ホラー映画の味わい方  綾辻行人・牧野修『ナゴム、ホラーライフ』
4840128200ナゴム、ホラーライフ 怖い映画のススメ (幽ブックス)
綾辻行人、牧野修
メディアファクトリー 2009-06-17

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 ホラー映画好きの二人が、好きなホラー映画について語った『ナゴム、ホラーライフ 怖い映画のススメ』(メディアファクトリー)は、ホラー映画ファンにとっては、たまらなく楽しい本です。
 この本は、作家の綾辻行人と牧野修が、交互にホラー映画について語っていくという、リレー・エッセイで、理論社のサイト上で連載されていたものです。軽めのおしゃべりが続くライトエッセイかと思いきや、ホラー映画の本質をえぐる考察にまで踏み込んでしまうという、意外にも奥行きのあるエッセイになっています。
 何より著者二人の、ホラー映画への愛があふれているところに好感を抱きます。例えば、かねてよりダリオ・アルジェントへの愛着を公言している綾辻行人、B級、Z級ホラーには興味がないのかと思っていましたが、ちゃんとこうした作品にも目を通して、等しくジャンルを愛している様子が窺えます。
 「生物パニックホラー」「Jホラー」「続編もの」「フェイク・ドキュメンタリー」など、いろいろなテーマが俎上に上りますが、読んでいて、興味を引かれたトピックがいくつかあります。まずは「ゾンビ」についての考察。以前はのろのろしていた「ゾンビ」が、いつのころからか「足の速い」タイプが出てきたことについて、語っている部分です。

 ゾンビの怖さ・嫌さは、ゆっくり歩いてきてゆっくりと襲いかかるところにこそある。連中はあんなに大勢いるけれど、頑張れば案外すんなり逃げられそう、やっつけられそう-というひと筋の希望が、それが叶わなかったときの絶望と恐怖を際立たせるのではないか。これが「速いゾンビ」になると、はなから「無理!」と思ってしまう。

 これはなるほど!と思いました。
 あとは、ホラー好きの二人でも、観終わって非常にいやな気分になる作品があって、その感じを本書では、「どよーん」と表現しているのですが、その感じについて考察している部分は、ホラー映画というものについて考えさせられるところが大です。
 主にこの話題は、トビー・フーパー『悪魔のいけにえ』を中心に語られるのですが、牧野修の次のような意見は参考になりますね。

 それはやはり〈どよーんツボ〉は「人によって引き起こされる不快感」を中心としたものに圧されるからで、単なるスプラッタ、たとえば13日の金曜日シリーズのようなものにはあまり圧されることはないはずだ。たとえそれがどれほど不快さを煽ろうとした描写であろうと、だ。
 それはジェイソンが怪物であり人ではないからだ。つまりジェイソンによる死は、事故死とあまりかわりないものなのだ。


 同じアンハッピーエンドを基調とするホラー映画にあっても、観終わった後に、陰惨な気分になるものとそうでないものがありますが、その理由の一端について、初めて納得の行く意見を聞いたように思います。
 ホラーファンにとっては、エッセイ内で言及される、有名無名のタイトルを眺めているだけで楽しめてしまうのですが、著者二人の、重度のホラーファンであるがゆえの深い洞察にも読むべきところが多々あります。
 タイトルと内容からしても、ホラー映画ファンでない人が手に取る本ではないと思いますが、人間の恐怖感情について考察した本として、なかなか面白い本ではないでしょうか。
7月の気になる新刊
7月2日刊 『SF本の雑誌』(本の雑誌社 1575円)
7月7日刊 尾崎翠『第七官界彷徨』(河出文庫 予価630円)
7月7日刊 結城信孝編『岡本綺堂 怪談選集』(小学館文庫)
7月上旬刊 C・ヴァルスチェック『人形遣いの謎』(未知谷 予価2520円)
7月16日刊 J・L・ボルヘス『続審問』(岩波文庫)
7月17日刊 黒羽英二『十五号車の男』(河出書房新社 予価1890円)
7月25日予定 『都筑道夫の読ホリデイ 上・下』(フリースタイル 予価各2625円)
7月25日刊 デニス・ルヘイン『コーパスへの道』(ハヤカワ・ミステリ文庫 予価672円)
7月25日刊 イアン・ランキン『貧者の晩餐会』(ハヤカワ・ミステリ文庫 予価882円)
7月下旬刊 トマス・M・ディッシュ『歌の翼に』(国書刊行会 予価2520円)
7月下旬刊 ロバート・チャールズ・ウィルスン『無限記憶』(創元SF文庫 予価1302円)
7月下旬刊 アーサー・C・クラーク『90億の神の御名』(ハヤカワ文庫SF 予価924円)

