待ち続ける女  クレイ・レイノルズ『消えた娘』
消えた娘
消えた娘 (新潮文庫)
クレイ レイノルズ 土屋 政雄
新潮社 1989-06

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 最愛の娘が消えたとき、母親のとった行動とは…。クレイ・レイノルズ『消えた娘』(土屋政雄訳 新潮文庫)は、読者の心を揺さぶってやまない、ふしぎな味わいのサスペンス小説です。
 資産家ながら、浮気性の夫に愛想をつかしたイモジンは、18歳の美しい娘コーラを連れて、家を出ます。車の故障のため、たまたま立ち寄った田舎町アガタイトで、二人は修理の間、役所前のベンチで待つことになります。アイスクリームを買うために、近くの店に入っていったコーラが、いつまで経っても出てこないのを不審に感じたイモジンは、店の主人にたずねますが、誰も店には入ってこなかったというのです。イモジンは、ベンチでひたすら娘を待ち続けますが、コーラは現れません。周りの人々や姉の説得にも耳を貸さず、やがて持ち出した財産も底をつきます。一週間、一ヶ月、一年、そして数十年の月日が流れますが、イモジンはベンチで娘を待ち続けるのです…。
 娘はいったいどこに消えたのか? という魅力的な謎が、冒頭で提出され、その謎でひっぱっていくのかと思いきや、この作品の主眼はそこにはありません。読み続けても、娘コーラの失踪に関する捜査の進展はほとんど無いに等しいのです。ただ、ひたすら娘を待ち続けるイモジンという女性が描かれていきます。
 ベンチで待っている女性をメインに据えた物語だけに、動きのある出来事はほとんど起こりません。動きらしい動きといえば、イモジンに思いを寄せるようになる、初老の保安官エズラとのやり取りぐらいでしょう。
 イモジンがなぜ、その場所で待ち続けることにこだわるのか、その理由について直接的に説明はされません。彼女にとって人生とは何なのか? 娘との再会を本当に信じているのか? それらについては、読者の想像力にまかされているのです。ひじょうに静謐な雰囲気の作品でありながら、不思議と飽きさせないのは、そのあたりに理由があるのでしょう。
 あらすじを書いてみても、この作品の良さは伝わりにくいかと思います。実際に読んでみないとその良さがわからないタイプの小説でしょう。人間のこころのふしぎさを描いた、味わい深い佳作です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

9月の気になる新刊
9月7日刊 ジャック・リッチー『カーデュラ探偵社』(河出文庫 予価882円)
9月10日刊 『ちくま文学の森1 美しい恋の物語』(ちくま文庫 予価998円)
9月10日刊 『ちくま文学の森2 心洗われる話』(ちくま文庫 予価998円)
9月15日刊 ヴィカース・スワループ『6人の容疑者 上・下』(武田ランダムハウスジャパン 予価1890円)
9月25日刊 北村薫『北村薫のミステリびっくり箱』(角川文庫 予価600円)
9月25日刊 山田風太郎ベストコレクション『太陽黒点』(角川文庫 予価630円)
9月25日刊 山田風太郎ベストコレクション『天狗岬殺人事件』(角川文庫 予価630円)
9月25日刊 大森望編『ここがウィネトカなら、きみはジュディ 時間SF傑作選』 (ハヤカワ文庫SF 予価987円
9月刊 アントニイ・バークリー『パニック・パーティ』(原書房 予価2520円)

