最悪の時間旅行  法条遥《時の四部作》
 「SF史上最悪のパラドックス」という謳い文句でも話題になった法条遥の『リライト』(ハヤカワ文庫JA)。2作目の『リビジョン』(ハヤカワ文庫JA)、3作目の『リアクト』(ハヤカワ文庫JA)を経て、最終巻『リライブ』(ハヤカワ文庫JA)が刊行されました。4作のあらすじを簡単に記しておきましょう。



4150311196リライト (ハヤカワ文庫JA)
法条 遥 usi
早川書房 2013-07-24

by G-Tools

 1作目の『リライト』のあらすじは次のようなものです。未来からやってきた転校生、保彦を救うため、未来へ飛んだ中学2年生の美雪。彼女は少年との経験を小説に著します。しかし大人になった美雪のもとに、過去の自分が現れないことに気づいた美雪は、過去が書き換えられている可能性に気づきます…。
 タイムトラベルを扱った青春小説、であるかに思われたストーリーが、どんどんとねじれていき、とんでもない結末を迎えるという、何ともインパクトのある作品でした。

 
リビジョン (ハヤカワ文庫JA)
法条 遥 usi
415031120X

 2作目の『リビジョン』は、家系に代々伝わる、未来を見ることのできる鏡を持つ女性、霞が主人公。ある日、息子が死ぬというビジョンを見てしまった霞は、わが子を助けるために未来を変えようとする…という話。
 1作目の「時の改変」が、人為的なものであるのに対し、2作目では「時」そのものの圧倒的な力が強調されています。直接的な続編というよりは、1作目のスピンオフ的な印象の作品ですね。

 
リアクト (ハヤカワ文庫JA)
法条 遥
4150311544

 3作目『リアクト』では、タイムパトロールの少女ホタルが登場します。過去が見える能力者、坂口霞との出会いから、ホタルは、小説『リライト』に疑問を抱くようになります…。
 前2作を踏まえて、『リライト』そのものの書き換えが行われるという、複雑な構成になっています。

 
リライブ (ハヤカワ文庫JA)
法条遥 usi
4150311897

 そして最終作『リライブ』。何度も転生を繰り返す女性、国枝小霧。時代や家庭環境はその都度異なるものの、まったく同じ女性として生まれ変わりを繰り返しているのです。しかも生まれるときは、かならず同じ名前であり、しかも目が見えないのです。私はいったい何のために生まれてくるのか…? 結婚式当日現れた少年は、その秘密を語りだしますが…。
 シリーズを通して現れる少年の、真の目的が明かされる完結編です。
 

 このシリーズ、タイムトラベルや歴史改変といった「時間もの」なのですが、特徴を一言で言うと、「複雑すぎ」ということになるかと思います。とにかく複雑なのです。1作目にしてからが、ある人物の計画がすでに複雑だというのに、さらにそれをひっくり返す展開が用意されています。そして、その1作目自体が、後続の巻でさらにひっくり返されるという有様です。
 このあたりの事情を、解説者は「面倒」という言葉で表現をしています。僕も解説者の言葉に同感で、物語をわざと「面倒」にしている感がありますが、そこにある種の魅力もあるように思います。タイム・パラドックスものの名作とされる、ロバート・A・ハインラインの『時の門』よりも、複雑な作品に出会えるとは思いませんでした。
 科学的考証はなきに等しいので、「タイムマシン」や未来の技術に関しては、とくに説明もなく、「そういうもの」として導入されます。そういう意味で、パラドックスのためのパラドックスといっていいのでしょうか。とにかく複雑すぎて、その論理が破綻していないのか検証するのも、難しい。2読、3読しても、ちゃんと理解できるか怪しいものです。
 欠点も見られますが、いわく言いがたい魅力のある作品であることも事実なのです。傑作かどうかは別にして、後世に残る問題作ではあると思います。
4月の気になる新刊
4月1日刊 マーク・トウェイン『それはどっちだったか』(彩流社 予価4320円)
4月2日刊 サキ『クローヴィス物語』(挿絵 エドワード・ゴーリー)(白水Uブックス 1404円)
4月3日刊 フェルディナント・フォン・シーラッハ『犯罪』(創元推理文庫 予価778円)
4月8日刊 スタニスワフ・レム『ソラリス』(ハヤカワ文庫SF 予価1080円)
4月9日刊 E・T・A・ホフマン『くるみ割り人形とねずみの王様/ブランビラ王女』(光文社古典新訳文庫)
4月15日刊 サキ『レジナルド』(風濤社 予価2592円)
4月22日刊 ケン・リュウ『紙の動物園』(早川書房 予価1836円)
4月22日刊 マシュー・グイン『解剖迷宮』(ハヤカワ・ミステリ文庫 予価1015円)
4月25日刊 ジェイムズ・ダシュナー『メイズ・ランナー』(角川文庫 予価907円)
4月28日刊 ディーノ・ブッツァーティ『モレル谷の奇蹟』(河出書房新社 予価2808円)
4月予定 ジーン・ウルフ『ジーン・ウルフの記念日の本』(国書刊行会 予価2592円)
4月予定 スタニスワフ・レム『短篇ベスト10』(国書刊行会 予価2700円)

