5月の気になる新刊と『文字のないSF』のこと
5月7日刊 早川書房編集部編『51番目の密室』(ハヤカワ・ミステリ 予価1785円)
5月14日刊 レイ・ブラッドベリ『永遠の夢』(晶文社 予価1995円)
5月22日刊 フィリップ・K・ディック『未来医師』(創元SF文庫 予価861円)
5月25日刊 狩野博幸『伊藤若冲 Kadokawa Art Selection』(角川文庫 予価735円)
5月26日刊 『筒井康隆の仕事大研究』(仮題)(洋泉社MOOK 予価1260円)
5月28日刊 D・M・ディヴァイン『兄の殺人者』(創元推理文庫 予価945円)
5月下旬刊 P・G・ウッドハウス『がんばれ、ジーヴス』(国書刊行会 予価2310円)
5月刊 アドルフォ・ビオイ=カサーレス『パウリーナの思い出に』(国書刊行会)
5月刊 スタニスワフ・レム・コレクション『短篇ベスト10』(国書刊行会 予価2940円)

 『51番目の密室』は、『天外消失』に引き続き、名アンソロジー『37の短篇』から抜粋したアンソロジーです。もしかして結局、全収録作品を出すんでしょうか。
 かって教養文庫から出ていた、ディヴァイン『兄の殺人者』が創元推理文庫から復活。ディヴァインは、ミステリの本格要素と物語要素とのバランスが絶妙なので、あまり本格ミステリが好きでない人にも勧められる作家ですね。『五番目のコード』はすでに復刊予定があるようですが、教養文庫から出ていたディヴァイン作品は、どれもいい作品だったので、全て復刊してほしいものです。
 ビオイ=カサーレスとレムの短編集は先月から今月に刊行延期。今月もちゃんと出るか怪しいですが。

 今月号の『SFマガジン』に、第5回日本SF評論賞の特別賞受賞作として、高槻真樹『文字のないSF』という評論が掲載されていました。これがなかなか興味深いテーマを扱っています。
 野田昌宏の有名な言葉『SFは絵だねェ』をもとに、「文字のないSF」や「絵だけで構成されたSF」は可能なのか?という問いかけをしています。
 具体的には、ブルーノ・ムナーリや安野光雅、ガブリエル・バンサン、デイヴィッド・ウィーズナーの絵本、リンド・ウォード『狂人の太鼓』、日本の漫画作品や、セリフのない映画など、「文字のないSF」に近い周辺作品を取り上げ、検証していきます。
 驚いたのは、ここでルネ・マグリットが登場すること。マグリット絵画の、内容とタイトルの乖離を通して、「文字のないSF」の難しさを語っている部分は、ひじょうに読みごたえがあります。
 そして、最終章で取り上げられるのは、オーストラリアの絵本画家ショーン・タン。以前このブログでも彼の作品を紹介したことがありますが(→こちら)、高槻氏は、この作家を「真に「文字のないSF」といえる物語を作り上げることに成功した作家」と、高く評価しています。
 「SF」と「ヴィジュアル」の二つに興味がある方なら、とても興味深く読める評論だと思うので、関心を持たれた方は一読をお勧めしておきます。

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『SFマガジン』バックナンバー拾い読み
 忙しいときは、一冊通して本を読むのも、なかなか難しいもの。そんなときにちょうどよいのが、雑誌のバックナンバーの拾い読みです。そんなわけで、『SFマガジン』のバックナンバーを何冊か読んでみました。その中で面白かったものをご紹介しましょう。

