか。文庫の方が部数を売りたい作品であることが多い。

・最近のホラー小説大賞受賞作は、以前に比べてエンタメ寄りでわかりやすい話が増えているような気がする。以前はかなり先鋭的な作品があった。また、全体を通して幽霊話などのオーソドックスなタイプの話が少ない。

・レオ・ペルッツ作品の面白さについて。ペルッツはストーリーテラーで、話し作りが天才的に上手いと思う。『アンチクリストの誕生』はそうした「上手い」短篇がたくさん入っていて、お勧めの作品集。短篇ひとつがそれぞれ厚みがある。

・ペルッツの長篇を初めて読むなら何がお勧め? 代表作は『第三の魔弾』だと思うが、かなり重苦しい作品なので『夜毎に石の橋の下で』か『スウェーデンの騎士』がいいと思う。『夜毎に石の橋の下で』は、収められた短篇を読んだ後に、さらに全体を読み終わると、また違った感慨が得られるという傑作。『スウェーデンの騎士』は構成が恐ろしく緻密に組み立てられた作品で、これまた必読。

・トマス・オルディ・フーヴェルト『魔女の棲む町』について。珍しいオランダ作家の作品。魔女に呪われた町の話で、魔女や呪いに対する科学的なアプローチが面白い。

・エドワード・ケアリー《アイアマンガー三部作》について。キャラクターや背景の味付けが非常に独特で魅力的。他のケアリー作品に比べると、主人公がわりとニュートラルな気がする。1巻ではそんなに出来事が起きていないのに、読んでいると波乱万丈な印象を受ける。挿絵のざらざらとした感触も魅力。読みやすいので、仕事帰りの疲れた頭でも楽しめる。

J・G・バラードの短篇について。『デスノート』風のアイディアを扱った作品や、タイム・ループを扱った作品など、異色短篇風の作品もあって面白い。

・キャンディス・フレミング『ぼくが死んだ日』について。毎回子供の死をめぐるエピソードが展開される連作。それぞれの「死に方」にアイディアが凝らされていたり、パロディもあったりして楽しい作品。

・イバン・レピラ『深い穴に落ちてしまった』について。穴に落ちた兄弟の物語。不条理な寓話かと思いきや、悲痛な現実を垣間見せたりと、なんともいえない魅力のある作品。作中、弟が素数を話し出すが、それについて謎が解けるらしい。

・出帆社の本について。フランス文学やオスカー・ワイルドを始め、いい翻訳書を出していた出版社。

・ピーター・トライアス『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)について。日本が大戦で勝利した歴史世界を舞台にした作品。表紙でロボットが出てくるが、作中ではそれほど活躍しない。

・連作ではない、それぞれがつながりのない短篇で構成された作品集は、売るのが難しくなっている? 短篇集を読んで、つながりのないのがおかしいと言う読者もいるらしい。そもそも「短篇集」という概念を知らない人もいるとか。

・ステファン・グラビンスキ作品について。『火の書』の収録作品は面白かった。とくに煙突に謎の怪物が出現する「白いメガネザル」は非常にユニーク。グラビンスキ作品では、語り手が理詰めで考えたりと客観的な視点を保とうとするパターンが多いように思う。

・「煙突」は西洋小説では重要なアイテムだと思う。「煙突」といえば、サンタクロースをめぐる幼児期の恐怖を描いた、ラムジー・キャンベルの『煙突』という短篇が面白かった。

・ジョージ・R・R・マーティン『タフの方舟』で、宇宙船が混雑している描写があって、そこがユーモアになっている。一昔の作品でも、例えばハリイ・ハリスンの作品など、人口過密社会が描かれたものがよくあった。

・電子書籍には解説がついていないものが多いが、翻訳ものにおける解説は重要だと思う。

・アンドリュー・カウフマン作品について。『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』『奇妙という名の五人兄妹』など。『奇妙という名の五人兄妹』では、兄弟の特殊能力が皆微妙なのがユニーク。

・マルタ・モラッツォーニ『ターバンを巻いた娘』について。作中の登場人物について最後まで名前を出さないが、読んでみると誰を指しているのかなんとなくわかる、という不思議な作品。表紙はネタバレ。


●二次会
・創元推理文庫版『ラヴクラフト全集』は読みにくい。集中力を要するので、途中で止めて、翌日に続きを読んだりしてもわからないことがある。

・ラヴクラフトの新訳作品集について。かなり読みやすそう。

・フレドリック・ブラウンについて。昔はSFの定番作家だったが、最近は品切れが多くて読みにくくなっている。現在入手可能なのは『未来世界から来た男』と『まっ白な嘘』ぐらい?

