欧米の怪奇小説をめぐって  アンソロジーその3
恐怖の1ダース (1980年) (講談社文庫) 恐怖通信 (〔1〕) (河出文庫) イギリス恐怖小説傑作選 (ちくま文庫) 乱歩の選んだベスト・ホラー (ちくま文庫) ロアルド・ダールの幽霊物語 ウィリアム・ワイマーク ジェイコブズ
 中田耕二編『恐怖の一ダース』(出帆社 後に講談社文庫で再刊(一部差し替えあり))は、「恐怖」の範囲を広くとったものか、サスペンスやミステリ調の作品も多く含まれています。コーネル・ウールリッチ、 ロス・マクドナルド、レイモンド・チャンドラーが出てくる怪奇アンソロジーというのも珍しいですね。収録作品中では、暗示を多用した幻想小説『塔』(マーガニタ・ラスキー)が秀作。
 比べて、同じく中田耕二編の『恐怖通信』(河出文庫 全2巻)は、娯楽性重視の楽しめるアンソロジーに仕上がっています。ロマンスの味の濃い『犠牲(いけにえ)の年』(ロバート・F・ヤング)、淡々としたタッチが戦慄度を高める『おぞましい交配』(ウイリアム・バンキアー)、民話風のファンタジー『猫の王さま』(スティーヴン・V・ベネット)、人を喰った奇妙なコメディ『ヘンリー・マーティンデールと大きな犬』(ミリアム・アレン・ディフォード)など。
 橋本槙矩編による二冊のアンソロジー『猫は跳ぶ イギリス怪奇傑作集』(福武文庫)と『イギリス怪奇傑作集』(福武文庫)は、量・質ともにハイレベルなアンソロジーです。レ・ファニュ、コナン・ドイル、ヘンリー・ジェイムズ、H・G・ウエルズと、収録作品はクラシックかつオーソドックスな作品が中心なのですが、時折はさまれる異色作の存在がアンソロジーをピリリと引き締めます。『猫は跳ぶ』では、『月に撃たれて』(バーナード・ケイペス)、『イギリス怪奇傑作集』では、『園芸上手』(R・C・クック)がそれにあたります。とくに『園芸上手』は、ある意味馬鹿らしい設定を使いながらも、恐るべき筆力で読ませられてしまう意欲作。この作品のためだけでも、このアンソロジーを読む価値があります。
 西崎憲編『怪奇小説の世紀』(国書刊行会 全3巻)は、未訳だった名作怪談を集めた感のある、重量級のアンソロジーです。悪夢のような『夢魔の家』(エドワード・ルーカス・ホワイト)、民族色豊かなノルウェー作家の異色作『岩のひきだし』(ヨナス・リー)、カトリックの禁忌をテーマに生かしたゴーストストーリー『アルフレッド・ワダムの絞首刑』(E・F・ベンスン)、不思議な力のある兜をめぐる奇譚『ターンヘルム』(ヒュー・ウォルポール)、リドル・ストーリーの名作『失われた船』(W・W・ジェイコブズ)など、傑作佳作揃いのアンソロジー。怪奇小説好きなら、ぜひ手元に置いておきたいシリーズです。
 南條竹則編『イギリス恐怖小説傑作選』(ちくま文庫)は、この編者らしい、凝ったセレクションのアンソロジー。いさかかとっつきにくい作品があるものの、H・G・ウエルズ『不案内な幽霊』とエルクマン=シャトリアン『人殺しのヴァイオリン』の二作品は、非常に物語性が強く楽しめる作品です。
 岡達子編『イギリス怪奇傑作集』(現代教養文庫)は、イギリスのオーソドックスな怪談を集めた、地味ながら手堅いアンソロジー。ただ収録作品は、他で読めるものが多いです。『ビュイックにつきまとう声』(アン・ブリッジ)、『ウォッチャー』(J・シェリダン・レ・ファニュ)あたりが読みどころでしょうか。
 森英俊・野村宏平編『乱歩の選んだベスト・ホラー』(ちくま文庫)は、江戸川乱歩が随筆「怪談入門」でとりあげた作品を集めたというアンソロジーです。もともと「怪談入門」は、乱歩が自身の「入門」について書いたものなので、今となってはアンソロジー・ピースとなっている定番作品が多くとりあげられています。結果として、このアンソロジーでも『猿の手』『蜘蛛』という、超有名作も多くなってしまっているのが残念ですが、この企画でなければ拾われなかったであろうマイナー作品、『専売特許大統領』(W・L・アルデン)などが読めるのが嬉しいところです。