 まずは、パット・マーフィー『恋するレイチェル』(猪俣美江子訳『SFマガジン』1989年1月号収録)。妻と娘を亡くした科学者は、生前記録していた娘の脳の記録を、チンパンジーの子供に移植します。その結果、チンパンジーは人間の女の子レイチェルとして育てられます。幸せに暮らす二人でしたが、或る日心臓発作で父親が死んでしまったことから、レイチェルは、動物の実験収容所に収容されてしまいます。収容所で出会った監視の男と、意思の疎通を重ねるうちに、レイチェルはその男に恋をしてしまいますが…。
 人間の記憶を植え付けられたチンバンジーが、人間の男性に恋をする、という話です。チンパンジーとしての記憶と本能も残っている主人公はまた、同房のチンパンジーのオスにも惹かれてしまうのです。人間性と獣性に引き裂かれる、主人公のアイデンティティーの揺らぎが読みどころでしょうか。

 パット・キャディガン『ふたり』(幹遙子訳『SFマガジン』1989年5月号収録)は超能力者をめぐる物語。 
 相手の心の中を読み取る能力を持つ少女は、自分の念を受け止めてくれる人間を探し、ようやくその人間を見つけます。しかしその男は詐欺師でした。能力をイカサマにしか使おうとしない男に、嫌気がさしながらも、少女は彼から離れることはできないのです…。
 特異な能力ゆえに、周りから疎外される主人公。いわゆる超能力者悲話なのですが、後半の展開がユニークです。続編を意識したような作りですね。

 バリントン・J・ベイリー『大きな音』(大森望訳『SFマガジン』1989年7月号収録)。
 異様な音楽的才能を持つ主人公は、究極の音楽を作ろうと目論みます。オーケストラ団員を数千人も集め、彼らだけでひとつの町を作ってしまうのです。そして訓練の結果、彼らが奏でた音楽は、人類がまったく聞いたことのない音でした…。
 究極の音楽はすでに音楽ではないものになっていた…という、ナンセンスSFです。

 今回の一番の収穫は、ティム・パワーズ『丘をおりる道』(浅井修訳『SFマガジン』1989年11月号収録)でしょうか。
 その一族には、ある特別な能力がありました。肉体が死んでも、その魂は別の胎児に宿り、再び別の人間として生を受けるのです。しかもそのとき魂が入る器はランダムであり、性別も生まれた環境も千差万別なのです。
 半永久的に生きる彼らは、定期的に会合を持っていました。久しぶりに会合の場所を訪れた主人公のソールは、一族の一人マーカスから驚くべき話を聞かされます。皆から敬われていた族長のサム・ヘインは既に死んでおり、その事実を隠すために、族長そっくりのロボットを作って皆を欺いているというのです。自分たちの存在は、一般の人間たちの人生を奪っているという認識を持つサム・ヘインは、なるべく老齢までその肉体を通じて生きることを勧めていました。
 マーカスはこの機会をとらえて、自分たちの都合の良いように一族の掟を作ることを目論んでいました。それは一般人の妊婦を用意し、健康な胎児を常に準備しておくという環境を作ることでした。妊婦に触れた状態で自分の命を絶てば、魂は必ずその胎児の中に宿るのです。ランダムな環境に生まれ変わるリスクを嫌った彼らは、自分たちの転生後の環境を整えておこうというのです。サム・ヘインと同じ考えを持つソールは、それに反対しますが…。
 転生の能力を持つ一族をめぐる、スケールの大きな伝奇物語です。一族の秘密、族長の謎、そして謀略。長編にしてもいいぐらいの密度を持った作品です。人間の命を何ほどにも思わない一族を通して、生きるとは何なのか、人生とは何なのか、というテーマをも盛り込んだ意欲作。「丘をおりる道」とはいったい何なのか? 寂寥感に満ちた結末も味わい深いです。

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最近読んだ本(まとめて)
 前回に続いて、最近読んだ本を紹介したいと思います。