・ブラウンの長篇の面白さ。『73光年の妖怪』『火星人ゴーホーム』など。

・アガサ・クリスティの作品について。キャラクターの個性が弱いので、読んでからしばらく経つと物語を忘れやすい。逆に言うと、再読しても楽しめる。

・エラリイ・クイーンの作品について。クイーンもキャラクターの魅力は弱いが、プロットの重厚さがすごいので、記憶に残る。

・『時間のないホテル』について。後半はありふれた感じになってしまうのがもったいない。

・神保町ブックフェスティバルについて。混雑がすごい。とくに国書刊行会ブースの込みようはすごかった。

・ロバート・ブロック作品について。「精神異常」ネタを扱っていても嫌味がないのが魅力。『サイコ2』の面白さ。『ザ・スカーフ』は現実にありそうなリアリティがある。

・「嫌な話」について。シャーリイ・ジャクスン、ジャック・ケッチャム、ダフネ・デュ・モーリアなど。

・グラビンスキ『火の書』の面白さについて。

・本の装丁について。国書刊行会のグラビンスキ作品の装丁は3つともすごく魅力的だった。とくに『火の書』の装丁は斬新。正面を向けて飾っておきたくなる。

・電子書籍について。

・ウェルズ作品について。

・スティーヴンソンの作品について。スティーヴンソン単体の作品はロマンティックなものが多いが、義理の息子ロイド・オズボーンとの合作だと、なぜか「現実的な」要素が強くなるような気がする。ロイド・オズボーンは父親よりもリアリストだったのだろうか。

・ロード・ダンセイニについて。ちくま文庫から出た作品のことなど。

・吸血鬼を扱った作品について。ブラム・ストーカー『ドラキュラ』、アン・ライス『夜明けのヴァンパイア』、ジャック・リッチー『カーデュラ探偵社』など。

・ジャック・リッチーの面白さ。『クライム・マシン』は大傑作だと思う。ただ、読んでいる間は面白いが、あんまり記憶に残らない作品が多い。

・ボルヘス編《バベルの図書館》について。面白いアンソロジーだが、全巻一気買いはちょっとつらいかも。

・ロバート・F・ヤング作品について。日本人はウェットな話が好き?

・『モロー博士の島』のパロディやオマージュ作品について。 バリントン・J・ベイリー「ロモー博士の島」、 ジーン・ウルフ『デス博士の島その他の物語』、ロバート・ブロック『ノーク博士の謎の島』など。アドルフォ・ビオイ=カサーレス『モレルの発明』も影響がある?


「第11回読書会」は、12月23日(土・祝)に開催予定です。テーマは、

第一部:吸血鬼文学館
第二部:年間ベストブック です。

詳細は後日あらためて公開したいと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第10回読書会 参加者募集です
 2017年11月19日(日曜日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第10回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp


開催日:2017年11月19日(日曜日)
開 始:午後13:30
終 了:午後17:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ
参加費:1500円(予定)
テーマ
第1部:H・G・ウェルズの空想世界
第2部:第10回記念企画 本の交換会

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※個人の発表やプレゼンなどはありません。話したい人が話してもらい、聴きたいだけの人は聴いているだけでも構いません。
※基本的には、オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも、安心して参加できると思います。


 第1部のテーマは「H・G・ウェルズの空想世界」。
 ジュール・ヴェルヌと並びSFの祖とされる作家、H・G・ウェルズの作品について話し合いたいと思います。
 代表作であり、この種のジャンルの開祖ともいうべき作品群、時を超える機械を生み出した『タイム・マシン』、透明になった男の悲喜劇を描く『透明人間』、生物改造テーマの嚆矢といえる『モロー博士の島』などだけでなく、ウェルズは、「マジック・ショップ」「塀についた扉」「故エルヴィシャム氏の物語」など、幻想小説を数多く残した幻想作家でもあります。
 現代のエンターテインメントの原型ともいうべき、ウェルズの作品世界について検討していきたいと思います。

※ウェルズに関しては、各社から作品集が出されていますが、一番入手しやすく、まとまっているのは岩波文庫版です。『タイム・マシン 他九篇』『モロー博士の島 他九篇』『透明人間』(3冊とも橋本槙矩他訳 岩波文庫)の収録作品をメインに話していきたいと思います。

 第2部は、第10回記念企画として「本の交換会」を行いたいと思います。
 いらなくなった本を持ち寄り、他の人の本と交換しようという趣旨の企画です。お持ちいただくのは何冊でも構いません。ジャンルは特に怪奇幻想にこだわらなくて結構ですので、ご自由にお持ちください。
 あわせて、お持ちいただいた本の紹介の時間も取りたいと考えています。

