大いなる合唱  アルジャーノン・ブラックウッド『人間和声』
4334752705人間和声 (光文社古典新訳文庫)
アルジャーノン ブラックウッド Algernon Henry Blackwood
光文社 2013-05-14

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 イギリスの怪奇小説の巨匠、アルジャーノン・ブラックウッドには、長短編あわせて多くの作品がありますが、短編と長編とでは、だいぶ趣が違います。短編が、いわゆる「怪談」や「怪奇小説」と呼ばれる類のものが多いのに比べて、長編では神秘主義的な色彩が濃いのです。
 もちろん長編でも、『ジンボー』(月刊ペン社)や『妖精郷の囚われ人』(月刊ペン社)といった、読みやすいファンタジー作品もありますが、それらの作品でも、「彼岸への憧れ」「この世ならざるものへの憧れ」といった要素が強く出ています。『ケンタウルス』(月刊ペン社)にいたっては、そうした要素が強すぎて、正直、エンタテインメントとして読むにはきつい作品です。
 今回邦訳された『人間和声』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)は、そうしたブラックウッドの長編の中でも、神秘主義的要素と娯楽性とがほどよく入り混じり、エンタテインメントとしても楽しめる作品だと言えます。
 平凡な日常に飽き足らない主人公は、ある日、不思議な求人広告を見かけます。その広告には、「テノールの声」「ヘブライ語の知識」などの奇妙な条件が付されていました。募集に応じた青年が屋敷で出会ったのは、ソプラノの声を持つ美女、アルトの声を持つ家政婦、そしてバスの声を持つ男でした…。
 メインとなるアイディアは「偉大な名前を唱えることにより大いなる力が得られる」というものです。下手をすると馬鹿らしい作品になってしまいそうなところを、ブラックウッドの熱気に満ちた文章で読んでいる間は、気になりません。
 おそらく作者は大真面目にやっているのでしょうが、題材が題材だけに、意図せざるユーモアが生まれてしまっています。そのあたりが、今読むと非常に面白いです。
 例えば、グスタフ・マイリンクの『菫色の円錐』(垂野創一郎訳『標本 マイリンク疑似科学小説集』ビブリオテカプヒプヒ 収録)という短編などでも、同じテーマが扱われていますが、ブラックウッドのそれはスケールが違います。クライマックスのシーンでは、あまりの展開に唖然とすることうけあいです。
 一読の価値ある怪作といってよいかと思います。

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手探りの冒険  マルセル・ベアリュ『夜の体験』
bea.jpg夜の体験
マルセル ベアリュ Marcel B´uealu
パロル舎 1998-02

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 フランスの作家、マルセル・ベアリュは、幻想的な掌編・短編で知られる作家です。本邦では二つの短編集『水蜘蛛』(白水uブックス)と『奇想遍歴』(パロル舎)が出ています。
 ベアリュの短編の魅力は、シュールなイメージと幻想的なストーリー展開。例えば『球と教授たち』という作品は、謎の球体に出会った教授たちが、球体について議論するという、ただそれだけの物語です。記憶に残りにくい傾向のある掌編でも、そのイメージの美しさで強い印象を残します。
 さて、そんなベアリュの長編『夜の体験』(高野優訳 パロル舎)は、どんな物語でしょうか。
 日常生活に違和感を感じていた、主人公の青年マルセル・アドリアンは、謎めいた眼科医フォア博士のもとを訪れます。博士の治療方針に従っているうちに、健康を回復したかに思えたマルセルでしたが、再び違和感を感じ、もう一度フォア博士に会おうと考えますが…。
 正直、あらすじを述べてもあまり意味のない作品だと言えます。大きく要約すると、青年の通過儀礼の物語、と言えるのでしょうが、全体として、非常に茫洋とした物語なのです。
 それでは、つまらないかと言うと、実は結構面白いのです。長編とはいうものの、部分部分はまとまった物語になっており、長編として楽しむというよりは、ところどころのイメージや細部を楽しむべき作品なのでしょう。
 様々な眼鏡、ひいては眼球まで作ってしまう天才的な眼科医フォア博士、恋人を探し続けるアパートの管理人の娘、話すことのできない二人組の青年など、エキセントリックなキャラクターたちが幻想的な物語を形作ります。
 主人公に至っては、作中、フォア博士によって、握り締めた物体を粉々にしてしまう能力を身につけてしまうなど、時折、唖然とするような展開があります。
 短編でもそうなのですが、このベアリュという作家、とても明晰で、文章自体に曖昧なところは全然ないのです。それがまとまったときに幻想的なイメージを帯びる、というのも不思議といえば不思議な話です。
 ベアリュの短編が肌に合う人なら、面白く読めるのではないでしょうか。

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6月の気になる新刊と5月の新刊補遺
5月31日刊 ジュール・ヴェルヌ『永遠のアダム』(文遊社 予価2940円)
6月10日刊 ピーター・ディキンスン『生ける屍』(ちくま文庫 予価1050円)
6月10日刊 ロバート・F・ヤング『たんぽぽ娘』(復刊ドットコム 予価1050円)
6月20日発売 《ナイトランド》 6号(トライデントハウス 1700円)
6月28日刊 ポール・ギャリコ『シャボン玉ピストル大騒動』(創元推理文庫 予価945円)
6月28日刊 コリン・ウィルソン他『クトゥルフ神話への招待2』(仮題)(扶桑社ミステリー)
6月予定 イアン・バンクス『ブリッジ』(国書刊行会 予価2730円)

 かって、ジュール・ヴェルヌの作品集がいくつかパシフィカという出版社より刊行されていました。その中のいくつかは、集英社文庫から再刊されましたが、再刊の機会にめぐまれず、入手困難なタイトルがいくつかありました。その中の一冊『永遠のアダム』が復刊です。
 収録内容は異なるようですね。紹介文には「SFの始祖、ヴェルヌの傑作初期短篇三篇と、 歿後発表された「永劫回帰」に向かう中篇を収録した短篇集。初版発行当時のイラストを多数収録し、見た目にも楽しい作品集です。」とあります。これは楽しみです。
 《ナイトランド》の6号は「ゾンビ特集」。定番のテーマですが、期待大です。
 扶桑社ミステリーのクトゥルーものは、6月刊行にずれこむようですが、どうやらアンソロジーのようです。
 刊行予定は何年も前から出ていたイアン・バンクスの異色作『ブリッジ』。「橋だけで構成された世界」という設定を聞くと、非常に面白そうですね。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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