靄のかかった物語  ロバート・エイクマン『奥の部屋』
4480433244奥の部屋: ロバート・エイクマン短篇集 (ちくま文庫)
ロバート エイクマン Robert Aickman
筑摩書房 2016-01-07

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 20世紀半ばから後半にかけて活躍した、イギリスの作家ロバート・エイクマン。怪奇小説に分類される彼の作品は、その実、純粋な意味での怪奇小説とはいいがたい面を持っています。
 というのも、エイクマンの多くの作品には、我々がいわゆる「怪奇小説」と聞いて期待するような、幽霊や怪異現象が明確に登場しないのです。それらが登場する場合でも、それらの幽霊や怪異自体にスポットは当たっていません。かといって、怪異に遭遇する人間たちの心理こそメインに描かれるのかと言えば、そういうわけでもないのです。
 端的に言えば、とらえどころのない作家、と言えるのですが、読んでみると、これはやはり怪奇小説といわざるを得ないのです。奇妙といえば奇妙、そしてその「奇妙さ」こそが、エイクマンの魅力なのです。

 ちくま文庫で刊行された、ロバート・エイクマンの短篇集『奥の部屋』(今本渉訳)は、国書刊行会の叢書《魔法の本棚》で刊行された同名作品集の増補版に当たります。元版の5篇に加え、新訳の『スタア来臨』、別のアンソロジーに収録された『何と冷たい小さな君の手よ』を増補しています。

 かっての学友で才媛である女性が、亡き父の家に移り住んだことから、異様な精神状態に陥るという『学友』、婚約者の家族に会いに出かけた女性が、奇妙な女に出会うという『髪を束ねて』、寝過ごして駅の待合室で眠ることになった男の一夜を描く『待合室』、かっての交際相手に電話したことから、謎の女との電話にのめりこむことになる『何と冷たい小さな君の手よ』、小さな劇場で上演される演目に招聘された大女優を描く『スタア来臨』、ふと知り合った元画家の男の奇怪な手記を読むことになるという『恍惚』、子供の頃に買ってもらったドール・ハウスと瓜二つの屋敷に遭遇した女性を描く『奥の部屋』が収録されています。

 収録作品のうち、正統派の怪奇小説と呼べるのは『何と冷たい小さな君の手よ』ぐらいでしょうか。その他の作品は、不気味ではありますが、明確に怪奇小説と呼べるほどの結構にはなっていません。
 例えば『学友』を取りあげてみましょう。この作品では、語り手の友人が狂気に陥り、それが友人の亡父の霊の影響ではないかと読むことができるのですが、霊の存在は明確に肯定も否定もされず、語り手の「想像」に過ぎない可能性もあるのです。
 実際、友人は狂気から回復し、あっけらかんと日常に戻ってしまうのです。その臆面のなさには、この作品を怪奇小説と読んでいいのかどうかも躊躇わせるものがあります。
 また、表題作でもある『奥の部屋』では、語り手が子供時代に恐怖心を抱いていたドール・ハウスと瓜二つの屋敷に出会うのですが、その屋敷の住人とのやり取りは、どこかちぐはぐで、シュールな印象さえ抱かせます。この作品を読んでいて思い出したのは、同じくシュールな怪奇小説、フィッツ=ジェイムズ・オブライエンの『失われた部屋』(大瀧啓裕訳『金剛石のレンズ』創元推理文庫収録)でした。

 因果にしたがって怪異現象が登場するのが「ゴースト・ストーリー」、因果に従わない怪異現象が登場するのが「モダン・ゴースト・ストーリー」とするならば、エイクマンの作品はその怪異現象が実在するかどうかもわからないという意味で、「ハイパー・モダン・ゴースト・ストーリー」とでもいいましょうか。
 どの作品も、怪奇小説としか言いようのない雰囲気を持ちながらも、明確な怪奇小説のストーリーラインを取らないところに、怪奇小説ファンとしてはもどかしさを覚えると同時に、気味の悪さを感じさせられますね。

 ちなみに、表紙には、ベルギー象徴派の画家フェルナン・クノップフの絵が使われていますが、思えば、エイクマンの作品は、象徴派絵画を物語にしたような雰囲気に満ちています。
 実際に、集中の一篇『恍惚』では、ベルギーの画家の未亡人に会いに訪れる男のエピソードが描かれます。作品内では、クノップフ、フェリシアン・ロップス、ジェームズ・アンソール、グザヴィエ・メルリ、アントワーヌ・ヴィエルス(ウィールツ)など、ベルギー象徴派の画家が多数言及され、エイクマン自身がこうした画家たちに親近感を持っていたことが窺われます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

