欧米の怪奇小説をめぐって  『BOOKMAN 19号』
 1987年、ある雑誌でこんな特集が組まれました。「本物のホラーを!-エセ恐怖ブームを斬る」。雑誌の名前は『BOOKMAN』。評論家として知られた瀬戸川猛資氏が編集していた雑誌です。さて、この号のまずは巻頭言から引用してみましょう。

 ここに至って、ようやく気がついたのだ。“ホラー”は今や“スプラッタ”と同義で使用されているのだな、と。
 冗談ではないぞう。冗談では。
 “ホラー”といえば、“幻想怪奇文学”あるいは“怪談”のことに決まっているではないか。そして、“幻想怪奇文学”や“怪談”は、決して低俗ではなく、格調の高いものなのだ。
 これらの本物のホラーに較べれば、現在、“ホラー”と呼ばれているスプラッタ系統の作品-似非ホラーと呼ぼう-は、まったくつまらない。


 当時ブームになっていた「スプラッタ・ムービー」の流行を嘆いた怪奇小説ファンたちが、伝統的な幻想怪奇文学の魅力を再認識させたい…という趣旨で組まれた特集のようなのです。
 ここでいう「本物のホラー」とは、マッケンやブラックウッドなど、古き良き怪奇小説の巨匠たちの作品を指しているようです。ジョン・ソール、クライヴ・バーカーをはじめ、果てはスティーヴン・キングですら、「想像力の感じられぬ作品群」と斬って捨てられてしまうのですから、相当なものです。
 当然、当時のホラー映画に至っては話にならない、といった論調です。ちなみに、「エセ・ホラー映画減点表」として、酷評されている映画のタイトルを挙げてみましょう。『スキャナーズ』『エルム街の悪夢』『バタリアン』『死霊のはらわた』『ハロウィン』『遊星よりの物体X』など。
 現在、ホラー映画の名作といわれているタイトルが並んでいます。映画にしても小説にしても、かなり基準が厳しいな、と感じる論調ですね。確かに当時は、ビデオ・バブルとでも呼ぶべき時期で、B級どころか、C級、D級のホラー・スプラッター作品までもがビデオ化されていました。その氾濫に、オールド怪奇小説ファンとして、一石を投じたかった、という気概はわかりますが、ちょっど原理主義的な考え方のような気がしてしまいます。
 さて、それでは内容面についても紹介しておきましょう。紀田順一郎へのインタビューや、長谷川並一による「とっておきの傑作怪奇短編6コ」などが面白く読めますが、いちばん興味深いのはやはり瀬戸川猛資と荒俣宏との対談「幻想怪奇のシリーズは貧乏と苦闘との歴史だった」でしょう。
 荒俣氏の本でも、幻想文学や怪奇小説とどう関わって紹介してきたか、という内容に触れているものがありますので、内容的にはそれとかぶるものがあります。ただ、自著の本ではあまり現れなかった、本音がちょっぴり垣間見られるのが興味深いところです。
 怪奇幻想文学は、読者はもともと少数なのだからしょうがないという瀬戸川氏に対して、荒俣氏はこう答えます。

 荒俣 それは、ミステリみたいな売れるものばかり相手にしている人がいうことなんだよ。実際にやってみれば、悲惨としかいいようがないから。小さな雑誌に書いたって、原稿料なんか出ないんだからね。それどころか、資料代だって、交通費だってない。そういうことは、君だって知ってるじゃないの。

 また現実的な数字として挙げるのは、月刊ペン社から刊行された、名ファンタジー叢書≪妖精文庫≫について。

 荒俣 あれは、編集の阿見さんが頑張って、意地で出したからだよ。売れたのは一万部いった最初の『リリス』だけ。あとは、みんな二千か三千。これは悲惨ですよ。だって、駄本じゃなくて、すごく面白くていい本を出版しているわけだから。向こうでは現在もさかんに読まれている名作ばかりなんだよ。それが、二千部だもんね。パ・リーグの消化試合の観客よりもまだ少ない数の人間しか読まない。

 読んでいて、これほど経済的に大変なジャンルだったのか、というのがビンビン伝わってきますね。それだけに、採算を無視してでも、とこれらのジャンルを紹介してくれた先達たちの苦労に、われわれは感謝すべきでしょう。

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2月の気になる新刊
2月8日刊 パオロ・バチガルピ『第六ポンプ』(新ハヤカワ・SF・シリーズ 予価1680円)
2月8日刊 紀田順一郎編『謎の物語』(ちくま文庫 予価861円)
2月14日刊 式貴士『窓鴉 式貴士抒情短編コレクション』(光文社文庫)
2月15日刊 長山靖生『戦後SF事件史 日本的想像力の70年』(河出ブックス 予価1470円)
2月18日刊 フェルディナント・フォン・シーラッハ『罪悪』(東京創元社 予価1890円)
2月22日刊 マルク=アントワーヌ・マチュー『3秒』(河出書房新社 予価1890円)
2月28日刊 セバスチアン・ジャプリゾ『シンデレラの罠 新訳』(創元推理文庫 予価777円)
2月29日刊 S・T・ヨシ『H・P・ラヴクラフト大事典』(エンターブレイン 予価3675円)