 ロアルド・ダール編『ロアルド・ダールの幽霊物語』(ハヤカワ文庫NV)は、短編の名手として知られるダールが、テレビのオムニバス企画のためにセレクションした原作小説をまとめてアンソロジーにしたもの。文学的香気の高い、上質のゴースト・ストーリー集になっています。情感にあふれる書き手として知られるA・M・バレイジの作品『遊び相手』『落葉を掃く人』、時間をめぐるファンタスティックな怪談『クリスマスの出会い』(ローズマリー・ティンバリー)あたりが印象に残ります。
 翻訳家であり、アンソロジストでもある風間賢二の編んだアンソロジーは、収録作品の質といい丁寧な解説といい、どれもひじょうにコストパフォーマンスのいいものに仕上がっています。怪奇小説を扱ったものとしては、『フランケンシュタインの子供』(角川ホラー文庫)、『天使と悪魔の物語』(ちくま文庫)あたりが挙げられます。『クリスマス・ファンタジー』(ちくま文庫)もファンタジー寄りですが、ホラー的な作品もいくつか収録されています。
 『フランケンシュタインの子供』は、タイトル通り「フランケンシュタイン」をテーマにしたアンソロジーです。『フランケンシュタイン』の原作者メアリー・シェリーの短編二編をはじめ、ジェローム・K・ジェロームの人形怪談『ダンシング・パートナー』、ロボットと人間のふれあいを描くヒューマニスティックなSF短編『愛しのヘレン』など、バラエティ豊かなセレクションになっています。
 『天使と悪魔の物語』は、これまたタイトル通り、天使と悪魔を扱った作品をそれぞれ集めています。悪魔編は、だいたいが「悪魔との契約」をテーマにした作品で、その意味ではあまり新しさはないのですが、人間と悪魔とのやり取りに工夫を凝らしたものが多く、楽しめる作品が多くなっています。わが国の芥川龍之介『煙草と悪魔』を入れているのもにくいところ。パターン化した感のある悪魔編に比べ、天使編の方がよりユニークな構成になっていますね。『天使』(アンデルセン)、『不条理の天使』(エドガー・アラン・ポオ)、『落ちてきた天使』(ジョン・コリア)など。アナトール・フランスの長編『天使の反逆』の抜粋を入れているのも面白い試みです。
 『クリスマス・ファンタジー』は、クリスマスをテーマにしたアンソロジーで、トーンは全体に明るめなのですが、サンタクロース伝説を扱ったファンタジー『道』(シーベリイ・クイン)と、メタフィクショナルな構成を持つ、入り組んだユーモア怪談『サーロウ氏のクリスマス・ストーリー』(ジョン・ケンドリック・バングズ)は必読。

 アンソロジーその4に続きます。

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欧米の怪奇小説をめぐって  アンソロジーその2
怪奇幻想の文学 幻想と怪奇1 幻想と怪奇2 恐怖と幻想 怪奇と幻想
 『怪奇小説傑作集』(創元推理文庫)と同時期もしくはそれ以前で、重要な怪奇小説アンソロジーといえば、『怪奇幻想の文学』(全7巻 新人物往来社)と『幻想と怪奇』(都筑道夫編 ハヤカワ・ミステリ 全2巻)、『恐怖と幻想』(矢野浩三郎編 全3巻)が挙げられるでしょう。
 『怪奇幻想の文学』は、荒俣宏と紀田順一郎が、平井呈一を監修として企画したアンソロジーで、今でもこれだけの質と量を誇るアンソロジーはないんじゃないでしょうか。各巻がテーマ別になっているのが特徴で、例えば1巻は「真紅の法悦」と題して吸血鬼小説を、2巻は「暗黒の祭祀」と題して、黒魔術を扱った小説を集めています。4巻目までは、わりと正統派の英米怪奇短編を集めているのですが、後に増補された5~7巻のセレクションがかなり凝っているのが印象的です。
 5巻「怪物の時代」は、怪物をテーマにしたセレクション。『恐怖の山』(E・F・ベンスン)、『ウイリアムスン』(H・S・ホワイトヘッド)、『沼の怪』(J・P・ブレナン)、『海魔』(ゲアハルト・ハウプトマン)など。この巻から、フランスやドイツの作家も混じってきます。
 6巻「啓示と奇蹟」は、『ジュリアン聖人伝』(フローベール)、『聖母の軽業師』(アナトール・フランス)などの聖人譚、サンタクロースを扱った『道』(シーベリイ・クイン)、『郵便局と蛇』(A・E・コッパード)などの宗教的ファンタジーを扱っています。