※お持ちいただく本がない場合、もらうだけでも構いません。
※本の紹介は強制ではありませんので、したい方だけで結構です。
※時間が余った場合、フリートークの時間としたいと思います。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

最近読んだ本

君と時計と嘘の塔 第一幕 (講談社タイガ) 君と時計と塔の雨 第二幕 (講談社タイガ) 君と時計と雨の雛 第三幕 (講談社タイガ) 君と時計と雛の嘘 第四幕 (講談社タイガ)
綾崎隼『君と時計と嘘の塔』(講談社タイガ)
 高校生の少年、綜士は、思いを寄せていた幼馴染の芹愛が死ぬという悪夢を見た直後に、あることに気がつきます。親友がいなくなっていたのです。しかも親友の存在を、自分以外の誰も覚えていないのです。
 『時計部』という部活で独自の研究を続ける先輩の千歳と、同級生雛美の助けを借り、綜士は、事態を打開しようと調査を開始しますが…。

 何度も同じ時間を繰り返すという、タイムリープを扱った作品です。このタイムリープの特徴は強制的であるところ。条件をクリアできないと、何度も過去に戻されてしまうのです。問題はタイムループを繰り返す度に、主人公の大切な人間が一人ずつ消えていくということ。初めは親友、そして次々に周りの人間が消えていってしまうのです。
 タイムリープというと、気軽に何度でも試行錯誤ができる…というイメージを抱きがちなのですが、この作品の場合、誰か大切な人が消えてしまうという点で、毎回、失敗はできないという深刻さをはらんでいます。
 物語の要請上、主人公は失敗を繰り返していくわけですが、事態がどんどんと悪化していく絶望感がすごいです。探偵役である千歳の活躍で、少しづつループの原因や対策が判明していくものの、何かが改善されても、別の何かが悪化してしまうので、なかなか前に進むことができません。
 4部作になっていますが、それぞれの巻末の引きが強烈で、特に3巻の巻末では最大級の困難が発生します。結末が多少あっさりしている感はあるのですが、それまではハラハラドキドキの連続で、非常に面白い作品だと言えます。



4336025827狼男(ウルフ)卿の秘密 (ドラキュラ叢書)
E・フィルポッツ 桂千穂
国書刊行会 1976-11

by G-Tools

イーデン・フィルポッツ『狼男卿の秘密』(桂千穂訳 国書刊行会)
 芸術家気質の青年ウィリアムは、父親の死により、ウルフ卿として爵位を継ぐことになります。管理人として呼び寄せた親友、同じ気質を持つ従兄弟、忠実な従僕、相思相愛の婚約者に囲まれ、幸せな生活を送っているかに見えたウィリアムでしたが、ある屋敷の中で見つけた古文書を見たことから、その生活に影が差すことになります。
 古文書に書かれた詩によれば、ウルフ家の末裔には、人狼の血が流れており、破滅が予言されているというのです。予言を信じるウィリアムは、徐々に内向的になっていきます。時を同じくして、ウィリアムの周りで、狼の仕業としか思えない事件が頻発するようになりますが…。

 前半は、自然に囲まれた屋敷を舞台に、主人公とその友人たちとの交流が丁寧に描かれていきます。神秘主義的な傾向を持つ主人公ウィリアムが、自分が人狼になるのではないかという恐れに取りつかれ、それと同時に、周りで不可解な事件が起き始めます。
 だんだんと怪奇ムードが高まっていき、とうとう人狼の出現か! というところで、読者はびっくりするのではないでしょうか。というのも、この作品、怪奇小説かと思っていると、最後に合理的に謎が解き明かされてしまうのです。ジャンルで言うとミステリなのですね。
 怪奇小説の古典を集めた《ドラキュラ叢書》に収められた作品だけに、純粋な怪奇ものとして読んでいく読者も多いと思うのですが、それがために、後半の謎解きが始まると、逆にびっくりしてしまうと思います。
 最後まで怪奇小説で行ってほしかったという感じはしますが、作品全体の雰囲気は上質で、味わいのある作品です。



shadow.jpg
シャドウアイズ (創元ノヴェルズ)
キャスリン プタセク 中原 尚哉
東京創元社 1989-10

by G-Tools

キャスリン・プタセク『シャドウアイズ』(中原尚哉訳 創元ノヴェルズ)
 ニューメキシコの山の中で、複数の人間が無残に殺されます。たびたび起こる殺人事件は、その規模と惨状から考えても人間の仕業ではありませんでした。
 インディアンの末裔であり、シャーマンの能力を持つ青年チャトは、犯人はインディアンに伝わる怪物だと確信し、それを止めるために調査を開始しますが…。