運命を告げる家  アレハンドロ・イダルゴ監督『マザーハウス 恐怖の使者』
B014SMNQR4マザーハウス 恐怖の使者 [DVD]
アメイジングD.C. 2015-12-02

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 アレハンドロ・イダルゴ監督『マザーハウス 恐怖の使者』(2013 ベネズエラ)は、珍しいベネズエラ製ホラー作品です。

 主婦のドゥルセは、失業中の夫と二人の息子の四人家族で暮らしていました。ある夜、夫は殺され、長男のレオポルドが行方不明になります。
 凶器のナイフに指紋があったことから、夫と息子を殺した犯人とされたドゥルセは逮捕され、終身刑になってしまいます。
 30年後、保釈されたドゥルセは、自宅に戻ってきます。カウンセリングをすることになった神父は、母親が子供を殺すわけがないという信念から、30年前の事件の謎を調べ始めます。
 やがてドゥルセ一家が住んでいた家が、イギリス人の建築家によって100年以上前に建てられたこと、この家に住んでいた家族が皆姿を消しているという事実が判明しますが…。

 30年後のドゥルセと神父の現代パートと、30年前の家族の生活を描く過去パートが交互に展開されていきます。
 過去パートで、殺人事件が起きる前、家に何者かが侵入するという事件があったことがわかります。その際、子供二人が何者かに遭遇したことが仄めかされますが、はっきりした事実は示されません。
 この部分に限らず、何気ない日常生活描写にそれぞれ伏線が含まれており、後半になって、その意味がわかるという仕組みになっています。
 例えば、母親が息子にお守りとしてムーンストーンを渡すシーンがあります。このムーンストーンが様々な人の手に渡っていくのですが、その流れが実に見事。
 溜めに溜めた伏線が、後半30分ぐらいで一気に明かされる展開はすごいの一言です。クライマックスでは、なんと、三つの時間軸のエピソードが、同時に同じ家の中で展開されるのです。

 オカルトホラーという謳い文句から、典型的なお化け屋敷ものを想像しますが、実は少しジャンルの異なる作品です。
 序盤は明らかにお化け屋敷ものフォーマットに則った展開で、超自然的な怪物なり幽霊なりがいつ出るのか? といった興味で見る人が多いかと思います。そして、お化け屋敷ものとして観てしまうと、少々冗長なのも確かなのです。
 ただ、後半に伏線が回収されてみると、それまで冗長に感じていた前半の描写に新たな意味が与えられ、結末においても非常なカタルシスを得ることができます。
 先入観を抱かずに、まっさらの状態で観てもらうと、より楽しめる作品ですね。

テーマ:ホラー - ジャンル:映画

2月の気になる新刊と1月の新刊補遺
1月刊 大瀧啓裕編『Virgil Finlay 幻想画集』(青心社 予価1728円)
2月1日刊 ガイ・ヘンリー『SF大クロニクル』(KADOKAWA 予価5940円)
2月13日刊 フェルディナント・フォン・シーラッハ『罪悪』(創元推理文庫 予価778円)
2月13日刊 ミック・ジャクソン『10の奇妙な話』(東京創元社 予価1620円)
2月17日刊 ジョイス・キャロル・オーツ『邪眼 うまくいかない愛をめぐる4つの中篇』(河出書房新社 予価2376円)
2月19日刊 松岡正剛『稲垣足穂さん』(立東舎文庫 予価864円)
2月19日刊 荒俣宏・松岡正剛『月と幻想科学』(立東舎文庫 予価864円)
2月22日刊 ジョン・ヴァーリイ『さようなら、ロビンソン・クルーソー 〈八世界〉 全短編2』(創元SF文庫 予価1296円)
2月24日刊 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『あまたの星、宝冠のごとく』(ハヤカワ文庫SF 予価1188円)
2月25日刊 岸本佐知子編訳『楽しい夜』(講談社 予価2376円)
2月27日刊 カーター・ディクスン『貴婦人として死す』(創元推理文庫 予価886円)
2月29日刊 ジョン・スラデック『ロデリック』(河出書房新社 予価2916円)
2月29日刊 ユーディット・シャランスキー『奇妙な孤島の物語 私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう50の島』(河出書房新社 予価3240円)

