暗黒のロマンス  C・H・シュピース『侏儒ペーター』
侏儒ペーター世界幻想文学大系〈第18巻〉侏儒ペーター (1979年)
国書刊行会 1979-12

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 怪奇小説やホラー小説を読んでいて、気分が憂鬱になることは稀です。題材に超自然的な要素が使われていても、それが表層的なものにとどまる限り「楽しむ」ことができるからです。エンタテインメントとして書かれた作品なら、なおのこと、その傾向は強いでしょう。
 しかし時折、こちらの心をえぐるような作品に出会うことがあります。18世紀ドイツの作家、C・H・シュピースの『侏儒ペーター』(波田節夫訳 国書刊行会)もそんな作品のひとつ。読んでいて息苦しくなるような作品です。
 舞台は13世紀のドイツ。若くして城主となった青年ルードルフは、狩りに明け暮れ、女性とは縁のない生活を送っていました。そんな彼の前に、小人の老人が現れます。先祖代々、一族の前にあらわれるこの老人は「ペーター」と呼ばれ、一族の守護霊とみなされていました。ペーターは、ルードルフに女性への興味をかきたてます。やがてレギーナという令嬢と恋に落ちたルードルフは、彼女との結婚を望みます。
 ペーターの策略により、レギーナの父親との軋轢を引き起こしてしまったルードルフは、レギーナと駆け落ちをしようと考え、実行します。しかし貞操を傷つけられたと考えたレギーナは、自害してしまいます。
 後悔の念にとらわれるルードルフでしたが、その後も、知り合う女性と恋に落ちるたびに相手の女性を不幸にし、死に至らしめてしまうのです。倫理観の麻痺したルードルフは、悪事を働くのに何の呵責も覚えなくなっていきます…。
 18世紀の作品ということで、いわゆる「ゴシック・ロマンス」に分類される作品ですが、読んでいて目を引くのは、その徹底した暗さと救いのなさです。
 悪魔の手先ペーターにそそのかされて、悪事を重ね続けるルードルフ。最初は純粋だったルードルフが悪事を重ねるにつれ、ペーターさえ驚くような犯罪に手を染めていきます。彼の欲望のままに、善人も悪人も次々と死んでいくのです。その徹底ぶりは、現代の犯罪小説そこのけ。
 死んだと思われていた人間が生きていたという「ご都合主義」が何回も現われるのですが、それさえもさらなる殺人・惨事を起こすための題材に過ぎない、という徹底ぶりです。
 悪事の原因は、主人公をそそのかす悪魔にあるとはいえ、悪事を行う決断をするのはあくまで主人公であるルードルフです。そこに人間の欲望やエゴを読み取ることもできるという点で、心理小説としての一面も持っています。
 ただ、陰惨なだけの作品になっていないことも記しておくべきでしょう。ヨーロッパ、アフリカ、中近東と次々に移り変わる舞台、魔女によって塔にとらえられたり、サルタンの囚人になったりと絶え間なく起こる事件。物語はサスペンスたっぷりで、読者を飽きさせません。
 正直、読んでいてその残酷さ、やり切れなさに最後まで読めない人もいるかと思います。まさに「暗黒小説」といっていい作品です。その意味で、現代でも、いまだ強烈なインパクトを持った作品といえるでしょう。覚悟して読むことをお勧めします。

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10月の気になる新刊
10月1日刊 バーナード・マラマッド『喋る馬』〈柴田元幸翻訳叢書〉(スイッチ・パブリッシング 予価2205円)
10月10日刊 ブノワ・デュトゥールトゥル『幼女と煙草』(早川書房 予価2100円)
10月10日刊 中村融編『時の娘 ロマンティック時間SF傑作選』(創元SF文庫 予価966円)
10月14日刊 『ジョン・マーティン画集』(河出書房新社 予価3990円)
10月20日刊 平山蘆江『蘆江怪談集』(ウェッジ文庫 予価780円)
10月23日刊 ニール・ゲイマン 『壊れゆくもの』(角川書店 予価1785円)
10月24日刊 柴田元幸編『僕の恋、僕の傘』(角川文庫 予価840円)
10月25日刊 マイクル・Z・リューイン『探偵学入門』〈現代短篇の名手たち5〉(ハヤカワ・ミステリ文庫 予価882円)
10月29日刊 アントニイ・バークリー『ジャンピング・ジェニイ』(創元推理文庫 予価966円)