 インディアンに伝わる怪物という、ユニークなテーマのホラー作品です。この怪物の攻撃能力がすさまじく、複数の人間をあっという間にバラバラにしてしまうのです。
 最初はこの怪物を利用しようとする勢力が現れるのですが、やがて彼らの手には負えなくなり、ついに主人公が登場するという形になります。
 主人公は、子供の頃から部族のシャーマンとしてその能力を発揮していたものの、部落を離れ、大学教授になったものの、職を辞して放浪している、というプロフィールの人物。
 先住民のシャーマンの能力と西洋的な思想を同時に持つ人物という、なかなか興味深い設定なのですが、特別それが活かされたりしないところは、もったいないですね。
 主人公の恋人役として、インテリの記者の女性が登場するのですが、後半になってから突然このヒロインが退場して、別のヒロインが登場するのには驚きました。
 怪物ホラーとしては、エキゾチックな題材を使っており、なかなかユニークではあるのですが、お話自体の作りがかなり大雑把なのが気になります。ただ怪物の造形とその描写には生彩があります。作品の読みやすさを含め、B級の水準作という感じでしょうか。



4800312213世にも不思議な怪奇ドラマの世界
山本 弘 尾之上 浩司
洋泉社 2017-04-05

by G-Tools

山本弘著、尾之上浩司監修『世にも不思議な怪奇ドラマの世界』(洋泉社)
 アメリカのオムニバスドラマシリーズ『ミステリー・ゾーン』と『世にも不思議な物語』を解説したガイドブックです。
 『世にも不思議な物語』の方に関しては、あまり観ていないので何ともいえませんが、『ミステリー・ゾーン』に関しては、ファンとしてこれを待っていた!という感じの本です。
 それぞれのエピソードを詳しく解説し、エピソードによっては、内容に関する考察や関わった関係者の情報が載っていたりと、いたせりつくせりのガイドブックです。これからは『ミステリー・ゾーン』に関しては、この本が基本図書になるのではないでしょうか。 『新トワイライトゾーン』の方も、こんな感じのガイドブックがあるといいのですが。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

時を変える女  ジェリー・ユルスマン『エリアンダー・Mの犯罪』
4167309114エリアンダー・Mの犯罪 (文春文庫)
ジェリー ユルスマン 小尾 芙佐
文藝春秋 1987-01

by G-Tools

 時代は1984年、離婚したばかりの女性レスリー・モーニングは、父方の祖母について、母親からショッキングな事実を聞かされます。祖母エリアンダー・モーニングは、1913年、ウィーンのカフェで、見ず知らずの青年画家を射殺したというのです。
 レスリーは、急逝した父親の遺品の中から「タイム・ライフ版「第二次世界大戦史」」という本を見つけます。その中には「第二次世界大戦」について、詳細な記録と写真が掲載されていました。しかし彼女の知る限り、「第二次世界大戦」などという戦争は起こったことがないのです。
 その本のあまりの完成度に、それがフィクションだとは思えなくなったレスリーは、映画監督や撮影技師、歴史家、退役軍人ら、専門家を集めて本の内容を鑑定してもらいます。結果は本物ではありえないが、本物としか思えない…というもの。中でも「ナチス・ドイツ」についての記述は、集まった人間に衝撃を与えていました。
 祖母について調べていたレスリーは、過去の新聞記事で祖母エリアンダーの事件の詳細を知ります。祖母が射殺した画家の名はアドルフ・ヒトラー、「第二次世界大戦史」の中で、ナチスの指導者として記されていた人物でした…。

 ジェリー・ユルスマン『エリアンダー・Mの犯罪』(小尾芙佐訳 文春文庫)は、アドルフ・ヒトラーが殺されたため、ナチス・ドイツは存在せず、第二次世界大戦も起こらなかった世界を舞台にした作品です。
 調べていくうちに、祖母エリアンダーがヒトラーを殺したために、世界の歴史が変わったことがわかってきます。彼女はどうやってヒトラーの存在を知ったのか? どんな目的があったのか? 世界改変の謎、エリアンダーの生涯の謎が物語を引っ張っていきます。