 『Virgil Finlay 幻想画集』は、アメリカの幻想画家ヴァージル・フィンレイの画集です。
 ヴァージル・フィンレイは、20世紀前半、パルプマガジン全盛期に、SF・ファンタジー・ホラーなどのイラストレーションで活躍した人です。ラヴクラフト作品の挿絵なども描いています。大衆雑誌に似つかわしくないほどの絵の描き込みと質で、今でもファンが多い画家ですね。
 1980年代に刊行された画集の再刊になるようですが、増補部分などはあるのでしょうか。ただ、価格的には非常にお買い得だと思います。参考に以前に挙げた記事をリンクしておきます。(「不遇な幻想画家  大瀧啓裕編『ヴァージル・フィンレイ幻想画集』」)

 ガイ・ヘンリー『SF大クロニクル』は、SFの事典。映像作品など、ヴィジュアル面重視のようですが、小説作品の割合がどの程度が気になりますね。

 ミック・ジャクソン『10の奇妙な話』は、奇妙な味の短篇を集めた作品集のようです。
 内容紹介には、「金持ち夫妻に雇われ隠者となった男や、蝶の修理屋を志し博物館の標本の蝶を蘇らせようとする少年。日常と異常の境界線を飛び越えてしまった人々を描く奇妙で愛おしい物語。」とあり、期待大です。

 立東舎文庫の2冊、『稲垣足穂さん』『月と幻想科学』は、1970年代の終わりに工作舎から出ていた《プラネタリー・ブックス》からの復刊ですね。このシリーズは、小粒ですが瀟洒なタイトルが多く含まれていました。とくに『月と幻想科学』は、「月」について科学・文化的に語った対談集で、なかなかに面白い本でした。

 『あまたの星、宝冠のごとく』は、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの短篇集。これは楽しみです。

 『楽しい夜』は、岸本佐知子さん編訳になるアンソロジー。相変わらずちょっと「変」な作品が集められているようです。

 予告は随分前からなされていましたが、ようやく刊行になるようです。ジョン・スラデック『ロデリック』は、捨てられてしまったロボットの冒険を描くコミック・ノベル。
最近読んだ本

4041034663ヘブンメイカー スタープレイヤー (2)
恒川 光太郎
KADOKAWA/角川書店 2015-12-02

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恒川光太郎『ヘブンメイカー』(角川書店)
 10の願いをかなえる力を与えられた「スタープレイヤー」を描くシリーズの第2作です。1作目とは主人公が異なり、2人の青年がメインに描かれます。一人は「スタープレイヤー」として異世界に辿り着いた青年。もう一人は、大勢の人間と共に甦った青年です。
 「スタープレイヤー」の青年は、死んだ恋人を甦らせます。甦った青年は仲間とともに、グループを作り異世界の探検に乗り出します。この2つのパートが交互に描かれますが、後半になり2つのパートが一つになる流れには膝を打ちました。
 異世界にも原住民が住んでおり、王国や帝国も存在します。「スタープレイヤー」といえど、場合によっては簡単に殺されてしまうのです。共同体を建設したり、他国と戦争になったりと、「開拓もの」としての面白さも味わえます。
 「スタープレイヤー」の願いは、制限はあるものの、大量の死者を甦らせたり、複数の条件を同時にかなえたりと、かなり大規模なものも可能です。ただ、かなえた願いが必ずしも登場人物たちの幸せにつながらず、人間不信に陥ったりと、単なる願望充足の話に終わらないところは流石ですね。
 願いを実現する超自然的な存在の謎や、異世界の秘密など、まだ明かされない部分もたくさんあります。シリーズの続刊が楽しみです。



4488010423センター18
ウィリアム・ピーター・ブラッティ 大瀧 啓裕
東京創元社 2015-12-21

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ウィリアム・ピーター・ブラッティ『センター18』(大瀧啓裕訳 東京創元社)
 『エクソシスト』で知られる作家ブラッティの長編作品です。
 ヴェトナム戦争で精神を病み、妄想を抱くようになった将校たちを集めた療養所「センター18」。新たに配属されたケイン大佐は、患者たちの妄想を聞いているうちに、自らも精神のバランスを崩していきます…。
 冒頭から、精神を病んだ登場人物のオンパレードで、誰が正気なのかがわからないという、何とも強烈な作品です。主人公が狂ってしまうダークな作品かと思いきや、結末では「救い」がもたらされてしまうという、ある種、宗教的でもある作品。長編としては非常に短いのですが、読後の密度は分厚い長編のそれに負けません。