 サキは、本名ヘクター・ヒュー・マンロー、20世紀前半に活躍したイギリスの作家です。ブラックで皮肉な作風で知られました。『クローヴィス物語』は、いじわるな青年クローヴィスを狂言回しにした短篇集。しばしば怪奇小説アンソロジーにも収録される名作、『トバモリー』『スレドニ・ヴァシュタール』なども収録しています。
 サキも、現役で読める本というと、新潮文庫の『サキ短篇集』ぐらいのようなので、歓迎したいと思います。創土社、新潮文庫、ちくま文庫など、日本オリジナル編集の作品集は、過去幾度か出版されていますが、オリジナル短篇集をそのまま邦訳というのは初めてではないでしょうか。しかも、挿絵はエドワード・ゴーリー! 4月の新刊予定のなかでは、イチオシにしておきたいと思います。
 なお、4月には、風濤社からもサキの短篇集『レジナルド』が予定されているようです。第一短編集の完訳のようですね。

 シーラッハの短篇集『犯罪』が文庫化です。ミステリというよりは、クライム・ストーリー、かってのパトリシア・ハイスミスやルース・レンデルの短篇に近いような作風です。文学味が強いといえばいいのでしょうか、それでもリーダビリティが非常に高く、ミステリ以外の読者にもオススメできる作品集だと思います。

 光文社古典新訳文庫は、地道にホフマンの作品を出し続けていますね。短篇単位ではなくて、できればホフマン自身の作品集単位、《カロ風幻想作品集》とか《セラーピオン朋友会員物語》とかで、訳してもらえると嬉しいんですが。
 ホフマンは、創土社の全集で、ほぼ全作品が読めると思うのですが、正直、訳文にくせがありすぎて読みにくい。個人的には、岩波文庫の池内紀訳、国書刊行会の前川道介訳がいい訳だと思います。古典新訳文庫もいい翻訳だと思うので、このままホフマン作品を出し続けてほしいです。
 
 『モレル谷の奇蹟』は、ブッツァーティの遺作になる画文集。小説作品で知られるブッツァーティですが、もともとイラストレーターとしても活躍した人です。イラスト入りの『シチリアを征服したクマ王国の物語』(福音館文庫)も、すばらしい出来だったので、期待大です。

 レムの『ソラリス』は、沼野充義訳。国書刊行会のスタニスワフ・レム・コレクションの文庫化になるのでしょうか。もともとのハヤカワ文庫版は、重訳だそうで、沼野充義訳は原語からの翻訳になります。
 早川書房の創立70周年企画で、名作の新訳・復刊・新版を行う「ハヤカワ文庫補完計画」が発表されています。『ソラリス』もその一環のようです。70点ほど刊行されるようですが、とりあえず公開されている分だけ、載せておきます。

