野蛮なる世界  ジャック・ロンドン『赤死病』
4787586025赤死病
ジャック ロンドン Jack London
新樹社 2010-03

by G-Tools

 20世紀初頭に活躍したアメリカの作家、ジャック・ロンドンが、SFの先駆的な作品を多数書いたことはよく知られています。この『赤死病』(辻井栄滋訳 新樹社)もそんなSF的作品のひとつです。
 近未来、中世のペストすら上回る、恐るべき疫病「赤死病」が世界に蔓延し、人々は次々に死んでいきます。疫病に感染すると、治療するいとまも全くないのです。

 その最初の徴候が現れた瞬間から、一人一人が一時間で死んでしまうんだからな。中には数時間持つ者もおった。でも多くの者は、最初の徴候が現れて十分か十五分以内に死んだよ。

 感染のあまりの速さに、治療法を開発する間もありません。そしてとうとう、大学教授である語り手の前にもその病気は現れます。女生徒が手をほどこす間もなく死に、それをきっかけにして大学中の人間が逃げ出したのです。
 大学の同僚や家族とともに逃げ出した語り手たちは、行く先々でパニック状態に陥った社会を見て、ショックを受けます。病気で死んでいく人々、やけになり暴動を起こす人々、そして無差別殺人に走る人間たち。
 語り手の仲間たちも次々に病に倒れ、数を減らしていきます。やがて疫病が終息し、そこで語り手が見た世界は、以前とは全く異なる世界でした…。
 疫病のため崩壊する文明、恐慌をきたす人間たち。その様子を描くロンドンの筆は苛烈です。まるで現代のパニック小説そこのけの迫真の描写を読んでいると、これが100年前に書かれた作品とは思えません。
 物語の大枠は、疫病の終息後の、数十年未来の時点からの回想という形で語られます。そこではもう文明は完全に崩壊し、わずかに生き残った人々が、原始時代さながらの生活を送っているのです。
 文明の利器や技術はすっかり失われていますが、失われたのはそれだけではありません。老人となった語り手は、孫たちを相手に、かっての文明崩壊の一部始終を語るのですが、それを聞く孫たちには、老人に対する敬意や愛情など、ひとかけらもないのです。

 少年たちは、老いぼれた老人が期待を裏切られ、その両頬に涙がしたたり落ちるのを見て、どっと大喜びするのだった。

 かっての恐るべき疫病と世界の様子を聞いても、興味本位にしか聞かず、利己心をあらわにする孫たちを見て、語り手は絶望します。

 例のよくあることが、何度もくり返されるんだ。人間は数が増えると、戦うようになる。火薬によって何百万もの人間が殺せ、この方法によってのみ、つまり火と血によって、いつか遠い将来に、新しい文明ができてゆくんだ。それで、どんな得になるというのだろう?ちょうど古い文明が姿を消したように、新しい文明も姿を消すだろう。

 ほんとうに恐るべきは、文明の崩壊ではなく、人間性の崩壊なのだ、と。
 今読んでも、その迫力と面白さは全く衰えていません。


 

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

人狼と戦争  ガイ・エンドア『パリの狼男』
パリの狼男
パリの狼男 (Hayakawa pocket mystery books (912))
ガイ・エンドア 伊東 守男
早川書房 1965-11