 〈柴田元幸翻訳叢書〉の新刊は、マラマッドの短編集。いいセレクションですね。マラマッドの短篇は、『ミステリマガジン』に載っていても違和感のないような、フィーリングに訴える作品が多いので、ジャンル小説ファンにも受け入れられるのではないかなと思います。
 中村融編の『時の娘 ロマンティック時間SF傑作選』は、時間SF、しかもロマンス系の作品を集めたアンソロジー。来月の一押しはこれですね。収録作家にフィニィやヤングの名が挙がっていますが、ヤングの名作『たんぽぽ娘』も収録されるのでしょうか。
 『モンス・デジデリオ画集』に引き続いて、『ジョン・マーティン画集』が復刊です。もしかして、かっての《ピナコテーカ・トレヴィル》全10巻を復刊する予定なんでしょうか。ジョン・マーティンは、イギリスの画家ですが、ハリウッドの史劇を先取りしたかのような、雄大なスケールの神話画を描いた画家。劇的な演出が特徴で、見ていて「かっこいい」のです。お勧めの画集ですね。
 こんな渋い本が文庫で出るとは!と驚かされたのが、平山蘆江『蘆江怪談集』。怪談アンソロジーには、いくつか蘆江の短篇が収録されたものがありましたが、まとめて読む機会はなかったので、これは嬉しいです。
ラヴクラフト流怪奇小説史  H・P・ラヴクラフト『文学における超自然の恐怖』
文学における
文学における超自然の恐怖
H.P.ラヴクラフト
学習研究社 2009-09

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 このたび刊行された、H・P・ラヴクラフト『文学における超自然の恐怖』(大瀧啓裕訳 学習研究社)は、アメリカの怪奇小説の巨匠、H・P・ラヴクラフトによる評論を中心に、散文詩や掌編などを集めた本です。
 表題作の『文学における超自然の恐怖』は、ラヴクラフトの評論としては、いちばん有名なものでしょう。邦訳はいくつかあり、1970年代の『ミステリマガジン』に載った抄訳のほか、完訳としては、国書刊行会の『ラヴクラフト全集7-01 評論編』に収録のものがあります。ただ、邦訳はあるものの、一般読者にとっては手に入りにくいものだったので、本書の刊行は慶賀すべきことだといえます。
 さて、『文学における超自然の恐怖』は、ラヴクラフトが怪奇小説を自分なりに解釈し、まとめた怪奇小説史です。初期のゴシック・ロマンスから、ラヴクラフトの同時代の作家まで、基本的には歴史に沿った記述になっています。
 今となっては、詳しい怪奇小説史の本が他にもありますので、その意味では、ラヴクラフトのこの評論は物足りない面が多々あります。とくに「情報」という点では、かなり不完全と言わざるを得ません。
 ただ、違った意味での読みどころがあります。取り上げられた作家や作品たちに対する、ラヴクラフト自身の評価です。古典的な作品に対しても、盲目的に持ち上げるのではなく、褒めるところは褒め、批判すべきところは批判するなど、批評的な眼が感じられるところに、この評論の面白さがあります。
 例えば、ウォルポールの『オトラントの城』に対する意見を見てみましょう。

 物語はこのようなものであって、平版にして堅苦しく、怪異文学をつくりあげる宇宙的恐怖は皆無である。

 また批判一方ではなく、褒めているところもあります。

 この小説がなしとげたのは、新たなタイプの情景、操り人形めいた登場人物、さまざまな事件を創造したことであって、やがて生まれつき怪異の創造に適した作家たちによって効果的に扱われたことにより、模倣するゴティック派の成長を刺戟して、宇宙的恐怖の真の作り手たちを奮い立たせることになった。

 やたらと「宇宙的恐怖」が連発されるのはご愛嬌として、言っていることはなかなか筋が通っています。ただ『オトラントの城』という作品は、歴史的価値が第一で、作品としては、以前から欠点の多いものとされてきたので、少々割り引いて考えるべきかもしれません。それでは、誰もが「傑作」と認める作品についてはどうでしょうか。
 次の文は、メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』に対するものです。

 シェリイ夫人はかなり優れた『最後の男』も含め、ほかにも長編小説を執筆したが、最初の試みの成功を重ねることはなかった。どれほど話の運びがぐずぐずしていようと、『フランケンシュタイン』には宇宙的恐怖の真の特徴がある。