4883752127七つ星の宝石 (ナイトランド叢書)
ブラム・ストーカー 森沢 くみ子
書苑新社 2015-09-24

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ブラム・ストーカー『七つ星の宝石』( 森沢くみ子訳 アトリエサード)
 エジプト学者トレローニーが何者かに襲撃され、昏睡状態に陥る事件が発生します。娘のトレローニー嬢にほのかな思いを抱く弁護士ロスは、屋敷に向かいますが、襲撃者の正体ははっきりしません。やがて、トレローニーがエジプトで発見したというミイラが事件に関わりがあるらしいことがわかりますが…。
 ミイラをめぐる伝奇小説です。さすがに今読むと冗長な部分があります。事件の謎をミステリータッチで追っていくのですが、現代の読者から見れば犯人は明らかなので、その部分にかなりのページを割かれていると、飽きてきてしまうのです。
 ただ、全体の雰囲気・ムードは素晴らしいと思います。ミイラを猟奇的に取り扱うというよりは、時を越えた愛や美、といった要素が強く、例えばライダー・ハガードの《女王もの》に近い感性の作品でしょうか。



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ジョー・ホールドマン『我は四肢の和を超えて』(はるこん実行委員会翻訳班 ハルコン・SF・シリーズ)
 ホールドマンの未訳の短篇を集めた作品集です。
 クローンが当たり前になった世界を舞台に、資産家の娘のクローンを匿うことになった探偵を描くハードボイルドタッチの『血の結び付きは濃く』、不老不死の実現された世界の情景を四通りに描くショート・ショート『四つの掌編』、サイボーク化によって絶大な力を得た男が暴走する『我は四肢の和を超えて』の3篇を収録。
 とくに『四つの掌編』は短いながら、考えさせるアイディアに満ちた好篇です。
 


4560090432ミニチュアの妻 (エクス・リブリス)
マヌエル・ゴンザレス 藤井 光
白水社 2015-12-19

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マヌエル・ゴンザレス『ミニチュアの妻』(藤井光訳 白水社)
 アメリカの新進作家ゴンザレスの短篇集です。必ずしもジャンル小説を志向しているわけではないようですが、SF・ホラー的なガジェットやテーマを使った短篇が多いです。非日常的な出来事を描きながらも、どこかとぼけた筆致の物語は魅力的ですね。
 突然ハイジャックされた飛行機が、数十年に渡って飛び続けるという『操縦士、副操縦士、作家』、謎の民族の研究で有名になった文化人類学者が失踪するという『セバリ族の失踪』など。
 集中でいちばんインパクトがあるのは、やはり表題作の『ミニチュアの妻』です。物を小型化する職についている男は、ある日ふとした手違いから、妻をミニチュア化してしまいます。妻を元に戻すべく、手を尽くしますが、失敗に終わります。やがてコミュニケーションもとれなくなってきた妻は、夫に対して敵意を抱くようになりますが…。
 最初は、小さくなった妻に感じる違和感を抱いた日常的な作品かと思いきや、後半に思い切りトーンが変わるのにびっくりです。これ、ほとんどリチャード・マシスンの『狙われた獲物』(仁賀克雄訳『不思議の森のアリス』論創社収録)ですね。『恐怖と戦慄の美女』の一エピソードとして映画化された作品ですが、あの映画を見た人には、なんとなくわかってもらえるでしょうか。


4488583040なんでもない一日 (シャーリイ・ジャクスン短編集) (創元推理文庫)
シャーリイ・ジャクスン 市田 泉
東京創元社 2015-10-30

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シャーリイ・ジャクスン『なんでもない一日』(市田泉訳 創元推理文庫)
 『くじ』で知られるジャクスンの日本オリジナル短篇集です。やはり、人間の悪意や弱さを描いた作品に秀作が見られますね。
 人々に悪意をばらまく老婦人を描く『悪の可能性』、善人と悪人の境目をさりげなく描いた『なんでもない日にピーナツを持って』、ロードムービーを思わせるような『レディとの旅』などが記憶に残ります。



