静寂のファンタジー  ゾラン・ジフコヴィッチ『ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語』
4902075164ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語 (Zoran Zivkovic's Impossible Stories)
ゾラン・ジフコヴィッチ 巽 孝之
Kurodahan Press 2010-10-15

by G-Tools

 SFともファンタジーともホラーともつかない、独特の味わい。強いていうなら、「奇譚」でしょうか。
 旧ユーゴスラビアの作家、ゾラン・ジフコヴィッチの短編集『ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語』(山田順子訳 黒田藩プレス)は、なんとも言いようのない味わいを持った作品集です。
 収録作品は、3編と少なめですが、どれもが佳作といってよいかと思います。

『ティーショップ』 ちょっとした手違いから、次に乗るはずの鉄道を数時間待つことになったグレタ。ふと見つけたティーショップに入った彼女がメニューに見つけたのは、「物語のお茶」でした。
 ウエイターが運んできたのは、とくに変わったこともない普通のお茶でした。しかし一口お茶を飲むと、目の前のウエイターは物語を語りはじめます。それは、自分の仕事に嫌気がさした死刑執行人の物語でした。たちまちグレタは物語に魅了されます。
 その物語が短かったことを残念に思いながら、お茶をもう一口すすると、今度はレジ係の女性が目の前にやってきて別の物語を始めます。そしてその後には、なんと店にいた客が物語の続きを語り始めるのです…。
 「物語のお茶」をきっかけに、いくつもの人間を通して語られる物語。しかもそれぞれは別の物語でありながら、微妙に内容は関連しているらしいのです。ある話で語られた人物のその後が、別の人物が語る物語の続きでなされたり、とメタフィクション的な趣向が仕掛けられています。

『火事』 司書の女性は、ある夜夢で、どうやら古代の図書館らしい建物が火事に見舞われるという情景を目撃します。翌朝、勤務先の図書館でコンピュータのスクリーンに現れたのは、夢と同じとおぼしい図書館の景色。画面がその内部を写すと、失われたはずの古代の大作家の原稿がいくつも並べられているのです。この原稿の内容を保存しなければ! 慌てる彼女の目の前で建物を火が呑み込んでいきます…。
 結末を予期させつつも、神話的な風格さえ漂う佳品です。

『換気口』 担当の医師が怪我をしたため、ある女性患者を診ることになった精神科医。患者であるカタリーナは若い女性でしたが、ある時以来、未来が見えるようになったというのです。しかもそれは確定した未来ではなく、分岐した未来の可能性が光の紐となって見えるといいます。
 自殺未遂のために、拘束されたカタリーナに医師はその理由を尋ねますが、それは信じがたいものでした…。
 患者の言っていることは妄想なのか、事実なのか? 思わぬ結末に驚かされるサイコ・スリラー。

 ジフコヴィッチの作品に共通するのは、その「静けさ」です。劇的な事件が起こっても、それをガラスごしに眺めているかのような、不思議な感覚が漂います。実際に読んでみないと、なかなか伝わりにくい味わいかと思うのですが、海外の作家で言うと、マルセル・シュオッブ、日本の作家で言うと、花輪莞爾あたりに似た味わいとでも言えばいいでしょうか。
 とにかく一読をお勧めしたい作品集なのですが、この本は、どうやら一般の流通では扱っていないらしく、今のところ版元の直接販売だけのようです。
 興味を持たれた方は、こちらに。

 追記 アマゾンでも取り扱いが始まったようです。こちらです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

最近読んだ本

4087745341ZOO
乙一
集英社 2003-06-26

by G-Tools

乙一『ZOO』(集英社)
 さまざまな傾向の短編を集めた作品集です。どちらかと言えばホラー寄りの作品が多いんでしょうか。
 主人の死を看取るために作られたロボットを描く『陽だまりの詩』、互いの姿が見えなくなった両親と二人とも認識することのできる息子を描く奇妙な家族小説『SO-far そ・ふぁー』、言ったことを現実化できる能力を持った少年を描くSF『神の言葉』などが面白いですね。
 基本的に収録作品はどれも面白いのですが、中でも『SEVEN ROOMS』が一番印象に残ります。
 姉とともに殺人鬼に監禁されてしまった少年。しかし独房の中には溝があり、そこには汚水が流れていました。少年の体ならば通れる、とその溝をくぐった少年が見たのは、自分たちが監禁されているのと同じ作りの部屋でした。そしてそこには別の女性が。しかも溝をたどっていくと、同じような部屋が7つもつながっていたのです。犯人の狙いと目的とは…?
 突然不条理な状況に放り込まれた姉弟、そして絶望の中に生まれる姉弟愛。物語の緊張感が半端ではありません。非常にグロテスクで、結末も悲惨なのですが、後味は悪くありません。



4575236861さよなら、ジンジャー・エンジェル
新城カズマ
双葉社 2010-02-09

by G-Tools

新城カズマ『さよなら、ジンジャー・エンジェル』(双葉社)
 死んでしまった元警官の主人公が、書店でアルバイトをする娘に何故か心惹かれます。彼女に近付く青年に悪意を感じとった主人公は、彼女を守ろうと考えますが…。
 死んでしまった主人公が事件を探るという、いわゆる「幽霊探偵」ものミステリです。興味深いのは、時間の感覚がない、物質に触ると崩壊させてしまう、生前の活動エリア内しか動けない、など幽霊に関するルールがいろいろと設定されていること。新米幽霊の主人公が、それらのルールを調べながら捜査活動をする過程は、ひじょうに面白く読めます。
 幽霊たちが自分たちの存在について議論するのですが、自分たちは誰かの夢だ、とかボルヘス的な考えを披露するあたりも、なかなかユニークですね。



4796870806氷河期 ―ルーヴル美術館BDプロジェクト― (ShoPro Books)
ニコラ・ド・クレシー 小池寿子
小学館集英社プロダクション 2010-11-09

by G-Tools

ニコラ・ド・クレシー『氷河期』(小学館集英社プロダクション)
 フランスの漫画、通称BD(バンド・デシネ)の作品なのですが、ルーヴル美術館とコラボレーションしているというユニークな作品です。近未来、氷河に覆われた未来のパリで、考古学調査隊が埋もれた美術館を発見するという設定の物語です。
 この作家、本国ではすでに巨匠として認められている人のようです。ほぼ同時刊行された『天空のビバンドム』もすでに入手しているのですが、まだ未読。すさまじい画力の持ち主です。



3936480680Arzach
Moebius
Cross Cult 2008-05

by G-Tools

メビウス『Arzach』
 フランスBDの巨匠メビウスのコミックです。これ実はドイツ語版なのですが、『Arzach』はセリフのない絵だけの作品なので、問題なく読めます。翼竜に乗った不思議な男アルザックが、幻想的な世界を飛び回るといった明確な筋らしい筋もない作品なのですが、これがまた大変魅力的。
 怪物退治をしたかと思ったら、女性の着替えを除いたりと、ユーモアあふれる描写も垣間みられます。
 セリフどころか擬音も全くない世界なので、読者の想像力の余地が大幅に増えています。今見ても、その絵柄、デザインの完成度は比類がありません。    


プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する