 2月の新刊、一押しはやはりこれですね。紀田順一郎編『謎の物語』。かってちくまプリマーブックスというレーベルで出ていたものの文庫化です。物語の謎に対して、明確な結末を出さずに、読者の想像力にゆだねる…というタイプの物語、いわゆる「リドル・ストーリー」を集めたアンソロジーです。
 リドル・ストーリーの代名詞といってもいい有名作、F・R・ストックトン『女か虎か』、幻想小説の逸品W・デ・ラ・メア『なぞ』など、内外の作家によるリドル・ストーリーを集めています。文庫化に当たって、増補があるのかどうかわかりませんが、名アンソロジーのひとつだと思いますので、オススメしておきます。
 以前、光文社文庫で傑作選が出た式貴士の短編集が再び。『窓鴉 式貴士抒情短編コレクション』は、タイトルからして叙情的な作品を集めているようですね。
 『犯罪』が評判を呼んだシーラッハの邦訳第二弾『罪悪』が登場です。『犯罪』は、素晴らしい出来だったので、こちらも楽しみです。

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マリー・セレスト号その他の旅  大量消失の物語
トライアングル [DVD] ドイル傑作集 2 海洋奇談編 (新潮文庫 ト 3-12) 新・幻想と怪奇 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1824) ランゴリアーズ (文春文庫―Four past midnight)リセット [DVD]
 先日、『トライアングル』(クリストファー・スミス監督・脚本 2009年 イギリス・オーストラリア)という映画を観ました。こんな話です。
 自閉症の息子を持つジェスは、友人に誘われヨットセーリングに出かけます。しかし嵐に襲われ、ボートは転覆してしまいます。乗員の1人は行方不明、他の乗員は助かったものの、転覆したヨットの上で助けを待つばかりでした。
 そこへ突然、巨大な客船が現れます。助かったと安心したのもつかの間、船内には人間がいた形跡があるものの、人影は見当たりません。船内を探索しているうちに、覆面をつけた人物が現れ、次々と仲間は殺されていきます…。
 単なるスプラッターホラーかと思いきや、実に入り組んだ脚本で驚かされます。詳しくあらすじを書くと、ネタバレになってしまうので書けないのですが、前半の登場人物たちの何気ない行動やセリフが、全て伏線になっており、後半で上手くその謎が回収されるようになっています。佳作といっていいかと思います。
 さて、この映画のシチュエーションを聞いて、知っている人は思い浮かべるであろう実話があります。そう、「マリー・セレスト号事件」です。
 「マリー・セレスト(メアリー・セレスト)号事件」とは、海上で漂っていたマリー・セレスト号を見つけた他船の船員たちが、船内に入ると、乗員も乗客もおらず、それにもかかわらず、食べかけの食事がまだ暖かかった…という話です。世間に流布する間に、話の細部にかなり尾鰭がついていて、実際の事件とは異なるそうですが、そうであるとしても、とても不思議で、魅力的な話ではあります。
 非常に有名な話であるせいか、フィクションの世界でも、これと似たシチュエーションの物語にときおり出会います。大量の人間が突然消えてしまう…というパターンですね。僕はこのシチュエーションの物語がすごく好きで、この手の話に出会うとうれしくなってしまいます。
 古くは、「マリー・セレスト」自体に材をとった、コナン・ドイルの『ジェ・ハバカク・ジェフスンの遺書』(延原謙訳『ドイル傑作集2 海洋奇談編』新潮文庫 収録)、万霊節の日に、屋敷の人間がいなくなってしまうという、イーディス・ウォートン『万霊節』(薗田美和子、山田晴子訳『幽霊』作品社 収録)などがあります。
 『ミステリーゾーン』の1エピソード、ロッド・サーリング『だれもいなくなった町』は、次のような話。目を覚ました男は、記憶を喪失していました。今いる場所の記憶も知識もないのです。とりあえず町を歩きまわりますが、人間の気配はないのです…。
 夜更けまでの運転で疲れた男は、コーヒーでも飲もうと食堂に立ち寄りますが、そこには誰もいませんでした。食堂だけでなく、町自体に人気がないのを知って驚きます…というのは、リチャード・ウィルスン『ひとけのない道路』(仁賀克雄編訳『新・幻想と怪奇』ハヤカワ・ミステリ 収録)。
 スティーヴン・キング『ランゴリアーズ』(文春文庫)は、魅力的な出だしの物語です。旅客機の中で、突如数人を残して乗客全員が消えてしまいます。残った人間の中に、偶然運転ができるものが居合わせたため、何とか最寄の空港に降り立つことができますが、降り立った地上にも人影はまったくありませんでした…。話の展開が遅いといわれるスティーヴン・キング作品中では、屈指の疾走感を持つ物語です。
 日本の作品では、12歳以上の人間が全て消えてしまうという、小松左京『お召し』。突如、一部の人間を残して、世界中から人間が消失してしまうという、山本弘『審判の日』『闇が落ちる前に、もう一度』角川文庫 収録)。「マリー・セレスト」を反転させたような、藤子・F・不二雄のマンガ作品『ヒョンヒョロ』(藤子・F・不二雄『異色短編集1』小学館文庫 収録)なんてのもありました。
 映画でもいろいろありそうですが、今思い浮かぶのは、ブラッド・アンダーソン監督『リセット』(2010年 アメリカ)。突然の停電の直後に、世界中から人間が消失していまいます。電力は復旧せず、夜の時間がどんどんと長くなっていきます。暗闇や影に入るたびに、人々は消えてしまいます…。消失現象に合理的な理由が示されず、かなり不条理な感じのする作品で、評判はあまりよくなかったようですが、僕は好きな作品です。
 ミステリでもこの手のシチュエーションがありますが(列車の中から乗客が消えてしまう、とか)、ミステリの場合は、当然のことながら、合理的に謎が解かれてしまいます。その意味では、個人的にあまり魅力を覚えません。やはりこの「大量消失」のテーマの場合、「不条理感」というのが魅力の要因の一つのようですね。