4787292331時間SFの文法: 決定論/時間線の分岐/因果ループ
浅見 克彦
青弓社 2015-12-17

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浅見克彦『時間SFの文法』(青弓社)
 タイムトラベルやタイムループなど、「時間」に関わるSF作品を分類、評論した本です。時間SFについて論じた後半も興味深いのですが、圧巻は前半のジャンル俯瞰の部分です。
 主だった時間SF作品が、あらすじ付きで紹介されていくのですが、この量が半端ありません。ハインライン『夏への扉』『時の門』、フィニイ『ふりだしに戻る』、グリムウッド『リプレイ』、広瀬正『マイナス・ゼロ』など、有名作はもちろんマイナーな短篇作品まで、かなりの数の作品が概観されていきます。
 時間SFについてのガイドブックとしては、梶尾真治『タイムトラベル・ロマンス』(平凡社)がありますが、こちらは著者の愛する作品についてのエッセイといった趣で、それほど紹介作品があるわけではありません。
 ガイドブックのサブジャンル項目として、時間SFについて触れた本はあると思いますが、ここまで時間SFに絞り込んだ本は、日本では初めてではないでしょうか。評論というよりは、時間SFガイドブックとしても非常に楽しめる本になっています。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

神秘なるロマンス  アリス&クロード・アスキュー『エイルマー・ヴァンスの心霊事件簿』
4883752194エイルマー・ヴァンスの心霊事件簿 (ナイトランド叢書)
アリス&クロード・アスキュー 田村 美佐子
書苑新社 2015-12-10

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 《ナイトランド叢書》の一冊として刊行された、アリス&クロード・アスキュー『エイルマー・ヴァンスの心霊事件簿』(田村美佐子訳 アトリエサード)は、コナン・ドイルの《シャーロック・ホームズ》シリーズと同時代に書かれた作品です。

 タイトルにあるように、「オカルト探偵」である、エイルマー・ヴァンスが遭遇する超自然的な事件を描いた連作短篇集になります。
 語り手を務めるのは、弁護士のデクスター。ふとしたことからヴァンスと知り合ったデクスターが、やがて相棒となり、事件を共に追っていくというのが物語の大枠になります。前半の数話はデクスターがヴァンスに過去の事件の話を聞くという体裁なのですが、中盤からは、実際にコンビを組んだ二人が、リアルタイムで直接事件に対峙するようになります。

 特徴としては、探偵であるエイルマー・ヴァンスが、それほど超人的な能力を与えられていないことが挙げられます。常識人で冷静、頭脳明晰ではあるものの、特殊な能力を持っているわけではありません。
 むしろ相棒のデクスターの方が、能力者として描かれます。中盤のエピソードで「千里眼」の能力に目覚めたデクスターは、以後、その能力をたびたび発揮することになるのです。
 しかし、「専門家」のヴァンスと「霊能力者」のデクスターが組んでさえ、ときに事件を解決することができません。怪異現象を防ぎきれず、目の前で人を死なせてしまうこともあります。怪異が人間の力ではどうしようもない場合があることを、ヴァンスは冷徹に認識しているのです。

 今回のバリストン氏のように、助けを求めてわれわれを訪ねてくる人々は、わたしたちが摩訶不思議な謎めいた力で霊を鎮めたり、霊に彼らの望みを伝えたりすることができると思いこんでいるふしがあるが、じつはわたしたちにそんな力はない。何百年も昔に証明されたことをあらためて目の前に示しているだけだ。この世もあの世も、まだまだいまの人間にはとうてい理解できないことばかりなんだ。

 しかしそれと同時に、怪異に見舞われた依頼人やその周りの人間たちの「思い」を汲み、彼らの意思を尊重するという、人間的な一面も垣間見られるところが、ヴァンスの魅力でしょうか。
 交霊術にのめり込み、妻に悪霊を憑依させたことから起こる悲劇を描く『侵入者』、呪われた血族の末裔の娘とその夫をめぐる『ヴァンパイア』、悪魔的な才能を持つオルガニストを描く『固き絆』など、いくつかのエピソードにおいて、引き裂かれようとする恋人や夫婦を助けるために、ヴァンスは奔走するのです。
 夫婦の合作だったことも関係しているのでしょうか、全体に、恋愛要素が強いのも特徴ですね。基本的には、人間に危機が迫るエピソードの中にあって、ヴァンスが幽霊に恋をするという『緑の袖』という、可憐なエピソードも含まれます。