 そして最終巻7巻「幻影の領域」が、これまた独自のセレクションになっています。『死んでいる時間』(マルセル・エイメ)、『黒い玉』(トーマ・オウエン)、『続いている公園』(フリオ・コルタサル)、『白いひと』(フランシス・ホジスン・バネット)などの異色作に混じりながらも、さらに異彩を放つ『宇宙を駆ける男』(ロバート・リンドナー)が、いちばんの要注目作です。これはなんと精神を病んだ男のドキュメンタリーなのですが、その妄想はほとんどスペース・オペラの域に達していて、物語としても一級品になっているのです。
 収録作品の充実度はもちろん、各巻の懇切な序文と解説も読みどころです。種村季弘、澁澤龍彦、紀田順一郎、由良君美らによる論考は非常に読みごたえがあります。さらに最終巻には怪奇幻想文学の年表がついているなど、通して読めば欧米の怪奇小説の流れをつかめるという、非常に質の高いアンソロジーです。今では入手難になっていて、古書でも揃いで2~3万はするようですが、その位出しても惜しくないぐらい良質のアンソロジーだと思います。
 『幻想と怪奇』(都筑道夫編 ハヤカワ・ミステリ 全2巻)は、前回の記事でも紹介した『幻想と怪奇』(仁賀克雄編 ハヤカワ文庫NV)と同名タイトルですが、内容はまったく異なります。1956年発行と、おそらくわが国最初期のアンソロジーになりますね。
 1巻目は、『緑茶』(レ・ファニュ)、『上段寝台』(F・マリオン・クロフォード)、『アムワース夫人』(E・F・ベンスン)など、わりとオーソドックスな怪談を集めています。なかでは、性的な幽霊に取り憑かれる『魅入られたギルディア教授』(ロバート・ヒチェンズ)が、ユニークな味付け。2巻目は、三つの願いを描いた超有名作『猿の手』(W・W・ジェイコブス)、ロボット怪談の古典『マクスンの人形』(アンブローズ・ビアース)などに混じって、『開いた窓』(サキ)、『蛇』(ジョン・スタインベック)、『ミリアム』(トルーマン・カポーティ)などが入っているのが特徴。厳密には怪奇小説とは言いがたい『蛇』『ミリアム』を入れたところに、当時のアンソロジーとしては、新しさがありました。
 『恐怖と幻想』は、主に『ミステリ・マガジン』に訳載された怪奇短編を集めていますが、それだけにひねりのきいた作品が多く集められており、楽しめます。後に内田善美の漫画作品『星の時計のLiddell』の原案となった『家』(アンドレ・モーロワ)、どこか詩的な雰囲気を持つ『十三階の女』(フランク・グルーバー)、ディケンズの珍しい合作作品『殺人事件公判』(チャールズ・ディケンズ& チャールズ・コリンズ)、ユニークな吸血鬼を登場させた『噛む』(アントニー・バウチャー)、陽気な幽霊物語『幽霊船』(リチャード・ミドルトン)など。良質なアンソロジーです。
 『恐怖と幻想』を母体にして再編集されたのが『怪奇と幻想』(矢野浩三郎編 角川文庫)ですが、収録作品が大分変更されているので、ファンなら両方揃える必要がありますね。こちらも良いアンソロジーです。ことに3巻は、予知能力をもつ少年の悲劇を描く『木馬を駆る少年』(D・H・ロレンス)、偏執狂的な母親に育てられる少女を描くサイコ・スリラー『ロバータ』(チャールズ・ボーモント)、義眼をめぐる怪奇譚『義眼』(ジョン・K・クロス)など、佳作揃いです。
 かって刊行されていたハヤカワSFシリーズは、SFの叢書ですが、何冊か怪奇小説のアンソロジーが含まれていました。『宇宙の妖怪たち』(ジュディス・メリル編)と『宇宙恐怖物語』(グロフ・コンクリン編)の二冊です。
 『宇宙の妖怪たち』は、SF的なテーマによる恐怖小説のアンソロジー。狼男小説の新機軸『狼は泣かず』(ブルース・エリオット)、スラップスティックな妖怪物語『男が悲鳴をあげる夜』(フリッツ・ライバー)、常人とは異なる思考方法を持つ男の物語『ある思考方法』(シオドア・スタージョン)など。今読んでも面白い作品が目白押しですが、時間の檻に閉じ込められた男がそこから脱出しようとする様を描く『倦怠の檻』(リチャード・R・スミス)が、飛び抜けた面白さ。