【2015年3月13日発売】
NV『アルジャーノンに花束を〔新版〕』ダニエル・キイス著/小尾芙佐訳

【2015年4月刊行】
SF『ソラリス』スタニスワフ・レム著/沼野充義訳
【新訳】SF『死者の代弁者〔新訳版〕 (上・下)』オースン・スコット・カード著/中原尚哉訳
SF『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』フィリップ・K・ディック著/浅倉久志訳
SF『伝道の書に捧げる薔薇』ロジャー・ゼラズニイ著/浅倉久志・峯岸 久訳
SF『クローム襲撃』ウィリアム・ギブスン著/浅倉久志・他訳
HM『シャーロック・ホームズの冒険〔新版〕(上・下)』アーサー・コナン・ドイル著/大久保康雄訳
NV『ファイト・クラブ〔新版〕』チャック・パラニューク著/池田真紀子訳
NF『レナードの朝〔新版〕』オリヴァー・サックス著/春日井晶子訳

【以後刊行予定】
【新訳】SF『はだかの太陽〔新訳版〕』アイザック・アシモフ著/小尾芙佐訳
SF『タイム・シップ〔新版〕』スティーヴン・バクスター著/中原尚哉訳
【新訳】SF『デューン/砂の惑星〔新訳版〕 (上・下)』フランク・ハーバート著/酒井昭伸訳
FT『魔法がいっぱい!』ライマン・フランク・ボーム著/佐藤高子訳
HM『特別料理』スタンリイ・エリン著/田中融二訳
HM『アデスタを吹く冷たい風』トマス・フラナガン著/宇野利泰訳
【新訳】HM『九尾の猫〔新訳版〕』エラリイ・クイーン著/越前敏弥訳
【新訳】NV『レッド・ドラゴン〔新訳版〕 (上・下)』トマス・ハリス著/加賀山卓朗訳
NV『ナイト・マネジャー (上・下)』ジョン・ル・カレ著/村上博基訳
NF『24人のビリー・ミリガン〔新版〕 (上・下)』ダニエル・キイス著/堀内静子訳
NF『大日本帝国の興亡〔新版〕(全5巻)』ジョン・トーランド著/毎日新聞社

 SFでは、ゼラズニイ『伝道の書に捧げる薔薇』、ミステリでは、トマス・フラナガン『アデスタを吹く冷たい風』あたりがキキメでしょうか。エリンの『特別料理』も何気に初文庫化ですね。 
時間の果てで  永劫の時間をめぐる物語
Boichi 作品集 HOTEL (モーニング KC) 伊藤潤二傑作集 墓標の町 クイックセーブ&ロード (ガガガ文庫) みんなのトニオちゃん
 スティーヴン・スピルバーグ監督の映画に『A.I.』(2001 アメリカ)という作品があります。もともとはスタンリー・キューブリック監督の企画だったそうで、鳴り物入りで公開されたものの、受けは悪く、現在では失敗作と言われることが多いようです。

 ストーリーは、次のようなものです。近未来、少年型ロボットのデイビッドは、人間と同じ愛情を持つロボットとして開発されます。息子のマーティンが不治の病で冷凍保存されている、ヘンリーとモニカの夫妻は、デイビッドを息子として、家庭に受け入れます。
 ところが、マーティンが奇跡的に眼を覚まし、家に戻ってきた結果、デイビッドはモニカの愛情が自分には注がれなくなってきたことに気づきます。やがてマーティンの命に関わるような事故が起きたのを機に、デイビッドは捨てられてしまうのです。再びモニカに愛されることを求めるデイビッドは、友人のロボットたちとともに、旅に出ますが…。
 正直な話、僕も失敗作だと思うのですが、結末は非常に印象的で、心に残る作品になっています。2000年後、人類が消滅した地球に、超越的な技術を持つエイリアンが訪れます。海に沈んでいたデイビッドは、再起動されます。再生技術を持つエイリアンは、デイビッドの求めに応じて、母親モニカを蘇らせますが、クローンの生命は一日しか持たないと言うのです。最後の一日を母親と共に過ごしたデイビッドは一緒に永遠の眠りにつく…という結末。

 この結末、何でそんなに心に残るのか、考えてみました。母の愛を一身に求める主人公というテーマはもちろん良いのですが、僕が惹かれたのは、人類のいなくなった遠い未来にたった二人、というシチュエーションだったと気がつきます。
 思えば、今まで読んだ小説や観た映画などでも、これに類するシチュエーションの作品は心に残っています。
 未来に転送されてしまった小学生たちのサバイバルを描く、楳図かずおの『漂流教室』、天文学的な時間を一機で過ごす探査機を描いた『夜のオデッセイ』(ジェイムズ・イングリス 伊藤典夫、浅倉久志編『スターシップ』新潮文庫 収録)、人類のDNAを守り続けようと数十万年の時を過ごす人工知能の物語『HOTEL』(Boichi『Boichi作品集 HOTEL』講談社モーニングKC 収録)など。