 集中でもっとも印象的なエピソードとしては、巻末の『恐怖』が挙げられます。古い館に出現する怪異現象を描いていますが、現れるのは霊やポスターガイストではなく、なんと「恐怖」そのものなのです。屋敷の中を走り回る「それ」に近づいた人間は、すさまじいまでの「恐怖」を感じるというのです。怪異の原因を調査するヴァンスとデクスターが辿り着いた結論とは…。

 派手さはないものの、どのエピソードも細心に作られた趣があります。古色蒼然とはしているものの、古くはないのです。主人公たちが等身大の人間として描かれており、比較して、それに対する怪異現象が恐れを抱かせるものとして描写されているために、怪奇小説としての鮮やかさが増しているといってもいいでしょうか。
 まさに、怪奇小説の知られざる名作。このような作品が未訳で残っていたとは驚きです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

新年のご挨拶
 あけましておめでとうございます。2016年初の更新になります。

 休みに入り、積読本をなるべくたくさん減らそうということで、いろいろ読んでいます。
 新年、最初に手に取ったのが、押切蓮介の漫画『サユリ』(幻冬舎バーズコミックススペシャル)と『ミスミソウ』(双葉社アクションコミックス)だったのですが、これがまた凄かった。
 どちらも傑作だと思いますが、精神にこたえるような「痛み」と「つらさ」にあふれた作品で、新年から読むにはきつい作品でした。


434483464Xサユリ 完全版 (バーズコミックス スペシャル)
押切 蓮介
幻冬舎 2015-12-24

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 『サユリ』は、念願のマイホームを手に入れた家族が、家に憑いていた少女の霊によって、次々と憑り殺されるという物語です。この霊の攻撃がすさまじく、心臓発作で殺したり、精神を病ませて舌を噛み切らせたりするのです。あげくには異空間にさらってしまうなど、暴力度がとんでもない。
 この辺りでも、かなりきついのですが、生き残った少年と祖母が、復讐として霊に立ち向かう、という後半の展開がさらに強烈。とくに、祖母のキャラクターのインパクトが半端ではありません。霊すらも「殺そう」とする執念が描かれるのです。


4575842079ミスミソウ 完全版(上) (アクションコミックス)
押切 蓮介
双葉社 2013-03-12

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 『ミスミソウ』は、父親の都合で田舎に一家で移り住んだ少女が、ふとしたことから、いじめに会うという物語。このいじめが度を越していて、ついには少女の家族が放火で焼き殺されてしまうのです。
 そして、本人さえも自殺を強要されるに至って、少女は復讐するために、いじめっ子たちを残虐な手段で殺してまわるのです。
 問題は、殺されるクラスメイトたちが完全な悪として描かれないこと。一人一人に事情があり、大事な家族がいる、ということが記されるため、復讐にカタルシスを感じられず、やりきれなさが残るのです。

 どちらの作品も、子供時代に読んだら確実にトラウマになりそうなレベルのどす黒さで、続けて読んで、グロッキーになってしまいました。


4336059594ウィスキー&ジョーキンズ: ダンセイニの幻想法螺話
ロード ダンセイニ Lord Dunsany
国書刊行会 2015-12-25

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 口直しになるような作品は…と、手に取ったのが、年末に出たばかりの、ロード・ダンセイニ『ウィスキー&ジョーキンズ ダンセイニの幻想法螺話』(中野善夫訳 国書刊行会)でした。
 こちらは、能天気に楽しめるホラ話で、しかもお洒落かつ幻想的。おかげで気分も持ち直しました。
 クラブの常連である初老の紳士ジョーキンズが、ウィスキーをおごると話してくれる奇想天外なエピソードを集めた連作短篇集です。現実的にオチがつくこともあるし、超自然的な要素が出ることもありますが、共通するのは、突拍子もない奇想とユーモア。
 虎に襲われたジョーキンズの逃走を描く『薄暗い部屋で』、喉の渇きを癒してくれる護符を持った男の奇妙な最期を描く『渇きに苦しまない護符』、オルフェウスの曲を手に入れた男がそれを税金逃れのために利用する『流れよ涙』、目的もわからぬまま、謎の結社の命令にしたがう男を描いた、カフカ的な『ライアンは如何にしてロシアから脱出したか』など、ユーモア小説としてもファンタジーとしても楽しめる短篇がたくさん収録されています。
 とくに『薄暗い部屋で』の結末は印象的で、これはまさに「トール・テール」(ほら話)です。
 二十数篇が収録されていてボリューム感たっぷりなのですが、未訳のエピソードがまだ百近くあるというのですから、ぜひとも続刊を出してほしいものです。