 『SF本の雑誌』は、『本の雑誌』に掲載された、SF関係の記事をまとめたガイド本のようですね。テーマ別のエッセイも多く収録されているようで、期待大です。
 尾崎翠は、個人的に大好きな作家なんですが、なかでも『第七官界彷徨』は、傑作中の傑作だと思っています。ちくまから集成版も出ていますが、今回は選集になるのでしょうか。ちなみに先日出た尾崎翠に関するムック『KAWADE道の手帖 尾崎翠 モダンガアルの偏愛』は、充実した出来で、ファンの方なら楽しめます。
 『岡本綺堂 怪談選集』は、たぶん綺堂の怪談の選集なんでしょうが、単行本未収録作品などがあるのか気になりますね。
 ボルヘス『続審問』は、かって晶文社から『異端審問』というタイトルで出ていたものの文庫化です。ボルヘスのエッセイって、難解なイメージがありますが、この本に関してはかなりわかりやすいです。目から鱗が落ちるような発想が含まれているので、読んでみていただきたいです。
 ハヤカワ・ミステリ文庫からは、《現代短篇の名手たち》という新シリーズがスタート。かって光文社文庫から出た《英米短編ミステリー名人選集》というシリーズがありましたが、あれの現代版といった感じですね。第1回配本は、ルヘインとランキン。短編好きには期待が高まるシリーズですね。
女性のための幽霊物語  川本静子・佐藤宏子編訳『ゴースト・ストーリー傑作選』
462207463Xゴースト・ストーリー傑作選――英米女性作家8短篇
川本静子・佐藤宏子
みすず書房 2009-05-23

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 みすず書房から刊行された『ゴースト・ストーリー傑作選 英米女性作家8短篇』(川本静子・佐藤宏子編訳)は、英米の女性作家による怪奇小説を集めたアンソロジーであり、怪奇小説ファンにとっては、ひじょうにありがたい企画です。
 ただ、『淑やかな悪夢』(倉阪鬼一郎ほか編訳 創元推理文庫)や、梅田正彦による二冊のアンソロジー『ざくろの実―アメリカ女流作家怪奇小説選』『鼻のある男―イギリス女流作家怪奇小説選』という、同テーマのアンソロジーがいくつも出てしまっている現在では、やはりその有り難みは半減してしまいます。それに加えて、今回のアンソロジー、編者がどうやらアカデミック畑の方らしいということと、収録作品が8つと少なめなことから、正直、あまり期待せずに読み始めました。
 意外、と言っては失礼ですが、訳文はこなれていて、かなり読みやすくなっています。そして、肝心の内容の方ですが、こちらも安定した出来で、楽しむことができました。それでは、いくつか紹介していきましょう。

 エリザベス・ギャスケル『老いた子守り女の話』 両親を亡くし、親戚の家に預けられた娘は、雪の中で凍える幼い女の子を目撃し、彼女を助けてと懇願します。それを聞いた邸の老嬢は驚愕します。それは数十年以上前に、彼女が見殺しにした姪だったのです…。
 アンソロジー・ピースとしても有名な、ギャスケルの名作短編です。かっての悲劇が目の前で再現される、というオーソドックスな展開ながら、落ち着いた語り口と滋味のある描写で読ませます。

 メアリー・エリザベス・ブラッドン『冷たい抱擁』 絶対の愛を誓いあった、いとこ同士のふたり。しかし画家である男は、外国に渡り、婚約者のことを忘れてしまいます。父親から意に染まぬ結婚を強制された女は、自ら死を選びます。やがて故郷に戻った男の身に不可解な現象が起こり始めます…。
 背後から首に巻き付く腕だけの幽霊、というのが恐怖感を煽ります。無人の大広間で、男が死ぬまで踊らされるという結末のシーンはじつに圧巻。

 シャーロット・リデル『ヴォクスホール通りの古家』 父親と仲たがいした青年は家を飛び出しますが、行く当てはありません。やがて出会ったかっての使用人の好意で、古い家に泊めてもらうことになりますが、そこはかって殺人があった家でした。やがて青年は不思議な夢を見て…。
 幽霊と出会った経験が青年を成長させ、親子の和解をもたらすという、成長小説的な側面も持つユニークな作品。

 ヴァイオレット・ハント『祈り』 死んだ夫のベッドの横で、ひたすら祈り続ける妻。そのかいあって、夫は奇跡的に生き返ります。しかしそれ以後、夫は冷たい人間になり、子供すらも怖がって近付かなくなってしまいます。やがて夫婦の間には破局が訪れて…。
 夫が生き返ったのは超自然的な現象なのかは、はっきりと示されません。それゆえ夫婦間の破局が、超自然によるものなのかそうでないのか、両方の解釈が可能となっています。