4167531070月への梯子 (文春文庫)
文藝春秋 2008-12-04

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樋口有介『月への梯子』(文春文庫)
 子供のころの病気が原因で、知能が小学生低学年程度で止まってしまった中年男性「ボクさん」。親から受け継いだアパートの管理人をすることで生計を立てる彼は、ある日アパートの住人が殺されているのを発見し、その衝撃で頭を打って昏睡状態に陥ってしまいます。
 目をさました彼が知ったのは、アパートの住人全員が失踪していること。そして自分の知能が普通の成人男性なみに回復していることでした。その事実を隠したまま、彼は殺人事件の捜査をはじめますが…。
 憧れの女性はくたびれた中年女性、親身になってくれる不動産屋は悪徳業者、そして友人だと思っていた人々は前科のある犯罪者だった…。知能を回復した主人公が、自分の生活と周りの人間たちを新たな目で眺め直す、という趣向の作品です。
 題材からして、ダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』を思い浮かべますが、そこに殺人事件の謎解きをからめているのが面白いところですね。結末のオチには賛否両論あるでしょうし、ジャンル小説としては中途半端な印象が否めませんが、「ヒューマン・ストーリー」としては良質の作品だと思います。



4047264164乱歩パノラマ 丸尾末広画集 (ビームコミックス)
エンターブレイン 2010-04-05

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丸尾末広『乱歩パノラマ 丸尾末広画集』(エンターブレイン)
 『パノラマ島綺譚』『芋虫』など、このところ江戸川乱歩の漫画化に取り組んでいる丸尾末広による、乱歩をテーマとした画集です。具体的な作品をテーマにするというよりは、「乱歩的イメージ」を持ったアート作品を集めたという感じの画集になっています。
 もともと画風が「乱歩的」なので、どの絵を並べてもいいような気はしますが、黒を主体としたカラー作品は素晴らしいですね。『踊る一寸法師』の漫画も収録されています。画集としては、お値段がリーズナブルなのも好評価です。



4199501711世界の合言葉は水―安堂維子里作品集 (リュウコミックス)
徳間書店 2010-03-15

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 安堂維子里『世界の合言葉は水―安堂維子里作品集』(リュウコミックス 徳間書店)
 安堂維子里(あんどういこり)による漫画短編集です。非常にファンタスティックな味わいの作品集になっています。明確なストーリーやプロットがある作品は少なく、とても感覚的、フィーリング的な部分が強いのですが、これは好きな人は好きになりそうです。
 空を飛ぶクジラが存在する世界での「塩害」を描いた、ロバート・F・ヤングを思わせる『エンガイ』。受験に失敗した主人公が、海の中に家をかまえる奇妙な女の子と友人になるファンタスティックな『海のお天気』
 『Fusion』は、 近未来、人口減少している世界での「結婚」を描いた物語。若い女性の結婚までの「決意」を描いた作品かと思いきや、結末でSF的な解釈が示されます。読み終えて、タイトルの「Fusion」の意味がわかるという仕組みになっています。
 いちばん驚いたのが『ぎゅう』。これ、あらすじを説明しようがないのですが、ものすごい傑作だと思います。シオドア・スタージョンとかR・A・ラファティ的な味と言えばわかるでしょうか、すごくお馬鹿な発想なんだけれど、それを叙情性すら加味した作品に仕上げてしまっているところに、才気を感じます。
 これは大いにオススメしたい短編集ですね。



4776403706ラストリゾート
ロベルト インノチェンティ
BL出版 2009-09

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 J・パトリック・ルイス、ロベルト・インノチェンティ『ラストリゾート』(BL出版)
 これは絵本。スランプに陥った画家がたどり着いたのは、海辺にたつホテル「ラストリゾート」。そこは様々な物語の登場人物たちが集まるホテルだったのです…。
 ハックルベリー・フィン、人魚姫、エイハブ船長など、有名な物語の登場人物たちが出てきます。キャラクターたちの説明や紹介がされるわけではないので、主人公が出会う登場人物たちが誰なのかを推理する楽しみもあります。珍しいところでは、イタロ・カルヴィーノの『木のぼり男爵』の主人公なんてのも登場しています。
 そして一番の魅力は、細密に描かれたホテル自体でしょう。内装も小物まで細かく描かれています。眺めていて飽きません。下に一枚サンプルを載せておきましょう。
 〈一冊たちブログ〉のタナカさんから教えていただいた一冊です。
ラストリゾート


プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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