by G-Tools

 面白い伝記もので定評のある、アメリカの作家ガイ・エンドア。『パリの狼男』(伊東守男訳 ハヤカワ・ミステリ)は、エンドアの書いた珍しい小説作品です。タイトル通り、「狼男」もしくは「吸血鬼」を扱った古典的な怪奇小説なのですが、ノンフィクションを得意とした作家らしく、物語の舞台となる、パリの時代背景や歴史が丹念に描きこまれているのが特徴といえるでしょう。
 文筆で一家を成したいと考えている青年エマール・ガリエは、伯母であるディディエ夫人と同居していました。ディディエ夫人のもとへ、田舎からお手伝いとしてやってきた若い娘ジョゼフィーヌは、ある日使いに出された教会で、神父に襲われてしまいます。
 妊娠の結果、生まれてきた子供は、どこか普通とは違った男の子でした。エマールは、子供を引き取って育てることにします。時折、獣じみた行動を見せる子供はベルトランと名付けられました。長ずるにしたがって、家畜を襲うなど、血への執着を見せるベルトラン。その性癖に気づいたエマールは、彼を部屋に監禁します。
 パリの学校に行かせてくれるという約束が保古になりそうだと気づいたベルトランは、彼を溺愛する母親を利用して、部屋を脱走しパリに向かいます。しかもその途上で、幼い頃からの親友を殺してしまうのです。
 ベルトランの脱走に気づいたエマールは、危険人物となった彼を殺すため、ベルトランの後を追ってパリに向かいます。エマールの恐れていた通り、パリでは猟奇的な殺人や死体盗掘事件が相次いでいました。エマールの捜索が続くなか、やがて戦争が始まり、パリ全体が混乱に巻き込まれつつありました…。
 狼男とはいいながら、ベルトランが超自然的な存在であるのかどうかは、最後まではっきりしません。むしろ遺伝的な病気なのではないかというニュアンスで話は進みます。実際、血への衝動はベルトラン本人の意思とは関わりなく起こってしまうのです。このあたり、ノンフィクションタッチで描かれる筆致は重厚で、読みごたえがあります。
 パリに上ってからのベルトランの行動で、無実の人間が自殺したり殺されたりと、災厄は広がっていきます。そんな中、激化した戦争や内戦で、多くの人間が殺されていきます。それを見たエマールは、ベルトランだけが怪物ではないのではないかという思いを抱きはじめるのです。
 衝動に操られるベルトラン。戦争の犠牲になる民衆たち。虐待される精神病患者たち。人間はしょせん運命に翻弄されるのだ…。単なる怪物退治の物語ではなく、社会的なテーマをも強く盛り込んだ意欲作。怪奇小説的な要素もさりながら、歴史小説としても素晴らしい作品です。

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8月の気になる新刊と7月の新刊補遺
7月下旬刊 須永朝彦『天使』(国書刊行会 1575円)
8月10日刊 デイヴィッド・ベニオフ『卵をめぐる祖父の戦争』(ハヤカワ・ミステリ 予価1470円)
8月10日刊 クレール・カスティヨン『だから、ひとりだけって言ったのに』(早川書房 予価1575円)
8月12日刊 カレル・チャペック『絶対製造工場』(平凡社ライブラリー 予価1260円)
8月20日刊 『谷崎潤一郎マゾヒズム小説集』(集英社文庫)
8月25日刊 マーク・トウェイン『不思議な少年44号』(角川文庫 予価525円)
8月26日刊 ニール・ゲイマン『グレイヴヤード・ブック』(角川書店 予価1785円)
8月刊   スタニスワフ・レム『短篇ベスト10』(国書刊行会 予価2940円)

 須永朝彦の小説は、ほとんどがごく短い掌編。独特の耽美性を持った作風にはまる人もいるかと思います。小説全集が同じ国書刊行会から刊行されていますが、今回は単体の短編集としての刊行です。考えたら、『小説全集』以外に、入手しやすい彼の作品集って、今現在ないんですよね。その意味では歓迎すべきでしょう。
 まだ邦訳のない作家ですが、今回気になるのはクレール・カスティヨン『だから、ひとりだけって言ったのに』です。「失敗だらけの母娘模様を描く」ブラックユーモアの強い短編集、だということですが、シャーリィ・ジャクスンみたいな感じなんでしょうか。
 チャペック『絶対製造工場』は、SF仕立てながら寓異の強い作品です。「神」のとらえ方が非常にユニークな作品。
 マーク・トウェイン『不思議な少年44号』は、トウェイン晩年の作品『不思議な少年』が編集者のつぎはぎによる作品だとして、新たに著者の正統的な作品として刊行された作品。少しバージョンが違うとかいうレベルの作品ではなく、ほぼ全く別の作品です。ペシミスティックという点では、どちらも共通しますが、想像力にあふれた展開といい、娯楽性といい、やはり『不思議な少年44号』に軍配が上がります。


プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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