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あけましておめでとうございます
 少し遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

 昨年は、年始から一年中忙しかったような気がします。本は合間を見て少しづつ読んではいたものの、感想はおろか、ブログを更新する暇もなかなかありませんでした。
今年は、少し身辺も落ち着いてくるかなと思いますので、少しづつでも更新を続けていけたらいいな、と考えています。
 さて、昨年後半に読んだ本からいくつかご紹介します。



186512_01.jpg

ヴィルヘルム・マインホルト『琥珀の魔女』(前川道介訳 創土社)
 17世紀、三十年戦争期を舞台にした作品です。貧困と飢餓のなか、敬虔な牧師は、自分の娘が魔女と見なされ処刑されようとするのを必死で救おうと奔走します…。
 長年積読だった作品ですが、ようやく読みました。19世紀半ばの作品だけあって、ストーリー自体はわりとストレートなお話なのですが、今読んでも、小説として面白い作品です。読みどころはやはり時代背景。殺人や略奪が横行する、三十年戦争時代の凄惨な描写が心に残ります。主人公の牧師や娘たちに迫る飢えの描写はリアルですね。
 


4796870970ピノキオ (ShoPro Books)
ヴィンシュルス 原 正人
小学館集英社プロダクション 2011-09-22

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ヴィンシュルス『ピノキオ』(原正人訳 小学館集英社プロダクション)
 これはコミック作品。ディズニー製の『ピノキオ』に触発されて描かれたという、邪悪な「ピノキオ」の物語。感情を持たずに、ただ破壊をするためだけに作られたピノキオをめぐる人間たちを描く、とんでもなくブラックな作品です。ピノキオ以上に、人間たちのえげつない行為が皮肉たっぷりに描かれます。
 ピノキオのパートと、ピノキオに寄生するゴキブリ、ジミニーのパートが交互に現れる構成になっているのですが、ジミニーのパートが饒舌なのに対して、ピノキオのパートはセリフがあまりなく、サイレント風なのも効果を出しています。



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ブルース・ハミルトン『首つり判事』(井上一夫訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
 「首つり判事」の異名をとる、厳格なブリテン判事のために、ハリイは、無実の罪で死罪になってしまいます。数年後、寒村でひそやかに暮らす紳士ウィロビーのもとに謎の男が現れます。男は突然失踪し、その後ウィロビーの敷地内から死体で発見されます。容疑のかかったウィロビーの正体は高名な人物でした…。
 あらすじを読むと、筋がわかってしまいそうですが、実際にその通りの流れで話は進みます。しかし小説としての面白さは抜群です。社会の不条理を摘発する、社会派ミステリというべきでしょうか。



4003243064花・死人に口なし 他7篇 (岩波文庫)
シュニッツラー 番匠谷 英一
岩波書店 2011-07-16

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シュニッツラー『花・死人に口なし 他7篇』(番匠谷英一、山本有三訳 岩波文庫)
 以前にアンソロジーで読んだ短編が面白かったので読んでみました。基本は恋愛、それも不倫を扱った作品が多いのですが、中にはエンタテインメントとしても楽しめる作品が含まれています。
 愛人との密会の最中に事故に遭い、愛人が死亡したために逃げ出してしまう人妻の心理を描くサスペンス作品「死人に口なし」、自分の過失で盲目にさせてしまった弟を気遣う兄と、心無い人間のせいで猜疑心を抱き始める弟を描く哀愁あふれる「盲目のジェロニモとその兄」、肌の異なる赤ん坊を産んだ妻の貞操を証明しようとする男を描く「アンドレアース・タマイアーの最後の手紙」、空想上の不倫の恋が現実化してしまうという、幻想小説「レデゴンダの日記」あたりが楽しめます。

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プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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