 『A.I.』の結末に似た設定の物語としては、スティーヴン・バクスター『ジョージと彗星』『SFマガジン2010年11月号』早川書房 収録)が挙げられます。
 50億年後、太陽が巨大化し、その寿命を終えようとしている時代、人類はとうに絶滅していました。目を覚ました主人公は、おそらくはエイリアンによって肉体を再生されたことに気がつきます。しかしその肉体は人間ではなく、ヒヨケザル(ムササビのような生物)だったのです。主人公はやがて、同じヒヨケザルに再生された別の人間に出会う…という話。

 人間の一生を超える、はるかに長い時間を、人間は経験することができません。フィクションであれば、どんな長い時間も描くことができます。その果てしなく長い時間を想像するとき、ある種の感動があり、またそこにフィクションの醍醐味のひとつがあるのでしょう。
 さて、この種のテーマのなかで、僕がもの凄く怖く感じる物語の一群があります。強制的に長い時間を過ごさせられる人間を描いた物語がそれです。

 例えば、伊藤潤二の漫画作品『長い夢』(朝日ソノラマほか)。医師は、毎日、長い夢を見続けるという患者に出会います。しかもその夢はどんどん長くなっているというのです。人間の一生にも近い時間を一夜のうちに体験し、さらにそれを超えた時間を過ごすうちに、患者は肉体的にも変容を遂げていく…という物語。

 また、リチャード・R・スミスの『倦怠の檻』(福島正実他訳 ジュディス・メリル編『宇宙の妖怪たち』ハヤカワSFシリーズ 収録)は、エイリアンの作った時間の檻に閉じ込められた男が、倦怠に苦しめられるという話です。

 ウォルター・テヴィス『幽明界に座して』(伊藤典夫、黒丸尚訳『ふるさと遠く』ハヤカワ文庫SF 収録)は、死後、生と死の中間世界である幽明界で、生まれ変わりを待つ男が主人公。ここでは生前の時代にさかのぼって、過去の経験を改善することができます。しかし、何度やり直しても、小さな改善をすることはできますが、根本的な修正はできないのです。延々と過去に戻り続け、生まれ変わることができない…という作品。

 セーブした時点に何度でも戻ることができる少年を描いた、鮎川歩の『クイックセーブ&ロード』(ガガガ文庫)は、死なないと過去に戻れないので、わざと自殺する、という何ともえげつない設定のライトノベル。最終巻では、そもそも少年は、本当に「死ぬ」ことができないということが明かされます。

 有名なケン・グリムウッド『リプレイ』(杉山高之訳 新潮文庫)では、何度も人生をやり直す男が登場しますが、これも「死ねない」物語と言えるかもしれません。

 フィクションの世界では、永劫に思える時間もさらっと描いてしまえるのですが、人間と時間との関わりを描いた作品の中では、恐ろしいほどのインパクトのあるのが、菅原そうた『アルバイト』『みんなのトニオちゃん』文芸社 収録)という漫画作品です。ネットでは有名で、通称『5億年ボタン』と呼ばれているようです。
 何もない空間で5億年過ごすだけで100万円が貰えるというアルバイトを持ち掛けられた主人公は、その仕事を引き受けてしまいます。突如何もない空間に飛ばされた主人公は、そこには自分以外、何もないことに気がつきます。腹が減ることもなく、死ぬこともない。眠ることもできない。ただ無為に5億年過ごすことも強制されるのです。しかも、5億年経った後には、その5億年の間の記憶も消去されてしまうというのです。
 考えれば考えるほど、恐ろしい作品です。とくに永劫に近い時間を過ごしながら、その間の記憶が残らない、というところが恐ろしい。人間にとって、限りある生の時間と、その記憶がいかに大事なのか、ということが逆説的にわかる作品になっています。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇山脈、山頂で  荒俣宏編『怪奇文学大山脈2、3』
怪奇文学大山脈 (2) (西洋近代名作選 20世紀革新篇) 怪奇文学大山脈(3)  (西洋近代名作選 諸雑誌氾濫篇)
 1970年代から、日本における怪奇幻想文学紹介を進めてきた荒俣宏。近年この分野からは離れていた彼が、怪奇幻想分野における総決算と位置づけるアンソロジーが《怪奇文学大山脈》(東京創元社)です。
 以前1巻をレビューしていますが、今回は2巻と3巻まとめて総括しておきたいと思います。まずは収録内容を紹介しておきましょう。