 さて、最後に2016年度刊行予定の中から、個人的に気になる本を挙げておきたいと思います。

河出書房新社
ジョン・スラデック『ロデリック』
『エドワード・ゴーリーの優雅なる秘密』
アンナ・スタロビネツ『むずかしい年頃』
アメリア・グレイ『AM/PM』

群像社
『レスコフ短篇集』

国書刊行会
サーバン『石の環』
シャーリイ・ジャクスン『鳥の巣』
横山茂雄・若島正責任編集海外文学シリーズ

作品社
リディア・デイヴィス『ブレイク・イット・ダウン』

白水社
イヴリン・ウォー『ウォー初期傑作短篇集』
スティーヴン・ミルハウザー『魅せられし夜』
ハッサン・ブラシム『死体展示』

早川書房
若島正『ベスト・ストーリーズ』続刊

東京創元社
ヘレン・マクロイ『The Deadly Truth』
ウィル・ワイルズ『ウェイ・イン』
エドワード・ケアリー『堆塵館』
ショーン・ステュアート『モッキンバード』
キャサリン・チャンター『The Well』
ウルズラ・ポツナンスキ『Saeculum』
サッシャ・アランゴ『真実と嘘、その他の嘘』

藤原編集室
サキ『けだものと超けだもの』(白水Uブックス)
ワレリイ・ブリューソフ『南十字星共和国』(白水Uブックス)
ロバート・エイクマン『奥の部屋』(ちくま文庫)
ヘレン・マクロイ『その名はウィリング』(ちくま文庫)
アンドレ・ド・ロルド『ロルドの恐怖劇場』(ちくま文庫)
J・S・レ・ファニュ『ドラゴン・ヴォラントの部屋』(創元推理文庫)

 スラデックの『ロデリック』は、何年も前から刊行予定になっていましたが、ようやく出版のようですね。

 気になるのは『レスコフ短篇集』。レスコフの短篇って面白いんですが、日本では岩波文庫の短篇集1冊ぐらいしか邦訳はないんじゃないでしょうか。

 ウィル・ワイルズ『ウェイ・イン』は、あらすじを見る限り、すごく面白そうな作品ですね。「出口のないホテル、謎の支配人、壁に掛けられた異様な抽象画、そして運命の女――他人の名前でホテルを渡り歩く男が遭遇する異様な一夜に始まる恐怖。J・G・バラード『ハイ‐ライズ』+スティーヴン・キング『シャイニング』ともいうべき巨大建築幻想譚!」

 『堆塵館』のエドワード・ケアリーは、『望楼館追想』で知られる作家です。ずいぶん久しぶりの邦訳になりますね。これも面白そうな作品。
 「ロンドンにある〈堆塵館〉は、ゴミで材をなしたアイアマンガー一族の広大な屋敷だ。屋敷の裏手には百年以上にわたって集められたロンドンじゅうのゴミが山となって広大な敷地を占領している。屋敷では、一族数百人がひとつ屋根の下で暮らしている。屋敷の地上階に暮らしているアイアマンガーたちは屋敷から出ることをゆるされず、彼らに使える召使いたちもみな一族の遠い縁戚にあたる。アイアマンガー一族は生まれるとすぐに何か品物をひとつ与えられ、生涯持ち続けるのだ。バースオブジェクトという。そんなアイアマンガーのひとり、クロッドには、品物の声が聞こえるという特殊な力があった……」

 ワレリイ・ブリューソフ『南十字星共和国』は、幻想小説の名作として、幻想文学読者の間では有名ですが、入手難になっていたもの。古書価は万単位で手が出ず、僕も未読でした。

 驚いたのは、アンドレ・ド・ロルド『ロルドの恐怖劇場』とJ・S・レ・ファニュ『ドラゴン・ヴォラントの部屋』。 ロルドは、グラン=ギニョールの代表的作家。恐怖短篇を集めた短篇集のようです。
 J・S・レ・ファニュ『ドラゴン・ヴォラントの部屋』は、短篇集ですが、純粋な怪奇短篇だけでなく、スリラーものも収録するようですね。
 
※「読んでいいともガイブンの輪」の「隠し玉」レジュメ、「2016年 東京創元社 新刊ラインナップのお知らせ」を参考にさせていただきました。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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