 『宇宙恐怖物語』は、恐怖小説というよりは、サスペンス味の強いSF作品を多く集めています。異星人に作られたロボットに間違えられた男の逃避行を描く『にせ者』(フィリップ・K・ディック)、無限に膨らんでいく宇宙生物「ひる」をめぐる『ひる』(ロバート・シェクリイ)、不条理な悪夢から抜け出せない男の物語『悪夢の兄弟』(アラン・E・ナース)など。名作揃いなのですが、収録作品は他の本でも読めるものが多いです。
 ヒッチコック編『私が選んだもっとも怖い話』(後に『一ダースの戦慄』に改題再刊 徳間書店)は、ヒッチコック好みのツイストのきいたホラーが集められています。『幽霊ハント』(H・R・ウェイクフィールド)、『羽根を持った友だち』(フィリップ・マクドナルド)、『ぼくはだれだ!』(リチャード・マシスン)、『悪夢のなかで』(ロバート・アーサー)など。

 アンソロジーその3に続きます。

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欧米の怪奇小説をめぐって  アンソロジーその1
怪奇小説傑作集 1 [新版] (創元推理文庫) 幻想と怪奇―ポオ蒐集家 (ハヤカワ文庫NV) 淑やかな悪夢 (創元推理文庫) 怪奇小説傑作集4<フランス編>【新版】 (創元推理文庫) 幻想と怪奇 宇宙怪獣現わる (ハヤカワSF) 幻想と怪奇 おれの夢の女 (ハヤカワ文庫NV)
 小説が好きな人の中でも、翻訳ものを好む人はそのなかの一握りだといいます。翻訳ものの怪奇小説を好むひとは、さらにその一握り。とするならば、欧米の怪奇小説読者の絶対数は、かなり少ないと考えても間違いないでしょう。
 かといって、日本における欧米怪奇小説の翻訳状況はお寒い状況なのかといえば、そんなことはありません。少数ながら、このジャンルに愛着を持つ翻訳者や紹介者がいたことが幸いして、クラシックの時代から現代のホラーまで、有名無名あわせて、一通りの作品を日本語で読むことができます。
 ただ、この手のジャンルに不案内な人からは、なかなか入り込みにくい分野なのは否めません。そこで今回から、何回かに分けて、欧米の怪奇小説について、ご紹介していこうかと考えています。
 まずはじめに、主だったアンソロジーから紹介していきましょう。というのも、怪奇小説のエッセンスは、長編よりも短編にあると考えていますし、アンソロジーは、気に入った作家や作品へと、芋づる式に読書を進めていける、という意味で、得がたいガイドとも成りうるからです。
 怪奇小説アンソロジーで最初に何を読んだらいいかときかれたら、次の二つのアンソロジーを挙げます。『怪奇小説傑作集』(創元推理文庫 全5巻)と『幻想と怪奇』(仁賀克雄編 ハヤカワ文庫NV 全3巻)。どちらも、現在でも入手が容易です。
 『怪奇小説傑作集』はもはや定番中の定番ですが、このジャンルでは避けて通れないアンソロジーです。収録作家も英米仏独露とバランスのとれた構成。ブラックウッドやレ・ファニュなどのクラシックな英国怪談を集めた1巻。ジョン・コリア、ヘンリー・カットナーなどの新しい世代の作家を多く含み、SFやファンタジー的な要素もある娯楽編中心の2巻。ホーソーン、ビアス、ラヴクラフトなどアメリカ作家を中心に集めた3巻。澁澤龍彦による、怪談の枠をとびこえたシュールで独創的な編集のフランス編4巻。陰鬱ながら物語性の強い作品が集められた、ドイツ・ロシア編の5巻。
 どの巻もそれぞれ魅力的ですが、個人的には、娯楽味の強い2巻と、軽妙なコントの多い4巻をとくにお勧めしたいですね。このシリーズについては、過去に書いた記事がありますので、興味のある方はこちらへ。
 なお、このシリーズ自体、出版から大分経っているので、全体に「現代」に近い世代の作品はあまり収録されていません。そのあたりをカバーするアンソロジーとして『幻想と怪奇』があります。こちらは、主に1950年代前後のアメリカの「異色作家」たちを中心とした作品集です。リチャード・マシスン、ロバート・ブロック、レイ・ブラッドベリなど、筋に起承転結が強く、読んで面白い作品が多く集められているので、初心者には『怪奇小説傑作集』よりもこちらの方がいいかもしれません。