 リッチー『カーデュラ探偵社』は、シリーズ・キャラクターである〈カーデュラ〉ものを集めた作品集。カーデュラの正体について、作中でははっきり語られないのですが、読者にはすぐわかってしまうという、とぼけた味が魅力です。新訳の短編もいくつか収録されるようです。
 テーマ別の短編を集めるという、文学全集としては非常に斬新な編集で話題を呼んだ、《ちくま文学の森》が文庫化です。お話の面白さに重点を置いたセレクションで、どの巻もとても面白いシリーズでした。マルセル・エイメやロード・ダンセイニ、ボンテンペルリ、カミ、アルフォンス・アレの作品が入った文学全集なんて、後にも先にも、このシリーズぐらいだったんじゃないでしょうか。どうやら全ての巻が文庫化されるわけではないようですが、オススメのシリーズです。
 来月のいちおしは、これですね。大森望編『ここがウィネトカなら、きみはジュディ 時間SF傑作選』。先月の『SFマガジン』で、既に収録作品が紹介されていました。未訳が3編、既訳が10編と、既訳作品が多いのが気になりますが、どれも今では読めないものばかりなのを考えると、よしとしましょう。
 既訳作品は、時間SFの名作として知られる、表題作のバズビイ『ここがウィネトカなら、きみはジュディ』、ソムトウ・スチャリトクル『しばし天の祝福より遠ざかり』、テッド・チャン『商人と錬金術師の門』、ロバート・シルヴァーバーグ『世界の終わりを見にいったとき』、ボブ・ショウ『去りにし日々の光』、デイヴィッド・I・マッスン『旅人の憩い』など。SF史上に輝くオブジェ〈スローガラス〉を登場させた『去りにし日々の光』が嬉しいところです。
 未訳作品の中では、リチャード・ルポフの"12:01AM"が要注目。これ『世にも悲しい放浪者たち』というオムニバスドラマシリーズで、『時間の牢獄』として映像化された作品の原作です。時間に囚われた、いわゆる「ループ」もの作品ですね。ちなみに『時間の牢獄』を長編映画化した『タイムアクセル12:01』という作品もあります。どちらもすごく面白い作品なので、機会があったらぜひ。
 アントニイ・バークリー『パニック・パーティ』は、バークリーのシリーズキャラクター〈ロジャー・シェリンガム〉ものの最終作にして、唯一未訳だった作品です。邦訳の予定が挙がってから、ずいぶん時間が経ってしまいましたが、とりあえず訳されたことを喜びましょう。

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追いつめられて  パトリック・クェンティン『網にかかった男』
網にかかった
網にかかった男 (1966年) (創元推理文庫)
パトリック・クェンティン 井上 勇
東京創元新社 1966

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 パトリック・クェンティンは、アメリカのミステリ作家。コンビ作家のペンネームですが、時期によって、執筆している作家が違うため、作風にもかなりの幅広さがあります。本作『網にかかった男』(井上勇訳 創元推理文庫)は、サスペンス色の強い作品になっています。
 定職を捨てて画業に打ち込むため、都会を離れて製作にいそしむジョン・ハミルトン。しかし妻リンダは、不満を持っていました。富と名誉を求めてジョンと結婚したものの、なかなか芽が出ないジョンに対して、いらだちを募らせていたのです。
 リンダがアルコール中毒になりかかっている事実を、ジョンは必死で隠しますが、ある日とうとうリンダは周りの人間たちに醜態をさらしてしまいます。折しも、割の良い仕事の口をジョンが断ると決断したことから、夫婦の仲はこじれかかっていました。知り合いたちの面前で、リンダは、ジョンから虐待を受けていることを仄めかします。
 その直後、リンダは家から失踪します。もともと周りの人間たちから良く思われていなかったことに加え、不死然な状況証拠から、ジョンはリンダ殺害の容疑をかけられてしまいます。普段からかわいがっていた、5人の子供たちの助けを借り、姿を隠したジョンは、子供たちをうまく使って、殺人の容疑をはらそうとしますが…。
 クェンティン作品には、よく悪女が登場しますが、本作に登場するリンダは、その中でも群を抜いた悪女でしょう。利己心に満ち、良心の呵責もなく嘘をつきます。病的なまでの虚栄心から、周りの人間たちには、夫から虐げられる健気な妻を演じます。しかも富を持つ男たちへの流し目も忘れません。
 寡黙なジョンは、妻のアル中の事実や病的な虚言癖を、周りの人間たちから隠そうとしますが、それがあだになってしまうのです。不死然な状況証拠に加え、街の人間たちからも不信感を持たれ、追いつめられていきます。
 そんな中、頼れるのは、以前からかわいがっていた5人の子供たち。しかし子供たちも、無条件で信用するわけにはいきません。子供たちの中には、警察官の息子もいるのです。そして、姉とジョンの寵愛をめぐって、だだをこねる幼い女の子エンジェル。彼女が不機嫌になれば、すぐ大人に通報されてしまう恐れがあるのです。
 隠れ場所に潜むジョンは、自分で捜査をすることはできません。子供たちに指示を与えて徐々に犯罪の証拠を探していくわけですが、移り気な子供たちを上手く動かすことができるのか。このあたりのサスペンスは素晴らしいです。
 前半は悪妻とのやり取り、中盤は周りの人間たちとのやり取り、そして後半は子供たちとのやり取り、と常時主人公を追い詰める状況が設定され、サスペンスが途切れることがありません。サスペンス小説の佳作といえるかと思います。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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