幻の怪奇小説
 「あの作品が読みたい」。本が手に入らなかったり、翻訳がなかったり、いろんな理由で読めない作品は、たくさんあります。
 僕の場合、好むジャンルが欧米の「怪奇小説」「幻想文学」方面なのですが、翻訳の出ている作品に関しては、読みたいと思っていた本は、大分読むことができたかな、と最近感じています。
 けれど、ブックガイド的な本、ジャック・サリヴァン編『幻想文学大辞典』やマルセル・シュネデール『フランス幻想文学史』などを読むと、まだ日本に紹介されていない作家や作品がごろごろしていて「読みたい!」という気持ちにさせられます。
 ヤン・ポトツキ『サラゴサ手稿』の完訳版(これは翻訳は完成しているそうですが…)、ポーランドの作家ステファン・グラビンスキの作品、あとはフランスの作家モーリス・ルナールの短編集であるとか、名前を挙げれば枚挙に暇がありません。
 そんな未訳作品で気になる作品のひとつが、アレクサンドル・デュマの『ビロードの首飾りの女』という作品です。この作品を知ったのは、国書刊行会の≪ドイツ・ロマン派全集≫の月報に載っていたエッセイでした。
 これ、なんとドイツの幻想作家ホフマンを主人公とする怪奇小説だそうで、紹介文にはホフマン作品の要素を巧みにとりこんでいるとありました。デュマもホフマンも僕の敬愛する作家であり、その意味でも、すごく興味がありました。
ぜひ読みたいものだと思っていましたが、翻訳の出る気配もなく、十数年経つうちに忘れていました。
 先日ネットを徘徊していると、なんとこの作品を原書で読んだ人のページがあり、驚きました。(http://d.hatena.ne.jp/ikoma-san-jin/20080830/1274832186
 詳細なあらすじ紹介をしてくださっているので、物語の内容が大分わかり、長年の渇を癒すことができました。実際の作品をぜひ読んでみたいものですが、翻訳出版はなかなか難しいのでしょうね。一緒に紹介されていた『1001幽霊譚』もすごく面白そうです。
 この方、ジャン=ルイ・ブーケとかマルセル・ブリヨン、ジャン・ロラン、クロード・セニョール、エーヴェルスなんかを原書で読んでいるんですね。すごいです。
 僕も大学時代にホフマンを原語で読もうと思って、ドイツ語をかじったりしてみたのですが、ぜんぜん歯が立たなかった苦い思い出があるので、なおさら尊敬してしまいます。
 それにつけても思うのは、日本において翻訳紹介されている欧米の作家の多さです。『フランス幻想文学史』などを読んでいても、少ないとはいえ、かなりのマイナー作家でも翻訳があったりして驚かされます。そういう意味では、翻訳小説ファンにとって、日本はすごく恵まれた国なのかな、という思いもします。

 それにしても、創元社から刊行予定になっていた『サラゴサ手稿』の完訳版はどうなっているのでしょうか。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

6月の気になる新刊と5月の新刊補遺
発売中 マルセル・ブリヨン『旅の冒険 マルセル・ブリヨン短編集』(未知谷 2100円)
6月8日刊 サマセット・モーム『昔も今も』(ちくま文庫 予価1260円)
6月10日刊 P・G・ウッドハウス『ジーヴズの事件簿 大胆不敵の巻』(文春文庫 予価580円)
6月11日刊 フェルディナント・フォン・シーラッハ 『犯罪』(東京創元社 予価1890円)
6月17日刊 荒木飛呂彦『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』(集英社新書 798円)
6月17日刊 S・G・ブロウン『ゾンビの告白』(太田出版 予価2100円)
6月21日刊 ヘレン・マクロイ『暗い鏡の中に』(創元推理文庫 予価945円)
6月21日刊 都筑道夫『宇宙大密室』(創元SF文庫 予価1155円)
6月21日刊 『初訳 新訳 オー・ヘンリー傑作選 大平原と大都会の物語』(角川書店 予価2520円)
6月24日刊 佐々木マキ『うみべのまち 佐々木マキのマンガ1967-81』(太田出版 予価2940円) 
6月29日刊 フェリペ・アルファウ『ロコス亭』(創元ライブラリ 予価1155円)
6月29日刊 F・W・クロフツ『フレンチ警視最初の事件』(創元推理文庫 予価1029円)
6月下旬刊 新人物往来社編『衝撃の絵師 月岡芳年』(新人物往来社 予価1890円)

 未知谷からは、以前にもマルセル・ブリヨンの長編がいくつか出ていましたが、同じブリヨンの短編集『旅の冒険』が登場です。フランスの重要な幻想作家ですが、正直長編に手を出すのは少々きついと思っていたので、短編集の刊行はありがたい限り。
 ヘレン・マクロイ『暗い鏡の中に』とクロフツ『フレンチ警視最初の事件』は、どちらも入手しにくいことで有名だった作品。とくにマクロイ作品は、傑作との評判が高いので楽しみです。
 フェリペ・アルファウ『ロコス亭』は、以前ハードカバー版では『ロコス亭の奇妙な人々』というタイトルで出されていたものの文庫化ですね。メタフィクションの元祖とも言えるような作品で、なおかつ「異色短編」めいたエンタテインメント性もあるという、得がたい作品です。お勧め。
最近の読書環境など
 またずいぶん間が空いてしまいました。震災の影響で、仕事の方が極端に忙しくなり、毎日帰ってくるとすぐ寝てしまう、といった毎日が続いています。いきおい、読書の時間もほとんどとれないような状態です。
 ただその反動で、買い込む本は増えているという悪循環(!)。