 祖母エリアンダーの人生を描くパートと、祖母の生涯と世界の変化について調べていくレスリーのパートが併行して描かれていきます。
 ミステリー的な興味はあるものの、動きの少ないレスリーのパートに比べて、躍動感あふれるエリアンダーのパートの方が読み応えがありますね。
 女性の社会進出がまだ少なかった時代を舞台に、知恵と行動力で未来を切り開こうとするエリアンダーのキャラクターは印象に残ります。何より、彼女の行動原理は「大切な人を守るため」であり、夫や息子、友人たちのために様々な困難に立ち向かいます。
 そして、彼女がヒトラーを暗殺しようと考えるまでの決意の過程とその結果も、また強い印象を残すのです。

 この作品の舞台はいわゆる「パラレルワールド」であるわけですが、世界の変化の前後で変わった箇所がところどころで提示され、そのあたりがどうなっているのか読むのも楽しみの一つです。
 ナチスの大物たちが、普通の市民だったり、成功した商人になっていたり、逆に有名な指導者たちが、ろくに活躍もせずに引退していたりします。
 過去のエリアンダーのパートでは、H・G・ウェルズが重要な役目で登場するのも楽しいところですね。

 あまり動きのなかった現代のレスリーのパートも、後半になると、きなくさい展開になっていきます。「第二次世界大戦史」から影響を受けたドイツの軍人たちが、行動を起こし始めるのです。
 変化後の世界では、ドイツが世界で最大の国、唯一の核保有国になっています。これを利用しようとする軍人ザイドリッツを止めようと、レスリーとザイドリッツの甥パウルは秘密の計画を立てますが…。

 設定の細かい部分で、曖昧なところもなくはないのですが、読んでいる間は全く気になりません。複雑かつ繊細なストーリー、厚みのある人物描写、香気あふれる雰囲気と、傑作といっていい作品ではないでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

完璧な乳母  ダン・グリーンバーグ『ナニー』
4102283013ナニー (新潮文庫)
ダン グリーンバーグ 佐々田 雅子
新潮社 1989-02

by G-Tools

 フィルとジュリーの若夫婦は、生まれた赤ん坊の世話に四苦八苦した結果、ナニー(乳母)として女性をやとうことにします。イギリス出身のナニー、ルーシー・レッドマンは、赤ん坊の世話だけでなく、あらゆる家事に長けた有能な女性でしたが、傲慢で夫婦を見下すような態度をとります。
 やがてルーシーは、夫婦両方に対して性的な誘惑を始めます。危機感を抱いたフィルは、ルーシーの元の雇い主に話を聞こうと考えますが、彼らは皆、話をしてくれません。ようやく話をしてくれた元雇い主から漏れたのは、恐るべき事実でした…。

 ダン・グリーンバーグ『ナニー』(佐々田雅子訳 新潮文庫)は、恐るべきナニーを描くサスペンス・ホラーです。ナニーは、赤ん坊の世話や家事だけでなく、やがて夫婦それぞれの心理まで手玉に取るようになっていきます。
 このナニーのキャラクターが強烈で、最初は傲慢な態度で夫婦を支配するものの、やがて態度を変え、信頼を寄せられるという形で心理的に支配するようになっていきます。

 夫のフィルはナニーの性的誘惑に負けてしまい、彼女の前歴に疑わしい点がわかってからも、良心の呵責から彼女を一方的に追い出すことができなくなってしまうのです。また妻の方も、ナニーの手伝いなしには、生活が成り立たなくなるまでになってしまいます。 前半、夫婦が赤ん坊の世話をする苦労がみっちり描き込まれるだけに、夫婦がナニーに依存してしまう心理も納得しやすいものになっています。

 後半、ナニーの真実を知った夫婦は赤ん坊とともに逃走することになるのですが、そこからのナニーの攻勢はインパクト充分です。彼女は超自然的な力まで持っていることが明かされますが、その能力や由来を具体的に説明しないため、その得体の知れなさが、またホラーとしての魅力を増しています。
 前半は日常的なドメスティック・サスペンス、後半は超自然的なホラーと、一冊で二種類の物語が楽しめる、良質なエンタテインメント作品です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。twitterアカウントは@kimyonasekaiです。
怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。twitter上の怪奇幻想ジャンルのファンクラブ「 #日本怪奇幻想読者クラブ 」主宰。
『ミステリーズ!vol.96』(東京創元社)に怪奇小説の翻訳概況を書きました。
同人誌『海外怪奇幻想小説アンソロジーガイド』を2019年8月に刊行しました(完売しました)。
「海外怪奇幻想作家マトリクス・クリアファイル」、同人誌『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』『イーディス・ネズビット・ブックガイド』を盛林堂書房さんで通信販売中です。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する