『怪奇文学大山脈2 西洋近代名作選 20世紀革新篇』(東京創元社)

ロバート・ヒチェンズ『未亡人と物乞い』
F・マリオン・クロフォード『甲板の男』
E・L・ホワイト『鼻面』
グスタフ・マイリンク『紫色の死』
H・H・エーヴェルス『白の乙女』
マッシモ・ボンテンペッリ『私の民事死について』
J・D・ベリズフォード『ストリックランドの息子の生涯』
A・E・コッパード『シルヴァ・サアカス』
L・P・ハートリー『島』
アーサー・マッケン『紙片』
ウォルター・デ・ラ・メア『遅参の客』
オリバー・オニオンズ『ふたつのたあいない話』
W・F・ハーヴェイ『アンカーダイン家の信徒席』
ジョン・メトカーフ『ブレナー提督の息子』
ヒュー・ウォルポール『海辺の恐怖──一瞬の経験』
H・R・ウエイクフィールド『釣りの話』
シルヴィア・タウンゼンド・ウォーナー『不死鳥』
ベネット・サーフ『近頃蒐めたゴースト・ストーリー』


『怪奇文学大山脈3 西洋近代名作選 諸雑誌氾濫篇』(東京創元社)

スティーヴン・クレーン『枷をはめられて』
イーディス・ネズビット『闇の力』
ジョン・バカン『アシュトルトの樹林』
グスタフ・マイリンク『蝋人形小屋』
カール・ハンス・シュトローブル『舞踏会の夜』
アルフ・フォン・チブルカ『カミーユ・フラマリオンの著名なる『ある彗星の話』の驚くべき後日譚』
カール・ツー・オイレンブルク『ラトゥク――あるグロテスク』
モーリス・ルヴェル『赤い光の中で』
野尻抱影『物音・足音』
ガストン・ルルー『悪魔を見た男』
アンドレ・ド・ロルド『わたしは告発……されている』
アンドレ・ド・ロルド&アンリ・ボーシュ『幻覚実験室』
アンドレ・ド・ロルド&ウジェーヌ・モレル『最後の拷問』
W・C・モロー『不屈の敵』
マックス・ブランド『ジョン・オヴィントンの帰還』
H・S・ホワイトヘッド『唇』
E・ホフマン・プライス『悪魔の娘』
ワイアット・ブラッシンゲーム『責め苦の申し子』
ロバート・レスリー・ベレム『死を売る男』
L・ロン・ハバード『猫嫌い』
M・E・カウンセルマン『七子』


 いくつか既訳があるものがありますが、大部分の作品が本邦初紹介という、うれしい編集になっています。

 2巻は20世紀の怪奇幻想小説の名匠たちの作品を集めています。ハーヴェイ、メトカーフ、ウォルポール、ウエイクフィールドなど、クラシック怪奇小説のビッグネームが並びます。全体に端正なつくりの怪奇幻想小説集になっています。
 正統派のゴースト・ストーリーに混じって、ボンテンペッリやコッパードなどの肌合いの異なる作品が混じっているのが嬉しいですね。
 基本的にすべて佳作・傑作といっていいと思うのですが、印象に残る作品としては、E・L・ホワイトの悪夢めいた迫力のある『鼻面』、マイリンクの唖然とするSF的怪奇小説『紫色の死』あたりが挙げられるでしょうか。
 個人的に嬉しかったのは、ベネット・サーフ『近頃蒐めたゴースト・ストーリー』。怪奇小説史では、よく言及される作品なので、ぜひ読みたいと思っていた作品です。小説というよりは、怪奇エッセイといった感じでしょうか。軽いタッチで楽しく読めます。