 純粋な怪奇小説に混じって、SFやファンタジーがかった作品が混じっているのも特色です。擬態する異星人との戦いを描くサスペンス『植民地』(フィリップ・K・ディック)や、異次元との物々交換を描くユーモアSF『埃まみれのゼブラ』(クリフォード・D・シマック)、生徒と教師の交流を描くファンタジー『なんでも箱』(ゼナ・ヘンダースン)など、面白い作品が多数あります。
 純粋な怪奇小説の方でも、結末の戦慄は比類がない『ハリー』(ローズマリー・ティンパリイ)、しみじみとした哀感のあふれる怪談『淋しい場所』(オーガスト・ダーレス)、題材はB級ながら高度な筆力で読ませる『水槽』(カール・ジャコビ)など、名作揃いです。
 さて、創元推理文庫からは、『怪奇小説傑作集』の姉妹編というべきアンソロジーが何冊か出ています。名訳者、平井呈一編の『恐怖の愉しみ』のほか、『怪談の悦び』(南條竹則編)、『淑やかな悪夢』(倉阪鬼一郎、南條竹則、西崎憲訳)、『怪奇礼賛』(中野善夫、吉村満美子訳)などが主だったところでしょうか。
 『恐怖の愉しみ』は、英米のクラシック怪談を集めた怪談集です。まるで落語のような気の利いた怪談『消えちゃった』(A・E・コパード)、シンプルながら戦慄度は高い『防人』(H・R・ウェイクフィールド)、心温まる「ジェントル・ゴースト・ストーリー」『一対の手』(アーサー・キラ=クーチ)など。英米怪談の黄金時代を代表する作家が集められています。英米もののみに限るなら、『怪奇小説傑作集』よりも、こちらの方が充実度は上ですね。
 『怪談の悦び』は、かなり「凝った」怪談が集められています。何度読んでも、はっきりとした意味のとれない『ゼリューシャ』(M・P・シール)、非常に象徴性の高い『彼等』(ラドヤード・キップリング)など。全体に精神性・象徴性の強い作品が多いので、好き嫌いの分かれるアンソロジーかもしれません。夭折した伝説の作家、リチャード・ミドルトンの『棺桶屋』『羊飼いの息子』が収録されているのは嬉しいところです。
 『淑やかな悪夢』は、女流作家を集めた特色あるアンソロジー。異様な迫力を持つ悪夢のような短編『黄色い壁紙』(シャーロット・パーキンズ・ギルマン)だけでも元が取れるでしょう。シンシア・アスキス、メイ・シンクレア、マージョリー・ボウエンなど、実力派が集められています。
 『怪奇礼賛』は、手堅い怪奇小説を集めたアンソロジーです。「怪物ホラー」で有名なウィリアム・ホープ・ホジスンの珍しいジェントルタッチの作品『失われた子供たちの谷』、ロード・ダンセイニの純怪談『谷間の幽霊』、異様な雰囲気を持つ『のど斬り農場』(J・D・ベリスフォード)など、興味深い作品が並びます。

 アンソロジーだけでも、一回の記事ではまとめきれませんね。次回に続きます。

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8月の気になる新刊
8月6日刊 小山正編『天地驚愕のミステリー』(宝島社文庫 予価480円)
8月6日刊 小山正編『奇想天外のミステリー』(宝島社文庫 予価480円)
8月10日刊 ロバート・A・ハインライン『夏への扉 新訳版』(早川書房 予価1575円)
8月10日刊 ジャック・ヴァンス『ノバルガース』(ハヤカワSF文庫 予価714円)
8月上旬刊 東雅夫編『文豪てのひら怪談』(ポプラ文庫 予価588円)
8月11日刊 ピーター・プレストン『51番目の州』(創元推理文庫 予価1029円)
8月25日刊 ドナルド・E・ウェストレイク『泥棒が1ダース』〈現代短篇の名手たち3〉(ハヤカワ・ミステリ文庫 予価840円)
8月28日刊 ヘレン・マクロイ『幽霊の2/3』(創元推理文庫 予価903円)
8月28日刊 クラーク・アシュトン・スミス『ゾティーク幻妖怪異譚』(創元推理文庫 予価1260円)
8月下旬刊 P・G・ウッドハウス『ジーヴスの帰還』(国書刊行会 予価2310円)
8月刊 スチュワート・ケリー『ロストブックス 未刊の世界文学案内』(晶文社 予価2310円)

 宝島社文庫から刊行予定の、小山正編の二冊は気になりますね。アンソロジーなのか、それともブックガイドなのか、どちらにしても「バカミス」提唱者でもある著者だけに、要チェックではあります。