 結局、最近は短時間で読めるような、マンガ作品や絵本、ヴィジュアル系の本主体の読書になっています。
 その中でいくつか良かった作品をご紹介します。


433605293Xひとりぼっち (BDコレクション)
クリストフ・シャブテ 中里 修作
国書刊行会 2010-12-13

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クリストフ・シャブテ『ひとりぼっち』(中里修作訳 国書刊行会)
 容貌魁偉に生まれたために、両親の配慮によって灯台で生まれ育った男。親がなくなったあとも、ひとりぼっちで絶海の孤島に暮らす彼の楽しみは、たった一つの辞書の中の言葉をランダムに拾い、空想を繰り広げることだけでした…。
 主人公の男が辞書の中から拾った言葉に対し、空想を広げるのですが、生まれてから外界を知らずに育った男には、極端に知識が少なく、結果的に生まれる想像はいびつなものにならざるを得ないのです。
 絵自体はそんなに上手いものとは思えないのに、このリアリティはどうでしょうか。テーマにあった絵柄という意味では、それぞれが有機的に結びついている作品といっていいかと思います。傑作。


4061826387一角獣幻想 (講談社ノベルス)
中島 望
講談社 2009-03-06

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中島望『一角獣幻想』(講談社ノベルス)
 幻想・恐怖小説を集めた短編集です。事故後、脳に障害を負った母親の願いが現実化するという『母願う』、核戦争勃発を受け、シェルターに隠れた若者たちの間に殺人が起こる『方舟荘殺人事件』、古代日本らしき国にたどりついた少女が巫女としてあがめられるようになる『卵生少女』あたりが秀作。とくにタイムとラベルものかと思わせておいてひねる『卵生少女』が傑作ですね。


4199502319妖精消失(リュウコミックス)
安堂 維子里
徳間書店 2011-03-12

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安堂維子里『妖精消失』(リュウコミックス)
 軽やかな幻想ファンタジーコミック集『世界の合言葉は水』が素晴らしかった安堂維子里の新作です。妖精界と人間界をめぐる人々を描く連作短編です。雰囲気的には、川原由美子『観用少女(プランツ・ドール)』あたりを思わせるので、同作品がお好きな方なら、気に入ると思います。将来が楽しみな作家ですね。


4023308986おかしな本棚
クラフト・エヴィング商會
朝日新聞出版 2011-04-20

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クラフト・エヴィング商會『おかしな本棚』(朝日新聞出版)
 「金曜日の夜の本棚」「買えなかった本棚」「兄の本棚・弟の本棚」など、独自のコンセプトによってセレクションされた本棚を写真とともに紹介する本です。正直、本のセレクション自体に独創性を感じるわけではないのに、すごく想像力をそそられます。自分だけの「本棚」を作りたくなる一冊。


4344402146暗いところで待ち合わせ (幻冬舎文庫)
乙一
幻冬舎 2002-04

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乙一『暗いところで待ち合わせ』(幻冬舎文庫):
 警察に追われている青年が住みついたのは、目の見えない若い女性の家でした。互いにおびえる二人は、やがて心を通わせはじめ…。
 盲目の女性の家に住み着いた容疑者。こんな都市伝説みたいなテーマを使って、これほど繊細な作品を書けるとは驚きです。外界に受け入れられない人間の孤独さを描かせると、著者の筆は一流ですね。
 とりあえず、これで乙一の作品はすべて読破したことになります。
5月の気になる新刊
5月10日刊 P・G・ウッドハウス『ジーヴズの事件簿 才智縦横の巻』(文春文庫 予価660円)
5月12日刊 『ちくま文学の森10 とっておきの話』(ちくま文庫 1260円)
5月15日刊 サミュエル・ジョンソン『幸福の探求 アビシニアの王子ラセラスの物語』(岩波文庫 予価693円)
5月15日刊 J・L・ボルヘス『七つの夜』(岩波文庫 予価756円)
5月20日刊 マルク=アントワーヌ・マチュー『レヴォリュ美術館の地下』(小学館集英社プロダクション 予価2940円)
5月下旬刊 トマス・ハンシュー『四十面相クリークの事件簿』(論創社 予価2730円)
5月28日刊 クラーク・アシュトン・スミス『ヒュペルボレオス極北神怪譚』(創元推理文庫 予価1260円)

 文春文庫のウッドハウスは、以前ハードカバーで出たものの文庫化のようですね。今までハードカバーばかりだったので、ウッドハウスに興味がある方の入門としては最適じゃないでしょうか。
 マルク=アントワーヌ・マチュー『レヴォリュ美術館の地下』は、フランスのルーヴル美術館が企画した≪ルーヴル美術館BDプロジェクト≫の一冊。以前出たニコラ・ド・クレシー『氷河期』なんかと同じシリーズですね。こちらも面白そうです。
 怪盗ものの古典として知られるトマス・ハンシュー『四十面相クリークの事件簿』が翻訳刊行です。古いヒーローものは、時間が経ってから読むとなかなか厳しいものが多いのですが、とりあえずチェックです。
 5月の一押しはこれですね。クラーク・アシュトン・スミス『ヒュペルボレオス極北神怪譚』『ゾティーク幻妖怪異譚』が出たときも驚きましたが、これもまたマニアックな作品集です。わが国では≪ハイパーボリア≫ものと訳されていたシリーズだと思いますが、発音が違うと別の言葉みたいですね。この調子なら、同じくスミスの中世を舞台にした≪アヴェロワーニュ≫シリーズがまとまるのも、夢ではないかもしれません。


プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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