 3巻は、主に雑誌に掲載された、B級的娯楽作品を集めた作品集になっています。ドイツの怪奇小説誌、フランスの残酷劇《グラン・ギニョル》、アメリカのパルプマガジンと、基本的には大衆小説であり、ことさら猟奇的、扇情的な作品をそろえているところが、逆に清々しいですね。
 ドイツ勢としては、2巻に引き続いて登場のマイリンク、そしてオーストリアの怪奇小説の巨匠シュトローブルの作品が収録されています。。
 フランスものは、残酷小説の巨匠ルヴェルと《グラン・ギニョル》と呼ばれる残酷劇が収録されています。本来なら邦訳機会の少ない《グラン・ギニョル》作品なのですが、数年前に出た『グラン=ギニョル傑作選―ベル・エポックの恐怖演劇』(真野倫平編訳 水声社)と内容がかぶってしまっているのが惜しまれますね。
 アメリカ作品は、主にパルプマガジン系の雑誌から取られています。以外にも格調のあるゴースト・ストーリー『ジョン・オヴィントンの帰還』、迷信のはびこる国を描いた力作、M・E・カウンセルマン『七子』などが印象に残ります。特に『七子』は、人種差別的なカラーも感じられる作品で、こうした作品を積極的に収録するあたり、さすがは荒俣氏といったところでしょうか。
 さて、3巻でいちばんの問題作は、やはりW・C・モロー『不屈の敵』でしょう。アンブローズ・ビアスと同時代に活躍し、ビアスに匹敵するとされた作家です。邦訳はおそらく一編(『アブサンのボトルをめぐって』)のみのため、我が国では知名度に欠ける作家ですが、既訳の作品といい、この『不屈の敵』といい、その作品からは、尋常でない空気の感じられる作家です。
 『不屈の敵』は、次のような話です。主人に恨みを抱いた召使が片腕を切断されます。復讐を企てますが失敗し、更に残った腕を切断されてしまいます。それでも復讐を繰り返そうとし、やがては両足まで失ってしまいます。動くこともできなくなった召使はそれでも復讐の機会を狙う…、という何ともグロテスクなストーリー。題材からは、江戸川乱歩の『芋虫』を思い出す方もいるかと思いますが、『芋虫』とはまた違った味わいの作品です。編者も思い入れのある作家のようですが、未訳作品がもっと紹介されてほしい作家になりました。

 アンソロジー全3巻、特色としては、やはり、それぞれの巻につけられた長文の解説が第一に挙げられるでしょう。通して読めば、それぞれの作家自身の情報、ジャンルの興隆、そして時代の背景がわかります。怪奇幻想小説の黎明期に始まり、ゴシック・ロマンス、英国正調幽霊譚、グラン・ギニョル、パルプホラーと、怪奇幻想小説の一連の流れが丁寧に解説されています。
 近年の怪奇幻想アンソロジーで、ここまで重厚な解説にお眼にかかったのは久しぶりな気がします。澁澤龍彦や種村季弘などが、各巻のテーマについて長文の解説を書き下ろした、1970年代の名アンソロジー《怪奇幻想の文学》(紀田順一郎、荒俣宏編 新人物往来社)を彷彿とさせるものでした。
 思えば、荒俣氏が若かりし頃、熱心に怪奇幻想ジャンルについて紹介していた頃も、解説は充実していましたが、正直、ここまでわかりやすい文章を書く人ではありませんでした。いまや、多様なジャンルや興味を経て、その筆致は円熟しています。その意味で、このアンソロジーが、まさに現在編纂されたことに、ある種の感慨を覚えます。
 基本的に文句の付け所のないアンソロジーなのですが、ひとつだけ要望を。それは、20世紀半ばから後半までの作品も収録してほしかったな、ということ。
 時代別に編集されていますが、いちばん新しい時代の最終巻の収録内容が、ほぼ20世紀前半の作品となっており、20世紀後半の作品がばっさりと切り捨てられているのです。
 20世紀後半の作品のメインストリームが長編になり、短篇作品が少なくなったということもあるのでしょうか。スティーヴン・キング以降のモダン・ホラーはともかく、1960~1970年代ぐらいの怪奇作品は、あまり日本に紹介されていない印象があります。このあたりの作品が紹介されると言うことがなかったのですが、ないものねだりでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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