 早川書房からは、名作『夏への扉』の新訳が登場。定価が高めかと思ったら、文庫ではなくてハードカバーみたいですね。福島正実の旧訳は、批判されるところもあるけれど、個人的には好きです。
 早川の文庫の方では、ジャック・ヴァンスの未訳作と、ウェストレイクの短編集が要チェック。ウェストレイクは、〈ドートマンダー〉ものだけを集めた作品集のようです。
 創元社からは、とうとう伝説的作品のヘレン・マクロイ『幽霊の2/3』が刊行。数十年、古本めぐりをしていても、一回もお目にかかったことがないぐらいですから、そのレア度は折り紙付き。素直に復刊を喜びたいです。
 個人的に8月の新刊でいちばんの要注目本は、これ。クラーク・アシュトン・スミス『ゾティーク幻妖怪異譚』です。訳者は大瀧啓裕氏だけに、充実した作品集が期待できそうです。既訳も混じってそうですが、スミスの作品自体ほとんど入手困難になっているので、これは問題ないでしょう。今現在、手に入るのは、近年復刊された『イルーニュの巨人』(創元推理文庫)ぐらいじゃないでしょうか。
 この作家、舞台を異世界や古代にとることが多いので、ジャンルとしては「ハイ・ファンタジー」に分類されるんでしょうが、肌触りが「ファンタジー」というよりは、確実に「怪奇小説」のそれなんですよね。「小説の上手くなったラヴクラフト」といった感じの作家なので、この手のジャンルが好きな方はぜひ。
切り刻まれた時間  メナン・ヤポ監督『シャッフル』
B001ZRGVZUシャッフル [DVD]
サンドラ・ブロック, ジュリアン・マクマホン, ニア・ロング, ケイト・ネリガン, メナン・ヤポ
クロックワークス 2009-05-29

by G-Tools

 メナン・ヤポ監督による映画『シャッフル』(2007年 アメリカ)は、タイムトラベルを扱った作品ですが、この使い方が斬新で、面白い仕掛けになっています。
 四人家族で幸せに暮らしていたリンダは、ある日、夫であるジムが自動車事故で死んだという知らせを受けます。悲しみに沈むリンダでしたが、翌日目を覚ますと、死んだはずのジムが何事もなかったかのように、目の前に現れます。
 夢だったのかと考えるリンダでしたが、さらに翌日になると、やはりジムは死んでいて、葬式のために多くの人びとが集まっているということを知ります。やがてリンダは、一週間がランダムに「シャッフル」されていることに気づきます。しかも、他の人びとの意識には何の変化もなく、「シャッフル」されているのは、自分の意識だけなのです。
 ジムが死んだのは「水曜日」であることに気づいたリンダは、夫が死ぬはずの事故を回避しようと、奔走しますが…。
 一週間がランダムに「シャッフル」されてしまった主婦を描く物語です。この現象がなぜ起こったのかという原因には全くふれられず、あくまで時間の「シャッフル」に巻き込まれてしまった主人公が、この現象に対してどう立ち向かってゆくか、という点に焦点が当てられています。
 「シャッフル」に気づいてからのリンダが、夫を救うために一貫して行動するのかと思いきや、夫婦間の軋轢や、夫の浮気未遂などの要素を盛り込んでいるのが上手いところ。浮気に気づいたリンダが、夫に対して愛憎半ばしたりと、物語が単調になるのを防いでいます。
 「シャッフル」の現象それ自体よりも、それに翻弄される主人公、そしてその現象を通して、家族や夫婦について考えさせられるという面に、この作品の魅力があります。
 一時的にとはいえ、愛する者を永遠に失ったとき、人間はどう感じるのか? それをやり直せるかもしれない機会を与えられたとき、人間はどう行動するのか?
 「シャッフル」という、超自然的な現象を前面に出すのではなく、それが登場人物に及ぼす影響を丁寧に描いているという意味で、「SF映画」というよりは「人間ドラマ」的な要素が強くなっているといえます。良作です。

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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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