 褒めるだけではなくて、ちゃんと欠点にも眼を配っています。なかなか公平な立ち位置だといえますね。
 英米作家だけではなくて、フランスやドイツの作家、具体的にはホフマン、マインホルト、ゴーティエ、リラダンなど、少数とはいえ、ヨーロッパ方面にも眼を配っています。自分なりの怪奇小説史をまとめようという意気込みが感じられるところも、このジャンルの愛読者にとっては、好ましいところでしょう。
 一方、併録の『ダンセイニ卿とその著作』は、アイルランドの作家、ダンセイニに対する絶賛文となっています。ダンセイニの経歴や文学的な歩み、人となりまで詳しく紹介されます。ラヴクラフト自身が実際に足を運んだ講演の場でのダンセイニと、その印象なども語られます。
 その熱っぽさには当てられるものの、具体的な作品紹介には乏しいため、ダンセイニを知らない読者にダンセイニを紹介する、という点では、あまり役目を果たさないでしょう。『文学における超自然の恐怖』の落ち着いた語り口と比べて、この熱っぽい口調からラヴクラフトのダンセイニへの敬愛を読み取るのが、正しい読み方といえるのかもしれません。
 さて、本書の見どころは他にもあります。全体に多数の書影が収められているのです。『文学における超自然の恐怖』では、多くの作家や作品が言及されるわけですが、その作家や作品の書影がところどころに挟まれるのです。しかも、その割合が半端ではありません。平均して、2~3ページに1ページの割合で、書影のページが挟まれています。巻末には資料として、ラヴクラフト作品の載った雑誌や単行本の書影も多く掲載されており、ヴィジュアル的にも楽しい本になっています。
 併録されている散文詩や掌編に関しては、「落ち穂拾い」的なものが多いので、正直あまり楽しめなかったのですが、『インスマスを覆う影 未定稿』は、実際に完成された作品との違いを認識させてくれるという点では、興味深いものでした。
 最後に気になった点をひとつ。訳者の大瀧啓裕氏は、翻訳の際に「原音」にこだわることで有名ですが、本書でもその方針が貫かれています。作家名の表記は、主義の問題ともいえるので(例えば「ホラス・ウォールポウル」「サッカリイ」など)、良しとしても、邦訳されている作品名を使わないというのは、ちょっとどうかと感じました。例えば、ホジスンの『ナイトランド』『夜の国』、メリメの『イールのヴィーナス』『イルのウェヌス』としています。
 そのあたりの整合性の問題なのかわかりませんが、取り上げられている作品に翻訳があるかどうかを明記してくれなかったのは残念ですね。読者が実際に読みたくなっても、タイトル名が異なっているため、これでは翻訳があるかどうか調べることもできません。
 「ブックガイド」として使用するには難がありますが、やはり膨大な書影の魅力は圧倒的。これのためだけでも、手に入れて損はありません。

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不遇な幻想画家  大瀧啓裕編『ヴァージル・フィンレイ幻想画集』
フィンレイ表紙

 僕は個人的に怪奇小説やホラー、ファンタジーが好きなのですが、美術やアートの分野でも、やはり幻想的なものを好む傾向があります。アメリカの画家、ヴァージル・フィンレイの名前を知ったのも、やはりどこかのホラーやファンタジーの本に載った挿絵が初めだったように思います。
 ただ、フィンレイの絵が紹介される機会は少なく、彼の挿絵をまとめて見たのは、おそらく、ハヤカワ文庫から出たエイヴラム・メリット『イシュタルの船』でしょう。その時の印象は、なんて緻密な絵なんだろう、というものでした。正直、メリットの小説よりも、フィンレイの挿絵の方が印象に残っています。
 青心社から、日本版の画集が出ていることを知り、入手しようとしましたが、既に絶版で入手は叶いませんでした。ずっと探していたのですが、先日、何とか画集を手に入れることができて、長年の溜飲を下げています。手に入れたのは大瀧啓裕編『ヴァージル・フィンレイ幻想画集』(青心社 限定版)で、数年後に増補した普及版(全二冊)もあるようです。
 フィンレイの絵をまとめて見て、改めて感銘を受けたのですが、やはり驚くべきは、その絵の緻密さですね。主な活躍の舞台をパルプマガジンに求めたフィンレイですが、はっきり言って、パルプマガジンに載せるようなレベルの絵ではありません。
 というのも、パルプマガジンはパルプという性質上、かなり質の悪いザラザラの紙なので、細かい点描のような絵は、印刷の際につぶれてしまい、原画の良さが出せないからです。しかし職人気質のフィンレイは手を抜かずに絵を描き続けました。
 パルプマガジンというのは、そもそも読み捨ての雑誌であって、そこに掲載される小説は娯楽のためのもの、そして挿絵もまた同様でした。当然、挿絵画家たちも質よりも数を重視したわけです。そんななか、フィンレイは粗悪な媒体にもかかわらず、高品質の絵を提供しつづけました。その職人気質がたたって、生涯経済的に困窮し続けたそうですが、またそれが後年再評価を受ける原因ともなりました。
 さて、本画集に収録された作品は、基本的には全て、小説につけられた挿絵です。ホラー・ファンタジー系統の作品が好きな方にとっては、お馴染みの作家の名前が頻出するのも嬉しいところですね。ラヴクラフト、ロバート・E・ハワード、ロバート・ブロック、マレイ・ラインスター、リチャード・マシスンなど。ロバート・シェクリィ、ジョン・コリアなんてのも見えます。
 SF系の絵も素晴らしいのですが、それ以上に素晴らしいのは、やはり怪奇小説に寄せた挿絵です。たおやかな女性像、異形の怪物、闇につつまれた背景。今見ても第一級の作品といえます。改めて、画集を出してもらいたい画家ですね。
フィンレイ1 フィンレイ2 フィンレイ3 フィンレイ6 フィンレイ7 フィンレイ8 フィンレイ4 フィンレイ5

テーマ:アート - ジャンル:学問・文化・芸術



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
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