 ケイト・ショパン『手紙』 死期を予期した妻は、かって恋人と交わした手紙を焼き捨てていきます。しかしどうしても捨てられない手紙が残ってしまいます。開封せずに処分してくれと、妻から託された夫は、迷いつつも、河へ投げ捨てます。しかし失われた妻の秘密に対し、夫は煩悶を繰り返します…。
 妻の秘密とはいったい何だったのか? 信頼を受け、それに応えた夫はしかし、やり切れない思いにとらわれます。固有名詞や具体的な時日を排しているため、かなり象徴性が高く、寓意の強い作品になっています

 メアリ・ウィルキンズ・フリーマン『ルエラ・ミラー』 愛らしい容姿を持ち、見る人を魅了せずにはおかない若い娘、ルエラ・ミラー。しかし彼女に関わる人間はみな、早死にしてしまうのです。夫をはじめ、義妹、手伝いにきてくれる娘や親戚、やがて再婚した相手もまた死んでしまいます。村中から忌まれるようになった彼女はやがて衰弱していきますが…。
 周りの人間の精気を吸い取ってしまうかのような娘ルエラ・ミラー。しかし彼女自身にその自覚は全くありません。精神的な吸血鬼小説、という解釈も可能でしょう。語り手となる老婆のキャラクターと語り口になかなか魅力があります。

 全体にレベルの高いアンソロジーではあるのですが、収録作品が少な目なことと、それにしては高い定価(3360円)なので、コストパフォーマンスを考えると、いちがいにお勧めしかねる本ではあります。マニアのためのアンソロジーといえるでしょうか。
無限のエンディング
帝都最後の恋―占いのための手引き書 (東欧の想像力) 宿命の交わる城 (河出文庫) ファンタジーの文法―物語創作法入門 (ちくま文庫)

 セルビアの作家、ミロラド・パヴィチの『帝都最後の恋 -占いのための手引き書』(三谷惠子訳 松籟社)が刊行され、早速入手しました。
 これは、タロットカードの1枚1枚に対応した22の章で構成され、章の順番どおりに読むもよし、タロットを手引きにランダムに読んでもいい、という凝った趣向の作品です。
 タロットを使った小説といえば、イタロ・カルヴィーノの『宿命の交わる城』に前例があります。違いと言えば、パヴィチの作品の方が、読者の参加の余地が多い、というところでしょうか。
 パヴィチの作品は、既に二冊ほど邦訳が出ています。ひとつは、どこからでも読める事典形式の小説『ハザール事典』(東京創元社)。もうひとつは、本の両端から始まった二つの物語が中心で出会うという『風の裏側』(東京創元社)です。このパヴィチという人、作品がどれも非常に凝った趣向で書かれていて、読者の「読み」の可能性を広げてくれるというところが魅力です。
 さて、『帝都最後の恋 -占いのための手引き書』の作品本文は、まだ全然読んでいないのですが、今回語りたいのは、解説の部分。そこで、未訳のパヴィチの作品にいくつか触れているのですが、気になったのが『あなただけの物語』という作品です。
 この作品、なんと結末が百通りあるというのです。具体的には、同じ作品で、結末が違う本が、百種類あるということです。自分の買った本の結末は、他の本のどれとも異なります。まさに「自分だけの物語」というわけです。
 読者参加型の小説作品は、いくつかありますが、これはその極致でしょう。ぜひ邦訳してほしいところですが、印刷・出版コストの面を考えると、日本での出版は難しそうです。
 結末が複数ある小説、といえば、思い出すのがイタリアの作家ジャンニ・ロダーリの『物語あそび -開かれた物語-』(窪田富男訳 筑摩書房)という作品。これは、ロダーリが途中まで作ったお話の結末を、子供たちに考えてもらう、という趣向の本です。子供たちが考えた、それぞれ何種類かの結末に加え、それに対するロダーリの考えも述べられています。結末を選ぶことができ、それが気に入らなければ、自分だけの結末を考えることもできます。
 想像力を刺激するという意味で、ほんとうに「ファンタジー」に富んだ本なので、これはぜひ再刊してほしい本ですね。ちなみにロダーリの創作論である『ファンタジーの文法』(窪田富男訳 ちくま文庫)と連動しているので、合わせて読むと、非常に楽しめます。
 作家と読者という面に光を当ててみると、小説作品に対する可能性がもっと開けるような気がしてきます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

Author:kazuou
男性。本好き。短編好き。異色作家好き。怪奇小説好き。
怪奇幻想小説の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主催。
主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。
記事の新旧に関わらず、コメント・トラックバックは歓迎しています。



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